ø 安静臥床が及ぼす全身への影響と 離床や運動負荷の効果について
The Negative Effect of Bed Rest and Immobility, the Positive Effect of Anti-gravity Posture and Exercise for Human Health
佐藤知香
*ø梅本安則
*ù田島文博
*ùChika Sato ・Yasunori Umemoto ・Fumihiro Tajima
Key words:安静臥床/起立性低血圧/循環血液量減少/運動療法/急性期リハビリテーション治療
要旨 安静臥床の弊害は 70 年以上前から認識されており,その影響は筋骨格系,循環器系,呼吸 器系など全身に及ぶことがわかっている.また,超急性期治療領域においてもその弊害が注 目されている.本稿では安静臥床の弊害について,筋量や筋力低下,関節拘縮,循環血液量 減少や心機能低下による起立性低血圧,最大酸素摂取量の低下,肺活量低下などをそれぞれ の報告を挙げ説明する.後半は,離床や運動負荷による治療効果を紹介する.なぜリハビリ テーション治療を提供すべきなのか,考える一助となれば幸いである.
*1 女川町地域医療センター診療部
*2 和歌山県立医科大学リハビリテーション医学講座
【連絡先】〒986-2243 宮城県牡鹿郡女川町鷲神浜 字堀切山 51-6 女川町地域医療センター診療部 佐藤知香E-mail:[email protected]
DOI:10.2490/jjrmc.56.842
安静臥床が及ぼす 全身への影響
þ÷ 年以上も前からベッド上安静臥床の弊害は認 識されているø).ベッド上臥床は宇宙空間への滞 在と類似した生理的影響を与える.øĀý÷ 年代以降 の宇宙時代の幕開けとともに,宇宙空間で過ごし たときのヒトの生理機能に及ぼす影響のシミュ レーションとして,地上での安静臥床による基礎研 究が行われるようになった.øĀýý 年に The Dallas Bed Rest and Training Study が行われ,ù÷ 日間 の安静臥床が健常若年者の最大酸素摂取量を ùÿ%低下させることが報告されたù).安静臥床の
状態で心臓への負担が少ない環境に適応した結 果,全身の血液量は減少しú),心筋は萎縮してしま うû).
上記に加え,安静や臥床といった身体の不活動 状態は筋骨格系,循環器系,呼吸器系,消化器系,
泌尿器系,精神神経系など全身に悪影響を及ぼす.
以下に,安静臥床が各臓器機能に及ぼす影響を概 説する.
ø.筋骨格系
ø)筋量減少,筋力低下
平均 ýþ 歳の健常者の ø÷ 日間安静で筋蛋白合成 率が ÷.÷þþ から ÷.÷üø へと低下し,約 ý.ú%の筋肉 量減少が生じü),疾病保有者では øþ.þ%の筋肉量 減少がみられたことが報告されているý).日本人 では,平均 þý 歳の骨粗鬆症性脊椎圧迫骨折患者 の ú 週間の床上安静で,全身の筋肉量が ü%有意 に減少したと報告されているþ).Müllerÿ)のギプス 固定による研究によると,ø 日の安静で ø~û%の 筋力低下が起こり,ú~ü 週間で約 ü÷%に低下する 特集 集中治療室から開始する急性期リハビリテーション
といわれている.
ù)骨密度減少
上記の骨粗鬆症性脊椎圧迫骨折患者の報告の中 で,ú 週間の安静臥床により骨盤の骨密度が þ.ú%
の有意な減少を認めたとしている.さらに,ù÷ 週 ほどの安静臥床では ú÷~ü÷%の骨密度減少をきた すという報告もあるĀ).
不動による骨密度減少は,骨吸収亢進により生 じるとされる.低栄養状態やステロイド治療など,
骨量減少の誘発要因がある患者は骨密度の減少が 進行しやすい.
ú)関節拘縮
ラットの膝関節固定実験で,約 ù 週間で関節包 の厚さが減少し,疎性結合織が密性結合織に変化 し,滑膜表層と脂肪織の萎縮や線維増生が起こる と報告されているø÷).また,ラットの足関節ギプス 固定実験では,皮膚や腓腹筋・ヒラメ筋といった付 着筋が関節可動域へ関与することがわかってい るøø).
ù.循環器系
ø)循環血液量の低下
(血圧調節システムの機能低下を含む)
起立時の血圧を維持するシステムは図 øøù)のと
おりである.まず,立位時に血液が重力によって 下肢へ移動することで静脈還流量が減少する.そ の結果心拍出量が減少すると,調節システムが機 能しない限り,血圧が低下する.血圧の低下は,
頚動脈洞と大動脈弓の圧受容体により感知され,
圧受容体からのシグナルが脳幹の循環調節中枢に 作用し,交感神経活動が亢進することで,心拍数 と末梢動脈抵抗が上昇し,心拍出量を維持するこ とで血圧は維持される.また,抗利尿ホルモンが 分泌され循環血液量が増加し,血圧維持に働く.
