口腔粘膜上皮における角化因子の探索 植田 淳二
Identification of keratinized oral mucosa-associated genes Junji UEDA
(平成27年12月10日受付)
緒言
天然歯や口腔インプラント義歯などの補綴処置の長期予後を左右する重要な 因子の 1 つに,健康な歯周組織の存在が挙げられる。この健全な歯周組織の維 持には,天然歯や口腔インプラント義歯の人工歯根周囲に十分な幅で角化歯肉 が存在することが望ましいとされている。角化歯肉の存在は,プラークコント ロールに有利な環境を提供するだけでなく,過剰なメカニカルストレスから歯周 組織を守り,長期的に安定した予後をもたらすと考えられている1-5)。そのため,現 在の歯科臨床において,天然歯や口腔インプラント義歯人工歯根周囲に角化歯肉が 不足する場合には,口蓋粘膜などから角化歯肉を移植する遊離歯肉弁移植術が多用 されている 6)。しかし,そのドナーサイトへの外科的侵襲が後疼痛や後出血を高頻 度で引き起こすこともよく知られている。また,十分量の角化歯肉の獲得は,術者 の技量に大きく依存する等の問題があり,より低侵襲で,簡便かつ確実な角化歯肉 獲得法の開発が望まれている。
ヒトの口腔粘膜は,上皮組織,結合組織,筋組織および神経組織からなり,
上皮組織は部位により機能や構造が異なり,皮膚や口腔粘膜,食道粘膜などは 外界からの刺激に対抗するために重層扁平上皮からなる。その中でも,口腔粘 膜は角化の有無や構造の違いから咀嚼粘膜,被覆粘膜,および舌背を覆う特殊 粘膜の 3 つに分類され,口蓋や歯の周囲に存在する咀嚼粘膜は,骨と直接結合 し,また,上皮が角化しているため,角化歯肉(Keratinized Gingiva: KG)と も呼ばれる。一方,頬や口腔底を覆う被覆粘膜は歯槽粘膜(Non-Keratinized
Gingiva: Non-KG)とも呼ばれ,正角化しておらず,筋肉組織を覆っているた め可動性を有している。これら上皮組織は一般的にType IV collagen,Laminin,
Perlecan などの特殊な細胞外マトリックスからなる基底膜を介して結合組織と
接着しており7, 8),基底膜が細胞極性の維持,細胞代謝の制御に関わっているこ とが知られている。実際,皮膚では基底膜上に基底細胞が存在し,基底細胞が 増殖・分化することで上皮角化が制御されていることが知られている 9)。そし て,基底膜の構成成分であるLamininの機能不全が表皮の角化に異常をもたら し,水疱症を来すことから,基底膜が基底細胞のニッチを形成していると考え られている10)。一方,Hsiehらは,口腔粘膜における角化歯肉,非角化歯肉の制 御には,結合組織に存在する弾性繊維であるElastinが関与し,角化歯肉の器官
培養時に Elastin を添加することで角化歯肉が非角化歯肉に誘導されることを
報告している11)。しかし,皮膚の結合組織内にも多くのElastinが存在するが,
上皮は角化しており,Elastinのみが角化,非角化の制御因子とは考え難い。こ のように,口腔粘膜上皮の角化・非角化に関する制御メカニズムは不明な点が 多く,口腔粘膜上皮の組織学的相違を引き起こすメカニズムを解明し,歯槽粘 膜を角化歯肉に組織誘導できれば,より低侵襲で簡便な角化歯肉獲得技法の開 発が可能となると考えられる。
そこで本研究では,口腔粘膜上皮の角化制御メカニズムの解明を目的に,ラ ット口腔粘膜から角化歯肉,歯槽粘膜を採取し,cDNA Microarrayを応用した 網羅的解析を行い,基底膜の構成分子である Laminin332 が歯肉の角化におい て重要な役割を果たしていることを明らかにしたので報告する。
材料ならびに方法
1. ラット歯肉組織の採取方法
6週齢雌性Wistar系ラット(日本クレア株式会社,東京,日本)にイソフル
® 2.0 %の吸引麻酔で全身麻酔を施し,頸椎脱臼により屠殺した。角化歯肉と歯
槽粘膜を明示するため,口腔粘膜をイソジン® にて染色し,実体顕微鏡下にて 角化歯肉と歯槽粘膜を分離,採取した。また,すべての動物実験は岡山大学動 物実験委員会の承認(OKU-2013392)のもと実施した。
