九州大学学術情報リポジトリ
Kyushu University Institutional Repository
On the text of "Sanbo Ekotoba Todaijigire"
which belongs to mr. Sekido
春日, 和男
https://doi.org/10.15017/2332720
出版情報:文學研究. 74, pp.7-51, 1977-03-30. Faculty of Literature, Kyushu University バージョン:
権利関係:
関戸
家本
三宝
絵詞
東大
寺切
の本
文に
いつ
て︵
春日
︶
い﹂といふことで︑なほ問題点を残してあった︒ 関戸家蔵三宝絵詞東大寺切に関して︑筆者は両度にわたって活字醗刻を試みた︒それらは︑九州大学文学部創立四
十周年記念論文集︵昭和四十一年一月︶および︑小著﹁説話の論文古代説話文の砧究﹂
れ掲載したものであるが︑何分短時日の間に急速書写したものを原拠としたため︑
もともと︑東大寺切のやうな︑書入れや補入︑抹刷の多い原典を活字印刷の上に︑精密に復元しようとすること
は︑技術面からもかなりの困難をともなふことはもちろんであって︑完全なる複製はどうしても写真版の上に待たね
ばならない︒しかし︑今はとりあへず︑重要な部分について補正をほどこし︑﹁東大寺切語句索引﹂作成のための本文
定本としておきたい︒幸い筆者も昨年来︑関戸家本の写真撮影を許可され︑その殆どを手中に収めることができたの
で︑その原板をもとに︑もう一度本文の修正を行ふことにした︒補正に際しては筑波大学教授馬渕和夫博士の特別な
御援助によって︑正誤表を与へられたことを記し︑今は手元の写真をもとに︑補正事項を脚注*として︑かつ本文を
可及的正確に訂正することにした︒その大綱は既に﹁説話の語文﹂の中で明かにした線に副って表記して行くが︑と
りあへず特殊字体対照表と傍訓補筆用字体表を掲げる︒その要領は次のごとくである︒
一︑特殊な草︑平仮名書体は︑概ね前項に表示した基準に従って︑その原漠字体を用ゐる︒但し傍訓︑書き入れ等に
│﹁説話の語文﹂補正
1春
﹁将来を期して精密なものにした ︵昭和五十年十一月︶にそれぞ
関戸家本三宝絵詞東大寺切の本文について
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おける片仮名字体は現行のものに統一し︑平仮名︑片仮名だけの区別を行なふ︒
二︑表意文宇としての漠字母︑または草仮名以外の表音文字︵例へば漢字の同音表記︶等は︑人字体で示して︑仮名
﹁見せ消ち﹂の個所は左右のミ符て示し︑明らかな術字と思はれるものは口
□l
て囲
む︒
︶を入れて正す︒
四︑誤字または︑仮名遣ひの誤りは︑その下に︵
五、顕著な脱字の個所には〔〗を挿んて、その中に補ふ。
六︑観智院木と対校して︑辞旬の異同が著しい箇所は傍線を︑本冊子のみの辞旬には傍点を付する︒
七 ︑
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は辞句挿入の符号であるが︑原文に付したままて示す︒
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さ 傍訓袖喰における砒み仮名︑返点等は本文印刷上い部合により多く省略した︒
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嬰戸家本一二宝絵詞東大寺切り本文について︵春日︶
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それ等は﹁関戸家蔵冊子による本文と用字﹂
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釈迦能ミのり正覚那り堂ま悲し日より
夜
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の経をあらは春に仏者ひとこゑがて
一 オ
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3
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7
川るの者やし溺こゑ多え癖し
6
給へり和しのみねにおもひあら苫れ
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若む那しぎさとりを︒へ四十よ年の 志るしお介り所れより脂ち廿よ人
ひしりう希徒多へ十六人大こ久主ひ
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久さ支は多ね溺し嵐かひてうるほひ
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あ免ぱ悲と仇あちはひ浙国︑介とも
7 6 5
4
3 ニウ ニオ閲戸家本三宝絵詞東大寺切の本文について︵春日︶
支 久 に 仏 の み の り や う や 久 あ は て
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に 多 る へ し も ろ こ し の 貞 観 三 年
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悲をさま春へしそも/\天ち久溺︵は︶
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さりぬる溺︑多り徒ゐ︵ひ︶に無明のゑ
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そ か さ ら ん 多 ま を か 希 て と 毛 可 ら の
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こ 能 さ う い 頃 は 徒 へ し 登 い 悲 け り
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ふ支みいま溺あひ徒j J
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かりに和閑久溺︑登︑まれりあとをた 者天ら久をおもひやるに観音能さうい 芯可はわにな支神な介支山なりう
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ヒヒイ︐ャウ・
