• 検索結果がありません。

夢の中で裁判した戦乱の人たち

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "夢の中で裁判した戦乱の人たち"

Copied!
24
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

︻研究ノート︼

夢の中で裁判した戦乱の人たち

    

  

一、はじめに

『三国志演義』

の人物は

『西漢

〈 注 1 〉

』の人物の生まれ変わりであり、

西

が『

は、

あったようである。例えば、元代の歴史小説『新編五代史平話』に

収録されている「梁氏

〈 注 2 〉

」を引用すると次の通りである。

劉季殺了項羽、

立著国号曰漢。只因疑忌功臣、

如韓王信、

彭越、

陳豨之徒、

皆不免族滅誅夷。這三個功臣、

抱屈銜冤、

訴于天帝。

戮、

来。

生、

操。

生、

権。

陳豨去那宗室家托生、做著個劉備。這三個分了他的天下。曹操

簒奪献帝的、立国号曰魏。劉先主図興復漢室、立国号曰蜀。孫

権自興兵荊州、立国号曰呉。三国各有史、道是三国志是也。

(劉邦は項羽を殺し、国を立て、漢と名付けた。しかし、韓信

彭越・陳

のような功臣を疑ったため、三人はみな九族まで殺

される禍を避けることが出来なかった。この三人の功臣は、冤

罪を受けて恨みを抱き、天帝に訴えた。天帝は、罪がないにも

かかわらず殺された三人の功臣を見て不憫に思い、三人をそれ

ぞれ豪傑として生まれ変わらせるようにした。つまり、韓信は

曹家に生まれ曹操になり、彭越は孫家に生まれ孫権になり、

豨は劉氏の宗室に生まれ劉備になり、この三人は天下を三分し

た。曹操は献帝の位を簒奪して、国を立て魏とし、劉備は漢室

の興復を図って、国を立て蜀とし、孫権は自ら荊州で兵士を興

して、国を立て呉とした。三国はそれぞれ歴史を持ち、それを

全て三国志と言う。

ここでは、韓信・彭越・陳豨の三人は罪がないにもかかわらず殺

されたことを恨み、天帝に訴えたこと、そして天帝は三人の訴えを

認め、

韓信は曹操に、

彭越は孫権に、

陳豨は劉備に生まれ変わらせ、

天下を三分するという内容が記されている。

それが、元末の至治年間(一三二一~一三二三)の『至治新刊全

』(

下、

』)

は、

(2)

告になり、裁判が行われるという形式がとられる。また、明末の

ふ う

ぼう

り ゅ う

し、

た『

小説』第三十一巻「鬧陰司司馬貌断獄」では、物語の内容が『三国

り、

ら〈

に、

西

れ、

登場人物たちはやはり、

『三国志演義』の人物に転生している。

このような内容は、日本と

〈注 3 〉

においても非常に大きな人気を集

た。

て い

しょ う

~?)

る『

はなぶ さ

そ う

(一七四九年刊)

の第五編

き の

た ふ

し げ

いん

いた

く じ

くる

こと

で、

安徳天皇・源範頼・源義経・畠山重忠ら源平合戦時代の人物が訴訟

を起こし、新田義貞・楠正成・足利尊氏のような南北朝時代の人物

に転生するというふうに、完全に日本化がはかられた翻案作が生ま

れた。一方、韓国の場合、朝鮮時代後期における中国白話小説の流

け、

の『

)』

下、

』)

〈注 4 〉

と【

1】

る『

)』

下、

楚漢訟』

)が一九一一年に、

そして『

교정제마무전

(校正諸馬武伝)

(以下、

『校正諸馬武伝』

)が一九一六年に刊行された。

中国の文学を受け入れる際に、日本と韓国はそれを無条件的に受

け入れるのではなく、完全に消化し、抵抗・取捨選択・改変を行っ

たうえで、影響作や翻案作などを生み出したことは周知のことであ

る。本話に関していえば、各人物の転生の論理・創作意図・判決の

内容・歴史認識などを比較し、日韓両国ではいかなる形で独自の世

界が構築されたかを究明するのが重要な課題になる。

それによって、

日韓両国の文化の主体性や特質の一端をうかがうことが出来、そこ

にはいかなる文化的な背景、あるいは価値観の違いがあったかを明

らかにすることが出来るであろう。本研究ノートでは、このような

課題を解決するための手掛かりとして、右に紹介した作品たちの訴

訟及び判決の内容をまとめることにしたい。

二、

『三国志平話』

は、

宋・

を書物化したもので、

二階堂善弘

中川諭訳注『三国志平話』

(光栄、

一九九九)によれば、

「『三国志平話』は、中国における一大歴史小

説『三国志演義』が成立するための、一つの原型として位置づける

る。

は、

に、

が、

その内容を表でまとめると次の通りで

〈注 5 〉

(3)

①登場人物の訴訟及び判決内容

②裁判の過程で登場した人物と判決

③主人公についての判決

と、

に、

、『

彭越で、孫権に転生するのは英布になっている。さらに、諸葛孔明

に転生する人物として蒯通が新たに設定されていることが分かる。

三、

『古今小説』第三十一巻「鬧陰司司馬貌断獄」

『三国志平話』では、

『西漢演義』の人物としては韓信・彭越・英

布・

ど、

操・

備・

権・

諸葛孔明が一応登場するが、これだけでは物語の構成において物足

、馮

西

『三国志演義』

でそれぞれ二十二人ずつの人物を登場させている。

は、

りである。

東漢の時代、蜀郡の書生司馬貌は、聡明で優れた学識を持って

が、

た。

時、

自分の不遇を嘆く漢詩を書き、それを燃やして寝たところ、夢

英布 彭越 韓信 人物 原告 孫権 劉備 曹操 転生 劉邦 呂氏 人物 被告 献帝 伏皇后 転生 漢の創設に協力したが、 劉邦は陰謀を巡 らせ、自分を殺したこと。 漢の設立に力を尽くしたが、 自分を用い ず殺し、 呂氏はその身を切り刻んで諸侯 に食べさせたこと。 大 功 が あ り な が ら、 無 実 の 罪 を 着 せ ら れ、劉邦に殺されたこと。 原告の訴訟内容   劉邦は、 呂氏が自分に代わって政務に 当たっていたため、 知らないことだとす る。   呂氏は、 劉邦から三人を騙して殺すよ う指示があったとする。 被告の弁解内容 劉 邦 が 功 臣 に 背 い た こ と は 明 白 で あ る ことを認め、韓信 ・ 彭越 ・ 英布の三人に 漢の天下を与えることにする。 判決内容 蒯 通 人物 諸葛孔明 転生 呂 氏 の 弁 解 の 証 人 と し て 呼 び 出 さ れ る。 咎 は 劉 邦 に あるとの詩を詠む。 陳述内容 司馬仲相 人物 司馬仲達 転生 司馬仲達は三国を併せ、天下を統一する者になる。 判決内容

