小学校「外国語」と「文・文構造」の指導
―教職課程での第 2 言語習得研究―
キーワード:文構造/システム 1 /システム 2 /文法習得プロセス/
全体的学習/分析的学習/心理的道具
山 本 幸 一 0. はじめに
本稿は、小学校の教壇に立つ教職課程大学生への第 2 言語習得研究の授業内容を基にして おり、2020 年度から導入された「外国語」において、学習指導要領が提示する「文・文構造」、つま り、小学校での文法学習がどのようになされるのかについての議論である。教職課程の学生には、
外国語習得について正確に認識し、効果の上がる英語学習の方法を考え、小学校からの文法の 系統的な学習指導、中学・高校との連携を考えて教壇に立ってもらいたい。外国語習得の根本の 理解は、現場で指導技術を磨く指針となる。現況を見ると、教科「外国語」の高学年への導入は、コ ロナ禍により出鼻を挫かれた感がある。小学校現場では、感染拡大防止のための臨時休校により 授業時数は減り、教員は感染予防の対応に追われ、教材研究や研修の時間の捻出に苦労がある。
文科省も、学習内容を削減したり、学習補助員を配置するという対策を講じているが、「対面授業」
が減じられることは、小学校英語の重点である音の指導に混乱が生じる。大学も同じで、オンライン 中心の授業では、特に発音の指導がままならないが、学生には、外国語習得としての英語学習に ついて正しく認識して教壇に立ってもらいたい。尚、本稿での「意識化」と「自動化」の定義につい て付言しておく。「意識化(consciousness raising)」とは「ことばのしくみに注意を払い、メタ言語意識 を働かせながら、明示的に学習をすること」であり、「自動化(automatization)」とは「明示的に学習 した知識が、練習によって潜在意識の知識として内在化され、自動的に運用できること」とする。本 稿のポイントについては、学生に問うた次の疑問点についての議論から主に成っている。
1.教科「外国語」の高学年への導入による文法の学習はどういうものか。
2.英語は、母語である日本語を習得したように、自然に習得できるのか。
3.文法・読解で勉強しても必ずしも英語が使えるようにならないので文法学習は役立たないの か。
4.なぜ、外国語としての英語の習得は難しいのか。
5.文法の学習とはどのようなプロセスか。
6.小学校では文法の学習はどのように進めたらよいか。中学・高校とのつながりはどのようなの か。
7.英語の授業では、英語だけで進め、日本語を使わないのがよいのか。
1. 小学校「外国語」と文・文構造の学習
2020 年度から小学校では、領域としての「外国語活動」が中学年に降り、教科としての「外国語」
が高学年に導入された。音声を中心とした言語活動を十分に行うことが小学校英語教育の主要な 目標であるものの、領域から教科となり、「聴く・話す」に加えて「読む・書く」の指導が始まった。「読 む・書く」が導入されることは、文字を通して、学んだ内容が整理され、授業だけの一過性の活動や 学習に終わらず、家庭で振り返りによる復習ができ、思考の世界の広がりも期待できる。これまでの
「慣れ親しむ」から進んで「活用する、定着させる」ことも求められる。
「外国語活動」においては、筆者は、3 点の重要な柱があると捉えている。1.音声活動 2.正しい 発音 3.文字(綴り)と音の関係である(山本, 2020)。教科としての「外国語」の導入により教職課程 の学生が直面する新たなポイントに、「文・文構造」として提示されている「文法」の指導がある。「簡 単な会話なら決まったパターンを使えば事足りるが、自分の考えを説明したり意見を主張したりとな ると、文法という道を通らなければならない。どこをどうしたら話せるようになるのか分からない外国 語という草ぼうぼうの野原に道を作り、そこを通れば外国語という草原を通ることができるようになる、
それが文法を学ぶことなのだ」(鳥飼, 2014)。問題は、如何にして文法を習得するかである。該当 言語に触れられる時間が十分にある母語環境と違い、十分な時間のない外国語環境では、意図 的に戦略をもって学習をしなくてはならない。本稿では、文法の習得を、典型的には語彙の学習で ある「全体的学習」と、典型的には(狭義の)文法学習である「分析的学習」を両極とした具体例から 抽象規則までの段階と捉える。児童の理解可能なレベルで解説がなされ、児童の学習を推進する 文法指導、また、文法用語を抑え、児童に負担にならない指導により、効果的な「文・文構造」の学 習が可能となる。小学校新学習指導要領(第 2 章外国語)に示されている、小学校「外国語」にお ける「文・文構造」の学習内容を概観してみよう。
連語
get up, look at など使用頻度の高い基本的なもの
慣用表現
Excuse me. I see. I’m sorry. Thank you. You’re welcome. など使用頻度の高い基本的なもの
文
肯定文、否定文、平叙文、命令文、疑問文
疑問文については、be 動詞、助動詞(can, do)、疑問詞(who, what, when, where, why, how)で始 まるもの
代名詞 I, you, he, she など
動名詞や過去形のうち活用頻度の高い基本的なもの
文構造 1.主語+動詞 2.主語+動詞+補語
主語+be 動詞+名詞(代名詞/形容詞)
3.主語+動詞+目的語
主語+動詞+名詞(代名詞)
文科省発行テキスト 『We can ! 1/2 』 に出てくる具体例を拾い出して見てみよう。
命令文 Look!
Go straight and turn right.
疑問文 Do you have your math textbook?
Where is the park?
What do you have on Monday?
What do you want to be?
動名詞 I like watching the stars.
過去形 My family went to the sea this summer.
1.主語+動詞
He can run fast.
He can jump high.
Let’s get in the line.
2.主語+動詞+補語
主語+be 動詞+名詞(代名詞/形容詞)
He is a junior high school student.
