新大久保コリアタウンにおける
クラスター分析
Cluster analysis in Shin-Okubo
Korean Town
3 年 2 組 28 番 松 井 吉 寛
3 年 9 組 23 番 内 藤 め ぐ み
3 年 12 組 6 番 海 野 栞 里
3 年 16 組 17 番 小 坂 将 悟
3 年 20 組 27 番 戸 高 夏 美
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キ ー ワ ー ド : ダ イ ヤ モ ン ド フ レ ー ム 、 ク ラ ス タ ー 、 横 浜 中 華 街 、 新 大 久 保 要 旨 こ こ 数 年 、 再 び 起 こ っ た 韓 流 ブ ー ム と と も に メ デ ィ ア の 影 響 を 受 け て 新 宿 区 に あ る 新 大 久 保 が 急 速 に 人 気 を 増 し て き て い る 。 新 大 久 保 に は 韓 国 料 理 店 、 K - P O P ア イ ド ル の お 店 な ど の 韓 国 関 連 店 舗 が 多 く 並 び 、 コ リ ア タ ウ ン と し て 観 光 地 化 の 動 き も 見 せ て き て い る 。 成 功 の 一 途 を た ど っ て い る よ う に み え る 新 大 久 保 だ が 、 実 際 に 新 大 久 保 商 店 街 振 興 組 合 の 理 事 長 に お 話 を 伺 っ て み る と 、 成 功 の 裏 側 に は 地 域 住 民 の 生 活 や 観 光 客 の 安 全 性 、 行 政 や 韓 国 関 連 店 舗 と の 連 携 不 足 な ど の さ ま ざ ま な 問 題 点 が 隠 れ て い る こ と が 明 ら か に な っ た 。 そ こ で 、 こ の 論 文 で は 新 大 久 保 が 抱 え る こ の よ う な 問 題 を 解 決 で き る よ う な 提 案 を す る た め に 、 同 じ よ う に 中 華 料 理 店 を 中 心 と し た チ ャ イ ナ タ ウ ン と し て す で に 観 光 地 と し て の 成 功 を お さ め て い る と い え る 横 浜 中 華 街 と の 比 較 を 行 っ て い く 。 こ こ で は 、 そ れ ぞ れ の 歴 史 ・ 現 状 を 分 析 し た あ と に 、 比 較 を 行 っ て い く 上 で の ア プ ロ ー チ と し て 、 産 業 集 積 ( = ク ラ ス タ ー ) の 優 位 性 を あ き ら か に し た 米 国 の 経 営 学 者 マ イ ケ ル ・ E ・ ポ ー タ ー の ダ イ ヤ モ ン ド フ レ ー ム 理 論 に 新 大 久 保 と 横 浜 中 華 街 の そ れ ぞ れ の 要 素 を あ て は め て 分 析 し 、 そ こ か ら 明 ら か に な っ た 新 大 久 保 の 問 題 点 に 対 し て 提 案 を 行 っ て い く 。目 次 1 章 ク ラ ス タ ー と は 1 節 ク ラ ス タ ー の 優 位 性 2 節 ダ イ ヤ モ ン ド フ レ ー ム 3 節 ク ラ ス タ ー の 分 類 2 章 中 華 街 1 節 歴 史 2 節 現 状 3 節 ダ イ ヤ モ ン ド フ レ ー ム 3 章 新 大 久 保 1 節 歴 史 2 節 現 状 3 節 ダ イ ヤ モ ン ド フ レ ー ム 4 章 新 大 久 保 へ の 提 案 1 節 問 題 点 2 節 提 案
1 1 章 ク ラ ス タ ー と は ク ラ ス タ ー(cluster)は 本 来「 群 れ 」「 (ぶ ど う の )房 」な ど を 意 味 す る 。米 国 の 経 営 学 者 マ イ ケ ル ・E・ ポ ー タ ー が 提 示 し た 概 念 で 、 そ の 名 の 通 り 、 ぶ ど う の 房 の よ う に 特 定 分 野 に お け る 関 連 企 業 、 専 門 性 の 高 い 供 給 業 者 、 高 度 で 要 求 水 準 の 高 い 地 元 顧 客 、 大 学 や 業 界 団 体 な ど の 関 連 機 関 、 強 力 で 独 自 性 の あ る 流 通 チ ャ ネ ル 、 サ ー ビ ス 提 供 者 な ど の 複 数 の 要 素 が 地 理 的 に 集 中 し 、 競 争 し つ つ 同 時 に 協 力 し て い る 状 態 を 指 す 。 ク ラ ス タ ー は 集 団 と し て の 資 産 で あ り 、 企 業 が 効 率 よ く 知 識 や ス キ ル 、 経 営 資 源 を 集 め や す い 環 境 を 生 み 出 し 、 ま た 相 互 の 連 携 ・ 競 争 を 通 じ て 新 た な 付 加 価 値(イ ノ ベ ー シ ョ ン )を 創 出 す る 状 態 の こ と を 言 う 1)。 ク ラ ス タ ー と 産 業 集 積 で は ニ ュ ア ン ス の 違 い が あ る も の の 2)、 ポ ー タ ー は ク ラ ス タ ー = 産 業 集 積 の 構 成 要 素 を 明 確 に し た の で 、 以 下 で は ク ラ ス タ ー と 産 業 集 積 を 同 義 語 と し て 述 べ て い く 。 1 節 ク ラ ス タ ー の 優 位 性 ク ラ ス タ ー の メ リ ッ ト 、 優 位 性 は 何 か 。 ポ ー タ ー は 次 の 3 つ の 優 位 性 を あ げ て い る 3 )。 1. 企 業 や 産 業 の 生 産 性 向 上 ① 専 門 性 の 高 い 投 入 資 源 と 従 業 員 へ の ア ク セ ス … 垂 直 統 合 等 よ り も 、 地 域 の 競 争 力 の あ る 供 給 業 者 へ の 外 部 委 託(技 術 、 情 報 、 サ ー ビ ス )の 方 が 取 引 費 用 は 低 く 、 効 率 も よ く な る 。 調 整 費 用 、 全 般 的 生 産 費 用 も 低 下 し 専 門 的 人 材 の 確 保 も 容 易 と な る 。 し か し 、 資 源 の 取 り 合 い に よ る 費 用 の 上 昇 も あ り う る 。 ② 情 報 へ の ア ク セ ス … 市 場 や 技 術 、 顧 客 ニ ー ズ な ど の 専 門 情 報 が 蓄 積 さ れ 、 情 報 に ア ク セ ス し や す く 、 ま た 費 用 も 安 い 。 ③ 補 完 性 … ク ラ ス タ ー 参 加 者 間 の 活 動 の 補 完 性 が 促 進 さ れ 、 ま た 製 品 の 補 完 性 も わ か り や す く な る 。 例 え ば 、 観 光 名 所 と レ ス ト ラ ン 、 ホ テ ル 、 土 産 物 店 、 交 通 等 で あ る 。 ④ 諸 機 関 ・ 公 共 財 へ の ア ク セ ス … 高 い 費 用 が か か る 多 く の 投 入 資 源 が 公 共 財 も し く は そ れ に 近 い も の に な る の で 、 研 修 プ ロ グ ラ ム(大 学 等 )が あ れ ば 社 内 で
2 の 研 修 費 用 が 節 約 で き 、 専 門 的 知 識 が 安 く 手 に 入 る 。 ま た 、 ク ラ ス タ ー 内 に は 専 門 的 イ ン フ ラ 、教 育 プ ロ グ ラ ム 、情 報 、見 本 市 、ブ ラ ン ド(民 間 企 業・投 資 に よ る 場 合 も 多 い)な ど 、通 常 の 公 共 財 よ り 広 い 公 共 財 、つ ま り 公 共 資 産 が 多 く 形 成 さ れ る 。 ⑤ イ ン セ ン テ ィ ブ と 業 績 測 定 … 競 合 企 業 の 競 争 の プ レ ッ シ ャ ー が 大 き な イ ン セ ン テ ィ ブ と な る 。 自 社 の 業 績 測 定 も 容 易 と な り 、 さ ら に 情 報 ・ 評 判 も 伝 わ る よ う に な り 、 企 業 間 で 建 設 的 な 付 き 合 い が 生 ま れ る 4 )。 2. イ ノ ベ ー シ ョ ン 能 力 の 強 化 ① イ ノ ベ ー シ ョ ン 上 の 優 位 性 … ク ラ ス タ ー に 属 し て い る と 新 し い 顧 客 ニ ー ズ が 把 握 し や す く な り 、 ま た 、 新 し い 技 術 ・ オ ペ レ ー シ ョ ン ・ 製 品 情 報 の 学 習 や 確 保 、 イ ノ ベ ー シ ョ ン の 必 要 性 や チ ャ ン ス を 見 抜 け る 。 さ ら に 、 新 し い 製 品 や プ ロ セ ス 、 サ ー ビ ス に 関 す る 実 験 を 低 費 用 で 行 え 、 集 積 そ の も の の プ レ ッ シ ャ ー 、 つ ま り 差 別 化 へ の プ レ ッ シ ャ ー に よ る イ ノ ベ ー シ ョ ン へ の 取 組 な ど 、 イ ノ ベ ー シ ョ ン 上 の 優 位 性 を 持 つ 。 し か し ク ラ ス タ ー に 属 し て い る せ い で 横 並 び ・ 集 団 的 思 考 、 硬 直 性 な ど に よ り イ ノ ベ ー シ ョ ン が 遅 れ る と い う マ イ ナ ス 点 も あ り う る 。 ② 取 引 費 用 … 取 引 費 用 は 近 接 性 と 関 係 が あ り 、 ク ラ ス タ ー は 取 引 費 用 の 点 で 他 の 形 態 に 対 し て 明 ら か な 優 位 を 提 供 し 、 イ ン セ ン テ ィ ブ の 問 題 の 多 く を 改 善 す る 。 ク ラ ス タ ー 構 造 の 内 部 で 交 流 と 非 公 式 な 契 約 が 繰 り 返 さ れ る の は 、 一 定 の 地 理 的 範 囲 の な か で 生 活 し 労 働 す る こ と の 結 果 で あ り 、 そ れ に よ り 信 頼 や オ ー プ ン な コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン を 育 み 、 市 場 で の 関 係 を 解 消 し た り や り 直 し た り す る 際 の 費 用 を 引 き 下 げ る 5)。 3. 新 規 事 業 の 形 成 新 規 事 業 の ほ と ん ど は 、 既 存 の ク ラ ス タ ー 内 部 で 形 成 さ れ る 。 ク ラ ス タ ー 内 で は 、 市 場 機 会 に つ い て の 情 報 が 豊 富 で あ り 内 か ら 新 規 事 業 を 興 し や す い か ら だ 。 ま た 、 参 入 障 壁 ・ 撤 退 障 壁 が と も に 低 い こ と か ら 新 規 事 業 を ク ラ ス タ ー 内 で 立 ち 上 げ や す く 、 ク ラ ス タ ー 外(国 内 外 )か ら も 子 会 社 等 の 立 地 が 進 む 。
