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正当防衛における「自招侵害」の処理(1) 利用統計を見る

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松 山 大 学 論 集 第 21 巻 第 1 号 抜 刷 2009 年 4 月 発 行

正当防衛における「自招侵害」の処理 !

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正当防衛における「自招侵害」の処理 !

目 次 一 本稿の目的 二 判例における「侵害の急迫性」(積極的加害意思)と「防衛意 思」の関係 1 判例における「侵害の急迫性」の意義(以上,本号) 2 判例における「防衛意思」の意義 3 判例における「積極的加害意思」と「防衛意思」との関係 4 小括 三 最決昭和52年7月21日刑集31巻4号747頁以降において, 「自招侵害」を処理した下級審の動向 四 結論

一 本 稿 の 目 的

自招侵害とは,防衛者が自ら不正の侵害を招いて正当防衛の状況を作り出す ことをいう。1)2)この「自招侵害に対して正当防衛を認めてよいか」という問題 については,古くから論じられ,今なお議論されているが,3)その具体例とし て,例えば,正当防衛に名を借りて相手方に侵害を加える場合,4)または,故意 もしくは過失により相手方を挑発する場合5)を挙げることができる。 この点に関して,従来,わが国では,「意図的な挑発」を中心に議論がなさ れており,6)「挑発行為が過失か条件つき故意(未必の故意)でおこなわれた場 合」については,「かならずしもくわしく論じられていない」とされている。7) れゆえ,「ドイツの議論をも参考にして,今後,詳しく検討される必要のある 問題」と指摘されていたが,8)ドイツでは,意図的挑発とそれ以外の有責招致を

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分けて検討するのが「一般的な傾向」となっている。9)すなわち,正当防衛の挑 発(Notwehrprovokation)の事例に関して,ドイツの判例10)および通説11)は, 被攻撃者が「意図的に」(absichtlich)攻撃を引き起こしたのか,それとも「他 の何らかの非難可能な方法で」(sonstwie vorwerfbar)攻撃を引き起こしたのか によって,区別し,12)後者には,「故意的挑発および過失的挑発」が含まれると されているのである。13) このように,自招侵害と正当防衛の成否については,以上のような議論の状 況にある。そして,この点に関して,仮定的判断ではあるが,挑発行為者につ いて正当防衛権を認めた判例として,大正3年9月25日の大審院判決があ る。14)ここでは,被告人Ke と被害者 Ka とが闘争し,Ka が Ke の咽喉を締めた ので,Ke はこれを排除するため,食事に使っていた五寸ぐらいの箸で Ka の 面部右眼下を突き刺し,同人を死に到らしめた,という事例が問題となった が,15)大審院は,「被害者Ka ニ於テ先ツ手ヲ下シタリトノ事実ハ原判決ノ認メ サルトコロナルノミナラス刑法第三十六条ノ規定ニ依レハ不正ノ行為ニ因リ自 ラ侵害ヲ受クルニ至リタル場合ニ於テモ仍ホ正当防衛権ヲ行使スルコトヲ妨ケ サルヲ以テ仮ニ所論ノ如ク被害者Ka ニ於テ先ツ手ヲ下シタリトスルモ原判決 ノ判示シタル事実ナリトスレハ被告人Ke ニ正当防衛権ナキコト明白ナリト ス」とし,「本論旨ハ亦其理由ナシ」と判示した。これは,挑発行為者Ka に 正当防衛が認められるから,その「反射効」として防衛行為者Ke には正当防 衛権はないとするのであり,言い換えると,本件は,「故意による挑発行為と 正当防衛の問題として把握したうえで,挑発行為者の正当防衛権を一般的に肯 定している」と評価されている。16) ただし,戦前においても,大正14年10月22日に下された大阪控訴院判決 は,17)被告人が「K ニ加ヘタル暴行カ T ノ攻撃ヲ誘致シタル次第ナルヲ以テ」被 告人の「反撃ハ素ヨリ正当ナリト云フヘカラス」として正当防衛を否定してお り,18)判例の傾向としては,自招侵害の場合に正当防衛を認めることには「消 極的である」という指摘がなされていた。19) 238 松山大学論集 第21巻 第1号

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このような中,被告人が自らの暴行により相手方の攻撃を招き,これに対す る反撃として行った侵害行為について正当防衛を否定した最高裁決定が,平成 20年5月20日に下された。20)それゆえ,本決定の意義が重要になるが,これを 検討する上で,判例における「侵害の急迫性」の意義,昭和52年決定21)によっ て示された侵害の「急迫性の消極的要件」としての「積極的加害意思」と「防 衛の意思」の関係を整理しなければならない。22)すなわち,昭和52年決定は, 昭和46年判決23)を「さらに深化させ」,!当然またはほとんど確実に侵害が 予期されるとしても,直ちに侵害の急迫性が失われるわけではなく,"予期さ れる侵害の機会を利用し積極的に相手方に加害行為をする意思(積極的加害意 思)で侵害に臨んだ場合には,急迫性が失われることを明らかにしたものであ るが,24)このような判断の枠組みで解決できる事例はかなり多いとされてい る。25)そして,実務家から,意図的挑発の場合には,積極的加害意思を肯定す る旨の指摘があり,26)下級審判例では,実際に,積極的加害意思を判断する際 に侵害の自招性を考慮する判例も存在している。27)28) そこで,本稿では,上に示した平成20年決定の意義を検討する前提とし て,29)判例における「侵害の急迫性」の意義,昭和52年決定によって示された 侵害の「急迫性の消極的要件」としての「積極的加害意思」と「防衛の意思」 の関係を整理した上で,昭和52年決定以降に下された自招侵害に関する判例 の動向を分析することにする。 1)川端博『正当防衛権の再生』(平10年・1998年)93頁。 2)小林准教授は,「自招防衛とは形式的にみると正当防衛の要件が充足されているかにも 思える状況が存在するにもかかわらず,そのような状況を招致したことにつきなんらかの 責めに帰すべき事由が存在することを理由に,正当防衛の成立を制限するさまざまな考え 方を総称したものである」とされる(小林憲太郎「自招防衛と権利濫用説」『研修』716号 (平20年・2008年)3頁)。同准教授は,自招「防衛」という用語を用いておられるので, この点から,自招「防衛」は,従来の自招「侵害」とは異なる概念である,という含意が あると評価し得る。ただし,少なくとも,わが国では,自招「侵害」について,「形式的 正当防衛における「自招侵害」の処理# 239

