( 令 和 2 年 3 月10日 発 行 )
奥 山 貴 之
日本語教師は
アカデミック・ジャパニーズを どのように捉えているのか
― 教師へのインタビュー調査から ―
How do Japanese language teachers recognize Academic Japanese
: Based on Interviews with Japanese language teachers.
キーワード: アカデミック・ジャパニーズ、半構造化インタビュー、ビリーフ、
アーティキュレーション、学部留学生 1.はじめに
1-1.研究背景
JASSO(2019)によると、日本における外国人留学生数は2011年の段階で、
163,697人であった。留学生数は、東日本大震災の影響で一時的に減少に転じたが、
その後増加を続け、2018年には298,980人となっている。その中でも、大学在籍 者は84,857人となっており、留学生の約30%を占めている。日本政府が策定した
「留学生30万人計画」(2008)は達成の目途を2020年としているが、2018年でそ れはほぼ達成されている。このように、日本政府は留学生数の増加を目指してき た。しかし、急激な増加は新たな課題を生み、近年それに対応するために、日本 語教育政策、留学生を含む在留外国人政策が見直されてきている。以下の1)~
3)はその代表的なものである。
1)2018年3月 文化庁文化審議会国語分科会「日本語教育人材の養成・研修 の在り方について(報告)」
2)2019年6月 外国人の在留資格に「特定技能(1号および2号)」が追加 される(「出入国管理及び難民認定法」の改正)
3)2019年6月 「日本語教育の推進に関する法律」の公布と施行
1)は、文化庁(2000)「日本語教育のための教員養成について」以来、18年 ぶりに教員養成の指針が示されたもので、在留外国人の増加と在留目的の多様 化、社会環境への変化への対応が目指されている。2)は、日本の労働者不足へ
日本語教師はアカデミック・ジャパニーズを どのように捉えているのか
― 教師へのインタビュー調査から ―
奥 山 貴 之
の対応を図るもので、これまで外国人の就労が認められてこなかった職種
1)で、
一定の条件のもとで認められるようになったものだ。3)は、国や自治体および 事業主が在留外国人等に日本語教育を施す責務があることを明確にしたものであ る。
それぞれ議論のある政策ではあるが、政府が以前よりも日本語教育政策や在留 外国人政策に関心を持ち、動き始めていることが見て取れる。日本の少子化や、
産業界における元留学生の需要
2)は、依然として日本の大学における留学生の在 籍者数の増加、または在籍者数の維持の要因となる。だからこそ、近年日本政府 は留学生への教育や教育機関の質を問い直す政策を取るようになっているのだ。
1)~3)の政策に付随して、留学生への教育や教育機関の質を問い直す動き もある。文部科学省(2019)「留学生の在籍管理の徹底に関する新たな対応方針」
では、留学生の在籍管理の徹底が各教育機関に改めて求められている。2019年6 月に、ある都内私立大学の「学部研究生」
3)が大量に失踪したり、彼らに対して 教育が十分に行われていなかったりしたことが報じられ、対応が図られたものと 考えられる。留学生の在籍管理や学習意欲の問題は以前から存在していたものの、
日本語教育関係者以外にはあまり認知されていなかったと言える。それが、この 報道で多くの人に注目されることとなった。
これらのことからは、花田(2014)の「日本の大学に入学する留学生数は年々 増加し、そのケアは大学にとっても重要な課題」という指摘が有効であり続けて おり、さらに日本語教育関係者以外からも留学生の教育に関心が向けられるよう になってきていることがわかる。そして、日本の少子化の大学への影響や、元留 学生に対する産業界の期待という日本社会側の都合よりも、より重要なことは、
当事者である留学生が大学で十分な教育を受ける機会を得、自らの将来に向けた 準備ができる状況にあるかということだ。その意味で、留学生に対する教育や教 育機関の質は、常に問い続けられるべき課題である。
アカデミック・ジャパニーズという用語は、日本留学試験
4)の導入(2002年)
に先立って、 「日本留学のための新たな試験」調査研究協力者会議が発表した「日 本留学のための新たな試験について-渡航前入学許可の実現に向けて-」(2000)
で使用されるようになった。「日本留学のための新たな試験について」において、
アカデミック・ジャパニーズは「日本の大学での勉学に対応できる日本語能力」
とされている。日本留学試験の「日本語」科目については「日本語シラバス」が
公開されているが、アカデミック・ジャパニーズの能力が詳細に記述されていな
い(門倉2006)という指摘があるなど、以後アカデミック・ジャパニーズをどの ように捉え、また、どのように指導するのか、議論されることとなった。
堀井(2003)は、アカデミック・ジャパニーズを図1のように整理している。
堀井(2003)は、大学の学習のみならず、キャンパス内での生活、大学だけに留 まらず日本での生活や人生に関わることに必要な日本語も、アカデミック・ジャ パニーズの一部であるとしている。
門倉(2006)は、アカデミック・ジャパニーズ(AJ)を図2のように整理した。
AJ(アカデミック・ジャパニーズ)教育は「言葉の教育」「〈学び〉の教育」「学
習スキル教育」の全てが重なった部分であるとし、具体的に各領域を以下のよう に整理している。
「 言 葉 の 教 育 」: 日本語教育、国語教育、ESL(English as a Second Lan-
guage)教育におけるAJ的アプローチ「〈学び〉の教育」: 初等、中等教育における「総合的学習」、高校の「現代社 会」、1990年代以降の大学初年次導入教育
「学習スキル教育」: 英語圏のスタディ・スキル教育、リサーチ法(調査・研 究の仕方)
堀井(2003)、門倉(2006)のどちらも、アカデミック・ジャパニーズを言語 の形式面のみで捉えるのではなく、スキル、思考力などを含んだ複合的な概念と して捉えていることがわかる。
アカデミック・ジャパニーズは日本の大学に在籍し日本語で教育を受ける場合
アカデミックジャパニーズ
キャンパス・
ジャパニーズ
ライフ・
ジャパニーズ 知識 問題発見 スキル
解決能力
言葉の教育
〈学び〉の教育 学習スキル 教育
図1 アカデミック・ジャパニーズの構成要素
(堀井2003)より
図2 AJ教育研究と関連領域との 位置関係(門倉2006)
には必要不可欠な能力であると考えられる。そして、アカデミック・ジャパニー ズと、それを用いて身に付けた学部の専門教育の知識やスキルが、留学生の将来 に繋がっていくことが期待される。しかし、大学入学前に留学生が十分にアカデ ミック・ジャパニーズのトレーニングを受けているかというと、そうではないと いう指摘が見受けられる(花田2014、京2016)。京(2016)は、日本語学校での 学習が、EJU(日本留学試験)やJLPT(日本語能力試験)対策が中心になり、
