東南 アジア研究 21巻4号 1984年 3月
東 南 ア ジ ア 低 湿 地 の 地 形
古
川
久
雄 *Nat
ur
alGeographyofCoas
t
alSwampLands
i
nI
ns
ul
arSout
heas
tAs
i
a
HisaoFURUKAWA*
Thisreview paperaimsto describe the ge0-graphical features of coastal swamp lands in InsularSoutheastAsia,mainlyintheIndonesian Archipelago. The 丘rstoritsthree chaptersis related to the recovery orthe paleo一geography oftheSunda Sea. Theeustaticsubmersion of theSundaLand,whichwasproposedbyM ole n-graafandW eber,lSCOnSideredtoglVethefhme -work orthe natural geography or the area. M odifyingfindingsmademorerecentlybyradi o-carbon dating and detai一ed boring studiesare
は じ め に ス マ トラ東 岸 ,ボル ネ オ南 岸 ,西 岸 ,北西 岸 ,マ レー半 島沿 岸 ,イ リア ンジ ャヤ南 岸 な ど ,い わ ゆ る東 南 ア ジア島喚 域 沿岸 部 には広 大 な低 湿地帯 が あ る。 そ の低 平 で広 大 な低湿 地 帯 は マ ング ロー ブ ,淡 水湿 地 林 ,泥 炭 湿地 林 で覆 われ ,東 南 ア ジア地 域 にお け る最 後 の 農 業 的未 利 用地 とな って い る。低 湿 で あ る こ とに加 えて ,そ の土地 基 盤 が酸性 硫 酸 塩 土壌 や泥 炭 土壌 で あ り,人 間 の接 近 を許 さな い環 境 で あ る こ とが ,そ の開 発 を阻 ん で きた もの で あ る。従 来 この広 大 な地 域 は少 数 の地 域住 民 によ り,建 材 ,屋 根 ふ き用 材 ,薪 炭 材 ,タ *京都大学東南アジア研究セ ンター ;The Center
rorSoutheastAsian Studies,Kyoto Universlty
alsoreviewed.
The second chapter describesthe ecological featuresofthe two main environmentswhich predominate the area,namely,mangrove and peatswamp. Thepeculiarpracticesortherice cultivationthereinarealsodescribedasindicators ofthespecificityof-theenvironment.
ThethirdchaptercomprlSeSCaseStudieswhich, based on historicalsourcesクーry to indicate the growth and vicissitudesorthe coastallandsin thehistorica一period.
ンニ ン資 材 な どの抽 出 に小規 模 に利 用 され て きた にす ぎない。 ま た ,陸 地 の前 面 に広 が る 湛 水 帯 (mud bank) や漏 斗状 の開 口部 を も つ エ ス チ ュア リーで ,沿岸 流 や潮流 を利 用 し た小 規 模 な漁 業 が行 われ て きた。林 の 中で の 定 着 農業 は まれ で あ り,林 産 物 の抽 出や漁 業 と組 み合 わせ たか た ちで行 われ る湿 地 焼 畑 農 耕 において , 自給 作 物 が細 々 と生 産 されて き た。 19世紀 にはバ ンジ ャール や ブギ ス の商 業 的 農民 が海 か らこの低湿 地 帯 に と りつ き, コ コヤ シ ・プ ラ ンテ ー シ ョンを 開 くと同時 に , 大 きな干 満差 を 利 用 す る潮 汐 か んが い水 田を 開 い た。 この特異 な水 稲栽 培 方 式 は各 国政 府 機 関 の注 目を集 め ,潮汐 かん が い水 稲栽 培 を 基 軸 に し,他 作物 を組 み合 わせ た農 業 形 態 を 以 て ,低 湿地 帯 の開発 を行 お う とす る試 み が 大 規 模 に進 め られ て い る。 イ ン ドネ シ アの南
ス マ トラのみを と りあげて も,1969年 にム シ
(Musi)川 の ウパ ン (Upang)デ ル タで300ヘ
クタールの開 田を以て始 ま った潮汐 湿地 開発
計画 が ,現 在 で は アイルスギ- ン (AirSugi一
血an), ア イルサ レェ (Air Saleh), ア イル トゥラン (AirTelang),プ ラウ リマ ウ(Pulau Rimau), カ ランアグ ン (Karang Agung)な
ど周辺 の地域 を も含 み, 1983年 まで に三十数 万 ヘ クタール の開発 が予定 されて い る [CoL lュer 1979]。 しか し, この 低湿 地帯 の 特異 な 立 地 ,生態環境 につ いて は深 く切 りこんだ デ ータが きわ めて とぼ しく, その実体 に関す る 理解 は不十分 な ままに開発 が先行 して い るの が現状 であ る。 島峡部 の 沿 岸 低 湿 地 が厚 い泥炭 を もつ湿 地 林 で覆 われて い る ことは,大 陸部 大 河川 の デル タにはみ られ ない顕著 な特徴 で あ り,級 者 には マ ング ロー ブ湿地 はあ る もの の泥炭湿 地 はない。 この ちが いはひ とつ には,集 水域 (drainagebasin)と堆積盆 (receivingbasin) の比 が大 陸部 で は大 きいの に比 べ, ス ンダ陸 棚 地域 で は 堆 積盆 が 圧 倒 的 に 大 き く, 久 馬 [1983]の 表 現 を借 りる と 「なか なか 埋 積 が 進 まない
」
こ とに由 る。 さ らに見落 とせ ない のは ス ンダ陸棚 の地 史 であ る。 洪 積 世 の長 い 期間 ,陸化 した ス ンダ陸棚 自体 が集水域 とな り,その場面で は堆 積盆 は イ ン ド洋 や南 シナ 渇 ,ま たセ レベ ス海 や モル ッカ海 で あ ったわ けで あ る。 本稿 は ,東 南 ア ジア低地 部 の 中で きわ立 っ た存 在 で あ るス ンダ陸棚 周辺 の低 湿地 につ い て ,その地形 的 な り立 ち,微 地 形 に関す る既 存 の資料 を縦 覧 し,その実体 を窺 うひ とつ の 資料 を提供 しよ うとす る もので あ る。 Ⅰ ス ンダ陸棚 の地 史 1. ス ンダ陸棚 の形 成 ス ンダ陸棚 は ア ジア大 陸 か ら張 り出 した大 陸棚 で あ り,van 】iemmelen [1949:16] に よれば ,タイ湾 ,マ ラ ッカ海 峡 ,南 シナ海 西 南 部 ,ジ ャワ海 および マ カ ッサ ル海峡西南 部 を含 む , 100m 以下 の浅 い海 で あ る。 185万
km2の面 積 を もち,世 界 で も最大 規 模 の大 陸 棚 とされ る。 この浅 い 広 大 な 海 域 は ,す で に19世 紀 にオ ース トラ リア側 の GreatAus-tralianBankとと もに GreatAsiaticBankと して知 られて い た。 この陸棚 に光 を あて て ,
その地 史 の解 明 に一 時 代 を画 した のは , Mo
-1engraa
r&
W eber[1921]で あ った。 彼 らは ス ンダ陸棚 を ,準平 原 化 した 「ス ン ダ ラ ン ド」 が後氷 期 の海 進 によ って 沈水 した もの と 考 えた。 その概 要 を以下 に紹介 しよ う。 Pliocene末 期 には ス ンダ陸棚 地域 は部分 的 に準平原 が発達 して い た。洪 積 世 に入 って氷 期 が始 ま り,海 水準 が低下 す る と と もに,全 体 が陸化 した。 そ して ,陸域 の削 剣 と準 平原 化が進 行 し,河 川 の運 ぶ土砂 は陸棚末 端 部 に 堆 積 し,その成 長 を促 す。他方 ,高海水 準 期 には水域 が広 が り,陸棚 上端 部 で の堆 積 が進 行 す る。 洪 積世 の長 期 にわ た る氷 期 ,間氷 期 の くり返 しによ り準平 原 は一 層 ,発 達 ・拡大 し,最 後 の氷 期 には ス マ トラ, ボ ル ネ オ , ジ ャワをつ な ぐ広大 な平 原 ,つ ま り「ス ンダ ラ ン ド」が現 れ た。 そ こにはバ ンカ(Bangka), ど リ トン (Billiton)な どの 残 丘 が 低 く突 き 出て いた。 この準平 原 は南 , 南 西 お よ び 西 端 を ジ ャワ とスマ トラ の 山 地 で限 られ , 北 と北東端 を ボル ネオ の山地 で限 られて い た。 多雨気候下 , この ス ンダ ラン ドを排 水す る河 川 は大 量 の水 を集 め ,深 い谷 を地 表 に刻 み こ ん だ にちがい ない。洪 積世 の氷 期 が おわ り海 水準 が上昇 す る とともに準平原 は沈 水 し, き わ めて平坦 な海底地形 を もつ ス ンダ陸棚 が形 成 され た。残丘 は海 で と りか こまれ ,バ ンカ, ど リ トン, シ ンケ ップ (Singkep), カ リマタ (Karimata), カ リム ンジ ャワ (Karimun
古川 :東南アジア低湿地の地形
(Arends),大 ・小 サ レム ボ ウ (Salembow), そ の他 の 島 々 に変貌 した。以 上 が ス ン ダ陸棚 形 成 に関す る Molengraarと W eberの考 え
の概 要 で あ る。 この仮説 の た め に,彼 らは三 つ の証拠 を 提 出 して い る。第 1は よ く知 られ て い る よ うに 海 底 河 川 の存 在 で あ る。 そ の き っか け は , シ ンケ ップ 島 の漂 砂 錫 鉱 床 が海 底 に伸 び た川筋 (溺 れ 谷 ) の存 在 を示 した こ とで あ る。 ま た , バ ンカや ど リ トン島 の漂 砂 錫 鉱 床 は陸 域 にあ る もの が多 い けれ ど も,現 在 の浸 食 基 準 面 よ りも低 い位 置 にあ る。 この こ と も海 面 低下 の 現 象 を 指示 す る点 で は 同様 で あ る。 ス ンダ陸棚 全 域 に行 わ れ た海 底 調 査 の デ ー タ に基 づ い て ,彼 らは ス ン ダ陸棚 上 にス マ ト ラか らバ ンカ , ど リ トン, カ リマ タを経 て ボ ル ネ オ に至 る カ リマ タ分 水 界 と,それ に よ っ て 分 け られ た南 北 ふ たつ の平 原 を 想 定 した。 そ して ,大 きな海 底 河 川 の存 在 を 示 した。 北 側 の平 原 は北 ス ンダ川 の流域 で あ る。 北 ス ン ダ川 は ボル ネ オ の カプ ア ス (Kapuas)川 ,サ ンバ ス (Sambas) 川, ス マ トラの ム シ川 , ジ ャ ン ビ (∫ambi)川 を支 流 と して合 わ せ て 北 東 - 流 れ ,大 ナ ツ ナ (Natuna)島 と ス ビ (Subi)島 の間 で南 シナ海 へ注 い で い た。 シ ア ク (Si且k)川 や カ ンパ - ル (Kampar)