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3らん会昌よりいち一百四十
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王は飛ちをや支ふ明はかうへを春徒
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かし爾こひ善財者み那み溺もとめやく 志て支︑︳・[ることいこいおはろ介い衣む
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こAっふ溺輪廻咆や万
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ころす経能那は久春りのうゑ支哨 ことしひこたひ苔久爾尤明のあ堂蘊 こふ峨支︑かだ支大所う経てんをこ︑に 支に力ヘり十方にあひ度苧目パ無らう
襲戸家本一︳︳屯絵詞東大寺切り本文について︵春日︶ 7 心をあ者せてのりの堂へ那る事を
6
所久者くさい国より支堂れり和礼い刀た那
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も ろ こ し 溺 は 漢 の よ 溺 い 多 り て 明 帝
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春ら閑久のことしいはむや人の徒
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4
悲しり爾なりはやし能なか溺して
3
越支ヽ志いぬはさ恵こ久にむ万れて
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あ多はしむかしゅかの志た爾て経
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5 4 3 2八オ
い多るほと溺おほ衣須して砂まれ いへ西方溺あり登いひてをとりて久ち爾 御者ら溺や登らん我ハ久せ観音なり ︵中序ー中一上宮太子伝︶無閑し上宮太子登まう春ひしりい万
厨親王爾い万せ ス
須 用 明 天 皇 の 者 し め し
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登 支 遠即穴太部の間人能皇J L
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宮のうちをめ久りてむ万やのもと哨 あらは春
7 6 十五日廿三日廿九日州日これをは六さいと須この
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徒り事を 5ら支みることをはりて所う春月の八日十四︹
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うしあま支堂りて経論をもて和常 に万ふ二は久さいこ久より者しめてほ
7登の堂まひてをilJみ給六さい爾なり
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能二月十五日︒よりこヽろ徒可ら多那心をあ
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心 を あ は せ て い 者 く 敬 礼 救 世 観 世 音
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菩 薩 伝 統 東 方 粟 散 王 登 ま う 春 ほ と 哨
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絵詞
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0本文について︵春日︶ 7
と大臣と心を悲と徒爾志て三ほうを
6
ほ溺いれて塔におきてらい者い春太子 なりさか如らい能御さりおの徒可ら
ノ ク マ フ
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大 臣 キ
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き 多 り 那 む 登
︒ い の る 爾 い も ひ の い ひ の うへ溺仏さり一粒をえ多り流りの徒
2太子の堂まふ塔は仏さりのう徒わ︵は︶もの てや志那ふ大臣このてら爾塔を多徒 ていへの東雨てらを徒くりて春恵た
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天ま徒りてうやまふ︒あま三人を作恵
5
大臣所かの馬子能春くねこのさう︑け 子い︵ハ︶萬堂まゆのあ悲多よりひかりをハ
百済国ョリ
那ち多まふ又布堂ら久より見ろ久ほ
︑︑
︑
さちのいしのさうもて和堂れり 日らおほ支溺身の悲閑りをはな徒太
7
佐い盤ひ苔多るあし支ことをおこ那ヘ
6
乃理をぷらぬなりよ支ことおこ那へは
5
うし堂まふ布多りの人はいま多因果
4 3
登のり溺い者久万う春ところあ支ら介志
2人のい︹の︺ちはのこるへ苔と所う春みこ
︱︱
一ウ 7
6
5越たう︵ふ︶とみあ可む志可る爾所可の大臣 4 3 2 ︱ニオ
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那しぬへし仏法と︑めてのみ那む ひろむこのと支晰久婿のうち爾やま
レン悲おこりて士心ぬる人おほ閑り大連
モ ノ ノ ヘ
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ユ ケ モ リ ヤ ト ム カ ソ ウ ミ
物 部 弓 削 乃 守 屋 と 中 臣 の 勝 海 と
︑ も 瀬 所うしてまうさ久我久爾もとより神 仏の︑りとい布ものをおこしておこ那
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ふこれ瀬よりてやまひ︒おこりてたみ 者や久仏法を堂ちてよとの給太子ま
7 6 2 一三
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多まへともせしありてもり︒
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介経をや久や介いこれる仏をはな者
