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古田庄平* (平成4年2月29日受理)

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(1)

Bulletin of Faculty of Education,Nagasaki UniversitylCurriculum and Teaching1992,No、19,33−47

読譜のための音感と唱法の問題について[2]

     <固定ド>とく移動ド>の問題を根底に

古田庄平*

(平成4年2月29日受理)

   Auditory 一sense and Solfeggio for    Score−reading in Music Education

<Fixed−Doh>and<Movable−Doh>in Music Education

Shyohei FURUTA*

(Received February29,1992)

はじめに

 この稿は「読譜のための音感と唱法の問題について(1)」1)の続稿として,音楽教育に おける読譜のための音感と唱法の問題について論述しようと思うのであるが,前論では主 に「固定ドの音感と唱法の問題」について論じたので,この稿では,それに対する「移動

ドの音感と唱法の問題」について論述してみようと思う。

 ところで,筆者はこれまでく固定ド>とく移動ド>の音感と唱法の問題を根底に「わが 国の音楽科教育における読譜の歴史的な変遷について」2〉研究を行なってきたが,その研 究によって多少明らかになったことは,明治以来今日に至るまで,わが国の音楽教育(唱 歌教育も含め)における唱法は,多少の紆余曲折はあったものの,殆ど「ヒフミ唱法」と

「ドレミ唱法」による「階名唱法」が一貫して用いられてきたということである。

 そこでく移動ド>の音感と唱法の問題について論を展開する前に,もう一度その歴史的 な経緯について簡単に概観しておくことにしたい。

1.わが国の音感と唱法の歴史的な経緯

(1)唱歌教育の開始

我が国において,初めて近代的な学校教育が開始されたのは明治5年のことであった。

*長崎大学教育学部音楽科教室

(2)

当初音楽科教育は,小学校では「唱歌」,中学校では「奏楽」という教科名で設定された ものの,その唱歌や奏楽という教科で用いる教科書もなければ,その教科を教える教師も いなかったために,何を教えてよいか分からず「当分之ヲ欠ク」という但し書きが付けら れたまま,開店休業の状態が長い間続いたようであった。

 ところが,明治12年になると「音楽取調掛」が文部省内に設置され,伊澤修二たちによっ て音楽の取り調べが開始された。そして明治14年になると,わが国で最初の唱歌教育のた めの教科書「小学唱歌集(初編)」が編纂され,「唱歌掛図」とともに出版された。

 また,音楽取調掛において音楽の高等教育を受けた「音楽専修の伝習生」たちは,そこ を卒業した後全国各地の師範学校に赴任して,師範学校生に唱歌や楽器の指導などを行なっ た。さらに明治15,6年頃から,東京師範学校及び東京女子師範学校の卒業生たちも唱歌 を教えてもよいということになって,それらの卒業生が全国各地の学校に赴任する一ように なったために,唱歌教育は徐々に開始されていったのである3)。

 (2)唱歌教育における「ヒフミ唱法」の開始

 明治14年に音楽取調掛において編纂された「小学唱歌集(初編〉」という教科書には,

それまで我が国では用いられたことのなかった「五線譜」という記譜法によって,全ての 楽曲が記載されていたのである。そして,その教科書の巻頭の頁には「12345671」

という数字が書かれた「音階」という「階段図」と,その下に「一」から「六」までの

「数字」のみによる「音階練習」というものが記載されていた。[図1]

 また,次の頁には「123456」までの数字を使った[師]と[生](多分これは く教師>の範唱をく生徒>が模唱するという意味)の「練習曲」のようなもの[図2]が

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1 2

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7

6

3

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5 5

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2 2

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圃1,2,3,4,5_臥4.3,2,L国1,鴫4,篭6_6亀4,3,2,1一一 因1,2.3,4,5.6,7、L重,7》6、5,4,3,2,L

[図1]

(3)

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(4)

書かれたハ長調の音階と数字の音階」など,今日でいう「楽典」のようなものが掲載され ていたのである。[図3]

 そこで,これらの「数字」が当時の唱歌教育の場において,どのように取り扱われてい たかということについて「唱歌法凡例」4)を見ると,当時,音楽取調掛の掛長であった伊 澤修二が「12345678ハくスケール>ノ名ニシテ,ヒー,フー,ミー,ヨー,イー,

ムー,ナー,ヤート読ムベシ。コハ謡フニ其調ヨキガ為ナリ。」5)と書き示していることか ら,これらの「数字」はくスケール>(音階)に当てはめ「ヒフミ……」と読んで用いる

