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薬害・公害のない、平和で健康な福祉社会を築くために 利用統計を見る

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(1)

薬害・公害のない、平和で健康な福祉社会を築くた

めに

著者

片平 洌彦

雑誌名

東洋大学社会福祉研究

3

ページ

33-53

発行年

2010-08

URL

http://id.nii.ac.jp/1060/00005149/

(2)

東洋大学最終講義12010年3月20日//片平1列彦 ●東洋大学最終講義/2010年3月20日

薬害・公害のない、平和で健康な福祉社会を築くために

   一被害者福祉学・予防福祉学の発展を祈念して一

新潟医療福祉大学大学院・特任教授/健和会 臨床・社会薬学研究所・所長      片平 冽彦  本日は、皆様ご多用の中、ご参加いただき、あ りがとうございますr  「最終」講義ということですが、今後の出発とい う点では、「最初」講義という言い方もできるので はないかと思います(笑い)。  スライド(以下Sと表記)をできるだけ絞りまし たが、それでも100枚近くになってしまいました。 時間が限られていますので、途中端折ったり、早 口になるかもしれませんが、お許しください, PART 1薬害・公害のない福祉社会を築くた     めに  私は、この約40年間、主に薬害問題について研 究してきました。  スライドのS1ではKKと書きましたが、片平が研 究してきた主な薬害・副作用問題です。また、S2 は、これらの研究をするための研究費の出処です。 スモンでは、16年もの長きにわたり、厚生省の研 究班に連なって研究を重ねました。しかし、「添付 文書の日米比較」という薬害防止の研究をしたこ とについて、「スモンの研究班はスモンという難病 の研究をするための班で、医薬品のことを研究す る班ではない」という「理由」で、1988年度から 協力班員から外されてしまいました。私は、スモ ンは難病であるとともに、薬害であり、そうした 薬害の再発防止のための研究も必要と思って行っ たのですが、それがいけないというので、「これだ から、薬害が起こされ続けるのだ」と憤慨したも のです。幸い、その後、各地のスモン患者会が作っ た「スモン基金」の助成を受けて、研究を継続出 来ました。東洋大学に赴任してから、S2記載のよ うに、社会学研究所、そしてHIRC21の研究助成を 受けて研究できたのは、本当に嬉しく思いました。 KKが研究した主な薬害・副作用問題      (1971-2010) ・スモン「感染説」ピークの1971年以降 ・薬害エイズ訴訟進行中の1992年頃から ・ソリブジン「医師に責任」と報道されていた1994 年頃から。製薬会社・国の責任を解明。 ・薬害ヤ=ブ硬膜使用中止の1997年から ・璽症型薬疹1991年にある死亡例を研究し報告。 この事例は、後に「高松高裁判決」となって大き な影響を与えた。2002年に69人の実態調査。 ・薬’蓄C裂肝炎訴訟進行中の2003年6月から ・イレッサ薬害2003年の被害者実態調査から ・薬害タミフル転落死相次いだ2007年春から       1 S1 片平の薬害問題の研究費等 ・スモン:厚生省スモン研究班(1971--87年度)。  「薬害防止の研究は不可]として外された が、広島・福岡・京都スモン基金の助成を受 ける(1988~2001) ・エイズ:厚生省HIV研究班(1994--97,但し  「班友」で、研究費は無く、スモン基金で) ・ヤコブ・肝炎・イレッサ・タミフル1東洋大学辻 研(2002・一(Bi、司卜1浪C2パ2(助3・・2‘}{}O)  厚生労働省堀内研究班〃2ぽ〕8一二〇〇〔)) S2 1.薬害スモン事件  S3~Sl5は、当時「世界最大の薬害」と言われ たスモン=キノホルム薬害についてのスライドで す,スモンは、発生当初は、S3の記事のようにウ イルス感染説が出され、それに伴う偏見や差別が 起きました。しかし、研究班の学際的研究の結果、 S4に示したように、「腸内殺菌薬」キノホルムによ る薬害であることが明らかにされたのです。  このスモン=キノホルム薬害問題に、私たちは、 被害者の実態についての保健社会学調査を課題と して取り組みました一S5は、多発地でありウイル

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東洋大学社会福祉研究 第5号,2010年8月・ ス感染説の根拠地であった岡山県井原市での調査 結果報告書を出した時に地元の新聞が行った報道 です。「高医療費で生活破滅」「「憾染”を恐れて敬遠 も」という見出しが出ています。またS6は、その 井原市の医療の中心的役割を果たしていた井原市 民病院で、キノホルム製剤が大量に処方されてい た事実があるということを大きく報道した朝日新 聞(これは全国版)の記事ですcこの記事に、東 大保健社会グループの調査のことも引用されてい ますが、私たちは、最初の患者調査の際、「私たちは、 入院前は軽い症状だったのに、皆入院後に悪化し、 重くなった」という話を聞き、ここもキノホルム で説明できるのでは、と考え、そのことの解明を 目的とした再調査を計画しました。ところが、こ の朝日新聞の報道に対し、市長と病院長が調査協 力を拒否したため、再調査は部分的なものにとど まってしまいました。  こうした研究班での調査とは別に、私は、キノ ホルムに関する文献的考察を行いました。S7は、「キ ノホルムは戦前から使われていたのに、スモンの 発生はなぜ昭和30年以降か」という問題について の私たちの調査結果(論文)についての朝日新聞 の報道です。見出しにあるように、実は、戦前にも、 キノホルムを使用後にスモン様症状を示した人が いたことが、1939年記載のA病院カルテ調査から 判明したのです。このことは、読売新聞も大きく 報道しました。  S8は、1972年の私の学会発表についての新聞報 道です。キノホルムは、製薬会社が宣伝していた ような「毒性の低い、安全無害な薬」なのではなく、 実は「劇薬」に相当する毒性のある薬で、1936年 にはいったん劇薬に指定されていたのに、わずか3 年後の1939年には、劇薬の表から削除されて「普 通薬」とされてしまった、という事実が、文献調 査の結果から判明しました。  被害実態調査や、キノホルムの危険性に関する 文献調査の結果は、次々に報告書や論文(米国医 師会雑誌を含む)にして公表しました,それらが スモン弁護団の目にとまり、裁判所での学者証人 として、法廷で証言を求められました一結局、全 部で5箇所の裁判所にて証言をいたしました。S9は、 の地元の新聞報道です。  「日本の裁判所が経験したことのない大裁判」と なったスモン訴訟を決定づけたのは、1977年2月26 日付け毎日新聞が「キノホルム剤 神経毒性の研 究チバ社は知っていた」との見出しで報道CSIO) した「事実」です,すなわち、キノホルムを開発 した『元祖」のスイス・チバ社(後にチバeガイギー 社、現在はノバルティス・ファーマ社)は、キノ ホルムを、「ほとんど副作用のない胃腸薬」などと 宣伝していましたが、実は、1935年にアルゼンチ ンで出された医学論文において、その著者(バロ ス医師)から、「キノホルム使用後に神経症状(歩 行障害等)を示した患者がいた」こと、「そのこと を企業に知らせたら、企業は『情報提供に感謝する』 と返事してきたことが紹介され、さらに、『足に 何か障害が起きたら知らせること』と伝えるだけ で、処方を続けるのは無責任だ」と、厳しく批判 を受けていた、というのです! 1935年という時 点で、被告製薬企業は、キノホルムによりスモン 様神経症状が起きるという報告を受けていて、ま さに「知っていた」1 この報告を無視せず、少 なくとも添付文書に記載していれば、1万人規模の 日本のスモン被害は基本的に避けられたはずです。 「疑わしきは措置を取る」ことがいかに重要か、ま さに痛切な教訓です。この毎日報道のソースは私 が書いた「日本医事新報」掲載の論文ですが、私 は、その他、「医学のあゆみ」や、「米国医師会雑 誌(JAMA)」にも論文を出しました。  Sl1は、当時金沢で開催した「スモン問題全国シ ンポジウム」(日本科学者会議等による実行委員会 主催)の内容をもとに作成された本で、東京の弁 護団が裁判長に提出したところ、「もう買って読み ました」との返事が返ってきた、と聞きました.  S12は、訴訟が大詰めになった時期に、京都で開 催された薬害防止国際会議(KICADIS)において、 海外のスモン発生報告とキノホルム規制の動向に ついて、当時東京医科歯科大学助手だった片平が 報告した内容の報道です一海外のスモン発生報告 は、この記事の見出しに「18国に74人」とあるよ うに、日本の1万人規模と比較し極めて少なく、そ れは、日本ほどキノホルムを大量に使用した国は

