• 検索結果がありません。

保育案構想に関する教授学的考察 −倉橋惣三にお ける系統的保育案−

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "保育案構想に関する教授学的考察 −倉橋惣三にお ける系統的保育案−"

Copied!
12
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

保育案構想に関する教授学的考察 −倉橋惣三にお ける系統的保育案−

著者 上野 ひろ美

雑誌名 教育実践研究指導センター研究紀要

巻 2

ページ 55‑65

発行年 1993‑03‑31

その他のタイトル A Pedagogical Investigation for Teaching−

Learning Plan in Kindergarten

URL http://hdl.handle.net/10105/4457

(2)

一倉橋惣三における系統的保育案一 上 野 ひろ美

(教育学教室)

APedagoglCalInvestlgationforTeaching−LearnlngPlaninKindergarten HiromiUENO

要点;保育案をあらかじめの保育構想として位置づけ、それを核にして実践における教師の指導性 の問題を検討する。具体的には倉橋惣三における系統的保育案をとりあげる。

キーワード;保育案 誘導 指導性 1.保育構想としての保育案

保育において指導とは、強制ではなく、かといって子どもの興味・関心に迎合することでもない。

それは、保育者の願いを、何らかの手段に媒介させて、子どもの活動したいものへと転化させてい くことである。子どもから拒否される可能性を常に学みつつ、子どもの動きを誘いだし、動きが生 まれたらそれに乗りながら前へ前へと発展させる。あるいは、子どもの動きを巧みに方向転換させ たり、他の動きへと移らせる。そのためには子どもがよく見えなければならず、また、子どもの気 持ちと交流し台いながらの、保育者からの適切な働きかけが求められる。

保育案は、教材・活動のイメージにもとづいて、たとえば遊びの展開のなかでどのようなことが 子どもに起こり、その際に保育者がどのような働きかけをするかについて、いくつかの場面、何人 かの子どもを念頭におきながらの腹案として成立する。そうすることによって、逆に予想や意図に 反したさまざまな展開に対して対処することが容易になる。当初の予定どおりに保育展開がすすむ

こともあるが、むしろそうならない場合の方が多く、そのことが実践の特質だとさえ言える。

すなわち既成の理論や法則の単なる適用としてではなく、子どもの活動や子どもの相互作用を引 き出す技術を鍛えるものが保育案づくりなのである。保育案は、予め計画を立てることにより、実 践の誤りや研究の不十分さがよく見えるため、言い換えれば保育者に自己の「指導」が見えるため

にこそ必要なのである。

ところで1989年(平成元年)度告示、1990年(同二年)より実施された新幼稚園教育要領と新保 育指針は、「環境による教育」を強調している。幼児の主体的活動を促し、幼児期にふさわしい生 活が展開されるようにすることをめざすには、幼児の特性をふまえた「環境」が不可欠だという主 張である。その結果、さまざまな理論的・実践的課題が提起されることになったが、なかんずく、

保育者の「指導性」の後退が顕著である。「環境による教育」とは、保育者のねらいを「環境に託 する」ものであり、自ずと子どもの自発性に任せるべLという一面的な解釈がなされたからである。

実際のところ、少なからず保育実践に混乱が生じている。

55

(3)

現在の問題状況はわが国の幼児保育の歴史のある時期、そして一人の幼児保育者の主張とその影 響力とを彷彿とさせる。歴史のある時期とは、日本の幼児保育が、諸外国幼児保育理論の輸入期と

しての明治期を経て大正から昭和に渡り、児童の自発性の尊重を強調し、近代的な幼児保育恩想の 確立をめざした時期であり、一人の幼児保育者とは、そこで活躍した倉橋惣三(1882−1955)であ

る。その時代のわが国の幼児保育の実態には、翻訳調の愚物主義、形式的な保育形態に終始する状 況があった。今日、新教育要領が意識的に退けようとしている保育状況とは、領域的・課業的保育 内容であり、それの形式的な保育形態である。これら二つの時代の背景となる保育状況にはある種 の共通性がある。今日の議論のなかで倉橋の思想が引きあいにだされることが多いのも、理由はそ こにあると言えるだろう。倉橋は、大正デモクラシーという時代精神を背景とし、加えてアメリカ 新教育を吸収して、子どもの自発活動を主軸とした近代的幼児保育思想を形成していく。

本論では、保育実践における保育者の指導性のあり方を検討する一助として、倉橋の保育案論に 焦点を当てる。

2.幼稚園の性格

倉橋によれば、幼児保育は人間の「基本教育」である。「人生教育の全課程に対する基本として、

東平重要なるものは、知能の早き獲得にあらずして、生命の発展勢力の増進と統制とにある。無限 の元気であり、多面の興味であり、不断の試行力であり、しかして、年齢に相応せる適度の自己統 制である。皆これ、知能の成果ではなくして、生活活力そのものである。生活活力は根の力である。