「階名」であったということが分かった。

 そしてまた,当時,誰かが使用したと思われる「小学唱歌集(初編)」6)の「第二十三曲 君が代」の頁[図4]7)を見ると「二長調の楽譜」で記載されており,その音符の上に朱 筆で「数字」が書き込まれている。なおその「数字」をよく見ると,数字の「1」は,こ の「二長調の楽譜」の「主音の音符」の上に書かれている。したがって「これらの数字は く階名唱の階名>として用いた」ということを立証していることになる。同時に,これら の「数字」は,五線楽譜の唱歌を読むためにわが国で初めて考案され「唱法」として用い られた「最初の階名」であったということにもなるのである。

 また,これらの数字は「ヒフミ……」と読んで用いたことから,この「唱法」のことを

「ヒフミ唱法」と呼ぶようになったのである。そしてこれが,わが国における「ヒフミ唱 法」の始まりであったということにもなるのである。

 その後,この「ヒフミ唱法」は全国の学校に徐々に普及していったのであるが,その用 いられ方は種々あったようである。例えば,五線譜の上に数字を[図4]のように書き込 ませ,その数字を「ヒフミ唱法」で歌わせる方法とか,あるいは,数字のみを書いた楽譜

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9

a  ケ あ  ら

喘一マま

臓一ス為

ムゐノは デぞ

[図4]

(5)

古田:読譜のための音感と唱法の問題について[2] 37

御く

[図5]

[図5]8)を「ヒフミ唱法」で歌わせる方法などが行なわれていたようである。そして明 治時代の後半になると,この「ヒフミ唱法」は,地方の小学校や中学校でも盛んに用いら れるようになったようである9〉。

 また一方,伊澤修二は「唱歌法凡例」に「ハ,二,ホ,へ,ト,イ,ロ,ハくピッチ>

ノ名ニシテ其ノくハ>ヨリ始マル者ハ欧米各国皆其国字ノ第三ヨリ始ムルノ例二拠ルモノ ナリ。」10)とも書いている。このことは[図3]に記載されている「ハニホヘトイロ」が日 本における「音名」であるということを意味しているものであり,そして,これが日本で 最初に「音名」として決められたもので,その後一度も変更されることなく,今日もなお 音楽教育界で「日本音名」として使われているのである。

 (3) 「ドレミ唱法」の台頭と「ヒフミ唱法」の衰退

 、ところが,明治28年頃に,当時助教授として奉職していた小山作之助の提案により,東 京音楽学校では「ヒフミ唱法」を廃止して「ドレミ唱法」を採用するようになったそうで ある11)。つまりこれが,わが国における「ドレミ唱法」の台頭であり,同時に唱歌教育界 に「ドレミ唱法」を普及させる切っ掛けになったということである。

 その後,東京音楽学校においてこの「ドレミ唱法」を習った生徒たちが,卒業後,地方 の師範学校に奉職し,唱歌を指導する際にこの「ドレミ唱法」を用いて教えたために,そ の師範学校で唱歌と「ドレミ唱法」を習った卒業生たちが,さらにその地方の中学校や小 学校の教師となって,この唱歌と「ドレミ唱法」を児童・生徒たちに指導するといった,

あたかも「ねずみ講」のようなかたちで,この「ドレミ唱法」は全国の小・中学校に急速 に普及していったようである。

(6)

 (4)絶対音感教育と和音感教育の登場

 ところが,大正時代の後半から昭和初期の時代になると,この「ドレミ唱法」の問題は 多くの現場教師や音楽教育の研究者たちによって,実際に児童・生徒を使った実践・研究 の結果やその指導方法の問題点などが発表されたり,さらに,「階名唱法か音名唱法か」

といった問題や「固定ド唱法か移動ド唱法か」といったような問題,あるいは「音感と唱 法」の問題なども加わって,多岐に渡った議論が行なわれたり,多面的な角度からの討論 が行なわれるようになった12)。また,昭和15年代に入ると,園田清秀や笈田光吉らによっ て始められた「絶対音感教育」13)を,酒田富治や佐々木幸徳及び佐藤吉五郎らはドイッ音 名を用いて「和音感教育による絶対音感教育」 4)というかたちで音楽教育界に登場させた ために,一大センーションを巻き起すことになったのである。

