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被援助場面で経験される感謝感情と負債感情の生起過程モデルの検討

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感謝(gratitude)は,特定の状況下で生じる感情で ある状態感謝(state gratitude)と,個人差である特性 感謝(trait gratitude)の 2 側面に分けて説明されるこ とが多い(Henderson, 2009; Watkins, Van Gelder, & Frias, 2009)。 状態感謝は,広義には「個人に何か良いことが起き たとき,そこで得られた利益は他の存在のおかげであ ると,個人が気づくことで生じる感情」と定義されて いる(Watkins, 2007)。この定義における「良いこと」 と「利益」には,望ましい状況の獲得だけにとどまら ず,例えば,ハリケーンの生存者などにみられる (Coffman, 1996),起こり得たかもしれない悪い状況の 回避も含まれている。また,この定義での「他の存在」 は,人間だけを想定したものではなく,神や自然も対 象にしており(Watkins, 2014),宗教的観点も含めた 定義になっている。 このような Watkins(2007)の定義では,状態感謝 の射程を宗教や自然にまで拡げたまま実証研究を進め ることになり,状態感謝がもたらす対人関係での心理 学的効果を特定しにくくなる。 そこで本研究では,状態感謝の対象を人間に限定し, さらに,扱う対人場面は,被援助場面に限定する。そ のうえで,状態感謝を狭義に「他者のおかげで望まし い状況の獲得もしくは悪い状況の回避がなされたと認 知することで生じる肯定的な感情」と定義して,この 感情を「感謝感情」(emotional gratitude)と呼称する。 ところで,日本人を対象としたこれまでのいくつか の研究は,被援助場面で経験される感情は,感謝感情

被援助場面で経験される感謝感情と負債感情の

生起過程モデルの検討

1, 2, 3

吉野 優香

4 

相川 充

 筑波大学

The integrated model of emotional gratitude and emotional indebtedness in receiving help Yuka Yoshino and Atsushi Aikawa (University of Tsukuba)

When receiving help, the beneficiary feels both emotional gratitude and emotional indebtedness towards the benefactor, highlighting the close relationship between the two feelings. In this study, we tried to create a single integrated model of emotional gratitude and emotional indebtedness. Additionally, based on our model, we tested the effects of emotional gratitude and emotional indebtedness on the intention of reciprocal behavior towards the benefactor. All participants (N = 330) were asked to answer questions after reading vignettes describing a situation in which they received help. As a result of the analysis, we were able to propose a new model in which benefit appraisal mediates the relationship between trait gratitude and emotional gratitude, as well as the relationship between trait indebtedness and emotional indebtedness. We also demonstrated that emotional gratitude and emotional indebtedness affected the intention of reciprocal behavior towards the benefactor; however, their interaction effect was not significant.

Key words: emotional gratitude, emotional indebtedness, intention of reciprocal behavior.

The Japanese Journal of Psychology 2018, Vol. 88, No. 6, pp. 535–545 J-STAGE Advanced published date: November 10, 2017, doi.org/10.4992/jjpsy.88.16044 Correspondence concerning this article should be sent to: Yuka Yoshino, Graduate School of Comprehensive Human Sciences, University of Tsukuba, Tennodai, Tsukuba 305-8572, Japan. (E-mail: yoshi.04. floor@gmail.com) 1 本研究は,科学研究費補助金の助成を受けて行われた(基 盤研究(c)課題番号 26380839)。 2 本研究の一部は,日本心理学会第 80 回大会(2016)/ the 31st International Congress of Psychology にて発表された。 3 本論文は第 1 著者が平成 27 年度に筑波大学大学院人間総合 科学研究科へ提出した修士論文の一部を加筆・修正したもので ある。 4 日本学術振興会特別研究員