川,
マ ラ ッカお よび北 ス マ トラの河川
は , マ ラ ッ カ海 峡 を 北 西 へ 流 れ る川 に合 流 した。南 側 の 平 原 は東 ス ン ダ川 の流域 で あ る。束 ス ンダ川 は ボ ル ネ オ の クテ ィ (Kutai)川 , サ ン ピ ット(Sampit)川 , カテ ィ ンガ ン (Katingan)
川 , カ- ジ ャ ン (Kahajan)川,カプ ア ス 川 , ム ル ン (Murung)川 ,バ リ ト(Barito)川を 合 わせ , カ リム ンジ ャワ島か らバ ウ ェア ン島
図1 スンダ陸棚の海底地形 と海底河谷 (Kuenen[1950]の図を羽鳥 ・柴崎 [1971]より引用), 等深線はm 表示 ,太線は海底河谷
に沿 って東 - 流 れ , カ ンゲ ア ン (Kangean) 島 の 北 で バ リ海 に 注 い で い た。 Kuenen [1950] は その後 のデ ー タ も加 えて , これ ら 海 底河 川 の流路 につ いて詳 細 な 図 を示 して い る (図 1)0 第 2の証拠 は ス ンダ陸棚 にお け るサ ンゴ礁 の分布 で あ る。 ス ンダ陸棚 は浅 く暖 かい海 で あ るに もかか わ らず ,サ ンゴ礁 が異 常 に少 な い。 この こ とは , ス ンダ海 の形 成 が後 氷 期 以 降 の新 しい現 象 で あ り,また塩 分 濃 度 が 薄 く, シル ト含 量 の高 い泥 海 で あ った こ とに関 連 づ けて い る。 しか し, この ス ン ダ 陸 棚 に ち,ナ ツナ 島周辺 諸 島 ,ス ンダ海 峡 北 の ドゥ イ ツ ン ト (Deuzend)諸 島 , ボル ネオ椎 の外 縁 な ど , ス ンダ陸棚 外 縁 部 には例外 的 に大 規 模 なサ ンゴ礁 が あ り,中で もマ カ ッサ ル海 峡 に画 した ボル ネ オ堆 には GreatSunda Bar
-rier Reef, LaurelReer な どが発 達 して い
る。 そ して , これ らのサ ンゴ礁 の基 底 が大 略 40尋 (72m)等 探 線 上 に並 ぶ こ とに注 目 し, 氷 期 にお け るス ンダ ラ ン ドの海 岸線 を この72 m等 深 線 が示 して い る と彼 らは考 え た。氷期 の推 定 海 岸 線 が一 定深 度 に並 ぶ こ とは,他 方 , ス ンダ ラ ン ドの地殻 が安 定 して お り,隆 起 ・ 沈 降 が な い ことを示 して い るが , しか し深 い トラフ に面 した ス ンダ ラン ド束 縁 部 で は そ の 沈 降 運 動 に と りこまれ た部分 もあ り,マ カ ッ サ ル 海 峡 南 部 の カ ル (Kalu), カル ク ァン
(Kalukuang),パ テル ノスタ ー(Paternoster), ボ ス テ ィ リヨン (Postiliyon) な ど ,環 礁 か ら な る島 々は ,洪 積世 の は じめ にはす で に沈降 運 動 によ って ス ンダ ラ ン ドか ら切 りはな され て い たで あ ろ う と推 定 して い る。 第 3の証 拠 は ,ス マ トラ,ボル ネ オ , ジ ャ ワの河 川 の淡 水 魚 の類 似 性 に関す る面 白い事 実 で あ る。 比 較 され た 142種 の魚 の うち , カ プ アス 川 (酉 ボル ネオ ) と クテ ィ川 (束 ボル ネ オ ) に 共 通 にみ られ るの は 52種 (36.6% ) で あ る。 一 方 , クテ ィ川 にい ない 67種 の う ち ,50種 (75% )が束 ス マ トラの もの と合 致 す る。 ま た , カプ ア ス川 に い な い 23種 の う ち ,17種 (74% ) は マ カ ッサ ル海 峡 に注 ぐ諸 河 川 に共 通 で あ る。 この よ うに西 ボル ネ オ と 東 ボル ネ オの淡 水 魚 の類似 度 は小 さ く,む し ろかつ て の北 ス ンダ川 ,東 ス ンダ川 の各支 流 問 で の類 似 度 が高 い。
以 上 紹 介 した ご と く,MolengraarとW eber は洪 積 世 にお け る海 水面 の最 低 水 準 は現 在 よ り 72m 低下 した こ とを提 唱 し,ス ンダ陸棚 の形 成 につ いて の説得 力 あ る論 議 を 展 開 し た。 そ の論議 は豊 富 なデ ー タ に基 づ き,斬 新 な ア イデ ア にあふ れ て い る。 大 陸棚 上 の沈水 河 谷 の存在 につ いて は , 日本 で も1934年 に矢
部 ・皿山 に よ って報告 され たが ,Molengraaf
ら の 指 摘 は は る か に先 ん じて い たわ けで あ る。 2. 最 近 にお け るス ンダ ラ ン ドの海 岸 線 の変 化 洪 積 世 にお け る海退 ・海 進 は何 回 も くり返 され ,最 大 海 退 量 も上 記 の 72m 以外 に100, あ るい は 130m な ど 諸 説 あ る。 最 近 Tjia [1970] は漂 砂 錫 鉱 床 , サ ンゴ礁 , 段 丘面 , 海 底 段 丘 や平坦 面 (bench),ボ ーキサ イ ト鉱 床 面 ,内陸 の 旧汀 線 な ど ,海 進 ・海 退 の残 す 痕 跡 に関す るデ ー タを ス ンダ ラ ン ド地 域 か ら 収 集 し,第 四紀 の ス ンダ ラ ン ド周辺 地 域 の海 水 準 を整 理 して い る (図2)。 そ の結 果 に よ る と,低 海 水 準 は現 海 面下 -82-90m,-60-67m, -50-51m, -45m,-36m,-30-33 m, -28m, -18-22m, -13m, -10m, - 7m が み られ る。 ま た ,高海 水 準 は現 海 面 上 , +6m まで の数 段 , +10-12m,+16-18 m, +30-33m, +50-60m が み られ る と し て い る。 Tjia は +50-60m 海 水 準 を Mil lazzian,+30-33m を Tyrrhenian,+18-20 m を Monastrian の 諸海 進 に対 比 して い る。 低湿地 の地 形 とい う観 点 で は ,低 湿 地 の広
古川 :東南 アジア低湿地の地形 V I S A V I V 三 山 へ ト 9 6 こ lr ⊃ i .B ニ rru N Vd Y r ( 9 9 G L ) ∝ 山 Z l n k l N V 山N .1 ∝ ・∝ u L t O 山 王 ( L E G H 工 l V ∝ ン ノ 7 C )t JV d 山 H S S N V j 3 0 1 1 V J 1 山 〓S V O N nS H V N 1 山 ) A O N V I LV H I y IS ^ V I V 三 'M ⊃ V L∝ d 山 N q Z HS N O l コ 1 7g V f 9 N 畠
仁 _
l
-
:
.
二二-
,
-
_
6
9
-
:
a
-
0
-
-
王二二
1
-
:
・
-
:
:
:
-
1
二二 二'
[
」-
-
-
-
-
一旦 -3_3_T ____‥ … _辛 _____I_I__ 帽 閃 u E m H 「上 p - ---I- -I---
-
-1
i r一一- --2rT1---I---1 __‥_ ‥…‥ー ∴LjJ5_rTl L J二 二二チ〕8号 2_2亘 二 二一
.
1
---I---一・I--I1-
H
-二二lij二3諒/jII--」---I-・ ● ● ●●
●
1-二50m-一一一-
卜
・
・
一
一
● ト二67rTll.
ー●
「 __一 .__一・一一一一+ ●一8?190m _一一_._ー___..-_▲・
■_ ●1COm ●M
I
L
A
Z
Z
I
A
N
TYFM HENIAN トJl.ONA5TIRIAN DALY 3(X)0-15CO 也 P トCOこ)C)5ーP !2〔〕CDjS P (5∪ムd(⊃Shelf」
1
a
O
O
亡
)
B
P
(
J
Q
P
q
r
'
J
図2 スンダランドにおける後氷期の海水準 (Tjia よ り引 用 ) が り と生 態 環 境 に対 して 最 近 に大 きな 影響 を 与 え た縄 文 海 進 ,い わ ゆ る Daly海 水 準期
が 注 目 され る。 これ につ い て も早 くに ス ン ダ ラ ン ド地 域 で デ ー タが え られ て い る. 東 部 イ ン ドネ シ ア の サ ン ゴ樵 の形 態 につ い て の 詳細な 報告 の 中 で Kuenen [1933] は, lL]浜 汀 ,サ ンゴ樵 ,海 食 台 ,砂洲 (sand °ay), ノ ッ チ な ど が現 梅 南 よ り数 メ ー トル高 い 範 囲 に広 く 存 在 す る こ と に注 目 した。 そ の高度 は +0.5-1m,+1.5-2m,+4-5m 程 度 に収赦 す る こ とを 報 告 して い る。 そ して , これ を 東 部 イ ン ドネ シ ア の地 殻 変 動 に関連 づ け る よ りは ,む [1970] しろ ご く最 近 の海 退 の結 果 で あ ろ う との考 え を 示 した。 過 去 の海 岸 線 を復 元 す る場 合 , テ毎面
変 動 と地 殻 変 動 の効 果 を 区別 す る必 要 が あ り, そ の た め に は試 料 oj年 代 と 地 形 的 位 置 に 関 す る 吟 味 が 必 要 で あ る。 Tjiaetall [1972],Tjiaeta
l
l[1975] の デ ー タ は , 地 殻 変 動 に 山 来 す る 隆 起 速度
の 推 定 値 を示 して い る (表 1)。 そ れ に よ る と, ス ル ー (Selu) 鳥 で 過 去 400-500年 に 6-8.7mm
/′年 , トゥカ ンプ シ ( Te-kanbesi) 諸 畠 で過 去 1,100-1,200 年 に 8mm
/年 , 両 ス ラウ ェシ の パ ンカ ジ ェネ (Pangkajene)平 野 で 過 去4,000年 に 1.4-2.5mm/秤 , サ バ の セ ンポ ル ナ(Semporna)辛 鳥 で過 去19,000年 に 5-10mm
/秤 , f恒'113ス ラ ウ ェシC
,jパ ル - (Palu) で 過 去24,000年 に4.5mm
/
年 ,イ リア ンジ ャヤ0
)ビア ク (Biak)鳥 で 過 去22,000年 に4.5mm/年 な ど oj倍 が 示 され て お り, 東 部 イ ン ドネ シ アで はや は りか な り大 きな 変位 量 が推 定 され て い る。 トゥ カ ンブ シ諸島C
/)トメ ア (Tomea)局
で は サ ンゴ砧 が 14段 の 段 丘 を な し,地 穀 上 昇 が段
階的 ,継 続 的 に/Jiじて い る こ とを 示 し て い る。 他方,
マ レー半島 お よ び そ の 周辺0
)ス ン ダ ラ ン ドは少 な くと も最 近 数 万 年 間, subcr a-tonic な 安 定 地 塊 で あ る とす る考 え が 強 ま っ て い る [ibid.]
