Kyushu University Institutional Repository
『フィラスター』(1) : フランシス・ボーモン ト、ジョン・フレッチャー
太田, 一昭
九州大学言語文化研究院 : 学術研究者
國﨑, 倫
九州国際大学 : 准教授
棚町, 温
福岡大学 : 講師
https://doi.org/10.15017/4736687
出版情報:言語文化論究. 47, pp.83-106, 2021-10-31. 九州大学大学院言語文化研究院 バージョン:
権利関係:
場所 シシリー
人物 国王 カラブリアとシシリーの王 フィラスター シシリーの正統な王位継承者 ファラモンド スペインの王子
ディオン 貴族(ユーフレイジアの父親)
クレアモント
貴族、ディオンの仲間 スラサライン
アレスーザ 国王の娘
ガラティア アレスーザの侍女 メグラ 侍女
アレスーザに仕えるもう一人の侍女
ベラーリオ フィラスターの小姓(ディオンの娘ユーフレイジア、男装してベラーリ オと名のり、フィラスターに仕える)
隊長、5人の市民、田舎男、2人の猟犬係、王の護衛・従者たち
1幕1場
ディオン、クレアモント、スラサライン登場。
クレアモント 貴族もご婦人がたも来ておらぬ。
ディオン 嘘ではない、私も驚いている。ここに伺候するようにとの厳命が国王から下された。し かも広く告知されている、参上して話を聞きたい貴族がいれば、誰も禁じてはならぬと。
クレアモント 理由をご存じか?
ディオン もちろんスペインの殿下の件だろう。わが王国のお世継ぎと結婚し、われらの主君とな るために来訪されている。
スラサライン 多くの事情通の顔をしたがる輩が言うには、殿下をご覧になる姫君は恋する乙女の ようには見えないそうだ。
ディオン そう、民衆は、自分たちの意見以外はほとんど分かっておらぬ。やつらは願望を語るだ けだ。しかし殿下は、ご自身が申し入れをなさる前に、わが国から多くの確約を受けておられる。
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『 フ ィ ラ ス タ ー 』(1)
フランシス・ボーモント、ジョン・フレッチャー 太田 一昭・國﨑 倫*・棚町 温**(訳)
それで姫君は、ご命令に従おうと決意されたのだろう。
クレアモント 殿下は姫君とともにシシリーとカラブリアの両国を領有されるそうだ。
ディオン ああ、そうなるだろうと思われている、間違いない。しかし殿下が両国をつつがなく治 めるのは骨が折れるだろう。片方の国の正当なお世継ぎが健在で、しかもたいへん高潔な生き方 をなさっている。だから民衆はその立派なお心を称え、不当な仕打ちを嘆いている。
クレアモント 不当な仕打ち? フィラスター様のことか?
ディオン ああ、そうだ。お父上は、みな知ってのとおり、カラブリアの先王によって実り豊かな シシリーの王座を不当に奪われた。私自身その戦で血を流したのが、その血をこの手から洗い落 としたいと願っている。
クレアモント 私は国政には疎いのだが、フィラスター様は片方の王国のお世継ぎだ。にもかかわ らず、あのように自由に出歩くことを国王が許しているのはなぜなのだ?
ディオン 貴殿は相変わらずのご気性で、国事については詮索なさらないようだが、先王はフィラ スター様を投獄しようとして、シシリーと自国の両方を危うく失うところだった。その企みに対 して市民が武器をとって決起したのだ。騒ぎは、フィラスター様が嬉しげに衛兵もつけず馬で通 りに現れるまで、いかなる国命や布告をもってしても鎮めることはできなかった。ご無事だと分 かると、市民たちは帽子と武器を放り投げ、ある者はかがり火を焚き、ある者は祝杯をあげ、誰 もがフィラスター様の解放を喜んだ。物知りの話では、そのために国王は、さる外国の力を借り て自国民を威圧しようとしているそうだ。
[ガラティア、侍女、メグラ登場]1
スラサライン ほら、ご婦人がたのご入来だ。先頭は誰だろう?
ディオン 賢明な慎み深いご婦人で、姫君に仕えている。
クレアモント 二人目は?
ディオン 慎み深くじっとしていながら怪しからぬ踊りをやり、ご友人に言い寄られると思わせぶ りに笑い、夫をないがしろにできる女だ。
クレアモント 最後は?
ディオン ああ、あれはわが国が同盟国の君主の家臣の相手をさせるためにかかえている女だと思 う。同盟が破綻するよりも、あの女が全軍の兵士を誑しこんで懇ろになるのが早いだろう。女の 名は国中に知れ渡っており、その不貞の記念品は世界の果てまで届いている。あれはいろんな形 状の男の身体を試すのが大好きなのだが、実際に試し食いをやりすぎて、自分の体の値打ちを台 無しにしている。それも国益のためではあるが。
クレアモント 国のために稼いでくれる女というわけだな。
メグラ 静かにして、お願い。ご覧、あの殿がたはきっと、自分たちの陣地を離れて私たちの機嫌 をうかがうようなことはなさならいわ。
ガラティア もしそうだとしたらどうなるの?
侍女 どうなるのですって!
メグラ いいのよ、この人は放っておきましょう。もしそうだとしたらどうなるのですって? もち ろん、あの人たちは外国に一度も行ったことがないのよ。あんなふうにじっと立って何もしない 外国人がどこにいるかしら? じっとしているのは、旅行をしたことがない証拠よ。
ガラティア じゃあ、あの人たちが外国旅行をしたことがなければどうなるの?
侍女 旅行をしたことがなければどうなるのですって?
メグラ ねえ、この人には好きに言わせておきましょう。外国旅行をしたことがなかったらどうな るのですって? もちろん、あの人たちは賢い婦人との話も、きちんとお辞儀もできないでしょう し、「失礼いたします」と言えなくても当然でしょうね。
ガラティア まあ、おほほ!
メグラ 笑っていらっしゃるの?
ディオン みなさん、ご用は足りておりますかな、何かご用命は?
メグラ じゃあ、私たちのそばにお座りくださいませ。
ディオン では、そばに座らせていただきましょう。
メグラ 私の横がよいかもね。ここには、よその国の人を嫌いなご婦人がいらっしゃるのよ。あな たはずいぶんよその人のように見えますわ。
侍女 この人はそんなによそよそしくはなさそうですよ。すぐに親密になりたがっていらっしゃい ます。
スラサライン お静かに、国王がお見えです。
国王、ファラモンド、アレスーザ、従者たち登場。
国王 君主の盟約は結ばれたかと思うとたちまち 反故されてしまうのが通例なのだが、
そのような惰弱な約束より強固な愛の証しとするために、
私は立派なあなたをお招きし、
わが娘に対するあなたの美しい愛と
立派な勲功を家臣たちに知らしめたいと考えた。
みな崇敬の念をいだき、驚嘆するであろう。また私は あなたをわが王族と両王国の次期王位継承者として ゆるぎなく定めるつもりだ。
姫は ― あなたも明言されているように、
そして私もそう思うのだが ― あなたの人生の最良の伴侶となろう。
ただ、まだうら若い乙女であるがゆえに、
恐れと恥じらいしか知らぬ。その欲望は情欲を欠いていて、
自分が他者にとって何者であるかも知らず、
それゆえ、ほどよい健やかさを感じている。眠るときには、
昼間悪事をなしていないゆえ、悪夢を見ることもない。
この処女のみに備わっている資質を、
あなたに完璧な愛を抱いているかのように思わせるための、
あるいは自分の本性を隠そうとするための偽装、
いわば借り物の装飾品とお考えにならないでいただきたい。
いや、あえて宣言しよう、娘はまだ 男を知らぬ。しかしそれでも求愛して
いただきたい。慎ましい娘を、いかなる婦人の捧げる 言葉よりも ― その眼差しによって
従臣たちに広く愛と慰めを注ぐ女王の言葉よりも ― 麗しい恋人と思っていただきたい。
最後に、高潔な息子よ ― もうあなたをそう呼ばねばならぬのだが ― 私がこのように公に宣言したのは、
あなたと私だけでなく、みなを激励するためであり、
また両王国の貴族と紳士諸兄に 誓言によって、あなたの王位継承を
承認させるためなのだ。遅くとも今月のうちに そのようにするつもりだ。
スラサライン それはまず無理だろう。
クレアモント 悪辣なやり方をしないかぎり、そうはならないだろう。
ディオン せいぜい中途半端にしかできないだろう、あれほどすばらしいお方が不当に扱われ、本 来の権利を奪われているのだから。
スラサライン 私は心配している。
クレアモント 心配しない者がいるだろうか?
