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韓流展開における日本市場の意義 ―

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1.はじめに

本稿は,1990年代末から,東アジアを中心に 人気を集める「韓流」現象にとって日本市場が 持つ意義を検証し,韓流の展開と韓国社会のナ ショナリズムの関係を考察するものである。

社団法人韓国文化交流財団が編纂した『韓流 総書』[キムほか2009]の表紙には,「韓流はグ ローバル企業のマーケティング手段であると同 時に,大韓民国の国家ブランドの価値を高める 役割を果たしています」と書かれている。「国 家イメージの向上」というこのキャッチフレー ズは多くの韓流関連団体で用いられ,韓国社会 の(少なくとも韓国政府の)韓流に対する評価 がどのようなものであるかを示唆する。

大衆文化の親和力による自国イメージの向上 を求めるのは近年の流れであり,韓流に対して も,外国に韓国文化の優秀性をアピールするだ けでなく,国際政治の場においては有効な外交 手段として活用できることが期待されている。

だが,このような状況の下,近年の韓流をめ ぐる様々な議論のなかには,韓流にナショナリ ズム的性向が強くなり,海外に韓国文化の優越 性を誇示するための手段になっているとの指摘

もある。メディア文化産業において,ナショナ リズムが深く介入することは,逆に他国のナ ショナリズムを刺激し,海外市場進出に不利に 作用するという懸念もある。

ところで,後で詳しく述べるが,様々な関連 研究や,メディアの報道など,韓流に関する言 説を分析すると,韓流現象が韓国社会全般の衆 目を集めるようになったのは,2004-2005年の 日本におけるブームが基点となっていることが 分かる[イ2006; 木村2007ほか]。日本におけ る韓流の成功は,予想外のものでもあったが,

歴史的に特殊性を持つ両国関係から,韓国社会 のナショナリズムを強く刺激するようになった ことは想像するに難くない。したがって,韓流 展開におけるナショナリズムの働きは日本市場 の存在と決定的な関連を持つと言えよう。

本稿の先行研究となる木村幹の研究では,韓 流に対する日韓両国の言説の変化を,韓流の日 本市場進出前後に区分して,両国のナショナリ ズムの変化について論じている[木村2007]。

東アジアにおける韓流の成功要因に関する韓国 側の議論が,日本のブーム以後,韓流の普遍的 価値と結びつき,韓国の大衆文化の優秀性を語 るようになったという指摘は正確な分析であ

*早稲田大学大学院社会科学研究科 博士後期課程4年 論 文

韓流展開における日本市場の意義

― 日本市場を眺める韓国メディアの眼差しを中心として ―

韓   英 均

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る。しかし,ブーム直後に書かれた木村の論考 では,韓流が日本市場の進出に成功し,既に目 的を果たしたという観点を持っているように思 われる。

本稿では,2005年を基点とし,文化産業とし て確固たる地位を確保した韓流を巡る韓国社会 の過剰な期待の背景として,文化ナショナリズ ム的性向を挙げている,イ・ドンヨンの指摘を 参考とし[イ2006],日本におけるブーム以後 近年に至る流動的な時期を中心とした日本市場 を眺める韓国社会の眼差しを分析し,韓流の展 開におけるナショナリズムの介入や作用の有り 様を読み取ることを目的とする。ただし,韓流 に対する議論も観点も様々であり,その眼差し を定型化することは難しい。したがって,本稿 の展開としては,主として韓国のメディアによ る韓流関連記事の動向を分析対象とし,韓流 の日本ブーム以前,2004年から2005年にかける ブームの到来期,そしてブーム以後に区分し,

日本での状況に従って変化する,韓国社会の韓 流言説の流れを概観し,考察していくこととす る。とくに,ブーム以後,2006年を前後とし,

韓国のメディアで台頭してきた韓流の「危機」

に関する言説の把握に焦点を合わせるのは,そ の「危機」論が提示された時点が日本でのいわ ゆる停滞期と重なっており,韓国社会の日本市 場への意識を考察するのに適していると考えら れるからである。その把握においては,当時の 韓流関連コンテンツの日本輸出と海外総輸出の 推移をデータとして取り上げ,検証を行う。そ の上で,日本市場と関連する韓流言説の動向の 分析を踏まえ,韓流展開において日本がいかに 意識され,韓流の政策形成に影響を与えてきた のか,日本市場が持つ存在意義と韓国社会のナ

ショナリズムとの相互作用を,日韓関係の特殊 性を背景として考察する。

ただし,韓流は現在進行中の流動的な現象で ある。現状況がこれからどう変化していくか予 測がつかず,今後の展望を明確に結論づけるこ とはできない。したがって本稿では,主な材料 として2004年から2009年までの資料をもとに,

近年までの韓流現象を考察しながら,当時の韓 流動向を捉えていきたい。

2 . 日本社会における韓流の展開と  韓国メディアの眼差しの変化

現在,世界中に拡散する韓流は,高い付加価 値を創出する戦略的ビジネスであり,海外へ韓 国の存在感をアピールする有効な手段として韓 国社会の期待を集めている。発信側である韓国 だけでなく,中国や日本など,受信側のメディ アによる報道が一時期過熱的な様相を見せたこ ともあり,様々な議論の対象となってきた。

個々の見解による差はあるが,韓流の発展 段階を1990年代末から2000年代初までの生成,

2000年代初から半ばまでの深化,それ以後の多 様化する時期に分けるのが一般的である[キム ほか2009: 30]。

これらの時期は,日本市場を軸とし,日本市 場進出以前と以後,さらに進出以後をブーム時 期とブーム以後(この時期が停滞期か安定期か に関しては様々な議論が行われてきた)に分 け,同じく三つの時期に対応させることもでき る。

本章では,以上の日本市場との関係をもとに 韓流の展開を三つの時期に分け,メディアの関 連報道を中心とし,韓国社会の韓流に対する眼

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差しの変化を考察する。

2-1 日本が市場になる以前の韓流

「韓流」という言葉は,現在,韓国と関連し たあらゆる場面で幅広く用いられている傾向が あるが,元々の意味は「アジアで急速に流行す ることとなったドラマ,映画,大衆歌謡(K- ポップ),アニメ,ゲームなど韓国大衆文化の 人気を指す言葉」である[キム2006: 238]。

