浄 土 律 復 興 蓮 動 に 就 い て ( 大 橋 )
潭
土
律
復
興
蓮
動
に
就
い
て
大
橋
俊
雄
思 う に 江 戸 時 代 封 建 制 の 確 立 に 件 い、 佛 敬 は 基 教 禁 制 の 手 段 と し て 利 用 さ れ、 加 う る に 寺 請 制 が 定 ま り、 本 末 階 級 の 爾 制 に 依 り 全 く 形 式 化 さ れ、 戒 法 地 に お ち 安 逸 遊 堕 に 流 れ る 曾 風 に 封 し、 教 團 外 の 人 達 か ら 辛 辣 な 批 到 を か う こ と に な つ た が、 一 面 心 あ る 僧 侶 の 中 に は ﹁ 我 佛 門 ノ 僧 徒 四 民 ノ 外 ニ 出 テ 農 業 ヲ ツ ト メ ズ、 工 商 ヲ ナ サ ズ シ テ 而 モ 官 緑 ヲ 受、 世 ニ 敬 ヒ 貴 マ ル ・ ハ 何 ノ 故 ア リ テ ノ 事 ナ ル ヤ。 唯 コ レ 最 勝 ノ 妙 法 ヲ 取 扱 ヒ、 戒 行 ノ 持 チ 難 キ ヲ 能 タ モ ツ ニ 堪 タ ル カ 故 也。 然 ル ニ 今 時 我 門 ノ 徒 弘 法 持 戒 ヲ 以 テ 職 ト ス ル 事 ヲ モ 忘 レ ハ テ テ、 只 檀 家 ニ ヲ モ ネ リ ヘ ツ ラ ヒ、 酒 肉 ヲ モ ナ ス 事 茶 屋 ノ 如 ク ナ ル ハ 何 ソ ヤ ﹂ ( 蓮 門 雑 談 集 ) と 慨 嘆 し た 學 信 の 如 き も 居 つ た。 そ の 頃 ﹁ ア ル ト キ 旅 行 ノ ツ イ テ フ ト 或 寺 ノ 門 前 ヲ 通 リ タ ル ニ 門 外 ヨ リ 寺 中 ニ 至 ル 迄、 掃 除 ノ 奇 麗 ナ ル ヲ 見 テ 思 ハ ズ 寺 申 ニ 立 ヨ リ テ 見 聞 ス レ ハ 律 院 ナ ル ヨ シ ﹂ と、 例 へ 清 浮 な 地 と し て 當 然 あ る べ き 姿 と は い え 清 掃 の 行 き 屈 い て い る 貼 に 着 目 し て 律 院 の 存 在 債 値 を 認 め た こ ﹁と は、 か か る 北具 暴 に 清 掃 を す ら こ と 敏 く 寺 院 の あ つ た こ と を 暗 示 す る の で あ り、 關 通 が ﹁ 戒 行 持 ち て 勤 行 の 道 場 な 砂 ん ぞ 難 有 し ﹂ (選 澤 集 要 文 聞 書 ) と 述 べ、 叉 徳 嚴 が ﹁ 三 州 額 田 郡 瀧 村 曹 洞 宗 萬 松 寺 末 昌 光 寺 之 號 を 同 郡 伊 賀 村 江 移 し ﹂ 昌 光 律 寺 を 創 建 す る に あ た つ て、 増 上 寺 妙 讐 定 月 が 曾 つ て 大 樹 寺 に は 五 十 五 の 末 寺 を 有 し て い た が、 今 に 存 す る も の は 十 二 ケ 寺、 律 院 建 立 の あ か つ き に は 慶 亡 し た 末 山 三 十 四 ケ 寺 分 の 敏 法 弘 布 の 道 場 と な つ て 欲 し い と 期 待 さ れ て い る の も、 當 時 律 院 が 沈 滞 し た 宗 門 に 如 何 に 涼 風 を 鼓 吹 さ せ る も の と し て 認 め ら れ て い た か を 謹 す る も の で あ ろ う。 か く て 律 僧 は ﹁ 頗 ル 浄 宗 ヲ 光 華 ス ル ﹂ に 足 る 人 と 目 さ れ、 叉 ﹁ 浄 士 律 ト 稱 シ テ 大 小 ノ 戒 ヲ 兼 行 ス ル 徒 ﹂ ﹁ ヲ 至 ツ テ 敬 ス ル ﹂ 人 も 多 か つ た と い う こ と は、 宗 風 地 に お ち た 時 代 と し て は 寧 ろ 當 然 で あ つ た。 律 僧 は 現 時 僧 風 の 實 情 を み つ め て、 宗 團 の あ る べ き 姿 を 考 え、 己 れ の 僧 と し て の 使 命 を 自 畳 し た 上 で、 僧 風 を 批 剣 し、 圓 頓 戒 は 理 談 に 流 れ 行 事 面 に や や 粗 漏 あ り と い う こ と で、 圓 戒 を さ け 四 分 律 を 嚴 持 す る こ と に よ り、 教 團 を 維 持 せ ん と し た。 か く て な さ れ た 浮 土 律 復 興 の 氣 運 は 一 に 敬 首 を 頂 鮎 と す る 江 戸 中 期 と 湛 慧 ・ 行 誠 に よ り 行 は れ た 江 戸 末 期 に 大 き な 波 が あ つ た と い え よ う。 