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︑ はりえ瑚須徒三人のあまをはせめう
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ちてお悲いに春スナハチこの日久もな久して
さ
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>Jりぬとのたまふこの︑ち可せりやま 久るし久い多きこと悩へ閑多しね可
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は久は三法爾い
0
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Jて三人 5
を久いて所うし申春臣らやまひの
4
←かことし二人大臣こと哨おもくやひ登か 3ひよ雨おこりてやみい多むことや支さく おほ支雨風ふ支あ免缶る太子和さば てら浙祉可はして堂塔こはち半と は杯さはひ苔にるこ
0
二人はいま可那
7
閑りことな脊めり狐者もの力う介よと
6
蘭もりやい大連婿征希てい盤久人/\ハ
5 4 3て能多まは久=一法能多へ那ることを人の 2
大臣能てをとりたまひてなん堂越たわ
一四
ウ
7
6晰帰衣しなんと思所可の大臣おほサ
5
たまひぬ二年ありて
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多まふ我三法
4子陀御ち︑ようめい天王︵皇︶久らゐ爾乱支 3 C乙
一四
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芯久もある可那この︑ちある人ミそか いま堂しらぬ頗大臣心をよせ多りうれ
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免して皇り爾いる太子よろこひ給人 ル ら上心め又あら多めて︑らを乱久ら店む
コ
︑ ロ ア リ
襦 え う せ 爾 し 仏 法 こ れ よ り わ こ る 太
こと溺+窃呈可はんと爪うして本うしを のあまをめして二人〇︳臣に給てい能
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6
5 4 うつるこのと支溺太子御登し十六なりシャウクン
将 軍 の 志 里 へ 爾 堂 ち 多 万 へ り い 久 さ の
奏 カ ハ カ ッ ヒ ャ ケ モ ク
ま徒りこと人はたの川勝爾志めして白木**
越登りて四天王のさう爾きさみ徒久
3伊具さおちお︵を︶の︑支てみたひ志り所支 2ふ所のい久さこは久さ閑りなりミかたの
一五
ウ 7 4
3
2関戸家本三宝絵詞東大寺切の本文について︵春日︶ 物をおこして城を徒支てふせ支多︑か ゐてもりやの大連をう徒もりや徒者
6
閑の大臣太子爾万うしてい久さをひ支
5
究咀志たてま徒るときこえな︵あ︶りて所一五
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大連をあひ堂春介むと須又み可とを ︑
︑ ヽ あ と の 伊へはこれを支\て阿都いへにこもり
7 6う所のをはみ那てらのものと那し多ま 5 4
3
2 一六ウ
6 4
3 2徒久りの支しのうへ溺者しめて四天 か︑志らをぎり徒いへのうち多可らさ 久さミ多れやふれぬせ免ゆ支てもりや
7
連おほ支那るいちひのき溺の本りてち
5むと大臣もか久のこと久願志てい久さを
一六
オ てやを者那徒太子能御あふミ爾あ堂
太子又舎人逃見赤梼二宣ヒテ四天皇ノ像二祈テヤヲハナットヲ︵ホ︶クハシリテモリヤカムネニアタリヌ
れり佐可さま爾支よりおちぬ所のい ︑
︑︑
か悲てもの︑へのうちの大神をいのり
︑ ︑
ら志めてもとヽりのうへ溺さし本この
︑︑
︑︑
︑
さ支溺さ︑介て願をおこしての多まは
具我らをして多︑か悲爾閑多せ多まへ
︑ ︑
らは四天王をあらはし塔てらを堂て
須ヽめて多ヽ可ふ溺物部能守屋の大
7
きこむまのよ徒のあしヽろ文にのりて6
ふ太子か悲の久溺より多てま徒れる久ろ
5
悲と徒能志ろ支悲閑りを者那ち多万
4 3
2 一七ウ
7
65 4 3 2
一七オ
︑︑
︑︑
王寺を多徒これより仏法いよ/\さ閑り
爪スン
になりぬ太子ノ御をち崇俊天王︵皇︶久らゐ爾 徒支給ぬこ能御よ爾太子十九二して
者
閑う布り志多まふ又太子能御をち推
ヽ
古天王︵皇︶<らゐ爾徒支たまへり久溺のま徒 りことをみ那太子爾徒希多てま徒り多
た︵
さ︶
まふ者久さバこ久の徒可ひ祗て阿佐といふ 王子き堂れり太子を︑閑み堂てま
︑ ︑ 徒りてまうさく敬礼救世大慈観世晋菩
ケ ウ ル ッ テ ン ト ウ エ ン
薩妙教流通東方日本国四十九歳伝燈演 説登まう須太子まゆのあひ堂より
7
の︑いもこ越川か悲と必てさ支の身にも
6
ふれる花いま廂このてら哨あり又太子を
5
てらを多徒いまの堂ちは那てら那り
4 3 2
花の悲ろさ三尺徒ち三四丈爾一︱一てりあ 志お︵を︶者れる夜天より者ち春の花布れり
一八
ウ
くるあし堂爾み可と見多まふ所の地爾 溺登支こ堂布る事堂へなり
l=
日か
う
7
ろ/\能名僧をして支をとはしむる
6
溺能本りて勝霊経を閑うし多まふも
5
太子須い︵ゐ︶こ天王︵皇︶のおまへ溺志てかうさ
4 3 2
一八オ むまのみ支爾そへり人!\あふ支てみる
三
志那能ヽ久溺︑い多りぬ又︒こし能さか
ゐ︵
ひ︶
越め
くり
て︳
︱‑
日あ
りて
返た
まひ
ぬ
久も爾いりて日むかし溺さりぬ徒可ひ
7 5
4
一九ウ 7
6
5 4 3 2 一九オ
閲戸家本三宝絵詞東大寺切の本文について︵春日︶
花経をとり函徒かは春をしへて能堂
セ キ ク ヱ ノ
ま は 久 赤 県 能 南 晰 衡 山 あ り 山 能 う ち
爾般若寺あり我むかしの登う本う
ヽ者み那須︵て︶爾志溺介む多︑三人あらん
我徒可ひ登なのりて所こ溺須みしと
支函太もてりし法花経のあ者せて
悲とま支爾せるあらんこ悲てもて支
登りの沙門ありてみて春那者ちいりて
念 比 丘
思禅法師能徒可ひ支多れりと徒久那
よろこ悲ゑみて徒可ひ爾をしへて
6
礼者おい堂る僧三人徒恵を徒支てい徒
3をしへ溺志堂かひてい多りぬ可と爾悲 2堂れ登の多まふいもこ和堂りゆ支て カウろこしの衡山溺ありて堂もてりし法
7
6
めして閑堂りての多まは久我さ支の身 5 4 らされと八日とい布日いて多まへり堂まオ ト ロ キ テ
の徒久恵のうへ溺一巻の経あり恵慈法師を 衡山溺ありしと支爾多もて里し万
3
溺いり堂まへりお登ろ閑し堂てま徒
2 二
0
ウ 7徒久り多まふある堂悲ハ七日七夜いて6