「韓流」の起源については,様々な説がある が,中国のメディアで初めて登場したというの がもっとも有力である。その契機となったの が,1997年,中国に輸出したドラマ『愛は何で すか』であり,韓国ドラマとしては初めて中国 全域で放送されるチャンネルCCTVを通じて 放送され,4.3%といった高い視聴率を記録し た。その後,次々と放送された韓国ドラマや,

主にアイドルグループ中心の大衆音楽などが,

少しずつ中華圏を中心とし,その影響圏を構築 していきながら,現地のメディアではこの韓国 大衆文化の流行の勢いを,シベリアから来る寒 流に比喩し,北京語でも同じ発音の語呂合わせ で「韓流」と呼び始めた[バン2007: 116]。

それから,「韓流」という名称は,そのまま 韓国のメディアで用いられ,数年の間に韓国社 会に認知されるようになった。

中国,台湾など東アジアを中心に好成績を上 げた韓流を契機に,文化コンテンツ産業は韓国 政府の集中育成産業として認められ,様々な支 援や広報を受けるようになった。当時,海外に おける韓流現象は,韓国が大衆文化コンテンツ の輸出国として海外で認められるようになった ことを示すものであった。しかし,それは韓国 社会全般の衆目を集めるところまでは及ばな

かった。

当時の韓国メディアの韓流に対する眼差しが どういうものであったかは,次の社説に典型的 に表れる。

現在,中国や台湾をはじめ,ベトナムなど東南 アジアで渦巻いている韓流の熱風にわが社会が歓 迎一色の雰囲気を見せるのも理解できる。わが大 衆文化がほかの民族の情緒にまで入り込んだこと はたしかにプライドと,漠然とではあるが期待感 も抱かせる。

(中略)

しかし,与党がこの熱風の持続のために,政策 開発や企画団まで設置するなどは,どこか不自然 であり,性急な措置ではないかと考えられる。政 府がここまで前面に大げさに出るのが好ましいか 疑問である。中国文化圏の韓流熱風は開放と経済 力の向上により外来大衆文化の消費欲求が急に膨 張したことによる一時的な現象である[『韓国日 報』,2001年8月29日]。

  

 つまり,海外での韓国大衆文化の成功は嬉ば しいが,これは一時的な現象であり,韓流に対 する過剰な期待は望ましくないという立場であ る。上記の社説のほかにも,この時期の韓国メ ディアの言説では,韓流が海外で大衆文化の主 流となったことには肯定的な評価を下しなが ら,政府の性急な支援政策や,一部スポーツ新 聞雑誌などの大げさな報道の自重を求める声が 多く見られる。

一方,この時期の日本では,韓国映画『シュ リ』が2000年1月に公開され,140万人の観客 動員という実績を上げて注目を浴びたものの,

まだ韓流は本格化していなかった。

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それから数年を経て,2002年の日韓サッカー ワールドカップの共同開催により日韓両社会の 親近感が上昇し,次々と公開された韓国映画が 良い成績を上げ,韓国芸能人の日本進出が徐々 に増えていくなか,少しずつ韓流という言葉が 日本社会にも紹介され(1),使われるようになっ てきた。

 

2-2 日本における韓流のブーム

2000年代初め,韓国映画や幾つかのドラマの 人気から始まった日本における韓流現象に,本 格的にそのブームをもたらしたのが,ドラマ

『冬のソナタ』であることは多くの韓流関連研 究が指摘している[石田2007: 3ほか]。

ドラマ自体は2003年の放送から注目を浴びて いたが,とくに,2004年4月に主演俳優ぺ・ヨ ンジュンの来日に5000人ものファンが空港に集 まったことが,各種のメディアに大きく報道さ れて社会の注目を引き,それから日本中に広 がった『冬のソナタ』現象は,次々と話題を呼 び起こした。『冬のソナタ』の日本での成功に よる経済効果は,2004年の時点で既に50億円と も100億円とも言われていた。韓国への観光客 は4割増加が見込まれ,当時の「ヨン様」関連 グッズの総売り上げは200億円にも上ると推定 されていた[李2004: 101]。

当時の『冬のソナタ』に対する日本社会の関 心と熱気は,韓国にも報道されたが,当初の韓 国社会は,この過剰な関心が納得できず,むし ろ韓流の人気に疑問を持つ場合が多かった。予 想以上の大成功が韓国社会を当惑させたのであ る。しかし,次々と韓流ドラマの人気による莫 大な経済的価値や,熱狂的な韓流ファンの支持 による様々な社会現象が韓国のメディアに連日

伝えられると,韓国社会でも,当惑を伴いつつ も,韓流が日本市場の進出に成功したことが 徐々に実感できるようになった。

東アジア諸国のなかで,韓流現象が時期的に 遅れた日本であるが,高い市場性と多くのファ ンの支持を背景に,一気に韓流の第一市場と なった。ブームが本格的に始まった2004年に,

韓国の放送コンテンツの対日本輸出額だけでも 3,608万ドルで,翌年には6,637万ドルまで増え た。ここで,韓国の放送コンテンツ輸出対象国 のうち,占有率1位(61.9%)の日本と2位の 台湾(11.3%)との差は大きい[韓国コンテン ツ振興院2006: 221]。

映画ジャンルから注目を集め,ドラマジャン ルで人気を高めた韓流は,ほかの放送ジャン ル,大衆音楽,韓国語,韓国観光,韓国料理ま で広がり,2004年と2005年にかけ,日本中に幅 広いブームを呼び起こした。

この時期には,韓国のメディアにおける韓流 に対する観点がだいぶ変わっている。韓国言 論振興財団の総合記事検索機能で調べたとこ ろ,2003年の韓流関連記事は総数440件に過ぎ なかったが,日本でブームが起こっていた2004 年には総数1,317件,2005年には総数3,302件ま で伸びている(2)。とくに,韓国のメディアにお ける2005年の韓流関連記事の3,302件の中,キー ワードとして「日本」を含む記事数が1,879件 にも達していることが注目に値する。当時の韓 流現象がいかに日本と密接な関連を持ち,また 韓国のメディアが韓流の市場としての日本を強 く意識していたかが分かる。

