し らやま
岩 手
・志 羅 山 遺 跡 ω
1 所在 地 岩手 県西 磐 井郡 平泉 町平 泉 字志 羅山 2 調査 期 間 第 八〇 次 調査 一九 九九 年 11︵平
︶四 月
︱八 月 3 発掘 機 関 側岩 手 県文 化振 興事 業団 埋蔵 文 化財 セ ンタ ー 4 調 査担 当者 酒 井宗 孝
・安 藤由 起 夫 5 遺 跡 の種 類 都 市 跡 6 遺 跡 の年 代 一一 一世 紀 7 遺 跡 及び 木簡 出 土遺 構 の概 要 調本 査 は︑
﹁毛 寺越 街路
﹂ 建設 伴に う も ので あ る︒ 調査 対 象区 は︑
げ ん び
1999年出上の木簡
県道﹁毛越寺・厳美線﹂の東端北側で︑今次は七六六だを調査した︒
周 辺部 は これ ま でに 七︑ 九 次 にわ るた 掘発 調査 が行 なわ れ︑ こ の結 果東 側 に隣 接 す る泉 屋遺 跡 と共 に︑ 一 二世 紀 奥州 藤 原時 代 の中 心 あで る 都﹁ 市 泉平
﹂ を考 察 す る上 で貴 重 な資 料 を多 数 提供 し て いる
︒ 本 調査 で検 出 され た主 な
Φ 近・ 現 代 の機 乱 囲 整 地 層
% 遺物 包含 層
● ltl蝸出土 地 点
▲ 木 簡 出土 地 点 (一
関)
遺構配置図
遺 構 は︑ 一世 紀 の道 路︑ 井戸 土︑ 坑 柱︑ 穴群 鋳︑ 造 係関 の遺 物 を 中 心と す る包 含 層 など があ る︒ 今 回報 告 す る三 点 の木 簡 は︑ 調査 区 側西 を南 北 に走 る道 路 東 側溝 の北 端部 か ら出 土 した も ので あ る︒ 道路 は︑ 一 九九 四年 度 の第 六六 次調 査 で検 出 さ れた 遺構 で︑ 確認 さ たれ 部分 の総 延 長 は約 三 OO m と な る︒ 南 端部 か ら約 二〇
〇 mは 真 北方 向 向に か い︑ そ れよ り北 で は 一一
︱ 一人 度 東 傾に く 今︒ 次 調査 区 の北 側 は未 確 認 あで るが
︑ こ まの ま延 長 す ると 無 量光 院 の東 縁 に接 す る角 度 あで る︒ 側構 は︑ 幅
○
︒五 五︱ 二 m深 さ三
︱九 五 帥を 測 り︑ 少 な くと も 一回 の掘 り返 し
︵改修
︶が 行 な わ れ た こと 確が 認 され た︒ 木 簡 以外 には 形 代 や木 器 部材 など の木 製品
︑ かわ らけ
︑ 渥美
・常 滑 産 の陶 器 出が 上し て るい
︒ なお
︑ 土坑 から 墨は 書 を有 す る木 盾 が出 土 し て るい が︑ 文字 かど う もか 不 明︒ また 井︑ 戸跡 から は平 名仮
︷酎 兄 墨が 書 され たか わ らけ の破 片 出が 土 し て いる
︒ 8 木街 の釈 文
・内 容
⑪
﹁ト ヤ カ サ キ ノ ニ ヨ ウ ホ ウ キ ヤ ウ ノ イ ン フ ハ ケ チ エ ン ニ モ タ セ タ マ フ ヘシ イ ツカ ノ o
ヒ ヨ ヽ リ ウ ン ハ を 一 を 芝 ラ レ タ
マ フ 烈 ν 置 涎 F
② ﹁一 一一三四﹂﹈ω釦﹀︿枷﹃彰︿ヽ・頓 Oω﹈
争 千 立 r 戸 炉 腱 レ ヒ ソ
︿ i み
∴
︐ ︐ テ
― (1)
(1)(赤外線画像
部分)
1999年出土の木簡
ω は︑ 上 下両 端 に 一︱ 二 mm幅
削の ぎ 取り 面︑ 下端 から 二
・四 mmに 径約 二 mmの
穿孔 二個 を 持 つ︒ 墨書 は表 面 に のみ 認 めら れ 片︑ 仮名 五 五文 字 が記 され て いる 三︒ 行 日 一三 文 字 目 の
﹁二
﹂ は
﹁マ
﹂ の可 能 性 もあ る︒ 解 釈 及 内び 容 は検 討中 あで るが
︑
﹁ト ヤカ サ キ﹂ は地 名 で︑ 毛 越 寺 別院 の金 剛 鳥院 屋 崎ヶ 坊 の可 能 性 が高 い︒ コ 一ョ ウ ホ ウ キ ヤウ ノイ シ﹂ が
﹁如 法 経 の石
﹂ と すれ ば 兵︑ 庫 県尼 崎市 大 物遺 跡 など か ら出 土 し て いる
﹁礫 石経
﹂ の可 能 性 があ り
︑
﹁結 縁 に礫 石経 を持 てっ き てほ し い﹂ と の依 頼文 と考 え ら れ
︵ る沖
﹂ れ以 下 の文 は詳 細 は不 明 であ るが
︑
﹁五 日 の日 より 十 八 日 写に にし 給 う な り﹂ と読 む こと も きで る︒
② は︑ 左 側 の上 下隅 角の が取 ら れ︑ 折 敷 の底 板 と考 え ら れ る︒ 墨 書 は表 面 のみ 認に め ら れ︑ 三及 び 四 が異 体 と な るが ︑ 一応
﹁一 一一 一四
﹂ と読 め る︒ 文 字 の解 読 及び 解 釈 にあ た てっ は︑ 入間 田宣 夫 氏 川︑ 島 茂裕 氏
︑ 藤 原良 章 氏 にご 教 示 いた だ いた ︒
︵酒井 宗孝
︿花巻 市教 育委 員会 し