ウィリアム・ワーズワース の先見性と科学
William Wordsworth: A Poet of Foresight
井 上 美 沙 子
要 旨
ワーズワースは,「子供は大人の父」という逆説的な言辞をMy Heart Leaps Up の詩のなかで述べている。この詩は,一般にはRainbow Poemとして親しま れ1802年に創作されたものである。ハーシェルの赤外線の発見が1800年,リッ ターによる紫外線の発見が1801年ということと無縁ではない。当時センセーシ ョンを巻き起こしたこの2つの発見は,目には見えない熱線が,虹の外側にあ るという真理である。科学の発明や発見による進化が産業革命を牽引し,今日 の地球温暖化に見られる様々な負の要因を誘発した。そのひとつである温室効 果は,赤外線の放射と熱線を吸収する物質の存在が影響している。21世紀に 様々な課題を残した発端ともいえる時代に,詩人として活躍したワーズワース は,自然科学と詩に強い関心を抱いた。科学者が発見した真理を詩人は追い駆 け,それによる感動を詩に表現した。また重要なことは,科学の負の側面を予 見し,人間を総体としてとらえ,歳月と苦しみをくぐり抜けて,生命の尊さに 感謝できることを啓示したことである。まだ顕現化されていないあらゆる真理 を含む大自然に対する畏怖の念をもち続ける幼児の日々を回想することにより,
永生と人間性の栄光を老人こそ奪還できるものであるとの認識を得た彼の詩の 射程距離は長いといえる。
キーワード
アイザック・ニュートン,Rainbow,Immortality,涙,老人
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地球の温暖化は,全世界にわたる気候や環境の激しい変動をもたらして
いる。現代社会に生きる私たちに,気温の上昇,多くの台風の発生,水に よる甚大な被害とその多発など,大きな影響を及ぼしている。それは作物 の出来高のみにとどまらず,日常生活,経済・社会生活にまで色濃く暗い 影を落としている。しかしながらこの地球温暖化現象は現代に見いだされ たわけではなく,約160年も前に,科学者により予見されていた。ウィリ アム・ワーズワース(William Wordsworth 1770─1850)もまた,科学が顕現さ せる真理とその表出としての自然現象や人の行動や人の身体機能と心理と の連動などに興味を抱き,エラズマス・ダーウィンの著書Zoonomia: The Laws of Organic Life1)を取り寄せ熟読していた。当時急速に進化した科学 と発明による産業革命がもたらす光の影で,人間及び社会が取り落として いくもの,結果として現代が抱えている諸問題が生じてくることを予感し ていたようである。それらについては,彼の詩論や詩作品にも見いだすこ とができる。すなわち,彼は世によく言われている自然を愛する詩人ワー ズワースというだけではなく,21世紀にまでその射程距離をもつ,先見 性のある自然詩人であり,私たちと同時代人といえるくらい,課題発見能 力をもつ,科学的素養のある現代的詩人であったという事実である。
ワーズワースとほぼ同時代人であるアイルランド生まれのジョン・ティ ンダル(John Tyndall 1820─93)こそ,現代最大の問題と化している大気中 の二酸化炭素の増大が地球の温室効果を生じさせることを1863年に発見 した科学者であった。ティンダルのその指摘に至る背景には,ドイツ出身 の英国の天文学者・音楽家フレデリック・ウィリアム・ハーシェル
(Frederick William Herschel 1738─1822)の赤外線の発見ということが1800年 にあり,それに刺激されたドイツの物理学者ヨハン・ウィリヘルム・リッ ター(Johann Wilhelm Ritter 1776─1810)による紫外線の発見が,翌年の1801 年になされたことが影響している。目には見えないが,厳然と存在する熱 線の存在は,人々に大自然に対する畏怖の念を引き起こし,当時大変なセ
ンセーションを巻き起こしたという。このことがひとつの遠い要因とな り,ティンダルの赤外線放射及び吸収する物質の存在による気温の上昇と いう温室効果(地球温暖化)の発見に至ったように思われる。
ワーズワースもまたこの赤外線発見に啓発され,一般にRainbow Poem と呼称されるMy Heart Leaps Up (1802)を創作した。もともと彼は,ケン ブリッジ大学在籍中の青年時代,彼の隣のカレッジであるトリニティ・カ レッジのチャペル前室に置かれているアイザック・ニュートン(Isaac
Newton 1643─1727)のプリズムをもつ白大理石の像に,こころ惹かれていた2)。
ニュートンは万有引力の法則の発見者であり,プリズムを使って光を7 色に分光した哲学者,そして錬金にも心酔した科学者でもあった。元来ケ ンブリッジ大学入学には,数学とラテン語の試験が重要であったように,
ニュートンにしてもワーズワースにしても数学や言語に才能がなければ入 学許可はおりなかった。在籍時期は違っていても2人はそんな特色をも つ神学を学ぶケンブリッジ大学の学生であった。産業革命による大量生 産・大量消費という機械化が進む以前には,学びや社会的な主流は,理系 や文系などという現代のような区別をつけることのない,人間を総体とし てとらえることにあった。例えば,先に見たハーシェルは音楽家でもあっ た。そして,ワーズワースの少し前の時代にあたる,産業革命の原動力と もなったバーミンガムを中心としたルナー・ソサエティのメンバーは,化 学に興味のある多様な人材の集まりで,例えばチャールズ・ダーウィンの 祖父,エラズマス・ダーウィンは医師であり詩人でもあった。陶器で有名 なジョサイア・ウェジウッドは陶芸デザイナー,食器製品の実業家であ り,バイロメーターの発明家でもあった。ジョセフ・プリーストリーは神 学者であり化学者,そして酸素の発見者でもある。このような多才な学識 者,哲学者,発明家,事業経営者,化学者,文人らが組織した交流団体の 会合が隆盛をみていたことでも明らかである。しかし,こうした科学の進
歩や発明のラッシュが産業革命を推進した事実とともに,人々の思考が偏 狭化し,専門化し,科学的思考と人文学的思考との乖離ができ,総体とし ての人間認識を薄れさせ,科学技術の進化への偏重による気候変動,海や 陸の環境破壊,地球温暖化等の様々な負の影響を顕現化させて21世紀を 迎えてきているといえよう。
