早稲田大学大学院国際情報通信研究科
博士論文審査報告書
論 文 題 目
Studies on Multiple Access for Aeronautical Wireless Network
航空無線ネットワークにおける 多元アクセスに関する研究
申 請 者
Dac-Tu Ho
国際情報通信学専攻 無線・衛星通信研究
II
2011 年 2 月 氏 名
グローバル化の波の中で航空機による移動は現在社会には必要不可欠なものになってお り,利用料金の低価格化により世界の距離がより短くなってきている。低価格化は航空産 業において質より量への転換を意味し,LCC(Low Cost Carrier)等の台頭もあって輸送さ れる総人口,フライト数は益々増加している。急増する航空機需要に対応するために様々 な試みが行われているが,フライトの安全性の観点からは航空交通管制の重要性がより高 まっている。また,従来の衛星通信を用いたシステムは高コストであることや極地域での 通信の不安定性の問題からその改善が望まれ,一方,低コストである短波帯を用いたシス テムは電離層状況に依存するため信頼性に欠けるという問題点があり,低コスト,高信頼 のシステムが航空業界における積年の課題である。次に,近年,遠隔操作技術の向上によ
りUAV(Unmanned Aerial Vehicle:無人航空機)を用いた様々な取り組が新たな航空機産業
の一分野として確立されようとしている。元来,軍事利用から開発が始まっているが,今 後は軍事以外での利用が期待されており,非常時における状況把握や通信網の構築など,
様々な活躍が想定され,通信分野においても新たな将来性の高い技術開発分野として序々 に認知度が高まっており,効率的な通信方式やネットワーク制御方式などの開発は直近の 課題と言える。
本論文は,上記のような課題の解決手法を提案し理論計算,シミュレーションは元より,
実機を用いた実験結果などで多角的な解析を行い,総合的に評価した結果をまとめたもの である。まず,航空交通管制システムに関しては航空機同士を有機的に結合した航空機ネ ットワークを構築し,より広範囲な航空交通管制を高信頼のもとで安価で実現させる多元 アクセス方式を提案しており,今後益々高まる航空機需要に対応するための解決策の一つ を与えることを目標にしている。具体的には航空機間の通信に基づいたマルチホップアド ホックネットワークを用いた提案を行っており,提案方式を用いる事で地上局での制御機 能が及ばない地域でも通信を可能にしている他,空港に近い場所での航空機との通信にお けるデッドスポットの問題では,受信特性を改善する新しい解決策を提案し,実機による 飛行実験結果と電波暗室での結果等を総合的に評価している。次に,新しいコンセプトに 基づく航空機であるUAVに関しては,地上のWSN(Wireless Sensor Network)の通信部分を UAV経由で行うことで,より効率的で広域なセンサ網の構築が可能となることを示し,効 率的な情報収集手法を提案,評価を行っている。
本論文は英語で記述され各章の内容は下記の通りである。
第1章「Introduction」では論文概要について述べる。
第2章「Current Aeronautical Communication System and Application of UAV」では近年 の航空分野における無線通信システムの概要について述べている。また,それらの航空無 線システムで主に使用される短波帯(HF: High Frequency)と超短波帯(VHF: Very High
Frequency)の利用法について述べ,さらに,2 つの周波数帯に加えて,衛星通信を用いた
航空管制システムについても述べている。 次に,UAV の概要及び可能性を示しており,
これらは3章以降の各論へのガイダンス的な役割とそれぞれの章の関係を示しており,読 者の理解度を向上させるのに役立っている。
第3章「Wideband Communication for Advanced Airport」では航空無線通信のための新 しい周波数帯域である 5GHz 帯域を用いた研究について述べている。この帯域での無線チ ャンネルの特徴について実機を用いた検討結果が示してある。検討方法として,実機によ る飛行実験結果から直接波と反射散乱波の比であるライスファクタ等の伝搬パラメータを 測定により算出している。更に指向性のアンテナを用いた地上システム上で信号強度を改 善するために反射板を用いた補完的な実験を行っており,空港近くのエリアにおけるデッ
ドゾーンを明らかにし,その解決手法を提案している。
本章では増大化する航空トラヒックに対応するため,従来のVHF帯ではない5GHz帯を 用いた場合の航空無線通信路特性を実航空機を用いた実験により示している。これはより 実運用に近い形でのデータであり実用性が高い。また,飛行場近傍のデッドゾーンの存在 を実験により初めて指摘し,それに起因する受信電力の低下を,反射板をアンテナに付加 することで解決しており,問題提起からその解決までを実験を多用し行うことで,実シス テムの展開時に本章での検討結果がそのまま参考となる貴重な結果が得られており,高く 評価できる。
第4章「TDMA Based Air to Air Communication System for Oceanic Flight Routes」では,