This is my hero.
She is cool.
They are all tall.
It was delicious.
3.主語+動詞+目的語
主語+動詞+名詞(代名詞)
I have a brother.
I like math very much.
She can play the flute well.
I want to speak English more. 不定詞 I want to be an astronaut.
I like to watch rugby.
I can teach Maria Japanese. 主語+動詞+目的語+目的語
2. 母語習得と外国語習得
教職課程の学生には、母語習得と外国語習得の違いと、外国語学習に必要な 2 面を示して、英 語学習・指導に当たるようにしている。文法・読解とコミュニケーションの両方が必要であるにもかか わらず、日本の英語教育では、どちらかを偏重する傾向にある。従来は、「使える英語が身につか ない」と、「意識化」に偏り「自動化」が軽視されていると非難があった。他方、学習指導要領が「コミュ ニケーション」を掲げて以来、現在では「まともに英語が読めない・書けない」と、自動化に偏り意識 化が軽視されていると嘆く声がある。一番の誤りは、「学校英文法は不要である」と、従来の方法を 捨てて、「改変」しようとした姿勢である。そうではなく、従来欠けていたものを新たに付加して「改善」
するのが正しい方向であろう。基礎訓練(文法・読解)と実戦練習(コミュニケーション)の両方が必 要なのは、スポーツ、楽器演奏でも同じである。英語教育の識者も、英語の達人も、両者の重要な ことを繰り返しているにもかかわらず、なぜ一方を排除して、他方を偏重する言説を振りまく人々が いるのであろうか。それは、本格的に英語学習に取り組むことなく、間違った推論をするためと考え られる。筆者は文法・読解に偏った時代の学生であるが、現在の学生はコミュニケーションに偏った 時代に学生生活を過ごしている。現在の学生は、英語で論理的に読み書くことが苦手であるもの の、英語の音声を聴き取る力に長けていると筆者は感じる。しかし、「使える英語が身につかない」
学生と、「まともに英語が読めない・書けない」学生と、どちらが英語の習得において困難な状況に あるのであろうか。その答えは後者であろう。必要最低限の英語の構造と規則は、英語習得という ビル建設の土台である。土台だけでビルが建つわけではない。しかし、土台がしっかりしていれば、
上層階を積み重ねることは可能だが、土台が脆弱ではそれどころではない。土台が手抜き工事の 欠陥ビルは、いつ瓦解するか分からず、誰しも御免被りたいものだ。
言語を操ることは文法を操ることであり、言語を学ぶには文法習得は必須である。人間言語は、
動物のコミュニケーションとは質的次元が異なり、時・空、具体を超えて抽象的内容に関わることが でき、構造的特徴として、2 重分節をもち、統語論、形態論、音韻論、意味論、語用論を備えている。
土台がなく、滅茶苦茶な英文を綴り、動物のシグナル交換レベルに留まる学習者は気の毒である。
他方、英語の知識の習得だけでも片手落ちである。訓練すべきは、「高速情報処理力」、「高速音 声聴取力」、「音声認識力(発音、音の崩れ)」と「音声と意味の直接連想力」である。リスニングの集 中訓練により相手の言うことが理解さえできれば、文法に基づいた英作文力によって、たとえ、速い 反応ではなくゆっくりであってもコミュニケート可能である。英語の文学、書籍、雑誌を正確に読め るための意識化も、リスニングができるための自動化も、英語学習に欠かせないことを学生に理解 させたい。
渡部(2010)によれば、「英語は 2 つの顔」を持ち、「漢文のような顔」と「韓国語のような顔」があり、
前者は文法的に正確な読み・書きであり、後者は、会話で、生物的な条件反射面が強く、その言語 が話される環境で一番効率的に学べる。渡部の指摘は卓見であるが、本稿の「意識化」と「自動化」
の捉え方とはやや異なるので、付言しておきたい。従来、1.「読み書き文法」対 2.「英語会話」という 対立軸が話題になってきたが、渡部の指摘では、3.「(文法規則に則った)大人の英語」対 4.「(定 型表現からなる)子供の英語」という対立軸である。他方、3 のレベルにおいて、3a.「文字インプッ ト・アウトプットによる学習」と 3b.「音声インプット・アウトプットによる学習」という対立軸が考えられる。
これが、本稿の捉え方で、3a と 3b の両方に力を入れるべきというもので、「読み書き文法」対「英語 会話」という対立軸を考えてはいない。日本語での思考内容を、文法規則に則り、複雑な構文も駆 使して、論理的に文章を構築する、文字、音声による英語の技能を考えている。
「カクテルパーティ効果」
黒川(2011)に「カクテルパーティ効果」の説明がある。多くの話題と話し声が行き交うパーティの 雑音の中でも、自分の名前を呼ばれれば、周りの雑音よりもはるかに小さな音量でも気づいて振り 返る、という現象のことである。これは、人間の意識には、「顕在意識」よりもずっと大きな「潜在意識」
の部分があり、潜在意識では、顕在意識に上ってくるよりもずっと多くのことを認知しているが、すべ てが必要な情報ではないので、必要とされる情報だけを取捨選択して顕在意識につないでいると いうことである。
潜在意識・顕在意識と言語習得
潜在意識、顕在意識と言語習得の関係をみると、母語習得では、潜在意識において母語が刻 印(imprinting)され習得(acquisition)されるのに対して、外国語習得では、顕在意識において理解
(understanding)を通して学習(learning)される必要がある。乳幼児でもなく母語環境にもない外国 語学習者としては、顕在意識に働きかけ、理解を通した学習に努めなくてはならない。
外国語学習に必要な 2 面(学習と練習)