2. 組織,細胞からの total RNA 回収および精製
採取した角化歯肉組織,歯槽粘膜組織はLysing Matrix D (MP Biomedicals, Illkrich,France)とFastPrepTM FP120 instrument(フナコシ株式会社,東 京,日本)を用いて粉砕した。粉砕後,TRIzol® Regent(Life technologiesTM, Carlsbad,CA,USA)を用いて通法に従いtotal RNAを抽出し,PureLink® RNA Mini Kit(Life technologiesTM)を用いて精製を行った。培養細胞からのtotal RNAの抽出,精製には,PureLink® RNA Mini Kitを用いた。
3. 定量性 RT-PCR および cDNA Microarray 解析
RNA サンプルは iScriptTM cDNA Synthesis Kit(Bio-Rad Laboratories, Hercules, CA, USA)を用いて逆転写を行い,cDNAを得た。定量性RT-PCR はChromo4(Bio-Rad Laboratories)を用いて,増幅反応にはKappaTM SYBR® FAST qPCR Kits(Kapa Biosystems, Inc., Wilmington, MA, USA)を使用し,
95 ℃ 10秒,65 ℃ 30秒のステップを40サイクル繰り返した。内部標準遺伝子 としてとして 29s リボソームRNA(s29)および 18s リボソーム RNA(s18) を使用した。解析対象遺伝子およびプライマーの塩基配列を表1に示す。
また,回収したラット角化歯肉,歯槽粘膜の mRNA を用いて,cDNA Microarray解析(OpArray;フィルジェン株式会社,愛知,日本)を行った。
4. ラット歯肉組織由来線維芽細胞の分離,培養
ラット歯肉組織由来線維芽細胞は Out-growth 法を用い分離した 12)。実際に は,ラット角化歯肉,歯槽粘膜より採取した歯肉を細断し,培養皿に上皮側を 上にして静置し,37 ℃で1〜3 分間インキュベートし,接着させた。その後,
10 %ウシ胎仔血清(Fetal bovine serum;FBS,Life technologiesTM),2 mM L-glutamine(Life technologiesTM),100 units/mL penicillin(SIGMA®,St.
Louis,MO,USA)含有High Glucose Dulbecco’s Modified Eagle’s Medium
(D-MEM)培地(Life technologiesTM)(線維芽細胞用培地)を歯肉組織が剥 がれないように加え,37 ℃,5 % CO2気相下で培養した。およそ20日間培養 後 , 組 織 周 囲 に 同 心 円 状 に 増 殖 し た 細 胞 を Accutase®(Innovative Cell Technologies Inc., San Diego, CA, USA)を用いて剥離回収し,実験に使用し た。
表 1
5. 細胞接着,増殖,遊走能の検討
細胞接着能は,線維芽細胞培養培地を用いて角化歯肉または歯槽粘膜由来線 維芽細胞を96 well plateに5.0×103個/wellの濃度で播種し,培養後30分後の 接着細胞数をShimoらの方法に従い計測し13),比較検討した。
細胞増殖能は,線維芽細胞培養培地を用いて角化歯肉または歯槽粘膜由来線 維芽細胞を96 well plateに5.0×103個/wellの濃度で播種し,培養後3日目の生 細胞数をCellTiter 96 Aqueous® One Solutionを用い測定し,比較検討した。
細胞遊走能は,Boyden chamber(poresize 8 µm:BD, Franklin Lakes, NJ, USA)を用いて検討した。実際には,24 well plate用Boyden chamberに5×104 個/well の濃度で線維芽細胞を播種した。培養24 時間後にフィルター下面に遊 走した細胞を4’, 6-diamidino-2-phenylindole(DAPI:Life technologiesTM)に て染色し,蛍光顕微鏡(Biozero BZ-X700,(株)キーエンス,大阪,日本)下 でランダムに4箇所を選択し,細胞数をカウントした。