 (5) 「イロハ音名唱法」の台頭

 昭和16年になると第二次世界大戦が勃発し, 「国民学校令」が制定されて,それまでの

「小学校」は「国民学校」と名称の変更が行なわれ,学校教育の目的も 「皇国民の錬成」

ということが強く打ち出された。そこで音楽という教科名も「芸能科(音楽)」と改めら れ,「芸能科(音楽)は(中略〉国民的情操を醇化するものとする」と明示されるととも に,「発音及び聴音の練習を重んじ(中略)鋭敏なる聴覚の育成に力むべし。」という教 則が明確に示された。そのため「聴覚訓練」や「和音感教育」の問題とともに「音名か階 名か」という問題も,音楽教育界で盛んに議論されるようになった。また,文部省によっ て「イロハ音名唱法」を採用することが義務ずけられるようになったために,それまで全 国的に普及してきた「ドレミ階名唱法」は,我が国の音楽教育界から一時的ではあるが,

姿を消してしまうことになってしまったのである15)。

 そして,昭和19年になると戦争も益々激しさを増して,本来音楽教育の基礎能力の育成 を目的として始められた「絶対音感の養成」や「和音感教育」もいつのまにか軍事的,国 防的な能力の育成という方向へ一部利用されたようでもあった。

 (6)移動ド階名唱法の復活

 ところが,第二次世界大戦も終り,「国民学校」が再びもとの「小学校」という名称に もどって,新しい学校教育が開始されるようになると,戦時中に文部省によって制定され た「イロハ音名唱法」が,ある一部の強硬意見によって決定されたものであったことや,

全国の音楽教育者たちが,この「イロハ音名唱法」の指導にあたって,当時,大変困惑し たことなどもあって,教育音楽家協会は,早速,東京音楽学校で「読譜唱法協議会」を開 催し,93%の支持をもって「移動ド唱法の採用を決議した」り,全国に向かって「輿論調 査」を行ない,その結果をまとめた「上申書」を文部省に提出したりした。そのため「文 部省はこの上申書と輿論とに鑑み,イロハ音名唱法を廃して移動ド階名唱法を本体とする ことにし,(中略)各方面に通達を発した」のである 6)。それによって,移動ド階名唱法 は再び音楽教育界に復活することになったのである。

(7)学習指導要領における移動ド唱法

昭和22年になると「学習指導要領 音楽編(試案)」が発行されたが,その最後の総括

(7)

古田:読譜のための音感と唱法の問題について[2] 39

的な「諸注意」の5の項には,「現在は原則として移動ドレミ唱法を用いることとなって いるが,この唱法にも短所のあることは否定しがたい事実であるから,今後は充分に研究 を積んで,日本の児童・生徒に最も適する,そして音楽的にすぐれた唱法がいかなる唱法 であるかについて,無理のない自然な結論を得たいと思う」というような文部省の唱法に 対する見解が示された。

 そして,昭和33年の学習指導要領からは「歌唱の指導において階名唱を取り扱う場合に は,移動ド唱法を原則とする。」という明確な示唆が示され,今日に至っている。したがっ て,全国の殆どの小・中学校では「原則として」この「移動ド唱法」が用いられてはいる ようであるが,近年特に,幼児期からピアノの学習を始めたという児童・生徒が増加して おり,そのような児童・生徒の多くは「固定ド唱法」や「固定ド音感」という読譜や聴音 の手段を用いるようになっている。

H.音感と唱法の関係

 (1)音感と唱法の関連について

 音楽を聴き取る力,即ち「音楽的聴音能力」というものは一般に「音感」ともいわれて おり,それは,音の高低(音程)やリズムあるいはハーモニーなどを鼓膜の奥の聴覚中枢 神経において識別する聴音能力で,音楽を学習する者にとって無くてはならない重要な基 礎能力の一つといわれている。さらに,それは基礎的な聴音能力としてだけではなく,楽 譜から音楽を読み取り実音に返す場合に用いる「唱法」に同調し,相関作用が働くことに

よって,読譜能力を促進させる重要な役割をもっているのである。

 したがって,音感と唱法は,有機的に結び着いた状態で,互いに相関関係の状態を保ち ながら,その機能を充分に発揮できるように陶冶されるべきものであり,音感と唱法のラ ベリングに如何なる名称を用いようとも,それらの名称は音楽的な音高を伴った(音感と 同調し,相関作用が機能する)状態でラベリングされ,記憶されなければならない。そし て,学習者自身が楽譜からその音楽を実音として正確に読譜できたり,聴音することが可 能な能力として常に機能しなければならないのである17)。