学習をすれば外国語が習得されるわけではない。ここを勘違いすると、よくありがちな「文法を学 習しても英語は上手にならない。文法学習など必要ない」という非合理的な考えにつながってしま う。カーネマン(2014)には、2 つの脳の機能が紹介されている。システム 1(速い思考)とシステム 2
(遅い思考)である。違いは概ね次のように説明されている。
システム 1 自動的に高速で働き、努力は全く不要か、必要であってもわずかである。
自分の方からコントロールしている感覚は一切ない。
例:2 つの物体のどちらが遠くにあるかを見て取る。
おぞましい写真を見せられて顔をしかめる。
空いた道路で車を運転する。
簡単な文章を理解する。
システム 2 複雑な計算など頭を使わなければできない困難な知的活動で、しかるべき注意が割り 当てられる。
例:白髪の女性を探す。
自分のふるまいが適切かどうか、自分で自分を監視する。
二種類の洗濯機を総合的に比較する。
納税申告書を記入する。
理解を通して学習した段階は、知識の段階であり、システム 2 の段階と考えられる。時間を自由に 使え、自分のペースで進められる「読む・書く」の面に限れば、この段階で使える外国語が身につ いたと考えてよいかも知れない。しかし、音声を中心とする「聴く・話す」の面では、使える外国語が 身についたと感じられるとは限らない。なぜなら、話し手のペースで進められ、話し手が母語話者 であれば、速度も速い。更に、母語にはない音声の認識が必要であり、理解速度と音声認識の障 壁を越えるためには、練習を重ねる必要がある。
乳幼児には、人間の言語であればどんな音でも聴き取れる能力が備わっているが、母語を習得 するにつれ、母語にない音を聴く能力は弱化、消失してしまう。また、日常生活で頻繁に使ってい る母語話者の言葉は、音の崩れ等の変化があり、外国語話者には理解し難い。母語話者の速いス ピードでの発話を高速情報処理でき、音声が認識できるための訓練が必要である。音声を中心と する「聴く・話す」でも、発話の内容に関してはシステム 2 を使うものの、言葉の運用自体はシステム 1 の段階になくてはならない。習得する外国語をシステム 2 からシステム 1 に引き上げるには、練 習(practice)を通して、自動化(automatization)に達する必要がある。練習とは、聞き話すという実 戦練習だけではなく、リスニング等、特定の要素を取り出して、反復練習を集中的に行う必要があ る。つまり、外国語習得とは、顕在意識を通して、高速情報処理力、高速音声聴取力、音声認識力、
音声と意味の直接連想力を最終的に潜在意識として習得するプロセスと言える。以上見てきた母
語習得と外国語習得の違いを
表1としてまとめてみよう。
母語習得(乳幼児)
暗示的学習が得意である
生活の中で該当言語に触れられる時間が十分にある
人間の言語であればどんな音でも聴き取れる能力が備わっている
潜在意識に母語が刻印(imprinting)され習得(acquisition)される
外国語習得(乳幼児ではない)
暗示的学習が得意ではない
生活の中で該当言語に触れられる時間が限られる 母語にはない音を聴き取れる能力は弱化、消失している
システム 2 としての習得
顕在意識に働きかけ、理解を通した学習(learning)が必要
システム 1 としての習得
練習(communicative practice)を重ね、高速情報処理力、高速音声聴取力、
音声認識力、音声と意味の直接連想力を身につけ、自動化(automatization)に至るまで、
潜在意識で習得(acquisition)される必要
表1
英語の習得が、システム 2 からシステム 1 の段階に至らない例について見てみよう。荒木(1994)で は、ある学者(英米文学)の述懐として次のような説明がなされている。
東大教養学部を卒業後約 30 年間、英語・英米文学を教え続けて英米文学の翻訳も数多く出版 されてきた。この学者は、1983 年ハーバード大学に留学、1 年経ったときのことをこう総括しておら れる。「だが 1 年経っても英語はうまくならなかった。教授と学生たちがくつろいで話しているときな ど、ひと言もわからなかったし、いつまでたっても英語で話すのが楽になることはなかった。それに 半年たった頃には、結局この程度のままで終わるということが残念ながらなんとなく分かってしまっ た。・・・・・たとえば 20 歳代の若い時に留学しても結果は同じだっただろう」などと痛恨の述懐をして おられるのである。東大教養学部を卒業し、30 年間英語を教え、アメリカへ 1 年留学してもなお英 語によるコミュニケーション能力が欠如していると言われるのである。
このエピソードは、刻苦勉励に学問に励みシステム 2 に長けた学者も、語学としての訓練に励ま
なくては、外国語運用能力(システム 1 レベル)が身につかないことを示している。文法は、知識だ
けの段階で終えずに活用できる訓練が不可欠で、その訓練の大部分は独学による。
映画や海外ドラマ、ニュース、講演のスクリプトを目で追って読んで理解できなければ、「英語の 土台」作りに努めなくてはならなく、文法・読解の基礎を固める必要がある。目で理解できても、流 れる英語字幕のスピードについていけなければ、「高速情報処理力」に問題があり、英語の速読に 努める必要がある。英語字幕が理解できても、字幕なしに英語音声が理解できなければ、音声の スピードについていけないので、英語の「高速音声聴取力」を身につける必要があり、また、母語と は違う発音や音の崩れ等が聞き取れるように、英語の字幕を参考にして聴き取りの苦手な発音パ ターンを知って「音声認識力」を強化する必要がある。また、音が聞き取れても意味と結びつかなけ れば理解できないので、「音声と意味の直接連想力」を身につける必要がある。
音声認識を高めるには、一方で、概要を掴んだり、スピードに慣れるために「大量聞き流し」の練 習をする必要があり、聞いている内容の 1 字 1 句は理解できなくても、アウトラインが掴めればよし として大量に音声に触れる習慣を持つべきである。リスニング力が低くアウトラインも掴めない場合 は、語句の一部でも聴き取れればよしとする。とにかく、英語が話される速さに慣れるために、聞き 流しを大量に経験する練習を繰り返す必要がある。他方で、予め、日本語の字幕等で内容を理解 した後に、音声に集中して、繰り返して聴いたり、ディクテーションをしたりという「精聴」の練習も効 果が上がる。