6. 上皮細胞および培養法
DSファーマバイオ・メディカル株式会社(大阪,日本)から購入したヒト口 腔扁平上皮癌(頸部リンパ節)細胞(Human squamous cell carcinoma:TR146) をヒト口腔粘膜由来上皮細胞として使用した。培養には 10 %FBS,2 mM L-glutamine(DSファーマバイオ・メディカル株式会社)含有 F-12 Nutrient Mixture(Ham's F-12)培地(Life technologiesTM)(上皮細胞培養培地)を用 いて,37 ℃,5 %CO2気相下で培養した。細胞がサブコンフルエントに達した
時点でAccutase® を作用させ細胞を剥離後,通法に従い継代した。
上皮細胞の分化誘導にはThin Cert細胞培養インサート((株)グライナ−・
ジャパン,東京,日本)を用い,(株)グライナ−・ジャパン社のプロトコール に従い実施した。実際には,上部chamberである24 well plate用Thin Cert 細 胞培養インサートに5×105個/wellのTR146を播種し,上皮細胞培養培地にて1 日間培養した。TR146 が細胞培養インサートに接着したのを確認した後,上部 chamber には培地を加えず,下部 chamber に 0,300 および 1000 ng/mL の recombinant human Laminin332(rhLAM332)(株式会社リプロセル,神奈川,
日本)含有上皮細胞培養培地を加え,4 日毎に培地交換を行い,20 日間培養し た。
また,上皮細胞と線維芽細胞の共培養実験を行うため,上部chamberである
Thin Cert 細胞培養インサートに1×105個/wellの角化歯肉または歯槽粘膜由来 線維芽細胞を播種し,線維芽細胞培養培地にて 1 日間培養した。線維芽細胞が 細胞培養インサートに接着したのを確認した後, 5×105個/well のTR146を播 種し,さらに1日間培養した。TR146が細胞培養インサートに接着したのを確 認した後,上部 chamber には培地を加えず,下部 chamber にのみ上皮細胞培 養培地を加え,4日毎に培地交換を行い,28日間培養した。
7. 免疫細胞化学染色および免疫組織化学染色
細胞培養インサート上で培養した上皮細胞は,4 % paraformaldehyde(PFA) で15分間固定後,細胞培養インサートごと通法に従いパラフィン包埋し,厚さ 5 µm の 切 片 を 作 製 し た 。 ラ ッ ト 粘 膜 組 織 は , 通 法 に 従 っ て Super Cryoembedding Medium(SECTION-LAB Co. Ltd.,広島,日本)を用い凍結 包埋し,厚さ5 µmの切片を作製後,5 %マイルドホルム® で3分間固定した。
切片は10 % Normal Goat Serum Ready-to-use(Life technologiesTM)にてブ ロッキングを行った後,一次抗体は4 ℃に一晩,Anti Keratin1 mouse antibody
(ab8068, 1:10,Abcam,Cambridge,UK),Anti Keratin10 mouse antibody
(ab9026, 1:50,Abcam),Anti Laminin α3 rabbit antibody(bs-1969R, 1: 50,Bioss,Woburn,MA,USA)を使用し,反応させた。二次抗体は室温に て60分間,Alex Fluor® 488 goat anti-mouse IgG[H+L](Life technologiesTM) もしくはAlex Fluor® 488 goat anti-rabbit IgG[H+L](Life technologiesTM) を使用し,反応させた。核染色には DAPI を用い,染色した切片は,蛍光顕微 鏡を用いて観察した。
