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第3章 ゴ(国)を移る

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Academic year: 2021

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iE Lいo_/(*# 19符I37) 1988年9月、一年 半 に渡 るフィール ドワー クがま もな く終わ ろ うとしていた頃 に、村 を 移す とい う話 が入 って きたOぜ ひ村 の移動 を観 察 してか ら調査 を終 えたい と願 ったが、時 期 が適 当でなかった。結局、観察 で きぬままに 10月 に帰国 し、再調査 で 1989年 3月 に戻 る とすで に村 はな く、かつて村 が あった ところ-出向 くと、ただぽ っか りと空 間があいて い るだけだった。雑木林 の合 間に唐突 にまっ さらな空 き地 が広 が っていた。 人 が暮 らした 気配 を微 かに うかがわせ るのは林 の中に残 され た果樹 だ けだった。 ま るで何 かのひ と撫 で でふ っ とすべてが消滅 して しまったかの よ うな錯覚 を覚 えた。 その瞬間にフィール ドワー クで聞いたひ とつ の 口承伝承 が よみが えった。 そ してその伝 承 が実体化 して私 の中で現実 となったので ある。 「消 えた村 」の話 で あった。ナ老人 は当時 60代前半で 1925年 頃の生まれ だった。彼 はつ ぎの よ うに語 った0 自分が生まれ る前のことだが、イ ンタノン山に村が一つあった。ある日、村の老人 が言った、 ゴ (国)の神は村人がみな村に留まることを望んでいるか ら、6週間は誰 も村か ら出てはいけない と。 ところが二人の男はそれを聞かずに猟-出た。 二 日後に猟か ら戻ってみ ると、村が消えていた。 そこには二人の赤い服 (チェガ) だけが残 されていたO焼畑-行ってみ ると、村人が植 えた トウキ ビとレモ ングラスは あるのに、村人を見つけることはできなかった。二人はそこで一晩過 ごし、つぎの 日 にもまた村 を捜 してまわったが見つか らなかった。とうとう捜すのを諦めて、ほかの 村-移 って行った。 ところが、そのあと誰かがその村のあった場所-行 って、 「明 日、稲の植 え付 けをす るか ら、手伝 って くれD」 とい うと、翌朝、とても美 しい若い娘 と若者がやってきて、播種 を手伝い、終わると 帰っていった。若い男たちが この娘たちに、 「一緒にあなたの村-遊びに行 ってもいいで しょうか。」 と聞 くと、娘たちは喜んでそれを受け入れた。そ こで男たちはその娘たちに付いてい って、村で楽 しい ときを過 ごした。だが、翌朝、目が覚めるとそ こには何 もなかった。 誰かがその村のあった ところ-行って、 「鶏を買いたい。」 と言ってお金 を置いて くると、翌朝、そこに鶏がいた。 しか し自分が生まれたあ とには、 も うその村 を訪ねていって も何 も起 こらな くな った。で も焼畑はまだそこにある。そ こ-行 けば、植 えてあるものは食べ られ るが、

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それを持ってきて自分のところに植えようとすると、それはもとの焼価-戻って行 ってしま う。 この伝承は前半部分でかき消す よ うに消えて しまった村 を括写 し、後半で消えた村 と異 界 とのつなが りを語 っている。 これは同時に村人に死者 の国 (ゴ) を想起 させ るものであ った。 カ レン族の移動を論 じる場合、その単位 としてあげ られ るのは、ゴ (/kつ、:/国)、ジ (村 /zi:/)i、 ドゥ (/da′/家)、プガ (/pga:/人)である.彼 らにとって移住 とはゴ (国)か らゴ-移 ることであ り、彼 らの一生 とはゴか らゴ-移 り続 けることであるといえた。 ゴか らゴ- とジ (村)を移すだけでな く、厳密 にいえばゴ内でジ (秤)を移す こともあった し、 また ドゥ (秦)をジ (秤)か らジ-移す ことや、 さらにいえば ドゥ (秦)をジ (秤)内で 移動 させ ること、すなわち家の建て替 えも調査地では見 られたが、人の単位、すなわち個 人でゴ (国)からゴ-移住する事例は限 られていた。個人で移動す るのは結婚式の ときだ けであった。結婚後に数年間、夫は妻の両親 と同居す る。そ こで新郎は妻の両親の村 (ジ) -個人で移動 し、妻の両親の家に移 り住む ことになる。それは

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世紀 に入ってか ら個人単 位で人々が盛んに都市- と移動す るの とはまったく異なっていた。 第3章ではゴ (国)か らゴ-の移動 を取 り上げ、ゴの概念 を明 らかにす る。その事例 と して死者 のゴと人間のゴ間の移動 を論 じる。なぜな ら死者 の ゴとは、ある意味で (実荏 と い う点では) ゴの中でも位相が微妙にずれているが、確かに一つのゴであった.それゆえ に死者のゴ-移住す ること、すなわち葬式には彼 らのゴか らゴ-の移動のあ りよ うが凝縮 されていた。 「死者 (プル /pl(J:/)」と等位 とされ るのは 「人間 (パカニ ヨ /pga:-k'nyっ:/)」である (第 1章1節参照)。死者のゴもまた人間のゴの暮 らしにつれて変わっていく 。 た とえば仏教や キ リス ト教に改宗すれば、当然、他界観 は異なるものになる。改宗 しない として も、そ こ に 「地獄」が忍び込んできた り (M

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、2やがて 「生まれ変わ り」が信 じられ るよ うになった り (速水

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す るのである。変化は どちらにも忍び寄るが、 死者のゴと人間のゴの間には時間差が存在す る。多 くの文化でそ うであるよ うに、変化 は 現世 よりやや遅れて来世- と及ぶoだか ら調査地において死者 のゴはちょうど一昔前の人 間のゴの暮 らしぶ りを映 し出 していた。 さらにカ レン族は死者のゴにおいて二つの異質な秩序を統合 していた。共時性 と適時性、 あるいは一つのシステムとしての 自己完結性 と、世代交代 を経て変化 してい く歴史性 とも いえるD空間 と時間 と言い換えて もよい か もしれないQ二つの異質な秩序の統合は死者 の 1ジ (/zi:/)の意味は変化 したが、本論ではジを 「村」と訳す (第4章1節 を参照の こと)0 2葬式の 「死者の唄」には 「下の方」へ行かず に 「上の方」を行 きな さい、 とい う一節 がある。 「下の方」 は調査地では地獄ではな くて旅程 を意味 し、「上の方」が楽なのに対 して、下はきついあるいは辛い道 と 理解 されていた。

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ゴとい う特殊性 ゆえに可能であったが、それで も矛盾 を内包 していることは変わ りなかっ た。 その矛盾、あるいはその競合関係がカ レン族の移動の起点 となっているのである (第 4章 と5章参照)0 そ こで第1節では死者 のゴ-の出立、すなわ ち葬式 を事例 として紹介 し、死者 の ゴと人 間の ゴの ゴとしての共時性、あるいは同一水平線上の ゴとしての位置づ けの根拠 を明示 し、 そ こか ら彼 らの ゴ観や移住観、そ して ゴの暮 しについて考察す る。第2節 では死者 のゴか ら人間の ゴ-移 り住む、すなわち誕生 を事例 として とりあげ、人間の生を司る超 自然的存 在 を紹介す る。 この存在が時系列 に関わる神であ り、家- とつながっていく 。 そ して二つ の ゴの間を移動す るもの として霊魂 (ガラ /k'1a:/)について論 じる。それによってカ レン 族 が人間 自体 を遊動す る動物の集合体 とみな してい る さまを明 らかにす る。 第1軒 人間の ゴか ら死者の ゴへ移 る 葬式は死 に方 に応 じて三通 りあった。亡 くなった場所 が村 内 (ジ)か、あるいは村外か、 故人は親 の家 に同居 していたか、あるいは 自分の家 をもっていたか、故人はすでにサブガ (老人) になっていたか、そ うではないかが問われ た。 自分 の家 をもち、家 (村内)で亡 くな り、すでに老人世代 に属す る者 は村で四 日三晩の葬式 を執 り行 うことができた。それ 以外 の死は二 目一晩の略式で、村外で死亡 した場合 は村外 、すなわち森 で死者 のゴ- と送 られ、子供の死 も森での埋葬 のみで終わる。 そ こでまず 四 日三晩の葬式 について紹介 し、つぎに二 日一晩の事例 を とりあげ、最後 に 埋葬のみの事例 を紹介す る。 四 日三晩の葬式 を観察す ると大 きく二つの部分 に分 けることができる。前半は死者 のた めに、後半は生者のために諸事が執 り行 われ る。前半は さらに二つに分 け られ る。 死者 の 出立の支度 を整 える過程 と、新たなゴ-の安寧 なる道 中 と新 たなゴの暮 らしに適応 できる よ うに と支援す る過程である。後半は死者 との別離である。生者 と死者 との間の秩序 を回 復す る過程であるが、そ こでは死者が戻って くることを恐れ るよ り、む しろ残 され た者 が 死者 を追わないよ うに引き止 めることの方に重点が置かれていたo そ して葬式の 目的 とは前半部 の後半、すなわち死者 を死者 のゴ-導 くこと、あるいは送 り出す ことにある。死者 のゴ-移 ってい くに際 して、故人が道 中で迷 うことのない よ うに、 新 しい ゴで戸惑 うことな く適応 できるよ うに、そ して、そ こでよい暮 らしができるよ うに と繰 り返 し説 き願 う唄を吟 じることが葬式のハイ ライ トであった。 周 りを森 に囲まれた暗闇の中で、ぽつ りぽつ りと焚 かれ た点の よ うな焚 き火 を背景に、 若い娘たちの澄んだ高い声 と低 く響 く青年たちの声が競 うよ うに、重な り合 って追いかけ 合 う。それ は夜が更けるほ どに熱 を帯びてゆき、やがて求愛へ と変わ り、葬式 とは思 えな い よ うな華や ぎが醸 し出 され てい くのである。