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にみると正当防衛の要件が充足されているかにも思える状況が存在する」という限定が付 されていないことが多く(川端博『刑法総論講義』第2版(平18年・2006年)345頁, 前田雅英『刑法総論講義』第4版(平18年・2006年)330頁,浅田和茂『刑法総論』補 正版(平19年・2007年)234頁,井 田 良『講 義 刑 法 学・総 論』(平20年・2008年)288 頁,大"仁『刑法概説(総論)』第4版(平20年・2008年)385頁,曽根威彦『刑法総論』 第4版(平20年・2008年)102頁,山中敬一『刑法総論』第2版(平20年・2008年)483 頁,大谷實『刑法講義総論』新版第3版(平21年・2009年)292頁,松宮孝明『刑法総論 講義』第4版(平21年・2009年)139頁等参照),自招侵害の処理に関する学説としては, 「自招侵害を正当防衛の要件論で解決する見解と,要件論以外の理論で解決する見解」が あるという指摘がなされている(岡本昌子「我が国における自招侵害の議論の展開につい て」『同志社法学』53巻3号(平13年・2001年)312頁。さらに,自招侵害に関する最近 の学説については,中空壽雅「自招侵害と正当防衛論」『現代刑事法』5巻12号(平15年・ 2003年)28頁以下,橋爪隆『正当防衛論の基礎』(平19年・2007年)253頁以下等参照)。 3)自招侵害の問題設定として,林教授は,「防衛行為をしたその時点だけを見れば正当防 衛が成立しているように見えるが,その前の段階を見ると,行為者の挑発行為があり,正 当防衛状況を自ら招いているために,犯罪の成立を認めるべきでないかが問題となる場合 が生じうる」と指摘しておられる(林幹人『刑法総論』第2版(平20年・2008年)197 頁。なお,林教授は自招「防衛」という用語を用いておられる)。さらに,被侵害者(な いし防衛行為者)が不正の侵害を自ら招いた場合,そのことを理由として正当防衛が制限 または否定されるか,に関する対立軸の分析については,橋爪隆「正当防衛論」『理論刑 法学の探究1』(平20年・2008年)115−8頁参照。 4)この具体例としては,ある者が他人を苛立たせて暴力をふるう気にさせ,この他人から の攻撃を防衛する際に射殺するため,侮辱 す る と い う 事 例 が あ る(Roxin, Strafrecht Allgemeiner Teil Bd. I,4. Aufl., 2006, S.687)。

5)この具体例としては,A は,B を侮辱し,それから,B が A を散々殴ろうとしていると いう事例がある(Roxin, a. a. O.[Anm.4], S.689)。ロクシンは,ここで,B が違法な攻撃 を遂行しているとし,その理由として,A による侮辱はもはや現在していないから,B は 正当防衛によってカバーされないことを挙げている(Roxin, a. a. O.[Anm.4], S.689)。 6)川端・前掲注(1)93頁。 7)齊藤誠二「正当防衛」阿部純二=板倉宏=内田文昭=香川達夫=川端博=曽根威彦編『刑 法基本講座 第3巻』(平6年・1994年)71頁。 8)平川宗信「正当防衛論」芝原邦爾=堀内捷三=町野朔=西田典之編『刑法理論の現代的 展開−総論!』(昭63年・1988年)145頁。 9)橋爪・前掲注(2)192頁注164。 10)自招侵害に関するドイツの判例の動向については,山本輝之「自招侵害に対する正当防 衛」『上智法学論集』27巻2号(昭59年・1984年)171頁以下,山中敬一『正当防衛の限 240 松山大学論集 第21巻 第1号

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界』(昭60年・1985年)106頁以下,拙稿「積極的加害意思が急迫性に及ぼす影響につい て」『法律論叢』72巻1号(平11年・1999年)66頁以下,橋爪・前掲注(2)178頁以下 等参照。 11)自招侵害に関するドイツの学説については,山口厚「自ら招いた正当防衛状況」『法学 協会百周年記念論文集 第2巻』(昭58年・1983年)730頁以下,山本・前掲注(10)182 頁以下,山中・前掲注(10)119頁以下,齊藤誠二『正当防衛権の根拠と展開』(平3年・ 1991年)197頁以下,吉田宣之『違法性の本質と行為無価値』(平4年・1992年)61頁以 下,岡本昌子「自招侵害について」『同志社法学』50巻3号(平11年・1999年)295頁以 下,橋爪・前掲注(2)253頁以下等参照。

12)Wessels / Beulke, Strafrecht Allgemeiner Teil, 38. Aufl., 2008, S.119. Vgl. Lenckner / Perron, Schönke / Schröder Strafgesetzbuch Kommentar,27. Aufl., 2006, S.662ff.

13)Rönnau / Hohn, Leipziger Kommentar, 12. Aufl., 2006, S.527. 14)大判大3・9・25刑録20輯1648頁。 15)本件の原審は,被告人 Ke について傷害致死罪(刑法205条1項)の成立を肯定したが, これに対して,被告人側は,Ka が先に Ke の咽喉を扼したので,これを排除するため Ke が箸で防いだものであるにもかかわらず,原判決が正当防衛を認めずに傷害致死罪の成立 を肯定したのは理由不備の不法があるとして,上告している。 16)川端・前掲注(1)100頁。 17)大阪控判大14・10・22新聞2479号14頁[15頁]。 18)本件は,「通常の」挑発行為と正当防衛のケースとは「異なる」,という指摘がなされて いる(川端・前掲注(1)101頁)。 19)堀籠幸男=中山隆夫「正当防衛」大$仁=河上和雄=佐藤文哉=古田佑紀編『大コンメ ンタール刑法 第2巻』第2版(平11年・1999年)361頁。さらに,香城判事は「相手 の侵害を挑発,誘導してこれに反撃を加えた場合」,「適切な先例」は「見当らない」が, 判例が正当防衛の成立を「否定することは確実なように思われる」と指摘しておられる(香 城敏麿「刑法三六条における侵害の急迫性」『最高裁判所判例解説刑事篇(昭和52年度)』 (昭55年・1980年)249頁。自招侵害に関するわが国の判例の動向については,川端・前 掲注(1)99頁以下,岡本・前掲注(2)307頁以下,橋爪・前掲注(2)166頁以下等参照。 20)最決平20・5・20刑集62巻6号1786頁。 最高裁は,被告人側の主張について刑訴法405条の上告理由に当たらないとした上で, 正当防衛の成否について「職権で」次のように判断した。まず,事実関係については,「! 本件の被害者である A(当時51歳)は,本件当日午後7時30分ころ,自転車にまたがっ たまま,歩道上に設置されたごみ集積所にごみを捨てていたところ,帰宅途中に徒歩で通 り掛かった被告人(当時41歳)が,その姿を不審と感じて声を掛けるなどしたことから, 両名は言い争いとなった」。「" 被告人は,いきなり A の左ほおを手けんで1回殴打し, 直後に走って立ち去った」。「# A は,『待て。』などと言いながら,自転車で被告人を追 正当防衛における「自招侵害」の処理! 241