8. ヘマトキシリン・エオジン染色
ラットの上顎を回収し,4 %PFA にて固定した後,ギ酸・クエン酸ナトリウ ム水溶液(22.5 %ギ酸,10 %(W/V)クエン酸ナトリウム)を用いて約10日間 脱灰した。通法に従ってパラフィン包埋し,厚さ5 µmの切片を作製し,ヘマト キシリン・エオジン染色(HE染色)を行い,組織学的に評価した。
9.統計解析
各データの統計学的有意性は,各条件に対して試料の数値を測定し,一元配 置分散分析と多重比較検定,対応のないt検定を用いて検討した。
結果
1. 採取した角化歯肉,歯槽粘膜における角化関連遺伝子の発現解析 初めに,角化歯肉および歯槽粘膜がラットから適切に採取可能か確認するた め,それぞれの組織よりmRNAを回収し,上皮角化のマーカーであるKeratin1
(K1),Keratin10(K10)の遺伝子発現量を定量性RT-PCR 法にて解析した。
その結果,角化歯肉の K1(78 倍,p<0.001),K10(45 倍,p<0.001)の遺伝 子発現量は歯槽粘膜と比較し有意に高かった(図1A)。
また,K1,K10タンパク質の局在を確認するために,免疫組織化学染色を行 った。その結果,角化歯肉の上皮にのみ,K1,K10タンパク質が発現している 像が観察され,歯槽粘膜上皮には発現を認めなかった(図 1B)。以上より,角 化歯肉と歯槽粘膜が適切に採取可能であることが確認された。
2. cDNA Microarray 解析
次に,歯肉の角化に関与している因子の網羅的探索を目的に,採取した角化 歯肉,歯槽粘膜の mRNA を用いて,cDNA Microarray 解析を行った。図 2A に,縦軸に歯槽粘膜における mRNA,横軸に角化歯肉における mRNA の発現 強度をプロットした分散図を示すが,本結果はそれぞれの歯肉が相似した遺伝 子プロファイルを持った組織であることを示している。図 2B に,組織間で 3 倍以上発現量に差があった遺伝子数を示す。歯槽粘膜と比較し角化歯肉に 3 倍 以上発現していた遺伝子が77遺伝子,角化歯肉と比較し歯槽粘膜に3倍以上発 現していた遺伝子が49遺伝子であった。これまでに,角化細胞が基底層から細 胞分裂することで発生し,有棘層,顆粒層,角質層と順を追って分裂し,分化 が亢進すること,また,上皮細胞の角化において基底膜が重要な役割を果たす ことが知られている 9, 10)。そこで,次に基底膜に注目し,角化歯肉において 3 倍以上発現している遺伝子群の中で,基底膜の構成分子である細胞外マトリッ クス関連遺伝子を付属のソフトウエアを用い抽出した(表 2)。その結果,角化 歯肉で3倍以上発現亢進している遺伝子群の中に基底膜構成分子の一つである Laminin (Lam) α3,β3,γ2が含まれていた。
3. 角化歯肉における Laminin332 の発現解析
図2, 表2 図1
次に,角化歯肉および歯槽粘膜における LAMα3 タンパク質の発現の局在を 確認するために,ラット上顎組織のパラフィン切片を作製し,免疫組織化学染 色を行った。その結果,角化歯肉に,LAMα3タンパク質の発現が強く観察され た(図3A, B)。
また,角化歯肉および歯槽粘膜より採取したmRNAを用いて,Lamα3,Lamβ3,
Lamγ2の遺伝子発現量を定量性RT-PCR法にて解析した。その結果,角化歯肉
においてLamα3(21倍,p<0.001),Lamβ3(14倍,p<0.001)とLamγ2(21 倍,p<0.001)の遺伝子発現量は歯槽粘膜と比較し有意に高かった(図3C)。
4. Laminin332 が上皮細胞の角化に与える影響
Laminin332 が上皮細胞の角化に与える影響を検討するため,TR146 を
rhLAM332 にて刺激し,K1,K10 の遺伝子発現量を定量性RT-PCR 法にて解 析した。その結果,rhLAM332 の濃度に依存して,遺伝子発現量が有意に上昇 した(図4A)。また,K1,K10のタンパク質の発現量を確認するために,免疫 細胞化学染色を行った。その結果,K1,K10のタンパク質の発現量も,rhLAM332 の濃度に依存して上昇した(図4B)。
5. 角化歯肉,歯槽粘膜由来線維芽細胞の評価
