1.はじめに ― ― 課外プログラムとしての「学びの場」のデザイン
企業にとって人材育成はその戦略的な重要度,緊要度を増しつつある。1 つには,創造経済の流れが大きくなるに伴い,事業や業務に創造的な付加価 値を与える人材の有無や多寡が企業成長の源泉と認識されるようになったか らである(図表1。Florida,Landry) 。2つには,経済のサービス化が拡大・
浸透する中,顧客との関係性構築が競争戦略上の鍵と位置づけられ(プラハ ラード・ラマスワミ) ,それを担う人材の質がこれまで以上に問われるよう になってきたからである。3つには,以上のこととも関係するが,ダイバー シティ,ワーク・ライフ・バランスの実現が企業の成長に欠かせないとの理 解と認識が強まっており(山口,山口・樋口) ,ソフトリーダーシップを担 う人材や, 「人的資本」から「関係性資本」への変換に意識的,主体的に取 り組める人材の必要性が高まっているからである(高橋) 。
《資 料》
Project-based Learning 型 プログラム導入の可能性と課題
―― 長尾中学校で実施した「書く力をつける
プログラム for 中学生」をケースに ――
田 村 馨
兵 土 美 和 子
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図表1 専門的・技術的就業者と GDP の推移(1 9 7 5=1 0 0)
資料:総務省の各種統計より作成。
注:GDP(国民総生産)は実質ベースで算出。長期の GDP デフレーターは利用でき ないので,9 5年以前と以降では接続していない。
では,企業が必要とする人材を育成するために,大学は,どのような学び の機会と場を提供できるだろうか。 「学びの場」のデザインは大学の教員に とって切実な課題である。
方法論的には大きく2つあると思う。1つは,企業が求める人材の特性を 目標や評価軸に設定するアプローチである。ここにいう「人材の特性」はコ ンピテンシー的な特性であることが望まれよう。
もう1つは,企業と同じ環境に学生を置くアプローチである。その代表は インターンシッププログラムであろう。インターンシッププログラムは企業 と同じ環境を学生に提供するという利点をもつ半面,就職活動に傾倒しすぎ ている,短期間である,教員がコントロールやチェックできないなどのマイ ナス面もある。
本稿で紹介する,2 0 0 8年1 0月に福岡市立長尾中学校で実施した「書く力を つけるプログラム for 中学生」 (以下,長尾中 P と略す場合がある)は,疑 似「企業環境」の下,企業が求める人材特性を学生が自ら獲得するようにデ ザインした「学びの場」である。インターシッププログラムとは違い,①就 職活動との関連性は薄く,プロジェクトに参画する立場から他者と連携して
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タスクを達成することを学ぶ場と機会を提供する,②期間的には長くないが,
MTG(事前事後,毎日のミーティング)および ML(メーリングリスト)上
で自己点検,振り返りが頻繁に課せられる,③教員が仕組みの設計から関与 でき,プロセス管理,評価,手直しが教員主導でできる。
本稿では,学内のプログラムとは異なる教育効果(学生にとっては学習効 果)が期待される長尾中 P をケースに,Project-based Learning の可能性と課 題について考察する。
2.Project-based Learning 型プログラム開発および実施の経緯と背景
長尾中学校で実施したプログラムには4つの側 面 が あ る。1つ に は,
Project-based Learning 型プログラム,2つには Learning by Teaching 型プログ ラム,3つには,福岡大学の地域連携プログラム,4つには,中学校・中学 生にとっての学外との連携プログラムとしての側面である。
本稿では1つ目の Project-based Learning 型プログラムとしての側面に絞っ て話を進めたい。まず,プログラム開発および長尾中 P 実施に至る経緯と 背景を説明しておこう。
2 ‐ 1.プログラム開発・実施に至るまでの経緯と背景
田村は,外部の専門家(兵土)と組んで,2 0 0 7年1 1月に「書く力をつける プログラム for 大学生」を課外プログラム(単位取得とは関係ないプログラ ム)として導入した。目的は,商学部の学生が身につけるべき力だと考えら れる, 「ロジカルに考え伝える能力」を「書く力をつけるワーク」を通して 鍛錬し向上させることにあった。