又このうち爾いりてもろ/\の経の所を 5 4 3 2︱ ‑
0
オ経を登良志め徒春那者ちもて支多
イ カ ル カ シ ム テ ン
礼 り 太 子 斑 鳩 能 宮 能 寝 殿 の 閑 堂 者
ら溺やを徒久りてゆめとのと郡徒久一
月にみ堂日ゆめをみているあ久るあ志
︑ ︑
堂溺い︹伊︺てヽ衣布堂いのことを閑多る
多まはてとを登ちておとも志多まは
カ ウ ラ イ ノ ェ シ
須 高 麗 恵 慈 法 師 能 い 者 具 太 子 三 万 い 定
7
和多れり衡山爾ゆ支堂れはさきの所6
のとしをの︑いもこ万堂もろこし爾
5
まうてヽき︑志人/\なり登まう須のち
4 3
2 ︱︱一
ウ
7 6
見あは須る爾閑れ爾はな支字ひと徒あ
5 4 3
1 1
︱オ
る所う能我をさめしところを志ら春
り
志てこと経をお久れし閑は我多ま志 ひをやりてとらせ徒るなり登のたまふ りこの堂ひの経も一巻溺閑介り支なる
閑み爾て玉のち久あり又百済国より僧
欣上
道傾ら十人支堂りて徒可ま徒るさきの よ爾衡山爾志て法花経をと支多まひし
ロ カ ク シ
と支我らは虞岳の道士登志てと支/\
2き多りしは我てしの経なり︱‑︳人おいた ことの経盤これなりい爾し年いもこかもて
7 6
ともにう徒むへしとひこ多へてまう須
5
われ志那む日はあ那をお那し久志て
4 3 2 7
き登いふあ支らか爾志りぬかのゆめとの
6 5
りてふる支むろ爾い里てさ久りて
4 3 2 ニ
ニ オ
1 1︱ ︱ ウ
う一人のこれりか堂らひてい者久こ所の
念
灯なむちか久爾の太子もとは思禅師青 竜の久ろむま爾のりて五百の人を志多 閑へて東方より所らを布みてき多 巻の経をとりて久毛を志の支てさり爾
爾伊里多まへり志ほとのこと那り介り太
d 友
子御ひかしはてのうち閑堂者ら爾さふ らふ太子閑堂らひ多まふ支み我心のこと志 悲登徒のことも堂可は春さいはひなり 千ヽ乃ぁ支よろ徒の登しあしたゆふ
7 6
関戸家本三宝絵詞東大寺切の本文について︵春日︶
溺閑へりたまふ閑堂を可の山の本とり爾
うゑ多る人ふせり久ろこまあゆま春 5堂れてう希多まはる太子難波より京 4はん登おもは春との多まふひなん堂を 3き徒五濁のあし支よ爾日さ志久はあ所 2を流布志徒のり那きところ爾一乗能教をと 二三ウ
和徒閑爾小国能太子登して堂へ那る議
7
越閑へてほと介の道をおこ那悲徒とめて6
能徒ねの道なり我無閑志あま堂一い身
5悲登多ひはう万れ悲と多ひは志ぬる人
4
をはりありもの︑さ堂まれる理なり 3ふと太子こ堂へ多まふ者しめあるは2
りてか希ふはをはりのことをはのた万 二三オへ徒かう万徒らんとこ所おもへな爾心あ
7 6
5 4
3 2 ニ四ウ 76 5
42
くはへてあたふ春那盤ち春那盤ち本と介の︑︑︑︑おまへ溺とも春もえむことょ那可まて爾た爾
のち能よ溺本と介と那るへくはね可は久は
ヨ モ ス カ ラ
このあふらつ支春して︒ひかり支ぇされといふほ登
夜介もくれむ爾つけたまはく天作て爾あ介ぬヽ
ともしひを介徒へしともくれむ堂ちても
ろ/\能ともし火をけつ溺わう能ともしひは
ミナきえぬひ女可ひとつ能ともしひみたひけつ溺
きえ春介さをもらてあふけとも所の光いよ/\
厄ム 月
まさるほと介の︑多まはくやみね/\`これの
ケッヘキトコロニ
らのよ能仏のひ可りなれ盤なむち可ち可らのおよ ふへ支爾あら春この女州こ布をへてほと介爾なら元
なをは春みとう光といはむとのたまふ女支 3たるましをむなち可ひていはくもし我
︱︱
四オ
︵下
万│
薬師
寺万
灼会
︶
7
6
54 3 2
二五ウ7
65 4 3
2︵下
十八
灌仏
ー下
十九
比叡
受戒
* ︶
*
今日︒せ春はいて︵つ︶可わ可せむとし盤へ爾徒徒
`
ヘぬへしとさよはへ爾徒徒︑といふこと︒者行基菩薩の
̀̀︑︑︑̀̀
工 ノ シ ュ カ イ 此 園 二 声
と那へたるなり﹁比叡受戒︒む可しまつせ門
テレ
戒︒を徒多へたり伝介うたいしもろこし爾
ヽケンミッ
わ多りて顕蜜のみちを那らへり菩薩戒ヲ
受ケテショリ天台宗始テ発リ井戒ス
また徒多はれるなり延暦の春恵能とし
コウ
溺年分をまうしお支弘仁能春恵能ころ本
二五オ
ひ大師者しめていはくなむかく天台能
ヽ
ふたりの大師み那菩薩の可いをうけたり碩謬芦
このゆゑ爾わか宗
といひておほやの所うはこのかいを徒多へう
︑︑︑︑︑︑︑
くへしといひておほや介爾まうしさため給二
文
九たされ可多志たいしふてをふるひもを
ヽ論
とはしてけむかいろ三まきをつくりて
証文
`
たてまつれり︒もむおほくあ支らかなり
7 6 5 4 3
りいはむや三︵二︶人三人百千人をゃとのたまへり
二六ウ
一人
いち爾を︑しへて菩薩の可いをうけしむる
`言、~`つくるに
は久とく八万四十四能たふをたつる爾まされ
2 7
65 4 3
二六オ符をたまひ戒壇をたて多りこの大少
︑ ︑
可い乎はあま多の経爾ほめ多りほう 王経爾い盤<菩薩の可いをうけさるものは
邪 見 と
ちくさう爾こと那ら春なつけてさむけと
︑︑
︑ 春那つけて外たうと春もしほうしありて また志むち観経爾いはく上むほむ爾たも
ヽ
つは本うわう能くらひ︵ゐ︶をえて衆生をみち
翰
ひく
中品
爾た
もつ
はり
く︵
ん︶
わう
能く
らゐ
をえ
てもろ/\の多能しひをう久下品溺ハ︵た︶も
2
十三年六月爾これをゆるしくたして官 しかは弘仁゜
7
6
5関一
戸家
本一
二宝
絵詞
東大
寺切
の本
文に
つい
て︵
春口
︶
4
しわつらは春を盤那るヽ溺はほさ可いを 魅3
本さ可いをと支徒る支と春鬼まのなやカ` 2
︑︑︑︑︑やとりと春とむしのまつ悲つ那介る爾はニ ヒ
ウ
7 63 2
ニヒオ
︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑者介し支みちを春くるにはほさち可いを
︑︑
︑︑
つは可いをあやまちゃふりてたとひあくた
もう溺おつれと︒戒のち可ら春くれたる爾よりて
さう可いをう<へしさうしいふ
1
︑ 支う見
︑︑
︑
ほ那う能須をこゆる爾は菩薩戒をふねと
よ支く春りと須とのたまへり本さ可いといふは
期︵摂︶律徴戒三須さう可いなり一爾はせふりちき可いもろ/\
悪万ヲ断スル也のよ支ことをおこ那ふも︹の︺なりふたつ晰は
︑
︑
︑
︑
︑
︑
︑
︑
︑
︑
5
え多りこのゆゑ溺もろ/\能衆生は菩薩u J
4
らした可ひゐやまひてこヽろ函しさいを つね爾そのな可指王となるもろ/\のとも可7 6
5おほ支爾那りぬ身の堂介三尺五寸お4
てみ那あやし布八月をへて二はか雨3
ちを久︑めてや志那布あまね久支こえ2
ら介て女子ありち︑ハ︑とりてかへりて こ\ウ~l‑!