基底膜が上皮と間葉組織の間に形成されることから,角化歯肉と歯槽粘膜の
基底膜の Laminin332 発現の相違は間葉組織の相違に由来するという仮説を立
て,角化歯肉由来線維芽細胞が歯肉の角化に与える影響を検討した。
初めに,角化歯肉および歯槽粘膜から分離した線維芽細胞よりmRNAを回収 し,線維芽細胞のマーカーであるType 1 collagen α1(Col1α1),Fibronectin
(Fbn),Tenascin C(Tn-C)の遺伝子発現量を定量性RT-PCR法にて解析し た。その結果,角化歯肉由来線維芽細胞は,歯槽粘膜由来線維芽細胞と比較し,
Col1α1(2.1倍,p<0.05)の遺伝発現量が有意に高く,Fbn(0.19倍,p<0.001), Tn-C(0.08倍,p<0.001)の遺伝子発現量が有意に低い細胞群であった(図5A)。 次に,細胞接着,細胞増殖,細胞遊走能を比較検討した。その結果,角化歯 肉由来線維芽細胞は歯槽粘膜由来線維芽細胞と比較し,細胞接着能(0.35 倍,
p<0.001),細胞増殖能(0.23倍,p<0.001),細胞遊走能(0.36倍,p<0.05)が 低かった。(図5B,C,D)。 図5
図4 図3
6. 角化歯肉,歯槽粘膜由来線維芽細胞が上皮細胞の角化に与える影響 最後に,角化歯肉および歯槽粘膜由来線維芽細胞とTR146 を 28日間共培養 し,角化歯肉および歯槽粘膜由来線維芽細胞が上皮細胞の角化に与える影響を 検討した。ヒト遺伝子を特異的に検出可能なPCR用プライマーを用い,ヒト上 皮細胞であるTR146の遺伝子発現量を定量性RT-PCR法にて評価した。その結 果,角化歯肉由来線維芽細胞と共培養した群において,Lamα3(1.2倍,p<0.05), Lamγ2(1.4 倍,p<0.05)の遺伝子発現量は有意に促進された。そして,上皮 角化のマーカーであるK1(2.0倍,p<0.05),K10(1.5倍,p<0.05)の遺伝子 発現量も有意に促進された(図6A,C)。また,免疫細胞化学染色の結果,LAMα3,
K1,K10のタンパク質の発現も角化歯肉由来線維芽細胞と共培養した群におい
て促進されていた(図6B,D)。
考察
本研究では,口腔粘膜上皮の角化制御に関わる因子の探索を目的に,角化歯 肉と歯槽粘膜から採取したmRNAを用い,cDNA Microarray解析を行った。
その結果,基底膜構成分子の1 つであるLaminin332 が角化歯肉に高発現して いることが明らかとなった。また,in vitro実験において,Laminin332は口腔 粘膜上皮細胞の角化を促進すること,そして,その Laminin332 の発現は歯肉 上皮組織下層にある結合組織により制御されている可能性が示唆された。
角化とは,基底層に存在する角化幹細胞から分裂した角化細胞が,Keratin を産生し分化・成熟しながら,有棘層,顆粒層,角質層へと上層移行する一連 の過程であり,表皮細胞の種類や角化度の違いにより,発現する Keratin の種 類が異なることが知られている。本研究結果から,ラット口腔粘膜の角化歯肉 では,歯槽粘膜と比較して,Keratin1,Keratin10 が高発現していることが明 らかになった(図1)。本結果は,ヒト口腔粘膜を用いて検討したHsiehらの報 告と類似していた11)。また,基底膜がIntegrinを介して基底細胞の増殖,分化 を制御していることが報告されており14),角化粘膜上皮と歯槽粘膜上皮におけ
る Keratin 発現量の違いは,異なる構成成分からなる基底膜により影響を受け
た基底細胞の性質の違いに起因すると推測された。
一方,角化細胞の分化制御メカニズムの解明や皮膚再生医療への応用に向け
図6
て,これまで胚性幹細胞(ES細胞)や人工多能性幹細胞(iPS細胞)から角化 細胞を誘導する研究がなされてきた 15-17)。そして Green らや Itoh らは,ES 細胞やiPS細胞をBone morphogenetic protein 4 (BMP4) やレチノイン酸を用 い分化誘導することで,角化細胞へと誘導可能であることを報告している18, 19)。 しかし,これらの細胞は正常角化細胞と比較し,増殖能が低く,Petrovaらは,
