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日本甲殻類学会 ReportCarcinological Society of Japan
報告
Cancer 25: 25–27 (2016)
ミネフジツボの脱皮前後の行動
Pre- and Post-molting behaviors in the barnacle, Balanus rostratus
為近昌美
1, 2*・石原(安田)千晶
2, 3・和田 哲
2Masami Tamechika, Chiaki I. Yasuda, and Satoshi Wada
はじめに フジツボは,他の甲殻類の歩脚に相当する部位で ある蔓脚(図1)によって餌となるプランクトン等 を濾しとることが知られている.蔓脚は,波あたり の強さに応じて顕著な表現型可塑性を示し,波あた りのおだやかな場所ほど蔓脚が長くなる(Hoch, 2011).例えば,波あたりの強い場所から弱い場所 に移植したBalanus glandulaでは,第6蔓脚の全長 が,35日間で約1.4倍に伸長したことが報告されて いる(Marchinko, 2003).この蔓脚の可塑的な伸長 は脱皮に起因するものである.つまりフジツボ類に おける脱皮には,体サイズ成長という機能以外に, 環境条件の変化に対応するために形態形質を可塑的 に変化させる機能もある.一方,フジツボ類におけ る脱皮前後の行動を記載した例はなく,蔓脚の可塑 的変化がどのような過程で生じているのかは明らか にされていない.そこで本稿では,ミネフジツボ Balanus rostratusを水槽内で連続撮影して,本種に おける脱皮前後の行動を記載する. 材料および方法 本研究で用いたミネフジツボは,青森県むつ市川 内町漁協で購入した.ミネフジツボは,日本海北部 沿岸および日本東北地方太平洋岸から北アメリカ・ カナダ太平洋岸にいたる太平洋北部沿岸に広く分布 する冷水性の大型フジツボであり(加戸ら,2009), 日本に分布しているフジツボ類の中では最大種であ る.青森県陸奥湾では,ホタテガイの垂下養殖場を 利用したミネフジツボの垂下養殖がおこなわれてお り,地方の特産品として注目されつつある.飼育観 察における利便性を考慮して,貝殻1枚当たりのフ ジツボの付着個体数が2~6個体と比較的少ないも のを選別して購入した.これらのフジツボ(合計 61個体)が付着したホタテガイの貝殻16枚を,プ ラスチックの小型水槽(10 cm×14 cm×高さ7 cm) 1 鶴岡市立加茂水族館 Kamo Aquarium 〒997–1206 山形県鶴岡市今泉字大久保657–1 657–1 Okubo, Imaizumi, Tsuruoka, Yamagata 997–1206,
Japan
2 北海道大学大学院水産科学研究院海洋生物学講座
Laboratory of Marine Biology, Graduate School of Fisheries Sciences, Hokkaido University
〒041–8611 北海道函館市港町3–1–1
3–1–1 Minato-cho, Hakodate, Hokkaido 041–8611, Japan E-mail: wadas@fish.hokudai.ac.jp
3 和歌山大学教育学部
Faculty of Education, Wakayama University 〒640–8510 和歌山県和歌山市栄谷930 930 Sakaedani, Wakayama 640–8510, Japan
図1. ミネフジツボの通常の行動.
蓋板の合わせ目(点線で囲った閉塞縁(a))に対して
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Cancer 25 (2016) 為近昌美 ・ 石原(安田)千晶 ・ 和田 哲 に1枚ずつ入れて,気温15℃で2014年10月15日か ら12月3日まで止水条件下で飼育・観察を続けた. この観察期間を通して,ビデオカメラ(Victor/ JVC, Everio, GZ-MG330)で動画を撮影して連続観 察を行い,各個体の脱皮時間を記録した.脱皮が観 察された場合は,水槽から脱皮殻を除去して,該当 個体の動画から脱皮前後の行動を観察した.飼育期 間の後半には,各個体の脱皮周期に基づいて,次の 脱皮時期をある程度正確に予想できるようになった ため,脱皮前後の行動を肉眼で詳細に観察する機会 も得られた.117回脱皮を観察した結果,脱皮前後 の行動が鮮明に記録できたのは77回であり,以下 の結果では,77回に共通して観察された行動を記 載した.また,61個体のうち47個体において以下 に記載する行動が観察された. 結果と考察 脱皮前の行動 止水条件における通常の摂餌行動の際には,ミネ フジツボは蔓脚を2枚の蓋板の合わせ目である閉塞 縁に対して垂直に動かしていた(図1).