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1.四 日三晩 の葬式 の事例 (1988年 5月 5日∼8日) (1) 70歳代 の老女 の死 ① 出立 の準備 村 では病人 が重篤 にな る と、親や子供 だ けでな く、 キ ョウダイや甥姪 な ど親 しい 関係 に あ る人々が訪れ て病人 の傍 に座 って見守 るのが常で ある。 一 間か らな る高床 式 の家 は縁者 であふれ る。 老女 はその よ うな中で娘や娘婿 、息子や嫁、孫 、ひ孫 、姪や甥 な どに見守 ら れ て息 を引き取 った。 しば らくしてか ら彼 女の出立の準備 が始 まった。身づ くろいか らであ る。 (a)真新 しい既婚女性用の衣装に着替える (赤いスカー トと黒い上着)0 (b)(死者の国が よく見えるよ うに と)水 に浸 した 白い糸を左手で もち、ア ゴか ら額-と7度、 さか さまに顔 を洗 う。 (e)死者が人間の ゴ- もどってこないよ うに、(戻 って来た らこのよ うに縛 られ るよ、と 知 らせ る意味で)両手の親指 と両足の親指 を糸で しっか りと結ぶ。 (a)(死者のゴでそれぞれの器官がよく機能す るよ うに と)両 日、両手、心臓 (ときに は両足や 口)の上に硬貨を乗せ る。 (e)弔問に訪れたすべての人々が故人の手に聖水 (プチサ)3を注ぎなが ら、

(生前) も し何かいけない ことをあなたに していた ら、どうぞ許 して くだ さい」と別れ を告げる。 (i)竹で編んだ正方形のゴザで遺体をきちん と包んで3箇所 を糸で縛 るO (g)ゴザで包まれた遺体を部屋の中か ら外 のベ ランダ-運び、 (遺体を担ぎ出すための) 竹で組んだ梯子の上に安置 して結びつ ける。遺体は頭 を奥に、足 を出入 り口の階段 -向けて寝か され る。 (h)ゴザを挟む ように竹四本で柱 を立てて、バナナ と トウガラシ と瓜 を縛 り付 け、幹の 先には村の女性が供 した赤いスカー ト、黒い上着や毛布、シ ョールな どを束に して つ り下げる (写真 3-1)0 (これは木立に見立て られてお り、上 に束ね られた衣服が 繁茂 した菓 となって、死者の ゴ-行 く道 中に、 日陰をつ くって涼 しく快適 な旅 をも た らせ る。) (i)遺体の頭部には飯、おこわ、塩、タバ コの葉が供 え られ、横には明 り取 り用の松明、 胸元には赤い糸、そ して、布製 のカバ ンには、パイプ、マ ッチ、鉱、竹筒 に入 った お こわ、竹筒の水筒 (竹筒は通常 とは上下逆に切断 され る。節 を上に して切 り、下 側を口にする)、バナナの葉 に包んだ飯、種籾、赤い糸などが詰め込まれてきっち り と結ばれている (写真3・2)。カバンと並ぶ ように、籾を運ぶ背負い龍、足元には精 米用の平ザルがおかれた。平ザルには炭で木が描かれている。(平ザル以外は旅の途 3プチサ (/p-ch王:-sa:/)はマメ科アカシア属の英を乾燥させて水に浸したものをさす。北タイでは 聖水としてだけでなく、洗髪などにも用いられる。北タイ語ではソムポイという。

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中、そ して死者のゴに着いてか ら使用す る道具である。) G)炭片をつ き刺 した枝で 「雑穀 (あるいは稲)の花」 (ペポ/pe:・phっ:/あるいはプポ /bG):-Phコ:/)と呼ばれ る炭の花を作って添える。 (死者のゴでは人間のゴの炭が雑穀 や稲 となる。) (k)彼女の供儀用の豚 と鶏が殺 され、剥いだ鶏の皮 と両翼 と羽毛が新 しく編まれた小 さ な鶏龍入れ られて遺体の足元に置かれ る (写真3-3)。豚の尾 と剥ぎ取った剛毛が背 負い寵の中に入れ られる。(これ らは移住先の死者のゴで生前 と同 じよ うに彼女の供 犠用家畜 となるO) ② 死者 を送 る 剣 (葬式の象徴) を携 えた二人 の若者が葬式 を知 らせ るために、近隣の各村へ派遣 され るが、その範囲は徒歩で往復一 日以内が 目安であったo 夕刻 になる と近隣の村 の若者たち がつ ぎつぎ と集 まって くる。葬式 の送魂唄は真夜 中に近づ くにつれ て求愛 の唄- と変 じる ために、若年 の既婚者 、 とくに女性 は参加すべ きものではない とされてお り、実際、年配 者 も含 めて他村 か らや ってきた既婚女性 は一人 もなかった。 中年以上の男性 は周辺 の村 か ら死者 のために唄を唄いに訪れていた。 また他 の重要な儀式 (オマケ、ル タ、キジュ、セ アポ) を行 ってい る者 たち、お よびそれ らの儀式で一緒 に食事 を した ものはその晩の唄に は参加す ることができない。4 夕暮れ になる と左手 にろ うそ くを燈 し、村 の老人 を先頭 に若者 たちがベ ランダに安置 さ れ てい る遺体 を囲む よ うに数珠つなぎになる。その中で、両親 が健在 で、かつ長子 (アペ コ)で も末子 (アサ ダ)5で もない、二人 の若者 がろ うそ くを左手の指 に挟 んで掲 げ、西 と東 の方 向を指 し示 しか ら、送魂唄が始 ま る (写真 3-4)。唄はす り足で数セ ンチずつ時計 回 りにず り進みなが ら長唄のよ うに吟 じられ る (写真 3・5)0 唄は 「太陽 を指 し示す唄」(唄①)、 「死者 の ゴを治 める大領主の唄」(唄②)、 「死者 の ゴ を治 める小領主の唄」(唄③)、「死者 の唄」(唄④)の順 に唄われ る。ここまで唄われ ると、 年配者 たちが抜 けて、若い男性 だけになる。そ して 「上がって くるよ うに娘 (ムグノ)た ち-呼びかける唄」が唄われ、それ に応 える形 で娘たちが遺体 の安置 されたベ ランダ-上 がって唄に参加す る。娘たちが上が って くる と、時計回 りが反時計 回 りに代わ り、男性 と 女性 のグループが交互 に唄い交わ し始 める。人数 が多 くなる と、死者 の持 ち物が家の外-持 ち出 され、新 たに立てた竹 の柱 に掛 け られ、その周 りで も若 い男女が交互 に唄 を吟 じる。 この晩は三本 の竹が立て られた。 「死者 の ゴの小額主の唄」や 「死者 の唄」は娘たちが加 わることも可能だ とされていたが、 この晩 は男性 だけで唄われ た。葬式の唄は百以上 ある 4超 自然的存在 間には競合関係 がある。オマケは家 の神 、ル タ とキジュは国の神 、セアポは稲 の神 を煎 る。 これ らの神 は死者 の ゴの領主 と等位 で、互 いに競合す るために儀礼- の参加 がで きないのである(第5章 4節5節 を参照)。