すなわち、就学前教育は根の教育である。根の力は、自己発展力である。すなわち就学前教育は自 己発展力の教育である。」((2)p.423)

さらに倉橋にとって幼稚園は、教育の場である前にまず「子どもの生活」の場でなければならな い。「幼稚園は幼児の世界である。そこでは、一切が幼児の生活に出発し、幼児の生活に帰着する。」

((4)p.295)

その際、幼児の「生活の実質と自然」がもっともよく現われる「遊戯」が第一に尊重される。幼 児において、「よく遊ぶ者のみに生活活力の大きさと、その将来への発展を信頼させる」((2)p.430)

のである。遊びの充実、それは保育の内容であり方法として強調される。生活と遊離した知識の形 式的注入に終始する明治期の教師中心の形式主義保育、「机の保育」がきっぱりと否定されたので ある。子どもにそぐわない保育内容を満載した「教へ過ぎる幼稚園」((1)p.274)に別れを告げて、

自由な遊びを中心に置く保育の確立がめざされたのである。

倉橋が子どもの主体的活動を発見し、それを保育構造の中核にすえることによって、保育の方法 概念を提起したことは画期的であった。加えてその主張の具体化としての「誘導保育」を提唱した ことによって、わが国の幼児保育はきわめて新しい段階を迎えることになる。こうした幼児の「生 活」の主張が、保育の対象に幼児の生活を位置づけただけでなく、それによって、大人による人為 的な教育の押しつけや子どもと関わりのない権威や道徳の注入をきびしく拒否する論理としても使 われることになったからである。そして後に述べることになるが、反面、幼児期にこそ獲得しなけ ればならない知識や技能の習得を、保育内容から脱落させ、児童中心主義的偏向をもたらすことに もなる。現実と関わり合っている子どもの生活現実を一面的に解釈し、保育者の指導性を弱め、子 どもの現実生活に向かう道を閉ざすという結果をも伴うことになるのである。

(4)

(1)幼児の自発的生活の尊重

「幼稚園において何よりも大事なものは子供の遊びということ」((1)p.135)だと倉橋は言う。

「教えるよるも共に遊び、共に遊ぶよりも子供等をして我れにおいて自らよく遊ばしめるの大教育」

をめざして、子どもの自由な遊びを重視しようとするのである。これはまさに近代的幼児教育思想 の証である。

新たに遊びの意味づけをおこなった論稿「就学前の教育」において、倉橋は、生活本位の保育を 打ちだす。それは「生活としての実質を離れないこと」であり、もっぱら自発的なものである。し かもその生活は、実生活への「適応」を意味するものであったり、実用的であったりするのではな い。「生活は無我的であり、没我的であり、一点の自意識も効果意識も伴わない。従って、たとえ ば水の流るるがごとく、風のゆくがごとく、一切の努力感をも伴わない。快であって快でなく、苦 であって、苦でなく、一つにこれ自然である。」((2)p.428)

但しこうした把握は、「子どもを主観的・主情的に美化し、子どもの認識・要求・実践を主観的・

主情的に解釈していこうとする子ども理解の系譜」に属し((22)p.352)、子どもたちの成長・発 達を自然本性の内発的な過程と見なしてしまうと、危惧されている。

(2)幼児の相互的生活

倉橋は幼児の集団生活の意義を重視している。集団のなかで、幼児をして相互に教育せしめるの である。幼児の生活は自発的であって、遊戯生活が重視され、その生活は相互中心生活である。遊 戯生活が相互中心生活というのは、遊戯生活=互いに楽します関係ととらえられるからである。倉 橋日く、「幼児の生活は共同生活の強い欲求を有して居」り、この欲求を利用することが「最も自 然にして、最も賢い教育の方法」なのである。

この点について宍戸健夫氏は、幼稚園の集団生活に対して否定的見解が世論を占めていた当時に、

倉橋が「相互生活」を擁護する主張をしたことは、幼稚園における集団生活の意義をあさらかにす るものとして、保育理論上ひときわ光彩を放っているという。そして、「相互生活」をとおして

「自発生活」をとらえようとする主張が、自発と相互生活を敵対的矛盾のようにみなしてきた従来 のとらえ方と異なり、「矛盾を自由な遊戯生活において解決した」((6)p.54)として評価している。

だが、自発的生活と相互的生活の相互関係に立ち入って問おうとすると、倉橋の主張はいまだ鮮 明でない。自発的生活の内容を尊重し、それを利用して積極的に幼児を教育していくことが重要視 されつつ、「自発的生活」は内容であり、「相互的生活」は方法、手段だと言われるからである。そ こでは「相互的生活」における「情緒上の感化」が重視され、性情の教育が目的論と化していく。