そのため授業が教師主導型での「読む」「聞く」などの受容技術中心になってい ることを指摘している。また、奥山(2018)のインタビュー調査でも、大学入学 前にアカデミック・ジャパニーズのトレーニングを大学入学前に受けた留学生と そうではない留学生がおり、学習の捉え方の違いがあったことが示されている。
大学に対する社会的要請、そして留学生本人が日本の大学で十分な教育を受け て自らの将来を形作るという意味でも、アカデミック・ジャパニーズを問い直し、
学部留学生への教育を充実させていくことは重要な課題なのである。
1-2.研究動機
日本の大学の学部に所属する外国人留学生の辿る教育課程の一例を図示すると 以下のようになる。
留学前の日本語教育は、主に現地の言語を媒介後として用いた間接法による外 国語教育となる。この期間に一定程度の日本語能力を身に付けていることが留学 のための要件となる。そして、日本留学後の日本国内の日本語学校で行われる教 育は、主に媒介後などを用いない直接法による第二言語教育となる。留学前は、
日本語以外の共通の言語を使う学習者と教師がいて、それらを用いて授業とクラ ス運営が行われるという環境にある。また、クラスの外の社会では日本語は主な
卒業 高校
語学学校など 日本国内の日本語学校 大学
日本語教育 日本語教育 専門教育
教育の連続性 留学中 留学前
図3 外国人留学生が辿る教育課程の一例
言語ではない。そして、留学後はクラス内の言語も、クラスの外の社会の言語も 日本語であるという学習環境になる。大学では「日本語を学ぶ」という環境では なく、日本語で各専門について学び研究するという環境になる。
堀井(2015)は、「学習者が外国語学習を効率よく進められるよう、連続性や 一貫性のある学習環境を構築する『アーティキュレーション』への注目が高まっ ている」としている。各教育機関での教育内容が連続性を持つことが期待されて いるというのだ。アーティキュレーションには3つのタイプ、1)縦の繋がり、
2)横の繋がり、3)他分野とのつながりがあると指摘されている(Lange1982)。
1)はレベルとレベルの接続であり、例えば高校と大学の日本語教育の連続性や 同一教育機関内の学年間の連続性など、2)は同一レベルでの関係性であり、例 えばある国の大学から日本の大学に留学し元の国に戻るような場合の連続性、ま た、同じレベルでも技能別クラスの繋がりなど、そして3)は日本語教育と他の 外国語教育や他の専門分野との学際的な関係や、職業などとの繋がりなどを指す という(加納他2013)。アカデミック・ジャパニーズは、1)の意味でのアーティ キュレーションとの関連の中で捉えることができる。
しかし、高橋(2016)は、大学進学を目指す留学生が、大学で学ぶために必要
な日本語能力を、部分的には身につけているものの十分だとは言えないと指摘
している。また、奥山(2018)は学部における留学生への初年次教育に注目し
た。奥山(2018)では、アカデミックジャパニーズの獲得を目指した留学生対象
の初年次教育においてCan-doアンケートを活用することで、学部での専門教育
でのタスクを達成するための日本語の必要性、タスクを達成する中で日本語力が
向上させられること、身に付けた力が社会人生活でも活かせること、などを留
学生が考えていたことを示された。その一方で、TBLT(Task-based Language
Teaching)の重要性に気付いたり、日本語の学習と専門の学習を繋げて捉えることができるようになったりすることを期待していたものの、あまりそれが見ら
れなかった留学生がいたことも示された。留学生の学習の捉え方によって、受け
た教育からどのようなことを考えるのかは異なる。そして、教師の意識の持ちよ
うによって行われる教育は異なっており、その結果それぞれの留学生の経験も異
なってくることが予想される。Shavelson and Stern(1981)は「教師が何をす
るかは、彼らが何を考えているかに統制され、その教師のビリーフが意思決定の
フィルターとなる」と教師のビリーフの重要性を指摘している。本研究では、日
本語教師のアカデミック・ジャパニーズに関わるビリーフと、それに基づいた実
践や指導上の課題に注目する。
1-3.研究目的
アカデミック・ジャパニーズに関わる日本語教師のビリーフを調査し、それに 基づいてどのような実践をしているのか、また、どのようなことが課題になって いるのか、などを明らかにする。これらが明らかになることで、大学への進学を 目的とした日本語教育や、大学の中での日本語教育に関わる課題を共有し、現場 での指導やカリキュラムを再考する材料にすることができる。また、教師のビリー フや実践の調査結果は、教師教育に貢献することもできると考える。
本研究は、まず、ビリーフについての先行研究を整理し、本研究の位置づけを 確認する。その後、日本語教師4名に対して行った半構造化インタビューを全て 文字化し、それらをデータとして質的に分析する。そこから考察を述べ、さらに 今後の課題を述べたい。
2.先行研究と本研究の位置づけ
本章では、ビリーフについての先行研究を整理する。アカデミック・ジャパニー ズについては、既に概要を整理しているため、ここでは扱わない。
2-1.ビリーフとは
岡崎(2005)は「言語学習についての信念(ビリーフ)とは、言語学習の方法・
効果などについて人が自覚的または無自覚的にもっている信念や確信を指す。」
とし、『研究社 日本語教育事典』(2012)では、「学習者や教師が言語や言語学 習に関して抱いている個人的な信念や見解のこと。」とされている。学習者や教 師が持つ、言語学習についての様々な信念であるとしてよいだろう。ビリーフ研 究では、Horwitz(1985,1987)のビリーフ質問調査紙、BALLI(Beliefs About
Language learning Inventory)がよく知られており、そこでは5つのカテゴリーのビリーフが示されている。
1)言語学習の適性:「成人より子どものほうが日本語学習がたやすい」「外国 語学習の特別の能力を持つ人がいる」など。
2)言語学習の難易度:「言語の中には学習しやすいものとそうでないものが
ある」「私は日本語が上手に話せるようになるだろう」など。
3)言語学習の性質: 「日本語を話すためには日本文化がわかる必要がある」 「日 本語の学習は日本でするほうがよい」など。
4)コミュニケーションストラテジー:「正しく言えるようになるまでは何も 言ってはいけない」「日本語学習の初期に誤りが訂正されないと後には癖に なり直せなくなる」など。
5)言語学習の動機:「就職に有用である」「日本人の友だちが欲しい」など。