'
7
6肯久よ支事爾あら春と思てを介にいれ5 4
能志ヽむらをうめり所のか堂ちあきら3
2 ニ八オの徒可らさとりありことは多へ溺して
j
ウ ミ ヤ ウ
聡 明 な り 七 さ い よ り さ き 溺 法 花 経 八 巻 花
をへてゆ支てみれはかひこのこと久爾ひ て山
u J い志︵者︶のな可雨か久し須て徒七日 か那る月りことしをとこもお︵を︶ん那もおも
︵中
一︳
一行
革伝
ー︐
中四
豊服
且久
︶
ケ︵レ︶f
ィキ
霊 異 記 ら 溺 兄 え 堂 り 備 後 国 八 代 郡
i l I
ク
U'
ー ヨ フ り
Jカウ
豊 服 郷 の 人 豊 服 妻 は ら み て 宝 亀 二 年
辛︱亥十一月十五日能翌らのと支函ひと徒
7̲
りて︑越もらて伯多り能所うを徒
6
ま須と支溺あや志支︒人所らより支た
5
なむちは外道なりとい悲て和らひ那や
4
能僧ふ多りこのあまをに久みてい者久
3 2 二九ウ 7
6
2 二九オ誦 出
厳経八十巻をみ那須志う閑へて徒須 介せむ事をね閑悲てかミを所りてあ ミありよの人おろ閑那るものこれをわ
らひてさる悲し里とい布この久溺のこ
ウサ
久分寺の所う又豊前国宇佐詑大神寺 3みちのかへりた︑わ徒閑溺ゆ昔り︱
こと雨志てか久れ堂流登ころれいに多
5
もの那む堂越おと春所のかたち人溺
4
所のこゑ多缶登久可那志久志てきく
3
まと那りぬ道をおこ那ひて人を︑志布
7
6
54
32
な雨須るあまかミ常り閑はし久万
一
'
ウ
O
7春志て衆のな可遁あ圭天支久かう志
6むるにこのあま日ミに支多りて座をか︑ 5
あ流をよひて八十花こむ経をかうせし
4
3 2
リ ヤ ウ 児 ミ ア ム コ エ
領佐賀ノ君︒とい布人安居会をまう介て
︱ i
O ォ
ぃ者久仏は平等大悲爾いま須ゆへ︵ゑ︶溺い
の
さい春上を堂め函正教を流布し多まふ 那爾のゆゑ巌和支てせいしたまふ所も/\
こ と な ん あ る
う堂かひある︒登悲まうさむとて花 志りてゐるへ支登いふあまこ多へて これをみて泥りは徒可しめていは久 閲むい久は具も那久してとも爾志ぬ
サ カ ノ コ ホ リ ノ
宝 亀 七 八 年 能 ほ と 雨 備 前 ノ 国 佐 賀 郡 大 大
安 寺 能 戒 明 大 徳 能 筑 紫 能 国 の 師 二 て
7 ' 6 らみてひと徒の志ミむらをうめり七日
5
の果越え多り迦砒羅城能長者のめハ
4
関戸
家本
一二
宝絵
詞東
大寺
切の
文本
につ
いて
︵春
︶日
い堂りて志ヽむら悲ら介て百能童
3
長者能む須め蘇蔓かう免りし閑ひ
2
仏よ爾いませしと支溺舎衛城能須達 主と志てみ那所のをしへ溺志多可ふむかし
三一ウ 7
登い伯道俗那悲支うやまふこれを化
6
能智徳名僧あやし閑りておの/\人/\トヒ
心ミ流耳あまーミにこ堂ふる事堂埜
介り登さ堂めてな徒介てさり菩薩
こ十枚をとこ十人溺なりてみ那羅漢
5
ベ那り悲しりのあとをたれ堂る那り
4 3 2
布流ことあ堂は春こ能さ爾あるもろ/\
‑]
一オ
厳経のけをい堂してとふかうしこ堂
7
無にはと思て爾はを者支多うを可
6 5
郡閑具い支て人溺︑久まれむよりぱ
4
くところなりこのよの事にはあら春と
3
らおも者くこれむ閑し能徒みのまね
2
爾あまね志登しをへていえ須み徒可
︱ニウ 7
堂らまちにおも支やまひを衣てふた
6 5 4 3
多るぶヽむらもい哨しへ爾な春らふ
2 ニニオ
志可しとくを徒くりて登久志祁 徒のミ︑登も哨玉心ひあぷ支可さ身
︵中四ー中五衣縫伴造義通︶
漢能果越え堂り和閑み可と溺むまれ
邊志霊異記爾みえ堂り
ハ︵ヲ︶ハレたノ
小墾田宮二あ免能志多をさめ給ミ閑との
コ ロ モ ヌ ヒ ノ ト モ ッ ク リ キ ト ウ
御 よ 溺 衣 縫 伴 造 義 通 と い ふ も の あ り
恵あり
子あり一時雨須介志て百人とも爾羅
7
│
6 5 4 3
ち可支もおとろ支あや志ま春とい布こと
2
三三ウ 5 4 3 2 ︱ ︱
︱ ォ 志て方広経をよま上心むこヽ哨せし
みみ
哨申志ていはくいま和可︑学め爾心とり
`
な支こゆ
の 菩 薩 能 御
︒ 各
︑ 志 ね か 盤 く は 大 徳 の
︵中じー中六播磨国庶翁︶
rり
'i
n ノカタミ︑コ︑口
rークキコユ義通オ七ヰ︱
‑m
ロコヒテ
よろこひてぜしをかさねてをかむ溺
︑︑︑︑︑
布多徒のみ︑とも溺あきぬとを︵本︶文も 邪し人能こころ溺まこと二ふか介れぱ
3ヽ
りのちからもむ那しからぬ事を心 りぬ霊異記湖ミ衣喉
h
ヘ リ マ ノ ク ニ ノ ォ ク ワ ン コ ワ ン
播 磨 国 飾 磨 郡 濃 於 寺 湘 京 ノ 元 興 寺
7
しこれを支ヽていよ/\ねひころ爾 6ち0
よをみちひ閑むと匂もへといふせ
い︵ゐ︶をあみて身を支よめて信心をい堂 さりて天義禅師を佐うしてかう貨
‑x‑
[,J
・ し ヽ
7
閃らせしむや︑心さし久あり︱
6 5 4 3
よ流晰又さ介ひてい者<我溺ち可徒
? j
ニ四ウ
了 6 5 ヽ固おK
ふまて︑を
4
あり利困うよりわし︱
l l t t
