戦間期イギリスの学校開放と成人教育の地域的多様
化に関する一検討 : ロンドンの「ジェネラル・イ
ンスティテュート」を中心に
著者
関 直規
雑誌名
東洋大学文学部紀要. 教育学科編
号
40
ページ
87-95
発行年
2014
URL
http://id.nii.ac.jp/1060/00007343/
Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja戦間期イギリスの学校開放と成人教育の
地域的多様化に関するー検討
ーロンドンの「
ジェネラル・インスティテュ
ート」を中心に-関 直 規 *
経済、政治、文化活動等のグローパル化に伴い、コミュニティ生活に奉仕する成人教 育の役割への関心が高まっている。社会的な不利益層を支援する教育改革の必要性は議 論されているが、成人教育分野における原理的・基礎的研究の蓄積は必ずしも卜分では ない。 本稿は、ロンドン・カウンテイ・カウンシルが開発したジェネラル・インステイテュー トに焦点を当てつつ、戦間期イギリスの地方教育当局を担い手とする成人教育の発展史 を明らかにしようとするものである。このインスティテュートは、主に、ロンドン行政 区の郊外ないし周辺的地域で、 多方面にわたる教育内容を提供する夜間教育機関として 構想された。 考察の結果、 ジェネラル・インステイテュートは、 次の三つのタイプに分類すること ができた。①郊外生活型は、ワンズワース区のような良質の郊外住宅地に開校し、 生活 の充実を求める市民の文化的要求の高まりに対応した。②貧困救済型は、不熟練労働者 や臨時雇い労働者等が暮らす貧困地区で、 伝統的な公立夜間学校と同じ機能を発揮した。 ③移民支援型は、成人基礎教育に重点化し、東欧系ユダヤ人移民が集住するステップニー 区等で、 外国人向けの英語クラスを開講した。 公立学校を活用したジェネラル・インステイテュートは、それぞれの開校地の要求や 条件に柔軟に対応することによって、成人教育の地域的多様化をもたらしたのである。 キーワード :ジェネラル・インステイテュート、郊外生活型、貧困救済型、移民支援型、 ロンドン・カウンテイ ・カウンシル8
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はじめに 戦間期のイギリスでは、地方教育当局(
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一以下、L
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と略称する。) を担い手とする成人教育への関心が高まってい た。教育院総裁が設置した成人教育委員会(
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は、1
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年、 『成 人 教 育と地方 教 育 当 局J
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と題する報告書をまとめたが、その中で、 「完成度が高い、専門的な成人教育機関を提供し、 長年模範を示してきたJ
11と注目したのが、ロ ンドンのLEA
であるロンドン・カウンテイ・カ ウンシル(
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、以下、LCC
と略称する。)だった。LCC
は、公立 学 校 を 夜 聞に開放するイブニング・インスティテュー ト(
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の開発を通じて、地域に密 着した成人教育を展開したのである。川本字之 介は、我が国の大都市の社会教育に示唆すると し、その動向を逸早く紹介している 210 *せき なおき 東洋大学文学部教育学科8
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本稿は、LC
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年に開校した「ジェネ ラル・インスティテュートJ
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に焦点を当てつつ、LEA
の成人教育史の一端を 明らかにすることを目的とする。20
世紀イギリ ス教育政策史を著したロンドン大学教育研究所 のゴードン(
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等は、i
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で最もよ く知られていたJ
31とLCCに言及し、中でも、 教養教育を行うリテラリー(
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、性別の88 「東洋大学文学部紀要」第68集 教 育 学 科 編 XL (2014年度) ニーズに応えたメンズ (Men' s)及びウイメン ズ (Women's)の三つのインスティテュートを 取り上げている。また、デヴェルー (Devereux,
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, A) のロンドン成人教育通史4)でも、活動 内容や対象が明瞭なこれらの三つのインステイ テュートを中心に論じている。他方で、「一般に、 中心部から離れた場所で、幅広いカリキュラム を提供するJ
5)と概括されていたジェネラル・イ ンスティテュートの場合、ボウドイン大学のタ ネンパウム (Tananbaum,S, L.)によるロンドン のユダヤ人移民史研究6)の中で言及があるもの の、その総合的性格や資;jL'.