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だけでなく,申し訳なさや,すまなさなどの負債感情 (emotional indebtedness)も生起していることを示唆し ている(一言・新谷・松見, 2008; 蔵永・樋口, 2011a, 2011b)。 負 債 感 情 は, 認 知 と し て の 心 理 的 負 債 (Greenberg, 1980)に伴い経験される「心苦しさ」の ような感情として検討されてきた(相川, 1984; 生方・ 今城, 2014)。また,負債感情は,衡平理論に基づく コストと価値の不衡平状態の認知や,互恵規範に基づ く返報義務感などから生じる緊張感であり,返報を促 す動機となると考えられてきた(Greenberg & Frisch, 1972; 一言他, 2008; 松浦, 1992, 2007; Walster, Walster, & Berscheid, 1978)。 一言他(2008)は,アメリカ人と日本人に,被援助 時に経験した感情(肯定的感情 : 感謝,喜びなど;否 定的感情 : すまない,恥ずかしいなど)を事後報告さ せて比較した。その結果,日米共通して,被援助時に 経験する感情は,肯定的感情と否定的感情の両方で構 成されていること,日本人はアメリカ人よりも否定的 感情を経験しやすいこと,肯定的感情と否定的感情は, アメリカ人では比較的独立しているが,日本人では正 の相関関係がみられることを明らかにした。 また,感謝に関するいくつかの研究は,感謝感情と 負債感情それぞれの規定因に類似性があることを指摘 している(Greenberg, 1980; Tesser, Gatewood, & Driver, 1968; Tsang, 2006; Watkins, Scheer, Ovnicek, & Kolts, 2006)。特に,Tsang(2006)と Watkins et al. (2006)は, 感謝感情と負債感情が類似した状況で生じるものの, どちらか一方が生起すると,他方は生起しないことを 仮定し,受益者の両感情を区別する要因として,「善 意の有無(Tsang, 2006)」と「返報期待の有無(Watkins et al., 2006)」を指摘した。すなわち,感謝感情は,利 益供与者が善意に基づく行動や,返報を期待しない行 動をとるときに強く喚起され,他方,負債感情は,利 益供与者が自己中心的な行動や, 返報を期待した行動 をとるときに強く喚起されると指摘したのである。 上記の研究は,感謝感情と負債感情が類似した状況 で観察されることは認めつつも,両感情が同時に経験 されることを仮定していない。Watkins et al. (2006) に至っては,負債感情を感謝感情の阻害要因の1つと している(Watkins, 2014)。しかし,日本人を対象に した一言他(2008)や蔵永・樋口(2011a, 2011b)の 成果を考慮に入れるならば,少なくとも,日本人にお いて感謝感情と負債感情は,被援助場面において共起 していると考えることが妥当であり,共起しているこ とを前提とした知見の積み重ねが必要であると言えよ う。そこで本研究は, 被援助場面で共起している感謝 感情と負債感情を同時に扱い,これまで異なる文脈で 研究されてきた感謝感情と負債感情に関する知見の統 合を図ることを上位目的とする。この上位目的のもと, 感謝感情の定義に合わせて,負債感情とは「他者のお かげで望ましい状況の獲得もしくは悪い状況の回避が なされたと認知することで生じる返済の義務に関わる 感情」と定義し,以下 2 つの下位目的の達成を目指す。 特性レベルと状態レベルの関係を明示する「感謝感情 と負債感情の共生起過程モデル」の生成 感謝感情の特性的側面である特性感謝は,「個人が, ポジティブな経験や結果をもたらした他者の慈善に対 し感謝の感情を抱いたり,気がついたりする一般的な 傾向」(Emmons & Shelton, 2002)と定義されている。 つまり,特性感謝は,感謝感情の経験しやすさである。 同様に,負債感情の特性的な側面である「特性負債感 (trait indebtedness)」は,特性感謝の定義に倣うならば 「個人がポジティブな経験や結果をもたらした他者の 慈善に対し負債の感情を抱いたり,気がついたりする 一般的な傾向」と定義できる。 特性感謝と感謝感情の関係は,特性感謝が高い個人 は,低い個人よりも,感謝感情を簡単にかつ頻繁に経 験 す る と 主 張 さ れ て い る(McCullough, Emmons, & Tsang, 2002; Watkins et al., 2009)。この主張を,Wood, Maltby, Stewart, Linley, & Joseph(2008)は「感謝の特 性レベルと状態レベルに関する社会的認知モデル」 (The social-cognitive model of trait and state levels of gratitude: 以下,Wood et al.(2008)モデルとする)と して実証した。Wood et al.(2008)モデルによれば, 受益者は,被援助の内容に関する主観的評価を 3 つの 点で行う。1 点目は,利益供与者の行動がどれほど価 値あるものであったかを評価する「価値」,2 点目は, 利益供与者が受益者の利益のために払ったコストを見 積もる「コスト」,3 点目は,利益供与者の動機に利 己的なものが含まれていないと思う程度を評価する 「誠実性」である。受益者は,これら 3 つの主観的評 価を「利益の評価」として認知的に統合するが,この 「利益の評価」には,受益者の特性感謝によるバイア スがかかる。つまり,特性感謝が高い受益者は,低い 受益者よりも「利益の評価」を高く認知する。特性感 謝によるこのようなバイアスがかかった「利益の評価」 が,最終的に感謝感情の大きさを決定する。 以上の Wood et al.(2008)モデルは,特性感謝と感 謝感情の関係を同時に扱い,感謝感情が生起するまで の 過 程 を 示 し た 有 用 な モ デ ル で あ る と 評 価 さ れ (Watkins, 2014),日本人を対象とした検討も行われて いる。例えば,吉野・相川(2014)は,日本人大学生 を対象に,Wood et al.(2008)の研究 1 と同様のビネッ トを用いた質問紙調査を実施し,Wood et al.(2008) の分析上の不備を改善したモデルを提示している。 ただし,Wood et al.(2008)モデルは,あくまで特 性感謝と状態感謝の関係のみを扱ったモデルであり, 被援助場面で共起している負債感情を考慮したモデル ではない。そこで本研究では,負債感情も同時に考慮