ディオン 自分のことはどうでもよいが、私もやはり心配だ。まあ、今に分かるだろう。もう言う まい。
ファラモンド あなたの白い手にキスをして、失礼ながら お父上の国王陛下にお礼を申し上げ、このように率直に 私自身を推奨させていただきます。お聞きください、
偉大な陛下とご家来の皆様、あなた方はいずれ私の家臣となられるわけだが ― というのも陛下は私を王国の継承者に定められたのでありますから、
また私も僭越ながらそれに値する人間だと申し上げますが ― 陛下が、いかに卓越し大きな期待を集めている男を
両王国の婿に迎えたいと願っておられようとも、
いかなる能力、資質、美徳の持ち主を婿にお望みであろうとも その願いは私において叶うのです。ああ、すべての神々に誓う以上に 偽りなく、私は確信しております、この国は幸福だと!
偉大で立派な歴代の王たちの輝かしい記憶において、
現国王陛下の記憶において幸福なのです。
そして、陛下ゆえに私自身を誰よりも幸福だと思うのです。
私はいわば、万物を破壊する時の流れから陛下の崇高な お名前を守る年代記となるのです。皆様、要は
私という君主の言葉を信じていただきたいのです。
強大で繁栄し、堅固に守りを固め、他国に畏れられ、
権威をもって命令が発せられ、そしてそれが遵守される 王国を作り上げる ― それができるのは私しかおりません。
私はそのために生涯をかけて尽力し、
私の命をこの国に捧げるつもりです。すべての神々に誓って、
私は国民に対して寛大な統治を行い、
すべての国民はおのれの君主となりおのれの法となるのです。
しかしもちろん、私がみなの君主であり法なのです。
そして最愛の姫君、あなたは名高い光栄ある男を お選びになることによって、さらに強大な治者に なられるのだが、そのあなたに申し上げよう、
あなたはこの上なく祝福された存在なのです。なぜなら、麗しい姫君、
あなたは私という、男の中の男があなたの僕になるのですから。
偉大な女王たちが命を捧げる男を、あなたは自分の僕にするのです。
スラサライン これは驚いた!
クレアモント この演説であの男がスペイン人だと分かる。何のことはない、自画自賛の大目録だ。
フィラスター登場。
ディオン あいつの値段はいくらだろう? きっと自分を売るつもりなんだろう、だから自分の姿形 をあんなに褒めたのだ。ほら吹き男よりも褒め言葉にふさわしい立派なお方が来られた。あのご 立派な男の体には、警吏になれるようなまともな筋肉は一本もないだろう。もし一本でも見つかっ たら、この命をくれてやる。この太陽にかけて、あいつが王になれるはずがない、雑魚の王であ れば別だが。それくらい私でも分かる。
フィラスター 国王陛下、従臣として恭しく跪き、
そして屈した膝と同じく忠実な心をもって、
お願い申し上げます。
国王 立ちなさい、願いを聞こう。
ディオン ほら、国王はひどく青ざめている! 恐れている。ああ、あの良心という嫌なやつが人を 苦しめるのだ。
国王 そなたの願いを申すがよい。
フィラスター 自由に話してもよいのでしょうか?
ずっとわが国王陛下であられますように。
国王 家臣としての自由だぞ、そなたに許しているのは。
ディオン さあ、熱くなってくるぞ。
フィラスター では殿下、あなたに申し上げよう、
異国から来られたあなたに。
目を丸くしたり動転したりしてはいけない。あなたは
私の話を我慢して聞かねばならない。あなたは今踏みしめているこの大地を、
思い起こせばわが敬愛するこの美しい姫君とともに2、いわば持参金としてお望みだが、
今は亡きわが父王は ― ああ、私には父がいたのだ ―
その父はこの国を、あなたに相続させるために残したのではない。
それに私は活発にして健勝であり、正気を保っており、剣を振るうこともできる、
私が名前を受け継ぎ記憶にとどめる祖先の霊に守られている。
この両腕は力漲り、神々のご加護に加えて多少の味方もいる。
黙って国を手放すことはなく、またじっと座して
「国王になれたかもしれないのに」と愚痴るつもりもない。
よく聞いておけ、ファラモンド、お前が国王になるときには、おれを殺して 腐らせてしまうがよい、おれの名前もおれの身体と同じく、焼き尽くして 灰にしておくのが身のためだぞ。というのも、いいか、ファラモンド、
お前が立っているこの大地、父を助勢する人々によって信義に篤い国となった この肥沃な大地は、屈辱の日の前に、餓えた墓穴のように大口を開けて、
お前と臣民たちをその秘めた内臓に飲み込んでしまうのだ。
いいか、必ずそうなる、正義の神々に誓ってきっとそうなる。
ファラモンド この男は狂っている、手の施しようがない、気ちがいだ。
ディオン 燃えたぎる血をもった気概のある若者だ、異国の王子が卑しい歯抜き屋のように見える。
フィラスター うぬぼれオウムの王子殿、おれが狂っていないことを しっかりとお見せしよう。
国王 そなたは不愉快だぞ、不遜にすぎる。
フィラスター いいえ陛下、私は従順すぎるくらいです、
キジバトのように穏やかで、生まれつき激情とは無縁でございます。
はかない影のようなもので、湿気を含んだ雲がやってくると たちまち消えてしまいます。
国王 これは気に入らぬ。医者を呼べ。
間違いなくこの男は少々気がふれている。
スラサライン それは違うだろう。
ディオン 国王は、いわば下剤をかけてフィラスター様の権利をすっかり奪ってしまった。そして 今度は瀉血を施し、殿下を殺すつもりだ。みんな、毅然としよう。天に誓って、私は殿下と運命 をともにするつもりだ、私の名がこの国から消えようとも。
クレアモント しっ、静かに、われらの心は一つだ。
ファラモンド 私の何が貴殿を怒らせたのか 私には分からない。王位継承権とともに 私に与えられたこのご婦人がそうなのだろう。
しかし私がその権利を手放すなどありえぬ、
そのために貴殿が憤り、狂乱に陥ろうとも。
貴殿の家柄を議論したり血筋を聞いたりする必要もない。
国王は私に王位を継がせるおつもりで、
私は臆せずそれをわがものとする。それが私の答えだ。
フィラスター お前が全世界を支配したアレクサンダー大王の ただ一人の後継者であっても、太陽の照らすところがすべて お前のものであっても、ファラモンド、
おれには腰抜けにしか見えぬお前が実は勇敢であっても、
そして仲間の精鋭に囲まれていても ― お前のような大阿呆の戯言を 言ったり大仰な賛辞を後押ししたりするのはあまりに恥ずかしく、
国王の御前から退きたいと思うような味方に守られていても ― いいか、そういう虚仮威しはおれにはきかぬ、
お前はおれを黙らせることはできない。
国王 貴殿は殿下を侮辱している。
貴殿に自由を与えたのは、私の大切な友人たちに喧嘩を売るためではない。
これでは私の不興を買うことになるぞ。さあ、自制するのだ。
フィラスター そういたしましょう陛下、私をもっと立派に扱っていただければ。
ガラティア ねえあなたたち、フィラスター様は、
こんな不幸にお会いにならなければ王位継承者の鑑となっておられたでしょうね。
殿下は今、私の知るかぎり、真の人間の名に誰よりふさわしい方です、絶対に。
メグラ 何をご自分の知識と考えていらっしゃるのかは知らないけれど、
私はもうひとりのお方が目にとまりました。
ああ、蝋人形のように完璧な若君だわ。
ガラティア あんなの犬よ。
国王 フィラスター、申せ、貴殿はその謎めいた物言いで、
どのような不当な仕打ちを受けていると言いたいのだ。
フィラスター 陛下が私の目をお持ちになり、私と同じ苦しみと悲嘆を味わい、
私と同じく破産し、赤貧に陥り、残るのは何のあてもない期待と恐怖だけになれば、
私の受けている不当な仕打ちがいかなるものかお分かりになり、
拙い謎かけは笑いとばされるでしょう。陛下はそれでも私の王様でいてくださり、
私の権利を回復してくださるでしょうか?