田村が,本プログラムの導入を思い立った理由は3つある。
1つは,単純に,ここ数年,学生に共通にかつ強くみられる「書く力の低 下」を何とか阻止したいと思ったからである。2つに,外部の専門家の手を Project-based Learning 型プログラム導入の可能性と課題(田村・兵土) −5 1−
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借りることで新しい教育プログラムが開発できると期待したからである。3 つには,企業が求める人材像(=大学が想定すべき「望ましい学生像」 )で ある, 「自らの判断や考えをベースに問題を発見し解決のみちを生みだす能 力の育成」が必要だと考えたからである。
大学生の「書く力」が低下している状況として,田村が注目するのは,
「ロジカルに書けない状況」と「表面的な正解を書こうとする状況」である。
2つの状況は,自分のなかにある「思い」を書こうとしない,あるいは「思 い」が書けないことに起因する。
自分の思いは,それが深く掘り下げられたものであるほど,他者に伝えよ うとするとき,他者との通約不可能性が増す。このとき,通約不可能性を縮 減するには論理性を高めるしかない。深く深く掘り下げた自分の思いを書く とは,ロジカルに書くことに他ならないのだ。
多くの学生は,深く掘り下げた自分の思いを書こうとしない。だから,ロ ジカルに書かなくても共有できる, 「表面的な正解」水準で書く。結果,誰 もが同じようなことを話し,書く。それが「自分なるものを他者にアピール しない」表現スタイルであることを,学生は就職活動での面接やエントリー シートを書く段になって思い知る。
2 0 0 7年1 1月のプログラムでは,自分を掘り下げるワークに徹した。手応え はあったが,田村,兵土にとって,自分を掘り下げたものを材料に書くこと の大切さが,学生において,どこまで「腑に落ちた」かは不明であった。第 2,第3のプログラムを投入することも考えたが,受け身で(当事者意識を もたずに)プログラムに取り組む限り, 「書く力」は身に付かないと判断し た。
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2 ‐ 2.プログラム開発・実施の経緯と背景
田村は, 「教えることは学ぶこと」 (We learn by teaching)を仕掛ける必要 を感じていた。数年にわたり,商学科では1年基礎ゼミナールに SA 制(学 生支援者:上級生が下級生を教える仕組み)を導入してきた。その経験に照 らすとき, 「教えることで学ぶ」効果は高いからだ。
兵土の助けを借りて, 「書く力をつけるプログラム for 大学生」の進化系
(バージョンアップ版)として,大学生が教える立場にたつプログラム「書 く力をつけるプログラム for 小学生」を福岡市立平尾小学校において企画・
計画し,2 0 0 8年2月に実施した。
平尾小学校では5年生5クラスが対象だった。3回シリーズなので,延べ 1 5クラスに,延べ1 5 0名の学生が入った。何をどうすべきか(小学生に何を 指導すべきか)は,自分たちが受講した「書く力をつけるプログラム」や事 前研修を通じて,大学生は理解していた。ただし,具体的な局面で,どのよ うな問題・課題が発生し,それにどう対処していくかは現場で体験してみな いとわからない。
そういう状況でこそ,当事者意識を強く持つことができるので,学んだこ とが腑に落ちるだろうことを,田村・兵土はプロジェクトの仮説として想定 した。さらには,当事者意識を高めるために,学生が問題・課題を共有する と同時に,その解決を共創するプロセスを「見える化」する形でプロジェク トを進めた。
project-based learning 的な色彩を帯びた, 「書く力をつけるプログラム for 小学生」は,田村・兵土が想定した仮説を支持するものとして実際に運営さ れた。ちなみに,企業や社会が求める, 「知識や外部の情報に過度に依存せ ず,自らの判断や考えをベースに問題を発見し解決のみちを生みだす能力を もつ人材」とは,他者と組み,個々の「気づき」を「集合の知」に変換する 活動に当事者として関与できる人材であり,プロジェクトに仕立てることで,
Project-based Learning 型プログラム導入の可能性と課題(田村・兵土) −5 3−
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学生にその遂行を要求する活動のイメージ(人材像)は明確になる。
こうして,プロジェクト仕立ての project-based learning 型プログラムが動 き出した。
