スライアモン・セイリッシュ語の品詞について
— 特にその名詞と動詞について —
渡 辺 己
(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所)
On the Word Classes in Sliammon Salish
—Noun and Verb—
WATANABE, Honoré
Research Institute for Languages and Cultures of Asia and Africa
Identifying word classes (parts of speech) has been a topic of debate for the languages of the Salishan family. There have been claims that they lack the distinction between such major word classes as noun and verb. In contrast, others have presented evidence in favor of making distinctions between word classes, including noun and verb. In this paper, I present data from Sliammon Salish that show why such a distinction is not as evident as in some other languages. Then, I discuss four criteria that can be used in combination to distinguish noun and verb in Sliammon.
キーワード:スライアモン語,セイリッシュ語族,品詞分類,名詞,動詞 Keywords: Sliammon, Salish, Word classes, Noun, Verb
1. はじめに
2. スライアモン語の「名詞」と「動詞」
3. 名詞・動詞を分類する基準 4. おわりに
1. はじめに
品詞はどのように分類できるのか,品詞を分類する基準は何か,そもそも品詞 の区別はあるのか,そしてもしその区別がないとすれば,それはどのような言語 現象によるものか,そしてそれを記述言語学的および理論言語学的にどのように 処理すればよいのか。北アメリカ先住民諸語のうち,セイリッシュ語族の言語で は(そしてさらには近隣のワカシュ語族,チマクム語族を含めて),このような 品詞の分類に関する問題が長年議論の対象となってきた。セイリッシュ語族の言
語においては,品詞の区別はなく,そこには「名詞」と「動詞」の区別すらもな いという主張がされてきた(例,Kuipers 1968; Thompson and Thompson 1980, 1992;
Kinkade 1984; Jelinek and Demers 1994)。その一方で,「名詞」と「動詞」の区別 はあるという主張もされてきた(例,van Eijk and Hess 1986; Beck 1995; Matthewson and Demirdache 1995; Mattina 1996; Kroeber 1999:33-36, 76-68; Montler 2003)1。本稿 で見るスライアモン語もセイリッシュ語族の一言語であり,品詞に関しては同様 の現象を見せるものである。2
van Eijk and Hess (1986) は,セイリッシュ語族の言語の「名詞」と「動詞」は次 のふたつの基準によって区別しうるとした。第一に,名詞には所有人称標識が付 きうるが動詞には付かない。第二に,動詞はアスペクトやテンスを区別するが名 詞ではそういうことはない (van Eijk and Hess 1986:330)。この基準は,修正を加え ることによって,スライアモン語にもあてはめることができる。
本稿では,スライアモン語の「名詞」と「動詞」の区別が,具体的には,四つ の基準を組み合わせることによって可能であることを示す (§3)。その前にまず,§2 において,どのような言語現象がスライアモン語の「名詞」と「動詞」の区別を むつかしくしているのか見る。
2. スライアモン語の「名詞」と「動詞」
スライアモン語において「名詞」的なものと「動詞」的なものの区別が付きに くくなっている理由は,次の三つの言語現象に起因していると考えられる。
(i) すべての語が述部となりうる。
(ii) ほとんどの形態法がほとんどの語根に施しうる。
(iii) 他のすべてのセイリッシュ語に見られる「名詞化接頭辞」s-がない。
以下,これら三点について順に考察する。
(i) すべての語が述部となりうる。
すべての語が述部的であり,統語上の述部の位置(節の先頭)におこりうる。
つまり,さまざまな名詞的な語や形容詞的な語も,1項動詞的(自動詞的)な語 と同様に述部の位置を占め,人称の屈折をおこなう。そして,他のセイリッシュ 語と同様,スライアモン語には繋辞がない。したがって,例えば「父」という名 詞的な語は「父である」をも意味する。
1 ここにあげた研究はセイリッシュ語の品詞問題に関する研究の網羅的なリストではない。セイリッシュ語 族に隣接するワカシュ語族に関する品詞の問題についてはJacobsen (1979)とNakayama (2001)を参照された い。
2 以下,セイリッシュ語族の言語全体を指す時には「セイリッシュ語」という呼称を用いる。
まず初めに動詞的な語が述部として機能している文を見る(例X1X, X2X, X3X)。述部 が節の最初の位置を占め,主語を標示するクリティック,あるいは名詞項がそれ に続く。
(1)
ǰəƛ̛ =čan
run=1SG.INDC.SBJ
‘I run.’
(2)
ʔamut=č
3be.home=1SG.INDC.SBJ
‘I am at home.’
(3)
t̛ usum ɬə= č̛ a č̛ nuʔ
be.quiet DET=little.dog‘The little dog is quiet.’
以下に見る例では名詞的な語が述部として機能している。
(4)
man=č (ʔə=sčaʔat)
4 father=1SG.INDC.SBJ OBL=now‘I am a father (now).’