ところで,韓流に対する関心の程度のみなら ず,言説の内容も変わっている。たとえば,「春 川・襄陽国際空港“ありがとう,韓流よ”」[『世

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界日報』,2005年2月27日]と「‘韓流’もはや 欧米も注目」[『世界日報』,2005年4月14日]

など,韓流の成功に対する喜びや興奮に満ちた 記事が多く見られる。とくに,「‘韓流大学院・

会社’も設立/政府文化コンテンツ積極支援」

[『韓国日報』,2005年2月2日],「持続可能な 韓流のために1-8」[『文化日報』,2005年4 月18日-5月12日]のような,韓流の持続と発 展のために用いられた特集連載記事も多く目に する。当初,中国や台湾で韓流が起こった初期 には,性急な政府の韓流支援策に対して多少拒 否感を見せていたメディアが,日本でのブーム 以後にその立場を変えている。

また,この時期のメディアは,様々な学術団 体が主催する国際セミナーの主題となったり,

政府傘下機関の研究報告の対象となったりした 韓流に,市場拡張と持続発展のために政府支援 政策の取り込みが必要であると報道していた。

日本における韓流の成功が,韓国社会に対す る韓流への評価を一気に高めたのである。「日 本征服」などの刺激的な単語を用いながら,日 本市場での韓流の善戦を賛美していた韓国のメ ディアは,韓流は所詮一過性のブームに過ぎな いと批判していた否定的な観点を変え,海外に おける韓国イメージを向上させる国家ブランド として積極的に広報していた。

この時期には,韓流に対する韓国社会の期待 が非常に高く,海外において韓国の存在感を最 も効率的に高める装置として評価されるように なった。社会的認識の面において,韓国でも全 盛期を迎えていた韓流の展開に,韓国社会のナ ショナリズムが介入されるようになってきた。

2-3 ブーム以後の「韓流危機論」の台頭 日本における韓流が全盛期を迎えていた時,

韓国のメディアにおいて韓流をめぐるアジェン ダは,主に「韓流の持続化」であり,政府機関 や関連業界は日本市場を念頭に置いていた。

しかし,日本の韓流現象が順調に進んでいく なか,日本市場での韓流に対するひとつの反動 現象も立ち現れる。『マンガ嫌韓流』[山野車輪 2005]に代表される,いわば「嫌韓」言説であ る。これは,直接「韓流」に対する批判という より,韓国政府や在日コリアンを含む韓国人全 般に対する非難,ネット上における韓国側の日 本関連コメントに対する反論などが主な内容を 成している。ほかにも日本のネット上における 韓国に関する議論や嫌韓テーマが「活字化」さ れ,次々と嫌韓言説をテーマとした本が出版さ れていた[原尻2006: 17]。

 この嫌韓言説は,韓国社会で非常に敏感な反 応を呼び起こした。2000年代初にも中国でのい わば「抗韓流」現象に関して報道されたことが あったが,当時の韓国メディアにおける韓流に 関する「憂慮」に比べ,今回の嫌韓言説に対す る執拗な報道は韓国社会の反日感情を刺激し た。「嫌韓流」に抵抗する「嫌日流」関連書籍(3)

も出版されるなど,インターネット上の論争も さらに激しくなった。とくに2005年には,小泉 純一郎日本首相(当時)の靖国神社参拝問題を はじめ,日韓両国の外交的摩擦が多かったこと もあり,メディアでも日本の嫌韓言説が連日大 きく捉えられ,「今後の韓流ブームの継続に水 を差すのではないか」などの懸念もあった[『ハ ンギョレ新聞』,2005年10月26日]。

一方,外来文化としての「韓流」が日本社会 のナショナリズムを刺激した結果,日本社会の

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警戒を招いたと考え,嫌韓言説を自然な現象と して受け入れる見解もあった。文化におけるナ ショナリズムは,自国のナショナル・アイデン ティティを保持するため,外来文化を警戒する 傾向を持つのである。

その後,様々な議論が進むなか,結局,嫌韓 言説自体も韓流の人気やブームに便乗した,韓 流現象の一部として捉えられるようになり,一 段落するようになったが,韓流の人気の原因を 韓国大衆文化の優秀性から見出そうとする韓国 社会の優越意識の表出や,その背景としての強 いナショナリズムへの反省を求める声も出てく るようになった[バン2007: 5; パク2007ほか]。

嫌韓言説の問題以外にも,2005年後半から,

韓流に対する否定的な状況が次々と現れるよう になった。たとえば,日本テレビとフジテレビ が2005年秋から改編を通じて韓流ドラマ編成時 間帯を廃止するという記事[『スポーツ日本』,

2005年9月1日]をはじめ,日本の大学で外国 語として韓国語を選択していた学生の数も2005 年をピークに,その後少しずつ減少したことを 伝えるなど,日本発の韓流に関する報道には,

否定的な内容が多かった。

もっとも問題となったのは,2006年には映画 やドラマなど韓流の主力ジャンルの対日本輸出 量が大幅減少したことである。このことに関し ては,次章で詳しく扱うが,このような厳しい 状況が重なり,韓流の沈滞が一層可視化するよ うになった。

その結果,日本のメディアでは,韓流現象に 伴った「アンチ」韓流言説は常に存在してきた ものの,韓流の危機や消滅への直接的な言及は あまり見えなかったことに対して,韓国のメ ディアでは「韓流は終焉を迎えた」と危惧する

意見が多く見られるようになった。

先にも見た韓国言論振興財団の総合記事検索 機能を利用し,2006年から2007年の期間に,韓 流と関連する記事を調べると,2006年に2,662 件,2007年に2,148件の記事数が出ている。2006 年の2,662件のうち,前半には昨年の韓流ブー ムの影響から,「アン・ジェウク初訪日,成田 空港にファン1,500名殺到」[『京郷新聞』,2006 年3月31日]などのように,肯定的内容の記事 が多く見られる。だが,2006年の半ばから,「寒 風吹きすさぶ韓流」[『ハンギョレ新聞』,2006 年6月10日],「日本の韓流が消えてゆく」[『ハ ンギョレ新聞』,2006年12月11日]など,韓流 コンテンツの輸出における不振の影響が出てき て,「韓流の危機」や「韓流の消滅」に関する 内容が主流を成している。