国王 そなたの受けている不当な仕打ちが何か、私だけに話してくれ。
フィラスター では、内密にお聞きくださり、強靭なアトラスでも支えきれぬ重荷を 私から取り除いてください。(二人は小声で話す)
クレアモント さすがに衝撃が大きくなりそうで、公然とは言えないのだろう。
ディオン 殿下を責めることはできない、表立って言うのは危ない。
今の時代、誰もが透明な心を持っているわけではない。必ずしも人の行動の意味を読み取ること はできない。人間の心と外見はひどくかけ離れていて、本音は分からないのだ。あの異国の男を よくご覧なさい。虚勢を張っているが、心の熱病におかされているのが分かる。借地人のように がたがた震えているのが感じ取れるだろう。あいつは豆鉄砲の銃声を聞いただけで、王冠を返す にきまっている。それくらいは、私にも読める。
国王 もうよい! 私に目をかけてほしければ、もっと分別をもって振舞え。
さもなければ私を怒らせることになるぞ。いいか、分からぬようだから教えてやる、
そなたは私に逆らうことはできぬ ― 今もこれから先も ― 私はそなたを 如何様にも扱うことができる。険しい顔をやわらげるがよい。
さもないと神々に誓って ―
フィラスター 私は死んでおります、陛下。私の運命は陛下に握られております。
不当な扱いを受けていると言ったのは私ではありません。
私が所有しているのは、私の弱い星、私の弱い運命が恵んでくれた わずかな施しだけです。ここにおられる諸兄は生身の人間で、
死を免れることはできない。そういう皆様が、私がこの殿下を 深く愛しておらず、その完璧な美徳に
敬意を払わないなどと言えましょうか!
国王 間違いない、この男は悪霊にとり憑かれている。
フィラスター そうです、私の父の霊に。ここにいます、ああ、陛下、
危険な亡霊です。亡霊はいま私に話しかけております、
私は王の世継ぎだったそうです。私に王になれと命じ、
ここにいる者たちはみんな私の家臣だと囁いております。
おかしい、亡霊は私を眠らせてはくれません。私の頭の中に飛び込み、
いろんな人の姿かたちを見せるのです。みんな跪いて私に仕え、私を国王と 呼んでおります。しかし私は亡霊を黙らせましょう。こいつは人を唆す亡霊で 私を滅ぼすつもりです。立派な殿下、お手を、
私はあなた様の僕でございます。
国王 下がれ! 気に入らぬ。
もっとおとなしくさせてやる。さもなくばお前の息の根をとめて、
その憑きものをはらい除いてやる。だが今度だけは、そのたわごとを 大目に見ておく、牢に放り込むところを免じてやる。
国王、ファラモンド、アレスーザ退場。
ディオン お礼申し上げますよ、陛下。あなたは民衆が怖くてそんなことはできないだろう。
ガラティア ねえ、お二人は、この勇敢な殿下についてどうお思いかしら?
メグラ ずいぶん弁の立つ方ね、すぐに熱くなる。でもあちらの異国の方をご覧になって。すばら しい完璧な紳士じゃございません? ああ、私はこんな異国の殿方が不思議なくらい好きなんです。
この国では滅多にできないことをして、最高に喜ばせてくださる。間違いなく、あの人のためな ら国中の人をいくらでも愛してあげられるわ。
ガラティア あなたの弱いおつむに神様が慰めを与えてくださいますように。弱いおつむだから 被りものがいるでしょうね。夜あなたにおおい被さってくれるナイトキャップが。
侍女たち退場。
ディオン ご覧なさい、フィラスター様は想像力をたいそう働かせておられる。
痛いところをずばりと突かれたのではないだろうか? ずいぶん危険な導火線に 火をおつけになった。国王を震え上がらせ、
その心を溶かし、血を水のように薄い乳に変えてしまわれた。
国王の額には、寒い冬の露のような冷汗が滲んでいた。
フィラスター 諸君、私への請願はないのでしょう?
私は王の寵臣ではない。
君たちは宮廷人になりたい人間のように見える。
子孫の安寧が約束されるのであれば代価を払うのを
少しも厭わぬかのようだ3。君たちはみんな正直だ。
さあ、領地に戻って自分の田舎を立派な宮廷にするがよい。偉い人間は 年をとって病気になれば帰郷し隠遁生活を送ればよいのだ。
クレアモント ご機嫌いかがでしょうか、殿下。
フィラスター 元気だ、とてもいい。
元気すぎて、国王のお気に召せば、
長生きできると思う。
ディオン 国王にはお気に召してもらわねばなりません、
あなた様が何者で誰であるかを、
そしてあなた様がどんな不当な仕打ちを受けておられるかを、
われわれが知っているかぎり。ひるんではいけません、殿下、
お父上のご加護もあります。あなた様のお名前で われわれは、あらゆる神々を目覚めさせ、復讐の鞭、
すなわち欺かれた民衆を奮い立たせます。
民衆は荒れ狂う奔流のように激しく膨れ上がり、
あの竜どもの巣穴を包囲するでしょう、
怪物たちはいかに強固に防御を固めようとも、
殿下の剣の切っ先に慈悲を乞うことになるのです。
フィラスター みんな、もうよい。
耳というやつは堕落して裏切るかもしれない。今は、自分の意思を 委ねることのできない時代なのだ。私を愛してくれるのか?
スラサライン われわれはみな、天と名誉を愛しているのではないでしょうか?
フィラスター ディオン、君には貞淑な娘がいたな。
まだ存命か?
ディオン 殿下、生きております。しかし苦行とかいう くだらぬ夢にとり憑かれて、長い巡礼の旅に出ております。
侍女登場。
フィラスター 私に用か、それともこちらの紳士か?