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東洋大学最終講義 2010年3月20日)/片平洌彦 残念ながら「薬害大国」なのです.そして、1970 年9月に日本で販売停止になった後も、海外でキノ ホルムが使い続けられていることがわかりました, そこで、1980年には香港で開催された消費者の国 際セミナーに参加して、日本でのスモン問題につ き報告するとともに、現地香港でも使用されてい たので、販売の実態を調べ、記者会見を開いて、 キノホルムの販売・使用の国際的禁止を訴えまし た。現地マスコミは、Sl3のように、大きく報道し てくれました。その後間もなくして、香港でも販 売中止になったと聞きました。香港市民の生命・ 健康を守るため、多少の貢献をしたと思っていま す。  これより先の1979年9月、国会で薬事法の改正と 副作用被害者救済法(「薬事二法」と呼ばれた)が 成立し、マンモス訴訟のスモン訴訟は国と製薬会 社が責任を認めて和解が成立しました。S14は、そ の時に朝日新聞から依頼を受け、「薬事二法」の成 立とスモン訴訟の和解についての評価をした「論 説」です。  概要以上のような経過で、スモン訴訟は一応の 「解決」をみました.しかし、私は、この大きな問 題について調査研究して、「薬害問題は構造的な問 題で、大変根が深く、原因となった医薬品を使用 中止にしても、その医薬品を通じて薬害を起こし た社会的仕組み・メカニズムが残っている限り、 別の薬害問題が形を変えて現れてくる」と考えま した。そして、Sl5のように、学生向けの教科書(1976 年初版)に、そうしたことを記載しました。残念 ながら、その後の経過は、まさにその通りになっ てしまったのです。 開催された日本薬学会で発表しようと思い、演題 を申し込んだところ、「薬学はいわば試験管を振っ て実験し、その結果をまとめる学問。この内容は 医学なので、そちらの方で発表をしてほしい.」と 学会長から言われ、発表を拒否されました.当時、 私は「くすり(広義には、生体に作用する化学物 質)の社会的側面につき研究する学問分野」とし て、「社会薬学」を提唱していたので、それが否定 されたと受けとめ、「社会薬学」に理解のある薬学 分野の方々に、コトのいきさつを話して支援を求 めました。そうしましたら、結局私の主張が通り、 堂々と発表することが出来ました。S15にはその経 過を、またS17には私の学会発表を報じた地元新聞 の記事を入れておきました。なお、その後、紆余 曲折はありましたが、今では薬学会では「社会薬学」 はすっかり市民権を得ております。また、水俣病 について言えば、既に公式発見から50年以上を経 過しているのに、未だに認定問題をはじめとして、 問題が未解決なのは残念なことです。 S3 2.水俣病現地調査  スモン問題研究が一段落した時に、水俣病問題 への取り組みが求められました。園田恭一助教授 (当時)が中心となって社会学分野で科学研究費を 申請し、そのお金を使って、東大関係者10数人で 熊本の現地調査を行いました。調査票を作成して、 分担して家庭訪問をして聞き取り調査をする方法 で調査し、私は自覚症状調査結果を分析しました。 「認定群」と「棄却群」とで、症状の訴えに殆ど差 がなく、そのことを中心に、1981年に丁度熊本で  スモンに関する基礎的知識・数字 病名SMON(Subacute-MyelaOptico-Neuropathy)。  亜急性脊髄視神経神経障害。 主症状.腹部症状、通常下肢から上向する知覚障害、運 動障害。悪化すると視覚障害等。 患者数厚生省研究班の把握では、「疑い」も含め、  11J27人。裁判で補償を受けた患者は6、470人(1991 年までに)。海外では26力国から179人。(チバ社調査)。 発生時期1935年~1970年~?。日本では1950・60年代 多発。 原因物質「腸内殺菌薬」キノホルム(商品名エマホルム、 エンテロビオフォルム、強力メキサホルム等、186種類 の胃腸薬に含有されていた) 裁判1971年から開始。被害者が勝訴し、1979年大多 数が和解。確認書成立。       」 S4

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東洋大学社会福祉研究 第5号〔2010年8月 由脂栄養方向転換の重要性  がんやアレルギー過敏症、その他の生活 習慣病を根本的に治す薬はできていない。 これらは予防(体質改善)が重要である。日 本の死亡率の上位4位まで、および多くの 難病指定の疾患に、油脂栄養(リノール酸 のとりすぎ)が深くかかわっている。現在の 医療のなかで、油脂栄養の方向転換ほど重 要な問題はない。 S85 ・狭義の「社会福祉」を「自立を困難にされている  人々への施策」(真田是「社会福祉辞典」大月書  店、2002年)とするならば、この「自立を函難にさ  れ’ている」ことの原因を解明し、そのdiうな状態  (饗援鎗者〕になることを麩ぐための方策を明らか  にする学問分野。 ・この「原因」には自然科学的原因と社会科学的原  因とがあるが、社会科学としての『予防福祉学」で  は、社会科学的原因の解明が主たる課題となる。 S89 「要援助者」を減らす上で重要な施策は? S86 「奥山教信者」(笑)の片平の提言  日本人のリノール酸摂取量は、その必要量に比  し、明らかに過剰であり、国のn6fn-3推奨値も高  い。このことが谷種炎症性・血1栓症・アレルギー  性疾患、欧米至がん1大緩・菌立線・乳・肺〔腺3・  羅禍等;、心・血管疾患、ステロイド等が効く「難  痛]、うつ病やアkツハイマー等の精神疾慈等の  増加の重要な要因とみられる。日本脂質栄養学  会が2002年に行った削減の提言具体化のため  の諸方策を早急に推進する必要がある 「予防福祉学」の概念 ・狭義の「社会福祉」を「自立を困難にされている  人々への施策」(真田是「社会福祉辞典」大月書  店、2002年)とするならば、この「き立を困難にさ  れている1ことの原因を解明し、そのような状態  (要援助者)になることを防ぐための方策を明らか  にする学問分野。 ・この「原因」には自然科学的原因と社会科学的原  因とがあるが、社会科学としての「予防福祉学」で  は、社会科学的原因の解明が主たる課題となる。 S90 ・緊恋ぎ療において必要な改善事項 S87       ぶ人戦ぺ ②員鷲罐費バe,ン叢㌶灘鷺穣嚢iぽ㌶ 譲欝籔讃㌶へ鈴㌘琴入れ ③病醗絵食の改善 ④服薬指導の改釜 S91 社会福祉学会発表(2004年)まとめ 「自立を困難にされている」ことの原因を解明し、 そのような状態(要援助者)になることを防ぐため の方策を明らかにする学問分野として、一予防福 祉学、}が成立・発展する可能性を検討した。すで に国内では介護福祉問題を中心に「予防福祉」、 海外ではpreventive social welfare, preventlve s㏄ial workという名称での使用がされていること が判明した。そうした分野を科学としての社会福 祉学の一大領域にするためには、各種社会科学 的方法と共に、医学分野で繁用されている疫学の 方法を活用することが有効であると考えられた。    被宝者福祉学の必要性 ・片平は、現在、「社会福祉学」を「要援助者への社会  的支援のあり方を解明する学問」と考えている。 ’騎當暑〕1犠(鵠閨鷺繁蟹ξ1□  「被審者」を加えるべき。 ’讐蓑冑巳ミ縫鍵鷹薩1躍三蘇ξ㎏  の「自然災害」や、戦争・テロ・暴力・公害・薬害・社会  的な事故等「社会災害」の被害者も含むべきである。  以上から、今後、「z麗苔者福祉学1論1」の確立が必要 S88   私の座右銘(自作) 「困難が大きいほど、 それを乗り越えた時 の展望は大きく拓ける」  (人生は登山の如し) ご清聴ありがとう ございました!  Thank you for your kind attention! S92