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い掛け,上記殴打現場から約26.5m 先を左折して約60m 進んだ歩道上で被告人に追い付 き,自転車に乗ったまま,水平に伸ばした右腕で,後方から被告人の背中の上部又は首付 近を強く殴打した」。「# 被告人は,上記 A の攻撃によって前方に倒れたが,起き上が り,護身用に携帯していた特殊警棒を衣服から取出し,A に対し,その顔面や防御しよう とした左手を数回殴打する暴行を加え,よって,同人に加療約3週間を要する顔面挫創, 左手小指中節骨骨折の傷害を負わせた」とした。そして,本件の公訴事実は,被告人の前 記「#の行為を傷害罪に問うものである」が,弁護人側から提起されていた,A の前記「" の攻撃に侵害の急迫性がないとした原判断は誤りであり,被告人の本件傷害行為について は正当防衛が成立する旨」の主張に対して,最高裁は,「前記の事実関係によれば,被告 人は,A から攻撃されるに先立ち,A に対して暴行を加えているのであって,A の攻撃は, 被告人の暴行に触発された,その直後における近接した場所での一連,一体の事態という ことができ,被告人は不正の行為により自ら侵害を招いたものといえるから,A の攻撃が 被告人の前記暴行の程度を大きく超えるものでないなどの本件の事実関係の下において は,被告人の本件傷害行為は,被告人において何らかの反撃行為に出ることが正当とされ る状況における行為とはいえないというべきである。そうすると,正当防衛の成立を否定 した原判断は,結論において正当である」とした。 21)最決昭52・7・21刑集31巻4号747頁。 22)安廣文夫「殺人につき防衛の意思を欠くとはいえないとされた事例」『最高裁判所判例 解説刑事篇(昭和60年度)』(平元年・1989年)145頁以下参照。 23)最判昭46・11・16刑集25巻8号996頁。 24)拙稿「わが国の判例における積極的加害意思の急迫性に及ぼす影響について」『法律論 叢』72巻5号(平12年・2000年)153頁。 25)山口厚「正当防衛論の新展開」『法曹時報』61巻2号(平21年・2009年)3頁。 26)例えば「意図的挑発については,そのような意図が認められる場合は,官憲に検挙させ ることをねらって殊更に挑発したような例を除けば,喧嘩闘争を仕掛けたり,正当防衛に 名を借りて積極的に攻撃する目的で挑発がなされるのが通常であろうから,実務的には, 相手方による侵害に臨むに当たりその予期と積極的加害意思ありと認められ,急迫性が否 定されることになろう」という指摘(的場純男=川本清巌「自招侵害と正当防衛」大$仁 =佐藤文哉編『新実例刑法(総論)』(平13年・2001年)113頁)や「意図的挑発の場合 は,侵害の確実な予期と積極的加害意思が共存しているので,判例の枠組みで処理でき る」という指摘がある(栃木力「正当防衛!−急迫性」小林充=植村立郎編『刑事事実認 定重要判決50選(上)』補訂版(平19年・2007年)64頁)。このように,「積極的加害意 思」の事例と「自招侵害」の事例は,入子状態になっているが,このような状況が,「自 招侵害と正当防衛の成否について,すでにわが国の判例においても蓄積があるにもかかわ らず,十分な検討がなされていない状況にある」(川端・前掲注(1)93頁)ことの背景に あるように思われる。 242 松山大学論集 第21巻 第1号

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27)詳細については,三において検討する。 28)なお,「積極的加害意思」の事例と「自招侵害」の事例に関するわが国とドイツの状況 に関して,井田教授は,次のように述べておられる。わが国では,「侵害が予期されたの に回避せず進んでその状況に身を置いたという場合が問題」であり,「侵害が予期される 事例においては行為者の落度とか原因行為の性格とかは必ずしも問題とされていない」の に対して,ドイツでは,「防衛状況に至ったことについて自己に何らかの落度のあるケー スがまとめて問題とされ」,「侵害の予期のある場合に正当防衛権が制限されるかという形 では問題とされていない」と指摘される(井田良『変革の時代における理論刑事学』(平 19年・2007年)102頁)。そして,この点に関するわが国とドイツの議論の状況について, 「一部が重なる2つの円の関係にある」としておられる(井田・注(28)102頁,同『刑法 総論の理論構造』(平17年・2005年)172頁)。 29)それゆえ,平成20年5月20日の最高裁決定の意義づけについては,別稿に譲ることと する。

二 判例における「侵害の急迫性」

(積極的加害意思)と「防衛意思」

の関係

1 判例における「侵害の急迫性」の意義 "! 最高裁における判例理論の整理 刑法36条における急迫性の要件に関して,従来の判例は「『急迫』とは,法 益の侵害が間近に押し迫つたことすなわち法益侵害の危険が緊迫したことを意 味するのであつて,被害の現在性を意味するものではない」と定義していた が,30)「侵害の予期と侵害の急迫性の存否に関する先例」31)としては,昭和46年 11月16日の最高裁判決がある。32)本判決は,侵害の「急迫性」の存否について, 次のように判示している。まず,侵害の急迫性の定義として「『急迫』とは, 法益の侵害が現に存在しているか,または間近に押し迫つていることを意味 し,その侵害があらかじめ予期されていたものであるとしても,そのことから ただちに急迫性を失うものと解すべきではない」とする。そして,事例判断と しては,「被告人はG と口論の末いつたん止宿先の旅館を立ち退いたが,同人 にあやまつて仲直りをしようと思い,旅館に戻つてきたところ,G は被告人に 正当防衛における「自招侵害」の処理! 243

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対し,『K,われはまたきたのか。』などとからみ,立ち上がりざま手拳で二回 ぐらい被告人の顔面を殴打し,後退する被告人に更に立ち向かつたことは原判 決も認めているところであり,その際G は被告人に対し,加療一〇日間を要 する顔面挫傷および右結膜下出血の傷害を負わせたうえ,更に殴りかかつたも のであることが記録上うかがわれるから,もしそうであるとすれば,このG の加害行為が被告人の身体にとつて『急迫不正ノ侵害』にあたることはいうま でもない」とする。次に,原判決の事実認定に関連して,原判決の「判示中, 被告人が…G から手荒な仕打ちを受けるかもしれないことを覚悟のうえで戻つ たとか,殴打される直前に扇風機のことなどで旅館の若主人(W〔五四才〕を 指しているものと認められる。)とG との間にはげしい言葉のやりとりがかわ されていたとの部分は,記録中の全証拠に照らし必ずしも首肯しがたいが,か りにそのような事実関係があり,G の侵害行為が被告人にとつてある程度予期 されていたものであつたとしても,そのことからただちに右侵害が急迫性を失 うものと解すべきでないことは,前に説示したとおりである」とし,さらに, 原判決の「判示中,被告人が脱出できる状況にあつたとか,近くの者に救いを 求めることもできたとの部分は,いずれも首肯しがたいが,かりにそのような 事実関係であつたとしても,法益に対する侵害を避けるため他にとるべき方法 があつたかどうかは,防衛行為としてやむをえないものであるかどうかの問題 であり,侵害が『急迫』であるかどうかの問題ではない」として,「G の侵害 行為に急迫性がなかつたとする原判決の判断は,法令の解釈適用を誤つたか, または理由不備の違法がある」とするのである。 本判決が示した「侵害の急迫性」の定義の前半部分,すなわち,「『急迫』と は,法益の侵害が現に存在しているか,または間近に押し迫つていることを意 味し」とする部分は,従来の判例と同趣旨のものと考えられるが,33)後半の「そ の侵害があらかじめ予期されていたものであるとしても,そのことからただち に急迫性を失うものと解すべきではない」とする部分は,侵害の予期と侵害の 急迫性の存否に関する問題を「正面から」取り上げたものであり,34)最高裁と 244 松山大学論集 第21巻 第1号

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しては「新判例である」から,35)本判決は,侵害の予期と侵害の急迫性の存否 に関する問題を処理するための先例となっている。 事例判断において,最高裁は,被告人が「G から手荒な仕打ちを受けるかも しれないことを覚悟のうえで戻つたとか,殴打される直前に扇風機のことなど で旅館の若主人…とG との間にはげしい言葉のやりとりがかわされていた」と する原判決の事実認定については,「必ずしも首肯しがたい」とするが,「かり にそのような事実関係があり,G の侵害行為が被告人にとつてある程度予期さ れていたものであつたとしても,そのことからただちに右侵害が急迫性を失う ものと解すべきでないことは,前に説示したとおりである」としている。36) れゆえ,最高裁の示した基準によると,侵害行為が「ある程度予期されていた」 だけでは,「ただちに侵害が急迫性を失うものと解すべきでない」ことは明ら かであるが,「侵害が確実に予期されていて,十分な反撃が準備されているよ うな場合には,急迫性が欠ける,とする余地をなお残している」から,37)この 点に関して,判例の立場が明確となるためには,次に検討する昭和52年決定 が下されなければならなかったのである。 このような中,最高裁は,昭和52年7月21日に決定で上告を棄却している が,38)ここでは,まず,被告人側から主張された判例違反に関連して,昭和46 年判決の意義を確認する。すなわち,被告人側に引用された最判昭46・11・ 16刑集25巻8号996頁は,「何らかの程度において相手の侵害が予期されて いたとしても,そのことからただちに正当防衛における侵害の急迫性が失われ るわけではない旨を判示しているにとどまり」,「侵害が予期されていたという 事実は急迫性の有無の判断にあたつて何の意味をももたない旨を判示している ものではないと解される」とした上で,刑訴法405条の上告理由にあたらない とする。そして,「職権」で,次のように説示する。「刑法三六条が正当防衛に ついて侵害の急迫性を要件としているのは,予期された侵害を避けるべき義務 を課する趣旨ではないから,当然又はほとんど確実に侵害が予期されたとして も,そのことからただちに侵害の急迫性が失われるわけではないと解するのが 正当防衛における「自招侵害」の処理! 245