めざすべき性情は「すなおさ」と「したしみ」におかれるのであるが、子どもが何についてどのよ うにして「すなおさ」と「したしみ」を感ずるのかという認識論的考察や、社会において人間相互 の「したしみ」はどのようにして可能なのかという社会科学的考察がなされないのである。「すな おさとしたしみ」の向かうところは不明のままである。((6)p.42−43)実際のところ倉橋が情緒 的基調として「親しむ心」を掲げるとき、「相互に相互を教育せしめる」ということの構造は分析 されることなく、まるごと把握され、集団生活の意義がきわめて矯小化される危険が増すことにも なるのである。((8)p.243)

3.保育案とその実際

57

(5)

東京女子高等師範学校付属幼稚園の保母と倉橋の共同として発表された「系統的保育案の実際」

(1935)は、日本ではじめての体系的・構造的な保育案(幼稚園カリキュラム)である。「最近数か 年における各組の実際を材料とし、取捨を加え、配合を変え、一つの保育案として組み立ててみ」

((4)p.304)られたものである。

保育案について倉橋は次のように意味づけている。「幼稚園は幼児の世界である。そこでは、一 切が幼児の生活に出発し、幼児の生活に帰着する。その幼稚園における幼児の生活を、発揮せしめ、

充実せしめ、その正しき発展を経過せしめる途が保育案である。それは、どこまでも、幼児の生活 以外の何ものでもない。教育というも、幼児の生活裡に機会を捕捉して、これに適切なる誘導と指 導とを与えるに他ならない。しかも、幼稚園において、計画なくして幼児達を迎うることは、放漫 たる以上に無責任である。思いっきや、気まぐれや、ゆきあたりばったりで、大切な幼児の生活に 臨むことは許されない。一日一日が再びすることのできない保育である。用意の上に用意を重ねず

して、これを行なうことはできない。保育案は要するにこの用意である。」((4)p.295)

この主張の直接の動機は、当時の幼児保育の状況が幼稚園令に示された保育項目(遊戯、唱歌、

観察、談話、手技等)を時間割のように配列した羅列主義保育であったことから、それにたいして 幼児の生活を擁護することにあった。が、羅列主義保育の実態ゆえに、他方で保育案否定論も唱え られており、倉橋は保育項目羅列主義と保育案否定論の両者を意識して独自の保育案論を述べたこ とになる。

倉橋らによって提起された系統的保育案の実際は次のとおりである。年長組第一保育期の一部を 掲げる。(表「系統的保育案の実際」参照)

系統的保育案は、大きくは「生活」と「保育設定案」に分けられる。

(1)生活欄

これは、「保育案といった立案的性質」を持つものではないとされるが、さらに①「自由遊戯」

と(診「生活訓練」とに分けられる。

① 自由遊戯

自由遊戯は倉橋が最終的に最も重視した活動である。また今日の保育状況においても、「自由保 育」を標模するとき、保育者の指導との関連ないし保育案との関連が必ず問題になる。その自由遊 戯を保育案に位置づけるにあたって、倉橋は次のように述べる。

「子どもが自由遊びをするとは言いましても、大体に於てそう甚しく思い掛けないような事が子 供によって遊ばれるものでないと考えていいかと思うのであります。・‥子供自身は自由にやってお りますけれども、その自由遊びなるものが無制限に多種多様にあるのじゃない。殊に季節等の関係 からその子供達の致します遊びというものがおよそは定っている…これは先生の方から作り出した 立案計画ではありませんけれども、幼稚園生活に対する先生の用意と云うものにはなって来ると恩

うのであります。」((5)p.30−31)

すなわち自由遊戯とはいえ、保育者にはおおよそ予想の立っものであり、また、不測の事態へも 対応し得るような「用意」が自由遊戯のための保育案だというのである。

(塾 生活訓練

幼児には、遊び生活とは別に実際生活がある。それの指導案が、この生活訓練の欄で考えられて いる。たとえば次責の(表)「系統的保育案の実際」に見られるような「年少組に対する心得」で あるとか「室内の整頓」といった内容であるが、こうした事柄が保育内容として意識されたという

(6)

表 ﹁系統的保育の実際﹂年長組・第一保育期

周三第 周 二第 璃一第

且二月四 日五十 月四 日八月間

玉 椿     さ     鬼 ま 人 戦 遊 砂

活 こ   ラ     ひ   U

ろ し     ら  (   つ と 中 ご   で 由

が 空 音 こ 心   っ   地 遊

し の 子   下

ま       鉄 戯 と  ま     を 蘭 絞   お 食 等 い 窓 廊 い 先 年 意 大

生 活 訓 練 か ま   塔 内 り     盆 事 に た に  F て 生 少     き

た ご     ま 空 の     ふ 前 つ ず 登 を   や 細   い 重 義 冒 牽 時     き 後 き  ら  ら 走   友 に     組 の     、の 再 書 ぬ ら   達 対   に 繁     お 手 び き  こ ぬ     へ す     な 慧 讐   呂 審   盆 △ 約 を と  こ     の る     つ く  ひ 束 せ     と     挨 心   て