5長子 (/a-vE、:・ko:/) と束子 (/a・sa・da:/)は子供 のなかで も特別 な意味のある 「対」をな し、それぞれ

に役割がある。

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といわれ るが、やがて真夜 中が近づ くにつれ、唄の内容 はよ り具体的な性的な誘 い合 いへ と変 じ、即興で吟 じられ、 ときには唄上手の男女間で一対一 での掛 け合い となることもあ るとい う。葬式での唄 を契機 に心 を確 かめ合 った り、求愛 を した りして、結婚 にいたった とい う夫婦 も少な くなかった。 そ して、死者 は道 中、 これ らの若 い賑やかな唄声 を鳥 の噛 りや小川 のせせ らぎ、木々の ざわめき として聞きなが ら、愉快 に楽 しく死者 の ゴ-移 って い くのだ とい う。 一方、家の部屋 の中では年配 の男性 たちが別 の唄 を唄 う。 こち らは故人 に死者 の ゴでの 生き方 を教 える唄である。 「果樹 に登 る唄」(唄⑤) は故人 に どの よ うに木 に登 って果樹 を 採 るか を教 える唄で、樹木 を炭で描いた平ザル (コレ

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を遺体の足元か ら持 っ てきて、男性二人が掛 け合いなが ら銀貨 を使 って根元か ら順番 に木 の頭頂部 まで登ってい く。 そのまわ りで人 々が、あち らだ、 こち らだ、 と指差 しなが ら合 いの手 を入れ る (写真 3

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この唄を吟 じない と故人 は新 しい ゴで生 きてい くための多 くの ものを森 か ら手 にい れ られ な くなって しま うとい う。 このほかにも葬式の間には さま ざまな遊戯 が行 われた。 た とえば別 の平ザル を使 った鶏 と虎 を戦わせ るスケ(/su′・khe=/)がある.これ は必ず鶏 が勝 って終わ らなけれ ばな らないO また外 では男性 たちが精米用 の杵 を挟 んで両側 に分かれ、唄 を唄いなが ら、一人ずつ飛び 越 してい くラナ ド(/Ra=・na:・db:/)な どもあるo Lか し、 ラナ ドは もはや行われ ることはな

く、調査 中に観察す ることはできなかった。 こ うして昼 は年配 の男性 の低 い唄声が、夕暮れか らは娘や若者 たちの華やかなハーモニ ーが三晩 に渡って繰 り返 された。 ③ 遺体 を埋葬す る (a)霊魂 を留 める儀式 (キ・ジュ /ki:・C(

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四 日目の朝、遺体 を送 り出す前 に老女の死 を看取 ったすべ ての人々が 白い糸 を手首 に巻 いて 「霊魂 を留 める儀式 (キ・ジュ)」を行 った。 とくに子供 の霊魂 は死者 を慕 って後追 い す るので念入 りに しなけれ ばな らない という 。 また、死 に際 に間 に合わず に、あるいはや む をえず、当 日以降に葬式 に参加 した他村 の身内 (親 、子 、キ ョウダイ、孫) は 自分 の相 に戻 ってか ら同 じ儀式 を行 えば よい。 これ は生者 の霊魂 が さ迷い出て死者 を追 ってい くこ とを防 ぐための儀式だか らである。 也)最後 の送魂 の唄 老人 が時計回 りに回 りなが ら最後 に 「死神 の唄」 を唄 う。 (唄⑥) (C)遺体の搬送 遺体 は足 を下に して階段か ら運び出 され る。妻 が妊娠 していない二人 の男性6が前後 を 6誕生は死者のゴか らの来訪なので、「来訪 中」の胎児が死者のゴ-戻 る危険を避 けるためである。

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担いで村 を出て行 くが、この ときに犬が吼 えた り、鶏が驚いて逃 げ回った りす ると、死者 がそれ らをゴ-連れて行 きたがっている とされて、殺 して一緒に旅 立たせ る。それ を避 け るために村内を横切 らないよ うに、森-す ぐに出 られ る方向-担 ぎ出す。 また遺体 に付 き 従 って埋葬場-行 けるのは男性 たちだけであった。女性や子供の霊魂 にはそれ に耐 え うる だけの 「強 さ」がないか らである。7 搬送では故人の息子 を先頭 に、孫二人が遺体を担 ぎ、そのあ とを娘婿や甥 らの9人の男 性 が山-分 け入 った。そ して担 ぎ手以外の者 は、死者 の古着、寵、カバ ン、竹筒な ど死者 の遺品を運んだ。村 ごとに山中に埋葬場があ り、場所は誰 もが知 ってい るが、特定 され る よ うな 目印があるわけではない。そ こはただの森であった。 埋葬場 まで行 く途 中に、少な くとも一度 は休憩 を取 らなけれ ばな らないOその ときは一 人が声に出 して 「さあ、休 も う」 といい、それか ら、それ ぞれ が手近 な枝 を切 って、それ らを道 に敷いて遺体 をその上で休 ませ る。 この事例では二回休憩 した0 (a)埋葬場 雨季 には土葬、乾季 には火葬す る。 この ときは乾季だったために火葬が行われた。男性 たちは分散 して薪 を切 り集 めるが、遺体 を見守 るものがいない と死者 が悪霊 になる恐れ が あるため、少な くとも二人は遺体のそばを離れずに付 き添 う。木材 を5層 まで櫓 のよ うに 組み上げると、その上 に遺体を載せて火 をつける。 年長 の男性二人 (この ときは息子 と娘婿)が立 ち枯れの木 (セカ

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の根元 に死 者の遺 品を並べ る。鶏龍 は逆 さまに置いて死者 の ゴか ら見 えるよ うに した。 また他 の男性 たちは木に登って、死者 の古着 を木の枝 に掛 ける (写真 3-7)0 立ち枯れの木の根元で、故人の息子が しゃがんで合掌 し、後 ろで娘婿 が 中腰 にな り、先 の曲がった枝で息子の襟元 を引っ掛けて吊 り上げるよ うにす る (写真 3-8)0 息子は死者 に、 「ど うぞ親 の家-戻 って くだ さい。途 中で留ま らないで くだ さい。私たちは十分 な食べ物 を供 えま した。 あなたは食べ るものをた くさん携 えています。 だか らまっす ぐ親 の家-戻 って くだ さい。」 と語 りかけ、後 ろの娘婿 はその彼 (息子)に対 して 「あなたの子供や孫たちが家であなたに帰 ってきて欲 しい と願 っています。決 してそれ以 上先-行 ってはいけません。」 と祈 っている彼 を人間の ゴに引き止 めるために声 を掛 ける。 7 (口承伝承)「昔、7人の女たちだけで遺体を火葬す るために埋葬場-行ったO ところが火が燃 えている 最 中に、遺体が火の上で起き上がって座 った。女たちは仰天 して村に逃 げ戻 った。 ところが村 に戻って か らもそのシ ョックか ら立ち直れず、 とうとう病気 になって しまった。そ して死んで しまった。それ以 来、女子供は埋葬場-行かな くなった。J