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的な制約等から、具 体的活動はほとんど未解明のままであった。 LEAの立場から、成人教育を組織化するにあ たって、活動内容や対象を限定しないインステイ テュートが、なぜ必要とされたのだろうか。さ らに、それは、いかなる役割を果たしていたの だろうか。本論文は、 LCCの行政報告書、統計 デー夕、教育委員会の上級教育専門部会のレポー ト等を主な検討資料とし、戦間期のジェネラ ル・インステイテュートの成立と展開を明らか にする。以下、 Iで、このインスティテュート の設立経緯、学校数や入学者数の推移を整理す る。次いで、 Eでは、現場の活動状況を三つの タイプに分類し、考察する。なお、本稿の論証 には、 2014年に調杢したイギリス国立公文書館 (The National Archives)及びロンドン公文書館 (London Metropolitan Archives)所蔵の一次資 料を用いている。 1 .ジェネラル・インスティテュー卜の発足 ジェネラル・インステイテュートは、 1913年、 LCCの 公 立 夜 間 学 校 (eveningschool)の再編 成で誕生したイブニング・インステイテュート の一つであるO 教育委員会の上級教育専門部会 (Higher Education Sub-Committee7 )、以下、専 門部会と略称する。)は、近隣の学校同士の夜間 教育活動の重複や、学生の受講態度等の問題を 指摘した教育長報告書8)を下敷きに、夜間教育 計画を新たに策定する。「諸学校を慎重に配置す ることで、学生数や授業時間数が競合する可能 性は完全になくなり、各インステイテュートが、 混乱することなく、各校の教育理念を自由に追 求できるようになることを期待J
9)し、従来の 公立夜間学校を9つのイブニング・インスティ 88 テュートに再編成する抜本的な改革であった 10)。 その一つに、 14歳以上の男女を対象とするジェ ネラル・インスティテュートがあった。専門部 会は、「ロンドンには、一つのインスティテュー トのみを必要とする地域がある。このインスティ テュートは、できる限り最良の方法で、あらゆ るタイプの学生に配慮すべきであるJ
111とその 青写真を描いている。専門的な夜間教育機関の 乏しいロンドンの周辺的地域に重点的に配置し、 多方面にわたる教育活動に対応する役割を与え たのである。改革後の 1913-14年度には、 37校 が開校し、約I万7千人が入学した 12)。 その後、ジェネラル・インステイテュートは どのように展開したのであろうか。表1は、開 校後の推移を整理したものである。最初に、学 校数は、第一次世界大戦以降、 20校台を維持し たが、 1930年代になると、 10校台に落ち込んで いる。これは、相次ぐ夜間教育機関の新設131、 近隣の夜間教育機関への吸収・合併14)、交通ア クセスの改善に伴う役割の転化15)等によるもの だった。ねらいや対象が明確でない総合的性格 のゆえに、自らを取り巻く環境から影響を受け やすかったのである。 また、入学者数も緩やかに減少し、 1930年代 には一万人を割っているc それと並行して、 18 歳以上の成人の割合は40%台から 50%台に伸 びており、成人教育機関化が徐々に進んでいっ たことがわかる。なお、学生の学習姿勢を示す、 一人当たりの平均受講時間数は、6
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時間台から 70時間台に増加し、改善傾向が見られる。これ は、 40時間台から 50時間台で推移したウイメン ズ、メンズないしリテラリー・インスティテュー ト等と比べて、良好な水準であった16)C 当初、周辺的地域で幅広い取り組みを期待し、 構想されたジェネラル・インステイテュートは、 吸収・合併や転化で、規模を減少させていった。 ここには、この学校の過渡期的現象が表れてい る。だが、継続したものについて言えば、学生 の平均受講時間数は伸び、成人教育機関の性格 を強めて、「ジュネラス・インステイテュートは、 ロンドン市民の教育要求を満たしていることが わかってきたJ
17)と価値が認められており、役 割が洗練されていく様子も確認することができ る。そこで、次章では、ジェネラル・インステイ テュートの現場の取り組みに焦点を当て、どの戦間期イギリスの学校開放と成人教育の地域的多様化に関する一検討 89 表1 ロンドンにおけるジェネラル・インスティテュートの展開過程 (1913-14年 度 -1936-37年度) 学 校 数 入 学 者 総 数 入学者に占める 18歳以上 平均受講 男 性 女 性 計 男 性 女 性 計(割合) │時間数 1913-14年 度 37 8.464 8,305 16,769 4,509 5,021 9,530(56,8) 44.3 1914-15年度 31 6.469 14,002 20.471 3,304 10,605 13.909(679) 40,0 1915-16年度 31 5,082 10.284 15,366 2.173 6,557 8.730(56,8) 44.2 1916-17年 度 29 4,005 8,660 12,665 1.184 4,905 6,089(48.1) 47,0 1917-18年 度 29 4.272 9,029 13,301 1.266 4.376 5,642(42,4) 47.2 1918-19年 度 29 4,651 10.417 15,068 1.049 4,503 5,552(36,8) 51.7 1919-20年 度 29 6,957 10,751 17,708 2,829 4,802 7,631(43.1) 54.1 1920-21守ニ度 29 6,734 11.220 17,954 2,644 6,269 8,913(49,7) 55,6 1921-22年 度 29 5,517 8,597 14.114 6,353(45,0) 60,2 1922-23年度 27 5.179 7,987 13.166 5,039(38.3) 63.5 1923-24年 度 26 5,582 8,358 13,940 5,320(38.2) 64,7 1924-25年 度 26 5,514 7,804 13.318 5.173(388) 65.0 1925-26年 度 13.147 1926-27年 度 24 5,011 7,177 12.188 5,290(43.4) 66,8 1927-28年 度 24 5,314 7,696 13,010 1.850 3,860 5.710(43.9) 66.2 1928-29年 度 25 5.525 8.443 13,968 1.912 4.151 6063(43.4) 67.6 1929-30年 度 23 4,854 7,940 12,794 1.840 4.283 6.123(47.9) 70.5 1930-31年度 22 12,012 72.4 1931-32年 度 23 4,248 7.157 11.405 1.593 4.184 5,777(50.7) 74.3 1932-33年 度 20 3,534 5,267 8,801 1.530 3.424 4,954(56.3) 74,5 1933-34年度 18 3,560 4,922 8.482 1.592 3,207 4.799(566) 67,6 1934-35年度 16 3,060 4.364 7.424 1.155 2,567 3.722(50.1) 77.3 1935-36年 度 15 3,053 4.342 7,395 1.210 2,509 3.719(503) 75,8 1936-37年 度 13 3.162 4,547 7.709 1.309 2,618 3.729(50.9) 70.1
