環 境 管 理 と 企 業 体 制
菅 家 正 瑞
Abstract
Moderncorporationhasnow triplestructureofmanagement,i.eリ productionmanagement,labourmanagementandenvironmentmanage‑ ment,Moderncorporationiscloselyrelatedtoitsenvironments(stake‑ holdersofcorporation),andthereforenotonlyenvironmentmanage一 mentbutalsoothertwomanagements,productionmanagementand labourmanagement,mustbeanenvironmentallyorientedsystem.
Thisarticleexplainswhatkindsofrelationshipslabourmanagement haswithenvironments,whatenvironmentalactivitieslabourmanage‑ mentmusttake,andhowmanagementcontrolorganhastobebuiltup inordertoachievethemaintaskoflabourmanagement,i.eリWOrkers' participationinmanagement.Managementcontrolorganmustbebuilt upfrom membersoftwointerestgroups,ownersandworkersoftheir corporation,whohavethesameinterestintheircorporation(i.e.,exis‑ tenceandprosperityoftheircorporation)・Moderncorporation, however,mustmakenewmanagementcontrolsystem toavoidegoISm ofthesetwogroupsandtoadapttoitsenvironments.
Keywords:EnvironmentManagement,LabourManagement, ManagementControlOrgan
1 序
「労務管理」の課題は,生産過程 を合理化 し生産性の高揚を課題 とする
「生産管理」において疎外 された労働者の人間性を回復 させそれを高めるこ とによって労働意欲 を根源的に高揚することにある。機械化原理に支配され る生産過程において疎外 された人間性の回復は,生産管理の一環 として労働 力の最高能率的利用 を課題 とする 「人事管理」では限界があ り,生産過程の 外に成立する経営社会で生活する労働力の所有者 としての労働者を対象 とし て,直接的にその人間性の回復を 目指す労務管理が必要 とされるのである0
労務管理では労働者の生活の安定 と彼 らの経営参加が取 り扱われるべ き中 心問題をなすが, これ らの労働者対策は企業環境には関わ りのない企業内部 のみの問題 として認識 されてはな らない。労務管理 において もその労働者対 策に当たって企業環境に配慮 し環境関連の改善を 目指す環境管理,すなわち
「労務管理的環境管理」が必要なのである。労働者は地域社会における生活 者で もあるから,地域社会における彼 らの生活を豊かにし安定 させることに
も労務管理は配慮 しなければな らないのである。
労務管理の中心問題をなす 「労働者の経営参加」について も事情は同じで ある。労働者の経営参加 とは何 らかの方法で労働者が企業の意思決定に参加 することを意味するが,それは当然なが ら意思決定の結果 として具体的な企 業行動 として現れ,企業環境を構成する消費者や地域社会に影響を及ぼすこ
とになるのである。労務管理的環境管理は,環境の犠牲の もとに労働者の経 営参加を実現するものであってはな らず,む しろ環境 と調和 しうる経営参加 の仕組みを構築することに努力 しなければな らないのである。
ところで,労働者の経営参加 という問題を考察するにあたって, ドイツに おける労使共同決定の経験を取 り上げることに異論はないであろう。 ドイツ において は,1919年 の ワ イマ ール憲法 の規定 に 由来 す る 「労資 同権 」
(GleichberechtigungYonKapitalundArbeit)の思想を支 えとして労働者
の経営参加 が発展 し,今や 「労使共 同決定」の方式 として後述す るように三 種類の 「企業体制」 (Unternehmensverfassung)を持 っているか らであ る。
われわれの課題は, ドイツにおける労働者の経営参加の仕組みである 「企業 体制」を広 く環境管理 という観点か ら検討 し,そ こにはいかなる問題が存在 しているのか,その結果 これ らの企業体制 にはいかなる変革や修正が必要で あるのかを考察することである。