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相当であり,これと異なる原判断は,その限度において違法というほかはな い。しかし,同条が侵害の急迫性を要件としている趣旨から考えて,単に予期 された侵害を避けなかつたというにとどまらず,その機会を利用し積極的に相 手に対して加害行為をする意思で侵害に臨んだときは,もはや侵害の急迫性の 要件を充たさないものと解するのが相当である。そうして,原判決によると, 被告人A は,相手の攻撃を当然に予想しながら,単なる防衛の意図ではな く,積極的攻撃,闘争,加害の意図をもつて臨んだというのであるから,これ を前提とする限り,侵害の急迫性の要件を充たさないものというべきであつ て,その旨の原判断は,結論において正当である」とするのである。 本決定によれば,!「当然又はほとんど確実に侵害が予期されたとしても, そのことからただちに侵害の急迫性が失われるわけではない」が,"「単に予 期された侵害を避けなかつたというにとどまらず,その機会を利用し積極的に 相手に対して加害行為をする意思で侵害に臨んだときは,もはや侵害の急迫性 の要件を充たさない」こととなり,その結果として,正当防衛が成立しないこ とになったが,本決定の示した判断基準に関して,!の部分は,「主観的事情に 基づく急迫性の限定を否定する」趣旨であり,"の「積極加害意図があれば急 迫性が欠ける」とする部分は,「侵害の予見と切り離されたところの積極的加 害意図の存在により急迫性が否定され得る」趣旨であるとする分析がある。39) この点に関して,最高裁決定は,上記のとおり,上告趣意に答える形で次の ように判示している。すなわち,昭和46年判決の意義について,被告人側は, 「急迫の要件としては法益の侵害が現に存在するか又は間近に迫つていること 即ち法益の侵害が過去又は未来に属しないことで足り法益の侵害が予め予期で きたか否かは正当防衛の他の要件である防衛の意思の存否の判断や法益に対す る侵害を避ける為に他にとるべき手段があつたか否かという観点から,防衛行 為としてやむを得ないものであるか否かの判断においては重要な意味を持ち得 ても,急迫性の要件の判断にあたつては何ら意味を持たない」と解釈している が,これに対して,最高裁は,「所論のように,侵害が予期されていたという 246 松山大学論集 第21巻 第1号

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事実は急迫性の有無の判断にあたつて何の意味をももたない旨を判示している ものではないと解される」としている。それゆえ,!の分析は,昭和52年決 定の解釈としては,当を得ないように思われる。同決定自体が,昭和46年判 決は純客観的な観点から侵害の急迫性を捉えていると解した被告人側の解釈を 否定しているからである。40)また,"に対して,安廣判事は,「侵害の予見と切 ママ り離された積極的加害者意思を持っている者が存在し得るとしても,それは何 の見境なく乱暴するという,危なくてしようがない者であり,その者の行為が 防衛行為かどうかはおよそ問題とならない」とし,41)最高裁の昭和46年判決と 昭和52年判決との間に,「矛盾があるとみるのは,よほどの根拠がない限り, 判例の解釈として不自然というべき」であると批判しておられる。42)それゆえ, 本決定は,たとえ侵害に臨む際に積極的加害意思に着目していたとしても,侵 害の予期の有無が急迫性判断と全く無関係になったわけでなく,43)あくまでも 侵害の予期と不可分に結びついた積極的加害意思を問題にしていると解すべき である。44)したがって,昭和52年決定に関して,その前半部分は,「主観的事 情に基づく急迫性の限定を否定する」趣旨であり,後半部分の「積極加害意図 があれば急迫性が欠ける」とする部分は,「侵害の予見と切り離されたところ の積極的加害意図の存在により急迫性が否定され得る」趣旨であると解するこ とは妥当でなく,それゆえ,本決定は,昭和46年判決を「さらに深化させ」, 当然またはほとんど確実に侵害が予期されるとしても,直ちに侵害の急迫性が 失われるわけではなく,予期される侵害の機会を利用し積極的に相手方に加害 行為をする意思(積極的加害意思)で侵害に臨んだ場合にはその急迫性が失わ れる旨の判断を下したことが確認された。 その後,侵害の予期が急迫性判断と全く無関係になったわけではないことを 示した判例45)として,昭和59年1月30日の最高裁判決を挙げることができ る。46)本件では,殺人における正当防衛の成否に関し,被告人に対するH の木 刀による攻撃が被告人にとって予測できなかった急迫な侵害にあたるか否かに ついて,最高裁は,「被告人は,木刀を捨てて階段を下りた時点では,H と話 正当防衛における「自招侵害」の処理# 247

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合いをする積もりであり,同人もそれに応じるものと予期してしていたもので, H が被告人の捨てた木刀を取り上げて攻撃してくることは予想しなかつたと認 めるのが相当」であるとした上で,「H の木刀による攻撃は被告人の予期しな かつたことであつて,それは被告人に対する急迫不正の侵害というべきであ り」,この点に関して,「原判決が,被告人はH の攻撃を予期しており,その 機会に積極的に同人を加害する意思であつたもので,H の攻撃は侵害の急迫性 に欠けるとしたのは,事実を誤認したものといわざるをえない」と判示してい る。 ここでは,「侵害の急迫性の存否に関連して,積極的加害意思の前提となる 侵害に対する予期の有無」が問題となっており,47)本判決は,昭和52年決定の 解釈適用について「一つの示唆を与えるもの」である。48)すなわち,昭和52年 決定の示した「当然又はほとんど確実に侵害が予期されたとしても,そのこと からただちに侵害の急迫性が失われるわけではない」とする基準によれば,侵 害を予期しただけで直ちに侵害の急迫性が失われることにはならないので,侵 害の急迫性の存否を判断する際に侵害の予期の有無を確定する必要はないとも 考えられる。ところが,昭和59年判決は,侵害を予期していなかったことを 理由に侵害の急迫性を肯定しているが,ここから,本判決が侵害の急迫性との 関係では侵害の予期がない場合に積極的加害意思の有無は問題とならないと解 していることが窺われ,逆にいえば,積極的加害意思を判断する前提として侵 害の予期を判断する必要があること,言い換えると,侵害の予期があるときに はじめて積極的加害意思の問題が生じることを前提にしていると解することが できるのである。49) 以上から,最高裁は,当然またはほとんど確実に侵害が予期されたとして も,そのことから直ちに侵害の急迫性が失われるわけではないが,単に予期さ れた侵害を避けなかったというにとどまらず,その機会を利用し積極的に相手 に対して加害行為をする意思で侵害に臨んだ場合には,もはや侵害の急迫性の 要件は充たされないが(昭和52年決定),積極的加害意思を判断する前提とし 248 松山大学論集 第21巻 第1号