(4)

で数人の鬼卒が現れ、

司馬貌を閻魔王の所へ引き立てて行った。

実は、

玉帝は詩を読んで、

司馬貌を一晩閻魔の位に就かせ、

滞っ

た案件を処理させようとしたのであった。

司馬貌は、楚と漢の

訴訟四件を裁判し、それぞれ三国時代の人々に転生させる

。そ

の見事な判決ぶりに閻魔と玉帝は感心し、司馬貌を司馬懿仲達

に転生させる。司馬貌は目が覚め、

妻に冥府での出来事を語り、

来世でも妻と夫婦になることを話して死ぬ。すると、妻も司馬

貌の葬儀が終わった後に世を去る。

右の梗概において最も記述の中心が置かれているのは、傍線を引

いた司馬貌の裁判の内容である。

そして、

裁判の基本的な方針は、

「恩

将には恩で報い、仇将には仇で報い、少しも誤ることはない(恩将

報、

報、

〈注 6 〉

)」

が、

論理で実現されているのかが、作品を理解するうえで最も重要なポ

イントになるところである。

は、

ら〈

と次の通りである。

韓信 人物 原告 曹操 転生 蕭何 劉邦 人物 被告 楊修 献帝 転生 蕭 何 は 自 分 を 推 薦 し た に も か か わ ら ず、 殺害したこと。 大きな功績を挙げたにもかかわらず、 自 分の爵位を落としたこと。 原告の訴訟内容 劉邦が心変わりし、 韓信を殺せという呂 氏の命令に従っただけ。 被告の弁解内容 楊修は抜群に聡明で、 曹操の主簿として 大 き な 俸 禄 を 得 る が、 曹 操 の 秘 密 の 謀 (鶏肋)を見破ったため、殺される。 韓信の功績と忠が認められ、 漢に背く意 図 は な い と さ れ る。 咎 は 劉 邦 に あ る と し、献帝は一生曹操に苦しめられる。 判決内容

①登場人物の訴訟及び判決内容

〈第一裁判〉

●件名:罪のない忠臣を殺した件

●原告:韓信・彭越・英布

●被告:劉邦・呂氏

(5)

〈第二裁判〉

●原告:丁公

●件名:恩を仇で返した件

●被告:劉邦

英布 彭越 韓信 孫権 劉備 曹操 呂氏 許負 蒯通 伏皇后 龐統 諸葛孔明 謀反を起そうとしたことはなく、 呂氏か ら彭越の肉醤が届いたことに怒り、 使者 を殺したため、呂氏から殺されたこと。 淫 乱 な 呂 氏 の 要 求 に 応 じ な か っ た た め 殺された。 体は醤漬けになって諸侯に送 られ、 自分は謀反の濡れ衣を着せられた こと。 蕭 何 と 謀 っ て、 裏 切 り の 濡 れ 衣 を 着 せ、 三族を皆殺しにしたこと。 蒯通の忠告を聞かなかったのは、 七十二 歳 の 寿 命 を 全 う す る と の 許 負 の 占 い が あったためで、 許負の占いが間違ってい たこと。 途中で逃げ出し、 軍師の職を全うしなか ったこと。 世 の 中 に は 男 が 女 に 戯 れ る こ と は あ っ ても、 女が男に戯れることはない。彭越 が自分に手を出したため殺した。 寿命を縮めた四つの振る舞いがあり、 陰 徳を損なったため、 計算が不正確になっ た。 劉 邦 は 今 後 韓 信 を 疑 う で あ ろ う と 察 し たため、 楚と連合して天下を三分するよ う勧めたが、韓信が聞き入れなかった。 英布の主張が認められる。孫権は、 呉帝 になって江東に台頭し、 一国の富貴を享 受する。 彭越の忠心が認められ、 呂氏の話は嘘で あるとする。 劉備は蜀帝になって天下を 三分し、 多くの人々に仁と義を称えられ る。 曹 操 は 伏 皇 后 を 苦 し め、 殺 す こ と に よ り、呂氏が韓信を殺した仇に報いる。 龐統は劉備に仕えるが、 三十二歳の時に 韓信と同じ年齢で死に、 前世での占いが 不正確だった報いを受ける。 韓信の訴えは認められない。 蒯通は並外 れた知恵者であるため、 諸葛孔明に転生 し、劉備の軍師として共に国を立てる。 丁公 人物 原告 周瑜 転生 劉邦 人物 被告 献帝 転生 紀 信 は 忠 臣 な の に 爵 を 一 つ も 与 え な か っ たのは不義である。不忠の項伯、 項羽の将 軍 雍歯を諸侯に封じたのはなぜか。 劉邦を包囲した時、 天下を均分するという 甘言を信じて命を助けてあげたが、 後に劉 邦に殺されたこと。 原告の訴訟内容 臣 と し て 主 君 に 不 忠 な る 者 を 戒 め る た め。 被告の弁解内容 周瑜は、 孫権のもとで将軍になるが、 諸葛 孔明に対する憤りのあまり、 三十五歳で死 んでしまう。したがって、 前世では項羽に 仕え通すことが出来ず、 来世でも孫権に仕 え通すことが出来ない。 判決内容

(6)

〈第三裁判〉

●原告:戚氏

●件名:権を専らにして位を奪った件

●被告:呂氏

〈第四裁判〉

      

●原告:項羽

●件名:人を死に追いやった件

       

●被告:王翳・楊喜・夏広・呂馬童・呂勝・楊武

戚氏 人物 原告 甘夫人 転生 呂氏 人物 被告 伏皇后 転生 劉邦から寵愛を受け、 息子を太子に立てる と約束された。しかし、 劉邦の死後、 息子 の如意は毒酒を飲まされ死に、 自分は残酷 な刑罰を受けて死んだこと。 原告の訴訟内容 被告の弁解内容 戚 氏 は 甘 夫 人 に 転 生 し、 劉 備 の 正 室 に な る。彭越と夫婦になれば、 呂氏は妬まない だろう。 判決内容 項羽 人物 原告 関羽 転生 王翳 楊喜 馬 童 呂勝 楊武 夏広 人物 被告 王植 卞喜 蔡陽 韓福 秦琪 孔秀 転生 項羽が自害すると、 その死体を分け合って それぞれ自分の手柄と申し出たこと。 垓下の戦いで敗れ逃げて行く際、 わざと誤 った道を教えたこと。 原告の訴訟内容 被告の弁解内容 関 羽 は、 劉 備 と 桃 園 で 義 を 結 ん で、 共 に 国 の 基 を 築 く。 項 羽 は 秦 王 の 子 嬰 を 殺 し、 咸陽を焼き払ったため、 関羽は無残な 死に方をする。しかし、 項羽は太后を殺さ ず、 呂氏を汚さず、 酒席でひそかに人の命 を 狙 う よ う な こ と は し な か っ た 三 徳 に よ り、 来生でも義勇剛直で、 死んでから神と なる。 六 将 は、 何 ら 戦 功 は な い こ と を 認 め る。 来 生 で は、 み な 曹 操 の 部 下 と し て 転 生 し、 要衝の守りに就くが、 関羽の五関突破の際 に首を斬られ、 前世での項羽の恨みを晴ら せるようにする。 判決内容

