新規パイロクロア Ca
2Ru
2O
7の合成と電子状態の研究 Synthesis and Studies on the Electronic States of the
Novel Pyrochlore : Ca
2Ru
2O
7物理学専攻 宗仲 太弥 Munenaka Taiya 1. 序論
ルテニウムは
4d遷移金属である。その酸化物と してスピン
3重項超伝導を示す
Sr2RuO4[1]
、金属-
絶縁体転移を示す
Ca3Ru2O7[2]
、遍歴強磁性を示す
SrRuO3[3]
など興味深い物性を示す物質が数多く発 見されている。これらの物性は
4d電子の持つ局在 性と遍歴性に由来しており、このことがルテニウ ム酸化物の多彩な電子相の存在を可能にしている。
ルテニウムの安定価数は
4価であるため、それら を含む酸化物は多いが、高価数のルテニウムを含 む酸化物は尐ない。価数が変われば電子状態も変 わるため、新奇な物性を発見する可能性があり興 味深い。以上のような動機から高価数のルテニウ ムを含む酸化物に注目して物質探索を行い、その 過程で新規ルテニウム酸化物である
Ca2Ru2O7を発 見した。
2. 実験方法
物質合成には水熱合成法を用いた。水熱合成法 とは金属チューブに出発物質と溶媒(主に水)を封 入し、高温・高圧下で化学反応させる方法である。
構造解析は粉末および単結晶
X線回折により行い、
組成分析には
SEM−EDSを用いた。磁化率の温度 依存性の測定には
SQUID磁束計を用いた。電気抵 抗率の温度依存性は直流四端子法を用いて測定し た。比熱の温度依存性は東京大学物性研究所の
PPMS装置を用いて測定した。
3. 結果および考察
3.1. 単結晶本研究では出発物質として
RuO2と
CaOを用い、
溶媒は酸化剤である
H2O2水溶液を用いた。通常の 水熱合成法では封入前に
RuO2と
H2O2が接触し
O2が発生する。このためチューブに出発物質をその まま封入しても
O2によりチューブの内圧が上昇 し、反応前に破裂してしまう。そこで出発物質と 溶媒を別々なチューブに入れ、それらを重ねるこ
とで
RuO2と
H2O2の接触を防いだ。このようにチ ューブを2重にする方法を開発し、その方法を用 いて合成を行ったところ、光沢のある黒色八面体 結晶が得られた。EDS による組成分析の結果、そ の 組 成 比 は 多 尐 の ば ら つ き が あ る が 概 ね
Ca:Ru=1:1であることがわかった。また単結晶
X線構造解析結果より結晶系は立方晶(
Fd3m)、格子定数は
a = 10.197Åであることがわかった。格子 定数は他の
Ruパイロクロア酸化物
Hg2Ru2O7[4]の 値
a = 10.199Åと近い。このためパイロクロア構造 を仮定し最適化を行ったところ
R値が
2.7%となった。以上の点からこの物質はパイロクロア構造 を持ち、組成分析の結果も合わせると、得られた 物質の組成は
Ca2Ru2O7であると考えられる。
Ca-Ru-O
三元系パイロクロア物質は過去に報告が
なく
Ca2Ru2O7は新規物質である。
Ca2Ru2O7
の結晶構造を図1に示す。
RuO6八面体が 頂点共有した骨格構造に
Ca4O四面体が入りパイ ロクロア構造を形成している。
Ru原子のみに注目 すると
Ru原子同士で四面体をつくり、それらが頂 点共有したパイロクロ格子と呼ばれる三次元ネッ トワークを形成している。またパイロクロア格子 の一部を面状に切り出すとカゴメ格子が現れる。
図
1 Ca2Ru2O7の結晶構造(左)と
Ru原子のみの構 造(右)
3.2. 磁性
磁化率の温度依存性を図
2に示す。測定の際、
同じバッチの単結晶を集め、アルミ箔に包んでス
O原子 Ca原子
RuO6
トローに固定した。測定は
2Kまでゼロ磁場冷却し
1Tの磁場を印加してから
350Kまで昇温測定を行 い(ゼロ磁場冷却:ZFC)、その後磁場を維持しなが ら
350Kから
2Kまで降温測定を行った(磁場中冷 却:
FC)。30K以上の磁化率は温度に依存しない部 分と
