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日本の歴史的都市景観と現代

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(1)

Japanese Society for the Science of Design

NII-Electronic Library Service Japanese  Sooiety  for  the  Soienoe  of  Design

史 的都 市景 観

Japanese

 

Historical

 

Urban

 

Landscape

 and  

Now

中嶋

女子美 術 大 学

NAKAJIMA

, 

Takeo

Joshibi University of Art and  Design

1

はじめ に

 

「景 観

10

年、 風 景

100

風 十

1000

年 」 フ ラン ス 人の 文 化 人 類 学者オ ギュ ス タ

ベ ルク氏 は

ある雑 誌の 中で上記の標語 を *人 問 み と有 り様 *と し 。  また氏の著 書 『凵本の風景

西洋の景 観

そ して 造 景の 時代 」の 中で

次な る 時 代の住 環境として近 代西 欧の都市 景 観よ り自然 を取 り込んだ伝 統 的

H

本 の都 市 風 景 に その 可能性を見い し、 こ う結 論付け て い た。 「環 境を イメ

ジとして生きる ことは

必 然 的に美 的 な 配 慮 を

す なわち美を創 りだそ うとする真 摯な 欲 求を伴 うとい うこ と

。・

環 境 が美しくな れ ば なるほ ど

人 間 は ま す ます風 景の改 良に向かうこ と だ ろう。

… ・

景観デザイナ

とい う職 業の未来は 明 るい の である

1 ・…

2 ,

日本の歴 史 的 都 市 景観の構 成原 理  日本 は島国である と共に

国土の七割が

1

1

地で も ある山国である。

  H

本中の ほ とん どの都 市で は

II

[を眺望で き

口本

一’

平 野 に現 代の ビ ル ス モ ッグに被 わ れた東 京でも冬の晴れ た凵 には富上 山 が 眺めら れる。

 

昔から富士 山 が 見 える所で は 「富上見台 」や 「富 十 見 坂 」 などの 地名があ り人々 に親し ま れて来 た し

江 戸の都 市 造 りにおい て も富士 山 は 街 路の ビス タ

主要景 観 軸と して 重 用 され北斎や広重の浮 世 絵を始 め様々 な絵画 にか れ て来た。  (図

一 1

 

そ して目本の歴史 的都 市と して代 表的 なもの に城 下町が あるが、 現代の 日本の都市の ほ とん どが近 世 の 下 町か ら発 展 し た もの である

 

こ の城 下 町∫の都 市 構造 を 明 ら か に した優れ た研究 に、 早 稲田大 学理 工学部の佐藤滋 教授と城 下町 都 市 研究 会 が 発 表し た 『城 下 町の都 市デザ インを 読 む ( 近世 城 下町の ま ちずく り手法の発 見)』 があ ります。  こ こでは 全 国 か ら

23

ヶ所の城 下 町 を調 査し て、 共通 す る 構 成 原 理 を導 き出した。

 

(図

一2 ,

1

1  江 戸

日本 橋通 り か ら富士 山 を 眺 め る

      羽 川 藤 永 筆 「朝 鮮 通 信 使来朝図」よ り

骨絡

  

       

       

 書變蠧の鑓琴鬱 撒 蜘

  

藁し轤 灘 瀦

2  城下町の骨格 デ ザ イン :城 下 町 都 市 研 究 会 表

1 骨格の展 開 手法:城下町 都 市 研 究会

4  SPECIAL  IssuE  OF JSSD vol

9 No

22002  デ ザ イン学 研 究 特 集 号

(2)