侍女 あなた様でございます、殿下。姫君があなた様に すぐにお越しいただきたいと仰せです。
フィラスター 姫が私をお呼びになっている? 人違いだろう。
侍女 あなた様がフィラスター様でいらっしゃいましたら、間違いではございません。
フィラスター すぐに伺おう。姫の美しい手にキスをして、そう伝えてくれ。
ディオン 何をなさろうとしているかお分かりですか?
フィラスター ああ、ひとりの女性に会いに行く。
クレアモント どういう危険が待ち受けているかをお考えですか?
フィラスター 美しい顔に危険が潜んでいると言うのか?
まさか私は女性を恐れたりしない。
スラサライン しかし、ほんとうに姫君のお遣いだと思っていらっしゃるのですか?
殿下のお命を狙う邪悪な罠かもしれません。
フィラスター 私はそうは思わない。姫は高潔なお方だ。
あの人はその目で私を射殺すことができる、
あの真の紅と白の調和した美しい顔に、私は魂を奪われてしまう。
危険はそれだけだ。しかし何が起ころうとも、
姫の名前だけが私を護る鎧となるのだ。[フィラスター退場]
ディオン 行かれるがよい、まことに恐れを知らないお人だ、
殿下に幸いありますように。
さあ、みんな、国王が裏切らないように、
味方に事情を知らせよう。(退場)
1幕2場
アレスーザと侍女登場。
アレスーザ あの人は来ないの?
侍女 どういう意味でございましょうか?
アレスーザ フィラスターは来るのかしら?
侍女 お嬢様、はじめの頃は私を信用してくださいました。
アレスーザ いらっしゃるとあなたは言ったかしら?
私は忘れっぽいの。それに私の結婚で重大な危機が起こるかもしれない、
そんな心配がかよわいこの身にはいっぱい詰まっていて、私の心は 荒海のよう。だから些細なことは忘れてしまう。
あの人が来ると言ったとき、どんな様子だった?
侍女 お元気でございました。
アレスーザ 怖がってはいなくて?
侍女 怖がってですって?あの方は、恐怖というものをご存じないのです。
アレスーザ あなたたちはみんな、あの人の一派というわけね。宮廷中が 褒めちぎっている。反対に私は蔑ろにされている。
愚かな人間は、海戦のときに金塊を海に投げ捨てて自分は溺れ死ぬと言います。
そんなご立派なことを、私はやってるってわけね。
でも、分かっているわ、あの人は怖いのよ。
侍女 怖いですって? いいえお嬢様、あの方は恐れているのではなく 愛を秘めておられるようでした。
アレスーザ 愛ですって? だれを愛しているの? あなたを?
あなたは、私の真心のことばをあの人に伝えてくれたのでしょうね?
あなたがあの人の心を捉えてしまったのかしら、
思わせぶりのしぐさと眼差しで。
侍女 殿下はお嬢様を愛していらっしゃいます。
アレスーザ 私をですって? あなたは何も分かっていないのね。
私たち二人は、決して結ばれない運命の星のもとに生まれているのです。
造物主は、自分がなさったことをあれこれと詮索されるのはお嫌なの。
どんなことでも目的があって、失敗はなさらない。
あの人と私はまるで正反対、こんなに相反するものを 造物主がこれまでにつくられたためしがない。
あなたが私の腕から抜き取られたお椀一杯の血を飲んで
その血の毒にあたったとしても、あの人の血をほんの一口飲みさえすれば、
治ってしまうでしょう。私を愛してるですって?
侍女 お嬢様、あの方がいらしたようです。
アレスーザ 中にお通ししてちょうだい。[侍女退場]
ああ神々よ、あなたがたは自らお定めになった運命に私たちが逆らうのを お許しにならない。あなたがたは今、聖なる叡智によって、弱き乙女の情熱を 正義を行う方便となさる。私は従います。
フィラスター[侍女とともに]登場。
侍女 フィラスター様でございます。
アレスーザ ええ、結構よ。
あなたは下がりなさい。[侍女退場]
フィラスター 姫君、私とお話をなさりたいとのこと、
そのようにあなた様の使者から聞きました。
アレスーザ ええ、そうです、フィラスター。あなたに話があるのです。
でも女の口から申し上げるにはあまりにも不躾で、口にしたいと願いながら、
しかし申し上げるのはためらわれます。
私が立派なあなたの権利を奪い取ったでしょうか?
私自身があなたに不当な仕打ちをしたでしょうか? それとも 卑しい手先を使って、高潔なあなたに恥をかかせたでしょうか?
フィラスター いいえ、一度もございません。
アレスーザ では、なぜあのように公の場で王女である私を中傷し、
大国として名高い両国に対する私の権利に泥を塗るようなことを したのですか? 両国はいわば私の持参金、その大部分に
異を立てるのはなぜなのでしょう?
フィラスター 姫君、私が申し上げることは馬鹿げておりましょうが、
真実です。美しい淑徳のあなたゆえに、
私は王国に対する私の権利を手放すことはできません、
何か欲しいとあなたが思われても。
アレスーザ フィラスター、分かって下さい、
私はどうしても両王国を領有する必要があるのです。
フィラスター 両王国をでしょうか?
アレスーザ そうです。さもないと私は死にます。天に誓って死にます、フィラスター。
もし私が二つの国を穏やかにわがものとしておくことができなければ。
フィラスター あなたの気高いお命を救うためであれば微力を尽くしましょう。
しかしフィラスターが王笏と王冠に対する権利を放棄したのは、
一人の婦人の願いをかなえるためであったと 子孫に語り継がれるのは嫌でございます。
アレスーザ それなら、聞いてください。
私は王笏も王冠も所有せねばなりませんし、そうするつもりです。
欲しいものは他にもあります。
フィラスター 他に何がございましょう?
アレスーザ それが手に入らぬぐらいでしたら、この命を失ったほうがよいのです。
神々が私に小さな命を授けられたばかりに、この土くれの身を煩わすことになったのです。
フィラスター 姫、他に何をお求めなのでしょう?
アレスーザ 横を向いてくださったら話します。
フィラスター 嫌です。
アレスーザ お願い。
フィラスター 私に直視できぬものはありません。
私はどんな恐ろしい形相の敵にも負けない、
恐怖のバジリスクにもなれますし、私の舌は どんな凄まじい声を出す敵にも負けない 雷鳴のような声を轟かすこともできます。
また、いかなる野獣にも目をそむけることは決してありません。
そういう私が妙なる楽の音を恐れるはずがありましょうか、
私の愛する女性の声を? 私の命が欲しいとおっしゃって下さい。
むろん喜んでさしあげましょう。生きているのが嫌でたまらず、
何の役にも立たないこの命を所望されるあなたに。
私にとっては何の価値もない命なのです。
あなたのお望みとあれば、従容として従います。
アレスーザ でもお願い、少し横を向いて。
フィラスター 分かりました。
アレスーザ では聞いて下さい、私は両王国だけでなくあなたがどうしても欲しいのです。
フィラスター 私を欲しい?
アレスーザ あなたの愛をです。あなたの愛がなければ、
これまでに発見されたどんな大地も私には無用です。
せいぜいこの身を埋葬する墓所にしか使い道がないでしょう。
フィラスター 夢をみているのだろうか?