反対に立位から臥位になると,下肢から約 þ÷÷
mL の血液が胸腔内に移動し,一時的に心拍出量 が増加する.血圧を一定に保つよう圧受容体が作 用し末梢血管抵抗を低下させる.この状態を人体 は心肺容量受容器を介して体液量の過剰状態と判 断し,抗利尿ホルモンの分泌低下やレニン活性の 低下,腎交感神経活動の低下および心房ナトリウ ム利尿ホルモンの分泌増加により排尿量の増加な どを介して体液量の減少,循環血液量の減少をき たす.Greenleaf の総説øú)では,臥床 ùû 時間後に は血漿量の ü~ø÷%の減少がみられ,ù÷ 日後には øü%もの減少がみられることを示している.
また,心臓自体の変化も重要である.Perhonen らû)は,ý 週間のベッド上臥床が,健常男性の左心 図 ø head-up tilt で起こる神経系・内分泌系の反応(文献 øù より改変)
中心静脈圧↓
交感神経活動↑
ノルエピネフリン濃度↑
血管収縮↑
中心静脈圧↓
動脈圧↓
交感神経活動↑
ノルエピネフリン↑
心拍数↑
血管収縮↑
レニン・アンジオテンシン・
アルドステロンⅡ↑
(prolonged)
20 〜 30 分の持続的な起立
中心静脈圧↓
動脈圧↓
平均動脈圧↓
交感神経活動↑
ノルエピネフリン濃度↑
心拍数↑
血管収縮↑
レニン・アンジオテンシン・
アルドステロンⅡ↑
バソプレシン↑
室容量・平均心室壁厚を有意に減少させ,左心室 拡張末期容量においては ù 週間の臥床で有意に減 少することを報告した.
つまり,臥床により循環血液量,体液量が減少す ることや,心臓への負荷が低下することによる心臓 の廃用性変化が起立性低血圧の重要な要因となっ ていることが推察される.
ù)最大酸素摂取量低下
最大酸素摂取量は,持久力の指標であり,心拍 出量,末梢での動静脈酸素分圧較差などで規定さ れる.最大酸素摂取量は,臥床安静で ø 日あたり 約 ÷.Ā%低下することが知られているøû).
ú)静脈血栓
深部静脈血栓症,静脈血栓塞栓症のリスクが安 静臥床により高まり,これらは肺血栓塞栓症を引き 起こす原因となり得る.静脈還流の要素となる筋 ポンプが臥床していると機能しにくいこと,臥床で 血液量が減少するため血液粘稠性が亢進すること などが,安静臥床による静脈血栓形成リスクの上 昇の原因とも考えられるøü).
ú.呼吸器系
臥床により腹部臓器に押し上げられ横隔膜は û cm ほど挙上し,機能的残気量(functional re- sidual capacity:FRC)を øü~ù÷%減少させる.
FRC は安静時の呼気終末に肺の中に残っている肺 気量で,ガス交換に大きく関与する.FRC の減少 は,肺内シャントの増加や換気血流比の不均衡を もたらし,酸素運搬能の低下をもたらすøý).
健常成人において,肺活量,最大吸気口腔内圧,
最大呼気口腔内圧,最大咳嗽流速の項目は,端座 位> ûü°ギャッジアップ座位>仰臥位の順に高値 でありøþ),努力性肺活量,一秒量も座位で仰臥位 より有意に高いøÿ).座位では腹部臓器が下がり肺 底部が解放され,胸郭拡張性と横隔膜の運動自由 度が高まり,臥床よりも換気に有利となるøĀ).
また,臥位では下側となった肺領域がうっ血,肺 胞圧迫,分泌物貯留しやすくなり,下側肺障害を 招きやすくなる.貯留した分泌物が排出されなけ れば,そこから細菌が増殖し,沈下性肺炎を起こす 原因となるù÷).
û.消化器系
不動は腸管内の食物通過時間を延長させ,便秘 の原因となる.特に,高齢者ではその傾向が強 いùø).健常人の安静臥床で,腸管の運動が低下し,
腹部の張りや痛みの訴えが増えたことが報告され ているùù).
ü.泌尿器系
不動による骨量減少と骨吸収の亢進により高カ ルシウム血症,高カルシウム尿症が生じ,尿路結石 が生じやすくなるù÷).
ý.精神神経系
健常若年男性の ù÷ 日間の安静臥床実験では,
安静臥床前と比較して,活力が減り混乱が増える という結果ùú)だった.また,術後せん妄の発症に ついて,手術当日の床上安静の苦痛が有意に関与 しているとの報告ùû)もあるように,安静臥床の精 神機能への悪影響もいわれている.
