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マルガレーテ・ズースマンの「抒情詩の私

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マルガレーテ・ズースマンの「抒情詩の私

(das lyrische Ich)」概念におけるゲオルゲの影響

小 野 寺  賢 一

はじめに

 「抒情詩の私(das lyrische Ich)」がはじめて詳しく論じられたのは、マルガレーテ・

ズースマンの『近代ドイツ抒情詩の本質』(1910年)1)においてであった。その後、1916 年にオスカー・ヴァルツェルによってこの概念がドイツ文学の専門研究に導入2)されて以 来、今日に至るまで、「抒情詩の私」に関して書かれた解説や論文、書籍はかなりの数に のぼる。論点は多岐にわたるが、議論の中心にあったのは常に抒情詩の語り手としての

「私」と、経験的・伝記的存在である作者との区別についての問いであったといってよい。

しかし、そもそもズースマンは、単にこの区別を強調するためだけに「抒情詩の私」を用 いたわけではなかった。そうではなく、この区別を当然の前提として、ドイツ抒情詩の発 展におけるシュテファン・ゲオルゲの意義を際立たせようとしたのである。本稿はこれに ついて論じる試みであるが、まずはその意義を明確にするためにも、当該概念の研究史を ごく簡単にふりかえっておきたい。その際、関連文献のすべてに言及するわけにはいかな いので、本稿の目的に役立つと思われるもののみを選択し、基本的にはそれらを時系列に そって簡潔に紹介してゆく。3)

1. 「抒情詩の私」をめぐる従来の議論と現在の状況

 「抒情詩の私」が本格的な議論の的になったのは1960年代に入ってからのことである。

ケーテ・ハンブルガーの『文学の論理』(1957年)がその契機の一つであったことに疑い の余地はないだろう。周知のとおり、彼女は同書において「抒情詩の発言主体」すなわち

「抒情詩の私」と作者は「理論的な意味で同一」4)であるとした。彼女のこうした主張は、

当該概念をめぐるその後の議論において間接的に、また幾人かの研究者からは直接的にも 批判をうけた。5)そして結果的に、さまざまな時代の作品における「抒情詩の私」の「発 1) Margarete Susman: Das Wesen der modernen deutschen Lyrik. Stuttgart (Strecker &

Schröder) 1910.

2) Oskar Walzel: Schicksale des lyrischen Ichs. In: Ders.: Das Wortkunstwerk. Mittel seiner Erforschung. Leipzig (Quelle & Meyer) 1926, S. 260-276. Zuerst erschienen in: Das literarische Echo. Halbmonatsschrift für Literaturfreunde, Jg. 18 (1915/16), Heft 10 (15. Februar 1916), Sp. 593-600; Heft 11 (1. März 1916), Sp. 676-683.

(2)

見」やこの概念の理論的探求に寄与することになったのである。すなわちこれ以降、60 年代から90年代にかけては、基本的に、作中の発言主体を作品の伝記的背景や作者の人 格とは切り離して考察する際にこの概念が用いられたほか、その理論的な吟味や規定が繰 り返し試みられたのであった。6)

 その間、抒情詩の語り手を作者と切り離すばかりでなく、読者と結びつける理論も登場 した。たとえば、「抒情詩の私」は読者が埋めるべき「空虚なダイクシス4 4 4 4 4 4 4 47)であるとい うカスパー・H・シュピナーの説、あるいは、これと同様の意味で「詩中の〈私〉は作者 の私有財産ではなく、読者の共有財産である」と述べ、抒情詩は本来4 4「構造的に匿名」8)

であるとするハインツ・シュラッファーの説が挙げられる。これらの説も受容美学、9)と りわけ1970年代以降にめざましい進展をとげた読者行為論の知見が、上述の全体的な研 究動向に合流することで生じたものであったといえる。

 他方こうした流れと並行して、「抒情詩の私」が抱える問題点を指摘する声も次第に高 まっていった。最大の問題点は、この間に当該概念の規定をめぐり、複数の相容れない、

3) 従来の研究の概観に際しては以下の文献を参考にした。Jan Borkowski / Simone Winko: Wer spricht das Gedicht? Noch einmal zum Begriff lyrisches Ich und zu seinen Ersetzungs- vorschlägen. In: Hartmut Bleumer / Caroline Emmelius (Hg.): Lyrische Narrationen – narrative Lyrik. Gattungsinterferenzen in der mittelalterlichen Literatur. Berlin / New York (Walter de Gruyter) 2011, S. 43-77, hier S. 43-64; Alexander Brehm: ,Lyrisches Ich‘. Begriff und Praxis.

Bielefeld (Aisthesis) 2013, S. 93-132; Dieter Burdorf: Einführung in die Gedichtanalyse. 3., aktualisierte und erweiterte Auflage. Stuttgart (J. B. Metzler) 2015, S. 189-193; Carolin Fischer:

Der poetische Pakt. Rolle und Funktion des poetischen Ich in der Liebeslyrik bei Ovid, Petrarca, Ronsard, Shakespeare und Baudelaire. Heidelberg (Winter) 2007, S. 51-69; Dietmar Jaegle: Das Subjekt im und als Gedicht. Eine Theorie des lyrischen Text-Subjekts am Beispiel deutscher und englischer Gedichte des 17. Jahrhunderts. Stuttgart (M&P) 1995, S. 47-68;

Matías Martínez: Das lyrische Ich. Verteidigung eines umstrittenen Begriffs. In: Heinrich Detering (Hg.): Autorschaft. Positionen und Revisionen. Stuttgart / Weimar (J. B. Metzler) 2002, S. 376-389, hier S. 376-383; Wolfgang G. Müller: Das lyrische Ich. Erscheinungsformen gattungseigentümlicher Autor-Subjektivität in der englischen Lyrik. Heidelberg (Winter) 1979, S. 11-30; ders.: Das lyrische Ich. In: Dieter Lamping (Hg.): Handbuch Lyrik. Theorie, Analyse, Geschichte. 2., erweiterte Auflage. Stuttgart (J. B. Metzler) 2016, S. 59-61; Simone Schiedermair: ‚Lyrisches Ich‘ und sprachliches ,ich‘. Literarische Funktionen der Deixis.

München (iudicium) 2004, S. 30-52; Jörg Schönert: Empirischer Autor, Impliziter Autor und Lyrisches Ich. In: Fotis Jannidis / Gerhard Lauer / Matías Martínez / Simone Winko (Hg.):

Rückkehr des Autors. Zur Erneuerung eines umstrittenen Begriffs. Tübingen (Max Niemeyer) 1999, S. 289-294. Mit einem Nachtrag (2004) online veröffentlicht unter: http://www.icn.uni- hamburg.de/publications/empirischer-autor-impliziter-autor-und-lyrisches-ich-mit-einem- nachtrag (angerufen am 30. 11. 2019); Kaspar H. Spinner: Zur Struktur des lyrischen Ich.

Frankfurt am Main (Akademische Verlagsgesellschaft) 1975, S. 1-11; Anthony Stephens:

Überlegungen zum lyrischen Ich. In: Theo Elm / Gerd Hemmerich (Hg.): Zur Geschichtlichkeit der Moderne. Der Begriff der literarischen Moderne in Theorie und Deutung. Ulrich Fülleborn zum 60. Geburtstag. München (Wilhelm Fink) 1982, S. 53-67.

4) Käte Hamburger: Die Logik der Dichtung. Stuttgart (Ernst Klett) 1957, S. 186. ケーテ・ハンブ ルガー(植和田光晴訳):文学の論理(松籟社)1986、213頁。

5) Siehe z. B. Bernhard Asmuth: Aspekte der Lyrik. 5., erweiterte Auflage. Opladen (Westdeutscher Verlag) 1979, S. 130-132; Spinner, Zur Struktur des lyrischen Ich (wie Anm. 3), S. 15; Klaus Weimar: Kritische Bemerkungen zur Logik der Dichtung. In: DVjs, Jg. 48 (1974), S.

10-24; René Wellek: Gattungstheorie, das Lyrische und „Erlebnis“. In: Ders.: Grenzziehungen.