Japanese Society for the Science of Design

NII-Electronic Library Service Japanese  Sooiety  for  the  Soienoe  of  Design

  北は久 保田 (秋出市 )か ら駿 府 (静 岡 )、 姫路、 萩

柳 川

南の 知 覧

鹿 児 島県

な どの 城 下 町 を 調 査

分 析 して都 市構 成上 で景 観要素の重要 性を明ら かに し

下記の基本 的な三つ の設 計 手 法を導き出 し  「第

は、 周辺の

lll

並みの 眺 望 を 城 下 町の 設 計の 中 心に取 り込むこと

第二は

同心 円や 三 角 形

な ど 幾 何 学 的な形 態を用い て主要な 地点や建築を 配 置 す るこ と、 第三 は

そ れ ぞ れの都 市が特 有の モ ジュ

ル で 空間 を文 節 する ことである。 」と述べ てい る。   ま た

250

年 前に造 ら れ た 知 覧の 武 家 屋 敷で は 母ヶ岳を 取 り込 ん だ借 景 式 庭 園 が多く

その 内の 七 庭 園はの 名勝 と選定さ れ

こ の地 域は国の重要 伝 統 的建 造 物群保 存地区に指 定さ れてい る

 そ してその レポ

トの 最後に 「城 下 町の 構 成を読 み解い て い くと

わ か り に くい と か

あるい は逆に 風 水 術に隠さ れ た謎を解 く な ど とい っ たこ とでは な く

合理 的 な 思考や 美 的 な 感 性 が 城 ド町の デ ザ イン の 基 底にあっ た こ とが 明らか に なる。

・・・…

この しい

L 、

しい 自然と 調した都 市の成 こそ

冂本が 世界に誇れ る 最 大の財 産であ り

、 21

世 紀 に 向 けて 目本 が 守っ てい べ き もの である。 」 と結んで い る。

3

歴 史 的都市の京都

 

日本の歴史的 都市と して 世 界 的 にも有 名な京都は

平安 京が 建 設 さ れて以 来 本 年

1208

年日にあた る が

この都 市に おい ても日本の城下町で明 ら かに さ れ た都 市 構成 ヒの

例 が 沢 山 認 め ら れる。  矩 形 に 構成さ れた平安 京は

西の 三方を 山に囲ま れ

市 内の 至 る所か ら山が望 まれ るが

そ の山並 を利用 した 夏の 風 物 としてお 盆の 送 り火 が あ り

山 肌に明々 と灯 る左 右 大 文字

鳥居

舟 形

妙 法などス ケ

ル の大 きな伝 統 的 行 事は都 市レベ ル の 景 観 文 化とし て も世界的に も特筆さ れる もの で ある

 

ま た

円 通 寺 か ら 比 叡 山

3

修 学 院 離 宮 の 上の 茶 屋か ら北山 連 峰と京 都 市 街及 び西 山連 峰な ど 日本を代 表する借 景式 庭 園 は数

 そ して街 路 か らの ビス タ

景 観 軸も格 子 状の町割 りと地 形 上 諸 処 に 見 ら れるが

特 筆 すべ き地 点は松 原通 り (平 安 京の 五条 通 り) 東 端 (鴨 川 端 )で 正 面に丸み のある山 容の 音 羽 山 が あ り

その 中腹に 水寺の伽 藍 (図

一 4

)の三重の塔の屋根 部が微か に 図

3 京都

円 通 寺 の 比 叡 山 を 取 り込んだ借 景 式 庭 園 図

4 松原 通 り東端よ り音羽山と中 腹の清 水 寺 を望む 図

5  清 水寺 の 舞 台 か ら 京 都 市 街 景 観 白くラ ン ドマ

ク として 見える。   清 水 寺の景観 構 成につ い ては、 過 去 三回に渡 りデ ザ イン学 会で 発表して その 内 容を明 ら か に し て来た   清 水 寺は平 安 京と共に歩み現 代に於い ても多くの 参 詣 者を集め る 理由には

宗 教的 信仰心の み で無 く 地形と多くの境 内 構 成要素と その 単 純で無い 伽 藍 配 置 そ して 四 季の変 化 それ ら が織り成 す 多様な美しい 景 観とシ