同等の増殖能を有した角化細胞への分化誘導には,基底膜構成分子の一つであ るType IV collagen上で培養することが必要不可欠である事を報告している20)。 本研究では,cDNA Microarray解析で抽出されたLaminin332が口腔粘膜上皮 細胞の角化を促進することをin vitro実験にて確認しており(図4),粘膜にお いても基底膜が角化において重要な役割を果たしていることが示された。しか
し,Laminin332による角化促進効果は期待したほど強くなく,本結果から,他
の基底膜分子と Laminin332 が協同して粘膜上皮の角化を制御している可能性 も追求すべきと考えられた。
今 回 の 研 究 は , 基 底 膜 に 焦 点 を 置 き , 基 底 膜 の 構 成 分 子 の 一 つ で あ る
Laminin332 が口腔粘膜上皮の角化の制御分子の一つであることを明らかにし
た。しかし,これまでの研究によると角化の過程はきわめて巧妙かつ複雑なメ カニズムにより制御されていることが知られている。例えば,炎症性サイトカ インやEpidermal growth factor(EGF)を含む成長因子などの液性因子が,角 化細胞のレセプターを介し直接作用し,細胞増殖や細胞分化を制御しているこ とも知られており21),口腔粘膜上皮の角化・非角化の制御メカニズムの全貌解 明には,さらに様々な角度からのアプローチが必要と思われる。しかし,これ らのメカニズムの全貌が解明されれば,歯槽粘膜を角化歯肉へと促す創薬の開 発につながり,より低侵襲で簡便な角化歯肉の生物学的獲得法の開発が可能と なると信じている。
結論
1. ラット口腔粘膜の角化歯肉では,歯槽粘膜と比較しLaminin332が高発現し ていることを確認した。
2. Laminin332はヒト口腔粘膜上皮細胞の角化を促進することを確認した。
3. 口腔粘膜上皮細胞の角化およびLaminin332の発現は,歯肉上皮組織下層に
ある結合組織により制御されている可能性が示唆された。
謝辞
稿を終えるにあたり,御懇切なる御指導と御校閲を賜った岡山大学大学院医 歯薬学総合研究科インプラント再生補綴学分野窪木拓男教授に深甚なる感謝の 意を表します。また,研究を遂行するに当たり,終始御指導,御鞭撻を賜りま した岡山大学大学院医歯薬学総合研究科分子医科学分野大野充昭助教に謹んで 感謝の意を表します。最後に,本研究を進める際に,様々な御配慮,御援助,
御助言いただきました,岡山大学大学院医歯薬学総合研究科インプラント再生 補綴学分野の先生方に厚く御礼申し上げます。
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表題脚注
岡山大学大学院医歯薬学総合研究科インプラント再生補綴学分野
(主任:窪木拓男教授)
図の解説文
図 1 角化歯肉,歯槽粘膜における角化関連遺伝子の発現解析
(A)ラット口腔粘膜の角化歯肉,歯槽粘膜からmRNAを回収し,角化関連遺 伝子発現量を定量性RT-PCR法にて解析した。それぞれの遺伝子発現量の平均 値±標準偏差をグラフに示す。実験は 3 回繰り返し同様の結果が得られたため,
代表的な結果を示す(対応のないt検定:***p<0.001)。
(B)ラット口腔粘膜の角化歯肉,歯槽粘膜のK1,K10の免疫組織染色像を示 す(a-d)。a’はa,b’はb,c’はc,d’はdの実線部の拡大像である(スケールバ ー;a-d:300 µm,a’-d’:100 µm)。
KG;角化歯肉,Non-KG;歯槽粘膜。
図 2 cDNA Microarray 解析
(A)採取した角化歯肉,歯槽粘膜のmRNAを用いてcDNA Microarray解析 を行った。点線は,発現量に3倍差がある位置を示す。
(B)全28,800遺伝子中,両組織間で3倍以上発現量に差があった遺伝子数を
示す。
KG;角化歯肉,Non-KG;歯槽粘膜。
図 3 角化歯肉における Laminin332 の発現解析
(A)ラット上顎組織のパラフィン切片のHE染色像を示す(スケールバー;150 µm,点線;角化歯肉と歯槽粘膜の境界部,実線矢印;角化歯肉,点線矢印;歯 槽粘膜)。