的 等     J ば ぬ         拶 得   の

に  の         ハ り に       諸

あ       】 等 と           つ       注

句 五         同 街 近 そ と を 幼 や ぶ 主

越 誘 導 保 育 案

月           前 製 の の  し 中 経 作 も

節 作 市 付 て 心 園 り  ち

熊 北   せ て △ 金   家 察 作 北   置 作 そ 園 し 幼 間 ま 花 計

画 過     帰 に 太     屋 の り 過   す の の に て 椎 兄 を 籠

喜 豊 す き 鰭 雪 景 盃   誓 書 霊 壱

吟 方 は   る 家   上描 園 に 作 味 の         を に き 周 を △ り 風

相         顧 幼 東 園 中 る て 車 談         次 児 L を 心 新 、 観         配 製 地 と 人 こ

味 行 家 製 観 の 人 台 会 せ 地 地 園 楢 の 尊 手   迎 新   封 年 期 事 庭 作 察 △ 的 へ 般 る に 況 付 △ 最   L 抜   ふ 来     す 少 待 の 年 △ 分 の 的   知 を 近 幼 初 教 る 者     る 者 効 興 中 △ △ 踪     ら 買 の 椎 の 肯 心 を     心 に 果

癌 十

過 過 業継

時綴

間 聞 間作

君 絞 る 先 天 拍 ク     △ 自 丘 △ ( 花 △

△ △ 遊

唱 課

案 日         (  

ケ 歌   生 長   ) ザ ま 由 薩

代 み   が 節     ! き 表 遊 △ 爺

雲 ; 彗 宗   吾 現

護 東   宝

遊 咽         せ           ッ

△ △

慧 歌

遊 唱   鬱 全 戯

遊 唱     巷

晴   天   蜂 動 猿 人     ま 森 繹   l ア

国   長   大 物 蟹 形     ち の ア リ

神   節   将 の 合 芝   が 王 迦     ラ バ

杜   の   ( お 戦 居     ひ 様 ビ バ

の     お     節 ア

お   話   賀 と

り           幼 新 ン

ナ イ 話

講         演 人               ・賀

話 芝 話 請     r

− .

椿 櫻 た     と

の ね     か

花 (   蒔     げ

松 コ  き 薫 呈 粗ブ 製   鋏     自 ぬ 枯 鋏     自 車 花 製   自

作   仕   由 り 土 什     由 か 作   曲

金 よ 誘   チ 事 一 △ チ ゑ     事 さ △ 三     △ ユ        ロ

郎 墨 筆 ‡ I    は 毒 !   自 自  ら リ     在 在 の ッ         花 プ

ま 風

四     一 四     二 回

(7)

ことは、幼児保育の内容の前進であり、幼稚園の大衆化現象を示すものであろう。

ただしこうした内容も、「外から」持ちこまれるのではなく、「子供から」出てくるものを充実さ せようとするところに、倉橋の一貫した主張がある。「訓練の目的で生活をどうする、利用する、

こういう意味じゃなくて、その生活の中にその生活を生活として完成させることを主に」((5)p.

38)するのである。「生活のままを、生活のままで指導誘導せんとする意味であって、換言すれば、

方法的に何等設定的性質を帯びないもの」((4)p.297)であり、その場その場で必要な指導がおこ なわれるという性格のものとしてとらえられる。すなわち、「必要を感じて行動が生まれるような もの」が望まれているのである。

こうした生活のとらえ方は、新教育がめざした「生活の教育化」のなかに位置づくと言えよう。

(2)保育設定案

これが従来言われた狭い意味での保育案である。そして「保育設定案」は二つに分けて考えられ ている。その一つが「誘導保育案」であり、倉橋の保育案の別名とも言えるほどに彼の主張を象徴 するものである。誘導保育案は、保育項目羅列主義から脱け出すために「系統的保育案の中で、特 に工夫を凝らして居る」と、倉橋自身が強調するものである。

(彰 誘導保育案

「誘導保育案」は「主題」「計画」「期待効果」「継続作業時間」の四つの欄から構成される。

「誘導保育案」とは、子どもの興味に即した「主題」をもって、子どもの生活を導くことである。

断片的であった個々の生活を「一つの主題を以て誘導」し、一つの中心テーマのあるまとまった活 動、いいかえれば主題のある総合活動へと幼児を組織していくことをめざしている。

誘導保育案において、いかなる主題を導入するかについて、倉橋はきわめて慎重である。子ども たちが興味・関心を示すかどうか、子どもたちからの要求を引きだすことができるかどうかを考え、

材料、道具、作業方法について心を砕く。それは、幼児の方が近づくのを待つということでもって、

誘導と銘打っていることからも伺える。

「主題」は、たとえば「おもちゃづくり」「五月節句」であり、それを扱う期間はさまざまであ り、また年中行事的な内容である場合もある。いずれの際にも「主題」は、一つには幼児が「興味 を促され、動機性を動かされ、生活の具体性の裡に統合せられていく」もの、二つには「どれだけ の教育価値が、挙げ得られるかを予め考へ、それに対する適当な計画」を立てられるようなものが あげられる。((4)p.299)