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金沢地裁での証言(1974年) ・「北陸中日新聞」1974年3月23日

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東洋大学最終講義・2010年3月20日./片平例彦  Stop!Clioquinol in HonKong ・South China MorningPost(1980・1・8 Hon.gkong)       ヨア コへ   

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       e 寒 さ  。、          殻Ω亘、、       “        生    ,し 朝日新聞1979年9月18日 三芳   蔭嘉 ㍍㊨ぱ   喜   、令否C、ん“ ,   W  さ唐  雲 Wき迄 W 奨  ♂⇔「弟  Sざ 情旙裟ダ・㌦.Z員  r ・苔.εが  警摸      × 3文      築㎡     曇習 “     ぶ     ‖    苔 療薗 免   辻         力古君み’ ▼  望穎け 5  竃    ・ 誉      姦   賠ばw        べ ♪      ㌶、   、嘗   蔭  ぺ 〜   湾よ斉 .馨羅姦箋力 灘 ま 叫    、 〕ムタ、 W  舞伽身差∬ S14 薬害エイズ被害者の調査 片平らは、まだマスコミであまり取り上げられてい ない1992年から被害者の実態調査を行った。薬 害スモンは初期に感染症と間違えられて患者は 多大な被害を被ったが、トIIVはまさに感染症であ り、初期の異常なマスコミの報道もあって、偏見・ 差別によるすさまじい被害の一部が明らかに なった。患者への告知の遅れによる二次・三次 感染被害についても調査し、「両親と2人の子供、 つまり一家4人が感染被蜜者」という家族との衝 撃的な出会いも経験した。 i8 S18  薬害と国民の健康 一キノホルム薬害を事例として一      片平洌彦 1. 自然的原因と社会的原因  産業廃棄物による公害と同様に、薬害にも自然的原因(原因  物質)と社会的原因がある。医療のためどうしても必要不可  欠であるという場合を除いて、原因物質を摘発しこれを使用  禁止にすれば、個々の薬害の発生は止まる。しかしそれだけ  では足りないのである。なぜなら表1に示されたような薬害の  多発からも考えられるように、その物質(薬)をまさに原因とし  て作用させた社会的な仕組み、メカニズムが残っているかぎ  り、問題iま形を変えて現れてくるからである。 飯淵康雄・野村拓編「生活と健康5つの視点からの展開」        篠原出版,1976年 C【-ur」rerlt condit豆o口s of t】-e secen〔』ry or the tertiary HIV-in fected victims related to HIV一輌n fected hemophiliacs in Japari × K」、’lAHTR、.F. T八Kべ⊂コへF.11 btJtVLd≒プ1   1 ‘」、’ A〔 吟 ’  .連晴⊃‘’ 「   、t  、 K  r トさζ)甲 A‥ ・ ・.@F【‘「       ’ぞこ,”    ‘ruぴ 、’∨,i 巣n乙’.@mttd’=’1ゴハ  ’  ”    「tt-t・「 ’ ・’吟ut■   「♂    ・‘    戸    =  .tkttマ.」.  ‘ s“Nzaxヤ  t.づ ス’ ヨttt      コ ny itv tlt■ トtt t     ロRJktJ■,s  t,ーり/■q   コ ぱ ニ  UtUコ ヨ     麟:繋灘鷲三藻羅i三三癬竺 ほ三.,、:三二  ・:≡:=三三≡1τ~二’::一::.三:言 AIos S15 S19 水俣病問題への取組み ・1980年:園田先生らと、水俣市内A地区の  健康調査。認定群と棄却群とに殆ど差なし ・1981年:上記調査を薬学会で発表しようと  したら、学会長が発表拒否。多くの支援で  発表し、マスコミが発表内容を報道。 ・1986年:関東に移住した患者実態調査。 ・1988年:関西に移住した患者実態調査。 ・1988年:国際フォーラムで発表。 10 薬害エイズの国際的ひろがり     (1996年現在) 被害者発生報告国:56ケ国 報告総数:16,766人 報告数の多い国1アメリカー4,864人         日 本一1,792人         (2004年3月:L432人)         ブラジルー1,577人         ドイツー1,377人         フランスー1,300人 被害者総数:推定30,000~40,000人 S16 S20