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地球温暖化をいち早く見いだしたティンダルは,科学的思考と人文学的 思考とは相補的な関係であり,それらは乖離の方向ではなく融和すること の重要性を指摘する。そうした講演を,1874年にベルファーストでおこ ない,世界が向かう乖離という誤った方向に,警鐘を鳴らしていた。ティ ンダルはその講演のなかで,ワーズワースに言及し,ワーズワースの Lines Written above Tintern Abbey (1798)の詩行を引用して,その講演の最 後を締めくくっている。ティンダルは次のように述べている。
The World embraces not only a Newton, but a Shakespeare─not only a Boyle, but a Raphael ─not only a Kant, but a Beethoven─not only a Darwin3), but a Carlyle. Not in each of these, but in all, is human nature whole. They are not opposed, but supplementar y─not mutually exclusive, but reconcilable.
………
ʻFill thy heart with it,ʼ said Goethe, ʻand then name it as thou wilt.ʼ Goethe himself did this in untranslatable language. Wordsworth did it in words known to all ─Englishmen, and which may be regarded as a forecast and religions vitalization of the latest and deepest scientific truth─
(19th Century Science, ed., A. S. Weber, Canada: Broadview press, 2000, p. 383.)
ティンダルによると,世界は科学的なるもの(a Newton, a Boyle, a Kant, a
Darwin等)ばかりではなく,文学的なるものや芸術家的なるもの,音楽家
的なるものも包括している。人間性とはこうしたもののひとつからなるの ではなく,これら全てにより統一化されている。これらは敵対することな く補い合うもの─互いに排斥せず融和できるものである。そして,詩人 ワーズワースは誰もが知っている言葉を使用し,最新かつ深遠な科学の真 理を予感させる崇高な命のほとばしりを語っている,と主張している。す なわち,ワーズースは人間を科学的なるものと,文学的なるものとの総体 としてとらえ,その行動やこころの動きを,内面から突き上げてくる命の 力として語ろうとしていると,ティンダルは高く評価している。
講演を終了するにあたり,ティンダルは次のようなワーズワースの詩を 引用した。
For I have learned To look on nature, not as in the hour Of thoughtless youth; but hearing oftentimes The still, sad music of humanity,
Nor harsh nor grating, though of ample power To chasten and subdue. And I have felt A presence that disturbs me with the joy Of elevated thoughts; a sense sublime Of something far more deeply interfused, Whose dwelling is the light of setting suns, And the round ocean and the living air,
And the blue sky, and in the mind of man:
A motion and a spirit, that impels
All thinking things, all objects of all thought, And rolls through all things.
(Lines Written above Tintern Abbey, ll. 89─103)
ワーズワースは,無思慮なかつての若者のようではなく,私は今や自然を 熟慮することを学び知った。粗野でも耳障りでもなく,それでいて十二分 の力をもつ慈愛のこもった静かな悲しい調べを聴き,こころを和らげ抑制 することをも学んだ,と詩のなかで述べている。高められた想いと悦びで 私のこころをかき乱させるもの,遥かに深くこころに浸透する崇高な想 い,これらの存在を感知した,ともいっている。それらのものの棲み処は 日没の光の中,四周を取り巻く大海原のなか,生気に満ちた大気中,そし て人間の精神のなかにある,と。あらゆる知的作用や思考の全対象を駆り 立て,森羅万象のなかに激しく波立ち湧き上がる動めきと霊気(生命力)
を感得した,と述べている。そうした内容のくだりをティンダルは引用し ている。
このLines Written above Tintern Abbeyのなかに語られている“Whose dwelling is the light of setting suns,/And the round ocean”(ll. 98─99)という 語彙の使い方等は,ワーズワースの他の詩Ode: Intimations of Immortality from Recollections of Early Childhood (1802─04)4)の最終連の表現にとても類 似している。
The innocent brightness of a new-born Day is lovely yet;
The Clouds that gather round the setting sun Do take a sober colouring from an eye
That hath kept watch oʼer manʼs mortality;
Another race hath been, and other palms are won.