ほとんど聞き取れない映画の英語も、練習を積み重ねれば、聴き取りが上達してくる。聞いて分 からない外国語が、聞けるようになるには、どのようなプロセスを経たらよいか、体感的に理解するこ とは、言葉というのがどういうものか、言語学を学ぶより、よりよく理解できるであろう。アナロジーで 言えば、高速道路脇の間近に立って、走って行く自動車を見るとしたら、ほとんど自動車の違いを 認識できない。ただ、均一な鉄の箱が、次々に同じように流れて行くようにしか認識できない。駅の プラットフォームに立って、通過する列車を見る時と同じである。しかし、高速道路に入って、同じス ピードで、自身も自動車をドライブすると、周りの自動車が認識できる。鉄の箱が、様々な大きさ、
色、形、そして、いろいろなスピードで走っているのが認識できる。個性が理解できるのである。この
「同じスピードでのドライブ」、というのが、英語習得における、「高速情報処理力」、「高速音声聴取 力」、「音声認識力」そして「音声と意味の直接連想力」と言える。聞き取りができるようになってみる と、ネイティブも様々な文法形式、表現、音調、スピードで、異なった知識、教養で、個性的に話し ていることが分かる。決して、均一な鉄の箱ではなく、色とりどりな箱であると認識できる。筆者の経 験では、初学者の頃、英語のネイティブスピーカー同士が、流暢に淀みなく話しているように聞こえ たのが、後年、「ゴツゴツ」と表現を組み立てながら話しているように聞こえ、不思議な感じをもった。
教材には、英語の映画、TV ドラマ、講義、ニュース等の音源が豊富にある。ただ、映画は英語
の学習教材としてよく聞くが、独習教材としては、学習効率から疑問である。効果音や音楽の場面
が多く、英語が話される割合が少ない。指導者が、興味深い表現を拾い出したり、場面を取り出し
て教材に使うのが適切であろう。TV ドラマの方が、英語が話される割合が多く、独習教材として学
習効率が高い。筆者は、医学部学生を対象にした授業を担当した折りに、ER(緊急救命室)という
TV ドラマを教材の一部として使用したことがある。このドラマは、医療用語が出てくる点に難がある
が、音楽はほとんどなく、様々な登場人物が間断なく英語を話してくれ、効率という面からは、とても よい独習用リスニング教材であると感じた。
3. なぜ、英語習得は難しいか
母語習得とはどういうものか、Strozer(2001)の訳者はしがきには、「ある言語を母語とする地域 社会や家庭で育った子供は、特別な障害がなければ、教育や生活環境の個人差にかかわらず、
当然のように皆、その言語を不自由なく聞き、話すようになる。何語であろうと不均質で構造的にも 限られた目標言語の音声インプットをもとに均質かつ複雑な文法体系を獲得する」「彼らは文法的 説明や発話の矯正といった指導に依存しない」「母語獲得の根幹は 5 歳頃までには形成されてい る」とある。このような母語習得としての英語習得と違って、なぜ、外国語としての英語の習得は難し いのか。筆者は、学生に主に 4 つの理由を示しているので、以下で簡単に見てみよう。
( 1 )能力的理由
生まれたばかりの乳児の脳は、スポンジが水を吸うようにあらゆる言語を母語として吸収できるが、
年齢を重ねるにつれ、そのような形での新しい言語の習得は難しくなる。母語習得の可能なこの期 間を臨界期( critical period )と言い、生後 6 歳くらいまでと捉えられているが、仮説であり、学者に よって賛否両論があり、具体的な年齢についても様々な意見がある。仮説の真偽は別として、経験 的に子どもと大人には習得方法の違いがある。乳幼児は、暗示的学習、つまり、五感を通して環境 を理解し、自然に言語を吸収するのが得意だが、年齢を重ねるにつれ、論理的思考、抽象思考の 発達に伴い、明示的学習、つまり、説明を聞き理解して学習することが得意になり、暗示的学習に 頼っての習得が難しくなる。音声面についても、乳幼児には、人間の言語であればどんな音でも聴 き取れる能力が備わっているが、成長し母語を習得するにつれ、母語にない音を聴く能力は弱化、
消失してしまう。日本語は音声的に単純であるため、日本人にはどの外国語も音声的に複雑に感 じられ、外国語習得に際して音声に苦労をする。
( 2 )環境的理由
母語話者は、生まれた時から母語に囲まれて育つ。1
日
10
時間触れていると仮定すると、小学
校入学までに約 2 万時間母語を浴びていることになる。他方、日本の EFL 環境では、英語に朝か
ら晩まで触れることはできない。1 日 1 時間英語に触れるとしても同量の約 2 万時間の英語に触れ
るには 60
年かかることになり、環境的な違いは大きい。更に、触れる英語の質の問題も大きい。英
語母語話者は非母語話者には高速で崩れて聴き難く感じる英語音声の流れに慣れている。日本
の教室では加工されたゆっくりで明瞭な英語音声に触れることが一般的である。また、母語話者は
現実の生活の中で、言葉の使われ方を習得している。日本での英語学習はそのような恵まれた環
境にはない。
( 3 )言語的理由
英語、ドイツ語、フランス語は、同じインドヨーロッパ語族に属し、言語間距離が近い。例えば、英 語とドイツ語は文法的共通点が多く、英語とフランス語は語彙的共通点が多い。ところが、日本語と 英語は語族が異なり、言語間距離が遠く、発音、語彙、文法が大きく異なっている。特に発音の違 いが大きく、日本語の 5
つの母音、19 の子音に対して、英語は 18 の母音と 22 の子音があり、それ らの組み合わせも無数にあり、発音が単純な日本語話者にとって、どの外国語習得も発音面で困 難がある。
( 4 )社会的理由
