フォークナーと「近代」 : 「エミリーにバラを」
、憧憬と回帰
著者
竹内 理矢
著者別名
Masaya Takeuchi
雑誌名
白山英米文学
号
39
ページ
45-60
発行年
2014
URL
http://id.nii.ac.jp/1060/00006615/
Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.jaフオークナーと「近代」
−「エミ】ノーにバラを」、憧慢と回帰
竹 内 理 矢
序 論 ウイリアム・フォークナー(WilliamFaulkner)の短篇「エミリーにバラを」(&@A RosefbrEmily"1930)は、一枚の印象的なタブローを描写する。 Wehadlongthoughtofthemasatableau,MissEmily,aslenderfigureinwhite inthebackground,herfatheraspraddledsilhouetteinthefbreground,hisback toherandclutchingahorsewhip,thetwoofthemfifamedbytheback-Hungfront door.(123) この活人画が映し出すのは、父による娘の抑圧と支配の関係と婚前交渉をタ ブーとするサザン.レディーをめく、る言説である。南北戦争後も南部貴族の伝 統と誇りの堅守を目論む父親はすべての求婚者を愛娘には不相応の没落者とし て追い返し、娘はそれに抵抗せず父の背中を見つめ婚前の貴族女性らしく純潔 を守る。しかし、父親がこの世を去ったとき、娘は三十歳間近で未婚、婚期を過ぎた後見のいない独身女性であり、そうしたエミリー・グリアソン(Emily
Grierson)の境遇について町の人々は思いを巡らせ、それをタブローに結像し ている。 しかし、この図像が示すように、エミリーが父に対して盲目的に従順であっ た確証はない。この図像は父と娘のあいだに行き交う愛情やすれ違い、多感な 娘の心の機微などを深く知りえない町の人々が想像する画像であり、「お高く (high)」(123)とまったグリアソン家の凋落に対する集団的冷笑が生み出す戯画、 または、共同体がひそかに期待する南部貴族女性像の投影でもあって、エミリー はむしろこのような戯画や投影を突き破る衝動を秘めていたのではないだろう か。小山敏夫が論じるように、作者は「南部の激動期の新旧世代、虚栄や幻想 の渦巻く精神風土を反映した人間の生の実態」を描いており、エミリーは「決 して狂気や幻想世界の住人ではなく、淑女としての誇りと激しい気性が町の人 − 4 5 −ぴ と へ 反 感 を も ち 続 け 、 彼 女 な り の 現 実 感 覚 で 生 き 、 人 知 れ ぬ 苦 悩 が あ っ た は ず」なのだ(169)。 エ ミ リ ー の 「 人 知 れ ぬ 苦 悩 」 − こ れ を 読 み 解 く た め に 本 稿 は 、 彼 女 の 父 と の関係および北部人との恋愛と破局を、南部再建時代とその後の移りゆく歴史 的風景の中で捉えなおす。文芸評論家の江藤淳は『成熟と喪失』において、戦 後日本の男性たちが「成熟」を迎えられない要因と背景を、妻(恋人・愛人) に母の影を見出すことで母の決定的な「喪失」を先送りにする彼らの心理機制 に探ったが、同時に江藤が看破したのは、アメリカという近代の威力にたじろ ぎ弱体化した男たちと対照的に、戦後の女性たちが近代と歩調を合わせ自らの 性を通して近代を具現する過程と実態であった。アメリカ南部と近代日本をめ く、る論考に後藤和彦の『敗北と文学jがあるが、「エミリーにバラを」につい ては詳しく言及していないものの、フォークナーの描く世界が主として近代を 体現する女性をめく、る男たちの苦悩と煩悶であることを明蜥に論じている。本 稿は、そうした戦後文学研究に示唆を受けながらも、エミリーという再建期以 降を生き抜いたひとりの女性に焦点をあて、彼女がどのように父の庇護を乗り 越え「近代」に出立し、しかし「近代」に敗れ、父の「伝統」へと帰還するの かを考察し、その身体に刻印された歴史的亀裂と文化的断絶を浮き彫りにする。 その上で、エミリーの「近代」への憧慢と「伝統」への回帰がフォークナー自 身の矛盾した内面世界の投影であり、しかし、作者はそうした自らの精神性を 内在的にくく、り抜けながら、「伝統」と「近代」の葛藤と分裂という時代の混 迷を一身に引き受け生き抜いていたことを論証する。 1.北部人との恋愛一「近代」との超遁 歴史学的見地から南部女性のジェンダーを研究したAnneFirorScottによ れ ば 、 戦 前 の 南 部 貴 族 女 性 は 幼 少 期 よ り 教 会 や 学 校 な ど を 通 し て 「 完 全 性
(perfection)」と「従順(submission)」を理想とする教育を受け、奴隷制と土地
所有を基盤とする家父長制度の存続のために、自らの「しかるべき従属的な立場(theirproperandsubordinateplace)」を自覚し「家長に従順(obedienttothe
headofthefamily)」な淑女であることが求められていた(7,17)◎戦前に生を受
