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中学校武道必修化の実態とこれからの授業展開への可能性

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(1)

1.はじめに

武道が学校教育の正科として初めて採用され たのは1911年(明治44年)である。文部科学省

(以下文科省)は中学校令施行規則の一部を改 正し「体操ハ教練及び体操ヲ授クヘシ又撃剣及 柔術ヲ加フルコトヲ得」1)とした。しかし、正 科までの道のりは長く、関重郎治氏が文部大臣 へ建白書を提出したのは1893年(明治26年)の ことである。長い年月の中には関氏だけではな く、柴田克己氏や小沢一郎氏、星野仙蔵氏が帝 国会議に「請願書」「建議案」を提出している。1)

1908年(明治41年)、星野氏の3度目の「建 議書」により武術家の念願であった正科編入が 達成された。(表1)しかし同時に多くの課題 を抱えたままのスタートとなった。課題の一つ としてあげられたのが、「専門的な教職教養を 身につけた武術教師をどう確保するかという現 実的な問題」1)である。今回の武道必修化につ いても、武道指導の知識や経験などといった専 門性が問われている。それは、技術面だけでな く重大な事故や怪我への懸念である。特に事故 が多いとされる柔道については、全日本柔道連 盟が指導者養成プロジェクトに「中学校武道必

中学校武道必修化の実態とこれからの授業展開への可能性

-海老名市水泳授業に着目して-

櫻 井 美 子

研究論文

要旨

2008年に幼稚園教育要領・小学校学習指導要領・中学校学習指導要領が公示され、幼稚 園では2009年(平成21年度)、小学校では2011年(平成23年度)、中学校では2012年(平成 24年度)から完全実施となった。学習指導要領の改正で保健体育には「中学校1,2年の 武道必修」が新しく加わっている。武道の必修化の背景には、伝統的な行動の仕方や、伝 統的な考え方を理解するなど、武道が持つ特性を活かした指導が期待されている。文部科 学省は、必修化に向けた準備に取り掛かかり、円滑な授業展開を実施するために①施設対 応②指導者対応③用具対応の3つを中心とした「中学校武道の必修化に向けた条件整備」

を進めている。だが、方針は打ち出したものの、各県、市の教育委員会の取り組みを支援、

という観点から地域によって大きな差が生じていることは明らかであり、これらの問題を すべて解決することは容易ではない。

海老名市教育委員会は①生徒の安全性の確保②天候に左右されない教育計画③プール年 間維持管理費の投資について④水質管理や衛生管理、を柱とし、市内の小中学校全19校を 対象に、市が運営する温水プールにて「水泳授業」を展開している。本研究では、この海 老名市が実施する「水泳授業」に着目し、武道必修化の授業展開への可能性を探っていく。

キーワード:武道必修化 安全面 問題解決 資源の活用 実施計画

(2)

修化」対策チームを設け、指導教本、指導法の 講習会や研修会の実施、外部指導者活用システ ムの構築、というように、柔道経験の少ない教 員への対策をとっている。また、文科省では武 道必修化(柔道)に向けた安全確保のための緊 急対応とし、全国の中学校で柔道の授業が安全 に開始できる体制を整備する対策が練られてい る。事故防止のために十分な安全対策は必須で あり、今後も継続して取り組んでいかなければ ならないことである。各武道連盟の取り組みと しては、主に実技指導法についてである。実技 指導法や単元計画を提案することは専門外の教

員に必要かつ重要なことであり、更に発信し続 けなければならない事柄である。

このように約3年間の移行期間の中で、文科 省、各武道連盟はさまざまな取り組みを行って きた。特に指導者育成の研修会は全国で開催さ れ、数多くの教員が参加している。着実に指導 スキルが上がっていることは確かだが、一方で 実技指導法や授業計画の提案・実践でクリアさ れる課題だけではない現状も否めない。それは、

文科省が打ち出している施設対応、用具対応で ある。文科省は方針を打ち出したものの、各教 育委員会への支援という観点であり、全面的な 表1 星野仙蔵提出 「建議書」 一覧

出所 剣道事典 技術と文化の歴史より引用 第21帝国会議

(明治37年11月~38年2月)

第22帝国会議

(明治38年12月~39年3月)

第23帝国会議

(明治39年12月~40年3月)