グローバル化が進展した現在、日本でも英語の重要性が高まっているが、日本では、日本語だ けで不自由なく生活でき、英語ができなければ生活に困るわけではない。また、仕事で英語が必 要であるという人もごく限られている。切迫したニーズが感じられないために、学習意欲が高まらな いことが、日本人の英語に対する苦手意識の大きな要因となっている。
4. 文法習得のプロセス
小学校での英語の文法学習は、児童の認知能力の発達段階から、体験的に気づかせる暗示的 学習が主となり、中学校以降での説明を通した明示的学習を主とするものとは異なる。また、小学 生は、説明がなく明確な理解に至らなくても曖昧さに耐えることのできる年齢でもある。小学校での 英語の文法学習について考えてみよう。
言語とは「音声と概念」のペアである。音声は物理的存在であり、時系列的に直線的に配列され ている。しかし、概念(意味)の方は直線的ではなく、構造を成している。この構造のしくみが文法で ある。動物でも原始的な記号を使ってコミュニケーションを行なっているが、複雑な文法構造を備え、
複雑な概念を示すことのできる記号としての言語を使うのは人間だけである。言語の特徴は、言語 学者マルティネが主張した二重分節(double articulation)にあり、言語の「創造性」(無限の概念)と
「経済性」(有限の材料)に結びついている。第 1 次分節は、文が、意味をもつ最小の単位「記号素
(moneme)」から構成されることであり、数十万の語を組み合わせて、無限の概念を表す文を形成 できる。第 2 次分節は、記号素が、意味を区別する最小の単位「音素(phoneme)」から構成される ことであり、数十の有限の音素を組み合わせて、数十万の語を形成できる。言語のもつこの複雑な 文法構造の習得がどのようになされるのか、Tomasello(2003)の使用依拠理論と伊東(2019)を参 考にして、文法習得プロセスを、全体的学習(holistic learning)と、分析的学習(analytic learning)
を両極とし、具体的言語事例から構造と規則を抽出していくプロセスとして
表2のように捉えること
にする。尚、伊東に倣って、全体的学習とは、「英文を分解せず、そのまま丸ごと理解しようとする
学習方略」とし、分析的学習とは、「英文をその構成単位に分解して理解しようとする学習方略」と
捉えることにする。
学習段階 学習方法 各段階での学習事例 4 規則
3 文型 2 置き換え 1 定型表現
分析的学習(analytic learning)
全体的学習(holistic learning)
You are excused. (受動態)
(You) excuse me. ( SVO )
Excuse N. (空所に語を置き換える)
Excuse me.
表2
表中の各学習段階である定型表現、置き換え、文型、規則は、具体から抽象へと並んでいる。
各段階の学習内容については、「各段階での学習事例」の欄で示してあるが、各段階について、
以下で更に見ておきたい。
「定型表現」の段階。“Excuse me.” “I’m sorry.” というような慣用表現や “I like apples.” “I am a pupil.” というような基本的な文は、 使用頻度が高いものであり、 このような意味のまとまりを表す 1 つ のユニットを、そのまま学ぶ段階である。これらの表現は、チャンク(chunk:かたまり)と呼ぶこともで きる。習得した表現をそのまま使い、必ずしも部分の要素の、表現全体への意味的貢献を明確に 意識しているわけではない。
「置き換え」の段階。定型表現に空所を作り、例えば、「自分の好みを伝える時」は“I like ….”、
「相手に何が好きか尋ねる時」は “What … do you like?” というように、空所に語を代わる代わる入 れて表現を活用することを通じて、 表現が鋳型として定着する段階である。 “I like (sushi /oranges / tennis / sports ).” “What (
(food / fruit / sport /color
) do you like? ” のような形で活用でき、小学 校では、学習の初期段階の児童でも、負担なく英語を用いたコミュニケーションを行えたという充実 感を持て、表現に慣れ親しむことができる。
「文型」の段階。 “I like ….” や “What … do you like?” について、「主語+動詞+目的語」、
「疑問詞+目的語+助動詞+主語+動詞」のような構造として理解できる段階である。例えば、“I like ….”、“I want ….”、“I have ….”、“I use ….” 等の具体表現から、SVO という抽象的な構造 が抽出され、体系化される。さまざまな文構造の共通点や相違点に気づき、文と文の関係が理解 できる段階である。「外国語」が導入される小学校高学年では、認知能力が高まるにつれて、これら の抽象度が様々なレベルの抽象構造の存在に気づくことになる。
「規則」の段階。最終段階として、異なる文の間の構成素間の関係が明確に掴め、変換の規則 が理解できれば、応用の道が開けてくる。例えば、 I like sushi. Do you like sushi? What food do you like? He is Tom. Is he Tom? Who is he? 等の異なる文において、疑問文の作り方、WH 疑問文の 作り方、WH 疑問文における WH と平叙文の要素との対応というような関係性と規則が把握できる 段階である。構造が分かり、文の間の関係がわかり、規則を自在に使えて、正確な文の理解に加 えて創造的な発信が可能になる。
以上見た文法の習得段階について、母語としての英語習得と外国語としての英語学習における
進み方の違いを見てみよう。母語習得を見ると、乳幼児の言語習得能力(スポンジが水を吸収する
ように、言語の暗示的学習が得意である)と、生活環境( 1 日約 10 時間触れることができる)という条
件の下で、脳に「母語直感(native intuition)」として英語が刻み込まれる形で、潜在意識的に、具 体例から抽象構造、規則までが体系として習得される。文法の習得が成されるのが、生後、6 歳ま でとすれば、約 2 万時間という膨大な時間をかける非意図的暗示的学習プロセスを通して文法が 頭脳に刻印される。