け南北戦争を十一歳で迎えたエミリーは、こうしたイデオロギーを吸収しなが ら成長し、戦後の十代後半から二十代にかけて父を通してそれを再確認・再強 化していたと考えられる。! だが、エミリーの不幸とは、そうしたイデオロギーを内面化する一方で、恋愛 と 結 婚 の 機 会 を 父 に 奪 わ れ 、 父 か ら 自 立 し た 女 性 と し て − す く な く と も ホーマーと出逢うまでは−成長できなかった点にある。DavidGoldfieldの歴
史研究によれば、戦後も「男性の獲得と確保(Gettingandsecuringaman)」が
「若い南部女性たちの第一の目的(theprimaryobjectiveofyoungsouthemwhite
women)」になっていた、というのも、男性を煽て惹きつける役回りを演じないことで「家族や友人やとくに男性から孤立し(isolated廿omfamily,friends,and
especially廿ommen)」「排斥される(beingcastout)」危険性があったからであり、
たとえそのような演技に違和感を覚えても、多くの女性はレディーという「仮 面(mask)」をかぶり結婚への道を歩んでいた(103-04)。しかし、父が求婚者を 追いやるたびに、エミリーは恋心を抱く機会すら剥奪されたのであり、その結 果、父に対するエディプス・コンプレックスを解消しないまま、北部人ホーマー・ バロン(HomerBarron)との恋愛に突き進むことになる(Scherting399-401;Polk 85-86)。2 とはいえ、こうしたエミリー像は、男性と想定される語り手が織りなすも のであって、彼女のもうひとつの隠された顔を見落としているのではないかo3 ホーマーとの恋路は、父への愛の昇華であるばかりでなく、それとは裏腹に父 の拘束から逃れて旧南部の慣習を打破し自由な生き方を実践する営みでもある からである。管見の限りエミリーの母親の不在に注目した先行研究はないが、 母 の い な い エ ミ リ ー に は 、 南 部 淑 女 の ロ ー ル モ デ ル が 欠 落 し て お り 、 そ れ ゆ え母への同一化を果たさない彼女は、父の教育に反して、というより父が強弁 すればするほど、父の愛情を感じつつも父への反発を禁じえず、典型的なサザ ン・レディーとは異なる女性像を思い描くことになる。4実母の不在が南部貴族 としての母とは別の道を開示した結果、レディーをめぐる社会的制約から解放 され自己の欲望を追求する方途がエミリーには見えていたのである。家父長制 において母が娘への伝統的な規範の伝授という役割を担うとすれば、この母の 不在は、そうした伝授が切断され崩壊しかけた時代そのものを象徴していると 言ってもよい。未婚は父が原因という町の人々の見解は、結婚と良妻賢母を女 性らしさの条件とする家父長的枠組みのなかで産み出された固定観念であり、 エミリーが戦後の落ち目の南部男性に追従し妻となることを欲求していた証拠 はない。Goldfieldが指摘するように、戦後の南部女性に男に媚を売ることに対 して自己嫌悪が芽生えていたとすれば、エミリーもそうした隠微な嫌悪感を有 し、斜陽に瀕した南部男性との交際を必ずしも積極的に望んではいなかったこ とになる。 さらに重要なことに、エミリーは20代のとき、目抜き通りに建てられた屋 − 4 7 −写真グリアソン家の屋敷のモデルとなった家 (筆者撮影2013年2月) 敷の窓から南部再建時代の町の変容をひとり見届けている(写真)。真夜中に
四人の男が庭に石灰を撒く様子を窓から見つめ(123)、ホーマーが行方不明に
なってからの半年間と絵付け教室が終了となり世間との交流を絶った後にもときおり窓辺に佇んでいた事実(127;l28)を考慮すれば、彼女が習慣的に窓から
外の景色を眺めていたことは想像に難くない。しかも、その屋敷は「1870年代のひどく優雅な様式(theheavilylightsomestyleoftheseventies)」(119)にした
がった建築であり、そうした復興の波に自覚的な場所から、南部再建期のメイ ン・ストリートの発展を注視したのである。南部再建の課題は、旧南部連合諸 州を連邦に復帰させ、そこに民主主義を確立し、黒人の選挙権、女性の権利獲得、 税制改革、鉄道建設、産業の育成、黒人を含む高等教育機関の設立などの「近 代化」を推進することにあった(本田12437)。結局、1877年の「ヘイズーテイ ルデンの妥協」(連邦軍の南部からの撤退)により南部の民主的再建は挫折す るものの、その過程で北部の独占資本家は、南部のプランターと手を結び、黒 人や貧しい白人たちを搾取する「シェアクロッピング制度」を確立し、中には 南部の土地所有者となる者さえ現れていた(本田139-40)。こうした北部による南部の「近代化」と「南部経済の植民地化」(井出44)を、エミリーは町へ
の物流の拡大と産業の発展を通して目のあたりにしているのだ。だから、恋愛 の欲求と禁止というダブルバインドに拘束される中で、たとえ北部の侵略に少 なからず憎しみを覚えたとしても、凡庸な風景にしだいにゆっくりと色彩を施 していく北部産業の輝きを見つめるとき、彼女は秘かに「近代」に憧れ、そこ に自らの不如意な人生を打破する希望を見出したのではないか。その憧慢と希望を託したのが、ホーマーという北部人であり、つまり、ホーマーとはエミリー にとって「近代」を体現し自らの「近代」への船出を夢見させる男性であった のだ。 2.遅れた春と「近代」の裏切り 北 部 人 ホ ー マ ー と の 逢 瀬 は 、 父 の 喪 失 を 埋 め そ の 悲 し み を 癒 す 過 程 で あ る 一 方で、旧南部に代わる「近代」という新たな父性に接近する営みでもある。典 型的な南部淑女像を自らの手で破壊し、北部人との恋愛に興じるのであって、