Beiträge zur Literaturkritik. Stuttgart / Berlin / Köln / Mainz (Kohlhammer) 1972, S. 106-124, hier S. 107-113.

(3)

ときには真っ向から対立する主張が入り乱れるようになったことにある。10)わかりやす い例をいくつか挙げてみよう。ユルゲン・リンクによれば「抒情詩の私」とは、具体的な 形姿をともなわず、また、二人称や三人称で表される他の人物と対峙することもない、

「絶対的に用いられた一人称」11)である。一方、ヴォルフガング・G・ミュラーによれば、

それは「主体的なものが特殊な流儀で、テクストの言語的形式において明示されるとこ ろ」12)に存在する。要するに、彼にとっての「抒情詩の私」とは、われわれが作品の独 創的文体に認める個性のことなのだ。これに対して、カール・ペスタロッツィにとってそ れは、シラー以降、詩作を通じて追求されるようになった、「自律的」でいかなる現実や 経験からも「自由」な純然たる「自己」13)を指す。このようにして、「抒情詩の私」の汎 用性を高めるか、あるいはその有効範囲を確定しようとする幾多の試みこそが、この概念 をますますコンセンサスを欠いたものにしてしまい、議論の道具としての利便性を毀損す るばかりか、いたずらな混乱をもたらしてしまったのである。

 こうした状況をうけて、1995年にはディーター・ブルドルフが詩分析の入門書で「抒 情詩の私」の使用を「放棄」14)し、これをより適切な概念で置き換えることを提案する に至った。この頃より今日に至るまでさまざまな代替案が提示されてきた。15)しかし、

個々の詩解釈の現場においては相変わらず特段の留保もなしに「抒情詩の私」が用いられ

6) 以下、代表的な研究を成立年代ごとに列挙する。60年代:Eva M. Lüders: Das lyrische Ich und das gezeichnete Ich. Zur späten Lyrik Gottfried Benns. In: Wirkendes Wort, Jg. 15 (1965), S. 361-385; dies.: Die Ich-Form und die Tendenzen des Lyrischen. In: Sheema Z. Buehne / James L. Hodge / Lucille B. Pinto (Hg.): Helen Adolf Festschrift. New York (Frederick Ungar) 1968, S. 342-352. 70年代:Jürgen Peper: Transzendentale Struktur und lyrisches Ich. In: DVjs, Jg. 46 (1972), S. 381-434; Karl Pestalozzi: Die Entstehung des lyrischen Ich. Studien zum Motiv der Erhebung in der Lyrik. Berlin (Walter de Gruyter) 1970. 80年代:Hiltrud Gnüg:

Entstehung und Krise lyrischer Subjektivität. Vom klassischen lyrischen Ich zur modernen Erfahrungswirklichkeit. Stuttgart (J. B. Metzler) 1983; Gerhard Kaiser: Das Ich im Gedicht.

Wandlungen seit der Goehtezeit. In: Seminar. A Journal of Germanic Studies, Vol. 24 (1988), S.

97-131; Bernhard Sorg: Das lyrische Ich. Untersuchungen zu deutschen Gedichten von Gryphius bis Benn. 2., unveränderte Auflage. Tübingen (Max Niemeyer) 1985. 90年代:

Günter Butzer: Schicksale des lyrischen Ich. In: Sprache und Literatur in Wissenschaft und Unterricht, Jg. 30, Heft 83 (1999), S. 3-15; Michael Feldt: Lyrik als Erlebnislyrik. Zur Geschichte eines Literatur- und Mentalitätstypus zwischen 1600 und 1900. Heidelberg (Winter) 1990.

7) Spinner, Zur Struktur des lyrischen Ich (wie Anm. 3), S. 17. 強調は原文。

8) Heinz Schlaffer: Die Aneignung von Gedichten. Grammatisches, rhetorisches und prag- matisches Ich in der Lyrik. In: Poetica, Bd. 27 (1995), S. 38-57, hier S. 47. シュラッファーによ れば、「自らの詩人としての実存を人々の心に刻み込もうとする近代の作者たち」によって、

こうした匿名性が抒情詩から奪われてしまったのだという。Ebd., S. 56.

9) ヘルベルト・レーネルトは「抒情詩の私」において「作者と読者の同一性」が構成されると

考えた。Herbert Lehnert: Struktur und Sprachmagie. Zur Methode der Lyrik-Interpretation.

Stuttgart / Berlin / Köln / Mainz (Kolhammer) 1966, S. 123. 当該概念の受容美学的理解のさ きがけとみなすべきこの説はカール・ペスタロッツィに引き継がれた。Siehe Pestalozzi, Die Entstehung des lyrischen Ich (wie Anm. 6), S. 343, Fußnote 3; S. 351 f.

10) Vgl. Stephens, Überlegungen zum lyrischen Ich (wie Anm. 3), S. 54 f.

11) Jürgen Link: Literaturwissenschaftliche Grundbegriffe. Eine programmierte Einführung auf strukturalistischer Basis. München (Wilhelm Fink) 1974, S. 335.

12) Müller, Das lyrische Ich, 1979 (wie Anm. 3), S. 31.

13) Pestalozzi, Die Entstehung des lyrischen Ich (wie Anm. 6), S. 349.

14) Burdorf, Einführung in die Gedichtanalyse (wie Anm. 3), S. 192.

(4)

てきたし、概念そのものに対する問いや関心が完全に途切れることもなかった。16)「抒情 詩の私」はその明らかな欠陥にもかかわらず、かように「根絶しがたい概念」17)なので あり、いみじくも1972年の時点でヴァルター・キリーがすでに指摘していたように、度 重なる死亡宣告もまるで意に介することなく、ドイツ文学の専門領域のあちらこちらでと きおり姿を現す「亡霊」18)のような存在なのだ。

 以上のことを知りながら、そしていくつかの啓発的で実用的な代替案を無視してまで も、今日なおこの玉虫色の概念を使い続けようとする研究者4 4 4には、それ相応の根拠が要求 されることになるだろう。単に抒情詩の語り手の審級を示すためだけにこの概念を用いる 者も「冗語法」のそしりを免れることはできない。19)なぜならそうした概念使用は、自 分の論じる対象が詩のジャンルに属するということ以上の情報を何も伝えないからだ。20)

 こうした問題が広く共有されるようになり、また、1990年代より物語理論の知見や概 念が抒情詩研究に導入されるようになった21)結果として、いまやこの概念はより中立的 な分類や術語に置き換えられるようになってきている。22)それでは、真に批判的な文学 研究の領野においては、「抒情詩の私」が占めうる余地はもはやどこにもないのであろう か。そうとまではいえない。広義の文学史、もっと正確にいえば、この概念が詩人たちに とって重要性をもちえた1890年代から1960年代にかけての詩学的言説の研究においてで あれば、「抒情詩の私」を「中立的」かつ「メタ言語的」23)に取り扱うことはなお可能で ある。しかし、こうした取り組みは従来ほとんどなされてこなかった。そればかりか「抒 15) Siehe z. B. Borkowski / Winko, Wer spricht das Gedicht? (wie Anm. 3), S. 64-77; Burdorf,

Einführung in die Gedichtanalyse (wie Anm. 3), S. 193-215; Peter Hühn / Jörg Schönert: Zur narratologischen Analyse von Lyrik. In: Poetica, Bd. 34 (2002), S. 287-305; Jaegle, Das Subjekt im und als Gedicht (wie Anm. 3), S. 69 ff.; Schiedermair, ‚Lyrisches Ich‘ und ‚sprachliches

‚ich‘ (wie Anm. 3), S. 53 ff.; Schönert, Empirischer Autor, Impliziter Autor und Lyrisches Ich (wie Anm. 3), S. 293 f.