他方、日本での英語学習は、このような能力的、環境的な条件の下にはなく、潜在意識的暗示 的学習のみで習得ができるわけではない。さらには、母語である日本語と英語が、全く系統の違う 言語であり、言語距離が大きい点も考慮する必要がある。つまり、言語表現を分解しないでそのま まの形で意味と結びつけて学ぶ「全体的学習」だけでなく、言語表現を分解して、関係性の理解を 通して学び、文法規則を積み上げる「分析的学習」も取り入れて行くことが必要である。小学校に おいても、可能なレベルで明示的学習も取り入れるべきだが、中学校・高校と違って、より具体的な 説明を通して児童の気づきをもたらす指導を工夫する必要がある。
まとめると、母語での文法習得は、膨大なインプットに基づく、具体例からの抽象スキーマの抽出 という非意図的、潜在意識的発見学習である。抽象スキーマとは、構造や規則である。構造とは、
品詞、主述関係、修飾・被修飾関係、主節・従属節関係等、いわば、縦糸であり、規則とは、疑問 文、否定文、関係節、仮定法の文の作り方等であり、いわば、横糸である。縦糸と横糸が完成し、
文法体系が完成する。他方、日本における英語学習では、学習言語に触れる膨大な時間はなく、
能力的にも暗示的学習の得意な幼児期を過ぎた段階であり、抽象スキーマの抽出という非意図的、
潜在意識的発見学習は困難で、系統的な指導に基づいて行われる意図的学習が必要である。し かし、抽象的な規則を明示的方法によって学習するには年齢を考慮する必要がある。抽象的思考 力の発達した中学生、高校生では可能であっても、児童では知的成熟度に応じて、学習を促進す るのに効果的な方法を考慮する必要がある。大きくは、中学生、高校生が、表
2における、「文型」、
「規則」の段階を主とした学習が効果的であるとすれば、小学生は、「定型表現」、「置き換え」の段 階を主とした学習が効果的であると言える。
文法が散発的に学習され、機械的記憶をするばかりでは、小学校高学年になるほど曖昧さに耐 えられなくなり、英語嫌いになる可能性がある。抽象的思考の未熟な児童に、抽象的な文法の明 示的説明をするのは行き過ぎであるものの、児童の状況に応じて、「定型表現」、「置き換え」に続 き、「文型」、「規則」について、より具体的な説明を通して、より分析的に学習させ、学習内容を整 理して蓄えて行ける方略を与えることを考えたい。重要なのは、児童のレベルで解説がなされる文 法指導である。次節では、文法の指導と使用言語について見てみることにする。
5. 文法指導における心理的道具
高校、そして中学校の学習指導要領において、「授業は英語で行うことを基本とする」という文言
が入った。近い将来、小学校の学習指導要領にも入ることが予想される。また、教職課程の学生に
は、小学校と、中学・高校の英語教育との連携を学ぶことは意義がある。そこで、英語の授業にお
いて、文法事項を説明する言語について考えてみたい。「授業は英語で行うことを基本とする」の 趣旨は、英語に多く触れることと、英語を使う場を持つこと(exposure and experience)であり、英語 習得上重要なことである。しかし、指導の場面、状況によっては、柔軟に、日本語によって文法の 説 明 を行 うこ とが 生 徒 の 理 解 が 促 され 、指 導 効 果 を 上 げ る こと も 事 実 であ る。SLA(Second Language Acquisition):第 2 言語習得)研究においては、L2 習得を促進する要因として、従来、母 語は否定的に捉えられてきた。 クラッシェン(Krashen)は、 L2 習得を促進するのは、 理解可能なイン プ ッ ト ( comprehensible input ) を た く さ ん 浴 び せ る こ と で あ る と 主 張 し 、 こ れ を 土 台 に し た Communicative Approach は、「宣言的知識」を「手続き的知識」に変化させられないと考え、母語使 用には否定的である。他方、最近は、SLA 研究によっては、母語使用を肯定的に捉えてきているも のもある。
名部井(2019)は、母語使用を「心理的道具(cognitive tool)」として紹介しているが、この論考を 参考に、L2(第 2 言語)習得における母語での説明の意義についてみてみよう。L2 習得に母語が 干渉し阻害する例は多々ある。例えば、典型的な日本語の注文のフレーズ「私はオレンジジュー ス!」を“I am orange juice.”という英語にするような誤りはしばしば見られる。これは、学習者が日英 語の違いに中々気づかないことに起因しており、EFL 環境の学習では、学習者が「言語間の相違」
を 意 識 的 に 理 解 す る 必 要 が 説 か れ て い る 。 ヴ ィ ゴ ツ キ ー ( Vygotsky ) の 社 会 文 化 理 論
(Sociocultural Theory)の主張によれば、「思考や理解などの認知的活動はことばに媒介されてい る」、つまり、認知的活動(cognitive activities)はことばに支えられる、としている。この主張によれば、
L2 習得において、文法的間違いに対する教師の行う、学習者のレベルに合わせたフィードバック、
いわゆる、足場(scaffolding)が、学習の心理的道具として、ことばを通して行われるのである。L2 習得には、多くの語彙や構文の蓄積だけでなく、学んだ新しい概念知識をより深く理解したり、該 当言語特有の難しい仕組みについて理解を深め内在化させることが必要であるが、それを実現す るのが、この心理的道具である、というのである。心理的道具としては自由に活用できる母語が有 効であるが、深い思考を媒介できるレベルに達してさえいれば、L2 も可能である。母語使用による 説明に際しては、当然ながら、学習指導要領が警戒しているような「単に英語を日本語に、日本語 を英語に置き換えるような指導」や「文法の用語や用法の区別などの指導」に終始することにならな い注意が必要である。また、この心理的道具による学習の発展にこそ、学習指導要領で育成する ことが求められている資質・能力としての、「思考力、判断力、表現力」といった認知能力の発達が 可能になると考えられる。以上をまとめると、L2 習得において、教師や参考文献の文法的説明を 通して、新しい概念や知識をより深く理解したり、理解しにくい言語特有の仕組みについて理解を 深めるために、「認知的活動への媒介」つまり、「心理的道具」が機能するのである。