出典)London County Counci
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Londo刀 Statistics,1913-14 -193e王38,LMA/EO/HFE/9 London County Council‘Statistics of Evening lnstitutes, 1914-15 -1920-21. 空執はデーヲなL。
ような具体的役割を担っていたのかについて検 討を続けよう。 II.ジェネラル・インスティテュー卜の地域的 展開とその特質 ① 郊外生活型 前章で明らかにしたように、ジェネラル ・イ ンスティテュートには、ロンドンの周辺的 ・孤 立的な地域で多方面的にわたる教育活動を担う ことが期待されていた。それゆえ、様々な実践 が想定される中で、LCC
は、市民向けに、「ジェ ネラル・インステイテュートは、 14歳以上の学 生のために、商業、技術、家庭及び保健科目を 教育する。商 業 ・ 技 術 科 目 を 選 択 す る 18歳未 満の学生は、コース教育の受講が義務付けられ るJ
181と紹介しており、若年層の体系的な職業 教育と女性教育の組み合わせが、モデル・パター ンと認知されていった。いくつかの事例から、 現場の実践とその特質を考察したい。 ロンドン南西部のワンズワース(Wandsworth) 区で開校したのが、サニーヒル ・ロード・ジェ ネラル・インステイテュー ト(SunnyhillRoad General Institute)であった。 1920年代における 同区の人口増加率7.6%は、ロンドンの全28区 で第2
位であり、 急速に郊外化が進んでいた 19)ο 表2
は同校の時間割である。若年層対象の商業 ・ 技術教育コースと特別クラスに大別される。前 者は、 14歳から 18歳の勤労青年、あるいは将来 商業や技術職に従事することを目指す若者向け のコースであり、週3
回開講している。後者は、 女性クラスとも呼ばれており、職業に直接関係 しない教養、実用及び余暇科目を豊富に提供し ている。この内、創作工芸と洋裁科目は、平日 の午後のクラスを設定し、主婦層の生活時間に 配慮した。このインステイテュートの業務日誌 には、学校の周囲で続く住宅建設と、新規に開 講する特別クラスの成果が繰り返し報告されて いる 201。郊外住宅地区のライフスタイルに調和 した家庭生活や地域活動に貢献する実践だった と言える。 同じ傾向が、ロンドン北西 部 ハ ム ス テ ッ ド (Hampstead)区のキングスゲート・ロード・ジェ ネラル・インスティテュー ト (KingsgateRoad General Institute)でも確認できる。若年層の商 Q U 口 δ9
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「東洋大学文学部紀要j第68集 教育学科編 XL (2014年度) 表2 1936-37年度のサニーヒル・ロード ・ジヱネラル・インティテュートの時間割 若年 層 対象 の 商 業 技 術 教 育 コ ー ス 特別タフス コース名 科目 開講 曜日・時間時間 科目名 開講曜日・時間 商 業 速記 月-火・木 19:45~ 20:45 火・金 16:45 18:45 英 語 月・火 19:45~ 20:45 創 作工芸 木 16:10~ 18:10 (;初年次) 算術 木 20:45~ 21:45 2ノ2、t、 14:30~ 16:30 月-火・木 20:45~ 21:45 調理(男女) 火 19:45 21:45 商 業 速記算 術 木 19:45~ 20:45 制理(上級) 木 19:45~ 21:45 (2年次) 英 語 月・火 19:45 ~ 20:45 演劇文学・朗読法 月 19:45~ 21:45 簿記 月・木 19:45~ 20:45 製 図 (成人) 火 - 木 19:45 21:45 簿記 商業算術 月 20:45~ 21:45、 火19:45~ 20:45 月・木 19:45~ 21:45 (1・2年 次) 英 語 火・木 19:45 ~ 20:45 洋裁 水 14・30~ 16:30 製図技術 月 19:45~ 20:45、20:45 21:45 話 し 方 (弁論術) 木 19:30 21:30 木 細 工 技 術 計算 火 19:45-20:45 救急 療 法 ( 女性 -入 門) l月 19:45~ 21:45 (初年次) 英 語 火 20:45-21:45 救 急 療 法 ( 女性 ・ 上級) 木 19:45-21:45 現場実習 水 19:45-20:45、20:45- 21:45 家 庭 看 護 (女 性・入門) 月 19:45~ 21:45 算 術 月 19:45-20:45、 水 20:45- 21:45 現 代 社 会 問 題 木 19:45 -21:45 木細工技 術 英 語 月 20:45-21:45 音 楽 鑑賞 土 15:15-17:15 (2年次) 科 学 水 19:45-20:45 声 楽 火・水・木 19:45-21:45 製図技術 火 19:45-20:45、20:45~ 21:45 身体訓練(女性) 月 20:40-21:40 コース履修者のための自由選択クフス タイプライター技術 水・金 19:45 -20:45 科目名 開講曜日・時間 (入門) 水 - 金 20:45-21:45 木 19:45-21:45 タイプライター技 術 水 19:45-20:45、20:45 21:45 木工(成人) 月・木 19:45-21:45 木 19:45-21:45 (入門) 金 19:45-20:45、20:45-21・45 家 庭 看 護 ( 入門) 水 19:45-21:45 身体訓練 金 20:30-21:30 木 工 (2クラス) 木 19:45-20:45出典)London County Counci H.landbilJ 01めeSunnY}l1JJRoad Evening Institute )938-3,1pp.2-3