(5)
man=čxʷəm
father=2SG.INDC.SBJ‘You are going to be a father.’
(6)
layam=č
devil=1SG.INDC.SBJ
‘I am a devil.’
(7)
tutam̛ iš=k̛ ʷa tə=man̛a-s
little.boy=QUOT DET=child-3POSS‘Her child was a little boy.’
(8)
ǰanxʷ=səm kʷə=tᶿ=nanatmin
fish=FUT DET=1SG.POSS=supper‘A fish is what my supper will be. / I will have fish for supper.’
3 1人称単数主語の標識にはfull formのčan(例1参照)とreduced formのč(例2参照)がある。
4 括弧内の句は必須のものではない。コンテキストを作り出すために話者によって付け足されたものである。
(9)
ʔ asx ʷ tə=qay̛-əxʷ-as seal DET=die-NTR-3ERG
‘It is a seal that he has killed. / A seal is what he has killed.’
固有名詞(例 (X10X),人名),人称代名詞(例 (X11X)(X12X)(X13Xa)),数詞(例 (X14X)(X15X)),
そして形容詞的語(例 (X16X)(X17X))もすべて述部になりうる。
固有名詞
(10)
Mary kʷə=tᶿ=nan
(name) DET=1SG.POSS=name
‘My name is Mary.’
人称代名詞
(11)
čəni ʔ ə=man-s
1SG.INDP CLF=father-3POSS‘I am his father.’
(12)
nimuɬ=səm ʔ ə= ʔ iɬtən-stu-mi
1PL.INDP=FUT CLF=eat-CAU-2SG.OBJ‘We will feed you.’
次の (X13Xa) は 1 人称の独立代名詞が従属節のなかで述部として使われている例 である。比較対照のために (X13Xb) に同様の形式に動詞的な語が使われている例を あげる。
(13) a.
xʷa ʔ= čxʷ= ʔ iyt čəniy-axʷ
NEG=2SG.INDC.SBJ=CLT 1SG.INDP-2SG.CNJ.SBJ
‘You are not me.’
(X13X) b.
xʷa ʔ= čxʷ θa-h-axʷ
NEG=2SG.INDC.SBJ go-EPEN-2SG.CNJ.SBJ
‘You do not go.’ or ‘Don’t go!’
数詞
(14)
sa ʔ a ti ʔ i ʔ ə=nəgiɬ
two DEM OBL=2SG.INDP‘There are two for you.’
(15)
ʔ upan kʷə=tᶿ=qʷum̛ay
ten DET=1SG.POSS=snow.on.ground/age5
‘I am ten years old.’
形容詞的語
(16)
pəq tə=tᶿ= ʔ aya ʔ
white DET=1SG.POSS=house
‘My house is white.’
(17)
tih tə=kapu
big DET=coat‘The coat is big.’
次の例 (X18X) のように英語の名詞がそのまま述部として用いられる時もある。
(18) ‘donut’
=štəm
(‘donut’)=1PL.INDC.SBJ+FUT
‘Let’s have (eat) donuts.’
(ii) ほとんどの形態法がほとんどの語根に施しうる。
典型的には,一言語内の品詞は語形成に関わる形態法によって峻別することが できる。例えば,ボイスの変換,時制,アスペクトを表わす形態法は通常「動詞」
には施されるが「名詞」には施されない。逆に,「名詞」には複数性やその大小・
量を表わす形態法が施しうるが「動詞」には施せない。ところが,スライアモン 語ではほとんどの形態法が名詞的な語の語形成にも,動詞的な語の語形成にも使 われる。形態法による明確な区別がつけにくいことが,品詞の分類をむつかしい ものとしている。以下,使役接尾辞 (X19Xa, b, c),再帰接尾辞 (X20Xa, b),相互接尾辞 (X21Xa, b),Autonomous接尾辞 (X22Xa, b),過去時制接尾辞 (X23Xa, b),複数重複法 (X24Xa, b),指 小重複法 (X25Xa, b) の例をあげる。それぞれの例では (a) は動詞的な語根の,そして (b, c) は名詞的な語根に基づく語形成である。
使役
(19) a.
x̣ʷay-əm-sxʷ=tᶿəm
dive-MDL-CAU=1SG.INDC.SBJ+FUT
‘I will make him dive.’
cf.
x̣ʷay-əm
‘dive’
5qʷum̛ay は「(降っている雪ではなく)地面に積もった雪」のことを意味する他,年齢・年数を数える時 の「年」を意味する。
(X19X) b.
k̛ ʷaxʷa-sxʷ=ga kʷə=θ=nəp-iš
tə=θ=ǰanxʷ
box-CAU=IMP DET=2SG.POSS=put.in-TR DET=2SG.POSS=fish‘Put your fish in the box!’