(7)

②裁判の過程で登場した人物と判決

③主人公についての判決

四、

編「

  

くる話」

て、

すると次の通りである。

弘安年間、後宇多天皇の時代のことである。紀任重は聡明で優

れた学識を持っていたが、五十歳を過ぎても官職に就くことが

た。

時、

き、

それを燃やして寝たところ、夢で数人の鬼卒が現れ、紀任重を

閻魔王の所へ引き立てて行った。実は、玉帝は詩を読んで、紀

任重を一晩閻魔の位に就かせ、滞った案件を処理することを命

た。

は、

し、

それぞれ南北朝時代の人々に転生させる

。その見事な判決ぶり

に閻魔と玉帝は感心し、紀任重を脇屋義介に転生させる。紀任

め、

り、

その後、死んでしまう。隣の老翁は気の毒だと思い、その死骸

を近くの林の中に葬った。

右のあらすじを見ると、聡明で優れた学識を持っていたが、五十

歳を過ぎても官職に就くことが出来なかったという紀任重の人物設

定、夢で閻魔王の所に引き立てられたこと及びその理由、冥途での

裁判、

玉帝が任重の見事な判決ぶりに感心する点、

任重の転生など、

雍歯 項伯 如意 紀信 樊噲 人物 文醜 顔良 劉禅 趙子龍 張飛 転生 仇 の 封 爵 を 受 け た た め、 項 羽 に と っ て は 罪 人 で あ る。 来 世 では関羽によって斬られ、前世の項羽の恨みを晴らす。 項 伯 は、 項 羽 に 背 い て 劉 邦 に 向 か い、 富 貴 を 企 ん だ た め、 項羽にとっては罪人である。 来世では関羽によって斬られ、 前世の項羽の恨みを晴らす。 来 生 で も 戚 氏 の 息 子 に な り、 位 を 継 い で 四 十 二 年 間 の 富 貴 を享受して、前世の苦しみを埋め合わせる。 劉 邦 に 忠 を 尽 く し た に も か か わ ら ず、 一 日 の 富 貴 も 享 受 し ていないため、来生では西蜀の名将となる。 張 飛 は 劉 備 の 部 下 に な る。 し か し、 前 世 で 樊 噲 は、 妻 呂 嬃 が 呂 氏 を 助 け て 残 虐 な 振 る 舞 い を す る の を 放 置 し た た め、 妻 の 罪 に 連 座 し、 張 飛 は 無 残 な 死 に 方 を す る。 樊 噲 は、 生 前 に 忠 勇 で、 人 に 媚 び へ つ ら わ な か っ た た め、 来 生 で も 義 勇剛直で、死んでから神となる。 判決内容 司 馬 貌 人物 司馬懿 転生 来 世 で は 王 侯 の 位 を 賜 わ り、 一 生 将 軍 と 宰 相 を 務 め る。 位 を 子 々 孫 々 に 伝 え、 三 国 を 併 呑 し て、 国 号 を 晋 と す る。 曹 操 は 君 を 欺 き、 后 を 殺 し た が、 こ れ は 人 の 手 本 と し て は い けないため、曹操の子孫は司馬懿に苦しめられる。 判決内容

(8)

話の骨格は原話とほぼ同じである一方、時代を弘安年間後宇多天皇

の時代にしている点、主人公を紀任重という日本人に設定した点に

おいて、見事に日本化がはかられた作品であるといえよう。その中

で、傍線を引いたところが本話の最も重要なところで、

〈第一裁判〉

から〈第三裁判〉までが原話の体裁に倣って行われている。

それでは、各裁判及び判決内容について確認してみよう。

安 徳 天 皇 人物 原告 阿 野 廉 子 転生 二位尼 人物 被告 西 園 寺 実 兼 の娘 転生 自 分 の 母 は 平 氏 で あ っ て も、 自 分 は帝位に就いているため、 敵軍に渡さ れ て も 殺 さ れ な い は ず だ っ た。 し か し、 二 位 尼 が 分 別 の な い 自 分 を 連 れ て、一緒に海に身を投げたこと。 自 分 の 母 建 礼 門 院 が、 悪 人 清 盛 の 娘だとして嫌われたこと、 そして、 母 が 兄 宗 盛 と 密 通 し て 自 分 を 産 ん だ と いう噂が広がったこと。 原告の訴訟内容   被告の弁解内容 安 徳 天 皇 の 訴 え が 認 め ら れ、 二 位 尼 は 安 徳 天 皇 が 実 は 女 の 子 だ っ た こ と を 隠 す た め に、 一 緒 に 入 水 し た と す る。 来世では、南朝の天子の母になる。   二 位 尼 は、 来 世 で は 后 に な る は ず だ が、 帝 の 寵 愛 を 廉 子 に 奪 わ れ、 帝 に 会 うことも出来ない。 判決内容

①登場人物の訴訟及び判決内容

〈第一裁判〉

●件名:幼児を騙して、入水死に至らせた件

●原告:養和時代の幼年天子

 

言仁(安徳天皇)

●被告:平清盛の妻

 

二位尼

(9)

〈第二裁判〉

       

 

●原告:源範頼、源義経

●件名:功績を挙げたにもかかわらず、兄弟を死に至らせた件

  

   

