氏 名 学 位 の 種 類 学 位 記 番 号 学位授与の日付 学位授与の要件 学 位 論 文 題 目
論 文 審 査 委 員
論 文 内 容 の 要 旨
【背 景】
生体内で生じるDNAのメチル化はone-carbon metabolism (OCM)のサイクルを通して行われる。
OCMではL-セリンから炭素原子が提供されメチオニンが合成されたのち、最終的のその炭素原子が DNA等のメチル化反応に使用される。統合失調症患者では OCMの構成要素であるL-セリン上昇やホ モシステインの上昇、葉酸の低下などの問題が報告されている。しかし、OCM構成要素の関係性と いう観点から見た場合どのような問題があるのかは明らかではない。
【目 的】
OCMのうち、L-セリンからメチオニン合成までの経路に属する要素を可能な限り同時に計測し、
互いの関係性を統計学的に評価することで統合失調症におけるOCMの問題点を調べることを目的と して本研究を立案した。また臨床症状とOCM構成要素の関係も検討した。
【対象と方法】
2010年から2013年の間に獨協医科大学病院、森病院、下都賀総合病院にて加療されている45名の 統合失調症患者および、30名の正常対照者を対象として採血を行い、血漿、DNAを収集した。対象 者は肝機能異常、腎機能異常、脂質代謝異常、糖代謝異常を含む重症な身体的合併症がないことを 確認した。精神医学的診断はアメリカ精神医学会作成のdiagnostic and statistical manual for mental disorders- IV-text revision に基づいて診断し、positive and negative syndrome scale (PANSS)を用
髙
たか野
の有
ゆ美
み子
こ 博士(医学)甲第689号
平成29年3月7日 学位規則第4条第1項
(精神神経科学)
Multi-regression analysis revealed a relationship between L-serine and methionine, a component of one-carbon metabolism, in the normal control but not in the schizophrenia
(One-carbon metabolism の構成要素であるL-セリンとメチオニンの正 常対照者で認められる関係が統合失調症患者では認められない)
(主査)教授 杉 本 博 之
(副査)教授 上 田 秀 一 教授 平 田 幸 一
【10】
いて臨床症状を評価した。統合失調症患者はすべて寛解状態であった。血漿L-セリン、D-セリン、グ リシン、メチオニン、およびホモシステイン濃度は高速液体クロマトグラフィーにて測定した。血漿 ビタミンB12と葉酸は化学発光タンパク質結合免疫測定法にて測定した。ホモシステインの代謝に関 連することが報告されているmethylenetetrahydrofolate reductase の C667T 遺伝子多型(rs180131)
とA298C遺伝子多型(rs180133)はタックマンプローブ法を使い決定した。
本研究は獨協医科大学生命倫理委員会の承認を得て行った。また森病院、下都賀総合病院について は本研究への参加に同意を得たため、獨協医科大学生命倫理委員会へ研究参加承諾書を提出した。す べての参加者に書面で説明を行い書面に署名する形で同意を得た。
【結 果】
分散分析の結果、統合失調症患者群は正常対照者群と比較して血漿ホモシステイン値は高く
(F=7.58;p=0.007)、血漿葉酸値は低い(F=6.23;p=0.015)というこれまでの報告と同様の結果 を得た。統合失調症患者群と正常対照者群の間で遺伝子多型の頻度に有意差は認められなかった
(rs180131:χ2=3.26, p=0.20;rs180133:χ2=0.97, p=0.62)。血漿メチオニン濃度を従属変数、他の測 定因子を独立変数とした重回帰分析では、正常対照者では血漿L-セリン濃度と血漿メチオニン濃度の 間に統計学的に有意な正の相関が認められたが、統合失調症では認められなかった。臨床症状を示す PANSSスコアは血漿D-セリン濃度と血漿葉酸濃度が有意な正の相関、そして年齢と負の相関を認め た。PANSS陽性症状スコアは血漿グリシン濃度と有意な正の相関を認め性別とも有意な相関が認め られた。加えて血漿グリシン濃度と血漿D-セリン濃度はPANSS陰性症状スコアとそれぞれ有意な負 の相関、正の相関を認めた。
