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『太平記秘伝理尽鈔』における「謀」 : 「道」と の関わりから

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(1)

『太平記秘伝理尽鈔』における「謀」 : 「道」と の関わりから

著者 山本 晋平

雑誌名 文化學年報

号 63

ページ 218‑241

発行年 2014‑03‑15

権利 同志社大学文化学会

URL http://doi.org/10.14988/00027772

(2)

『太平記秘伝理尽鈔』における「謀」 : 「道」と の関わりから

著者 山本,晋平

雑誌名 文化學年報

号 63

ページ 218‑241

発行年 2014‑03‑15

権利 同志社大学文化学会

URL http://doi.org/10.14988/00027772

(3)

﹃ 太 平 記 秘 伝 理 尽 鈔 ﹄ に お け る

﹁ 謀

﹁ 道﹂ と の 関わ り か ら│

山 本 晋 平

は じ め に 慶長

︵一 五九 六〜 一六 一五

︶・ 元 和︵ 一六 一五

〜一 六二 四︶ 頃に 成立 した と考 えら れる

﹃太 平記 秘伝 理尽 鈔﹄

︵以 下

﹃理 尽鈔

﹄︶ は

︑南 北 朝時 代 の 歴史 を 描 い た﹃ 太平 記

﹄の 詞 章に

︑﹁ 評

﹂︵ 論 評︶ と﹁ 伝﹂

︵異 説

︶が 加 わる こ と で︑ 謀 略

・治 国・ 倫理 など 多様 な主 張が 説か れた 書で ある

︒こ の﹃ 理尽 鈔﹄ の思 想的 特質 につ いて

︑今 井正 之助 氏は 本書 が 武 威の 発動 を勧 める 一方 で︑ その 行使 を厳 しい 条件 で抑 制す る点 を挙 げ︑ 武威 と仁 徳と いう 相反 する 理念 の拮 抗と 葛 藤 を指 摘す る!

︒ この 問題 につ いて は筆 者も 以前

︑本 書の 理想 的存 在で ある 正 成 の 死に 対 す る批 判 に 着目 し て

︑こ の 拮 抗 を 謀略

︵﹁ 謀

﹂︶ と 倫理

︵﹁ 道

﹂︶ の 相剋 と 捉 え て論 じ た こと が あ る"

︒ そ の 際︑

﹁正 成 が﹃ 道﹄ を 優 先 し て 死 ん だ よ うに

︑﹃ 理 尽鈔

﹄に おけ る倫 理の 比重 につ いて は

︑今 後 も改 め て 考え る 必 要 があ る

﹂と し て︑ その 比 重 の問 題 を 検 討 する 必要 性を 提起 して 稿を 閉じ た︒ 内容 を踏 まえ れば 自明 では ある が︑ この 問題 に対 する 筆者 の分 析の 手法 は︑ 倫 理 的意 味と して の﹁ 道﹂ を取 り上 げ︑ それ と対 立す る意 味と して の﹁ 謀﹂ を対 置し て論 じる とい うも ので ある

︒に も

― 218 ―

(4)

か かわ らず

︑こ れま で﹁ 謀﹂ と﹁ 道﹂ に関 する 具体 的な 定義 づけ が不 足 で あ った よ う に思 わ れ る!

︒ 一見

︑両 者 の 意 味 はま さに 文字 通り で明 白で ある よう だが

︑文 献の 検討 であ る以 上︑ 用例 を踏 まえ たう えで

﹁謀

﹂お よび

﹁道

﹂の 意 味 を整 理し てお くこ とは 基礎 的な 作業 のは ずで ある

︒ この よう な反 省も 踏ま え︑ 本稿 では

﹁謀

﹂と

﹁道

﹂の 定義 を用 例か ら位 置づ け︑ 改め て﹁ 謀﹂ と﹁ 道﹂ の関 係を 追 究 する こと とし たい

︒な お︑ 旧稿 では

﹁倫 理の 比重

﹂の 検討 と記 した が︑ それ はい うま でも なく 倫理 を謀 略と の関 係 か ら 校 量す る こ とで あ る︒ ま た︑ 佐 伯真 一 氏 の﹁ 謀略 を す べて の 根 本 にお い た︑ 謀 略主 義 と でも い う べ き考 え 方

"

と いう 言及 もあ る通 り︑

﹃ 理尽 鈔﹄ には 確か に謀 略の 書と い う イメ ー ジ が漂 う

︒で は 謀 略を 説 く 目的 と は 何で あ る の か

︒こ の疑 問に つい ても 明ら かに でき れば と考 える

︒表 題で 特に

﹁謀

﹂を 掲げ た理 由は その ため であ る︒ 一︑

﹁ 謀

﹂の 論 理 と志 向

﹃ 理尽 鈔﹄ にお いて

﹁謀

﹂と はい かな る位 相に ある の か︒ ま ず︑ 呉越 合 戦 記事 を め ぐ って 合 戦 の勝 負 に つい て 論 じ た

﹁評

﹂︵ 巻 第四

︶を 見る と︑ 次の よう にあ る︒

軍 ノ勝 負ハ

︑第 一︑ 将ノ 智謀

・勇

・仁 ニヨ レリ

︒第 二ニ ハ勢 ノ多 少ニ ヨレ リ︒ 第三 ニハ 臣下 ノ善 悪ニ ヨレ リ︒ 第

!"

四 ニハ 諸人 ノ親 和︵ 親恐

│校

・異

︶ニ ヨ レリ

︒第 五 ニ ハ臣 々 威 ヲ争 ト 不

争ト ニ ヨ レリ

︒第 六 ニ ハ戦 場 ノ 形︵ 形

│校

・異

︶ニ ヨレ リ︒ 此ノ 六ツ ニ依 テ︑ 勝負 アリ

︒︵ 十 二表

︶ 合戦 の勝 敗を 左右 す るも の と して

﹁智 謀

﹂は

﹁仁

﹂と

﹁勇

﹂と 共 に第 一 の 要 素に 挙 げ られ て い る︒

﹁智

﹂に つ い て は 以前 に論 じた こと があ るが

#

︑﹁ 智 謀﹂ の用 語に 象徴 され るよ うに

︑﹁ 謀﹂ とは そ の 時 々に 相 応 した 行 動 を取 る う え

― 219 ― 『太平記秘伝理尽鈔』における「謀」

(5)

で 必要 な才 能で ある

﹁智

﹂を 用い て︑ 様々 な個 別具 体的 な状 況下 で敵 に勝 つた めに 講ず る最 適な 手段 であ り︑ また そ の ため の資 質を さす とい える

!