3 2 節 ダ イ ヤ モ ン ド フ レ ー ム ポ ー タ ー は ま た 、競 争 力 を 支 え る イ ノ ベ ー シ ョ ン の 源 泉 に 以 下 の 4 つ の 要 素 を 挙 げ 、こ れ ら 4 つ の 要 素 が 企 業 間 競 争 を 刺 激 す る 場 合 に イ ノ ベ ー シ ョ ン が 活 発 化 さ れ 、 産 業 競 争 力 が 構 築 さ れ る と し て い る 。4 つ の 要 素 を 図 示 す る と 菱 形 に な る こ と か ら ダ イ ヤ モ ン ド フ レ ー ム と 呼 ば れ る 6)。 ① 企 業 戦 略 お よ び 競 争 戦 略 … 企 業 の 設 立 ・ 組 織 ・ 経 営 や 地 域 の ラ イ バ ル 企 業 間 の 競 争 の タ イ プ や 激 し さ を 決 定 づ け る ル ー ル 、 イ ン セ ン テ ィ ブ 、 規 範 な ど が 当 て は ま る 。 ② 需 要 条 件 … 高 度 で 要 求 水 準 の 高 い 顧 客 、他 の 場 所 を 先 取 り す る 顧 客 ニ ー ズ 、 グ ロ ー バ ル に 展 開 可 能 な 専 門 的 セ グ メ ン ト で の 例 外 的 な 需 要 が 当 て は ま る 。 ③ 関 連 ・ 支 援 産 業 … 有 能 な 供 給 業 者 や 競 争 力 あ る 関 連 産 業 の 存 在 が 当 て は ま る 7)。 ④ 要 素(投 入 資 源 )条 件 … 要 素 の 量 と コ ス ト 、 つ ま り 自 然 資 源 、 人 的 資 源 、 資 本 、 物 的 イ ン フ ラ 、 行 政 イ ン フ ラ 、 情 報 イ ン フ ラ 、 科 学 技 術 イ ン フ ラ を 指 す 。 こ れ に よ り 、 要 素 の 質 と 専 門 化 が 決 ま る 。 こ れ ら よ り 、 企 業 部 門 に は 要 と な る 企 業 群 の 存 在 、 需 要 部 門 に は ア ウ ト プ ッ ト に 対 す る 需 要 の 存 在 、関 連・支 援 産 業 部 門 に は 分 業 パ ー ト ナ ー(生 産・研 究 開 発 、流 通)の 存 在 、要 素 部 門 に は 人・資 本・技 術 の 存 在 が そ れ ぞ れ 想 定 さ れ て い る 。 さ ら に 、 矢 印 の よ う に そ れ ぞ れ の 部 門 で 相 互 の ネ ッ ト ワ ー ク を 切 り 替 え る 多 面 的 な ハ ブ 機 能 が 含 ま れ て い る 。 こ の ダ イ ヤ モ ン ド フ レ ー ム に よ り ク ラ ス タ ー の 競 争 優 位 の グ レ ー ド ア ッ プ を 図 る こ と が で き る と ポ ー タ ー は 述 べ て い る 。
4 図-1 ダ イ ヤ モ ン ド フ レ ー ム ( 出 所 )M.ポ ー タ ー 、 竹 内 弘 高 監 訳 『 競 争 戦 略 論 2』 ダ イ ヤ モ ン ド 社 1999 年 、 83 頁 3 節 ク ラ ス タ ー の 分 類 中 小 企 業 白 書(2006)は 、 産 業 集 積 を 次 の 4 つ の 形 態 に 分 類 し て い る 。 ① 企 業 城 下 町 型 集 積 … 特 定 大 企 業 の 量 産 工 場 を 中 心 に 、 下 請 企 業 群 が 多 数 立 地 す る 集 積 を 指 す 。 ト ヨ タ 自 動 車 を 中 心 と す る 愛 知 県 豊 田 市 周 辺 地 域 、 新 日 本 製 鐵 を 中 心 と す る 福 岡 県 北 九 州 地 域 な ど が 当 て は ま る 。 ② 産 地 型 集 積
…
消 費 財 な ど 特 定 業 種 に 属 す る 企 業 が 集 積 を 指 す 。金 属 洋 食 器 、 刃 物 の 新 潟 県 燕 ・ 三 条 地 域 、 め が ね 産 業 の 福 井 県 鯖 江 地 域 な ど が 当 て は ま る 。 ③ 都 市 型 複 合 集 積 … 戦 前 か ら の 産 地 や 軍 需 関 連 企 業 、 戦 中 の 疎 開 工 場 な ど を 中 心 に 、 関 連 企 業 が 都 市 圏 に 集 中 立 地 す る こ と で 形 成 さ れ た 集 積 を 指 す 。 東 京 都 城 南 地 域 、 群 馬 県 太 田 地 域 な ど が 当 て は ま る 。 ④ 誘 致 型 複 合 集 積 … 自 治 体 の 誘 致 活 動 や 工 業 再 配 置 計 画 の 推 進 に よ っ て 形 成 さ れ た 集 積 を 指 す 。岩 手 県 北 上 川 流 域 地 域 、山 梨 県 甲 府 地 域 な ど が 当 て は ま る 。 ま た 、私 た ち は こ の 4 つ の 形 態 か ら さ ら に 小 規 模 ク ラ ス タ ー と し て そ れ ぞ れ 2 つ の ク ラ ス タ ー に 分 類 し た 。 こ れ は 産 業 と し て の ク ラ ス タ ー 分 析 を 流 通 部 面5 に も 適 応 し て 考 察 す る こ と が で き る の で は な い か 、 と い う 問 題 意 識 か ら 、 近 年 ま で 積 み 上 げ ら れ て き た 小 売 業 界 の 地 理 的 な 集 中 箇 所 を 取 り 上 げ 、 そ れ を ク ラ ス タ ー の 一 分 類 と し て 再 定 義 し て み た も の で あ る 。 も ち ろ ん 、 産 業 集 積 と 卸 小 売 の 集 積 と は そ の 性 格 や 展 開 に つ い て 多 大 な 差 異 が あ る 点 は 事 実 だ が 、 ポ ー タ ー の い う ク ラ ス タ ー の メ リ ッ ト の い く つ か の 点 に つ い て は 、 ほ ぼ 同 じ 効 果 を 上 げ る 側 面 も あ る と 考 え た か ら で あ る 。 ① リ テ ー ル 型 集 積 … リ テ ー ル(retail)と は 、一 般 消 費 者 向 け の 小 売 の こ と を 指 す 。 古 く か ら 地 域 に 根 差 し て い た 小 売 店 か ら 派 生 し て 、 同 じ 分 類 の 製 品 を 扱 う 小 売 店 が 特 定 の 地 域 に 集 ま っ て 形 成 さ れ た 集 積 。 電 気 街 の 秋 葉 原 や 道 具 専 門 の 問 屋 街 で あ る 合 羽 橋 、 楽 器 街 の 御 茶 ノ 水 、 古 本 街 の 神 保 町 な ど が 当 て は ま る 。 御 茶 ノ 水 と 神 保 町 は 昔 こ の 周 辺 に 大 学 が 多 か っ た こ と に よ り 、 学 生 の ニ ー ズ に あ わ せ て 発 生 し て い っ た と さ れ て い る 。 ② エ ス ニ ッ ク 型 集 積 … 歴 史 的 背 景 に よ り 外 国 文 化 が 定 着 し 、 そ の 国 の 関 連 製 品 ・ サ ー ビ ス が 販 売 さ れ る よ う に な っ た 異 文 化 的 な 集 積 。 横 浜 中 華 街 、 新 大 久 保 、 群 馬 県 大 泉 町 な ど が 当 て は ま る 。 横 浜 中 華 街 は 開 港 に よ り 多 く の 中 国 人 が 、 新 大 久 保 は 朝 鮮 戦 争 の 影 響 で 多 く の 韓 国 人 が 、 群 馬 県 大 泉 町 は 出 入 国 管 理 法 の 改 正 に よ り 多 く の ブ ラ ジ ル 、 ペ ル ー 人 が そ れ ぞ れ 住 み 始 め 外 国 文 化 を 形 成 し て い っ た 。 こ こ で 、 私 た ち は 小 規 模 ク ラ ス タ ー の 成 功 例 と し て 長 き に 渡 り 経 済 的 発 展 を と げ て い る 横 浜 中 華 街 が ダ イ ヤ モ ン ド フ レ ー ム に あ て は ま る こ と を 実 証 し 、 ま た 、 ダ イ ヤ モ ン ド フ レ ー ム を 利 用 し 比 較 的 新 し い 小 規 模 ク ラ ス タ ー で あ る 新 大 久 保 コ リ ア タ ウ ン が 一 過 性 の 韓 国 ブ ー ム に よ る も の で は な く 、 長 期 間 の 発 展 を お さ め る た め の 課 題 を 提 案 す る 。 2 章 横 浜 中 華 街 1 節 歴 史 1857 年 7 月 に 日 米 修 好 通 商 条 約 が 調 印 さ れ 、こ れ に よ り 1859 年 6 月 に 横 浜 が 開 港 す る こ と と な り 、 中 国 人 は 欧 米 人 の 付 き 人 と し て 来 日 し た 。 当 時 、 日 本