しかし、ビリーフの捉え方はBALLIで示されているものに限らず、より広範 に学習者や教師の言語学習に関わる信念が含まれるものとして研究が行われてい る。次節では、日本語教師のビリーフ研究について先行研究を整理する。
2-2.ビリーフの先行研究
言語教育におけるビリーフ研究は、学習者のビリーフを研究するものと教師の ビリーフを研究するものに大別され、それは日本語教育も同様である。本稿は教 師のビリーフについて考察するものであるため、学習者のビリーフの先行研究に ついては、多くは言及しないこととする。
教師のビリーフについては、まず先述のBALLIを用いた研究が多くみられる。
一方、BALLIによる調査では見えないものがあるという指摘もあり、インタ ビュー調査など質的な調査を行うものも増えている。これらの中に、ノンネイティ ブ日本語教師とネイティブ日本語教師を比較したもの、教師のビリーフの変化に ついて研究したものなどがあり、日本語教師のビリーフ研究はBALLIを用いた ものを踏襲しつつも、さらなる展開を見せている。以下、いくつかの研究を具体 的に紹介していく。
2-2-1.地域性に注目したビリーフ研究
前述の通り、海外のノンネイティブ日本語教師に関わるビリーフ研究は多く見 られる。
松本(2019)は、コスタリカで日本語教育を行うNT(ネイティブ日本語教師)
とNNT(ノンネイティブ日本語教師)に対して、言語学習ビリーフ調査を行い、
全51項目中27項目においてNTとNNTの間で有意な違いがあったことを示した。
具体的には、
1)NNTはNTに比べ外国語学習に自信を持っている。
2)NNTは文法学習を重視、NTは文法学習重視には否定的。
3)「外国語学習の中で一番重要なのは、自分の言語からの翻訳の学習である」
は両者とも否定的。
4)NTは初期の段階の誤りに寛容。NNTは初期の段階の誤りにあまり寛容で はない。
5)NTもNNTも、きれいな発音を重視、繰り返し練習することが重要、学習 者が積極的に参加する授業がよい授業、に強く賛成。
6)「外国の文化を知りたい時に、外国語を学習しなくても知ることができる」
にNTは肯定的だが、NNTは否定的。
7)「外国語の習得には文化を知ることが必要」に、NNTはNTより強い意識 を持つ。
8)NNTはNTよりも、教師が学習者に介入することをよしとする傾向がある。
などである。NTとNNTのビリーフの違いを踏まえ、松本(2019)は、NNTの ビリーフを尊重しつつNNTの教師養成の明確な指導方針をつくるべきだとして いる。NNTのビリーフを尊重しつつ学習者にとってよりよい指導に繋げていく べきだというわけだが、NNTの教師養成の指導方針が定まらない状態ではそれ が難しいと松本(2019)は述べる。そして、指導方針が定まらない要因として、
NNTの教師養成が現地にボランティアで派遣されてくる教師任せになっている
ことを挙げている。
このような特定の地域のノンネイティブ日本語教師や学習者のビリーフを探ろ うという試みがある一方、様々な地域についての研究を統合して捉え、地域ごと の特徴を比較しようと試みた研究もある。
阿部(2014)は、日本語学習者の文法学習と語彙学習に対するビリーフについ て、世界各地の学習者を対象とした質問紙調査による先行研究結果を取り出して 地域的特徴を考察した。また、先行研究で明らかになっているノンネイティブ日 本語教師のビリーフの傾向と、日本人大学生や日本人教師のビリーフ調査の結果 との比較も行った。その結果、
1)南アジア・東南アジアでは、文法学習も語彙学習も大切だというビリーフ に、学習者と、現地のノンネイティブ日本語教師が、強く賛成するという同 じ傾向を示した。
2)西欧・大洋州では、文法学習も語彙学習も大切だというビリーフに、学習
者は賛成するが、それほど強く賛成するわけではなく現地のノンネイティブ
日本語教師の傾向とも近いという結果になった。
3)中南米、東南アジア・東アジアや大洋州の一部では、文法学習も語彙学習 も大切だというビリーフに、1)2)の中間程度の強さで学習者が賛成し、
現地のノンネイティブ日本語教師とはやや異なる傾向を示した。
というように地域によって違いが見られたという。
さらに、日本人の結果を見ると、大学生や教師歴が短い日本人教師は、文法学 習も語彙学習も大切ではないというビリーフを持ち、世界各国の学習者と異なる 傾向を示し、一方、経験が豊富な教師は世界各地の学習者と同じような傾向を示 したという。阿部(2014)はこのような地域による傾向を把握した上で、文法・
語彙のシラバスや教材を作成し、日本語教育の普及を図る必要があると指摘して いる。
阿部(2014)の研究は、 「「メタ分析」的分析」 (阿部2014)な手法を用いたもので、
調査年代に幅があり、被験者の質も異なる先行研究の結果を統合して考察してい る。論文の中でも触れられているが、そうした手法には限界がある。しかし、世 界中の様々な地域の教師と学習者のビリーフを比較しようという試みは、意義の あるものだと考えられる。地域ごとにどのような指導やカリキュラムが適してい るのか、また、一定の共通の目標をもとに教師教育をするのであれば、それぞれ の地域でどのような工夫が必要になるのか、総合的に捉える材料となるだろう。
2-2-2.ビリーフの変化に注目した研究
地域性に注目するビリーフ研究がある一方で、教師のビリーフの変化に注目し た研究も多くある。教師研修の前後の変化や、教師としての経験を積む中での変 化を捉えようとするものである。そのようなビリーフの変化を捉えようとした研 究としては、八田他(2012)、山田(2014)、久保田(2019)、などを挙げること ができる。
八田他(2012)は、タイの大学で教える新人タイ人日本語教師にPAC分析
5)を行った。研修前と研修後の「いい日本語教師象」を探るPAC分析で、教師の ビリーフに関する語りがどのように変化したか、その変化に教師研修がどのよう に関わっているかを探ったものだ。この調査によって、研修前に持っていた問題 意識が研修で刺激され発展した可能性があることが明らかになった。BALLIに よる調査では見えにくいとされる変化を、PAC分析を用いて明らかにした研究 である。
山田(2014)は、ビリーフの研究では時間的変化を考慮に入れるべきで、項目
が定まった質問紙によって一回限りの測定をしても、ビリーフの強弱を生み出す 原因がわかっていないとし、日本語教師2名へのPAC分析調査を3年の間を空 けて2回行い、教師のビリーフの変化、および変化を促した要因について分析し た。PAC分析調査の結果の比較から、教師のビリーフには、その性質によって 変化しやすいものと変化しにくいものがあることを明らかにした。変化しやすい ビリーフの特徴としては、形成されて間もないものであることや同質のビリーフ が存在せずに単独で存在していることなどを挙げた。反対に、変化しにくいビリー フの特徴としては、新人教師の頃に獲得されたビリーフであることや同じ性質を 持つビリーフが集まったビリーフの塊が形成されていることなどを挙げた。