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し,感謝感情と負債感情の生起過程における特性レベ ルと状態レベルの関係を明示する新たなモデルの生成 を試みる。 本研究では Figure 1 に示した「感謝感情と負債感情 の共生起過程モデル」を提唱する。この仮説モデルで は,Wood et al.(2008)モデルに倣い,特性感謝と特 性負債感は,媒介変数を経て,感謝感情と負債感情の 強さを規定するという媒介モデルを仮定する。つまり, このモデルにおける媒介変数が,感謝感情と負債感情 の規定因であると考える。 感謝感情の規定因は,Wood et al.(2008)モデルの「価 値」,「コスト」,「誠実性」の 3 つの評価から構成され る「利益の評価」を仮定する。負債感情の規定因は, 心 理 的 負 債 モ デ ル(Greenberg, 1980) に 従 え ば, Indebtedness = x1Benefit + x2Cost と表現されているが, この式における Benefit は,感謝感情の規定因である「価 値」と同じものであると考えられる。また,この式の Cost は,感謝感情の規定因と共通である。さらに,従 来の心理的負債の研究(Greenberg & Frisch, 1972; 西川, 1986)で重要視されてきた規定因である intentionality は,利益供与者の援助に対する自発性を意味し,利益 供与者から受益者に対する誠実性を反映させた概念で あると考えられる。以上のことから本研究のモデルで は,「価値」,「コスト」,「誠実性」から構成される「利 益の評価」を,感謝感情と負債感情の共通の規定因と して仮定し,「利益の評価」は,両感情を同じように 規定すると予想する。 本研究のモデルでは,感謝感情と負債感情は,異な る感情であるため,両感情に対して異なる影響を与え る規定因も仮定する。そのような規定因としては,既 述した従来の研究から,両感情の一方が経験されると き,他方は経験されないとする前提のもと,「善意の 有無」や「返報期待の有無」が指摘される(Tsang, 2006; Watkins et al., 2006)が,本研究は,感謝感情と 負債感情が共起することを前提に,Wood et al.(2008) モデルの拡張を目指すものである。そこで,両感情が 共起しないことを前提にした規定因ではなく,両感情 が共起することを前提にして,これまで十分に検討さ れていない「利益供与者との関係」と「要請の有無」 を規定因として仮定する。 「利益供与者との関係」は,負債感情の研究で取り 上げられてきた規定因であり,受益者にとって利益供 与者が既知の人物か否かを示すものである(相川, 1988a, 1988b; Greenberg & Westcott, 1983)。負債感情の 研究では,受益者は,利益供与者が既知であるほど, 負債感情を感じやすいことが示されている(相川, 1988a, 1988b)。 また,「利益供与者との関係」は,感謝研究における, 出 来 事 が「 起 こ っ た こ と の 当 然 さ( 蔵 永・ 樋 口, 2011a)」の側面からも解釈できる。出来事が「起こっ たことの当然さ」とは,感謝状況が生じたことに対し て受益者が「当たり前である」,「当然の出来事である」 と認知することであり,感謝の抑制要因の 1 つである (蔵永・樋口, 2011a)。「起こったことの当然さ」要因 の観点を取り入れるならば,既知の人物からの利益供 与は,日常的な好意の交換であるため,「起こったこ との当然さ」の認知を引き起こし,感謝感情を高めな いと予想でき,未知の人物からの利益供与は,当たり 前の出来事ではないため「起こったことの当然さ」の 認知を引き起こさず,感謝感情を高めると予想できる。 「利益供与者との関係」を「起こったことの当然さ」 の側面から解釈することは,先述した負債感情の研究 における「利益供与者との関係」の知見とも整合した 解釈を与える。既知の人物からの利益供与であるほど, 負債感情を高めることを示した知見(相川, 1988a, 1988b; Greenberg & Westcott, 1983)は,「起こったこと の当然さ」を引き起こすような日常的な好意の交換を 維持するために返報を行おうとするためであると解釈 できる。未知の人物からの利益供与は,まれなことで あり,既存の日常的な好意の交換を維持することへ配 慮が不必要なため,負債感情が喚起されづらいと解釈 できる。 以上の「利益供与者との関係」に関する負債感情の 研究と感謝研究の観点を総合すると,次の仮説が得ら れる。既知の人物からの利益供与は,感謝感情を高め ないが,負債感情を高め,他方で,未知の人物からの 利益供与は,感謝感情を高め,負債感情を高めないと 予想する。 もう 1 つの規定因である「要請の有無」は,被援助 研究や,援助要請研究で取り上げられてきた規定因で あり,利益供与者の援助行動が,受益者の要請を伴っ ていたか否かという,援助の起因に関する状況要因で ある。援助要請行動の意思決定過程が検討されている (島田・高木, 1995)ように,要請を行うか否かの状 況の違いは,被援助者に大きな影響を与えると考えら れる。また,被援助研究では,「要請の有無」は,「利 益供与者への好意」と「返報義務感」の 2 つに影響を 及 ぼ す こ と が 示 さ れ て い る( 相 川, 1988a, 1988b; Greenberg & Saxe, 1975)。このうち「利益供与者への 好意」には,利益供与者への感謝感情が含まれている と考えられ,「返報義務感」は,負債感情に直結する と考えられる。したがって,「要請の有無」という状 況の違いは,感謝感情と負債感情の生起過程全体に影 響を与えると考えられ,要請があった場合となかった 場合の間において,モデルは異なると予想する。そこ で,本研究では,状況要因としての「要請の有無」ご とに 2 つのモデルを仮定する。 以上をまとめると,本研究の仮説モデルは Figure 1 に示したように,「特性感謝」,「特性負債感」と「感 謝感情」,「負債感情」の関係を「利益の評価」が媒介

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し,「利益供与者との関係」が「利益の評価」および「感 謝感情」,「負債感情」へ影響を及ぼすモデルとなる。 また,「要請の有無」によってモデルが等質であるか 確認し,「要請の有無」という要因を仮説モデルに反 映させる。以上の仮説モデルの検証を本研究の第 1 の 下位目的とする。 感謝感情と負債感情が返報行動の意思へ及ぼす影響 感謝感情と負債感情は,これまで異なる文脈で研究 されてきたが,どちらも返報行動を促進することが示 されている。感謝感情については,Bartlett & DeSteno (2006),Tsang(2006)などの研究があり,負債感情 については,相川(1988a, 1988b),Greenberg(1980), 松浦(1992)などの研究がある。被援助場面において 感謝感情と負債感情が共起しているならば,両感情を 同時に扱い,それぞれの感情が返報行動に及ぼす影響 について実証的に検討する必要がある。なぜならば, 従来の研究で,感謝感情が返報行動を促進するという 結果が得られていたが,その感謝感情の中には,共起 している負債感情が混在していた可能性があり,同様 に,負債感情が返報行動を促進するという結果が得ら れていたが,その負債感情の中には,共起している感 謝感情が混在していた可能性があるからである。両感 情を混在させたまま分析することは,返報行動の生起 メカニズムや,返報行動に及ぼす感情の機能に関する 知見を明確にする妨げとなる。 そこで本研究では,それぞれの研究領域が個別に 扱ってきた感謝感情と負債感情を同時に,かつ分離し て扱い,それぞれの感情が返報行動の意思に影響を与 えているのか,あるいは,両感情の交互作用が返報行 動の意思に影響を与えているのかを明らかにすること を第 2 の下位目的とする。 方  法 調査対象者 関東圏にある複数の大学に在籍する日 本人の学生 330 名(男性 225 名・女性 104 名・不明 1 名・ 平均年齢 19.59 ± 1.41 歳)を対象に,場面想定法を用 いた質問紙調査を行った。調査は,対象者に,個人を 特定できる形ではデータを公表しないこと,調査への 回答は自由意志であり回答しないことによる不利益は 一切生じないこと,途中で回答を拒否しても何ら不利 益を受けないことを伝えることにより,倫理的な配慮 がされていた。調査期間は,2015 年 5 月後半から 6 月であった。 質問紙構成 質問紙は,フェイスシート(性別・年 齢・国籍),ビネット 2 場面と,それらに対する質問 項目である「利益の評価」3 項目,感謝感情と負債感 情の特性尺度である「対人的感謝尺度(藤原・村上・ 西村・濱口・櫻井, 2014)」と「心理的負債感尺度(相 川・吉森, 1995)」,「感謝感情と負債感情」合計 10 項目, 返報行動の意思の程度を測定する 2 項目で構成され た。 ビネットの内容 ビネットの場面は,谷口(2012) や Wood et al.(2008)を参考に,大学生にとって身近 な被援助場面として,テスト場面と学食場面を設定し た。ビネットの内容で,「要請の有無」と「利益供与 者との関係」を操作した。「要請の有無」の操作は, テスト場面では,受益者が利益供与者に「テストに持 ち込み可能な資料を貸してほしい」と依頼するか,利 益供与者が受益者に貸すことを申し出るかによって操 作した。学食場面では,急ぐ受益者が利益供与者に「会 計の順番をかわってほしい」と依頼するか,利益供与 者が受益者に順番をかわることを申し出るかによって 操作した。 「利益供与者との関係」の操作は,テスト場面と学 食場面のどちらにも共通して,「友人」か,見かけた ことのある程度の「他人」とした。 これらの操作によって,ビネットの内容は,場面(テ スト・学食)×要請の有無(有・無)×利益供与者と の関係(友人・他人)の 8 種類となった。 調査対象者が回答するビネットは,調査対象者の負 担を考慮に入れ,調査対象者 1 人あたり,「要請の有無」 の操作が異なる,テスト場面と学食場面を 1 場面ずつ 計 2 場面とした。 以上の操作を行った 8 場面のビネットで,調査対象 者 1 人あたりが回答する 2 場面の組み合わせをすべて 作成すると,16 種類の質問紙ができる。しかし,16 種類の質問紙の配布は実現性に欠けるため,「利益供 与者との関係」の操作が調査対象者「間」の要因とな るようにビネットを組み合わせた 4 種類の質問紙を作 成し,配布した。 利益の評価の測定項目 利益の評価は,Wood et al. 利益の評価 コスト 誠実性 価値 感謝感情 負債感情 特性感謝 特性負債感 利益供与者 との関係 Figure 1. 本研究が想定する仮説モデル。

