現
実
の
理
由
一
民
衆
の
健
全
な
意
見
と
愚
昧
さ
一
児
玉
正
幸
人 類 は 社 会 的 動 物 と し て 共 同 生 活 の 場 を 形 成 し て 以 来、 歴 史 的 試 行 錯 誤 を 反 復 し な が ら 今 日 の 種 々 の 国 家 的 政 治 形 態 を 現 出 す る に 到 っ て い る。 敗 戦 後 の 日 本 は、 戦 勝 国 米 国 の 占 領 政 策 の 下 に、 軍 国 主 義 を 払 拭 し て、 議 会 制 民 主 主 義 を 採 択、 以 来 米 国 の 有 力 な 同 盟 国 に 変 貌 し て い る。 主 権 在 民 を 標 榜 す る 議 会 制 民 主 主 義 社 会 で は、 歴 史 の 動 向 を 決 定 し、 未 来 を 刻 む 権 利 主 体 は、 民 衆 で あ る。 民 衆 の 選 出 し た 代 表 が、 国 政 の 最 高 決 議 機 関 と し て の 国 会 で 国 策 を 審 議 決 定 し、 行 政 に 反 映 し て ゆ く。 悠 久 の 歴 史 を 有 す る 人 類 の 知 恵 が 到 達 し た 一 大 精 華 と し て の 議 会 制 民 主 主 義 を 私 達 は 信 奉 し て い る が、 知 っ て の 通 り、 こ れ は 両 刃 の 剣 で あ る。 民 衆 の 自 然 的 理 性 が 健 在 で あ る 限 り は、 国 家 の 愚 行 蛮 行 は 回 避 で き る が、 民 衆 が 愚 民 と 化 せ ば、 そ の 社 会 は 暗 転 し、 や が て 自 己 破 滅 の 戦 端 が 開 か れ る。 戦 争 に 血 塗 ら れ た 人 類 史 を 虚 心 担 懐 に 通 観 す れ ば、 私 達 は 私 達 の 考 え る 程 思 慮 あ る 生 物 で は な い 実 態 が 実 感 さ れ る。 民 衆 の 理 性 は 必 ず 勝 利 す る と 安 直 に 考 え て い る 人 達 は、 あ の 狂 気 の ヒ ッ ト ラ ー 政 権 生 み の 親 が、 当 時 世 界 で 最 も 民 主 的 な ワ イ マ ー ル 憲 法 を 有 す る ド イ ッ の 善 良 な 民 衆 で あ っ た 現 実 を、 真 剣 に 現 実 の 理 由密 教 文 化 回 顧 し な け れ ば な ら な い。 民 衆 の 理 性 の 鏡 は デ マ ゴ ー グ (半 可 通 の 知 識 人 ) の 扇 動 に 曇 り 易 く、 民 衆 は 愚 民 と 化 し 易 い 存 在 な の で あ る。 然 し な が ら、 本 稿 で は、 理 想 的 政 治 形 態 を 考 究 す る 意 図 は さ ら さ ら な い。 本 稿 は 政 治 学 論 考 で は な い。 本 稿 で は、 十 七 世 紀 の 思 想 家 パ ス カ ル の 人 間 観 察 と 歴 史 観 の 考 察 を 通 し て、 議 会 制 民 主 主 義 を 基 軸 と す る 現 代 日 本 の 大 衆 社 会 を 考 え る 取 っ 掛 か り を 得 た い と 思 っ て い る の で あ る。 パ ス カ ル の 生 き た 時 代 環 境 は 無 論、 現 代 日 本 と は 雲 泥 の 開 き が あ る。 彼 の 生 ま れ 合 わ せ た 時 代 は、 大 土 地 所 有 の 封 建 的 大 貴 族 が 群 雄 割 拠 す る 多 極 分 散 型 社 会 か ら ブ ル ボ ン 王 朝 に よ る 一 極 集 中 型 の 強 力 な 中 央 集 権 国 家 へ 移 行 す る 過 渡 期 で あ っ た。 こ の 時 代 の フ ラ ン ス 民 衆 の 個 々 人 は、 国 家 権 力 に よ り 国 家 機 構 の 一 歯 車 と し て 為 す 術 も 無 く 翻 弄 さ れ よ う と す る 絶 対 王 制 確 立 前 夜 に 生 を 送 っ て い た の で あ る。 パ ス カ ル の 時 代 と 私 達 の 時 代 は 状 況 こ そ 著 し く 懸 隔 し て は い る も の の、 そ れ ぞ れ の 体 制 下 で、 民 衆 は 精 一 杯 生 き て 判 断 を 下 し な が ら 時 代 に 適 応 し、 時 代 を 変 革 す る 大 き な 役 割 を 担 う 点 で は、 共 通 点 を 持 つ。 個 人 と し て は 特 定 の 時 代 を 生 き な が ら も 総 体 と し て は 時 代 を 超 越 す る 普 遍 妥 当 的 性 格 を 有 す る 民 衆 と 歴 史 と の 相 関 関 係 に つ い て、 パ ス カ ル は ど の よ う に 考 え て い た の か。 パ ス カ ル の 人 間 像 と 歴 史 観 を 考 察 し て み よ う。 一 ブ ル ボ ン 絶 対 王 制 確 立 期 に 生 き る パ ス カ ル の 弁 証 法 と、 そ れ に 基 づ く 入 間 観 と 歴 史 観 私 達 は 様 々 な 社 会 規 範 の 中 で 生 き て い る。 最 小 の 社 会 生 活 単 位 と し て の 家 族 の 中 に は、 家 庭 の し き た り や 家 訓 が あ る。 一 歩 外 に 出 れ ば、 地 域 社 会 の 慣 習 や 不 文 律 が あ り、 学 校 や 職 場 に は 服 務 規 定 が あ る。 市 町 村 や 都 道 府 県 単 位 で 考
え れ ば、 地 方 条 例 が あ り、 更 に は そ れ を 包 摂 す る 最 大 の 行 政 単 位 と し て の 国 家 に は、 憲 法 が あ る。 無 人 島 の ロ ビ ン ソ ン ・ ク ル ー ソ ー は 別 と し て、 家 族 を 核 に 同 心 円 上 に 拡 が る 私 達 の 生 活 空 間 に は 必 ず、 社 会 の 約 束 事 が 存 在 す る。 各 個 人 が 自 分 の 欲 求 を 全 開 し よ う と す れ ば、 社 会 規 範 は 邪 魔 に な る。 社 会 規 範 を 無 視 し て 個 人 が 欲 求 を 全 面 的 に 通 そ う と す れ ば、 社 会 の 随 所 で 衝 突 や 争 い が 頻 発 す る。 人 間 関 係 が 軋 み、 社 会 秩 序 が 麻 糸 の よ う に 素 乱 す る。 人 間 は 人 間 に と っ て
狼homo homini luos
の 状 態 が 立 ち 現 れ る。 そ こ で 私 達 は、 生 活 の 知 恵 と し て、 衝 突 防 止 の 約 束 事 を 取 り 決 め な が ら、 社 会 生 活 を 円 満 具 足 に も う と し て い る の で あ る。 謂 わ ば、 社 会 規 範 は 不 完 全 な 人 間 の 創 出 し た 必 要 悪 で あ る。 こ の 至 極 当 然 な 道 理 の 解 ら な い 手 合 い は、 人 間 と し て 未 熟 な 子 供 か、 さ も な け れ ば、 社 会 の 裏 街 道 を 歩 む ア ウ ト ロ ー で あ ろ う。 社 会 規 範 の 厳 存 は、 自 己 統 制 の 利 か な い 人 間 の 不 十 全 さ を 証 拠 立 て る も の で あ り、 私 達 の 陥 り 易 い 罪、 即 ち 天 翔 け る 傲 岸 不 遜 と い う バ ベ ル の 塔、 に 対 す る 歴 然 た る 頂 門 の 一 針 と し て、 厳 粛 に 受 け 止 め な け れ ば な ら な い。 私 達 の 愚 味 さ と 些 少 の 理 性 を 正 し く 自 己 認 識 し た 上 で、 私 達 よ り も 苛 酷 な 時 代 を 生 き た パ ス カ ル の、 人 間 ・ 社 会 ・ 歴 史 に 対 す る 洞 見 に、 眼 を 移 し て み よ う。 彼 の 発 見 に な る 背 後 の 思