Thanks to the human heart by which we live, Thanks to its tenderness, its joys, and fears, to me the meanest flower that blows can give thoughts that do often lie too deep for tears.
(Ode: Intimations of Immortality from Recollections of Early Childhood ll. 196─204)
ここでワーズワースは“a new-born Day”(日の出)の光はとても素晴ら しい,しかしながら“the setting sun”(日没)の光の周囲に集まる雲のほう がより峻厳な色合いを示す。とりわけ命限りある人間が,その必滅を見続 ける時には。もともと人のこころの基底に枯れることなく流れている生き る力の存在に,気付くことのできる年齢を重ねた人こそ,この悦びの気持 ちがもてる。(“Another race hath been, and other palms are won./Thanks to the human heart by which we live,” Ibid.,ll 200─201.)若者にではなく老齢の人には,
魂の力により困難を克服して生きる力が得られる。そんな人間の精神に感 謝の念を捧げている。粗野で燃え盛るような若者ではなく,老齢者のよう に炎が消滅したかのように見える燃え差しのなかにこそ,崇高な想いや,
「静かで悲しい調べ」(not as in the hour / Of thoughtless youth; but hearing oftentimes / The still, sad music of humanity, / Nor harsh nor grating, though of ample power / To chasten and subdue.” (Lines Written above Tintern Abbey, ll. 90─
94.))などを聴きとることができる。苦しみをくぐり抜けてこそ湧き上が る和らいだ精神,死を見透した信念,哲学的心をもたらした歳月,それら のなかに偉大な力を見いだせることに感謝する5)。それらはとてもか弱く,
か細く見えようとも。それは,涙を流すようなことではとても表せえな い,涙にもできない程の深い想いであると,述べている。
3
副題に“Animal Tranquillity and Decay─A Sketch”と付されているOld Man Travelling を見てみたい。“Tranquillity”という言葉はこころが静めら れた状況を示す。生物としての平静なこころと体力の衰退を表現してお り,まさに老人そのものである。つまり,老人が旅を続けている情景の素 描となっている。道端の生け垣をついばんでいる鳥たちは,人間が接近す ると危険を感じてサッと飛び去るのが普通であるが,老人が傍を通っても 何事もないように,ついばみ続けている様子が窺われる。その状況は老人 がまさにものと化していることを示している。彼の足取り,表情,背をか がめた姿等,彼の全てが体の痛みなど感ずることもなく,ある黙想が彼を 突き動かして歩いていることを物語る。いつの間にか平静なこころが彼の 内面に腰を据えており,彼を支配しているようだ。長きにわたる忍耐がこ うした穏やかな静けさを彼に与え,ついに完璧な平和なこころへと彼を導 いたように見受けられる。ここに描かれている老人は,逆境に耐え,苦し みを通り抜けて達観し,魂の力により生きる勝利を得た,先の章で見た老 人の姿と重なり合う。
このような老人に作者は「あなたはどこへ向かって旅をしているのです か。また,その目的は何なのでしょうか」と聞いたところ,それに対する 彼の答えは次のようであった。
ʻSir ! I am going many miles to take A last leave of my son, a mariner,
Who from a sea-fight has been brought to Falmouth, And there is dying in a hospital.ʼ
(Old Man Travelling , ll. 17─20)
これによると,海上で戦い負傷して,フェルモスにある病院に戦場から搬 送され,死の床に横たわる船乗りの息子に,最後の別れを告げるために老 人は旅をしている,という答えが返ってきた。この場合,老人は涙を流す わけではない。涙にもならない深い惜別の想いが,彼の動作とその姿形に 表れている。それは,息子が自分より先に戦死するという,不条理に抗う こともない,完璧で揺れることのない平穏のこころ。忍耐が習い性となっ た彼の人生に対する姿である。尊厳ある父としての姿が描写されている。
悲哀が続きすぎている彼の人生により,この老人は“Tranquillity”と
“Decay”そのものとなっており,悲しみが習性となって,彼の自然な姿と 動きに現れている。生命体としての人間のこころと,その心理が無意識に 外形やその生活原理に顕現化されるメカニズムの不思議については,エラ ズマス・ダーウィンがその著書Zoonomia: The Laws of Organic Lifeのなか で,多くの症例を示しているところであり,その驚異的事実にワーズワー スは興味を抱き,エラズマス・ダーウィンのこの著書を速達で取り寄せて 再度読み,確認したのちに幾つかの詩を創作したことは,ワーズワースの 手紙や散文からも窺われている6)。ここで扱った旅する老人は,Ode:
Intimations of Immortality from Recollections of Early Childhood 最終行