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(e)帰路 遺体が完全に焼け落ちたのを見てか ら、来たの と同 じ順番で列 をつ くって村へ戻 る。 こ の とき順番 を違 えてはな らず、また間合いを十分に とらなければな らない。後 ろを歩 く人 が前の人の足 を誤って踏んだ りすると、死者の霊魂が追ってきた と考えられ るか らである。 それ と同様な意味で後 ろを振 り返って もな らなかった。8 帰路に往路の途 中で最初 に休んだ ところにくると、みながそれぞれ枝 を新たに切 りとる。 これはもし故人の霊魂が戻ってこようとしてもここで迷って家-帰 る道 を辿れな くなるよ うにす るためである。切 り取った枝はそれぞれ担いで村 に持ち帰った。 ④ 村-戻 る 村-戻った全員が故人の家の前に用意 された水で持参 した斧や刀 を洗い清め、 さらに手 や 口や頭や 目を洗 う (写真 3・9)。そのあと家-上がって、一 口か二 ロ、飯 を口にす る。飯 を食 さない と、死神ナ ドがあ らゆる食べ物を炭のごとく黒 くみせ るために、以後、何 も食 べ ることができなくなるか らである。 持 ち帰った枝は遺体が安置 してあった場所に置き、伐採 に使 った斧や刀 は刃を竹の床 に 突きたてて置いてお く。 しばらくしてか ら斧 と刀 を抜き取 り、枝 は投げ棄て られた。 さら に斧や刀 を水で洗い清め、 (死神が嫌 う) トウクサ (t.xo‥-sa)の葉で拭 き払 った.9 遺体を運んだ男性たちがすべて 自分たちの家-戻 ったあ と、村人 全員の霊魂 を身体に結 びつける儀式 (キジュ)を行った。そ して、そのあ とに故人の家の竹の壁が剥が され、茅 の屋根が外 され、柱が抜かれて、完全に取 り壊 された。 家は旅立った彼女に属 した空間だ か らである。家の責任者である彼女が逝 って しま うと、その場 もまた消えなければな らな い。それは村が更地に戻 され るの と同様であった。 もし夫が先立ち、妻が残 された場合は家を壊 さな くても良いが、その代わ りに、葬式の あとにや って くるとされ る死神か ら家の住人を守るために、また同時に残 された者たちの 寂 しさを紛 らわすために、三晩の間、各家か ら少な くとも一人はや ってきてその家に泊ま る。死神は最初の晩は遺体が置かれた場所 を読めにきて、二晩 目は村の中まで入 ってきて、 三晩 目は村の近 くに来るだけで帰ってい くか らである。 8 (口承伝承)「昔、息子が7人いる老人が亡 くなった。息子たちは彼の遺体 を運び、火 を放 った。 ところ が村 に戻 るときに、来た順番通 りに列を作って戻 らなかった。突然、死体が起 き上がって火の上に座 り、 悪霊 に変 じて、彼 らを追っかけてきた。息子たちはあま りの恐怖 に走って村-逃 げ帰 った。 もし、順番 通 りに列 を作って村-戻ってこない と、死者 は悪霊 となって しまい、死者のゴ-無事戻れな くなる。」 9 (口承伝承)「葬式の ときに、二人の男が、自分たちは悪霊 な ど恐れは しない と言い合 っていた。そこで 一人は埋葬場 に留ま り、 も う一人は遺体 を安置 したベ ランダに寝たC夜 になると、死神ナ ドが連体のあ った場所を概 めに来たoベ ランダにいた男はひ と概 めされてその場で死んだOそれか ら死神 は埋葬場-行ったO ところがも う一人の男は夕暮れになるとあま りに怖 くなったので, トウクサの木 に登 った.死 神 は遺体を焼いた ところを見に行 き、男 を見つけ、 この男 もひ と概 めよ うとした。男は手近にある枝 を 折って、死神 に投げっけた。 この葉は強いかゆみを引き起 こす葉だったので死神は登 って くることがで きなかった。 男はこうして無事 に村-戻って くることができた。それ以来、人は悪霊 を防 ぐために トウ クサの葉を使 うようになった。」

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(2)送魂 の唄 葬式 は死者 を送 る唄 (タ/

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か ら成 る。儀礼のたび に吟 じられ るタ とは、韻 を踏 んで、 独特 の節 回 しをつ け、比唖 を多用す る、また ある意味 では話 し言葉 で もあ り、興が乗 る と、 つ ぎつ ぎに即興 で唄の掛 け合 いが始 まる。老人 の葬式 が四 日三晩 と長 いのは、故人 にはそ れ だけ語 るべ き長 い物語 があ るか らだ といわれ た。 葬式 で吟 じられ る唄は百以上 ある とい うが、調査時 に収集翻訳 できたのは20であ る。そ の うち、死者 の ゴ と深 く関わ りのある6つの唄 を取 り上 げる (添付資料参照)。死者 の ゴに ついて唄 うのは、葬式 の初 めに遺体 の周 りを時計回 りに廻 って吟 じる唄 であ る。① 「太 陽 を指 し示す唄」か ら始 ま り、② 「死者 の国 を治 める大嶺主 の唄」、③ 「死者 の国 を治 める小 額 主の唄」④ 「死者 の唄」 まで続 けて唄 われ る。 それ らを最初 に紹介す る。 つ ぎに故人 の 家の部屋 の中で二人 の男性 によって掛 け合 いで吟 じられ る⑤ 「果樹 を登 る唄」、そ して連体 を搬送す る直前 に吟 じられ る最後 の唄⑥ 「死神 の唄」 を取 り上 げ、そ こか ら導 き出 され る 彼 らの死者 の ゴ観 について検討す る。 ① 太陽 を指 し示す唄 (ターネーム /

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・m(J、‥/) 太陽は暗い、太陽は暗い。太陽は暗い、人が指すのは逆の空。 そそ ぐ河 口はみなもとのよ うで、木のてっぺんは根 っことなる。 夕暮れの太陽、夕暮れの太陽。夕暮れの太陽、人が指すのは逆の空。 そそ ぐ河 口は源のようで、木のてっぺんは根 っことなるO 太陽は (西の) コJtlか ら昇 り、月は (西の) コ川か ら昇 る。 雄鶏のような色 とりどりの長い尾 を引きなが ら、色 とりどりの長い尾 を引いて沈む。 (東の)エ ロ山の頂上に沈む。長い尾は弦いばか りに輝いている。 太陽は (西の) コの岸か ら昇 り、月は (西の) コの岸か ら昇 る。 雄鶏のよ うな色 とりどりの一本の尾 を引きなが ら、色 とりどりの一本の尾 を引いて沈む。 (東の)ェ ロ山の頂上に沈む。一本の尾は本 当に輝いている。 悪霊 (死)はコ川か ら来るO悪霊はコ川か ら来 るO 森のク クの実を見たような旺章を覚える。森のク ウの実を見たよ うな旺章を覚 える。 狂気のスコの実の花を食べて しまった。ああ、母が泣いている、千五百十 も (繰 り返 し何度 も)0 ネズ ミ (大嶺主の仮の姿)がいる。ネズ ミが木のてっぺんで鳴いている。 リス (同上)がいる. リスが木のてっぺんで鳴いているD リスが頭の黒い魚の孫 を食べた (大領主は魚 を食事に招待 したが、実際は、編 して魚 を食べた)0

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(10)

木のてっぺんで鳴 くと木の葉が しぼむ。竹のてっぺんで鳴 くと竹の葉が しぼむO 大領主が子や孫 と死んだ (死をもた らした)0 ② 大衡 主 の唄 (タ-コセ-ド /tha‥・khか・sb.・・do/) 大嶺主 (コセ-ド)は トンウ (タウングー)にいるO 領主の補佐 (カモ・ド/Ⅹかm〇:-do/)は トンウにいる。 夜明けに犬が (人間が誰 もいないので)寂 しくて遠吠えをす る。 夕暮れに犬が寂 しくて遠吠えをす る。 秤 (グチャ /k'ca:/)が死んで町が壊 された。神 は トンクに帰 ったo 大嶺主は道に村 を建てた。補佐は道 に村 を建てた0 -人で行 った者 は (村 を避 けて)遠回 りを した。二人で行 った者は遠回 りを した。 も う一人は遠回 りをしなかった。 大嶺主は戸を閉めて捕 まえて喰った。 大領主は空の中間にい る。補佐は空の中間にいる。 水 を飲 も うと綱 を結んだ竹筒 を下 したO水 を飲 も うと綱 を結んだ竹筒 を下 したO 綱が切れて竹筒が地面 を転がった。大儀主が子供や孫 と死んだ (死をもた らした)。 大領主は逆巻 く水の中にいる。補佐 は逆巻 く水の中にい る。 馬 を食べても満 ち足 りず。象 を食べても満 ち足 りず。狂気のスゴの実の花 を食べた。 (コセが)地蜂 (プモ)や蜂 (ププゴ)の巣 を破壊 した (巣は集落の隠愉)0 上の方の村です り足の昔がす る (葬式の ときに死体の周 りを歩 く歩 き方)。 下の方の村です り足の昔がす る。 子供が遊びに行 って消えたo老人が遊びに行 って消えたCどこ-行って しまったのだろ う。 大嶺主が戸 を閉めて描 まえて喰った。 上流の村で竹 を積んだ。下流の村で竹 を積 んだ。 子供が遊びに行 って消えた。老人が遊びに行 って消えた。 焼畑-行ったのだろ うか。 大領主が韓を閉 じて挿まえて喰った。 ③ 小額 主 の唄 (タ-コセ・ポ・プ リ /tha:・khb=-S色=-pho:-p

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黒 と赤茶 の美 しい雌鶏、茶色の雌鳥、領主 (コセ)が刀 で首をきった。 領主は梁か ら飛び降 りた0 日がつぶれ、足が折れたD 煙 と炎が大きな森か ら上がっている。領主が地面で木 を燃や している。

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(11)

雄鳥 と雄鶏がこの (貝に似た)生き物に似ている。領主がや ってきて強い風が起 きた。 領主の鎌 は牛の角のよ うだ。 (領主は)家で娘の首を切 り落 とす。 領主の籾はスバ メと呼ばれ る。強い風が木の葉の間をざわめきなが ら吹きぬける。 竜巻がタマ

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Jン ドを枯 らしたO魂 よ、それ らを食べぬ よ うにo ④ 死者 の唄 (タープル /