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(2008)と同様の 3 項目を日本語に訳し用いた。ただし, ビネットの内容に合わせて,項目の文章は,原文訳よ り一部変更した。変更は,被援助場面のビネットであ ることから「助けられた」という言葉を用いることと, 利益供与者の呼称である。具体的には,利益供与者が 友人である場合,「価値」は,「友人の手助けはあなた にどれくらい価値のあるものだと思いますか?」,「コ スト」は,「友人は , あなたを助けるのにどのくらい のコストをかけたと思いますか?(時間や , 労力 , 金 銭面のコストなどの点で)」,「誠実性」は,「友人は , あなたを助けたいという誠実な思いをどれくらい持っ ていたと思いますか?」とした。利益供与者が他人で ある場合,各項目の「友人」の表記は,「この相手」 に変更した。質問は,「0: 一切ない」から「10: 非常 にある」の 11 件法で尋ねた。 特性感謝と特性負債感の測定尺度 特性感謝の測定 尺度は,「対人的感謝尺度(藤原他, 2014)」8 項目を, 7 件法で尋ねた。この尺度は児童を対象に作られたも のであるが,項目内容は大学生においても使用できる と判断した。ただし回答の際の件数は,児童に合わせ 用いられた 4 件法から,大学生に合わせ分布の偏りを 避けるために 7 件法へ増やし用いた。選択を求めた件 数は,「1: まったくあてはまらない」,「2: あてはまら ない」,「3: どちらかというとあてはまらない」,「4: ど ちらともいえない」,「5: どちらかというとあてはま る」,「6: あてはまる」,「7: 非常にあてはまる」であった。 特性負債感の測定尺度は,「心理的負債感尺度(相川・ 吉森, 1995)」18 項目 6 件法を用いた。なお,心理的 負債感尺度の中の,「恩」と「感謝」に関する 2 項目は, 特性感謝の測定や特性負債感ではない「恩」の測定に かかわると考えられる項目のため,分析の際には削除 した。 感謝感情と負債感情の測定項目 感謝感情は,Wood et al. (2008)の状態感謝の 1 項目ではなく,負債感情 と共通の形式で測定し,対比させるために,複数の感 情語へ回答を求めた。用いた感情語は,他者に向かう 対人的な感情を表す感情語を,先行研究および,学生 と大学院生を対象とした予備調査の結果に基づき選定 した。 参考にした先行研究は,蔵永・樋口(2011a, 2011b) の「満足感」と「申し訳なさ」の因子を構成する項目 と,相川(1984)の感情評定や対人印象を測定する計 18 項目であった。なお,本研究では,感謝感情と負 債感情を人物に対して経験する感情であると定めたた め,相川(1984)が対人印象として用いた 9 項目も,「対 人感情」の項目になり得ると解釈して用いた。 先行研究が採用していた「恐縮した」,「快い」は, それぞれ「恐れ多い」と「好ましい」という,より口 語的な表現に変更し,「罪悪感」は罪の意識にまで言 及する単語と考えられたため,「悪い」と「負い目」に, 表現の程度を下げた。その結果,先行研究からは,感 謝感情(「好ましい」,「寛大な」),負債感情(「負い目」, 「申し訳ない」,「悪い」,「恐れ多い」)を選定した。 学部生と大学院生を対象とした予備調査の結果から は,感謝感情として「ありがたい」と「感謝」を,負 債感情として「すまない」と「心苦しい」を選定した。 以上の手順により選定された感謝感情(好ましい, 寛大な,ありがたい,感謝)と負債感情(負い目,申 し訳ない,悪い,恐れ多い,すまない,心苦しい)の 10 項目を測定項目とした。これらの項目は,「0: まっ たく感じない」から「10: とても強く感じる」の 11 件 法で尋ねた。 返報行動の意思の測定項目 返報行動の意思の測定 には,一言他(2008)が用いた項目を参考に,シナリ オに登場する利益供与者に対して調査対象者が返報行 動を行うと思う程度を 2 項目で尋ねた。利益供与者が 「友人」である場合は,「この友人に対しあなたはお返 しをする」と,「あなたがおかれていた状況と同じ状 況にこの友人がおかれているとき,友人がしたことと 同じことをする」の 2 項目であった。「他人」の場合は, 友人の表記を「相手」と変更し用いた。いずれも,「0: まったくあてはまらない」から「10: 非常にあてはま る」の 11 件法で回答を求めた。 結  果 事前分析 特性感謝と特性負債感の尺度は,尺度の本来の形式 を変更して用いたため,各尺度の因子分析(主因子法・ 回転なし)を行い,信頼性を確認した。 対人的感謝尺度の因子分析の結果,いずれの項目も 高い因子負荷量を示した。信頼性も高い値を示した(α = .94)。対人的感謝尺度は,大学生を対象に用いるこ ともできると判断し,すべての項目を用いた。 心理的負債感尺度は,「恩」と「感謝」に関する項 目を削除して因子分析を行ったが,第 11 項目「私は 見知らぬ人から助けてもらったときには,お返しをす る必要はないと思う(逆転項目)」が,低い因子負荷 量を示したため削除し,再度,因子分析を行った。そ の結果,いずれの項目も .32 以上の因子負荷量を示し たため,15 項目(相川・吉森, 1995 の Table 1 の項目 番 号 で 表 記 す る と,2,3,4,5,6,7,8,9,10, 12,13,14,15,16,18)の尺度とした。信頼性も確 認された(α = .82)。 なお,両尺度は,後の分析において共分散構造分析 を行うために,潜在変数としての適合度を確認した(特 性感謝の適合度 : AGFI = .888,CFI = .964,RMSEA = .104; 特性負債感の適合度 : AGFI = .845,CFI = .799, RMSEA = .084)。特性感謝の適合度が悪かったが,本 研究は,尺度構成を目的とするものではないため,特