。
そ して 表 2に 示 され る 14
C
年 代 とそ 0)試 料 高 度 は,闘 麦に過 去 の高 海 水準
の 位 置 を 示 す と考 え られ て い る。 Fujiiet〟
/
.
[1971] も 同 株 の 考 え で 既 存 デ ー タを ま とめ ,過 去11,000年 間 の梅雨
変動 につ い て [」 本 とイ ン ドネ シ ア の状 況 を 比 較 して い る。 そ 441表 1 スンダランドにおける後氷期の地殻隆起 推定速度 位 置 推定速度 継続年数 スルー島* トメア島* 南 ス ラ ウェシ,パ ンカジェネ平野 * サバ,セ ンポルナ 半島* 中部 ス ラウェシ, ^o)I/-* サバ,タ ンジョン リパ** カンゲア ン諸 島, サウビ島** トゥカンプシ諸島, トメア島** タニンバール諸島, スルー島** イ リア ンジャヤ, ビアク島** 6-8.7mm/年 400-500年 8.4 1,100-1,200 1.4-2.5 4,000 57--17・あるいは 10 9,000 4.5 24,000 2.7 7 180土75 8 ? 250 9.9 3,320士100 10 ? 250 ? 4.5 22,000士750 0.8(0.6-1.3)31,000-36,000 *TjiacEal.[1972],**Tjiaclal.[1975]. の結果 によ る と7,000-3,000年 BP が海進 ,lgj と して 示 されて い る。最 近 は さ ら に こまか く変 動 の よ うす が 判 明 して お り,6,000年 BI'以来4回の 高海 水 準期 が報告 されて い る [Tjia 1977]。 それ によ る と, 6,000-5,300年 BPに +3m aht(大 潮時 の海面 か らの高度 ), 4,000年 BP に 2.5m aht, 2,900年 BP に 1.6m aht,400-200年 BPに 0.5m ahtの海 進 期 が推定 されて い る。 また 2,100-1,500年 BPには -1.7m の海 退 期 も推定 されて い る。 3. ス ンダ陸棚 の堆 積物
Molengraarの考 えが もた ら した大 きな 意
味 の ひ とつ は ,準平原 面 と陸棚 を ひ とつづ き の連続 体 と して と らえ る こ とで あ り,関連 諸 分野 に種 々の影響 を お よぽ した。 ひ とつ の例 は ,ス ンダ陸棚 の底質 を調べ て ,ス ンダ陸棚 の堆 積盆 の細 分 を行 お うとす る もので あ る。 この結果 ,ス ンダ陸棚 の底質 の岩石 学 的検 討 が 大 幅 に 進 んだ ことで あ る。 van Baren &
Kiel[1950]は , 1938年 に始 ま り1948年 に完 成 した調査 結果 を報告 して い る。 砂 中の重鉱 物組成 によ り底質 を特徴 づ け,10個 の堆積盆 を推定 して い る。 当然予想 され ることで はあ るが ,各堆 積盆 の重鉱物組 成 は近 接集 水域 の 岩石 的特徴 を反 映 して い る。 ク ラカタ ウ,デ リ,ジ ャワ Ⅰ, Ⅱな どの堆 積盆 は ,活発 な火 山活動 を反 映 して角閃 石 ,シ ソ輝石 ,普 通輝 石 な どが多 い。 と くに クラカタ ウ盆 の ものは 新 鮮 で あ る。 これ に対 して ボルネオ盆 は接触 変成 鉱物 の ア ンダルサ イ トが多 い。 また,南 東 ボル ネオ に接 す るメ ラ トゥスプ ラウ ラウ ト 盆 は動 力変成 鉱物 の緑簾 石 ,藍 閃 石 が多い。 バ ンカ ・ピ ソ トン盆 は電気 石- ジル コ ンー ル チルな どの酸性群 で特 徴 づ け られ る。 マ ラ ッ カ盆 と南 シナ海 盆 は相互 に類似 す るが ,前者 が シ ソ輝石 と噴 出岩系 の角閃石 に富 み ,後者 が緑簾 石 と普 通 角閃石 に富 む。 ス ンダ陸棚 の錫 鉱床 を は じめ とす る鉱物資 源探査 は Molengraarの示 した 探 査 指 針 に の っとって行 われて きたが , 最 近 で は sonic survey装 備 の進歩 によ り,底質 の堆 積層序 に 関す る知識 は著 し く進歩 して い るよ うす が窺 われ る。公表 されて い る例 をみて み よ う。 マ ラ ッカ海峡 の調査報告 に よ る と,底質堆 積 物 上 部 は明瞭 に異 な る 2層 か らな る [Keller
&
Ricllards 1967] (図 3参 照 )。表層 10-20cm は表面 の汚 れ た中∼細 粒 の砂質堆 積物 か らな り,石英 ,貝殻 ,海緑石 ,岩石 片を含 む。下 層 は灰色 の しま った シル ト質粘 土 で ,且殻 な どほ ど くわず かで あ る。 この シル ト質粘 土 の 中 には泥 炭 が しば しば含 まれて い る。 ポー ト ス ウ ェ ッテ ン- ム (PortSwettenham)の北
24km,水 深 26.5m 地点 で の コア試料 中 に は さまれ る泥 炭 に対 して ,14C 年 代 10,000年 BPとの値 が与 え られ て い る [ibid.:124]。 これ らの結果 か ら, この しま った灰色 シル ト 質粘 土 は ,洪 積世末 期 の潮汐平 底 (tidalflat) に堆 積 した もの と推定 されて い る。 表 層 の砂 質堆 積物 は その厚 さが海峡 中央 部古川 :東南 アジア低湿地の地形
表2 スンダランドの海岸線に関する
1
4
C 年 代 (Tjiactal.[1975] よ り引用) SectionA:Materialreliablefわrinterpretationorshorelines;SectionB:Material lessreliablef♭rinterpretationofshorelines.
Sample Age GaK no. yearsBP SectionA 3786 3320士100 4089 31,600jIZ乙233 4090 3.,260±語呂3 4091 33,810_+233冒冒 4092 36,370当 課 4093 22,000± 750 4094 > 32,700 446 1 3360士100 4572 2600土85 4662 2530土100 4665 4220土140 5263 5680土130 5264 2870土70 SectionB 3785 士250 3787 土250 3788 日Modern" 3789 0-80 4095 180土75 4570 370±70 4571 日Modern" Material MolluscsOnree一 terrace Coralfrom reef orsealevelnotch Coralfrom scarp orreefterrace Coralfrom reef terracesurface Coralfrom scarp orree一terrace Coralfrom reef terracesurface Coralfrom reef terracesurface Beachrock Coralonbedrock O ystersingrowth po sition O ystersingrowth position O ystersin growth position Oystersin growth position Oystersingrowth Hippopusshellon ree一terrace Molluscsonreef terrace M
o
llus csonreef Mo
lluscsonsandy terrace Beachrock Pelecypodsin peatymudstone Peatfiom peaty mudstone で 20cm 以下 で あ るが , 地 域 的 には 40cm 程度 に厚 くな る場合 もあ る。 表 層堆 積物(
沖 Elevationabove sealevel(asl) Orabove hightide(aht) ln meters 33as1 2.5asI Hightide 7as1 25asl O.5as1 5.5as1 0.7aht 2.4asl l.4aht 2.4aht 士1.5as1 3.0aht l.65aht 2.5-3as1 2as1 5asl las1 0.5aht 18asl 18asl Localュty TomeaI・,Tukangbesi group;123055′E. 05030′S.Paraivillage,BiakI・;
1360 12′E.01010′S. Ditto. Warcemete
r
y
,Mokmer,
BiakI.;136010′E. 01008′S. Mokmer,BiakI.; 136009′E.01009′S. Mokmer,BiakI.; 136007′E.01011′S. Ditto. TepurI.,Langkawi group;99043′E. 06016′N. BerasBasahI.,Langkawi group;99043′E. 06004′N. LanggunI・,Langkawi group;99043′E. 06025′N. Ditto.GunungKeriang,Kedah; 100019′E.06012′N. BukitKeluang,Tre ng-ganu;102036′E. 05048′N. Ditto.
SeluI.,Tanimbargroup; 130050′E.070SOノS.
Saubii.,Kangean
group;115026′E.
050so′s. Ditto.
SatengarI・,Paternoster gro
u
p
;
117017′E. 070
31′S.TanjungLipat,Rota Kinabalu,Sabah; 116005′E.06001′N. KampungBul
u
h
,
Trengganu; 102048′E.05032′N. Ditto. 積世 堆 積物 )の粘 土 鉱 物組 成 の地 域 的 分 布 は ,集 水域 の地 質 と密 接 な関連 を 示 し て いMd(β)ssacTFi,FoFdgr,I-lc(:/?,03iorgan(L.;。,Carbon lNit?.;.;en 567
P
/
)1∞ 123O20 4 8 12 16 20 030 5 O LJ 5 10
Uz;(11∈23O
0 = 40 1」」 D 50 ET-.■I■T1II▲IIIrv(l ー」⊥ RECENT ⊥∼ 三三;.I;: lr I 室l=-日_fーり日lllIlflHlll lr!T1⊥)! Tへ
\
PLEISTOCENE i一J l=_ 凝嘉日 .i、
、
、、、: i.'l STAO u 10 qd:12 Fsas1:a:,-「::,gーCa(?/:3廃 N化て:/.9,en 芋や早年78919O. .1.CX)2早や
0 _20.i?.1,9.2=O. a.5.q7 ▲ I-、′■一ーY二
を
ヒ・一
∴田一 て Ⅰ ; i 萱盲;O.
㌔
l 一日l T T 一Tr
LHInf
'
.
-
I
.