︒続 いて

﹁謀

﹂﹁ 勇

﹂﹁ 仁﹂ をめ ぐる 説明 を見 る︒

次 ニ 謀

︑当 時ノ 才 覚 ナリ

︒負 ケ

︵勇

│校

・異

︶ハ 将 タル 者

︑イ カ ニ 智謀 ア レ ドモ 無

勇者

︑可

戦 ヲ 不

︑可

責 ヲ不

責ハ

︵責 めず

︒│ 校・ 異︶

︑此 故勝 ツ事 ナシ

︒将 ハ智

・仁 アレ ドモ

︑無

勇バ 不

︒︵ 中略

︶次 ニ仁 ト

︑諸 人ヲ 愛シ テ無 欲ニ 事ヲ 行︵ ふを

│校

・異

・補

︶謂 ゾ︒ 将︑ 欲深 ケレ バ︑ 諸人 ニ賞 ヲ与 フル 事少 ナシ

︒少 ナ

ケ レバ

︑諸 人不

親︒ 此故 ニ将 ノ智 謀 ト仁 ト 勇 ト兼 備 シ タ ラン ハ

︑勢 少 ナケ レ ド モ勝 チ

︑無

智・ 仁・ 勇

バ 多 勢 ナ レド モ負 クベ キ也

︒︵ 十 三表

﹁ 智謀

﹂に 優れ ても それ を実 践す る﹁ 勇﹂ がな け れ ば戦 に は 勝て ず

︑無 欲 に 賞を 与 え て親 し む﹁ 仁﹂ が なけ れ ば 諸 人 は従 わな い︒ 逆に これ らを 兼備 すれ ば勢 の多 少を 覆し て勝 つこ とも 可能 であ る点 から も︑ 六つ の要 件で も将 の﹁ 智 謀

﹂﹁ 仁

﹂﹁ 勇﹂ は合 戦に おい てと りわ け重 視さ れる

︒ とこ ろで

︑こ こで

﹁謀

﹂と は﹁ 当時 ノ 才覚

﹂︑ つ ま り﹃ 理尽 鈔

﹄の 直 面す る 現 今 の時 代

当 代 に必 要 な 資質 で あ る と 述べ られ てい る︒ それ はい かな る理 由に よる のか

︒次 に示 すの は︑ 北条 高時 に討 手を 向け られ た新 田義 貞の 挙兵 の 評 議に おい て︑ 守勢 論を 退け て積 極 的な 鎌 倉 攻撃 を 提 案し た 弟

・脇 屋 義助 に 関 する

﹁評

﹂︵ 巻 第 十︶ であ る

︒こ こ で は 脇屋 義助 の意 見の 是非 が複 数の 評者 によ り議 論さ れて いる が︑ その うち の二 人目 の﹁ 傍ヘ ノ人

﹂の 意見 を見 る"

昔 ト今 ノ世 ト︑ 人ノ 意大 ニ異 セリ

︒古 ヘ︑ 頼朝 ニハ 東八 箇国 ノ諸 侍等

︑彼 ノ先 祖代 々ノ 恩ヲ 受ケ シ事 ヲ︑ 海ヨ リ

フ カク 山ヨ リタ カク

︵海 に山 に高 く深 く│ 校・ 異︶ 思ヒ テ有 シ︒ ソレ サヘ 当時 ノ少 恩ニ

︑昔 ノ大 恩ヲ ワス レ︑ 又

ハ 勝負 ノ決

定 ヲ量 リカ ネテ

︑頼 朝ニ 弓ヲ 引シ 者多 カリ シト ニヤ

︒今 ノ世 ノ 人ハ 不

然︒ 我ガ 所 徳 アレ バ

︑子 ハ 親

ニ 敵シ

︑臣 ハ主 ニア タス

︒又

︑昨 日マ デ父 祖代 々ノ 敵ト 思シ モ︑ 少シ ノ徳 アレ バ如

親子

︒ 親シ キモ 終親 シキ ニ

『太平記秘伝理尽鈔』における「謀」 ― 220 ―

(6)

ア ラズ

︒敵 モ終 敵ニ アラ ズ︒ 如

是 ノ世 ニハ 兵ヲ 動カ スニ 大ニ 謀多 ク侍 ルモ ノニ ヤ︒

︵中 略︶ 義助 ノ方 便︑

︵ 中略

今 ノ世

︑其 時ノ 戦ニ 相応 シタ リ︒ 最モ 善シ

︒又

︑余 ノ評 儀ハ 上代 ノ謀 ヲ以 テ︑ 末代 ニ当 テタ リ︒ 万ニ 一ツ モ勝 ツ 事 不

︒︵ 十 六表

〜裏

︶ 議 論は こ の 意見 で 締 めく く ら れ︑ こ れが

﹃理 尽 鈔﹄ の 結論 と い え る

︒こ こ で 守 勢 論 は﹁ 上 代 ノ 謀﹂ の た め﹁ 今 ノ 世

﹂の

﹁末 代﹂ には

﹁相 応﹂ しな いと 批判 され

︑義 助の 攻勢 論は

﹁最 モ善 シ﹂ と評 価さ れる

︒そ の理 由と して 評者 は

﹁昔 ト今 ノ世

﹂の

﹁人 ノ意

﹂の 相異 を挙 げる

︒源 頼朝 の挙 兵 し た古 い 時 代は 敵 対 者 も少 な く なか っ た が︑ 武士 は 概 ね 先 祖 以 来の 恩 を 深 く 思 っ て 頼 朝 に 味 方 し た

︒し か し

︑今 は わ ず か な 得 で 子 は 親 に︑ 臣 は 主 に 敵 対 す る 一 方

︑﹁ 父 祖 代 々ノ 敵﹂ も容 易に 味方 にな る世 であ ると いう

︒こ のよ うに 当代 は人 々の 欲心 にま みれ

︑敵 味方 も容 易に 入れ 替わ る よ う な 時 代 と 捉 え ら れ て お り︑ そ れ ゆ え に

﹁謀

﹂は 多 様 に 考 え ら れ る べ き も の と さ れ て い る︒

﹃ 理 尽 鈔﹄ に お い て

﹁謀

﹂が 当代 に必 要と 意識 され るの は︑ この よう な﹁ 末代

﹂認 識に 裏打 ちさ れた もの とい える

︒ では

︑個 別具 体的 な場 面に

﹁相 応﹂ する

﹁謀

﹂を 見出 すに は︑ どう すれ ば良 いの か︒

凡 ソ 異 朝ニ 雑 民 百ヲ 司 レ バ︑ 号 シテ 曰

宦︵ 官│ 校・ 釈︶ 人

︒去 レ バ 官人 タ ル 者 ノ役 ハ

︑一 天 下 ノ 広 狭︑ 国 郡

・ 村里 ノ民 室︑ 土民 ノ数 ヲ知 リ︑ 又ハ 其ノ 村里 ノ法

︑風 俗・ 行跡

・賢 愚・ 親和 等ノ 事ヲ 知ル

︒又 其ノ 村里 ノ図 ヲ

知 ル︒ 其ノ 故ハ

︑︵ 中 略︶ 戦場 ニ趣 ク時

︑軍 勢ノ 多少 ヲ知 ンガ 為也

︒︵ 中略

︶良 将ハ 是ヲ 知ル 則ハ

︑敵 国ヲ 亡ス 者 也

︒︵ 六

・十 六裏

〜十 七表

・﹁ 評﹂!