久保田(2019)はより長期間にわたってノンネイティブ日本語教師を対象に調 査を行っている。中央アジア出身の非母語話者日本語教師1名(教師A)を対象 に、5年10か月の間に5回行ったインタビュー調査の結果をもとに、そのビリー フの変化と教師としての成長過程について分析・考察した。そして、日本での教 師研修や会議出席、および母国における母語話者日本語教師や非母語話者日本語 教師との共同作業、新たな教育概念や教科書の導入、学習者から教育者へ、教育 者から教師養成担当者への役割の変化等を通して、教師Aはビリーフを変容させ ていたとしている。教師Aの教師の役割や教育目標に関するビリーフの変化は明 確で、実践面だけでなく、思考や人間関係に関わる面にも意識が向くようになっ たという。久保田(2019)は、教師Aの場合は恵まれた環境の中にいたことを踏 まえつつも、機会が与えられれば教師ビリーフは変化することが明らかになった としている。教師Aの場合その変化は「ものの見方」の変化を含み、受身的なも のではなく、周囲の助言から自分を振り返って、様々な経験を通して学ぶことで 生じていた。
このように、教師教育、教師研修、教師の成長について考えていく上で、ビリー フ研究は一定の役割を負っていることが分かる。この場合、個々のビリーフの変 化に注目するため、一定以上の期間にわたる調査が必要になり、質問紙調査では 現れない変化を探るために質的調査が行われていることが分かる。これらの研究 結果から、ビリーフの変化の要因や、変化しやすいものと変化しにくいものが明 らかになり、教師養成や教育を考える上で重要な示唆が得られている。
2-2-3.地域性と、ビリーフの変化、双方に注目した研究
教師のビリーフの地域性と変化の双方に注目した研究としては、久保田(2017)
を挙げることができる。
久 保 田(2017) は、 世 界 各 国 の ノ ン ネ イ テ ィ ブ 日 本 語 教 師 の ビ リ ー フ を
BALLIをもとに独自の質問項目を加えて作成した質問紙を用いて調査した。2004・2005年度調査の結果と2014・2015年度調査の結果を比較するもので、日
本語国際センターで研修を受けるノンネイティブ日本語教師について、「ノンネイ ティブ日本語教師のビリーフは10年の間を置いて異なるか」、「ノンネイティブ日 本語教師の学習経験は10年の間を置いて異なるか」、「ビリーフと学習経験の関係 性は10年の間を置いて異なるか」この3つの課題を解明することを目的として研 究を行っている。
久保田(2007)では、2004 ・
2005年度調査の結果、ビリーフには「正確さ志向」「豊かさ志向」の2因子があり、そのあり方に地域差があること、「正確さ志向」
と学習経験因子「文法・暗記・訳読型」との間に緩い相関があることを明らかに していたが、2014・2015年 度調査を実施した結果、ビリーフに関しては、2004・
2005年度と同様に地域差がみられることが分かったという。具体的には、以下の
ように調査結果をまとめている。
1)全体的に正確さ志向が弱くなる傾向がある。インドネシアとタイは変化が みられなかった。
2)インドネシアとタイは10年前より「豊かさ志向」の傾向が強くなった。
3)全体的により「豊かさ志向」の傾向が強いことがわかった。
4)学習経験に関しては、2014・2015年度調査のほうが「コミュニカティブな 活動型」の学習経験が多い。全体とロシア・中国・インドネシアで有意差が ある。10年前よりもコミュニカティブな活動型の学習経験をした教師が増え ている。
5)一方で「文法・暗記・訳読型」の学習経験に関しては違いがないことがわ かった。最も多く経験している学習型であった。
6)「作文・報告・ディベート型」の学習経験は、ロシアと韓国を除いた4つ の国と全体で10年前より高い数値を示した。
7)ビリーフと学習経験の関係性は、学習経験因子「作文・報告・ディベート 型」と二つのビリーフの因子の間に緩い相関がみられ、2004・2005年度とは 異なる結果となった。
久保田(2017)は、文法・暗記・訳読型かコミュニカティブな活動型かという
二項対立ではなく、作文・報告・ディベート型の学習経験がビリーフにどのよう
な影響を与えるのかより詳細に検討すべきだとした。
この研究は、10年前日本語学習者であったノンネイティブ日本語教師が、学習 者の頃に受けた教育からどのような影響を与えられているかを伺うことができる ものとなっている。また、日本語学習者として受けた日本語教育と教師教育との 関連を考えられるものとなる。八田他(2012)や久保田(2019)は、個人のビリー フの変化に注目しているが、久保田(2017)は世界各地のノンネイティブ日本語 教師のビリーフの傾向とその変化を日本語学習経験と関連付けて考えようとする ものである。これは、日本語教育の潮流とその影響を総合的に考えることができ る研究であると言える。
2-2-4.特定分野の日本語教育についての教師のビリーフ研究
ここまで概観してきた教師のビリーフ研究は、日本語教育を総合的に捉えたも のであった。しかし、ビリーフ研究の範囲は広く、言語教育を総合的にとらえる ものだけに留まらない。ここでは、日本語教育の特定分野に注目したビリーフ研 究を紹介する。
本田・石村(2013)はビジターセッションについての教師のビリーフに注目し た。ビジターセッションについては、「学習者」「母語話者」「教員」の三者の側 面から総合的に検討する研究が進められているが、この論文は「教員」の側面か らビジターセッションを考察したものである。本田・石村(2013)は、「学習者 の日本語クラスと、ビジターの英語学習のクラスとがいっしょに授業を行うビジ ターセッション」(学生ビジター)と、「地域住民のボランティアが教室を訪れて 行われるビジターセッション」(社会人ビジター)の、二種類のビジターセッショ ンに対して、教員がどのようなビリーフを持っているかを質問紙を用いて調査し、
日本語教員が世代の異なるビジターに対して抱く期待の相違を明らかにした。具 体的には、
1)社会人ビジターに対する期待が学生に対するものより高いのは、文化や習 慣などの知識や経験の伝達。同時に学習者の聞き役になることも求めている。
教えながら聞くという難しい役割を期待。
2)学生ビジターには、学習者から学ぶこと、発音を修正することを期待して いる。
3)社会人ビジターには学習者の学習の手助けの役割を期待し、学生ビジター
には、学習者とともに学ぶ、自然な日本語のリソースとなる、ことを期待し
ている。
などである。その後、地域交流に積極的な態度を持つ2名と、そうではない3名 にインタビュー調査をし、地域交流に積極的ではない教師は、「社会人ビジター への期待が大きい分、期待に応えられないと厳しい評価を下す傾向があるのでは ないか。」と考察している。