海洋上の飛行ルートで用いる航空機間中継に基づくアドホックネットワークの構築に必要 な無線通信要素技術の確立を行っている。まず,実機を用いて行った航空機間通信の実験 について述べ,本実験結果から航空機間の通信路モデルの確立を行った。TDMA(時分割 多元アクセス:Time Division Multiple Access)を元にした広域洋上アドホックネットワーク を提案し,伝搬路モデルに基づき性能評価を行った。具体的には飛行機の進行方向などの 情報を利用して最適な中継局を選択するIB-NS(Interference Based Node Selection)を提案 し評価を行った。更に,日本と北アメリカ間の実際の航空交通量を想定し,シミュレーシ ョンによりパケット交換率を評価している。
本章ではモバイルアドホックネットワークの基幹をなす航空機間のリンクに着目し,様 ざまな場合における通信特性を具体的に取得し,数式化することで汎用的な航空機間無線 通信路モデルが構築できており,その価値は非常に高い。また,進行方向などの情報に基 づく中継局選択方式は新規性が高く,今後の様々な航空機間通信応用システムに適用可能 であり,その範囲は広いことから貢献度としても極めて高い研究成果が得られているもの と認められる。
第5章「S-TDMA Based Air to Air Communication System for Oceanic Flight Routes」で は,航空アドホックネットワークを 1 チャンネルのみならず,多チャンネルを想定して構 築し,更に位置や相対距離に基づく時間スロット割り当てを行うことで,より効率的なシ ステム構築を行っている。本システムは,時空間分割多元アクセス(S-TDMA: Space Time Division Multiple Access)に基づく分散型のアドホックネットワークであり,第4章で用い
たIB-NS法で得られた結果をシステムに適用している。本章では航空機間での分散制御の
ためにPATR (Position Aid Timeslot Reuse)とDBTA (Distance Based Timeslot Assignment)を提 案し,より効率的な時間枠の割り当て手法を提案している。本システムを用いる事で,太 洋上を航行する航空機は航空機間通信に基づいて互いの情報を保持し,安全な航空機間距 離を保つなどフライトの安全性向上に寄与することができる。
本章で提案したアクセス手法は信頼性が高く,効率的であり,高速で移動する航空機の 位置を互いに監視するためには非常に有効な手法であり,実用性が高い。この方式を用い ることで航空機事故の防止が高い確率で実現可能であり,その社会意義も大きく優れた研 究成果と言える。
第6章「Communication System Employing Unmanned Aerial Vehicle」は,UAVと地上 に設置された多数のセンサからなる無線センサ網に関する多元アクセス方式の提案とその 評価を示している。提案センサ網では広域なカバーエリアが実現可能であるため,野外の 自然や海上におけるモニタリング用のセンサが実現可能であり,更に,災害時等での援助 のために使用することが可能である。本章では,センサとUAV間における新しい多元アク セス方式としてパイロット信号受信レベルに応じた優先的アクセス方式である PFS
(Priority Frame Selection)を提案し,評価を行っている。PFSはチャンネルアクセスの優
先権と各々の優先グループのデータ伝送をコントロールすることで実現可能としており,
その優先度の付与手法としてHigh Power High Priority (HH),High Power Low Priority (HL),
Dimensional- HHHL (D-HHHL)の3種類のPFSを提案し,シミュレーションにより評価を行 っている。
本章では新しい通信インフラである UAV を積極的に用いた広域 WSN を提案しており,
限られた飛行時間内に多数のセンサデータを収集するための多元アクセス方式を提案,評 価しており,新規性が高く今後の同分野の展開が期待される先駆的な研究として高く評価 出来る。UAVからの受信電力に基づいて送信優先度を設定する新しいアクセス手法を明ら かにしたことは,今後該当分野のみならず,類似モデルにおける目標値となりうるなど学 術的にも価値が高い貴重な成果と認められる。
第 7 章 「Conclusion」 で は , 本 論 文 の 研 究 成 果 を ま と め て い る 。
以上要するに,本論文は航空無線に関する多元アクセスを中心とした技術提案と検討を 行っている。まず,従来よりも高い 5GHz での航空無線通信路特性を明らかにし,その問 題点を指摘し,解決策を与え具体的に評価を行っている。更に,複数の航空機を有機的に 無線通信技術で接続したアドホックネットワークについて,通信路特性から多元アクセス 方式まで多角的に検討し,実用化レベルまでその設計手法をまとめており,高く評価でき る。また,次世代の通信インフラとして期待されているUAVを用いた広域センサ網におけ る多元アクセス方式を提案し,具体的なパラメータに基づく性能評価を行っており,同分 野の先駆的な研究として高く評価できる。これら成果は実機による飛行実験など,実践的 な評価を行っており,得られたデータは非常に現実的である。従 っ て , 柔軟性や効率の 高い航空無線通信システム構築のための礎を実用レベルで築いたものと評価でき,今後の 航空無線通信システムの戦略的な展開に影響を与える優れた成果を内在している。このよ うに本論文は国際情報通信学の発展に大きく寄与するものと高く評価できる。よって博士
(国際情報通信学)の学位を授与するに値するものと認める。
2011年2月23日
審査員
(主任)早稲田大学教授 工学博士(東北大学) 嶋本 薫 早稲田大学教授 博士(工学)(早稲田大学) 松本充司 早稲田大学教授 工学博士(東京大学) 田中良明 早稲田大学教授 工学博士(新潟大学) 佐藤拓朗