とくに,2006年の末には,同年10月に日本で 実施した「外交に関する世論調査」で「日韓関 係が良くない」と答えた人の比率が歴代最高 値である57.1%を占め,2002年の日韓サッカー ワールドカップ共同開催以来,韓流で高まった 韓国に対する好感が初めて減少傾向を見せてい ることを伝えている[『京郷新聞』,2006年12月 11日]。ほかにも前年の日韓外交摩擦による両 国関係の悪化により韓流が効力を失っていると 懸念する記事が多く見られるが,これらの記事 は韓流の総体的危機を扱っているものの,その 原因に関しては日韓関係による日本市場での沈 滞が主に挙げられている。

ただし,この時期の記事のなかには既存の韓 流消費市場でなく,新しい市場での韓流の善戦 に関する報道もある。たとえば,韓流がアラブ 圏,タイ,米国,ヨーロッパまで進出して,高 く評価されている様子を伝えている。韓流の不

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図1 韓国放送コンテンツの海外輸出及び日本輸出     (出典)文化体育観光部の刊行資料(2008; 2009)

        をもとに作成

振を懸念しながらも,善戦を評価する記事もあ り,一見矛盾しているように見えるが,これら の記事で輸出が増えているのは,ドラマや映画 などの既存の主な韓流ジャンルではなく,ゲー ム,漫画,飲食文化,スポーツなど,比較的新 しい文化ジャンルであり,その背景となる市場 は日本ではない。

つまり,2006年の韓流の危機に関する言説は,

新しいジャンルのコンテンツ輸出が地域的範囲 を広げているにも関わらず,日本における既存 ジャンルの韓流消費の減少が韓流全般の危機に 繋がるという観点を持っている。

その後,このような否定的な傾向は2007年か ら弱くなり,当年の半ばから韓流の危機や消滅 に関する言説はあまり見られなくなる。

だが,一連の韓流に関するメディアの報道の 分析から,韓流が日本社会で大きな成功を達成 した後も,韓国のメディアは日本市場から目を 離してはいないことが分かる。

3.日本市場に対する眼差し

 前章で概観したとおり,韓国のメディアにお ける韓流を眺める眼差しは,日本市場における 韓流の成否により強く影響を受けているように 見られる。

とくに,2006年を前後とし,韓国のメディア で台頭した韓流の「危機」に関する言説も日本 市場での動向と関連づけられていることが多 く,関連記事の内容を見ても「韓流の不振」と

「日本における韓流の不振」の区分を明確にし ていない。また,日本市場における韓流の輸出

「不振」についても,韓流全体の「危機」に繋 がるほどの深刻な状況であったかに関しては詳 しく調べる必要がある。

図1は,韓流ドラマを含む放送コンテンツの 海外輸出総額と日本輸出額の推移をまとめたも のである。日本輸出額は,2003年から韓流ブー ムに伴って激しい勢いで輸出が増加し,2005年 に歴代最高値である6,637万ドルを記録したが,

翌年の2006年には4,917万ドルで,大幅に減少 している。

ところで,ここに見られるように,日本の事 情は厳しかったが,韓流放送コンテンツの総輸 出額は,韓国でいわば「韓流危機論」が台頭し ていた2006年にも約2千万ドルが増加してい る。前年度に比べ増加の幅が多少少なくなって いるが,減少したわけではない。放送コンテン ツ分野において日本市場の比重が多少低くなっ ていることも分かるが,総合的数値ではあまり 否定的な結果とは言えない。

前年まで激しい熱気で韓国ドラマを消費して いた日本市場の消費欲求がやや弱まった事実 が,韓国のメディアに韓流の致命的な危機とし て受け取られたのである。

その後,有料チャンネルの増加と,とりわけ

『チャングムの誓い』から始まった歴史劇の人 気が大きく貢献した結果,2007年にはふたたび 増加の勢いを取り戻し,2008年にはさらに歴代

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最高値を更新している。

映画の場合,2003年1,179万ドルだった韓国映 画の日本輸出額は,2005年6,032万ドルまで伸び たが,2006年には1,038万ドルまで減ってしまっ た[韓国映画振興委員会2007; 2010]。日本輸 出の比重が全体の79.4%(2005年)を記録する ほど高かったことから,韓国映画の海外輸出総 額も,韓流ブームを背負って増加を続け,2005 年を頂点として7,599万ドルという成績を上げ たが,2006年には2,451万ドルまで大幅減少し,

その後も緩慢でありながら減少傾向が続き,韓 流ブーム時の勢いを取り戻せない状況であった

[韓国映画振興委員会2010: 36]。

しかし,安定的に成長を続けるジャンルもあ る。たとえば,ITインフラの強国としての韓 国はオンラインゲームにおいて自国内にも大き な市場を形成しており,海外市場への輸出実績 も高い。輸出額は2002年の1.4億ドルから2009 年に12.4億ドルまで,高い成長率を維持してい る[韓国コンテンツ振興院2006; 2011]。

近年の日本輸出の推移についても,着実に成 長した結果,2009年には3.2億ドルまで伸びるほ ど,ほかのジャンルに比べて不振な様子は見ら れない。金額面でも,韓流コンテンツの諸ジャ ンルのなかで,ゲームというジャンルが占める 比重は大きい。たとえば,2009年を基準に,放 送コンテンツというジャンルの4倍を越える実 績を上げているほど,単純に産業面から見れば もっとも期待される分野である。

ほかに,漫画の場合も,過去のような,一方 的な日本マンガ輸入でなく,近年は日本への韓 国漫画の輸出が増加し,ドラマや映画などの日 本輸出が減少していた2006年にも韓国漫画の対 日本輸出額は77万ドルで,前年の34万ドルに比

べ,2倍以上も成長している[韓国コンテンツ 振興院2011]。

 テレビドラマや映画,大衆音楽が主流を成し ていた韓流は,近年では,ゲーム,漫画,アニ メーション,キャラクター商品,小説,ファッ ションなどまでジャンルを拡大し,全ジャンル の海外総輸出額においても成長を続けている。

また,日本市場だけを見ても,韓流コンテンツ 全ジャンルの総合推移から見るかぎり,韓流が 日本社会から消滅したとは考えられない。ジャ ンルにより多少の差は見せるものの,2009年の 時点まで,結果的に韓流の全体輸出総額は緩慢 ではありながら伸びている。