︶ 敵に 勝つ ため には 様々 な知 識や 情勢 を把 握す る必 要が ある

︒先 に見 た﹁ 智謀

﹂に 関す る説 明は

﹁将

﹂を 対象 とし て い た が

︑こ こ で は 人 を 統 べ る﹁ 官 人

﹂︵ 為 政 者︶ の 責 務 と し て

︑天 下 の 地 理 や 家 屋

・人 民 の 数

︑村 里 の 法 や 風 俗

︑ 人 々の 振る 舞い

・賢 愚・ 親和 の把 握が 挙げ られ てい る︒ それ は﹁ 戦場 ニ趣 ク時

﹂の ため であ り︑ 他に も﹁ 凡ソ 百人 ノ

― 221 ― 『太平記秘伝理尽鈔』における「謀」

(7)

司 アラ ン者 ハ︑ イカ ニモ シテ 将ノ 謀才 ヲ可

嗜事 ニヤ

﹂︵ 十・ 五十 七表

・﹁ 評

﹂︶ と見 える 点か ら︑ 為政 者は

﹁将

﹂と し て の役 割を も要 請さ れて いる とい える

︒ま た右 のう ちの

﹁行 跡﹂ の把 握に つい て見 ると

︑次 のよ うに ある

行 跡ヲ 謂バ

︑主 ハ体

︑臣 ハ影 也︒ 民ノ 行 跡ヲ 見 テ︑ 君 ノ行 ヲ 知 ル︒ 如

是 ノ 事 々ヲ 分 別 シテ

︑我 ガ 国 ト相 対 シ テ

自 ノ 弱 ヲ捨 テ

︑自 ノ 強キ 所 ヲ 以 テ攻 メ ヨ ト也

︒自 ノ 弱 ヲ捨 ヨ ト ハ︑ 敵 国ノ 善 カ ラン 行 跡 ヲ バ︑ 先 是 ヲ 取 テ 行 ヒ

︑而 シテ 後ニ

︑其 ノ行 ヨリ 善カ ラン 有ラ バ︑ 是ヲ ナセ ト也

︒智 謀皆 然也

︒如

是敵 ヲ討 タン ガ為 也︒

︵六

・十 七 裏

︶ 君 と 臣 は 形 影 の 如 く 密 接 し て 影 響 し 合 う た め!

︑﹁ 民

﹂や

﹁臣

﹂の 行 動 か ら﹁ 君 ノ 行

﹂を 知 っ て

︑自 国 と 敵 国 を

﹁相 対

﹂し

﹁分 別

﹂す る"

︒そ し て

︑自 国 の

﹁弱

﹂を 捨 て

﹁強

﹂で 敵 を 攻 め る こ と︑ 具 体 的 に は 敵 国 の 良 い﹁ 行 跡

﹂ を 絶え ず摂 取し て実 践し 続け るこ と が﹁ 智謀

﹂で あ る とい う

︒こ の 点か ら

︑﹁ 敵 ヲ 討タ ン ガ 為﹂ に必 要 で 最適 な 戦 略

・ 戦術 を模 索す るた めに は︑ 常時 継続 的な 敵情 察知 と戦 闘指 揮者 自ら の工 夫や 練磨 が不 可欠 であ るこ とが わか る︒ ま た

︑弱 を捨 てて 強を 用い る︑ とい う志 向に は別 の視 点か らも 注意 を払 う 必 要が あ る︒ 巻 第二 で は 将の 勇#

の一 つ と し て

︑賞 を与 える 基準 とそ の﹁ 謀﹂ が述 べら れる

取 捨 ハ 理非 ニ 不

依︒ 一 ヲ捨 テ テ 十 ヲ取 レ

︒十 ヲ 捨テ テ 百 ヲ 取レ

︒強 キ ヲ 取リ テ 弱 キ ヲ 捨 ヨ︒ 取 捨 ニ 品 ヲ 云

︒是 レ 謀 也︒ 世治 マリ テ後

︑コ ノ約 ヲ 異 セヨ

︒是 軍 ノ 智謀 也

︒異 ス ル ニ品 ア リ︒ 大 忠ア ラ バ︑ 異 スル 事 ナ カ

"

!

︒忠 ニ ヨ リ︑ 約ニ ヨ リ︑ 其 ノ器 ニ 依 テ︑ 分 々︵ 分々 当 々│ 校・ 異︶ ニ 賞ヲ 与 ヘ︵ 与 へよ

│校

・異

︶︑ 而 シ テ 恨

ミ ヲ訴 ヘバ

︑品 ニ依 テ重 科︵ 禍│ 校・ 異︶ ニ行 ヘ︒ 訴ヘ 忽チ ニ止 マン

︒︵ 二 表・

﹁評

﹂︶ 戦乱 の中 で﹁ 強﹂ を取 る際 には

︑﹁ 理 非﹂ に依 ら ず 多様 な 文 言で 納 得 さ せる こ と が﹁ 謀﹂ であ り

︑し か も世 が 治 ま っ た際 には その

﹁約

﹂を も破 るこ とが

﹁軍 ノ智 謀﹂ であ ると いう

︒こ のこ とは 次に 示す よう に︑ 降参 人の 処遇 の問 題

『太平記秘伝理尽鈔』における「謀」 ― 222 ―

(8)

と 深く 関連 する

良 将ハ 一度 ノ降 参ハ

︑以 前ニ 如何 ナル 悪事 在リ 共︑ 是ヲ 免セ

︒其 ノ降 人又 敵ニ 属セ バ偽 リシ ノ禍 在ル 故ニ

︑又 々

味 方ニ 降セ バ謀 ナレ バ︑ 新恩 ヲモ 施セ

︒世 静マ ツテ 後︑ 是ヲ 敗セ ヨ︒

︵ 中略

︶又 降参 人ニ 奥ノ 意ヲ 免ス 事ナ カレ

心 ヲヘ ダツ ルヲ 顕ス 事ナ カレ

︒上 部 ハ打 チ 解 ケヨ

︒世 ノ 不

静 以 前

︑敗 ス ル事 ナ カ レ︒ 約ヲ 変 ズ ル事 ナ カ レ︒ 泰

平 ノ 時ニ 至 ツ テハ

︑又 大 ニ 異也

︒此 ヲ 謀 ト 云ト 也

︒可

心得

︒︵ 二 十二

・六 裏

〜七 表・

﹁ 評﹂

︒二 十 一

・一 表〜 三 表

・﹁ 評

﹂に も同 種の 内容 があ る︒

︶ 初度 の降 参は 過去 の﹁ 悪事

﹂を 問わ ずに 赦免 する が︑ 度重 なる 降参 は﹁ 偽リ

﹂の

﹁禍

﹂で あり

︑ま た敵 の﹁ 謀﹂ の お それ があ る︒ よっ て︑ 戦乱 の間 は厚 遇し て奥 意を 見せ ずに 親 し み︑ 戦 後に 排 除 する の が﹁ 謀﹂ で ある と い う!