建議書

政府ハ宜ク、中学程 度以上ノ諸学校ニ、

体育正科トシテ、剣 道・柔道ヲ加フヘシ。

但シ、中学程度一 年生ヨリ三年生マデ ハ、剣柔二道トモ、

体操式ノ如ク号令ヲ 似テ形ヲ応用シ、四 年生以上ニハ、技術 ヲ教習セシムルコト。

中学校程度ノ諸学校 ニ、体育正科トシテ、

剣術ノ形ノ体操即チ 練胆操術、又ハ柔術 形ノ体操ノ、何れレ カ其ノ一ヲ教習セシ ムヘシ。

髄意科タル剣術・

柔術ハ、当局者宜シ ク之ヲ督励スヘシ。

中学校程度ノ諸学校 ニ、体育上正科トシ テ、剣術・柔術・練 胆操術(木剣体操)、

熟レカ其ノ一ヲ教習 セシムヘシ。

審議結果

否 決

賛成96名 反対101名

修正可決

「中学校程度ノ諸学 校ニ、体育正科トシ テ、剣術若クハ剣術 形ノ体操(練胆操術)、 又ハ、柔術若クハ柔 術形ノ体操ノ、何レ カ調査ノ上、其一ヲ 教習セシムヘシ」と 修正される。

可 決

(3)

経済支援ではない。各教育委員会が武道場を設 置し、用具(剣道具、竹刀、道着)を全学校に 支援するのは至難の業である。

本論文では、文科省の「中学校武道の必修化 に向けた条件整備」①施設対応②指導者対応③ 用具対応について3年間の取り組みを整理する。

また、現在ある資源を活用し問題解決の糸口を 探っていく。それと同時に、その資源を武道の 授業計画とリンクさせることで新たな可能性を 検討することを目的とする。

2.保健体育科における武道の変遷

日本で初めて学習指導要領が発行されたのは 1947年(昭和22年)のことである。当時の学校 体育は、体操・遊戯で構成されていた。武道の 前身は、高等学校で1955年(昭和30年)に「個 人的種目」と位置づけられた、すもう・柔道・

剣道または、しない競技から始まった。中学校 では、昭和1958年(昭和33年)、学習指導要領 の改正により、すもう・柔道・剣道で構成され る「格技」が学校体育に導入された。「格技」とい う名称でなければならなかった理由を、中村は

『「武道」ということばがmilitary artsと訳され るものならばGHQ(連合国軍総司令部)は許 可しないことが示されていたので、いろいろと 模索した末、 「 格技」 という名称を考え出し た』2)と述べている。また、大道は『「格闘技」

の短縮であろうが、これまでの日本語にはない 官僚たちの知恵の産物である』3)とも述べてい る。このときの経緯を学習指導要領作成委員で あった今村は 『combative sportsの和訳に

「挌技」ではなく「格技」という語を使ったその理 由は「挌技」が格闘技であるかぎり、「からみあ う」「くみうちする」技術であった弓道は含まれ ないし、厳密には剣道やなぎなたも含まれない ことになる。これに対し「格技」とした場合、

「格」の字には、「あたる」「敵する」「まと」「ひき しめる」「たたかう」などの意味があり、弓道の 入る余地がある。したがって、将来弓道をも含 みうる余地を残すため「格技」という用語にし

た』4)と述べている。武道ということばを戦後 使うことは認められず、もっとも武道の要素を 含み、また、今後の普及を考えた上で、試行錯 誤の中、「格技」という名称が生まれた背景が見 て取れる。

1977年(昭和52年)の学習指導要領改正では、

格技をそれまで男子のみの対象としていたが、

「主として男子」と変更している。そして1989年

(平成元年)の改正で「格技」から「武道」へ名称 が変更される。学習指導要領には、新たに「伝 統的な行動の仕方」という用語が加わった。臨 時教育審議会の第二次答申に、「日本的特色を もった生涯学習の経験、伝統-それは茶道、華 道、書道、武道から和歌、俳句、園芸などに至 る多様な生活文化を伝統の中に見られる事柄を 再発見、再評価して、これを独創的に発展させ ていくという視点が不可欠であろう」と述べら れ、この答申を受けた教育課程審議会は「我が 国の文化と伝統に対する関心や理解を深めよう とするとともに、日本人としての自覚をもって 新しい文化の発展に貢献するような教育の充実 を図る必要がある」として「格技」という名称を

「武道」に改めた。5)また、男女の指定がなくな り、女子にも選択のチャンスが示された。格技 から武道へ名称の変更は、国際化が加速する中 で、多様化していく日本の生活習慣に対して、

我が国固有の伝統文化を顧みるといった思いも 含まれていたのかもしれない。

そして、2008年(平成20年)、中学校学習指 導要領の改訂を告示し、新学習指導要領では中 学校保健体育において、武道を含めたすべての 領域を必修とすることとし、2012年(平成24年)