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死んだ者 よO 戻 るときには、下の方 (ドゥロタ)を行かずに、上の方 (ドゥア トウヴオ)を戻 りなさい。 そ うすれば妙めた蛙が食べ られて、焼いた魚が供 され る。 夢で、獲物 を狩って、熊 を仕留めた。 日が覚めると葬式がひ とつD 夢で、クルの木が葉を揺 らした。 日が覚めると、葬式の柱にスカー トや上着が掛かっていた。 広い客間 (プ ロ) もいっ もな ら (死者の)髪一本 も置 く空間はない。 しか し、葬式な ら死者のための空間は十分 あるO 死者の頭 の周 りをす り足で歩 くO死者は (それを聞きなが ら)戻ってい く。 死者は夢見 る、夢見 る。 死者は走って戻ってい くO闇- と頭 を向けてO 母や父が後 ろか ら呼んでも、一切、耳を傾 けないO あなたの足をお母 さんに洗って もらいな さい。 お母 さんよ り先に死んで、母は恋 しがる、恋 しがる。 む しろもっ と小 さい ときに死んだ方が よかった。 そ うすれ ば母の乳 も父の乳 も無駄 にな らなかったO 小 さな弓を死者 のために作ってあげな さい。 戻 るときに、雨告げ鳥 (スダウェ) を射 ることができるか ら。 小 さな太鼓 を死者のために打ってあげなさい。 死者は戻 るときに、鳥を食べ、銅鏡 を叩 く。 ⑤ 果樹 に登 る唄 (タート セーサ /

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〇、:・se:・S畠:/) (間)あなたが呼ぶ ところまで、あなたが呼ぶ ところまで、登っていきますa (杏)根元まで登 ります。 (間)これでいいですか。 (答)いいです よ。(以下同様 な構成 となる)

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あなたが呼ぶ ところまで、あなたが呼ぶ ところまで登 っていきます。 太い幹まで登 ります。 これでいいですか。 いいです よ。 あなたが呼ぶ ところまで、あなたが呼ぶ ところまで登っていきます。 最初の枝まで登 ります。 これでいいですか。 いいです よ。 あなたが呼ぶ ところまで、あなたが呼ぶ ところまで登 っていきます。 小 さい枝まで登 ります。 これでいいですか。 いいです よ。 (こ うしてだんだん木を登 っていき、最後は木の頭頂部まで到着す る) 大きな銃 と三千五百の弾丸、あなたは何 を撃つのですか。 やまあ らしを撃ちます。 何匹手に入れま したか。何人で食べ られますか。 炭 の (焦げた)柄の舵 と炭の柄の斧で、 与えた (肉)や骨 を細か く細か く叩き砕 きなさい。 大 きな龍 を背負 って、炭の柄の銘 を拾い上げな さい。 (それか ら紐 を編むための植物であるゲを取 りに行 きな さい、そ うしない と) 苦いゲの紐 は裂けて裂 けて手 を傷つける。 (ゲを採集す るときには銘 を使 うよ うにと指示 している)。 白い雄のダイ鳥が平ザルの内側 にいる、外側 にいる。 ドウイの果樹がた くさんた くさん熟 した。 (鳥が飛び回って)た くさんた くさん実が落ちた、 (死者 よ)、あなたは (以前に住んでいた) もとの場所-戻 りなさい。

⑥ 死神 の唄 (ターナ ド /tha:-na:・do/)

領主の娘 ノイム、あぐらをかいて、陰部を しゃもじでこす る。 領主の娘 ノイモ、(彼女の)豚の餌や りのために、死神 (ナ ド)は血 を注いで竹筒 を満たす。

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死者 のゴ

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〇、:/) ① その暮 し10 葬式 の手順や唄が明示 しているよ うに、死者 の ゴは人間の ゴの 「さか さま」 である。村 人たちはその逆転 の詳細 を知 らな くて も、死者 の ゴを特徴づけるのが、逆転 である とい う ことは誰 もが承知 していた。あるとき白人 (コラ)の国の話 を し、時差 を説 明す るのに、「こ ち らが昼な ら、あち らは夜、あちらが昼な ら、 こち らは夜」 といった途端 、「そ りゃ、死者 の ゴだ」 と返 された。葬式 とは死者 の ゴ-移動 してい く者 がその 「さか さま」に適応 でき るよ うに と行 な う準備 なのである。 カ レン族の唄は即興で展開 してい くことが多いのだが、葬式の最初 に遺体の周 りで吟 じ る 「太 陽 を指 し示 す 唄」 は時 代 と地 域 を越 えて変 化 す る こ とな く唄 い継 がれ て い る

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O それ がカ レン族 の死者 の ゴ (国) の根幹 を語 るゆえである。 「太陽を指 し示す唄」 の最初 の4行 は、死者 の ゴの方位 を唄っている。太陽は西か ら昇 り、東-沈み、川 は河 口か ら川上-流れ、樹木 は根元 を上 に して項部 を下に して生 える。 基本方位 として西 と東、川 下 と川 上、下上が最初 に強調 されてい るのである。人間の ゴ と は明 らかに反対の方位 である。 さらに別 の 「さか さま」 も加 わってい る。明 る く輝 くはず の太陽が黒い太陽だ とい うのである。 こ うい う逆転は葬式の さまざまな場面で見出 され る。遺体の顔 を洗 うときは右手 でな く 左手 に糸 をもち下か ら上-である。「太陽を指 し示す唄」で指 し示す ろ うそ くも左 手 にもつ。 また 「果樹 に登 る唄」 にあるよ うに、死者 の ゴの錠や斧 の柄 は木製ではな く、焦 げた (戻 の)柄 となる。遺体 に添 える炭 で作 るプポ (稲 の花) は、人 の国の 「炭」が死者 の国では 「花」 になる。遺体 を運んで相 に戻 ったあ とに、飯 を一 口食べなけれ ば、すべての食糧が 炭 に見 えて何 も口にできな くな るの も、同様 な例 である。死者 の ゴとの間で越境 が発生す ることを示唆 してい る。葬式 に行 われ るスケのよ うな遊びであって も、兎が虎 に勝 って終 わ らせなけれ ばな らない。 埋葬場で死者 に祈 るのが立ち枯れの木の根元であるよ うに、立 ち枯れの木 は二つ の ゴの 境界 に存在す る。立ち枯れ の木 は 「さか さま」 ゆえに死者 の国では立ち木 として現れ るの である。根元 に置 く烏龍 も死者 の国か ら見 えるよ うに上下 をひっ く り返 して置かれ る。 ま た死者が持参す る竹筒 は節 の下を切 り落 として切 り口を逆 さまにす るな どである。 1019世紀前半のカ レンの宗教についての記述で、クロスは死者 が 「固有の図-行 き、 この世の仕事 を再 び始 める」 (cross 1854:313)、そ こでは太陽が 「この世 と反対の位置にある」(ibld:313) として 調査地 と同 じよ うな他界観 を示 している。 死者 の国の場所 は特定で きず 、地下や天空や地上 (霧 で遮 ら れて人 には見 ることができない場所) をあげている。 メイ ソンも冥界の生活は この世 と同 じだが、夜昼 が逆転 してい る (Mason1865:19617) とす るOマーシャルは さらに葬儀 を詳 しく記述 してい るが、葬 儀 の手順や他界観 について調査地 とほ とん ど相違 がみ られ ない (Marshall1922:193-209). ミッシ ュンは1970年代のタイでの調査で、葬式 において 「功徳 を積む」、死者 の供物 に 「仏塔」を捧 げる、「死 者 の唄」で唄われ る 「下方」 を 「地獄」 とす るな ど仏教の影響 を示 してい るが、基本的な相違 はない (Mischung1980:69-81)。 カ レン分布の東辺 にあた るチ ェンマイ近郊 では1990年代までアニ ミス ト の間ではほぼ一貫 して伝統的な葬儀お よび他界観 が保持 されていた と考 え られ る。