'II.' ,/ / ヘfl
LIEIST∝ E"ELlt 邑 450.育
(⊃ 60 ▼1
J日
一川 りJ日JJ川
〃J tl Tf' \、、\, ㌔l 1 l l 図3 マラッカ海峡の底質 コア試料 にみ られ る洪積世 お よび沖積世堆積物 (Keller&Richards[1967]よ り引用) 960
0
980 180 000 1020 1040 6 4B 20 ♂B
B
60
0
0
0
0
2 4 る。 全 体 に カオ リナ イ ト鉱 物 が卓 越 す るが ,ペ ナ ンー ラ ン カ ウ ィお よび カ ンパ - ル川河 口 に は モ ンモ リロナ イ ト卓 越 地 域 が あ る。 前 者 は ケ ダ ー (Kedah) 周辺 の二 畳 紀 の 貢 岩 地 帯 ,後 者 は ス マ トラの 第 三 紀 の タ フ地 帯 に 由来 す る (図 4)。 バ ンカ , シ ンケ ップ 地 域 で の他 の調 査 結 果 [Aleva 1973]は , ス ン ダ陸棚 が 沈 水 した準 平 原 で あ る とす る概 念 を くつ が え す事 実 を 提 供 して い る。 平 坦 な 準 平 頂 上 に は 第 三 紀 のjiJ'-い 堆 積 物 が あ り, それ を さ らに谷 が 開 析 し, ま た小 規 模 な 断 層 が 発 生 して い る よ うす が ソ ノグ ラム に 明瞭 に と らえ られ て い る。 同 地 域 で の ソ ノグ ラム とボ ー 960 980 1000 1020 1040 960 980 1000 1020 1040 960 980 1000 1020 1040 図4 マラッカ海峡およびアンダマ ン海近接部 における底質表層試料の粘 土 鉱 物 組 成 分 布 (Keller&Richards[1967]よ り引用 ) リング試 料 の検 討 に よ り, そ の 地 史 が 8. 復 元 され て い る (図 5)。 基 盤 面 を 示 す 古 い 削 剥 而 (pl ana-40
tion surface) は 第 三 紀 以 前 の ス ンダ準 2.
平原面
で あ る。 そ れ は厚 い堆 禾責物 (older ♂ sedimentary cover) 8. で 被 覆 され , さ らに 60 40
20 そ こ に深 い谷 が 刻 ま れ て , alluvi alcom-plexが 形 成 さ れ て い る。 この 中 に は し ば しば 泥 炭 が は さ ま れ て い るの で ,海 面 ♂ 変 動 が く り返 さ れ た もの で あ ろ う。 ま た older sedimen古川 :東南 アジア低湿地の地形 010203040 50klll 以 上 通覧 した文 献 に 示 す ご と く,三紀 か ら 四紀 にわ た る長 期間 に 形成 され た ス ンダ陸棚 とその 周辺地域 は ,東 端 部 を 除 くと安 定地 塊 と して特徴 づ け られ , 海 抜 50m 前 後 か ら, 海 面下 90m の 範 囲 に淘 進 ・海退 の歴 史 を 刻 み こんで い る。 現 在 の沿岸 部 にみ られ る低
湿
地 も, した が って洪積
世 の海退期
には大 変 高 い 段 丘 面 と して あ り,浸食 を受 けた もo
j
で あ る。 しか もそ の面 積 が俵
水域 に比べ て広 大 で あ り,埋 積 の進行 が遅 く,デ ル タ の 発 達 が弱 い結 果 とな って い る。Ea cYoOvUE"RGER SEDIMENTARY 因 GRANITE (JURASSIC,) マ ラ ッカ海 峡 の コア
V ALLUVIAL COMPLEX
E
Z
Z] (SpEEDi㌶ET R3芸;S.Bc?DROCK国 誌 DvEERR SEDI"E"TARY --- PRESENT SEALEVELPLA"ATTON SURFACES
図5 バ ンカ島-シンケ ップ島地域の地史模式図 (Aleva[1973]より引用) complexは三紀 の堆 積物 と考 え られ て い る。 そ の後 この堆 精 物 は明瞭 な 海 食
而
(abrasion surface)で切 られ る。 そ の 海 面 は , 現軌 lllA に比べ 20-30m 低 い 位 置 で安定 して い た と 推 定 され て い る。 さ らにそ の後 , 海 退 が あ り,海 食 面全体 が陸 化 して赤 土 や斑紋 土 が生 じて い る. 海 食 面 の形 成 は Riss-Wtlrm 間 氷期
,赤土 形成 は Wtirm 氷期
と推 定 されて い る。最 上 層 には適い youngersedimentarycoverが の る。 これ は灰緑色 の軟 泥 で ,貝殻 に富 む。砂 質 の堆 積物 も しば しばみ られ る。 これ は完 新世 の
堆
積物 と推 定 され る。 試料 で,河」積 世堆 積 物 が きわ めて薄 く,表面 近 くまで洪積 世 の堆 末長 物 が顔 を 出 して い る こ とは既述 ojとお りで あ る。 さ らに洪精粗
の堆 柄 物 も人 して 付 くはな く,Ale、raの 図 (図 5)で は 10m 前後 に表現 され て お り,
海 底 河 /liは Mioceneの地 層 を切 りこんで い る。 この よ うな情
況は沿岸低 温地 にお いて も同様 で あ ろ う と推定 され る。 南 ス マ トラの場合 , 基盤 の花 高岩 の上 に_
日印中新 世 一上 部洪精根 の厚
い堆積
物 (Palembangbeds)が の る[van Bemmelen 1949:114-127]。Bemmelenが 引用 して い る地 質 図 に よれば ,パ レ ンバ ンか らジ ャン ビ- か けて の広 大 な低地 域 は新 第 三 紀 堆 積 物 か らな り,第 四紀堆 積 物 を かぶ ってい ない と表現 されて い る。 現 場 の観 察 で は こ の表現 は極端 に走 りす ぎて い る印象 で ,ム シ 河谷 やパ レ ンバ ンよ り北 の低 湿地帯 で は洪 積 世 の 段 丘面 と思 われ る地 形 面 が 広 い [古川 1979;海 田 1979]。 しか し大 局 的 には ,沖 積 ・洪 積 の新 しい堆 積 物 は きわ めて薄 い と考 えて大 きな ま ちが い はな さそ うで あ る。 しか し,現 時点 で は低湿地帯 の地表近 くの堆 積層 序 に関す るデ ータは ほ とん どない ので , この 論 議 は印象 に とどめて お こ う。 その究 明 は今 後 の課題 で あ る。 ⅠⅠ 低 湿地 の微地形 前章 で は東 南 ア ジア島映域 の低湿地 に関 し て ,ス ンダ陸棚 とその周辺地域 の地 史 とい う 大 きな枠 組 み の 中でみ たが ,次 に本章 で は視 点 を か えて ,実 際 に低湿地 の徽地形 に関連 し た報告 を紹介 す る。 1. 海岸 の形 態 とマ ング ローブ湿地 低湿地 の外 縁 で海 と陸地 が接 す る部 分 ,お よび感潮河 川沿 い には ,マ ング ローブ林 が成 立 す る。 マ ング ローブの立地 は高塩 分濃度 と はげ しい浸食 ・堆 積 過程 で特徴 づ け られ ,植 生 に とって は きわ めて 不安定 な立地 で あ り, 地 形 的 に も最 も変化 のはげ しい海岸形 態で あ る。地 形形成 に働 く営力 は川 によ る堆 積物 の 供給 と,沿岸 部 で の潮 流 ,沿岸 流 ,波浪 によ るその再配 分 で あ る。 マ ング ローブの地形 構
成 要素 につ いて Moorman & Pons[1974] は マ ング ローブ 湿 地 , 浜汀 , その 前 面 に広 が る pre-mangrove tidalrlatを あ げ て い
る. マ ング ローブ 湿 地 そ の も の は feeding cllannelと,それ らをつ な ぐ感 潮水路 (tidal creek), そ れ らで 境 界 され る interchannel rlatに分 け られ る [Allen 1965]。 堆 積過 程 との 関連 で , 海 岸 の2類 型 を 認 め る 指摘 が しば しば行 われ る。 Moorman& Pons[1974]によ る と,第 1の型 は浜汀 とそ れ によ って 区切 られ た潮汐平底 が順 次 海側へ 前 進 す る型 の海岸 で あ り,樹枝 状 の感潮水 路 が少 な く,沿岸外縁 に比較 的狭 い マ ング ロー ブ帯 が あ るにす ぎない。第2の型 はかな り広 い マ ング ローブ帯 を もち,その中 には無 数 の 感潮水路 や湾入 が あ る。彼 らは第 1類 型 が例 えば メ コ ン川デ ル タに,第2類 型 がす ぐ隣接 したサ イゴ ン川末端 部 にみ られ る ことを指 摘 して い る。 同様 の指 摘 は Diemont& Wijn一 gaarden [1974] が マ レー 半 島 西 岸 に つ い て も行 な って い る。彼 らは 前 者 を open ac-cretingsystem,後者 を estuarinesystem と し て い る。久馬 [1982]はそれ らに前進型海 岸 , 河 口型海岸 とい う訳語 を与 えて い る。 この2 類 型 の差異 は堆 積 量 の ちが い に関連 させ て考 え られて お り,前者 は土砂供給 量 が大 き く, 後者 は小 さい とされ る。 低地 の沿岸地形 に上 記 2類 型 がみ られ る ことは事 実 だ が ,それ を 堆 積 量 の ちが い に結 びつ け うるか ど うか ,ま た どの部分 まで が その種 の Recentの堆 積 物 に由来 す るか は個 々の地 域 の地 史 的 デ ータを 必要 とす る。 前章 で み た ど と く,完 新世 の海 進 によ り河 谷 末 端 部 が 沈水 して エ ス テ ュア リーが生 ず る。 エ ス チ ュア リーの特 徴 は一般 には堆 積 の最 も活発 な領域 と考 え られて い る が ,その埋 積 は もともとの沈水谷 の容積 と土 砂 供給 量 のバ ランス に依存 す る[Bird 1972]。 例 えば ,ガ ンジス- ブ ラマプ トラの湾 口には 膨 大 な土砂 供給 に もかかわ らず ,ス ンダーバ ン (Sunderban)といわれ る巨大 なエス テ ュ ア リーが存在 し,デ ル タ先 端 の前進 が遅 い こ とが知 られ て い る。 これ はア ンダマ ン海 か ら ベ ンガル湾 へ伸 び る沈 降 トラフの存在 に由 る と考 え られ て い る [Morgan & Mclntyre 1959]
。
エス テ ュア リーの もうひ とつ の特徴 は樹枝 状 の感潮水 路が多 い こ ととされ るが ,ス マ ト
古川 :東南 アジア低湿地の地形 しな い。 南 ス マ トラの ム シ川 ,バ ニ ュア シ ン (Banyuasin)川流域 で はむ しろ河 口か ら数 十 キ ロメ ー トル入 った 内陸 部 に多 く,満 潮 時
o
j