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性水準に関する尺度は,潜在変数としてではなく,項 目平均を算出した観測変数として用いることにした。 次に,ビネットでのテスト場面と学食場面が質的に 類似した被援助場面であったか否かを確認するため に,各変数に対する回答傾向をテスト場面と学食場面 の間で検討した。各変数は,構成する項目の平均値を 得点とし「利益の評価(テスト : α = .52; 学食 : α = .59)5」,「感謝感情(テスト : α = .88; 学食 : α = .87)」,「負 債感情(テスト : α = .92; 学食 : α = .89)」のそれぞれ の変数に関して,テスト場面と学食場面の間のピアソ ンの積率相関係数を算出した。なお,負債感情は後述 する潜在変数の作成の際に削除した 2 項目を除いた 4 項目の平均値を用いた。その結果,場面間で中程度の 正の相関係数が示された(「利益の評価」: r = .41, p < .001; 「感謝感情」: r = .69, p < .001; 「負債感情」: r = .49, p < .001)。個人の回答傾向が,場面間で中程度 に一貫していると判断できたため,以降の共分散構造 分析においては,ビネットの 2 場面の内容は等しい被 援助場面であるとみなした6。これ以降,テスト場面と 学食場面から得られたデータは,各質問紙を組み合わ せたデータを用いた。つまり,本研究の「要請の有無」 は調査対象者内要因であり,「利益供与者との関係」 は調査対象者間要因である。 本研究が使用する項目と変数の平均値と標準偏差 は,Table 1 のとおりであった。 感謝感情と負債感情の仮説モデルの検討 以下の共分散構造分析では,「特性感謝」,「特性負 債感」は,項目平均を得点とする観測変数,「利益の 評価」,「感謝感情」,「負債感情」は潜在変数とした。 感謝感情と負債感情の生起過程の仮説モデルを検討 するために,「要請の有無」ごとに仮説モデルの適合 度を確認後,両モデルの等質性を確認する多母集団同 時分析を行った。「利益供与者との関係」は,他人 0, 友人 1 のダミー変数とすることで,モデルに反映させ た。 まず,モデル内の潜在変数の適合性を確認した。「感 謝感情」の潜在変数は,「要請あり」,「要請なし」と もに,想定した 4 項目で作成した。「要請あり」では, 許 容 で き る 適 合 度 で あ っ た が(AGFI = .957, CFI = .995, RMSEA = .074),「要請なし」では,適合度が悪かっ た(AGFI = .788, CFI = .965, RMSEA = .202)。そのため, 評価を行う際に強い関連が想定される「好ましい」と 5 「利益の評価」の α 係数は,一般的な基準とされている .80 よりも低い値であるが,「利益の評価」が 3 項目という少ない項 目で構成されたことが原因であると考えられるため,許容した。 6 2 点の被援助場面の間における中程度の相関係数の意味は, 完全に一致した被援助場面ではなく,同種の被援助場面である が多様性を反映していると判断した。 「寛大な」の誤差間に相関を仮定した。その結果,「感 謝感情」の潜在変数は,許容できる適合度を得た(AGFI = .997, CFI = .998, RMSEA = .075)。 「負債感情」の潜在変数は,「要請あり」,「要請なし」 ともに,想定した 6 項目の構成では当てはまりが悪 かった(要請あり : AGFI = .688, CFI = .928, RMSEA = .208; 要 請 な し : AGFI = .764, CFI = .926, RMSEA = .181)。そこで,負荷量が低かった「恐れ多い」と「心 苦しい」の 2 項目を削除した。その結果,「申し訳ない」, 「悪い」,「すまない」,「負い目」の 4 項目から成る潜 在変数は,よい適合度を示した(要請あり : AGFI = .985, CFI = 1.000, RMSEA = .009; 要 請 な し : AGFI = .992, CFI = 1.000, RMSEA = .000)。 以上の潜在変数を用いて,「特性感謝」と「特性負 債感」が「利益の評価」を媒介し,「感謝感情」と「負 債感情」に影響を及ぼすモデルを,「要請の有無」の それぞれにおいて分析した。 「要請あり」,「要請なし」ともに,モデルの適合度は, 許容される値であったため(要請あり : AGFI = .832, CFI = .915, RMSEA = .096; 要請なし : AGFI = .838, CFI = .911, RMSEA = .094),さらに多母集団同時分析によ り配置不変の検討を行った。「要請の有無」間で配置 不変の検討を行ったモデルは,許容できる適合度を示 し(AGFI = .835, CFI = .913, RMSEA = .067),感謝感 情と負債感情が生起に至るモデルは,「要請の有無」 間で配置不変が得られた。 要請の有無の間で配置不変が確認できたので,モデ Table 1 本研究で使用した項目と変数の平均値と標準偏差 M(SD) 個人特性 特性感謝 5.52 (1.07) 特性負債感 3.64(0.58) 要請あり 要請なし M(SD) M(SD) 利益の評価 価値 8.05(2.12) 8.20(2.10) コスト 5.42(2.62) 4.80(2.80) 誠実性 5.75(2.56) 6.91(2.39) 感謝感情 好ましい 7.32(2.47) 7.55(2.34) ありがたい 8.22(2.12) 8.27(2.00) 感謝 8.45(2.06) 8.43(2.00) 寛大な 7.40(2.64) 7.19(2.77) 負債感情 負い目 6.39(3.03) 5.48(3.02) 申し訳ない 7.53(2.57) 6.75(2.73) 悪い 7.25(2.63) 6.24(2.77) 恐れ多い 5.79(3.17) 5.32(3.06) 心苦しい 5.92(3.22) 4.87(3.10) すまない 7.02(2.85) 6.16(2.97)