アレスーザ あなたに国を差し上げても、あまりにも些細な
贈り物にしかならないでしょう。ああ、あなたの返答で私は死んでしまうかもしれない ― ほんとうにそうなのです ― 私は、胸の思いを明かしてしまいました。
フィラスター 姫、あなたは気高い心をお持ちです、
この蔑まれた私を騙まし討ちにするなんてありえない。
私の命などご入り用であればすぐにさしあげます。疑うのは恥ずべきことです、
ここで私が不当な仕打ちを受けるはずはないのですから。あなたを愛するかですって?
すべての希望を賭けていい、私はあなたを愛します、私の命よりも。
しかし、その熱情がこれほど激しくあなたから迸り出ると 男は呆然とし、ほんとうだろうかと疑いたくなります。
アレスーザ もう一つの魂が私の体の中に送り込まれたとしても、
あなたのその言葉ほど強い力と勇気で私の心を
満たしてはくれなかったでしょう。でも、どうしてこうなったのか せっかちに詮索なさらないで。神々のお力なのです、
神々が私をこんなにしたのです。そして私たちの愛はきっと、
神々の密かな正義と交じり合うことによって、より気高いものとなり、
いっそう祝福されるでしょう。おしゃべりはやめて、口づけしましょう、
ありがたくない客人がやってきて私たちのじゃまをしないうちに。
キスをしないで別れたくはありません。
フィラスター 私はここに長居はできません、怪しまれます。
アレスーザ そのとおりです。でも足しげくいらっしゃると
もっと怪しまれるでしょう。どうしたら私たちは連絡が取れるかを 考えましょう、何が起ころうと私たちの愛を睦まじく育んでいくには どうするのが最善なのかを。
フィラスター 私には小姓がおります、
神々が私たちのために遣わされたのだと思います。
しかし宮廷ではまだ知られておりません。
鹿狩りのときに、少年が泉のほとりに座っているのを見つけたのです。
少年は喉の渇きを癒すために泉の水を借用し、
水の精に、自分が飲んだのと同じ量を涙で返済していました。
そばには花冠がありました。それは少年自身が作ったのですが、
月桂樹の中にいろんな花が編みこまれていました。
花は神秘的な順番に刺してあり、その珍しさが私は気に入りました。
少年は美しい視線を花冠に向けると、涙を流すのでした、
その涙で花を蘇らせようとしているかのように。
私は、少年の愛らしく頼りない無垢の表情を見て、
すべてを話してくれるよう頼みました。
その話によれば、両親の身分は高かったのですが
すでに世を去り、少年は野に放り出されてしまいました。
情け深い野は少年に草木の根を与え、水晶のように澄みきった泉は 決して流れを止めることなく、恵みを注ぎました。そして太陽は たえず明かりを与え、少年はそれに感謝したのでした。
話し終えると少年は花冠を手に取り、田舎の人々の考えでは
一本一本の花が何を意味しているかを説明し、全部の花をこんなふうに並べると 自分の悲しみを表しているのだと語り、田舎の技芸について
これ以上は望めない美しい講釈をしてくれました。
私もそれを学んでいればよかったと思うほどでした。
私は喜んで少年を召抱えることにしました。そして少年も 私に仕えることを喜びました。こうして私は
今までどんな主人も召抱えたことのない最も信頼できる、
愛すべき、優しい小姓を抱えることになりました。その少年をあなたのもとに送り、
仕えさせましょう。私たちの密かな愛の遣いになってもらうのです。
侍女登場。
アレスーザ ええ、結構です ― では、これで。
侍女 お嬢様、殿下がご挨拶にいらっしゃいました。
アレスーザ フィラスター、あなたはどうなさる?
フィラスター もちろん、神々の思しめしに従うまでです。
アレスーザ お願い、隠れて。
殿下を中にお連れして。[侍女退場]
フィラスター ファラモンドから隠れるですって?
雷鳴が轟いても ― それは神の声であるから 私は敬うが ― 決して隠れはしない。
そんなことをすれば、異国の若殿は、フィラスターが 自分を恐れて隠れたと外国で吹聴するでしょう。
アレスーザ あなたが隠れているなんて、あの人には分かりません。
フィラスター たとえそれが世人に決して知られることはなくても、
隠れるのは、まぎれもなく罪です、
永遠に私の良心の重荷となるでしょう。
アレスーザ ではお願い、フィラスター、あの人に言いたいことを言わせてあげて、
聞きたくない話をするでしょうけれど ― 私のためだと思って。
フィラスター 仰せに従います。
ファラモンド登場。
ファラモンド 姫、あなたの美しい御手に口づけをさせていただきたく 参上いたしました。真の恋人であればみな、そうするでありましょう。
こうして私は、わが心に記された深い愛を恭しくお伝えいたします。
フィラスター [アレスーザに]はっきりと答えていただけぬとあれば長居は無用、
失礼させていただく。
ファラモンド 何の答えをこいつは求めているのですか?
アレスーザ この国はご自分のものだと主張なさっている ― その答えが欲しいのです。
ファラモンド おい、さっきは国王の御前だから大目にみてやったのだ。
フィラスター いつもそうしていただきたい、あなたとは話したくない。
ファラモンド しかし今、ちょうどいい。さあ、王国に対する権利の話をしてみろ、
どんな王国でも、人の住めないような国であろうと ― フィラスター 殿下、放してください。
ファラモンド 神々に誓って ―
フィラスター 黙れ、ファラモンド。もしお前が ― アレスーザ 席を外して、お願いフィラスター。
フィラスター [出て行きつつ]私の用はすんだ。
ファラモンド 逃げるのか? 天に誓って連れ戻してやる。
フィラスター [戻ってきて]その必要はない。
ファラモンド 今度は何の用だ?
フィラスター いいか、ファラモンド、お前のような大ぼら吹きと喧嘩するなど 真っ平ごめんだ。お前は声だけは勇ましいが、すっからかんの空っ穴だ。
これ以上おれを挑発して怒らせようものなら、世人に言われるぞ、
お前は死んで過去の人となったとな。それを嘆く者はいないのだ。
ファラモンド 王族の私を侮辱するのか、それも姫の居室で?