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東洋大学社会福祉研究 第5号t2010年8月・ 3.薬害エイズ事件  水俣病の調査をしている問に進行していたのは、 薬害エイズの問題でした。この問題については、 私は、発生初期の段階で、「もしこれが薬害が原因 だったら、スモン以来の「大仕事』になる」、と思っ たのですが、スモンと違って、今度は紛れもなく「感 染症」だというので、「では私の仕事ではない」と 思ってしまいました。その当時、血友病とか、血 液製剤のことを知っていたら、「また薬害!」とい う危機感を持って取り組んでいたと思います。  そういう反省のもとに、被害者の実態調査に取 り組みました。一般に、患者・被害者対象の社会 調査は、対象者のプライバシー保護に注意を払わ ねばなりませんが、薬害エイズ問題では、初期に 異常なマスコミ報道があり、調査に伴う情報管理 には、細心の注意が必要でした。S18には、私が経 験した「一家4人が被害者」という、衝撃的な調査 のことを記しました。なぜ4人かというと、二人の 子供が血友病で、家庭で注射をした母親が針刺し 事故で感染し、その母親から父親に感染したとい うことで、弁護士と一緒に伺いましたが、本当に 辛い調査でした。そうした「二次感染、三次感染」 の調査結果をまとめて、ジュネーブで開催された 国際エイズ会議で発表しました(S19)。  薬害エイズの被害をおおまかにまとめると、S20 のようになります。日本の数字が下方修正されて いるのは、集計でダブルカウントがあったという ことです,薬害エイズ被害が、世界各国で多数起 きてしまったというのなら、それは仕方のないこ とかもしれません。しかし、S21に示したように、 北欧の国々では、被害者を少数にとどめていますa クリオ製剤というのは、1~2人の血液から作る血 液製剤で、大量の血液をプールして作る濃縮製剤 とは、感染の危険率が大変低い製剤です。日本でも、 そうし製剤への転換が検討されたのですが、安倍 医師が反対したと伝えられています。S21が示して いるもう一つの教訓は、血液事業の国内自給体制 の確立ということで、薬害エイズ事件の惨禍を経 て、日本もようやく「原則自給」となりました.  薬害事件は、犯罪的な事実が後で明らかになる ことがあります。S22はそのひとつで、米国での調 査から、被告製薬会社は、社内では血液製剤の危 険性情報を伝えていながら、社外、患者向けには、 「証拠はどこにもない」「従来通りの治療をすべき」 などと虚偽の情報を伝えていました.これはまこ とに犯罪的なことで、閻魔様に舌を抜かれるべき 呆れた事実と言うべきです。そうした事実も含め、 調査研究で解明されたことを国民に知らせるべき と考え、関係者が協力して、「薬害根絶フォーラム」 を1996年1月に開催しました。S23はその報告をも とにまとめた本の紹介です。 4.ソリブジン事件  帯状庖疹の薬として開発されたソリブジン(商 品名ユースビル)と、フルオロウラシル(FU)系 抗がん剤との併用投与による相互作用で、発売か ら1カ月の間にバタバタと14人も死者を出したソリ ブジン事件も、スライドは3つしか入れていませ んが、マスコミで大きく報道された薬害事件です。 この事件は、ソリブジンの毒性による薬害ではな く、ソリブジンがFU系抗がん剤の代謝を妨げて、 抗がん剤の毒性が高まることによる薬害です。そ うしたことが起きることは、臨床試験の段階から、 すでに予見できていました。  S25は、 S24の報道の後に私が入手した「第2相臨 床試験」の長文の報告のうち、重要な部分を選ん で1枚のスライドにしたものです。7の安全性の箇 所で、⑦「本剤の高い安全性が認められた。」と結 論づけた後に、なお書きとして、②一人死亡した 人がいて、その経過を記し、死亡原因として、③ 「抗癌剤等の併用薬剤による影響」等種々の原因が 考えられたが、④「剖検によっても直接の原因は 不明であった。」と記しています。  皆さん、この「論文」の「論理」は正しいでしょ うか? ④から、①の結論が得られるでしょうか? 一そう、ここだけ読んだだけで、正しくないとわ かりますね。④により、「併用薬剤による影響」は 否定できないのですから、⑦のようなことを結論 付けることはできないのです。このような非科学 的な「論文」を書く方も書く方、突き返さずに雑 誌に載せる方も載せる方、そして、こうした「論文」 の提出を受けて、審査で承認する方も承認する方 です! まさに、薬害を起こす構造が、明瞭に現 れていると思います。

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東洋×学最終講義〔2010年3月20日’./片平~列彦  そして、製薬会社が「知っていた」という決定 的な「証拠」がS26です。販売会社日本商事がMR (学術販売担当員)向けに作成した「教育用テキス ト」には、「ユースビル錠とフルオロウラシル系抗 癌剤との併用は、最悪の場合、死に至る恐れがあ ります,」と、まさに明確に記載されていましたr ところが、このテキストには、「社内資料」「社外 秘」のマークがされていました。この情報を最も 必要とするのは患者であり、また、医療機関でし たf,生命にかかわる最重要な情報を、なぜ「社外 秘」としたのでしょうか? テキストには、「MR 活動先ではこの注意事項を必ず告げてDr、に注意を 促して下さい。」と記してはありますが、それなら、 「社外秘」にすることはできないはずです。それと も、医師は「社外の人ではない」ということなの でしょうか? ユースビル錠の添付文書では、「併 用投与を避けること」という、まさに控え目な「注 意」がされていました。しかし、こうした「重大 な副作用」は、「絶対に併用しないこと」と書くべ きであったと思います。 薬害エイズの国際的ひろがり    (1996年現在) 被害者発生報告国:56ケ国 報告総数:16,766人 報告数の多い国:アメリカー4,864人        日 本一1,792人        (2004年3月:1.432人)        ブラジルー1,577人        ドイツー1,377人        フランスー1,300人 被害者総数1推定30,000・v40,000人 S20 エイズ薬害被害を少数にとどめた国 フィンランド  血友病患者213人のうち  HIV感染者は2人く約]%)  理由:クリオ製剤を国内自給し使用 ノルウェー  血友病患者334人のうち  HIV感染者は21人(約6%)  理由:1982年迄クリオ製剤を使用     1982年から濃縮製剤を塗給  。 S21 薬害エイズ被害者の調査 片平らは、まだマスコミであまり取り上げられてい ない1992年から被害者の実態調査を行った。薬 害スモンは初期に感染症と間違えられて患者は 多大な被害を被ったが、HIVはまさに感染症であ り、初期の異常なマスコミの報道もあって、偏見・ 差別によるすさまじい被害の一部が明らかに なった。患者への告知の遅れによる二次・三次 感染被害についても調査し、r両穎と2人の子懲、 っまり一熟人が感染被害者』という家族との衝 撃的な出会いも経験した。 18    製薬会社の”二枚舌“ カッター(現・バイエル)社の文書から 社内では 1982年12月 Ojalaのレター 血液製剤によるエイズ伝播は、 明確に示されたわけではない が、そ●互紘性 示す証 が 存在する。 1983年8月 「エイズシナリオ」 最悪の場合は血友病患者は 1988年までに事実上全員がエ イズに罹る亘能性があ一6。. 社外(患者向け)では 1983年5月広報誌ECHO英語版 エイズがクリオや濃縮製剤により 伝播されることは、可能ではある が、何のt もtiい L983年8月広報誌ECHO英語版 AIDSがたとえ可能性があるにし ても、クリオや濃縮製剤によって 感染されるということを示す証拠  “ここ ない 睾  ’  “お り⊥血置製灘を輸注L座 き.. S18 S22 Cしtrrent conditiol-s ofthe seCOndary or血e tρrtia互y lHIV-infected vietims related to HτV-hlfヒcted hemoph且iacs血Japan トこにAI H,R  F、「、事こ  ・事 H㌔∪∠∪ヒ㌔↓叫 」   、A -r  tiT vへ ff「⊃tニー 匹t匹いμ、 A,DS 「薬害エイズはなぜ起きたか」 薬害根絶フォーラム編 桐書房 1996年発行 餓,、笈・三-ー将.ぷ 燈  騰

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東洋大学社会福祉研究 第5号‘2010年8月1 韻     ≡三    昔 ・z足.lkl不._

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朝日新聞1993年ll月25日 悼       199さ ’T,tTe.11.925i ス冨巨   3eフ≡  .Ofl1 皮膚病薬「ソリブジン」 発売からーヵ月で 菖.異  三.剋兵・  甲 ろ =  .日誌恒.山曇き 轟 ム藁㌢   キ頁き 甕蚕ぽま誇ら  莞ぽ裾  戊=.き肖   Z〃ぷ・  影て,    ‘  . 鍾   ’      π苞  、‘. ’芒早ピ 隻  W<桧.   垣       アC        複皆   子条.;一ぺ 善 で ≦ヒマー〔三 卿㌔”粂」.e, 乙£と牛き.」.、 た  土れふ・碧 胡上 ’.三 套 舜  」 んを等 て S  “    ・ 声 動 隻 「