(“thoughts that do often lie too deep for tears.”)のように,涙ではしつくせない ほどの深い想いが,この情景(“A Sketch” )のなかに描かれている。
この涙(tears)と父(father)に着目して,次にThe Childless Fatherを検 討してみよう。この詩の主人公はTimothyという初老と思える男である。
娘に先立たれてひとり暮らしを余儀なくしている父親のようだ。この詩は 1連が 4行からなり,全部で5連20行という短い詩となっている。始め の2連8行で兎狩りがおこなわれる朝の賑やかな情景が描写される。村 人はひとり残らず着飾って外に飛び出している様は,まさに祝日の晴れや
かさと騒がしさに満ちている。山の傾斜地の青々とした緑地に集まった 人々の様々な服装の色彩が映えている。特に少女たちの鮮やかなブルーの 前掛けや,雪のように白い被り物をした出で立ちは,いやがうえにも祝祭 の華やかさを辺りに放っている。
しかし,次の第3連は一気に暗転する。
Fresh sprigs of green box-wood, not six months before, Filled the funeral basin at Timothyʼs door;
A coffin through Timothyʼs threshold had past;
One Child did it bear, and that Child was his last.
(The Childless Father ll. 9─12)
6か月程前,Timothyの小屋で葬式がおこなわれたことが示される。小屋 の前のテーブルの上に手折られたばかりの黄楊の小枝が盛られた鉢が,置 かれているからだ。この地方では,黄楊の小枝を遺体に1本ずつ弔問客 は手向けるような風習があったのだ。彼の末娘の棺が,小屋の戸口から運 び出された。この第3連で語られている娘の葬式のまざまざとした情景 は,Timothyのこころの奥深くに浸透しているつい先頃の記憶を読者にも 想起させる。あたりの静謐な雰囲気までもが,読む者のこころに鮮やかに 伝わってくる。そのあと第4連になると賑わいを示す兎狩りの日の現実 に,引き戻される。この第1連から第3連にかけて,明るさから静かな 暗さへ,そして再び明るい現実へと転調していく技法は生き生きとその状 況を活写している。その素早い現在から過去へ,そしてまた現在へと戻る 時間の行き来は,前の連と後の連の華やかさに挟まれて,第3連の静寂 な薄暗やみと深い悲しみを,一層強く読み手に印象付ける効果をあげてい る。現実の環境に戻った谷間には,兎狩りに集った人々と角笛と馬など
の,騒音と期待に満ちた熱気につつまれており,Timothyは狩りへと誘い 出されていく。そして老人らしい緩慢な動作で小屋の戸を閉めた。その 時,「鍵を持っていかねばならない。エレンは死んで家にはいないのだか ら」と彼は独り言を言ったのかもしれない。しかし,その言葉は誰か傍に いた他の人に言ったものではなかった。そして涙を頬に浮かべて彼は狩り にでかけた。(“ʻThe key I must take, for my Ellen is dead.ʼ / ……And he went to the chase with a tear on his cheek.” Ibid. l. 18, l. 20.)と,その詩は終わっている。
この詩は,お祭り騒ぎの兎狩りの日の賑わいの様子を,視覚と聴覚に訴 えて示している。村人たちのジャケットの深紅色,グリーン,グレー,前 掛けのブルーと白い被り物,待ちきれないと訴えるかのような猟犬の吠え 声。高ぶった人々の声。期待に満ちたそうした騒がしさが視覚と聴覚を刺 激する。最後に,言葉は聞こえなかったけれど,頬につたわるTimothyの 涙を見る。その涙は聞きとることのなかった,もしくは彼は発話しなかっ たけれど,その内なる想いが涙となって思いがけなくも,無意識に溢れた ことを表現している。その涙により著者は彼の心境を察したといって良い だろう。“perhaps”の言葉がそのことを,明かしている。偶然によって起 こったかもしれないが,確率は半分以下を指す“perhaps”という言葉を使 い,Timothy が発話したことは多分なかっただろうとしている。何故なら 聞こえなかった。でも,目に涙というかたちで見えたのだ。すなわち,内 を外が露呈してしまったことになっている。情感こそが,状況や行為に影 響を及ぼす,とワーズワースはLyrical BalladsのPrefaceの中で強調し,
その例としてこのThe Childless FatherとPoor Susanとを次のようにともに あげている。
……it is proper that I should mention one other circumstance which distinguishes these Poems from the popular Poetry of the day; it is this,
that the feeling therein developed gives importance to the action and situation, and not the action and situation to the feeling. My meaning will be rendered perfectly inteligible by referring my Reader to the Poems entitled POOR SUSAN and the CHILDLESS FATHER, particularly to the last Stanza of the latter Poem.