バ ックア ップ を受 けて 内陸 部 の感 潮河 川 の埋 積 が進 行 中で あ り,そ の軟 泥 にマ ング ロー ブ が侵 入 しつ つ あ る状 況 が み られ る。一 方 , リ ア ウの イ ン ドラギ リ (Indragiri)川 で は河 口 部 に感 潮 水路 が集 中 して い る。 この ちが い に は潮汐 の高 さ,潮 流 の強 さ,河 川勾 配 ,河 川 流 量 な どが 関係 しよ う。 さ らに,南 スマ トラ の例 で は基盤 構 造 要 因 もみ お とせ な い`)そ こ で は新 第三 紀 堆 積 物 が ゆ るや か に うね って お り,パ レ ンバ ン背斜 のす ぐ北 側 は 曲窪 (down-warping)の 部 分 に あ た る [van Bemmelen 1949]こ と も指 摘 され よ う。 そ の部 分 が満潮 時 のバ ックア ップ を受 け易 い地 域 とな って い る。 一 方 ,平 滑 な海 岸線 は ス マ トラで はむ しろ 卓 越 す るが ,そ のすべ て が openaccreLing型 と判 断 す るにはデ ータが 不足 で あ るO地 形 図 で検 討 す ると北 ス マ トラの小 河 川河 口 韓 には 砂 洲 の発 達 した平滑 な海 岸 が み られ , これ ら は前 進型 海 岸 の様 相 を示 す。 しか し,
リア ウ, ジ ャ ン ビか ら南 ス マ トラの平滑 な海 岸 線 は , 前 進型 とい うよ りは台 地 の沈水 地形 を暗 示 す るよ うに思 わ れ る。 ルパ ッ ト (Rupat),ベ ン カ リス (Bengkalis), ラ ンク ウ (Rantau),ラ ンサ ン (Rangsang)な ど ,マ ラ ッカ海 峡 に平 行 に並 ん だ 島 々の南 北両 岸 の崖 は ,第 三紀 堆 積 物 の背斜 構 造 に由来 す る高 みで あ り, 向斜 部 分 が マ ング ローブ湿 地 にな って い る と思 わ れ る。 他方 ,南 ス マ トラの平滑 な海 岸 線 に関 して 別 の見 解 が あ る。 Chambers [1977] は , マ ラ ッカ海 峡 に面 した沿岸 流 が9カ月 間 西 か ら 東 - 向か って い る こ とを傍証 と して ,河 川 の 運 搬 土砂 は河 口の束 - 流 れ て堆 積 し,平滑 な 海 岸 線 を作 る と考 えて い る。 と くにバ ンカ島 が シ ェル タ ー とな って い るム シ川東 部 の沿 岸 部 は ,波 浪 エ ネルギ ーが きわ めて小 さ く,ム シ川 由来 の シル トが堆 積 し,海 岸 の前 進 速度 は 非 常 に 大 きい と推 定 して い る。 そ して , Obdeyn [1941]が 古地 図 の比 較 か ら推 定 し た ,最 近 数百 年 間 の急 速 な 海 岸 線 の 前 進 (Obdeynは 100m/年 とい う値 を 推 定 して い る)を妥 当な もの と して い る。 Obdeyn の 仮説 は あ とで再 びふ れ る。 沿 岸 湿 地 精 に は マ ング ロー ブか ら淡 水 湿 也 , さ らに泥 炭 湿地 へ とい う一 連 の生 態 系 列 の移 行 が み られ るが ,そ の遷 移 と分布 に影 響 す る主 要 な要 因 は潮位 と地 盤 高 の 関 係 で あ る。 この こ とは マ ング ロー ブ研 究者 に よ って 古 くか ら注 目 され て きた と ころで あ り,す で に久 馬 [1982],山 田 [1983]の報 告 で も紹 介 され て い るので ,で きるだ け重 複 を さけて 簡 単 にふ れて み よ う。 マ レー半 島西 岸 の マ ング ローブ につ いて , W atson は 冠 水 程度 に よ って それ を 区分 し, 次 の よ うな潮位 ク ラスを 述 べ て い る [W atson 1928:128-149]。 潮 位 冠 水 の生 じ ク ラス るfJ翫朝位 検 潮儀 水位 1最
低活 潮位 8フ ィー ト 以下 2 中位 の満潮 8-ll 位 フ ィー ト 3 普通 満 潮位 1ト 13 フ ィー ト 4 春 の大 潮 13-15 フ ィー ト 月 間 の冠 水 回数 56-62回 45-59回 20-45回 2-20回 5 異 常 も し くは 15フ ィー ト 2回 春 分 の大 胡 以 上 以下 それ ぞ れ の潮位 ク ラス に対 応 して地 盤 高 と そ の性 質 ,お よび マ ング ロー ブ樹種 が 明瞭 に 異 な る。 それ につ いて W atsonは次 の よ うに 述 べ て い る。 潮位 ク ラス 1. 最 低 蒲 潮位 で も冠 水 。 この よ うな場 所 で はRhizophora mucronata (bakau kurap)を 除 いて 生 存 不可能 。 ただ し,それ も海 に面 した位 置
で は生存 不可能 。 潮位 ク ラス2. 中位 (小 潮 の意 )の 満 潮 位 で 冠 水o 引 き 潮 で露 出す る 浅 瀬 や 洲 。 こ こには Avicennia (apt-apt) が侵 入 す るが , 泥 が有 機物 に富 み , 深 い場合 は Som eraiiagriHithii(PcrePai)が先 に 侵 入 す る. Auicennia iniermcdia (api・aPi puteh)が純林 を作 って い る ところは 地 盤 が しっか りと堅 く,そ の 上 を 容 易 に 歩 け るo
sonncratiaalba (gedabu)あ る い は Avicennia alba
(
a
pi・apihiiam)が優 越 す る ところは黒 い 軟 泥 で歩行 困難 。潮位 ク ラス3.
普 通 満潮位 で冠 水。 この立地 には多 くの樹 種 が侵 入 しうるが ,Rhizo
p
hora (bakau)が卓 越 す る。 RhizoPhora mucronaiaは水路近 くに多 く
,
RhizoPhoraconjugata(bakauminyak)は 堅 い土 に多い 。 Acro∫iicum (Piai)は生 育 す る が高 くは茂 らない。 RhizoPhora林 は最 も成熟 した段 階の マ ング ローブ林 で あ り,パ イオニ ア種 によ って土 が肥 や され た ところで ,かつ 小 水 路 が多 い ところに成立 す る。 潮位 クラス4. 春 の大 潮 で冠 水.地 盤 は高 くな ってRhizoI phoraには乾 きす ぎで あ り, Piaiが その更 新 を 妨 げ る。 かわ って Bruguiera gJmnOrrhiza (tumu)が優 越 し, また Piaiが密 な下 生 えを なす。 土 が 堅 い と Bruguiera corJOPhylloide∫ (berus)が純 林を作 る. この 樹 種 は普通 は春 の大潮 よ り高 い ところで ,Avicenniaの 背 後 にあ た る部 分 に しば しば純林 を なす。水 路 沿 いで排 水 の よい立 地 には Bruguieraparviflora (lcnggadai)が ます。 潮位 ク ラス5. 異 常 も し くは春 分 の大 潮で冠 水。Bruguiera gJmnOrrhiza (lumu)が 優 越 し, 下 生 え にはpiaiが 密 に 茂 る。 RhizoPhora conjugala や
Carapa molucccnsis(nyirehbatu)の老木 が ま じ
る。 最 高 潮 位 で も冠 水 しな い と こ ろ には
OncospcrmafilamenioJa (nibong)の 純 林 を み
る。 ニ ッパ 植 林 が最 も成功 す るのは , この ク ラス の土地 で あ る。 Bruguiera gJmnOrrhizaは 耐 陰性 で ,その林 は 内陸 の湿地 林 へ の漸移 相 で あ る。 地 表 面 には有 機 物 が堆 積 し,エ ビ塚 が表 面 を もりあ げ るので ,その地 盤高 は最 高 潮位 よ り高 くな り,Znl∫iaretusa(iPil),Carapa
molucccn∫is
,
Ficus retusa (7'ejawi),
PandalM α andan),
DaemonoroPsleptopu∫(rolanbakau)な どの 内陸湿地 林 の樹種 が侵入 す る。 この遷
移 は農業 開拓 の侵入 によ り促進 され る。
その他 の報告 [Allen 1965;Bird 1972; Diemont & Wijngaarden 1974 ;Macnae
1968]で もほぼ同様 の潮位 ク ラスを認 め ,小
潮 (mean highwaterれeap)時 に現 れ る潮汐 平底上 の浅 瀬 や洲 には ,Aviccnniaや Sonne -ratl'aのパ イオニ ア林 が侵入 す る こ と も 共 通 に認 めて い る。パ イオニ ア ・マ ング ローブが 成立 す る と,その呼吸根 や根系 は波浪 によ る 泥 の浸食 や洗掘 を抑 え ,堆 積 が速 ま る。 垂 直 的 な 堆 積 速度 の 報 告 は きわ めて 少 な いが , Allen[1965]によ るオ ース トラ リアの例 で は 5年 間 に 0.4-1.8イ ンチ とい う値 が 出 され て い る.一 二坑 堆 積 によ る海岸線 の前進 につ い て のデ ー タはかな り多
い。
これ はあ とでふれ る。 2. 淡 水湿地 海岸域 を縁 ど るマ ング ローブ帯 は ,ス マ ト ラ東岸 で は イ ン ドラギ リ川河 口に例外 的 に大 きな集 合 がみ られ る。 サ ラワ クで はサ ラワ ク 川 か らサ ドン (Sadong)川周辺 に 10km 前 後 , さ らに ラジ ャ ン (Rajang)川下 流域 に20 km ぐらい の幅 を もつ厚 いマ ング ローブ帯 が あ る。 それ 以外 は一般 に 3-4km 以 下 で あ り,その背後 には広大 な淡 水湿地 や泥 炭湿 地 が広 が る。 は じめ に も述べ た よ うに , この低 湿地 帯 の きわ立 った特 徴 は ,湿 地 林下 に泥 炭 が堆 積 して い る ことで あ る。泥 炭 の詳細 につ古川 :東南 アジア低湿地の地形 いて はす で に久 馬 [1983] が 述 べ て い る の で , こ こで は簡 単 に ,異 な る局 面 に つ い て も,ふ れ て み よ う。 Anderson [1964] はサ ラ ワ ク,ブ ル ネ イ の
湿
地 林 につ い て イメ ー ジo
j明瞭 な き報 告 を 行 な って い る。 それ に よ る と,湿地 の地 表 構 造 と冠 水 妻板比 ,排 水 状 況 と土 の有 機 物 含 量 な ど に関 して 明瞭 に異 な る2類 型 ,つ ま り淡 水 混 地 と泥 炭混
地 を 認 めて い る。 淡 水 混 地 は河 川 に沿 い,
雨 季 に は冠 水 す る地 下 水 函 養性 の混
地 で あ り,pH が 4よ り大 きい泥 炭 あ るい は 黒泥 を もつ 。 そ の灼 熱 損 失 は75%を こ え な い。 地 表 ffTlは平坦 か ,わず か に凸 で あ る。 他 刀, 面積 的にサ ラ ワ クで圧
倒 的 に広 い の は泥 炭湿地 で あ る。 これ は顕 著 に凸 の地 表 面 を も ち ,冠 水 す る こ とは な い 。 pH は 4よ り小 さ く,灼 熱 損 失 は75%を こえ る。 常 に雨 水 函 養 型 で あ る。 この泥 炭 地 の形 状 は温帯 の高 位 泥 炭 か らな る raised bog plainに似 るが ,そ の 組 成 は亜 分解 の木 質 泥 炭 で あ り,木 の根 ,木 秩 ,枝 ,幹 な どを 含 む 。泥 炭 の マ トリックス は暗褐 色 で , カユ状 ,不定 形 で あ るが ,暗 に か た ちを 判 別 で き る小 板 ,葉 ,小 枝 が ま ざ り,種 々の分解 皮 を 示 す 。 Anderson [ibid.]