末 期 に 出 で ﹁從 二 遊 於 湛 慧 和 上 座 下 一者 具 二 三 年 特 深 浸 二潤 法 澤 こ し た 檀 讐 貞 現 は 準 律 の 制 を 定 め て ﹁ 佛 祀 守 二制 誠 嘱如 法 勤 行 可 レ 爲 二 丁 寧 一事 ﹂ を 縷 読 し、 大 樹 寺 の 観 碁 呵 音 が ﹁ 爲 浄 土 律 院 上 者 持 戒 念 佛、 爲 宗 同 類 之 助 業 者 随 意 可 修 之、 諸 鯨 之 雑 行 者 不 可 勤 修 之 事 ﹂ ﹁ 永 代 無 断 施 持 戒 之 僧 可 爲 住 職 之 事 ﹂ 等 五 ケ 條 の 定 規 を 定 め て 松 林 律 院 の 創 建 を 祀 幅 し、 福 田 行 誠 が 浮 名 律 院 に 慧 澄 を 訪 い 律 學 を 究 め た の も、 其 の 眞 意 は 慧 澄 が 當 代 き つ て の 律 僧 な る が 故 で あ り、 機 會 あ ら ば 江 戸 傳 通 院 山 内 に 律 院 の 創 建 を 考 え て い た か ら で あ つ た。 當 時 慧 澄 は ﹁ 比 丘 之 行 事 は 外 よ り 思 召 と は 大 違 ひ 候 も の に 而、 不 相 心 得 候 て は 中 々 末 世 相 似 之 比 丘 に も 難 相 成 候。 當 時 見 請 し 所 に よ れ は、 授 戒 さ へ す め ば 比 丘 の 様 に 相 心 得 て は 不 案 内 な る 儀 に 御 座 候。 當 時 は い つ 方 も 皆 左 様 に 可 有 之 候 ﹂ と 述 べ て 戒 律 嚴 守 せ ざ る も の の 多 き を 嘆 じ、 こ れ に 行 誠 は-170-同 感 の 意 を 示 し、 後 日 桑 折 無 能 寺 よ り 鮮 堂 琳 瑞 を 得、 ﹁ 無 能 寺 和 尚 行 事 之 通、 井 先 々 の 勤 方 を 相 守 り ﹂ 戒 律 を 嚴 持 し た 琳 瑞 は、 行 誠 の 推 朝 に よ り 安 政 四 年 四 月 ﹁ 檀 答 大 僧 正 準 備 之 規 約 有 之 候 腱、 近 來 法 租 之 遺 誰 追 々 相 弛 候 哉 二 相 聞 痛 心 二 被 思 召 ﹂ ﹁ 圓 頓 菩 薩 之 大 戒 に お ひ て 無 閾 減 令 護 持 ﹂ ん が た め、 庭 静 院 を も つ て 本 律 道 場 と な し、 ﹁ 永 世 可 爲 律 場 事 ﹂ が 定 め ら れ た の で あ つ た。 こ の 頃 江 戸 に は 増 上 寺 山 内 に 慧 照 院 が あ り、 ﹁ 徳 門 流 の 學 問 を 好 み 玉 ひ し ﹂ 律 僧 華 藏 賢 道 が 佳 し、 三 河 に は 貞 照 院 に 無 一 慧 頓 ・ 至 道 天 然、 昌 光 律 寺 に 海 印 一 清 が 律 憧 を 守 り、 京 都 西 壽 寺 に は 慧 頓 か ら 出 た 湛 忍、 無 能 寺 に は 琳 堂 が い て 夫 々 律 法 を 護 持 し、 僧 風 の 革 清 に 一 分 を 形 成 し て い た。 由 來 浄 土 宗 で は 法 然 が 黒 谷 聖 人 叡 室 よ り 圓 頓 戒 の 正 統 を 傳 授 し て い る が、 浮 土 律 で は ﹁ 宗 乗 は 圓 光 大 師 を 專 信 す れ ど も、 戒 法 は 善 導 流 な り ﹂ と し て 四 分 律 奪 重 論 を 提 唱 し て い る。 こ れ は 律 租 塞 潭 の 師 忍 激 が ﹁ 大 師 受 随 將 依 二何 律 一﹂ の 問 に 封 し、 ﹁ 恐 依 二 四 分 一所 二 以 知 一者 當 時 所 二盛 行 嚇故 ﹂ ( 善 導 大 師 別 傳 纂 註 ) と 述 べ た 語 を も つ て 其 の 支 え と し て い る。 忽 激 が 何 を 典 接 と し て 善 導 戒 を 四 分 律 と 断 定 し た か は 知 る に 由 な い が、 事 實 金 石 葦 編 所 載 龍 門 大 盧 舎 那 像 寵 記 に ﹁ 槍 校 僧 西 京 實 際 寺 善 導 繹 師 ﹂ と あ る こ と に 依 り、 善 導 が 實 際 寺 の 検 校 で あ つ た こ と が 誰 明 さ れ、 實 際 寺 は 律 寺 で あ り、 鑑 眞 も 此 慮 で 恒 景 よ り 四 分 戒 を 傳 受 さ れ て い る ( 宋 高 侶 傳 巻 一 四 )。 