(The Prose Works of William Wordsworth, Oxford: Clarendon Press, 1974. vol. I.
p. 128.)
ワーズワースが述べるには,自分がこの本に掲載している詩と,今日世に 人気のある詩と区別するものについて述べることは妥当であると考える,
としている。すなわち,増大され内在している情感は行為や状況に重要性 を与え,行為や状況が情感に重要なことを賦与するものではない,と。
The Childless Fatherの最終連の場合,Timothyの情感が揺さぶりをかけら れて,何でもない「鍵をかける」という日常の状況に重要性を与え,「涙 を流す」という現象(本質の外面的な現れ)へ大きく影響を及ぼしたことと なる。そこでTimothyは意識することもなく涙が彼の頬につたわった,と ワーズワースは描写している。
20世紀の意識の流れ小説を手掛けた英国のヴァージニア・ウルフ
(Virginia Woolf 1882─1941)は,Flush(1933)という小説で,犬であるFlush が,その飼い主であるヴィクトリア朝の女流詩人エリザベス・バレット・
ブラウニング(Elizabeth Barrett Browning 1806─1861)のこころの変化を,声 の調子,脈拍の動揺,食欲の増大,来客のノックの音に身構えたり,身体 を緊張させたりすること等から,女主人も気付いていない無意識までも,
察知する実験小説を書いている。人間の言葉を理解できない犬が,外に顕 れた現象から内なる情動を理解し,女主人の恋人に対するこころの変化や 無意識までをも推察する。すなわち,“ I ” voice を超える“speaking” voice
(声にだす発話ではなく,身体や様々な外に顕れた発話)という手法を使って心 理や意識を認識する実験小説が,Flushであった。したがって,ワーズワ ースのこの詩は,ヴァージニア・ウルフより150年くらい早くなされた,
詩における実験の先駆であったといえよう。Timothyは,無意識のうちに 涙を流し,内を外が露呈させてしまったのだ。
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Simon Lee, The Old Huntsman, with an Incident in which He was
Concerned(1798)もまた,年老いた狩猟人の話になっている。やはり涙
(tears)と父(father)ではないが,父親くらいの老人に注目したい。まず この詩の第1連は次のようである。
In the sweet shire of Cardigan, Not far from pleasant Ivor-hall, An old man dwells, a little man, Iʼve heard he once was tall.
Of years he has upon his back, No doubt, a burthen weighty;
He says he is three score and ten, But others say heʼs eighty.
(Simon Lee, ll. 1─8)
老いさらばえた小さな男が,美しく心地よい場所に建つIvor-Hallという館 からそう遠くない場所に住んでいる。かつては背の高い男であったと私は 聞いている。しかし,彼の肩には歳月の重荷が紛れもなくのしかかってい る。彼は自分は70歳だと言うが,他人は80歳と言っている。明らかに貧
しいことがその服装から即座にわかる。たっぷり25年間狩猟人として元 気よく走り回り,今も頬はサクランボのように赤い。Simon Leeのように 高らかに狩りの角笛を吹ける,陽気で強い者はいなかった。この辺り周囲 をめぐる州中にSimon Leeの名は轟いていた。だがやがて彼の主人が亡く なり,Ivor Hallの館には今や誰も住む者はいなくなった。奉公人も猟犬も 馬も皆死に絶え,唯一生き残ったのはSimon Leeただひとりとなったこと が下記の詩行で知れる。
His masterʼs dead, and no one now Dwells in the hall of Ivor;
Men, dogs, and horses, all are dead;
He is the sole survivor.
(Ibid., ll. 21─24)
狩猟という危険な仕事で右目を失い,踝も腫れて膨れている。身体は2 つに折れ,痩せて病弱である。息子もいず,勿論子供もいない。同じよう に年老いた妻と 2人で貧しく暮らしている。若い時にはやってもいない 畑仕事のために荒れ地を囲い,耕した。Simonとその妻は体力も気力も村 1番の弱者(“The weakest in the village”(Ibid. l. 40))であり,極貧(“Are poorest of the poor” (Ibid. l. 60))の夫婦である。Simonは働けば働くほどその 踝は腫れ上がる始末で,もう数か月の命だと自分で言っているほどだ,
と。Simonとその妻Ruthの2人は,虚弱の老人同士として協力しあって,
悲惨な日常生活をやっと過ごしている。そのことが綿綿と綴られ語られ る。
そして69行目になって,突如として作者の声が入る。それは“My
gentle reader”という呼び掛けから始められている。
My gentle reader, I perceive How patiently youʼve waited, And Iʼm afraid that you expect Some tale will be related.