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死者 の ゴを統治 してい るのは コセである。 コセ とは個人名 ではな く役職名 で、「領主」に 相 当す る。送魂の唄では 「領主」 は大 (ド) と小 (ポプ リ) に分 け られてい るが、 これ は 対で構成 され る唄の形式 ゆえであって、二体存在 してい る とい うわけではない。 その領 主 を補佐す る役 がカモで、これ も役職名 である。ll そのほかナ ドと呼ばれ る死神 、む しろ死そのものを具現化 してい る存在 がい る。12 コセ (領主)やヵモ (補佐)が ヒ ト的イ メー ジであるのに対 して、ナ ドは死体 を諌 め、血 を集 める (畷 る) とあるよ うに獣的イ メージで語 られ る。血 を流す死 とは事故死であ り、不慮 の死であ り、カ レン族 に とって悪霊 を生み出す忌むべ き死であった。 しか し 「死神 の唄」 は必ず しも葬式の最後 に唄われ るわけではなかった。ナ ドは死 においてあ くまで も副次的 存在 なのである。 死者 の ゴの領主 (コセ)は道や川 のそばに村 を建 てて、迷 い込んだ人 を捉 える。 それ が 死であった。立 ち枯れ の木 を介 して、死者 の ゴはその姿が人 には見えな くとも、人間の ゴ のす ぐ隣にある。 あたか も 「消 えた村」のよ うに、人間の ゴとは同一地平線上 に存在 して いた。 それ ゆえに柑人たちは山中で死者 の ゴの村 と出 くわす ことがあるとい う。 た とえば 山歩 き してい る最 中に、突然 、気分が悪 くなった り、手足が冷 えてきた りす る。 それ と同 時 に、結婚式で唄われ る国 (ゴ)入 りの 「歓迎の唄 (トロク レ)」が どこか らとも聞 こえて くるときに、死者 のゴが間近 に迫 る。 唄に誘 われて行 けば、そのまま死者 の ゴ- と入 って しま う。や り過 ごせ は、やがて唄は遠 のき、手足は再び温 か くな り、死者 の ゴか ら遠 ざか る。 また山の中で土砂崩れが起 きた り、山道 を歩いていて山側 か ら土が落 ちてきた りす る と、 それ は死者 の ゴの子供たちが川上 で走 り回って騒いでいるか らだ と言 った りす る。 だか ら 「大領主の唄」で領主の在所 としてタ ウングーの地名 が出てきて も不思議はないのである。 さらに付 け加 えれ ば、タウングー とはカ レン族 に とって分布 の中心地であ り、カ レン初 の 伝道師 コタ ビューが伝道 の地 として選んだ ところで もあ り、民族起源 の探索においてはギ ルモアがカ レン族 の故地であるとした場所 で もあったO 調査地では死者 の ゴで太陽が昇 る とい うコ川 は西方 の どこかに、太陽が沈むエ ロ山は東 方 の どこかにあるとい う説明 しか得 られなかったが、一人 だけコ川 をメコン川 だ と述べた。 彼 はメコン川 の地理上の位置 は把握 していなかったが (なぜ な らメコン川 は調査相 の西方 でな く東方 にある)、川 の名 はタイ人 との接触で聞き知 っていた。タイ語 ではメが

川」

を 意味す るので、 コン川 とい うことになる。音韻上では コ川 と類似 してい る。死者 の国の川 11コセのコ (/kha:/)は 「頭」、セ (/S卓:/)は 「敬称の呼びかけ」である。 クロスが記す 「死者の王」

となるコテイ (cootay)/テ ド (Theedo)に相 当す る (cross1854:314)oマーシャルは ウエー ド、 メイ ソン、クロスか らの引用 として、冥界の王クテ (HkuTe)は夫婦で娘婿 を殺そ うとして失敗、夫 は土中にもぐり死者の王 とな り、妻は天に逃げて虹 になった と記 している(Marshall1922:227-28)O マーシャル は葬式の唄を訳すにあた り、コセ とカモに相 当す る部分 を 「死者の王」(LordofDeath)、

「死の従者」 (the servant5 0f Death) としている (ib土d:199)0

12 ミッシュンはチェンマイ近郊の村落でナ ドの姿は 「象のよ うに大きく」、「目玉は車の車輪のごとく」 と 語 られているとしている (Mischun g 1980:77)o

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として実在す る川名 を挙げることが矛盾 しない とい うことを示 していた。 立 ち枯れ の木 の根元で死者 に対 して 「どうぞ親 の家-戻 って くだ さい。」 と祈 るが、この ときの 「親」 は人間の ゴ (国)で彼/彼女 を生み育てた (血のつなが りがある)両親 では ない。死者 の ゴにいる死者 の 「本来の親」である (第2節参照)。死者 はこの親元か ら人間 の ゴに移住 してきたのである。死者 のゴの方がむ しろ 「本来」の場所 なのである。 ここで は人間の ゴにお ける親子 関係や祖先代々 とい う時系列のつなが りは断たれ てい る。 だか ら 故人 は死者 のゴ-戻 って も死別 した生前の愛 しい肉親や知人 と再会す るわけではない。死 者 の ゴ- は人間のゴにお ける関係 が もちこまれないのである。人間の ゴと死者 の ゴは隣 り 合 う領域 で しかない。死者 の ゴの住人側か らいわせれ ば、ある とき誰かが近隣の別 の ゴ-移住 していき、 しば らく不在であったが、やがて戻 ってきた とい うことになろ う。 では死者 の ゴで住人 たちは どのよ うに暮 らしているのだ ろ うか。死者 の ゴには さま ざま な 「さか さま」はあるが、おお よそ人の国 と同 じよ うに暮 らしてい る と考 え られ ていた。 遺体の準備 にみ られ るよ うに死者 は死者 の ゴで 目や手 を働 かせ て暮 らしてい る。「果樹 に登 る唄」で吟 じられた よ うに森 に生育す る樹木か ら生活 の糧 を手 に入れ る。猟 を して獲物 を 狩 り、獲物 を解体 して肉を食 し、植物 (ゲ) を材料 に龍 を編み、果樹 を取 って暮 らしてい る。 カ レン族 の伝統的な暮 らし、すなわち山中の村 で、森 の恵みを手に し、焼畑 で稲や ト ウモ ロコシや トウガラシな どを栽培 し、豚や鶏 を飼 い、水汲み を し、薪割 りし、飯 を炊い て、唐辛子味噌 (ムサート/皿d・sa:・t。′/)や煮込みオジヤ (タポポ /taIPh〇:・phB=/) を作 って 暮 らしてい ることになる。それ は葬式 にお ける遺体の準備や副葬品にも現れ てい る。死者 の ゴ-移 る ときに持参す るものはすべて生前 に (人間の ゴで)使用 していた ものばか りで ある。 この よ うにゴの暮 しは質的には同 じだが、量的には差 があるよ うだ。 た とえば死者 の ゴ では一年 の収積量が人間の ゴの半分 に しかな らない とか、人間のゴの一握 りの米 は死者 の ゴでは龍一杯 になる とか語 られ たo また時間の流れ も異 なっていた0人間の ゴの一年 は死 者 の ゴの一 日に しかな らない.死者の ゴはある意味で 「長泉」の国であったoすなわち 「本 来」の場所 では時がほぼ止まっている といえる。 だか ら死者 の ゴの住人の生死や その世代 交代 について語 られ ることはない。 た とえ誰かが人間の ゴにや ってきて何十年 も生 きた と して も、それ は死者の ゴではほんの しば らくの不在 で しかな く、やがて彼/彼女 はまた戻 って来 るか らである。 ② ゴか らゴ-の移住 葬式で遺体 に手向け られ る品々が、故人が死者 の ゴ-携 えてい くものである。 これ らは 人が ゴか らゴ- と移 り住む ときに持参す るもので もある。死者 はカ レン族 の衣装 に身 を包 み、カ レン族 の赤 い布製カバ ンを肩 に下げ、そ してカバ ンの中には道 中の食料 (竹筒のお こわやバナナの葉 に包 んだ飯)や水 (竹筒の水筒)、そのほかに、愛用の喫煙道具 (パイプ、 マ ッチ、 タバ コの葉)や キンマや錠