度より、第1・2学年において男女の必修化が決 定した。

戦後の学校教育における武道の変遷は、時代 背景を色濃く映したものとなっている。そして その時代時代に「武道」の果たしてきた役割、

求められたものに違いがあったのであろう。移 行期間を経て今年度から完全実施となった武道 必修化にも今の時代に必要な教育が求められる。

(4)

3.武道必修化 各武道連盟取り組みの実態

①全日本柔道連盟

・指導者養成プログラムに「中学校武道必修 化対策チーム」を立ち上げる

(活動内容)

・指導教本「授業づくり教本」・DVDの作成、

発行

・指導法の講習会や研修会の実施

・外部指導者活用システムの構築

②全日本剣道連盟

・普及委員会の下に作業部会的組織「学校教 育部会」を立ち上げる

(活動内容)

・実態把握のための調査内容の準備・講習会・

研修会の実施準備

・指導教本「剣道授業の展開」の作成、発行

③全日本相撲連盟

・学校体育実技「武道」指導 中学校体育相 撲指導の手引を作成、発行

④日本武道館

・武道振興事業の一環として文部省国庫補助 対象授業「全国武道指導者研修会」、「地域 社会武道指導者研修会」を開催

・2008年(平成20年)「武道の理念」を制定、

また、「武道憲章」「こども武道憲章」を文 科省へ提出6)

・月刊「武道」にて「中学校武道授業の充実に 向けて」を連載、シリーズ55回目となってい る(2012.11月号現在)

④その他の武道

・弓道、空手道、合気道、少林寺拳法、なぎな た、授業指導の手引を作成、発行

4.中学校武道の必修化に向けた条件整備

4.1 施設対応

表2は日本武道館が、2011年11月中学校武道 必修化完全実施に当たり、各都道府県及び政令 指定都市の教育委員会に対し、事前アンケート 調査の一部を抜粋したものである。

武道場を設置しているのは、全対象校(10,356 校)のうち5,144校(55.88%)であり、約半数 の学校に武道場が設置7)されていることになる。

2009年にも月刊武道4月号で同様の公立中学校 武道場の設置状況調査を実施いているが、当時 の学校対象校は10,104校、 設置学校数は4,807 校(47.6%)であった。2009年と2012年を比較 してみると、3年間の移行期間の中で新しく武 道場が設置されたのは337校である。また、2009 年の調査で、設置率が一番低かった和歌山県は 19校(13.9%)から1校増え20校(14.9%)に 高知県も19校(14.6%)から1校増え20校(17.5

%)になっている。しかし、両県は設置率で見 ても分かるように、ほとんどの学校に武道場が 設置されていない状況と言える。2009年は県単 位での調査だったため、政令指定都市は対象外 だったが、2012年の調査で岡山市のみが全中学 校に武道場を設置していることが明らかとなった。

武道場の設置が進まない原因としてあげられ るのが、経済的支援である。文科省は平成22年 度より緊急5か年で武道場の整備促進とし、武 道場の新築補助費を予算として計上しているが、

国からの補助額は1/2であり(平成20年までは 1/3の補助率)、残りを県や市が負担することに なっている。県や市区町村、抱えている学校数 は異なるが、すべての学校に武道場を設置する ことなど果たしてどこまで可能なのであろうか。

文科省は平成23年度武道振興施策予算案を約50 億7千万円に繰り上げ、前年度より10億円増で の予算を計上している。これは公立中学校での

【武道の理念】

武道は、武士道の伝統に由来する我が国で 体系化された武技の修練による心技一如の運 動文化で、柔道、剣道、弓道、相撲、空手道、

合気道、少林寺拳法、なぎなた、銃剣道を修 練して心技体を一体として鍛え、人格を磨き、

道徳心を高め、礼節を尊重する態度を養う、

国家、社会の平和と繁栄に寄与する人間形成 の道である。

平成20年10月10日日本武道協議会制定

(5)