また、ひとっの主題を扱う場合、導入段階一作業過程とその完成一活用段階というように、一連 の展開が考慮される。そして倉橋自身の意図としては、「最も必要なことは、最後の完成と、その 後に来るところの活用」とである。((4)p.300)

このように倉橋の誘導保育案において子どもの遊びは、自由遊びをふまえながらも、主題をもち、

計画を立て、一定時間継続されたまとまりのある活動として組織されるものである。また、そこで は教育的な価値評価(「期待効果」)がなければならない。こうした目的をもった総合的活動の展開 は、今日の幼児保育に引き継がれている貴重な遺産である。

② 課程保育案

保育項目は、「誘導保育案においても、どれだけちゃんと入っているかということが大事」であ るが、それだけでは不十分であって、取り立てて指導することもまた必要である。

この点について倉橋は、「各保育項目は、誘導保育の中に導き入れられるものでもあろう。しか

(8)

し、幼稚園にも、練習を主とする方面があり、各保育項目の教育的期待効果を強調せんとすること もあり、全然誘導保育案のみではそれができがたい。課程保育案もまた入用である。」((4)p.301)

と言う。

取り立てて課程保育案が必要な理由は二つ挙げられる。ひとつは、何か別に目的をもっものでは なく、それ自体のためにおこなわれる活動、すなわち「純粋興味」とか「純粋活動」と呼ばれるよ うな分野が必要であることである。「子供は遊びたいと言ってもただわいわいと騒いでいるばかり では本当に満足するものではない。子供の心、殊に幼稚園に来る位の年齢の子供の心には、自分の 知っているものを歌なり絵なり形に表わしたい。すなわち作りたいという強い欲求を持っておりま すから、これを子供に適した材料と方法とで満足さしていこうとするのであります。なおまた子供 は自分の心の中にあるところのものを自分で外に表わしていくことを喜ぶばかりでなく、自分の心

° ° ▼ °

に持っているものをはっきりと、また力強く表わしてもらうということに非常な満足を感ずるもの であります。」((1)p.143)

ふたっには、誘導保育の中で、個々の保育項目を指導しようとすると、それは誘導保育ではない という事態も出てき、誘導保育案を生かすためにも、課程保育案が必要だという点である。ただ

「その課業性の危険を警戒すればいいのであろう。」((4)p.300)というのが、課程保育について の倉橋の留意である。

ここで問題になるのが、倉橋における課程保育の位置づけの曖昧さである。目的が「子供の心」

に「満足」を与えることに傾斜し、「子供に新しい知識を増して行こうということが必ずしも目的 になっていない」のである。

この点に関わって、課程保育案を位置づけたことを倉橋の「卓見」として高く評価しっつ、しか しそれの意義についての認識が不十分だとする指摘がなされている。その代表的なものに、山下徳 治の提起がある。(9)

山下は、倉橋の保育案が「生活」を基底とし、「誘導保育案」を中心とした総合的な性格をもっ 点を、保育方法上幼稚園教育の科学的な一歩が踏み出されたものととらえると同時に、生活主義的 方法による教育の傾向があると指摘する。

「本案の『課程保育案』に掲げられた教材が果して幼児の心理発達に即応し、而も同時に教材そ のものの理論的体系から見て本質的意義を持ってゐるかどうかを速断することは出来ないけれども、

これらの教材の選択と排列は幼児の心理と教材自らの論理に沿っているかどうかを検討する必要が あるやうに恩ふ。」((9)p.38)

山下は誘導保育案を、生活的総合的な保育案として方法的に重要視しつつ、反面それだけでは経 験主義的に流れやすく子どもの知的発達を保障するに十分でないこと、逆に課程保育案が幼児の精 神発達に重要な意味をもっことを指摘し、保育項目における教材の理論的系統にもとづく課程化の 必要、選択と排列の原理の重要性を強調したのである。

倉橋は「生活を生活で生活へ」と表現して「生活へ教育」を、すなわち「生活」の教育化をはかっ た。そのために、生活を基底にし、誘導保育案を核に据えたのであった。それにたいして、「教育 の生活化」という側面は、課程保育案が中心になって担うべきものである。山下はこのように考え て、それゆえにこそ「幼児の知能発達を根本的に意図した」はずの倉橋の「課程保育案」の比重の 軽さを問題にせざるを得なかった。

この点については、後の倉橋理論の継承のされ方と関連するところである。系統的保育案全体の なかに課程保育案を位置づけたものの、だが倉橋にとっては、課程保育案はやはり「過去の」保育

61

(9)