(B)ラット上顎組織のパラフィン切片の LAMα3 免疫組織化学染色像を示す
(a)。(b)は角化歯肉,(c)は歯槽粘膜の拡大像を示す(スケールバー;a:150 µm,b-c:50 µm,実線矢印;角化歯肉,点線矢印;歯槽粘膜)。
(C)採取した角化歯肉,歯槽粘膜組織のLamα3,Lamβ3,Lamγ2の遺伝子発 現量を定量性RT-PCR法にて解析した。それぞれの遺伝子発現量の平均値±標準 偏差をグラフに示す。実験は 3 回繰り返し同様の結果が得られたため,その代 表的な結果を示す(対応のないt検定:***p<0.001)。
KG;角化歯肉,Non-KG;歯槽粘膜。
図 4 Laminin332 が上皮細胞の角化に与える影響
(A)300ならびに1000 ng/mLの濃度のrhLAM332刺激下にて,TR146を Thin Cert 細胞培養インサート上で培養し,培養20日後に細胞からmRNAを回収し,
K1,K10遺伝子発現量を定量性RT-PCR法にて解析した。それぞれの遺伝子発 現量の平均値±標準偏差をグラフに示す。実験は3回繰り返し同様の結果が得ら れたため,代表的な結果を示す(一元配置分散分析 / Tukeyの多重比較検定:
*p<0.05,**p<0.01)。
(B)K1,K10の免疫細胞化学染色像を示す(スケールバー;50 µm)。 KG;角化歯肉,Non-KG;歯槽粘膜。
図 5 角化歯肉,歯槽粘膜由来線維芽細胞の評価
(A)角化歯肉,歯槽粘膜由来線維芽細胞からmRNAを回収し,線維芽細胞関 連遺伝子のType 1 collagen α1(Col1α1),Fibronectin(Fbn),Tenascin C(Tn-C)
の遺伝子発現量を定量性RT-PCR法にて解析した。それぞれの遺伝子発現量の 平均値±標準偏差をグラフに示す。実験は3回繰り返し同様の結果が得られたた め,代表的な結果を示す(対応のないt検定:*p<0.05,***p<0.001)。
(B)同量の細胞数を播種し,細胞播種 30 分後の接着細胞数を CellTiter 96 Aqueous® One Solutionを用いて測定し,細胞接着能を評価した。細胞数の平 均値±標準偏差をグラフに示す(対応のないt 検定:***p<0.001)。実験は 3回 繰り返し同様の結果が得られたため,代表的な結果を示す。
(C)同量の細胞数を播種し,細胞播種3日後の細胞数をCellTiter 96 Aqueous®
One Solutionを用いて測定し,細胞増殖能を評価した。細胞数の平均値±標準偏
差をグラフに示す(対応のないt検定:***p<0.001)。実験は2回繰り返し同様 の結果が得られたので,代表的な結果を示す。
(D)ボイデンチャンバー法にて細胞遊走能を評価した。細胞数の平均値±標準 偏差をグラフに示す(対応のないt検定:*p<0.05,***p<0.001)。実験は3回 繰り返し同様の結果が得られたので,代表的な結果を示す。
KG;角化歯肉由来線維芽細胞,Non-KG;歯槽粘膜由来線維芽細胞。
図 6 角化歯肉,歯槽粘膜由来線維芽細胞が上皮細胞の角化に与える影響
(A)ラット角化歯肉または歯槽粘膜由来線維芽細胞とTR146を28日間共培養 した細胞からmRNAを回収し,ヒトの遺伝子を特異的に検出可能なプライマー
を用いて,Lamα3,Lamβ3,Lamγ2,K1,K10の遺伝子発現量を定量性RT-PCR 法にて解析した。それぞれの遺伝子発現量の平均値±標準偏差をグラフに示す。
実験は 3 回繰り返し同様の結果が得られたため,代表的な結果を示す(対応の ないt検定:*p<0.05)。
(B)LAMα3,K1,K10 の免疫細胞化学染色像を示す(△;陽性細胞を示す。
スケールバー;50 µm)。
KG;角化歯肉由来線維芽細胞,Non-KG;歯槽粘膜由来線維芽細胞。
標的遺伝子 種類 GenBank 登録番号 プライマーセット
S29 human BC032813 5'-TCTCGCTCTTGTCGTGTCTGTTC-3'(S)
5'-ACACTGGCGGCACATATTGAGG-3'(AS) K1 human BC063697 5'-CTTACTCTACCTTGCTCCTACT-3'(S)