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て侵害の予期を判断する必要があり,侵害の予期があるときにはじめて積極的 加害意思の問題が生じる(昭和59年判決)とする見地に立っていることが確 認された。ところが,最高裁が上記のような基準で侵害の急迫性の存否を判断 する根拠に関する手掛かりとしては,昭和52年決定が示した「(刑法36条)が 侵害の急迫性を要件としている趣旨」という文言があるに過ぎず,これを如何 に解するかについては解釈に委ねられていたことになる。50)それゆえ,以下で は,昭和52年決定に言及のあった下級審判例を中心に検討することにしたい。 "!「刑法36条が侵害の急迫性を要件としている趣旨」(昭和52年決定)の 意義 " 昭和52年決定のいう「趣旨」は,「防衛者の法益侵害の可能性」が「単 に侵害者側の客観的事情だけでなく防衛者側の対応関係によっても重大な 影響を受けること」を前提に,侵害の急迫性を判断すべきであるとする内 容を有していると解する判例 「刑法36条が侵害の急迫性を要件としている趣旨」(昭和52年決定)の意義 については,下級審判例においても言及があるが,51)ここではまず,最判昭 24・8・18刑集3巻9号1465頁が示した侵害の急迫性の定義とその根拠につ いて検討する。上記のとおり,昭和24年判決が示した侵害の急迫性に関する 定義と昭和46年判決の定義はほぼ同様の内容を有し,52)昭和52年決定は,こ の昭和46年判決をさらに深化させたものだからである。 昭和24年判決によれば,「『急迫』とは,法益の侵害が間近に押し迫つたこ とすなわち法益侵害の危険が緊迫したことを意味するのであつて,被害の現在 性を意味するものではない」のであり,このように定義する根拠としては,「被 害の緊迫した危険にある者は,加害者が現に被害を与えるに至るまで,正当防 衛をすることを待たねばならぬ道理はない」点が挙げられているが,これは, 「被侵害法益の保護」の観点からの理由づけであり,ここから,最高裁は,侵 害の急迫性を検討する際に,防衛者側からの視座に着目しているという評価が 正当防衛における「自招侵害」の処理! 249

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可能となる。53)そして,防衛者側からの視座に着目することは,法益侵害の可 能性が,単に侵害行為者側の客観的事情だけでなく,被侵害者側の対応関係に よっても重大な影響を受けることを前提にしていることになる。この点に関し て,敷衍して述べると次のようになる。侵害行為(侵害行為者側の客観的事情) の存在により,「形式的に」みれば法益侵害の可能性があったと考えられる場 合であっても,その侵害が予期されていて被侵害者にとって突然のものとはい えず,それを阻止するための準備(迎撃態勢をつくること)が可能となるなら ば(被侵害者側の対応関係),被侵害者側の法益侵害の可能性は「実質的に」低 下することになる。そして,この関係を前提にすると,次のような解釈が可能 となる。防御者が,侵害を予期し客観的に迎撃態勢を敷き積極的に加害する意 思をもっている場合には,侵害者からの侵害に対して迎撃態勢が強化されてい るといえ,この迎撃態勢が強化されると,防御者(迎撃者)の法益が侵害され るおそれは減少し,実質的ないし現実的には,防御者の法益侵害が生じ得なく なる事態も存在することになる。それゆえ,このような,防御者(迎撃者)の 法益侵害の可能性が事実上失われる場合には,侵害の急迫性を否定できる事態 が生じるのである。つまり,侵害を予期し客観的に迎撃態勢を敷き積極的加害 意思をもっていた場合には,侵害の急迫性が消滅するのである。54) 上記のように,侵害の急迫性を判断する上で重要となる法益侵害の可能性は, 単に侵害行為者側の客観的事情だけでなく,被侵害者側の対応関係によっても 重大な影響を受けることを前提にする見地に立っていると解し得る判例とし て,まず,平成元年10月2日に下された札幌地裁の判決を挙げることができ る。55)本判決は,急迫性の判断に際して,一般論として,「単に予期した侵害を 避けなかったというにとどまらず,その機会を利用し積極的に相手に対して加 害行為をする意思で侵害に臨んだときは,もはや侵害の急迫性の要件を充たさ ないものと解するのが相当である(最高裁判所第一小法廷昭和五二年七月二一 日決定,刑集三一巻四号七四七頁参照)」とし,事例判断として,次のように 説示する。「本件においては,被告人甲自身,けん銃を携行してG 宅に向かう 250 松山大学論集 第21巻 第1号

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際,G らの反撃を高い確度で予期していたとまではいえないにしても,場合に よってはG ら相手から得物で反撃を受けることもありうると予想していたこ とが認められるうえ,G が喧嘩などは決して逃げたりせず受けて立つ好戦的な 男であると認識し,またG が借金に絡んで以前暴力団体の者から暴行を受け たりしたことを聞知していたことなどの事情に鑑みれば,少なくとも,暴力団 体の組事務所を兼ねているG 宅の玄関の明かり取りのガラス等を割るなどの 違法な行動に出た段階においては,G が日本刀などの凶器を持ち出し反撃して 来ることは同被告人において十分予測された事態であったと認めるのが相当で ある。そして,その後被告人甲は,模造日本刀を振り上げているG の姿を認 めるや直ちに携行していたバッグ内からけん銃を取出し,同被告人とG とは 玄関土間を挟んで玄関の外と玄関上がり口の式台付近との位置関係にあって, その間になお約四メートルの距離があったにもかかわらず,同被告人はけん銃 を構えてG の行為を制止するなどの威嚇的行動を全くとろうともせず,丁, 丙が後退して来た直後いきなりG 目掛けてけん銃を発砲していること,しか も,一発目がG に命中していることを認識しながら更に引き続いて二発目を 撃っていること,その後,玄関内に乗り込んで気勢を上げていることなどの事 情に照らせば,被告人甲においては,共同器物損壊行為に及んだ時点で,G の 性向等からみて,同人らが日本刀などの武器を持ち出して反撃して来ることは 確実なこととして予期できたというべく,そのことを予想したうえでその対抗 手段として予め実包装!のけん銃を準備し,右の予期どおり G が日本刀と覚 しき武器を持ち出した際,外形的には攻撃に出るように見えるG の侵害を避 ける行動をとらないまま,G に対しけん銃を連続して発砲したのであるから, 右のような状況全体からみて,被告人甲は,その機会を利用し積極的にG に 対して加害行為をする意思を有していたものと認めるのが相当である」。「して みれば,本件においては,被告人甲が模造日本刀を真剣と誤認したという前提 に立ってみても,前記判例の趣旨に照らせば,刑法三六条における侵害の『急 迫性』の要件を充たさない」というべきであるとするのである。 正当防衛における「自招侵害」の処理" 251