EdmondLVolpeが主張するように、「遊び好きで活動的なホーマーとの情事は
明らかに、人生を楽しみ死んだ過去の支配から逃避する彼女の願望を象徴する (heraffairwiththefiln-loving,dynamicHomerunquestionablysymbolizesherdesiret
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しかし、この「死んだ過去の支配」からの「逃避」とは、戦後のジェファソ ンの町に徐々に忍び込んできた「近代」の洗礼を受け入れることにほかならな い。 ThetOwnhadjustletthecontractsfbrpavingthesidewalks,andinthe summerafierher伽her'sdeaththeybeganthework.Theconstructioncompanycamewithnl2gersandmulesandmachiner,andafbremannamedHomer Barron,aYankee-abig,dark,readyman,withabigvoiceandeyeslighterthan hisface.Thelittleboyswouldfbllowingroupstohearhim一旦里, andtheniggerssingingintimetotheriseandfallofpicks・Prettysoonheknew everybodyintown.Wheneveryouheardalotoflaughinganywhereaboutthe square,HomerBarronwouldbemthecenter the2rouFPresentlywebegan
toscehimandMImilonSundaafiemoonsdr1vm2mthe ellow-wheeled
bugg andthematchedteamofbavs廿omthelivervstable(124;underlinemine)
ホーマーは建設会社の現場監督としてディープ・サウスのジェファソンの歩道 を整備するが、それは事実上、農業資本を巻き上げ、のどかな農村の風景を 変化させ、次第に町の閉鎖性を切り開きながら、機械産業の流入をもたらす 行為である。彼の黒人労働者への叱責は、北部資本家が低廉な黒人労働力を 確保し旧農園主に代わり黒人の新しい経済的支配者となった事実を強調する。 WestleyBusbeeのミシシッピ州の歴史調査によれば、再建期後に政権を掌握し − 4 9 −
た バ ー ボ ン 、 す な わ ち 、 保 守 派 の 白 人 貴 族 階 級 は 、 黒 人 の 選 挙 権 を 剥 奪 し 「 戦 前の社会的秩序」の復活を目論むものの、しかし、彼らは「実務的商業家」と して、 ...despitetheMississippiBourbons'maintenanceofa@@lilywhite"Democratic party,aspracticalbusinessmentheyunderstoodthatsomechangedtotheold economicorderwouldbenefitthestatetheycontrolled.Thus血山p皿4 conservativecapitalistswhowantedtodiversifVthestate'seconomvandattract outsideinvestments,dollarstofilelbusinessgrowth mcludin2railroadsand
mdustrlamanufacturln2 Toachievethese oalsthevwerewillinftomake
financialdealswithNorthembusinessmen,andinthisrespectwereoftenviewed as廿iendsofbigbusinessandunsympathetictowardstheplightofsmallfanners (Busbeel65;underlinemine) 「州経済の多様化」と「鉄道と産業製造業」などを活性化する「外資の誘致」 を図る「保守的資本家」を支持し、「北部の商業家」との「財政取引」を積極 的に行ったのである。その意味で、北部産業の担い手であるホーマーが、町の 人々を巧みに笑わせつつ、共同体の警戒心を緩め社交を広げ、さらに、南部貴 族文化の「記念碑(monument)」(119)的存在のエミリーと情事を重ねることは、 共同体の現在だけでなく旧南部の伝統と過去の深部にまで「近代」を浸食させ ていく過程と現実でもある。 共同体の人々は当初、エミリーにも恋愛の楽しみが訪れたと好意的に見てい る が 、 や が て 町 の 女 性 た ち は 、 た と え 落 ち ぶ れ た と し て も サ ザ ン ・ レ デ ィ ー が新参者で日雇い労働者の北部男性に対して「貴族としての菱務("o6/esse
oMge)」(124)を忘れるはずがないと噂し、彼らの関係に南部と北部の歴史的