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が入 ってい る、そ して行 った先 の ゴで使 う種

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籾や機織用 の赤い糸、松明、塩 があった。 さらに籾 を運ぶ背負い韓、精米用 の平ザル 、そ して龍 には彼女の儀礼用 の豚、烏龍には同 じく儀礼用 の鶏が入れ られ る。 頭 に紐 を掛 けて龍 を背負 い、赤 い布カバ ンを下げ、少 し前屈みになって、新 たな ゴ- 向 か って坂道 を上 ってい く故人の姿が、(なぜか若返 った壮年の姿であったが)まるで 目に浮 かぶ よ うだった。 なぜ な らそ うい う姿で夫のあ とに続 く妻 、あるいは数人の女性 の グルー プを私 はフィール ドで 日常的に観 察 していたか らであるo但 し、 ゴか らゴ-移 るよ うな豚 も鶏 もすべて運んで行 く姿は見 る機会 がなかった。 別 な見方 をすれば、新 たな ゴ-移 るのにあたって、それ らの品々だけを持 って行 けば事 足 りるとい うことである。 さらに加 えれ ば、それ らは新天地での必需品 とい うよ り、む し ろほ とん どが道 中の携帯品や道具であった。新 たな ゴ-移れば、(錠や穂籾や苗木 を持参す れ ば)生活 の必需品はそ こですべて手に入 るはずであった。森 があ り、そ して森 に焼畑 を 拓 けば、食料 も家 も衣服 も、塩 と鉄製品以外 な らすべて入手できるのである。 しか し彼女が連れて行 く供儀用 の豚 と鶏 は新 たな移住先で調達す ることはできなかった。 供儀 用の豚 と鶏 は血統 を守 らなけれ ばな らない。 その仔 がつ ぎの供儀用 の豚 と鶏 になる。 死後 に家 を壊す とい うの も、彼女が家 を共 に連れ て行 くと解釈す ることもできた。供儀 は 高床式の家の囲炉裏 を囲む一間で行われ る (第5章 4節参照)。彼女はその場 も共 に運 んで い くのである。運ぶ とい うよ りは新たなゴ-移す とい うことである。 ゴか らゴ-移 るとき、た とえば村移動の場合 で も、あるいは他村へ引っ越 す場合 で も必 ず元 の家の柱 を抜いて、家 を壊 して移 っていった。柱 を残 してお くと移住先 で うま く暮 ら していけないか らだ とい う。すなわち生活 の拠点 を以前 の ゴに残 したまま とい うこ とにな り、新 たな ゴ-移 った として も.仮暮 らしに しかな らない。 葬式 とは死者 の ゴ-移住す ることであるか ら、女性 と男性 の場合では携帯品が異 なって い る。女性 の場合 は事例であげた よ うに供儀用 の家畜や機織用の糸束 をもってい くが、男 性 は代わ りに狩猟 の道具 を携 えてい く。女性 は死者 の ゴで も機織 を し、男性 は野生獣 を狩 る。 だか ら男性が死亡 した ときは故人が愛用 していた鉄砲や 弓矢が遺体 に添 え られ る。 人は もちろん徒歩で移動す る。 だか らその道 中が快適 であるよ うに と遺体の上 に服 で木 陰を作 り、唄で鳥 の さえず りや小川 のせせ らぎを奏で る。家 で看取 られて逝 く死 は一人だ けでの出立を想像 させ るが、たった一人で ゴか らゴ-歩 いてい くとい うことが実際 にあ り えない よ うに、死 において も実は一人で移動す るわけではない。呪術節 (スラ)が語 った 以下の伝承がそれ を明示 している。 人間のゴ (国)-共にやってきた7人がいた。彼 らは同 じときに死者のゴ-戻 ること になっていた。ある日、彼 らが死ぬ と、一人の孤児の (親 を幼い ときに亡くした)呪術 師13が死者の家-やってきて残 された子供たちに、 13カレン族の口承伝承において トリックスターが活躍する伝承が多くある.孤児 (ジョボケ)は、嘘ツキ 氏 (ソカイ)や野兎とともにその一人である。彼らは (悪)知恵や機転で簡主 (ジョパ)や虎をやっつ

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「死体に手を触れてはいけない。そのままに して置 きな さい。私が生き返 らせ るか ら」 といった。 人のゴか ら出立 した 7人は連れ立って死者の国- と赴いた。呪術師はその道 を先回 り して、途 中で大火事 を起 こしたO来 るときにはなかったのになぜ火が燃 えてい るのだろ うか と 7人は不思議 に思ったが、ともか く火が鎮まるのを待 とうとみなで食事 をす るこ とに した。だが食べ終えて もまだ火は消えない。一行の中に呪術師が一人いた。そ こで 彼 は 自分の腕輪を一つはず して、火の中-投げ込んだ。火が鎮ま り、またみなは先- と 歩 き出 した。 孤児の呪術師はまた先回 りして、途 中に深い川 を作 った。一行は長い ことそ こで待 っ ていたが、水は一向に引かない。再び呪術師が 自分の腕輪 を一つ外 して投げ込んだ。水 が引いたので、また歩 き始めた。 孤児の呪術師は さらに先回 りしてバナナの樹木 と糸を使 って深い崖 を作 り出 した。一 行の呪術師が最後の腕輪を外 して投 げ込んだが、腕輪はむな しく深い底-吸い込まれて しまった。そこで 7人はそれ以上先-進む ことができず に、仕方 な く今来た道 を戻 って 人の国 (ゴ)- と戻ってきた。 この よ うに死者 の ゴ- の移住 で あって も、 ゴか らゴ- の移動 時 は何人 か で共 に行 くこ と を当然 と していた。厳密 に言 えば、 ゴ間の移 動 だ けでな く、村外 -一人 で行 く姿 を見 るこ ともめった になかった。 焼畑 -行 くに しろ、森 へ採集 に行 くに しろ、狩 に行 くに しろ、少 な くとも数人が連れ 立 って出か けた。 そ して、 この伝承 を語 った呪術 師 は最後 に 「自分 も米やバ ナナやサ トウキ ビな どを用 い て この延命術 ができる」と明言 した。寿命 は定 まってい る とす るカ レン族 の他界観 の 中で この呪術 師 の言動 は明 らかに特異 で あった。 そ こで霊魂 を扱 う職能者 で あるス ラについて少 し説 明 したい。

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塞魂 の職 能者 -ス ラ (

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カ レン族 には外来語 由来の名 称 を もつ呪術 師がい る。調査 地 の 「スラ」はシ ャ ン語 の 「先 坐/教師 (ス ラ)」か らの借用語 であ るが、19世紀 中頃 には ウイ とブ コと呼ばれ る呪術 師 (あるい は予言者)がいた

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1853:305)O ウイは ビル マ語 か らの (速水 1992:278)、 ブ コはパー リ語 か ら (Stern1968:297・328)の借用 とされ てい る。また20世紀 に入 ってか ける。 トリックスターの知恵、単独行動、反社会的な性格は呪術師 (スラ)と類似性をもつ。それゆえ より呪力のある呪術師を表するときに、しばしば 「孤児Jが形容詞として用いられる。 1950年代以降 に自民族を孤児と同一視する言説が広く流布するようになるが (Loo Shwe 1962:10、21-22、大田 1959:57、Hinton 1979:86-87、速水 1992:280-81)、これはキリス ト教にもとづく民族意識形成 の過程で、創造神ユワの神話が再解釈されたものと考えられる。自民族 (カレン)の姿を保護者に見捨 てられた弱小の孤児とし、保護者の代理人として再来した白人の庇護のもとで勢力を取 り戻すという期 待を込めて (あるいは自民族を周辺の諸民族より劣勢な民族として)語るようになったからである。「孤 児」に多彩な顔があることは 「孤児はいかにして民族の象徴となったか」 (吉松 1998)を参照のこと。

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らも 「クティ (薬) トウラ (先生)」(Marshau1922:269)や 「スラ」(速水 1922:279)の 存在が確認 されている。 ウイは 「死者の"生命"あるいは霊 (意識 ある魂)の出立を見ることができ、そ して、そ の霊 を呼び戻 し、身体に戻 し入れ、そ うして死者 を生 き返 らす ことさえできる」(Cross 1853:305)。 また一種の精神錯乱 (トランス)を通 じて未来を予見 した とい う。 「彼 らの人 間の霊に対す る仮想 された能力のために、 ウイ、あるいは予言者は人々に非常な恐怖 をも たれているo」(ibid:306)O-方、ブコと呼ばれる予言者はその呪術を未来の透視 よ りも病 気治療に用い、さまざまな宗教儀式の方向性 を決める役割 を担っていた としている。 調査地のスラはウイ的性格が強かったがブコをも包括す る形で存在 していた。但 しトラ ンスに入 ることはなく、呪術師は 自らが習得 した呪術で、た とえば鶏の骨や豆、卵な どを 用いる方法で占いを行 っていた。 カ レン族にとって呪術 とは 「民間療法」 と似ていた。誰 もが長ず るに従って霊魂 を扱 う 方法をそれな りに学んでい く。 だが中にはより強力な呪力 を手に入れたい と望む ものもい る。外来語 由来の呼称が明示す るよ うに呪術師は、(よ り強力な)呪文や呪術 を しば しば異 民族 と接触す ることによって入手 した。 あるいは呪術 を広 く外の世界-求めた。呪術は伝 授や購入な どを通 して一つ一つ習得 してい くのだが、周辺の異民族か ら呪術を学ぶ ことは 彼 らの呪力を取 り込む (呪力の及ぶ範囲をよ り広げる) ことでもあった。 こ うして さまざまな呪術を習得 し、その呪力を人々に認 められ るよ うになるとスラ (先 坐) と呼ばれ るよ うになるが、それまでかな りの年月 を要す る。それ ゆえスラは老人 (サ ブガ)男性14であ り、その数 も多 くはなかった。調査地の盆地に分布する 9村でスラと呼 ばれる呪術師は二人だけであった。 スラは霊魂 を扱 う職能者であるが、調査地では病気や旅立ちに際 して霊魂 を呼び寄せ る 儀式や、中年期 にさしかかった夫婦に霊魂 を縛 り付 ける儀式、子供のない夫婦に子 となる 霊魂 を呼び寄せ る儀式な どを行って謝礼を受け取っていた。スラはこのほかにも、悪霊や 死霊、生霊 を追い払った り、 ときに人を意のままに換 った り、殺傷す ら可能であるとされ ていた。 それ ゆえにスラに対す る村人の思いには複雑なものがあった。延命 の伝承 を語 った呪術 師が付 け加 えた一言のよ うに、呪術師は自らの力 を確信す るゆえ、あるいは誇示 をす るた めか、カ レン族の伝統的な価値観 を超 えることが しば しばあった。呪術師は雄弁で尊大で 攻撃的な傾向をもっていた。そ してそれはカ レン族の 日常にあって明 らかに異端であった。 調査 中にも、かつてスラが相 に属す るのを嫌って (あるいは忌まれて)山中に一軒だけ で家を構 えた とい う話や、反社会的あるいは利 己的行為が行 き過 ぎて、その代償 として邪 術師 として撃ち殺 された とい う話が聞 こえてきたOスラはその呪力ゆえに村人に求められ、 その呪力ゆえに忌まれた。つま り19世紀のウイ (呪術師)に対する村人の恐怖が調査地で も共有 されていたのである。 14女性は霊魂の力が弱く、霊魂を扱うことはできず、また女性は異民族との接触もほとんどない。