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抗がん剤との併用投与 S24 S28 「薬害ヤコブ病」被害者調査 2004年7-9月に日本の「薬害ヤコブ病訴訟」の 原告85人の主たる介護者を対象に調査票の郵 送調査を行った。57人(67%)から回答があり、う ち53人が遺族であった。 ヤコブ病発症・死亡により家族に対し大きな影 響・被害があり、その被害は現在も続いているこ との一端が明らかになった。 今後、ヤコブ病患者・家族に対する保健・医療・ 看護・介護・福祉の各面にわたる適切な支援策 の検討が必要である。 (上田宗、片平洌彦、牧野忠康、益川順子2004) ←(D ←一② ←(9 ←④・ 990年 ぷ禄摯≡言斎豫≡=癬「三三:蕊三蒜≡灘= S25 S29 脳硬膜承認(1973年)の違法性  手続きの上で 61年の薬務局長通知に反し、臨床試験も行わず、  中薬審に諮らず事務的に承認 2内容上 「病原微生物により汚染され、または汚染されて  いるおそれのある医療用具」は薬事法で輸入・  販売は禁じられているのに、ドナー選定の確認も、  「滅菌」の有効性の確認もしていない。 S26

毎日新聞2002年3月ll日 5    ヨs’婬 「トoぼ抽〔斌日W ぶぽパ嫁 嘉葺冊慧.・ …ピム芸」必茅、桧 鍾罵量タ      匠 ン嚢      忌い.     心§蕾} =寧.石こ、愈㌣褒畜い馨荒工 墓き・葦裏蓑・2.を

萎≠、乏♀識亘量曇、 竺馨彊で藁曇“し.蕎 辞懇手纏鑓涼襲債函 .懸霞話斑暮雛纏畷 と一 一薯豊華肇拳蔓曇竃罪 、〃纏ゼ曇糞薫紗皐謝 賠黙〔鍵難駐亘鍵頴融雛一で ≒搭幕.て闇芸讐蒙覆雇ブ 藁嶺に量      量養 翌蒙稜寵z彦豊}墨霧コ 謬翼亘戴露暴「ヤ 酒蕪襲咽二聾餐藍欝 義黒藷s謬菱二薬 轍⇔蚕鍛豪      、嘉霧宍蓄劣 ≧ 寮 オ可}r誉 二三墓菱薯 ビ藁”曇・

〔藁猛聾ぴ玩 霧醐爵詔 箋「.苦、塞講辰塑ξ 鳶一謹S房蒼芝趨“、一亭資 烏.?﨟@澤 套霧身二字哉〉 廷咋●竃二頚.…対を轟、童宴 葦菜、曇摯鰍鵠∀藷芸 曇壷窒   {桑⊆藁、頗 曇ぽ・彊. よ誓蕉這め、 塁曇、秦毒㌔霧ゑ穎〉漂 勘狂§馨 コ緯鱈 躍二藝ぞf藷警躍議 保曽藁藝=.雲編誕護 熟§良「.で⇔量藷泊 曇」馬  ↑.〜三萎憂だ 声蓑 馨 蒙尊§ 語鍵露㌔.諸鍵 蜜  $ 辛みんなの広場 S30 表3-1医原性クロイツフェルト・ヤコブ病 感染源 国内報告数 感染経路・発病までの期間 器具 脳波電極 0 脳16~20ケ月 脳手術器具 0 脳18~28ヶ月 移植 角膜移植 1 眼16~18ケ月 硬膜移植 108 脳19~125ケ月 医薬品 成長ホルモン 0 皮下注射4~30年 ゴナドトロピン 0 皮下注射12年 山内一也・小野寺節ブリオン病.近代出版.199bを参考に作成     短薮 審鐸墓子・鎮 羅惑錬熔選営・遮轟妾、箸選㌦’・土克駕.2卑ぽ3、 タベ 圃工夷に赦鞭ビリて啓生劣に  たて?きいると吐息つかれ S27 餅… ケむ願いに君のひたすら.の 月日また薬謁の幾う等ーみ S31

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S32 S33 S34 S35 東洋大学最終講義‘2010年3月20日 /片平例彦 5.薬害ヤコブ病事件  S27~35は、「医原性クロイツフェルト・ヤコブ 病(CJD)」(薬害ヤコブ病、以下「ヤコブ病」)に 関するスライドです。CJDは、いったん発病すると、 急速に脳の症状が進行し、死亡率が極めて高い神 経難病です,従来は、「孤発性」と呼ばれ、原因不 明の場合が多かったのですが、S27に示されている ように、医療の場で発生する「医原性」の例があ ること、その本態は「異常プリオン」によることも、 次第に明らかになってきました。日本では、特に 硬膜移植による被害者が多く、この表では108人に なっていますが、最新の数字では、135人までになっ ています。これらの被害者の被害原因は、ドイツ から輸入していた硬膜(商品名ライオデュラ)が、 ヒトの死体から採取した硬膜を原料としていて、 その硬膜が異常プリオンに汚染されていたためで あることが明らかになっています。  S28は2004年に実施した被害者調査の概要で、回 答者57人中53人がその時点で死亡していたことが わかります.この事件も、いろいろ調べていくと、 早くから硬膜の危険性がわかっていたのに、適切 な対策をとっていなかったことがわかりました。 S29には、硬膜を日本で承認したのは1973年です が、この時点で、承認の手続きの上でも内容上も、 「違法性」があったことをまとめました。もちろん、 そのことの詳細は論文にしています。そして、訴 訟で、被告国がその責任が生ずるのは1987年以降 として「線切り」をしようとした時は、前記の理 由から「それは違う」として、その内容を中心に、 毎日新聞の週1回しかない「発言席」にて発言しま した(S30)。  結局、訴訟の和解ではそうした原告側の主張が 認められ、全被害者救済の道が開かれました、S31 は、論文の翻訳等でお手伝いいただいていた木塚 さんという人が、朝日歌壇に短歌を寄せていて、 その和解のことも含め、薬害問題に寄せる思いを 記したものを紹介させていただきました。S32は、 和解の結果出来た被害者支援の「ヤコブ病サポー トネットワーク」のリーフレット、S33は和解の前 に英国の学者・関係者をよんで一橋大学で開催し た国際シンポジウムのポスター、S34は2002年に

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東洋大学社会福祉研究 第5号(2010年8月 真、そしてS35は2006年に米国で開催のファミリー カンファレンスに行った時の写真です。CJD問題 を国際的にみると、米国では孤発性、英国では BSE関連の変異型、豪州ではホルモン剤、そして 日本では硬膜、という特徴があり、それぞれの国 が国際的に連帯して、この難病に立ち向かう態勢 が作られました。 6.重症型薬疹  S36・37は、「風邪薬でも稀ではあるが起きるこ とがあり、早期に発見し服薬を中止しないと、場 合によっては命にかかわることもある」重症型薬 疹について、患者会を通じての実態調査をした結 果の新聞報道、そしてその初期症状についての添 付文書の記載と調査の結果です。この実態調査は、 東洋大学の私のゼミに参加する4年生たちが卒論で 取り組み、「初の実態調査」をして、患者会の働き かけで国会でも取り上げられ、副作用救済制度が 改善されたり、難病に指定されるという成果につ ながりました。