われわれはこの問題 を,「企業の社会的責任」(sozialeUnternehmensver‑ antwortungod.gesellschaftlicheVerantwortungderUnternehmen)と企業 体制 との関連 をめ ぐるヴ ァイ トツ イッヒ (Joachim K.Weitzig)の所論 を検 討することによって考察することとする。前世紀以来,産業の著 しい発展 に 伴 って巨大企業が出現 しそれは社会 との関連 において様 々な問題 を生み出 し て きたが,企業の社会的責任をめ ぐる問題はその中心的な もの として議論 さ れて きたのである。特 に,巨大企業が早 くか ら出現 して きたアメ リカにおい てはこの問題 が早 くか ら取 り上げ られ,多 くの研究成果を生み出して きてい るのは周知の事実である。 しか し,企業の社会的責任 に関す る論議は決 して アメリカに固有の問題ではな く,それは我が国において も ドイツにおいて も 程度の差はあ るにせ よ, しば しば取 り上げ られて きているのであ る。
ここにわれわれが検討するヴ ァイ トツ イッヒの所論は, ドイツにおけるこ の問題 についての注 目すべ き研究の一つである。彼は,企業の社会的責任の 問題を企業権力が社会 に及ぼす負の問題 として捉 え, この問題を新 しい 「企 業体制」を構築することによって解決 しようとしている。すなわち,現在の
「利害単一的企業体制」では企業の社会的責任の問題は解決 しえないので, それに代えて,社会的責任 に志向す る 「企業政策」(Unternehmenspolitik) をもた らしうる新 しい企業体制,すなわち民主的原則が導入 された 「利害多 元的企業体制」の構築 を提言 してい るのである。
以下では, この ような彼の所論を検討することを介 して,企業の社会的責 任の意義 と社会的責任 に志向す る企業体制の問題 を,企業の 「環境管理」
(Umweltmanagement)という観点か ら考察 してい くこととする(1)0
(1)本稿で検討するのはヴ ァイ トツ イッヒの以下の著書である。
J.K.Weitzig,GesellschaftsorientierteUnternehmenspolitikundUnternehmensver‑ fassung,Berlin/NewYork 1979.
2 労務管理の必要性 とその課題
(1) 人事管理 と労務管理
労務管理を広 く企業による労働者対策のすべてを包含する概念 として捉え るとすれば,われわれはそこに本質を異にする 2つ労働者対策を区別するこ とができる。その一つは労働者をもっぱ ら 「労働力」 として取 り上げこれを 最 も能率的に利用することを課題 とする労働者対策であって,われわれはこ れを一般的に 「人事管理」 と呼んでいる。 これに対 して,労働者を労働力の 所有者 としての 「労働者」,すなわち 「生活者」 としての労働者を取 り上げ, 労働によって失われた人間性を回復させ人間 としての生活を豊かにすること を課題 とする労働者対策が 「狭義の労務管理」 として 「人事管理」 とは別個 に存在 しているのである。
人事管理は 「生産管理」の一環 として労働力の もつ特性に配慮 し人間的方 法で生産過程の内でその最高能率的利用を企てるものであるが,その人間的 配慮は生産過程を支配する 「機械化原理」によって限界が画されざるをえな いために,人間性を疎外せ しめ労働者の非人間化を もた らして しまうのであ る。労働者の非人問化はその労働意欲を根源的に減退 させ,人事管理が志向 する労働力の最高能率的利用を阻害する結果を招来 し,生産管理が志向する 生産性の向上にも重大な影響を及ぼす こととな り, ここに人事管理の限界が 見出さざるを得ないのである。 この人事管理の限界を克服 し,労働者の勤労 意欲を根源的に高揚 し,人事管理をその根底か ら支援することによってその 課題を達成させるものが狭義の労務管理をなすのである。
(2) 労務管理の課題
さて,生産管理は 「生産性」の増大 に志向 して高度化 し機械化原理 に基づ く生産諸力の最高能率的利用を 目指すのであるが,それは結果 として 2つの 悪をもた らす。その第 1は可能の悪であ り,生産性の向上 による労働者の失 業 とい う広義の 「人間性の疎外」の可能性であ り,その第 2は必然の悪であ り,機械化の発展 に伴 う拘束労働の進展 によって もた らされる労働者の個性 の否定 と自由の阻害 とい う固有の意味での 「人間性の疎外」である。 これ ら は労働者に とっての悪ではあるが, これ らが労働者か ら労働意欲 を剥奪する ことによって企業に とって も悪 となることか ら, ここに人事管理 とは違 う労 働者対策の企業的必要性が発現 し,労務管理の成立 とその展開を見 ることと なるのであ る。
以上の考察 か ら労務管理の課題は 2つ となる。その一つは,可能の悪 とし ての失業の発現 に対処 するため,「雇用の保障」 を前提 とす る労働者の生活 安定であ り,その二つは,必然の悪 としての人間性の疎外に対処するために, 間接的に拘束労働 を自由労働 に転換 し労働者の主体化を志向する 「労働者の 経営参加」である。労務管理の基本的課題は必然的で固有な人間性疎外 に対 応す るための 「労働者の経営参加」 にあ り,「労働者の生活安定」はそれを 可能にするための前提であると考 え られる(1)0