O reader ! had you in your mind Such stores as silent thought can bring, O gentle reader! you would find A tale in everything.
What more I have to say is short, I hope youʼll kindly take it;
It is no tale; but should you think, Perhaps a tale youʼll make it.
(Ibid., ll. 69─80)
快活さとその俊敏な行動で,その名声が周囲の4州にまで行き渡るほど
であったSimon Leeが,か弱い妻に手助けをしてもらうほどに病弱となり,
哀れで老いた様子が長々と語られてきた後に,作者は読者に呼び掛ける。
読者の皆様,これから何か驚異的な出来事が語られるのであろうと,辛抱 強く待っていらしたのかもしれませんが,そんな奇跡的な話などありはし ません。静かな瞑想がきっと与えてくれるような,そうしたこころのゆと りを,読者は魂のなかにお持ちでしょう。そうした心優しい読者であるあ なたなら,どんなにつまらない事柄のなかにも物語を見いだすことであり ましょう。さらに私が言いたいことは,簡単なこと。どうか思いやりをも って理解していただきたい。たとえ物語がなかったとしても,どうかご自 分で物語を創作してほしいのです,とワーズワースは73行目から80行目
にかけての8行のなかにいわく言い難い想いを述べている。
この「どんなにつまらない事柄のなかにも物語を見いだすことでありま しょう。」という主張はLyrical Ballads (1798)の「趣意書」の書き始めに も次のように,表明されている。“It is the honourable characteristic of Poetry that its materials are to be found in every subject which can interest the human mind.” (The Prose Works of William Wordsworth, vol. I. p. 116) 人のこ ころに興味を与える主題なら何であれ,そのもののなかに詩の素材は見い だせる筈なのだ。それが詩というもののもつ,最も崇高な性質なのであ る,と。また,1800年に付された「序文」では次のようにもなっている。
“The Principal object then I proposed to myself in these Poems was to make the incidents of common life interesting by tracing in them”(jbid., p. 122)あ りふれた普通の人の日常生活に生じる出来事や事柄に,関心や興味を引き 起こさせることが,この著作に収められている沢山の詩のなかに,私自身 が提案した目的である,と述べている。これらは先のSimon Leeに見た難 解ともいえる詩行の意味ではないだろうか。
どんなものにも物語がある。そしてその物語は読み手がこころのなかで 作り上げるものである。詩人はありふれた日常をスケッチすることによ り,感動や深い想いを読者に与え,そして読者は自身でその感情を引き起 こすことが求められている。それは詩というもののもつ素晴らしい極致,
きわみではないか。これが先に見たワーズワースの“O reader !”から始ま る詩行が伝えたい内容であるようだ。
驚くべき事柄も何もこれから起きないことをあらかじめ伝えておき,あ る夏の日,たまたまSimonに出会った時の事柄が下記のように記される。
One summer-day I chanced to see This old man doing all he could
About the root of an old tree, A stump of rotten wood.
The mattock totterʼd in his hand;
So vain was his endeavour That at the root of the old tree He might have worked for ever.
(Simon Lee, ll. 81─88)
年老いたSimonは,つるはしを使ってそのか弱い手で,古く腐った切り株
を切り倒そうとしていた。どれだけ長い時間をかけてやったところで,無 駄であることは明白だった。そこで,作者はSimonに代わって一太刀でそ の仕事をなしとげてあげた。するとSimonの目から絶え間なく涙が溢れ出 た。作者への感謝と称賛の想いがこころからどっと湧いて出てきたように 見えた。ここにも「老人」と「涙」の要素が見られる。
The tears into his eyes were brought, And thanks and praises seemed to run So fast out of his heart, I thought They never would have done.
─Iʼve heard of hearts unkind, kind deeds With coldness still returning
Alas! the gratitude of men Has oftner left me mourning.