3 ニ四
オ て行者もとめてよひてゐて文多りて
者ふ人あ徒まりて頃くぱむとて
人
あ徒支本のほ身をせむ
c我を多春介よ
田のてらの和堂ぅ溺作那とるお支那
2
たゐ多り須郎者ら法花経を閑う叩
々ン→~ツア9「一
僧慈応大徳檀越能請をえて安居いあ悲 笠流事をことヽせ梨二わ︵は︶可頑いへ能うち
ぶし
詭くは能支︷いなか溺者ひまろひてこ
︑ ︑ 広をあ介て合け恨那支てい音く くことな可れよらは身や介那むこいふ
り
志多し支ともからてら爾者し⑬
7 '̲
6
43
2 ▲▲‑:
ロウ
i i
三五オ
テ 淵 ウ
川ね志るしてさふやく爾閑梨徒可ふう
ョ ウ オ ノ ノ ア ソ ム
用を徒介は多ると支溺京の人小野朝臣
ニ ワ マ ロ
庭麻呂登い布ものうは所くと那りて 徒ね溺千手能究を須し堂もてり あるくに神護景雲三年歳次乙酉春
ミ マ カ 八 ノ
三 月 廿 六 日 午 時 爾 所 の こ 本 り の 御 馬 河 関戸家本三宝絵詞東大寺切の本文について︵春日︶
5
渇のこ本りめくりい多りて山/\をとを︵ほ︶り
7
久爾よ梨支多れる人あれは所の那を多
6
ことを登りおこ那ふをさありほかの
5
越前の久雨︑か︑のこ本り爾う閑れ人の
4
衣 堂 り
3
不思議なる那り登いへり霊異記溺
2
れ流ことさきのことしこの心般若能 能ち爾又心経を春ヽ礼者悲ら介とほ
︵中七義覚法師ー中八小野朝臣庭麿︶
7
閑悲て所のち可らをあらは須へきもの
6
ろをあらはせは法文たも徒所溺志多
5
4
閑志らの志らみも支ぬ廂久多れは志ろ
3
2ちおひ徒可ふと支溺行者能い者くきぬの
三ハウ 7
介のおこな布爾志堂可は作志て︑うよ
6
この久爾ヽ支多れり伊閑てかおほや
5
なんち可堂ちなを︵ほ︶所久那りう困れて
4 3
二六オ<祁る無しも春む登ころ廂ヽて所︱いい 志らみも閑しら爾のほれはくろく那る
を
う︒伊堂さ佐流へ支とせめて志者りてう 者我者須行者なりよ溺伯る人爾も
︑︑
︑ あら春登こ堂布をさい閑りてい者<
2
なんちはい川れの久雨の人所登ヽふ行 里二して閑のを含この行者あひて
7行者のう堂れ徒るところ哨い多りて所
6
馬溺能りな可ら所こ雨のほりてゆ具 5 4 3 2一 ヒ ゥ
7ましま春へくは多ちまち爾所の志る 6
4 2
二七オぶ︑めせとい悲てな者をもらて千手経 溺千手経をおへり法能ら可ら雨よりてて者ちをみる所堂ら哨まこと雨介む
をか介てさりぬこのところり登をさのヽいへとされること︳里は可りなりをさ
伊邊溺返て閲とのまへ溺て馬よりおる︑
爾仇よく徒支てを︵お︶りられ春︑な者ち 5我身の徒みも那くして志酋りう堂れ な溺のゆへ︵ゑ︶爾か大所う経を堂もてる 3よのわさは悲溺はあはしとおもひ徒る遠
可 ︑
なー︶我︒うへ函堂ら爾をい多ヽきせ那閑
7
65
4 3 2 需異記爾みえ多り沙 弥
む閤ぷやましろいく函︑一人能悲とありて
︑ ︑
人沙弥と︑も哨こ越う徒ほと溺乞者支多りて
`
を法花経い品をよミて上心支︑こふさみこれを支ヽ
てわらふさら溺久ちをゆ可めこゑを万ねひて
互よむ所くこれを支ヽて子をう仙ことぱ爾ヽあ郡お所ろし/\登いふ所久は多ひこと溺可徒
パ ウ 示 八 ー 巾 几 山 城 飼 囲 粋 沙 弥
︶
7を烏て:五を打ちお所らぬもの郡し 6 ふくろにいれ多るかことしもろ︵\の人これ 5所の人ねく常介をれ多ることさんを
4
ほと溺およひて所らよりおらてしぬ3
雨なりてきのふ行者をうら志と支の 2 一八オ
らの中溺閑ヽりと︑まりて一日一夜を春
く春まておち春あくる日のむまと支
7
6
5 三九ウ︵中十山城国造経箆人︶ いれたてま徒らんとてはこを徒久らんとおもふた ん し た ん
︑
︑
︑
︑
︑
︑ 白 檀 紫 檀 を も と む る 溺 さ か ら 可 の 京 よ り と
7堂り 6 5 4 2 三九オ
ちひるみ者那ひらみてあしも登りゆ可み
︑︑︑︑︑心め須可女溺那流へ七心といへり霊異記爾ミ衣
閲戸
家本
一`
一宝
絵詞
東大
寺切
い本
文に
つい
て︵
春日
︶ ふらひ衣多りせ爾百貫志て可悲とり徒さい
4
多め爾法花経をか支多てま徒りてこの経
3ま堂徒者ひら可那ら春四恩をむ久ゐ︵い︶むか 2こ本り爾願をおこしてある人あり姓名い 聖武天王︵皇︶の御よ爾やましろ久溺さ可らかの 志かろみわらふものあらはまさ雨︑和︵は︶閑爾<
3
徒久ろへともな本ら春法花経溺い者くも から久ちゆ可みぬ久春し具須里をもちて
**
さみは堂
m
こと函まくこ︑瀬さみ須那者ちゐな
7
との経登りいて︑あ堂ら志支経溺久らふ
6
しはこの︑ひ堂る閑登て須那者ちも
5 4
久している︑爾よ久いり多まひぬ人/\あや
3
てま須/\缶可久徒︑志みいのる三七日を須
2 四
0
ウ 7悲えさせ多まへといいりこふ二七日ありて
6
5をい堂して願をおこ心てあまたの所う
4
又こと支をもとむる爾登缶らひえ須心
3
徒る哨多へ須檀越おほ支爾な介支て
2
経はな可久はこはミしか久ていれたて万
四
0