︒ こ

う し た 志向 は 賞 罰に 限 ら ず︑ よ り大 局 的 な争 い に おい て も

︑﹁ 以

謀 先 ヅ 合体 シ 世 シヅ マ リ テ︑ 我 ガ 威 モ 強 ク ナ リ テ

︑是 ヲ罰 スル 事ア リ︒ 夫ハ 敵能 キ城 ニ籠 リ︑ 主ト 死ヲ 共ニ セン ト思 フ勇 士多 ク︑ 糧一 年三

︵二

│校

・異

︶年 ニハ ツ

キ ザ ル 事ア リ

︒如

是ナ ル ニ ハ︑ 以

智 謀

合 体ス ル

﹂︵ 四・ 二 十 二表

〜裏

・﹁ 評

﹂︶ と︑ 和 睦し て 敵 の 脅 威 を 除 い た 後 に 討つ

﹁謀

﹂な どに も見 られ る︒ 以 上︑ 敵味 方 が 入り 乱 れ ると い う 当 代認 識 を 背景 に 垣 間 見つ つ も︑ 一 より も 十

︑十 よ り も 百 と い う﹁ 強﹂ を 優 先 し

︑時 には

﹁理 非﹂ をも 無視 して 違約 する と いう 武 断 的な 発 想 など に

﹁謀

﹂の 本 質 を見 る こ とが で き る︒ そ こに は

︑ 合 戦で いか に味 方の 損害 を少 なく して 敵に 勝 つか と い う志 向 も 存在 す る わ けで あ る が︑

﹁毎 事 謀 略︒ 此内

︑外 略 ハ 敵

ヲ 方便 ル事 ニヤ

︒内 略ハ

謀 シ テ郎 従並 ビニ 諸国 ノ 兵ニ 親 シ フ被

思 コト ゾ

︒︵ 中 略︶ 毎 事ニ 謀 略 ナケ レ バ 軍ニ ハ 勝 タ レ ヌ モ ノニ ヤ

︒﹂

︵ 三十 三

・二 十 四表

・﹁ 評

"

︶ と あ るよ う に︑

﹁ 謀﹂ は基 本 的 には 効 率 的・ 機 能的 に 勝 つ た め の 方 法 や 智恵 であ ると いえ る︒ 後述 する よう に︑ この

﹁謀

﹂の 志向 を純 粋に 突き 詰め れば

︑そ の合 理性 によ って 敵味 方の 区

― 223 ― 『太平記秘伝理尽鈔』における「謀」

(9)

別 を超 越し

︑規 範的 な側 面を 疎外 した 主張 にた どり 着く こと にな る︒ 二︑

規 範

・倫 理 と して の

﹁ 道﹂ 一方

で︑

﹃ 理尽 鈔﹄ には 規範 や倫 理の 重要 性 を主 張 す ると い う 大 きな 側 面 があ る

︒﹃ 理 尽鈔

﹄巻 第 一 に は﹃ 太平 記

﹄ の

﹁序

﹂に 対 す る 解 釈 と し て︑

﹁ 邪 正﹂ を 弁 え な い

﹁此 比

﹂の 特 に

﹁国 ヲ 領 ス ル ノ 人﹂ に﹁ 三 綱 五 常﹂ の﹁ 道﹂ や

﹁物 ノ意

﹂を 知ら せ︑

﹁無 道﹂ を止 め ると い う 目的 意 識 が見 ら れ る︵ 一・ 六 裏〜 七表

・な し

︶︒ 旧 稿で は こ うし た 叙 述 か ら﹁ 道﹂ を︑

﹁ 概ね 儒学 的な 教義 に基 づく 倫理 観念 およ び内 面的 規範 を 意 味す る 語﹂!

と 述 べた が

︑事 例 を十 分 に 挙 げ た検 討を 行い 得な かっ た︒

﹁ 謀﹂ との 関わ りを 明ら かに す る ため に も︑ 本 節で は 特 に 人の あ る べき あ り 方と し て の

﹁道

﹂や

﹁法

﹂と はい かな る内 容を 指す のか

︑い くつ かの 事例 を列 挙し て整 理し てお きた い︒ 具体 的に 用例 を見 ると

︑人 のあ り方 とし ての

﹁道

﹂は

﹁無 道﹂ に対 する 批判 とし て説 明さ れる こと が多 い︒ その 中

で 端的 に説 明す る箇 所を 挙げ ると

︑﹁ 凡 ソ 人タ ル 者 ハ︑ 一言 ノ 約 ヲ 不

変 ヲ 以テ 道 ト ス︒

︵中 略

︶ソ ム キ難 キ ヲ

︑一 命

ヲ 失ハ ン悲 シサ ニヤ

︑敵 ニ降 ゼシ

︵中 略︶

︑ 人倫 ニ非 ズ﹂

︵六

・六 十表

〜裏

・﹁ 評

﹂︶

︑﹁ 一 タビ 成

︑不

返 ハ人 倫ノ 法

︒若 シ 其 道ヲ 違 フ 則ン バ 人 ニ ハ 非 ズ

﹂︵ 十 一・ 一 表・

﹁ 評﹂

︶と

︑約 束 を 違 え な い こ と が﹁ 道﹂ で あ り﹁ 人 倫 ノ 法

﹂ と され てい る︒ 一見

︑こ の平 凡な 内容 があ らた まっ て主 張さ れる のは

︑主 従の あり 方と 関係 があ る︒

一 度主 従ノ 約束 ヲ成 シテ ヨリ 已来

︑主 ハ恩 ヲ 以シ

︑臣 ハ 忠 ヲ以 テ 事 フル コ ト

︑一 命 ヲ捨 ル ヲ 以テ 義 ト シ 礼ト ス

是 ヲ忠 トス

︒事 ノ切 ナル ニ及 デ︑ 一命 ヲ生 キン ガ為 ニ生

︵主

│校

・異

︶ヲ 捨テ 敵ニ 降ス ルハ

︑人 タル 者ノ セザ ル

所 也︒ 無道 至極 セリ

︒︵ 中 略︶ カヽ ル重 恩 ヲ忘 レ テ 降人 ニ 成 テ 敵ニ 属 ス ル事

︑人 倫 ト 可

云 ヤ︒

︵ 十四

・百 十 四 裏

『太平記秘伝理尽鈔』における「謀」 ― 224 ―

(10)

〜 百十 五表

・﹁ 評

﹂︶ 臣下 は主 君の 扶助 の﹁ 恩﹂ に﹁ 一命

﹂を 賭し て報 い る こと が

﹁義

﹂﹁ 礼﹂

﹁ 忠﹂ とさ れ て いる

!