想la peede de derrdeid la tete
即 ち 現 実 の 理 由
la raion des effets
と い う 特 異 な 方 法 に よ っ て、 パ ス カ ル は 十 七 世 紀 フ ラ ン ス 社 会 の 存 立 基 盤 を 分 析 す る。 そ れ で は 先 ず、 パ ス カ ル の 案 出 し た 方 法 論一 背 後 の 思 想 即 ち 現 実 の 理 由一 と は 如 何 な る 方 法 か(一)。 そ の 検 討 を 済 ま し た 後 に、 パ ス カ ル の 人 間 観 口 及 び 歴 史 観 口 の 論 考 に 入 る。 ( 一 ) パ ス カ ル の 方 法 論一 背 後 の 思 想 即 ち 現 実 の 理 由一 ( 1)
Raoson des effets
な る 用 例 を ﹃ パ ン セ﹄ 中 に 探 せ ば、 八 箇 所 に 見 出 さ れ る。 そ の 他 に、 類 似 用 例 と し て、la raison 現 実 の 理 由
密
教
文
化
de det effet
とles raison des effets
が 一 例 ず つ 見 つ か る。 さ て、 以 上
のRaison des effets
の 八 用 洌 の 全 て が、 ﹃ ハ ン 地﹄ 第 一、 第 二 写 本 分 類 断 章 中 の 第 五 綴 り の 表 題 に も な っ て い る。 但 し、 後 掲 の 写 本 コ ピ ー か ら 判 明 す る よ う に、 第 一、 第 二 写 本 の 敦 れ に も 横 線 で 消 さ れ たOpinions du peuple saines の の 筆 跡 が 判 然 と 残 っ て い る と こ ろ か ら 推 す に、 表 題
のRaison des effets
の は 後 か ら の 補 筆 と 考 え ら れ る。 も と も と ﹁ 民 衆 の 健 全 な 意 見 ﹂ と さ れ て い た 表 題 が、 パ ス カ ル 自 身 の 筆 か、 又 は 編 集 に 関 与 し た ﹃ パ ン セ ﹄ 刊 行 委 員 会 の 委 員 に よ り、 ﹁ 現 実 の 理 由 ﹂ と 後 に 加 筆 修 正 さ れ た も の と 推 定 さ れ る。 第 五 綴 り に 収 載 さ れ た 全 二 五 断 章 中、
Opinions du peuple sones
の 見 出 し を 持 つ 断 章 が 僅 々 二 断 章 ( L 九 四一 B 三 一 三、 h 九 五一 B 三 一 六 ) を 数 え る に す ぎ な い の に 対 し て、Rinions du peuple の 見 出 し を 有 す る 断 章 が 八 断 章 ( L 八 九一 B 三 一 五、 L 九 〇 一 B 三 一二 七、 L 九 一 一 B 三 三 六、 L 九 二 一 B 三 三 五、 L 九 三 一 B 三 二 八、 L 九 六一 B 三 二 九、 D 九 七 一 B 三 三 四、 L 一 〇 〇一 B 四 六 七 ) 含 ま れ て い る 事 実 を 踏 ま え れ ば、 蓋 し、 内 容 に 即 し て 表 現 が 書 き 改 め ら れ た の で あ ろ う。 キ リ ス ト 教 護 教 論 と し て の ﹃ パ ン セ ﹄ 第 二 綴 か り ら 第 四 綴 り ま で が、 地 上 に 生 き る 人 間 の 空 虚、 悲 惨、 倦 怠 を 赤 裸 々 に 描 写 し て い る こ と を 想 え ば、 第 五 綴 り が ﹁ 現 実 の 理 由 ﹂ と 改 題 さ れ て、 宇 宙 に ぽ つ ね ん と 置 き 去 り に さ れ た か 弱 き 人 間 の 現 実 の 理 由 を 探 す 章 立 て に な っ て い る の は パ ス カ ル の 意 図 に 沿 っ た も の と 言 え る。 然 も 続 く 第 六 綴 り で は、 現 実 の 理 由 を 問 う 考 え る 葦 3riseu penasnt の 精 神 的 営 為 の ﹁ 偉 大 さGradcer﹂ が 主 題 に な っ て い る。 こ れ を 考 慮 に 入 れ れ ば、 第 五 綴 り の 改 題 は、 誰 の 手 が 介 在 し た の か と い う 詮 索 を 抜 き に し て、 ﹃ パ ン セ ﹄ 全 体 の 脈 絡 に 合 致 し て い よ う。 で は、 ﹁ 現 実 の 理 由 ﹂ と は、 如 何 な る 方 法 論 で あ ろ う か。 筑 五 綴 り ( L 八 〇 一 B 三 一 七 よ り L 一 〇 四一 B 三 二 二 ま で ) 中、
Raison des effts
の 見 出 し を 持 つ 八 断 章 に 着 眼 す る と、
そ の 用 語 理 解 の 手 掛 か り が 得 ら れ る。 例 え ば、 ﹁ 漸 層 法Gradtion ( L 九 〇 一 B 三 三 七 ) L、 ﹁ 背 後 の 思 想une prdse de drrrlere ( L 九 一 一 B 三 三 六 )、 ﹁ 正 か ら 反 へ の 不 断 の 転 換
切Retuisle du pour au cone
( L 九 一一T B 三 二 八 )﹂。 ﹁ 漸 層 法﹂ と は 修 辞 学 用 語 で、 表 現 を 漸 次 重 層 的 に 高 揚 さ せ て ゆ く 手 法 で あ る が、 換 骨 奪 胎 を 得 意 と す る パ ス カ ル に あ っ て は、 独 自 の 意 味 で 使 用 さ れ て い る。 結 論 を 先 取 り す れ ば、 要 す る に ﹁ 漸 層 法 ﹂ と は、 ﹁ 現 実 の 理 由 ﹂ 即 ち、 現 実 の ﹁ 背 後 の 思 想 ﹂ を 見 極 め つ つ、 ﹁ 正 か ら 反 へ の 不 断 の 転 換 ﹂ を 反 復 し な が ら 上 昇 す る 弁 証 法 的 思 惟 構 造 を 指 す。 ( 2) こ の 構 造 に 逸 早 く 着 目 し た パ ス カ ル 研 究 の 先 達 和 田 誠 三 郎 は、 こ の 構 造 を 理 論 理 性 に よ る 逆 転 の 論 理 と 名 付 け た が、 厳 密 に 言 え ば、 弁 証 法 的 理 性 に よ る 逆 転 の 論 理 と 命 名 し 直 し た い。 こ の 逆 転 の 論 理 が 通 用 す る の は 人 間 の 生 活 世 界 で あ る。 私 達 の 日 常 生 活 は 繊 細 の 精 神 の 対 象 と な る 世 界 で、 幾 何 学 的 領 域 と 対 置 さ れ る。 何 故 か と 言 え ば、 二 次 元 の ユ ー ク リ ッ ド 幾 何 学 は 幾 何 学 的 精 神 の 対 象 と な る 世 界 で、 正 ( 公 理・ 定 義 ・ 定 理 ) が 正 (定 理 ) を 導 出 す る 正 因 正 果 を 常 態 と す る の に 反 し て、 三 次 元 の 人 間 界 の 事 象 は 正 が 反 を 産 出 す る 正 因 反 果 を 常 態 と す る か ら で あ る。 人 間 の 生 活 世 界 で は 正 ・ 反 ・ 合 の 動 き が 事 象 の 常 態 と な っ て い る。 生 活 世 界 の 観 察 に 当 た り、 ﹁ 正 か ら 反 へ の 不 断 の 転 換 ﹂ の 必 要 を 洞 察 し た パ ス カ ル は、 弁 証 法 的 思 惟 構 造 の 第 一 発 見 者 た る 栄 誉 を 自 負 す る。 反 面、 生 活 世 界 の ﹁ 現 実 の 理 由 ﹂ に 想 い 到 ら な い モ ン テ ー ニ ュ や エ ピ ク テ ー ト ス に 対 し て は、 パ ス カ ル は 昂 然 と 胸 を 張 り、 そ の 一 面 性 を 批 判 す る。 現 実 の 理 由 ( 3 ) エ ピ ク テ ー ト ス。 ﹁ 頭 が 痛 い の で し ょ う ﹂ と 言 う 人 々。 こ れ は 同 じ で は な い ( 訳 註: ﹁ 頭 が 痛 い の で し ょ う ﹂ と 言 わ れ て、 言 下 に 確 信 を 以 て 否 定 で き る ﹁ 頭 痛 ﹂ と い う 感 覚 的 事 実 と、 ﹁ 頭 や 選 択 の 良 し 悪 し ﹂ と い う 他 人 の 理 性 的 判 断 と は、 同 じ で は な い、 と い う こ と )。 私 達 は 健 康 に つ い て は 確 信 を 持 て る が、 正 義 に つ い て は 確 信 を 持 て な い。 事 実、 彼 の 言 う 正 義 な 現 実 ・学 の 理 由