7.薬害C型肝炎事件

 S38~47は、薬害C型肝炎事件関係のスライド です。この薬害は、S38に記載したように、血液製 剤がC型肝炎ウイルスに汚染されていたために起 きた事件ですが、スモンをはるかに凌ぐ「戦後最 大の薬害」と考えられ、訴訟は5地裁で進められま したが、すでに和解が成立しており、関連の法律 も成立しています。  この薬害についても、私は被害実態や加害構造 の解明、そして現在も国・社会の課題である被 害者早期発見の問題等の課題に取り組みました (S39)。2005年に行った全国的な被害実態調査につ いては、S40のような報道がなされましたc加害 構造に関しては、それまでの薬害事件と基本的に は同様というか、勝るとも劣らないというか、ま さに呆れかえる事実が出てきました。それは、当 該の血液製剤を販売する前から、それらによって 肝炎に感染する危険性を被告企業の少なくとも社 長格の人は「知っていた」のに、適切な対策を取 らずに製剤を販売していた、という事実です。す なわち、被告旧ミドリ十字の創設者内藤良一氏は、 血液製剤販売開始(1964年)の前年に、学会誌に おいて、血液製剤が肝炎ウイルスに汚染されてい る可能性があり、「肝炎災害が起きている」こと、 その対策として紫外線照射は無効だと米国の学者 から指摘されたと記していた(S41)のです。そし て、その学者(Strumia)の論文を読むと、血漿の 「ドナー選択」をすることが、対策として有効、と いうことがわかります。ところが、旧ミドリ十字は、 そうした対策を取らずに、「無効」な紫外線照射を するなどして、血液製剤の販売を続けたのです(S42 ~45)。内藤良一という人の略歴をS46に記しま したが、戦時中に「石井機関」つまり、かの731部 隊の要職についていて、戦後は米国への極秘資料 提供と引き換えに戦争責任を免れていた人物です, 一般に、製薬企業は、Merchant of Lifeつまり、 病人に生きるための医薬品を提供する「生の商人」 というイメージがありますが、これではMerchant of Deathつまり、「死の商人」と呼ばれても仕方 ないのではないでしょうか。  S47は、「和解」後も、全被害者・患者救済の闘 いは続くとして、被害者の実態や被害の原因等に ついて、原告団が編集し桐書房から出版した本の 表紙です。副題に、「350万人の願いをかかげて」 と記されています。私も依頼されて、被害の原因 と責任について原稿を書きました。

8.薬害B型肝炎事件

 S48は、集団予防接種を通じて多数の人がB型肝 炎に感染させられた「薬害B型肝炎事件」について の略年表です。この事件は、2006年に、札幌地裁 提訴の5人が最高裁で全面勝訴の判決を受けたので すが、国は「賠償するのはその5人だけ」として、 その他の多数の被害者に対し対応しなかったため、 全国各地で提訴が続いています。今年になり札幌 地裁等が和解を勧告しましたが、和解協議は難航 しています。S49は、それらの提訴者の一人が福 岡地裁で陳述した内容の概要です。字数の制約で 要点しか書けませんが、私はこの陳述書を読んで、 涙が出るのを禁じ得ませんでした。母子手帳等の 証明がない場合、因果関係の判定が難しいかもし れませんが、「疑わしきは救済する.の考えに立っ ての迅速な対応が求められています,

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東洋大学最終講i義・:2010年3月20日 /片平例彦   ユースビル教育用テキスト(抜粋) 一、          1993年7月         社外’       日本商事株式会社学術部 C相互作用  使用上の注意にフルオロウラシル系薬剤との併用禁忌が記載されておりま  す.MR活動先ではこの注意事項を必ず告げてDrに注意を促して下さい.  ユースビル錠はフルオロウラシル系抗癌剤の毒性を増強させまY。ユースピ  ル錠とフルオロウラシル系頗癌剤との併用は、談悪の場禽、死に至る恐れ  があり蒙す. ・毒性増強のメカニズム  ユースビル鑓ソリブジン)の代謝分解物〔B∨∪〉が5FUの代謝分解を妨げ、  5FUの血中濃度を毒性を示す濃度まで高めるためと考えられますtt

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      代謝分解       ソリブジン      日VD          代謝分解        ごo       被害実態調査 ・読売新聞2006年2月19日  一三≡£.≡凄㈱訓x亘~竺一   St   醇w   M

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S36 lf] S40 重症型薬疹(SJS, TEN)の初期症状 1)医薬品の添付文書の記載: {’ tMを伴って、発疹・発赤、火傷糠の水ぶくれ等  の激しい症状が、全身の皮麟、Nや目の結膜に  あらわれる」ことが稀にある。 2)片平らの51人対象の調査(2002年)では、 ・高熱が出て、その後に発疹が出た(39%) ・発熱・発疹・粘膜疹が同時に出た(26%) ・発疹が出て、その後に高熱が出た(22%) 37 「紫外線照射は殆ど無効」で「肝炎災 害」が起きていると1963年に記載 旧ミドリ十字の創設者内藤良一社長は、1963年の 「B本産科婦人科学会雑誌」において、乾燥人血漿に よる肝炎発生率・死亡率の数値を紹介した後、紫外線 照§郵ま肝炎ウイルスの不活化にはぎ殆ど無効,ilと SUumiaから1958年に指摘されたことを紹介し、[肝炎 災害」が起きていたという認識に立って、「その罪業の 深さを痛感する」などと記載をしていた。 41 S37 S41 「薬害C型肝炎」事件 ・血液製剤であるフK7Vノゲン(以下戸製熱と鏡  区因子裟難の使用による肝炎感染被害事件。 ・被害者は1万数千~30万人規模と推定され、「戦  後最大」の菜害, ・裁判は2002年から東京、大阪等全国5地裁で進  められ、06~0フ年に、4地裁で基本的に原告勝  訴0)判決.2aOg年に国・企業と和解。 ・2009年H月に「肝炎対策基本法」織定。 ぷ ③一2.「紫外線照射は無効」 S[rumiaらの比較データ(1958年)        輸血患者群       非翰血患者群      有効回答数 肝炎例 有意差 有効回答数        (人) 〔人)(%)      (人) プール血漿      tb40 16(0.e7) (41年12月~49年11月) プール血漿・紫外線照射川τ3 16(に↓9) (49年t2月~52年4月) 非プー一ル・非照射血漿  1273 11(e.8S) (52年5月~54年7月) 同・ドナー選択血漿   1096 1(oog) 〔S4年9月~56年7月)

