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Vol.65 , No.1(2016)042渡邉 眞儀「時間は空間の複製なのか?――『パダールタダルマサングラハ』における時間と方位の相違点――」

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Academic year: 2021

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全文

(1)

い.まず,観察者と結合した地面の点は,さらにその隣の点と結合しており,こ のような結合の連鎖が対象物に至るまで続いている.そして観察者から対象物ま での結合数の比較によって,その結合の数が多い対象物に「離れている」という 観察者の認識が生じ,もう一方に「近接している」という認識が生じる.その認 識を契機として,かなたにある方位点との結合から,一方の対象物にかなた性が 生じ,同様にもう一方の対象物にこなた性が生じる3) ところでこの方位点とは具体的に何を指すのか.まず,それを方位の部分であ ると考えるべきではない.もしそうであるならば,全体である方位は部分から作 られることになり,方位の恒常性と矛盾するからである4).そこで最も有力な解 釈は,方位点を特定の場所に限定された方位であると考えることである.同様の 例として,PDhS では聴覚器官が耳孔という虚空の一部であると説明されている5) 続いて,運動についての PDhS の説明を検討する.運動は上昇・下降・湾曲・ 伸長・進行という 5 種に分類される.上昇などの 4 種は,実体が上方など特定の 方向の点(pradeśa)と結合・分離することによって定義され,進行は不特定の方向 の点との結合・分離によって定義される6).ところでこの点とは,前節で扱った 方位点もしくは地面の点のいずれだろうか.それは上下方向への運動と関わって いることから,地面の一部と考えることは適切ではない.そこでこの点は空間的 な位置を示す観念的な存在である,方位点であると考えるべきだろう.

3.時間点と生起・持続・消滅

次に,時間点についての記述を見ていくことにする.まず,現在時において観 察者と老若 2 人の人物がいる場合に,白髪などの特徴を持った老人には「離れて いる」という認識が生じ,若者には「近接している」という認識が生じる.そし てその認識を契機として,前者にはかなたにある時間点との結合からかなた性が 生じ7),後者には同様にこなた性が生じる8).加えて NK の記述から,以下のこと も明らかになる.まず時間点とは,特定の時に限定された時間である.また時間 点と結合するのは身体であるが,身体は時々刻々と変化し過去の身体は消滅して いるので,実体として同一ではない.そこで継続性を持った身体という概念が導 入される9).これを図にすると,次図のようになる.t 0,t1,t2……は時間点であ り,それらがそれぞれの人物の身体と結合を持っている.これらの結合は現在時 tnの時点では実際には消滅しているが,継続性を持った身体という概念を用いる ことで,方位の場合と同様に結合の累計を比較することが可能になる. 時間は空間の複製なのか?(渡 邉) (261)

時間は空間の複製なのか?

――『パダールタダルマサングラハ』における時間と方位の相違点――

渡 邉 眞 儀

1.はじめに

ヴァイシェーシカ学派のプラシャスタパーダによる『パダールタダルマサング ラハ』(Padārthadharmasaṃgraha,以下 PDhS)では,時間(kāla)は空間の概念に相当 する方位(diś)・虚空(ākāśa)と同様に,遍在する恒常的な実体である.またシュ リーダラの注釈『ニヤーヤカンダリー』(Nyāyakandalī,以下 NK)では,生起の時と 場所を特定する座標のような意味で,時間と方位はあらゆる結果物の動力因であ ると説明される1).Halbfass は同学派の時空観を評し,時間は空間の類比物,ある いは複製として周縁化されたと述べた(Halbfass[1992: 215, 221]).一方でまた彼 は,空間(方位)ではなく時間だけが「全ての結果物あるいは生起物の生成,持 続,破壊の原因」であるという PDhS の言明に疑問を呈する(Halbfass[1992: 209– 210]).この問いに答えるため,本稿では時間点(kālapradeśa)と方位点(dikpradeśa) という概念に着目する.これらは時空における特定の時・場所を占める一点であ り,座標上の点に相当する.結論を先取りすれば,方位点は六パダールタの 1 つ である運動と関わり深く,一方で時間点は生起などと不可離の関係にあるが,後 者は特有の理論的問題を抱えている.この問題は時間と方位の差異に端を発して おり,時間を方位の単なる複製と言い切ることは出来ない.