(3) 労働者の経営参加
この ように,労働者の経営参加は労務管理 に とって最重要問題 として把握 されるものである。われわれは労働者の経営参加 とい う問題 について様 々な 研究 と具体的な実践を知 っている。 とりわけ,その代表的で典型的な事例 と
して ドイツにおける 「労使共 同決定」(Mitbestimmung)を取 り上げること に異論 はないであろう。
ドイツにおける企業の労使共同決定についてはい くつかの企業 内の レベル において把握する事がで きるが,企業の意思決定 について最 も重要な企業 レ
ベルに限定すれば,法律によって規定 されている三種の方式 を把握すること がで きる。いずれの方式において も,企業の最高機関の一つである 「監査役 会」(Aufsichtsrat)に労働者代表 を参加せ しめるこ とによって,企業 レベル での労使共同決定 が意図されている。
①経営組織法1952(Betriebsverfassungsgesetz‑1952)によって規定 される もので,従業員500名以上2,000名未満の企業に適用 され,監査役会構成の
3分の 1が被用者代表である。
②共 同決定法1976(Mitbestimmungsgesetz‑1976)によって規定 されるもの で,従業員2,000名以上の企業 に適用 され,監査役会は労使同数構成であ るが,被用者代表 には管理職員を含む。
③モンタン共 同決定法1951(Montan‑Mitbestimmungsgesetz‑1951)によっ て規定 されるもので,従業員1,000名以上の鉱 山業鉄鋼業を営む企業いわ ゆるモソタン企業に適用 され,監査役会は完全な労使 同数構成である。
ドイツの企業 において監査役会は以下 に述べるように株式法によって企業 の形成機能 (Gestaltungsfunktion)を もつ最高意思決定機関 とされてお り,
したがってその機関の構成員 として労働者代表が参加することは労使共同決 定の最 も効果的な形態 と考 えられているのである。
監査役会は株式法 によ り,①取締役の任免 (株式法84条,87条) と②取締 役の行 う意思決定 の監督 と統制 (同111条 1項) とい う二大任務 を もってい る。第2の任務はその内容によってさらに次の3つに分け られる。その第1 は取締役 によってなされた意思決定の 「監査」(dieex‑posトKontrolle)であ
り,取締役 の提 出する年次決算の監査 と評価 がその内容である (同170条 , 171条)。第 2第 3は取締役意思決定 の初期過程 において行 われ るもので,
「日常的業務活動の協力的な監査」(mitwirkendeUberwachungderlaufen‑ denGeschaftstatigkeit) と称 されている。その一つは 「同意留保」(derBil‑ 1igungsvorbehalt) といわれ 特別 に重要な意思決定 に関 して監査役会はそ
の同意を留保で きるとい うもので,その場合 には監査役会は企業の最終決定
機関 となる (同111条4項)。 もう一 つは,監査役会は取締役の意思決定 に対 して評価や協議 とい う形で 「助言」 (dieBeratung)を して,その形成 に貢 献で きるとい うもので,これは業務政策や原則的問題 に関する取締役の監査 役会への報告義務 (同90条)か ら導 き出されるものである(2)0
この ように,監査役会 には,①取締役の任免,②業務監査,③ 同意留保 ,
④助言, とい う4つの機能が認め られてお り,それ らが形成機能の具体的内 容 をなすのである。
以上の ように,われわれは労務管理の課題 とドイツにおける労働者の経営 参加の形態 を念頭に置 きなが ら,以下 においてヴ ァイ トツ イッヒの所論 を検 討 してい くこととする。
(1) 人事管理 と労務管理 に関する以上の論述は,藻利重隆,『労務管理の経営学 (第二増 補版)』,千倉書房,昭和51年,439頁‑443頁によった。
(2) ドイツにおけ る 「労使共 同決定」お よび 「監査役会」 に関す る論述 については,拙 著,『企業管理論の構造』,千倉書房,平成3年 ,第5章 労働者の経営参加 と企業管 理,139頁‑144頁を参照 されたい。
3 企業の権力と社会的責任
(1) 実践的問題 としての社会的責任
ヴ ァイ トツ イッヒは企業の社会的責任を,社会 か ら企業へ果たすべ き責任 として要請 される単なる一時的現象ではな く,それは今や企業 に とって必要 な内面的要請 に基づ く実践的問題 として理解する。
(∋ 「準公共的制度」 としての企業