そ れ ゆ えに 身 の 切 迫 時に 扶助 の恩 を忘 れ︑ 主君 を見 捨て て降 参す るの は﹁ 主従 ノ約 束﹂ を違 えた

﹁無 道至 極﹂ の行 為で

﹁人 倫﹂ に悖 る

と 批判 され る︒ これ は︑

﹁ 主ノ 家人 ヲ扶 持ス ル事

︑皆 事ノ 難儀 ナル ニヨ ツテ 死ヲ 共ニ セヨ トナ リ﹂

︵八

・八 十一 裏・ な

︶と

︑臣 の 責 務は 主 君 が臣 下 を 扶 助す る 目 的 と 一 致 す る︒ し た が っ て︑

﹁ 二 君 ニ 奉 公︑ 道 ニ 非 ズ

﹂︵ 五・ 二 表・ な

︶︑

﹁ 主亡 ビン トス ルニ

︑死 ヲト モニ スル ハ上 也︒ 生テ 出 家ハ 中也

︒別 ノ 主ニ 仕 ル ハ忠 ニ 非 ズ︒ 無 道也

﹂︵ 二

・九 裏

〜 十表

・﹁ 評

﹂︶ と︑

﹃ 理尽 鈔﹄ にお いて 一 度 契っ た 主 従の 約 を 違 える こ と は﹁ 無道

﹂と 批 判 され

︑臣

︵特 に 武 士︶ は

主 と死 を 共 に する こ と を要 求 さ れる

"

︒こ の 違 約 への 批 判 と関 連 し て︑

﹁恩 ヲ イ タ ヾヒ テ 恩 ヲ報 ズ ル︑ 是 人倫 ノ ナ ス 所 也﹂

︵ 六・ 十裏

・﹁ 評﹂

︶ と︑ 報恩 も人 とし ての 責務 とさ れる

また

︑﹁ 道

﹂の 内容 とし て

﹁公

﹂の

﹁私

﹂に 対 する 優 先 が挙 げ ら れ る︒

﹁以

私 公儀 ヲ 軽 シム ル ハ︵ 遺 す るは

│校

天 理本

︶︑ 人 タル 者ノ セザ ル 所 也﹂

︵九

・四 表

・﹁ 評﹂

︶ や︑

﹁公 義 ノ 大事 ヲ 指 シ 置キ

︑私 ノ 意 恨ヲ 専 ラ トシ 給 フ コ

ト 非

﹂︵ 十三

・三 十五 裏・

﹁ 評﹂

︶な どの 例が ある が︑ より 直接 的な 事例 とし て敵 中で 孤立 した 子・ 義治 を捜 索・ 救 出 すべ く二 度敵 に攻 め寄 せた 脇屋 義助 につ いて の﹁ 評﹂

︵ 巻第 十四

︶を 見る と︑ 次の よう にあ る︒

義 治 失 ヒシ カ バ︑ 義 助一 命 ヲ 捨 テ︑ 敵ノ 中 ヘ 懸入 シ 条︑ 歎 キニ 理 ヲ 忘 レタ ル モ 一往 コ ト ハ リ 也︒ 親 ノ 子 ヲ 思 フ

︑人 倫耳 ニ非 ズ︑ 畜類 スラ 然也

︒去 共︑ 人倫 ノ法 ハ為

国為

君 ニ親 子ヲ 捨テ 可

歎 ヲ不

︑可

患ヲ 不

患ヲ 以 テ 道ト ス︒

︵ 六十 九裏

〜七 十表

︶ 親の 子に 対す る愛 は﹁ 畜類

﹂で も抱 く程 の自 然な 感情 であ り︑ 子を 見失 った 義助 が﹁ 理﹂ を失 った のも 道理 とし て 認 めら れて いる

︒し かし こ こで は

︑﹁ 国﹂ や﹁ 君﹂ の ため に は﹁ 親 子﹂ を捨 て て も 歎き 憂 え ず振 る 舞 うの が

﹁人 倫 ノ

― 225 ― 『太平記秘伝理尽鈔』における「謀」

(11)

﹂で あり

﹁道

﹂で ある とい う︒ ここ から は﹁ 孝﹂ より も

﹁忠

﹂を 優 先 する 志 向 が読 み と れ!

︑ 一見 す れ ば﹁ 公﹂ に 対 する

﹁私

﹂の 一方 的な 没入 の要 請と 捉え られ るが

︑こ こで は先 に見 たよ うに

︑少 なく とも

﹁君

﹂に 対す る﹁ 私﹂ の 献 身 が 主 君 の 日 常 的 な 扶 助 に 対 す る 報 恩 の 責 務 と し て 説 明 さ れ て い る こ と に 注 意 す る に 留 め る"

︒ な お

︑﹁ 公﹂ の

﹁私

﹂に 対す る優 先に 関連 して

︑﹁ 義︑ 勝

欲 ハ道 也︑ 欲︑ 勝

ハ非

﹂︵ 十一

・一 裏・

﹁評

﹂︶ と

﹁義

﹁欲

﹂に 対す る優 先も 説か れる

︒こ れも

︑﹁ 凡 ソ身 ヲ立

︑家 ヲ富 シメ

︑ル イヤ ウ栄 ヘテ

︑所 従︑ 門前 ニ市 ヲナ ス事

皆 主ノ 恩ニ 非ズ ヤ︒ 如

是 大恩 ヲ少 シキ 欲ニ 忘テ

︑無 道ヲ 巧ム ハ 非

人 倫

﹂︵ 三

・二 十 四裏

〜二 十 五 表・

﹁ 評﹂

︶な ど

﹁欲

﹂が 主 の 扶 助 に よ る 立 身

・栄 達 の

﹁恩

﹂に 対 す る 忘 恩 の 契 機 と な る た め と 考 え ら れ る#

︒ ま た︑ こ う し た

﹁道

﹂ を 守る ため には

︑先 述の

﹁智 謀﹂ の如 く︑ それ を行 い得 る﹁ 勇﹂ が必 要と され る︒

義 ト勇 トハ

︑武 家ニ 不

︑一 切ノ 人可

嗜 所ナ リ︒

﹁ 無

勇︑ 五常 ノ道 モ行 イ難 シ﹂ ト︑ 古ノ 人々 被

申 シト ニヤ

︵中 略︶ 万人 皆死 スレ バト テ︑ 道ニ 背キ タル 死タ ラバ

︑遁 ルベ キコ ソ道 ナレ

︒万 人北 レバ トテ

︑死 ノ節 ニ当 ラバ

何 ゾ死 セザ ラン ヤ︒ 喩ヘ バ

︑﹁ 人 モ無 道 ナ リ︒ 我モ 無 道 ニ セン

﹂ト 謂 シ ニ同 ジ

︒最 可

嗜 事 ニ ヤ︒

︵九

・七 十 二 裏

・﹁ 評﹂$

︶ 人と して の﹁ 道﹂ に適 うた めに は︑ たと え万 人が

﹁無 道﹂ を行 った とし ても

︑そ れに 流さ れな いた めの

﹁勇

﹂が な け れ ば な ら ず︑ そ れ は 武 士 に の み 要 求 さ れ る わ け で は な い と い う︒ ま た︑

﹁五 常

﹂の 語 が 見 え る よ う に︑ こ う し た

﹁道

﹂の 理論 的基 礎の 一つ とし て儒 学が 据え られ てい る点 は上 述の 通り であ る︒ 断片 的な 用例 の羅 列に して 不十 分な 点も ある が︑ 以上 を整 理す ると