2006年にはたしかに日本輸出の成長の勢いが 多少弱まった様子を見せているが,これは本当 の意味で成績の不振だったとは言えない。それ は,2004年から2005年にかけ,日本の韓流ブー ムを背負って可能となった,前例のない激しい 急成長に対する,一時的な反動現象として見る ほうが正しいのではないかと考えられる。それ にも関わらず,当時の韓国社会は,この現象を 韓流の総体的危機として捉え,韓流業界では,

一方的な韓流の売り込みを反省しながら,日本 市場への長期的な戦略と議論の必要性を痛感す るようになった[韓国映画振興委員会2007ほ か]。韓流の展開において,日本市場はほかの 市場より特別な位置を占めていたのである。

たしかに,経済的規模から日本は魅力的な市 場である。2004-2005年のブーム以来,韓流輸 出国家の中で日本は常に高い比重を占めてき た。しかし,韓国社会が韓流の消費市場として 日本を優先視する背景には,単純に経済的な面 だけが考慮されているわけではない。

その手がかりとして,「韓流危機論」の中で,

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韓流の主力ジャンルとされたのが,とりあえず ドラマと映画ジャンルであったことに注目され る。輸出額の規模とは関係なく,地上波から放 送されるドラマなどが社会的・文化的に及ぼす 反響が大きく捉えられているからであろう。

また,日本の韓流において,韓流ブームの きっかけとなったのはドラマ『冬のソナタ』の 存在であった点が大きく働く。関連グッズ,観 光,DVDなど,ほかのジャンルの消費まで波 及される追加的効果だけでなく,様々な社会現 象を呼び起こすほど,韓流ドラマ自体が日本社 会で受けたスポットライトは,韓国においても 特別な記憶として残ったのである。映画もやは り,ドラマより先に日本社会の衆目を引いた ジャンルとして意義を持つので,韓流の関連機 関や業界の間でもドラマを含む放送ジャンルと 映画ジャンルを優先する場合が多い。

それに対して,ゲームジャンルは経済的価値 が非常に高く,安定的に成長を続けているが,

韓国の表象化には適していないと考えられる。

ドラマや映画のように,韓国のイメージを色濃 く表わしたり,日本社会に韓国を認識させたり することもなく,日本社会から注目を受けたこ ともないので,輸出額とは関係なく,韓流の主 流にはなれないように見られる。

たとえば,2003年までに中国ゲーム市場の9 割近くを占めていた韓国産ゲームの占有率は,

2005年に49%まで落ちたが[韓国コンテンツ振 興院2006],韓流の危機や終焉として語られる ほど,深刻に捉えることはなかった。このこと に関しては,中国ゲーム市場の状況など様々な 要因が考えられるが,当時の韓国社会の落ち着 いた反応は,2006年の韓国社会で台頭した「韓 流危機論」において,ドラマや映画の不振に敏

感に反応したこととは対照的である。

「韓流危機論」の時,ゲーム,漫画などのよ うに韓国の表象化に適していないジャンルの売 れ行きの好調は取り立てて論じられず,ドラマ や映画などの主力ジャンルの不振が日本全体の 韓流の下向きと捉えられ,さらに日本での下向 きが韓流の総体的危機として捉えられた。この ことから,韓流の発信側である韓国社会は,韓 流の成功の意義を,必ずしも経済的収益のみに は置かないことが覗える。

韓流をめぐる言説も評価も様々であるが,そ の評価のひとつとして,日本における韓流が日 韓関係に肯定的に働いたことが挙げられる。た とえば,岩渕功一は,日本における韓流の進展 は,長い間日本と韓国の間の文化交流が閉ざさ れてきたことの揺り返しであり,日本は,韓流 により,「近くて遠い」と思われてきた隣国の 否定的なイメージを覆すような新鮮で親近感 のある顔を発見したと述べている[岩渕2007: 162]。

韓流により日韓両国の距離感が短縮されたこ とに関しては多くの研究からも見られるが[毛 利2004; ファン2009ほか],このような機能が 遂行されるにあたり,もっとも活躍したのはド ラマや映画ジャンルであり,韓流の主流として 韓国社会でも認められるようになったのであ る。

韓流が韓国の文化コンテンツ産業を復興させ るきっかけとなったのは事実であるが,国内需 要と海外輸出の比率を考える時,韓流の海外進 出の成績に対するメディアの賛美は多少誇張さ れている部分もある。このことに対し,イは,

海外の消費者への潜在的影響力や,韓国の国際 的地位の向上に対する期待などから,韓流が実

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際の経済的価値より強い意味作用を持ってお り,この意味作用をもたらすのはナショナリズ ムであると述べている[イ2006: 187]。そして,

韓流に対して文化コンテンツ産業以上の価値を 付与する背景となっている韓国社会のナショナ リズムの作用は,日本におけるブームにより深 化するように見られる。

4.韓流とナショナリズム

韓流の展開において日本市場が特別な意義を 持つ背景には,複数の要素が存在するだろう。

とりあえず,文化コンテンツ産業である韓流 にとって,日本が高い購買力を持っている消費 市場,重要な顧客であることは言うまでもな い。

また,韓流をめぐる議論において日本市場の 存在は,韓流を評価するにあたり,新たな展開 をもたらした。大衆文化の諸ジャンルにおい て,世界市場への発信国として韓国より先行し た日本は,韓流関連商品のもっとも大きい消費 国となった。この事実が,映像コンテンツは一 般的に大きい市場から小さい市場へと一方向性 の流れを見せるという一般的な見解を破って,

韓流を異例として位置づけた。日本の韓流ブー ムは,韓国の大衆文化商品の先進化の結果とし て認識され,韓国社会,とくに文化コンテンツ 産業界に活気と自負心を与えた。

しかし,韓流において日本が特別な存在とし て浮かびあがる背景には,何より日韓関係の歴 史的葛藤が大きく働いている[木村2007: 205- 206; バン2007: 87]。韓国政府の支援を背負っ ている韓流が,韓国の対外イメージの向上手段 という,国家ブランドとなった以上,韓国社会 のナショナリズムの影響から逃げられないから