表2 公立中学校武道場の設置状況

出所 月刊武道2012月4月号より一部抜粋 都道府県 学校数 設 置

学校数 設置率 都道府県 学校数 設 置

学校数 設置率

北海道 593 54 9.8% 三重県 181 75 41.4%

札幌市 99 69 69.7% 滋賀県 115 68 59.1%

青森県 169 62 36.7% 京都府 112 50 44.6%

岩手県 196 78 39.8% 京都市 79 30 38.0%

宮城県 148 83 68.0% 大阪府 503 181 36.0%

仙台市 65 65 100.0% 大阪市 139 117 84.2%

秋田県 128 53 41.4% 堺市 46 6 14.0%

山形県 119 68 57.1% 兵庫県 264 190 72.0%

福島県 237 74 31.2% 神戸市 90 42 46.6%

茨城県 232 192 82.8% 奈良県 105 71 67.6%

栃木県 回答なし 和歌山県 134 20 14.9%

群馬県 173 128 74.0% 鳥取県 70 36 51.4%

埼玉県 364 244 67.6% 島根県 114 42 41.0%

さいたま市 58 47 81.0% 岡山県 173 111 64.0%

千葉県 381 279 73.2% 岡山市 38 38 100.0%

千葉市 58 55 95.0% 広島県 244 109 45.0%

東京都 626 190 30.4% 広島市 65 36 55.4%

神奈川県 178 72 40.4% 山口県 164 73 44.5%

川崎市 54 38 70.0% 徳島県 86 47 54.7%

横浜市 158 115 73.0% 香川県 72 45 62.5%

相模原市 37 31 83.8% 愛媛県 155 92 59.0%

新潟県 215 67 31.2% 高知県 114 20 17.5%

新潟市 58 51 88.0% 福岡県 230 141 65.9%

富山県 81 66 81.5% 北九州市 70 62 88.6%

石川県 93 51 54.8% 福岡市 76 65 85.5%

福井県 94 76 80.8% 佐賀県 102 36 35.2%

山梨県 96 39 40.1% 長崎県 185 53 28.6%

長野県 192 92 47.9% 熊本県 177 84 47.5%

岐阜県 215 109 57.7% 大分県 132 63 47.7%

静岡県 182 92 50.5% 宮崎県 161 46 29.0%

静岡市 回答なし 鹿児島県 245 122 49.8%

浜松市 49 20 40.8% 沖縄県 154 53 34.4%

愛知県 304 260 85.5%

名古屋市 109 96.5% 合計 10356 5144 55.9%

(6)

武道所設置が半数に満たない(平成23年次)た め「武道場整備を進めるための予算を10億円増 やした45億円となったことによる」8)としてい る。スポーツ・青少年局長の布村幸彦氏は「武 道場の整備には5年を目標にしているが、学校 施設の整備では耐震化などが優先されているた め、充分ではないのが現状。補助率も引き上げ たので市町村にPRしていく。武道場が無くて も、24年度からの実施には支障はない」9)と述 べているが、生徒の安全性や武道の特性を活か す授業を行うためには、武道場の設置は必要不 可欠である。

4.2 指導者対応

指導者の養成、確保については積極的な取り 組みがなされている。主な内容は①中学校武道 必修化に向けた地域連携指導実践校②文科省が 実施する武道講習会③都道府県教育委員会が実 施する武道講習会④地域スポーツ人材を活用し た運動部活動推進事業⑤特別非常勤講師制度で ある。②文科省が実施する武道講習会について は、保健体育担当教員や武道の部活動指導者を 対象とし、各地域のリーダーとなり得る教員を 養成するための講習会である。③都道府県教育 委員会が実施する武道講習会では、武道の指導 経験の浅い保健体育担当教員を対象とした基本 的技能習得のための講習会や武道段位取得のた めの講習会というように、教員のスキルに合わ せて受講できるシステムとなっている。

また、外部指導者の導入についても活用の動 きがみられる。現在、外部指導者を導入してい るのは46都道府県、政令指定都市である。普及 率が一番高いのは徳島県の29.1%、次に和歌山 県の20.1%となっている。普及率だけでみれば まだまだ低いが、専門的な知識を有する外部指 導者と連携を図り授業を進めていくことは、技 術指導面からだけでなく安全性の確保という面 からもプラスの要素が大きい。講習会の中には 外部指導者に特化した取り組みもなされていて、

今後の普及に期待が持てる。

4.3 用具対応

武道用具の整備については、柔道着、柔道畳、

剣道防具、竹刀などの武道用具等の購入に要す る経費を地方交付税による処置を拡充としてい るが、特に剣道防具については、初期費用の確 保が必要となっていく。また、衛生管理のため のメンテナンスも必要不可欠であり長期的な支 援体制が問われてくる課題である。用具につい ては、どの程度学校の要望に応えられているか は明らかになっていないが、十分な対応がなさ れているとは言い難い。全国的に見ても剣道の 実施率は31.06%、柔道は64.11%となっている。