(X19X) c.
nəgi-sxʷ=ga ʔə=ʔix̣-i-t
2SG.INDP-CAU=IMP CLF=carve-LV-CTR
‘YOU carve it!’ (lit. ‘Let it be you who carve it!’)
再帰
(20) a.
ʔimt ̛ ᶿ-a-θut
cover-LV-CTR+RFL‘cover oneself’
(X20X) b.
tumiš-θut
man-CTR+RFL‘[boy] turn into a man [in his adolescence]’
相互
(21) a.
č̛ a- č̛ g-a-t-awɬ
PL-help-LV-CTR-RCP
‘helping each other’
(X21X) b. ‘Good night’
(-t)-awɬ=št
(‘good night’)(-CTR)-RCP=1PL.INDC.SBJ
‘We said good night to each other.’6 Autonomous
(22) a.
č̛ə t-iyiš
cut-AUT‘It got cut accidentally, unexpectedly.’
(X22X) b.
ʔasxʷ-iyiš=səm
seal-AUT=FUT‘He will end up looking like a seal.’
過去
(23) a.
q ̛ə txʷ-uɬ
burn-PAST‘It burned.’
6 この形式は話者によって自然に発話されたものであるが,英語の‘good night’という表現がスライアモン語 の語彙に借用されているとは考えられず,その場で作り出された表現だと思われる。
(X23X) b.
man ̛ -uɬ
father-PAST‘deceased father’
複数
(24) a.
gəq̛-gəq̛
PL-open
‘They all opened.’
(X24X) b.
kʷəs-kʷusən
PL-star ‘stars’
指小
(25) a.
wu-wt-u-t
DIM-bend-LV-CTR
‘bend it a little bit’
(X25X) b.
t ̛ u-t ̛ ɬaɬ
DIM-bed ‘small bed’
(iii) 他のすべてのセイリッシュ語に見られる「名詞化接頭辞」s- がない。
スライアモン語はセイリッシュ祖語にあった接頭辞を歴史的にすべて失ったと 考えられている (Thompson 1979:732-733)。7そのような接頭辞のひとつは,セイリ ッシュ語族の他のすべての言語に見られる「名詞化接頭辞」s-である。この接辞 の機能のひとつは動詞から名詞を派生することである。次にルシュツィード語 (Lushootseed) とリルエット語 (Lillooet) からいくつか例をあげる。
ルシュツィード語(Lushootseed): ʔəɬəd ‘eat’, s-ʔəɬəd ‘food’; ʔuladxʷ ‘to fish’, s-ʔuladxʷ ‘salmon’ (Hess 1993)
リルエット語(Lillooet): ʔíƛ̛-əm8 ‘to sing’, s-ʔíƛ̛-əm ‘song’; ʔúqʷaʔ ‘to drink’, s-ʔúqʷaʔ ‘drink, beverage’; mán̛x-əm ‘to smoke’, s-mán̛x ‘tobacco’ (van Eijk 1997:48).
7 いくつかの接頭辞はスライアモン語でも保持されたが,それらはクリティックとして再解釈された
(Kroeber and Watanabe 2004を参照)。スライアモン語における接頭辞の消失についてはBlake (1999)も参照 されたい。
8 接尾辞 -əm は自動詞化接尾辞である(van Eijk 1997:第18章参照)。
スライアモン語のすぐ南に隣接し,系統的にもスライアモン語にもっとも近い シーシェルト語 (Sechelt) もこの名詞化接頭辞s-を保持している。
シーシェルト語 (Sechelt):č̛əɬ ‘to rain’(動詞), s-č̛əɬ ‘rain’(名詞); qʷumay ‘to snow’(動詞), s-qʷumay ‘snow(名詞), years old’; qʷay ‘to speak, talk’, s-qʷay
‘utterance, words said’; ʔiɬtən‘to eat’, s-ʔiɬtən‘food’ (Beaumont 1985).9
これらのシーシェルト語の語根はスライアモン語に同根語があるが,スライア モン語には接頭辞s-をもった形はない(č̛əɬ ‘rain’, qʷum̛ay ‘snow on ground, year, age’, qʷay ‘speak, talk, words’, ʔiɬtən ‘eat, food’)。10
セイリッシュ語族の(すべてではないにせよ)他の言語では, 名詞化接頭辞s- が「名詞」と「動詞」を区別する基準(のひとつ)に使われている(例,van Eijk and Hess 1986)。しかし,この接頭辞を失ったスライアモン語では,この基準を 適応することはできず,したがってこの基準がセイリッシュ語族全体に適応する わけではない。そして,スライアモン語ではこの基準が適応できないために,他 のセイリッシュ語で適応しうる基準をひとつ欠くことになり,その結果,品詞分 類が他のセイリッシュ語よりもむつかしいものとなっているとも言えよう。
ここで,スライアモン語ではクリティックs が名詞節を作ることに言及してお く。このクリティックが歴史的にはセイリッシュ語一般に見られる名詞化接頭辞 s- であったことはまず間違いない。このクリティックは次の例 (X26X) に見るように 名詞的な語に付くことがある。
(26)
taw-θ-as-uɬ s= č̛ an̛ u-s
tell-CTR+1SG.OBJ-3ERG-PAST NOM=dog-3POSS‘He told me that it is a dog.’