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ルに段階的な等値制約をかけ,測定不変の検討を行っ た。等値制約をかけた部分が異なるモデルの適合度は, それぞれ,Table 2 のようになった。等値制約をかけ たモデルのなかで,「構造方程式の共分散」まで等値 制約をかけたモデルが最も良い適合度を示したので, そのモデルを採用し,モデルの測定不変を確認した (Figure 2)。なお,以降のモデルに関する結果は,標 準化係数を用いて表記するため,「要請あり」,「要請 なし」それぞれのモデルに対応する 2 つの値を表記す るが,等値制約があるため,有意確率は共通である。 採用したモデルで,「特性感謝」から「感謝感情」 への間接効果と,「特性負債感」から「負債感情」へ Table 2 制約の異なるモデルの適合度

モデル AGFI CFI RMSEA AIC

制約なし .835 .913 .067 691.79 測定方程式のパス .842 .913 .066 684.98 構造方程式のパス .847 .911 .064 681.37 構造方程式の共分散 .851 .912 .063 673.37 構造方程式の残差 .851 .910 .063 678.21 測定方程式の残差 .842 .893 .066 749.17 利益の評価 コスト 誠実性 価値 .36/.39 *** .57/.71 *** 感謝感情 好ましい 感謝 ありがたい .73/.78 *** .92/.89 *** .89/.87 *** 寛大な .70/.66 *** 負債感情 申し訳ない 悪い すまない .93/.88 *** .94/.88 *** .91/.84 *** 負い目 .72/.67 *** 特性感謝 特性負債感 利益供与者 との関係 .62/.70 *** .23/.24 *** .31/.27 *** .36/.43 *** .69/.83 *** .23/.20 *** –.03/ –.04, ns –.11/ –.12 ** .17/.17 *** .04/.04, ns .33/.29 *** .18/.18 *** Figure 2. 感謝感情と負債感情の共生起過程モデル。 注)Model fit: AGFI= .851, CFI= .912, RMSEA= .063, AIC= 673.37 誤差項及び誤差相関の表記は省略されている。利益供与者との関係は, 0:他人,1:友人としたダミー変数である。図中の値は,標準化係数であり,斜線左側に要請ありの場合,斜線右側に要請なしの場合 の値が記載されている。 *** p < .001, ** p < .01