また、阿部他(2013)は、発音指導や音声教育に注目し、その教師のビリーフ について調査した。ビリーフ項目(外国語学習一般や音声教育の方法・内容につ いて)と回答者の教育の経歴や背景等との関係を分析し、今後の音声教育や教員 養成に求められることを考察したものだ。84名のネイティブ日本語教師(現職)
に対して、音声や発音の教育・指導の経験(困難点・改善の希望の有無、自分 が目標としていること)、日本語教員養成における音声学の受講経験や音声学の 授業に対する印象・感想・改善希望、外国語教育一般における指導方法や指導内 容についての考え方(言語学習ビリーフ)、という3分野11項目の質問を用意し、
アンケート調査を行っている。
この調査により、音声や発音の指導に不安がある教師が多いことや、教師養成 の段階での音声学の授業にあまり良い印象をもっていない教師が多いことが示さ れた。また、調査の結果分かった教師のビリーフを大別すると「語彙重視」「文 法重視」「文字・発音重視」の3つのパターンがあって、「文法重視」は「正確さ 重視」と結びつき「文字・発音重視」は「実践重視」と結びつくと指摘している。
これらは、教師がどのレベルの日本語の授業を担当しているかで影響を受け、上 級レベルでは正確さも実践能力の指導も求められるため、担当する教師は発音の 指導を授業で担当していなくても「発音が大切」と考える傾向があるという。ま た、音声学に対して良い印象があっても、「発音重視」という考えにならないの は、入門レベルを担当していることに起因し、「発音重視」に反対という考えは、
入門レベルの担当であることに加え音声指導経験が少ないことと関係があるだろ うとしている。
そして、入門レベルを担当する場合でも、実践的能力としての音声・発音の指 導が必要であることを教員養成や現場で訴え、様々なレベルに対応した音声教育 のコンテンツ(内容、方法など)を充実させることが今後の音声教育・教師教育 に求められると結論付けている。
このように、日本語教育の特定分野に注目したビリーフ研究では、ビジターセッ
ション、発音指導など、具体的な指導方法や教室活動について教師がどのように
捉えているかを知ることができる。指導方法や教室活動についての教師の捉え方 を知ることで、指導方法や教室活動の改善や再検討ができる。また、そうした知 見は教師教育に活かすこともできるだろう。今後さらに様々な分野の日本語教育 についてのビリーフ研究が広がっていくことが期待される。
2-3.先行研究のまとめ
ここまで、主に日本語教師のビリーフについての研究を概観してきた。ビリー フについての研究は、BALLIを用いたり、それを参考にした独自の質問紙を用 いたりしたものが多い。BALLIを用いた質問紙調査では、世界の各地域によっ てノンネイティブ日本語教師が持つビリーフに違いがあることが示されている。
そして、世界各地のノンネイティブ日本語教師のビリーフを、通時的に比較する ことで、世界的な日本語教育の潮流の影響がどのようにノンネイティブ日本語教 師のビリーフに現れているか、その一端が解明されていると言えるだろう。
一方、教師個人のビリーフの変化について研究する際は、インタビュー調査な どを用いた質的な研究が行われている。教師養成、教師研修、教師の成長につい て考える上で、ビリーフ研究は一定の役割を果たしていると言えるだろう。
また、前述のとおりビリーフはBALLIで示されているもの以上に、広く捉え ることができ、日本語教育の特定の分野についての教師のビリーフも研究されて いる。具体的には、 「ビジターセッション」や「発音指導」についての教師のビリー フについての研究があった。これは、今後さらに様々な分野の日本語教育に研究 の対象が広がることが予想されるものであった。
本研究は、アカデミック・ジャパニーズという特定分野の日本語教育について の教師のビリーフについて調査し、考察するものである。アカデミック・ジャパ ニーズの定義や、指導について、また近年ではCEFRの影響でアカデミック・ジャ パニーズの評価基準を作ろうという動きはあるが、アカデミック・ジャパニーズ についての教師のビリーフ研究が豊富にあるとは言えない。本研究では、日本語 教師に対するインタビュー調査を行い、1)日本語教師が、アカデミック・ジャ パニーズをどのように捉えているのか、2)指導の上でどのような工夫をしてい るのか、3)アカデミック・ジャパニーズを指導する上で、どのような課題を抱え ているのか、を明らかにしたい。本稿は、アカデミック・ジャパニーズも様々ある 中で、主に「読解」に関わることに注目している。なぜなら、大学での学習の中で、
情報を得たり考察したりする際に、その媒介として重要なものになるからだ。
これらを調査・分析し考察することで、大学への進学を目的とした日本語教育 や、大学の中での日本語教育の中での、指導やカリキュラムを再考する材料とし たい。また、教師教育について考える材料となることも期待する。
3.調査概要
3-1.調査目的
この調査の目的は、教師のアカデミック・ジャパニーズに関するビリーフの一 端を明らかにし、それに基づいた実践や指導上の課題についても示すことである。
これらを、留学生への指導や、教師教育について考える材料としたい。
3-2.調査対象
日本語予備教育
6)に携わる日本語教師4名を調査対象とする。以下がその調 査対象となる。すべて都内A日本語学校の専任教員で、 教師Dは主任の立場であった。
また、全てネイティブ日本語教師である。インタビュー当時の調査対象者の勤務校 の学生数は200名程度、 漢字圏出身の学生が半数近くを占め、 徐々に非漢字圏出身(東 南アジアや南アジアなど)の学生が増えている時期であった。
表1.調査対象者リスト 教師経験
年数 年齢
性別
勤務先および勤務形態 1 教師A 6年 30代 F 東京都内A日本語学校(専任教員)
2 教師B 13年 30代 F 東京都内A日本語学校(専任教員)
3 教師C 4年 20代 F 東京都内A日本語学校(専任教員)
4 教師D 7年 20代 F 東京都内A日本語学校(専任教員・主任)
3-3.調査方法
半構造化インタビューをそれぞれの調査対象者に対して行った。教師A ~
Dに対するインタビューは、都内A日本語学校の教室で1人30分から60分程度行わ れた。調査対象者の同意を得た上でインタビューを録音し、音声データは全て文 字化し分析対象とし、質的に分析を行った。
インタビューでは、概ね以下の点について質問した。
1)アカデミック・ジャパニーズについて。
(大学に進学して学ぶ上で必要だと思う力。学生に足りないと感じる力。)
2)大学進学を目指しているクラスでの授業について。実践と課題。(主に
JLPTのN2取得以後のクラス)3)大学進学を目指す留学生にとって、目指す専門以外に必要な知識やスキル など。
3-4.調査期間
2016年9月27日、18 :
00~21:
00にかけて4名のインタビューを行った。4.調査結果・分析および考察