●被告:源頼朝、大江広元

源義経 源範頼 人物 原告 新 田 義 貞 楠正成 転生 大 江 広 元 吉 岡 鬼 一 江 田 源 三 源頼朝 人物 被告 赤 松 円 心 高師直 利 直 義 護 良 親 王 転生 頼朝の師であり、 儒教の学問を究めたに もかかわらず、 義経兄弟の仲を裂いたこ と。 自 分 が 江 田 源 三 の 忠 告 を 聞 か な か っ た のは、 七十一歳の寿命を全うするとの吉 岡鬼一法眼の占いがあったため。 平氏が滅亡した後、 義経のもとから途中 で逃げ出したこと。 壇ノ浦の戦いで平氏を破るなど、 大きな 功績を挙げたが、 大江広元らの讒言によ り、 兄頼朝は土佐房正俊を送り自分を殺 そうとしたこと。その後、 自分は散々苦 労をしたあげく、 衣河の館で自害したこ と。 義経とともに平氏を滅亡させ、 大きな功 績を挙げたが、 結局追放され、 無念のま まに死んでしまったこと。 原告の訴訟内容 主 人 た る 頼 朝 と 天 下 の た め の 方 策 だ っ た。義経は権威をほしいままにし、 兄 頼朝の気を悪くさせた。 寿 命 を 縮 め た 四 つ の 振 る 舞 い が あ り、 陰徳を損なったため、 計算が不正確に なった。 畠山重忠と親交を結び、 梶原景時には 全てのことを相談し、 頼朝から嫌われ ないようにし、 後白河院に頼るよう助 言したが、義経は聞かなかったため。 被告の弁解内容 大 江 広 元 は 頼 朝 に 道 理 に 則 っ た 正 道 を教えなかったとする。来世では、 楠 に 次 い で 功 績 は あ る が、 領 地 は 少 な い。 吉 岡 鬼 一 の 占 い が 不 正 確 だ っ た 罪 を 認め、 その報いとして来世では足利の 執 権 役 に な る が、 四 十 一 歳 で 殺 さ れ る。 江田源三の智恵と軍術が認められ、 来 世 で は 足 利 尊 氏 の 弟 直 義 に 転 生 す る。 兄と力を合わせて高師直を討つ。 源 氏 の 再 興 に は 義 経 の 功 績 が あ っ た こ と を 認 め、 来 世 は 鎌 倉 幕 府 を 倒 し、 天下を二分する勢力を持つ。 頼朝は度 量が狭く、 残忍だった応報により、 来 世 で は 直 義 の 命 令 で 淵 辺 に よ っ て 首 を斬られる。 範頼は義経を恨み妬んだため、 来世で は 新 田 義 貞 の 下 で そ の 命 令 に 従 う の みで、才能を発揮出来ない。 判決内容

(10)

②主人公についての判決

右の表を見ると、源義経らを裁く〈第二裁判〉が話の中心になっ

ており、義経の寿命についての尋問を見ると、庭鐘は義経を原作の

韓信に、江田源三を蒯通に、吉岡鬼一を許負に対応させていること

る。

た、

で、

とがないという内容の尋問から、畠山重忠を彭越に、北条政子を呂

氏に対応させていることが分かる。そして、これらの人物の転生に

あたってどのような論理が反映され、庭鐘のいかなる思想や歴史観

などが見出せるかが、作品を読み解くうえで最も重要なところであ

る。

畠 山 重 忠 人物 原告 足 利 尊 氏 転生 北 条 政 子 北 条 時 政 人物 被告 北畠師親 の娘 ( 民 部 卿 の 局) 北 条 高 時 転生 自分は広い領地と豪華な家、 美食美衣の 生活をし、 奥向きには美女がたくさんい るため、 政子のような年増の女に手を出 すはずがない。 政子は頼朝と密通をする など、貞操堅固でない女である。 淫 乱 な 政 子 の 要 求 に 応 じ な か っ た と こ ろ、 政 子 は 時 政 の 後 妻 牧 の 方 と 共 謀 し、 自分が謀反を起そうとすると讒言したた め、親子共に滅ぼされたこと。 原告の訴訟内容 世 の 中 に は 女 の ほ う か ら 先 に 男 に 戯 れ る こ と は な い。 重 忠 が 自 分 に 淫 ら な 心 を 起 こ し た の で 叱 っ た と こ ろ、 彼 が 逃 げ た た め、 他 の こ と に か こ つ けて罪を罰した。 被告の弁解内容 重 忠 の「 忠 心 」 が 認 め ら れ、 政 子 の言葉は嘘であるとする。 重忠の滅亡 は北条家の謀略のためであるとし、 来 世には北条家と親類関係になるが、 機 会 を 掴 ん で 朝 廷 軍 に 加 わ っ て 新 田 と 天下を両分し、 更に天下を統一して将 軍職に就く。 政 子 は、 北 畠 師 親 の 娘 に 転 生 し、 一 度 は 後 醍 醐 天 皇 の 寵 愛 を 受 け る が、 息 子 護 良 親 王 が 直 義 に 殺 さ れ た 後 は、 悲しみの中で亡くなり、 前世で重忠を 殺した報いを受ける。 時 政 は 前 世 に 功 績 の あ る 臣 下 を 謀 殺 した報いとして、 来世では鎌倉幕府を 受け継ぐも一族みな滅亡する。 判決内容

〈第三裁判〉

      

●原告:畠山重忠

●件名:功績のあった臣下を嫌い、一家断絶させた件

         

●被告:北条時政、北条政子

紀 任 重 人物 脇屋義介 転生 新 田 義 貞 の 弟 と し て、 南 朝 の 土 台 を な す 臣 と な る。 希 望 は 叶 え ら れ て も、 苦 労 が 多 い た め、 良 い 報 い と は 言 えない。 判決内容

(11)

は、

は「

け つ

だ ん

めい

は く

おん

む く

ひ、

あた

は仇を以て報」いると、原作の「恩将には恩で報い、仇将

には仇で報い、少しも誤ることはない」という裁判の方針を忠実に

受け継いでいるにもかかわらず、転生した人物たちは前世での恨み

を復讐する関係になっていない点である。例えば、

源義経と範頼は、

兄頼朝を訴えるのだが、任重の判決によって彼らが転生した新田義

貞・楠正成・護良親王は、南朝において同盟関係を結ぶ。これにつ

いては三宅正彦氏に詳論があり、氏は「初期読本作家・都賀庭鐘の

思想

│「紀任重陰司に至り滞獄を断くる話」の分析をつうじて

(『

号、

で、

重陰司に至り滞獄を断くる話」

では

「対立関係の設定が不明確になっ

ている」ことを指摘し、その理由として「革命思想自体が、庭鐘の

受容することのできないもの」であり、

「「鬧」で、転生の基準にな

は、

が、

は、

られている。右の指摘は、今後の研究の方向性を示唆するものとし

て注目すべき見解であるといえよう。

五、

(

夢決楚漢訟

)