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本件では,昭和52年決定を引用した上で,侵害の急迫性の存否を判断して いるが,事例判断において,まず,確認された「事情に照らせば,被告人甲に おいては,共同器物損壊行為に及んだ時点で,G の性向等からみて,同人らが 日本刀などの武器を持ち出して反撃して来ることは確実なこととして予期で き」,これを「予想したうえでその対抗手段として予め実包装!のけん銃を準 備」したとする。これにより,札幌地裁は,G の攻撃が,被告人甲にとって, 突発的な事情ではなく,この確実な予期に基づいてG の攻撃を阻止する迎撃 態勢を作っていたことを確認していると評価できる。そして,「予期どおりG が日本刀と覚しき武器を持ち出した際,外形的には攻撃に出るように見えるG の侵害を避ける行動をとらないまま,G に対しけん銃を連続して発砲した」と するが,これは,上記のような迎撃態勢が整っている場合,G の攻撃が「外形 的には攻撃に出るように見える」ものと評価しているといえる。言い換えると, 本判決は,このような攻撃を,「形式的にみれば」法益侵害の可能性があるよ うに見える事態が存在しているにすぎないと評価していると解することがき る。その上で,このような「状況全体からみて,被告人甲は,その機会を利用 し積極的にG に対して加害行為をする意思を有していたものと認める」とす る札幌地裁は,積極的加害意思を肯定する際に,防衛者側の迎撃態勢を考慮し て,侵害の急迫性の存否を判断していると評価し得るのである。 次に,平成12年1月20日に下された京都地裁判決がある。56)本件において も,まず一般論として,「正当防衛が成立するためには,侵害に急迫性がある ことが必要であるが,緊急行為としての正当防衛の本質からすれば,反撃者 が,侵害を予期した上,侵害の機会を利用し積極的に相手に対して加害行為を する意思で侵害に臨んだときは,侵害の急迫性は失われると解するのが相当で ある(最高裁昭和五二年七月二一日決定,刑集三一巻四号七四七頁,同昭和五 九年一月三○日判決,刑集三八巻一号一八五頁等参照)」とした上で,事例判 断を行っている。すなわち,「これを本件について見るに,本件銃撃戦に加わっ た被告人及び氏名不詳者らは…A 会長に対して,けん銃等を使用した襲撃があ 252 松山大学論集 第21巻 第1号

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り得ることを予期していたが,警察等に救援を求めることもせず,同会長の外 出時には,ボディーガードとして被告人がA 会長に同行するとともに,二台 の自動車に分乗した男たちが,無線機で連絡を取り合うなどしながら,その周 辺を見張り,かつ,けん銃を適合実包とともに携帯するなどの厳重な警護態勢 を敷いていたものである」。そして,「A 会長らが本件襲撃を受けるや,被告人 らは,事前の謀議に従い,即座に対応してこれに反撃を加え,本件襲撃者をそ の場から撃退するにとどまらず,殺意をもってけん銃を発砲して激烈な攻撃を 加えてB 及び C を殺害したものであって(このことは,B 及び C の…被弾状 況や,『戊田理容店』にいるA 会長が本件襲撃を受けたことを察知したと解さ れる氏名不詳者らが,同会長や被告人の救援に向かうことなく,逃走中と思わ れる本件襲撃者に対する反撃に向かっていることなどからも裏付けられる。), A 会長が襲撃を受けた機会を利用して積極的に本件襲撃者に加害行為をする意 思で,B 及び C の殺害を実行したものと評し得,また,関係各証拠を総合し ても,予期していた以外の相手からの襲撃であったものとは認められないか ら,侵害の急迫性の要件を欠いており,正当防衛はもとより,過剰防衛も成立 する余地はない」としている。 本件では,昭和52年決定および昭和59年判決を引用しつつ「緊急行為とし ての正当防衛の本質からすれば,反撃者が,侵害を予期した上,侵害の機会を 利用し積極的に相手に対して加害行為をする意思で侵害に臨んだときは,侵害 の急迫性は失われると解するのが相当である」とするが,上記のとおり,ここ に引用された一連の判例は,侵害の急迫性と積極的加害意思の関係についての 判断の枠組みを示すものであり,この枠組みの根拠は,昭和52年決定が示し た「刑法36条が侵害の急迫性を要件としている趣旨」という文言が,その手 掛りとなっている。それゆえ,本件の「緊急行為としての正当防衛の本質」は, 昭和52年決定にいう「趣旨」を言い換えたものと評価できる。そして,この 評価は,京都地裁の示した侵害の急迫性が失われる基準と昭和52年決定の基 準とが類似している点からも裏づけられる。そこで,本件の「緊急行為として 正当防衛における「自招侵害」の処理! 253

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の正当防衛の本質」の内容が問題となるが,これは,事例判断を次のように読 めば,上記の札幌地裁判決が論理的前提としていた見地と同様の内容を有する ものと解することができる。すなわち,被告人が「A 会長に対して,けん銃等 使用した襲撃があり得ることを予期していたが,警察等に救援を求めることも せず」とする部分は,侵害の予期があり,襲来までの時間的余裕が十分あった ので,被告人にとっては突発的な襲来でないことを示しており,57)A「会長の外 出時には,ボディーガードとして被告人がA 会長に同行するとともに,二台 の自動車に分乗した男たちが,無線機で連絡を取り合うなどしながら,その周 辺を見張り,かつ,けん銃を適合実包とともに携帯するなどの厳重な警護態勢 を敷いていた」とする部分は,襲来に対して迎撃態勢を整えていることを示し ていると解することができる。そして,「A 会長らが本件襲撃を受けるや,被 告人らは,事前の謀議に従い,即座に対応してこれに反撃を加え,本件襲撃者 をその場から撃退するにとどまらず,殺意をもってけん銃を発砲して激烈な攻 撃を加えてB 及び C を殺害した」とする部分は,B および C の襲撃によって, 被告人側は,「形式的には」,法益侵害の危険性が存在していたことになるが, この襲撃を契機として,準備されていた迎撃態勢に基づく反撃を予定してお り,B および C が死亡するまでもなく,これらの者が襲撃を開始した時点で すでに,「実質的には」,被告人側の法益侵害の可能性が喪失してしまったこと を示したものと評価できる。京都地裁は「A 会長が襲撃を受けた機会を利用し て積極的に本件襲撃者に加害行為をする意思で,B 及び C の殺害を実行した ものと評し得」るから,「侵害の急迫性の要件を欠(く)」と結論づけているが, 事例判断において考慮されている要素を上記のように評価すれば,同地裁が示 した「緊急行為としての正当防衛の本質」は,前述の札幌地裁判決が論理的前 提としていた見地と同様の内容を有するものと解し得るのである。58)59)60) 254 松山大学論集 第21巻 第1号

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! 昭和52年決定のいう「趣旨」は,防衛者の「対抗行為がそれ自体違法 性を帯び正当な防衛行為と認め難い」か否かにより,侵害の急迫性を判断 すべきであるとする内容を有していると解する判例 上記とは異なる趣旨で昭和52年決定を評価した下級審判例として,昭和56 年1月20日に下された大阪高裁の判決がある。61)「被告人のけん銃発砲行為を 正当防衛である」とする原判決の判断に対して,検察官の控訴趣意では「!イ右 発砲行為は被告人が属する暴力団O 組とこれに敵対する暴力団 I 組との間に 行われていた一連の喧嘩闘争の一駒であつたこと,被告人はI 組組員らによる 攻撃を予期してその機会を利用し積極的に加害を行う目的で敢てけん銃を準備 していたこと,I 組組員らによる O 組組員らに対する攻撃はさして強力なもの ではなく極度に緊迫した状況でもなかつたことのいずれの点からしても,侵害 の急迫性の要件に欠けていた」とされている。この点に関して,大阪高裁は, 原判決と検察官の控訴趣意を次のように整理した上で検討を加えている。すな わち,「原判決は…被告人がけん銃を発砲した時点の状況に着目し,その時点 では,K らの身体に対して現に危害が加えられており,かつ,K が車で拉致さ れようとしていてその自由に対する侵害の危険が切迫していたから,正当防衛 における侵害の急迫性の要件は充たされていたとして,正当防衛の成立を肯定 した」。これに対して,「前記の論旨!イは,侵害の急迫性の有無を判断するにあ たつてはO 組組員と I 組組員との間の一連の抗争を全体として考慮に入れる べきであるとの観点に立ち,被告人はI 組組員の本件現場での攻撃をあらかじ め十分に予想し,けん銃を準備して積極的な加害の意図であえてこれに立ち向 い,けん銃を発砲したものであるから,侵害の急迫性の要件は充たされていな かつたと主張するのである」とする。そして,次のように,一般論とその詳細 な論拠を示す。すなわち,「正当防衛における侵害の急迫性の要件は,相手の 侵害に対する本人の対抗行為を緊急事態における正当防衛行為と評価するため に必要とされている行為の状況上の要件であるから,行為の状況からみて,右 の対抗行為がそれ自体違法性を帯び正当な防衛行為と認め難い場合には,たと 正当防衛における「自招侵害」の処理" 255