 (2)相対音感と絶対音感

 音楽の音を聴覚によって判別したり,把握したりする感覚を「音感」といっているが,

そのような音感には「ある音を基準として,その音から他の音を(あるいは音程を)相対 的に判別することができたり,南るいは把握して歌うことができるという感覚」と,「何 ものにも頼ることなくく絶対的な音感覚>によって,ある音を判別することができたり,

歌い出すことができる感覚」の2種類があって,前者を「相対音感」といい,後者を「絶 対音感」といっている。そして,相対音感は後天的なもので,「移動ド唱法」などの訓練

によって容易に陶冶することが可能であるが,絶対音感は先天的なもので,後天的に陶冶 することは難しいといわれている。

 ところが筆者は.,先天的な絶対音感(つまり,生まれて以後何も音楽の学習をしないに もかかわらず,絶対的にある振動数の音を歌うことができたり,音を判別したりすること ができる音感)というようなものは,この世に存在しないと思っている。というよりも,

(8)

そのような音感は「絶対的音高感」というようなもので(つまり,何ものにも頼ることな く,ある音を判別することができたり,歌い出せたりする音感で),あくまでも後夫的に 陶冶できる,あるいは陶冶される音感であると考えている。

 例えば,最近わが国では2〜3才の幼児期よりピアノの学習を始めたという子どもが多 くなってきており,それらの子どもは,毎日数時間にも及ぶピアノの練習を行なっており,

しかも連続して長期間続けてきたという者が多く,したがって,それらの子どもの殆どは,

「固定ド唱法」や「固定ド音感」を用いるようになっている。そのためか,絶対音感のよ うな「音感」(筆者は「絶対的音高感」のようなものと思う)が自然に陶冶されでしまっ たように思われる。

 (3)階名唱法と音名唱法

 そもそも「唱法」という言葉には,「声楽曲を声で如何にうまく表現するか」という声 楽演奏における表現方法という意味で用いる場合と,「楽譜から音楽を読み取る方法(手 段)」という意味で用いる場合の2通りがあり,ここで論じる「唱法」は後者の「唱法」

を意味している。

 さらに,音楽科教育で用いる「唱法」には「聴唱法」と「視唱法」という2通りの方法 があって,前者は「レコードや他の人が歌ったのを聴き,それを真似て歌う」というもの で,後者は「自分の身に着けた読譜の手段(唱法)により,楽譜を見ながら独自の力によっ て歌う」というものである。したがって,前者は初歩的な段階の学習者によく用いられる が,後者はある程度「音感や唱法」が定着した学習者でないと用いることが難しい。

 また,視唱法には「階名唱法」と「音名唱法」の2通りがあって,「階名唱法」には

「ヒフミ唱法」や「移動ド唱法」などがあり, 「音名唱法」には「イロハ音名唱法」や

「ドレミを音名とみなした固定ド唱法」などがある。

 そして,階名唱法は「長音階や短音階の音階の音程関係をく階名>によって相対音感的 に記憶し,それをくスケール>として実際の楽曲に当てはめて読譜する方法」である。ま た,「音名唱法」は「幹音や派生音のそれぞれに,その音固有のく音名>を付け(ラベリ ング),その音名によって絶対音高を記憶し読譜する方法」である。さらに外国では,古 くから多くの唱法が研究され音楽教育の場で実際に用いられてきたが,今日のヨーロッパ の音楽教育界では「階名唱法」と「音名唱法」の両者が用いられており,国によって異なっ ている。例えば,フランスやイタリアでは「ドレミ……による音名唱法」が,またドイッ やハンガリーでは「ドレミ……による階名唱法」が用いられているようである。

 ところで,それらの唱法によって実際に楽譜から楽曲を読み取ったり,あるいは聴音し たりする場合,それらの唱法を有効な手段として役立てることができるためには,それら の唱法に用いているく階名>やく音名>によって正しい音程や音高の音が発音できたり,

または楽曲を正しく聴き分けたりすることができる「正確な音程感や音高感」つまり,

「音感」というものが,それらのく階名>やく音名>に密着した状態で陶冶されていなけ ればならないということを指導者は充分認識してお 必要がある。

(9)

古田:読譜のための音感と唱法の問題について[2] 41

皿.「固定ド唱法」と「移動ド唱法」の関係

 (1) 「固定ド唱法」も「相対音感」である

 近年,わが国では,幼児期よりピアノやオルガンなどの学習を始める者が多くなってい る。そのため小学校や中学校の児童・生徒の中には,すでに「固定ド音感」や「固定ド唱 法」を陶冶している者が増加しつつあるようである。このことについては,すでに前稿に おいて詳しく述べているのでここでは省略するが,すでに「固定ド音感」や「固定ド唱法」

