• 検索結果がありません。

〈書評〉酒井泰弘 著『ケインズ対フランク・ナイト─経済学の巨人は「不確実性の時代」をどう捉えたのか』 ミネルヴァ書房 2015

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "〈書評〉酒井泰弘 著『ケインズ対フランク・ナイト─経済学の巨人は「不確実性の時代」をどう捉えたのか』 ミネルヴァ書房 2015"

Copied!
2
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

156 彦根論叢 2016 spring / No.407

酒井泰弘

ケインズ

フランク

ナイト

経済学

巨人

「不確実性

代」

をどう

えたのか

ミネルヴァ書房

2015年、332pp.

 経済理論の歴史において、「不確実性」という 概念に初めて取り組んだのは、ケインズ(

1883-1946

)とフランク・ナイト(

1885-1972

)であったこ とは、よく知られている。しかしながら、この二人の 理論と思想がどのような共通点をもち、どのような 点で異なっているのかを真正面から考察した研究 は、実はこれまでほとんどなかった。本書の最大の 魅力は、このような未踏のテーマに大胆に取り組 んでいる点にある。  本書は、

1921

年を「奇跡の年」と呼ぶ。

20

世紀 を代表する経済学者ケインズとフランク・ナイトが、 そろって、蓋然性、リスク、不確実性についての、画 期的な著作を出したからである。これは歴史の偶 然なのか、必然なのかと著者は問いかける。「奇跡 の

1921

年」が大戦間期の先の読めない時代であ り、偉大な経済理論と思想の誕生の背景に、この ような歴史的状況があったことは、明白である。著 者がフランク・ナイトに着目した最大の動機が、

2015

3

11

日の東日本大震災に続く原発事故と いう「想定外の事象」にあり

(p.76

)、本書が極めて 現代的な問題意識のもとに執筆されていることを、 読者はまず心にとどめるべきである。  ケインズは、

1936

年主著『一般理論』を公刊し たが、この著書があまりにも有名になり、現実経済 への影響力も大きかったため、

1921

年公刊の『蓋 然性論(

A Treatise on Probability

)』の意義と重 要性は、これまで正当に評価されなかった。この 御崎加代子 Kayoko Misaki 滋賀大学経済学部 / 教授 著書のタイトルは従来『確率論』と訳されることが 多かったが、本書では、

Probability

を「確率」とは あえて訳さず「蓋然性」と訳す。「確率」は数学や 統計用語に限定された概念で数値表現が可能で あるのに対し、「蓋然性」はより広く「ありそうなこ と」を表し、数値表現は不可能である。実はケイン ズの意図は、後者を論じることにあったというのが 本書の主張である

(pp.47-48)

。ケインズは、書斎 にこもる学者タイプではなく、「実務家 

practical

man

」と呼ぶにふさわしい人物であったことを指摘 しつつ、ケインズの「蓋然性」が理系的な確率論と いかに異なるかを、本書はわかりやすく示している。 さらに本書は、『一般理論』のケインズ(後期ケイ ンズ)と『蓋然性論』のケインズ(初期ケインズ)が 断絶するという従来の解釈を退け、両者の連続性 を重視する。そのうえで、後期ケインズが論じる「不 確実性」が、「確実性」や「蓋然性」の領域を超える 「基軸概念」であると結論付ける

(p.60)

。実際の 経済活動において、この「不確実性」と対峙するた めには、従来の経済学が前提とするような経済合 理性ではなく、それを超えた「アニマル・スピリッ ツ」が重要になってくるのである。

 一方、フランク・ナイトは、

1921

年公刊の『リスク、 不確実性および利潤』において、「不確実性」と「リ スク」とを明白に区別した。ナイトは、不確定事象 を「測定可能性」という基準で二種類に分け、「測 定可能な不確実性」を「リスク」、「測定不可能な不 書評

(2)

