1 大阪府知事 橋下 徹 様 平成22年9月22日 大阪青年司法書士会会長 白 木 敦 司 法務局の事務の地方移管に関する意見書 当会は、大阪府下の若手司法書士を中心とした任意団体であり、1961年 の発足から現在に至るまでの間、市民の権利保護を目的とし、良質かつ信頼性 の高い登記制度の研究及び知識研鑽に努めてきた。 今般の内閣府の地域主権戦略会議が推進する法務局事務の地方移管に関し、 次のとおりの意見を述べる。 ■ 意見の趣旨 ■ 各種登記事務の地方への移管につき、強く反対する。 ■ 意見の理由 ■ 第1 はじめに 1 登記制度の果たしてきた役割 日本の不動産登記制度は、市民が所有する不動産について、権利関係を公示 する役目をはたしてきた。 歴史的にみれば登記制度は、今から100年以上も前に裁判所の事務として スタートし、司法の一部として開始された制度である。 現在では、法務局が所管する事務であるが、裁判をはじめとする司法制度の 一翼を担い、裁判や執行など司法制度と切っても切れない関係にあり、司法制 度のインフラのひとつともいえる。また、不動産の取引をはじめとして、国民 の経済活動の基盤にもなっており、経済活動のインフラのひとつともいえる。 更に、登記制度は、不動産登記だけではなく、会社・法人の基本情報を公示 する商業・法人登記、成年後見制度を支える成年後見登記などさまざまな種類 があり、いずれも、司法制度、経済活動と密接に関係する制度と言える。
2 2 司法書士が登記制度の真実性の担保に果たしてきた役割 登記制度で一番重要なことは、登記として公示される中身が、本当に真実と 合致しているかということである。たとえば、「不動産の真実の所有者が A であ るにもかかわらず、登記簿上は B 所有との記載になっている場合、あるいは、 売買によって所有権を取得したにもかかわらず、登記簿上の原因は贈与になっ ている。」というのでは、登記の信頼性が根本から崩れてしまう。 法務局は、申請された内容が、法令に合致しているか、実体に合致している か調査し、登記簿に記録する役割を担いながら、登記の真実性を確保しようと 日々努力している。つまり、「申請後の処理」を担っている。 これに対して司法書士は、申請代理人として、いかに真実に合致した内容を 登記簿に反映させるよう申請するか、当事者や法律行為を確認しながら、真実・ 実体に適合した登記が完了することを責務とする。つまり、実体的権利関係を 忠実に反映した登記が完了するよう、「申請前の処理」を担っている。 いわば、司法書士は、登記制度の真実性を担保するため、法務局の事務を補 完する形で登記制度を支えてきた。 第2 登記に関する事務について (1) 「地域主権改革」の趣旨から。 「地域主権改革」は、「地域のことは地域に住む住民が責任を持って決めるこ とのできる活気に満ちた地域社会をつくっていくこと」とされている。 登記等の事務は、地域に住む住民が責任をもって決めることであろうか。 そもそも登記等の事務については、憲法上保障された国民の私有財産を守る 仕組みとして、長きにわたり、国が責任をもって全国統一的に取り扱ってきた。 このような扱いがされてきた登記等の事務は、下記の性質を有しているゆえ に、国が責任をもって行ってきた事務である。 ① 国民の私有財産を守り、裁判・司法とも直結するいわば司法のインフラと もいえるものであること。 ② 国民の経済活動の基盤であり、国の根幹にかかわる事務であること。 ③ 登記等は、国全体で統一的な運営が必要であり、地域ごとに仕組みが異な ることは、国民の混乱を招く原因になること。 ④ 国民の財産は、居住地域にだけ存在するものとは限らず、日本全国に点在 するものである。経済行為も、居住地域だけで行うものではなく、日本全
3 国で行われるものであるゆえに、地域ごとのルールは、国民の混乱を招く 原因になること。 ⑤ 諸外国においても、国が責任をもって行っている例が多いこと。 現在の登記実務は、各種法令および100年以上にわたる蓄積のある先例・ 通達を基に統一的な扱いがされている。これが地方移管により、先例等が無視 され、公示の方法や内容に地方独自のルールができてくるのであれば、公示の 観点から、市民社会生活に混乱をきたす可能性が生じる。 また、公示される財産は、地域住民の近くにあるとは限らないし、経済活動 も居住地域の近くで行われるとは限らない。たとえば「福岡に住む方が、東京 に不動産を所有している。また、東京の会社が福岡で不動産を所有している。」 等々、このような取引は日常茶飯事である。このような現状の中、公示制度の 地方ごとの独自ルール化を許したら社会的混乱は必至であろう。 