が陶冶されていると思われる者(へ長調やト長調の楽譜を「ハ長調読み」する者〉の中に も,まだハ長調の楽譜しか読めないといった初歩的な段階の者から,すでにへ長調やト長 調の楽譜も「固定ド唱法」で歌うことができるといった,相当高度なレベルに達している 者まで,その音感や唱法の定着度はまちまちである。

 特に,やっとへ長調の楽譜が「移動ド唱法」か「固定ド唱法」で読める(歌える)段階 に達したばかりの(しかし,まだ部分的にピアノで音を与えてやらなければ取れない)学 習者(小学校5・6年生)は,まだ「固定ド」か「移動ド」か区別がつけられない状態で ある。つまり,このような段階にある者は,これからの学習の仕方,あるいは教師の指導 の方法によっては,如何ようにも変化する状態にあるといえる。したがって,指導者は充 分学習者の学習状況を考慮しながら指導する必要がある 8)。

 一方,すでに相当高度なレベルの「固定ド音感」や「固定ド唱法」を陶冶していると思 われる者の中にも,視唱を始める前に,その楽譜のある基準となる音(あるいはその楽曲 の調の主和音など)を与えられなければ歌い出せないとか,聴音を始める前に「ハ長調の 主和音」を与えてもらわなければ音が取れないといった者が多くいる。このような「固定 ド唱法」や「固定ド音感」は「絶対音感」ではなく「相対音感」であるということになる のである。筆者はこのような音感を「相対音感的固定ド(唱法)」と呼んでいる。

 また,さらに高度なレベルの(つまり,なにも基準音を与えられないで音が取れたり歌 い出せたりできる)「固定ド音感」(絶対音感のような音感)や「固定ド唱法」を陶冶して いると思われる者も中にはいる。そのような音感や唱法を筆者は「絶対的音高感」あるい は「絶対音感的固定ド(唱法)」と呼んでいる。

 (2)固定ド唱法は移動ド唱法と同じ階名唱法の一つである

 今日,わが国の音楽教育界に蔓延しつつある「固定ド唱法」という唱法は,文部省の指 導書19)に「階名唱には移動ド唱法と固定ド唱法とがあり…」と書かれているように, 「移 動ド唱法と対応する唱法」ではなく「移動ド唱法と同じ階名唱法の一つである」という考

え方もできるようである。

 それには,以下のような「3つの理由」が考えられる。

 ①その理由の一つは,「固定ド唱法」に用いられている「ドレミ……」という名称は,

階名唱法の一つである「移動ド唱法」に用いられている「階名」の「ドレミ……」と全く 同じものであるから「階名唱法」であるという考え方。

 ②第2の理由は,「固定ド唱法」といわれる「唱法」の「音階」は,本来「移動ド唱法」

の基本的な音階である「ハ長調の音階」と全く同じ音階で,他の調の楽曲(例えばト長調 やへ長調で書かれている楽曲)の楽譜を視唱する場合にも,「ド」の位置を移動させるこ

(10)

となく「ハ音」に固定したまま,つまり「移動ド唱法」の基本的な音階「ハ長調読み」の まま用いているだけであるから「移動ド唱法の一種である」という考え方。

 ③さらに第3の理由は,本来「移動ド唱法の階名」であるべき「ドレミ…」という名称 を,ハ長調の音階に固定させて「音名」のように用いている「唱法」であるから「音名唱 法の一種である」ということも考えられるが,そうなると,日本の「音名」は「イロハ…」

と「ドレミ…」の2種類あることになり,楽典上都合が悪いので「階名唱法の一種である」

という考え方。

 以上のような「3つの理由」のどれかによって「固定ド唱法は移動ド唱法と同じ階名唱 法の一っである」という考え方ができるとしても,あながち間違いではないような気もす るのである。

 (3)「ハ長調読み」は「固定ドの音感や唱法」を陶冶する

 最近,わが国の児童・生徒の中に,ピアノの学習などで既に「固定ドの音感や唱法」が 陶冶されてしまっていて,学校で移動ド唱法(小学校5年生でへ長調の視唱)を学習する 場合に困っている者が多くなっているようである。それは,わが国で最も多く使用されて いるピアノ教則本の「バイエル」20)や,ソルフェージュのテキストとして使用されている