(Ibid., ll. 97─104)
弱者を力のある者が手助けしたという日常にありそうなスケッチを描き,
上記のような最終連へと続いている。そうした事柄を辿る詩を読むことに より,最後の4行で読者は特に深い想いに巡りめぐる。すなわち,偏屈 な心根をもつ人々に対してなされた親切な行為が,冷たくあしらわれたと いうことは,よく聞かされてきたものだ。それはそれで人の好意を受け入 れることができないくらい,長年の生活苦が,偏狭な性格をその人に与え 導いたと考えられる。それは心痛める不幸なことである。しかし,そうし た反発というかたちに顕われることがなく,涙を絶え間なく流し,ひたす ら感謝と称賛をするありさまは,もっと悲痛な想いを人に引き起こさせ る。ここで示そうとすることは,具体的にいうなら,Simonという狩猟人 として華々しい人生を送ってきたかつての若者が,惨めな老年期を迎え,
それでもつるはしをふるい果敢に生き抜こうとする姿と,感謝でとどめな く涙を流す様子とに,寂寞たる想いを作者は引き起こされた,ということ であろう。そして読者はワーズワースの意図通り,つまらないもののなか に物語を見いだし,深い想いと感動を覚えたこととなる。
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ワーズワースは詩を創作するにあたり,読者を通常慣れ親しんだ感動以 上のものへと誘うことを意図していたと述べている。そのことは,1800 年に出版されたLyrical Balladの「序文」のなかで説明している。そして その目的は次のようであると述べる。 “……to illustrate the manner in which our feelings and ideas are associated in a state of excitement. But, speaking in language somewhat more appropriate, it is to follow the fluxes and refluxes of the mind when agitated by the great and simple affections of our nature.” (The Prose Works of William Wordsworth, vol. I. p. 126) すなわち,興 奮した状態にある意識や感情が連動されていくありさまに光を当てること が,詩作の目的である,と。それに沿って,多様な方法により読者を様々
な感動へと導くことをねらって作詩した,と。こころが揺り動かされたり 興奮させられた時,誰もがもつ単純ではあるが偉大な性質がこころに働き かけて,海の水のようにこころが満潮のようになったり,干潮のように変 化して動く。このこころのありさまを辿っていくと,それが詩に形象化さ れる。人のこころの浮き沈みを,潮の満ち引きとしてとらえ,“fluxes”,
“refluxes”の言葉を使い,詩作の実践を科学的に説明している。この潮汐 とは,月と太陽の引力により起こる海面の周期的昇降である。1章で述 べてきたように,ワーズワースはニュートンのスペクトルに関心をもち,
Rainbow Poemを詩作していた。そしてまた,ニュートンの万有引力の発
見にも興味を抱いていたことがここでも判明された。潮汐力とは,ニュー トンが見いだした万有引力のひとつの具体例であるからだ。
こうした科学的な言葉を自分の詩作の原理の解説として使ったことは,
ワーズワースが如何に自然科学に関心を寄せていたかが,窺がわれよう。
1789年サミュエル・テイラー・コールリッジ(Samuel Taylor Colerrige 1772─
1834)と妹ドロシイと共にドイツ行きを決行した旅の目的は,自然科学を
学ぶことと,ドイツ語を習得するためであると述べていることにも,それ は合致している7)。
ワーズワースは,詩人と科学者について次のように比較して述べてい る。
The Man of science seeks truth as a remote and unknown benefactor;
he cherishes and loves it in his solitude: the Poet, singing a song in which all
Human beings join with him, rejoices in the presence of the truth as our visible friend and hourly companion. Poetry is the breath and finer spirit of all knowledge; it is the impassioned expression which is in the
countenance of all Science.
(The Prose Works of William Wordsworth,vol. I. p. 141)
科学者は,真理を未知で遥かなる恩恵を施すものとして追い求め,孤独の うちに愛し大事に育てる。詩人とは,あらゆる人々と一緒になって詩を歌 い,真理の存在を目に見えて何時もいる友人として嬉しく思う。詩歌と は,あらゆる知識からなる高潔な精神であり,生命の躍動であり,あらゆ る科学の容貌をした感動的な顕れでもある,と。このように述べ,科学者 はまだ見ぬ遥かなる真理を探究する孤独な作業を営むもの。他方詩人は万 人とともに真理を謳歌し愉しむ,としてその対象を示している。また,詩 人は科学者の発見を追い駆け,科学そのもののなかに,感動をもち込むと まで述べる。したがって,詩歌とは,ありとあらゆる知識の始まりから,
最新のものまでを含み,人のこころのように不滅のものである。(Poetry is the first and last of all knowledge ─ it is as immortal as the heart of man.(Ibid., vol . I. p. 140))こ う し た こ と を ワ ー ズ ワ ー ス は1850年 に 出 版 し たLyrical
Balladsの「序文」のなかでも書き足している。
ワーズワースがここで述べている「詩人は科学者の発見を追い駆けて,
そこに感動を持ち込む」という実践とも思われる彼の短い詩,Rainbow Poem を跡づけてみたい。
My Heart Leaps Up
My heart leaps up when I behold A rainbow in the sky:
So was it when my life began,
So is it now I am a man;
So be it when I shall grow old, Or let me die !
The Child is father of the Man;
And I could wish my days to be Bound each to each by natural piety.