16) Siehe z. B. Brehm, ,Lyrisches Ich‘ (wie Anm. 3); Fischer, Der poetische Pakt (wie Anm. 3). カ ロリン・フィッシャーは「抒情詩の私」に関する各理論を批判的に検証しつつ、作者と抒情 詩の「私」との関係を――限定的にではあるが――より適切に規定しうるものとして「詩人 の私(das poetische Ich)」という概念を提唱した。Siehe ebd., bes. S. 69-72.この概念は広範 に応用可能な詩分析のツールというよりは、特定の作品群にみられる当該の関係を説明する ものである。このことから「詩人の私」は「抒情詩の私」の派生形態であると定義できる。

17) Hans-Werner Ludwig: Arbeitsbuch Lyrikanalyse. 5., erweiterte und aktualisierte Aufrage.

Tübingen / Basel (A. Francke) 2005, S. 11.

18) Walther Killy: Elemente der Lyrik. München (C. H. Beck) 1972, S. 4.

19) ミュラーは「抒情詩の私」を詩における一人称単数の「私」とする理解をやはり「冗語法」

として退けている。Müller, Das lyrische Ich, 1979 (wie Anm. 3), S. 12.

20) Vgl. Borkowski / Winko, Wer spricht das Gedicht? (wie Anm. 3), S. 61.

21) Siehe z. B. Walter Bernhart: Überlegungen zur Lyriktheorie aus erzähltheoretischer Sicht. In:

Herbert Foltinek / Wolfgang Riehle / Waldemar Zacharasiewicz (Hg.): Tales and “their telling difference”. Zur Theorie und Geschichte der Narrativik. Festschrift zum 70. Geburtstag von Franz K. Stanzel. Heidelberg (Winter) 1993, S. 359-375; Eva Müller-Zettelmann: Lyrik und Narratologie. In: Vera Nünning / Ansgar Nünning (Hg.): Erzähltheorie transgenerisch, intermedial, interdisziplinär. Trier (WVT) 2002, S. 129-153.

22) Siehe z. B. Borkowski / Winko, Wer spricht das Gedicht? (wie Anm. 3), S. 64-77; Hühn / Schönert, Zur narratologischen Analyse von Lyrik (wie Anm. 15).

23) Borkowski / Winko, Wer spricht das Gedicht? (wie Anm. 3), S. 61. Vgl. dazu auch Stephens, Überlegungen zum lyrischen Ich (wie Anm. 3), S. 58.

(5)

情詩の私」をめぐる言説の要であるズースマンの理論そのものが、極度に単純化されたか たちでしか受容されてこなかったのである。したがってさしあたっては、ズースマンの議 論そのものを本来の趣旨にそって再構成し、問題の概念がどのような文脈において用いら れているのかを、正確に把握する必要があるのだ。

2. 宗教と「抒情詩の私」の関係

 なによりもまず強調しておかなければならないのは、『近代ドイツ抒情詩の本質』にお いて、「抒情詩の私」はけっしてその主題ではないという事実である。ズースマンが本書 において取り組んだ中心的問題とは、近代における宗教的体験の変化がドイツ抒情詩の発 展に及ぼした影響である。しかし、この命題はその後の理論家たちの関心をまったくと いっていいほど引かなかった。「抒情詩の私」が多くの研究者たちの注目を集めたのは、

それが詩の適切な分析や解釈に役立つ、あるいは抒情詩の超時代的・本質的な規定に関わ ると思われたからなのである。彼らにとって重要なのは、あくまでも概念の有効範囲を確 定ないしは拡張すること、ひいてはそのために概念をより高度に洗練させることであっ た。それゆえ、「不必要にわかりづらい」(ヴァルツェル)、「形而上学的な諸前提を負っ た」(ブルドルフ)、「エッセイ的かつ思弁的」(マルティン・マルティネス)24)なズース マンの論述全体は、こうした関心をもつ研究者たちによって、当該概念の実用的な理解に は寄与しないと判断され、度外視されてきたのである。そして「抒情詩の私」と経験的・

自伝的な「私」との区別のみが彼女の功績として強調されてきたのだ。25)

 しかしこの区別はズースマンにとって議論の出発点にすぎなかった。彼女が一貫して論 じているのは、近世までは比較的安定していたはずのこの区別が、近代における宗教の没 落以降ゆるがされてしまったかのようにみえるという問題、さらにいえば、このある意味 で否定的な事態こそが近代ドイツ抒情詩の発展の原動力になったということなのだ。ズィ モーネ・シーダーマイアーの言葉をかりれば、「抒情詩の私」という概念は、「一方では確 かに詩の私と作者の人格的な自我との厳密な区別を確認するのだが、もう一方ではしか し、この二つを互いに最も緊密に結びつける、より複雑で包括的なコンセプト」26)に支 えられているのである。ただし、シーダーマイアーもこの「コンセプト」の内実を十分に 明らかにするには至らなかった。それにはやはり『近代ドイツ抒情詩の本質』全体の論旨 24) Burdorf, Einführung in die Gedichtanalyse (wie Anm. 3), S. 189; Martínez, Das lyrische Ich (wie

Anm. 3), S. 382; Oskar Walzel: Leben, Erleben und Dichten. In: Internationale Monatsschrift für Wissenschaft Kunst und Technik, Jg. 6, Nr. 11 (August 1912), Sp. 1397-1440, hier, Sp. 1422.

25) Siehe z. B. Burdorf, Einführung in die Gedichtanalyse (wie Anm. 3), S. 189; Martínez, Das lyrische Ich (wie Anm. 3), S. 382; Müller, Das lyrische Ich, 1979 (wie Anm. 3), S. 11 f.; ders., Das lyrische Ich, 2016 (wie Anm. 3), S. 59; Schlaffer, Die Aneignung von Gedichten (wie Anm.

8), S. 44; Schönert, Empirischer Autor, Impliziter Autor und Lyrisches Ich (wie Anm. 3), S. 289;

Spinner, Zur Struktur des lyrischen Ich (wie Anm. 3), S. 2.

26) Schiedermair, ‚Lyrisches Ich‘ und sprachliches ,ich‘ (wie Anm. 3), S. 30. Vgl. dazu auch Borkowski / Winko, Wer spricht das Gedicht? (wie Anm. 3), S. 46; Fischer, Der poetische Pakt (wie Anm. 3), S. 51 f.

(6)

を把握する必要があるのだ。

 その際に有益なのは、同書の物語的な構造をあらかじめ理解しておくことであろう。

ズースマンがこの本で語ろうとした物語は二つある。そのうち、より大きな枠組みをもつ 物語の終点にはライナー・マリーア・リルケが、また、そこに埋め込まれているもう一つ の物語の終点にはゲオルゲが立つ。まずは本書の全体的な枠組みを構成している前者の物 語からみていこう。筋書きはこうだ。

 太古の昔、抒情詩と宗教と哲学は神話において一つに溶け合っていた。27)神話とは、

世界を不完全にしか認識できない人間が、表象を通じて全体を直観するための媒体であ る。その神話からこれらの三つの精神領域が分岐し、固有の領域を形成していく過程で、

時代の神話的な諸要素を受け入れ、これに形を与えたのが詩芸術の領域である。その詩芸 術がさらに三つの領域すなわち、劇詩、叙事詩、抒情詩に分かれた際に、28)神話的要素 を最も色濃く保持したのは抒情詩であった。それというのも、劇詩や叙事詩において物事 のなりゆきや状態を決定するのが人間の相互的な関係であるのに対して、抒情詩は世界と いう全体により直接的に関わろうとするからだ。

 その後、抒情詩は、社会の近代化が進むにつれて没落していく宗教になり代わり、絶対 的存在――「実体」――との失われた関係を希求する媒体となる。まずクロップシュトッ クによって表現され、ロマン主義に引き継がれたこの宗教的憧憬は、ゲオルゲの詩作にお いて最も純粋な詩的形象をえる。これとほぼ同時期にフーゴー・フォン・ホーフマンスター ルは、実体喪失のうえに成り立っている、社会と個人の近代的関係を生全般として描き出 した。さらに、この生全般を認識の対象とし、それに神の名前を与えようと試みること で、哲学ならびに宗教を抒情詩において再統合した人物こそリルケにほかならない――。

 ズースマンは1907年から1909年にかけて『フランクフルト新聞』にドイツで刊行され た新しい詩集についての論評を連載しており、29)これをきっかけとして『近代ドイツ抒 情詩の本質』は執筆された。彼女は回顧録で、本書の成立とならぶ当時の一大事件とし て、『時祷詩集』(1905年)30)を「驚愕と讃嘆の念とともに」31)知ったことを挙げている。

このことからも、リルケを終点とする近代ドイツ抒情詩の展開を、神話からの三領域の分 裂ならびに近代抒情詩におけるその再統合という筋書きに即して語ることが、彼女の当初 からの構想であったことがうかがえる。

27) 抒情詩と神話の関係については『近代ドイツ抒情詩の本質』の「抒情詩における神話」の章

を見よ。Siehe Susman, Das Wesen der modernen deutschen Lyrik (Anm. 1), S. 11-15.