6 と 中 国 は 条 約 を 結 ん で い な か っ た た め 、 中 国 人 は 公 式 的 に は 入 国 す る こ と が で き な い こ と に な っ て い た が 、 欧 米 人 は 、 日 本 に お い て 言 葉 と 交 易 を 代 弁 さ せ る た め に 中 国 人 を 随 伴 さ せ て い た 8)。 も と も と 東 ア ジ ア 貿 易 に お い て は 長 年 、 中 国 人 商 人 が そ の 大 き な 信 用 力 で 介 在 す る こ と が 通 常 で あ り 、 そ の 意 味 で こ の 展 開 は き わ め て 自 然 な こ と で あ っ た 9)。 開 港 か ら 7 年 後 の 1866 年 、 日 本 人 町 か ら 大 火 が 発 生 し 居 留 地 は 類 焼 し た 。 居 留 地 の 欧 米 人 は 江 戸 幕 府 に 対 し 道 路 の 拡 幅 と 居 留 地 の 拡 張 を 要 請 し 、 隣 接 の 「 横 浜 新 田 」 が 新 た に 居 留 地 と し て 割 り 当 て ら れ た 。 こ う し て 新 居 留 地 の 横 浜 新 田 が 横 浜 中 華 街 の 原 型 と な っ た 。 そ の 後 横 浜 新 田 の 畦 道 中 心 の 街 づ く り が 行 わ れ 、 欧 米 人 と 混 在 し た 形 で 中 国 人 が 多 く 移 住 す る よ う に な る 10 )。 1871 年 、清 国 と 日 本 の 間 で 修 好 条 規 が 締 結 さ れ た こ と に よ り 、中 国 人 が 公 式 に 日 本 へ 入 国 す る こ と が 可 能 と な っ た 。 こ れ に よ っ て 、 横 浜 に 住 む 中 国 人 の 数 は 年 々 増 加 し て い き 、 中 国 人 の 社 会 が 形 成 さ れ 、 中 華 街 ら し き 町 並 み が で き て い た 11 )。 し か し 、1923 年 の 関 東 大 震 災 で 中 華 街 は 倒 壊 し 、震 災 後 は 欧 米 人 の 大 半 が 帰 国 し 、 中 国 人 中 心 の 町 へ と 変 貌 し て い く 。 し か し 中 華 街 が 以 前 の 活 気 を 取 り 戻 し て き た さ な か の 1937 年 、 日 中 戦 争 が 勃 発 し 、 中 国 人 の 貿 易 商 は 輸 入 制 限 や 中 国 で の 日 本 製 品 ボ イ コ ッ ト に よ り 大 打 撃 を 受 け る 。 ま た 、 日 本 に 店 を 構 え る 中 国 人 も 、厳 し い 状 況 に 置 か れ た 。そ う し た 中 で も 、中 華 街 に 残 っ た 中 国 人 は 、 山 下 町 の 戦 死 者 追 悼 会 に 代 表 を 送 る な ど 、 地 元 と の 関 係 を 保 つ 努 力 を 続 け て 行 っ た 。 関 東 大 震 災 ・ 日 中 戦 争 と 二 度 も 壊 滅 的 な 状 況 に お い や ら れ た に も 関 わ ら ず 、 中 国 人 は 復 興 に 尽 力 し 、 地 元 の 結 び つ き を 強 め な が ら 中 華 街 を 発 展 さ せ て い っ た の で あ る 1 2)。 1945 年 の 米 軍 機 に よ る 東 京 大 空 襲 に よ り 、横 浜 の 市 街 地 は 焼 野 原 と 化 し て し ま う が 、 終 戦 直 後 か ら 、 外 国 人 船 員 や 米 兵 を 慰 め る バ ー や キ ャ バ レ ー が 、 中 華 街 の 裏 通 り を 中 心 に 多 数 出 現 し た 。 昼 間 は 米 兵 と そ の 家 族 を 対 象 と す る 表 通 り の 中 華 料 理 店 が 賑 わ い 、 夜 間 は 船 員 や 米 兵 相 手 の 裏 通 り の バ ー や キ ャ バ レ ー が 賑 わ う と い う 料 理 街 と 歓 楽 街 の 並 存 し た 町 に 変 貌 し て い く 。1953 年 の 朝 鮮 戦 争
7 の 休 戦 に よ っ て 米 軍 依 存 だ っ た 中 華 街 の 人 出 も 極 端 に 少 な く な り 、 中 華 街 は 外 国 人 船 員 が 出 入 り す る 以 外 は 人 通 り の 少 な い 静 か な 町 へ と 沈 滞 し て い っ た 1 3 )。 そ こ で 横 浜 市 と 商 工 会 議 所 が 中 心 と な り 、 焼 野 原 と な っ た 中 華 街 や 隣 接 す る 元 町 の 復 興 計 画 が 始 ま る14)。 復 興 計 画 に よ り 、 中 華 街 に 対 す る 危 険 で 怖 い と い う 偏 見 は 徐 々 に 薄 れ 、 日 本 人 の 親 近 感 を 育 成 す る こ と に 貢 献 し た 。 1972年 に は 日 中 国 交 正 常 化 を 迎 え 、日 本 中 が パ ン ダ 来 日 に 沸 き 、中 国 ブ ー ム が 訪 れ た 。 外 食 を 楽 し む 人 が 増 え つ つ あ っ た 中 、 中 華 街 は グ ル メ タ ウ ン と し て 知 名 度 を 上 げ 、 そ れ と 共 に 中 華 料 理 店 も 増 加 し た 。 日 本 人 が 多 数 来 場 す る よ う に な り 、 同 時 に 観 光 地 と し て も 発 展 し て い っ た 。 同 年 に 、 中 華 街 で 商 売 を 営 む 中 国 人 と 日 本 人 に よ っ て 法 人 組 織「 横 浜 中 華 街 発 展 会 協 同 組 合 」が 発 足 し た1 5)。 1976年 に は 、 街 の 全 業 種 の 半 分 を 料 理 店 が 占 め る ほ ど に な っ た 。 こ う し て 、 世 界 の チ ャ イ ナ タ ウ ン で も 類 を み な い 、来 街 者 の95% が 中 国 人 以 外 と い う 個 性 的 な 中 華 街 が 形 成 さ れ た 。1993年 に 中 華 街 に あ っ た 24団 体 が 結 束 し て「 街 づ く り 」 団 体 連 合 協 議 会 が 発 足 し 、 そ の2年 後 「 中 華 街 憲 章 」 を 制 定 し た 。 2004年 に 横 浜 高 速 鉄 道 み な と み ら い21線 が 開 業 し 、終 着 駅 と し て 元 町 ・ 中 華 街 駅 が 設 置 さ れ た 。 駅 の 名 称 に 「 中 華 街 」 が 入 り 、 東 京 の 渋 谷 駅 か ら 東 急 東 横 線 の 電 車 が 直 通 運 転 さ れ る こ と で 中 華 街 の ア ク セ ス 状 況 や 知 名 度 は 大 幅 に 向 上 し た1 6 )。 2 節 現 状 現 在 、 横 浜 中 華 街 は 横 浜 で は 外 せ な い 観 光 地 と な り 、 年 間 2200 万 人 強 も の 来 街 者 を 吸 引 す る 。 こ の 数 は 東 京 デ ィ ズ ニ ー ラ ン ド の 年 間 来 園 者 数 に 匹 敵 し 、 休 日 は 容 易 に 歩 け な い ほ ど 混 雑 す る 。過 去 20 年 間 1800 万 人 前 後 で 推 移 し て い た が 2004 年 の 地 下 鉄 開 通 で 、 渋 谷 と 中 華 街 が 1 本 で 結 ば れ た こ と に よ り 、 平 日 4 万 人 前 後 、休 日 で 9 万 人 前 後 へ と 激 増 し て い る 。イ ン タ ー ネ ッ ト か ら の 中 華 街 へ の ア ク セ ス 件 数 は 月 間 平 均 90 万 件 に も 到 達 す る 。 中 華 街 へ の 来 街 目 的 で 最 も 高 い の は 「 飲 食 」 で あ り 70% を 占 め て い る 。 次 い で 「 観 光 」 20% 、「 買 物 」15% 、「 そ の 他 」15% の 順 と な っ て い る 。「 買 物 」で よ く 購 入 さ れ る の は 中 華 菓 子 、 中 国 酒 、 食 材 等 と な っ て お り 、 食 べ 物 関 連 商 品 が 圧 倒 的 に 多 い 17 )。
8 中 華 街 の 商 圏 は 全 国 区 化 の 傾 向 を 示 し て い る 。 か つ て は 横 浜 市 を 含 む 県 内 客 が 県 外 客 よ り も 多 か っ た が 、 現 在 は 大 幅 に 逆 転 し 県 内 客 30% 、 県 外 客 70% と い う 状 況 で あ る 。 中 華 街 の 周 辺 に は 横 浜 港 、 外 人 墓 地 、 山 下 公 園 等 の 歴 史 的 な 観 光 施 設 も 多 く 散 在 し て い る 。 そ れ ら の 施 設 と の 回 遊 も 兼 ね た 来 街 者 も 多 く み ら れ る 1 8)。 横 浜 市 統 計 調 査 に よ る と 繁 華 街 別 産 業 中 分 類 別 事 業 所 数(売 場 面 積 規 模 別 )、 従 業 者 数 、年 間 商 品 販 売 額 、商 品 の 増 加 が 見 受 け ら れ る 。2002 年 か ら 2007 年 の 間 で 年 間 商 品 販 売 額 、 従 業 者 数 が 約 2 倍 、 売 り 場 面 積 は 1.5 倍 に 拡 大 し て い る 。ま た 中 華 街 の 店 舗 数 は 著 し く 増 加 し 、2006 年 7 月 現 在 に お け る 総 店 舗 数 は 約 710 軒 で あ る 。こ れ ら は 大 型 の 建 物 の 中 に 数 店 舗 集 ま る 形 で 出 店 す る 傾 向 が あ る 。 こ れ ら に よ っ て 経 営 者 は 限 ら れ た 敷 地 を 有 効 活 用 し て 多 く の 店 を 出 す こ と が で き 、 観 光 客 に と っ て は 一 カ 所 で さ ま ざ ま な 商 品 を 購 入 で き る と い っ た 利 便 性 が あ る 19)。 中 華 街 内 に は 大 型 建 物 の 中 に 劇 場 や 水 族 館 を 設 け る 店 、 ゲ ー ム 、 カ ラ オ ケ が 楽 し め る 店 も あ る 。 こ れ ら の 店 も 近 年 完 成 し た 店 舗 で あ り 遊 び を 楽 し む 子 供 や 食 を 堪 能 す る 大 人 客 と い う よ う に 、 各 店 舗 が 幅 広 い 世 代 を 取 り 込 も う と す る 様 子 が う か が え る 2 0)。 店 舗 分 布 を 見 て も 中 華 料 理 店 ・ 中 華 食 品 ・ 中 国 茶 及 び 生 鮮 食 品 等 か ら 醸 成 さ れ る 中 国 文 化 を 基 調 と し な が ら も 、 き わ め て 多 様 性 に 富 ん だ 食 と 娯 楽 を 楽 し め る 場 所 に 変 化 し て き て い る 。 さ ら に 中 華 街 を 取 り 囲 む 道 路 に 沿 っ て 駐 車 場 や ホ テ ル が 多 数 立 地 し 、 多 様 な 観 光 需 要 に 対 応 す る 施 設 が 配 置 さ れ て い る 。 こ の よ う に 観 光 地 化 が 進 展 す る 中 で も 中 華 街 は 常 に 生 活 の 場 で あ っ た 21)。そ れ は 中 華 街 の 裏 通 り や 横 道 に 散 財 す る 小 規 模 な 店 舗 の 多 く が 近 隣 に 居 住 す る 中 国 人 を 主 な 対 象 に し て い る こ と に 表 れ て い る 。 中 国 人 人 口 の 増 加 が 店 舗 の 増 加 を も た ら し て い る 。 こ の 観 光 化 段 階 に お い て 横 浜 中 華 街 は 春 節 祭 や 関 帝 誕 と い っ た 祭 り の 開 催 、 善 隣 門 、 会 芳 帝 、 洗 手 亭 、 媽 祖 廟 の 建 設 、 さ ら に 高 齢 化 社 会 を 意 識 し た 路 面 整 備 、横 浜 中 華 街 コ ン シ ェ ル ジ ュ 養 成 講 座 の 開 設 、み な と み ら い 線 元 町・ 中 華 街 駅 の 開 設 に よ っ て 中 華 街 は 来 街 者 が 著 し く 増 加 し 、一 大 観 光 地 と な っ た 。