構図を読み込むようになる。それはエミリーの身体(南部の土地)をホーマー (北部資本)が凌辱する構図であるが、特異なのは、北部産業の侵食が進展し ても、伝統と格式を重んじる南部の精神は、目先の利益と革新性を追求する北 部の精神よりも秀でており、経済的には服従しても心のなかでは北部人を軽蔑 し劣等者と見なし続ける点だ。そのような面従腹背をエミリーに期待するのは、 北部に対する劣等意識の裏返しであるが、その期待を裏切ってエミリーは公然 とデートを続けるのであり、彼女を旧南部の秩序と価値の象徴と見なす共同体 に深い動揺をもたらす。Andassoonastheoldpeoplesaid,"…y,"thewhisperingbegan. "Doyousupposeit'sreallyso?"theysaidtooneanother."Ofcourseitis.What elsecould..."Thisbehindtheirhands;rustlingofcranedsilkandsatinbehind jalousiescloseduponthesunofSundayafiemoonasthethin,swiffclop-clop-clop ofthematchedteampassed:"…y.'' ShecarriedherheadUghenough-evenwhenwebelievedthatshewas fallen.Itwasasifshedemandedmorethanevertherecognitionofherdignit − asthelastGrierson;asifithadwantedthattouchofearthinesstoreaffinnher imperviousness.(125;underlinemine) し か し 、 こ の 町 の 人 々 の 反 応 は 、 エ ミ リ ー の 心 情 を 反 映 し た も の で は な い 。 な ぜなら、ホーマーを屋敷に招き入れ文字通り自らの身体に迎え入れたエミリー は、すでに「近代」を受容し「近代」の女性へと変貌しているからだ。語り手 は婚前交渉後も顔をあげて威風堂々とデートを重ねるエミリーに「最後のグリ アソン家」としての自負と「威厳」を見るが、むしろそのように見えるのは、 彼女が「憐れな」と噂する人々を尻目にホーマーが御する馬車で彼の切り開い たモダンな道を走り抜けるとき、「近代」の潮流に乗ったわが身の清々しさと 誇らしさを感じていたからではないか。それはかつて屋敷の窓からひとり恋い 焦がれた男女の戯れの実現であり、ようやく訪れた春を、青春の遅れを取り戻 すかのように、享受するのである。さらに、近代化する風景のなかで一人取り 残されるのではないかという不安が、言い換えれば、「近代」に追いつこうと する焦りが、ホーマーとの恋愛を一層加速させるのである。それはどこかで町 の女性たちの焦燥と願望の具現であり、だからこそ彼女たちはエミリーに懐疑 と嫉妬のまなざしを向け続けるのだo5さらに重要なことに、共同体の男たち にとって彼女の振る舞いは、サザン・ベルの自己破壊、北部の女への変貌であ る。彼女はもはや「女」ではなくむしろ「男」−共同体の男たちがなり切れ ない近代的「男」−と化し、彼らの「近代」の浸潤に対する不安と恐れを衝 く。同時に、共同体の男たちが秘かに抱く「近代」への憧れ−侵入者ホーマー に男心を掌握され和合する事実が照射する彼らの否定しがたい「近代」への憧 慢一をも実現し、その魅惑と脅威を明示するのである。
エミリーは、たとえ自分の行動が「町の不名誉(adisgracetothetown)」と「若
い人たちへの悪い手本(abadexampletotheyoungpeople)」(126)であろうとも、
自らの人生を自ら決する覚悟はついていたはずである。砒素の購入は当初、ホーマー殺しでも「自殺(killherself」(126)−北部と寝た罪を自ら罰するという
5 1-町 の 期 待 一 を 目 的 と し た の で も な く 、 場 合 に よ っ て は 彼 と の デ ー ト を 戒 め 結 婚を禁ずる叔母たちを殺害する目的であったのかもしれない。6ところが、そう 一途に覚悟を決めていたエミリーに対し、ホーマーは決別の意を伝える。エミ リーによるホーマー殺害理由をめく、っては、ホーマーの同性愛説と結婚の拒絶 説が挙げられてきたが、7ホーマーが別れを切り出したとき、エミリーの情念は、 一 方 で 裏 切 ら れ た 思 い − 人 生 を 賭 し た 相 手 に 捨 て ら れ た 痛 苦 一 か ら 恨 み を 呼 び 起 こ し 、 他 方 で 失 い た く な い 思 い − 「 父 」 を 二 度 失 う こ と は で き な い 焦 盧−から執着心を強める。その結果、彼女は自らの手で殺めてでもその身体 を永遠に専有する衝動に駆られるのだ。 3.父への回帰一「近代」への怨念
ホーマー毒殺後、エミリーは「唯一残された(allthatwaslefitoher)」(123)グ