しかしこれは上記ルシュツィード語,リルエット語,シーシェルト語に見た例 とは異なり,間接話法における補部を表わす節の名詞化をしている。したがって,
例 (X26X) の構造は,同じ位置に動詞的な語が使われている次の例 (X27X) と同じもので
ある。
9 本稿では比較対照を容易にするためにBeaumont (1985)にて使われているシーシェルト語の正書法を本稿 の音声記号に置き換えている。
10 スライアモン語でも起源的に接頭辞s-を含むと見られる形式がいくつかある。例えば,sk̛ʷičiy ‘(be) bothersome’(ただしk̛ʷičiy-a-t ‘bother him’参照。-t は他動詞化接尾辞),sq̛ʷəǰəm ‘(be) poor’(-əm は中動 態接尾辞),skʷaq ‘the rest [of s.t.]’,snəq ‘dear’ (最後のふたつの語のs を除いた形式は,これら以外には 見つかっていない)。これらの形式のs-はセイリッシュ祖語に再構しうる状態アスペクトを表わす接頭辞
*ʔac- (*ʔas-)だと考えられる(Thompson 1979:733; Kroeber 1999:11; Czaykowska-Higgins and Kinkade 1998:28)。
この他,時を表わす副詞的な語には,語頭にsをともなうものがある(st̛ᶿuk̛ʷ ‘today’, skʷəǰ̛uɬ ‘this morning’, snat-uɬ ‘last night’, snat=səm ‘tonight’, sǰasuɬ ‘yesterday’)。
(27)
taw-θ-as-uɬ s=niʔ-s kʷ= č̛ an̛u
tell-CTR+1SG.OBJ-3ERG-PAST NOM=be.there-3POSS DET=dog‘He told me that there is a dog.’
つまり,このクリティックs が付くことは「名詞」を同定する基準とはならな い。
3. 名詞・動詞を分類する基準
ここまで見てきたように,スライアモン語における品詞分類は容易ではない点 があるが,それでも名詞と動詞を分類する基準を立てることができないわけでは ない。その基準はvan Eijk and Hess (1986) が主張するものと根本的には同様のもの である。すなわちそれは,所有の標識とアスペクトの標識との共起性である。以 下,3.1と3.2において,次の四つの基準について論ずる。最初のふたつ (i, ii) が 所有に関するもの,そして次のふたつ (iii, iv) がアスペクトに関するものである。
(i) 所有接辞 ‹hV› との共起性
(ii) 所有人称標識と共起した際に所有の意味となるかどうか
(iii) C1V- 未完了重複法との共起性
(iv) -VC2 起動重複法との共起性
これらの基準はどれひとつをとってもそれだけでは名詞と動詞を分類するには 不十分であるが,これらを組み合わせることによって分類が可能となる。
3.1. 所有
(i) 所有接辞 ‹hV› との共起性
接中辞 ‹hV› はそれが接中された語が,その語が示す事物以外のものによって所
有されることを表わす。この接中辞が付きうる語は限られたものであり,それは 他の多くの言語における名詞に相当する。
(28)
ʔaya‹ha›ʔ
house<POSS>‘have a house’
cf.
ʔayaʔ
‘house’(29)
qʷasa‹ha›m
flower<POSS>‘have flowers’
cf.
qʷasam
‘flower’(30)
nəxʷi‹hi›ɬ
canoe<POSS>‘have a canoe’
cf.
nəxʷiɬ
‘canoe’(31)
tam ̛ usti‹hi›n
headband<POSS>‘have a headband on’
cf.
tam̛ ustən
‘headband’この接辞が付いた形式は主語標識によって,その形式が表わす事物の所有者を 表わすことができる。
(32)
nəxʷi‹hi›ɬ=č
canoe<POSS>=1SG.INDC.SBJ
‘I have a canoe.’
(33)
tam ̛ usti‹hi›n=tᶿəm
headband<POSS>=1SG.INDC.SBJ+FUT
‘I will have a headband on.’
この接辞は他の多くの言語で意味的に動詞に相当するものには付けられない。
(34)
*ʔima‹ha›š
walk<POSS>cf.
ʔ imaš
‘walk’(35)
*ǰi‹hi› ƛ̛
run<POSS>
cf.