    肝炎例     (人)(%) 208斗     2〔0、0リ) 1474     1〔007} 0   0 11R, )-   i(0.09) [St「munUl MMet at・Am・J・CITn・Path・・3〔}〔2)1rsi±]9S8」 S38 S42 薬害C型肝炎に関する調査(2。。3・.2。1。) A)東京地裁の原告4人の被害実態調査(面接)2003年9~11月  片平ら、東洋大学HIRC 21年報、2004年3月 B)福岡地裁提訴の原告10名の被害実態調査(面接)2005年2月  下記のDに含め報告 C)被害者の早期発見における医療機関の役割 2005年2月  片平ら、第46回日本社会医学会報告、2005年6月、仙台 D)全国の原告62人の被害実態調査(郵送)2005年2~4月  安井ら、第46回日本社会医学会報告、20r〕5年6月、仙台 E)加害構造の解明  片平洌彦、第47回日本社会医学会報告、2006年7月、徳島  片平ら、第33回日本保健医療社会学会、2007年5月、新潟  片平洌彦、東洋大学HIRC 21年報、2006~2007年ほか F)全国被害者実態調査(厚生労働省堀内班)2009~10年 /一)      危険知りつつ販売 ・しんぶん赤旗2006年2月26日   K       二t<c-2-’ls  Lべ .1t和豆  【, 危険智 藝竈告落書れ .、ど■㌔零.一・一〃 e声己・董二 「量゜挺ヂ」声土量 国屠賢雲、旧= w°睾副董.・,了 庁バε亡-岡∂O 一π.≡≡辱蓋 留曇寿亨習‘ 皇↑’\㌔、君」 藁壺.裏ごた ・「・ヌ喜〉〉 元’.き一雲●喬7ご 畜=葺這一畜峯欲. 司零-e兵口 =曇; 爵‡ロエ▲萎.宅三断  ユ¶二ξ盾一‘T. 芦  庄「廷皇一.弁君樫.亡占  Zき妄㌔喜皐孟 =Zき元せ、土三c. せ謬星躍験卓蓋茸亘 「望置墨「、症喜雲吉 W翼培這穗モ宴蒼6・、宕゜ 民雪、ひロ王二苧蓉みヂコ {㍍二菱己アエ. 測 予 を 数 者 亡 死 ■ 染 感 解 舩        り

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東洋大学社会福祉研究 第5号(2010年8月}      薬害C型肝炎訴訟での     Stmmia論文発見の意義 この論文は、以下のことを指摘している。  輸血により重篤・致死的な血清肝炎が起きること。8M病院で  は、過去]3年に叔人の肝炎患者が発生し、うち3入死亡, 2紫外線照射が肝炎ウイルス不活化には無効であること.. 3プール血漿も肝炎リスクが高いこと。 4肝機能強査でドナー選択した非プール血漿のリスクは抵いこ  とtt この論文を内藤奪務は読んでいたが、ト剤には紫外線照射を 用い続け、トごナー一選劉ま「ξ目内売血田来血漿iま医部の間診をし ていた防みで、有効な対策は取らなかった. S44 「薬害B型肝炎」事件 ・1948年予防接種法施行 ・1953年世界保健機関(WHO)が注射器の使い     回しの危険性を警告 ・1988年厚生省が「注射器1人1筒」通達 ・1988年5人の患者が札幌地裁に提訴 ・2006年5人が最高裁で全面勝訴 ・2009年6月迄に320人が全国10地裁提訴 ・2010年札幌地裁が和解勧告、政府も前向き? S48 ■ 一「 製萎社も把握 窪曇カ一エ⇔・‡§ヰ{. 「窪ぼ誓』轟≠.ぶ一’ー e≒㌔、      E匡} …“嚢璽.ぬ一コ広4≒. ↓7ーケ● 〉・嘉き・.!一「き亡 皇⌒秦ま −悪’8・日≠い苛≠ま]一菖,﹁㌔﹂.r泉但4s       汚   ぎ米医学雑誌に論文 ‥、?A轟聾輔嚢麗一誌…8 .ξ置直厘胃’・ピ「・ダ含蔓曽「戸奉・犀 」一藝是       ●蛋葦パ( ・量,⊥ 捲露ぎ需. 函iP一ヱ 嵩’望(需頃 ☆居’暑た緬 三套” 、」フ」.心 曇曇  ヲマ  ドぴ   あきくき 罵藷墾.藷 るず  ぢきヨづま 而弩ロ諺幾巧轟講 W璽「u-簑」云ε,■息 墾葵蓄,町墾声、琶 唐vき》(累ほ  き “(.差雪●ヨハて

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S45  B型肝炎訴訟原告Aさんの訴え      (2009年2月,福岡地裁) ・20代で結婚し農家の嫁として働く。  長男出産時,B型肝炎感染が判明。  次男出産時,B型肝炎の危険性を知らされ,夫と義父母に伝え  た。義父母は「死ぬ病気を家族にまき散らす嫁」としてAさんをな  じり,親戚中から罵声を浴び、夫と共に家出を余儀なくされたa  第三子は悩んだあげく,中絶。 ・40代で肝炎発症,家事も困難になり,離婚。 ・長男が母子感染と判明。「肝炎は私から何もかも奪った」  法廷で実名公表。「家族を恨んできたが,彼等も予防接種の犠  牲になった」と述べる。  同じ思いの多くの患者の救済を訴える。    (B型肝炎原告陳述集「もう待てない」2009年5月 より) S49 内藤良一という人物 ・1931年京大医学部卒業、陸軍入り ・1937~39年ドイツと米国で研究 ・戦時中、「石井機関」の要となり、戦後、免責に ・戦後、ミドリ十字を創設、専務⇒社長⇒会長にな  る ・1977年勲三等旭日中綬章 ・1982年逝去 「生の商人」? 「死の商人」? 」で       薬害イレッサ事件 ・20臓年フ月 国内外の臨床試験で聞質性鱈炎の報合

礫銚霧曇㌦議藤議識舗羨㌣界

・ 同8月 臨床試験INTACTで延命効果なし ・ 同 正0月 厚生労働省が緊急安全性情報 ・2004年7~lI月 大阪と東京で遺族が提訴 ・2007年2月 「承認条件」であった国内臨床試験の結  果、「ドセタキセルに優先してイレッサ投与を積極的  に選択する根拠なし」と厚生労働省が結論。結局、こ  の時期までに海外と国内での5つの試験で延命効果  なしと結論。 ・2009年報告のIPASS試験では、「無増悪生存期間」  延長と。 e2(}n9年i;貝までに蓬本ての死亡が799人と報告       、(1 S46 S50   「薬害肝炎とのたたかい 一350万人の願いをかかげて一」 呆害肝炎との たたえも っグらむぞぶシ うまぶかヘド     .F㌢\⇒☆      噛・「’〔、 津劔.鱈.へ 薬害肝炎全国原告団 出版委員会編 桐書房 2009年刊行 4. 9.イレッサ薬害事件  S50は日本で世界に先駆けて承認を受け販売され た「分子標的薬」の抗がん剤イレッサによる薬害 事件の略年表です。抗がん剤は、概して副作用が 強いのですが、この薬は、副作用の少ない、いわ ば「夢の新薬」として売りだされました。ところが、 臨床試験段階で致死的な間質性肺炎等の肺傷害の 副作用報告が出されていたのに、また、延命効果 S47 が存在するという明確なデータがでておらず、有