現在の発達 した産業社会では,企業,特 に大企業は社会 と多面的な相互依 存的関係にあ る。企業の意思決定は,被用者 (Arbeitnehmer),資本所有者 (Kapitaleigenttlmer),消費者 (Konsumenten),供給業者 (Lieferanten) な どのさまざまな社会的集団,いわゆ る企業の 「利害者集団」(Interessen‑
gruppen)に影響 を及ぼ している と同時に,逆 にこれ らの集団か らも影響を 受けている。大規模化 した企業は,今 日では もはや所有者の私的な関心事で はな く,む しろ重要な社会政策的意義 をもつ 「準公共的制度」(quasi‑6ffent‑ 1icheInstitution)として理解 されるべ き存在なのである。
②社会的責任志向の企業政策の必要性
この ように 「準公共的制度」 と見なされるべ き大企業は,社会 に対するそ の影響力の故にその反作用 として社会 か らのさまざまな要求に直面 し,その 結果,いわゆる 「企業の社会的責任」 を果たさざるをえない と解 される。す なわち,環境破壊,消費者の操作,非人間的作業条件の ような,産業社会の 成長が もた らした害 に よって大企業 は公衆 (Offentlichkeit)の批判の前 に 立たされ,公衆は企業にその活動か ら生ずるマ イナスの作用を防 ぎ除去する 方策を要求する。いかなる企業 も社会的問題 を拒否することによってその存 立基盤を危険に陥れることはできないか ら, この公衆の要求 と社会的圧力は 企業 の市場志 向的企業政策 を 「社会志 向的企業政策」(gesellschaftsorien‑
tierteUnternehmenspolitik)へ と拡大することを要求する。企業は,経済 的問題 と並んで非経済的価値 を もその 目標体系の中で考慮せざるをえない と 解 される。大企業の取締役層では増大する社会的圧 力の前で,企業の社会的 責任の重要性を認識 し社会志向的企業政策の必要性が受け入れ られているの である(1)0
ヴ ァイ トツ イッヒによれば,企業の社会的責任 をめ ぐる論議は決 して最近 の新 しい現象ではな く19世紀末にも1930年代の不況期にも見 られた ものであ る。 しか し,それ らと現在の論議 には本質的な相違 が見 られる。社会的責任 とは決 して短期的な現象ではな く企業 と社会 との関係における本質的な変化 であるとい うのがそれである。過去 においては,国家,労働組合,政党 とい った中央の諸制度が企業への社会的要求の主体であ り,国家的圧力によって 企業行動 を変 えることが 目指 された。現在では, これ らへの信頼性が相対的 に低下す る と共 に,住民の広 い領域 で民主化 (Demokratisierung)が進展
す るにつれて ,市民運動(Btirgerinitiative),消費者組織 (Konsumentenor‑ ganisation),株主連盟 (Aktionarsvereinigung)といった利害者集団が社会 的要求の主体 とな り,企業の行動 に直接的に影響 を及ぼす ようになったので ある(2)0
これ らの社会的要求は多 くの企業経営者 に 「企業の社会的責任」 とい う問 題への関心を増大せ しめるようにな ったが,その主な原因は 「『社会的責任』
への要請は一時的な流行現象ではな くて,む しろ, より広い住民領域の よ り 強い公共心 に向かう基本的態度 に起因する持続的要請である」 とい う認識で ある。 この ように企業への公衆の要請が増大する中で,ヴ ァイ トツ イッヒが 述べるように,企業がその社会的責任 を一時的な強制 として理解するのでな ければ,企業は社会責任 に志向する企業政策,すなわち社会志向的企業政策 を策定 し, 自己の企業の社会構想を展開 し, これを具体的な計画 と遂行 にま で結びつけなければな らないであろう(3)0
③アメ リカにおける実践的対応
この社会関連的企業政策の展開 と遂行の責任は,既 にアメ リカの企業 にお いて 「公衆業務」(PublicAffairs)とい う独立 した一つの企業職能 としてそ れを担 当す る管理者 によって引 き受け られて きた。ヴ ァイ トツ イッヒによれ ば,公衆業務 とは 「社会的企業哲学 か ら出発 し,社会戦略を展開 し,相応す る諸活動を実行 しあるいは活発 にし,企業 に とって重要な公衆の集団 との相 互の意思疎通を超 えた相互関係を得 ようとする(4)」一般的な企業職能である。
それは成立 以来その職分領域 が段階的 に発展 して きた動態的企業職能であ り,新 たに加 えられた職分領域は しば しば企業への直接的な公衆の要請 か ら 生 じた ものであ り,それ らは変化す る企業環境への適応 に役立 った と理解 さ
れてい る。公衆関係は,「政府関係」(governmentrelations)とい う受け身 的反応 か ら出発 し,「地域関係」(communityrelations)か ら 「都市問題」
(urbanaffairs)へ と拡大 し,今やそれは 「社会的責任」 とい う一般的要請 にまで発展 した。そ こに彼は社会政策的企業政策の形成 と遂行 に対 して公衆