表3 1936-37年度の工セルパーガ・ストリー卜 ・ジェネラル ・インティテュートの時間割 若年層対象の商業 技術-ー般ないし家政教育コース コース履修者のための自由選択クラス コース名 科目 開講曜日・時間 科目名 開講曜日・時間 商 業 速 記 月・水・木 19:30~ 20:30 調 理 火・水 (初年次) 英語 月・木 20:30-21:30 演劇文学・朗読 法 金 2コース 算 術 水 20:30-21:30 刺繍とデザイン 金 商 業 速 記 月・火-水 19:30-20:30 金属加工 水 英語 月・火 20:30 -21:30 バイオリン(音 楽) 金 (2年 次) 算 術 水 20:30-21:30 身 体 訓 練 (女 性) 月・木 20:30-21:30 速 記 月-火・水 20:30-21:30 身体訓練(男性) 金 20:30-21:30 商業 英 語 月・火 19:30-20:30 木 工 木 (3年 次) 算 術 水 19:30-20:30 タイプフイタ-1支術 火-木 金 簿 記 簿 記 月・水 19:30 -20:30 i羊裁 月・木 商業算術 月-木 20:30-21:30 特別タフス (初年次) 英 語 水 20:30-21:30木 19:30-20:30 科目名 開講曜日 目時間 簿記 簿 記 月-水 20:30-21:30 調 理 火・水 (2年 次) 商業算術 月・木 19:30-20:30 演劇文学・朗読法 {fr: 英 語 水 20:30-21:30木 19:30-20:30 i羊裁 月・木 英語 月-木 19:30-20:30 刺繍とデザイン 金 一般教育 一般知識 火 20:30-21:30 読 話 火 ・ 木 19:00-21:00 (初年次) 算術 月 20:30-21:30火 19:30-20:30 音楽(声楽) 水 地 理学 木 20:30-2:130 音 楽 ( バイオリン) 、i1Z 製図技術 月 19:30-21:30 身体訓練 (女性) 月・火 20:30-21:30 木工及 び 英 語 火 19:30-20:30 身体訓練(男性) 金 20:30-21:30 金属加工業 計 算 火 20:30-21:30 タイプフイター技術 火 -木 金 (1 . 2年次) 木工現場実習 木 19:30-21:30 交流活動 金属加 工 現 場実習 水 19:30-21:30 社交・ダンスのタ ベ 学生図書室 英語 月 19:30-20:30 7.l<i本クラブ 社会科見学 身体訓練 月 20:30-21:30 散 策 ク ラ ブ 休暇中の探訪問 家政教育 テニスクラブ i羊裁 火 19:30-21:30 調 理 水 19:30-21:30 出典)London County Counci.l的 ndbJ!J01theEtheJburgaStreetEvening lnstitute]938-37.pp.3-5開講曜日・時間の 堂側は不詳。
-90
-戦間期イギリスの学校開放と成人教育の地域的多様化に関する一検討 91 業・技術教育コースに加えて、カントリーダンス・ フォークソング、家庭手工、洋裁、刺繍・デザイン、 救急療法、家庭看護、体操、声楽、木工、婦人 帽子業 等の 多 彩 な 特 別 ク ラ ス が 開 設 さ れ た2l)O LCCの専門部会は、これらの充実した特別クラ スにj主目し、「ダンス・クラスは手ド常'に書品心、で、 全員が出席している。そして、木工クラスは全 く申し分なL、。声楽クラスは格別に優れている。 長年にわたり、インステイテュートは、高い水 準の声楽クラスを維持してきた
J
221と、余暇活 動を目的とした特別クラスを享受する市民層の 存在を報告している。 サニーヒル・ロード及びキングスゲート・ロー ドは、良質の郊外住宅地に開校し、日常生活の 充実を求める地域住民の要求の高まりに対応し た。そして、宅地開発が進む他の郊外地域にお い て も 、 同 種 の 教 育 活 動 は 浸 透 し て い っ たお。) 第一次世界大戦後の再建の柱となった公的住宅 政策で、 LCCは戸建て中心の住宅団地の開発を 積極的に推し進めており、戦間期に供給したお よそ八万戸の内、約五万戸は郊外型の住宅団地 であった241。都心から距離があり、近隣の夜間 教育機関が未整備で、限られているという地理 的な条件は、 若年層の職業教育と女性の非職業 教育を組み合わせた①郊外生活型を、ジェネラ ル・インステイテュートの典型モデルとして定 着させることになったのである。 ② 貧困救済型 このように、郊外化が進むロンドンであった が、中心部の過密やそれに伴う都市問題は、な お謀題として残されていた。テムズ川南岸に位 置するパタシー (Battersea)区のエセルパーガ・ ストリート・ジェネラル・インステイテュート (Ethelburga Street General Institute)は、製粉 所、食品倉庫、 菓子類製造所、小売庖等を抱える、 19世紀末葉からほとんど周辺環境が変わってい な い 工 業 地 区 に 開 校 し た25)。同校のルーツも、 1885年まで遡ることができる。人口過密地区で 生活する住民層は肉体労働者 (manualworkers) が 中 心 で あ り 、 郊 外 と は 異 な る 地 域 性 は 、 表3
に見られるように、 ①郊外生活型と異なる二つ の特徴を同校の活動に与えた。 第一に、若年層対象のコースに、 一般教育と 家政教育が追加されている。前者は、英語・算 術を含み、基礎教育の拡充を図るもので、後者は、 洋裁・調理の家政科目に英語・身体訓練を加え たものである。家政教育コースについて、 LCC の専門部会は、商業教育と家政教育を受講する 学生で違いがあるとして、 「明らかに貧しい家庭 から通学する学生であり、 真剣な目的があま り 見られない。家政教育コースは、そうした学生 の要求に合っている、と言えるだろうJ
261と指 摘している。 ①郊外生活型が想定していない、 補 習 的 機会や娯楽的要素を求める若手い世代が地 域に存在し、そのニーズに応じたのである。 第二に、交流活動の奨励である。同校は、社 交・ダンスの夕べ、水泳・散策・テニス等の各 クラブ活動、社会科見学等の課外活動を導入し た。専門部会は、その現場の光景を次のように 記している。「定期的なダンス会を開催し、数多 くの参加者を集めている。活発な散策クラブは 年聞を通じて、毎月活動しており、校長はいつ も欠かさず随行する。クラスで学ぶ学生による 演劇公演と体操発表が毎年開催される。学生の 両親が招待され、ホールの定員が埋まるほどの 反響がある。両親は、インスティテュートの実 践に高い関心を寄せているJ