︑違 約せ ず︑ 恩に 報い

︑私

・欲 より 公・ 義を 優 先 する

︒少 なく とも これ らが 人の ある べき あり 方を 示す

﹁道

﹂の 内容 の輪 郭と して 考え るこ とが でき るだ ろう

︒普 遍 的 な﹁ 人倫 ノ法

﹂や

﹁道

﹂は

︑﹁ 勇

﹂を 媒介 にす る点 で武 士 と して の あ り方 に も 連 関し て い るが

︑と り わ け主 君 と の

『太平記秘伝理尽鈔』における「謀」 ― 226 ―

(12)

﹁契 リ﹂ によ って 扶助 と報 恩の 関係 を持 つ臣 下と して の あ り方 を 強 く規 定 し て いる

︒一 見

︑簡 明 で平 易 な 主張 で は あ る が︑

﹁ 道﹂ を説 くと いう より も﹁ 無道

﹂を 批判 する 傾 向 が目 立 つ よう に

︑そ の 背 景に は

︑南 北 朝と い う 複雑 な 戦 乱 の 世を 描く

﹃太 平記

﹄を 論評 する

﹃理 尽鈔

﹄の 退廃 した 当代 認識

!

と︑ 主を 裏切 る 多 く の臣 の あ り方 に 対 する 批 判 的 な 視座 があ ると いえ る︒ 三︑

﹁ 謀

﹂と

﹁ 道

﹂の 相 剋

│謀 叛 を めぐ っ て

│ すで

に見 たよ うに

︑﹁ 理 非﹂ を超 越し て 違 約も 是 と する

﹁謀

﹂の 志 向 と︑ 人 のあ る べ きあ り 方 を説 く

﹁道

﹂の 主 張 と は明 らか に矛 盾す る︒ 概ね

﹁謀

﹂は

︑行 使さ れる 前提 とし て敵 対ま たは 排除 すべ き側 に向 けら れて いる が︑ 自ら の

仕 える 主君 など の恩 義を 伴う 対象 に向 けら れ る場 合

︑当 然 それ は 謀 叛と な る

︒無 論 それ は

︑﹁ 主 ニ向 テ ホ コヲ 逆 シ マ

ニ スル 条︑ 無道 也︒

︵ 中略

︶大 恩ヲ 受ケ ナガ ラ︑ 少シ ノ恨 ニ大 恩ヲ 失ハ ル︒ 是畜 類ノ ナス 所︑ 人倫 ノセ ザル 所也

﹂︵ 十 四

・七 十三 表〜 裏・

﹁ 評﹂

︶︑

﹁ 謀叛 ハ重 科 ノ中 ノ 大 重罪 也

︒国 家 ヲ亡 ス 故 也︒

︵ 中略

︶謀 叛 人 ハ一 天 下 ノ大 ア タ 也︒ 一

代 ニ 不

︑子 々 孫 々ヲ 可

断 絶

﹂︵ 四

・五 裏

〜六 表・

﹁ 評﹂

︶と

︑厳 し く 批判 さ れ る︒ と ころ が そ の 一 方 で︑ あ く ま で 方法 論と して 天下 を得 るた めの 手段 が論 じら れる 側面 が存 在す る︒ これ は先 に見 た﹁ 謀﹂ の志 向が 突き 詰め られ た 主 張で ある とい え︑ 謀叛 を批 判す る﹁ 道﹂ の志 向 と真 っ 向 から 対 立 する

︒﹃ 理 尽 鈔﹄ に おい て 両 者は ど の よう な 論 理 に よっ て共 存す るの か︒ その 好例 とし て︑ 本節 では 謀叛 に関 して 対立 的な 論評 を併 記す る事 例を 検討 する

︒ 次に 示す のは 建武 の新 政の 動揺 に際 し︑ 天下 の 覇権 を 得 られ る 立 場に あ っ た 新田 と 足 利の 確 執 を めぐ る

﹁評

﹂︵ 巻 第 十四

︶で ある

― 227 ― 『太平記秘伝理尽鈔』における「謀」

(13)

!

朝 敵亡 テ闕 所 ノ地 ト シ テ︑ 軍 ニ忠 有 シ 兵ニ 被

充テ 行

︑ 所 領 ハ朝 敵 并 ニ其 縁 坐 タル 者 ノ 領 ヲ号

闕 所

充 テ 行 ハ

ル ヽ所 也︒ 然ル ニ新 田ノ 一類

︑朝 家ニ 忠 ノミ 多 シ テ︑ 非義 ナ シ︒ 尊 氏私 ノ 遺 恨 ヲ公 義 ニ ヨセ テ

︑彼 ノ 所 領ヲ 号

闕 所

︑無

所 謂

︑︵ 後 略︶

︵ 五表

〜裏

"

︑尊 氏兄 弟天 下ヲ 奪ハ ント セン ニハ

︑新 田 兄弟 障 リ トハ ナ ル ベキ ナ レ バ︑ 是 ヲ亡 ン ト セシ ハ

︑道 理 至 極セ リ

!

"