157 酒井泰弘 著『ケインズ対フランク・ナイト−経済学の巨人は「不確実 性の時代」をどう捉えたのか』 御崎加代子 確実性」を「真の不確実性」と呼んだのである (

pp.86-87

)。ナイトは、人間の世界が、不確実性 に満ちた「変化の世界」であると考えていた。ビジ ネスでは不断に前例なき事態に直面しており、確 率計算は不可能であるにもかかわらず、経済理論 の歴史においてはこのような問題がほとんど無視 されていたことに、ナイトは憤慨していたのである。 リスクとは区別された、真の不確実性の意味を明 確にしたナイトは、そこから企業者の所得である 利潤を説明する。利潤とは、測定可能なリスクに対 する報酬ではなく、「測定不能な不確実性に対す る報酬」なのであり、プラス値を取ることは保証さ れないのである(

p.94

)。  現在、「リスク」という言葉は新聞やテレビで頻 繁に登場するが、リスク研究においては、基本的に 何らかの確率分布の存在を前提した、理科系中心 のアプローチが幅を利かせている(

p.95

)。著者の 専門分野である「リスクの経済学」分野においても、 主流の位置を占める理論は「期待効用理論」であ るが、この理論は、質的に次元が異なり測定困難 な不確実性を問題にする際には、有効性は急速に 低下する。この限界を超えるためにはナイト理論の 領域に入ることが必要である(

p.101

)。そしてケイ ンズもまた、人間の活動の大部分が数学的な期待 値に依存するというよりも、衝動本能=アニマル・ スピリッツに依存していると考えていた(

p.178

)。  ケインズとナイトの理論は、以上のように非常に 似通った部分があるのだが、二人の関係には微妙 な部分もある。例えば、ケインズが『一般理論』で 展開した流動性選好説は、まさに不確実性の世界 を前提としたものであるといえるが、ケインズは、ナ イトが利子理論については「依然として古典派の 時間選好説にとらわれて」いるとその不徹底さを指 摘していた

(p.184

)。このようなケインズの態度に 関連して、本書が、ヒックスの

IS–LM

分析の問題 点も指摘していることは非常に興味深い。

IS–LM

モデルは、難解なケインズ経済学の普及には大い に役立ったかもしれないが、肝心のケインズの意 図を伝えることができないのである

(p.191)

。  本書には、経済学についての一般常識を覆すよ うな興味深い指摘がちりばめられている。そのひ とつが、シカゴ学派の多様性である。実はナイトは 「シカゴ学派」の元祖である。現在、「シカゴ学派」 といえば、市場原理主義でリバタリアンのフリード マンを思い起こすことが多いが、ナイトは「前期シ カゴ学派」、フリードマンは「後期シカゴ学派」に 属し、その違いはあまりにも大きい。フリードマンは、 競争経済自体が効率的であり、優勝劣敗以外の 倫理基準を考えない。そして彼の分析は、想定外 の事象に対して、全く役に立たない

(p.78)

。一方、 ナイトは、競争経済は万能ではなく、時に行き過ぎ る傾向があるので、それは社会倫理の枠の中に閉 じ込める必要があると考えていた。ナイトが「市場 均衡とパレート最適の同値性命題」を好まなかっ たという事実や、彼の市場経済への批判(

p.226-228

)は非常に興味深い。  著者は、ナイトが「合理性一辺倒の単細胞の人 間ではなく、人間行動の半合理性や反合理性を認 め、競争と倫理との相互依存関係をも考慮した『複 眼思考の人間』である」(

p

81

)と指摘している。こ の言葉は、経済学の未来や、経済学者の今後の あるべき姿を予言しているように思えてならない。  最後になるが、本書は学術書にもかかわらず、最 後まで肩肘をはらず楽しく読み通せる稀有な作品 である。特に著者の自伝的記述や多くの偉大な経 済学者たちとの交流エピソードは、

20

世紀の経 済学の歴史を生々しく伝えており、経済学という学 問の魅力を堪能することができる。経済学を学び 始めたばかりの人や、経済学を専門としない人たち にも本書をお勧めしたいと思う。

参照

関連したドキュメント

運営、環境、経済、財務評価などの面から、途上国の

 本実験の前に,林間学校などで行った飯 はん 盒 ごう 炊 すい

なぜ、窓口担当者はこのような対応をしたのかというと、実は「正確な取

性別・子供の有無別の年代別週当たり勤務時間

経済学の祖アダム ・ スミス (一七二三〜一七九〇年) の学問体系は、 人間の本質 (良心 ・ 幸福 ・ 倫理など)

★代 代表 表者 者か から らの のメ メッ ッセ セー ージ ジ 子どもたちと共に学ぶ時間を共有し、.

本稿で取り上げる関西社会経済研究所の自治 体評価では、 以上のような観点を踏まえて評価 を試みている。 関西社会経済研究所は、 年

 自然科学の場合、実験や観測などによって「防御帯」の