案であって、誘導保育案の補足的な意味しか与えられていないようである。((3)p.47)さらには、

保育項目の内容については、すでに所与のものとして、思索の対象からはずされている((4)p.299−

300)。

すなわち倉橋において、幼児期の基本課題を情意機能の発達においてとらえ、知的教育とそれを 対立的にとらえる発達観があるのではないか。実際のところ倉橋理論は、フレーベル主義を批判し たアメリカの幼稚園改造運動の系譜に立っている。そこで、フレーベルの、子どもの遊びや自発的 活動の尊重という方法は継承しっっ、他方では、愚物教育批判において、フレーベルが深い洞察の 結果組織立てた対象的世界の認識の課題、すなわち幼児保育の内容論をすっかりきりすててしまっ た感が強いのである。((13)p.29)

ところで系統的保育案のなかでのこうした課程保育案の位置づけをみるとき、戦後のわが国で提 唱されたいくっかのカリキュラム論が想起される。それはたとえば、倉橋の系統的保育案を二層な いし三層構造としてとらえればその類似性に気づく。「生活」と「教育的意図のある設定的保育」

の二者ととらえると二層構造といえる。あるいは三層構造ととらえることもできよう。それは、

「基底としての生活」(日常的な生活活動、自由遊戯、生活訓練)「誘導保育案」(生活と密接に結び つきながら、「生活」から生まれた「主題」に向けて一定期間継続して計画的・集団的に取り組む 活動)「課程保育案」(保育五項目による教材が用意され、それを「練習する」ための活動)という

ようにである。そして、三層は相互に関連する。

久保田浩氏は自己の保育構造論を展開するなかで、子どもが「系統的に学習する活動」として

「領域別活動」を位置づけている。言うまでもなく幼児教育の本質は生活教育であり、遊びやしご とが生活の主たる部分を占める。が、氏によれば、それがすべてではない。子どもたちは登園して 来ると、自分の身のまわりのものを整理し、必要な準備を整える。食事をしたり、作業のあとで手 を洗ったり、身じまいをしたりする。こうした日常生活に必要な生活の仕方は、ひとっひとつ学習 していかねばならないことである。また、一人一人が、自分のことができるだけでなく、集団生活 に必要なことがらを、交代で受け持ったり、分担したりすることもできなければならない。さらに

は、絵をかいたり、みんなで歌を歌ったり、走ったり、先生の話を聞いたりすることもある。子ど もの一日の生活はこのように変化に富んだものであり、それぞれの活動は質が違い、しかも相互に 関わりをもち、働き合っている。

このような考えに立って氏は子どもの生活の構造を、(i)生活の中核になるような、集団で取 り組む遊び(の食事をしたり用便をしたり身のまわりの整理をするなど、生活全体をなりたたせ る日常的諸活動(嵐)子どもの発達を促進するべく、遊びや生活を高め内容のあるものにしていく ために、学習して身につけていく活動一これら三層からとらえようとする。

この第三の層をなすのが、倉橋の課程保育案に該当する活動内容である。久保田氏によれば、そ れは「目標がひとつにしぼられた遊び」「一定の教材への取り組みとその積み上げ」であり、「領域 的活動一系統的に学習する活動」と呼ばれる。具体的には「言語」「文学」「自然」「数量形」「音楽」

及び「造形」があげられる。なるほど遊びを繰り返している間に自然に身についていく知識・技能 はあるが、それだけでは無駄が多く学習の効率がよくない。また、子どもの側に身につけようとい

う意識がないと、効果は期待できない。したがって、体系を立て、順序よく積みあげていくために、

必要な指導をしていくことを考えねばならないというのが久保田氏の主張である。(23)

倉橋の課程保育案は、明らかに久保田らの戦後のカリキュラム構造論につながる先駆的業績だと いえる。「自由遊戯」「生活訓練」を基底とし、主題を中心として展開される「誘導保育案」を核と

(10)

し、「誘導保育案」だけでは保育項目の指導において不十分なところを「課程保育案」で補おうと する倉橋の保育案について、宍戸は、「それぞれの独自の活動分野を構造的に位置づけたこれまで にない充実した保育案(カリキュラム)といえる」と高い評価を与えている。((6)p.39)

だが、やはりここでも疑問が呈される。それは、ひとつには、各々の構成項目、特に「生活訓練」

や「課程保育案」の内容の独自性が積極的に意義づけられていないことである。ふたっには、各構 成項目の内容的な相互関連が明らかでないことである。宍戸によれば、こうした疑念が生じるのは、

倉橋の保育案が、「各構成項目が『自由遊戯』へ融合してしまうこと」を理想としていることに起 因している。((6)p.39)