埼玉県、さいたま市では公立中学校421校中、

柔道227校、剣道のみが82校、相撲のみが16校 と発表している。中体連剣道専門部強化副部長 を務める上野慶一郎氏は「授業で剣道を選ぶ学 校が少ないのは、手入れが大変で、防具がそろっ ていなかったから」と述べている。さいたま市 教委は「防具がないから剣道の授業ができない、

という事態は避けたい」10)と防具の配備を進め るとしているが、一から防具を購入し、その後 の衛生管理やメンテナンスなど学校への負担は 大きい。また、横浜市の武道必修化選択状況は、

149校中、柔道のみ141校、柔道・剣道の両方6 校、剣道のみ1校、相撲0校、未定1校である。

筆者が平成21年9月に横浜市の保健体育科教員 を対象に行った問題把握のアンケート調査でも 9割の学校が柔道を選択、剣道については、1学 年で1校、2学年で2校のみの実施であることが 明らかとなっている。このことからみても分か るように、現行の種目を継続する方向は否めな い。選択制度を行っている学校は6校にとどま り、生徒自身が、自分に合った武道を選択でき る制度は確立されていない。剣道については防 具がそろうことで授業を展開していける可能性 が高く、学校や生徒の要望にどれだけ対応して いけるかが、今後の授業展開の充実につながる と言っても過言ではない。

4.1-4.3では円滑な授業展開を実施するための

①施設対応②指導者対応③用具対応の3つを中

(7)

心とした「中学校武道の必修化に向けた条件整 備」についてまとめたが、特に武道場の設置、

用具対応は、現在まで十分な整備ができている とは言い難い。その原因は各県や市の経済的な 負担が大きいことがあげられる。3年間で新し く武道場を設置した学校は全国で337校にとど まり、今後設置率が上がるという可能性は薄い と予測される。一方で指導者養成や外部指導者 の活用といった面では教師のスキルに合った講 習会が開催されており、充実した取り組みになっ ている。勿論、すべての中学校教員が講習会に 参加できる制度になるまで時間を要するが、講 習会に参加し、指導力の向上が図れれば、近隣 の学校での学習会や意見交換を設けることも可 能となってくる。また、外部指導者の活用がよ り普及すれば、技術面のサポートだけでなく、

保健体育科教員と外部指導者のティームティー チング注1)という複数で指導ができる利点も生 まれる。しかし、指導経験や知識の少ない教員 が授業を展開しているのが現状であり、これも また今後の課題である。

では、このような課題点を踏まえて、文科省 や各武道連盟はどの程度の準備や支援ができて いると考えているのであろうか。必修化成功の ためにはさらなる整備や支援が必要とされるが、

コストを考えるとできることとできないことが あるのは否めない。このように補助金制度があ る現状でも各教育委員会や学校単位では解決で きない経済的な問題には限界があると考えられ る。今年度より完全実施となった武道必修化だ か、整備を進めながらも、解決が困難な課題に どう取り組んでいくのか考える時期にきている のではないだろうか。

4.4 生産から消費・活用へ

上記でも述べたが、文科省や各武道連盟は必 修化に伴いさまざまな整備、取り組みを行って いる。しかし、解決されていない、また、解決 されるのは困難だと考えられる新たな側面も見 えてきた。今後、問題を解決する糸口を見るけ るためには新たな物を作る「生産」から、現在

ある資源を利用する「消費、活用」ということ に着目すべきではないだろうか。また、その資 源を武道の授業計画とリンクさせることで効率 の良い授業が展開され、経済的な負担も軽減す るはずだ。その取り組みの一つとして考えられ るのが、『市区町村が運営している体育館での 武道授業の実施』である。現在は自校にて武道 の授業が行われるのが一般的だ。しかし、市区 町村が運営している体育館に生徒が集まり授業 を実施するシステムが構築されれば、武道場の 新たな設置、また柔道畳や剣道用具を共有する ことで各学校単位での購入が必要なくなる。外 部指導者については複数でのサポート体制が可 能となるため安全面の確保も期待できる。現在 ある資源を活用することにより、解決される問 題点があるのではないかと筆者は考え、海老名 市が取り組んでいる水泳授業実施計画に着目し 今後の授業展開の一考察としたい。

5.海老名市水泳授業計画・実施展開に学ぶ

海老名市教育委員会委員長、沖原次久氏、海 老名市市民協働部長、伊藤龍紀氏に海老名市水 泳授業計画・実施展開の概要について聞き取り 調査を行った。実施日は2011年10月25日である。