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の間接効果について,ブートストラップ法(ブートス トラップ標本 = 1,000)を用いて間接効果の有意性検 定を行った。95%信頼区間の推定は,百分位数法によっ て行った。その結果,「特性感謝」から「感謝感情」 への標準化間接効果は,要請あり,なしの順に βs = .23, .24(SEs = .05, .05; 95%CI[.13, .33], 95%CI[.13, .35])であり,有意な間接効果が確認された。「特性 負債感」から「負債感情」への標準化間接効果は,要 請あり,なしの順に βs = .11, .12(SEs = .03, .03; 95%CI [.06, .17], 95%CI[.07, .18])であり,有意な間接効果 が確認された。ただし,「特性負債感」から「負債感情」 への間接効果は,「利益の評価」により統制しても直 接のパスが,なお有意であるので(βs = .23, .24, p < .001),部分媒介であった。感謝感情,負債感情は ともに,「利益の評価」を規定因の 1 つとして持つこ とが示された。 また,「利益供与者との関係」は,「利益の評価」へ 正の影響を及ぼし(βs = .23, .20, p < .001),「感謝感情」 に負の影響を及ぼしたが(βs = –.11, –.12, p < .01),「負 債感情」には有意な直接的な影響は及ぼしていなかっ た(βs = –.03, –.04, ns)。 感謝感情と負債感情が返報行動の意思に及ぼす影響 感謝感情と負債感情が及ぼす利益供与者への返報行 動の意思の影響を検討するため,「要請の有無」ごとに, 返報行動の意思を従属変数,「感謝感情」,「負債感情」 (Step 1),「感謝感情×負債感情」(Step 2)の 3 つの 変数を独立変数とし,階層的重回帰分析を行った (Table 3)。 その結果,要請をした場合の返報行動の意思は,「感 謝感情」から有意な影響を受けていたが(β = .47, p < .001),「負債感情」および「感謝感情×負債感情」 の交互作用項からは有意な影響を受けていなかった (負債感情 : β = .02, ns; 感謝感情×負債感情 : β = –.01, ns)。 要請をしていなかった場合の返報行動の意思は,「感 謝感情」と「負債感情」の両感情から有意な影響を受 けていた(感謝感情 : β = .34, p < .001; 負債感情 : β = .18, p < .01)が,「感謝感情×負債感情」の有意な交 互作用の影響はみられなかった(感謝感情×負債感情 : β = –.09, ns)。 考  察 本研究は, 被援助場面で共起している感謝感情と負 債感情を同時に扱い,これまで異なる文脈で研究され てきた感謝感情と負債感情に関する知見の統合を図る ことを上位目的とした。この上位目的のもとに,特性 感謝と特性負債感が,それぞれ感謝感情と負債感情を 生起させるまでの生起過程モデルを検討することを第 1 の下位目的とした。また,感謝感情と負債感情のそ れぞれ,および両感情の交互作用が返報行動の意思に 及ぼす影響を検討することを第 2 の下位目的とした。 特性レベルと状態レベルの関係を明示する「感謝感情 と負債感情の共生起過程モデル」 本研究での仮説モデルの検討の結果,感謝感情と負 債感情の共通の規定因であると仮定した「価値」,「コ スト」,「誠実性」から成る「利益の評価」は,感謝感 情に関する媒介モデルでも,負債感情に関する媒介モ デルでも,媒介効果を示した。ただし,感謝感情に関 する媒介モデルは完全媒介を示したが,負債感情に関 する媒介モデルは部分媒介を示すにとどまった。 規定因としての「利益の評価」の働き 「利益の評価」 が感謝感情を完全媒介したことは,感謝感情の特性的 側面が状態的側面に及ぼす影響を「利益の評価」によっ て説明できたことを示すものである。したがって,「利 益の評価」は,従来の知見(Wood et al., 2008)と同 様に,日本の大学生においても感謝感情の規定因であ ることが明らかになった。 これに対して,「利益の評価」が負債感情を部分媒 介した結果は,「利益の評価」以外に負債感情の規定 因が存在することを示唆している。換言すれば,「利 Table 3 感謝感情と負債感情が返報行動の意思へ及ぼす影響 Step 1 Step 2 b β t 値 b β t 値 Step 1 感謝感情 0.54 / 0.48 .47 *** / .39 *** 8.73 / 7.21 0.54 / 0.42 .47 *** / .34 *** 8.06 / 5.61 負債感情 0.02 / 0.17 .02 / .18 ** 0.32 / 3.22 0.02 / 0.18 .02 / .18 ** 0.31 / 3.38 Step 2 感謝感情×負債感情 0.00 / –0.03 –.01 / –.09 –0.10 / –1.72 ΔR2 .00 / .01 F 値変化量 0.01 / 2.94 注)斜線は,左が要請があるときの結果,右が要請がないときの結果を示す。 要請あり(Step 2):R2 =.23, p < .001 /要請なし(Step 2):R2 =.25, p < .001 *** p < .001, ** p < .01

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益の評価」以外の規定因が,感謝感情と負債感情の生 起を区別している可能性があると考えられる。 「利益供与者との関係」と「要請の有無」の働き  本研究では,感謝感情と負債感情に異なる影響を与え る要因として「利益供与者との関係」と「要請の有無」 を予想し,仮説モデルに反映させた。 「利益供与者との関係」については,利益供与者が 未知・他人であるとき,感謝感情は高まり,負債感情 は高まらず,利益供与者が既知・友人であるとき,感 謝感情は高まらず,負債感情は高まると仮定した。分 析の結果,利益供与者が他人よりも友人であるときに 「利益の評価」を高く見積もるが,感謝感情は感じに くくなることが示された。「利益供与者との関係」は, 負債感情には有意な直接的な影響力を持たなかった。 利益供与者が友人であるときに,感謝感情を感じにく くなるという結果は,仮説通りであり,「起こったこ との当然さ」の認知が,感謝の抑制要因の 1 つとして 働いたと解釈できる。 他方,「要請の有無」については,要請を行ったか 否かにより,本研究のモデルが異なると予想した。こ の予想のもとに,要請あり・要請なしごとにモデル間 の差異を検討した結果,「要請の有無」の間には,モ デルの誤差に関する部分のみに差がみられ,測定不変 が確認された。つまり,モデルに大きな差異はみられ なかった。 仮説モデルの分析結果に関する概括 被援助場面に おいて,援助の起因である「要請の有無」にかかわら ず,特性感謝が高い人ほど,また,特性負債感が高い 人ほど,受けた援助の価値と,利益供与者のコストと 誠実性から成る「利益の評価」を高く見積もり,それ に応じて感謝感情と負債感情それぞれを強く経験す る。その際,利益供与者が友人であるときに,「利益 の評価」を高く見積もるが,起こったことの当然さの 認知が働き,感謝感情は弱くなる。 仮説モデルに関する以上の分析結果は,本研究で提 唱する「感謝感情と負債感情の共生起過程モデル」 (Figure 1)の妥当性を一定程度証明したと言えよう。 本研究が示した共生起過程モデルは,従来の知見の 統合という観点から 2 点の価値が見いだせる。第 1 に, この共生起過程モデルは,従来,感謝感情と負債感情 の研究において個々に示されていた規定因(Greenberg, 1980; Tesser et al., 1968)の統合に成功していると言え よう。第 2 に,この共生起過程モデルは,従来の感謝 研究において個別に行われてきた,感謝および負債の 特性的側面(Emmons & McCullough, 2003)と状態的側 面(Bartlett & DeSteno, 2006; DeSteno, Bartlett, Baumann, Willimas, & Dickens, 2010)の関係を同時に説明できる モデルであるため,特性的側面,状態的側面のそれぞ れに着目した知見の統合へ有益な示唆を与えるであろ う。 また,この共生起過程モデルでは,負債感情の媒介 を示す部分において,感謝感情と負債感情の生起を区 別する要因の存在を示唆した。負債感情の媒介モデル のみに関わる規定因の明示は,感謝感情と負債感情の 差異について言及するための重要な検討点となる。そ のような要因の候補には,「利益供与者との関係継続 の可能性」(泉井・中澤, 2010)が考えられる。受益 者が,関係継続の可能性や重要性を意識するほど,利 益供与者に返報を行う必要があるため負債感情を強く 感じると考えられる。 以上の,統合的知見と負債感情のみに関わる規定因 の示唆は,なぜ日本人が 1 つの被援助場面において, 感謝感情と負債感情をともに経験するのかを説明する 手掛かりとなる。アメリカ人を対象とした研究では, 感謝感情と負債感情は相反するものとして扱われてお り(Watkins, 2014),価値とコストの認知は,感謝感 情と負債感情のそれぞれを規定する式において独立に 扱われている(Greenberg, 1980; Tesser et al., 1968)。こ のような前提に立てば,従来の研究のように,価値の 認知は感謝感情を高め,コストの認知は負債感情を高 めるという単純な関係を予想させる(白木・五十嵐, 2016; Zhang & Epley, 2009)。しかし,本研究の結果で は,価値とコストの認知を含んだ規定因から,感謝感 情と負債感情の両方が共起していた。この結果は,感 謝感情と負債感情が生起する背景には,価値とコスト の認知が相互に影響し合う関係があると考えることが できる。すなわち,受益者の価値の認知は,被援助の 価値の大きさを示すだけでなく,価値の認知の高まり はコストの認知を増大させ,一方,コストの認知は, 利益供与者のコストの大きさを示すだけでなく,コス トの認知の高まりは価値の認知を高めるという関係で ある。このような相互影響の関係により,1 つの被援 助場面から感謝感情も負債感情も共起すると考えられ る。 感謝感情と負債感情が返報行動の意思に及ぼす影響 本研究では,感謝感情と負債感情がともに経験され た場合に,それぞれの感情,および両者の交互作用が 返報行動の意思に及ぼす影響も検討した。その結果, 受益者が援助要請をして援助を受けた場合は,感謝感 情が高まるほど返報行動の意思が促進される傾向を示 したが,負債感情は返報行動の意思に有意な影響を及 ぼさなかった。また,両感情の交互作用も返報行動の 意思に有意な影響を及ぼさなかった。 他方,受益者が援助要請をせずに援助を受けた場合 は,感謝感情が高まるほど,また負債感情が高まるほ ど,返報行動の意思が促進される傾向を示したが,両 感情の交互作用は返報行動の意思に有意な影響を及ぼ さなかった。 このように本研究では,援助要請の有無ごとに,感