(My Heart Leaps Up ll. 1─9)
この詩の創作年は1802年である。1章で述べたように,ハーシェルの赤 外線の発見が1800年,それに刺激されたリッターによる紫外線の発見が 翌年の1801年という直後にこれは詩作されたこととなる。科学者による,
目には見えないが厳然と存在する熱線の発見は,当時の人々に大きなセン セーションを与えたという。先に見た「序文」にあるように,ワーズワー スはこの科学の新発見に触発され,それを追い駆け,読者に感動を与える 詩を創作したと推察される。
詩の内容は次のようになる。大空にかかった虹を見た時,私のこころは びくりと躍動する。幼児の頃もそうだった。大人となった今も躍る。私が これから如何に年齢を重ねて年をとろうとも,そうであってほしい。そう でないのなら,死なせてほしい。子供は大人の父。だから,これから先の 私の日々は大自然に対する敬虔な想いに結ばれて過ごしたいものだ。この ような詩となっている。幼児の頃はどんなつまらない光景にも,大自然の 美しさを本能的に感じ,感動して過ごせたものだ。しかし,大人になるに つれ日常の雑務に追われ,感覚が鈍らされ,かつて見た自然の夢のような 栄光の光も美も見えなくなってしまってくる。したがって,無意識にその 大自然の輝きを享受している幼児を手本として,大人は鍛えられた本能に よりそれを享受する力を取り戻したい。そうした願いをワーズワースは
Rainbow Poem のなかに込めている。
2章で触れたOde: Intimations of Immortality from Recollections of Early Childhoodの詩にあるように,幼児は“a new-born Day”(日の出)の光のよ うで,まさに素晴らしい存在である。しかし大人は,“the setting sun”(日 没)の光の周囲に集まる雲のような峻厳さをもちたい。年齢を重ね,命限 りある者としてその必滅を見続ける人であるからこそ,虹を見た時,目に見 える7色の光以外に,目で見ることができない赤外線や紫外線といった熱 線の存在に,畏敬の念を持てるようになりたい。魂の力や鍛えられた本能に より大自然のありさまを愉しめる人間の精神に感謝する大人でありたい。
ワーズワースは,「子供は大人の父」という逆説的な言辞を述べること により,老人(大人)こそ生きることの尊厳を獲得できる。苦しみをくぐ り抜けて,生命の尊さに感謝できるものであることを,啓示しようとして いる。まだ顕現化されていない,科学者がまだ発見していない,あらゆる 真理を含む大自然に対する畏怖の念に結ばれた日々を過ごしていく決意が ここに顕われる。それは,ここで取り上げたワーズワースの3つの詩作 品,Old Man Travelling, The Childless Father, Simon Lee で描かれた老人た ちの姿に重なる。そこで見た涙にしつくせない“too deep for tears”(Ode:
Intimations of Immortality from Recollections of Early Childhood, l. 204) という深い 想いを,ワーズワースの作品のなかに読者はそれぞれに,読み取っていく であろう。
注
1) Erasmus Darwin, Zoonomia: The Laws of Organic Life, vol. 1─2, London, 1794, 1796
2) The Prelude. Book Third, ll. 58─63. “And from my pillow, looking forth by light/ Of moon or favouring stars, I could behold/ The Antechapel, where the
Statue stood/ Of Newton, with his prism, and silent face:/ The marble index of a Mind for ever/ Voyaging through strange seas of Thought, alone. ” 3) ティンダルがここで引き合いにだしているダーウィンはCharles Darwin
(1809─1822)である。先に述べた医師であり詩人でもあるエラズマス・ダ ーウィンの孫にあたる。チャールズは1831年から1836年にわたるビーグル 号航海中の観察や考察をもととして,『種の起源』を出版。進化論を提唱し た。この著書は初版から第6版まで加筆修正された。
4) このOde は,一般的にImmortality Ode と呼称されている。この詩の前文
として先に述べた Rainbow Poem の最終3行が付されている。
5) このくだりは,Ode: Intimations of Immortality from Recollections of Early
Childhood の主要なテーマを述べる9連の次に示す詩行と主張が重なって
いる。“O joy ! that is in our embers / Is something that doth live, / That nature yet remembers / What was so fugitive!” (ll. 130─133)の詩行。 そし て10連の”We will grieve not, rather find / Strength in what remains behind;
/ In the primal sympathy / Which having been must ever be; / In the soothing thoughts that spring / Out of human suffering; / In the faith that looks through death, / In years that bring the philosophic mind.”(ll. 180─
187)の詩行である。
6) The Letters of William and Dorothy Wordsworth: The Early Years, 1787-1805, ed., revised by Chester L. Shaver (Oxford: Clarendon Press, 1967) p. 198, p. 214.
7) “……my sister and myself of going to Germany, where we purpose to pass the two ensuing years in order to acquire the German language, and to furnish ourselves with a tolerable stock of information in natural science.”
(The Letters of William and Dorothy Wordsworth, the Early Years 1787-1805, Oxford: Clarendon Press, 1967. p. 213)