28) もちろん、抒情詩というジャンルに関するズースマンのこうした説明は歴史的には正しいと

はいえない。現在でいうところの「抒情詩(Lyrik)」が劇詩や叙事詩とならぶ独立した包括 的ジャンル概念として定着するのは、18世紀以降のことだからである。Siehe Butzer, Schicksale des lyrischen Ich (wie Anm. 6), S. 3. Vgl. dazu auch Klaus R. Scherpe: Analogon actionis und lyrisches System. Aspekte normativer Lyriktheorie in der deutschen Poetik des 18.

Jahrhunderts. In: Poetica, Bd. 4 (1971), S. 32-59. 正確には、ここでズースマンが念頭において いるのは、ディテュランボス等、のちの世において「抒情詩」というくくりで理解されるこ とになる詩の総体であるというべきであろう。

29) Siehe Manfred Schlösser (Hg.): Für Margarete Susman. Auf gespaltenem Pfad. Darmstadt (Erato-Presse) 1964, S. 385.

(7)

 ところが内容的には、リルケひいては近代抒情詩による哲学の包含について述べられて いるのは、本文124頁中わずか5頁分ほどでしかない(siehe S. 125-130)。それ以外の箇所 で論じられているのはもっぱら抒情詩と宗教の関係なのだ。そしてこの関係の変化を筋と して展開されるのが、ゲオルゲを終点とするもう一つの物語なのである。「抒情詩の私」

はいわばその主人公として活躍するのだ。喩えるならば、それは解放と自立の物語、すな わち「抒情詩の私」が宗教から解放され、ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテの「自 然」32)あるいはロマン主義者の「絶対者」への依存状態を経て、抒情詩の媒体性のみに 立脚するようになるまでの変身物語である。そしてこの物語の主人公が自身の成長の頂点 でとる姿こそがゲオルゲの「私」にほかならない。

 このことを明らかにするために、抒情詩と宗教の関係に関するズースマンの説明を確認 しておこう。その際、留意しておくべきなのは、本書においては絶対者ないしは神にあた るものが一貫して「実体(Substanz)」と呼ばれていることだ。このことからもわかるよ うに、ズースマン自身は基本的に絶対者を、個々の存在者を包含する全体として、スピノ ザ的な意味において理解している。33)ただし、宗教においてこの実体を超越的存在者と して求めること自体が否定されるわけではない。彼女によれば、かつて実体は、集団的な 宗教体験において「世界の形而上学的な、超現実的側面とその作用」として直接感受され たのであった(S. 9)。このときそれは「生感情における規定的なもの」、すなわち「生」

に輪郭(「生の形式」)を与える「存在」として生き生きと体験されたのだという

(S. 39)。そしてこの時代の抒情詩の機能は「確固たる表象圏」(S. 11)、つまり、一つの 宗教圏において共有されている統一的な世界像に根ざして、個々人と全体との一般的関係 を形象化することにあった。すでに述べたように、この一般的関係――以下の引用文にあ る「永遠の連関」――をズースマンは「神話」と呼ぶ。問題の「抒情詩の私」とは、この

「神話」の構成的な中心として機能する、脱人格化された形式的な自我のことなのである。

ただ神話の永遠の諸連関のみが、抒情的芸術のうちに場を占めている。それは運命では なく、詩人が手にする、個人的運命を超越した真理、すなわち彼の運命の形式4 4である。

そしてそれゆえに、そこに場を占めているのは、けっして人格的な自我ではありえず、

ただ存在の普遍的な永遠の諸連関のなかで生きる自我でしかありえない。それこそが抒

30) Rainer Maria Rilke: Das Stunden-Buch. In: Ders.: Werke. Kommentierte Ausgabe. 4 Bde. und ein Supplementband. Hg. von Manfred Engel, Ulrich Fülleborn, Dorothea Lauterbach, Horst Nalewski und August Stahl. Frankfurt am Main / Leipzig (Insel) 1996 (Bd. 1-4); 2003 (Supplementband), Bd. 1, S. 153-252.

31) Margarete Susman: Ich habe viele Leben gelebt. Erinnerungen. Zweite Auflage. Stuttgart (Deutsche Verlags-Anstalt) 1964, S. 78.

32) これについては本稿の註41を見よ。

33) スピノザの実体概念については以下を見よ。Siehe Baruch de Spinoza: Ethik in geometrischer Ordnung dargestellt. Ders.: Sämtliche Werke. 7 Bde. und ein Ergänzungsband. Bd. 2.

Lateinisch-Deutsch. Neu übersetzt, herausgegeben, mit einer Einleitung versehen von Wolfgang Bartuschat. 4., durchgesehene Auflage. Hamburg (Felix Meiner) 2015. バールーフ・

デ・スピノザ(工藤喜作/斎藤博訳):エティカ(中公クラシックス)2007。

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情詩の私なのであって、これは、詩人が自身の所与の自我から創り出す一つの形式なの である。現実と芸術との間の境界を確定するこの原則は、すべての抒情詩に対して変わ ることなく存続し続けている。(S. 16;強調は原文)

 ズースマンはこう述べたあとで、民謡や中世の恋愛歌を例に挙げ、これらの詩が、少な くとも特定の年齢あるいは特定の身分の、感受性豊かな人間であれば、即座に是認しうる 一般的内容をもつことを指摘する。そしてヴァルター・フォン・デァ・フォーゲルヴァイ デの詩行「おお、悲しいかな、私のすべての歳月はどこに消え去ってしまったのか!/私 は自分の人生をただ夢見ていただけなのか、それともこれは現実なのか?」34)を引用し つつ、こうした詩は「どんな個人でもなければどんな特定の個的魂でもなく、齢を重ねる 人間というもの」によって歌われた「不滅の歌」であると説明するのだ(S. 17)。このよ うにして、人々の「代理人」あるいは「口」として機能し、物事を「一般的なしかたで感 じる」「最も普遍的な自我」こそが「抒情詩の私」の原初的4 4 4形態にほかならない(S. 18)。

 問題なのは、社会の近代化にともない、脱人格化の前提条件が大きく変化したというこ とである。近代以前の詩作は宗教によって支えられた集団的な世界像に依拠していたの で、その内容の一般性も容易に確保されえた。ところが社会の近代化にともなう宗教の衰 退は、そうした統一的世界像の崩壊を引き起こすことになった。したがって抒情詩のあり 方もまた、それに応じて変化することを余儀なくされたのである。以下、順をおってみて いこう。

 まず、宗教が重要性を失うにつれて、人間の生は共同体においてではなく、もっぱら

「個人(Individuum)」において営まれるようになっていった。これと並行して、以前は集 団を通じて確保されていた実体との宗教的関係も個々人の内面において追求されるように なる。しかし、近代人が実体を求めたとしても、それはもはや以前のような絶対性をもち えない。そもそも、かつて集団において感受されたという「一いつなる絶対的実体」とは、魂 を「依存した小さな実存」として包み込んでいる世界が、宗教的体験を通じて、魂に「相 対するもの」として把握された姿にほかならなかった(S. 42)。それは「途方もないも の、偉大なる永遠の異質性」を備えた大いなる全体であり(ebd.)、個人を絶対的に凌駕 する存在であった。

 しかし近代に入ると、人々は自らが個人的に発する問いに呼応してくれる世界のみを、

つまり自分自身にとってより親密な世界のみを求めるようになった。そして大いなる異質 性を備えたものに対しては、これを「より疑わしい」ものとして退けるようになったのだ という(ebd.)。こうして世界は個々人において内面化されてしまい、そこからはかの

「偉大なる永遠の異質性」が抜け落ちてしまったのである。そのため、近代人たちが実存

34) ズースマンが引用に際してどの版を用いたのかは不明。本稿では訳出の際に以下の版を参照

した。Walther von der Vogelweide: Alters Elegie. In: Ders.: Sämtliche Gedichte. Aus dem Mittelhochdeutschen ins Neuhochdeutsche übertragen von Franz Viktor Spechtler.