業務が積極的役割を演 じている努力を認め,アメ リカにおける企業職能の一 つ としての公衆業務の発展の中に,社会的責任 に対する企業の実践的対応を 把握する(5)0
か くして,ヴ ァイ トツ イッヒは,企業の社会的責任 に関する論議は決 して 一時的現象ではな くて,「企業の環境 と内部で生 じた歴史的展開(6)」とい う 社会的 ・歴史的過程 として認識する。それ故,企業 は今や社会的責任 を果た すべ きか否か とい う入 り口の段階 に置 かれているのではな くて,その遂行は もはや 自明の ことであ り,「む しろ どの領域で どの範囲で社会的職分の解決 への参加が可能であ り,期待す る価値 があるのか(7)」とい う具体的実践の問 題 としてそれを理解す るのである。
(2)企業の社会的責任の概念
社会的責任の具体的実践 を問題 にするためには,操作化 しうるようにその 概念を明 らかにしなければな らない。ヴ ァイ トツ イッヒによれば,社会的責 任の概念 には倫理的次元 と制度的次元が含まれる。
(∋責任の次元
倫理的観点の下では,責任の概念は特定の原則 (個人的世界観,キ リス ト 教的社会倫理な ど)に志向する意思決定 ・行動の 自由空間 との関わ り合いを 意味する。企業の発展 に伴い企業はその意思決定権力を増大 させ るか ら,檎 理的観点か らその潜在的責任 も拡大す ると解 される。倫理的責任以外の行動 を要求 しうるのは,社会システムによって制度化 され制裁 によって強制 され る時のみである。 したがって,責任の概念は制度的次元を含んでいる。
制度的観点の下では,責任 とは 「第三者 によって統制 され,場合によって は制裁 される,法的に規制 された行動基準を守 ること」を意味す る。近代的 法治国家では,法的規範 とそれに基づ く制裁 によって,個人 と各種の制度の 意思決定 と責任の空間が制限 されてお り,社会に対する責任無 き行動が生 じ る とい う危険を減少 させ る努力が行 われる。 この ような法的規範 による社会
的責任の規定の例は 「共同決定法」 (dieMitbestimmungsgesetze)である。
「それは,企業 と協働老 (Mitarbeiter)との関連領域 における社会的責任 の問題 を,被用者 とい う利害者集団が直接的にその関心事 を明示 し,方針 を 守 るこ とを統制 し,制裁 しうることによって,解決することを助ける」 もの なのである(8)0
(参責任の内容
倫理的次元 と制度的次元をもつ社会的責任 を操作化する試みに,経済的ア プローチ と政治的アプローチがある。経済的アプローチでは,利潤志向的方 策 と社会関連的方策 との区別 に問題 が残 り,あるいは利潤極大化 とい う内容 のない公式 をもた らすので不適切である。結局,ヴ ァイ トツ イッヒが成果を 約束す るもの として主張するのは 「政治的アプローチ」 (politischeAnsatz) であ る。 これによれば,「社会的責任の種類 と程度 は,制度的規定の上 で, 企業の利害者集団によって協 同 して交渉 される」 もの と理解 され る。企業責 任の この政治的理解 に よれば,企業 の社会的責任 は, i)国家的規定の規範 に対す る企業責任,ii)利害者集団に対す る共 同決定機関の責任 , iii)共 同 決定機 関に対する企業管理の内部責任,iv)公衆 に対す る企業管理 の道徳的 責任, とい う多段階の責任か ら構成 される(9)0
③責任 と企業体制
社会的責任 に関するこの ようなヴ ァイ トツ イッヒの理解は,明 らかに責任 の持つ倫理的次元 よりも制度的次元 に重点が置かれている。 i)か らiii)まで の責任 は,国家 と企業 に関する制度的規定 に基づいて生ずるものであ り,企 業責任 の倫理的次元 と解 され るのはわずかにiv)のみであ る。 これは,社会 的責任 は 「制度的規定の上で」交渉 され るものであるとい う政治的アプロー チの必然的結果である。
政治的アプローチはさらに次の ような考察 に結びつ く。現在の企業は社会 的責任 が交渉 されるような 「制度的規定」を持 っているのか とい うのがそれ である。換言すれば,現在の企業は社会的責任 という社会的 ・歴 史的過程 に
対 応 しう る 「企 業 体 制」(Unternehmensverfassung)を有 して い るの か否 か が問 わ れ なけ れば な らな い。 企 業 は 今 や ,社 会 的責 任 を具 体 的 に設 定 し遂 行 しな け れ ば な らな い存 在 として理 解 され るか らで あ る。 そ こで わ れ われ は , 社 会 的責 任 に関 す る企 業 の制 度 的規 定 す な わち企 業 体制 その もの を問題 に し な けれ ば な らず , そ の手 が か りとして 「企 業権 力」 につ いて考 察 す る こ とと す る。 そ れ は社 会 的責 任 と企 業 体 制 とを結 び つ け る重 要 な概 念 を な す か らで あ る。
(1) Vgl.Weitzig,a.a.0.,S.ll.