リアソン家の屋敷に自己を幽閉する。一度は信じ身をゆだねた「近代」に無残 に打ち捨てられ深い痛手を負ったエミリーにとって、着実に近代化する町の情 景は見るに耐えがたいからだ。それほどの皮肉と自己風刺はない。 Nowandthenwewouldseeheratawindowfbramoment,asthemendidthat nightwhentheysprinkledthelime,butfbralmostsixmonthsshedidnotappear onthestreets.Thenweknewthatthiswastobeexpectedtoo;asifthatquality ofherfatherwhichhadthwartedherwoman'slifesomanvtimeshadbeentoo virulentandtoofmoustodie(127;underlinemine) エミリーが通りに姿を見せなくなったのは、彼女の内部に消失しえないほど深 く刻印された「父親の性質」の影響であるという語り手の見解は決して間違い ではないが、より正確にいえば、彼女は父の精神を祭る屋敷で北部という「近 代」への怨念を抱きながら旧南部の時間を生きるのである。つまり、自由の象 徴であったはずの「近代」の背反に直面した結果、旧南部への不自由な拘束を 自らに課すのである。しかも、それは「近代」の波に乗じて再建期に建てられ た屋敷への自己拘束でもあって、その意味では、近代的空間を旧南部の空間 に変容させる試みであり、「近代」に傾倒した自己を罰しつつ、その罪を引き 受けているのだ。彼女の髪が「活動的な男の髪のような、つやつやした鉄灰色(
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him)」(Fetterley42)証左である。言い換えれば、「父を取り込み父になる」こ
とで旧南部の世界観に回帰し、「家長」(最後の砦)としてその秩序と価値に遵 奉する決意の表れである。この決意を促すのは、父を捨て去り北部人との恋愛 に興じた過去一父が必死に保守しようとした旧南部の秩序と価値の崩壊への 加担一に対する深い罪責感である。北部人に裏切られたことで、父の後ろ姿 を回顧し父と過ごした日々を哀惜し、たとえ父が遵守を試みたものが、自分の 身体ではなく自分の向こう側にひろがる南部貴族の文化であったとしても、父 が自分を愛した事実に、その情愛の深さに心を打たれ、良心の呵責と追慕の念 とともに父の精神を受け継ぐのだ。父に背いた悔恨は転じて、父の思想への狂 信を呼び起こすのである。そしてエミリーは、まるで外界は「偽」の世界であ り屋敷の内部だけが「真」の世界であるかのように、「家長」として「父」の 精神を生きるのである。 グリアソン家の屋敷の空間構造を考えるならば、一階は近代以前の世界、二 階は「近代」の封印された世界であるo8亡父の肖像画の飾られた一階は、前近 代的な思想を実践する空間であり、そこでエミリーは、サートリス大佐の世代 の娘と孫娘に陶器絵付け教室を開き、南部淑女の教育者として伝統的な美意識 を伝播する。また、税金の徴収に訪問した新世代の役人に対しては、サートリ ス大佐による税金免除という特赦の有効性を主張し、無効になって久しい近代以前の価値観を打ち出すo9彼女が肌身離さない「目に見えない(invisible)」時
計の音は(121)、MilindaSchwabがいうように、「喪失(Ioss)」をもたらす「変
化に抵抗(resistschange)」する意志、あるいは、「時間の動きを停止させる試み
([herlattempttohaltthemovementoftime)」を示唆する(215-16)。Schwabは言及 していないが、彼女にとって阻止すべき「喪失」とは、旧来の価値と秩序の喪 失であって、その喪失をもたらす外的「時間」は「停止」しなければならない。 少なくともグリアソン家の内部からは遮断されていなければならない。その意 味で彼女の郵便システム導入の拒絶は、「近代」への透徹した抵抗の態度、時 勢に背を向け屋敷の内部で孤独に父の精神に殉ずる覚悟にほかならないのであ る(128)。!0 一方、ホーマーの屍を閉じ込めた二階の寝室は、歴史的時間の転倒した空間 である。寝室という私秘的な場で、遺骸を抱擁し旧南部の祭儀を営む。 Themanhimselflayinthebed. Foralongwhilewejuststoodthere,Iookingdownattheprofbundand − 5 3 −Heshiessgrin.Thebodyhadapparentlyoncelainintheattimdeofanembrace, butnowthcIon2seepthatoutlastsIovethatconqueTseventheEr1mace hadcuckoldedhim.Whatwaslefiofhim,rottedbeneathwhatwaslefiofthe nightshirt,hadbecomeinextricable廿omthebedinwhichhela;anduponhim anduponthepillowbesidehimlay dusI.(130;underlinemine) thatevencoatln2ofthepatlentandbidln2 ホーマーは「長い眠り」によって「寝取られ男」となる、つまり、エミリーの 死が彼女をホーマーから略奪したと語り手は言う。だが、語り手は気づいてい ないが、ホーマーはここで主体性を剥奪されている。エミリーがホーマーに身 をゆだねていたのではなく、むしろ、屍と化したホーマーが彼女の意のままに 傅いていた、ということである。つまり、「近代」が「旧南部」に支配される という歴史的時間の進行にねじれが生じているのだ。そうして「近代」が封印 された「墓(tomb)」(129)において、彼の遺骨は「寝台から分離できない」ほ ど拘束され、その上には旧南部の精神が秩序正しく「挨」として堆積している。 