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法科大学院専任教員からのメッセージ 利用統計を見る

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Academic year: 2021

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(1)

雑誌名

白山法学

14

ページ

180-190

発行年

2018-03-20

URL

http://id.nii.ac.jp/1060/00010191/

Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja

(2)
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「法科大学院の思い出」

相 川   修

 東洋大学法科大学院の閉校を前に、一教員としての心境をここに記そう。  21世紀初頭を疾きこと風のごとく駆け抜けていった法科大学院制度。司 法改革が声高に叫ばれ、その一環として鳴り物入りで設置された法科大学 院。その当時、研究者教員の間では、「進むも地獄、留まるも地獄。」と揶 揄された、法学部から法科大学院への移籍問題。全国一斉に開校し、それ までの教育経験がほとんど意味を持たない新しい教育環境で、わたくした ち教員は、試行錯誤を繰り返しながらのゼロからのスタートを経験した。 小職も前任校で 3 年の試行錯誤を経験し、その試行錯誤がようやく体をな してきた頃、東洋大学法科大学院へ移籍した。本法科大学院は、白山第 2 キャンパスと呼ばれた現在の白山キャンパスから離れた場所にかつてはあ り、広い校庭とやや年季が入ってはいるが体育館もあるキャンパスであ り、のびのびとした雰囲気の下で、学生は法曹になる夢を実現するために 勉学に勤しんでいた光景を思い起こすものである。  本法科大学院に移って最初に一番驚いたこと、いまでは実感が伴わない ことになってしまって寂しい限りであるが、それは少人数教育を看板に掲 げた本校であるにもかかわらず、在学学生数が多かったことである。特 に、未修入学者が50名以上もおり、担当する法律基本科目は、ふたクラス ずつの開講であったことが記憶に新しい。その未修入学者も、また既修入 学者もその数が年々逓減し、また入学者の基礎学力に変化が生じ、そして 本日の閉校に至ったことは本当に本当に残念なことである。そんな今、修 了した修了生がひとりでも多く、その法曹になるという夢を叶えてくれる ことを祈ることしかないことが惜しまれて仕方がない。

(4)

「東洋大学法科大学院への想い」

上 田 智 司

 東洋大学法科大学院では約10年間に亘りお世話になり、この間多くの学 生と交流を深めることができました。  学生の気風は、実におおらかで、またお互いに相手のことを考える優し さのある学生が多かったように思います。互いを尊重しながら切磋琢磨する 姿は、法科大学院生としての本来のあるべき姿ではなかったかと思います。  また、法科大学院の職員の方々が、学生のことを我が事のように心配 し、きめ細やかな配慮をされ、また教員からの色々な要望や、お願いにも 的確に対処されていました。そのような環境の中で教員生活を送れたこと には、心から感謝を申し上げます。  司法研修所の教官を終えてから暫くの間、法曹養成に関わることから離 れていましたが、各分野からの広い視野を持った法曹を輩出することを目 指す法科大学院の教育に関わることができたことは貴重な経験でした。  法曹として活躍している東洋大学法科大学院の卒業生はすでに100名を 超えているかと思いますが、当法科大学院の良き校風で育てられたため か、今でも卒業生同士の交流会が定期的に開かれており、私も時々声を掛 けられ参加することがありますが、卒業してからも率直な意見を交わし、 親睦を深めていることには感心させられます。  このような良き伝統を持ち、その中から素晴らしい法曹を多数輩出した 当法科大学院が閉校となることは、ロースクールを中核とする法曹養成制 度にとっても大きな痛手ではありますが、東洋大学法科大学院に関わった 一人として、今後とも何からの形でお役に立つことがあれば協力させて頂 きたいと思っております。  長い間、有難うございました。

(5)