3.長尾中学校での実施
本プログラムを中学生,高校生向けのプログラムとして開発したいと思っ ていたところ,タイミング良く,要請を受けて,2 0 0 8年8月に,福岡市内の 中学校教員(国語)の勉強会で, 「書く力をつけるプログラム for 中学生」
の模擬講義を実施できた。その際,事前研修から中学生に入ってもらい,中 学生版プログラムの作り込み(カスタマイズ)に取り組んだ。そして,その 成果を試す機会が,2 0 0 8年1 0月に,長尾中学校において2年生全5クラスを 対象に, 「書く力をつけるプログラム for 中学生」を実施する形で実現する ことになった。
3 ‐ 1.企画・プランニング,プログラム開発
2 0 0 8年8月下旬,長尾中学校の池田一司校長(肩書は0 9年3月現在のもの。
以下,同じ)より,今年度,長尾中学校で,全学年・全クラスへの「書く力 をつけるプログラム for 中学生」導入を考えているとの連絡が入った。池田 校長には,2 0 0 8年4月にお会いし,平尾小学校での実践や本プログラムの考 え方を説明していた。
9月,田村,兵土は,池田校長,平山教頭,白水教諭,2年の学年主任担 当教諭との協議に入った。中学校側が求めるところは,9月に2年生が実施 した職場体験を材料に,職場体験を通じて気づいたこと,発見したことを,
より深い「気づき」 「発見」として中学生自身が体得することだとされた。
それは,本プログラムのエッセンスである, 「答えは自分の中にあることを 腹に落とす」ことへの要請でもあった。
ただし,現実的な問題はプログラムをどういう「時間割」として実施する
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図表2 長尾中学校側から示された利用可能なコマ
かであった。学校に入る以上,与件としての時間割がプログラム実施上の大 きな制約となる。長尾中側は,時間割上の制約が許す範囲内で最大限のコマ 数を提案された(図表2) 。
そのことで浮上したのは,問題はこちら側にあることだった。1クラスの 生徒数は4 0名弱。投入する大学生の数は最低でも2 0名弱。2 0名×5クラス×
回数で計算すると,4回が限界だと考えられた(大学生の延べ投入数が5 0 0 名をこえるとマネジメント,コントロールが難しいと判断した) 。
相互に協議するうちに,白水教諭が担当する「国語」と「総合学習」の時 間を活用することでプログラムがはめ込めることになった。どの時間帯には め込むかを確定するには投入する学生の日程を確保する必要があるため(通 常講義が行われている期間であり,投入できる学生数は限られることが予想 された) ,日程未確定の段階で学生に呼びかけ,学生の日程確保作業を進め た。と同時に, 「どのように掘り下げていくか,それをどのようなシートに 落とし込むか」を田村,兵土で議論し,兵土がシート作成とプログラム制作 Project-based Learning 型プログラム導入の可能性と課題(田村・兵土) −5 5−
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図表3 確定した日程
図表4 学生の日程確保作業
に取り組んだ。これらの作業と協議を田村,兵土で詰めていく中で,授業数 を4回にすることが決まった。なお,4回目は5クラスを集めての発表会と し,回す授業数は1 6回(5クラス×3回+1回)となった。
−5 6−
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田村・兵土
参加が飛び飛びの学生,ワンポイントで入る学生 1組
4年生K
2組 4年生A
3組 組 長
(大学生)
大学生
大学生
3年生Y すべてに参加
する学生 比較的連続的に
参加する学生
4組 4年生E
5組 4年生D 図表5 今回の体制
図表6 膨大な作業を要した学生の日時別・クラス・グループ別担当分け作業 さらに必要なのは,クラス・グループ(6〜7グループ)ごとに学生の誰 を配置するかを決めることだ。理想は同じ学生が同じクラスの,同じグルー プを連続3回(1回目から3回目)担当してくれることだが,講義との調整 がつかない学生も多く,そのような編成は組めなかった。
そこで,クラスの担当リーダー(組長)を固定する分権的な体制で今回は 臨み,田村,兵土は全体の状況把握,リードに徹することとした。
Project-based Learning 型プログラム導入の可能性と課題(田村・兵土) −5 7−
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