9 一 方 、現 在 中 華 街 内 部 に お い て 取 り 壊 し や 建 設 中 の 店 舗 が 数 箇 所 み う け ら れ る 。 こ れ は 観 光 化 段 階 に お け る 中 華 街 が 店 舗 の 集 積 を も た ら す と 同 時 に そ の 内 部 で は 常 に 競 争 が 行 わ れ 、 店 舗 の 入 れ 替 わ り が 激 し い こ と を 示 し て い る 。 さ ら に 横 浜 中 華 街 と い え ど も 横 浜 の 他 の 観 光 地 あ る い は 全 国 の 観 光 地 と 常 に 競 争 状 態 に あ る 。 こ う し て 日 常 的 に 店 舗 間 ・ 地 域 間 で 熾 烈 な 競 争 が 行 わ れ て い る こ と が 、 横 浜 中 華 街 全 体 の 活 性 化 を 促 し て い る 2 2)。 1953 年 、横 浜 市 長 と 横 浜 商 工 会 議 所 会 長 ら が 、中 華 街 と 元 町 中 華 街 の 復 興 を 呼 び か け た 後「 中 華 街・元 町 振 興 会 」を 設 立 し 、1956 年 に 商 店 を 営 む 有 志 の 呼 び か け に 応 じ て 、 街 づ く り の 必 要 性 を 痛 感 し た 有 志 約 60 軒 か ら な る 任 意 団 体 「 中 華 街 発 展 会 」が 結 成 さ れ た 。1971 年 に は「 発 展 会 」に 代 わ り 町 の イ メ ー ジ ア ッ プ を 目 的 に 増 設 事 業 が 始 ま り 、 増 設 を 推 進 し て い く 上 で 任 意 団 体 の 組 織 の ま ま で は 限 界 と 判 断 し 、 行 政 か ら の 補 助 金 や 低 利 融 資 が 期 待 で き る 中 小 企 業 協 同 組 合 法 の 適 用 を 受 け ら れ る 「 中 華 街 発 展 会 協 同 組 合 」 へ と 法 人 団 体 化 を 行 っ た 。そ し て 1993 年 か ら 発 展 会 を 中 心 に 24 団 体 よ り 成 る「 街 づ く り 協 議 会 」が 結 成 さ れ 、 本 格 的 な 街 づ く り 事 業 が 着 手 さ れ る こ と と な っ た 2 3)。 「 中 華 街 発 展 会 」 が 10 年 前 に 開 設 し た ホ ー ム ペ ー ジ は ア ク セ ス 数 も 多 く 、 横 浜 の ダ イ ニ ン グ と し て ホ ー ム ペ ー ジ を 見 た 人 た ち が 全 国 か ら 訪 れ る よ う に な っ て い る 。 行 政 と の 連 携 に よ る 中 華 街 建 設 の 始 ま り は 「 街 づ く り 協 議 会 」 が 設 立 さ れ た と き で あ る 。 協 議 会 は 「 横 浜 中 華 街 環 境 整 備 基 本 構 想 」 を 策 定 し 、 電 線 の 地 下 埋 設 と 道 路 ・ 下 水 道 の 整 備 、 交 通 の 再 検 討 と 緑 化 を 主 要 課 題 と し 、 具 体 的 な 活 動 と し て は 案 内 板 の 設 置(4 カ 所 1995 年 )、方 向 指 示 標 識 の 設 置 (5 カ 所 1995 年 )、公 共 ト イ レ「 洗 手 亭 」の 設 置 (1998 年 )、2007 年 3 月 に は 南 門 シ ル ク ロ ー ド に 煌 び や か な 「 媽 祖 廟 」 が 建 設 さ れ た 。 地 下 鉄 「 元 町 ・ 中 華 街 」 駅 名 の 誘 致 運 動 、 毎 年 更 新 す る 詳 細 な 「 中 華 街 マ ッ プ 」 の 作 成(1994 年 )、「 中 華 街 ビ ー ル 」 の 開 発(1995 年 )、 通 り ・ 横 丁 に 「 通 り 名 」 の 標 識 設 置 (1995 年 )、「 コ ン シ ェ ル ジ ュ 養 成 講 座 」 の 開 始(2002 年 )、 朝 陽 門 (東 )の そ ば に コ ン シ ェ ル ジ ュ が 常 駐 し た「 イ ン フ ォ メ ー シ ョ ン セ ン タ ー 」の 開 設(2003 年 )等 が 行 わ れ て き た 24)。 ま た 、 横 浜 市 の サ ポ ー ト も 多 く 見 受 け ら れ る 。 以 前 中 華 街 の 門 の 歩 道 で は 、
10 ご み 出 し の 日(排 出 日 )は 守 ら れ ず 、 排 出 禁 止 の 事 業 系 ご み も 堂 々 と 捨 て ら れ て い る 状 態 で 長 い 間 放 置 さ れ て い た 。 そ こ で 横 浜 中 華 街 発 展 会 が 横 浜 市 に 地 域 事 情 を 説 明 し た と こ ろ 、 横 浜 市 資 源 循 環 局 中 事 務 所 の 職 員 は 、 収 集 場 の 廃 止 と そ の 後 の 収 集 体 制 に つ い て 理 解 を 得 る た め に 、 周 辺 の 住 民 の 家 を 一 軒 一 軒 ま わ り 事 情 を 説 明 し 、中 国 語 で の チ ラ シ 配 布 を 行 っ た 25)。そ の 結 果 、2008 年 11 月 に は 完 全 に 廃 止 で き る よ う に な り 、 そ れ 以 後 も 行 政 や 周 辺 住 民 が そ の 度 に 清 掃 を し 、 現 在 は 全 く ゴ ミ が 捨 て ら れ る こ と は な く な っ た 。 横 浜 市 の 協 力 の も と 中 華 街 の ご み 問 題 は 解 決 さ れ た の だ 。 ま た 、 横 浜 市 観 光 情 報 公 式 サ イ ト に お い て も 全 面 的 に 横 浜 中 華 街 を 横 浜 市 の PR と し て 推 進 し て い る 。 こ の よ う に 、 中 華 街 に は 支 援 を 行 う 組 合 や 団 体 が 24 団 体 も 存 在 し 、 横 浜 市 の バ ッ ク ア ッ プ も 充 実 し て い る こ と が わ か る 26)。 3 節 ダ イ ヤ モ ン ド フ レ ー ム 中 華 街 は 、近 隣 に 中 国 人 が 多 く 居 住 し て い る こ と や 2 7)、近 く に 中 華 学 校 が あ る と い っ た「 要 素 条 件 」か ら 、類 似 店 舗 が 多 く 店 舗 間 競 争 が 激 し い と い っ た「 企 業 戦 略 お よ び 競 争 戦 略 」、食・遊・買 い 物 な ど の 豊 か な バ リ エ ー シ ョ ン に よ る「 需 要 条 件 」、24 団 体 も の 関 連 団 体 の 存 在 に よ る 「 関 連 産 業 ・ 支 援 産 業 」 と い う 条 件 下 に あ り 、1 章 で 挙 げ た ダ イ ヤ モ ン ド フ レ ー ム の 4 つ の 条 件 を 完 璧 に 満 た し て い る 。
11 図-2 横 浜 中 華 街 の ダ イ ヤ モ ン ド フ レ ー ム 分 析 ( ダ イ ヤ モ ン ド フ レ ー ム を 中 華 街 に 適 用 し て 筆 者 作 成 ) こ の ダ イ ヤ モ ン ド フ レ ー ム 分 析 か ら わ か る 横 浜 中 華 街 の 特 徴 と し て は 「 要 素 条 件 」 に 特 化 し て い る と い う こ と だ 。 観 光 客 に 溢 れ る 横 浜 に あ る こ と や 、 横 浜 中 華 街 付 近 に 働 き 手 で あ る 中 国 人 が 多 く 居 住 し て い る こ と で 天 然 資 源 と 人 的 資 源 は 十 分 に 満 た さ れ て い る 。 そ の 上 中 区 に は 、 横 浜 中 華 学 院 と 横 浜 山 手 中 華 学 校 と い う 中 国 人 が 通 う 中 華 学 校 が 2 つ あ る た め 中 国 人 が 家 族 で 居 住 ・ 営 業 し 、 店 を 代 々 引 き 継 い で い け る の で 、 古 く か ら あ る 安 定 し た 店 が 多 い 。 ま た 観 光 地 と し て 必 要 な 公 衆 ト イ レ や パ ー キ ン グ 、 休 憩 施 設 も 充 実 し て お り 、 物 理 的 イ ン フ ラ も 十 分 に 満 た さ れ て い る 。さ ら に 横 浜 中 華 街 の 4 つ の 入 り 口 す べ て に は 門 が 建 っ て お り 、 横 浜 中 華 街 の ラ ン ド マ ー ク 的 な 役 割 を 果 た し て い る と と も に 、 中 国 で 言 い 伝 え ら れ て い る 東 西 南 北 の 守 護 神 が 宿 っ て い る と い う 意 味 も 込 め ら れ て い る 28)。 ま た 、 横 浜 中 華 街 で は 媽 祖 際 や 関 帝 誕 な ど 年 に 20 回 近 く も 中 国 の 祭 が 行 わ れ 、 中 国 人 と 日 本 人 双 方 に と っ て 意 味 の あ る も の と な っ て い る 。 ま た 、 中 華 街 は 「 関 連 ・ 支 援 産 業 」 と し て 横 浜 市 と の 友 好 的 な 関 係 性 の 構 築 に 成 功 し て い る 。そ れ は 2 章 2 節 で 述 べ た よ う に 横 浜 中 華 街 の 地 域 問 題 を 横 浜 市 が 対 処 し て い る こ と や 、 横 浜 市 観 光 情 報 公 式 サ イ ト に お い て 全 面 的 に 横 浜 中 華 街 を 横 浜 市 の PR と し て 推 進 し て い る こ と か ら 読 み 取 れ る 。 さ ら に 横 浜 中 華 街 が あ る 横 浜 市 中 区 役 所 の サ イ ト で は 横 浜 中 華 街 「 街 づ く り 」 団 体 連 合 協 議 会 が 紹 介 さ れ て お り 、 横 浜 中 華 街 街 づ く り 協 定 や街 づ く り の 方 針 な ど を 示 し て い る 。 一 方横 浜 中 華 街 側 も 、 横 浜 中 華 街 街 づ く り 協 定 の 中 で 横 浜 市 の 条 例 や 規 則 を 守 る こ と を 強 く 規 定 し て い る 。 つ ま り 横 浜 中 華 街 と 横 浜 市 は 双 方 が 協 力 的 で あ り 、 友 好 的 な 関 係 で あ る と 言 え る 。 3 章 新 大 久 保 1 節 歴 史 現 在 の 大 久 保 地 区 は 「エ ス ニ ッ ク タ ウ ン 」と 呼 ば れ る よ う に 、 外 国 人 が 多 く 居