密 教 文 化 ん て、 く だ ら な い も の で あ っ た。 そ れ に し て も、 彼 は ﹁ 私 達 の 能 力 の 及 ぶ と こ ろ に あ る の か、 否 か、 ﹂ と 語 る こ と に よ っ て、 正 義 を 証 明 し た 心 算 で あ っ た。 け れ ど も、 心 の 規 律 が 私 達 の 能 力 の 及 ば ぬ 問 題 だ と い う こ と に、 彼 は 気 付 か な か っ た。 ま た 彼 は、 キ リ ス ト 教 徒 が 存 在 す る と い う 事 実 か ら、 心 の 規 律 が 私 達 に 可 能 だ、 と 結 論 し た の は、 誤 謬 で あ っ た ﹂ ( L 一 〇 〇 一 B 四 六 七 ) 本 断 章 で 独 断 論 者 の エ ピ ク テ ー ト ス 批 判 と し て、 パ ス カ ル が 取 り 上 げ て い る 問 題 は、 二 つ。 ﹁ 正 義 ﹂ 論 と ﹁ 心 ﹂ の 自 己 統 制、 で あ る。 エ ピ ク テ ー ト ス に 依 れ ば、 ﹁ 正 義 ﹂ の 何 た る か に つ い て の 認 識 は、 私 達 の 能 力 範 囲 内 に あ る の で、 ﹁ 正 義﹂ に つ い て は 確 信 が 持 て る。 ま た ﹁ 心﹂ の 自 己 統 制 は 可 能、 と い う こ と で あ っ た。 そ の 根 拠 と し て、 エ ピ ク テ ー ト ス は 道 信 堅 固 な キ リ ス ト 教 徒 の 存 在 を 指 摘 す る。 だ が、 二 種 の 問 題 の エ ピ ソ ク テ ー ト ス 的 解 決 策 は、 敦 れ も 正 因 正 果 を 生 む 平 面 幾 何 学 的 手 法 に 基 づ く 弥 縫 策 だ と す る パ ス カ ル は、 如 何 な る ﹁ 現 実 の 理 由 ﹂ 即 ち、 ﹁ 背 後 の 思 想 ﹂ を 見 出 し て い る の で あ ろ う か。 ﹁ 心﹂ の 自 己 統 制 の 問 題 に 関 し て は、 本 断 章 中 に そ の 回 答 の 端 緒 が 見 出 せ る。 即 ち、 次 の 言 辞 に 着 目 し た い。 ﹁ 彼 は キ リ ス ト 教 徒 が 存 在 す る と い う 事 実 か ら、 心 の 規 律 が 私 達 に 可 能 だ、 と 結 論 し た の は、 誤 謬 で あ っ た。 ﹂ こ こ で パ ス カ ル が 主 張 し た い こ と は、 道 信 堅 固 な キ リ ス ト 教 徒 の 厳 在 が 理 性 の 鍛 練 に 基 づ く 万 人 の ﹁ 心 ﹂ の 統 制 の 可 能 性 を 証 示 す る こ と に は 必 ず し も な ら な い、 と い う こ と で あ る。 殉 死 す る キ リ ス ト 教 徒 の 存 在 は、 万 人 の 心 の 規 律 を 証 明 す る 必 要 十 分 条 件 に は な ら な い、 と い う こ と で あ る。 パ ス カ ル の 回 答 は こ う で あ ろ う。 人 間 の 三 つ の 認 識 能 力 ( 感 覚・ 理 性・ 信 仰 ) の 内、 信 仰 だ け が 超 自 然 的 事 象 に 開 か れ た 窓 口。 以 上 の 三 種 の 認 識 能 力 を 根 底 か ら 支 え る 第 四 の 認 識 能 力 た る ( 4) 心 に は、 不 断 に 恩 寵 の 光 が 降 り 注 い で い る。 常 住 座 臥 邪 欲。comesasrose に 遮 ら れ て い る 身 に も、 暗 々 た る 黒 雲 か ら
漏 れ 出 つ る 光 の よ う に、 突 如 と し て 恩 寵 の 光 が 心 に 充 ち て、 有 無 を 言 わ さ ず 全 人 格 的 転 換 を 誘 発 す る こ と が あ る。 ﹁ 理 ( 5) 性 と 証 明 ﹂ に よ っ て ﹁ 心 ﹂ の 統 制 が 可 能 と す る の は、 思 い 上 が り も 甚 だ し い。 真 の キ リ ス ト 教 徒 は、 理 性 の 限 界 と 運 用 を 弁 え て い て、 超 自 然 的 な も の に は 謙 虚 に 心 を 開 い て い る の で あ る。 こ れ に 対 し て、 ﹁ 正 義 ﹂ の 問 題 に 関 し て は、 そ の ﹁ 現 実 の 理 由 ﹂ を 言 外 に 明 ら か に す る 回 答 を、 パ ス カ ル は 同 第 五 綴 り 内 の 次 の 断 章 に 書 き 残 し て い る。 び っ こ の 人 間 は 私 達 の 気 に 障 る こ と は な い の に、 び っ こ の 精 神 は 私 達 を い ら い ら さ せ る。 こ れ は ど う し た 訳 で あ ろ う か。 び っ こ の 人 間 は 私 達 が ま っ す ぐ 歩 い て い る こ と を 認 め る が、 び っ こ の 精 神 は、 私 達 の 方 が び っ こ を ひ い て い る と 言 い る と 言 い 張 る か ら で あ る。 そ う で も な け れ ば、 私 達 は 同 情 こ そ す れ、 腹 な ど 立 て は し な い。 ( 6) エ ピ ク テ ー ト ス は、 (訳 註、: 右 記 典 拠 の モ ン テ ー ニ ユ よ り ) も っ と 力 を 込 め て 問 い か け て い る。 ﹁ 私 達 は、 頭 が 痛 い の で し ょ う、 と 言 わ れ て も 怒 ら な い の に、 頭 が 悪 い と か、 選 択 が 悪 い と 言 わ れ る と、 む か む か す る の は 何 故 だ ろ う か。 ﹂ そ の 理 由 は こ う で あ る。 私 達 は、 頭 が 痛 い の で は な い と か、 び っ こ で は な い と い う こ と に つ い て は、 確 固 た る 確 信 を 持 て る け れ ど も、 真 な る も の の 選 択 と い う 段 に な る と、 そ れ ほ ど 確 信 が 持 て な く な る。 要 す る に、 自 分 が 全 視 力 で 真 な る も の を 見 て い る と い う こ と で 初 め て、 私 達 は 確 信 を 持 つ の で あ る か ら、 他 の 誰 か が 全 視 力 で そ れ と 反 対 の こ と を 見 る な ら ば、 私 達 は 確 信 を 失 い、 う ろ た え て し ま う。 ま し て や 幾 千 の 人 々 か ら 私 達 の 選 択 を 鼻 で 冷 笑 さ れ る な ら ば、 尚 更 の こ と で あ る。 な ぜ な ら、 私 達 は 他 の 大 勢 の 人 々 の 判 断 よ り も、 自 分 自 身 の 判 断 を 尊 重 し な け れ ば な ら な い が、 そ れ は 冒 険 で あ り、 困 難 で あ る か ら で あ る。 び っ こ の 人 間 に つ い て は、 そ の よ う な 意 見 の 食 い 違 い は 全 く 存 在 し な い ( L 九 八一 B 八 〇 )。 現 実 の 理 由