善 導 が 嚴 粛 な る 護 律 家 で あ る こ と は 等 し く 諸 傳 の 記 す 所 で あ り、 具 つ 彼 の 在 世 時 が 四 分 律 盛 行 期 で あ る こ と を 思 う ど き、 善 導 戒 が 四 分 律 に 關 係 あ つ た で あ ら う こ と は 否 定 で き な い。 良 忠 が 生 駒 良 遍 か ら 受 學 し た 戒 も 四 分 律 な ら ば、 了 恵 が 俊 栃 の 弟 子 圓 琳 の 門 下 畳 室 か ら 相 承 し た の も 南 山 律 で あ つ た。 慧 澄 も 行 誠 か ら 托 さ れ た 琳 瑞 の 受 戒 に 就 て ﹁ 拙 僧 も 御 承 知 之 通 老 衰 所 詮 何 事 の 御 咄 し 等 は 出 來 不 申 候 間 ﹂ ﹁彌 律 法 如 法 に 相 勤 度 と の 存 念 に 御 座 候 は ば 不 取 敢 上 京、 棋 の 尾 に 五 六 年 も 相 勤 め、 律 學 井 に 行 事 等 丁 寧 に 御 學 ひ、 大 切 に 比 丘 の 行 事 を 相 守 ﹂ る べ き こ と を 指 示 し て い る こ と か ら し て も 四 分 律 に 傳 燈 の あ る こ と を 示 唆 し て い る よ う で あ り、 彼 の 受 學 に は 殊 更 大 き な 關 心 を も ち、 戒 律 復 興 に 期 待 す る 所 大 で あ つ た。 而 し て 行 誠 が 律 瞳 の 復 興 を 志 し た 所 以 の も の は ﹁ 欽 で 請 ふ、 諸 宗 の 龍 象 先 づ 宗 々 の 戒 定 を 再 興 し、 以 て 破 戒 散 動 の 悪 業 を 慶 す べ し、 名 利 貧 瞑 の 俗 腸 を 一 洗 し て、 以 て 我 な く 我 々 虞 な き の 眞 門 を 務 む べ し ﹂ と い い、 佛 侶 本 來 の 面 目 を 持 す る に は 戒 律 を た も た ね ば な ら な い と す る 意 圖 か ら で、 こ れ は 亦 慧 力 堪 忍 が ﹁ 佛 法 に 滅 亡 到 來 は 考 え ら れ ず、 宗 教 の 興 慶 は 組 織 に 存 す る に は 非 ず し て、 た だ 曾 侶 自 身 の 精 進 努 力 に あ る の み。 戒 律 の 興 立 に よ り 宗 門 を 救 う こ と を 得 ん ﹂ と い う て い る の と 軌 を 一 に す る も の で あ る。 そ の た め に は 人 師 の 養 成 こ そ 再 興 の 必 須 的 要 件 で あ る と し、 ﹁ イ カ ナ ル 嚴 重 ノ 法 ア リ ト モ、 其 人 ニ ア ラ ザ レ バ 法 ノ 興 ル 事 ハ 無 キ 也、 扱 能 人 ヲ 仕 立 ル ニ ハ 先 ヨ キ 人 ヲ 學 用 ユ ヘ シ、 サ ス レ バ 自 然 ト 其 風 二 靡 テ 善 人 出 來 ル 者 也 ﹂ と 述 べ、 萎 微 し つ つ あ る 佛 法 は 最 早 や 人 の 養 成 に よ る 外 な し と 琳 瑞 に 白 羽 の 矢 を た て、 彼 に よ り 多 く の 律 僧 を 養 成 せ し め、 ひ い て は 世 人 の 尊 敬 を 受 け し む る に た る 教 團 に ま で 昇 華 さ せ た い と い う の が 行 誠 の 念 願 で あ り、 堪 忍 の 所 願 で あ つ た。 か く て 佛 法 の 興 隆 を は か ろ う と す る 氣 運 に 傾 い た が、 こ れ を 要 す る に 中 期 に 自 か ら 律 を 求 め た 人 は、 持 戒 を 自 己 の 問 題 と し 世 相 の 浄 化 に 志 向 し た が、 末 期 と な り 弊 風 み な ぎ る に 及 び、 自 己 は と も か く 一 人 で も 多 く の 律 僧 を 教 界 に お く り、 佛 法 の 再 興 は 人 が 圭 體 で あ る と す る 傾 向 が 見 ら れ た よ う で あ る。 浄 土 律 復 興 運 動 に 就 い て ( 大 橋 )