クエ ン ス体 験

あ る種の感動を 訪 れ る 人々 に与え 続 けてい る事が 重 要 な点で ある

デ ザ イン学研 究 特 集 号 SPECIAL  ISSUE  OF JSSD vol

9  No

22002     5

(3)

Japanese Society for the Science of Design

NII-Electronic Library Service Japanese  Sooiety  for  the  Soienoe  of  Design

 

そ して その ク ライマ ックス とも言える ものが国宝 の本堂の崖に迫り出 した舞 台か らの 景観で (図

一 5 )

高所か ら ドキ ドキ しな が ら見る手 前の紅葉谷の桜 や紅 葉の四季の季 節感の 向こうに京 都の 街が広が るコ ン ト ラス トと眺 望は現代で も

くの 入々 を魅了 し てい る

 

右の 図

一6

の ように

清 水 寺の三重の 塔か らは

110

°

の水平視 界が 開 け京 都の 主要市 街 を 見渡せ、 逆に京都 中か ら眺めら れ まさ しくラ ン ド マ

ク になっ て い るが

本堂舞 台か らのそ れ は

18

°

になっ てい るD

 

現在

京 都 市や他の歴史 的 都 市で も伝 統 的街並や 周 囲の緑の 並の 景観を 大 切にする活 動や条例 など の法制化 も進ん でい る が

周 辺の眺望 地点か らの俯 瞰 景 観 を大 切にす る事の視 点が 欠けて い た の では な か ろ うか、 それ は都 市全体の構 造を認 識し易 く且 つ 美しい景観 も楽しむこ と が 出来る。

 

だ が近 年こ の清水 寺 か らの素 敵な景 観の真中に

巨大な建 築 物

新 京 都 駅ビル

60M ,

長さ

40

0M

>が 出現した。

 

一 5

では さ程 大き く感じ られ ない が

東 本 願 寺 の 大 きな御 影堂 や 周 囲の ビル

建 物と比べ ると その ス ケ

ル アウ ト さ が異常に み え

近 くに寄 ると巨大 な 壁 が 万 里の長 城の

一7

) 続い て い る。

 

また北 側の鳥 丸通 り から京 都駅 を 見 ると

PI

大な アイ ス トップ と して 立 ち塞が り

周 囲 を暗く し閉塞 感を与えて い る。

 

(図

一 8

 

そ して それ は単に景観 ヒの問題だ けでな く

上 ( kami :標 高の 高い北 部)か ら下 (simo :低地の南 部) へ 空 気の流 通や地下水を も断絶し てい るであろう。

 

平安京 以 来

現 在まで都 市の基本構造で貴 重な 「 条坊 制 (グリッ ド状の 町割 り) 」を 残 して来た京 都 の

1200

年の 歴史

人々 の々 と築い て来 た伝 統 遺 産を 無 視し た新 京 都駅 ビル の 巨 大さ は 問 題 が多い と

言 わざるを え ない 。

 

京 都の 「条坊 制」で は

三条

四条などの東西の 大路と朱雀

西 洞 院

東洞 院 な ど南 北 大路 に よっ て 区画 され た大ブロ ッ クが 「坊 」

そ れ を 東 西

南 北 三 本ずつ の小路 によ り

16

の小ブロ の 「町」に 割れ る

こ の 約

120M

四方の 区 画の 「町」に位階 三位以

E

の貴 族の 典型 的 寝 殿造 りが構成 さ れた歴 史 が あっ た。 図

6 清 水寺 と 京 都市 街 関 係 図 図

7 南 側か らの新 京 都 駅 景 観 図

8 北 側

烏 丸通り からの新 京 都 駅

6

 

SPECIAL  ISSuE OF JSSD  vol

9 No

22002

 

デザ イン学研究特 集 号

(4)

Japanese Society for the Science of Design

NII-Electronic Library Service Japanese  Sooiety  for  the  Soienoe  of  Design

KヲαoT“war13fm

識閲

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と歴 働 的 孅 瀟 鋤の幾 懊 比 縦 図

9 京 都の新 旧 建 築 比 較:プロ セ ス

キテ ク チュ ア 116

4 .