12 住 し て い る が 、 外 国 人 が 大 久 保 周 辺 地 域 に 住 む よ う に な っ た の は 明 治 期 か ら 昭 和 期 に か け て で あ る 。明 治 末 期 頃 か ら 外 国 人 宣 教 師 が 増 加 し 、教 会 な ど の キ リ ス ト 教 関 係 施 設 が 大 久 保 、 百 人 町 周 辺 地 域 に 次 々 建 て ら れ 、 そ の よ う な 施 設 の 周 辺 に 多 く の 欧 米 人 が 居 住 し て い た 。ま た 、宣 教 師 の み で は な く 、外 国 語 学 校 の 教 師 と し て ド イ ツ 人 や ス ペ イ ン 人 な ど の 欧 米 人 、 そ し て 朝 鮮 、 韓 国 、 フ ィ リ ピ ン な ど の ア ジ ア 各 国 か ら も 外 国 人 が 大 久 保 地 区 周 辺 に 雑 居 し 始 め た 29 )。 1945 年 の 東 京 大 空 襲 で 大 久 保 地 区 周 辺 は 大 き な 打 撃 を 受 け 、人 口 が 大 幅 に 減 少 し た 。戦 後 1940 年 代 後 半 か ら 大 久 保 地 区 が 復 興 し 始 め 、1947 年 に は 街 を 明 る く し よ う と 新 大 久 保 商 店 街 振 興 組 合 の 前 身 で あ る 「 商 光 会 」 が 発 足 し た 。 高 度 経 済 成 長 期 に は 大 久 保 地 域 に 住 宅 や ア パ ー ト が 数 多 く 建 設 さ れ そ れ に 従 い 商 店 街 も 発 展 す る こ と と な り 、 同 時 に 1970 年 代 後 半 か ら そ れ ま で の 店 舗 兼 住 宅 が ビ ル へ と 建 て 替 え ら れ て い っ た 。 そ し て ア パ ー ト が 増 加 し 始 め 、 地 方 か ら 東 京 へ 出 て き た 人 や 、 歌 舞 伎 町 で 働 く 水 商 売 関 係 者 が 主 に 居 住 す る よ う に な り 、 第 2 次 世 界 大 戦 後 の 大 久 保 地 区 に は 、 特 に ラ ブ ホ テ ル と ア パ ー ト ・ マ ン シ ョ ン が 多 く 建 っ た 。 こ の こ ろ か ら 外 国 人 売 春 婦 が 増 加 し 、 彼 女 た ち は 安 い ア パ ー ト に 住 み 、 そ こ に 同 国 人 が 集 ま っ て い っ た 。 こ の よ う に し て 、 徐 々 に 外 国 人 が 増 え 始 め た こ と で 、 外 国 人 経 営 の 食 材 店 や 飲 食 店 も 立 ち 並 び 始 め た 30 )。 1980 年 代 後 半 か ら は 歌 舞 伎 町 で 働 く 外 国 人 女 性 に 加 え て 大 久 保 地 域 に は 語 学 学 校 や 専 門 学 校 、 特 に コ ン ピ ュ ー タ 関 係 の 専 門 学 校 が 林 立 し た た め 留 学 生 や 就 学 生 が 多 く 集 ま っ た 。1986 年 に は 新 宿 区 の 外 国 人 登 録 者 数 が 東 京 23 区 内 で 第 1 位 に な り 、 そ の 中 で も 百 人 町 、 大 久 保 地 区 に 特 に 多 く の 外 国 人 が 居 住 し て い た 31)。1988 年 に 新 大 久 保 商 店 街 振 興 組 合 が 設 立 さ れ 、 電 線 地 中 化 、 水 銀 灯 の 付 け 替 え 、歩 道 の カ ラ ー 舗 装 等 も 実 施 、街 の 外 観 は 美 し く 変 化 し た 。さ ら に 、 ア ジ ア 諸 国 の 政 策 に よ り 台 湾 ・ 韓 国 ・ 中 国 で の 海 外 渡 航 の ハ ー ド ル が 下 が っ た こ と と 、日 本 で 1983 年 に 制 定 さ れ た「 留 学 生 受 け 入 れ 10 万 人 計 画 」に よ っ て 外 国 人 の 受 け 入 れ が 進 ん で い っ た 。 1990 年 代 中 頃 あ た り に 大 久 保 が 東 南 ア ジ ア の 人 た ち が 多 く 住 む ま ち と し て 雑 誌 な ど で 紹 介 さ れ る よ う に な る と 、こ れ ら の「 エ ス ニ ッ ク 系 施 設 」(稲 葉 、2008)
13 は 客 の 対 象 を 同 国 人 だ け で な く 日 本 人 に 広 げ た 。 こ の よ う に し て 1990 年 末 に は 大 久 保 = エ ス ニ ッ ク タ ウ ン と い う イ メ ー ジ が 定 着 し 、 大 久 保 通 り を 中 心 と し て 数 多 く の 店 舗 が 立 ち 並 び 、 に ぎ わ う よ う に な っ た 。 そ の 店 舗 の 大 半 は 、 外 国 人 向 け の レ ス ト ラ ン で あ っ た り 、食 材 店 、美 容 室 、ビ デ オ レ ン タ ル な ど で あ り 、 外 国 人 が 十 分 に 生 活 で き る ほ ど 整 っ て い る 。 そ の た め 、 現 在 も 外 国 人 が 次 々 と 大 久 保 地 区 に 入 居 し て い る 32 )。 2000 年 頃 か ら 、 大 久 保 通 り に も 韓 国 系 店 舗 の 進 出 が 見 ら れ る よ う に な り 、 2011 年 に は 多 く の 韓 国 系 店 舗 が 立 ち 並 ぶ 観 光 地 と な っ た 。 2012 年 現 在 、 大 久 保 地 域 は「 コ リ ア タ ウ ン 」「 韓 流 の 聖 地 」と し て メ デ ィ ア に 取 り 上 げ ら れ 、全 国 か ら 観 光 客 が 集 ま る 一 大 観 光 地 と な っ た 。 2 節 現 状 新 大 久 保 は 最 近 の 韓 流 ブ ー ム の 影 響 も あ り 、 年 間 約 1500 万 人 の 来 街 者 が 訪 れ て い る 。 新 大 久 保 商 店 街 振 興 組 合 が 実 施 し た 来 街 者 の ア ン ケ ー ト に よ る と 、 来 街 者 の 属 性 と し て は 8 割 が 女 性 客 で 特 に 40 代 以 降 の 中 高 年 者 に よ る 顧 客 が 多 い 。 顧 客 の 過 半 数 が リ ピ ー タ ー で あ り 、 来 街 の き っ か け と し て は マ ス コ ミ の 影 響 が 5 割 で 、友 人 ・ 知 人 に よ る 口 コ ミ が 2 割 を 占 め て い る 。来 街 者 の 7 割 は 韓 流 目 的 で あ り 、 そ の 内 訳 と し て は 料 理 が 40% 、 コ ス メ が 20% で あ る 。 来 街 者 の 8 割 は 新 宿 区 外 か ら 新 大 久 保 を 訪 れ て い る た め 、広 域 か ら の 来 街 者 が 多 く み ら れ る 。 JR 東 日 本 に よ る と 、新 大 久 保 駅 の 乗 車 人 員 は 2004 年 以 降 増 加 を 続 け て お り 、 2011 年 9 月 の 営 業 収 入 は 前 年 の 同 時 期 に 比 べ 、 38% 増 加 し 、 韓 流 ブ ー ム の 影 響 と 報 道 さ れ て い る 。 新 大 久 保 に は 韓 国 ・ 朝 鮮 人 、 中 国 人 を 中 心 と す る ア ジ ア 系 の 人 々 が 居 住 し て お り 、 こ の 中 で も 2000 年 代 に 韓 国 系 店 舗 の 進 出 が 目 立 っ た 。2001 年 (韓 流 ブ ー ム 以 前 )・ 2008 年 (韓 流 ブ ー ム 後 )・ 2011 年 (第 2 次 韓 流 ブ ー ム 後)の 3 段 階 に 分 け て 、店 舗 の 推 移 を み て い く 。「 飲 食 店 」に は 韓 国 料 理 店 ・ 惣 菜 店 ・ 喫 茶 店 ・ バ ー ・ ラ イ ブ ハ ウ ス が 含 ま れ て い る 。ま ず 、2001 年 、韓 国 系 店 舗 は 計 44 軒 確 認 で き 、そ の う ち 韓 国 料 理 店 は 40 軒 、食 材 店 は 2 軒 、ま た ビ