旧南部の怨霊エミリーは、「近代」が二階から一階の旧南部の神聖な空間に侵 出しないよう、南部の大地に「近代」が舞い降りることのないよう、監視して いたのである。 そして作品のクライマックスで共同体(読者)はエミリーの髪の威力に直面 する。 Thenwenoticedthatinthesecondpillowwastheindentationofahead.One ofusliftedsomething廿omit,andleaningfbrward,thatfaintandinvisibledust dryandacridinthenostrils,wesawalo1項strandoflroll-2raVhall(130) エミリーの「鉄灰色の髪」が旧南部の秩序と価値の遵奉を表す以上、彼女はそ の髪の「束」を「近代」の浸食と拡散を阻止する護符として枕に供えたのであ る。それは「近代」への呪訓であり、父との契りでもある。エミリーは旧南部 の精神を祭った一階でその人生を閉じるが(129)、葬儀後に長らく閉ざされた 屋敷の扉が破られた瞬間、近代的な時間がなだれ込み、彼女が奉じた旧南部の 価値体系は消尽する。同時に、黒人召使が行方をくらまし、旧南部の象徴的世 界も消滅するのである。
4.作者の複眼的まなざし−「近代」と「伝統」のはざま 作者フォークナーは1955年の夏にアメリカ文化大使として来日し、長野で のセミナーに出席した際、作品のタイトルの「バラ」に込めた意味を次のよう に答えている。 Oh,thatwasanallegoricaltitle;themeaningwas,herewasawomanwhohad hadatragedy,anirrevocabletragedXandnothingcouldbedoneaboutit,andl E型且d_hGIandthiswasasalute,justasifyouweretomakeagesmre,asalute,to anyone;toawomanyouwouldhandarosQ,asyouwouldliRacupofsa舵toa man.(MIgα"071;underlinemine) フォークナーのエミリーヘの「同情」は、家系と世間に抗ってでもひとり時代 を懸命に生き、しかし、過酷な運命に敗れ果て、狂信的に旧南部に帰還した彼 女の「取返しのつかない悲劇」に寄せたものである。つまり「バラ」は、「近代」 に敗北し自らをふたたび「伝統」に拘束したエミリーに作者が手向けた側隠の 花であるのだ。ただし、それは作者にとって自らの精神を内省する献花でもあっ たはずである。なぜなら、そうしたエミリーの「近代」への憧慢と「伝統」へ の回帰は作者の精神性の一部であるからだ。彼女が狂女として戯画化されてい るのは、南部(女性)の変節をめく、る作者の苦悩というより、「近代」と「伝統」 のあわいで引き裂かれた作者が自らの揺れ動く矛盾する内面世界を直視した鋭 利な自己相対化でもあるからだ。たとえそこに滅びゆく自画像への哀れみや滅 び去った者たちへの同情が含まれていたとしても、フオークナーがエミリーの 生涯に「敬意」と称賛の念を抱いていたことは間違いない。 とはいえ、フォークナーはエミリーのように、旧南部から離脱することはで きず、「近代」を前にして敗れ去ることもできず、「伝統」に回帰することもで きなかった、むしろ、「伝統」と「近代」の分裂と矛盾を一身に引き受けなけ ればならなかったであるoll「伝統」の時代錯誤を認識しつつ旧南部を生き、「近 代」に反発しながら新南部を生きたのであり、そうした二重の不透明な世界を 歩み通すことが、両者のあいだで分裂し錯綜した複眼的まなざしを産み落とし 鍛え上げたのであり、だからフオークナーの世界はくりかえし「伝統」からの 脱却と回帰、「近代」への反逆と出発という矛盾する運動が複雑に絡み合う混 沌とした相貌を呈するのだ。こうして男性が「女」となり、女性が「男」とな − 5 5 −
るジェンダーの攪乱や逸脱も、「伝統」と「近代」の衝突と反目という歴史的 文脈において理解できるだろう。 1920年代後半、フオークナーの眼前には、より近代的な女性が立ち現われ ていたことはいうまでもない。エミリーがついに南部の因襲を打破できなかっ
たとすれば、『響きと怒り』(77ieSb""dα"d/"e肋〃1929)のキャディー・コン
プソン(CaddyCompson)は、そうした極桔を突き破り、時間の流れとともに成
長を遂げ、20世紀初頭に北と南の境界ばかりか世界中を渡り歩いた男と関係 を 結 び 、 逵 巡 と 葛 藤 を 経 験 し な が ら も 私 生 児 を 身 ご も り 銀 行 家 と 結 婚 す る のであって、南部白人家族にとって(とりわけクエンティン(Quentin)にとって)