2.方位点と運動

時間点と方位点については,かなた性(paratva)・こなた性(aparatva)という属 性の説明の中にまとまった記述がある.かなた性・こなた性には方位に起因する ものと時間に起因するものがある.前者は空間的な遠近を表し,一方後者は年齢 の老若を表す.これらの属性は相対的なものであるため,観察者の認識を契機と して一時的に生じ,すぐに消滅する2).本節では方位点について説明する.これ は空間上の点であり,地面の点(bhūpradeśa)とは異なるということに注意された (260) 印度學佛敎學硏究第 65 巻第 1 号 平成 28 年 12 月 ─ 265 ─

(2)

い.まず,観察者と結合した地面の点は,さらにその隣の点と結合しており,こ のような結合の連鎖が対象物に至るまで続いている.そして観察者から対象物ま での結合数の比較によって,その結合の数が多い対象物に「離れている」という 観察者の認識が生じ,もう一方に「近接している」という認識が生じる.その認 識を契機として,かなたにある方位点との結合から,一方の対象物にかなた性が 生じ,同様にもう一方の対象物にこなた性が生じる3) ところでこの方位点とは具体的に何を指すのか.まず,それを方位の部分であ ると考えるべきではない.もしそうであるならば,全体である方位は部分から作 られることになり,方位の恒常性と矛盾するからである4).そこで最も有力な解 釈は,方位点を特定の場所に限定された方位であると考えることである.同様の 例として,PDhS では聴覚器官が耳孔という虚空の一部であると説明されている5) 続いて,運動についての PDhS の説明を検討する.運動は上昇・下降・湾曲・ 伸長・進行という 5 種に分類される.上昇などの 4 種は,実体が上方など特定の 方向の点(pradeśa)と結合・分離することによって定義され,進行は不特定の方向 の点との結合・分離によって定義される6).ところでこの点とは,前節で扱った 方位点もしくは地面の点のいずれだろうか.それは上下方向への運動と関わって いることから,地面の一部と考えることは適切ではない.そこでこの点は空間的 な位置を示す観念的な存在である,方位点であると考えるべきだろう.

3.時間点と生起・持続・消滅

次に,時間点についての記述を見ていくことにする.まず,現在時において観 察者と老若 2 人の人物がいる場合に,白髪などの特徴を持った老人には「離れて いる」という認識が生じ,若者には「近接している」という認識が生じる.そし てその認識を契機として,前者にはかなたにある時間点との結合からかなた性が 生じ7),後者には同様にこなた性が生じる8).加えて NK の記述から,以下のこと も明らかになる.まず時間点とは,特定の時に限定された時間である.また時間 点と結合するのは身体であるが,身体は時々刻々と変化し過去の身体は消滅して いるので,実体として同一ではない.そこで継続性を持った身体という概念が導 入される9).これを図にすると,次図のようになる.t 0,t1,t2……は時間点であ り,それらがそれぞれの人物の身体と結合を持っている.これらの結合は現在時 tnの時点では実際には消滅しているが,継続性を持った身体という概念を用いる ことで,方位の場合と同様に結合の累計を比較することが可能になる. 時間は空間の複製なのか?(渡 邉) (261)

時間は空間の複製なのか?

――『パダールタダルマサングラハ』における時間と方位の相違点――

渡 邉 眞 儀

1.はじめに

ヴァイシェーシカ学派のプラシャスタパーダによる『パダールタダルマサング ラハ』(Padārthadharmasaṃgraha,以下 PDhS)では,時間(kāla)は空間の概念に相当 する方位(diś)・虚空(ākāśa)と同様に,遍在する恒常的な実体である.またシュ リーダラの注釈『ニヤーヤカンダリー』(Nyāyakandalī,以下 NK)では,生起の時と 場所を特定する座標のような意味で,時間と方位はあらゆる結果物の動力因であ ると説明される1).Halbfass は同学派の時空観を評し,時間は空間の類比物,ある いは複製として周縁化されたと述べた(Halbfass[1992: 215, 221]).一方でまた彼 は,空間(方位)ではなく時間だけが「全ての結果物あるいは生起物の生成,持 続,破壊の原因」であるという PDhS の言明に疑問を呈する(Halbfass[1992: 209– 210]).この問いに答えるため,本稿では時間点(kālapradeśa)と方位点(dikpradeśa) という概念に着目する.これらは時空における特定の時・場所を占める一点であ り,座標上の点に相当する.結論を先取りすれば,方位点は六パダールタの 1 つ である運動と関わり深く,一方で時間点は生起などと不可離の関係にあるが,後 者は特有の理論的問題を抱えている.この問題は時間と方位の差異に端を発して おり,時間を方位の単なる複製と言い切ることは出来ない.