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い相手の侵害がその時点で現在し又は切迫していたときでも,正当防衛を認め るべき緊急の状況にはなく,侵害の急迫性の要件を欠くものと解するのが相当 マ マ である(最高裁判所昭和五二年七月二一日判決・刑集三一巻四号七四七頁参 照)。そして,このような本人の対抗行為の違法性は,行為の状況全体によつ てその有無及び程度が決せられるものであるから,これに関連するものである 限り相手の侵害に先立つ状況をも考慮に入れてこれを判断するのが相当であ り,また,本人の対抗行為自体に違法性が認められる場合にそれが侵害の急迫 性を失わせるものであるか否かは,相手の侵害の性質,程度と相関的に考察 し,正当防衛制度の本旨に照らしてこれを決するのが相当である。ことに,相 手からの侵害が避けられないと予想し,これに備えてけん銃を用意したうえ, 相手の侵害が現実となつた際にけん銃を発砲してこれに対抗するような場合, あらかじめ兇器を準備したことについては,正当防衛行為の一環として正当視 すべき例外的な場合を除き,これを違法と評価するほかなく,したがつてま た,準備した兇器を使用して相手の侵害に対抗した行為も,相手の侵害の性 質,程度などからみて特にこれを正当視すべき例外的な場合を除き,正当防衛 の急迫性の要件を欠くものとしてこれを違法と評価するのが相当である。すな わち,もし法の禁止する兇器を用いて相手の侵害に対抗する行為を正当防衛と 評価すべきものとすれば,手段たる兇器の所持をも一定の範囲で正当と評価す べきこととなり,正当防衛の本旨ひいては法秩序全体の精神に反することとな るからである」。これを前提に,大阪高裁は,次のような事例判断を行った。「被 告人は,相手の侵害を避けるため警察の援助を受けることが容易であつたの に,敢えて自ら相手の侵害に対抗する意図でけん銃を準備したうえ,これを発 砲して侵害に対抗したものであるから,けん銃の所持はもとより,その使用も 違法なものであり,行為全般の状況からみて正当防衛の急迫性の要件は充たさ れていなかつたと解するのが相当である」とするのである。 本件では,昭和52年決定を参照しながら,「正当防衛における侵害の急迫性 の要件」に言及している。62)それゆえ,ここで述べられた「正当防衛における 256 松山大学論集 第21巻 第1号

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侵害の急迫性の要件は,相手の侵害に対する本人の対抗行為を緊急事態におけ る正当防衛行為と評価するために必要とされている行為の状況上の要件であ る」とする部分は,下級審が「刑法36条が侵害の急迫性を要件としている趣 旨」(昭和52年決定)の内容を敷衍した一例ということができる。すなわち, 侵害の急迫性が上記のような要件であることを前提として,本判決は,「行為 の状況からみて,右の対抗行為がそれ自体違法性を帯び正当な防衛行為と認め 難い場合には,たとい相手の侵害がその時点で現在し又は切迫していたときで も,正当防衛を認めるべき緊急の状況にはなく,侵害の急迫性の要件を欠く」 とする。言い換えると,侵害の急迫性の要件を検討する際に,!防衛者の「対 抗行為がそれ自体違法性を帯び」ているという事情と,"防衛者にとって「相 手の侵害がその時点で現在し又は切迫していた」という事情とが併存すること を肯定した上で,"の存在する場合であっても,!が認められる時には,侵害 の急迫性が否定されるとしているのである。そして,「本人の対抗行為の違法 性は,行為の状況全体によつてその有無及び程度が決せられる」から,対抗行 為の違法性の判断対象には,「これに関連するものである限り相手の侵害に先 立つ状況をも考慮に入れ(る)」ことを前提に,!に関連して「本人の対抗行 為自体に違法性が認められる場合にそれが侵害の急迫性を失わせるものである か否か」の具体的な判断に際しては,「相手の侵害の性質,程度と相関的に考 察し,正当防衛制度の本旨に照らしてこれを決する」ものとしている。 その上で,このような判断の枠組みを前提に,本判決は,「相手からの侵害 が避けられないと予想し,これに備えてけん銃を用意したうえ,相手の侵害が 現実となつた際にけん銃を発砲してこれに対抗するような場合,あらかじめ兇 器を準備したこと」が侵害の急迫性の存否を検討する際にどのような意義を有 しているのかについて詳細に説示する。すなわち,事前に凶器を準備した点 は,「正当防衛行為の一環として正当視すべき例外的な場合を除き,これを違 法と評価するほかなく」,それゆえ,準備した凶器により相手の侵害に対抗し た行為も,「相手の侵害の性質,程度などからみて特にこれを正当視すべき例 正当防衛における「自招侵害」の処理# 257

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外的な場合を除き,正当防衛の急迫性の要件を欠くものとしてこれを違法と評 価するのが相当である」とする。そして,このように解する根拠として,さら に,「もし法の禁止する兇器を用いて相手の侵害に対抗する行為を正当防衛と 評価すべきものとすれば,手段たる兇器の所持をも一定の範囲で正当と評価す べきこととなり,正当防衛の本旨ひいては法秩序全体の精神に反することとな る」点を挙げているのである。 このように,昭和56年大阪高裁判決は,もし法の禁止する凶器を用いた対 抗行為を正当防衛と評価すべきとすれば,凶器の所持も一定の範囲で正当と評 価すべきこととなり,正当防衛の本旨ひいては「法秩序全体の精神に反する」 と指摘するが,これは,「喧嘩と正当防衛」に関連して下された昭和23年の最 高裁判決が一般論において示した文言と類似している。63)すなわち,昭和23年 判決は,「互に暴行し合う所謂喧嘩は,闘争者双方が攻撃及び防禦を繰り返す 一団の連続的闘争行為であるから,闘争の或る瞬間においては闘争者の一方が もつぱら防禦に終始し正当防衛を行うの観を呈することがあつても,闘争の全 般から見てその行為が法律秩序に反するものである限り刑法第三六条の正当防 衛の観念を容れる余地がない」という一般論を述べており,正当防衛が成立す るか否かに関して,ある行為が「法律秩序に反する」場合(昭和23年判決)あ るいは「法秩序全体の精神に反する」(昭和56年判決)場合,その行為が正当 防衛とはなり得ないとする点で,両判決には,「共通の思考」が窺われるので ある。64) さらに,昭和23年判決は,事例判断において,「被告人等三名は Yg との衝 突を予期して各自仕込杖,日本刀等を携えて同人と面談した末,交渉が決裂し て喧嘩となり,Yg が被告人 U に跳びかゝるや被告人 Yh は『やつちまえ』と 叫び被告人 U は所携の日本刀で Yg の足に斬りつけ,組みついてきた同人と格 闘中被告人 Yk は右 Yg の背後から所携の日本刀で同人に斬りつけ切創を負わ せた結果右 Yg を死亡するに至らせたというのであるから,被告人等の行為は その全般から見て法律秩序に反するものと言うべきであつて,刑法第三六条を 258 松山大学論集 第21巻 第1号