一方,脱 皮直前になると,蔓脚をしまい,蓋盤を前後左右へ モゾモゾと動かす行動が観察された.この動きは人 間が布団の中で着替えをしている動きを連想させ る.この行動が起こっている間に,蓋盤の中では, 脱皮が起こっている可能性がある.脱皮殻を蓋盤内 で脱いでいるために蓋盤がモゾモゾと動くと考えら れる. 脱皮後の行動(動画:http://www.momo-p.com/index. php?movieid=momo141201br01b&embed=on) ミネフジツボは,脱皮直後(脱皮殻が蓋板から出 た直後)に蔓脚を勢いよく出し入れすることで,強 い水流を数回おこした.この行動は普段の蔓脚出し 入れよりも激しく,水面付近で行われた際には,水 鉄砲のように弧を描いて水が噴射される様子も観察 された.次に,蓋盤の先端を,上下左右や周殻の縁 に沿うように動かした(図2a).この行動は,周殻 に異物がついたときにも頻繁にみられた.これら2 図2. ミネフジツボの脱皮後の行動. a: 蓋板の先端を動かす.b–d: 閉塞縁に対して蔓脚を平行に保ちながら伸展する.左右どちらか一方向のみで連続し て蔓脚を出し入れし,蓋盤から出る蔓脚を,段階的に伸ばしている.e: 残り一方向でもb–dと同様の行動をする. f: 通常は緩やかに巻いている蔓脚の先端部まで伸長し静止する.27
Cancer 25 (2016) ミネフジツボの脱皮前後の行動 つの行動は,脱皮殻が蓋盤上を覆うという状況を避 けるために行われると推測される.その後,蔓脚を ゆっくりと伸ばす,人間のストレッチ運動のような 伸展行動が,閉塞縁に対して蔓脚が平行になる形で 観察された(図2b, e).この伸展行動は,蔓脚を左 右どちらか一方向のみに向けた状態で始まり,その 後,蓋盤から出る蔓脚の長さを段階的に増加させて いった(図2b–d).蔓脚を蓋板の内から全て出し きったところで,蔓脚を先端まで伸ばしきり,蔓脚 がほぼ直線になった状態で約2分間静止した (図 2f).先端より蔓脚を巻き取っていき,蓋盤内に蔓 脚を収納した.最後に,蔓脚の全体を出し入れする 行動(図2d)を2, 3回繰り返したのち,蓋盤内に蔓 脚を収納した.この一連の行動は,もう一方の方向 でも同様に行われ(図2e),2時間以上かけて左右 交互に複数回おこなった.伸展行動の間隔は徐々に 短くなり,最終的には通常の蔓脚行動(閉塞縁に対 して蔓脚を垂直に動かす行動)へと戻った(図1). 本研究の結果,本種が脱皮後,蔓脚の伸展行動に 長時間を費やすことが明らかとなった.上記のよう な伸展行動には,蔓脚を先端まで綺麗に伸ばすこと で,巻き取りやすい形態に整える機能や,蔓脚を広 げた際の角度を調整する機能があることが示唆され る.本種は通常第1蔓脚から第6蔓脚を,それぞれ 一定の間隔で広げるが,本研究においては,一貫し て蔓脚の広げ方が均一でない個体や,蔓脚をうまく 伸ばせない個体が観察された.これらの個体は,脱 皮後の伸展行動を適切におこなえなかった個体かも しれない.Marchinko (2003) の報告では,フジツボ の蔓脚の全長が波あたりの強さに応じて変化するこ とが示されたが,この形態変化が生じる過程につい ては不明であった.波あたりが強い環境では,脱皮 後の伸展行動が十分にできないことが,蔓脚の全長 における可塑的変化を引き起こす直接の(至近的 な)原因かもしれない.また,波あたりなどの環境 要因の違いは,蔓脚の全長だけでなく,各蔓脚の形 態(蔓脚1本1本の密集度合いや間隔)も変える原 因になっていることが示唆される. 謝 辞 本報告を行うにあたり,多くの助言をしていただ いた山口幸氏,撮影機材を貸与していただいた岩原 由佳氏,実験を手伝ってくれた北海道大学大学院水 産科学研究院海洋生物学講座(ベントスグループ) の皆様,最後に,いつも私を支えてくれる家族,友 人に心から感謝します.有難うございました. 文 献 加戸隆介・鈴木潤也・鈴木祐二・難波信由・小河久 朗,2009.陸奥湾におけるミネフジツボの繁殖・ 幼生分布・付着・初期成長.日本水産学会誌,75: 432–442.Hoch, J. M., 2011. Effects of crowding and wave exposure on cirrus morphology of the acorn barnacle, Semibalanus balanoides. Journal of Crustacean Biology, 31; 401–405.
Marchinko, K. B., 2003. Dramatic phenotypic plasticity in barnacle legs (Balanus glandula Darwin): magnitude, age dependence, and speed of response. Evolution, 57: 1281–1290.