密 教 文 化 要 す る に、 私 達 が ﹁ 破 行 ﹂ や ﹁ 頭 痛 ﹂ の 有 無 に 確 信 が 持 て る の は、 そ れ が 自 分 自 身 の 感 覚 的 確 実 性 に 立 脚 し て い る か ら で あ る。 そ れ に 反 し て、 自 分 が 真 な る も の を 選 択 し て い る の か、 否 か に つ い て は、 私 達 は 十 全 に 確 信 が 持 て な い。 そ う い う 訳 で、 ﹁ 頭 が 悪 い ﹂ と か、 ﹁ 選 択 が 悪 い ﹂ と 言 わ れ る と、 触 れ ら れ た く な い 弱 点 を 突 か れ た 思 い が し て、 私 達 は 腹 立 た し い 思 い に 駆 ら れ る の で あ る。 こ と ほ ど 左 様 に、 ﹁ 正 義 ﹂ に 関 し て も、 私 達 は 確 信 が 持 て な い。 な ぜ な ら、 そ れ は 私 達 の 理 性 の 脆 弱 さ に 起 因 す る か ら だ、 と パ ス カ ル は、 本 断 章 の 言 外 に、 事 柄 の 隠 れ た 理 由 を 喝 破 す る。 独 断 論 者 の エ ピ ク テ ー ト ス の 浅 知 恵 を 指 弾 し た 後 で、 パ ス カ ル は 返 す 力 で、 懐 疑 論 者 モ ン テ ー ニ ュ の 杓 子 定 規 な 理 念 一 筋 の 正 因 正 果 的 発 想 も 批 判 す る。 現 実 の 理 由。 お や ま あ、 こ れ は 驚 い た。 錦 欄 の 衣 服 を 身 に 着 け、 供 回 り を 七、 八 人 引 き 連 れ た 人 間 に、 私 が 敬 意 を 払 っ て は い け な い と い う の か。 ど う し ろ と 言 う の だ。 若 し 私 が そ の 人 に 敬 礼 し な け れ ば、 彼 は 革 紐 で 私 を 打 つ だ ろ う。 こ の 衣 服 は、 一 つ の 力 な の だ。 立 派 な 馬 具 を 着 け た 馬 と そ う で な い 馬 と の 関 係 と、 謂 わ ば 同 じ こ と な の だ。 モ ン テ ー ニ ュ は、 そ こ に ど ん な 差 異 が あ る の か 見 よ う と せ ず、 私 達 が そ こ に 差 異 を 見 る の を 不 思 議 が っ て、 そ の 理 由 を 尋 ね て い る が、 そ れ は 滑 稽 で あ る。 彼 の 言 い 分 は、 ﹁ 一 体 全 体 ど う い う 訳 で、 云 々 ⋮⋮し か じ か と な る の で あ ろ う か ﹂ ( L 八 九 一 B 三 一 五 )。 ( 7) 本 断 章 で モ ン テ ー ニ ュ が 提 起 し て い る 疑 問 は、 文 末 の 省 略 に 凝 縮 さ れ て い る。 後 註 の ﹃ 随 想 録 ﹄ 第 一 章 二 節 を 参 考 に、 省 略 文 を 起 こ せ ば、 次 の よ う に な ろ う。 ﹁ 一 体 ど う い う 訳 で、 人 間 は、 非 本 質 的 な 外 観 で 他 人 を 評 価 す る の で あ ろ う か。 人 間 は 他 人 の 評 価 に 際 し て、 何 故、 本 質 的 な 人 徳 を 基 準 に 設 定 し な い の で あ ろ う か。 ﹂
モ ン テ ー ニ ュ の 現 状 批 判 に 対 す る パ ス カ ル の 反 批 判 を、 本 断 章 に 記 さ れ た 表 層 的 な 理 由 で 額 面 通 り に 受 容 す れ ば、 パ ス カ ル こ そ 体 制 迎 合 の 日 和 見 主 義 者 と、 モ ン テ ー ニ ュ の 格 好 の 椰 愉 の 対 象 と さ れ て し ま う。 パ ス カ ル は モ ン テ ー ニ ュ の 理 念 的 意 図 を 十 分 承 知 の 上 で、 こ の よ う な 反 批 判 を 加 え て い る の は、 疑 問 の 余 地 が な い。 弁 証 法 的 思 惟 構 造 の 持 主 の パ ス カ ル が 示 唆 す る ﹁ 背 後 の 思 想 ﹂、 即 ち ﹁ 現 実 の 理 由 ﹂ は、 他 の 断 章 と の 有 機 的 連 関 の 中 で 探 ら ね ば な ら な い。 そ れ は 何 か。 ﹁ 現 実 の 理 由﹂ を 探 る 前 に、 右 掲 の 断 章 と 同 一 趣 旨 で 執 筆 さ れ た 次 の 断 章 に 留 意 し て お き た い。 民 衆 の 健 全 な 意 見。 満 艦 飾 に 着 飾 る の は、 そ れ ほ ど 無 駄 な こ と で は な い。 な ぜ な ら、 そ れ は、 自 分 一 人 の 為 に 大 勢 の 人 々 が 働 い て い い る こ と を 誇 示 す る こ と に な る か ら で あ る。 そ の 髪 か た ち に よ っ て 召 使 い や 香 水 造 り 等 を 抱 え て い る こ と を 示 し、 そ の 胸 飾 り、 金 糸 銀 糸、 飾 り 布 な ど に よ っ て ⋮⋮。 と こ ろ で、 人 手 を 多 く 持 っ て い る こ と は、 単 な る 見 せ か け や、 単 な る 金 ピ カ の こ け お ど し で は な い。 人 手 を 多 く 持 て ば 持 つ ほ ど、 そ れ だ け そ の 人 は 顕 然 た る 勢 力 を 有 す る の で あ る。 満 艦 飾 に 着 飾 る の は、 自 分 の 力 を 誇 示 す る こ と で あ る ( L 九 五 一 B 三 一 六 )。 当 該 の 断 章 の 見 出 し に は、 ﹁ 民 衆 の 健 全 な 意 見 ﹂ と 銘 打 た れ て い る と こ ろ か ら 判 る よ う に、 パ ス カ ル は 民 衆 の 意 見 に 完 全 に 同 調 し て い る。 但 し、 両 者 は 結 果 的 に 同 一 意 見 を 堅 持 し て は い る も の の、 そ の 論 拠 は 全 く 異 な る。 民 衆 は ﹁ 自 然 的 な 無 知l'ignorance nensdrlle﹂ の 状 態 に 置 か れ て い る の が 幸 い し て、 物 事 を 正 し く 判 断 し て い る。 そ れ に 反 し て 全 て を 知 り 尽 そ う と し た 後 に 何 も 解 っ て は い な い と い う ﹁ 有 知 の 無 知l'ignorance nensdrlle﹂ に 原 点 復 帰 し た パ ス カ ル は、 ﹁ 背 後 の 思 想 ﹂ を 民 衆 に は 秘 匿 し た ま ま、 ﹁ 民 衆 の 健 全 な 意 見 ﹂ に 与 し て い る の で あ る。 前 掲 両 断 章 の 行 間 に 隠 匿 さ 現 実 の 理 由
