22 しがだい しがだい 23
市場と国家の関係をめぐる
20世紀ドイツの軌跡
三ツ石 郁夫
(経済学部教授)
規制緩和や政府部門の縮小は現代経済の大きな流れとなっていますが、そもそも公的部門の肥大化や国
家の規制・介入とは、経済史から見ると、19世紀ヨーロッパにおける自由主義時代の後、20世紀前半の両
大戦間期以降に進んだ特徴でした。いわゆる総力戦として展開した二度の大戦では、経済資源をもっとも
「効率的に」配分することを目的として、政府内に資源配分だけでなく生産から消費までを計画する組織
がつくられ、それが資源配分や個別企業活動を統制するようになりました。背景は別としても、福祉国家
の考え方が現れてきたのもちょうどこのころです。
私の研究領域であるドイツ・ナチス期「統制経済」は、そうした介入的な政府が各生産部門を組織化し、
とくに1936年の4カ年計画以降は再軍備を目的として個別企業の生産活動を計画的に指令したと捉えられ
てきました。しかし近年では史料に基づいた研究がドイツで進み、今ではナチス経済に関するイメージは
大きく変わりつつあります。
それは第一に、ナチス政府は民間企業を国有化や命令によって統制したのではなく、特別な契約方法に
よって生じるインセンティブ効果によって操縦したというものです。第二に、そうした個別企業の自発性
に基づいて競争市場が進展し、それが1930年代半ばの経済発展をもたらしたというのです。ナチス経済の
「新自由主義的把握」は、同時に戦後西ドイツのいわゆる「経済の奇跡」についても、戦後改革やマーシャ
ルプランを要因としたとするのではなく、30年代からの経済発展傾向の「再構築」として捉えられ、また
そこでは戦後の「社会的市場経済」の評価に対する疑問も提起されています。こうした新しい研究動向は、
国家と市場を対立的に把握する枠組みを超えて、むしろ国家が市場経済システムを介入と管理によって人
為的に調整・操縦したとするところに「現代経済への系譜」としての特徴を見出しています。
私が2006年4月から9月まで研究滞在したドイツ・ホーエンハイム大学経済社会史講座は、そうしたナチ
ス経済再評価の一拠点であり、同大学のJ.シュトレープ教授とM.シュペーラー助手はその面で積極的な
研究成果をあげつつあります(写真は同大学の本部建物)。研究滞在中に私がここで取り組んだテーマは、
貯蓄銀行組織といわれる公的金融グループが政府資金調達において果たした実態と役割を明らかにし、金
融システムの安定性を地域経済のなかに探ることです。金融とは本来、公的性格を持っているといわれま
すが、ベルリン大銀行に対して、貯蓄銀行グループは、域内での住宅建設や中小営業者の資金需要に応え
る公益を原則とする金融機関として、地域内のリスク分
散的な信用構造を構築することに寄与しました。同時に、
貯蓄銀行はナチス期には政府・中央銀行(ライヒスバン
ク)による資本市場政策の手段としても適合的な金融機
関でした。貯蓄銀行は地域の要求と政府の要求という二
つの「公的課題」を前にして、初期においては前者を優
先するのですが、しだいに後者の枠組みに従属していく
ことになります。ナチス経済の自由主義的解釈のなかで、
いかにしてこの公的金融グループの位置と役割を現代的
に解釈するかが私の今の課題です。
しがだい25号.indb 23 2007/02/23 16:25:36