2710 学生同士や学生 と教員・保護者等の交流を促すインフォーマル な教育を重視し、日常生活への循環を目指した のである。 大規模ドックに近いウリッジ (Woolwich)区 の エ リ ザ ベ ス ・ ス ト リ ー ト ・ ジ ェ ネ ラ ル ・ イ ン ス テ イ テ ュ ー ト (ElizabethStreet General Institute)は、テムズ川北岸のドックや大型工 場を擁する地区に開校した。近隣の住民は、臨 時雇い労働者、 ドック労働者、不熟練労働者等 の貧困階層が多数を占めた281。商業・技術教育、 家政教育の各コースに加え、調理、刺繍・デザ イン、英語、裁縫、身体訓練等の特別クラスを 開 講 し た 点 は 、 エ セ ル パ ー ガ と 同 じ で あ るお。) また、「この地域では、これまで社交的側面が発 展してこなかったので、この点について、学生 を支援し、尽力しているところである。学生た ちは社交の夕べを毎月開催しており、メンバー とその友人たちに大変喜ばれているJ
301と報告 があるように、交流活動も同様に奨励している。 長時間労働に従事し、生活は貧しく、教育水 準が低い地域において、エセルパーガ・ストリー トとエリザベス・ストリートは、基礎教育・ 家 政教育コースや、クラス外活動を導入すること -91-9
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年度) で、フォーマルな教育に不慣れな学生の関心や 参加を促し、日常生活につながる共同的な人間 関係を育んでいた。このことは、1
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1
3
年の夜間 教育改革以降も、 貧困救済を主眼とした1
9
世紀 以来の伝統的な公立夜間学校を求める地域が残 されていたことを意味する。ジェネラル ・イン ステイテュートは、 住環境に恵まれた郊外に移 動しない住民層を擁する工業地区において、困 難な地域課題解決に挑んでいたのである。 ① 移民支援型 大都市内部の地域的多様性は、地区の特殊的 な事情や環境に応える活動を求めていた。ロン ドンのイースト・エンドの一部を占めるステッ プニー (Stepney)区で開校したのが、ロパート・ モンティフィオーレ・ジェネラル・インスティ テュート (RobertMontefioreGeneral Institute) である。同校の実際の時間割 (表4
)
を見てみよ う。若年層の商業教育コースは、 ①郊外生活型、 ②貧困救済型と共通する。しかし、 外国人を対 象とする英語クラスは、極めて独自のものであっ た。レベルは四段階で、それぞれに週三回各二 時間の複数クラスを用意しており、非常に充実 している。地元紙が、「成人向けの英語クラスは、 ロンドンで最大規模のもので、たくさんの地域 から人が集まってく る。多様な段階のクラスを 開講しており、ビギナーであろうが、上級者で あろうが、その人に合ったクラスに入学するこ とができるJ
31)と報じたように、ロンドンにお ける外国人向けの英語クラスの一大拠点となっ ていた。それでは、なぜ、こうしたインステイ テュートが、ステップニー区で開校されたので あろうか。1
9
3
1
年のセンサスによると、3
0
万8
千 人 の イギリス圏内の外国人の内、1
2
万7千人がロン ドンに流入していた。最も多いのはポーランド 出身の3万人で、次いで、ロシアの2万千人で あった。さらに、ステップニ一区に限定した場 合、外国人は3
万人で、ポーランドが1
万5
千 人、ロシアが8
千5
百人である。この地区だけで、 ロンドンの全外国人人口の約2
4
%
を占め、しか も、その約8割がポーランドとロシアの生まれ であり、東臥出身者の集住が顕著だった 32)。 その大半は、 ユダヤ人移民であった。1
8
8
1
年 のロシア皇帝アレクサンドル2
世の暗殺を契機 に、東欧各地でユダヤ人への暴力的弾圧である 「ポグロムJ
(pogrom)が発生した。反ユダヤ主 義的政策の下、人口過密な居留地内部で貧しい 生活を余儀なくされ、恒常的妨害を受けていた ユダヤ人の多くが、迫害や貧困から逃れるため、 移民を決意するようになる。かつては小規模な 移民が主流だったが、ポグロム発生以降の1
8
8
1
年から1
9
1
4
年までに、東欧から2
5
0
万人以上の ユダヤ人が移住し33)、その内の約1
0
万人がイギ リスを選択した34)、と推計されている。 ステップニー区には、ロンドンに流入した東 欧系ユダヤ人移民の労働の場があった。ロンド 表4 1
9
3
6
-
3
7
年度の口パート・ モンティフィオーレ ・ジェネラル ・インティテュートの時間割 若年層対象の商業教育コース 特別クフス コース名 科目 開講1I1~ 日 時間時間 科目名 開i昨日韓日・ l時間 商 業 速 記 速自己 火 20:05-21:05 外国人のための英語 月・火・水 20:05-22:05 (初年次) 速 記 月 木 21:05-22:05 ピギナ- A 月 火 ・ 水 20:05-22:05 英 語 月 木 20:05-21:05 ピギナーB 月 火 - 水 20:05-22:05 算術 火 21:05-22:05 初J級A 月・火・水 20:05-22:05 商業・速記 i車百己 月・木 20・05-21:05 初級B 月 火・水 20:05-22:05 (2年 次) 速記 火 21:05-22:05 中級A 月 火-水 20:05-22:05 英 語 月・木 21:05-22:05 中級B 月・火・水 20:05-22:05 算術 火 20:05-21:05 上級A 月・火・水 20:05 -22:05 商業・簿記 簿記 月 21:05-22:05木 20:05-21:05 上級B (初年次) 英 語 火 20:05-21:05木 21:05- 22:05 声楽 火・木 20:05-22:05 商業算術 月 20:05-21:05火 21:05-22:05 その他 商業・簿記 簿記 月 20:05-21:05木 21:05-22:05 演劇クフスの公演 (2年次) 英 語 火 21:05-22:05木 20:05-21:05 交流の集い 商業算術 月 21:05-22:05火 20:05-21:05 授業市jに本・雑誌を提供 コース履修者のための自由選択科目 演劇文学及び朗読法 水 20:05-22:05 タイプライター技術 (2クラス) 水 20:05-22:05出典) London CountyCounci.lHa刀dbJ!!01tJle RobertMontenore EvemlJg lllstitute 1.938-37.pp.2-3
フ ︼
Q d
戦間期イギリスの学校開放と成人教育の地域的多様化に関するー検討 ンの西欧出身の外国人は対人サービス業に就く 傾向が見られたのに対して、東欧系移民の職業 の中心は、紳士服仕立てを含む衣類製造業で、 特に、ロシアとポーランドの出身者で、外国人 全体の85% (男性)、 63% (女性)に及んだ35)。 ほとんどの移民は、貧困状態の不熟練労働者で あり、下請けの消費財産業は、すぐに対応でき る仕事であった。こうした産業の中心地であっ たステップニー区は、移民を吸収する社会的条 件が整っていたのである。