オ志ミう堂可ふもし経能志︑まれる可も こ春こしの悲多り檀越よろこ悲あや志悲 こヽろみに経をいれみる爾経なを︵ほ︶いらねとも者 をさうして三七日を閑支りてこの支とふら 久を春ゑて者こをち︵さ︶しい多したるに
7
6
4 四一ウ 5 4 3心めていば久走仇はしめ噸あ酋ん人を 登てかうしをもとめ爾やる徒可ひ爾いま
5
久だうを可されり法ゑあ作おこ那者む 堂り久やぅぷたてま征らんとてい徒くし
3
り志爾介流盤︑能多め爾法花経をか︑せ
2
なりおほ文遁登みてだ閑らゆ常可那 爾やまた0こほり久悲志ろ一、いさと~人 7堂閑者土心のむらぷぁ徒乃人はい可0久 6
記爾志るせり い布
1
支まこと雨謁罪ひ給なり霊異 よるへし大田
l)
記が志文能ちから願主 文はいら姐心てあ堂ら心支ぱいるまさ哨
2
経をならへて悲と綺者こ圏い
四 一 オ
︵ 中 十 ー 中 十
{‑n
向柏
連東
人︶
li
ふる,1,
連は閑れもこれも多介ひと心又化多祉
u J
7
6
5経 を 閃 う せ し の ん 登 合 る な り と こ 多 {
4
な瀕和`させ含せ多万ふへ支所と︑へは法花 3 2 四ゥ乞者お
0
れはさとれるところ那し章︑和
般芳
I l l
閑園:は若多ら隊を詑ミ禎し四'もら
`
へのうら爾かくして珀ゑ多りだらま ち爾はうふ支を徒くりてあ咲布乞者
‑l
哨かへり四願呑あ悲てゐやまふ一日一夜い
︑︑
︑
7
祉可ひこれをみておか抒よ悲とりていヘ
6ち翡
l l J
希てさけ爾ゑ悲て道雨印せー︶︐ 5
4
1 1
悲てか立をい徒お那し支こ本りの
1
3
CL我学め晰縁ある師とせよ
□
I J ベ文か唸ら勺丁山ぎ多ら八忍着ら
三︶仇
1 1
叫︱
︱
i
9 .. ,
こ那悲徒 那ら存さうせよといふ徒可ひい和哨志聖
さと爾乞者あり者ちと和久ろ登を
f l
7 こと志らん登おもハ︑のりと可ん堂う能う
6
念ころ爾徒介ぷら須る那りまこと所ら
5 4 3 2
四ー
ニウ 5 四三オ
へてまもら春乞者のゆめ溺あ免那るめ なるめうしあり州れを和礼と志れ登われ
寸
い介りしと支このものをぬしミよう
ヽ
志支このゆゑ溺うし能身越う介て 所の徒みを徒久のふなりあ作わ可多
師
め溺大所うを登<へ支︒なれはこよひ
関戸家本:・~ぷ転~叫東大抒切VJ本支について(春日)
7
ある志のハ︑なりこ能いへのうし一いな閑雨あめ
6
うし支多りてい者<我者これこいいヘ
V J
4
悲多る爾願主可ねてう堂可ひて人越所
3
さ須乞者ミそか爾爾介の閑れなん登おも
2
てか経はかうせん登い缶願主なほゆる て志支をこ悲ていのらをやぷ那布いか
7
ぬ願作おほ支溺な支てい者久まこと哨
6
能ほりてこのさ溺悲さま徒支て布志
5 4
堂ちてヽ徒可らさを必支徒いへ爾徒可ふ
3 2 四四ウ
6
5 四四オいぬる夜ゆめ爾志めせることあり登て
クノオッ
所のゆへ︵ゑ︶を閑多る檀越お登ろ支苔︹ヽ︺て
あ免那るめうし支多りたう能うへ爾 溺志多可ふ可ゆゑ爾このさ溺のほれるなり
7
を登久へ支事をもぷら春堂︑願主 もとよりさとりも那心仏函も
0申
一心
経 い者久いや志支身者那盤堂おろか瀬志て
4
缶れ登もゆるさ須可うさ溺のほりて
3
おほ文爾あや志ふあ久るあした溺い那
2
本りゐん登い布ゆめさ免て心のうち爾 ら爾我多め爾さをぶけ我まさ爾の
7 晰所のは︑い多め溺可さねてくとくをお
6
棠か︑ることあら心登あや志ひてさら
5
うち爾は涵悲︑久い函しへよりのちいま
4
3 2 四五ウこゑをあ介てミ郎︑久所のこゑ堂能 ら志ぬ支多りあ徒まれる叫こ者久の人/︐\\ いた春法事を者るほと廂このうし須那︹は︺ 事を支ヽてい支を那介文なむ堂を
7
ま徒ら志とな文閑那志布うしこの
6
や志那悲多てま徒りて徒か悲多て
5
もいま春か那介ふよりのちはい多者り
4
辺れは経能ちからのうれし久多う︵ふ︶と久3
閑那志久もあるか那介ふこの事を志り
2
徒可ひ堂てま徒り介るか和可心のわろか町
四五オ
我さら爾芯らさり介りと心ころ久るしめ
7
久ふてものな心み飢
1
ら文たる文ぬを
6
な介く春行せんとわもふ爾いへま徒し
5
ゆめをミ多
I J おとろ支佐めてお所り
4
る支さと雨ありてむ春免能ため爾あ芯支
3
2の久溺の徒可さ爾め︑されぬめこをひ支ゐ 四六ウ7 '
て面の久函︑い
1
て二年ある函めのは︑ふ
必て布掌り能こをうめりむこはほか め常流まことをい多せ杭町ち
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ら乞者
︑︑︑︑︑︑︑
3神須を春せるこ
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てを徒める志ろし
悲ら可なら春この︹女︺む呑めありをとこ 6
さと函一人のをん那あり姓名いま堂徒ハ
5
大和国所布能可みのこほりやまむらの
4
なり霊異記函志るせり
3
2 四六オこ膨ふ万こと哨志りぬ願主の報恩を仇と
(中~一ー'由'11.大一111直Ui付芯女
関戸家本三宝絵詞東大寺切の本文について︵春日︶ 7 あや志悲て心のうちにおもふ天地我を