5.1 海老名市水泳授業の概要

海老名市教育委員会注2)は、2005年(平成18年 度)に市内小中学校を対象とし、市が運営する プールでの水泳授業を提案した。1年間の準備 期間を経て、2006年(平成19年度)より一部の 学校を試行的に実施、2005年から2011(23年度)

までの準備・試行期間中は、システムの構築、

市民の方への理解が得られる活動を行い、2012

(平成24年度)に全小中学校(小学校13校・中 学校6校)で完全実施となった。

【聞き取り調査質問事項】

(1)現在の水泳授業形態が実施された背景に ついて

(2)授業(計画)の管轄について

(8)

(3)授業計画・内容・評価について

(4)予算について(人件費、移動バス代等含 む)

(5)人材確保について

(6)水泳指導者と、学校教員の役割分担につ いて

(7)水泳授業でのメリット、デメリットにつ いて

(8)現在までの怪我や事故について

以上8項目について聞き取り調査を行った。質 問内容については筆者が独自に作成したもので ある。

(1)現在の水泳授業形態が実施された背景に ついて

①生徒の安全性の確保②天候に左右されない 教育計画③プール年間維持管理費の投資につい て④水質管理や衛生管理、である。その中でも 一番は安全性の確保であり、複数での監視体制 により安全性が担保されるということだ。緊急 時の対応などはインストラクターが資格を持っ た方であるため、速やかな対応をしてもらえる という利点がある。

③プール年間維持管理費の投資については、

プールの排水溝の交換、屋外施設ゆえの痛みの 早さによる水槽の塗り替え、再度のマットの張 り替え、水道法の規則による年に1回地水槽の 点検、水質検査があげられる。プールの使用期 間は、6月から長くても9月までの4か月間であ ることから、プール年間維持管理費以外の水道 費などを含むと、既存の施設で行うことが出来 れば人件費や移動費がかかっても投入の仕方が 全然違うという。有効活用出来る施設に税金を 投入した方が良いという意見も加わった。

④水質管理や衛生管理については、水質汚染 としてあげられるのが、学校のプールはほとん ど平地ということもあり(一般の道路の脇、学 校によっては屋上)外部から汚物の投入、落ち 葉や鳥の糞などである。また、プール内だけで なく更衣室などの衛生管理も重要だ。プール期 間中は水質、衛生面のチェックなど教員がプー

ル管理を行っていたが、学校で水泳授業を行わ なければ、水質管理や衛生管理に費やす時間が 削減(ゼロ)になる。その分子供の指導に時間 を充てることができることが期待できるという。

現在の水泳授業形態は以上のようなことから、

実施に至った。

(2)授業(計画)の管轄について

授業は学習指導要領に沿って学校側が計画を 立てる。インストラクターはあくまでも補助と いう立場なので、授業については担任や保健体 育教員の単元計画に沿って行われる。

(3)授業計画・内容・評価について

上記でも述べたが、教育課程は学校ごとに授 業計画を立て、それに伴う評価を行う。どちら が、主導性を持つのか、責任を持っているのか、

補助インストラクターの方にも理解させる必要 がある。「よく打ち合わせをして、どこまでや るのか計画を立て、アシストして下さいという 話が十分できていないと難しい。責任を負って いるのはどちらなのかということを明確にして おかなければならない」とのことであった。

(4)予算について(人件費、移動バス代等含む)

移動については、相鉄バス等の公共機関のバ スを活用。バス代は1943万、4月~10月まで、

すべての小中学校の移動費である。人件費につ いては、インストラクターの人件費も含め、施 設の利用費は1380万、水道代も入っている。

(5)人材確保について

指定管理者が雇用注3)。配置人数については、

小中学校とも監視員は2名置くことになってお り、補助指導員を小学校は2名、中学校は4名と 定めている。また、資格について監視員は日石 の資格を持っている方であり補助指導員につい ても水泳検定の級が必要である。指導経験何年 以上など水泳連盟の雇用基準に準拠している。

(6)水泳指導者と、学校教員の役割分担につ いて

インストラクターは補助的な役割で、教員が 主導で行う。しかし、学校によっては格差があ る。また、中学校はインストラクターが主になっ ている学校も見受けられ、評価の難しさが中学

(9)

校にはあるという。

(7)水泳授業でのメリット、デメリットにつ いて

メリット:学校のプールであれば夏の時期しか できないが、温水プールを使用することで10月 末まで行うことができ、計画の幅がひろがる。

また、屋内ということで放射能の問題もクリア できる。

デメリット:バスでの移動時間によるロスであ る。対処法としては、現在の授業計画は4日間

×2時間であるが、それを短縮するために1回を 2時間から3時間に増やす。そうすれば4回のと ころを3回で済み、ロスが減ることになる。現 在も試行錯誤しながら行っているとのことであっ た。