圧倒的な他者、自分たちが怖れ魅惑されてやまない「近代」の体現者として出 現する。その意味で、フオークナーにとってキャディーこそ「近代」をあざや かに映しだす鏡であり、その魅力にとり想かれ悩み苦しみながら「響きと怒 り』を書き上げたのである。キャディー像に関しては別の機会に論じることに するが、1920年代後半から1930年にかけてフオークナーは、「近代」という 歴史的問題をエミリーからキャディーへと連なる女性の系譜に位置付けたので あり、彼の描く女性たちは翻って作者の(とくに男性登場人物たちの)「近代」 をめく、る想念一「近代」の到来が「伝統」に拘泥する人間たちにもたらす葛 藤と矛盾、あるいは、「近代」を内面化し「個人」と化した人間たちが抱く愛 と 憎 し み − を 照 ら し 出 し て い る の だ 。 Notes l本稿は以下の年表に基づいて議論を進める。HelenE.Nebeker(1970)、 CleanthBrookS(1978)、GeneM.Moore(1992)、JenniferBurg,AnneBoyle,Sheau-Dong Lang(2000)の研究を参照し、筆者が修正を加えて作成したものである。 1 8 5 0 年 エ ミ リ ー 誕 生 。 1 8 7 9 年 エ ミ リ ー の 父 死 去 。 1 8 8 0 年 ホ ー マ ー 、 ジ ェ フ ァ ソ ン に 現 れ る 。 エミリー、ホーマーとのデートを重ねる。 1 8 8 1 年 バ プ テ ィ ス ト 派 の 牧 師 、 エ ミ リ ー に 会 う 。 エミリーの叔母たち、ジェファソンを訪れる。 エミリー、男物の化粧道具一式と衣類を購入。 ホーマー、町を離れる。 エミリー、砒素を購入。 叔母たち、ジェファソンを去る。ホーマー、グリアソン家の屋敷に戻った後、姿を消す。 グリアソン家の屋敷から悪臭が漂う。 1884(85)年以降グリアソン家の玄関は閉ざされる(陶器絵付け教室期間は除く)。 1894年エミリー、陶器絵付け教室を開く(1900年か1901年ごろまで)。 サートリス大佐、エミリーの税金を免除する。 1 9 0 1 年 サ ー ト リ ス 大 佐 死 去 。 l 9 0 2 年 頃 エ ミ リ ー 、 郵 便 ボ ッ ク ス の 設 置 を 断 る 。 1 9 1 1 年 新 し い 世 代 の 役 人 、 税 金 徴 収 に エ ミ リ ー を 訪 問 す る 。 1914年以降黒人召使以外、グリアソン家の屋敷に人影が見えなくなる。 l 9 2 4 年 エ ミ リ ー 死 去 。 2父の死後三日間遺体の引き渡しを拒むのは、文字通り父との死別を認めら れないためである。ジョージア州に住む親戚の叔母一家とは土地相続問題で争って以 降、疎遠状態が続いており、彼女にとって父との永訣を受け入れることは、唯一無二 の肉親の喪失との直面であり、深い喪失と絶対的な孤独に襲われることになる。だか らこそ、語り手が「残ったものとして何ひとつない彼女は、自分からいっさいを奪っ たものにでもすがりついているほかにしかたなかったろう(withnothingleft,shewould havetoclingtothatwhichhadrobbedher)」(124)と'付度するように、父に執着するので ある。そして父の死を認めた以上、彼女は父の不在を埋める新たな男性を必要とする。 それは、凋落した南部男性に代わる「強い男」でなければならない。エミリーの父と ホーマーは鞭のイメージでつながっており(Scherting401)、エミリーは父を裏切りつ つも父の面影をホーマーに見ている。 3本作品の語りは、世代の推移とともに主語を"we''と"they"の間で変化さ せるだけでなく、その場にいないはずの一人称の語り手"I"による場面の推断(砒素 を購入する際の薬剤師との対話など)や私生活への侵入(エミリーが自宅で「殺鼠用 (Forrats)」(126)という文字を読む場面など)も含めたりし、にもかかわらず、エミリー を理解するうえで重要な事実(牧師とエミリーの対話など)を明示しなかったりする。 そうした不安定な語りは読者を翻弄し、正確なエミリー像の把捉を困難にしている。 しかし、フオークナーはエミリーの人生の軌跡を見定めたうえで筆を進めていたはず である。あえて時間軸をずらしヴェールを被せることでサスペンスの効果を高め、最 終場面で読者の驚‘鰐を引き出すよう工夫しているのである。テクストを歴史的な文脈 のなかで丹念に読み解くことで、作者の想定したエミリーの真実の姿に迫ることは可 能である。 4母の不在によりエデイプス・コンプレックスを経験せず、父への愛を禁じ られることなく父に対する思慕を募らせていた可能性も考えられるが、エミリーの − 5 7 −
ケースはそう単純ではない。そこには父への反発と「近代」への憧れが関係している。 5ElizabethFox-Genoveseによれば、レディーであることは、「公的な責任を 受け入れること(toacceptapublicresponsibility)」であり、「性的な欲望または快楽を 認める(admittosexualdesireorpleasure)」ことは禁じられていた(162)。それゆえエミ リーの振る舞いは、共同体の性をめぐる言説を揺るがすのである。 6叔母たちのエミリー訪問の意図についてはSchertingの考察を参照のこと (402)c 7ホーマーの同性愛説についてはHalBlytheとThomasFickandEvaGoldを 参照のこと。ホーマーが同性愛者であることを理由に結婚を拒否した場合、エミリー が結婚を申し出て断られた場合、異性愛者であるホーマーから離別を切り出した場合、 いずれの場合であっても、結果としてホーマーが彼女と結婚する意志はないことを告 げたのは確かである。 8グリアソン家の屋敷の含意に関してはDianeRoberts(159)を参照のこと。 ただし、Robe前sは1階と2階の機能の差異については着目していない。