5'-AAATCTCCCACCACCTCC-3'(AS)
K10 human NM_000421 5'-ACACCGCACAGAACCACCACTC-3'(S)
5'-GGCAGGCACAGGTCTTGATGAAC-3'(AS)
Lamα3 human BC043618 5'-AGTCTGAATGGTTGTCCTGA-3'(S)
5'-TGGTTTGTGTCCTAATTGAAGAA-3'(AS)
Lamβ3 human BC075838 5'-GACAGTTACACTTGACAGACA-3'(S)
5'-CCAGCTTCCTTGACTTGAG-3'(AS)
Lamγ2 human BC112286 5'-TCTGTGCTGATGGCTACT-3'(S)
5'-CGGCTGTGTTGTGGATAC-3'(AS)
S18 rat NM_213557 5'-CTTCGCTATCACTGCCATT-3'(S)
5'-CGTCCTTCTGTCTGTTCAAG-3'(AS)
S29 rat NM_012876 5'-AAGGACATAGGCTTCATTAAGTTG-3'(S)
5'-AGGGTAGACAGTTGGTTTCAT-3'(AS)
K1 rat BC127464 5'-TGCTCAGATTAGGCTTATTTCC-3'(S)
5'-GCTCTTCGTGGTTCTTCTTC-3'(AS)
K10 rat NM_001008804 5'-ATCAAGGAGTGGTACGAGAA-3'(S)
5'-AGCAGGACATTGGCATTG-3'(AS)
Lamα3 rat U61261 5'-TACCACCTCTGAACACCAA-3'(S)
5'-AAGAGCCAGGAAGGAGTC-3'(AS)
Lamβ3 rat NM_001100841 5'-GGCGTGTGCTGTACTATG-3'(S)
5'-CAGACTATGCTATCAATGGTATCC-3'(AS)
Lamγ2 rat NM_001100640 5'-AGTCCTGCTGCTATGTCA-3'(S)
5'-CCATTACTACTGTCTCACTATGC-3'(AS)
Col1α1 rat BC133728 5'-GACAATTTCACATGGACTTTGG-3'(S)
5'-ACGTTCAGTTGGTCAAAGATAA-3'(AS)
Fbn rat NM_019143 5'-TGTCCTCCTTCCATCTTCTTA-3'(S)
5'-CCCTGAGCATCTTGAGTG-3'(AS)
Tn-C rat NM_053861 5'-TTCTCAGTGCTCAGTGGAT-3'(S) 5'-GATGTTGATGCGGTGTGT-3'(AS)
表1 RT-PCRに用いたプライマーの塩基配列 1/4
表 2 角化歯肉に 3 倍以上発現している Extracellular region に関わる遺伝子
発現遺伝子� 角化歯肉/歯槽粘膜(倍)�
Matrix metallopeptidase 12 (MMP12) Odontogenic, ameloblast associated Sclerostin domain containing 1
Lamininα3
Runt-related transcription factor 1 (Runx1) Interleukin 1 alpha (IL1α)
Lamininβ3 Lamininγ2
15.5 11.1 5.4 3.8
3.6 3.0 3.0 3.0
1/2
Non-‐KG
***
Re l. m RN A le ve ls
K10 50
40 30 20 10
0 KG Non-‐KG
KG
A B
Non-‐KG
***
Re l. m RN A le ve ls
K1 100
80 60 40 20
0 KG
a
b
c
b’ d
c’
d’
K1
Non-‐KG KG
K1 a’
b’
c’
d’
1/2
No n-‐ KG
KG
28,800 遺伝子
77 遺伝子
49 遺伝子 28,674
遺伝子
3 倍以上高発現する遺伝子
Non-‐KG
A B
KG
1/2
B
KG
b
Non-‐KG