14 デ オ や CD を 取 り 扱 う 店 舗 が 2 軒 確 認 で き る 。 韓 国 系 の 店 舗 は 1990 年 代 職 安 通 り を 中 心 に 展 開 し て い た が 、2000 年 頃 に は 大 久 保 通 り に 通 じ る 路 地 、そ し て 大 久 保 通 り に も 進 出 し て い る こ と が わ か る 。 こ れ が 2008 年 に な る と 、 韓 国 系 店 舗 は 計 143 軒 、う ち 韓 国 料 理 店 が 127 軒 、食 材 店 が 7 軒 、韓 流 ス タ ー の グ ッ ズ 店 が 9 軒 と 2001 年 に 比 べ て 大 き く 増 加 し て い る 。 韓 国 料 理 店 の 増 加 は も ち ろ ん 、 韓 国 の 食 材 を 取 り 扱 う 店 舗 や 2000 年 代 前 半 の 韓 流 ブ ー ム に よ っ て 韓 国 ス タ ー の グ ッ ズ を 取 り 扱 う 店 舗 が 出 現 し て お り 、 業 種 の 多 様 化 が 進 ん で い る こ と が わ か る 。2011 年 に な る と 、 JR 山 手 線 の 東 側 で 韓 国 系 店 舗 の 増 加 が み ら れ る 。韓 国 系 店 舗 は 計 177 軒 あ り 、そ の う ち 飲 食 店 が 148 軒 、食 材 店 が 4 軒 、グ ッ ズ 店 が 25 軒 と 食 材 店 を 除 い た 業 種 で 増 加 が み ら れ 、 特 に 韓 国 の ス タ ー や ア イ ド ル の グ ッ ズ ・ 化 粧 品 を 取 り 扱 う 店 舗 の 増 加 が 著 し い と い え る 。 こ れ ら の デ ー タ か ら 店 舗 数 と 業 種 に 関 し て 比 較 を 行 う 。 ま ず 店 舗 数 を み る と 2001 年 か ら 2011 年 に か け て 店 舗 数 は 増 加 し て い る こ と が わ か る 。 2001 年 か ら 2008 年 に か け て 大 き く 増 加 し て い る が 、2008 年 か ら 2011 年 に か け て そ の 伸 び は 鈍 化 し て い る 。 ま た 業 種 別 に み て み る と 2001 年 か ら 2008 年 に か け て は 飲 食 店 が 87 店 舗 増 加 し て い る が 、2008 年 か ら 2011 年 に か け て は 21 軒 増 加 に と ど ま っ て い る 。次 に 食 材 店 で あ る が 、2001 年 か ら 2008 年 に か け て 5 軒 増 加 し て い る が 、 2008 年 か ら 2011 年 に か け て は 3 軒 減 少 し て い た 。 ま た 、 雑 貨 店 は 2001 年 か ら 2008 年 に か け て 6 軒 増 加 し 、2008 年 か ら 2011 年 に か け て 17 軒 増 加 し て い る 。 こ の よ う に 韓 国 系 店 舗 が 増 加 し た 背 景 と し て 、 客 の 対 象 を 同 胞 か ら 日 本 人 へ 切 り 替 え た こ と が 考 え ら れ る 。 韓 流 ブ ー ム に よ っ て 日 本 人 が 韓 国 の 文 化 に 興 味 を 持 つ よ う に な る と 、 日 本 人 を 客 層 と し た 韓 国 料 理 店 や 韓 流 ス タ ー の グ ッ ズ 店 が 相 次 い で 出 店 し た 33)。 商 店 街 に お け る 経 済 活 動 は 2000 年 代 以 前 、 大 久 保 地 域 内 と そ の 周 辺 で 完 結 し て い た 。 し か し 2000 年 代 に お い て 観 光 地 化 し 全 国 か ら 観 光 客 が 集 ま る よ う に な っ た こ と で 商 店 街 へ の 来 客 は 大 幅 に 増 加 し た 。 し か し 商 店 街 に お い て 活 発 な 消 費 が 行 わ れ て い る の は 韓 国 系 店 舗 で あ り 既 存 店 舗 が そ の 利 益 を 全 て 享 受 し て い る と は い え な い 。 韓 国 系 店 舗 に は 韓 国 人 経 営 者 、 さ ら に 日 本 の 資 本 が 出 資
15 し て い る 店 舗 も あ り 観 光 客 の 消 費 が 地 域 に 還 元 さ れ ず 外 部 に 流 出 し て い る 状 態 で あ る と い え る 3 4)。 1988 年 、新 大 久 保 商 店 街 振 興 組 合 が 設 立 さ れ た 。新 大 久 保 商 店 街 振 興 組 合 の 資 料 に よ る と こ れ に は JR 山 手 線 新 大 久 保 駅 か ら 明 治 通 り ま で の 東 西 約 600m の 大 久 保 通 り 沿 い の 商 店 街 で 約 150 店 舗 が 振 興 組 合 に 加 盟 し て い る 。し か し こ の 加 盟 店 舗 の 数 は 、 実 際 の 創 出 店 舗 の 3 分 の 1 に し か 満 た な い 。新 大 久 保 商 店 街 復 興 組 合 は 歩 道 の 工 事 や 電 柱 の 地 中 化 な ど を 積 極 的 に 取 り 組 み 、 街 の 外 観 を 意 識 し た 活 動 を 行 っ て お り 、 ま た 毎 年 大 久 保 祭 り や イ ベ ン ト を 開 催 し て い る 。 さ ら に 、韓 国 の お 店 も 多 く 掲 載 し た「 新 大 久 保 に ぎ わ い MAP」も 作 成 し 、来 街 者 の 観 光 に 役 立 っ て い る 。新 大 久 保 商 店 街 振 興 組 合 は 実 際 に 今 の 状 況 を 判 断 し 、 さ ら な る 発 展 の た め の 事 業 展 開 と し て ① 観 光 案 内 事 業 、 ② 来 街 者 満 足 度 向 上 事 業 、③ マ ッ プ・パ ン フ レ ッ ト 事 業 、④ ク リ ー ン ア ッ プ 事 業 、⑤ 多 文 化 交 流 事 業 、 ⑥ 加 盟 店 支 援 事 業 、 ⑦ 新 規 加 盟 促 進 事 業 、 ⑧ 組 合 組 織 強 化 事 業 の 8 点 を 考 え て い る も の の 、 組 合 の ほ う も 今 後 の 商 店 街 の 方 向 性 に 悩 ん で お り 、 実 際 の 取 り 組 み ま で は ま だ 時 間 が か か る よ う だ 。 ま た 、 商 店 街 と 新 宿 区 と の 関 係 性 も 薄 い 。 新 宿 区 は 「 新 宿 区 産 業 振 興 プ ラ ン 」 と し て ① 持 続 可 能 な 商 店 街 の 実 現 、 ② 身 近 な 生 活 を 支 え る 社 会 を 支 え る 社 会 的 機 能 の 整 備 、 ③ 多 様 性 に 応 じ た 商 店 街 の 強 化 を 掲 げ て い る も の の 、 新 大 久 保 商 店 街 振 興 組 合 の ご み の 回 収 回 数 の 減 少 に 対 す る 対 策 や 不 法 投 棄 に 対 す る 監 視 、 騒 音 の 測 定 、横 断 歩 道 の 設 置 、公 衆 ト イ レ の 設 置 の 依 頼 35)に 対 し て 、新 宿 区 は 今 の と こ ろ 特 に 新 大 久 保 商 店 街 へ の 取 り 組 み を 行 う 予 定 は な い よ う だ 36)。 3 節 ダ イ ヤ モ ン ド フ レ ー ム 新 大 久 保 は 、1 日 平 均 乗 降 者 数 が 世 界 一 で あ る 新 宿 駅 の 隣 に あ る と い う 3 7)、 恵 ま れ た 交 通 条 件 に よ る 「 要 素 条 件 」 や 、 韓 流 ブ ー ム に の っ と っ た 「 企 業 戦 略 お よ び 競 争 戦 略 」、 顧 客 層 が 安 定 、 か つ リ ピ ー タ ー が 多 い と い う 「 需 要 条 件 」、 新 大 久 保 商 店 街 振 興 組 合 に よ る 「 関 連 産 業 ・ 支 援 産 業 」 と い う 条 件 下 に あ り 、 こ れ も ま た 1 章 で 挙 げ た ダ イ ヤ モ ン ド フ レ ー ム の 4 つ の 条 件 を 満 た し て い る 。
16 図-3 新 大 久 保 の ダ イ ヤ モ ン ド フ レ ー ム 分 析 ( ダ イ ヤ モ ン ド フ レ ー ム を 新 大 久 保 に 適 用 し て 筆 者 作 成 ) 新 大 久 保 の 「 要 素 条 件 」 に 注 目 し て み る と 、 先 程 述 べ た よ う に 立 地 ・ 交 通 環 境 は 申 し 分 な く 、近 く に 百 人 町 が あ る た め 韓 国 人 も た く さ ん 住 ん で い る 38 )こ と か ら 天 然 資 源 と 人 的 資 源 は 十 分 に 満 た さ れ て い る 。 た だ し 新 宿 区 に 東 京 韓 国 学 校 は あ る も の の 、 百 人 町 か ら 距 離 が あ る た め か 家 族 で 居 住 す る と い う よ り は 日 本 に 出 稼 ぎ に 出 て き て い る 韓 国 人 が 多 く 、 店 舗 の 移 り 変 わ り が 激 し い 。 物 理 的 イ ン フ ラ と し て は 、 全 龍 禅 寺 や 夫 婦 木 神 社 な ど 6 つ の 寺 と 東 京 中 央 教 会 な ど 7 つ の 教 会 、 戸 山 公 園 や 西 大 久 保 公 園 な ど 3 つ の 公 園 が あ り 、 情 報 イ ン フ ラ と し て は 大 久 保 祭 り と い う 日 本 の 祭 り が あ る 。 こ れ ら の イ ン フ ラ は 日 本 人 観 光 客 や 日 本 人 居 住 者 に は 価 値 の あ る も の と な っ て お り 、韓 国 人 向 け で は な い と 言 え る 。 「 関 連 ・ 支 援 産 業 」 と し て は 3 章 2 節 で 述 べ た よ う に 商 店 街 と 新 宿 区 と の 関 係 性 も 薄 い た め 、 観 光 案 内 事 業 や マ ッ プ ・ パ ン フ レ ッ ト 事 業 、 ク リ ー ン ア ッ プ 事 業 、 多 文 化 交 流 事 業 な ど 商 店 街 の さ ら な る 発 展 の た め の 事 業 展 開 を 新 大 久 保 商 店 街 振 興 組 合 が 一 身 に 背 負 っ て い る 。