「高い志の持続を」

小 杉 公 一

 早いもので、平成19年 4 月に公法系・刑事系の実務家教員として東洋大 学法科大学院でお世話になってから10年の月日が経ち、この 3 月の閉校と ともに私の教員生活も幕を閉じることになりました。先輩・同僚の教員の 先生方はもちろんのこと、教務課の事務局の皆さんにも言葉に表せないほ どのご恩を受け、心から感謝しています。また、多くの学生や修了生の人 たちとの授業やゼミでのやり取り、さらには飲み会での語らいは、懐かし い良き思い出です。  弁護士の業務の傍ら、法科大学院では、公法系科目、刑事系科目の演 習・講義や法曹倫理・模擬裁判・ロイヤリングなどの実務系科目を担当さ せていただきました。「教えることは学ぶことである。」ということを身に 染みて感じた10年でした。  法科大学院の誕生による法曹人口の急速な拡大は、弁護士過疎・偏在の 解消や、弁護士の新たな活動分野の開拓に寄与してきました。しかし、現 在の法曹志望者の減少は、将来の法曹界を担う人材不足という深刻な事態 を招くことになります。志のある多くの有為な人材が、法曹の仕事に魅力 を感じ、法曹の道に進むことができるような環境を創ることが、先輩法曹 としてのわれわれに課せられた使命であると実感しています。  また、東洋大学法科大学院出身の弁護士を始めとする若手法曹が、法曹 への夢と誇りを持って自己の能力を最大限に発揮することができるよう、 東洋大学法科大学院で教 をとった教員の一員として、微力ながら力を尽 くしていきたいと決意を新たにしています。  修了生の皆さんも、白山で過ごしたロー生活の思い出を大切にして、法 曹および法曹志望者としての高い志をぜひ持続して頑張ってほしいと切に 願っています。

(6)

「教員は学生によって育てられる。」

坂 本 恵 三

 大学教員になりたての頃、大先輩の教授から頂戴した言葉である。研究 テーマというものは、講義を準備する際に生まれた疑問や、講義での学生 の質問に触発されたものであることも多い。その意味では、授業に積極的 に参加し、鋭い質問をしてくれる学生が多ければ多いほど研究テーマも豊 富になる。法科大学院では、司法試験の合格を目指して意欲的に勉強し、 積極的に質問をしてくれる多くの学生に恵まれた。その分授業の準備は大 変で、気が付くと空が白んでいたこともしばしばあったが、適度な緊張感 を伴った状態で気持よく授業をすることができたし、たくさんの研究テー マあるいは論文の種を手にすることができた。そのような授業環境を提供 してくれた学生の皆さんに心から感謝している。  授業の準備等で生まれた論文の種のいくつかについては、紀要などで私 見を示したものもあるが、大半はまだ種をまく段階にも至っていない。こ の点では受講生である学生から見れば、私は、実に鍛えがいのない教員で ある。残念ながら東洋大学法科大学院は幕を閉じるが、司法試験の受験資 格を有する修了生を今後も支援し、授業や授業の準備を通じて手にした論 文の種を一つでも多くまき、実をつけるまで丁寧に育てるようにしたい。 そうすることが、これまで学生の皆さんが積極的に授業に参加し、私を教 員として鍛えてくれたことに対するささやかなお礼であると考えている。

(7)

「法科大学院の思い出」

佐 藤 修一郎

 私が東洋大学法科大学院に着任したのは、2010年 4 月である。それまで、 他大学の法科大学院において、非常勤講師として法科大学院教育に関わった ことはあったものの、専任教員として、また、憲法担当の唯一の研究者教員 として教壇に立つに際しては、些かの緊張を覚えたことが思い起こされる。  もっとも、そうした緊張はむしろ良い方向に作用した。教室や自習室 で、明確な目標をもち、脇目も振らず真 に学修に取り組む学生や修了生 を前に、私自身も受講者の司法試験合格を第一に願いながら、教材の準備 や授業の下調べ、過去問の検討を行った。その結果、受講者とは所期の双 方向・多方向の授業が実現したのではないかと考える。  また、ともに学生、修了生の指導にあたる教員のみなさんからは、他で は得がたい知的な刺激を多くいただいた。大学教育に携わって以来、10年以 上が過ぎていたが、専門職大学院である法科大学院の教員に、従来の学部教 育とは異なったある種の「迫力」を感じたものである。とりわけ、それまで は接する機会の少なかった実務家教員のみなさんとの議論や授業研究は、大 変に興味深く、また、知的好奇心をくすぐられる意義深い経験であった。  法科大学院の教員として、もっとも落ち着かないのは、毎年 9 月上旬の 火曜日であった。司法試験合格者の発表を緊張とともに待ち、先生方、事 務局のみなさんとともに合格者名簿から本学出身者の氏名を見つけ出すと いう作業は、やはり特別な感慨をともなうものであった。  最後に、 8 年間の東洋大学法科大学院での教員生活で出会った学生、修 了生、事務局スタッフ、先生方、すべての方に心よりのお礼を申し上げ、 私の「法科大学院の思い出」としたい。  みなさま、本当にどうもありがとうございました。