「コールユーブンゲン」21)などを見ると分かるように,それらのテキストの前半の殆どは

「ハ長調の教材(楽譜)」(ト長調の場合も調号が省略されている)でしめられているため

「ハ長調の楽譜」を視奏したり,視唱したりする学習が長期間続くことになっている。し たがって,自然に「ハ長調の音感や視唱力」が陶冶されるようになっている。

 指導者もまた,学習者が他の調の楽曲(例えばト長調やへ長調の楽曲)を視唱・視奏す る段階になっても,「<階名読み替え>の煩雑さ」や「音階理論を学習させる煩わしさ」

などのために,つい「ハ長調読み」のまま,つまり「固定ド唱法」のまま指導を続けてし まっている場合が多い。そのため学習者もまた「ハ長調読み」を続けていくことになり,

「固定ドの音感や唱法」を益々強く陶冶させていくことになっている。したがって,その ような学習者に「移動ド」の学習をさせた場合,「移動ドの唱法や音感」に対して心理学 的な「負の作用」が強く働くために「移動ド」の学習を敬遠したりρ時には「音感の錯乱」

を起す場合がある。したがって,指導者は充分注意をし,そのような学習者には「移動ド」

の学習を無理に強制しないで「固定ド」のまま学習させるようにすべきである。

IV.<移動ド>の音感と唱法の特性について

 (1)「移動ド唱法」は「相対音感」による唱法である

 すでにH一(2)及び,H一(3)の項で述べたように,「移動ド唱法」という唱法は「相対音 感」による「階名唱法」の一種で,まず長調の場合は「ドレミ……」,短調の場合は「ラ シド……」という「階名」を,それぞれの音階(スケール)に当てはめる(ラベリングす る)ことによってそれぞれの音階の「音感」を陶冶し,さらにその音階音相互の音程があ る音を基準に相対的に把握でき歌えるようになった後,それぞれの楽曲の調に合った音階

(スケール〉を当てはめ,ある音を基準に相対的に音程を取りながら視唱(読譜〉する方 法である。ところが,調が異なる楽曲の場合には,その調の主音に音階(スケール)の

(11)
(12)

に正確な音程(音高)を伴って歌い出すことが極めて重要なことなのである。

 しかし,初歩的な段階の学習者(例えば,ハ長調の視唱を始めたばかりの小学校の3年 生)の場合などは,2音間の音程(隔たり〉が広くなるにしたがって,階名の視覚的な判 別も遅くなり,音程(音高)も不正確になって,誤唱も多くなる傾向がある。

 したがって指導者は,このような「移動ド唱法」や「相対音感」による視唱(読譜)の 特性をよく理解・認識した上で指導を行なう必要がある。

 ③そのためには,例えば[譜例1]の音階の中のくある音>を基準に,他の音の階名を 唱えると同時に,その2音間の音程(音高)を相対的に正確に把握でき,且つより迅速に 正確な音程で歌うこと(視唱すること)ができるようにする練習を度重ねて行なうことも

「移動ド唱法」や「相対音感」を早く陶冶する一つの方法である。

 (4) 「移動ド唱法」は「階名の読み替え」が必要である

①小学校の5年生になると「へ長調の視唱」を学習することになっている。この段階か ら事実上「移動ド唱法」の学習が開始されるということになるのである。つまり,ハ長調 の「ド」の位置をへ長調の「ド」の位置に移動し,さらにその他の階名も全て移行させて く読譜>する「へ長調の階名視唱」[譜例2−B]の学習が開始されることになるのであ る。これが「階名の読み替え」という作業で,それまで「ドミソ」とか「ソラミレド」と ハ長調で読み,歌い慣れてきた音符や音程を,へ長調になると「ソシレ」とか「レミシラ ソ」というように「階名の読み替え」を行ないながら,正しい音程(ハ長調の場合「主和 音」であったものをへ長調になると「属和音」の音感)で歌わなければならないというこ とになるため,学習者(小学校の5年生)の中には,視覚的な「煩雑さ」と「音感(音程)

の混乱」を感じ,苦痛さえ訴える者がいて,これが「移動ド唱法の学習」を遅延させてい

 φ一。一か・…一 ・δ・。・φ一6一一一∂一6一。ハ長調の音階とへ長調の音階一4一一。一・一…一・

の階

ハ音

    圃ドレ ミファソラシド

ヘ長調の 音   階

      1 圏ドレミファソフシド

     調号

   (調のしるし)