フィラスター 実を言えば、おれはこの場所に崇敬の念を抱いている。
お前にとってこれほど安全な場所はないのだ。教会の中であろうと、
いや祭壇の前であろうと、お前がおれを侮辱すれば生かしてはおかぬ。
お偉い殿下に失礼だが、お偉いあんたをこうやって、
こうやって引っ捕まえてぶっ潰してやる。
口を開くな、返答はいらぬ。さらばだ。 (退場)
ファラモンド あれは変人です、姫。私たちが結婚したら 何か地位を与えて口封じをせねばなりません。
アレスーザ あなたの監査官にするのが最善でしょうね。
ファラモンド それでしたらあいつはうまくやると思います。ところで姫、
私たちの心は固く結ばれていると思いますが、国の儀礼はあまりにも緩慢で、
私たちが結婚して結ばれるのはずっと先のことです。
よろしければ、心は結ばれているのですから、
夢のように意味のない儀礼を待つのではなく、
密かな楽しみを少し味わい、未来の喜びを先取りしてはいかがでしょう。
アレスーザ そのようなはしたない思いを口に出されるのでしたら、私は乙女の慎みとして失礼さ せていただきます。 (退場)
ファラモンド おれの肉体は婚礼まで我慢できぬ造りだ。代わりの女を見つけねばならん。(退場)
2幕1場
フィラスターとベラーリオ登場。
フィラスター お前は、姫は立派なお方だと知るだろう。
まだ幼さの残るお前をきっと思いやってくださるだろう、
その慎ましさゆえに。そして私のためにも、
姫はお前が求める以上のものを、そう、お前の身にあまるものを 惜しみなく賜るだろう。
ベラーリオ あなた様は、私が乞食同然の境遇にあったとき 私を拾ってくださいました。私がこうして人として在るのは、
ひとえにあなた様の僕であるからでございます。
あなた様は、見ず知らずの私を信じてくださいました。
私を素朴で無垢な子どもと見てくださいましたが、
純朴なよそおいは、嘘をつき盗みを重ねるうちに人の心を失った 狡猾な少年の人を欺く手管であったかもしれないのです。
しかし、私の惨めな境遇と私を分けて考えてくださった。
ですから、私がお仕えするご婦人があなた様より 立派な心をお持ちだとは決して思えないのです。
フィラスター しかしお仕えすれば、栄達の道が開ける。お前は若いから お前の頬に触れながら相変わらず美しいと言ってくれる人間に
子どもらしい溢れんばかりの愛情を抱く。
しかし分別が情熱を支配できる年齢になったとき お前は真っ先に、お前を高い地位に就けてくれた 思慮深い友人を思い出すだろう。
私がお前を推挙するお方は、姫君なのだ。
ベラーリオ 私は年若く世事に通じておりませんが、
信用できる召使を早々に手放す人を見たことは一度もございません。
私の父は自分がかかえていた小姓を、自分より身分の高い人々に 推挙していたことを覚えております。しかし父がそうしたのは 小姓たちが小生意気で手に余るようになったからです。
フィラスター いや、それは違うぞ、私はお前の振舞いに 過ちはいささかもないと思っている。
ベラーリオ 私が無知ゆえの
過ちを犯したのであれば、私の若さをお導きください。
私は覚えが遅くとも、学ぶ意欲は強うございます。
歳をとり経験をつめば知識が増し 私の知性を飾るでしょう。そして私が
自分の意思で過ちを犯してしまったとしても、たった一つの間違いで 救いようがないやつだとお考えにならないでください。
何の警告も発することなく首にする ― 自分の小姓を そのように厳しく扱う主人がいるでしょうか?
私が強情だとすれば、私に暇をやるのではなく 行状を改め頑固な性根を直す機会をお与えください。
きっとお眼鏡にかなうようになりましょう。
フィラスター お前の愛は、私のもとにとどまりたいと切実に訴えている。
だから私はほんとうに、お前との別れは悲しく涙が出てくる。
ああ、お前に暇を出すのではない。お前も分かっているだろう、
お前にここを出てもらわねばならぬ私の事情があるのだ。
それにお前が姫とともにいるときは、お前は私といっしょに住んでいる、
そう思ってくれ、事実そうなのだから。やがて時が満ちて、
か弱いお前に委ねられたこの重たい使命を お前が見事に果たしたあかつきには、私は喜んで お前を呼び戻すつもりだ。必ずそうする。
さあ、男だろう、泣くではない。すでに姫のおそばに 参上しておらねばならぬ時間だぞ。
ベラーリオ では行かせていただきます。
しかし私はあなた様とお別れしなければならず、生きてふたたび あなた様にお仕えすることができるか誰にも分からないのですから、
私のささやかな祈りをお受けください。あなた様の愛と戦と すべての企てに天の祝福がありますように。病気を患う者たちは、
あなた様のお祈りによって、病が癒えますように。
そして天は、あなた様が呪う者たちを忌み嫌いますように、
たとえ私が呪われる一人であろうとも。 (退場)
フィラスター 少年の主人に対する愛とは不思議なものだ。
その驚くような話を読んだことがある、しかしこの少年の 私に対する忠義は ― 外見と言葉で判断できればの話だが ―
伝説をしのぐだろう。いつの日かその忠節に報いたいものだ。 (退場)
2幕2場
ファラモンド登場。
ファラモンド 侍女たちは何をぐずぐずしているのだろう。みんなここを通るはずだ。王妃の用を 務めているのではない。というのもご立派な女官長殿が、侍女たちはみな庭に出てくると教えて くれたからだ。もし女たちがみな貞淑だとしたら、おれは非常に困る。こんなに長く遊ばないな んて、これまでの人生で一度もなかった。正直に言うが、これはおれの咎ではない。ああ、祖国 の自由なご婦人がたのおかげなのだ!
ガラティア登場。
獲物が一匹飛び出してきたぞ。こいつを捕まえよう。お嬢さん。
ガラティア 殿下。
ファラモンド お邪魔ではないかな?
ガラティア いえ、少しも。
ファラモンド いやいや、そんなに急がずともよい。[手をとって]この美しい御手にかけて ― ガラティア 殿下は偽りの誓いをなさるおつもりですか、それはただの古びた手袋でございますよ。
もしあなた様がほどよい距離を保ってお話しくださるのでしたら、お相手いたしましょう。殿下、
どうか淫らなお話と自慢はお控えください。その二つは禁じ手でございます。そうしていただけ れば、私は分別をもって、王族でいらっしゃるあなた様の厳粛な警句にお答えできると思ってお ります。
ファラモンド お嬢さん、あなたは恋をなさる気はないか?
ガラティア まあ殿下、ご冗談でしょ、どうやって? 私はあなた様に逢引きの馬車の費用をお願い することも、宴の秘め事を悔い改めてほしいと思うことも決してございません。罪の報いに真っ 赤な服を頂戴する方がいらっしゃいますけれど、ここには緋色に染まった人はおりません。この 頭飾りの下にあるのは私の髪です。この顔はどなたにも高く買ってもらったことはございません、
お化粧にお金をかけていませんもの。他の私の衣装はご覧のとおりのつまらないものですけれど、
ちゃんと支払いを済ませておりますので、呉服屋の嫉妬深いおかみさんにうちの亭主といいこと をしたと罵られることもございません。
ファラモンド お嬢さん、あなたは私の話を曲解している。
ガラティア その通りでございます、殿下は曲がったことを持ちかけていらっしゃる。願わくは、
殿下は曲がったことをおっしゃらず、私はひねくれた物言いを改めましょう。
ファラモンド あなたは恐ろしいほど辛辣だ、苦い言葉が薬のように臓腑にしみる。
ガラティア いえ、私は殿下にお薬で通じをつけるつもりはございません。ただ少し、あなた様に 通じる話がしたいだけでございます。
ファラモンド この国のご婦人がたは私のような大の男に対してその程度の敬意しか払われないの かな?
ガラティア 大の男ですって。何をおっしゃっているのか理解できません。太っていらっしゃると いう意味でしょうか。ならば私が存じ上げるかぎり、殿下の唯一の治療法はアザミを煎じた白ワ インを薄めずに朝コップ一杯飲んで、夕食まで絶食なさることです。八時頃には食事をなさって よいでしょう。運動をして、鷹をお飼いください。クロスボウを射るのもよいでしょう。しかし 特に大切なのは、瀉血をせず、新鮮な豚肉もアナゴも乳清も召し上がらないことです。これらは みな、生気を奪ってしまいます。
ファラモンド お嬢さん、あなたはさっきからつまらぬ話ばかりしている。
ガラティア ええ、おっしゃるとおりですわ、だってあなた様のお話をしているのですから。
ファラモンド [傍白]こいつは小利口な女だ。その才知は気に入った。鈍い欲望に火をつけるなん て、めったにできないことだ。この女はダナエーで、黄金の雨をあびせて口説かねばならん。お 嬢さん、さあ、これを。全部差し上げよう、これで足りねば ―
ガラティア それはなんでございますか? 金貨ですの? まあほんとうにきれいな金貨ですこと。小
姓たちと賭けをなさるのに金貨ではなく銀貨がご入用というわけですね。あいにく今、銀貨の持 ち合わせがございません。すぐにご入用でしたら、使いの者に銀貨を持たせてよこしましょう。
ではこの金貨は私がお預かりいたします。[金貨を受け取る]
ファラモンド お嬢さん、お嬢さん!