ǰəƛ̛
‘run’(36)
*hasa‹ha›m
sneeze<POSS>cf.
hasam
‘sneeze’この接辞の意味機能は,有生物による所有よりも広い概念を含む。例えば
ǰani‹hi›xʷ は「彼が魚( ǰanxʷ )を持っている」以外にも,「この地域には魚がいる
(この地域は魚を持っている)」を意味する。
次に見るように,名詞的だと思われる語でも,この接辞と共起できないものも ある。したがって,この接辞と共起するかどうかだけでは名詞と動詞の分類を完 全におこなうことはできない。
(37)
*θay̛a‹ha›ɬ
lake<POSS>cf.
θay ̛ aɬ
‘lake’(38)
*x̣ʷaw ̛ i‹hi›t
fire<POSS>cf.
x̣ʷaw ̛ it
‘fire’それでもこの接辞との共起性は名詞を他の品詞から区別するひとつの基準だと 言えよう。
(ii) 所有人称標識と共起した際に所有の意味となるかどうか
セイリッシュ語に関する先行研究では,所有人称標識は名詞のみに直接付くこ とができ,動詞はまず名詞化されないと所有人称標識が付くことはできないと言 われた(例えばvan Eijk and Hess 1986)。例えば,リルエット語の名詞tmixʷ ‘land’
は1人称所有接頭辞n- を直接ともない,n-tmixʷ ‘my land’となることができる。
その一方で,ʔíƛ̛-əm ‘sing’のような動詞に所有人称標識が直接付くことはできな い。所有人称標識が付くためには,まず名詞化接頭辞s- によって名詞化されなく てはならない:n-s-ʔíƛ̛-əm ‘my song’ (van Eijk 1997:43)。
すでに前節で述べたように,スライアモン語はこの名詞化接頭辞を歴史的に失 ったので,リルエット語の例に見るような,所有人称標識との共起性を単純に基 準とすることはできない。しかし,所有人称標識が付いた時の意味機能を考察す ると,ふたつの「グループ」が見えてくる(cf. Kroeber 1999:34-35, 2002ms.[a]; Mattina 1996:162-166)。
スライアモン語において,所有人称標識が名詞的な語に付いた時は,所有者を 表わし,動作者や主語は表わさない。
(39)
nəxʷiy-s
canoe-3POSS‘his canoe’
(40)
ʔayaʔ-s
house-3POSS‘his house’
動詞的な語にも所有人称標識は付くことができるが,それは名詞節化された時 のみであり,その際の所有人称標識は,その節の主語を表わし,所有の意味は持 たない。
(41)
təx̣ʷ-n‹i›xʷ=č s= ƛ̛ iy č̛ t-s
find.out-NTR<STV>=1SG.INDC.SBJ NOM=sleep(STV)-3POSS
‘I know that he is sleeping.’
したがって,ある語に所有人称標識が付き,所有の意味を表わす場合は,その 語は名詞だと考えられる。
この基準は逆に動詞を同定するために使うことはできない。すなわち,ある語 に所有人称標識が付いた時,その標識が所有ではなく主語を表わしても,その語 が動詞であるとは言えない。例(X26X)で見たように,名詞的な語も例(X41X)の動詞的な
語(ƛ̛iyč̛t‘sleep’)と同様の位置に起こることができる。(比較対照のために同じ
例をここに繰り返しておく。)
(42)
taw-θ-as-uɬ s= č̛ an̛ u-s
(=X26X) tell-CTR+1SG.OBJ-3ERG-PAST NOM=dog-3POSS‘He told me that it is a dog.’
この例での「名詞」は述部として機能しており,所有人称接辞は所有を表わし ていない。
3.2. アスペクト
形態法のうちアスペクトを表わすいくつかのものは,語根によって付くものと 付けないものがある。アスペクトを表わす重複法を施せる語根は「動詞」であり,
施せないものは「名詞」だと考えられる。
(iii) C1V- 未完了重複法との共起性
以下の例に見るようにC1V- 重複法は未完了アスペクトを表わす。
(43)
ʔa-ʔaxʷ
IMPF-snow
‘It is snowing.’
(44)
ǰə-y ƛ̛
IMPF-run
‘He/She is running.’
cf.
ǰəƛ̛
‘run’(45)
ʔa-ʔaq̕-a-t-as
IMPF-chase-LV-CTR-3ERG
‘He/She is chasing him/her.’