企業の社会的責任に関しては次を参照されたい。
拙著,『企業管理論の構造』,千倉書房,平成3年,第6章 企業の社会的責任 と企 業管理,159頁以下。
(2) Vgl.,Weitzig,a.a.0.,S.17118.
(3) Vgl.,Weitzig,α.α.0リS.22‑24.
企業政策の概念およびそれ と企業の社会的責任 との関連については次を参照された
い。
拙著,『企業政策論の展開』,千倉書房,昭和63年,第5章 最高管理意思決定論 と しての企業政策論‑ドゥルゴスの所論を中心として‑,141頁以下。
同,『企業管理論の構造』,第 1章 企業管理の構造 ‑ウル リッヒの所論を中心 とし て‑,1頁以下。
(4) Weitzig,α.α.0リS.27‑28.
(5) VglリWeitzig,α.α.0リS.25‑26.
ヴァイトツイッヒによれば,公衆業務の中心問題は企業の社会的責任の種類 と程度 を決定することである。なぜならば,これが企業政策の形成 と遂行に決定的影響を与 えるからである.Ⅴgl.,Weitzig,a.a.0.,S.36.
(6) Weitzig,α.α.0リS.149.
(7) Weitzig,α.α.0日S.36.
(8) Vgl.,Weitzig,a,a.0"S.36‑37.
(9) Vgl.,Weitzig,α.α.0リS.38‑40・
4 企業権力とその所有者
(1) 企業 とその権力
ヴ ァイ トツ イッヒは企業 を 「権 力 と支配の形成体」 (Macht‑undHerr‑ schaftsgebilde)として把握す る。権力 とは 「目標 を抵抗 に逆 らって も実現
しうる能力」(dieF弘ichkeit,ZielauchgegenWiderstanderealisierenzu k6nnen)(1)であるが,権力の行使は必ず しも意志 を強制的に遂行す ることの みを意味す るのではな く,他人の評価過程 に影響 を及ぼす ことも含む。企業 の権力,特 にここで問題 になる大企業の権力についてヴ ァイ トツ イッヒは次 の ように述べている。
高度 に発達 した資本主義的産業社会では大企業が発展 し,それは今やわれ われの経済的社会的生活における決定的中核 をな している。 したがって,大 企業は もはや私的な制度ではな くて,準公共的制度 として取 り扱われなけれ ばな らないのである。今や大企業は,経済的 ・社会的 ・政治的権力を含んだ 企業権力の所有者である。大企業の経済的権力 とは,経済的過程 (価格形威, 賃金,成長 ,操業な ど)に影響を及ぼす可能性であ り,それは大企業の社会 的 ・政治的領域 における権力の基礎 を形成する。企業権力は企業の内部 と外 部の双方 にまたが り,外部権力はこの制度の外部者 に対する権力であ り,内 部権力はこの制度の内部 における経営 ・統制権力 (dieLeitungs‑undKon‑
trollmacht)である。大企業 による権力の行使は決 して否定で きず,む しろ 成長や集中化の傾向によって権力の基礎はますます増大 して きている(2)。
(2)企業権 力の所有者
社会的責任 とい う企業政策の策定 と遂行 に志向する企業体制 について考察 するためには,企業権力の所有者 と企業政策 に及ぼす彼 らの影響の分析が不 可欠である。ヴ ァイ トツイッヒが企業権力の所有者 として掲げるのは,①企 業所有者,②企業経営者,③被用者 ,④取引業者 という四つの集団である。
企業権 力の所有者 として最初 にあげ られ るのは,①企業 の所 有者 (die Eigenttimer)と②企業経営者 (dieUnternehmensleitung)であ るが,ヴ ァ
イ トツ イッヒは両者の間で実質的な権 力基盤が今 日では大 き く移動 している と主張する。すなわち,資本所有者が部分的に無力化 しそれ と対照的に経営 者の権力が評価 されているか らである。 この権力移動は株式資本の広範な分 散の進展か ら説明される と同時に,増大する経営的意思決定の複雑性 によっ