6
な︑の法師堂ちまち爾み衣春む春め
5
溺いてぬるに所のや春那者ち堂ふれぬ
4
りて那るかこと志者︑あや志みて溺は可
3 2 四七ウ
登溺経をよむこゑありはちのあ徒ま いふ溺志多か悲てや能うへを支久溺まこ ありて経をよむ登久いて︑ミ多まへ登
7
のこは︑溺伊ふやうやのうへ溺な︑
0法師
6
には爾あ所布は︑はやの内雨あり伯多り
5
悲て久にの多ち溺須む伯多りのこいて︑
4
春行をせしむ︑須めをとこ爾志堂可
3
須/\お徒又き多るものをぬ支てあらひて
2
ふあし支ゆめ又閑さねてミゆハヽの心ま
四七オ
ぬ支てあらひ支よめて春行をおこ那
7
支那る閑へるをのむをミる女閑那志ひ
6
徒む溺おほ支那る久ち那者乃於ほ
5
4
川みて行基菩薩爾堂てま徒ること
3 2
ヽ
一日も於こ堂ら春山爾伊梨て那を 乃む須めなり道心布可久徒よ久志
ヽ
て者志めよりを登こせ春徒ね爾那越
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置染臣鯛女者な良能西のさうせのあま
四八ウ︵中十三置染臣鯛女︶ 7 5 3 た春介てャニお所悲ころされ須なりぬる那をきヽてま春/\三本うをゐやまふ春まもり多まふなり霊異記爾あり
6
な者ち志りぬ春行のちから爾三本うの
4
こ那悲しよ志を徒久む春めこ能よし
四八オ
志支ゆめをミしさまをい悲春行をお
2
りとよろこ悲のちにはヽ徒可ひをやりてあ
7 6 笠い︑介ともいる事あげーハ泊I
いこ
さり
1 1 1
久ちなは支多りてを︑もちfJ
閉ヘ
5
多文て身越閑堂めてうち函こもれ
4
おそろし介れはねゃをとちあなを印
3
2 四几ウ 四九オあや必登思て日をとほ久べぷこいレ‑{
七日ありてをとこと咲は伯れ爾いひて
ヽ
さ製ぬ所のゆふへ爾な'︶幻もひいて︑ 7
りて閑へる越者支いて︑ゆる志徒女
6をも堂介てをんなの閑ふをまば︵ほ︶ 5ゆれ︵る︶せとい布遁久ち祁者堂か久か心ら 4支ヽて和礼なむちかめ登那らんなを︵は︶ 3
久ち那は︑濯久いふ両なんゆる須那る登
2なを︵ほ︶のむ布可久か那し印雨堂へ須志て てい者久こ乃かへる我隊ゆるせといふ磨
7
にま/\こ乃閑瀬を衣咲り人園どらせん
6
章よりな介れはな各い和多︐J函ゆi又こ
5
梨ぬる離悲とりの子も那志よを伍る閤
4︐叫む姓名をは心か/\'といふ年七八十爾朋
3
乃い者久我ハ川乃久商のむこのこほり爾
2
哨人所そ乃閃爾は和礼雨ゆるせとい缶お苔那
立
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ウ 7道爾心らぬわ支那あ悲ておほ支郎
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那者ら三帰五閑い越う介徒女閑へる
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齊︑閑多久可いをう介よとい悲て負 てい者久なんちまのかる︑事をえ志
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よしを堂須介よとい伍爾こ常へ
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さち乃山てら雨ゐ堂流所雨ゆ支てこ ぬあくるあしたいよ/\ぉちて行基は
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7 3 五一ウ 4 2 五一オ
関戸家本三宝絵詞東大寺切の本文について︵春日︶ 流溺うり徒をん那閑溺越もちててらお本支爾お所りて登こを佐りての可者を徒多/\と苔りお介り春那者ち
6
登徒のおほ支那流閑溺ありて久ら那
5め久こゑありあ久るあし堂爾ミれは悲 4れ可くれぬとこのまへを支久爾をとりハ多 2ゐ多る溺久ち那はやのうへよりお梨久多る 那いへ溺閑へりて所乃よ堂のミおも悲て 7者久よい閑那堂缶と文可那登をん
6
めて堂溺河爾者那徒行基ほめてい 5哨かへりて行基菩薩志て究願せし 3ふ溺ゆるさ須又もをぬ支て久は布 か多志とい缶をん那ころもをぬ支てい一呵 登ち支れ流ことあれはこと人爾はゆる必7支ていへ溺かへるあふみの久溺堂可志まの
6
介て布ねをと\めて馬をかりて悲とりい所
5布ね溺徒見てかへる本と爾︑和︵は︶閑雨ゃま悲をう 4てこ志の川る可の徒爾ゆ支てものを可悲て 3
2
六条五坊乃人なり大安寺能西乃さと溺須む所 介りと霊異記溺見衣多り 乃こ本りさと溺さら雨な支人なりと
五ニウ︵中十四楢磐島︶
楢般志まは聖武天王︵皇︶乃御よのならの右京
7
6
54
てお支那乃いへを多徒ね登卜志む流溺こ 3者りを志らん登て人を徒の久溺︑やり
2 五ニ
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乃てらの春多ら久のせ溺州貫を閑りう介 い布又ぶりぬお支那者へ化乃人なり かいをう希多るち可らなりとまことい徒 志りぬ閑爾乃和可おんをむ久い和可仏