• 検索結果がありません。

私の楽隊修行時代

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "私の楽隊修行時代"

Copied!
1
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)私の楽隊修行時代. 志賀 信雄. 私の楽隊修行の第一歩はライブラリーの思い出. 悪におそわれたものです。﹁今夜も又とび出した﹂. チャ高いので本当に申し訳なく思ったものです。. ﹁ 一 緒 に 入 れ な か っ た ﹂。 そ れ に 給 料 が メ チ ャ メ. 才の時にベルリン・ドイツオペラに入団しま. 一番すごかったのは︽ニーベルンクの指輪︾全. で始まります。. 月に試験を受け翌年の2月1日から仕事. した。. りませんでした。年が明けてオペラとの契約が済. オーケストラの経験はあってもオペラなど全く知. は お そ ら く 経 験 出 来 な い だ ろ う と 思 っ た の で、 一. ま で に 全 曲 を 4 回 弾 か せ て も ら い ま し た。 日 本 で. だけで1週間かかりましたが、オペラを退団する. パート譜十数㎝ 。聴く. み、最初の予定表を渡されたときは冷や汗が出ま. 度も降り番を取らなかったのです。ホルスト・シュ. 枚. した。1日目︽シモンボッカネグラ︾、2日目︽さ. タインの︽指輪︾が最高でした。最後のページで. 4曲でLPレコード. まよえるオランダ人︾、3日目︽魔笛︾、4日目︽ト. 鳥肌が立ち、なみだがあふれました。. が始まるのですが、受かると思っていなかったし、. スカ︾、5日目︽タンホイザー︾ 。本番が毎日続. 毎日ライブラリーに通って譜面をもらい、ひた. ブ ラ リ ー に 行 き、 1 週 間 分 の パ ー ト 譜 と L P レ. しないらしいのですがこれは大変とさっそくライ. 基本的に、レパートリーに入っている曲は練習. 時間が短い。本番が終わった時、 こんなに早く帰っ. でした。練習は必ず3日間あるし、何よりも演奏. してからは、︵今だから言える事ですが︶とても楽. た と 思 い ま す。 4 年 後 に 日 本 に 帰 っ て N 響 に 入 団. す ら さ ら う だ け の 日 々。 慣 れ る ま で 丸 2 年 か か っ. コード︵当時はCDなど無かった︶を借りて来ま. て も い い の ? と 思 っ た も の で す。︵ 給 料 は 半 分 に. とか必死でさらって2月1日初出勤。 ︽シモンボッ. ラバスなど何をやっているか聴き取れません。何. ﹁ライブラリー﹂という言葉は、私の音楽家として. うず高く積まれたパート譜の山。LPレコード。. ︶. の原点を思い起こさせるキーワードなのです。 た。ドイツ人の重いテンポ感、リズム感について 行けず、思い切って弾くと必ず先に出てしまうの.   本学教授︵. カネグラ︾を弾いたのですが、それはもう大変でし. なったけど︶。. し た。 譜 面 7 冊 で 厚 さ ㎝ は あ っ た で し ょ う か。. です。. いていますが、練習など予定表のどこにも無いの. etc.. レコードの録音はライヴなので音が悪く、コント. 15. です。しばらくの間は本番が終わるたびに自己嫌. 1. 16. 12. 27.

(2)

参照

関連したドキュメント

天井部迄防げられることなく・固有のリズム(rhythm)に従って伸びている。それに応じて

  うになった︒御遊抄によると︑淳和天皇の天長十一年正月の朝

ック音楽はその中でもさらに限られた分野であ

The Times of New Music Magazine Takahiro YAMAZAKI キーワード:アメリカ、出版、雑誌、サブカルチャー、平準化された大衆社会

わないが 1) 、2 0 0 0年に刊行されたフランソワーズ・カシャンによる油彩 作品総目録

とても小さなきっかけでドイツ語をやりたいと

さんいるので、できるだけ周りを見ないように努力しました。周りと自

と、部下は自分が職場の中で必要とされているのだろうかと不安と不信感を抱くようになる。