て も促進 された。
所有 と処理権力の分離の傾 向は この ようにもはや疑問の余地がない ところ であるが, これが企業政策にいかな る結果を及ぼすかについて,二つの見解 が対立 している。その一つは,所有者 と所有 しない経営者は異な る目標を追 求するので,権力移動の増大は企業政策に基本的変化をもた らす というもの である。経営者は所有者利害である利潤には同程度 には参加 しないか ら,刺 潤 目標 に志向する企業政策にはほ とん ど利害を持たない と解 され るか らであ る。その上,この見解の支持者の多 くは,経営者 に企業政策的意思決定にあ た り自らの利害 と同時にその他の集団の利害をも考慮することさえも期待す るのであ る。
ヴ ァイ トツ イッヒによれば,経営者 による所有者の排除は企業政策に根本 的な変化 をもた らす とい う見解 は誤 りであ り,決 して彼の支持す るところで はない。彼は,経営者は依然 として所有者の支配の下 にあるかあ るいは所有 者 と同じ観点か ら企業を経営す るので企業政策の変化は生 じない とい う,二 つ 目の見解を支持す る。その理 由は次の4点である。 i)大株主 をもつ企業 の経営者 は所有者の直接的な支配の下 にある。 ii)株主資本の広 い分散は必 ず しも経営者の支配 されない権力行使 を示す指標ではない。iii)経営者は数 多 くの物質的 ・非物質的特典 に結びつけ られているので所有者 と同じ観点か ら企業を経営する。iv)経営者 と所有者は類似の社会階層 に由来 するので意 思決定の基礎 にあるのは類似の規範 と価値である。
企業権力の第三の所有者 としてあげ られるのは③被用者である。なぜな ら
ば,労働組 合の発展 によって被用者の利害が企業 において次第 に認め られて きたか らである。被用者は共同決定法 によって監査役会 に自らの代表 を送 る 権利を得た と同時に,それ以外のさまざまな領域で も影響可能性を有 してい る。 しかし,共同決定は株主総会 にまでは及んでお らず被用者 には企業管理 に関す る情報が不足 しているので,企業では今なお所有者 と経営者の利害が 支配的であ ることを認めざるを得ないのである。
最後 に企業権力の所有者 としてあげ られ うるのは④取引業者 (Geschafts‑ partner)である。大供給業者,大購入業者 ,大債権者 は場合に よっては監 査役会の投票権を得 ることがで きる。企業は継続的取引を確保 するために監 査役会 に彼 らを招 くことがあるか らである(3)0
以上のようなヴ ァイ トツイッヒに よる企業権力の所有者 に関する分析 によ れば,権力の中心的所有者は明 らかに資本所有者 と経営者であ り,被用者の 権力は共同決定法 に基づ く限定的な ものであ り,取引業者の権力は可能性が あるにすぎない。それ以外の企業の利害者集団,例 えば消費者,市民運動団 体, 自治体 な どはなん ら企業権力者の範噂 には含 まれてはいない。 したがっ て, このような彼の見解では,現在 の企業 に関する制度的規定では所有者 と 経営者の利害 に強 く志向する企業政策 に重心が置 かれ その他の利害者集団
に配慮 した企業政策,すなわち社会的責任 に志向する企業政策はほ とん ど実 現 しないこ ととなる。 しか し,現在の企業 に とって社会的責任に対応するこ
とが不可避 であるとすれば,現在の企業の制度的規定をこの新 しい社会的 ・ 歴史的過程 に対応 しうるものに変革 しなければな らないであろう。ヴ ァイ ト ツイッヒが社会的責任への対応を可能 にす る新 しい企業体制の提言を 自らの 課題 とする所以である。
(1) Weitzig,a.a.0.,S.51.