然 ド モ 諸国 ノ 兵︵ 傍 書﹁ 私云

︑口 伝

︑此 道 理 ハ非 ノ 中 ノ是 也

︒﹂

︶ 弥 調フ テ 後︑ 義 貞ヲ バ 可

亡 謀 幾 等 モ 在 リ ナ

ン 事ヲ ソコ ツニ 出 ス︒ 是大 事 ノ 前ノ 少 事 ヲ専 ラ ト ス ルニ 非 ズ ヤ︵ 之四 つ

│校

・異

・補

︶︒ 其 上︑ 今武 士

︑公 家 一

統 ノ成 敗ヲ 悪ム

︒今 朝敵 ト成 ンニ 天下 ノ士 皆足 利ニ 属﹇ セ﹈ ンカ

︒然 バ新 田・ 楠︑ 朝ニ 在リ ト云 フ共

︑恐 ルル ニ

足所 也︒

︵中 略︶ 此等 ノ事 ヲ︵ 傍書

﹁私 云︑ 口伝 アリ

︑後 ノ評 ニ見 ヘタ リ︒

﹂︶ 不

了ハ

︑尊 氏兄 弟ガ 智ノ 不

故 也︒ 智ノ 不

足 ヲ号 シテ 曰

小人

︒今 ノ朝 ニ 恐レ テ

︑落 チ 懸カ リ タ ル 天下 ヲ 奪 ハン ト 思 フ志 ハ 乍

在︑ 不

取 耳

ナ ラズ

︑其 上ニ 覚乱 レガ ハシ キ振 ル舞 イ︑ 智ノ ホ ド顕 テ 後 代マ デ モ 最恥 ヅ 箇 敷 キ事 ゾ カ シ︒ 心在 ン 人 ノ 可

了 事 ニ ヤ︒

︵ 五裏

〜六 裏︶

#

︑義 貞モ 天下 ヲ奪 ハン ト思 フ意 ハ無 リ シカ 共

︑諸 事 尊氏 ニ 威 ヲ被

奪 不

快 思ヒ ケ レ バ︑ 朝家 ヲ 奉

恨 事 耳 多

ク シテ

︑﹁ 今 ノ分 ノ御

政 ナラ ンニ ハ︑ 我ハ 終ニ 朝敵 トナ ルベ シ﹂ ト被

思 ケレ バ︑ 内々 ハ諸 国ノ 兵ノ 勇ノ 器ニ 当

リ タル ヲバ 親シ ミ被

近付

ケ リ︒ 然ド モ彼 ハ文 ヲ意 ニカ ケテ

︑少 シ物 ノ意 ヲモ 弁ヘ タレ バ︑ 世ノ 人口 ヲ恥 ヂタ リ

シ 故ニ

︑心 中ニ ハ思 フト 云ヘ ドモ

︑覚 如

直 義

謂 ハザ リシ トナ リ︒

︵中 略│ 義貞 が 挙兵 す れ ば大 勢 の 尊氏 に も 勝

利 でき る︒

︶ 是ヲ 以テ 彼ヲ 思フ ニ︑ 義貞

︑如

尊 氏 兄弟

世 ヲモ カ ヘ リミ ズ ン バ︑ 此 図ヲ バ 見 ルベ ケ レ バ朝 敵 ト 成

ナ ン︒ 然バ 諸国 ノ兵 大形 ハ皆 義貞 ニ随 ヒナ ン物 ヲト 覚ベ シ︒ 家ノ 為ニ ハ少 シ物 ノ意 ヲ弁 ヘタ ルガ アタ トヤ 成ケ ン

ト 也︒ 去バ 小智 ハ菩 提ノ 障リ トハ 加様 ノ事 ナル カ︒

︵ 六裏

〜七 表︶

『太平記秘伝理尽鈔』における「謀」 ― 228 ―

(14)

$

︑義 貞文 ヲ深 ク知 テ聖 ノ器 在ラ バ︑ 不道 ヲ誅 シテ 諸人 ノ患 イヲ 助ケ ント 思ベ シ︒ 所以 ハ周 武ノ 如

︒ 是何 ノ

不 義 カ 在ン ヤ

︒文 ヲ 能ク 不

覚︑ 意 不

︑為

家為

身 耳思 ヒ テ︑ 天 下 ヲ 守 ラ ン ト 思 フ 仁 政 ナ シ

︒可

心 得

事 ニ ヤ

︒︵ 七 表〜 裏︶ まず

!

︑両 氏の 争い の発 端と して 足利 が非 義の ない 新田 の所 領を 横領 した のは

︑私 意を 公義 にか こつ けた 行為 と し て批 判さ れて いる

︒し かし 続く

"

で は︑ 足利 にと って 新田 は天 下を 取る ため の障 害と なる ので

︑こ れを 滅ぼ すの は

﹁道 理﹂ で ある と し て﹁ 義貞 ヲ バ 可

亡 謀

﹂が 述 べら れ て いる

︒今 の 公 家 政治 に は 多く の 武 士が 不 満 を 持 っ て い る た め

︑尊 氏が

﹁朝 敵﹂ とな れば 多く の武 士が 味方 し︑ 容易 に天 下を 得ら れた にも かか わら ず︑ 不必 要に 朝廷 を恐 れて 粗 忽 な行 動に 終始 した

︒こ こで は尊 氏兄 弟が そう した 情勢 を踏 まえ た行 動を 取る

﹁智

﹂を 持た ず︑ すぐ さま 天下 を取 ら な かっ た点 に批 判が 向け られ てい る︒

!

で 足利 の私 意に よる 横領 を批 判す る意 見が ある もの の︑ ここ での 議論 の中 心 は 足利 およ び新 田が 天下 を奪 うた めの 方法 とし て﹁ 朝敵

﹂に なる べき であ った とい う点 にあ る︒ もっ とも

"

の論 評 が 始ま る部 分の 傍書 には

︑﹁ 私 云︑ 口伝

︑コ ノ道 理ハ 非 ノ 中ノ 是 也﹂ と︑ こ れら が 非 道 の論 理 で ある こ と が付 記 さ れ て はい る︒ しか し︑ ここ では そう した 謀叛 に対 す る批 判 的 言辞 が 付 され な が ら も︑

﹁朝 敵

﹂へ 転 ずる こ と が天 下 を 取 る ため の﹁ 謀﹂ とし て位 置づ けら れて 議論 が進 んで いる

%

︒こ れは 先 に 見 た︑ 規範 を 超 える

﹁謀

﹂の 志 向 に基 づ く 論 理 であ ると いえ る︒ また

︑情 勢を 踏ま えた 行動 を取 る﹁ 智﹂ に欠 け︑ 不必 要に 朝廷 を恐 れて 容易 に得 られ る天 下を 取ら なか った とい う 尊 氏兄 弟へ の論 評

"

に比 べて

︑義 貞に 対 する 論 評

#

は 直接 的 で ある

︒義 貞 も 不 公正 な 朝 廷の 政 治 を 恨み

︑﹁ 朝 敵﹂ と な る考 えを 心中 に抱 いて い た︒ 義貞 が

﹁朝 敵﹂ と なれ ば 尊 氏の 場 合 と 同様 に 天 下を 得 ら れ たが

︑﹁ 小 智﹂ と﹁ 文﹂ に よ る

﹁物 ノ 意﹂ の分 別 が 支障 と な っ たと 述 べ られ て い る︒ ここ で の

﹁物 ノ 意﹂ とは

︑後 醍 醐 天 皇 と い う 主 君 に 対 し

― 229 ― 『太平記秘伝理尽鈔』における「謀」

(15)

︑臣 下が 敵対 する とい う不 忠や 不義 を躊 躇さ せる 倫理 的な 思慮 と考 えら れ︑ 先述 の﹁ 道﹂ の志 向に 通底 する

︒し か し

︑天 下を 奪う ため の謀 計に とっ て︑ こう し た要 素 は むし ろ 障 害で あ る と さえ い う ので あ る︒ ま た︑

﹁物 ノ 意

﹂を 弁 え るが ゆえ に︑ 義貞 には さら なる 論評

#

が 加え られ る︒ もし 義 貞 が 学問 を 深 く知 り

︑﹁ 周 武﹂$

の よう な

﹁聖 ノ 器﹂ の 持 ち主 であ れば

︑後 醍醐 天皇 の﹁ 不道

﹂を 誅す るこ とは むし ろ全 く﹁ 不義

﹂で はな いと 述べ る︒ 我が 身と 家の みを 思 う 義貞 にそ の資 格は 付与 され てい ない が︑ 天下 の諸 人を 救う ため の﹁ 仁政

﹂の 意志 と資 質が あれ ば︑ 謀叛 とい う﹁ 朝 敵

﹂転 化の

﹁謀

﹂は 放伐 とし て正 当化 され る可 能性 を持 つ︒ この 義貞 の資 質に つい て︑ 続け て﹁ 朝敵

﹂を めぐ る対 立的 な論 評併 記を 見る

︒箱 根・ 竹下 で足 利軍 に敗 れて 西走 す る 義 貞 は︑ 仕方 な く 足利 方 に 随 って い た 新田 一 族 の下 山

・加 々 美 らか ら 挙 兵し て

﹁朝 敵﹂ と なる よ う に 勧 め ら れ る が

︑朝 廷を 恨む 心は なく 義に 反す ると して 拒否 する

︒そ こで 下山

・加 々美 は挙 兵の 折に は足 利方 の二 十八 人の 将が 呼 応 する 確約 を取 り付 け︑ 再度 要請 する が義 貞は あく まで 峻拒 し︑ つい に両 人は 諦め た︵ 十四

・八 十二 表〜 八十 六表

﹁伝

﹂︶

︒ 以下 はこ うし た義 貞に 関す る論 評で ある

!