筆者は、 グリアソン家の屋敷を「父の偏狭な価値観を祭る霊廟(ashiretoherfather'smarrow values)」とするRobertsの解釈には同意するが、ホーマーとの添い寝を「性的逸脱 (deviancy)」とした上で、屋敷を「グリアソンの性道徳の否定(adenialofGnerson sexualdecorum)」とする解釈(159)にはある種の正当性を認めるものの賛同しない。 むしろ、旧南部の性作法を逸脱してでもホーマーを監視し束縛した営為にエミリーの 「近代」への怨念が示されていると解釈する。そこに「近代」から旧南部への(再) 転向の強度と実状を読む。 9しかも、新世代の役人の退去を旧南部の象徴的存在の黒人召使に命ずる。 サートリス大佐の税金免除についてはFetterley(38-39)を参照のこと。なお、エミリー の淑女性が新世代の町の人々にとってさほど問題でないことは、彼女が(年配である としても)黒人男性とおおよそ40年にわたって二人暮らしをしている点にうかがわ れる。だが、ここで注視すべきは、黒人召使の存在がエミリーの旧南部への固執と信 奉を暗示している点である。北部流の近代化が実現していたならば、黒人召使は解放 されていなければならない。彼の奉仕の継続は、再建期とそれ以後も黒人男性の地位 が向上せず職が不足していた歴史的事実も含意している。 10都市無料郵便配達は1863年に始まったが、地方無料郵便配達は1902 年に設立された(Tbwner73)。ただし、林文代が指摘するように、陶器絵付け教室 に通う少女たちが持ち込む「婦人雑誌から切り抜いた絵(picmrescutfiomtheladies'
magazines)」(128)は「閉鎖的な南部の小さな田舎町」への「商品や情報の流入」を暗
示する(56)。屋敷の扉を閉鎖することで、エミリーは「モダニテイー」の侵入を阻止
しようとしたのである(林56)。本稿の提示した年表に従えば、陶器絵付け教室はサー トリス大佐が死去する1901年ごろに閉室となる。大佐の他界後、エミリーはいよい よ外部との交流を途絶し旧南部に遵奉する。 皿だが、より慎重にいえば、時代が推移していく中で、「伝統」は「近代」 に蝕まれその内実を変容させ、一方、「近代」も「伝統」を取り込みその鋭さを和ら げることになる。「伝統」に「近代」が浸出し、「近代」に「伝統」が吸収され、その 結果、アメリカ南部は次第にその独自性一過去の栄光にすがり習俗に固執する態度 一を失っていく(ただし、それでもときおり「伝統」の残津が顔をのぞかせる)。 とはいえ、「エミリーにバラを」を執筆していた1920年代後半(Tbwner66)、フオー クナーはエミリーを通して「伝統」と「近代」の衝突と対立を劇的に前景化したので あって、「伝統」と「近代」の変容と融和に関してはサブテーマとしてサートリス大 佐以後の新世代の町の人々(とりわけ新世代の役人)の姿に溶かし込んだのである。 WorksCited Blythe,Hal."Faulkner'3ARosefbrEmily.'"ap//cq/or47.2(1989):49-50. Brooks,Cleanth.1978.脈"jα"FrJ"』た"er.・7bwq/tllb"""qMYブ加α"Be)ノo".BatonLouge: LouisianaStateURl990. Faulkner,William.1930."ARosefbrEmily."Co此aedS/or/esQf腋/加加FtJ遡/k"er,New York:Vintage,1995.119-30. ---.RJ"ノハ"eγα/MIgq"o.Ed.RobertA.Jelliffe.Tbkyo:Kenkyusha,1956. FetterleyJudith.T/jeRes/s""gReqder:AFe胴misル4pproqc/7ro""7e7jcα〃Fjc〃o〃・ BIoomington:IndianaURl978. Fick,ThomasandEvaGold."@HelikedMen':Homer,Homosexuality,andtheCultureof ManhoodinFaulkner's@ARosefbrEmily.'''E"だAzJSr"cfes加距αc〃"gS/7o"FYc"o"8 (Fall2007):99-107. Fox-Genovese,Elizabeth."ScarlettO'Hara:TheSouthernLadyasNewWoman."〃α〃Sisre応 叩〃な/ory:So"//7er〃恥加e〃α"di/7e""7e"cα〃Pqs/.Ed.CatherineClinton.Durham: DukeURl994.154-79. Goldfield,David.S"〃Fjgル""g/ルeCMノ〃t".・7We""7e"cα〃So"/ルα"dSo"/he"〃〃師o〃 BatonRouge:LouisianaStateUR2002. JenniferBurg,AnneBoyleandSheau-DongLang."UsingConstraintLogicProgrammingto AnalyzetheChronologyin@ARosefbrEmily.'"Cbノ"p"/eKFα"d/he〃"腕α"j"es34(2000): 377-92. Moore,GeneM.,"OfTimeandltsMathematicalProgression:ProblemsofChronologyin − 5 9 −
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