閔寛東

張守連

劉僖俊『韓国所蔵中国古典小説の版本目録』

(学

古房、二〇一三)によると、韓国には一〇九種の『三国志演義』が

現存するという。これは中国古典小説のうち最も多く、

その次が

『西

漢演義』で四十九種、

『西遊記』が十五種、

『水滸伝』が十二種であ

るという。また、閔寛東・金明信『朝鮮時代中国古典小説の出版本

』(

房、

と、

て、

は『

』『

十二種、白話小説は六十種があり、そのうち『三国志演義』の翻訳

本が最も多いという。その次が

『西漢演義』

『西遊記』

『水滸伝』

『列

国志』の順で、

ほとんどが朝鮮時代後期に翻訳されたと述べている。

このように、現存本及び翻訳本の数からも、朝鮮時代後期は『三国

志演義』と『西漢演義』が大変大きな人気を博しており、両作品の

内容を下敷きにした「鬧陰司司馬貌断獄」の影響作が生まれるため

の条件は充分に整っていたと言えよう。

て、

め、

自国語文学の草創の時期およびその展開の流れは日本より遅い。例

えば、

日本では平安時代に宮中女流文学が発達したが、

韓国の場合、

ハングルが作られても知識人男性の文学は漢詩文が中心となり、ハ

ングルは「諺文」として軽視された。これは日本で知識人男性は漢

字を「真名」とし、女性は「仮名」を使ったものと似たような現象

で、したがって韓国での宮中女流文学の発達は朝鮮時代後期になっ

て行われる。また、日本では仮名草子が十七世紀に全盛期を迎える

が、韓国では二十世紀を前後にようやくハングルが市民権を得るよ

(12)

【図1】ソウル大学中央図書館所蔵本『夢決楚漢訟』 (一九二五年刊本) 。 旧活字本による印刷。 【 図 2】 韓 国 国 立 中 央 図 書 館 所 蔵 本『 諸 馬 武 伝 』( 写 本 )。 上 段 の 漢 数 字 は、 本 書が貸本屋で流布したことを示す。

(13)

うになる。そして、識字率が上がり、庶民を対象にした読み物の需

要が爆発的に増加するという日本の仮名草子のような時代も、二十

世紀前後になって訪れる。

このような状況の中で、

作品の素材になっ

たものの一つが、中国短編白話小説であ

〈注 7 〉

は、

ば、

』『

り、

としての記録はあるものの伝本はない。韓国梨花女子大学には『拍

案驚異奇』という上海鋳記書局で一九一二年に刊行されたものがあ

るが、その内容は『拍案驚奇』とは異なる。それが二十世紀前後に

なって、

〈注7〉で挙げたように、

『今古奇観』を中心にした多くの

写本・刊本・旧活字本・新聞連載による翻訳・翻案・影響作が生ま

れるようになる。

本稿で紹介する『夢決楚漢訟』の場合、おそらく朝鮮時代後期に

る『

전(

)』

〈注 8 〉

が韓国国立中央図書館、日本東洋文庫、韓国檀国大学図書館、フラ

ンス東洋言語文化学校などに所蔵されている。そして、これらの写

本・刊本群を校勘して、一九一六年には朝鮮図書から『校正諸馬武

伝』が刊行され、一九二二年まで三回にわたって刊行された。

更に、

『校正諸馬武伝』が出される前から、

『夢決楚漢訟』という

ほぼ同じ内容を持つ異本が新旧書林から一九一一年

一九一四年

(二

)・

年・

年・

年・

年、

年、

年、

一九六一年に刊行されており、本書は朝鮮時代末期から植民地時代

を経て近現代に至るまで非常に大きな人気を集めた作品といえる。

それでは、

『夢決楚漢訟』

のあらすじを紹介すると次の通りである。

東漢の時代、寿春の書生諸馬武は、聡明で優れた学識を持って

いたが、四十歳を過ぎても官職に就くことが出来なかった。あ

る時、自分の不遇を嘆く文章を書き、それを燃やして寝たとこ

ろ、夢で閻魔王の所に引き立てられる。実は、玉帝は諸馬武の

文章を読んで呼び出したのであり、諸馬武は一晩閻魔の位に就

いて四〇〇年間の間滞った案件を処理することになる。

諸馬武

は、楚と漢の訴訟に判決を下し、それぞれ三国時代の人々に転

生させた。

その見事な判決ぶりに閻魔は感心し、諸馬武を司馬

炎に転生させる。諸馬武は目を覚まし、妻には冥府で大訟に判

決を下したことを話した。諸馬武夫婦は八十歳になるまで富栄

えた。

右に紹介したあらすじを見ると、細部の違いはあるものの、話の

の「

る。

そして、傍線を引いた諸馬武の判決内容が物語の中で最も重要な部

分を占めている。

は、

の通りである。

(14)

①登場人物の訴訟及び判決内容

韓信 鐘離昧 龍且 樵夫 酈食其 劉邦 人物 原告 曹操 馬超 趙子龍 諸葛孔明 周瑜 献帝 転生 呂氏 劉邦 韓信 韓信 彭越 英布 人物 被告 伏皇后 献帝 曹操 曹操 劉備 呂布 転生 天 下 統 一 の 功 績 を 挙 げ た に も か か わ らず、 謀反の疑いをかけられ、 殺され たこと。 韓 信 は 劉 邦 か ら 謀 反 の 疑 い を か け ら れるのを恐れたため、 自分を殺したこ と。結局、 韓信も禍を避けられなかっ たため、 自分は殺される必要がなかっ たこと。 項羽の大将として功績を挙げたが、 韓 信の奸計に騙され、 戦いに敗れ、 殺さ れたこと。 韓 信 に 道 を 教 え て あ げ た に も か か わ らず、殺されたこと。 す で に 斉 は 降 伏 し て い た に も か か わ らず、 韓信が斉を攻撃したため、 斉王 に煮殺されたこと。 天下統一の後、 各将軍の功績に対し多 大な俸禄を与えたにもかかわらず、 臣 下としての道を弁えず、 謀反の心を起 こし、 誅せられた後にも訴訟を起こし たこと。 原告の訴訟内容 韓 信 が 謀 反 を 起 そ う と す る こ と を 密 告した人がいたため、 女の身でありな がら国のために韓信を殺した。 被告の弁解内容 韓 信 は、 「 蓋 世 之 功 」 が あ っ た に も か か わ ら ず 「王侯之楽」 を極めることが出来なかったの は 残 念 で あ る と す る。 来 世 で は 献 帝 を 苦 し め、 伏皇后を殺し、前世での怨念を晴らす。 呂 氏 に つ い て は 功 臣 と 戚 氏 を 殺 し、 政 治 を 乱 し た 罪 を 認 め る。 来 世 で は 献 帝 の 妻 に な り、 曹操の手に殺され、更には宗族が滅ぼされる。 鐘離昧の訴えが認められる。 来世では潼関の戦 いで曹操の百万大軍を破り、 曹操はやっと命を 助かる。そして、劉備を助けて富貴を極める。 龍且の訴えが認められる。 来世では劉備の部下 として長坂坡の戦いで曹操の軍隊を破り、 黄忠 を助ける。 最も同情すべき存在であるとし、 樵夫の訴えを 認 め る。 来 世 で は、 伊 尹・ 呂 尚 の 才 徳、 管 仲・ 楽毅の智謀を兼ね備え、 天文に通じ、 地理を弁 え、八門遁甲 ・ 風雲変化の術、神出鬼没の才を 備える。赤壁の戦いでは曹操の大軍を破り、 三 国第一の人材になる。 酈 食 其 の 功 績 と 訴 え が 認 め ら れ る。 来 世 で は、 赤壁の戦いで曹操の軍を破る。 判決内容