はサ ラ ワ ク,ブル ネ イ に み られ る この泥 炭 湿 地 の形 成 過 程 を ,次 の よ うに説 明 して い る。 沿 岸 部 の沖 積 堆 積 物 上 に 成 立 した マ ング ロー ブ林 は ,海 側 - 前 進 す る につ れ , そ の 内陸側
が移 行 型 群 落 で お きか え られ る。 地 表 に は浅 く泥 炭 が堆
砧 す る。 沿 岸 の堆 精 が さ らに進 行 し, もとの湿 地 が海 か ら へ だ た る につ れ て 川 の氾 濫 頻 度 が ま し,川 沿 い には堆 積 シル トによ る高 み が 作 られ る。 そ の結 果 ,川と川 の問 の土 地 は 中央 部 のへ こん 図6 ラジャン川 (サラワク)およびバ ラム川 (ブルネイ)流域の泥 炭地形断面図 (Anderson[1964]より引用),1chainは 66rt.だ皿 状 構 造 を もつ に至 る。 そ の湿 地 に は泥 炭 が堆
積
を 速 め ,や が て 中央 部 の も り あ が った構 造 が発 達 す る。 や が て ,中央 部 で の泥 炭 堆 積 速 度 は遅 くな り,平 坦 化 bogplainが 形 成 され る。 サ ラ ワ ク, ブ ル ネ イ で は そ こ に Shoreaalbida の林 が卓 越 す る。 Anderson [ibid.]は実 際 にサ ラ ワ クの ラジ ャ ン川, ブ ル ネ イ のバ ラム (Baram) 川 流 域 の泥 炭 湿 地 林 に トラ ンセ ク トを設 定 し, レベ ル 測 量 とオ ー ガ ーを 使 って泥 炭 湿 地 の縦 断 面 図 を描 い て い る (図6)。 泥 炭 の も り あが り程 度 は ,海 か らはな れ るほ ど著 しい。 ラ ジ ャ ン 川最 下 流 郡 のプ ラウブ ル イ ト (PulauBruit)島 で は最東南アジア研究
高点 は 12.96フ ィー ト (川 の高水位 を基 準 と
す る)で あ り,泥 炭 の厚 さは最高21フ ィー ト
で あ る。地表 勾配 はゆ るや かで あ る。最 上流
部 のナ マ ン保護 林 (Naman ForestReserve) で は ピー トドームは急勾配 に立 ちあが り,中 心部 の最高点 30.4フ ィー ト,泥 炭 の厚 さは最 高50フィー トを こえ る。バ ラム川 ル ポ ックパ シール (Lubok Pasir) の トラ ンセ ク トで は Kjellerman 型 ピス トン ・サ ンプ ラー を 使 っ て試料 を採取 し,地下 16, 33,お よび39フィ ー トの泥 炭 の年 代を求 めて い る。 それ の年 代 は それぞれ2,255土60年 BP,3,850士55年 BP, 4,270士70年 BP [Wilford 1961:119] と し て い る。 泥 炭 の下 の堆 積 物 は,常 に白色 な い し黄色 の , しま った粘 土 で あ った。 次 に,花 粉 分析 に 基 づ いて 泥 炭 湿地 の 群 落遷 移 を復 元 す る報 告 も行 われ て い る[ibid.;
Ander50n 1964;Muller1965;1975]。Muト Ier[1965] は バ ラム川 のマル デ ィ (Marudi)
近 くの 事 例 を報 告 して い る。 その 湿 地 林 は 同地 域 で は最 終 遷 移 段 階 を示 す CombTeL o-carpus- DactJlocladus群 落 と述 べ て い る. 泥 炭 の厚 さは 12m, 基 盤 粘 土 に は マ ング ロ ー ブ の 花 粉 が 卓 越 す る。粘 土 直 上 の泥 炭 は CJTtOStaChJs
,
CampTWSPc,ma,
Blumeo -dcndron, GonJ∫iJlusな ど の mixed swamp forestを示 す。7m の深 さで はS_ymplocosが 卓 越 す るが , これ は現在 のサ ラワ クの湿地 林 には まれ な樹種 で あ る とい う。 さ らに浅 い部 分 で は Shoreaalbida,Gony∫iylus,StemolWruS の群 落 にかわ る。 Mullerlibid.] は さ らに, ラワス (Lawas) の浅 い 泥 炭 で の例 を 報 告 して い る。 そ こは DacrJdium と Casuarinaの卓 越 す る林 であ る. 泥 炭 は 3m,Rhizophora花 粉 に富 む砂質沖 積堆 積 物 を覆 って い る。基 底 部 の泥 炭 の年 代 は1,960±70年 BP [Wilrord 1961:120]で あ る。泥 炭 中の花粉 は典型 的 な湿地 林 の林相を示 し,Sapolaccae,BlumcodcndTOn,Campn0
-0 21巻4号 sPcrma,CyrlostachJS,Longctia,GonJSIJlus, DaciJlocladusな どで あ るO こ の 報 告 につづ く論 議 の 中で ,東 南 ア ジア地域 の 泥 炭 中 に M eiroxJlonの花粉 が見 出 され るか との問い に 対 して , これ まで見 出 されて いな い と答 えて い る。 次 に,泥 炭 湿地 の基盤 の堆 積年 代 について も リンバ ン (Limbang)川 ,バ ラム川地域 で の報告 が あ る。 ブル ネ イの リンバ ン川流域 で は海岸 か ら 50km 内陸 の6フ ィー ト段丘 に 至 る範 囲で ,基盤粘 土 中 に海棲 且化石 がみ ら れ る。 6フ ィー ト段丘 の基底砂礎 層 中の且化 石 の年 代 は,Wilford[ibid.:109] によ る と 5,400±200年 BP で あ る。 この ことか ら,こ の地域 にお け る後氷 期 の海 進 は,5,400年 前 に最 高水 準 に達 した と考 え られ て い る。 した が って 当時 の海 岸線 は,現 在 の泥 炭湿地 の最 も内側 に達 してい た ものが ,バ ラム川 , リン バ ン川 の氾濫 原 の成 長 によ り 10
m/
年 の速度 で前進 した と結 論 して い る。 以上 のデ ータは ,サ ラワクお よび ブル ネ イ 地域 で の泥 炭湿地 の形成 の年 代 とその発 達過 程 ,湿地 林 の遷 移過程 につ いて重要 な手 が か りを与 えて い る。5,400年 前 の海 進期 は01der Peron 海 進期 にほぼ相 当す ると思 われ る。当 時 の海水 準 は,縄 文 海進 期 の 中で も 最 も 高 か った こ とが知 られ て い る。泥 炭堆 積 開始年 代 は Bahama 海退 期 に相 当す る こ と も考 え られ よ う。 ス マ トラ東 岸 は全般 的 にデ ータ 不 足 で あ る。 数 少 な い デ ータ か らみ る と, 南 ス マ ト ラ, ジ ャ ンビ両 州 の泥 炭 はサ ラワ ク,ブル ネ イに比べ て は るか に薄 い。 130cm 以下 の も のが ほ とん どで あ る (例 え ば Team I.P.B. [1975;1976;1981])。 南 ス マ トラの ウパ ン デ ル タの例 で は泥 炭層 は 20-100cm 程度 で あ り,泥 炭 層 の厚 さ も,また基盤粘 土 まで の 深 さ も不 規 則 で あ る [Chambers 1979a; 1979b]。 基 盤 の不規則 な 起伏 は , 過 去 の水古川 :東南 アジア低湿地の地形 路跡 を示 す もの と考 え られ て い る。 リア ウ州 カ ンパ -ル川流域 ム ア ラタ ラム (Muar aTa-1am) の泥 炭 ドー ムは比 較 的厚 く, 8m に達 し,基 盤 の海 成粘 土 の上 に急 勾 配 で立 ちあが る [Driessen 1978]。南 カ リマ ンタ ンのプ ラ
ウペ タ ック (PulauPetak)デ ル タの レベ ル測
量 の結果 で は ,粘 土 基盤 (潜在 的酸性硫 酸 塩 土壌 ) はや は り くぼん だ皿 状 のか た ち を 示 し,中央 部 で の泥 炭 基 底高 度 は海 面 よ り 低 い。 周辺 部 の淡 水 湿 地 に比べ ,中央 部 の泥 炭 湿 地 (ここで は marsh rorest と称 され て い る)で は泥 炭表 面 は 著 し く も り あ が り, biconvex の ピー ト ド ー ム を 示 し て い る [Driessen& Soepraptohardjo 1974]。
以 上 通 覧 した文 献 によれ ば ,後 氷 期 の海 面 上 昇 期 に海 成粘 土 や汽 水堆 積 物 が堆 積 して湿 地 林 の基 盤 を 作 り,や が て 川沿 い に 自然堤 防 状 の高 みが 作 られて ,中央 部 の くぼんだ皿 状 構 造 が発 生 す る. マ ング ロー
ブ帯
が前 進す る につ れて 内陸 側 で は淡 水 湿 地 林 -移 行 し,過 湿 条 件下 で 数千 年 にわ た って大 量 の木 本遺 体 が堆 積 して泥 炭 層 をなす 。泥 炭 層 の発 達程 度 は , しか し,地 域 的 な差異 が著 し く,サ ラワ ク, ブル ネ イ , カ リマ ンタ ン, リア ウで は厚 い よ うだ が ,南 ス マ トラ, ジ ャ ン ビ で は 薄 い。 この よ うな差異 は気 候 の ちが い に由 る と は考 え難 く,地 史 の ちが い を反 映 して い る と 思 わ れ るが ,そ の究 明 は今 後 の課題 で あ る。 3. 潮 汐 かん が い水 田 淡 水 湿地 帯 の大 部 分 は これ まで密 生 した湿 地 林 に覆 われ て い た。 しか し,そ の中で も現 地 焼 畑 的農業 が細 々 とつ づ け られて きた。 さ らに川沿 い に点 々 と開 かれ た開拓 前線 で は , その地 形 的環 境 に巧 み に適 応 した水 稲 栽 培 が 行 わ れて きた。大 きな干 満 差 を 利 用 した潮汐 かん が い水 田 は, そ の典 型 的 な例 で あ る。 こ の方 法 は従 来 ,南 ス ラウ ェシの ブギ ス族 や南 カ リマ ンタ ンのバ ンジ ャール族 が イ ン ドネ シ ア ,マ レー シアの低湿 地 に 自発 的 に展 開 して きた独 特 の湿地 開発 法で あ る。 自発 的移 民 の 開 い た潮 汐 かんが い水 田は , リア ウ, ジ ャ ン ど,南 ス マ トラ 3州 に13万5千 ヘ クタ ール , 西 ,南 ,中部 カ リマ ンタ ン 3州 に16万5千 ヘ クタ ール と推 定 され て い る [Collier 1979: 76]。