2.方位点と運動

時間点と方位点については,かなた性(paratva)・こなた性(aparatva)という属 性の説明の中にまとまった記述がある.かなた性・こなた性には方位に起因する ものと時間に起因するものがある.前者は空間的な遠近を表し,一方後者は年齢 の老若を表す.これらの属性は相対的なものであるため,観察者の認識を契機と して一時的に生じ,すぐに消滅する2).本節では方位点について説明する.これ は空間上の点であり,地面の点(bhūpradeśa)とは異なるということに注意された (260) 印度學佛敎學硏究第 65 巻第 1 号 平成 28 年 12 月 ─ 264 ─

(3)

んだことに原因があると思われる.生起・持続・消滅の原因についての言明,そ して運動を説明するために用いられた方位点との類似性から,プラシャスタパー ダは時間点によって生起・持続・消滅の作用を説明しようとしていた可能性が高 いが,その試みの失敗はかえって時間と空間の差異を浮き彫りにする結果となった.  1)NK, 25.12–23.  2)かなた性とこなた性の理論の詳細については渡邉[2014]を参照.ただし同論文で は地面の点についての説明を方位点に当てはめ,それらを同一視していたが,これは 適切ではない.方位点が互いに結合を持つことはないからである.  3)NK, 168.2–20.  4)PDhS, 3.16: . . . anāśritatvanityatve cānyatrāvayavidravyebhyaḥ /

 5)PDhS, 12.7–9: śrotraṃ punaḥ śravaṇavivarasaṃjñako nabhodeśaḥ śabdanimittopabhogaprā-pakadharmādharmopanibaddhaḥ /  6)PDhS, 68.1–69.4.  7)かなたにある時間点が具体的にどの点を指すのかは,渡邉[2014]で論じた.  8)PDhS, 36.6–12.  9)NK, 168.20–169.6. 10)3 種というのは片方のものの運動により生じた結合,両方のものの運動により生じた 結合,結合により生じた結合のことである.Cf. PDhS, 28.11–12: sa ca trividhaḥ anyatara-karmajaḥ ubhayaanyatara-karmajaḥ samyogajaś ca /

〈略号〉

NK The Praśastapāda Bhāshya: With Commentary Nyāyakandali of Sridhara. Ed.

Vindhyesvari Prasad Dvivedin. 2nd ed. Sri Garib Das Oriental Series, no. 13. Delhi: Sri Satguru Publications, 1984.

PDhS Word Index to the Praśastapādabhāṣya: A Complete Word Index to the Printed Editions of

the Praśastapādabhāṣya. Ed. Johannes Bronkhorst and Yves Ramseier. Delhi: Motilal

Banarsidass Publishers, 1994. 〈参考文献〉

Halbfass, Wilhelm. 1992. On Being and What There Is: Classical Vaiśeṣika and the History of

Indian Ontology. Albany: State University of New York Press.

宮元啓一 1977「Vaiśeṣika 学派の apekṣābuddhi」『印度学仏教学研究』25 (2): 908–903. 渡邉眞儀 2014「Nyāyakandalī における時間論――かなた性(paratva)・こなた性(aparatva) の分析を中心に――」『印度学仏教学研究』63 (1): 332–329. 〈キーワード〉 Padārthadharmasaṃgraha,Nyāyakandalī,時間,方位 (東京大学大学院) 時間は空間の複製なのか?(渡 邉) (263) t1 t0 …… tn-1 tn 老人に所属する継続性を持った身体 観察者 若者に所属する継続性を持った身体 ところで結合は原因によって 3 種に分類されるが,時間点との結合はそのいず れにも該当しない10).そもそもそれはどのような場合に生じるのか.まず実体が ある時に生起すれば,対応する時間点 t0との結合が生じる.その実体が次の時に も持続していれば,t1との結合が生じる.実体が消滅すれば,結合も消滅する. 方位点との結合・分離によって運動が定義されたように,時間点との結合も生起 などと関連しているが,PDhS においてこの関連が明示されることはなかった. さて,t0から t1まである実体が存続した場合,方位点の場合から類推すると, 元あった t0との結合は消滅し,t1との結合のみが残ることになる.しかしこの結 合の消滅の原因ははっきりしない.運動から生じる分離でもなく,基体の消滅で もない.また t0との結合が消滅しない可能性もある.この場合,実体はこれまで 存続してきた期間に対応するすべての時間点との結合を保持し続けることになり, 存在する一点を示す座標としての時間の機能は,不明瞭になってしまう.