ガラティア 後からやってくる方には金貨なんていりません、銀貨で足りますよ。[傍白]でもこれ を頂戴したお礼に、二人をくっつけてあげましょう。
(ガラティアはカーテンの後ろに隠れる)
ファラモンド この王国と宮廷の近くにあんな女があと二人もいれば、ハープなど用済みになるか もしれない。あんな冷たい気性の女が十人もいれば、自由気ままな黄金時代はおかしいとなって、
どんな不細工な亭主でも自分の子どもがつくれる、昔ながらの実直な方法をご教示いただけるだ ろう。そうなったらどんなに悲惨なことになるか、みんな考えないといけない。
メグラ登場。
もうひとり来たぞ。もしあの女が同じ鋳型で作られていたら、悪魔に食われてしまうがいい。[メ グラに]ごきげんよう、お嬢さん。
メグラ おはようございます、殿下におかれましてもごきげん麗しゅう存じます。
ファラモンド [傍白]なかなか色よい返事だ。この女はきっと、すぐに落ちる。
[彼女に]もしなにか大切な用事でお急ぎでなければ、
おつき合いいただけないだろうか。一時間ほど楽しい話をしましょう。
メグラ どんなお話をなさりたいのでしょうか?
ファラモンド あなたのような美しい方の話です。
私に語れるのはせいぜいあなたの眼と唇くらいだ。
あなたの美しさをすべて語るとなれば途方もない時間を要するだろう。
メグラ 殿下、私の両目の位置は申し分なく、唇は釣り合いがとれていて 滑らかで、若々しく、赤くふっくらとしております。
そうでなければ私の鏡は嘘をついているのでございます。
ファラモンド ああ、その唇は恥じらいに赤く染まった双子のさくらんぼだ、
天上で美しく輝く太陽のようなその目の光を受けて真赤に熟れている。
比類なく麗しいお方、桜の枝を下ろしてください、
果実を味わいたいと渇仰する柔弱な見物人が祝福にあずかり
その実を味わい、そして活力を得ますように。 [二人はキスをする]
メグラ [傍白]ああ素敵な優しいお殿様、
そのような心躍らせる春めくことばを 退けることができるほど冷たい心の女なら 見習い期間なしで修道女になれるでしょう。
[ファラモンドに]殿下、あなた様はとても優雅な詩でキスを手にいれられた。
私がその半分ほどの長さの同じ韻律の詩を ― キスをおねだりする 綺麗な無韻詩を ― 拵えるとすれば、あなたさまの額か頬を賛美し、
そしてまたあなた様にキスをするでしょう。
ファラモンド 散文でおやりなさい。きっとうまくいきますよ、お嬢さん。
メグラ 私、きっと失敗しますわ。
ファラモンド いえ絶対に失敗なんてさせません。まず私が助けてあげよう。[キスをする]さあこ れでできるでしょう?
メグラ 簡単にできそう、だって経験をすませたわけですから。でも遠慮しなくてはいけないので しょうね。
ファラモンド いや明日までしっかりと遠慮なくやってほしい。ほんとに可愛いい人だ、もう決し て離さないぞ。しかし時間がもったいない。私を愛してくれるか?
メグラ 愛するかですって、殿下? どのようにしてあなた様を愛すればよいのでしょう?
ファラモンド 警句のように簡潔に教示してあげよう、君の記憶に負担はかけたくないからな。たっ たこれだけだ。私を愛せよ、そして私と寝よ。
メグラ あなた様と寝よとおっしゃったのですか? それは無理ですわ。
ファラモンド 無理ではない、やりたいと思う気持ちがあれば頑張るものだ。やり方は一晩で教え てあげる。実に簡単だ、夜床につくのと変わらない。私の王族の血を賭けてもいい。
メグラ まあ、殿下、あなた様には教えてさしあげなくてはいけない婚約者がいらっしゃるではあ りませんか。
ファラモンド 雌馬に昔のダンスを教えるほうがあの女にあれのやり方を教えるより簡単だ。あい つは男のやることをちょっと考えただけで怖くなって一人で眠れないのだ。結婚したら強引にや るしかない。
メグラ 私の名誉にかけまして、それは間違いなくひどい罪ですわ。でも時間がたち、優しく助け てお上げになれば、罪は消えてしまうでしょう。
ファラモンド 他にも女は目にするが、誰よりかわいい君を除けば、田舎教師のティム先生になっ て乳搾りの女に乗るほうがまだましだよ。
メグラ 宮廷の花とうたわれるガラティアにはお会いになりましたか?
ファラモンド あの女はけしからん! あいつは卒中を起こして麻痺したように冷たい顔をしている。
たった今、風のように通り過ぎていった。
メグラ あの方の才智、どう思われまして?
ファラモンド 思うもなにも、あの女の頭に箍たがをはめるなど到底できぬ。守備隊の全兵力をもって しても、不可能だ。兵士たちが束になってかかっても、あの女はみんなを王国の外に吹き飛ばし てしまうだろう。ジュピターの武器は雷電だと言うが、あの女にしてみればせいぜい爆竹みたい なものだ。その辺りをよく見てみるがよい。あれの舌から放たれた雷のような矢玉が落ちている かもしれん。で、どうだろう綺麗なお嬢さん、私はたっぷりと歓迎してもらえるのかな?
メグラ どちらに行かれるのでしょう?
ファラモンド 君のベッドだ。もし君が私を信用ならぬやつだと疑うならば、私をひどく見くびっ ていることになるぞ。
メグラ 疑うだなんて、殿下、滅相もございません。
ファラモンド 君の条件を言いたまえ。私の財布で条件履行を約束しよう。欲しいものは君の思い つくかぎりなんでも手配してやろう。毎朝二時間、何がよいか考えるがよい。さあ、君が慎まし い女性だというのは知っている。私の耳にそっと囁くだけでいい。私のものになってくれるか?
これは取っておきたまえ。[金を渡す]それといっしょに、私も君のものだ。すぐに君のところに
行こう。
メグラ 殿下、私の部屋は危なすぎます。しかし夜になりましたら、あなた様の宿所に忍び込む方 法を見つけましょう。ではその時まで ―
ファラモンド ではその時まで。こうして[キスをする]私の心を君にあずけておく。
(二人退場)
ガラティアが壁掛けの後ろから出てくる。
ガラティア まあ、性悪の女好きのお殿様、これがあなたの美徳というわけね? これで私があなた の楽しみごとを吹き飛ばしてやらなかったら、私は女ではないわ。それから好色婦人様、あなた にはそれ相応のことをしてあげましょう。
2幕3場
アレスーザと侍女登場。
アレスーザ あの子はどこにいるの?
侍女 中におります。
アレスーザ 服を買うようにお金を渡してくれたかしら?
侍女 はい。
アレスーザ それで服は買ったの?