密 教 文 化 れ た パ ス カ ル の ﹁ 北 目 後 の 思 想﹂ を 発 見 す る 為 に、 別 の ﹁ 民 衆 の 健 全 な 意 見﹂ の 中 味 を 検 討 してみよう。 民 衆 の 健 全 な 意 見 取 大 の 災 厄 は 内 乱 で あ る。 若 し 人 が 論 功 行 賞 を し て や ろ う と 思 い 立 て ば、 内 乱 は 避 け ら れ な い。 な ぜ な ら、誰も 彼 も 自 分 こ そ そ れ に 値 い す る と 言 い 募 る で あ ろ う か ら。 家 柄 の 権 利 に よ っ て 相 続 す る 愚 か 者 か ら 生じる呉れのある 災 厄 は、 そ れ ほ ど 大 き く も な け れ ば、 そ れ ほ ど 必 至 で も な い ( L 九 四一 B 三 一 三 )。 民 衆 が 健 全 な 意 見 を 有 し て い る と い う の は、 自 然 的 無 知 の 状 態 に 留 ま っ て い る が 故 に、 内 乱 は 最 大 の 人 災 で あ 登 ﹂ と、 世 襲 制 の 国 王 や 貴 族 は や ん ご と な き 生 ま れ で あ る か ら 臣 従 し な け れ ば い け な い こ と、 供 回 り を 従 え た 身 な り の 立 派 な 人 達 に は 敬 立. 心を 払 わ な け れ ば い け な い こ と、 を 知 っ て い る か ら で あ る。 万 一 モ ン テ ー ニ ユ の 主 張 す る よ う に、 人 徳 の み を 基 準 に 対 人 関 係 を 形 成 す れ ば、 私 達 は パ ン チ の 一 つ や 二 つ で は 済 ま ず、 命 の 危 険 も 覚 悟 し な け れ ば な ら な い。 こ の 手 の 理 念 型 の 人 間 の 数 が 増 せ ば、 体 制 難 派 は、 公 安 を 乱 す 反 社 会 分 子 と し て、 彼 等 の 弾 圧 に 乗 り 出 す、 両 陣 営 の 勢 力 が 拮 抗 す れ ば、 内 乱 と い う 最 悪 の 事 態 も 突 発 し か ね な い。 平 和 と 安 寧 秩 序 を 維 持 す る 為 に は、 た と え 暗 君 に よ る 苛 敏 謙 求 の 悪 政 の 危 険 が あ ろ う と も、 世 襲 の 国 王 や 貴 族 の 統 治 す る 社 会 秩 序 を 容 認 し な け れ ば な ら な い。 内 乱 に 比 べ れ ば、 悪 政 の 方 が ま だ ま し な の で あ る。 現 体 制 を 武 力 で 急 激 に 変 革 す る の で は な く、 体 制 内 で 段 階 的 改 革 を 図 る の が、 内 乱 を 回 避 す る 現 実 的 知 恵 で あ り、 歴 史 に 顕 現 す る 神 の 意 志 で あ る。 以 上 が、 パ ス カ ル の 洞 見 し た ﹁ 背 後 の 思 想 ﹂、 即 ち﹁ 現 実 の 理 由﹂ で あ ろ う。 奇 し く も 民 衆 の ﹁ 自 然 的 無 知 ﹂ と パ ス カ ル の ﹁ 有 知 の 無 知 ﹂ が 結 び 付 い た の で あ る。 次 項 で は、﹁ 背 後 の 思 想﹂ を 探 り な が ら、 パ ス カ ル の 人 間 観 と 歴 史 観 を 考 究 し て み よ う。
( 二 ) パ ス カ ル の 人 間 観一 五 種 類 の 人 間 分 類 と 理 想 的 人 間 像 一 ﹁ 民 衆 は 極 め て 健 全 な 意 見 を 持 っ て い る﹂ ( L 一 〇 一一 B 一三 西 )、 と 広 範 な 民 衆 に 同 調 す る パ ス カ ル は、 彼 独 自 の 人 間 分 類 を 行 い な が ら、 世 間 の 営 み の 実 相 を 解 き 明 か す。 世 間 の 人 々 は も の ご と を 正 し く 判 断 す る。 な ぜ な ら、 彼 等 は 人 間 の 真 の 場 所 で あ る 自 然 的 な 無 知 の 内 に い る か ら で あ る。 知 識 に は 二 つ の 極 が あ り、 そ れ ら は 互 い に 触 れ 合 っ て い る。 一 方 の 極 は、 弧 弧 の 声 を 挙 げ た 人 間 が 置 か れ て い る 全 く の 自 然 的 な 無 知 で あ る。 他 方 の 極 は、 人 間 の 知 り 得 る 限 り を 究 め 尽 し た 後、 自 分 が 何 も 知 ら な い と い う こ と を 自 覚 し、 初 め の 出 発 点 た る あ の 同 じ 無 知 に 戻 っ て く る 偉 大 な 魂 が 終 極 的 に 到 達 す る 無 知 で あ る。 然 し こ れ は 自 己 を 知 る 有 知 の 無 知 で あ る。 両 者 の 中 間 に あ っ て、 自 然 的 な 無 知 か ら 脱 却 し た も の の、 も う 一 方 の 無 知 に ま で は 到 達 し 得 て い な い 人 々 が、 こ ち ょ こ ち ょ と 知 識 を 生 噛 り し て は、 何 か に つ け 知 っ た か ぶ り を す る。 こ う い う 手 合 い が 世 間 を 惑 わ し、 万 事 に 誤 っ た 判 断 を 下 す 民 衆 と 知 識 人 が 世 間 の 営 み を 構 成 し て い る。 両 者 の 中 間 に あ っ て 宙 ぶ ら り ん の 知 識 人 は、 こ の 営 み を 蔑 み、 そ し て 蔑 ま れ る。 彼 等 は 万 事 に 誤 っ た 判 断 を 下 す。 そ の 点、 世 間 の 人 々 の 方 が も の ご と を 正 し く 判 断 す る ( L 八 三 一 B 三 二 七 )。 右 記 断 章 に は、 パ ス カ ル の 人 間 観 と、 歴 史 観 の 一 端 が 覗 い て い る。 世 間 に は 三 種 類 の 人 間 が い る、 と 言 う。 ﹁ 民 衆le peuple﹂ と ﹁ 知 識 人les habiles﹂ の 他 に、 ﹁ 両 者 の 中 間 に 在 る
人。exux d'entred deux﹂、
換 言 す れ ば、 ﹁ 半 可 通 の 知 識 人 les demi-habiles﹂ ( L 九 〇 一 B 三 一二 七 )。 日 常 の 習 慣 の 産 湯 に 浸 っ た ま ま 眼 の 鱗 の と れ な い ﹁ 民 衆 ﹂ に 対 し て、 社 会 の 全 般 に 批 判 的 な 眼 を 向 け 続 け る ﹁ 知 識 人 ﹂ は、 理 性 の 行 使 と い う 側 面 に 於 い て は、 そ の 対 極 に 居 な が ら も、 社 会 的 諸 事 現 実 の ・理 由
密 教 文 化 象 に 対 す る 判 断 と い う 側 面 に 於 い て は、 同 極 に 居 る。 謂 わ ば、 両 者 は、 ﹁ 自 然 的 無 知 ﹂ と ﹁ 有 知 の 無 知 ﹂ の 違 い こ そ あ れ、 人 間 の 最 大 の 邪 欲 で あ る ﹁ 傲 りorgueil ﹂ の 罪 を 免 れ た 在 る べ き 場 所 に ス タ ン ス を 占 め て い る、 と い う の で あ る。 こ の 両 者 が 世 間 の 正 常 な 営 み を 構 成 し て い る。 両 者 の 中 間 に 在 っ て、 二 つ の 無 知 の 間 に 拡 が る 沙 々 た る 無 明 の ﹁ 傲 り ﹂ の 宇 宙 空 間 を 遊 泳 す る の が、 ﹁ 半 可 通 の 知 識 人 ﹂。 彼 等 は、 中 途 半 端 な 知 識 を ふ り か ざ し て は 兎 角 世 間 の 脚 光 を 浴 び た が る。 こ の 連 中 が、 万 事 に 誤 っ た 判 断 を 下 し て は 平 地 に 波 乱 を 起 こ す、 と 言 う。 パ ス カ ル の 人 間 分 類 は、 以 上 の 三 種 類 の 人 間 に 尽 き る の で あ ろ う か。 否。 他 に、 ﹁ こ ち こ ち の 信 仰 者 1e の 象 く。 t。。 ﹂ と ﹁ 完 全 な キ リ ス ト 教
徒les chiws oarfauits﹂