4.結論

本稿で明らかになったことを手短にまとめる.まず,方位点は特定の一点に限 定された方位である.それは空間的な座標点として働き,運動はそれとの結合・ 分離によって定義される.一方で時間点も生起などに関して同様の働きを持つこ とが期待されるが,それには PDhS の結合の規定にそぐわない性質が多数存在す る.これは結合という本来極めて空間的な概念を,時間についての理論に持ち込 (262) 時間は空間の複製なのか?(渡 邉) ─ 263 ─

(4)

んだことに原因があると思われる.生起・持続・消滅の原因についての言明,そ して運動を説明するために用いられた方位点との類似性から,プラシャスタパー ダは時間点によって生起・持続・消滅の作用を説明しようとしていた可能性が高 いが,その試みの失敗はかえって時間と空間の差異を浮き彫りにする結果となった.  1)NK, 25.12–23.  2)かなた性とこなた性の理論の詳細については渡邉[2014]を参照.ただし同論文で は地面の点についての説明を方位点に当てはめ,それらを同一視していたが,これは 適切ではない.方位点が互いに結合を持つことはないからである.  3)NK, 168.2–20.  4)PDhS, 3.16: . . . anāśritatvanityatve cānyatrāvayavidravyebhyaḥ /

 5)PDhS, 12.7–9: śrotraṃ punaḥ śravaṇavivarasaṃjñako nabhodeśaḥ śabdanimittopabhogaprā-pakadharmādharmopanibaddhaḥ /  6)PDhS, 68.1–69.4.  7)かなたにある時間点が具体的にどの点を指すのかは,渡邉[2014]で論じた.  8)PDhS, 36.6–12.  9)NK, 168.20–169.6. 10)3 種というのは片方のものの運動により生じた結合,両方のものの運動により生じた 結合,結合により生じた結合のことである.Cf. PDhS, 28.11–12: sa ca trividhaḥ anyatara-karmajaḥ ubhayaanyatara-karmajaḥ samyogajaś ca /

〈略号〉

NK The Praśastapāda Bhāshya: With Commentary Nyāyakandali of Sridhara. Ed.

Vindhyesvari Prasad Dvivedin. 2nd ed. Sri Garib Das Oriental Series, no. 13. Delhi: Sri Satguru Publications, 1984.

PDhS Word Index to the Praśastapādabhāṣya: A Complete Word Index to the Printed Editions of

the Praśastapādabhāṣya. Ed. Johannes Bronkhorst and Yves Ramseier. Delhi: Motilal

Banarsidass Publishers, 1994. 〈参考文献〉

Halbfass, Wilhelm. 1992. On Being and What There Is: Classical Vaiśeṣika and the History of

Indian Ontology. Albany: State University of New York Press.

宮元啓一 1977「Vaiśeṣika 学派の apekṣābuddhi」『印度学仏教学研究』25 (2): 908–903. 渡邉眞儀 2014「Nyāyakandalī における時間論――かなた性(paratva)・こなた性(aparatva) の分析を中心に――」『印度学仏教学研究』63 (1): 332–329. 〈キーワード〉 Padārthadharmasaṃgraha,Nyāyakandalī,時間,方位 (東京大学大学院) 時間は空間の複製なのか?(渡 邉) (263) t1 t0 …… tn-1 tn 老人に所属する継続性を持った身体 観察者 若者に所属する継続性を持った身体 ところで結合は原因によって 3 種に分類されるが,時間点との結合はそのいず れにも該当しない10).そもそもそれはどのような場合に生じるのか.まず実体が ある時に生起すれば,対応する時間点 t0との結合が生じる.その実体が次の時に も持続していれば,t1との結合が生じる.実体が消滅すれば,結合も消滅する. 方位点との結合・分離によって運動が定義されたように,時間点との結合も生起 などと関連しているが,PDhS においてこの関連が明示されることはなかった. さて,t0から t1まである実体が存続した場合,方位点の場合から類推すると, 元あった t0との結合は消滅し,t1との結合のみが残ることになる.しかしこの結 合の消滅の原因ははっきりしない.運動から生じる分離でもなく,基体の消滅で もない.また t0との結合が消滅しない可能性もある.この場合,実体はこれまで 存続してきた期間に対応するすべての時間点との結合を保持し続けることになり, 存在する一点を示す座標としての時間の機能は,不明瞭になってしまう.

4.結論

本稿で明らかになったことを手短にまとめる.まず,方位点は特定の一点に限 定された方位である.それは空間的な座標点として働き,運動はそれとの結合・ 分離によって定義される.一方で時間点も生起などに関して同様の働きを持つこ とが期待されるが,それには PDhS の結合の規定にそぐわない性質が多数存在す る.これは結合という本来極めて空間的な概念を,時間についての理論に持ち込 (262) 時間は空間の複製なのか?(渡 邉) ─ 262 ─

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