(2) Vgl.,Weitzig,a.a.0.,S.50152.
(3) Vgl"Weitzig,a.a.0.,S.53‑55.
5 企業の民主化 と企業体制
(1) 価値前提の必要性
①価値前提の明示
企業の社会的責任の論議は企業の社会政策的評価 と不可分に結合 している ので,論議の重要 な部分は必然的に規範的領域 (normativeBereich)の中 にあるとヴ ァイ トツ イッヒは主張する(1)0
彼 によれば,およそ社会科学的モデルは明示的であれ暗示的であれ 常に 規範的言明を含んでいる。た とえある社会科学的言明体系が現実 を記述 し説 明す るだけであ り評価 は慎 む と表 明 した として も,それは完全 な価値 自由
(wertfrei)ではあ りえず,価値関係 か ら自由な用語 もあ りえない。表面的 な価値 自由の表 明は,その基礎 にある価値態度 と利害を隠蔽 して しまい議論 を中断させて しまう(2)。 ましてや企業の社会的責任 という問題 には評価の問 題が結びついているので,合理的で透 明性のある議論 を行い得 るためには, その前提条件 として特定の価値前提 (Wertprammisse)を明示 しなければ な らない。彼 が価値前提 として出発点 に置 くのは 「社会政策的基本規範」
(diegesellschaftspolitischeGrundnormen)である(3)0
②民主的社会の基本規範
ヴ ァイ トツイッヒによれば,価値前提は 「それは 自由社会の社会政策的基 礎 に相応するか,あ るいはこれに帰せ しめ られるにちがいない」 という一般 的要請 に沿 うものでなければな らない。 自由社会の一般的な 「道徳的基本要 請」(sittlicheGrundforderung)は 「人間はその 自由 と自己決定 を彼の時代 の社会的条件の下で実現すべ きである」 という命題 に置 き換 えられる。人間 は, 自由 と自己決定 とい う個人的倫理 と,社会的拘束 とい う社会的倫理 との 間の緊張関係の中に置かれてお り, この関係は決 して固定的ではな く,む し ろ物的 ・時代的条件 の下で 「道徳的基本要請」に向け られて形成 されろoわ れわれの民主的社会 における基本的規範は民主的規範 に他な らないのであっ
て,民主的規範によってこの関係を決定することが重要なのであ る。民主的 規範 として しば しば要請 されるのは 「民主化」(Demokratisierung)なので あるが,これには次の三つの内容が区別 される。 i) 自由の表現 としての民 主化,ii)国家的 ・社会的権力の正 当化 (Legitimation)と統制の手段 とし ての民主化 ,iii)権力解消の過程 としての民主化, とい うのがそれである。
③民主化の概念
ヴ ァイ トツ イッヒによれば,民主化の i)の概念は無思想で無内容のスロー ガンに過 ぎず,権力の止揚は新たな権力を生み出すだけであるか らiii)の概 念 も不適切である。彼の理解によれば,民主化の課題は権力の廃止にあるの ではな く社会的権力の規制 された均衡 と統制にあるか ら,適切な民主化の概 念は ii)である。 しか も,国家権力の統制手段 としての政治的民主主義 に賛 成する とい う意思決定 が意味するのは,単なる消極的な企業民主主義への賛 意の表 明ではな く,む しろ積極的な評価意思決定であることを彼 は強調す る。
すなわち,「われわれの考 えによれば,民主的国家では,例 えば企業の よう な民主的基本原則 さえ も用い られないような重要な部分領域は存在 してほな らないのであ る。」民主主義は,国家の統治形態 としてのみな らず一般的妥 当性 を有す る人間の共 同生活の秩序 として も理解 され るべ き原則なのであ る(4)0
④民主化の内容
価値前提 あるいは基礎的規範 として議論 に導入されなければな らない上述 の民主化概念の具体的内容は,次の五つの原則である。i)公表の原則,ii)
自由な意見形成の原則, iii)自由な集団形成の原則,iv)自己決定 と自己責 任的行動の 自由の原則,Ⅴ)社会的権力の正当化の原則,がそれである。公 表の原則 とは,社会の成員は 自らの 自由 と共同責任 に関係する限 り,社会政 策的意思決定 に関 して適切な報告を受ける権利 を有するとい うことで, これ は他の四つの原則を実現するための前提 として重要な原則である。 自由な意 見形成の原則は,必然的に自由な集団形成の原則 を必要 とし,後者は単なる