である。

4-1 韓流展開とナショナリズムの介入 韓流の危機に関する言説が社会的に台頭して いた当時,韓流スターの海外進出の先駆的位置 を占めるJYPエンタテインメントのパク・ジン ヨン氏は,インタビューのなかで,「最初は特 定の形態も持たなかった韓流が,海外で成功 し,徐々に韓国社会の関心を集めるようになっ てから,ナショナリズム(4)的性向が付与され,

海外の反発を受けている」と指摘しながら,「メ ディアや政府の過剰な関心がむしろ韓流の発展 に水を差している」と嘆いている[パク2007: 90]。

このことは,韓流コンテンツの内容にナショ ナリズムに訴える要素が強く内包されているこ とを意味するのではない。もちろん,近年の韓 流ドラマや劇場映画などのジャンルにおいて は,歴史意識や愛国心に訴える内容のコンテン ツも存在する。ただし,ここで問題視するの は,文化コンテンツ商品の輸出において,必要 以上に祖国の名前を用い,過剰な意味を付与す る関連団体と,一方的に自国の文化コンテンツ の優秀性を強調し,ときに「日本征服」や「中 国征伐」のような刺激的単語まで乱用する韓国 メディアの,一連の軽率な言動である。

パク氏による,韓流に便乗した過剰なナショ ナリズムの批判は様々な議論を起こした。その 批判に対し,「韓流は無国籍であり,脱ナショ ナリズム的な芸能産業の資本論理に従ったもの に過ぎない」という反発もあった。しかし,ア ジアの連帯の可能性に関する言説の欠如や,韓 流に染みついている韓国社会の保守的,かつ排 他的ナショナリズムへの反省が新聞の社説をは

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じめ,様々なジャーナリズムを通して行われる 契機ともなった。

このような一連の反省は,韓流の発信側であ る韓国の内部から当時の韓流の危機の発生要 因を探ろうとする努力であり[パク2007: 96],

実際に受容側としての各々の海外市場が当時の 韓流の民族主義的性向にどれほど刺激されてい たかに関する分析は,本稿の課題の範囲を越え る。

ただし,韓流の危機論が契機となって,韓流 に内在されているナショナリズム的性向が指摘 されるようになったが,それ以前の段階におい ては,ナショナリズム的性向がそれほど意識さ れなかったことが多くの議論から覗える。

韓流は元々,韓国政府が1990年代の経済危機 に対する解決策として,また日本大衆文化の公 式流入に対して韓国大衆文化の競争力を強化す る目的で,文化コンテンツ輸出産業への戦略的 支援を行ったことから始まった。ちょうどこの 時期は,情報技術,大衆文化,知的財産などの 重要性が高まり,文化コンテンツの製作能力を 持つ多くの国々が政府レベルで支援策を打ち出 していたので[岩渕2007: 89],韓流もそのよ うな国際的動向に従った結果である。

近年のように,韓国政府が国家政策や公式イ ベントに韓流スターを起用したり(5),外交の場 に韓国の政治家が相手国で人気がある芸能人を 同行したりして,韓流が政治的に活用されてい る状況からは,まさに韓流が国家ブランドとし て活用されていることを見ることができる。だ が,韓流展開の初期においては,外交的に活用 する意図や期待も,ナショナリズムが介入する 余地もなかった。

はじめに,韓国の大衆文化商品が東アジア諸

国で意外の好成績を上げると,一方的な文化輸 入国であった韓国社会は,自国大衆文化に対す る認識を変え,自負心を持つようになった。韓 国政府は韓流と呼ばれるこの流れを,国家ブラ ンドとして指定し,海外における韓国イメージ を向上させる手段として活用すると自国民にア ピールした。だが,2章でも述べたように,当 時の韓国のメディアはまだ韓流に対する期待値 が低く,韓国社会のナショナリズムに訴えるこ とまでは及ばなかった。

ところで,韓流が日本市場を舞台に成功して からは,かつて自国の文化産業を保護するため にも警戒の対象としていた日本大衆文化商品の 競争力を乗り越えたという思いが,一層韓国社 会の自負心をエスカレートさせた。韓国政府は 韓流コンテンツの製作支援だけでなく,海外進 出政策と広報により積極的に関与しながら(6), 韓流に「国家の未来を開く新たな成長動力」と いう意味を付与させるようになった[イ2006: 187]。また,日本におけるブーム以後から,ド ラマや映画など大衆文化ジャンルに限られてい た韓流の範囲が韓国の伝統文化,ハングル,韓 国の家電製品などまで拡大し,自国文化の優秀 性を海外に伝えようとしている。日本での成功 による自信が韓流に内在されているナショナリ ズムを強化し,韓流がより積極的に国策事業の 性向を持つようになったことが覗える。

韓国のメディアも海外,主に日本における韓 流の動向を,戦勝報告のように伝え,韓国社会 の民族的自負心の高揚を助長した。近年の韓国 政府や関連業界,メディアによる韓流に関する 言説では,洗練した韓国の大衆文化商品が海外 で強力な支配力を行使し,国際世界における政 治的ヘゲモニーを獲得してくれると期待を寄せ

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ながら,韓国社会のナショナリズムに訴えてい る。そして,このような言説で語られる自負心 の主体は,一般大衆まで拡大し,韓流に対する 観点も韓国社会全体の眼差しとして捉えられる ようになった。

イは,韓国社会の自信に満ちた韓流言説につ いて,文化ナショナリズムが韓流に対する国 家的・大衆的自負心を表出させているが,一 方,植民地支配に対する文化的コンプレックス への反作用でもあると指摘している[イ2006: 189]。

このような近年の自信と自負心は,言い換え れば,長い間韓国社会が日本に対して持ってい た被害者意識の反映とも言えよう。

4-2 日韓関係とナショナリズム

ある国が持つナショナリズムは時間と場所に より様々であり,その定義を下すことは難し い。ただし,少なくとも,その国のナショナリ ズムが近隣の国との関係により大きな影響を受 けることから,韓国社会のナショナリズムが,

日本の植民地支配という歴史的事実により反日 的性向を持っていることは周知のことであろ う。

植民地支配という両国の間の不幸な歴史は,

昔の記憶として存在するだけでなく,領有権問 題をはじめ,諸外交問題の未解決のまま,両国 の摩擦関係が続いてきた。これらの現状はメ ディアにより報道され,両社会が親密な関係を 構築することを許さず,韓国社会に反日的ナ ショナリズムの性向を持たせてきた。