    〔長調のときはド(短調のときはラ)を主音といいます。〕

[A]

[B]

[譜例2]

(13)

古田:読譜のための音感と唱法の問題について[2] 45

No.80嬰ハ短調(Cismon)

c)下属調の平行調へ転調し,その後,下属調を経て原調に帰る練習

9

o

A・dur Fis・mo11

Cis・mo11

[譜例3]

る大きな原因の一つになっているようである。

 ②さらに,楽曲が途中から「転調」しているような場合には,まず,どこから何調に転 調しているかを「理論的及び感覚的な方法」によって(例えば[譜例3]のような楽曲の 場合,どの音から階名を入れ替えれば,調性感や音程感も入れ替えることができ,転調後 の楽曲を正しい階名と音程で歌うことが可能であるかを)あらかじめ検討した後,視唱を 行うようにしなければならない。そうしなければ,このような転調のある楽曲の「視唱」

は,移動ド唱法に相当習熟した者であっても,相当な困難が予想される。

 ③したがって,このような「相対音感による移動ド唱法」を「読譜の手段」として有効 に活用するためには,高度な専門的知識(音楽理論)と,「階名の読み替え」に伴って正 確に音程感覚の調性移動ができる「鋭敏な相対音感」を陶冶しておく必要があるとともに,

視唱を開始する前に,あらかじめ楽譜を点検(事前調査)しておく必要があることを充分 認識しておかなければならない。

 (5) 「移動ド音感」は「聴音」が苦手である

 ①「移動ドの音感と唱法」を用いて,つまり「移動ド音感」によって,ある楽曲の旋律 や和音の聴音をしようとする場合,相対音感の特性として,まず,その楽曲の「調」や,

「基準となる音(その調の主和音など)」があらかじめ知らされていなければならない。

でなければ,例えその楽曲の流れを階名で相対的に捉えることが出来ていたとしても,そ の「絶対音高」が分からないために,その楽曲が「何調」の楽曲であるかを特定すること ができない。

 ②したがって,たとえ「移動ドの音感や唱法」によって聞き取った旋律が正しい階名や 音程であっても,それを五線譜に記載する場合,その楽曲の「調」があらかじめ知らされ ていないと,相対音感の場合は「調」を判別することができないため,何調で記譜してよ いか判断できない。

 ③さらに,読み慣れない調(中学校で学習することになっている防」や「#」が2つ 付いた調)の旋律聴音を記譜するような場合には,階名の位置を五線譜の中で探し求め,

確認しながら記譜しなければならないので,記譜作業に相当な時間を要する。したがって

(14)

視唱の場合と同様,調が変わる度に記譜する階名の位置も変更しなければならないという

「煩雑さ」が生じるとともに,誤記の可能性も高いといわざるを得ない。

ま と め

 以上のように,わが国の音楽教育界においては,固定ド唱法より移動ド唱法の方が歴史 的にも古く,これまで音楽教育も「歌唱」が中心に行なわれてきたために移動ド唱法が支 配的であった。ところが,近年特に幼児期よりピアノの学習を始める者が急激に増加して きており(都会地の小学校や中学校の児童・生徒の半数近くは,ピアノの学習を経験して いる),それらの児童・生徒の殆どの者が「固定ド唱法」や「固定ド音感」を既に陶冶し てしまって用いているようである。

 したがっ、て筆者は,前述したように,小学校の5年生になるまでハ長調(イ短調)の視 唱しか指導しないのならば,一層のこと「小学校・中学校の歌唱や器楽の読譜にはく固定

ドの音感と唱法>を用いることを原則」とし,「移動ド唱法」は「音楽理論(音階と調及 び転調)」の知的な学習の手段として,中学校の段階から用いるようにした方がよいと考 えている。

<註と引用及び参考文献>

[註1]拙論「読譜のための音感と唱法の問題について(1)」 第17号 1991年6月

[註2]筆者の「わが国の音楽教育における読譜の歴史的な変遷について(<固定ド>とく移動ド>

   を根底に)」の研究は,明治初期の「唱歌教育における読譜と唱法について」から始め,

   目下のところ「昭和50年代」まで行ない,それは長崎大学教育学部教科教育学研究報告の    拙論[1]から[VI]において既に発表を行なっているので参照されたい。

[註3]「音楽教育成立への軌跡」 p。400〜427参照,東京芸術大学音楽取調掛研究班 昭和51年7    月 音楽之友社

[註4]「伊澤修二選集」 p.252〜253参照,信濃教育会編 昭和33年7月

[註5]同上書p.252〜253の「唱歌法凡例」から引用した。

[註6]この「小学唱歌集(初編)」は現在筆者が所有しているもので「明治18年5月3版文部省    蔵版」の奥付けがある。なお最後の頁には,「山形県北村山郡大石田学校生徒高等二年生    二藤部笛太郎」と判読される署名が墨筆によって書き込まれてることから,この教科書は    多分,明治時代の中頃から後半にかけて使用されたものではないかと推察される。