(8)

「出会い・別れ・旅立ち」

田 中 信 義

 平成21年 3 月、任期終了を機に裁判官を退官し、同年 9 月に弁護士登 録、組織に属さず、 1 人で出来る範囲で仕事を開始した。そのうち、東京 地裁行政部(民事 2 部)で左陪席を務めた際の裁判長の藤田耕三先生から、 東洋で教えてみないかとのお誘いを受けた。任にあらずとお断りしていた が、再三のお誘いに、司研同期の藤村啓君に声を掛け、共にお世話になる ことにした。  教室は、白山蓮花寺坂を上った元裁判所書記官研修所にあった。シラバ スなどの聞き慣れない用語や初体験の教授会、教材の準備などに加え、受 講生の学力水準も分からず、未知なる世界に戸惑うことばかりの日々で あった。法科大学院事務局の深谷課長を始めとする担当スタッフの行き届 いたアドバイスにより何とか乗り切ってきた。その後、蓮花寺坂上から白 山本校に新築された 8 号館に移転したが、思い掛けず、 6 年間も白山通い をし、また、川越、板倉各キャンパスも良い思い出である。学生は少人数 であったことから、全員を知ることが出来た。殆どの学生とは年齢差40歳 程もあり、我が国の安定成長期に育った若者との間に時代感の大きな相違 があるのは当然であるが、新鮮な刺激であった。実務家教員として、裁判 実務における法適用過程の基本を中心に授業を行ったが、事件処理を全く 体験したことがない学生の理解を得ることは容易ではなく、基本的思考方 法を繰り返し教え続けた。法科大学院を取り巻く情勢は大きく変わり、遂 に募集停止の事態になった。法科大学院構想の脆弱さと長期的視野の欠落 を嘆ぜざるを得ない。  東洋での学生、同僚の諸先生方、事務局職員との出会いは、一生の財産 である。出会いがあるから別れがあり、別れは、学生にとっての実社会へ の旅立ちである。法曹界に進む者も、また、そうでない者も、東洋法科大 学院で学んだ成果を実社会で大いに活かしてくれるものと確信している。

(9)

「東洋大学法科大学院の閉校に寄せて」

寺   洋 平

 私は本法科大学院に赴任して今年度で 7 年目となる。本法科大学院が開 校したのは平成16年度(2004年度)であるから、その半分の期間、在籍し ていたことになる。行政法の講義科目と演習科目を中心に、行政法に関係 のある基礎法学・隣接科目、展開・先端科目を担当してきた。  私が本法科大学院に赴任したのは、正式には平成23年(2011年)10月で あるが、それに先立つ同年 4 月から非常勤教員として行政法の講義科目と 演習科目を担当してきた。前任校は地方国立大学であり、赴任初年度の 1 年間は、同校と本法科大学院の専任教員・非常勤教員として、両校でそれ ぞれ専任教員と同等の授業を担当した。それまで法科大学院において授業 を担当したことがなかったこともあり、当初、本法科大学院の学生の状況 を把握し、適切と考えられる教育の内容と方法に り着くまでには、ア ジャストメントにかなり苦労をした。その初年度は、本法科大学院の所在 地がまだ白山第二キャンパス(当時)であった。同地は裁判所書記官研修 所の跡地であり、本法科大学院は研修所当時の建物を改修して利用してい た。塀、門、いくつかの建物などは、研修所時代のままであり、往時の雰 囲気が色濃く残っていたことが印象深く思い出される。  本法科大学院では少人数制が採られていたうえに、教員と学生との距離 が(物理的・心理的に)近かったため、各学生については、顔と名前だけ でなく、人柄なども理解することができた。それだけに、自分が授業を担 当した学生・修了生には司法試験に合格してもらいたいという気持ちが強 い。ただ、現実には、全員が試験に合格することができるわけではない。 念願かなって法曹になることができた人も、別の道に進んだ人も、それぞ れが充実した人生を送ることができるように願っている。

(10)