LCC
の専門部会は、ロパート・モンティフイ オーレの学生層に注目した。「外国人対象の英語 クラスに通う学生の約50%はポーランド生まれ、 30%はロシアである。残りのほとんどは、中欧 出身者である。ロンドンの外国人友好団体の支 部や、ユダヤ教会堂を定期的に訪問する校長の 個人的な努力で、入学を勧誘しているJ
36)。出身 地の割合は、センサスのステップニー区の動向 と一致しており、また、報告では、 受講者の主 な職業の一つに、紳士服仕立て業を挙げている ことから、地元の産業に従事するユダヤ人移民 を吸収していたことがわかる。 ロンドンの移民を対象とした調査は、英語、 イディッシュ語ないしドイツ語をいずれも読む ことができない成人が、 三分のーを占めていた ことを明らかにした 37)。言語問題は、日常生活 や職業選択に深く関わるものであり、東欧系ユ ダヤ人移民の英語習得の熱意は、非常に高かっ た、と言われる沼)。専門部会は、ロパート・モ ンテイフイオーレの取り組みについて、以下の ように評価している。「教育活動は、水準におい て幅広いが、とても申し分ないもので、それ以 上のものとなっている。校長は、よく練られた 活動計画を策定しており、それは、教職員と自 らの経験に照らして、毎年度修正を積み重ねて きたものである。また、学生はみな、慎重に段 階別に分かれており、計画に基づき、能力を大 きく向上させている。教育活動は文法と読み方 に力を入れている。というのも、 多くの学生の 成人であり、英語で繰り返し表現する方法は既 に獲得しているが、自分の考えを英語で表現す る力は、まだそれほど身に付いていないからで ある」 則。 このように、ロパート・モンテイフイオーレ では、変動する国際的情勢を背景に、移民が集9
3
住する地域特性を反映して、成人基礎教育に重 点化していたことが知られる。固定的な目的か ら開放されたジェネラル ・インスティテュート は、開校地が求める教育ニーズや条件に柔軟に 対応し、 ①郊外生活型、②貧困救済型、及び③ 移民支援型という多岐にわたる実践を担ったの である。その結果、成人教育今の地域的多様化を もたらし、ロンドンの成人教育制度を完成させ る上で、不可欠の役割を果たすことになった、 と考える。 おわりに 本稿は、1
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1
3
年のLCC
の夜間教育改革で誕生 したジェネラル・インスティテュートの成立と 展開を検討してきた。その役割と性格は、以下 の三点にまとめることができる。 第一に、このインステイテュートは、 専門的 な夜間教育機関を欠いたロンドンの周辺的地域 等で、対象や目標を固定化せずに、他の夜間教 育機関を補完する総合的性格を持つものとして、 構想された。固有の目的がなく、周囲の影響を 受けやすいことから、吸収・合併ないし転化で、 学校数・入学者数は減少するが、他方で、成人 教育機関化が徐々に進み、若年層の職業教育と 女性教育の組み合わせが、モデル ・パターンと なっていった。 第二に、キングスゲート ・ロードとサニーヒ ル・ロードは、良質の郊外住宅地に開校し、 生 活の充実を求める市民の要求の高まりに対応し た (①郊外生活型)。このタイプは、ワンズワー ス区を中心に、最も普及した。次に、エセルパー ガ・ストリート及びエリザベス ・ストリートは、 不熟練労働者や臨時雇い労働者等が暮らすテム ス川沿いの貧困地区を開校地とした。基礎教育 や家政教育を奨励し、クラス外活動を導入して、 伝統的な公立夜間学校と同種の機能を発揮した (②貧困救済型)。ロパート・モンティフィオー レは、ステップニー区に集住した東欧系ユダヤ 人移民を主な対象に、ロンドンで最大規模の外 国人向けの英語クラスを開講した。成人基礎教 育に重点化し、個々の水準や能力に配慮する実 践は、 高い評価を得た。(③移民支援型) 第三に、1
9
世紀後半以来の公立夜間学校の延 長線上に位置付く学校開放のアプローチは、開 校地の最重要課題に焦点を当てつつ、大都市内 q u Q U94 「東洋大学文学部紀要」第68集 教育学科編 XL (2014年度) 部 の 地 域 差 に 柔 軟 に 応 え る こ と を 可 能 に し た。 ジェネラル・イ ンステイテュー ト の 総 合 的 性 格 は、専門的な夜間教育機関の補完にとどまらず、 地 域 課 題 から出 発 す る ア ウ ト リ ー チ の 視 点 を 含 んでおり、その取り組みは、新しいタイ プの成 人教育として、中央教育当局の教育院 (Boardof Education)の注目するところとなった401。公立 学 校 を 活 用 し た ジ ェ ネ ラ ル ・インスティテュー トは、 そ れ ぞ れ の 開 校 地 で 異 な る 要 求 や 条 件 に 柔 軟に対応することによって、 成人教 育 の地 域 的多様化をもたらした、と考える。 グローパル ・シティとして、 今日もなお世界 中 か ら 移 民 が 集 ま り 続 け て い る ロ ン ド ン で は 、 成 人 基 礎 教育のニーズ は 高 く 、 支 援 体制 の 整 備 が 急 務 と なって い る が 、 そ の た め の 原 理 的・基 礎 的 研 究 の蓄積は必 ず し も 十 分 で は な い4lJO地 域生活 に 密着した成人教育の発展史 と い う 視 点 から、本事例の意義や課題を論じる必要がある。 この点については、別稿を期したい。 附記 ) 本研 究 はJSPS科 研費25381092の助成を 受けたものである。 注・引用文献
11 AdultEducationCommittee, Adめu山/μ1Ed仇f古uιCζa甘Iil川oフ叩f1and t川heLo町C印a Ed仇',ucarjol1A U凶l.bo.由'n(宇1仁,Paper NO.11.1933, p.61 " 川 本 字 之介著 『都 市 教 育 の 研 究』東京市政調資会、 1925{F、 pp.491-495o 3JGordon, P..Aldrich, R.and Dean D..Educalionand Poliり Ifl EnglandU
,
rheTIF叩r1elhCenrulY, The Woburn Press. 1991.p.219 '1 Devereux. W. A..AdllllEduCMion inInner Londoll18iO.1.980 Shepheard-Walwyn inCollaboration with Inner London Education Authority, 1982. pp.82-111日LondonCounty Counci.l.4nnual Reportof l17e COllncJi.VoL4.1920.
