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GAIDAI BIBLIOTHECA
学校付属の図書「館」があるというのは大学か らで、高校までは図書「室」と言っていたと思う。
少なくとも私が通っていた学校には独立した建物 としての図書館はなかった。たとえあったとして も、その頃の私には、放課後や休暇中に利用する など思いも及ばぬことであったろう。「本」との 関わりでは、幼少時代から思い出も多く、その記 憶も鮮明であるが、「図書館」となると大学以前 の思い出はほとんどない。
とても小さなきっかけでドイツ語をやりたいと 思うようになり、京都外国語大学のドイツ語学科 に入学した。授業が始まって2ヵ月ぐらい経った 頃だったと思う。文法の先生が授業の中で関口存 男の『冠詞』を紹介して下さった。定冠詞篇・不 定冠詞篇・無冠詞篇の3巻から成る本である。授 業の後、もう少し詳しく聞きたいと思って先生を 訪ねると、図書館にもあるはずだが、そうすぐに 読み切れるものではないからと、ご自身のものを 暫く貸して下さることになった。まだ1年生であ まりよく理解できなかったが、それでも読み始め ると、とてもおもしろく、どうしても所有したく なった。ところがそれを購入しようと決心した時 はちょうど値上がりしたところで、学生の私には たいへん高いものになっていた。後日、別の用事 で先生を訪ねた折、何気なくその話をすると、自 分は新しい版の方が必要だから、あれでよければ 譲ってあげようと提案して下さった。新しい版と いっても改訂版ではなく単なる増刷である。お借 りした古い方はまだ新品同様の御本だったのに、
それを古本なみの値で譲って下さった。
この本は私のドイツ語研究の出発点である。や たら分厚く、講義で話すような書きぶりで、一旦 熱中するとどんどん読めるが、後でもう一度調べ る段階になると、どこに何が書いてあったか捜す
のも一苦労というような本 である。理路整然と展開さ れる論文や、索引の整った 参考書とは程遠い。結局、
何度も繰り返し読むはめに なったが、結果的にはそれ
が良かった。『冠詞』以外にも図書館には、あの 偉大にしてユニークな関口氏の著書が揃ってい た。急いで読む必要はなかった。時間に急かされ ることなく、じっくり取り組める時間と空間をも てるというのはなんと贅沢なことか。
4年生の時、ある大学より週に1度本学に出講し て下さっていた先生とご縁があって、卒業後はそ この大学院に進学した。キャンパスの広さと図書 館の大きさに驚いた。けれど、なんでも大きけれ ば良いというものではない。私など、あまりに大 きすぎるとそれだけで疲れる。入学後、図書館利 用の説明があり、検索システムの先進性にも感心 したが、それ以上に感動したのは、大きな空間の 中にも落ち着ける工夫が凝らされていることだっ た。閲覧室には、全部ではないが、3方に囲いの あるライト付の一個一個独立した机があった。長 時間に渡る調べものも落ち着いてできる。院生は 地下の書庫に入ることができ、その入り口には鞄 を預けられるロッカーがあった。書庫にもあちら こちらに机が置かれているので、借り出すほどで はないが、何冊か目を通したい時など、落ち着い て読める。また、好みによっては、静かでひんや りとした書庫の机を1日中独占することもできる。
借り出せる冊数も期間も学部の頃より増えた。所 属する研究科の図書係の先生は、図書館で購入し てほしい本はないかといつも尋ねて下さった。こ のような、大学院あるいは大きな大学なら当たり 前のことかもしれないことでも、当時は新鮮で嬉 しかったのを覚えている。進路は未知でも、院生 がその出発点において研究者になることを前提に 扱われているという意味で大切にされることはた いへん有難いプレッシャーである。
はねだ ちこ(講師・ドイツ語学)
学生時代と図書館
専用空間のありがたみ
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羽根田 知子