その伝 統 的開拓 法 につ いて ,南 ス マ トラの ブギ ス族 移民 の行 う方 法 を 簡単 に紹介 して み よ う [ibid.:110-118]。 ム シ川沿 い ム ア ラ トゥ ラ ン (Muara Telang) の村 にい るブギ ス族 リー ダー (keparaparis, 水 路 首長 の意 ) が イ ンフ ォー マ ン トで あ る。彼 は 1963年 に南 ス ラウ ェシの シ ドラ ップ (Sidrap) 県 を 10人 の仲 間 とと もに出発 し,まず ジ ャ ン ビ 州 に 行 った。 そ こで は ,す で に開 かれ て いた潮 汐 か んが い 田で そ の農法 を習 って い る。 1971年 に3家族 が ム ア ラ トゥラ ンに移住 し,運 河 を 掘 って 106ヘ クタール の開拓 を行 な った。 そ の際 ,村 長 に開拓 の許 可 を受 け る。 開拓 にあ た って は ,まず 川 に直 角 に幅 3m,深 さ 2.5 mの中央 運河 (∫ungaiとよば れ る)を 230m (150depa)掘 る。 さ らに , それ に直 角 に2次 運 河 (パ リッ ト,Paritとよば れ る) を掘 っ た。パ リッ ト間隔 は 450mで あ る。開拓 期 間 は半 日運 河 掘 りを行 い ,半 日は木 を伐 る。伐 採 した木 は仲 買人 や製 材所 に売 る。 伐 採3カ 月 後 ,下 生 え は焼 いて ,植 付 け準 備 を行 な っ た。 まず土 を調 べ る。 川沿 い の無 機 質 な土 に は コ コヤ シ園 を優 先 的 に開 く。 また ,パ リッ ト沿 い には幅 3m,高 さ 60cm ぐらい の大 畝 を もりあげて ,や は りコ コヤ シを植 え る。パ リッ トか らは なれて 内部 に向か う と, さま ざ まな土 地 利用 を行 う。 泥 炭 が 50cm 以 上 の 厚 さだ と甘 藷 ,豆類 を植 え る。 泥 炭 が薄 く, エ ポ ン (nibong)や ジ ャウ ィジ ャウ ィ (jawi -jawi)の木 が あ る ところで は水 田 にす る。 土 地 が高 みで乾 きぎみ の (運 河 の水 が か か らな い ) と こ ろ には , コー ヒー , バ ナ ナ , パ イ 451ナ ップ ル , トウモ ロ コシな どを植 え る。 開拓 が一段落 し,生 活 の基盤 がで きあが る と,親類 や 同村 の農民 を南 ス ラウ ェシか らよ び よせ る。新 た に開拓 に加 わ った農民 は再 び 村長 の許可 を も らって 中央運河 を延長 し, 2 次運 河 を掘 る。開拓 の方法 は概 略以上 の よ う な もので あ る。 ここで 行 われ る水 田 農 業 について ,高谷 [1979:460-462]の記 述を 引用 しよ う。 ムシ 川沿 い ,スパ リック (Sebalik)とムア ラ トゥ ランの途 中で の イ ンタ ビュー (1978年10月) 結 果 を , 次 の よ うに報 告 してい る。 イ ンフ ォーマ ン トのブギ ス農民 は ,ち ょうど第 2苗 代- の移植 を行 な って いた。水 田はムシ川本 流 か ら 200m ほど入 った ところにあ り, 1 年生 の禾 本科 の草 が高 く茂 って い る。 ム シ川 近 くに第 1苗代 を作 り,15日後 に草 原を 開い て第
2
苗代 に移植 を行 う。 第2
苗 代 の整地 は バ ンクン (bangkung) とい う大刀 で荒刈 りを し,次 に刈 り倒 した草 を クマデでか き集 めて 畦 につむ。 もう一 皮 同 じバ ンクンで土を浅 く 切 って ,革 の根元 を刈 り直す。 1回 目の移植 は ,チ ュチ ュ ック (cecuk)とい う掘 棒 で20本 ぐらいの苗 を挿 しこむ。 この期間 ,田面 には 湛水 はない。 第2苗代 期間 は45日 ぐらいで あ る。本 田準備 は第 2苗 代 同様 に行 う。 本植 え の時 期 には降雨 が はげ し くな り,満潮時 には 田面 に潮 が あが って20cm ぐらいの湛水 とな る。植 付 け 1カ月後 ,小型 のバ ラン(Parang) とい う刀 で 除 草 をす る。 刈取 りは爪 鎌 で行 う。 以上 は高谷 の記述 をか いつ まん だ もので あ る。 第 1苗 代 は普通 は ,高床 の家 の床上 や ,衣 の まわ りに作 る。バ ナナの葉 を敷 き,薄 く泥 を おいて芽 出 し籾 を ま き, さ らにバ ナナの葉 で覆 う。 朝 夕 に水 を まいて乾 かな い よ う に し,苗 立 ち させ る。 これ は フ ィ リピンでみ ら れ るダポ ッグ (dabog)苗代 によ く似て い る。 本 田- の本植 えは本 田に潮 が あが り,降雨 が 452 たま って湛水 した部分 か ら順 次植 え広 げ る。 本 田 とい って も畦 は苧畦 ,手畦 で あ る。 この よ うに, この方法 は型 や ま ぐわを一 切使 わ な い無梨 耕栽培 で あ り,草本 の厚 いル ー トマ ッ トを利用 した芝土で の稲栽培 といえ よ う。 以上 の記述 か らも窺 われ るよ うに ,潮汐 か んがい水 田は潮汐 と用水 のバ ランス ,それ に 地 盤高 が うま く適合 す る ことが必要 で あ る。 南 スマ トラのム シーバ - ユアシ ンの場合 ,痩 入 塩水 くさびが河 口か ら 20km付 近 で乱れ , 表 層 に浮上 して表面水 の塩 分濃度 が高 くな る こ と が 知 られて い る [W eisselal. 1979]。 この場合 ,潮汐 かんがい水 田の立地 には不適 当で あ る。 また, 地盤 の高 い台地 は 運河を 掘 って も潮 が あが らない ので,潮
汐 かんが い 水 田は開 けない。 自発 的移民 は潮汐 かん がい水 田に好適 な立 地 を探 す ための指標 を もってい る。例 えば , 前 述 のエ ポ ンヤ シや , またセル ダン(∫erdang) といわれ るヤ シがあ る場所 を探 して開拓 を始 め るので ,成功 す る確 率 が高 い。 しか し,政 府 によ る大規 模 な開拓 で は大 面積 を一斉 に開 く方式を とるので ,当初 の 目的 にそ ぐわない 事 例 も生 まれ る。 例 えば ,南 スマ トラの チ ン タマニ ス (Cintamanis)や リア ウの シア ク川 沿岸地域 は,湿地 で はあ るが地形 的 には台地 で あ り,その開発 は単 に現 地 開発 の結果 で お わ って い る。 イ ン ドネ シアの低湿地 開発 の う ちで,
潮汐 かんがい地 域 と湿地 開発地 域 につ いて のお よその 目安 はえ られて い る (表 3) が ,その実体 に関す る理解 は不十分で あ り, 開発 の進行 に伴 い , これ らの数字 もかわ る こ とが予想 され る。 ⅠⅠⅠ 最近 の堆積浸食 に伴 う地形変化 後氷期 の海面上昇 に伴 って海 が 内陸深 く入 りこんだ ことは ,す で に述べ た と お り で あ る。 現在 この地域 の諸河 川 の運搬 土砂 は,か古川 :東南アジア低湿地の地形
表 3 イン ドネシアの湿地および潮汐湿地開発計画面積 (Collier[1979]より引用)
既存面積 (ha) 計画 ・建設 中面積(ha) 最終 目標面積(ha) 湿地 潮汐湿地 湿地 潮汐湿地 湿地 潮汐湿地 スマ トラ アチェー 北 スマ トラ 西 スマ トラ リ ア ウ ジャンビ ベ ンクル ー 南 スマ トラ ランボン 10,000 3,800 3,000 16,800 12,000 32,000 3,140 51,630 10,000 54,770 9,700 18,340 10,000 128,040 10,000 12,450 25,800 45,000 45,000 297,530 7,000 12,000 50,000 小 計 3,800 25,290 47,800日5,050 146,600 530,340 カ リマ ンタ ン 西 カ リマ ンタン 5,050 5,000 20,630 20,000 84,680 東 カ リマ ンタン 10,000 中央 カ リマ ンタ ン 2,440 5,200 2,500 15,910 12,940 86,110 南 カ リマ ンタン 15,000 7,440 2,500 15,580 37,500 23,020 小 計 17,440 17,690 10,000 52,120 80,440 193,810 合 計 21,240 42,980 57,800167,170 227,040 724,150 っ て の ス ン ダ ラ ン ド辺 縁 部 の浅 い 海 に 堆 積 し,海 岸 線 を 前 進 させ て い る。 最 近 数 百 年 は , そ の 変 化 が歴 史 的 記 録 に とど め られ る機 会 が ま して い る。 本 章 で は最 近 の堆 積 に関 す る古 記 録 ,地 図 に依 拠 して 行 わ れ た検 討 事 例 を 紹 介 す る。 1. ジ ャ ワ 19世紀 半 ば 以 来 ,頻 繁 に地 形 図 の製 作 お よ び 改 訂 が 進 ん で い た ジ ャ ワ島 で は ,過 去 の地 形 図 と比 較 して 海 岸 線 の変 化 を 検 討 す る事 例 が 多 い。 1873年 か ら1938年 ま で に作 られ た 4 枚 の地 形 図 を 使 って , ジ ャ カル タ湾 沿 岸 を 検 討 した Verstappen[1953] に よれ ば ,湾 口東 部 の ブ カ シ (Bekasi) 川 , チ タル ム (Cit a-rum) 川 の先 端 で66年 間 に それ ぞ れ 1,000m, 3,000m 前 進 し,他 方
,湾
中 央 部 お よ び 湾 口 西 岸 で は 浸 食 を 受 けて い る と ころ が 多 い 。 ジ ャ ワで は 河 口 デ ル タが 西 北 な い し酉 に 向 か って 発 達 し, ま た デ ル タ の東 岸 が 平 滑 ,杏 岸 が 烏祉 状 にな る対 比 か ら,Verstappen は東 モ ンス ー ン時 の 波 浪 が 強 い こ と を 推 定 して い る。 Tjia [1968]も 同 様 の推 定 を 示 し, ジ ャ ワで は砂 洲 は河 口 の東 に 生 じ るが ,河 川 は西 - 伸 び る こ とを 指 摘 して い る。 Hollerw 6rger [1966]も同様 な 方 法 で ,チ プ ネ ガ ラ(Ci -punegara), チ マ ヌ ク (Cimanuk), バ ン カデ レス (Bang-kaderes), サ ンガル ン (Sanggarung),