p22
6)Tanan baum. S. L..JelFish ImmigrallrsinLOlldoll. 1880.1.93.9,
Perspectives in Economic and Social History.NO.31.
Pickering& Chatto. 2014. pp.87-89 71 ['仁級教育J(HigherEducation)とは、筏術教育を含む主)J等 以上の教育を包括する歴史的慨念であり、公立夜間学校は、 制度上、初等後教育機関の範鴫にあった。 81 London County Counci.lEighl Ye,7rs ofTechnicalEduc,71ion alldConlinuatJ()//5c17001sIMoslly EveIlJiJg Work) . Report by the Education Officer, 1912
91“Reportof theHigher Education Sub-Committee", London County CounciLMuwles of ProceeduJgs. 7thMay, 1913.p.880
101 9つのインステイテュートは、JuniorCom mercialInstitute、 J unior Technical 1nstitute、Women's Institute、1nstitute with more than one department、GeneralInstitute、
Non-VocationalInstitule、Free1nstitute、Commercial
Institute、Instituteforthe Deafである。
1
11“Report oftheHigher Education Sub-Committee" . London
County Counci.lMin山 田ofPrOL何dUJgs.7th May, 1913. p.880
'"London County Counci.lEI'emiJg 5c1700Is.5tallsUCS Rebling 10 Evel1if}g~主-JJOol.,OpenedJ!J Ihe 5essio/J1913.14.p.l8
日11919-20年度にリテラリー、 1920-21年度にメンズ、 1925-26 年 度 に ジ ュ ニ ア メ ン ズ の 各イン ス テ ィ テ ュ ー ト ( Junior
Men' s Institute)が発足し、ロンドンの成人教育政策が体 系化されている。{LondonCounty Counci.lA G/IIde ro Coounued
ιdllwion UJLondoo.Privileges ofCitizenship Series.No.l.1925
pp29-40.l
1.1' 1936年 、 受 講 者 数 の 減 少 が 続 い て い た ユ ゴ ン ・ロード
(Hugon-road)均三シャーブルyク・ロード・ジュニア・商業、ジュ ニ ア ・ 技 術 イ ン ス テイテュート (Sherbrooke-roadJuniOl
Commercialand Junior Technical [nstitllte)の分校になった。
("Report of.the Higher Education Sub-Committee守 。London
County Counci.l.¥finUlesofProceedings. 6 May. 1936. p.188.)
tS)商 業 教 育 の 充 実 し た ウ エ ス ト ミ ンスタ ー 商 業 イ ン ス テ イ
テ ュ ー ト (WestminsterCommercial Institute)へ の 交 通 ア ク セ ス が 向 上 し たことから、 1934年、 マ ー ルパラ
(Malbourough)は、上級商業教育部門を手放し、ジュニア・ 商 業 、 ジ ュ ニ ア ・ 技 術 及 び ウ イ メ ン ズ ・ イ ン ス テ イ テ ュー
ト(JuniorCommercia.lJunior Technical and Women' s
Institute)に 改 組 さ れ て い る。(“Reportof theHigher Education Sub-Committee" . London COllntyCounci.l,1必ワ川目
。
f乃oceeduJgs.9 May. 1934.p.168l. l刷 1934-35年 度 の 各 イ ン ス テ イ テ ュ ー ト の学生 一 人 当 た り の 平 均受講時間数は、ジエ不ラルは77.311寺問、ウイメンズ(有償型) は51.1時間、メンズは57.2時間、リテラリーは46.7時間lである。 (London County Counci.lLondon5mIJs山 1931-36,1936. p.275.) 171London County Counci.l7百eLOIJdoIJEdu印rionService 8eing! he Eighl17Edition, RevisedEnbrged<1!JdlIIusrraled of Ihe 01苫"c1l1ismiono[ EduGJtion UJ LondoJJ.The County Hall, 1927. p.l18制 LondonCounty Counci.lHiJJldbJ!1 ofrhe 1vydale Ro♂d El'ening [nslirure 54師 団.n19.みJi.p.2なお、 18歳未満の商業・技術ないし 家政教育コースの受講料が、各3シリング、18歳以上の女性 向けの特別クラスが週2回で4シリングであった。LCCは「安 い受講料J(low fees)と広告している。
9' London County Counci.lLOJワdon5rariwics19.30.31.1932.p.24
帥 LondonCounty Counc也lSJ1f}/}.vhJ!1RoadEvemag Instilllle R,酎cord
01 Characr町ofArea(People.5tuderJts .CI/lbse/{:) andof ReliitionsIl'ilh
BusuJess HOllses.1913-30
111London County Counci.lHi}/}dbJIl ofrbe A-uJgsg;ueRO,7d El'ening
!nstirute S巴ssion1.921.22.pp.2-3
'"London County CouncilEdllcation Committee-Higher Education Sub-committe,巴.Kulgsgale R,田dGener,11EI'eninglnSlUU{e (H;JJJJpstead) . Reporlb.vIhe CO/llICJJ'5 IIJspeclosas;1Resull of 5pecial Inspection He1d UJ.~pnl. 1930, 1930.p.2 日)ワンズワース区は、郊外生活型が最も集中した区で、 1936 37年 度 の ジェネラル・インスティテュート全15校中、 5校 (Rosendale、Elliott、Hotham、MitchamLane、Sunnyhill
Road)が こ の 区 に 開 校 し て い る。(LondonCounty Council
Ed/lciJlionService Inform;uion1935. pp.184-198.)