4-1.教師Aの調査結果・分析および考察
教師Aのインタビュー結果を分析すると、以下のようになった。
1)アカデミック・ジャパニーズについて。
① 語彙: 抽象的な言葉、専門的な言葉の理解。大学の「○○概論」の教科 書が分かる。
② 時事:新聞を読むなど。日本社会についての知識も必要。
2)大学進学を目指しているクラスでの授業について。実践と課題。
① 実践:いかに興味を持たせるか。生教材の利用。絵や写真。
生教材は、学生が知らないこと、メジャーではないニュースなど を扱う。
② 課題: 上級レベルでも新聞は難しい。これを読んで何が分かるかの意識 付けが難しい。
経済を勉強したいと言っても、その先を考えていない。漠然と「い い大学」。
3)大学進学を目指す留学生にとって、目指す専門以外に必要な知識やスキル など。
① 精神的な自立: 大学では自分で考えて自分で動かないといけないことが 多い。
自分のことなのに、自分でやろうとしない学生が多い(進
学の準備等)。
② 時事:ニュースを知っておくこと。
③ 学習動機の言語化: 自分の国で留学前にしてきたことを日本語で話せる ことが必要。
今までと日本でしようとしていることを繋げて話せ ることが必要。
教師Aは、大学に進学する留学生に必要な力として、専門用語を理解する力を 挙げている。抽象的な言葉や専門用語を理解できれば、大学の専門の導入的な科 目である、「概論」の教科書などが読めると考えているようだ。また、専門に限 らず、時事や社会についての知識が必要だと考えている。教師Aは、授業実践の 中で、様々なニュースを取り上げると語っていたが、その目的について以下のよ うに述べている。
ポップな感じのところから、そこから一つ、これが好き、これについてもっ と知りたい、と思ってもうちょっと学術レベルまで持っていければ、大学と か大学院とか。学生に聞いても、経済を勉強したいとか、社長になりたいと か、じゃ何の社長になりたいのと聞いたら答えられなかったり・・・
時事は、ただニュースを知っているということだけでなく、そこから専門的な学 習へ繋がるものだと捉えていることがわかる。難解なニュースであれ、比較的分か りやすいニュースであれ、そこから専門的な学習の動機に繋がることを期待してい る。教師Aは、 留学生の学習の動機や進学の動機に、 非常に不安を感じているようで、
それには学習者が自分で進学準備を進められないことも関わっているようだ。
教師Aが考える大学進学をする留学生に必要な力は、抽象的な言葉や専門用語 の理解とそれを用いた文章が理解できる力、自分を取り巻く社会に関心を持ちそ こから学習動機や専門の学習に繋げることができる力、であった。そして、留学 生が時事を知り、社会に興味関心を持てるように、積極的に生教材を用いている ことが分かった。
4-2.教師Bの調査結果・分析および考察
教師Bのインタビュー結果を分析すると、以下のようになった。
1)アカデミック・ジャパニーズについて。
① 要約する力:調べたことをそのままではなく、まとめて発表する力。
まる写しだと自分のものになっていなくて、質問に答えら れない。
② 読む力: 新聞が読める。行間が読める。作者の意図、文章全体が意味し ていることが分かる。
概要がつかめれば、要約して発表することができる。
2)大学進学を目指しているクラスでの授業について。実践と課題。
① 実践: 文章を読む場合、ひと段落ごとの内容理解。さらに小さく区切っ て意味把握や指示語の理解。
日本の中学校・高校の国語の教科書をテキストとして利用した経験。
② 課題: 文章の内容についての問題(四者択一)でも、自分の意見で答え てしまう。
長い文章全体が読めない。
3)大学進学を目指す留学生にとって、目指す専門以外に知識やスキルなど。
① 日本社会についての知識:就職活動、入社してから退職までの流れ。
年中行事。
② 進学についての知識: 大学院を志望する学生も大学院のことを知らない。
勉強と研究の違いが分からない。
学歴だけ欲しがる。だから、研究テーマも出てこ ない。
教師Bは、大学に進学する留学生に必要な力として、文章の意味や意図を捉え 要約する力、そしてそれを他者へ伝える力を挙げている。自らが授業実践をする 中で、そのような力が不足している留学生が多く、そのことが教師Bのアカデミッ ク・ジャパニーズの捉え方に影響を与えている。文章との関連では、文章の内容 と自分の意見を区別ができない留学生がいることに不安やとまどいを感じてい る。文章の内容と自分の意見の区別もまた、要約する力に関係することだ。作者 の意図や文章全体の意味が捉えられていないことも、文章の内容と自分の意見が 混ざることに繋がるのではないだろうか。
そのような中で、教師Bは文章の内容を段落ごとに捉える読み方はもちろん、
それでも難しい場合は、もっと小さく区切って意味の把握や、指示語の指してい
るものを確認したりしているという。
また、教師Bは、留学生が日本社会を生き抜くためには、「日本社会について の知識」「進学についての知識」が必要だと考えている。
日本の会社に入ってから退職までの流れというか、就職活動をどういうふう にして会社に入って、そういうのを知らない人が、結構いる。大学生のどう いう時からみんなが就職活動をして、どういうふうにその活動を進めていく か、とか、をあまり知らない。
大学院に行くと言っても、どうやって大学院を受験すればいいとか、大学院 自体で何をやっているのかを知らない学生がけっこう多くて、自分で研究し たいものを決めて、研究をどこの大学のどの先生がやってるかとか、そうい う調べ方とかも全くゼロの学生が最近増えてきているというのと(後略)
と、教師Bは述べている。日本の大学に進学する留学生の多くは、日本での就職 に一定の関心を持っていると考えられるが、そこに対する知識がないこと、大学 ではなく大学院のことではあるが、自分の進学に関することを自律的に準備でき ないこと、などに不安を感じているのだ。
教師Bは、留学生が大学に進学して学ぶために、文章を捉えて要約できる力、
それを発表できる力が必要であると考えていた。また、大学の専門に関わらず、
日本社会で生きる力が、留学生に不足しており、そのような力も身に付けて欲し いと考えていることが分かった。
4-3.教師Cの調査結果・分析および考察
教師Cのインタビュー結果を分析すると、以下のようになった。
1)アカデミック・ジャパニーズについて。
① 意見を出す力:大学は勉強と研究だから必要。ゼミでの研究。
2)大学進学を目指しているクラスでの授業について。実践と課題。
① 実践: 客観的な理由からの意見を出せるように、意見文を書く授業の際 は、ディベート的に役割を決めて意見を出させる。
読む文章が嫌にならないよう、手を変え品を変え工夫をする。
意見を話せるように、スピーチ用のテキストを使用。「アイデア を考える」「構成」「構成の中で使う表現」「原稿の例」と手厚い ものがある。