【考 察】
これまでの報告と同じく統合失調症では血漿ホモシステイン濃度の上昇や血漿葉酸濃度の低下が認 められた。今回の検討では正常対照者で認められる血漿メチオニン濃度と血漿L-セリン濃度の相関が 統合失調症では認められないことが明らかになった。この結果から統合失調症ではOCMの経路に問 題があることが示唆された。しかし、本研究では具体的にOCMの経路のどの部分に問題があるかは 明らかにはできておらず、今後の検討が必要である。
統合失調症の臨床症状はOCM構成要素と関連があることが本研究でも認められ、統合失調症にお けるOCMの異常は統合失調症の病態生理と本質的に関連する可能性が示唆された。
【結 論】
統合失調症ではOCMに問題があることが認められた。今後、OCM経路のどの部分に問題があるか を検討することは統合失調症の病因解明や創薬・疾患克服の方法の開発につながると想定された。
論 文 審 査 の 結 果 の 要 旨
【論文概要】
生体内で生じるDNAのメチル化はone-carbon metabolism (OCM)のサイクルを通して行われる。
OCMではL-セリンから炭素原子が提供されメチオニンが合成されたのち、最終的のその炭素原子が
DNA等のメチル化反応に使用される。統合失調症患者では OCMの構成要素であるL-セリン上昇やホ モシステインの上昇、葉酸の低下などの問題が報告されている。本申請論文ではOCMのうち、L-セ リンからメチオニン合成までの経路に属する要素を可能な限り同時に計測し、互いの関係性を統計学 的に評価することで統合失調症におけるOCMの問題点を調べることを目的として研究計画を立案し た。また臨床症状とOCM構成要素との関係も検討した。
45名の統合失調症患者および、30名の正常対照者を対象として採血を行い、血漿、DNAを収集 した。精神医学的診断はアメリカ精神医学会作成のdiagnostic and statistical manual for mental disorders-IV-text revision(DSM-IV-TR)に基づいて診断し、positive and negative syndrome scale
(PANSS)を用いて臨床症状を評価した。血漿L-セリン、D-セリン、グリシン、メチオニンおよびホ モシステイン濃度は高速液体クロマトグラフィーにて測定した。血漿ビタミンB12と葉酸は化学発光 タンパク質結合免疫測定法にて測定した。ホモシステインの代謝に関連することが報告されている methylenetetrahydrofolate reductaseのC667T遺伝子多型(rs180131)とA298C遺伝子多型(rs180133)
はタックマンプローブ法により決定した。
分散分析の結果、統合失調症患者群は正常対照者群と比較して血漿ホモシステイン値は高く
(F=7.58;p=0.007)、血漿葉酸値は低い(F=6.23;p=0.015)というこれまでの報告と同様の結果 を得た。統合失調症患者群と正常対照者群の間で遺伝子多型の頻度に有意差は認められなかった
(rs180131:χ2=3.26, p=0.20;rs180133:χ2=0.97, p=0.62)。血漿メチオニン濃度を従属変数、他の測 定因子を独立変数とした重回帰分析では、正常対照者では血漿L-セリン濃度と血漿メチオニン濃度の 間に統計学的に有意な正の相関が認められたが、統合失調症では認められなかった。総PANSSスコ アは血漿D-セリン濃度と血漿葉酸濃度との間で有意な正の相関、また、年齢との間で有意な負の相 関を認めた。PANSS陽性症状スコアは血漿グリシン濃度との間で有意な正の相関を認め、性別とも 有意な関連が認められた。加えて血漿グリシン濃度と血漿D-セリン濃度はPANSS陰性症状スコアと の間に、それぞれ有意な負の相関、正の相関を認めた。
これまでの報告と同じく統合失調症では血漿ホモシステイン濃度の上昇や血漿葉酸濃度の低下が認 められた。今回の検討では正常対照者で認められる血漿メチオニン濃度と血漿L-セリン濃度の相関が 統合失調症では認められないことが明らかになった。この結果から統合失調症ではOCMの経路に問 題があることが示唆された。