の 存 在 が 挙 げ ら れ る。 パ ス カ ル は、 以 上 の 五 種 類 の 人 間 が 有 す る 意 見 の 相 違 を 確 認 す る と 共 に、 各 所 属 階 層 を 反 映 す る 意 見 に 漸 層 的 発 展 が あ る こ と に 気 付 く。 視 野 の 拡 大 に 伴 う 意 見 の 発 展 的 前 進 に、 正 因 反 果 を 生 む 螺 旋 状 の 弁 証 法 的 動 き を パ ス カ ル は 認 め る。 パ ス カ ル の 本 領 が 遺 憾 無 く 発 揮 さ れ た 弁 証 法 的 反 転 の 論 理 を、 私 達 は 次 の ﹁ 漸 層 法Gradeaion﹂ の 断 章 に 確 認 す る こ と が で き る。 当 該 断 章 に は、 パ ス カ ル の 五 種 類 の 人 間 分 類 が 十 全 に 表 明 さ れ て お り、 パ ス カ ル 自 身 の 理 想 的 人 間 像 が 透 け て 見 え る。 現 実 の 理 由。 漸 層 法。一 ﹁ 民 衆 ﹂ は 血 筋 の 良 い 人 達 に 敬 意 を 払 う。 ﹁ 半 可 通 の 知 識 人 ﹂ は、 血 筋 は そ の 人 自 身 の 優 秀 さ で は な く 偶 然 が 幸 い し た に す ぎ な い、 と 言 っ て、 血 筋 の 良 い 人 達 を 侮 る。 ﹁ 知 識 人 ﹂ は、 民 衆 と 同 じ 考 え か ら で は な く、 背 後 の 思 想 に よ っ て、 そ の 人 達 に 敬 意 を 払 う。 知 識 よ り も 熱 心 さ の 方 が 強 い ﹁ こ ち ん こ ち ん の 信 仰 者 ﹂ は、 知 識 人 が そ の 人 達 に 敬 意 を 払 う 理 由 を 知 っ て い な が ら、 そ の 人 達 を 侮 る。 そ れ と い う の も、 信 仰 心 に よ っ て 与 え ら れ た 新 し い 光 で、 彼 等 は 判 断 す る か ら で あ る。 と こ ろ が ﹁ 完 全 な キ リ ス ト 教 徒 ﹂ は、 他 の 一 層 優 れ た 光 に よ っ て、 そ の 人 達 に
敬 意 を 払 う。 こ の よ う に、 人 が 光 を 持 つ に 連 れ て、 そ の 意 見 は 正 か ら 反 へ と 漸 進 す る ( L 九 〇一 B 三 三 七 )。 強 調 の 鉤 括 弧 は 筆 者。 前 掲 断 章 か ら 判 る よ う に、 パ ス カ ル が 平 和 の 擁 護 者 と し て 是 認 す る 人 達 は、 ﹁ 民 衆 ﹂ と ﹁ 知 識 人 ﹂ の 他 に は、 ﹁ 完 全 な キ リ ス ト 教 徒 ﹂ で あ る。 ﹁ 民 衆 ﹂ と ﹁ 知 識 人 ﹂ を 比 較 す る と、 両 者 は 理 性 の 運 用 面 で は 顕 著 な 隔 た り が 認 め ら れ る も の の、 理 性 の 限 界 で は 意 見 の 一 致 を 見 て い る。 謂 わ ば、 ﹁ 民 衆 ﹂ と ﹁ 知 識 人 ﹂ は、 非 ユ ー ク リ ッ ド 幾 何 学 の 平 行 線 で あ る。 相 隔 た る こ の 二 本 の 平 行 線 は、 理 性 の 限 界 と い う 永 遠 の 彼 方 で 交 差 す る の で あ る。 両 者 共、 も の ご と を 正 し く 判 断 す る 平 和 の 使 徒 で あ る。 そ れ に 対 し て、 両 者 の 中 間 に 不 安 定 に 揺 れ 動 く ﹁ 半 可 通 の 知 識 人 ﹂ ( モ ン テ ー ニ ュ を 含 む ) や、 信 仰 の 光 を 受 け な が ら も 信 仰 の 奥 儀 や 信 仰 の 調 和 あ る 関 係 を 理 解 で き て い な い ﹁ 頑 な な 信 仰 者 ﹂ ( ユ グ ノ ー、 ゴ イ セ ン、 プ レ ス ビ テ リ ア ン、 と 各 国 で 呼 称 さ れ た 新 教 徒 ) が、 現 状 に 誤 判 断 を 下 し、 謬 見 を 抱 き、 神 の 取 り 仕 切 る 人 の 世 の 安 寧 秩 序 を 乱 す。 そ う 考 え る パ ス カ ル は、 自 分 を 如 何 な る 種 類 の 人 間 と 見 看 し て い た の で あ ろ う か。 と い う よ り も 如 何 な る 人 間 に な る こ と を 努 力 目 標 に 設 定 し て い た の で あ ろ う か。 先 ず、 事 実 確 認 か ら 始 め よ う。 パ ス カ ル は 敬 度 な キ リ ス ト 教 徒 で あ っ た。 彼 の 遺 稿 集 と 彼 を 語 る 伝 記 は 一 様 に、 彼 が 敬 度 な キ リ ス ト 教 徒 た ら ん と 世 俗 に 身 を 置 き な が ら 世 俗 を 拒 否 す る 生 涯 を 貫 い た こ と を 証 言 す る。 パ ス カ ル の 信 仰 生 活 に 疑 惑 を 抱 く 者 は い な い は ず で あ る。 然 し な が ら、 彼 は 眼 の
欲concusedce des yeux
の 代 表 格 た る 学 問 研 究 を ( 8) 終 生 放 棄 し な か っ た の も、 厳 然 た る 事 実 で あ る。 実 証 的 パ ス カ ル 研 究 の 第 一 人 者 J ・ メ ナ ー ル も 指 摘 す る 以 上 の 事 実 は、 何 を 物 語 る の で あ ろ う か。 メ ナ ー ル の 疑 問 に 答 え る こ と は、 さ し て 難 し く は な い。 伝 統 重 視、 自 然 の 腐 敗 の 強 調 を 二 大 特 色 と す る ジ ャ ン セ ニ ス ム 神 学 の 遵 奉 者 の 一 人 と し て、 パ ス カ ル は、 サ ン ・ シ ラ ン 同 様、 信 仰 と 理 性 の 調 和 の 現 実 の 理 由
密 教 文 化 (9) と れ た 信 仰 生 活 を 送 っ た の で あ る。 詰 ま り、 パ ス カ ル は 完 全 な キ リ ス ト 教 徒 を 目 指 す 知 識 人 た ろ う と し て い た の で あ る。 因 み に、 パ ス カ ル の 是 認 す る ﹁ 民 衆 ﹂、 ﹁ 知 識 人 ﹂、 ﹁ 完 全 な キ リ ス ト 教 徒 ﹂ は、 固 有 の 対 象 領 域 を 持 つ 三 種 の 認 識 能 力、 即 ち 感 性 的 認 識 能 力 ・ 理 性 的 認 識 能 力 ・ 信 仰 の 認 識 能 力 に 対 応 す る、 と 言 え る。 三 種 の 認 識 能 力 は 相 互 に 非 連 続 で、 点 と 線 と 面 の 関 係 に あ る け れ ど も、 そ れ ぞ れ の 対 象 領 域 (事 実 問 題・ 自 然 的 な 事 柄・ 超 自 然 的 な 事 柄 ) に 於 け る 三 ( 10) 種 の 認 識 能 力 の 相 互 協 力 体 制 の 厳 存 を 主 張 す る パ ス カ ル の 複 眼 的 対 象 認 識 論 の 視 点 か ら も、 パ ス カ ル の 自 己 設 定 目 標 は、 完 全 な キ リ ス ト 教 徒 を 目 指 す 知 識 人 と 言 え よ う。 ( 三 ) パ ス カ ル の 歴 史 観一 完 全 な キ リ ス ト 教 徒 と 歴 史 形 成 一 前 項 で 解 明 さ れ た よ う に、 パ ス カ ル の 理 想 的 人 間 像 は、 完 全 な キ リ ス ト 教 徒 を 目 指 す 知 識 人 に 照 準 が 定 め ら れ て い た。 よ り 優 れ た 神 の 光 に よ っ て、 奇 し く も ﹁ 民 衆 ﹂ の 意 見 と 軌 を 一 に す る ﹁ 完 全 な キ リ ス ト 教 徒 ﹂ と は、 如 何 な る 種 類 の 人 で あ ろ う か。 ま た、 ﹁ 完 全 な キ リ ス ト 教 徒 ﹂ に 止 揚 さ れ る べ き 宿 命 の、 信 仰 の 光 不 十 分 な ﹁ 知 識 よ り も 熱 心 さ の 方 が 強 い こ ち ん こ ち ん の 信 仰
者les de zele que science﹂