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この よ うな二律背反的な呪術師であるが、それ ゆえに文化的危機状況 には中心的存在 と して躍 り出た よ うである。

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世紀にかけての ミャンマー史の激動期 に、 これ らの呪術師が予言者 としての能力 を如何 な く発揮 した り (Keyes

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,)、異民族 と の接触 とい う特質か ら仏教や キ リス ト教 の導入や融合 で中心的な役割 を果 た した り (ibid:

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)

、また千年王国的 (ビルマ族 による迫害が終わ り、カ レン族 の理想 の王国が出現す るとす る)カル トで も主役 を演 じた とされ る (速水

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0 調査地 に在住 していた二人 のス ラはそれ ほ ど強力 な呪力 を もっ とはみな され てお らず 、 「日常」の範囲内で呪術 を施 していた。 それで も不慮の死の場合 、霊魂 の職能者 としてそ の力 を発揮す ることになる。た とえば森の中での流血 を伴 う事故死 (虎や象 に襲われた り、 崖や木か ら落下 した りした)の場合、死者 の霊魂 、あるいは流 され た血が悪霊 に変化す る ことがあるか らである。 以下は現地で観 察 された二 El一晩の葬式の事例である。葬儀 は村 の外 で一晩だけ行われ る。村外 での不慮 の死の場合 、遺体 は柑-持 ち帰 ることはできない。葬式 は必ず村 の外、 つま り死亡 した森 の中で行われ る。

2.

二 日一晩の葬式の事例

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日) (1) 17歳の娘の死 (D 埋葬場 にて 李川村 の村人が森 で首 吊 り自殺 を してい るムグノ (娘) を発 見 した。 この よ うな死は危 険な死であるために、村人は遺体 を木か らお ろす ことができなかった。直 ちに山芋村-呪 術師 を呼び に行 った。呪術師がや ってきて、綱 を切 って遺体 を下 し、村 か らや って来た父 親 と数人の男性 が一緒 に村 の埋葬場-運び込み、 当 日の夕方 までに遺体 を火葬 したO火葬 のあ とに行 われ る手続 きも、森 の中での不慮の事故なので、すべてその場で終わ らせ た。 す なわち手や顔 を清め、少量の飯 も埋葬場 で食べて戻 ってきたのである。 ②村 の外 で 李川村 の二人 の若者 が近隣の村 々-葬式が行 われ る旨を伝 えに行 った。 これ らの村 か ら さらに周辺の村 々に伝 え られた。筆者 が知 ったのはその時点である。 村 では死亡 した娘の遺品が集 め られて森- と運び出 され た。村外 の死 であるか ら村 内で は唄を吟 じることはできない。森 で立ち枯れの木 を探 し、その近 くに唄 を吟 じるための三 本 の木 の柱が立て られた。枯れ木 のす ぐ隣が主柱で、主柱 の先端 には (帰路の木陰を作 る ために)既婚女性 の衣服、ターバ ン、肩掛、毛布 が束に して掛 け られ、枯れ木 の根元 には 精米用の平ザル と竹筒 の水筒 が入 った小 さな背負 い龍 が置かれ ていた (写真3・10)。これが 彼女 の携帯品であった。す なわち小 さな龍 に水筒 を携 えるだけで彼女 は死者 の ゴ-戻 って い くのである。

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別 の柱 には酒 ビンが二本ぶ らさげ られた。 これ は母親 か らの申 し出だった。 カ レン族 は 酒 を自家醸造す るので、仕込み期 間が十分にある儀礼 に しか酒 を供 さない。だか ら葬式 に 酒 はないのだが、 これ は娘の結婚式用 に準備 されていた ものだった。 そ して も うー本の柱 には彼女が身に付 けていた布製カバ ンが掛 け られ たo残 りの衣服や 彼女が使 っていた毛布やそのほかの連晶は焼却す るために-ま とめに括 られていたO 夜の帳が下 り、す っか り暗 くなった森の中を、つ ぎつ ぎ と他村か ら若者 たちが集 まって きた。送魂唄は9時過 ぎに始 まった。若い娘の高い声 と青年 たちの低い声が三本 の柱の回 りでハーモニーをな して響いていた (写真3-ll)。一方、年配の男たちは平ザル を使 って唄 を吟 じることもな く、闇の中に腰 を下ろ し、彼女の死 についてぼそぼそ と語 り合 っていた。 深刻 な様子は見て取れたが、その ときはそれが何なのか分か らなかった。論 じてい るのは、 どうや ら果 た して唄を吟 じてよいのだろ うか、 とい うことらしいが、彼 らは問題 が重大 な ほ ど、あいまいな言い方に終始す る。言葉 に出す こと、明示す ることによって、発話 の現 実化 を、あるいは実行 を強い られ ることを恐れてい るか らだった。 ③翌 日 翌 日、村 の全員が霊魂 を留 める儀式 (キージュ)を行い。 また他村 に在住す る近親者 (祖 父母、オバ、オジ、イ トコら) も自分の村で同様 な儀式 を行 った。 父親 とオジ二人が彼女の身の回 りの品々や食べ物 を入れ た龍 を立 ち枯れ の木の根元-運 び、彼女の服 をまわ りの木に掛 け、二人で祈 って戻 ってきた。 この頃になって筆者 にもよ うや く事情が分かってきた。筆者 が居住 している薄水川源流 村の村長が珍 しく道端 に しゃがみ こんで、 も う一人の老人 と長い こと話 しこんでいた。老 齢の村長 はあま り出歩 くことはな く、家で話 をす ることが多かった。 こ うい う村長 の姿 を 見たのは調査 中に一度だけだった.つま り、事はそれ ほ ど重要な懸案 であった ことを示 し てい る。 だが村長が仔細 を教 えて くれたわけではない。 それ は噂好 きの隣人か ら入 って き た。 事件 は以下のよ うに起 きた。 亡 くなった娘 は翌月にある若者 と結婚式 を挙 げることになっていた。その準備 も整いつ つあった。 ところが彼女は体調不良を訴 え、村人はそれ を妊娠 のせいではないか と眉 をひ そめて不安がっていたのである。彼女の体調 を気遣 って婚約者 が家 にや ってきて、泊ま り 込みで看病 を していた。その彼が二、三 日前に 自分の村-一度帰った。 す るとその直後に、彼 の父親が彼女の家にや ってきて、彼女の 「お腹 の子供」は 自分 の 息子の子ではない。彼女は息子だ けでな くほかの男性 たち (この場合、カ レン族の男性 で な く、開発 プ ロジェク トな どに関わ るタイ人男性や近隣村 のモ ン族の男性 を指 してい る) とも遊んでいるか らだ と断 じた。 そ ういわれた彼女 は動転 し、 も う結婚式 を行 うのは不可 能だ とふ さぎ込んで しまった。そ してその二 日後に首 を吊ってい るのが発見 された。

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