文化面において,1998年に韓国政府が「日本 大衆文化の段階的開放」政策を施行するまで,

日本の大衆文化は「文化帝国主義」の浸透とし

て懸念され,非共産圏国家としては唯一公式開 放が禁止されていた。西欧のメディア文化によ るアジアの被植民地経験を持つ国へのイデオロ ギー的支配という懸念から台頭した「文化帝国 主義」の言説が,韓国においては米国に入れ替 わって,日本がその警戒の対象となっていたの である。この文化帝国主義への抵抗概念として 働いていた韓国の文化ナショナリズムは,防御 的性向を持っていたが,近年の海外における韓 流のブームを契機とし,より積極的・攻撃的に 韓国大衆文化の自負心を表出するようになっ た。

前節でこのことを文化的コンプレックスへの 反作用だと指摘したイは,韓国の文化ナショナ リズムが脱防衛的的となり,海外に対して文化 帝国主義的支配論理として作用する場合がある とも述べている[イ2006: 189]。

ところで,日本の大衆文化の流入を警戒しな がら,韓流の日本進出を渇望する,この両面性 を持つ韓国社会の大衆文化産業に対するスタン スから,日本市場に対する韓国社会の眼差しが 一方的な反感だけを持っていることではないと 解釈することもできるだろう。

韓国社会の(反日的)ナショナリズムは,植 民地支配に関する記憶に起因した被害意識や敵 対感情だけで表れるのではなく,かつては日本 に優れた(中国からの)文化を伝達する位置に あった韓国が,近代化に成功した日本に支配さ れたというプライドの損傷,解放後から現在に 至るまで日本が韓国の先を走る先進国として位 置することに対する嫉妬や憧憬までをも含んで いる。したがって,その感情は同じく植民地支 配経験を持つ第三世界の諸国の元支配国家に対 するナショナリズムの展開と比べ,より複雑な

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様相を見せる[ジョン2002: 130-131]。そして,

この複雑な感情を含む韓国社会のナショナリズ ムは,韓流の展開を眺める眼差しにおいても強 い影響を及ぼしている。

 岩渕は日本の大衆文化振興策である「クー ル・ジャパン(7)」に関する議論について,日本 の文化力の高まりが欧米のメディアによって報 道されていることを強調する傾向があると述べ ながら,欧米,とくにアメリカの眼差しを通し て日本のナショナル・アイデンティティと誇 りが構築されている点を指摘している[岩渕 2007: 85]。

このことは,日本社会が単にポピュラーカル チャーの総本山としてアメリカを意識していた ことを意味するわけではない。日本にとってア メリカという国は,かつて敗戦と占領をもたら した国であり,その後も軍事,貿易摩擦などで 反米意識が潜在していた。同時に,アメリカは 軍事力や経済規模はもちろん,とくにポップ・

カルチャーを含む文化面においてはあらゆる ジャンルで世界市場を席巻している,世界の超 一流の強大国として,憧憬の対象でもある。

日本が文化力を論じる場においてアメリカを 意識するのと同様,韓国の日本に対するナショ ナリズムも,ときに反感と憎悪,ときに嫉妬と 憧憬が混在する形で,韓流の展開に作用してい るのである。

もちろん,日本社会の反米感情と韓国社会の 反日感情を同じ脈略で理解するべきではない。

日韓関係の歴史的特殊性は日米関係とは異なる ものであり,戦後,アメリカの大衆文化流入に 対してとくに規制政策を行わなかった日本に比 べ,韓国は,長い間日本文化流入に対して閉鎖 的な立場を採るほど,日本に対する被害者意識

が強かった。ただし,明らかなことは,韓流が 日本市場で認められることにより,かつて日本 により受けた民族的情緒の損傷が少なからず挽 回されるようになったことである[木村2007: 225]。そのことから,韓国は日本市場を疎外す ることができなくなり,日本における不振が韓 流全体の危機に繋がると判断するようになっ た。このことは,日本での成功により強く刺激 されたナショナリズムが韓流の展開を眺める眼 差しに深く関与するようになったことに起因す るだろう。結局,将来の経済的側面を考慮した 中国市場より,日本市場を対象とするとき,韓 流の国家ブランドとしての役割がより強調され るようになったと言えよう。

国家主導ではあれ,資本の論理に従いつつ,

文化コンテンツ産業として出発した韓流は,

「強い韓国」の建設という国家主義の欲望から,

「美しい韓国」というイメージの表象化を図っ てきた[ベック2005: 186]。その表象化の作業 における共助関係の主体は,政府と韓流コンテ ンツの製作に関わる民間企業に限られていた が,2004-2005年の日本におけるブームをきっ かけとし,メディアにより大衆まで拡張するこ ととなった。

韓流の展開におけるナショナリズムの働き は,ときに排他的性質を持たせ,批判の対象と なっているが,ナショナリズムの作用により常 に日本市場を意識してきた状況が,韓国側に韓 流の重要性を喚起させたとも考えられる。

本当の意味で国家ブランドとしての地位を 獲得した韓流は,とりわけ日韓関係における 韓国社会の文化的コンプレックスの解消の手 段となった。同時に,日韓関係の改善を望む多 くに人々は,政治や経済が解決できなかった両

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国間の課題を解く鍵となってくれると期待を寄 せた。そして結果的に,韓流は日韓友好に肯定 的に作用したという評価を受けている(8)[毛利 2004; ファン2009ほか]。

韓流に関する以上のような経過と評価は,常 に日本を意識し,日本市場での成功を目指した 様々な努力と,日韓関係の特殊性が動機として 働いた結果とも言える。

5.結びにかえて

「はじめに」で述べたように,木村は日本社 会における韓流の成功が,韓国大衆文化の普遍 的価値を持って語れるようになった韓国に自負 心を持たせ,文化産業においては,韓国がもは や日本を過剰に意識する必要がなくなり,日本 への関心が減退するようになったと述べている