る,!i格建也著 [イギリス住宅政策史研究1914- 45年一公営住宅 の到来と郊外化の進展 j中京大学経済学研究叢書第21集、
効草書房、 20日年、 pp.57-58o
-戦間期イギリスの学校開放と成人教育の地域的多様化に関する一検討 95
出 LondonCountyCounci.lEI!Jelbur!?ョStreerEl'enin}f!IJsurute Record
o( Ciwracter ofえrea(Peop/e.St/ldents.CJubs e{{'.) (//}dofRel,1l10flSlI'irh
Busin出5Houses. 1913-29
21;)London CountyCouncil Education Committee -I-ligher
Education Sub-committee.Reportof四 !n明白 川17ol ElheJburga 51何 百C即 日 刀1EI'e刀inglnstitute wirhBraJlchJnsu{IJ!e;Jl L7!',{llderHJ!J 18<111el百四五).1936. p.3 171!bid"p.4なお、パーモンジー(Bermondseyl区のアイヴイー デール ロード ジェネラル・インステイテュート Ovydale Road General lnstitutelも 、 義 富 な ク ラ ブ 活 動 を 含 む 交 流 活 動 を 促 進 し て お り、貧 困 救 済 型 に 分 類 で き ょ う。(London
County Counci.lHandbJ!1 0/ che JlydaJe Road El'ening Jnsurllle Sessioll
19.あJi.p.2l
三時)London County Counci.lEluabel!J51reel EFcnrllg Inslirule心¥'ortlr
WooJwic!J) Record 0/Character 0.ル11臼(p,回ρle.5rudelll5.Clubsetc.! and of
Re!mio/1s Ivitb Busin色 町H即 日5.1918-36
1
'" London County Counci.lHandbJJl of l!Je Ehiabellr 5/J出 品 目'lIIlg
!ns!iw{e五e551')/{1936:37. pp.2-3
制 LondonCounty Counci.lElizabet!JSrreelEI削 'J}g!nsrIllJ町 内onh
1 1oolll'lI'!J) Record of C!Jaよ刀cterof.~rea IPeople. Sludenls.cJubs同 )andof Re};lIionslI'il!JBusllIess Houses.1918-36
"
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"
L
.
c
.
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.
Evening Institute" T!Je Cit.l' ,1nd EaSI EildObsenn September 10. 1938な お、1921年 の セ ン サ ス で 、 ス テ ァ プニー区 に 次ぐ 外 国 人 数 が 確 認 さ れ る ウエ ス ト ミ ンスター (W estminsterl区 の バ ル ト ニ 一回ジェ不 ラ ル ・ イ ン ス テイ テ ュ ー 卜 (PulteneyGeneralInstitutel も 、 外 国 人 の た め の英語クラスを開講しており、移民支援主~!に類型される。 (Lonclon CountyCouncil.的ndbJJloll!Je Pullenev正veIJinl!Il7stiwte 1936.37. p.5.l 位)Census ofEngland & Wales1931.Gen臼 ♂JTab/es COfT}pflring PopuJatioll !IJStffl.lfioJ} Age e.s indA!arua}Conditiol1s, Birtllp/ace andNarionality.Welsh Lallgllage.HMSO. 1935. pp.l79-201 日)プレプク ・アニコー著 『ロ シ ア 、 巾 ・ 東 欧 ユ ダ ヤ 民 族 史』 叢 書 東 欧9、寺 尾 信l旧訳、彩流社、 2004年、 p.llOo w 佐 藤唯 行 著 I英 国 ユ ダ ヤ 人 共 生 を め ざ し た 流 転 の 民 の 背 開 J ~梓談十j、 1995"1、p.219o お}αn511Soffi7gMlld& lVales1.921.Cou刀l,volLondollTexl. HMSO. 1923. p.39jfilLondon COllntyCOllncil EclucationCommittee -Highel
Education Sub-committee.TheRobertJ!olllefiore G即 日, θ1EI日'1/1}g
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"
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Ltd 1..934. p292
39, London County Council Edllcation Com日littee-Highel Education Sllb-committee.'li7e RobertJ/onrefiore GelleralEl'enulg !1]srirure(JI'huec!wpel♂!ld Sr, Ceorge' s,), Reporr b.l' rheCOlll1a( ;;. !nspec{lon01 a 15pecol JlIspeCllolI. 1933. p.4 10'Board ofEducation.Reporl of H.¥f !II5peclor5 011 Ihe_¥'ell丘古eme101 rhe Re-org:1l1isauonollheEV'fll!!Jg !nstitutes11]tJle.J.dminisrrarin::COUJJf.! oiLolldolllor Ihe Penod Endrl7g011the3151J/lJv 1914.pp.9-10 111 I場直規 「ロン ド ン に お け る コ ミ ュ ニ テ ィ 教 育 施 設 の 戦 略・発 展 と 成 果 ー タ ワ ー ハ ム レyツ区の 『ア イ デ イ ア・ストアJ の 事 例 J