シュ ツッ トガル トの景 観政策

 

2000 年の 夏に欧 州の エ コ 施 設 と都 市を調査 し シュ ツ ッ トガル トも訪ねた。  ド イッでの都 市 計 画はマ ス タ

プランの 「土 地 利 用 計 画 (F プ ラン)

1

と 地 域や建 築 をコ ン トロ

ル する 「地 区詳 細 計画

B プ ラ ン) 」の基本的法規が あるが それ に 「風 致

景 観計 画 (LSP )」と 「緑地 整 備 計画 (

GOP

」 が加わ り詳 細な都 市 景観 が 形成 さ れる。

 

シュ ツ ッ トガル トは京 都 と

1

司じ盆地 にあ る が

ベ ンツなどの工業 都 市で過 去に環 境 が 悪化し たが

周 囲の丘陵地 を 緑 地 化 し微 気 象を調査 しき れ い な 空 気 を 中 心 地に導き再牛 した 「

J

プ ラン」を実 施 し た。

 

また中 心 地 に おい て は建 造 物は 既に建て ら れ た 少 数の ものを除き、 歴史的 な 教 会 など よ り低 く してい て歴史的建造 物 を景 観視 点とし て大 切にし 町 割 りも歴 史 的な典型 的 街 区スケ

ル が採 用され た。

 

中 央駅の再 開 発 も

市民 を参 加さ せ 、 コ ンペ を して 地 下 化 する事になっ た 「シ ュ ツ ッ ト ガル ト

21

」プ ロ ジェ トは EU の都 市イン フ ラ整 備の 中 心 に位置 付 けら れ てい る。

 

日本の歴 史 的 都 市 景観は 現在危 機 に面 して い る が シ ュ ツ ッ トガル トの事例 は我々 の進むべ き方向 を 示 してい るの で はない か。  参考文 献 ● オギ ュ ス タ ン

ベ ル ク ; 「日本の 風景

西 欧の景 観 」   講菁炎

3

 1 9 9 0 ● 小澤 弘

丸山伸彦 ; 「図 説

江 戸 図屏風 をよむ」  河 出 書房 新 社

1993 ● 佐 藤 滋

城 下 町 都 市 研究会 : 「城下町の都 市デ ザ イン  を読む

1

造景12

、1997

●」 : 「京都

清 水 寺の境 内構 成研 究

1

2

3 」  日本デザ イン会 口 頭 発表

]995

1997

1999 「京の都 市 意匠

景 観形 成の伝 統 」より 羅 講

騨 輪 鸞 韆

鸛 融 器 瀞

趨  

  轡  

10 シュ ツッ トガ ル トの中心 街 図

11 微気 象を都 市 計 画に取り 入 れ た バウミュ

博 士 ● 西 川幸 治

高橋 徹 : 「京都

r

二百年 (上) 」 草 思 社  

1997

● 凵」崎正 史: 「京の都 市意 匠

景 観 形成の伝 統 」   プロ セ ス ア

キテク チュ ア

、1994

●大西國 太 郎 : 「都 市 美の都 」鹿 島出版 会

1992 ● 坂 本英 之 : 「ド イッの 景 観コ ン トロ

ル」 造 景15

  1998 ●

 

「Landschaftsptan

LSP2005 」

 

Stuttgart

1996

● 「Urban Climate 21」Stuttgart

2000

 

「Stuttgart verwirklicht  Visionen 

I

 Stuttgart

2000

●ハ ン ス

ツ : 「シュ ツ ッ トガル トの グ リ

ン不 ッ

  ト ワ

ク」マ ル モ 出 版

1997

デ ザ イン学 研 究 特 集 号 SPECIAL  ISSUE OF JSSD Vol

9 No

22002   

7

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