[註7][図4]は同上書の「第二十三 君が代」り「楽譜」の頁をコピーしたもので,「二長調」

   の楽譜で記載されている。したがって,楽譜の上に書き込まれた数字は「階名」として用    いられたことが分かる。なお,朱筆によって書き込まれていることから,当時この曲を歌    う際に教師か生徒によって書き込まれたものと推察される。

[註8][図5]は,同上書の使用者と思われる人によって,最後の頁に墨筆によって書き付加さ    れたもので,この数字譜(当時は「略譜」と呼ばれていた)を「ヒ7ミ唱法」で歌ってみ    ると,この「君が代」は[図4]の曲と同じではなく,今日,わが国の国歌「君が代」と    して歌われている曲であることが分かる。

[註9]井上武士は「日本における唱法の変遷」のp.23〜24に「私自身について考えてみても明

(15)

古田:読譜のための音感と唱法の問題について[2]

4︐7

   治30年代の終り頃,小学校で「君が代」を「フヒフミイミフー」と歌わせられたことを覚    えている」と書いている。音楽教育研究 1970 No50 音楽之友社

[註!0][註4]と同書p.252〜253の「唱歌法凡例」から引用した。

[註!l][註9]と同書p.23〜24参照。

[註12]拙論「わが国の音楽教育における読譜の歴史的な変遷について[1]長崎大学教育学部教    科教育学研究報告 第10号 昭和62年3月 p,35〜37の「大正時代」及びp.37〜43の    「昭和初期」の項を参照。

[註!3]拙論「我が国の音楽教育における読譜の歴史的な変遷について[H]」長崎大学教育学部    教科教育学研究報告第11号昭和63年3月p。27〜28①「絶対音感の問題」及び,拙    論「我が国の音楽教育における読譜の歴史的な変遷について[皿]」長崎大学教育学部教    科教育学研究報告第12号平成元年3月p.60〜63②「絶対音感教育と和音感教育」

   及び,p.67〜68②「音感教育としての和音感教育と絶対音感教育」参照。

[註!4]拙論「我が国の音楽教育における読譜の歴史的な変遷について[皿]長崎大学教育学部教    科教育学研究報告第12号平成元年3月p.65①「国民学校と和音感教育」及び,p.

   67〜68②「音感教育としての和音感教育と絶対音感教育」参照。

[註15][註13]の拙論[H]p.32の②「国民学校の音名視唱と聴覚訓練」の項及び,拙論[皿]

   p.64の④「イロハ音名唱法」の項 参照。

[註16]小出浩平「我が国に於ける読譜唱法の歴史」教育音楽・創刊号 p.9〜3及び,p.62 参    照 昭和2!年12月 日本音楽雑誌

[註17]拙論「唱法としてのく固定ド>と〈移動ド>の問題」 p.98〜99より引用 音楽教育学    第16号 昭和62年3月 日本音楽教育学会

[註18]「固定ド音感」が既に定着しつつあると(筆者が行なっている「音楽的聴感覚機能の実態    調査」などの聴音調査によって)判断されるような学習者には,無理に「移動ド唱法」な    どを指導しないように配慮する。でないと感覚混乱を起す危険性がある。

[註19]「小学校指導書(音楽編)」文部省 平成元年6月発行 p.98 2一(1)の解説に「階名唱に    は移動ド唱法と固定ド唱法とがあり……」と説明がなされている。

[註20]バイエルは前稿p.25にも述べているが,No69番までは,「ト長調」の楽曲であっても,調    号を省いて記載されているので,指導者は「ハ長調読み」つまり「固定ド唱法」で視唱・

   視奏させてしまっている。

[註21]コールユーブンゲンは,No lからNo45番まで「ハ長調」の教材が続いており,No46番になっ    て初めて「ト長調」の教材が提示されることになっている。

参照

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英国のギルドホール音楽学校を卒業。1972