(15)

陳豨 子嬰 義帝 韓生 范増 樅公 周苛 紀信 韓信 魏延 劉禅 孫権 呂蒙 陸遜 馬忠 朱然 潘璋 曹操 劉邦 項羽 蕭何 許負 献帝 関羽 袁紹 龐統 功績を挙げたにもかかわらず、 劉邦か ら 謀 反 の 疑 い を か け ら れ 殺 さ れ た こ と。 劉邦に降伏したにもかかわらず、 その 後、項羽に無残にも殺されたこと。 項 羽 は 劉 邦 よ り 後 に 関 中 を 平 ら げ た に も か か わ ら ず、 自 分 の 命 令 を 無 視 し、 結局、 自分を左遷したこと。そし て、英布 ・ 呉芮 ・ 共敖を送り、自分を 殺したこと。 項羽が自分の忠言を聞き入れず、 陳平 の 讒 言 を 信 じ た た め 、 煮 殺 さ れ た こ と 。 全力で項羽を助けたが、 陳平の密告に より疑いをかけられ、 故郷に帰る途中 で死んだこと。 劉 邦 の た め に 滎 陽 城 を 守 っ て 戦 っ た が、項羽に殺されたこと。 滎陽の戦いで劉邦に変装し、 劉邦軍を 脱出させたが、項羽に殺されたこと。 自分を推薦したにもかかわらず、 蕭何 は呂氏と計らって自分を殺したこと。 蒯 通 か ら は 劉 邦 に 背 く よ う 忠 告 を 受 けたが、 漢王は天から授かった者であ るため、その話を聞き入れなかった。 長生きするという占いが外れたこと。 功績のある韓信を殺すことは 「義」 で は な い た め 反 対 し た 。 し か し 、 自 分 も 疑 われるようになったため、 仕方なく韓 信 を 殺 し た 。悪 い の は 劉 邦 と 呂 氏 で あ る 。 寿 命 を 縮 め た 三 つ の 振 る 舞 い が あ っ た。特に、楚の兵士百万を殺したこと で陰徳を損ない、二十年が縮まったた め、計算が不正確になった。また、蒯 通の話を聞き入れなかったことも滅び る原因になった。 劉邦はよく功臣を殺す人であるとし、 陳豨の訴 えを認める。来世では、 劉備を助けて功績を挙 げ、諸葛孔明が出兵する時には先鋒に立つ。 秦 王 に な っ て か ら 四 十 六 日 で 劉 邦 に 降 伏 し た が、 結局、 項羽の手に殺された恨みが認められ る。来世では西蜀で四十二年間帝業を極める。 義帝は「仁義」に務めたとされ、 項羽に対する 訴えが認められる。来世では曹操を破り、 関羽 を捕え、 宿怨を晴らす。そして、 三分天下の一 つを取り、帝業を極める。 韓生の訴えが認められる。 来世では孫権を助け て 功 績 を 挙 げ 、関 羽 を 捕 え る こ と で 怨 念 を 晴 ら す 。 范増の訴えが認められ、 忠誠が称えられる。来 世では孫権の部下になり、 関羽を捕え、 前世の 恨みを晴らす。 紀信 ・ 周苛 ・ 樅公の忠誠と、項羽によって殺さ れた恨みが認められる。来世では、 孫権の部下 になり、 関羽が麦城から西川に逃げる際に関羽 を捕え、前世の恨みを晴らす。 蕭何は呂氏を戒めず、 奸計を用いて韓信とその 三族を殺したとする。 来世では、 曹操との大戦 で敗れ、 病死し、 三人の息子も曹操の手に殺さ れることで、前世の「無信無義」を戒める。 許 負 が 魏 王 豹 に 対 し て 偽 っ て 占 い を し た た め、 魏王は韓信に敗れたこと、 そして韓信の寿命の 占いを間違えた罪を認める。来世では、 劉備を 助けて四蜀を攻撃する際に、 魏王豹の末裔であ る張任の矢に当たり、 三十二歳の時に韓信と同 じ年齢で死ぬ。

(16)

英布 彭越 桓楚 周蘭 田横 虞子期 丁公 人物 原告 呂布 劉備 呉班 廖化 曹丕 黄忠 王朗 転生 劉邦 呂氏 劉邦 人物 被告 献帝 伏皇后 献帝 転生 罪のない韓信 ・ 彭越を殺し、彭越の体 を 肉 醤 に し て 諸 侯 に 送 っ た の は 「 義 」 ではない。また、 謀反の濡れ衣を着せ ら れ た た め、 保 身 の た め 起 兵 し た が、 結局殺されたこと。 大きな功績を挙げたが、 罪もないのに 殺され、 体を肉醤にされたこと。呂氏 が審食其と私通をしたことからは、 彼 女の淫欲が深いことが分かる。 九里山の戦いで敗れ、 劉邦に侮辱され るのを避け、自ら自害したこと。 劉邦と同じく王号を持っていたが、 劉 邦 の 下 に 入 る の を 恥 じ て 自 害 し た こ と。 九 里 山 の 戦 い で 敗 れ 諸 将 が 逃 げ る と、 姉の虞美人は自害したため、 自分も恨 みのあまり自害したこと。 鴻 門 の 会 で 劉 邦 を 守 っ た 項 伯 は な ぜ 殺されず諸侯に封じられ、 自分だけが 「不忠」と言われるのか。 が、後に劉邦から殺されたこと。 劉邦の甘言を信じて殺さずに生かした 原告の訴訟内容 彭越は傲慢で「不臣之心」があり、 謀 反を密告した人がいたため殺した。 「 情 」 を 重 ん じ、 王 に は「 不 忠 」 で あったため、 後世の戒めのために殺し た。 被告の弁解内容 功 績 を 挙 げ た に も か か わ ら ず 殺 さ れ た こ と は 同情すべきであるとする。来世では、 天下に名 を轟かせるような将軍になる。 彭 越 は 呂 氏 の 讒 言 に よ り 殺 さ れ た こ と が 認 め られる。来世では、関羽 ・ 張飛 ・ 諸葛孔明と力 を合わせ、 三分天下の一つを取り、 漢の正統を 受け継ぐ。 桓楚の 「忠義」 が認められる。来世では王植の 部 下 で は あ る も の の、 戦 い で は 関 羽 を 助 け る。 後 に は、 諸 葛 孔 明 の 先 鋒 に 立 っ て 魏 を 攻 撃 し、 功績を挙げる。 周蘭の 「忠義」 が認められる。来世では甘糜二 夫人を助け、 関羽の部下として曹操を破って功 績 を 挙 げ、 諸 葛 孔 明 の 部 下 と し て 名 を 轟 か せ る。 田横は誠なる「義士」であるとし、 その死は劉 邦によるため、 来世では献帝を苦しませ、 後に は天子の位を奪い、富貴を極める。 虞子期の忠が認められる。来世では、 定軍山の 戦いで夏侯淵を殺して曹操を苦しめ、 北山の戦 いでは軍糧に火をつけるなどの活躍をする。 命を助けてあげたのに殺されたため、 丁公が恨 みを持つのも当然であることを認める。 来世で は、 曹操に仕え、 献帝を苦しませることにより、 怨念を晴らす。 判決内容