と は、 如 何 な る 種 類 の 人 で あ ろ う か。 以 上 の 疑 問 点 に 答 え る 好 固 の 資 料 と し て、 ル ア ネ 嬢 宛 の パ ス カ ル の 私 信 (第 四 信 ) を 私 達 は 提 示 す る こ と が で き る。 当 該 の 書 簡 は、 パ ス カ ル の 姪 の マ ル グ リ ッ ト の 身 の 上 に 起 き た 教 会 公 認 の 聖 荊 の 奇 跡 ( 一 六 五 六 年 三 月 二 十 四 日 ) に 関 ( 11) 心 を 抱 い た ル ア ネ 嬢 に 対 し て、 隠 れ た る 神 の 秘 義 に つ い て 伝 え る 信 書 で、 そ の 内 容 は 概 ね、 左 の 通 り で あ る。 奇 跡 と い う 形 で 神 が 稀 に 自 然 の 秘 奥 か ら 出 て く る の は、 私 達 の 信 仰 心 を 高 め る 為 で あ る。 奇 跡 は 頻 繁 に 生 じ る も の で も な け れ ば、 全 く 発 生 し な い も の で も な い。 奇 跡 が た び た び 生 じ る よ う で は、 信 仰 は 無 価 値 に な る。 反 対 に 奇 跡 が
決 し て 起 こ ら な い よ う で は、 信 仰 は 廃 れ て 了 う。 隠 れ た る 神 は、 神 に 仕 え る 人 達 の 前 に、 稀 に 自 ら を 隠 す 帳 を 挙 げ て 現 れ る。 隠 れ た る 神 は 曽 て、 人 類 救 済 の 為 に、 最 大 の 奇 跡 を 起 こ し た。 即 ち、 自 然 の 帳 の 下 に 隠 れ て い た 神 は、 人 間 の 姿 で 現 れ ( 御 托 身 )、 降 臨 の 日 ま で 聖 体 の 中 に 留 ま る こ と を 選 ん だ。 聖 ヨ ハ ネ が ﹃ 黙 示 録﹄ の 中 で、 ﹁ 隠 さ れ て い る マ ナ ﹂ ( 2・ 17 ) と 呼 ぶ の は こ の 聖 体 の 秘 跡 の こ と で あ り、 ﹁ ま こ と に、 あ な た は 御 自 身 を 隠 し て お ら れ る 神 で あ る ﹂ (﹃ イ ザ ヤ 書﹄ 45 ・ 15 ) と 言 っ た イ ザ ヤ は、 聖 体 中 に 神 を 見 て い た の で あ る。 こ の 最 大 の 奇 跡 は 神 の 明 確 な 発 現 の 段 階 で あ る に も 拘 ら ず、 え て し て 人 間 の 認 識 は 逆 行 す る。 そ れ 故、 不 信 の 徒 は、 自 然 の 内 に 留 ま り、 自 然 の 創 造 主 に 想 い 到 ら な い。 ユ ダ ヤ 人 は、 旧 約 聖 書 の 字 義 的 解 釈 に 留 ま り、 イ エ ス ・ キ リ ス ト を 人 間 と し か 見 倣 さ な い。 他 方、 イ エ ス ・ キ リ ス ト が 神 人 で あ る こ と を 知 る 新 教 徒 と い え ど も、 パ ン と 葡 萄 酒 の 外 観 を 見 な が ら そ れ ら の 形 色 の 下 に 在 す 神 を 知 ら な い。 そ こ に ま で 神 の 光 が 届 い て い る の は、 私 達 カ ト リ ッ ク 教 徒 の み で あ る。 本 私 信 よ り 判 明 す る の は、 パ ス カ ル は、 パ ン と 葡 萄 酒 を 神 の 十 字 架 と 栄 光 の 記 念 と の み 見 る 象 徴 説 を 積 斥 す る と 共 に、 カ ト リ ッ ク 教 徒 を 自 認 し て い る、 と い う 事 実 で あ る。 隠 れ た る 神 の 顕 現 の 秘 義 は、 地 上 に 四 種 類 の 人 間 を 出 現 さ せ た。 即 ち、 自 然 の 内 に 留 ま り、 自 然 の 創 造 主 に 想 い 到 ら な い 不 信 の 徒。 旧 約 聖 書 の 字 義 的 解 釈 に 留 ま り、 イ エ ス ・ キ リ ス ト を 人 間 と し か 見 徹 さ な い ユ ダ ヤ 人。 イ エ ス ・ キ リ ス ト が 神 人 で あ る こ と を 知 り な が ら も、 パ ン と 葡 萄 酒 の 形 色 の 下 に 在 す 神 を 知 ら な い 新 教 徒。 自 然 の 下 に 隠 れ て い た 神 が、 人 間 の 姿 で 現 れ (御 托 身 )、 降 臨 の 日 ま で 聖 体 の 中 に 留 ま る こ と を 選 ん だ 聖 体 の 秘 跡、 を 知 る カ ト リ ッ ク 教 徒。 人 は よ り 優 れ た 信 仰 の 光 を 受 け る に 連 れ て、 隠 れ た る 神 の 顕 現 の 秘 義 (自 然 の 帳 を 揚 げ て 姿 を 見 せ た 神 が、 御 托 身 を 経 て、 聖 体 の 秘 蹟 を 起 こ す ま で ) に 関 す る 認 識 が、 山 よ り も 高 く 海 よ り も 深 く な る、 と 語 る パ ス カ ル の 考 え を 下 敷 き に す れ ば、 ﹁ 漸 層 法 ﹂ の 断 章 に 登 場 す る ﹁ 完 全 な キ リ ス ト 教 徒 ﹂ と は 現 実 の 理 由
密 教 文 化 カ ト リ ッ ク 教 徒 の 謂 で、 そ こ に ま で 到 達 し て い な い ﹁ 知 識 よ り も 熱 心 さ の 方 が 強 い こ ち ん こ ち ん の 信 仰 者 ﹂ と は 新 教 徒 の こ と で あ ろ う。 信 仰 の 光 薄 き 新 教 徒 は 狂 信 の 余 り、 社 会 の 混 乱 と 無 秩 序 を も 辞 さ な い 異 端 の 不 逞 の 輩、 と パ ス カ ル は 見 て い る の で あ る。 同 時 代 人 の 英 国 の 新 教 徒 ク ロ ム ウ ェ ル ( 一 五 九 九一 一 六 五 八 年 ) が 推 進 す る 電 撃 的 な ピ ユ ー リ タ ン 革 命 の 膨 溝 た る 波 に、 パ ス カ ル が 全 キ リ ス ト 教 国 壊 滅 の 危 惧 を 抱 い て い た こ と が、 次 の 断 章 か ら 明 白 に 知 ら れ る。 ク ロ ム ウ ェ ル は 全 キ リ ス ト 教 国 を 荒 ら し 回 ろ う と し て い た。 王 家 は 失 墜 し、 彼 の 家 系 は 永 久 に 安 泰 で あ る か に 見 え た、 小 さ な 一 粒 の 砂 が 彼 の 尿 道 に ひ っ か か る こ と さ え な か っ た な ら ば、 ロ ー マ で さ え も 彼 の 飛 ぶ 鳥 を 落 と す 権 勢 に 縮 み 上 が る か に 見 え た。 け れ ど も、 そ の 小 さ な 結 石 が で き た ば か り に、 彼 は 死 ん だ。 彼 の 一 家 は 没 落 し、 全 て が 平 和 に な り、 国 王 は 位 に 復 し た ( L 七 五 〇一 B 一 七 六 )。 ク ロ ム ウ ェ ル の 病 死 (実 際 は、 尿 道 結 石 で は な く、 熱 病 に よ る 死 亡 ) に 伴 い、 英 国 で は、 一 六 六 〇 年 に チ ャ ー ル ズ 二 世 が 復 位 す る と、 王 政 復 古 に 基 づ く 英 国 の 社 会 秩 序 の 回 復 に、 パ ス カ ル は 同 慶 の 意 を 表 し て い る。 と す れ ば、 現 状 維 持、 現 体 制 擁 護 の 姿 勢 を 表 明 す る パ ス カ ル の 歴 史 観 は、 ど の よ う な も の か。 一 言 で 言 え ば、 パ ス カ ル の 歴 史 観 は、 キ リ ス ト 教 救 済 史 観 で あ る。 イ エ ス ・ キ リ ス ト 御 托 身 以 前 の 歴 史 は、 旧 約 聖 書 に 記 載 さ れ た 預 言 成 就 の 歴 史 で あ り、 イ エ ス ・ キ リ ス ト 以 後 の 歴 史 は、 新 約 聖 書 に 記 載 さ れ た 神 の 国 実 現 の 為 の 目 的 論 的 歴 史、 即 ち 終 末 論 的 救 済 史 で あ る。 人 類 史 は 善 悪 二 元 の 拮 抗 関 係 を 保 持 し な が ら 歴 史 の 終 末 へ 向 か う。 過 度 の 緊 張 関 係 の 中 で、 悪 が 善 に 地 上 的 勝 利 を 納 め る か に 見 え る そ の 殺 那 に、 イ エ ス ・ キ リ ス ト が 再 臨 し て、 超 自 然 的 仕 方 で 善 が 最 終 的 凱 歌 を 奏 す る。 信 仰 の 立 場 か ら イ エ ス ・ キ リ ス ト 初 臨 以 前 の 歴 史 を 回 顧 す る パ ス カ ル は、 神 の 計 画 が 着 実 に 実 現 さ れ て ゆ く 歴 史 過 程 に 惑 溺 体 験 を 証 言 し て い る。