C1V-未完了重複法を施しうる語根は,他の多くの言語の動詞にあたると考えら
れる。逆に,この重複法が施せない語根の多くは名詞にあたると考えられる(例 (X46X)(X47X)(X48X))。
(46)
*ǰa-ǰanxʷ
IMPF-fish
(47)
*ʔa-ʔayaʔ
IMPF-house
(48) *ču-ču
y̛
IMPF-child
ただし次に見るように,動詞だと思われる語根でも未完了重複法が施せないも のもある(例 (X49X)(X50X)(X51X))。
(49)
*mə-m ƛ̛
IMPF-calm.water cf.
m əƛ̛
‘[water] is calm’(50)
*pə-ps
IMPF-numb cf.
pəs
‘numb’(51)
*q̛ə-q̛ x̣
IMPF-bruise cf.
q ̛ə x̣
‘bruise’したがってC1V-未完了重複法は動詞の大部分を同定できるが,そのすべてを同 定することはできない。ただし,例 (X49X)(X50X)(X51X) に見た未完了重複法が施せない 語根は,次に見るように,「状態動詞」として分類できるものである。そして,
これらの語根だけが起動アスペクトを表わす重複法を施しうるものである。
(iv) -VC2起動重複法との共起性
ここで -VC2 重複法と呼ぶものは,形式的には,語根のふたつ目の子音とその前 の母音を,そのふたつ目の子音のあとに重複する。そしてこの重複法は起動アス ペクトを表わす。11 この重複法が施しうるのは「状態」あるいは「静態」と呼ぶ ことのできる限られた語根のみである。そのような語根には次のものが含まれ る:k̛ʷas ‘hot’, pəs ‘numb’, məƛ̛ ‘(water is) calm’, č̛əpx̣ ‘dirty’。「状態語根」は次の ふたつのアスペクト的性質を持つ。すなわち,「継続性 (durative)」があるが「進 行性(‘ongoing’)」はない。
ある語根がこれらの性質を持っているかどうかは,どのような副詞的な意味を 持つ語と共起可能か否かによって確定することができる。
継続性の確定は,継続を含意する副詞的な語との共起可能性を基準として使う ことができる。スライアモン語では,例えば,x̣ʷux̣ʷ ‘long time’やqəǰi (=ʔut ) ‘still’
などがそのような副詞的な語として使える。一方,「進行性」を欠くという点に ついては,「速度・進度」の度合いを表わす副詞的な語と共起できないという点 を基準として使うことができる。例えば,ʔaw̛θ ‘suddenly’, hahays ‘slowly’, ƛ̛iʔ
‘fast’との共起不可能性が基準となる。したがって,これらの基準によって,ある 語根が継続を含意する副詞的な語とは共起できるが,速度や進度の度合いを表わ す語とは共起できなければ,その語根は「状態語根」であると確定できる。次に 例としてpəs ‘numb’にこのテストをおこなってみる(例(X52X)b, c)。
(52) a.
pəs
numb
‘It is numb.’
継続性のテスト → 共起可 (52) b.
qəǰi=ʔut pəs
still=CLT numb‘It is still numb.’
速度・進度の度合いに関するテスト → 共起不可 (52) c.
*ʔaw ̛θ pəs
suddenly numb
(X52Xb) によって,pəs ‘numb’ は継続性を含意するqəǰi ‘still’ と共起が可能であるこ とが分かる。そして (X52Xc) によって,速度・進度の度合いを表わすʔaw̛ θ ‘suddenly’
と共起できないことが分かり,結果としてpəs ‘numb’ は「状態語根」だと確定で きる。
そして,このような状態語根のみに-VC2起動重複法は施しうる。以下にいくつ
11 起動重複法に関する詳細と他の例はKroeber (1988)とWatanabe (2003)を参照されたい。
か例をあげる。
(53)
pəs-əs
numb-INCP‘It got numb.’
(54)
k̛ ʷas-as
hot-INCP‘It got hot.’
(55)
ma ʔƛ̛ - əƛ̛
calm.water-INCP
‘It (water) got calm.’ (
ə
→aʔ
/#_C̛V)(56)
č̛ə p‹əp›x̣
dirty<INCP>
‘It got dirty.’
起動重複法を施しうるこれらの語根は,アスペクトの標示が付けられる形式の ため,動詞であると考えられる。
ここまでをまとめると,C1V-未完了重複法を施しうる形式と,それが施せない がそのかわりに-VC2起動重複法を施しうる形式があった。これらのアスペクトを 標示する重複法のいずれかが施せる形式は動詞であると考えられる。
一方で,C1V- 未完了重複法も-VC2起動重複法も施せない語がある。それらは名 詞であると考えられる(例 (X57X)(X58X)(X59X))。
(57)
*ču ǰ̛ -uy
12 child-INCP(58)
*ǰan‹an›xʷ
fish<INCP>(59)
*t̛ in-in
barbecued.fish-INCP
これら名詞だと考えられる語根のうちのいくつかは,うえで述べた,統語的共 起テストによれば「状態語根」であると確定できるものがある(例 (X60Xa, b, c))。
12 ‘child’の語根はčuǰ̛である。ǰ̛ は子音と語末の前ではy̛ となる。例(57)では重複法が適応され,母音の前に
位置することになるのでǰ̛ となる。
(60) a.