Klagenfurt / Celovec (Wieser) 2003, S. 203 f., hier S. 202.

(9)

的な問いを世界ないしは実体にむけて投げかけたとしても、彼らは結局のところその答え を自身が抱く「個々の憧れともろもろの夢」に探し求めることとなり、「ますます自己を 体験するようになり、実体を体験することはますます少なく」なっていった(ebd.)。「し かし宗教の実体感情は人間の魂に生得の、そしてそれゆえに根絶しがたい感情なので、実 体への接近がより困難かつ不可能になるのに応じて、実体をつかみたいという憧れはより 強大に、より徹底的になる」(S. 43)。そこで人類はこの憧憬を満たすために、以前であ れば神の啓示として顕現したとされる「世界の形而上学的な、超現実的側面とその作用」

を宗教以外の形式において救い出す必要にせまられたのである(S. 9)。ズースマンによ れば、その形式となったのが芸術わけても抒情詩であった。

 これによって抒情詩の意義は根本的に変化する。というのも、近代より以前、抒情詩が 宗教に依存していた時代においては、実体と直接関わっていたのはあくまでも宗教であ り、抒情詩人はその宗教がもたらす世界像から詩的素材をえることで、個々人と全体との 結びつきを表現していたにすぎない。ところが近代の抒情詩詩人は詩作を通じて実体と自 己との関係を直に探求し、この個人的な探求に基づいて「神話」を形成することになった のだ。こうして抒情詩は宗教への依存状態から脱するばかりか、その役割と機能とを肩代 わりすることになったのである。しかしそこからは自ずと大きな問題が生じることになっ た。というのも、詩人が近代人である以上、彼が体験するのはあくまでも自己自身なので あるから、この自己を中心に形成される神話もまた、少なからず詩人の個人的関心、憧憬 や夢などによって彩られ、往々にして「秘教的なもの」(S. 14)にならざるをえないので ある。つまり、神話形成の前提であるはずの脱人格化と一般化が以前に比べてはるかに困 難になってしまったのだ。

 こうした理由により、近代以降、「抒情詩の私」と「個人の一回的な自我」との違いが 次第に見過ごされるようになっていった結果、抒情詩には「〈主観的な芸術〉」という烙印 が押されるようになった(S. 17)。ズースマンはそのように指摘したうえで、こうした傾 向を批判し、「抒情詩の私」が一般的な個人を超越した形式的自我であるという原理は近 代以降も不変であり、抒情詩がその「芸術的に客観的な性格」を失うことはいささかもな かったと主張するのである(S. 18)。そればかりか神話形成が近代的個人の自由な「自己 創造」(S. 14)にゆだねられたことによってはじめて、「抒情詩の根本法則はより偉大な 絶対性をまとって出来」することになったのだという(S. 18)。これには、抒情詩の本質 が象徴の力にあるという事情が関係している。

 ズースマンは象徴を、「個々の生のもとで全体の美を静かに露わにする」ための媒体と して理解している(S. 32)。この理解にしたがえば、個別的現象を世界との連関において 直接的に表現する抒情詩は、他のいかなる芸術にもまして象徴的であるということにな る。近代以前の詩人たちもこの象徴の力を用い、自身が体験した出来事から詩人個人に関 わる要素を捨象することで、形式的自我としての「抒情詩の私」を構成していた。その場 合、彼らにとっての全体とは、常に安定した統一体として個々人を包み込んでいた、所与 の経験的世界であった。これに対して、近代の詩人たちが求めてやまない全体とは、実体

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という、経験的世界の背後にある存在なのである。彼らはこの全体との関係を一から形成 するためにこそ、象徴の力を用いることになったのだ。

 まとめると、以前は有限な個的現象と有限な世界との関係が問題であったのに対して、

近代以降は、有限な個的現象において無限なものとの関係が表現されなければならなく なったのである。つまり、象徴は近代の抒情詩において、その力をより根源的な次元で発 揮することになった。そしてこれを受けて、自らの本質を象徴の力にもつ抒情詩もまた、

本格的に発展することになったのだ。

 強調しておかなければならないのは、ここまで解説してきた近代抒情詩の全般的な傾向 が、ロマン主義にその根をもつと考えられている点だ。そしてズースマンはこのロマン主 義的傾向をさらに推し進め、近代抒情詩の本質を十分に展開せしめた人物としてゲオルゲ を挙げるのである。このことは近代における「抒情詩の私」の発展の問題と非常に深く関 わっている。次節ではこれについて解説するが、まずはその前提として「抒情詩の私」と

「経験的自我」との関係について少し詳しく説明しておきたい。

3. ゲオルゲにおける近代の「抒情詩の私」の完成

 それでは、従来幾度も問題となってきた「抒情詩の私」と「経験的自我」との関係を明 らかにしよう。さしあたり、ズースマンにおいて経験的自我がどのような審級として把握 されているのかを確定する必要がある。当然の前提として、それは最も基本的な意味にお ける経験的かつ伝記的存在としての作者の位相を含む。次に、やはり経験的な自我には違 いないものの、いわば詩的霊感に打たれた作者、すなわちゴットフリート・ベンが「抒情 詩の私」と呼ぶ自我に類比的な審級がある。35)経験的自我のこの特殊な位相は、個人が ある特別な体験をすることによって生じるとされる。それが詩作、すなわち個と全体の関 係の象徴的形成の契機となるわけだが、36)近代の抒情詩に関していえば、ここにもう一 つ別の要素がつけ加わる。それは宗教的な要素である。

 すでに説明した事情により、以前は宗教において追求されていた問いを、近代において

35) Siehe Gottfried Benn: Epilog und Lyrisches Ich. In: Ders.: Sämtliche Werke. Stuttgarter Ausgabe. 7 Bde. in 8 Teilen. Hg. von Gerhard Schuster (Band 1-5) und Holger Hof (Band 6/7).

Stuttgart (Klett-Cotta) 1986-2003, Bd. 3, S. 127-133; ders.: Probleme der Lyrik, ebd., Bd. 6, S.

9-44; ders.: Vortrag in Knokke, ebd., S. 72-79. Vgl. dazu Fischer, Der poetische Pakt (wie Anm.

3), S. 52 f.; Schiedermair, ‚Lyrisches Ich‘ und sprachliches ,ich‘ (wie Anm. 3), S. 33; Spinner, Zur Struktur des lyrischen Ich (wie Anm. 3), S. 3. ベンにおける虚構的審級の問題については Lüders, Das lyrische Ich und das gezeichnete Ich (wie Anm. 6)を参照。

36) ここにはヴィルヘルム・ディルタイが『体験と創作』(1906年)で論じた体験概念との類似

とともに、明らかな違いも認められる。これについては稿を改めて論じることとしたい。

Vgl. Wilhelm Dilthey: Das Erlebnis und die Dichtung. Lessing – Goethe – Novalis – Hölderlin.

Ders.: Gesammelte Schriften. 26 Bde. Hg. von Karlfried Gründer, Frithjof Rodi u. a. Leipzig u. a.