信 仰 の 眼 で ヘ ロ デ や カ エ サ ル の 歴 史 を 見 る の は、 素 晴 ら し い こ と で あ る ( L 五 〇 〇 一 B 七 〇 〇 )。 ダ リ ウ ス と ク ロ ス、 ア レ キ サ ン ダ ー、 ロ ー マ 人、 ポ ン ペ イ ウ ス と ヘ ロ デ、 彼 等 が 福 音 の 栄 光 の 為 に、 自 ら そ れ と 自 覚 せ ず に 行 動 し て い る さ ま を、 信 仰 の 眼 で 見 る こ と は、 何 と 素 晴 ら し い こ と で あ ろ う か ( L 三 一 七 l B 七 〇 一 )。、 イ エ ス ・ キ リ ス ト 御 托 身 後、 十 六 世 紀 の 時 の 流 れ を 経 て 誕 生 し た パ ス カ ル は、 カ ト リ ッ ク を 国 教 と す る キ リ ス ト 教 国 フ ラ ン ス の 社 会 秩 序 を 護 持 し つ つ、 慈 善 事 業 へ の 社 会 的 献 身 等 を 通 し て、 体 制 内 の 穏 健 な 改 革 ・ 改 善 に 挺 身 し た の で あ る。 詰 ま り、 パ ス カ ル は、 ブ ル ボ ン 絶 対 君 主 親 政 の 体 制 下 に 生 を 享 け な が ら も、 カ ト リ ッ ク を 霊 的 基 盤 に 据 え る 体 制 に 見 え ざ る 神 の 意 志 の 投 影 を 確 信 し、 愛 の 交 わ り に よ る 神 の 国 実 現 に 向 け て 但 制 内 改 革 派 に 留 ま っ た の で あ る。 引 用 略 号 本 稿 で は、 ﹃ パ ン セ ﹄ か ら の 引 用 は、 右 記 の ラ フ ユ マ 編 ﹃ パ ン セ﹄ (通 称 ラ フ ユ マ 第 2 型、 略 号 L ) に 依 拠 す る。 略 号 の 次 の 漢 数 字 は ﹃ パ ン セ﹄ の 断 章 番 号 を 示 す。 例 L 九 八一 八 〇 註 ( 1) ( 2 ) 和 田 誠 三 郎 ﹃ パ ス カ ル ﹁ パ ン セ ﹂ 研 究 序 説 ﹄ 青 山 社、 昭 和 60 年、 80 頁。 ( 3 ) L 一 〇 〇一 B 四 六 七 断 章 の 当 該 箇 所 を 十 全 に 理 解 す る に は、 L 九 八 l B 八 〇 断 章 の 延 長 線 上 で 本 断 章 を 読 ま な け れ ば な ら な い。 エ ピ ク テ ー ト ス は、 も っ と 力 を 込 め て 問 い か け て い る。 ﹁ 私 達 は、 頭 が 痛 い の で し ょ う、 と 言 わ れ て も 怒 ら な い の に、 頭 が 悪 い と か、 選 択 が 悪 い と 言 わ れ る と、 む か む か す る の は 何 故 だ ろ う か ﹂ ( L 九 八 一 B 八 〇 )。 前 掲 文 の 典 拠
は、Foeic us : The
Drepo-現
実
の
理
密 教 文 化 ( 4 ) 第 四 の 認 識 能 力 た る 心 の 機 能 に つ い て は、 拙 稿 ﹁ パ ス カ ル の < 心 > ﹂ ( 聖 隷 聖 泉 短 大 紀 要 ﹃ 人 文 ・ 社 会 科 学 論 集 ﹄ 第 二 号、 一 九 八 八 年 一 月 )、 参 照。 ( 5 ) ﹁ そ れ 故、 今 し が た 述 べ た 事 柄 に 対 し て、 狂 気 故 に、 こ の よ う な 心 理 状 態 に な れ る と す れ ば、 ま た ガ リ ラ ヤ 人 の よ う に、 習 慣 に よ り、 そ う し た 心 理 状 態 に な れ る と す れ ば、 理 性 と 証 明 に よ り、 神 が 宇 宙 の 万 物 や 全 宇 宙 そ の も の を 創 造 し た、 云 々 と い う こ と を、 人 は 体 得 で き ぬ も の で も あ る ま い ﹂(Epigetus: ibib.VII, p.363. ( 6 ) 私 達 は、 不 細 工 な 身 体 の 人 に 出 会 っ て も 動 じ な い の に、 不 細 工 な 精 神 の 人 に 出 会 う と 必 ず 腹 立 た し い 思 い に 駆 ら れ る の は、 ど う い う 訳 だ ろ う ﹂ (P.MONTAIGNE: ( 7 ) ﹁ 人 間 の 評 価 に 関 し て は、 不 思 議 で な ら な い こ と が あ る。 私 達 以 外 の も の は 全 て、 そ れ 自 身 の 特 質 に よ っ て の み 評 価 さ れ る。 私 達 は 馬 を 逞 し く 利 口 だ と 賞 め る が、 こ の よ う に 私 達 が 駿 馬 を 賞 め る の は、 そ れ が 裕 り を 以 て か ち 取 れ る 栄 冠 に 気 を よ く し て、 万 雷 の 拍 手 喝 采 の 湧 き 立 つ 競 技 場 で 堂 々 と 優 勝 を 撰 う か ら で あ る ( ユ ヴ ェ ナ リ ス 八 ・ 五 七 )。 そ の 馬 具 に つ い て 賞 め る こ と は な い。 猟 犬 を 駿 足 だ と 賞 め る が、 そ の 頸 輪 に つ い て 賞 め は し な い。 鷹 を そ の 翼 に つ い て 賞 め る が、 そ の 革 紐 や 鈴 に つ い て 賞 め は し な い。 私 達 は 何 故、 同 様 に、 或 る 人 間 を 彼 自 身 の も の に よ っ て 評 価 し な い の か。 成 程 彼 は、 大 勢 の 供 回 り を 侍 ら し、 立 派 な 屋 敷 を 構 え、 あ の よ う な 名 声 と 収 入 を 得 て い る け れ ど も、 そ う し た 一 切 合 財 は 彼 の 周 囲 に 有 る も の で あ っ て、 彼 の 内 部 に 在 る も の で は な い ﹂ (P.MONTAIGNE: ibid., 1, I, ch,42, p.118)。 ( 8 ) J ・ メ ナ ー ル ﹃ パ ス カ ル ﹄ 安 井 源 治 訳、 み す ず 書 房、 一 九 七 一 年 十 月、 参 照。 ( 9 ) 飯 塚 勝 久 ﹃ フ ラ ン ス ・ ジ ャ ン セ ニ ス ム の 精 神 史 的 研 究 ﹄ 未 来 社、 第 一 部 ( ジ ャ ン セ ニ ス ム )11-106 頁 に、 サ ン ・ シ ラ ン の ジ ャ ン セ ニ ス ム 神 学 の 衣 鉢 を 継 ぐ パ ス カ ル の 信 仰 と 理 性 と の 相 関 に 関 す る 詳 細 な 研 究 が 見 ら れ る。 ( 10 ) パ ス カ ル の 複 眼 的 対 象 認 識 論 に 関 し て は、 前 掲 拙 稿 を 参 照。 ( 11
)OEusrs de Blsodr PACX et
BRDNH-NCG, Piege BOUTROUX, AL, et, VI
Paus, Hachej 1914, pp.87-90.
の
概
現
実
の
理
密
教
文