読解のストラテジーを学べるテキストを使用する。
社会的なトピックについて話す時、学生にとって身近に感じられ るようにする。
社会的なトピックについて立場を変えて考えさせる。
② 課題:何事にも興味を持たない。
JLPTやEJUの試験対策問題はできるが、長い文章の精読ができ ない。
テーマについて掘り下げて考えて話すことが難しい。
3 )大学進学を目指す留学生にとって、目指す専門以外に必要な知識やスキル など。
① 社会的な知識:社会的なトピックやそれに関する用語。
② 興味関心: 日本での生活の中で、不思議に思ったり、不快に思ったりす ることから興味や関心を持つ。
そこから自分の意見が出る。
教師Cは、大学に進学する留学生に必要な力として、自分の意見を述べること と挙げている。意見を出す力や自分で考える力がないと、何かを覚える「勉強」
はできても、ゼミでの活動や研究は難しいと考えている。この「意見を出す」こ とについて、教師Cは以下のように言っている。
自分だったらこう思う、自分だったらこうする、というのがそもそも考えた ことがない人が多いので、こういう力が本当はないと、大学は勉強半分研究 半分みたいなところもあるので、必要かなというのが思います(ママ)。そ もそもその前にニュースを見てないっていうのもあるんですけど、よくよく 聞いてみると、国でそういう意見文を書いたことがないとか、その読解を読 んでも、意味をとったりはするけど、どう思いますかまではやったことがな いという人が多いので。指導するときもそれがなんか一番困るかなと。
様々な背景を持つ留学生がおり、その中にはあるトピックについて「自分の意見
を出す」ことに慣れていない学生もおり、だからこそより「自分の意見を出す」
ことの重要性を感じているのであろう。授業の実践では、様々な工夫を凝らして 自分の意見を持つことと、それを他者に伝える力を身に付けさせようとしている。
そのために、社会的なトピックも自分達に関係のないことではなく、身近な人が 関係しているというように話したりしていた。また、例えば脳死した場合の臓器 移植について考えるのであれば、自分が脳死した場合、自分の子どもが脳死した 場合、など様々に立場を変えて考えさせるという工夫をしていた。教師Cの発話 は、ほとんど「興味を持つ」「自分の意見を出す」ことで占められており、指導 している留学生に対してその点で強く不安を感じていることが分かる。徹底して、
「飽きさせない」「興味を引き付ける」、これらのことから留学生が自分の意見が 出せるように工夫をしていた。
教師Cにとって、留学生が大学に進学して学ぶ力として重要なものは、自分の 意見を出す力であった。その考えは、大学でのゼミや研究を念頭においたもので あると同時に、指導している留学生に感じる強い不安と繋がっているものだと考 えられる。この力が身につくように、興味を持たせ考えさせたり、意見や考えを 出しやすい状況を作ったりしていることが分かった。
4-4.教師Dの調査結果・分析および考察
教師Dのインタビュー結果を分析すると、以下のようになった。
1)アカデミック・ジャパニーズについて。
① まとめる力:読んだことを要約する。何が大切か捉える。
② 論理展開: 文章の前後関係の理解。論理展開のパターンを知っていれば 文章を読める。
まとめる力と繋がる。
③ 自分の意見を言う力:これが一番大切。その前にまとめる力。
2)大学進学を目指しているクラスでの授業について。実践と課題。
① 実践: 文章の段落ごとのまとめ。文章の内容をまとめたものにブランク を作り、学生に埋めさせる。
読解と作文の連携。読解ができないと作文ができない。
文章を読むときはその本文の内容に関わるデータを持ってくる。
文章の内容と、今社会で起こっている問題を繋げる。
現在の社会的な問題について、日本の文化や精神性について、生 教材を用いる。
夏休みに自由研究をさせる(調べたことを発表)。
② 課題:学生が興味を持っていないことに興味を持たせることが難しい。
知識不足。知識を繋げて考える発想や力がない。
読んだことを要約する力がない。
3)大学進学を目指す留学生にとって、目指す専門以外に必要な知識など。
① 一般常識:高校までで学ぶような社会・政治経済。
幅広い分野の知識。専門の「とっかかり」になるようなもの。
教師Dは、留学生が大学に進学して学ぶために必要な力として、一番は自分の 意見を言う力だと言っていた。そして、その前提になるのが、読んだものをまと める力と論理展開を理解する力ということだった。このまとめる力と論理展開を 理解する力は、繋がるものだと考えられる。論理展開を理解していることで、文 章を理解することができ、論理展開が理解できていれば文章を簡潔に分かりやす く書くことができる。こうした力を留学生が身に付けられるように、教師Dは様々 な実践を行っていた。情報を収集し理解することと、まとめて伝えることを繋げ た実践を行っており、「まだまだやりたいことがある」と述べるなど、非常に意 欲的だった。
教師Dが感じる指導上の課題は、留学生が興味を持たないことであり、また知 識を繋げて考えられないことであった。様々なことを繋げて考えることができな いからこそ、興味を持てない。だからこそ教師Dは幅広い分野の知識を学生が身 に付けて、大学などでの専門の「とっかかり」にして欲しいと考えていた。
4-5.全体の分析および考察
4名の日本語教師は、留学生が大学に進学して学ぶために必要な力として、そ れぞれ以下のような力を挙げた。
【教師A】
語彙: 抽象的な言葉、専門的な言葉の理解。大学の「○○概論」の教科書が分 かる
時事:新聞を読むなど。日本社会についての知識も必要。
【教師B】
要約する力:調べたことをそのままではなく、まとめて発表する力。
まる写しだと自分のものになっていなくて、質問に答えられない。
読む力: 新聞が読める。行間が読める。作者の意図、文章全体が意味してい ることが分かる。
概要がつかめれば、要約して発表することができる。
【教師C】
意見を出す力:大学は勉強と研究だから必要。ゼミでの研究。
【教師D】
まとめる力:読んだことを要約する。何が大切か捉える。
論理展開: 文章の前後関係の理解。論理展開のパターンを知っていれば文章 を読める。
まとめる力と繋がる。
自分の意見を言う力:これが一番大切。その前にまとめる力。
「文章の要約」は教師Bと教師Dで共通していると言える。また、「意見」は教 師Cと教師Dで共通していた。そして、全ての教師が共通して言及していたのは、
留学生が興味を持たないことに対する危機感であった。どの教師も様々な手法で、
留学生が社会的なことに興味を持てるよう工夫をし、そうした興味を大学での専 門的な学びに繋げて欲しいと考えていた。
今回調査の対象となった日本語教師は、指導する学生の不足している部分を見
て、より「大学で学ぶための力」のイメージ、つまりアカデミック・ジャパニー