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東洋大学最終講義;2010年3月20日ノ/片平1列彦 効性も未立証なのに、市販後に立証されれば良い という「承認条件」付きで、この薬は承認された のです。そして、服用後の死亡報告は2009年ll月 までに約800人となる一方、「承認条件」も満たさ れていないのに、この「薬」は、日本では格別の 規制を受けることなく、未だに使用されているの です。 10.タミフル薬害事件  S51~54は、インフルエンザの、これも「特効 薬」として使用されてきたタミフルによる薬害事 件関連のスライドです。S51は略年表ですが、異常 行動について、2004年に「重大な副作用」として 添付文書に記載したこと、その後、国の研究班(横 田俊平班長)は因果関係を否定する報告をしたが、 2007年2月に転落報告が相次ぎ、3月には「10代へ の処方を原則禁止したこと、2009年4月には、再編 された国の研究班(廣田良夫班長)が、「因果関係 は否定できず」と報告したこと等を記しました. 異常行動との因果関係を示すデータとして、たと えば浜六郎医師は、S52のような図を提示しており、 発熱初日の昼の時点で比較すると、異常行動全体、 おびえ・恐怖、幻聴・幻覚、突然大声、怒り出す、 いずれも、タミフル使用群の方が有意に高率であ ることが示されています。タミフルの重大な副作 用としては、このほか、突然死等との関係も指摘 されています。S53はタミフルの処方箋数からの推 定使用患者数で、何と日本が米国の4倍、世界の8 割を占め、その他英国等6か国を合わせても日本の 4%未満という、驚くべき数字が示されています。 こんなに多数の人に使用したのでは、キノホルム 薬害と同様、「タミフル薬害は主要に日本での問 題」となっても当然、ということではないでしょ うか。そうした「タミフル薬害」の諸問題につい て、2009年2月に私が編・著者となって発行したの がS54の本で、あまり売れてないようですが、ぜ ひお読みください。 11.薬害問題研究のまとめ  以上の「事例研究」の結果に基づいて、「薬害多 発の社会的要因」につきまとめると、S55のように しいとすれば、今後の薬害防止のためには、(1)記 載の要因を押さえ、(2)の要因を強化することが 必要、ということになります。  S56は、国が悲惨な薬害を「再び繰り返さない」 を何と5回も繰り返したということについて記しま した一未解決のB型肝炎、イレッサ、タミフル等の 事件でも、同様のことを繰り返すことになること が予想されます。スライドの字数制約から考える と、せめて2枚で済むようにしたいですね(苦笑)。  厚生労働省の入口左には、薬害エイズ事件を機 に、「誓いの碑」が建立されました丁碑には以下の ように記されています。  「命の尊さを心に刻みサリドマイド,スモン, HIV感染のような医薬品による悲惨な被害を再び 発生させることのないよう医薬品の安全性,有効 性の確保に最善の努力を重ねていくことをここに 銘記する。 千数百名もの感染者を出した「薬害 エイズ」事件、このような事件の発生を反省しこ の碑を建立した 平成11年8月 厚生省」  では、どうしたら、今後薬害を防止し、根絶で きるでしょうか?  薬害エイズ訴訟の和解が成立した1996年、私は 衆議院厚生委員会に専門家の一人として参考人招 致され、薬害対策のあり方について種々の提案を しました(S58。ビデオ映写は、岩佐恵美議員の 質問に答えて、企業と大学が、癒着することなく、 正しい協力関係を持つべきことを述べた部分).そ の提案全体をまとめたのがS59です,企業、行政、 医療、研究教育、司法が、それぞれ何をすべきか という観点からまとめました。これらの提案につ いては、その後具体化されているものもあります が、未だに実現していないものもあります.例え ば「政治献金を止める」ですが、ご承知のように、 議員個人への企業献金は禁止されましたが、政党 支部は受けて構わない、というように、未だに形 を変えて続けられています。こうしたことをなく さない限り、残念ながら薬害は形を変えて発生し 続けると言わざるを得ません。  今後も薬害が続くと予想されたら、それを手を 撲いて見ているわけにはいかず、出来る限り未然 に防止せねばなりませんr薬害エイズ事件の後、

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東洋大学社会福祉研究 第5号 2010年8月, ン会議」が発足しました(S60~63)。その活動の 概要はS60の通りですが、ここに書いていないこ ととしては、この活動は全くのボランティア活動 で手弁当ですが、ある医薬品の危険性情報に接し た時は、それを「見物」しているわけにはいかず、 まさに「時間との闘い」が生ずること、それでも 約20人のメンバーは、他の仕事等を犠牲にしてま で、情報・資料を収集し、諸活動をしてきた、と いう経過があります。そして、S61・62記載のように、 初期の目的を完全に達成した例もあれば、部分的 に達成した例もある、ということです。詳しく紹 介する時間がないので、詳細は、ネット検索で「薬 害オンブズパースン会議」という用語で検索して ください。  薬害根絶に向けての最近の「成果」としては、 「薬害肝炎検証委員会」の各委員の大変なご努力で、 「薬事行政を監視し提言・勧告をする公的な「第三 者組織」が、当面厚生労働省内にですが作ること が提言されたということです。このことは、薬事 審議会の委員に業界や行政関係者も任命されてい た時代から考えると、まさに「歴史の前進」と言 えます(S65)。そうしたことは、1996年に「サリ ドマイド復活」の問題でNHKクローズアップ現代 に出た時に私は強調しましたが(S64)、もちろん、 私のみならず、薬害問題に取り組んでいた人たち が異句同音に強調してきたことです。  薬害根絶のためには、教育の重要性も指摘され ています。私は、1974年以来、医・歯・薬・看・ 社会学等、合計20前後の大学等で薬害教育を行っ てきましたが、2002年の薬害ヤコブ病訴訟の和解 確認書では、薬害教育充実への努力が確認されま した。以後、文部科学省が、そうした教育をきち んと行っているかどうかを点検し続けていて、毎 年8月24日の「薬害根絶デー」では、その集計結果 が発表されています。これも、当然のことである とはいえ、歴史の前進と言えます(S66e67)。ヤ コブの確認書では、「医学・…  看護学等」とい う記載で、社会福祉学は入っていませんが、S67に 記したように、全国の福祉系大学では、薬害・公 害を含む「被害者支援の研究・教育」、つまり、「被 害者福祉学」の研究・教育を行うべきと、最近特 に痛感しておりますので、ここにお集まりの社会 福祉学関係者の皆様のご理解・ご協力をお願いす る次第です。  PART1の結論に行きたいと思います。 S68には 「薬害」の定義を記しておきました。「副作用問題」 と区別せず使っている人もいますが、「薬害」とい うのは、ここに記載しているように、優れて社会 的な概念で、社会的な人災なのです一ですから、 「副作用は避けられないことがあるが、薬害は避け られる、防止・根絶できる」と私は考え、発言し 続けています。S69がPART1の結論です。今後の 研究課題として、S70のような課題があります。最 後の「薬剤性認知症」の問題は、東大薬学部の澤 田康文教授がその著書で述べていることで、ずっ と気にしているのですが、目前の問題に追われて、 なかなか研究という形では着手できていません。 研究結果は、論文や著書等の形で社会に発信する ことが必要ですが、薬害の歴史を書いた「ノーモ ア薬害」も、1997年以降続々と新規の薬害が起き ているのに、改訂できていません。大変申し訳な いことで、退職後には時間が出来ると思いますの で、努力したいと思います。    タミフル薬害事件 ・Ol年2月タミフルカプセル発売開始 ・04年2月 岐阜の高校生がタミフル服用後飛び出 し、トラックにはねられ死亡。 ・瞬年6月 残常行動等を重大な副作用として添付 文書に記栽。 ・〈)6年lo月国の研究班、因果閤係を否定。 ・07年2月 10代4人、30代1人の転落報告 ・㌍年3月}0代への処方を原剛禁止 ・07年4月副作用1268人、死亡70人と報告 ・()8年フ月 函の廣田班が、葬服用群の方が異常 行動率が高いと報告。しかし、解析に問題あり。 ・⑪9年4月廣田班が、服用群がリスクがい54倍高 く、因果関係は否定できず」と報告 S51 発熱初日の昼における異常言動発症 割合の比較(タミフル未使用vs既使用) S52

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