実際のところ倉橋は次のように述べる。「若しも非常に理想的な場合を言ひましたならば、課程 保育案が誘導保育案の中にずうっと溶込んでいながら、而も各保育項目がきちんきちんと徹底的に 各期待効果を遂げ得る様に指導され、それが又更にその誘導保育が子どもの生活の方にずっと這入 り込んで自由遊びと一緒になって来たならば、それこそ実に天国幼稚園、理想幼稚国とは斬う云ふ のであります。…(中略)・‥効果ある保育にしようとすると抜出して来てやらなければならないし、

全体的の形にしようとすると効果がい、加減になる。そこに保育案のむずかしい問題があるのであ ります」(5)

すなわち倉橋の課程保育案は、つまるところ、内容的な構造をもっているというよりも、保育方 法的立場からの段階的カリキュラムとなっているのである。すでに述べたように、最終的に目指さ れているのは、「自由遊戯」における子どもの「自己充実」なのである。自己充実とは、「設備」す なわち「環境」を用意して「自由」を保障し、「十分に子供の生活形態を形づくらせて、それでそ の間に十分の自己充実が出来て行くやうにしてやる」((3)p.22)ことである。

が、その自己充実が向かうところは定かでない。すなわち「『自己充実』もそれがたち向うべき 対象認識をもたない自己活動理論」((13)p.39)なのである。こうした自己充実へむけての段階論 的把握にはばまれて、各分野の独自性が深められることはなく、また、相互関連を明らかにする理 論を構築できなかったということであろう。

4.保育者の役割

(1)「誘導」

系統的保育案の「自由遊戯」ならびに「生活訓練」においては、子どもにおける「自己充実」が 目的とされる。そのために保育者のなし得ることは「充実指導」である。子どもたちが「自己充実 が出来て居るかどうかというところに重きを置いて指導する」のである。この段階では保育案を

「立てるのは難しい」からである。

そして案らしい案が立っのは誘導保育案においてである。自由遊びの誘導から段々熟して来たも のとしての誘導保育案において、保育者は「誘導」という役割を担う。倉橋日く、幼児生活にはど うしても「刹那的であり断片的である」ところがある。そうした生活を「中心的主題にまとまるよ うに誘導」し、子どもの生活を充実したものにすることをめざすのである。すなわち「誘導」は、

「充実指導」の一形態でもあって、あらかじめ保母の側で「子供を離れて考えておくことが出来る」

ものである。

「子どもを離れて」考えておくのだが、「誘導」が行使されるのは、保育者が子どもの前を進む 形において、とされる。「楽しく踊ることで踊らせ、熱心に製作することで製作させ、幼児をその

63

(11)

生活の方へ引き入れてくる。」((2)p.48)というようにである。そして「誘導」の眼目として倉橋 の強調するところは、子ども中心ということである。「若し何時迄たっても保母が中心として幼児 達に意識せられてのみ居るならば、幼児の自発性に欠陥があるか、保母の方に誤があるか、いずれ にしても自発遊戯として不自然なることである。而して、幼児の自発性に欠陥のあるべき筈がない とすれば、責任は保母にある。幼稚園教育の原則を充分理解して居ない結果と言はざるを得ない。」

このように誘導保育案を構想し、保育者の役割を誘導という行為に求めつつ、倉橋の主張は保育 における「作為」の排除へと結論づけられてしまう。「生命を貴び、自然を愛するものは、故意と 作為とを嫌ひ、一切のわざとらしさを忌む。そこには、他の何ものを得ても、東を失ふからである。

況して、何の為に、強いて、生命を傷つけ、自然を害ふことを企てよう。美と真を軽んじて、なん の正しい教育工夫があらう。」((3)p.132)

同様に倉橋の強調した相互生活についてはどうか。

「傍らにあって、其の相互生活を誘導するか、或いは幼児等の中に交って、其相互生活を誘導す るのではなくてはならない。いづれにしても、自分が児童の中心になるのではない。」と述べるよ うに、「相互的生活」の質を高めようとする観点は見られない。その結果、既に述べたように、幼 児の自発的生活と相互生活の矛盾を遊戯生活において解決しつつ、その矛盾に対する指導方法が生 まれてはこなかったということである。

子どもにとって「相互的生活」は、楽しくふさわしいものであることが望ましい。が、それは大 人から与えられるばかりでなく、子ども相互の協力をとおしてつくり変えられていくものである。

こうした全体と個の相互の弁証法的把握が問われるところであろう。

(2)子どもの活動の質的変化

倉橋のヒューマニズムは、子どもの童心への愛という童心主義あるいは、児童中心主義的な偏向 をまぬかれなかった。童心という形での子ども一般への愛は、具体的な状況をこえた一般性をもっ 反面、現実的な問題解決の力にはなりにくい抽象性を有していた。((13)p.26)

それは子どもの遊びのとらえ方、経験の把握に顕著である。一般に倉橋は、アメリカの新教育を 吸収し∴日本の実践の独自性のなかでそれを生かしたと言われている。(15)が、子どもにとって の「経験」の把握の仕方に、デューイとは決定的な相違がある。デューイが経験を重んじるのは、