Curie−Weiss則に依存する部分の足し合わせ として見ることができる。
Sample Fitting curve
(emu/mol Ru)
T (K)
0 100 200 300
0.0003 0.0006 0.0009 0.0012 0.0015
5T 1T
B = 0.1T
0.1T
ZFC FC
10 20 30
0.001 0.0011
図
2 磁化率の温度依存性 30Kから
350Kまでの振舞いを以下の式
T
C
0
(1)を用いてフィッティングを行うと、Curie 定数
C = 1.65×10-2emu·K/mol Ru、χ0=5.95×10-4 emu/mol Ru、Weiss
温度
Θ = −4 Kとなる。組成から
Ruを
5価と 仮定すると
S = 3/2である。このような局在スピン モデルから期待される
Curie定数の計算値は
Ccal = 1.875 emu·K/mol Ruであり、実験値は期待値の
1%しかない。このため、ほとんどの電子は局在せず に結晶中を遍歴していると考えられる。χ
0の値は 一般的な強相関金属におけるパウリ常磁性の値と 同程度である。また、ZFC 曲線が
23Kでカスプを 示し、その温度以下で
ZFC曲線と
FC曲線が分岐 する。挿入図は磁化率の温度依存性を様々な大き さの磁場の下で測定したグラフである。磁場が大 きくなる程カスプが鋭くなり、分岐温度は低温側 にずれる。磁化の時間緩和をみるためゼロ磁場で
15Kまで冷却後、
30分保持して
0.1Tの磁場を印加 し磁化の時間変化を記録した(図
3)。その結果、時間が経つにつれて磁化が次第に増加していくとい う磁化の緩和現象が観測された。これらは典型的 なスピングラスの特徴である。薬品の純度、複数 バッチ測定から磁性不純物の可能性が低いことも
併せて考えると、Ca
2Ru2O7は本質的に
23Kにおい てスピングラス転移を起こしていると考えられる。
よって
Ca2Ru2O7はパウリ常磁性とスピングラスが 共存する物質であると言える。
log10(t/s)
M (emu/mol Ru)
tw = 1800 s B = 0.1 T T = 15 K
2 3 4 5
1.08 1.09 1.1 1.11 1.12 1.13
図
3 磁化の時間依存性スピングラスが生じた原因の一つに強磁性相互 作用と反強磁性相互作用の競合によるフラストレ ーションがあげられる。即ち、RKKY 相互作用に より多数のスピン間に強磁性・反強磁性相互作用 がランダムに存在し、それらが競合するような磁 気構造をとるためスピングラスが発生すると考え られる。この解釈に基づくと、スピン間の相互作 用は強磁性・反強磁性相互作用が競合するため、
平均的な相互作用の目安であるワイス温度の絶対 値は小さくなるはずである。
Ca2Ru2O7では
4Kとなり、このような解釈と矛盾しない。
パウリ常磁性が生じた原因は
d電子が遍歴的に 振 舞 う こ と で 解 釈 で き る 。 つ ま り 理 想 的 な
Ca2Ru2O7の組成から考えると
Ruの価数は
5価と なり、この
Ru5+の
d電子が遍歴的に振る舞いバン ドを組むことによってパウリ常磁性を示すと考え られる。
スピングラスとパウリ常磁性の共存を考えた場 合、パウリ常磁性が現れた原因を上述のように解 釈すると、局在スピンは存在せず
Curie-Weiss型の 磁性が現れることはない。そこで
Ca2Ru2O7が理想 的な組成から外れ、酸素の一部が欠損し
Ru原子の 一部が
Ru4+になっていると仮定する。Ru
4+は
Ru5+に比べ過剰な電子をもつため、その過剰な電子が
局在すれば、パウリ常磁性に加えて
Curie-Weiss型
の磁性が共存する可能性がある。Ru
4+が希薄に存
在すれば
RKKY相互作用によりスピングラスが発
生する可能性があり、スピングラスとパウリ常磁 性が共存することに矛盾はない。
このような立場が正しいならば、Ru
4+が増えれ ばスピンの数も増加し、スピン濃度も増加するは ずである。そのような考えに基づきアニーリング による酸素欠損の導入を試みた。アニーリングは 熱重量分析装置