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適用すべき余地はない」とする。それゆえ,被告人らが喧嘩闘争を「予期して 各自仕込杖,日本刀等」を準備していた事情を判断対象としている点で,最高 裁は,正当防衛の成否を判断する際に,「相手の侵害に先立つ状況」を考慮に 入れているといえる。一方,大阪高裁も,上記のとおり,対抗行為の違法性を 判断する限度において「相手の侵害に先立つ状況」を考慮し,これに従って, 事例判断を行っている。それゆえ,事例判断において,両判決が検討している 要素についても,「共通の思考」が窺われるのである。65) 以上のような特徴のある昭和56年大阪高裁判決であるが,!の判例との関 係については次のとおりである。すなわち,侵害の急迫性を判断する際に,相 手方の侵害に先立つ状況を判断対象としている点で共通しているが,"防衛者 にとって「相手の侵害がその時点で現在し又は切迫していた」こととは異なる 要素,つまり,!防衛者の「対抗行為がそれ自体違法性を帯び」ているという 要素によって,"の要素を否定し得ることを肯定する点で相違する。 その後,昭和56年大阪高裁判決の延長上にある判例として,平成13年1月 30日に下された大阪高裁判決がある。66)本判決は,正当防衛の成否に関して, 「本件では正当防衛が成立しないことについて述べることとする」とし,次の ように説示する。すなわち,「正当防衛の制度は,法秩序に対する侵害の予防 ないし回復のための実力行使にあたるべき国家機関の保護を受けることが事実 上できない緊急の事態において,私人が実力行使に及ぶことを例外的に適法と して許容する制度であるところ,本人の対抗行為の違法性は,行為の状況全体 によってその有無及び程度が決せられるものであるから,これに関連するもの である限り,相手の侵害に先立つ状況をも考慮に入れてこれを判断するのが相 当であり,また,本人の対抗行為自体に違法性が認められる場合,それが侵害 の急迫性を失わせるものであるか否かは,相手の侵害の性質,程度と相関的に 考察し,正当防衛制度の本旨に照らしてこれを決するのが相当である。そし て,侵害が予期されている場合には,予期された侵害に対し,これを避けるた めに公的救助を求めたり,退避したりすることも十分に可能であるのに,これ 正当防衛における「自招侵害」の処理# 259

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に臨むのに侵害と同種同等の反撃を相手方に加えて防衛行為に及び,場合に よっては防衛の程度を超える実力を行使することも辞さないという意思で相手 方に対して加害行為に及んだという場合には,いわば法治国家において許容さ れない私闘を行ったことになるのであって,そのような行為は,そもそも違法 であるというべきである」とする。そして,事例判断としては,「本件襲撃は, これのみを客観的に見ると,戊田理容店前に複数の自動車で乗り付けた七,八 名の者が降車するや否や,いきなり一斉にC 会長及び被告人に向けてけん銃 で狙撃するという切迫した態様のものであったことは否定できない事実である し,被告人らにおいて,日時,場所,態様等の特定された形態で本件襲撃を予 期していなかったこともまた否定できない」とするが,「被告人らが普段から 取っていた…C 会長の身辺警護の態勢は,けん銃を携帯した被告人が外出時の C 会長に同行し,けん銃を携帯した者が乗り込んだ乗用車二台で C 会長の周 辺を見張るというものであり,そのこと自体,法の許容しない凶器を所持した 態様の迎撃態勢であったというべきである」。そして,本件襲撃は「被告人ら の予期していた程度を超えた予想外のものでな(く)」,「被告人らは,これと 同種同等の反撃を相手方に加え,場合によっては防衛の程度を超える実力行使 をも辞さないとの意思で本件犯行に及んだものというべきである。したがっ て,本件襲撃は,それのみを客観的に見ると切迫した事態であったけれども, それだけで正当防衛の成立が認められる状況としての急迫性が肯定されるもの ではなく,これに対する被告人らの普段からの警護態勢に基づく迎撃行為が, それ自体違法性を帯びたものであったこと及び本件襲撃の性質,程度も被告人 らの予想を超える程度のものではなかったことなどの点に照らすと,本件犯行 は,侵害の急迫性の要件を欠き,正当防衛の成立を認めるべき緊急の状況下の ものではなかったと解するのが相当である」としたのである。 本件において判断基準が示された部分,すなわち,「本人の対抗行為の違法 性は,行為の状況全体によってその有無及び程度が決せられるものであるか ら,これに関連するものである限り,相手の侵害に先立つ状況をも考慮に入れ 260 松山大学論集 第21巻 第1号

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てこれを判断するのが相当であり,また,本人の対抗行為自体に違法性が認め られる場合,それが侵害の急迫性を失わせるものであるか否かは,相手の侵害 の性質,程度と相関的に考察し,正当防衛制度の本旨に照らしてこれを決する のが相当である」とする部分は,上記の昭和56年大阪高裁判決とほぼ同一の 文言が用いられている。そして,事例判断において,「本件襲撃は,それのみ を客観的に見ると切迫した事態であったけれども,それだけで正当防衛の成立 が認められる状況としての急迫性が肯定されるものではなく,これに対する被 告人らの普段からの警護態勢に基づく迎撃行為が,それ自体違法性を帯びたも のであったこと及び本件襲撃の性質,程度も被告人らの予想を超える程度のも のではなかったことなどの点に照らすと,本件犯行は,侵害の急迫性の要件を 欠き,正当防衛の成立を認めるべき緊急の状況下のものではなかった」とする 点をあわせて考えると,具体的な判断基準および判断対象について,昭和56 年判決を踏襲していると評価できる。また,本件では,「侵害が予期されてい る場合には,予期された侵害に対し,これを避けるために公的救助を求めたり, 退避したりすることも十分に可能であるのに,これに臨むのに侵害と同種同等 の反撃を相手方に加えて防衛行為に及び,場合によっては防衛の程度を超える 実力を行使することも辞さないという意思で相手方に対して加害行為に及んだ という場合には,いわば法治国家において許容されない私闘を行ったことにな るのであって,そのような行為は,そもそも違法であるというべきである」と いう判示があり,喧嘩ないし私闘の事例との類似性を示唆ないし指摘する点で も,昭和56年判決と「共通の思考」を見ることができる。さらに,本判決は, 「正当防衛制度の本旨」に関して言及しているが,本件平成13年判決は,昭和 52年決定および昭和59年判決を引用していた上記の平成12年1月20日の京 都地裁判決の控訴審判決であるから,「正当防衛の制度は,法秩序に対する侵 害の予防ないし回復のための実力行使にあたるべき国家機関の保護を受けるこ とが事実上できない緊急の事態において,私人が実力行使に及ぶことを例外的 に適法として許容する制度である」とする説示は,昭和52年決定のいう「趣 正当防衛における「自招侵害」の処理! 261

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