○ 評云

︑新 田ノ 申様

︑忠 在リ

︑勇 在リ

︑義 ニ不

当︒ 一殺 多 生 ヲ 助ク ル ノ 道有 リ

︒殷 湯・ 周 武ノ 道 也

︒義 貞︑ 若

シ 尊氏 ヲ亡 ボシ ナバ

︑御 位ヲ アラ タメ テ︑ 天下 ヲ利 セン ニ何 事カ 可

︒其 ノ後

︑文 ヲ専 ラト シテ

︑天 下ノ

政 ヲ

正 シ︑ 世ノ 為家 ノ為

︑朝 家ノ 御為 ニ太 平ヲ 致サ ンカ ト也

%

︒︵ 八 十六 表〜 裏︶

"

又 評云

︑義 貞︑ 周武 ノ君 ニタ クラ ブベ キ器 ニ非 ズ︒ 此ニ 背ヒ テ角 ハセ ザラ ン︒ 又︑ 末ノ 世ニ 至テ

︑人 ノ心 欲深 ク

ヘ ツラ ヒ曲 ガツ テ︑ 文ノ 名ヲ モ不

知︒ 此レ 等ニ 法ヲ 立テ

︑道 ヲ知 ラセ ン事

︑タ ヤス カラ ズ︒ 強チ ニ知 ント セバ

却 ツテ アタ ト成 テ︑ 天下 ノ乱 近ニ 可

︒︵ 中 略︶ 新田 ト テ モソ レ ホ ドノ 才 智 ナ ケレ バ

︑ナ ド 天下 ヲ 能 ク 治メ ン

公 家ノ 二ノ 前ナ ルベ シ︒ 又︑ 有

智 テモ 心 ミジ カ ク 気ツ カ レ ナ バ︑ 難

治 世 ゾカ シ

︒又

︑新 田 ヒト リ 政 ヲ 直 ク セ

『太平記秘伝理尽鈔』における「謀」 ― 230 ―

(16)

ン ト欲 スト 云共

︑一 類・ 郎従 道ヲ 不

︑ 邪ニ ゾ有 ナン

︒義 貞モ 名将 ナレ バ︑ 加様 ノ所 ヲ弁 ヘテ ゾ︑ 角ハ 云フ ラ ン ト也

︒︵ 八 十六 裏〜 八十 七裏

#

又 評云

︑義 貞左 マデ ノ深 キ思 慮有 ベカ ラズ

︒但

︑後 代ニ

﹁無

謂朝 敵ト ナラ ンズ ル﹂ ト被

謂 事︑ 最無 念也 ト思 フ

︑一 戦ニ 利ヲ 失ツ テ口 惜シ ト思 フト

︑又 ハ 心ヨ ハ キ 男ナ レ バ︑ 今 度ノ 叡 慮 ノ 忝 キ ト︑ 公 家ノ 人 々 ニ堅 ク 親 シ

ク セシ ヲ︑ 引別 カレ ン事 ヲ恥 ヅカ 布ク 思フ トニ 在リ

︒是 レ皆 世ノ 為︑ 家ノ 為ヲ 思フ ニ非 ズ︒ 只︑ 一身 ヲ重 クス ル

所 ニ在 リ︒ 愚将 ノ所 謂也

︒去 リナ ガラ

︑今 ノ代 ニハ 新田 程ニ 物ノ 心ヲ 弁タ ル将 ハ又 稀ナ ラン カト 也︒

︵ 八十 七裏

!

で は︑ 足利 との 確執 の論 評よ りも 率直 に義 貞が

﹁朝 敵﹂ とし て挙 兵し なか った こと が批 判さ れ︑ 義貞 は﹁ 殷湯

・ 周 武 ノ 道﹂$

に 習っ て 尊 氏を 滅 ぼ し︑ 別 の天 皇 を 即位 さ せ て﹁ 太平

﹂を 実 現 す べき だ っ たと 述 べ られ て い る︒ し か し

"

では やは り義 貞の 資質 が問 題視 され

︑な おか つ心 のね じ曲 がっ た﹁ 末ノ 世﹂ の人 々に

﹁法

﹂を 立て て﹁ 道﹂ を教 え 治 める のは 至難 であ ると して

!

で述 べる 主 張を 退 け る︒ そし て

︑﹁ 名 将﹂ の義 貞 は 自 らの 資 質 では 天 下 を治 め ら れ な いこ とを 自覚 した ため に﹁ 朝敵

﹂と して の挙 兵を 拒ん だ︑ とい うの が

"

の結 論で ある

︒し かし

#

は この 主張 に異 を 唱 える

︒義 貞が

﹁朝 敵﹂ とな らな かっ たの は﹁ 世ノ 為﹂ や﹁ 家ノ 為﹂ でも なく

︑敗 戦の 無念 や朝 廷の 人々 の信 任を 裏 切 る不 名誉 を案 じる 心情 から で︑ ただ

﹁一 身﹂ を重 んじ たに 過ぎ ない とい う︒ ここ では そう した 義貞 を﹁ 愚将

﹂と 評 し なが らも 当代 に稀 な将 と擁 護し てい る︒ 先の 議論 の義 貞へ の論 評と 同様 に︑ ここ では

﹁朝 敵﹂ 転化 の﹁ 謀﹂ とし ての 謀叛 と﹁ 殷湯

・周 武ノ 道﹂ であ る放 伐 は

︑行 為と して は同 一線 上 に位 置 し てい る こ とが わ か る︒ こ れを

﹁謀

﹂と

﹁道

﹂の 関 わ りか ら い え ば︑

﹁朝 敵

﹂転 化 の

﹁謀

﹂は 放伐 とし て認 めら れる こと で 論理 的 に 正当 化 さ れ︑

﹁道

﹂と の 矛 盾 は解 消 さ れて い る︒ た だ︑ そこ で 問 題 と なる のは 行使 する 側の 倫理 的資 質で ある

︒そ れぞ れの 結論 で義 貞は 資質 に欠 ける とさ れる が︑ 少な くと も後 者

!

― 231 ― 『太平記秘伝理尽鈔』における「謀」

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