(17)

②裁判の過程で登場した人物と判決

項羽 戚氏 関羽 麋夫人 王翳 楊喜 楊武 呂勝 呂馬童 劉邦 呂氏 孔秀 韓福 秦琪 王植 卞喜 献帝 伏皇后 呂馬童をはじめとした 六 〈注 9 〉 将 により、 自 害に追い込まれたこと。 危 機 に 陥 っ て い た 劉 邦 か ら の 甘 言 に 騙され和親を結んだが、 劉邦はその約 束を覆したこと。 劉邦から寵愛を受け、 息子を太子に立 てると約束されたが、 劉邦の死後、 息 子の如意は毒酒を飲まされ死に、 自分 は残酷に殺されたこと。 項 羽 が 自 害 し た 後 に 四 肢 と 頭 部 を 分 け て 自 分 の 手 柄 に し た の は、 「 人 情 」 で は 出 来 な い こ と とし、来世では関羽に殺される。 劉邦の甘言を信じたが、 呂氏によって無残に殺 さ れ た の は 同 情 す べ き で あ る と す る。 来 世 で は、 劉備の妻として皇后になり、 その子は皇帝 になる。 周殷 項伯 人物 于禁 龐徳 転生 項 羽 の 命 令 を 聞 か な か っ た た め、 項 羽 が 戦 い で 負 け る 原 因 になった。来世では関羽に破られ降伏し、 その後病死する。 項 羽 の 季 父 で あ る に も か か わ ら ず、 鴻 門 の 会 の 時 に は 劉 邦 が 殺 さ れ る の を 阻 止 し、 張 良 と 密 通 し た。 そ し て、 九 里 山 の 戦 い で は、 劉 邦 に 降 伏 し、 後 に は 諸 侯 に 封 じ ら れ た。 し た が っ て 、 来 世 で は、 最 初 は 馬 超 の 武 将 に な る が、 後 に は 曹操に降伏し、関羽によって殺される。 判決内容 烏江の 亭長 于英 虞美人 人物 周倉 甘寧 普浄 転生 項 羽 に 川 を 渡 る よ う に 勧 め た 真 心 が 褒 め 称 え ら れ る。 来 世 では関羽に従い、功績を挙げる。 韓 信 の 計 略 に よ っ て 殺 さ れ た こ と が 認 め ら れ る。 来 世 で は 孫権を助けて曹操を苦しませ、多くの功績を挙げる。 諸 馬 武 は 虞 美 人 の 生 い 立 ち、 死 に 至 る 過 程 を 語 り、 節 操 を 称える。来世では戒刀で関羽の危機を救うようにする。 判決内容

(18)

陳平 曹参 王陵 夏侯嬰 灌嬰 周勃 樊噲 蒯通 人物 楊修 馬垡 蔣琬 姜維 曹仁 費褘 張飛 徐庶 転生 劉 邦 か ら 多 く の 禄 を も ら っ た に も か か わ ら ず、 賄 賂 を も ら う な ど 清 廉 で は な か っ た と さ れ る。 ま た、 呂 氏 と 私 通 し た の は「 倫 常 の 罪 人 」 で あ る と し、 韓 信 を 讒 言 し た 罪 が 認 め ら れ る。 来 世 で は 曹 操 の 主 簿 に は な る も の の 少 し だ け 聡 明 で 才 知 が あ り、 「 鷄 肋 」 と い う 曹 操 の 秘 密 の 謀 を 漏 ら し た ため、曹操に殺される。 劉 邦 を 助 け て 功 績 を 挙 げ た こ と が 認 め ら れ る。 来 世 で は 劉 備を助けて、名を残す。 劉 邦 の た め に 太 公 を 救 い、 多 く の 功 績 を 挙 げ た こ と が 認 め られる。来世では諸葛孔明の後を継いで蜀を守る。 「 人 之 感 」 が あ る た め 韓 信 を 推 薦 し、 太 子 盈 を 三 回 も 救 っ た「 忠 誠 」 が 認 め ら れ る。 来 世 で は、 諸 葛 孔 明 の 後 を 継 いで中原を九回征伐し、威名を三国に轟かす。 劉 邦 の 部 下 と し て、 項 羽 を 苦 し め た た め、 来 世 で は 曹 操 の 部下曹仁に転生し、戦いでは関羽に破られる。 功績が認められ、 来世では蔣琬の後を継いで漢室を助ける。 鴻 門 の 会 で 劉 邦 を 救 い、 戦 い で は「 功 烈 」 が 認 め ら れ る。 来世では、 曹操の百万大軍を破り、 劉備が漢中を手に入れ、 帝業を成し遂げるのを助ける。 韓 信 が 蒯 通 の 忠 告 を 聞 き 入 れ な か っ た の は 残 念 な こ と で あ る と し、 蒯 通 に 罪 は な い と さ れ る。 来 世 で は、 劉 備 の 部 下 と し て 曹 操 の 軍 隊 を 破 る。 そ し て、 諸 葛 孔 明 を 劉 備 に 推 薦 し、大業を成し遂げる手助けをさせる。 判決内容 三老董公 如意 劉邦 田夫 李左車 人物 司馬徽 華歆 献帝 文醜 顔良 転生 項 羽 が 義 帝 を 殺 す の を 見 て「 忠 憤 之 心 」 を 起 し、 劉 邦 を 説 得 し て 義 帝 を 発 喪 し、 項 羽 を 攻 撃 す る よ う に 勧 め た の は、 「 君 臣 の 大 義 」 を 明 ら か に し た も の で あ る。 来 世 で は、 道 徳 が 高 く、 知 識 が 優 れ、 諸 葛 孔 明 と 龐 統 を 劉 備 に 推 薦 し、 三分天下の大業を成し遂げるようにする。 曹 操 が 伏 皇 后 を 探 す 際 に、 華 歆 は 壁 の 中 に 隠 れ て い た 伏 皇 后 を 引 き ず り 出 し、 苦 し ま せ る こ と に よ っ て、 前 世 で の 怨 恨を晴らす。 劉 邦 は 三 綱 の 倫 理 を 弁 え て い な い と 非 難 さ れ る。 項 羽 が 太 公 を 煮 殺 そ う と す る と、 劉 邦 が「 一 杯 の 煮 込 み 汁 を 分 け て くれ」 と言ったのは 「父子の倫」 を絶ったものである。また、 妻 呂 氏 が い る に も か か わ ら ず、 戚 氏 を 求 め、 そ の 子 如 意 を 太 子 に さ せ よ う と す る も 失 敗 し、 結 局 戚 氏 が 呂 氏 に よ っ て 殺 さ れ た の は、 「 夫 婦 の 倫 」 を 絶 っ た も の で あ る。 ま た、 韓 信・ 彭 越・ 英 布 の よ う な 功 臣 を 殺 し た の は、 「 君 臣 の 倫 」 を 絶 っ た も の で あ る。 義 帝 の た め に 葬 式 を 行 っ た の は、 董 公 の 言 葉 を 聞 い て か ら、 「 義 」 に か こ つ け て 行 っ た も の で、 も し、 義 帝 が 生 き て い た な ら ば、 義 帝 の 下 に 入 る こ と は な か っ た で あ ろ う と す る。 来 世 で は 献 帝 に 転 生 し、 天 子 で は あ る も の の 力 は な く、 曹 操 か ら 苦 し め ら れ た 後、 曹 丕 に 天 子の位を奪われる。 民 間 の 農 夫 で あ る た め 楚 漢 の 戦 い に は 全 く 関 係 が な い 身 で あ り、 ま た、 楚 の 百 姓 と し て 項 羽 に 道 を 間 違 え て 教 え た こ と を 認 め る。 し た が っ て、 来 世 で は 袁 紹 の 先 鋒 に 立 つ が、 白馬津の戦いで関羽によって殺される。 項 羽 に 偽 っ て 降 参 し て 九 里 山 に 誘 引 し、 項 羽 を 滅 ぼ し た た め、 項 羽 に 恨 ま れ て 当 然 で あ る こ と を 認 め る。 来 世 で は 袁 紹の先鋒に立つが、 白馬津の戦いで関羽によって殺される。 判決内容