ズについてのビリーフを強く形作っていたと考えられる。力が不足している様子
を見ているからこそ必要性を強く感じ、さらに、それを身に付けさせるために様々
な実践していた。大学入学前に留学生が十分にアカデミック・ジャパニーズのト
レーニングを受けられていないという指摘(花田2014、京2016)はあるが、今回
調査対象となった日本語教師は、それぞれアカデミック・ジャパニーズを留学生
が身に付けられるよう、様々な工夫をしていた。ただし、アカデミック・ジャパ
ニーズが身につくように指導をしていたからといって、留学生が十分その力を身
に付けているとは言えない。日本語を学ぶ留学生が多様な背景を持っていること
は、今回の調査結果からも予想できる。こうした留学生がすべて十分なアカデミッ
ク・ジャパニーズを身に付けて大学に進学できるわけではない。その意味では、
十分なアカデミック・ジャパニーズが身に付いていない留学生が大学に入学した 場合、どのような指導をするのかが重要になる。
本研究では、今回の調査対象となった日本語教師が、アーティキュレーション を十分に意識して指導を行っていることも分かった。大学への進学はもちろん、
就職活動などについても考えており、それに基づいて指導を行っていた。多様な 背景を持つ学習者がいる中で、アーティキュレーションを意識し、大学に進学し て学ぶために必要な力とは何かを考えながら授業の実践を続けることの重要性が 示されたと言えるだろう。
5.まとめと今後の課題
本研究は、日本語予備教育と大学の日本語教育のアーティキュレーションを意 識し、その中でアカデミック・ジャパニーズを捉えた。先行研究では、アカデミッ ク・ジャパニーズのトレーニングが十分ではないまま大学に進学する留学生がい ることが指摘されていた。そこで、本研究は、日本語予備教育に携わる日本語教 師が、アカデミック・ジャパニーズをどのように捉え、それに基づいてどのよう な実践をしているか、またどのような課題を抱えているかを明らかにしようとし、
そのために4名の日本語教師にインタビュー調査を行った。インタビューを録音 した音声を全て文字化し、それらをデータとして質的に分析を行ったところ、以 下のことが分かった。
1)日本語教師は、「要約する」「意見を言う」「専門用語の理解」「論理展開の 理解」 「時事の知識」などを、大学に進学して学ぶための力として捉えていた。
2)それぞれが考えるアカデミック・ジャパニーズに基づいて、さまざまな実 践が行われていた。
3)日本語教師は、日本語予備教育と大学の教育のアーティキュレーションを 意識していた。
4)多様な背景を持つ留学生がいる中で、特に留学生に「興味を持たせる」こ とに課題を感じていた。
このように日本語教師の意識や実践の一端を明らかにすることは、今後のアカ
デミック・ジャパニーズや留学生の指導を考える材料になる。教師がどのように
考え、実践しているかを知ることは、これから教師になろうとしている人材や、
現役の日本語教師が、日本語教育やその指導について考える材料になるだろう。
今回の研究は、調査を行った時期が2016年であり、既に4人の教師が置かれて いる環境が変わっていたり、その影響でビリーフが変容したり、実践が変わって いたりすることも考えられる。しかし、大学進学を志望する留学生や、大学で学 ぶ留学生への日本語の指導が、質を問われ続けなければならないものであること には変わりがない。今後もさらに、日本語予備教育を行う教師がどのように考え ているのか探っていく必要があるだろう。そして、教師だけでなく、日本語を学 習する留学生が、アカデミック・ジャパニーズをどのように捉えているのか、大 学で学ぶ中でどのようにアカデミック・ジャパニーズを捉えているのか、研究を 続けていきたい。
注
1)特定技能1号の対象となる職種:介護、ビルクリーニング業、漁業、飲食 料品製造業、外食業、素形材産業、産業機械製造業、電子・電気機器関連産 業、建設業、造船・舶用工業、自動車整備業、宿泊業
特定技能2号の対象となる職種:建設業、造船・専用工業など
2)経済産業省(2018)「成長戦略における外国人材の活用について-Open
for Professionals-」は、「多様な知見を有する外国人材は、イノベーションを担う人材として不可欠」と述べ、留学生は「高度外国人材の卵」として いる。
3)大学の学部の正規課程ではなく、定員外の学生の身分として「学部研究生」
が設定されていた。
4)「日本留学試験は、外国人留学生として、日本の大学(学部)等に入学を 希望する者について、日本の大学等で必要とする日本語力及び基礎学力の評 価を行うことを目的に実施する試験」(EJUホームページ「日本留学試験と は」)で、2002年から実施され今では多くの大学で留学生の入学選抜に利用 されている。受験科目は日本語、理科(物理・化学・生物)、総合科目、数 学だが、日本留学試験利用する大学が受験生に対し科目を指定することがで きる。
5)
Personal Attitude Construct(個人別態度構造)分析。質的研究法の一つ。
社会心理学の分野で内藤(1991)によって示された分析方法で、その後さま
ざまな分野の個人に着目する研究に使われるようになる。当該テーマに関す る自由連想、連想項目間の類似度評定、類似度距離行列によるクラスター分 析、被験者によるクラスター構造のイメージや解釈の報告、実験者による総 合的解釈を通じて、個人ごとに態度やイメージの構造を分析する。
6)大学などの高等教育機関に進学するまえに、そこで学ぶために必要な日本 語能力を身に付けるための教育を指す。
参考文献
阿部新(2014)「世界各地の日本語学習者の文法学習・語彙学習についてのビリー フ:ノンネイティブ日本語教師・日本人大学生・日本人教師と比較して」『国 立国語研究所論集』8、1-13
阿部新・嵐洋子・木原郁子・篠原亜紀・須藤潤・中川千恵子(2013)「音声教育 や日本語教員養成における音声学について日本語教師が考えていること ― 現状と課題を探るためのパイロット・スタディー―」『日本語教育方法研究 会誌』20(2)、2-3
岡崎眸(2005)「信念(ビリーフ)」日本語教育学会編『新版日本語教育事典』大 修館書店、807-808
奧山貴之(2018)「学部留学生への初年次教育の中で日本語教育が果たす役割に ついての基礎調査-Can-doアンケートを媒介としたインタビューから-」
『沖縄国際大学日本語日本文学研究』23(1)、63-88
門倉正美・筒井洋一・三宅和子編(2006)『アカデミック・ジャパニーズの挑戦』
ひつじ書房
加納千恵子・魏娜(2013)「留学生に対する日本語教育のアーティキュレーショ ンの問題:2012年5月筑波大学留学生センター補講コースにおける J-GAP アンケート調査の結果から」『筑波大学留学生センター日本語教育論集』28、
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