(Teubner) / Stuttgart (B. G. Teubner Verlagsgesellschaft) / Göttingen (Vandenhoeck &

Ruprecht) 1914-2006, Bd. 26. ヴィルヘルム・ディルタイ(和泉雅人他訳):体験と創作[和泉 雅人他編:ディルタイ全集第5巻:詩学・美学論集(法政大学出版局)2015、第1分冊、343- 735頁所収]を参照。

(11)

は抒情詩が引き受けることになった。その問いとは、「個人の根本問題」と深く「癒合4 4し ている」「幸運と苦痛、すなわち暗い幸福主義的な根本感情」をどのように克服するか、

という問いである(S. 52;強調は原文)。近代の抒情詩人たちに詩的霊感を与えるのは、

この問いをもたらすような体験、すなわち「愛、浄福、懊悩」などの激しい「情動

(Affekt)」をともなう体験である(ebd.)。彼らはきわめて個人的なものであるこれらの 情動を克服するために、自己をより普遍的な生の連関において捉え直すのだ(siehe S. 53)。

 注意しておかなければならないのは、こうして創り出された詩作品からは、個人的な要 素が完全に除去されているわけではないということだ。ズースマンがゲーテを例に論じる ところによれば、確かに『情熱の三部作』(1827年)37)では作品形成の契機となった個人 的な情動もまた、全体との連関において把握され、「法則にかなった一つの力」として表 現されている(S. 57)。しかしこの法則の「厳格な基本線」には「集中的な一回性のうち にある単独の個人的体験」が含まれているというのだ(ebd.)。この点に留意すれば、し ばしば言及される以下の箇所についても、より的確な読みを行うことができるだろう。

人格が担う経験的な所与の自我は、蛹が蝶に、また芽が花に関与するのとちょうど同じ ように、抒情的芸術作品に関与している。抒情的芸術作品には、経験的自我を芸術作品 の完成した形姿のなかに追い立てて、これを自らの手で抹殺する、秘密に満ちた力が本 来的に備わっている。一つのより高次な形成物において所与の自我を変身させるための 力、すなわち、そこにおいてこの自我を根絶するための力は、あらゆる芸術にとって同 じである。それは象徴のための力、すなわち自我を直観されたもののなかに注ぎ込み、

そこで死滅させ、新しい姿で復活させるための力にほかならない。(S. 19 f.)

 ブルドルフは引用箇所にみられる「根絶」の契機を強調し、ズースマンが経験的自我と

「抒情詩の私」とを明確に区別したことに読者の注意を向ける。38)しかし、ここで問題と なっているのは両審級の区別というよりはむしろ、作品形成において働く力によって、こ の区別がいかに生じるか、ということなのだ。この力こそが「象徴のための力」であり、

経験的自我はこれによって「蛹が蝶に、また芽が花に」なるように、「抒情詩の私」に

「変身」もしくは「復活」するのである。したがって経験的自我は「抒情詩の私」の形成 過程で霧散霧消してしまうのではなく、むしろその核を形成するものとして考えられてい るのだ。

 つまり、ズースマンの「抒情詩の私」は、詩人の経験的自我が詩作において否定される

37) Johann Wolfgang von Goethe: Trilogie der Leidenschaft. In: Ders.: Sämtliche Werke, Briefe, Tagebücher und Gespräche. 40 in 45 Bde. in 2 Abt. Hg. von Hendrik Birus, Dieter Borchmeyer, Karl Eibl u. a. Frankfurt am Main (Deutscher Klassiker Verlag) 1985-2013, Abt. 1, Bd. 2., S. 456- 38) Siehe Burdorf, Einführung in die Gedichtanalyse (wie Anm. 3), S. 189.462.

(12)

ことで、一般的に妥当する真理の構成的中心になるという弁証法的運動4 4に狙いを定めた概 念なのであって、否定される実在的かつ伝記的な作者の位相があってこそ意味をなすので ある。そしてすでに言及した『情熱の三部作』の解釈においてもはっきりと示されている ように、経験的自我は否定されたあとも、形式的自我である「抒情詩の私」を生み出した 契機としてそのなかに保存されるのだ。ズースマンの「抒情詩の私」とは、経験的自我が まさに弁証法的に「上位の形式的な自我へと高められた4 4 4 4 4姿」なのである(S. 19;強調は 引用者)。39)

 それではズースマンは、ロマン主義期の詩人たちが象徴の力を用いてどのように形式的 自我を構成しえたと考えているのだろうか。彼女がロマン主義という概念のもとで捉えて いるのは、クロップシュトックに端を発し、そこからの逸脱現象であるゲーテにも部分的 にみられ、ヘルダーリン、ノヴァーリス、フリードリヒ・シュレーゲル、ティーク、そし てブレンターノにおいて頂点をなす一大傾向である。この傾向の核心は、詩人たちが実体 喪失に基づく近代の宗教的憧憬を詩作によって満たそうとしたこと、そしてその際に、経 験的自我を「完全に自由な、解放された」自我として、一切の中心にすえたことにあった

(S. 66)。つまり、憧憬の対象である「絶対者を前にして、自己を自由な力として、すな わち探求し、道を切り開く力として感じ、表明する」ロマン主義において(S. 70)、自我 は「より意識的かつ至上的な立場から[…]生の美に対して指導権をにぎり、基準となる べき」審級へと押し上げられたのであった(S. 66)。彼らはそうすることで「自由に生を 超越し、意識された生の下方に流れている絶対者という源泉を意識的に生の最高地点へと 導いて、この生を非合理的な美において現実化」するという手段に手を出したのである

(S. 65)。

 一言でいえば、ロマン主義者たちは経験的自我にすべてを吸収させ、絶対者、ひいては 世界をも内面化したということだ。それでも彼らが主観性や恣意性に陥ることなく、形式 的自我としての「抒情詩の私」を構成できたのはなぜか。それは彼らが「己の自我を絶対 者の象徴に高めよう」と努力したからにほかならない(S. 69)。先の引用箇所にみられ る、「非合理的な美」における生の「現実化」に関するくだりは、このことを述べたもの である。つまり、ロマン主義者たちは、個人的情動に基づく体験を自我の最奥に想定され た絶対者との連関のうちで把握することで、自己の生を「一つの個人的な生連関の構成4 4、 形姿4 4、法則4 4」として美的に提示しようと試みたのであった(S. 66;強調は引用者)。いい かえれば、彼らは個において全体を象徴的に表すことで、神話形成、すなわち両者の普遍 的関係の形象化を行ったのである。

 こうしてロマン主義者たちは内面化された実体を通じて脱人格化を達成し、近代ドイツ 抒情詩の展開の礎を築いた。しかし最終的に克服されなければならなかったものもまさに この実体であった。それというのも実体が、「近代の人間の尊厳」(S. 67)、すなわち「個

39) ペスタロッツィはズースマンの「抒情詩の私」を「経験的自我」の根底にある「普遍的自

我」の「円現」だと考えることで、両概念の間にある弁証法的な緊張関係を見逃してしまっ ている。Siehe Pestalozzi, Die Entstehung des lyrischen Ich (wie Anm. 6), S. 344-346.

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人的な魂」(S. 15)に与えられた絶対的自由と自立を、はるかに凌駕する存在であったた めに、彼らは抒情詩を真に「自立的な芸術」(S. 80)として完成することができなかった からである。そして「個人的な魂」の尊厳を全面的に受け入れ、「個人的自我」それ自体 を「世界に、すなわち実体に」してしまった詩人(S. 107)、また、それによって抒情詩 を自立的な芸術として完成させた詩人こそがゲオルゲであったのだという。40)

 ゲーテにおいては、混沌とした経験世界が、彼個人をその一部として含む有機的な自然 の相において把握され、肯定される。41)これに対してゲオルゲはゲーテのように「自分 の自我を世界のうちで、そして世界の前で、安らぎに満ちて感じることができず、むしろ 世界を自己自身のうちで、つまりこの一つの個人的な形式において現実のものとしなけれ ばならない」のだという(S. 108)。どういうことかといえば、ゲオルゲの経験的自我を とりまく世界は、詩作によって形式を与えられる前にはただ無意味な生の「混沌」