þ.超急性期治療における安静臥床
クリティカルケア領域で重症病態の発症後に進 展する,全身性の衰弱する神経・筋の合併症であ る ICU-acuired weakness(ICU-AW)という概念 が注目されている.ICU-AW は重症疾患に伴うそ の後の機能予後や quality of life(QOL)へ直接関 与するとされ,早期診断と予防・危険因子の除去 が重要である.Appleton らのシステマティックレ ビューによると ICU-AW の発生率は Ā~ÿý%と報 告によりばらつきがあり(中央値 ûþ%)ùü),特に高
率となるのが敗血症患者で ý÷~ø÷÷%の発生率と 報告されているùý).ICU-AW の出現は,人工呼吸 器の離脱困難,ICU・病院滞在日数の延長や機能 障害を残し日常生活に支障をきたす.ICU-AW の 危険因子として重要とされる ü つのうちの ø つが 不動化であるùþ).
離床や運動負荷の効果
安静臥床による弊害を防ぐためには,安静にし ない(運動する)ことと,臥床しない(起立する)
こと,つまりは地球上でヒトが生きていくうえであ たり前の環境をつくることが必要であるùÿ).
ø.筋骨格系
最大筋力の ù÷~ú÷%の筋収縮を続ければ筋力は 維持され,ú÷%以上の筋収縮を行えば筋力は増加 するÿ)とされるため,早期から筋力訓練を開始し継 続することは重要である.筋力低下後も,最大収 縮を ø 日 ø 回行うことで,最大筋力の þü%までは 週 øù%程度の増加率で筋力は増していくÿ).また,
低栄養状態の患者の血清アルブミン値が改善する と,運動療法による Barthel Index(BI)の改善が 顕著であるùĀ)という報告もある.蛋白合成低下が 筋量低下の原因となっており,その改善のためには 運動時の十分な蛋白質や必須アミノ酸の投与の併 用が有用と考えられる.
関節拘縮の予防のためには関節可動域訓練であ る.四肢麻痺の足関節可動域訓練を,片足は ø÷
分を ø 日 ù 回,週 ü 回で行い,対側は可動域訓練 をしなかった場合,ý カ月後に足関節背屈の可動 域が訓練肢で ù°増加し,非訓練肢で ù°減少した と報告されているú÷).
ù.循環器系
運動療法によって最高酸素摂取量は øü~ùü%増 加する.冠動脈疾患およびこれに基づく慢性心不
全においては,運動療法単独で心不全増悪による 入院を減らし,総死亡,心臓死を減らして生命予 後を改善するúø).
ú.呼吸器系
肺癌患者における報告では,開胸術後呼吸器合 併症の発症率は呼吸理学療法による介入群 ú.÷%,
非介入群 û.ù%で有意差を認めたúù).また,ùûù 名 の肺全摘患者の多変量解析では,術後呼吸器合併 症の危険因子の ø つとして術前からの呼吸リハビ リテーション治療の非実施が挙げられたúú).
しかし,従来から呼吸理学療法として実施され てきた排痰法や呼吸練習単独では呼吸器合併症の 予防や改善効果に対する十分なエビデンスは認め られないとの報告もあるúû).ただ,早期に離床し ないことは腹部術後の呼吸器合併症を ú 倍に増加 させ,入院期間を有意に延長させるという報告が あるúü)ことから,呼吸理学療法を含めた早期から の運動療法は周術期の呼吸器合併症に対して有用 と考えられる.
û.超急性期治療での離床や 運動負荷の効果
Schweickert らúý)は鎮静および人工呼吸器管理 下の ICU 患者 ø÷û 名を早期離床やベッドサイドか らの積極的運動療法群(鎮静中断,四肢自動他動 運動,ADL トレーニング)とコントロール群(標準 的ケア)とに割り付け,退院時の ADL や独歩可能 な患者の割合を主要アウトカムとする randomized controlled trial(RCT)を行った.積極的運動療法 群では,ICU 退室時の ADL に差は認められなかっ たものの,退院時の機能的評価が有意に改善し(BI þü 点 vs üü 点),機能的に自立している患者の割合 が有意に増加した(üĀ% vs úü%).また,一定レ ベルの運動能力の回復に要した時間の短縮,非人 工呼吸日数の延長,せん妄期間の短縮も認めた.
治療上離床不可能な場合や運動が制限される場 合も,ベッドサイドで早期からサイクルエルゴメー ター運動を行うことで,退院時の運動能力の回復 や大腿四頭筋筋力を高めたと報告されているúþ).
おわりに
安静臥床の弊害を説明し,離床や運動負荷の効 果を紹介した.安静臥床が及ぼす悪影響は明らか なものであり,離床や運動負荷は不動による悪影 響を防ぐのみならず,最終的に到達する身体機能 を高め,到達期間を短縮させる.離床や運動負荷 が重要な一治療として認識され,あらゆる患者に 正しく提供されるよう,リハビリテーション医療に 携わるすべてのスタッフが努力しなければならな い.
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