TGを用いて大気中、 昇温速度
10℃/min
で 415℃、
575℃まで加熱した。アニールしていない試料と磁化率を比較したものを図
4、表 1に示す。表
1よりアニールによってキュリー定数、
グラス転移温度、ワイス温度の絶対値が増加して いる。キュリー定数の増加はスピン数の増加を示 し、グラス転移温度の上昇はスピン間の平均距離 が縮まったため、スピン間相互作用が強まった結 果と考えられる。これらの結果はアニールで生じ た酸素欠損により
Ru4+が増えたからだという解釈 と矛盾しない。ワイス温度の絶対値が増加してい る理由は単純には説明できないが、局在スピン間 の平均距離が短くなり、反強磁性相互作用がより 支配的になったためではないかと考えられる。
図
4 アニールした試料の磁化率の温度依存性Tanneal C Θ χ0 Tg
R.T 425℃
575℃
0.0165 0.0208 0.0335
-4.3 -7.45 -24.0
0.00059 0.00056 0.00059
22.1 32.7 39.0
表
1 アニールした温度とC、Θ、χ0、T
gの関係
3.3. 電気伝導電気抵抗率の温度依存性を図
4に示す。単結晶 が小さかったため結晶が
3つ連なったものを測定
に使用した。測定は
2Kから
300Kの温度範囲で行 った。室温での抵抗率は
ρR.T=2.1×10
−3 Ω·cmであ り、これは典型的な強相間金属の値とほぼ同程度 であると言える。これは磁化率がパウリ常磁性を 示す事と矛盾せず、フェルミ準位に有限の状態密 度が存在し、金属的な電子状態を作っているため と考えられる。しかし温度依存は通常の金属とは 異なり、温度の低下と共に抵抗率が増加するとい う挙動を示した。しかし、その増加の程度は半導 体に見られるようなものではない。
T (K)
(cm) (cm)log10 (T /K)
0 50 100 150 200 250 300
0.002 0.003 0.004
1 1.5 2 2.5
0.002 0.003 0.004
図
5 抵抗率の温度依存性もし
Ru4+が一部含まれていて、Ru
4+の過剰の電 子が磁性不純物の役割を示していると考えれば、
温度低下に伴い近藤効果のような現象が起き、抵 抗率の対数的な増大が生じたとも考えられる。そ こで
log10Tに対して
ρをプロットしたグラフを挿 入図に示す。log
10(T/K)= 1.2~1.6 付近で直線に のっており、その温度以下で抵抗値が飽和する挙 動が見られる事から、近藤効果が原因で低温に向 けて抵抗率が増大した可能性は否定できない。
3.4. 比熱
比熱の温度依存性を
C/Tに対して
T2プロットし たものを図
6に示す。
T 2 (K2) C/T (mJ/K2 mol Ru)
B = 0T B = 10T
B = 0T
0 40 80 120 160 200
10 20 30 40 50 60
0 20 40
20 25 30
図
6 比熱の低温部分の温度依存性 (emu/mol Ru)
T (K)
B = 0.1T
0 100 200 300
0.0005 0.001
Ca2Ru2O7 as grown Ca2Ru2O7 annealed at 425 Ca2Ru2O7 annealed at 575
ZFC FC
0 20 40 60 0.001
0.0012
℃
℃
測定には単結晶をすりつぶして押し固めたペレッ ト試料を用いた。ゼロ磁場において
2Kから
300Kの温度範囲、
B = 10Tの磁場下で
2Kから
30Kの温 度範囲でそれぞれ測定を行った。
B = 0T
の場合
5Kより高温側で直線領域に乗って いる。しかし、5K より低温側では直線から外れ、
下に曲がっている。
B = 10Tの場合も
5Kより高温 側で直線にのるが、
5Kより低温側では直線を外れ ている。しかし、図
6から明らかなように
B = 10Tをかけた方が