čuy̛
child
‘child’
継続性のテスト → 共起可 (60) b.
qəǰi=ʔut čuy ̛
still=CLT child‘He is still a child.’
速度・進度の度合いに関するテスト → 共起不可 (60) c.
*ʔaw̛ θ čuy̛
suddenly child
しかし,この語根は (X57X) に見るように,-VC2起動重複法は施せない。そこで,
このテストによって「状態語根」だと確定できても-VC2起動重複法が施せないも のは名詞であると考えられる。
4. おわりに
本稿ではスライアモン語における名詞と動詞の分類基準について考察した。そ して,他の多くの言語では見られない,名詞と動詞の分類をむつかしくする言語 現象があるものの,名詞と動詞の分類ができないわけではないことを見た。スラ イアモン語の名詞と動詞を分ける基準には以下の四つのものが考えられる。
(i) 所有接辞 ‹hV› と共起できるものは名詞である。
(ii) 所有人称標識が付いた時にその標識が所有の意味機能を持ち,主語を表わ
さない場合は名詞である。
(iii) C1V- 未完了重複法を施せるものは動詞である。
(iv) -VC2起動重複法を施せるものは動詞である。
これらの基準はそれひとつですべての名詞と動詞を分類できるものではないが,
これら四つの基準を組み合わせることによってスライアモン語でも名詞と動詞を 分けることができる。
ただし,このような基準によって分類ができるとしても,逆に言えば,これら の基準に関わらない文法現象については,スライアモン語の名詞と動詞はその振 る舞いがほとんど同じだということでもある(2 節参照)。このような言語に見 る名詞と動詞が,英語や日本語など他の言語における名詞・動詞と同等のものか 否かは考える余地があろう。品詞分類に関して,より広範に多くの言語を比較対 照し考察することは今後の課題としたい。
略号
AUT autonomous; CAU causative; CLF cleft; CLT clitic; CNJ conjunctive; CTR control transitive; DEM demonstrative; DET determiner; DIM diminutive; EPEN epenthetic; ERG ergative; FUT future; IMP imperative; IMPF imperfective; INCP inceptive; INDC indicative; INDP independent pronoun; LV link vowel; MDL middle;
NEG negative; NOM nominalizer; NTR noncontrol transitive; OBJ object; OBL oblique;
PAST past; PL plural; POSS possessive; QUOT quotative; RCP reciprocal; RFL reflexive; SBJ subject; SG singular; STV stative; TR transitive; < > infix boundary; = clitic boundary.
スライアモン語表記に用いる記号
スライアモン語の音素目録は次のとおり:p, (tᶿ), t, (ƛ), č, (k),
kʷ
, q,qʷ
,ʔ
,p̛
,t̛ ᶿ
,t̛
,ƛ̛
,č̛
, (k ̛
),k ̛ ʷ
,q ̛
,q ̛ ʷ
, ǰ, g,ǰ̛
,g ̛
, θ, s, ɬ, š,xʷ
,x̣
,x̣ʷ
, h, m, n, (l), y, w,m ̛
,n ̛
, (l ̛
),y ̛
,w ̛
, i,u, a,
ə
。括弧内のものは限られた形式にのみ現われる。ここで使用する音声記号は,いわゆるアメリカ式のものである。国際音声字母 (IPA) から異なる記号と,それ らのIPAとの対応は次のとおりである:tᶿ=tθ, ƛ= tɬ, č=ʧ, ǰ=ʤ, š=ʃ, x̣=χ。
ǰ̛
とg̛
はそれぞれ [ʔǰ] と[ʔg] として実現する。これらの他,形態音素としてLとL̛を認め る必要がある。Lは語末ではɬとして,それ以外の位置においては,円唇の環境(例 えば母音uの後)ではwとして現われ,非円唇の環境ではyとして現われる。L̛も含 め,より詳しくはBlake (2000) 参照。
本研究のデータ
本稿におけるスライアモン語データは次の話者の方々から提供頂いた:My thanks to the speakers of this language: Mrs. Mary George, the late Mrs. Agnes McGee, Mrs. Elsie Paul, Mrs. Marion Harry。本稿の内容は,東京外国語大学アジア・アフリ カ言語文化研究所における研究会(重点共同研究プロジェクト『言語の多様性と 言語理論-「語」の内部構造と統語機能を中心に』平成19年度第1回研究会,2007 年6月30日)おいて発表したものをもとにしている。研究会参加者と二名の査読 者には有益なコメントを頂いた。ただし,本稿の内容については当然,筆者のみ に責任がある。本稿は,文部科学省科学研究費補助金基盤研究(B)(1)「形態的言語 類型論の再構築 -語構造の異なる言語の比較対照をとおして-」(平成19年度
-平成20年度:課題番号19320062)による調査・研究の成果の一部である。
参 考 文 献
Beaumont, Ronald, C. 1985. she shashishalhem: The Sechelt Language. Penticton: Theytus Books.