吉田・簗瀬(2003)では、ヴィゴツキーの考え方である、「知識の構築が、個人の認知的要因と社
会的要因の相互作用によって行われる」プロセスが紹介されている。この考え方を援用すれば、教
師の説明である「足場」は
図1のように示される。図において、個人の認知的要因により知識の構
築が可能となる領域が「学習者の認知力で習得可能な領域」で、社会的要因による領域が、「再隣
接発達領域」として示される。
再隣接発達領域
足場学習者の認知力で 教師 習得可能な領域 周りの人
図1
吉田・簗瀬(2003)を参考に、本稿では、図
1に示した文法の説明に関係した言語を、表3 のよう にまとめることにする。レベルの目安としては、入門が小学校、初級は中学校,中級は高校、上級 は大学及び大学卒業レベルを想定することにする。BICS( Basic Inter - personal Communicative Skills )は、「基本的対人伝達能力」で、表情やジェスチャーを見たり、情報を共有しコンテキストに 依 存 して、 日 常 会 話 の で きる 生 活 で の言 語 能 力 である 。他 方 、CALP ( Cognitive Academic Language Proficiency )は、「認知・学習言語能力」で、認知的スキルや学業成績に関わり、内容や 組み立て方がしっかりしており、論理的に他を説得でき、コンテキストにあまり依存しない学習にお ける言語能力である。
レベル
1
日本語 BICS CALP
2
英語 BICS CALP
3
英語学習の目標
4
文法説明で使用できる
入門 〇 △ × × BICS 日本語 初級 〇 〇 △ △ BICS 日本語 中級 〇 〇 △ △ CALP 日本語 上級 〇 〇 〇 〇 CALP 英語
表3
表3
の 1、2 は、学習者が日本語及び英語の BICS、CALP を獲得したかどうかを示している。 × は
「獲得していない」、○ は「獲得している」、△ は両者の中間を示している。3 は、学習者の英語学 習の目標が BICS か CALP かを示し、4 は、文法説明に日本語しか使えないか、英語が使用できる か、を示している。この表から分かるのは、小学校から高校までの学習者に文法の説明を行う心理 的道具としては CALP に達していない英語ではなく、日本語が適切であるということである。
次は、英語の母語話者に潜在意識的に、英語のある構文が刻印されていることを、学生に行っ た説明である。母語話者は英語が話される環境で育つ中で、潜在意識的に、この構文の形と意味 が、頭脳に刻印されており、間違いなく意味を理解できる。ところが、大学生のすべてが次の問に 正解となるわけではなく、外国語としての英語学習者がこの文を正確に理解できるとは限らない。
次の英文がどういう意味か、選択肢から選びなさい。
You would be so nice to come home to.
ア 君の待つ家に帰ることができたら、君はうれしいだろう
イ 君の待つ家に帰ることができたら、すばらしいことだろう ウ あなたが、私の待つ家に帰ることができたら、私はうれしいわ エ あなたが、私の待つ家に帰ることができたら、すばらしいことだわ
学生に対して行った説明を以下に示してみる。大学生が将来、教壇で文法説明をするためのヒント になればよいと考えている。
You would be so nice to come home to. の文がどういう構造と意味をもっているか、考えてみましょう。
「ぼくはこの本が読みやすい」を英語で表すのに、I am easy to read this book. とする人がいますが、
この英語でよいでしょうか。この英語ではダメです。このような英語を書く学習者は意外と多いです。
何が easy でしょうか?「ぼくが easy 」なのか?それとも「この本が easy 」なのか?「この本」です。つ まり、「ぼくはこの本が読みやすい」の主語は「この本」で、「ぼくは」は主題です。この主題は「ぼくに とって、この本が読みやすい」という文の修飾語句が、主題化されたものです。
「ぼくにとって、この本が読みやすい」 →「ぼくは /この本が /読みやすい」
TM S V
「この本が読みやすい」を英語にすると、
This book is easy to read. となります。
「ぼくにとって」を入れると、
This book is easy for me to read. となります。
従って、「ぼくは /この本が /読みやすい」は TM S V
I am easy to read this book. ではなく、 This book is easy for me to read. となります。文の主語が不 定詞の主語ではありません。
これに対して、次の文では、文の主語が不定詞の主語です。
I am ready to read this book. 「ぼくが ready(喜んで〜)」
He is eager to read this book. 「彼が eager(〜したがって)」。
以上見たことをもとに、You would be so nice to come home to. について考えてみましょう。この文で も、文の主語が不定詞の主語ではありません。
You would be so nice to come home to. は、次のように書き換えられます。
It would be so nice (for me) to come home to you.