以上のように登記等の事務は、国が責任をもって、全国統一的な運営を行う べきであり、地方への移管は、「地域主権改革」の趣旨である地域独自の運営と は相いれないものである。 仮に地方に移管すると、いままで100年以上続いた登記制度に変化をきた す可能性を否定することはできない。地方独自のルールが生じ、登記の真実性 が確保できなくなることもあり得るのである。 (2)登記等の業務の地方移管は「国の出先機関改革」の趣旨にふさわしいか。 全国知事会プロジェクトチームの中間報告において「二重行政の解消や行 政の簡素、効率化の観点から国の出先機関の廃止、縮小を求めてきた」ことが 明らかにされているが、登記等の事務は国が一貫して行っており、二重行政に はなっていないし、司法制度のインフラともいうべき登記等の事務は、行政の 簡素・効率化だけで考えるものではなく、国民の権利の保護のための十全な仕 組み・運用が必要な事務である。 よって、登記等の事務は、「国の出先機関改革」にはあてはまらない。 (3)登記等の地方移管は、地域住民の利便性にかなうか。 地域住民の利便性を考えるにあたり、①登記等の制度的信頼の確保②制度的 にも利便性が向上すること③コスト的な削減の3点を踏まえながら、地方移管 につき、下記の点について検討する。 ⅰ登記簿謄本等の取りやすさと法務局との距離の問題 ⅱ法務局の庁舎の問題 ⅲ専門的知識を持った職員の育成 ⅳオンライン申請システムの維持
4 ⅴ登録免許税 ⅰ 登記簿謄本等の取りやすさと法務局との距離の問題 本年5月の内閣府による公開討論会では「法務局が近くになくて謄本を取り に行くのが不便である」等の主張がされた。 一見、近くに地方の所管する法務局があれば利便性が増すようにも見えるが、 それを実現するには、もっと法務局の数を増やす必要が生じ、役所を作るコス ト、職員を確保する財源が必要となる。 確かに現状の謄本等の発行制度が、市民にとって最良の発行制度でなければ 改善の余地はあろう。発行体制に市町村も組み込む、住民票・印鑑証明の発行 ですでに実現しているようにコンビニでの発行を取り込む、韓国で実現してい るように司法書士事務所での発行を取り込むなど、地方へ移管しなくてもさま ざまな方策は実現できる。 なお、現在でも、オンライン申請や郵送請求による謄本請求も可能になって おり、必ずしも、近くに法務局がなくても取得が可能な状況にある。 今後もさらなる請求しやすさを追求することは必要だが、必ずしも、地方移 管と直結する問題とは言えない。 ⅱ 法務局の庁舎の問題 市町村に移管する場合、現在の法務局は、市町村の数だけ存在しないため、 あらたに法務局の庁舎を新設する必要がある。そして、あらたな職員の確保の 問題も発生する。これらは、コスト増加の直接の要因となる。 ⅲ 専門的知識を持った職員の育成 登記制度等は、単に登記制度だけでなく、裁判・執行等司法制度とも密接に 結びつき、全国的に統一した運用が必要になることはすでに述べたとおりであ る。 そして、その運用には登記法をはじめ、民法、会社法等の法令の知識をはじ めさまざまな専門的知識が必要になる。専門的知識をもった職員をどう育成し ていくのか、コスト面からも制度的観点からも、大きな問題になるはずである。 地方に移管した場合、地方に人材育成の能力がないとはいえないが、特に市 町村に移管した場合、財源的、制度的に自治体にとって相当の負担になり、困 難が伴うと想像できる。育成にはそれなりの財源が必要であるし、育成のため
5 にあらたな仕組み作りを考慮しなければならない。 ⅳ オンライン申請システムの維持 現在、登記のシステムは、登記の記録・管理、証明書の発行、登記申請の各 部門においては、全国的規模でコンピュータ化されている。事務が各法務局で 行われているからといって、各法務局で独立して登記のシステムが運用されて いるわけではない。全国的につながったシステムになっている。 地方に移管し地方独自に運営するのであれば、新たな制度の構築が必要にな り、これもコスト増加に直結する。 ⅴ登録免許税 現在、登記をするためには、国税の登録免許税が必要になる。この登録免許 税を地方に移管した場合、地方にとって豊かな財源になるのだろうか。登録免 許税算定の基準は、固定資産税算定の評価額を使うものが多いが、人口の少な い地方ほど評価額が低いケースが多く、都市部でなければ必ずしも期待したよ うな財源が得られないことは容易に予想しうる。 ⅵ 最後に 以上は、ごく一部の例にすきないが、実際に地方に移管することを考えると、 財源の確保より、あらたな制度設計を伴うものが多く、利便性と結びつくもの はすくない。 むしろ、地域独自のルールを許す地域主権改革が、財源の問題で新たな地域 格差を生む恐れのあるものであれば到底容認することはできない。 以 上