(S. 91)を意味するにすぎないのであって、そこから詩的に形成された「現実」のみが彼 にとって唯一の世界となる、ということだ。この意味において、ゲオルゲにとっての「世 界」とは、ロマン主義者たちが自我の最奥に見出した「一つの内容物」としての実体では なく(S. 108)、「自我そのもの」なのである(S. 107)。

 もちろんゲオルゲもまた近代的自我の担い手の宿命として、実体喪失にともなうロマン 主義的な憧憬にとらわれてはいる。しかし彼はロマン主義者たちのように実体を対象とし ては求めなかった。その代わりに、詩作を通じて自己の生に一つの完結した形姿を与える ことで、かつては実体が担っていたとされる全体性の欠如を補おうとしたのだ。つまり、

ゲオルゲにとっては、個人的自我の圏域において形式を与えられた生、ないしは詩的形成 物として構築された世界こそが、ゲーテの自然やロマン主義者たちの絶対者に代わる、一 つの全体を意味するのである。

 まとめると、ロマン主義者たちとゲオルゲとの最大の違いは、彼がただひたすら経験的 自我の圏域と関わることによって、すべてを個人の領域で達成するという点にある。「ゲ オルゲの偉大なる個人」すなわち「彼自身の自我」もまた「芸術」によって「超個人的な もの」へと高められ(S. 103)、「抒情詩の私」へと変身する。ただし、この経験的自我の 否定と保存、すなわち止揚が、自然や実体といった芸術外の要素をかりることなく、ただ

40) ズースマンは個人的自我ないしは個人を、全体を表す概念(共同体や世界、実体ないしは絶

対者)と不可分の相関概念として用いている。そのうえで、個と全体の関係の歴史的変化に ついて論じるのである。以下に挙げる研究者たちが、個人的自我と経験的自我の関係を的確 に把握できていないのは、この文脈の重要性を見逃しているからである。Siehe Brehm, ,Lyrisches Ich‘ (wie Anm. 3), S. 98-101; Burdorf, Einführung in die Gedichtanalyse (wie Anm.

3), S. 189; Pestalozzi, Die Entstehung des lyrischen Ich (wie Anm. 6), S. 342-347.

41) ゲーテは実体喪失という危機的な前提をロマン主義者たちと共有しながらも、彼らとは異な

る解決法をとったと考えられている。ズースマンによれば、ロマン主義が自己の内面に絶対 者を想定し、個において全体を表そうとしたのに対し、ゲーテは自らの経験的自我を普遍的 な自然法則に貫かれた個的存在として理解することで、自然と人間、全体と個の連関を把握 したのだという。つまり彼はすべてを内包する全的自然に目をむけ、自己をその一部とみな すことで、近代に失われた全体性を補ったのである。Siehe Susman, Das Wesen der moder- nen deutschen Lyrik (wie Anm. 1), S. 62-67.

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ひたすら個人の領域において、しかも形式という芸術に内在する力によって追求されるの だ。こうして「解放された、自由な個人が世界とその実体的な内容をただ喰らい尽くすの ではなく、それ自身が方向、原理、法則ならびに実体となる」ことで(S. 114)、抒情詩 は真の自立性と形成力を獲得し、その本質を十二分に展開することができた――。ズース マンはそのように考えるのである。

4. 「抒情詩の私」の理論におけるホーフマンスタールとリルケの位置づけ

 本節では、『近代ドイツ抒情詩の本質』におけるホーフマンスタールならびにリルケに 関する記述を補足的に紹介する。その目的は、これまで論じてきた、「抒情詩の私」の理 論におけるゲオルゲの重要性をさらに際立たせることにある。

 まず、ホーフマンスタールに関していえば、ズースマンは彼の関心が近代の個人的な

「魂の生」でも、「魂に相対する生」としての世界でもなく、「魂とともに世界をも自らの うちに含む生」にあったことを強調する(S. 114)。そしてホーフマンスタールにおいて は「魂の本来的な力ならびに自由が[…]生の波の広い、寄る辺ないざわめきのなかに沈 み、消え去る」のであって(ebd.)、彼の「ロマン主義的な世界感情」はそもそも「いか なる自我にも至らない」のだという(S. 115)。

 ここでいわれる「生の波」とは、個々人の生をその「循環」のなかに織り込んでいる一 つの世界全体を意味する(S. 116)。この世界の網目の「一般的な連関」においては、

「[…]個々人の運命が[…]他の運命と比べてより集中的に強調されることはほとんどな い。自身の運命も他者の運命も、ともに一般的な運命のなかに沈んでいる」のだ

(S. 117)。ホーフマンスタールにとっては、自らの生もこの「波」の一部、すなわち「過 去から現在に至る諸時代のすべての生のなかに織り込まれ、より合わされている何か」に すぎない(S. 116)。そしてそんな彼の詩作の本質は、この生の一面を「完全に観照され た世界形象」へともたらすことにあるのだとされる(S. 115)。

 以上のことが意味しているのは、明確な輪郭を備えた近代的個人が自身の経験的自我を 否定し「抒情詩の私」に昇華するという契機が、ホーフマンスタールにおいてはまったく 問題にならないということである。たしかに「抒情詩人」としての彼の作品においては、

「彼自身の感情」が一般的な運命に「まきこまれて」、「憂愁の念」として表出されている

(S. 121)。つまりホーフマンスタールにおいても、こうした感情の担い手としての「個 人」が「問題かつ体験」となる局面がある(S. 116)。ただしそうした局面はあくまでも、

他のすべての個人とともに世界の循環のなかに織り込まれている彼が、他の者よりも少し だけ高く身をもたげ、自分を中心にこの世界を見渡している、というほどの意味しかもた ないのである(siehe ebd.)。

 あえていえば、ホーフマンスタールの「抒情詩の私」は、形式のうえではフォーゲル ヴァイデのような中世の宮廷恋愛歌人のそれに近いと考えられているのだ。どういうこと かというと、ホーフマンスタールは、実体の喪失を自我の自由にも絶対者にも結びつけ

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ず、この喪失のうえに成り立つ近代社会、すなわち確固とした統一像をもたない世界その ものを、「生」という全体として捉えたのである。この生を歌う彼の「抒情詩の私」は、

そこに編み込まれた近代人を代表する「口」なのだ。

 そしてここからさらにもう一歩先に進み、ホーフマンスタールがただ「観照」したにす ぎない「生」の一般状況を「認識」することで(S. 127)、抒情詩を「哲学の真理」に結 びつけた詩人がリルケなのだという(S. 125)。そればかりではない。そもそもここで問 題となっている「生」とは、近代ドイツ抒情詩のある「傾向」によって「いまやばらばら に解体し四散した」「存在」のなれのはてであるとされる(S. 127)。この「傾向」とは

「無意識の生」の「よりいっそう明瞭な解明」へと向かう「ロマン主義以来の傾向」のこ とだ(S. 126)。

 ロマン主義は「存在」ないしは実体を「無意識の生」として内面化することで、ある意 味ではこれを断片化してしまった。ホーフマンスタールならびにリルケが問題にする

「生」とは、実体のこうした断片、すなわち宗教が神と呼ぶ「存在」の断片の集積物にほ かならない。それゆえリルケの認識を通じて「生のもろもろの内容」が増えれば増えるほ ど、ますます「この内容のすべてを包括する力」をもつ「神の新しい名前」が要求される ことになる(S. 127 f.)。こうしてリルケにおいて、抒情詩、宗教、そして哲学が再統合さ れるに至ったと、ズースマンは結論するのである。

 さて、それではリルケの「抒情詩の私」がどのようなものかといえば、これについては 直接的な説明がないので推測するほかない。手がかりになるのは「神」を要請する審級と して言及される「魂」である。このことを説明するために確認しておかなければならない のは、リルケがホーフマンスタールとは違い、ニーチェやゲオルゲが示した「魂の本質の 深い価値づけ」を受け入れたとされる点だ(S. 128)。本書において魂は「永遠の諸問題」

に取り組む人間の内面の総体として理解されている(S. 10)。また、これまでみてきたよ うに、抒情詩は、近代において個別化した魂が実体に対して抱く憧憬を糧にして発展して きたと考えられている。その発展の一つの頂点において、完全に自立した「抒情詩の私」