17 4 章 新 大 久 保 へ の 提 案 こ こ ま で 主 に 歴 史 、 現 状 、 そ し て そ れ ら を ポ ー タ ー の ダ イ ヤ モ ン ド フ レ ー ム に あ て は め て 横 浜 中 華 街 と 新 大 久 保 を 比 較 し て き た 。 こ こ で は こ れ ら の 比 較 を ふ ま え て 新 大 久 保 の 問 題 点 を 再 検 討 し て い く 。 1 節 新 大 久 保 の 問 題 点 こ こ ま で 挙 げ た 横 浜 中 華 街 と 新 大 久 保 の 比 較 や 新 大 久 保 商 店 街 振 興 組 合 の 理 事 長 で あ る 諏 訪 さ ん に お 伺 い し た お 話 を も と に 、 問 題 点 を 再 検 討 す る 。 ま ず 挙 げ ら れ る 新 大 久 保 の 最 も 大 き な 問 題 点 は 、 地 域 住 民 の 生 活 や 観 光 客 の 安 全 性 へ の 問 題 で あ る 。 具 体 的 に は 、 人 が 増 え た ゆ え の 交 通 の 不 便 さ 、 深 夜 の 騒 音 、 道 路 の ご み 、 所 定 箇 所 以 外 へ の 看 板 の 設 置 、 店 舗 に ト イ レ が な い 、 商 品 を 道 路 に 陳 列 し て し ま う た め 道 幅 が 狭 い 、 な ど が あ る 。 近 年 、 韓 流 ブ ー ム の 象 徴 と し て マ ス コ ミ に 大 き く 取 り 上 げ ら れ 、 人 気 が 増 し て い く 一 方 で は 、 韓 国 関 連 店 舗 の 利 益 ば か り を 追 求 す る 経 営 や 、 増 加 す る 来 街 者 の モ ラ ル の 低 下 な ど の 問 題 が で て き て お り 、 こ れ に よ っ て 地 域 住 民 の 生 活 に 支 障 を 来 し 、 不 満 が 増 加 し て い る の で あ る 。 こ の よ う な 問 題 に 対 処 し き れ な い と き は 行 政 に 頼 る べ き だ と 思 わ れ る が 、新 大 久 保 の も う 1 つ の 大 き な 問 題 点 と し て 行 政 と の 連 携 不 足 が 挙 げ ら れ 、 そ の 結 果 こ う い っ た 問 題 に 着 手 し き れ て い な い の が 現 状 で あ る 。 ま た 、 横 浜 中 華 街 が あ る 横 浜 市 に は 観 光 情 報 の み が 載 る ホ ー ム ペ ー ジ が あ り 、 そ の ト ッ プ ペ ー ジ に は 大 々 的 に 中 華 街 の 特 集 ペ ー ジ が 載 せ ら れ て い る な ど し て 中 華 街 の 繁 栄 に 協 力 的 な の に 対 し 、 新 大 久 保 が あ る 新 宿 区 の 観 光 協 会 の ホ ー ム ペ ー ジ に は 新 大 久 保 に つ い て の 記 述 は 一 切 見 ら れ な い と い う 点 を と っ て も 、 行 政 の サ ポ ー ト に 差 が あ ら わ れ て い る 。 そ れ 以 外 の 問 題 点 と し て は 、 文 化 面 に お い て の コ リ ア タ ウ ン と し て の シ ン ボ ル の 欠 如 で あ る 。横 浜 中 華 街 で は チ ャ イ ナ タ ウ ン と し て 門 や 関 帝 廟 な ど が あ り 、 観 光 客 は そ こ で 写 真 を 撮 っ た り す る こ と で 中 国 に 来 て い る か の よ う な 気 分 を 味 わ う こ と が で き る 。 ま た 、 イ ベ ン ト と し て 中 国 の 代 表 的 な お 祭 り を 行 っ た り も し て お り 、 中 国 の 文 化 を 日 本 の 人 々 に 伝 え る 役 割 や 、 中 華 街 に 住 む 中 国 人 を 楽 し ま せ る と い う 役 割 を 果 た し て き た 。 そ れ に 対 し 、 新 大 久 保 に あ る 寺 や 公 園 は
18 元 々 の 商 店 街 に あ っ た 日 本 の も の で あ り 、 行 わ れ る 祭 り も 日 本 向 け の も の で あ る た め 、 観 光 客 は 新 大 久 保 に 来 て も さ ほ ど 韓 国 の 文 化 に 触 れ る こ と が で き ず 、 ま た 新 大 久 保 に 韓 国 人 が 住 み や す い よ う な 環 境 が 整 っ て い る と は い え な い 。 ま た 、 横 浜 中 華 街 に は 中 華 学 校 が 存 在 し 、 周 辺 に 住 む 中 国 人 が 子 供 を そ こ に 通 わ せ る こ と で 、 中 華 街 の 店 舗 に お い て 代 々 に わ た る 家 族 経 営 を 行 っ て き た が 、 新 大 久 保 周 辺 に は そ う い っ た 学 校 も 存 在 し な い の で そ の よ う な 家 族 経 営 を 行 う こ と も 難 し く 、 そ の 結 果 す ぐ に 店 舗 を 立 ち 退 い て し ま っ た り す る ケ ー ス が 目 立 っ て お り 、 地 域 と の 深 い つ な が り が あ る と は い え な い の が 現 状 で あ る 。 以 上 の よ う な 新 大 久 保 の 問 題 点 を ふ ま え 、 次 節 で は 新 大 久 保 に 対 す る 提 案 を 行 っ て い く 。 2 節 新 大 久 保 へ の 提 案 前 節 の 問 題 点 を ま と め る と 、 住 民 や 観 光 客 へ の 安 全 面 の 問 題 、 地 域 の 行 政 な ど と の 連 携 不 足 に よ る 地 域 ・ 社 会 面 の 問 題 、 コ リ ア タ ウ ン と し て 韓 国 の 文 化 を 観 光 客 に 伝 え 、 韓 国 人 が 長 期 に わ た っ て 住 め る よ う な ま ち づ く り を 行 う と い う 文 化 面 の 問 題 に 大 き く 分 け ら れ る 。 こ こ で は こ れ ま で の ま と め と し て こ れ ら の 問 題 点 を 改 善 し て い く た め の 新 大 久 保 へ の 提 案 を 行 う 。 ま ず 住 民 や 観 光 客 へ の 安 全 面 の 問 題 に 対 し て は 、 横 浜 中 華 街 の よ う な 「 ま ち づ く り 協 定 」 を 作 る べ き で あ る と 考 え る 。 横 浜 中 華 街 街 づ く り 協 定 と は 、 横 浜 中 華 街「 街 づ く り 」団 体 連 合 協 議 会 が 発 行 し た も の で あ り 、「 安 全 で 快 適 な 商 業 居 住 地 域 と し て 更 な る 発 展 を さ せ て い く に は 居 住 者 と 事 業 者 が 協 働 し て 活 力 あ る 街 づ く り が 継 続 で き る 新 た な 街 の ル ー ル を 定 め 、 地 域 住 民 の 一 員 と し て の 誇 り を 持 ち 、 横 浜 中 華 街 の 個 性 的 な 景 観 と コ ミ ュ ニ テ ィ を 次 世 代 に 引 き 継 い で い き ま す 。」(横 浜 中 華 街 街 づ く り 協 定 、基 本 理 念 よ り )と い う 基 本 理 念 を も と に 作 ら れ た 横 浜 中 華 街 区 域 内 に お け る さ ま ざ ま な ル ー ル の こ と で あ る 。 具 体 的 な 内 容 と し て は 、 店 舗 の 出 店 や 建 物 ・ 看 板 ・ 道 路 使 用 や 駐 車 に つ い て 、 ま た ゴ ミ や 騒 音 ・ 臭 い 、 落 書 き に つ い て な ど 細 部 に わ た っ て 規 定 が な さ れ て お り 、 観 光 地 で あ り な が ら 地 域 住 民 が し っ か り と 暮 ら し て い け る た め の し っ か り と し た ル ー
19 ル が 存 在 す る 。 新 大 久 保 に は そ う い っ た 確 固 た る 協 定 が 存 在 し て い な い ゆ え に 地 域 住 民 の 生 活 の 支 障 が 改 善 さ れ て い な い の で 、 新 大 久 保 商 店 街 振 興 組 合 を 中 心 に そ の よ う な 協 定 を 定 め 、 観 光 客 が 増 加 し 街 に 人 が あ ふ れ て い く よ う な 状 況 の 中 で も 地 域 住 民 が 暮 ら し や す い 街 を 目 指 す 必 要 が あ る 。 ま た 、そ う い っ た 街 を 目 指 す た め に は 行 政 の 協 力 が 不 可 欠 で あ る 。都 築(1999) に よ る と 、 地 域 が 外 国 人 を 受 け 入 れ る 際 の 責 任 主 体 と し て 3 つ の パ タ ー ン を 挙 げ て い る 。1 つ 目 は 自 治 体 が 中 心 と な っ て 積 極 的 に 問 題 の 解 決 を 図 る 自 治 区 主 導 型 、2 つ 目 は 行 政 が 積 極 的 に 関 与 す る 行 政 主 導 型 、 3 つ 目 は 商 工 会 な ど の 民 間 機 関 が 中 心 と な る 民 間 主 導 型 で あ る 。新 大 久 保 に お い て は こ れ ま で 行 政(新 宿 区)が 積 極 的 で は な か っ た た め 自 治 区 主 導 型 が 行 わ れ て き た が 、結 果 的 に 問 題 は 改 善 さ れ て い な い た め 、 こ れ か ら は 新 宿 区 が 新 大 久 保 商 店 街 振 興 組 合 と 連 携 を 密 に と り 、 さ き ほ ど 述 べ た よ う な 「 ま ち づ く り 協 定 」 を 作 る こ と を 通 し て 地 域 住 民 の 生 活 や 観 光 客 の 安 全 性 を 保 障 し て い く べ き で あ る 。 ま た 、 文 化 面 の 問 題 に 対 し て は 、 コ リ ア タ ウ ン の シ ン ボ ル と し て 建 築 物 を 建 て た り 韓 国 の 伝 統 的 な 行 事 を 行 っ た り し て 観 光 客 に 韓 国 文 化 を 理 解 し て も ら え る よ う に 、 ま た 新 大 久 保 周 辺 に 韓 国 学 校 を 建 設 す る な ど し て 韓 国 人 が 代 々 に わ た っ て 新 大 久 保 地 域 に 住 み つ い て 店 舗 経 営 を 行 え る よ う な 街 づ く り が 行 え れ ば 、 横 浜 中 華 街 の よ う な 地 域 に 根 付 い た 街 づ く り が 行 え る の で は な い か と 考 え る 。 こ こ ま で こ の 論 文 を 通 し て 、 近 年 新 大 久 保 は メ デ ィ ア の 影 響 も あ り 観 光 地 と し て と て も 繁 栄 し て い る 一 方 で 、 地 域 住 民 の 不 満 や 新 宿 区 と の 連 携 不 足 、 文 化 面 の 問 題 な ど を 抱 え て い る と い う こ と を 述 べ て き た 。 し か し 、 新 大 久 保 が ブ ー ム と な っ て い る 今 だ か ら こ そ 新 大 久 保 商 店 街 振 興 組 合 と 新 宿 区 を 中 心 に さ き ほ ど の 提 案 の よ う な 問 題 点 の 解 消 に 努 め 、 横 浜 中 華 街 の よ う に 地 域 住 民 と 韓 国 関 連 店 舗 が 協 力 し 、 ま た 店 舗 を 経 営 す る 韓 国 人 が 新 大 久 保 に 住 ん で 家 族 経 営 を 行 え る よ う な 街 づ く り が で き れ ば 、 新 大 久 保 の コ リ ア タ ウ ン と し て の 長 期 的 な 繁 栄 も 望 め 、 ま た 、 新 大 久 保 か ら 日 本 人 と 韓 国 人 と の 協 力 的 な 架 け 橋 の 第 一 歩 を 踏 む こ と が で き る の で は な い だ ろ う か 。