侍女 はい、お嬢様。
アレスーザ 可愛いけれど、話し方がちょっと暗い子ね?
名前は聞いた?
侍女 いいえ、お嬢様。
ガラティア登場。
アレスーザ あら、待っていたところよ。何かよい知らせでしょう?
ガラティア こんなによいお知らせはございません。
お嬢様がお望みのことをしてさしあげました。
アレスーザ 尻尾をつかんだのね?
ガラティア お嬢様のために少しはしたない真似をしてしまいました。
アレスーザ お願い、話して、どうしたの?
ガラティア 淫らな話を聞いてしまいました。分かりましたよ、女性にあまりに慎み深い生活を送 らせてはいけませんね。女は必ずまっとうな時間を見つけて淫らな話を聞くのです。ご婚約者で いらっしゃる殿下、ご立派なファラモンド様が、お戯れにたいそう熱を上げておいででした。
アレスーザ 相手は誰なの?
ガラティア もちろん、私が疑っていた方です。場所と時間も分かっております。
アレスーザ まあ、いつどこで?
ガラティア 今夜、殿下のお部屋です。
アレスーザ あなたは謁見室に急いで行って、他の侍女たちと一緒にいてちょうだい、
あとは私に任せて。[ガラティア退場]
私たちは運命の女神にその業わざの理由を尋ねることはできないけれど、
その永遠の書物のどんな小さな文字も書きかえられたためしは一度もない。
もし運命がその頁にそのように記し定めていないのであれば、
この結婚は必ず破綻するでしょう。
あの小姓はどこにいるの?
侍女 ここに控えております。
ベラーリオ登場。
アレスーザ 仕える主人が変わって悲しいの?
ベラーリオ 王女様、私の主人は変わっておりません。私はあなた様にお仕えすることによってフィ ラスター様にお仕えしているのでございます。
アレスーザ つまり私は、あなたの主人ではないということね。
あなたのお名前は?
ベラーリオ ベラーリオでございます。
アレスーザ 歌や楽器はできる?
ベラーリオ もし悲しみが許してくれるのでしたら、できます。
アレスーザ まあ、お前のような若さでどんな悲しみを知っているというの?
学校に通っているとき、ひどい先生がいたの?
お前の悲しみって、他に何か考えられるかしら。
お前の額と頬は皺ひとつなく滑らか、
まるでそよとの風もない湖の水面のよう。ほんとうに、
心配ばかりしていると額にしわが寄って眼は虚ろになり、
深い洞穴ができて、そこに心労が住み着いてしまうわよ。
ねえ、正直に答えて、お前の主人は私を愛しているかしら?
ベラーリオ 愛とおっしゃいましたか?私は愛がどういうものか存じません。
アレスーザ 悲しみは知っているのに愛は知らないというの?
お前は思い違いをしている。あの人は私のことを話すときに、
私の幸福を願っているように見える?
ベラーリオ あなた様の顔を思い浮かべると友人たちのことを
すっかり忘れてしまうのが愛だとすれば、腕を組んで物思いに一日を暮らし、
時々はっと驚き、まるで街で「火事だ!」と叫ぶ人のように、大声でせっかちに あなた様の名を叫ぶのが愛だとすれば、ある女の人が死ぬとか殺されるとか 聞いただけで、その人はもしかするとあなた様かもしれないと、
われを忘れるほど泣くのが愛だとすれば、もしお休みになるときに ― と申しましても、あの方は決してお休みになれないのですが ―
祈りを一つ捧げるごとに、まるで敬虔な信徒がロザリオの珠を一つずつ繰るように
あなた様の名前をお呼びになります。それが愛だとすれば、王女様、
あの方は間違いなくあなた様を愛していらっしゃいます。
アレスーザ まあ、賢い子ね、お前は主人の名誉のために
嘘をつくすべを知っている。あの人が私を愛していないという真実よりも その嘘が私には嬉しいのだとお前は知っている。
さあ案内してちょうだい。[侍女に]お前もついてきて。
[ベラーリオに]私がこんなに急ぐのはお前の主人のためなのよ。さ、行きましょう。
(退場)
*九州国際大学准教授
**福岡大学講師
訳注
フランシス・ボーモント(Francis Beaumont)とジョン・フレッチャー(John Fletcher)の共作と される『フィラスター』(Philaster)は、1609年頃に創作・初演されたと推定される悲喜劇である
(Harbage, Annals of English Drama, Methuen, 1964, pp. 96-97)。17世紀末までに出版された初期刊本 は、第1・四つ折本(Q1)から第9・四つ折本(Q9)までの9種類が現存する。翻訳の底本とし て使用したのは、1622年刊行の第2・四つ折本(Q2[EEBOファクシミリ版])である。Q2タイ トルページに印刷された原題は、PHILASTER OR Love lies a Bleedingである。“love lies a bleeding”
を直訳すれば「愛は血を流して横たわる」となるだろうが、これはひも状に垂れ下がる赤紫色の花 穂をつけるヒモゲイトウ (Amaranthus caudatus)の呼び名である。この花は、不滅の愛を象徴する
(Ad de Vries, Dictionary of Symbols and Imagery, North-Holland Publishing Company, 1976, p. 11)。
全体は5幕構成であるが、幕場割りは不完全である。各幕の第1場は示されているものの、2場 以降は場割りされていない。幕場割りの他、本文の校訂・語義解釈、ト書きの加筆修正については、
主としてAndrew Gurr編レヴェルズ版(Manchester UP, 1969)とSuzanne Gossett編アーデン版
(Methuen Drama, 2009)の現代校訂本を参考にした。ト書きについては、3種類の表記法(角括弧 あるいは丸括弧で括っているもの、括弧で括られていないもの)を用いている。角括弧に括られて いるのは、Q2に存在せず、訳者が付加したト書きである。括弧なしと丸括弧は、Q2に印刷されて いるト書きであることを表す。
1 原文(Q2)のト書きでは、「ガラティア、メグラ、侍女登場」となっている。しかし後続の
やりとりから明らかなように、メグラの登場は3番目である。したがって、メグラと侍女を入 れ替えて、「ガラティア、侍女、メグラ登場」とした。
2 原文は“with this fair Princess, / Whose memory I bow to”である。直訳すれば、「この美しい王女 と共に、そしてその王女の記憶に私は頭を垂れる」となる。現代版は、Theobald版(Theobald, Seward, and Sympson, eds., The Works of Beaumont and Fletcher, vol. 1, 1750, H2r [Philaster, p.99])
の校訂を受け継いで、“Whose memory I bow to”で始まる行を、次行の“By my dead father (O, I had a father”と入れ替えて、“I had a father, / Whose memory I bow to”としている。直訳すれば、
「私には父がいた、そしてその父の記憶に私は頭を垂れる」となる。memoryは過去の事物や人 物に使用するのが通例であるので、生者のアレスーザ(Princess)ではなくフィラスターの亡 父(father)を先行詞とするのが合理的であるように思われるかもしれない。しかし、王位継承 権を失ったフィラスターにしてみれば、愛するアレスーザと結ばれる可能性は少なくともこの 時点ではまったくなく、したがって、アレスーザを過去の人であるかのように語るのは必ずし も不自然ではない。
3 原文は、“If you could well be flatter’d at a price”である。Gurr(レヴェルズ版)は、youをIに 修正している。Gossett(アーデン版)は、Q2の読みを踏襲している。本稿では、修正を施さ ずとも十分に意味は通ると判断し、Q2の読みを採用した。