【研究方法の妥当性】
45名の統合失調症患者および、30名の正常対照者を対象として採血を行い、血漿、DNAを収集し た。対象者は肝機能異常、腎機能異常、脂質代謝異常、糖代謝異常を含む重症な身体的合併症がない ことを確認した。統合失調症患者はすべて寛解状態であった。用いた統計学的手法を考慮した場合、
対象者の数は妥当であり、患者選択方法も研究目的からは妥当である。精神医学的診断はアメリカ 精神医学会作成のDSM-IV-TRに基づいて診断し、PANSSを用いて臨床症状を評価しており、精神医 学的診断、精神症状評価の方法論は妥当である。血漿L-セリン、D-セリン、グリシン、メチオニン、
およびホモシステイン濃度は高速液体クロマトグラフィーにて測定した。血漿ビタミンB12と葉酸は
化学発光タンパク質結合免疫測定法にて測定した。ホモシステインの代謝に関連することが報告され ているmethylenetetrahydrofolate reductase の C667T 遺伝子多型(rs180131)とA298C遺伝子多型
(rs180133)はタックマンプローブ法を使い決定した。これらの因子はOCMに属しており、これら因 子を選択したことは妥当である。メチオニンを従属変数とし、他の測定因子を独立変数として重回帰 分析を行った。よりよいモデルを得る目的でbackward elimination modelを採用した。総PANSSスコ ア、PANSS陽性症状スコア、PANSS陰性症状スコアをそれぞれ従属変数とし、他の測定因子を独立 変数として、重回帰分析を行った。多変数の因子を対象として用いた統計学的手法は妥当なもので あった。
【研究結果の新奇性・独創性】
統合失調症患者では OCMの構成要素であるL-セリン上昇やホモシステインの上昇、葉酸の低下な どの問題が報告されている。しかし、OCM構成要素の関係性という観点から見た場合どのような問 題があるのかは明らかではない。申請論文では、OCMのうち、L-セリンからメチオニン合成までの 経路に属する要素を可能な限り同時に計測し、互いの関係性を統計学的に評価することで統合失調症 におけるOCMの問題点を調べ、正常対照者で認めたメチオニンとL-セリンの関係を統合失調症では 認めないことを導き出した。この所見は今までの報告されておらず、本研究は新奇性・独創性に優れ たものと評価できる。
【結論の妥当性】
申請論文では、DSM-IV-TRを用いて適切に対象群の設定がなされ、確立された方法でOCMの構成 要素を測定し、適切な統計解析を用いて、OCMの構成要素の関係、臨床症状とOCM構成要素との関 連についての解析が行われている。そこから導き出された結論は、論理的に矛盾するものではなく、
かつ先行研究の結果と照らし合わせても、矛盾するものではない。以上から申請論文の結論は妥当で ある。
【当該分野における位置付け】
申請論文における結果は、統合失調症では血漿ホモシステイン濃度の上昇や血漿葉酸濃度の低下を 認め、正常対照者で認められる血漿メチオニン濃度と血漿L-セリン濃度の相関が統合失調症では認め られないことが明らかになった。この結果から統合失調症ではOCMの経路に問題があることが示唆 された。さらに、統合失調症の臨床症状はOCM構成要素と関連があることが本研究でも認められ、
統合失調症におけるOCMの異常は統合失調症の病態生理と本質的に関連する可能性が示唆された。
こうした結果は、統合失調症患者のOCM精査が統合失調症の病因解明や創薬・疾患克服の方法の開 発につながると想定され、臨床的に非常に示唆に富むものである。
【申請者の研究能力】
申請者は、精神科臨床現場において多くの研鑽を積み、作業仮説を立て、実験計画を立案した後、
適切に本研究を遂行し、貴重な知見を得ている。その研究成果は国際誌に受理され、インターネット 上で既に公開されており、申請者の研究能力は高いと評価できる。
【学位授与の可否】
本論文は独創的で質の高い研究内容を有しており、当該分野における貢献度も高い。よって、博士
(医学)の学位授与に相応しいと判定した。
(主論文公表誌)
Annals of General Psychiatry 15:23, 2016