20 脚 注 1) 産 業 ク ラ ス タ ー と は 何 か ? <http://www.libertas.co.jp/report/20051215cluster.html#top > 2)ク ラ ス タ ー は 比 較 的 広 い 地 域 に 異 な る 業 種 の 中 小 企 業 の つ ら な っ た 集 ま り で 、 産 業 集 積 は 狭 い 地 域 に 同 じ 業 種 で も 異 業 種 で も 中 小 企 業 が 密 集 し て い る よ う な イ メ ー ジ で あ る 。 3)原 田 誠 司 「 ポ ー タ ー ・ ク ラ ス タ ー 論 に つ い て - 産 業 集 積 の 競 争 力 と 政 策 の 視 点 - 」2009 年 , 24 頁 4)同 上 論 文 , 24 頁 5)同 上 論 文 , 24 頁 6)マ イ ケ ル ・ E・ ポ ー タ ー 『 国 の 競 争 優 位 』 1990 年 , 73 頁 7)ク ラ ス タ ー 自 体 が こ れ を 指 す が 、 ダ イ ヤ モ ン ド フ レ ー ム の 相 互 作 用 を 示 す も の と 考 え る べ き で あ る 。 8)菅 原 一 孝 「 横 浜 中 華 街 発 展 の 歩 み 」 2007 年 , 173 頁 9)古 田 和 子 『 上 海 ネ ッ ト ワ ー ク と 近 代 東 ア ジ ア 』 東 京 大 学 出 版 会 , 2001 年 10)菅 原 一 孝 , 前 掲 論 文 , 173 頁 11)寺 井 美 由 紀 「 横 浜 中 華 街 ― 華 人 の 歴 史 と 商 売 の 変 化 ― 」 2007 年 , 5 頁 12)同 上 論 文 , 6 頁 13)菅 原 一 孝 , 前 掲 論 文 , 173- 174 頁 14)菅 原 一 孝 , 前 掲 論 文 , 174 頁
15)横 浜 中 華 街 Yokohama China Town< http://www.chinatown.or.jp/> 16)横 浜 中 華 街 Yokohama China Town< http://www.chinatown.or.jp/> 17)菅 原 一 孝 , 前 掲 論 文 , 172 頁
18)同 上 論 文 , 172 頁
19)長 友 麻 苗 未 「 横 浜 中 華 街 の 発 展 と ブ ラ ン ド イ メ ー ジ 」 2009 年 , 71 頁 20)同 上 論 文 , 71 頁
21 22)同 上 論 文 , 75 頁 23)張 玉 玲「 観 光 地「 中 華 街 」の 形 成 と 発 展 か ら み る 日 本 人 と 中 国 人 が 試 み た「 共 生 」」2007 年 , 168 頁 24)菅 原 一 孝 , 前 掲 論 文 , 175 頁 25)武 松 事 業 デ ザ イ ン 工 房 < http://www.takematsu-design.com/index.html> 26)菅 原 一 孝 , 前 掲 論 文 , 175 頁 27)山 下 清 海「 横 浜 中 華 街 在 留 中 国 人 の 生 活 様 式 」(1979)に よ る と 中 華 街 が 位 置 す る 中 区 に は 、 横 浜 市 の 中 国 籍 保 有 者 の 68.2%に 相 当 す る 2,886 人 が 集 中 し て い る 。 中 華 街 に 居 住 す る 中 国 人 の 正 確 な 人 口 は 明 ら か で な い が 、 す で に 日 本 籍 を 有 す る 者 を 含 め る と 、現 在 2,000 人 前 後 の 中 国 人 が 居 住 し て い る と 思 わ れ る 。 28)横 浜 中 華 街 Yokohama China Town< http://www.chinatown.or.jp/>
29)山 下 清 海 「 横 浜 中 華 街 と 大 久 保 エ ス ニ ッ ク タ ウ ン ー 日 本 に お け る 新 旧 2 つ の エ ス ニ ッ ク タ ウ ン ー 」1997 年 , 62 頁 30)同 上 論 文 , 63 頁 西 岡 美 樹 「「 共 生 」 の 真 実 外 国 人 集 住 地 域 に お け る 地 域 の 変 容 ―東 京 都 新 宿 区 ・ 大 久 保 地 域 を 事 例 に― 」 2011 年 , 5- 6 頁 31)山 下 清 海 , 前 掲 論 文 , 63 頁 西 岡 美 樹 , 前 掲 論 文 , 9 頁 32)西 岡 美 樹 , 前 掲 論 文 , 9- 10 項 山 下 清 海 , 前 掲 論 文 , 63 頁 33)西 岡 美 樹 , 前 掲 論 文 , 18 頁 34)同 上 論 文 , 37 頁 35)新 大 久 保 商 店 街 振 興 組 合 の 理 事 長 へ の イ ン タ ビ ュ ー に よ る 36)新 宿 区 役 所 へ の イ ン タ ビ ュ ー に よ る 37)ギ ネ ス 世 界 記 録 日 本 公 式 サ イ ト に よ る と 、新 宿 駅 の 乗 降 者 数 は 1 日 平 均 364 万 人 で 、 世 界 一 と 認 定 さ れ て い る 。 38)国 勢 調 査 に よ る と 、 新 大 久 保 が あ る 新 宿 区 に は 約 10,000 人 の 韓 国 人 が 住 ん で お り 、 東 京 の 区 や 市 の 中 で 断 ト ツ で あ る 。 参 考 文 献
22 マ イ ケ ル ・E・ ポ ー タ ー 竹 内 弘 高 訳 『 競 争 戦 略 論 Ⅱ 』 ダ イ ヤ モ ン ド 社 , 1999 年 原 田 誠 司 「 ポ ー タ ー ・ ク ラ ス タ ー 論 に つ い て - 産 業 集 積 の 競 争 力 と 政 策 の 視 点 - 」 『 長 岡 大 学 研 究 論 叢 』 7 巻 , 2009 年 7 月 , 21- 42 頁 中 平 和 伸 、 藤 井 義 之 、 権 田 令 治 「 地 域 産 業 集 積 に お け る ク ラ ス タ ー 形 成 に 関 す る 解 析 」『 年 次 学 術 大 会 講 演 要 旨 集 』16 巻 , 2001 年 10 月 , 349- 352 頁 吉 見 隆 一 「 平 成 23 年 度 調 査 研 究 事 業 産 業 集 積 の 現 状 と 課 題 」『 商 工 金 融 』 62 巻 6 号 , 2012 年 6 月 , 20- 46 頁 中 小 企 業 白 書(2006) 中 小 企 業 庁 『 中 小 企 業 白 書 〈2006 年 版 〉「 時 代 の 節 目 」 に 立 つ 中 小 企 業 ― 海 外 経 済 と の 関 係 深 化 ・ 国 内 に お け る 人 口 減 少 』 ぎ ょ う せ い ,2006 年 菅 原 一 孝 「 横 浜 中 華 街 発 展 の 歩 み 」『 日 本 食 生 活 学 会 誌 』18 巻 2 号 ,2007 年 9 月 ,172‐ 176 頁 西 岡 美 樹 「「 共 生 」 の 真 実 外 国 人 集 住 地 域 に お け る 地 域 の 変 容 ― 東 京 都 新 宿 区 ・ 大 久 保 地 域 を 事 例 に ― 」2011 年 池 田 和 子 「 横 浜 中 華 街 と 神 戸 南 京 町 : 東 西 チ ャ イ ナ タ ウ ン 比 較 へ の 試 み 」『 地 域 と 社 会 』5 巻 , 2002 年 8 月 , 123- 152 頁 張 玉 玲 「 観 光 地 「 中 華 街 」 の 形 成 と 発 展 か ら み る 日 本 人 と 中 国 人 が 試 み た 「 共 生 」」2007 年
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23 報 最 終 確 認 日:2012.9.19) 長 友 麻 苗 未「 横 浜 中 華 街 の 発 展 と ブ ラ ン ド イ メ ー ジ 」 『 学 芸 地 理 』64 巻 , 2009 年 12 月 , 70- 82 頁 山 下 清 海 ・秋 田 大 学 地 理 学 研 究 室 学「 横 浜 中 華 街 と 大 久 保 エ ス ニ ッ ク タ ウ ン ー 日 本 に お け る 新 旧 2 つ の エ ス ニ ッ ク タ ウ ン ー 」『 秋 大 地 理 』 44 巻 , 1997 年 3 月 , 57- 68 頁 新 宿 区 役 所 <http://www.city.shinjuku.lg.jp/index.html > ( 情 報 最 終 確 認 日:2012.9.19) 新 大 久 保 商 店 街 振 興 組 合 ホ ー ム ペ ー ジ 「 新 大 久 保 リ ン ク 」 < http://www.e-ios.co.jp/ookubo/> (情 報 最 終 確 認 日 :2012.9.19) 川 村 千 鶴 子 「 デ ィ ア ス ポ ラ 接 触 と は 何 か ~ 新 宿 区 大 久 保 地 区 の 多 文 化 化 の 歴 史 か ら ~ 」『 大 東 文 化 大 学 紀 要. 人 文 科 学 』 46 巻 , 2008 年 3 月 , 143- 166 頁 山 下 清 海「 横 浜 中 華 街 在 留 中 国 人 の 生 活 様 式 」『 人 文 地 理 』31 巻 4 号 ,1979 年 , 321- 348 頁 統 計 局 ホ ー ム ペ ー ジ <http://www.stat.go.jp/> (情 報 最 終 確 認 日 :2012.9.19) 横 浜 中 華 学 院 校 友 会 <http://www.yocsob.com/> (情 報 最 終 確 認 日 :2012.9.19) ギ ネ ス 世 界 記 録 - 日 本 公 式 サ イ ト <http://www.guinnessworldrecords.jp/> (情 報 最 終 確 認 日 :2012.9.19)