(8)現在までの怪我や事故について

プールに伴う事故はなく、付随するものとし ては、生徒の送迎時に、学校の木にぶつかった という報告を2、3年前に受けているとのこと であった。

5.2 分析

聞き取り調査の中でも述べられているように、

水泳授業でもっとも注意を払わなければならな いことは生徒の安全性の確保である。文科省は 学校管理下の水泳中の学校別死亡事故の調査報 告12)(平成13年度から17年度)の中で、水泳中 の死亡事故は幼稚園、保育所0名、小学校9名

(32.1%)中学校6名(21.4%)高等学校11名

(35.3%)高等専門学校2名(7.1%)と発表して いる。原因は溺水及び溺死、突然死・窒息死と なっており、死亡事故に発展する可能性が極め て高い単元であると言える。柔道については、

日本スポーツ振興センターが2012年(平成24年)

に体育活動中の事故防止に関する調査研究協力 者会議の調査報告13)を発表し、中学校・高等学 校での保健体育活動における死亡・重度の障害 事故で柔道が6位となった。水泳と同様、柔道 も死亡や重度の障害事故を起こす可能性が高い 単元と言える。勿論、水泳や柔道以外でも死亡 事故が発生していないとは言えないが、どのよ

うな単元であっても生徒の安全性の確保は必須 であり、事故を未然に防ぐ取り組みを行うのは 学校の役目である。海老名市では担任や保健体 育科教員以外に複数での監視体制を整え安全性 を確保している。武道必修化でも柔道の安全性 に不安の声が持たれているように、専門的な知 識を持っていない教員に対しては、外部指導者 などを活用し、複数での授業展開が必要だ。

次に、年間維持費や水道代などの諸費用につ いてだが、聞き取り調査の中で『既存の施設で 行うことが出来れば人件費や移動費がかかって も投入の仕方が全然違う。有効活用出来る施設 に税金を投入した方が良い』という言葉が印象 的だった。どうしても授業は自校で行うものと いう概念が強く、学校以外の場所に移動して授 業を受けるということに発展しづらいのは当然 のことである。武道必修化でも、武道場の設置 や、各学校への用具の設置など、学校単位での 整備が主であるが、施設や用具の共有に着目す ることで、投資の方法や整備にかかる金額が大 きく変わると言える。

授業計画・内容・評価、役割分担については、

教育課程は学校ごとに授業計画を立て、それに 伴う評価を行うということであった。特に打ち 合わせに時間をかけ、どちらが、主導性を持つ のか、責任を持っているのか、役割分担を明確 にする必要がある、とのことだ。武道必修化で も、外部指導者を採用する場合は、担当教員が 計画を立て、その授業計画に沿って、専門的な 知識を外部指導者がアシストするなど、役割分 担を明確にしなければならない。

海老名市教育委員会の取り組みは、安全な授 業、水泳授業にかかる諸費用を削減する方法や 手段を綿密に計画し実施に至っている。このよ うなシステムを、武道必修化も参考にすべきで ある。勿論全学校が対象になるとは言えないが、

問題を多く抱えいている学校には、解決の糸口 となり、前進していける事例の一つと言える。

(10)

5.3 授業展開への可能性 5.3.1 資源の活用

海老名市教育委員会が行っている水泳授業の 特徴は「資源の活用」である。現在ある施設=

「物的資源」を利用することで年間維持費や諸 費用といった経済面での削減ができている。ま た、プール使用が無ければ教員が水質管理や衛 生管理に費やす時間もゼロである。そして「人 的資源」の活用にもつながる。プールにはイン ストラクターや監視員がいることから、複数で の監視体制が整い、生徒の安全性が確保できる。

また、人材の雇用も生まれる。物的資源、人的 資源から波及する経済的な効果(削減と雇用)

を効率よく活用しているといえる。

5.3.2 海老名市教育委員会から学ぶ授業展開へ の可能性

(1)市区町村単位での調査

県単位の大きな括りではく、市区町村で学校 の現状把握が必要である。また、利用できる施 設が確保できるのか調査を行う。

(2)授業実施計画

教育委員会が施設管理者や教員と打ち合わせ を行い、教育委員会主導で授業実施計画を立て る。移動時間を考えると1時間単位での授業で はなく、1回につき2時間から3時間の計画を立 てることが必要である。また、海老名市教育委 員会では、男女別修の中学校(学年)に対して、