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謝感情と負債感情がともに経験される場合において, それぞれの感情が返報行動の意思へ及ぼす影響を明ら かにすることができた。 ただし,受益者が援助の要請を行わない場合に返報 行動の意思へ及ぼすそれぞれの感情の影響は,相川 (1988a, 1988b)や Bartlett & DeSteno(2006)などの従 来の知見とほぼ同一であった。本研究では,感謝感情 と負債感情が共に生起していることによる,返報行動 の意思への独特な影響に注目したが,その影響はみら れなかった。 本研究の限界と今後の課題 本研究には,3 点の限界がある。1 点目は,「起こっ たことの当然さ」の解釈である。本研究は,負債感情 の研究で用いられてきた「利益供与者との関係」(相川, 1988a, 1988b; Greenberg & Westcott, 1983)を,感謝感 情の研究の流れにおける「起こったことの当然さ」と 解釈してモデルの検討に用いた。その結果,「利益供 与者との関係」は,「感謝感情」との間に有意な関係 を示したが,本研究では「起こったことの当然さ」を 直接,測定していない。本研究の知見の一般性を高め るためには,今後,「起こったことの当然さ」を直接, 測定する必要がある。 2 点目は,感謝感情と負債感情を区別する要因の検 討範囲である。本研究は,日本人において感謝感情と 負債感情が共起する前提のもと,Wood et al.(2008) モデルの拡張に成功したが,従来の研究で取りあげら れていた「善意の有無(Tsang, 2006)」や「返報期待 の有無(Watkins et al., 2006)」の要因は取りあげなかっ た。感謝感情と負債感情の共起に関する前提が異なる これらの要因の影響も,本研究のモデルに組み込める か否か,今後,検討する必要があろう。 3 点目は,測定法に基づく因果的解釈に関する限界 である。本研究では,質問紙調査法による一時点の感 謝感情と負債感情を測定し,因果的な分析を行った。 この研究手法では,感謝感情と負債感情の共生起過程 の因果関係を直接,立証したとは言いがたい。今後は, 縦断調査や実験的手法で,因果関係を直接,立証して いく必要がある。 引 用 文 献 相川 充(1984). 援助者に対する被援助者の評価に及 ぼす返報の効果 心理学研究, 55, 8–14. 相川 充(1988a).援助に対する被援助者の認知的反 応に関する研究―心理的負債の決定因に関する 分析― 宮崎大学教育学部紀要 社会科学, 63, 37–48. 相川 充(1988b).心理的負債に対する被援助利益の 重みと援助コストの重みの比較 心理学研究, 58, 366–372. 相川 充・吉森 護(1995).心理的負債感尺度の作成の 試み 社会心理学研究, 11, 63–72. Bartlett, M. Y., & DeSteno, D. (2006). Gratitude and proso-cial behavior helping when it costs you. Psychological Science, 17, 319–325. Coffman, S. (1996). Parents’ struggles to rebuild family life after Hurricane Andrew. Issues in Mental Health Nursing, 17, 353–367. DeSteno, D., Bartlett, M. Y., Baumann, J., Williams, L. A., & Dickens, L. (2010). Gratitude as moral sentiment: Emotion-guided cooperation in economic exchange. Emotion, 10, 289–293. Emmons, R. A., & McCullough, M. E. (2003). Counting blessings versus burdens: An experimental investiga-tion of gratitude and subjective well-being in daily life. Journal of Personality and Social Psychology, 84, 377–389.

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