ボ ソ ッ ク (Bosok), プ マ リ (Pemali), チ ョ マ ル (Comal), ボ ド リ (Bodri) な ど の小 デ ル タ の 伸 長 を 検 討 して い る (図7)。 チ マ ヌ ッ ク下 流 域 で ロムバ タ ン(Rombatan)川 か ら チ ェマ ラ (Cemara) 川へ か ん が い 運 河 を掘 削 した結 果 , チ ェマ ラ川 の 河 口 に は 350m/ 年 の速 度 で 新 しい デ ル タ が 1.5-2.5km 伸 長 した。同 様 の現 象 は ボ ド リ川 のデ ル タで も述 べ られ て い るが ,火 山 灰 で 厚 く被 覆 され た ジ ャ ワの 山 地 か らの 運 搬 土 砂 量 の 大 き さを 示 す , ひ とつ の エ ピ ソー ドで あ ろ う。 ま た 図 7 に は海 岸 線 の 著 しい 後 退 が 生 じて い る部 分 も み られ る。 これ らの現 象 は ,沿 岸 流 に よ る浸 食 と堆 積 が運 搬 土 砂 を 再 配 分 して ,海 岸 線 が 刻 々変イヒして い くよ うす を 示 して い る。 Tjia[1968] は既 存 デ ー タを 集 録 して , 渇 岸 線 の 伸 長 速 度 を 25
m/
年 以下 か ら 200m/
年 以 上 ま で の7段 階 で 図 示 して い る (図 8)0 用 水 の シ ル トロ ー ドは全 体 に高 い が , と りわ け ソ ロ (Solo) 川 は高 く, 浮 遊 懸 濁物 濃 度 はa 図7 ジャワ島北岸の海岸線の前進(HollerwOrger[1966] より引用),1:50,000 a.チプネガラ (西ジャワ)。1865年,1934年,1946 年の海岸線 b.サ ンガル ンと ボソック (西 ジャワ)01857年 , 1922年,1946年の海岸線 C. プマ リ (中部 ジャワ)01865年,1920年,1946年 の海岸線 トロー ドの高 い筑 後 川 の最 大 値 で も 270g/m 3[半 谷 1978:67-71]で あ るので ,ジ ャワの河 川 の シル トロー ドの高 さが想 像 で きる。Tjia[1968] は さ らに,海 岸部 で の堆 積 の年 次 別 変 化 を示 して い るが ,それ によ る と 1910年 ごろか ら堆 積 量 が増 加 す る こ とが注 目され る。 そ の理 由 と して , ① 上 流 部 で の森 林 乱伐 , 日本 軍 の 占 領 に伴 う浸 食 の増 大 ,②20世 紀 初頭 の海退 ,を推定 して い る。 この推 論 は 必 ず しも十 分 な 根 拠 を もたな い が , と もあれ ,河 口部 の
鳥
祉 状 の伸 長 が速 や か に進行 して い る こと 自体 は ,かな り説得 的 に示 され て い る。2
.
ス マ トラ と ころで ,ス マ トラ東 岸 の 巨大 な 湿地 帯 全 体 を 同様 に考 え る こ とが で き るのか ,議 論 の生 じる ところで あ ろ う。 目につ く資料 は ,それ に対 し て 肯定 的見解 を とる ものが多 い。 当 否 は おいて ,それ らを紹 介 しよ う。 Tjia [ibid.] はス マ トラ東 岸 の海 岸 線 の前 進 につ いて の情 況 証拠 を い くつ か集 めて い る。 (∋北 ス マ トラの ビ ン ジ ャ イ (Bindjai), セ ル ダ ン (Serdang)地 域 で ,10km 内陸 に 海 棲 貝類 の貝塚 が知 られ て い る。㊨ 同 じ くデ リ (Deli)の 8km 内陸 で , 地 表下 1m に海 成 の 黒色 粘 土 が 広 い。④ 1ト 15世 紀 の ア ラブ人 ,中国 人 , ヨー ロ ッパ 人 航海 者 や商 人 の古 記 録 で は ,南 ス マ トラのパ レ ンバ ン を海 港 で あ る と記 述 す る ものが多 い 平 均 2.75kg/m 3 で あ る。 中程 度 の ブ ラ ンタ 仁Obdeyn 1941]。現 在 それ は 50km 内陸 に ス (Brantas)川 で も 1.3kg/m 3との値 が報 あ るので , 海 岸 線 は 100m/
年 ほ どの速 度 で 告 され て い る。 これ らの値 を 日本 と比較 す る 前 進 した と考 え られ る。 ④ 同 じ く Obdeyn と, 日本 の225河 川 の平 均 が 29g/m 3, シル が 引用 す る1821年 の地 形 図 と比 較 す る と, ジ 454古川 :東南 アジア低湿地 の地形
■l
■
■ ■ ■ ■■ ■ ■ - llllllllllllll ∴ 十 ∴ - - ∴ ∴ ・∴ .≡
:LL.∴ 二 「 こ こ 二軍 IL:_召 了 讐 ≒ 季_
_ _二 ・ 二 一 竿 塊 図 8 ジャワ島の海岸線の変化 (Tjia[1968]より引用),実線矢印は堆積 ,点線は浸食 細線 1本羽根 :25m/年以下 ,2本羽根 :25-49m/午 , 3本羽根 :50-74m/年,4本羽根 :75-99m/年 重線 1本羽根 :100-149m/年 , 2本羽根 :150-199m/年 ,3本羽根 :200m/年以上 河川名 a・チウジュン川,b.チ リウン川,C.チタルム川,d.チマヌク川,e.チタンドゥイ川 ,∫.サ ンガル ン川,g.スラユー川,h.プロゴ川, i. ヤ ン ビ川 の河 口 は最 近 100年 間 に 7.5km 前 進 して い る。 ⑤ メ ス ジ (Mesuji)川 流域 で , 21km 内陸 に生 活遺 物 を もつ 過 去 の浜 堤 が発 見 され て い る。 次 に Chambers[1977]は南 ス マ トラの ス ンサ ン (Sungsang)デ ル タ お よび プ ラ ウ リマ ウで 1942年 ,1969年 ,1973年 の地 図 を 比 較 し,平 均 20m/
年 の前 進 速 度 を 推 定 し て い る。 海 岸 の 前 進 過 程 に Progradation モデ ル と aggradationモデ ル を 区別 して い る。前
者 は海 岸 線 が 直接 前 進 す る場 合 で ,ス ンサ ン デ ル タ の先 端 は この型 で あ る と して い る。 後 者 は,o打-shoreに三 角形 の mud bank が基底 を 陸側 に ,頂 点 を海 側 に向 けて堆 積 す る。 Mudbankの 周 囲 は潮 流 で え ぐられ て 水 路 と な って い る。 Mudbankは 引 き潮 時 の水 面下 1m ぐらい に まで生 長 して しば ら く安 定 す る が ,流 木 な どが そ の上 に定 着 して波 浪 に よ る 浸 食 が抑 え られ ,パ イ オニ ア ・マ ング ロー フ が侵 入 す る と堆 積 は急 速 に進 み , tide scour も埋 積 され る。 や が て安 定 な マ ング ロ・-ブへ 遷 移 す る と推 定 して い る。 上述 の ご と く,沿 岸 部 で の新 しい堆 積 と海 岸 緑 の 前進 が生 じて い る こ とは ,疑い もな い 事 実 で あ る。 しか し,広 大 な低 湿 地 全 体 を一・ スラン川,j・ブンガワンソロ川,k.ブランタス川
津
に考 え う るか ど うか は問題 が残 る。 上 記 の 新 しい堆 積 物 は物 理 的熟 成 が 未 熟 で あ り, き わ めて軟 弱 な グ ライ土 で あ る。 一 方 ,淡 水湿
地 林 で 泥 炭 の 下 にあ る土 は よ くしま った灰 自∼ 淡 黄 灰 色 の粘
土 が 多 く [古川 1979], Keller&Richards [1967]や W all[1964]が 報告 す る洪 積 世 の堆 積 物 にむ しろ類 似 す る。 Chambers[1977]や Tjia[1968] の論 議 の 問題 点 は ,例 えば ム シ川 か ら南 東 の メ ス ジ 川 にか けて の低 湿地 の説 明 に もみ られ る。 そ の地 域 には大 きな 川 は な い。 彼 らは しか しそ の低 湿 地 を ム シ川 の 旧 デ ル タで あ る と考 え , の ち にム シ川 の流 路 が現 在 の よ うにパ レ ンバ ンの東 方 で 北 方 向へ 大 き くベ ン トす る よ うに 変 化 した と推 定 す る。 しか し,直 角 に近 い こ のベ ン トは それ ほ ど新 しい もので は な いだ ろ う。 少 な くと も,示 唆 され る1,000年 ,2,000 年 の オ ー ダーで は な い と思 わ れ る。 これ まで , 何度 か Obdeyn の説 が 引用 さ れ て い る。 こ こで ま とめて 紹 介 して お こ う。 イ ン ドー 中国 を 結 ぶ航 路 とス リグ ィ ジ ャ ヤ (Srivijaya)の位 置 を比定 す る試 み にお い て , 彼 は古 記 録 ,古 地 図 ,碑 文 な どを 検 討 し,ス マ トラ東 岸 お よび マ ラ ッカ海 峡 の 中世 にお け る地 理 的状 態 を復 元 して い る [Obdeyn 1941;1942a;1942b]。 それ によ る と, 多 くの 古地 図 に 示 され た 近 世 以 前 の ス マ トラの形 状 に は , ひ とつ の共 通点 が あ り,大 きな湾 入 が 多 い。 と りわ け ジ ャ ン ビか ら リア ウ- か けて の 湾 入 お よび ム シーバ ニ ュア シ ンの湾 入 は大 き な もので あ った。 中世 の ア ラブや ヨー ロ ッパ の航 海者 た ちは , ジ ャン ビー リア ウの湾 入 で 以 て ス マ トラがふ たつ に分 かれ て い る と恩 っ て い た ほどで あ り,それ らの資料 に 基 づ い て ,Obdeynは現 在 の ス マ トラ東 岸 の湿 地 帯 が 当時 ,一 望 の海 で あ った と推 定 し て い る (図 9)。 さ らに ,マ レー半 島 も現 在 よ り長 く 突 き出て ,バ ンカ , ど リ トンまで 陸域 が つ づ いて い た ので ,通 航 可能 な海 峡 が な か った と 推定 して い る。 そ の ひ とつ の根拠 に,1292年 , チ ャ ンバ か らス マ トラ-航海 した マル コポー く => 山