がもたらされたのは、ゲオルゲがロマン主義者たちのように絶対者を求めず、自身の個別 的な魂のみに立脚したからにほかならない。他方、自らの魂自体に深い意義を認めなかっ たホーフマンスタールは近代的な「抒情詩の私」とは無縁であったとされる。つまり、各 詩人における「個的魂」(ebd.)の意義づけが、「抒情詩の私」のあり方を決定するのであ るから、リルケの「抒情詩の私」の特徴も、彼の魂に関する記述から導き出せるはずなの だ。

 ズースマンによれば、リルケの「魂」はゲオルゲの場合のように完全に孤立しているわ けではなく、ホーフマンスタールが観照の対象としたような「生」の「美」において「世 界」と「融和」しているのだという(S. 129)。そしてこの融和は「生において熟する」

神を「要請」する「魂」に対して(ebd.)、いいかえれば認識によって豊かになった「生」

に「神の新しい名前」を与えようとする魂に対して、もたらされるものなのである。明言 されてはいないが、このようにして神を要請する魂こそが、リルケの「抒情詩の私」を特

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徴づけ、独自のものにしているのだと考えられよう。

 われわれにとって重要なのは、リルケならびにホーフマンスタールに関するこうした記 述からは「抒情詩の私」に関する新しい知見がほとんど得られないという事実である。

ホーフマンスタールの「私」は形式的には中世詩人のそれに近く、そもそも「抒情詩の 私」と経験的自我の強力な緊張関係――近代抒情詩の特性であるはずのもの――が存在し ない。そしてリルケの「抒情詩の私」に至っては、これに関する説明がないに等しいの で、ゲオルゲ的な「私」が進化した審級として想像することしかできない。すなわち、完 全に自立した「抒情詩の私」が「混沌」として広がる外的世界との関連において自己を捉 え直し、すべてを包む「生」に象徴的な名前を与えるようになった姿として、である。し かし、こうした図式的説明でさえ、ズースマンはあえて行おうとしないのだ。

 やはりリルケに関していえば、彼はあくまでも本書の大きな物語的枠組み、すなわち、

抒情詩、宗教、そして哲学の神話からの分岐と抒情詩におけるこれらの再統合という筋書 きの終点なのであって、この枠組みに埋め込まれたもう一つの物語、すなわち「抒情詩の 私」の物語には実質的には関係していないのである。のちに『近代ドイツ抒情詩の本質』

が改稿され、「近代抒情詩の根本条件」42)という新たな表題のもとで、彼女の一巻本の論 集『自由の神秘について』(1965年)に収録された際に、リルケに関する部分がまるまる 削除されたのは、まさにこうした事情ゆえのことであったに違いない。

 この新版が「抒情詩の私の自己生成について」と題する部に収められ、さらに「抒情詩 の私について」という副題をもつことからも明らかなように、また、旧版の「私の形式と 象徴」の章の表題が、新版では「抒情詩の私と象徴」に変更されていることからもわかる ように、ズースマンは改稿に際して、論点を「抒情詩の私」という概念にずらしたのであ る。そのため、この概念に直接関係しないリルケの部分は削られ、代わりに短い結論部分 が付け足されることになったのだ。そこでは、ゲーテに端を発しロマン主義を通過する一 つの時代区分を閉じたのはゲオルゲとホーフマンスタールであったと述べられるにとどま り、リルケについては一言も触れられないままに終わっている。

5. 結論

 最後に、これまでの論述をふまえ、「抒情詩の私」がそもそもどのような文脈において 成立した概念なのかを確定しよう。何よりも重要なのは、ズースマンにとって、最も純粋 で近代的、かつその本質を十全に展開することができた「抒情詩の私」とは、ゲオルゲの

「私」にほかならないということである。繰り返しになるが、彼女がこのような判断を下 したのは、ゲオルゲにおいては、経験的自我の「抹殺」が形式という純粋に芸術的な媒体 において追求されていると思われたからなのであった。

42) Margarete Susman: Die Grundbedingungen der modernen Lyrik. In: Dies.: Vom Geheimnis der Freiheit. Gesammelte Aufsätze 1914-1964. Hg. von Manfred Schlösser. Darmstadt / Zürich (Agora) 1965, S. 183-244.

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 つまり、ゲーテにとっては自然が、またロマン主義者たちにとっては絶対者が、自己止 揚の手段であると同時に探求の目的でもあったのに対して、ゲオルゲにおいては芸術のみ がその手段であり目的なのだ。彼は常に「形式」のみを武器として「途方もない混沌とし たかたまり」である「素材としての生」に「闘い」を挑み、そこから「一つの創造可能な 全体」を形成しようとした(S. 92 f.)。ズースマンにおいては、こうしたことが、近代の

「抒情詩の私」の純粋な出現を可能にしたと考えられているのだ。ここには、「形式意志」

をもって「自然の生」43)と闘い、これを精神的に征服せんとするゲオルゲ派の詩学、な らびに「芸術のための芸術」44)の理念の反映がはっきりと認められよう。45)

 かつてアンソニー・スティーヴンズは、詩人たちの間である一定の時期に共有された一 つの確信が、「抒情詩の私」にまつわるさまざまな言説を誘発したのだと指摘した。それ は「自伝的主体と詩的主体との分離が詩人の偉大なる成果ならびに〈本来の〉意味での、

詩作の本質的特性」であるという「確信」46)である。彼は、この確信が詩学的な意義を もった期間を1870年頃から1945年頃にかけてであるとした。さらに「抒情詩の私」を

「象徴主義時代の残滓」47)と呼ぶことで、この概念の成立にフランス象徴主義が深く関 わっていることを示唆したのであった。

 本稿がこれまで論じてきた事柄は、この知見をより厳密な歴史認識に結びつけ、補正す ることを可能にするだろう。すなわち、ズースマンの「抒情詩の私」とは、フランス象徴 主義の影響のもとで独自の展開を経たゲオルゲの詩作を、抒情詩の発展という観点から意 義づけるための仕掛けにほかならない。事実、ゲオルゲの詩の「私」はフランスの象徴主 義の理念が究極的にめざしたものとは異なる主体像に基づいているのだ。

 このことを簡潔に説明するために、ゲオルゲが駆け出しの頃に交流をもち、一時的では あれその直接的な影響下にあったステファヌ・マラルメから有名な一節を引こう。

純粋著作は、詩人の語り手としての消滅を必然の結果として齎す。詩人は主導権を語群 に、相互の不等性の衝突によって動員される語群というものに譲るのである。そして語 群は、あたかも宝石を連ねたあの玉飾りの上における灯影の虚像の一条の連鎖のよう に、相互間の反射反映によって点火される。48)

43) Friedrich Gundolf: George. Zweite unveränderte Auflage. Berlin (Georg Bondi) 1921, S. 85.

44) Blätter für die Kunst: In: Blätter für die Kunst. 12 Folgen in 6 Bde. Begründet von Stefan George. Hg. von Carl August Klein. 1892-1919. Abgelichteter Neudruck. Zum Jubiläumjahr 1968. Düsseldorf / München (Verlag Küpper vormals Georg Bondi) 1967, Bd. 1, Folge 1, S. 1 f., hier S. 1.

45) ペスタロッツィは『近代ドイツ抒情詩の本質』がゲオルゲならびにホーフマンスタールから

の決定的な影響のもとで書かれたことに気づいていたが、この洞察を本書の全体的理解に結 びつけることができなかった。Siehe Pestalozzi, Die Entstehung des lyrischen Ich (wie Anm.

6), S. 342. マルティネスも同様である。Siehe Martínez, Das lyrische Ich (wie Anm. 3), S. 382.

46) Stephens, Überlegungen zum lyrischen Ich (wie Anm. 3), S. 58.

47) Ebd. S. 53.

48) ステファヌ・マラルメ(松室三郎訳):詩の危機[松室三郎他訳:マラルメ全集 II ――ディヴァ

ガシオン他(筑摩書房)1989、223-242頁所収]237頁。

参照