(19)

③主人公についての判決

右に提示した表を見ると、まず、目につくのは「鬧陰司司馬貌断

獄」

「紀任重陰司に至り滞獄を断くる話」

のように

〈第一裁判〉

〈第

二裁判〉のような形式になっておらず、次から次へと人が呼び出さ

れ、訴えた後に判決

を受ける形になっていることである。

に、

時、

る。

は『

西

良・

范増

虞美人

酈食其

鐘離昧など、

『三国志演義』の呂布

馬超

黄忠などの人物を加え、

合計五十人が判決を受けることになり、

「鬧

陰司司馬貌断獄」の二倍を超える人物が登場し、一層豊かな物語に

なっている。

で、

は、

過ちも認めている点、劉邦より項羽のほうを高く評価している点な

ど、

原作の「鬧陰司司馬貌断獄」とは異なる歴史認識が認められる。

その他、原作より徹底的に前世での怨念を晴らすことに焦点が当て

られている点、原作の矛盾を解消し、全体的な辻褄を合わせた点な

どが見受けられる。これらの点については更に多くの紙幅を費やし

稿

六、おわりに

は、

は『

西

り、

西

を『

話は、中国において端を発し、日本と韓国においても大変大きな人

張良 季布 項羽 人物 黄承彦 王平 関羽 転生 張良の忠誠が認められる。 項羽を破るまでの過程が語られ、 来 世 で は 娘 を 諸 葛 孔 明 と 結 婚 さ せ、 漢 室 を 助 け る。 道 徳 が 高く、 山中に身を隠し、 三国の勝敗を眺めた後、 神仙になる。 最 初 は 項 羽 の 部 下 と し て 功 績 を 挙 げ、 後 は 劉 邦 に 仕 え る。 来 世 で は、 勇 猛 と 知 恵 が 優 れ、 諸 葛 孔 明 に 従 っ て 多 く の 功 績を挙げる。 大 王 は 英 雄 で あ る こ と を 称 え る。 鴻 門 の 会 の 時 に 劉 邦 を 殺 さ な か っ た の は、 「 人 君 の 道 」 を 弁 え た か ら で あ る。 ま た、 太 公 と 呂 氏 を 三 年 間 軍 中 に 置 き な が ら 殺 さ な か っ た の は 「 仁 人 君 子 」 の 心 で あ り、 太 公 を 煮 殺 そ う と し た が、 劉 邦 と 兄 弟 を 結 ん だ 話 を 聞 い て 煮 殺 す の を 止 め た の は、 昔 の 「 情 」 を 忘 れ て い な い た め で あ る。 呂 氏 が 審 食 其 と 密 通 を し て い る う ち に、 呂 氏 を 一 度 も 犯 さ な か っ た の は、 常 人 な ら 出 来 な い こ と で あ る。 亭 長 が 勧 め た に も か か わ ら ず 烏 江 を 渡 ら な か っ た の は「 烈 丈 夫 」 で あ る。 た だ、 義 帝 を 殺 し た こ と に よ り、 劉 邦 が こ れ を 口 実 に 大 王 を 裏 切 り、 天 下 を 失 う こ と に な っ た の は 残 念 で あ る。 秦 王 子 嬰 を 殺 し、 始 皇 帝 の 墓 を 暴 い た の は、 先 祖 の 怨 念 を 晴 ら し た こ と に な る た め、 充 分 な 名 分 が あ っ て の こ と で あ る。 一 方 で、 韓 信 と 李 左 車 の 計 略 に よ っ て 命 を 失 っ た の は 恨 む べ き こ と で あ る。 来 世 で は 多 く の 戦 い で 大 き な 功 績 を 挙 げ、 死 ん で も 千 秋 万 歳に香火を受け、帝号を追尊される。 判決内容 諸馬武 人物 司馬炎 転生 三国を統一して国号を晋とし、 「治国安民」の政治を行う。 判決内容

参照

関連したドキュメント

[r]

「課題を解決し,目標達成のために自分たちで考

この問題に対処するため、第5版では Reporting Period HTML、Reporting Period PDF 、 Reporting Period Total の3つのメトリックのカウントを中止しました。.

限られた空間の中に日本人の自然観を凝縮したこの庭では、池を回遊する園路の随所で自然 の造形美に出会

白山中居神社を中心に白山信仰と共に生き た社家・社人 (神社に仕えた人々) の村でし

距離の確保 入場時の消毒 マスク着用 定期的換気 記載台の消毒. 投票日 10 月

 中世に巡礼の旅の途上で強盗に襲われたり病に倒れた旅人の手当てをし,暖かくもてなしたのがホスピスの

子どもたちは、全5回のプログラムで学習したこと を思い出しながら、 「昔の人は霧ヶ峰に何をしにきてい