水泳以外に体育館での種目や保健の授業ができ る施設の確保も行っている。この取り組みによ り、クラス単位での移動が可能となる。一つの 例として、中学校別修の場合、前半:男子、武 道 女子、水泳2時間、後半:男子、水泳 女 子、武道2時間というプログラムも可能になる。

水泳と武道をシーズンに特化した集中授業とし て取り組むこともできると考える。

(3)人材確保

外部指導者を活用する場合は県や市の各武道 連盟との協力が必須である。また、資格や指導 年数なども検討しなければならない。剣道では 全日本剣道連盟社会体育指導員注4)の制度が充 実しており、そのような資格を有する人材の活

用も有効である。

(4)予算確保

武道必修化の授業にかかる費用は学校単位で なく、教育委員会がまとめる。移動のバス代や 人件費、また初期費用としての畳代、剣道具代 など、教育委員会が管理する。剣道具の購入に ついては、文科省からの補助金もあるため、教 育委員会が全学校に購入することを考えるとコ ストは大幅に減少する。

6.おわりに

本論文では武道必修化の問題点と現状を整理 し、海老名市教育委員会が実施している水泳授 業に着目し武道必修化の問題解決の糸口を探っ てきた。海老名市教育委員会の取り組みは「資 源の活用」であり、武道必修化にとって大きな ヒントになる事例のひとつだと言える。これま で文科省や教育委員会は武道場の設置や用具の 購入を整備としたため、莫大な予算が必要となっ た。また、教育委員会によっては予算がかかり すぎるため、武道場は設置しない、用具は購入 できないなど出来る範囲での授業展開となって しまった。しかし、本来の教育は、その単元が もつ特性を活かし目的を達成するためであり、

準備が整わないため出来る範囲で行うというこ とはあってはならないことだ。全てが充実した 施設や用具で授業が展開できることは難題では あるが、可能性を模索し続けることが大切だ。

武道必修化も海老名市教育委員会の水泳授業も 共通点は生徒が安全で意味のある授業内容であ るかということである。そのためには一方向か らではなく様々な角度からの視野が必要である。

謝辞

聞き取り調査に快く応じて下さった海老名市 教育委員会委員長、沖原次久氏、海老名市市民 協働部長、伊藤龍紀氏に心から深謝を申し上げ ます。

(11)

注1)複数の教師が協力して行う授業方式の一つ 注2)神奈川県海老名市にある教育委員会。また、

海老名市には3つの温水プールがある。

注3)運動公園のプールの中で雇用されている人 を指す。年間監視業務で、監視業務は海老 名市の水泳連盟からの雇用

注4)文科省がスタートさせた社会体育指導員制 度の中に、全日本剣道連盟は、平成5年剣 道専門コースを設ける方針を固め、資格の 在り方、講習の内容などについて検討し、

文科省より平成6年10月に認可を得て「全 日本剣道連盟社会体育指導員」が始まった。

この制度は初級、中級、上級の3段階に分 かれており、平成21年度調べでは初級5566 名、中級1977名、上級1213名の認定者がい る

参考文献

(1)中村民雄(1994)剣道事典―技術と文化の 歴史―島村書房 211頁

(2)中村民雄(2007)今 なぜ武道か 日本武 道館 45頁

(3)大道等(2003)近代剣道の系譜 杏林書院 12頁

(4)中村民雄(2007)今 なぜ武道か 日本武 道館 45~46頁

(5)中村民雄(2007)今 なぜ武道か 日本武 道館 46~47頁

(6)日本武道館(http://www.nipponbudok an.or.jp/gakkobudo/teachers_manual.

html)2012.8.12アクセス

(7)日本武道館(2012、4月号、)月刊武道 財団法人日本武道館 190頁

(8)日本武道館(2011、4月号)月刊武道 財団法人日本武道館 194頁

(9)日本武道館(2011、4月号)月刊武道 財団法人日本武道館 196頁

(10)朝日新聞デジタル(http://www.asahi.com /edu/news/TKY201203260252.html)

2012.9.28アクセス

(11)タウンニュース戸塚区 2012.4.26号

(12)文科省 学校管理下の水泳中の学校別死亡 事故の調査報告(http://www.pref.kochi.

lg.jp/uploaded/attachment/75805.pdf)

2012.10.3アクセス

(13)日本スポーツ振興センター 平成24年に体 育活動中の事故防止に関する調査研究協力 者会議の調査報告(http://www.pref.koc hi.lg.jp/uploaded/attachment/75805.pd f) 2012.10.3アクセス

参照

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