「東洋大学法科大学院の閉校に寄せて」

萩 原   滋

 法科大学院が開設された2004年から同大学院学生の指導に携わってき た。それまでは「法学部に入学したので仕方なく法律を学んでいます。」 というような人が半数以上を占める学生たちを相手に刑法を講じていたか ら、法科大学院で授業が持てることが嬉しくもあり、同大学院の学生とと もに法律の理解を深められることが楽しくもあった。  東洋大学法科大学院に転任したのは2010年からであるが、その時分には 学生募集の停止を考えるロー・スクールが出始めてきており、筆者も入試 担当者として東京に所在する主な司法試験予備校をまわって、法科大学院 志望者の動向について調査したり、業界の方々と情報交換したりしたもの であった。  現在の法曹養成は旧司法試験時代に逆戻りしたかのような観を呈しては いるが、法曹志望者のすそ野は着実に広がり、その教育方法も格段に改善 されたものと信じている。筆者自身、少なくない人々を法曹に送り出す手 助けができて良かったと思っている。  ちなみに、短くない年月にわたり法曹養成の一端を担った経験から、筆 者の研究者としての学風も変化していると感じることがないではなく、何 かの機会にそのことを話題にすることができればと思っている。

(11)

「法科大学院教育システムと承継」

藤 村 知 己

 司法制度改革の一環として法科大学院が開講されてから14年が過ぎると ともに本学の法科大学院が閉校することとなりました。法科大学院が誕生 する時の熱気を思い出すにつけ今昔の感があり感慨無量です。私にとって も法科大学院教育に携わった14年の間、いわばプロフェッショナルを養成 することを目的とする大学院だけに学生も目的が明確で、授業はまさに真 剣勝負でエキサイティングでした。従来の法学教育のレベルとは全く異な る教育環境は教員にとっても緊張を持ちつつ全力投球してきた充実感のあ る得がたいものでした。  本学の法科大学院の終焉に際して何より思うことは、試行錯誤され構築 されてきた法科大学院の教育システムの理念つまりは教育哲学が今後どう 伝えられていくかということです。法科大学院教育は、内部的には徹底的 な教育内容の点検と評価と外部からの厳しい第三者評価を経て、かなり精 錬され充実したものとなってきていると思います。教員は、 FD 会議や授 業参観そして学生からのアンケートを通じて教育能力が厳しく問われまし た。これは今までの教育でも形だけのものはありましたが、ここまで厳し く運用されてきたことはないものと思います。また、学生も厳しい学習状 況のチェックと成績評価により緊張感を強いられたものと思います。個別 の学生についての学習能力の把握に学習カルテが作成され、全教員参加の カンファレンス会議を通じて学生の状況が全教員に共有されていました。 このような対応は小規模な法科大学院だからこその対応かもしれません が、誇るべき教育システムが構築されてきたものと思います。  残念ながら、優れた教育システムがあっても、それが対外的評価に繋が りませんでした。しかし、この教育システムが持っている優位性を考える につけ、本学の他の教育組織へ承継されていくことを祈るものです。

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「法科大学院制度を振り返って」

松 井 英 樹

 平成24年に奉職して以来、東洋大学法科大学院での教育に 6 年間携わっ てきました。最初は、学部教育とは勝手が違い戸惑うこともありました が、ほどなく修了生たちから自主ゼミの指導を請われ、少人数で楽しく議 論を重ねて学んだ日々が懐かしく思い返されます。  現在の法科大学院制度は、その成り立ちの時点から数々の問題点を抱え ていたように思います。過激な言い方かもしれませんが、司法研修所の制 度を廃止して法科大学院の中に研修所制度をすべて取り込み、既存の権益 をすべて見直したうえで、一定水準に達した者にすべて法曹資格を与え て、実務家になった後に一定の研修制度により育成するといった斬新な制 度設計をしなかったことが失敗の最大の要因であったと実感しています。 今後も、法律に関わるサービスの需要が少なくないであろうことからすれ ば、もう一度、果敢に制度の抜本的な見直しを進めてよいように思いま す。  ともあれ、東洋大学法科大学院では、優秀な実務家・研究者の先生方に 出会うことができ、法律実務をはじめ様々なことを学ぶことができまし た。法律家を取り巻く環境が厳しい時代において、高い志をもって日々の 学修に取り組んでいる学生諸君の真 な姿勢には、まことに頭が下がる思 いでした。授業や自主ゼミで指摘された疑問点を考える時間は、自分の研 究と教育を一体化できた機会であり、充実した時間を過ごすことができま した。  ここで出会うことができたすべての方々に感謝を申し上げるとともに、 皆様の益々のご健勝とご活躍を心よりお祈り申し上げます。

参照

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