[木村2007: 221-225]。たしかに,日本での韓 流ブームが韓国の文化産業の競争力の強化とし て解釈され,自負心を与えたことは事実であろ う。だが,長年の日韓文化関係史の中で,常に 日本を意識してきた韓国社会の態度は,少なく とも近年の韓流の展開においては維持されてい る。2010年に入り,日本社会で大衆歌謡を中心 に,ふたたび韓流が人気を集めているが,韓国 のメディアでもまた,「新韓流(9)の熱風」,「第 二の全盛期」などのような言葉を使って韓流の 復活に関する報道が出てくるようになり[『京 郷新聞』,2010年10月25日],日本における韓流 の人気に高い関心を示す態度に変わりはない。

10年余りの韓流の歴史において,もっとも韓 国内で韓流に衆目が集まった時期は,2004年か ら2005年の日本におけるブームの時であり,そ の時期を基点とし,国家の地位向上手段として

認識された韓流は,政府と関連業界だけでな く,さらにメディアや一般大衆の呼応を受ける ようになった。その時点から韓流が持つナショ ナリズム的要素が強く噴出するようになり,さ らに日本に対する文化的コンプレックスを克服 する役割を果たすことが期待されたのである。

ゆえに,韓流の危機に関する言説に見るよう に,日本での期待以下の成績がメディアにより 誇張報道され,韓流全般の消滅に関する言説を 呼び起こすほど,韓流の展開において日本市場 の意味は特別なものだったのである。

おそらく,韓流において日本を意識させる背 景となった韓国社会のナショナリズムの反日的 性向は,近年の日本における韓流の一時的成功 では解消できないだろう。また,韓流における ナショナリズムの作用は,今後の展開において 日韓両国間の摩擦を起こす要素となる可能性も ある。しかし,韓国社会の対日ナショナリズム からの刺激は,韓流業界が日本市場を重視し,

「韓流危機論」の台頭以降,日本進出において 様々な工夫をする現状から見られるように,韓 流をこれからも日韓関係の改善のために働かせ る原動力ともなるだろう。

本稿では,韓流の展開において,日本市場で のブームを基点とし,ナショナリズムの介入に より変化した韓国社会の眼差しの流れを概観し た。日韓関係の特殊性により,韓流は文化の越 境現象以上の意味を持ち,両国において様々な 議論の対象となってきた。日本における韓流に 対する理解,韓流の享受など,日本社会の眼差 しに関しては,今後の課題とし,韓国社会の眼 差しと照らし合わせながら考察していきたい。

〔投稿受理日2011.9.24/掲載決定日2012.1.26〕

(15)

⑴ 「韓流」という言葉を日本のマスメディアで最も 早く取り上げたのは,『朝日新聞』2001年12月1日 刊行で,「ニッポンのことば 漢字文化圏の未来…

『韓流』の先に」という記事である。この記事は台 湾における「韓流」についてリポートしているが,

当時はまだ日本における韓国大衆文化ブームを

「韓流」と呼ぶことはなかった[小倉2005: 52]。

⑵ 韓国言論振興財団の記事統合検索機能http://

www.kinds.or.kr (2010年 8 月21日 ア ク セ ス )。 一 方,「韓流」の韓国語の発音であるハンリュには,

「寒流」などの同音異義語が存在すると指摘すると おり,本稿でも漢字語の「韓流」を用いて調べる ことにした[木村2007: 209-210]。

⑶ 2005年 の『マ ン ガ 嫌 韓 流 』 の 出 版 に 対 抗 し,

2006年には韓国で2冊の同名の『マンガ嫌日流』

[ヤン・ビョンソル2006; キム・ソンモ2006]が出 版され,日本でも日本語版が出版された。

⑷ ナショナリズムの概念について,日本の場合,

国体,国性,国民主義,国家主義,国粋主義,民 族主義など,様々な訳語が存在し,いまだ定まら ず片仮名で表記されている[鈴木1997:16]。韓国 の場合も,類似な状況ではあるが,一般にナショ ナリズムを民族主義として訳する場合が多いので,

韓国の原文における「民族主義」は,本文では「ナ ショナリズム」として統一して表記する。

⑸ 韓国観光公社は日韓間の人的往来の活性化を促 進するため主催した「2005韓日共同訪問の年」フェ スターの広報大使として女優チェ・ジウを,同年 韓国の農林部は農林食品広報大使に女優ヤン・ミ ギョン(チャングムの誓い)を,2006年文化観光 部(現文化体育観光部)は文化観光広報大使に俳 優リュウ・シウォンを起用するなど,韓流スター を公共の場で前面に立てる戦略は今までも続いて いる。

⑹ 2001年の「韓流文化体験館」の建設や「アジア 文化交流協議会」の設立から,2003年の「世界5 大文化産業強国実現『参与政府』の文化産業政 策ビージョン」の発表,2005年の韓流文化観光団 地の開発や「韓流文化コンテンツ博覧会」の開催 など,製作・投資・人力のような文化産業のイ ンフラを強化する韓流支援策を推進している[イ 2006:187-189]。

⑺ 1990年代におけるイギリスの「クール・ブリタ

ニア」政策や,韓国政府の大衆文化振興策などか ら影響を受けた,文化コンテンツ産業に対する日 本政府の支援政策である。1960年代以来,海外で 人気を集めていた日本大衆文化の親和力により,

日本国に「クール」なイメージをもたらすという 趣旨を持つ[岩渕2007:82]。

⑻ 毛利やファンの研究以外にも,2010年日本の朝 日新聞と韓国の東亜日報が共同で行った世論調査 や [『朝日新聞』,2010年6月10日付参照],同年韓 国のKBS国際放送と日本のNHK報道局が共同で 行った「日韓両国国民意識調査」[『放通融合ニュー ス』,2010年8月5日付参照]などでは,日本にお ける韓流ブームが日韓関係に肯定的に作用したこ とが覗える。

⑼ 「新韓流」という言葉が最初メディアに登場した のは,2001年に韓国観光公社が韓流関連イベント を主催した時である。当時の意味は韓流を新しく 整備するという脈略で,その後も各種メディアが 韓流の最新の動きという意味で用いたことがある が,ここの「新韓流」という言葉は,2010年から 日本で韓国の少女アイドルグループが高い人気を 集めると,以前の『冬のソナタ』現象と比較され,

日本におけるのブームの再来として用いられてい ることを意味する。

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(16)

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