Beck, David. 1995. “A Conceptual Approach to Lexical Categories in Bella Coola and Lushootseed.” Papers for the 30th ICSNL. pp. 1–17. Victoria: University of Victoria.
Blake, Susan J. 1999. “Towards an Analysis of Schwa in Sliammon.” Papers for the 34th ICSNL. Kamloops:
Secwepemc Educational Institute. pp. 12–46.
–––. 2000. On the Distribution and Representation of Schwa in Sliammon (Salish): Descriptive and Theoretical Perspectives. Ph.D. dissertation, The University of British Columbia.
Czaykowska-Higgins, Ewa, and M. Dale Kinkade. 1998. “Salish Languages and Linguistics.” In Ewa Czaykowska-Higgins and M. Dale Kinkade (eds.) Salish Languages and Linguistics: Theoretical and Descriptive Perspectives. Trends in Linguistics, Studies and Monographs 107. Berlin and New York: Mouton de Gruyter. pp. 1–68.
Hess, Thom. 1993. “A Schema for the Presentation of Lushootseed Verb Stems.” In Mattina and Montler (eds.).
American Indian Linguistics and Ethnography in Honor of Laurence C. Thompson. UMOPL 10. pp. 113–126.
Jacobsen, William H., Jr. 1979. “Noun and Verb in Nootkan.” In Barbara S. Efrat (ed.), The Victorian Conference on Northwestern Languages. pp. 83–155. Victoria: British Columbia Provincial Museum.
Jelinek, Eloise, and Richard A. Demers. 1994. “Predicates and Pronominal Arguments in Straits Salish.” Language 70.
pp. 697–736.
Kinkade, M. Dale. 1984. “Salish Evidence Against the Universality of ‘Noun’ and ‘Verb’.” Lingua 60. pp. 25–40.
Kroeber, Paul D. 1988. “Inceptive Reduplication in Comox and Interior Salishan.” IJAL 54. pp. 141–167.
–––. 1999. The Salish Language Family: Reconstructing Syntax. Lincoln and London: University of Nebraska Press.
–––. 2002ms. “Notes on Comox Syntax: (a) Word Classes, (b) Basic Clause Structure: Predicate, DPs, and Oblique, (c) The Predicate Complex, Edge-positioning, and Clausal Inflection, (d) Morphology of Extraction, (e) DP Structure, (f) Adverbial and Complement Clauses, (g) Negations, (h) Focusing Constructions.” ms.
Kroeber, Paul D., and Honoré Watanabe. 2004. “Word-initial Developments in Northern Central Salish.” In Donna Gerdts and Lisa Matthewson (eds.), Studies in Salish Linguistics in Honor of M. Dale Kinkade. University of Montana Occasional Papers in Linguistics 17. Missoula (Montana): University of Montana. pp. 257–278.
Kuipers, Aert H. 1968. “The Categories Verb-Noun and Transitive-Intransitive in English and Squamish.” Lingua 21.
pp. 610–626.
Matthewson, Lisa, and Hamida Demirdache. 1995. “Syntactic Categories in St’át’imcets (Lillooet Salish).” Papers for the 30th ICSNL. Victoria: University of Victoria. pp. 68–75.
Mattina, Nancy. 1996. Aspect and Category in Okanagan Word Formation. Ph.D. dissertation, Simon Fraser University.
Montler, Timothy. 2003. “Auxiliaries and Other Categories in Straits Salishan.” IJAL 69 (2). pp. 103–134.
Nakayama, Toshihide. 2001. Nuuchahnulth (Nootka) Morphosyntax. University of California Publications in Linguistics 134. Berkeley: University of California Press.
Thompson, Laurence C. 1979. “Salishan and the Northwest.” In Lyle Campbell and Marianne Mithun (eds.), The Languages of Native America: Historical and Comparative Assessment. pp. 692–765. Austin and London:
University of Texas Press.
Thompson, Laurence C., and M. Terry Thompson. 1980. “Thompson Salish //-xi//.” IJAL 46. pp. 27–32.
–––. 1992. The Thompson Language. UMOPL 8.
van Eijk, Jan P. 1997. The Lillooet Language, Phonology, Morphology, Syntax. Vancouver: UBC Press.
van Eijk, Jan P., and Thom Hess. 1986. “Noun and Verb in Salish.” Lingua 69. pp. 319–331.
Watanabe, Honoré 2003. A Morphological Description of Sliammon, Mainland Comox Salish, With a Sketch of Syntax.
ELPR Publication Series A2-040.