C/Tの値が大きく、比熱に顕著な磁 場依存が存在する。一般に低温での比熱は電子比 熱と格子比熱の和として
C T AT
3(2)
で表される。電子比熱係数
γはフェルミ準位にお ける状態密度に比例するため、電子状態が金属的 かどうかを判断する重要な指標である。低温部で グラフが直線から外れているため
γの正確な見積 もりは難しいが、図
6挿入図のように、電子比熱 係 数
γは 直 線 の と り 方 に 依 存 し
γ = 18~22
mJ/K2mol Ruの範囲の値をとる事がわかる。この値 を 他 の パ イ ロ ク ロ ア 金 属 と 比 較 し て み る と 、
Cd2Ru2O7[5]
の電子比熱係数
12.3 mJ/K2molと同程度 の値を示す。このことから
Ca2Ru2O7も金属的な電 子状態を持つことが予想される。しかし、低温で の落ち込みや磁場依存など、電子比熱では説明で きない挙動があり、単純な金属とは言い切れない。
低温での比熱の落ち込みはカノニカルスピングラ ス
Cu0.976Mn0.024[6]
においても見られ、
Ca2Ru2O7の比 熱 と 類 似 し た 挙 動 か ら 、
Ca2Ru2O7に お い て も
Cu0.976Mn0.024
と同様の機構が働いていると解釈で
きる。また、幾何学的フラストレーションが起源 のスピングラス物質
Gd2Mo2O7[7]
の磁気比熱には磁 場依存が存在する。このため
Ca2Ru2O7には電子比 熱や格子比熱に加え、スピングラスに由来する磁 気比熱も存在する可能性がある。
4. 結論
今回の研究において
2重チューブ法を開発し、高 価数のルテニウムを含む新規物質
Ca2Ru2O7の合成 に成功した。磁化率の測定の結果から
Ca2Ru2O7は スピングラスとパウリ常磁性が共存する物質であ
ると言える。Ca
2Ru2O7が理想的な組成から外れ、
Ru
原子の一部が
Ru4+になっているとし、伝導電子 に対して局在スピンが希薄に存在するという解釈 を試みた。この場合、スピングラスの原因は
RKKY相互作用によるものと考えられる。室温の抵抗率 は金属的な電子状態を示唆するが、その温度依存 性は単純な金属の挙動とはかけ離れている。その 原因として局在スピンによる磁気的な散乱が考え られる。電子比熱係数の値は磁場依存や比熱の落 ち込みが存在する為、正確な見積もりは難しいが 有限の状態密度の存在を示唆する。この低温での 落ち込みはスピングラスによる磁気比熱の寄与が 関与している可能性がある。
本研究より
Ca2Ru2O7のほとんどの電子は結晶中 を遍歴し、その電子状態は金属的であると考えら れる。しかし局在スピンが希薄に存在するため、
磁性、電気伝導、比熱において単純な金属の特徴 を示さず、特異な電子状態をとっていると考えら れる。今後はこの解釈が正しいかどうかを明らか にするため中性子散乱や
NMRなどの測定による 磁気構造の解明が必要である。
また、今回開発した
2重チューブによる合成方 法を用いれば、通常の手法では難しかった高価数 の酸化物結晶が合成でき、新規物質、新奇物性の 発見につながるかもしれない。
謝辞
比熱測定では東京大学物性研究所岡本先生始め廣 井研究室の皆様に大変お世話になりました。
参考文献
[1]Y. Maeno, et al : Nature 372 (1994) 532.
[2]G.Cao, et al : Solid State Commun. 113 (2000) 657.
[3]G.Cao , et al : Phys. Rev. B 56 (1997) 321.
[4]Ayako Yamamoto, et al : Jpn.J.Appl.Phys. 76 (2007) 043703.
[5]K.Blacklock, et al : J. Chem. Phys. 71, 5287 (1979).
[6]L.E.Wenger, et al : Phy.Rev.B,13, 4053 (1976).
[7]N.P.Raju, et al : J. Thermal Analysis 40, 341 (1993).