(私にとって)君の待つ家に帰ることができたら、すばらしいことだろう。
従って、この文の訳として適切なのは、イ です。
イ 君の待つ家に帰ることができたら、すばらしいことだろう
母語話者は英語が話される環境で育つ中で、潜在意識的に、この構文の形と意味が、頭脳に刻 印されており、間違いなく意味を理解できる。他方、外国語としての英語学習者は、明示的な説明 を通した学習を通さなくては、この構文の習得を困難と感じる。説明の心理的道具は日本語でなさ れるべきである。
6. おわりに
「はじめに」で、英語の習得について学生に問うたいくつかの疑問点を掲げた。この疑問点に関 し、本稿で議論した内容に沿ってまとめをして、本稿を締め括りたい。
1.教科「外国語」の高学年への導入による文法の学習はどういうものか。
小学校新学習指導要領(第 2 章外国語)に示されている学習内容を概観した。小学校において 教科としての「外国語」の導入により、教職課程の学生が直面する新たなポイントに、「文・文構造」
として提示されている「文法」の指導がある。
2.外国語としての英語は、母語である日本語を習得したように、自然に習得できるのか。
英語学習は、母語のように自然に習得できない。特別な障害がなければ、生活環境、教育、能 力の違いにかかわらず、誰でもその言語を不自由なく聞き、話すようになる母語話者とは異なった 学習プロセスが必要である。母語習得は、乳幼児の言語習得能力と、生活環境という条件の下で、
脳に「母語直感」として英語が刻み込まれる形で、潜在意識的に、具体例から抽象構造、規則まで が体系として習得される。約 2 万時間という膨大な時間をかける非意図的暗示的学習により文法が 頭脳に刻印される。他方、日本での英語学習は、母語話者のような能力的、環境的な条件の下に はなく、潜在意識的暗示的学習のみで習得ができるわけではなく、「全体的学習」だけでなく、「分 析的学習」も取り入れて行くことが必要である。
3.文法・読解で勉強しても必ずしも英語が使えるようにならないので文法学習は役立たないのか。
「英語の習得に文法学習は役立たない」という根拠のない言説は、「予言の自己成就(Self-
fulfillment of prophecy)」(根拠のない予言(思い込み)であっても、人々がそれを信じて行動するこ
とで、予言が成就してしまう現象)の面から有害で、このような言説に唆され、滅茶苦茶な英文を綴っ
てしまうことになる基礎力を身につけない学習者は気の毒である。他方、刻苦勉励英語学習に励
み、「読む・書く」に長けた学識者も、語学の練習を重ねなくては、「聴く・話す」を中心とした実践的
英語運用能力に事欠く事から、「意識化」と「自動化」のどちらも英語学習の必要条件であることを
見た。英語教育の識者も、英語の達人も、両者の重要なことを繰り返している。例えば、鳥飼・斎藤
(2020)には次のような記述がある。「日本の語学の達人が実践してきた勉強法は、まずは文法と読 解で力をつけて、その後で聴解や会話に進むというのが伝統的な流儀でした」「たくさん英語を読 んで、辞書を引いて、吹き替えでないオリジナルの映画やドキュメンタリーなどを見て、一生懸命勉 強すればいいんですよ」「英語ができるようになっているのは、昔から、同じ割合の同じタイプの人 だけです。つまり、自分でコツコツ努力する人たちなんです」。なぜ、「意識化」と「自動化」の一方を 排除して、他方を偏重する言説を振りまく人々がいるのであろうか。それは、本格的に英語学習に 取り組むことなく、間違った推論をするためと考えられる。
4.なぜ、外国語としての英語の習得は難しいのか。
母語習得と異なり、外国語としての英語の習得の困難さの理由について、主に 4 つの理由を見 た。教職課程の学生には、母語習得と外国語習得の違いを認識し、英語学習の困難さと効果的な 学習方法を理解してもらいたい。スポーツや楽器演奏において、技を磨くには、孤独な練習が必 要である。外国語習得についても同様である。インターハイやピアノのコンクールに出場するのに、
学校の体育や音楽の授業だけで可能だと思う者はいないであろう。同様に、英語についても、学 校の限られた英語の授業だけで熟達するのは無理である。
5.文法の学習とはどのようなプロセスか。
全体的学習と、分析的学習を両極とし、具体的言語事例から構造と規則を抽出していく、「定型 表現」、「置き換え」、「文型」、「規則」という具体から抽象に至る段階のプロセスとして捉えた。
6.小学校では文法の学習はどのように進めたらよいか。中学・高校とのつながりはどのようなのか。
中学生、高校生が「文型」、「規則」の段階を主とした分析的学習であるとすれば、小学生には、
「定型表現」、「置き換え」の段階を主とした全体的学習が効果的であると言える。表現をそのまま 習得したり、一部の語や表現を置き換え、型を習得する具体レベルの学習から、中学校以降の抽 象レベルの文法学習につなげられる。
7.英語の授業では、英語だけで進め、日本語を使わないのがよいのか。
文法指導における心理的道具について見た。小学校から高校までの学習者に文法の説明を行
う心理的道具としては CALP に達していない英語ではなく、日本語が適切である。「授業は英語で
行うことを基本とする」の趣旨は、英語に多く触れることと、英語を使う場を持つこと(exposure and
experience)であり、英語習得上重要なことである。しかし、場面、状況によっては、柔軟に、日本語
によって文法の説明を受けることが学習者の理解が促され、学習効果を上げることが事実である。
謝辞
本稿執筆に当たっては、査読委員の先生方には、数々の貴重なご意見を賜りました。また、編 集委員の皆様には、細かい点にまでご配慮を頂き、いろいろとお世話になりました。厚く御礼申し 上げます。尚、当然のことながら、本稿についての責任はすべて筆者にあります。
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