知識が生活条件を変えていく力にならなければならないと考えるからである。デューイ目く「子ど もの知覚と判断力のいっそう高い段階に引きあげること」が「幼児教育の方法」((24)p.131−132)

なのである。一方倉橋が子どもの「欲求」を理解し「自然」やそのなかでの遊びを重んじるのは、

「親しむ心」を育てたいからであり、あるいは「人間世界の好意を感じる」((1)p.267)心を育て たいからである。すなわち、遊びの満足ないし自己充実が保育の目的であり、充実度の量的変化は あっても質的変化はとらえられていないのである。

倉橋の理論は「新教育の実践的展開」((10)p.100)だと言われる。幼児の自発的活動を重視し、

「誘導」という名のもとに間接的指導の論理を打ちだし、何よりも系統的保育案を提起したことな ど、その評価があたえられよう。が、他方で、その思想がきわめて日本的性質を有していることも 特徴である。顕著なのは、津守真氏も言うように、その「教育的洞察」の鋭さである。多くの人々 が魅せられたし、今なお魅せられるのはその点であろう。が、系統的保育案が彼の直観的洞察にと どまらず、子どもの活動や相互的活動を引きおこして育てる「方法」として発展的に理解され、実 施されるためには、本論で指摘した点を含めていっそうの指導論的検討が必要であろう。

(12)

く引用及び参考文献〉

(1)倉橋惣三「幼稚園雑草」(『倉橋惣三著作集2』)フレーベル館1965

(2)倉橋惣三「就学前教育」(『倉橋惣三著作集3』)     〝

(3)倉橋惣三「幼稚園真諦」(『倉橋惣三著作集1』)     〝

(4)倉橋惣三「系統的保育案の解説」(『倉橋惣三著作集4』) 〝

(5)倉橋惣三「保育案」(『倉橋惣三著作集4』) ′′

(6)宍戸健夫『日本の幼児保育』青木書店1988

(7)宍戸健夫「近代日本の保育思想形成」(『教育学研究』35巻3号)1978

(8)宍戸健夫「大正期幼児教育理論の構造一倉橋惣三の保育理論の検討−」(『愛知県立女子大学 紀要』13号)1962

(9)山下徳治「保育案問題を中心に−倉橋主事の教を乞ふ−」(『教育』4−12岩波)1963.3

(10)津守真「倉橋惣三と誘導保育論一倉橋惣三の幼児教育論の紹介−」(『幼児の教育』64巻10号)

1965

(11)津守真「倉橋惣三の保育論の現代における位置」(『幼児の教育』73巻10号)1974

(12)菊地ふじの監修、土屋とく編『倉橋惣三「保育法」講義録』フレベール館1990

(13)野沢正子「保育内容と方法一倉橋惣三の誘導保育論と保育案の検討」(『社会問題研究』第28 巻第1、2合併号)1978

(14)野沢正子「倉橋惣三と児童保護論」(『社会問題研究』第25巻第1−4合併号)1975

(15)久保いと「倉橋惣三の幼稚園教育論一大正期新教育運動を背景として−」(『私学研修』)

1960

(16)文部省『幼稚園教育百年史』

(17)諏訪きぬ「1930年代の保育案にみる『生活』概念の検討(その1)倉橋惣三の系統的保育案」

鶴川女子短期大学紀要第1号1978

(18)諏訪義英「倉橋惣三研究の方法」(『暁学園短期大学研究紀要』)

(19)諏訪義英「倉橋惣三研究の方法(2)研究の動向から」(『暁学園短期大学研究紀要』)

(20)諏訪義英「倉橋惣三の就学前教育論一家族制度と家庭教育の再編成−」(『暁学園短期大学研 究紀要』第4巻)1990年

(21)諏訪義英「倉橋惣三の就学前教育論−その基本構造−」(『暁学園短期大学研究紀要』第1巻)

(22)竹内常一『生活指導の基礎理論』明治図書1969

(23)久保田浩『幼児教育の計画』誠文堂新光社1970

(24)デューィ、宮原誠一訳『学校と社会』岩波書店1981

65

参照

関連したドキュメント

教育・保育における合理的配慮

婚・子育て世代が将来にわたる展望を描ける 環境をつくる」、「多様化する子育て家庭の

保育所保育指針解説第⚒章保育の内容-⚑ 乳児保育に関わるねらい及び内容-⑵ねら

全体構想において、施設整備については、良好

需要動向に対応して,長期にわたる効率的な安定供給を確保するため, 500kV 基 幹系統を拠点とし,地域的な需要動向,既設系統の状況などを勘案のうえ,需要

 英語の関学の伝統を継承するのが「子どもと英 語」です。初等教育における英語教育に対応でき

小学校における環境教育の中で、子供たちに家庭 における省エネなど環境に配慮した行動の実践を させることにより、CO 2

関西学院は、キリスト教主義に基づく全人教育によって「“Mastery for