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(1)

吉 田 知 子

・ 初 期 作 品 の 世 界

( 一

) ││

『 無 明 長 夜 』 の 周 辺 ││

田 中 裕 之

はじ めに 一人 の女 性の 狂気 への 転落 まで を描 き、 芥川 賞を 受賞 した

『無 明長 夜』

(『 新 潮』 一九 七〇

・四

)に よっ て、 吉田 知子 の名 は広 く知 られ るこ とと なっ た。 だが

、 吉田 には それ 以前 に長 い執 筆歴 があ り、 発表 され た作 品数 もか なり の数 に上 る

。 それ らに は、 日本 を舞 台に した もの もあ れば

、外 地を 舞台 にし たも のも

、無 国籍 のも のも ある

。リ アリ ズム の作 品も あれ ば、 反リ アリ ズム の作 品も ある

。物 語の 体裁 を有 して いる もの もあ れば

、断 片の 集積 とい う形 式の もの もあ る。 本稿 では

、そ れら 数あ る作 品の 中か ら、

『無 明長 夜』 の作 品世 界

との 強い 結 びつ きを 窺わ せる 三つ の短 編小 説、

『静 かな 夏』

(『 ゴム

』八 号、 一九 六七

・六

)、

『終 りの ない 夜』

(『 ゴム

』一

〇号

、一 九六 八・ 三)

、『 そら

』(

『新 潮』 一九 七一

・九

)を 取り 上げ

、多 彩な 表情 を見 せる 初期 吉田 知子 の文 学世 界の 一側 面を 明ら かに した い。 吉田 の初 期作 品群 はま さに 玉石 混交 とい える が、

『静 かな 夏』 と『 終り のな い 夜』 は、 吉田 が夫 の吉 良任 市ら と浜 松で 始め た同 人誌

『ゴ ム』 に発 表さ れた 後、 前者 は『 文学 界』 一九 六七 年九 月号 の同 人雑 誌評 で取 り上 げら れ

、後 者は

『文 学界

』一 九六 八年 七月 号の 同人 雑誌 評で 高く 評価 され た

上に

、同 人雑 誌推 薦作 とし て転 載さ れ、 と、 いず れも 早く から 一定 の評 価を 得た 作品 であ る。

『そ ら』 は『 無明 長夜

』よ りも 後に

『新 潮』 に発 表さ れた もの だが

、そ の原 型は

『ゴ ム』 九号

(一 九六 七・ 一一

)に 発表 され てい る

。折 金紀 男が 初出 版へ の言 及か ら吉 田知 子論 を開 始し

吉良 任市 が「 吉田 知子 の文 学を 知る うえ で、 もう 一篇 紹介 した い作 品が ある

。」 とし て論 の最 後に 改稿 版に 言及 する な

ど( この 二人 はと もに

『ゴ ム』 同人 であ る)

、こ れも また

、初 期の 吉田 知子 を代 表す る一 編で ある

一、

『無 明長 夜』 と『 静か な夏

『無 明長 夜』 の主 人公

「私

」は

、あ る日

、幼 児を 助け よう とし た母 親が トラ ッ クに はね られ ると ころ を目 撃す る。

「私

」は

、足 下に 転が って 来た 母親 の顔 に笑 いが 浮か ぶの を見

、そ の笑 いが

、「 私」 の笑 いを 見て

「反 射的 に同 じ表 情を した

」 もの だっ たこ とに 気づ く。

「私

」は

、こ の事 故を 目撃 して 笑っ てい たの だ。 ここ での

「私

」は

、人 とし ての 倫理 から 逸脱 して いる

。 類似 のエ ピソ ード は、

『静 かな 夏』 でも 描か れて いる

。商 店で アル バイ トを し てい る主 人公

「私

」は

、あ る赤 ん坊 の死 を知 る。

浜田 さん の赤 んぼ うは 一昨 日、 この 店の 前で 乳母 車に 乗っ てい た。 店の 前の 道は 傾斜 して いる が、 大抵 の人 はそ のま ま車 をお く。 傾斜 は店 の端 から 急に なっ て、 かな りの 坂な のだ が、 店の 前の 道路 だけ は、 とに かく 平坦 にみ える

。 その 乳母 車が ひと りで に走 りだ して しま った のだ

。本 当は 私が 押し たか らだ けれ ども

、押 さな くて も乳 母車 はじ りじ りと 動い てい たか ら、 どう せ同 じこ とに なっ ただ ろう

。 乳母 車は 電柱 にぶ つか り、 その とき に頭 を打 った のか

、こ の赤 ん坊 は死 んだ の だ。 店の 商品 に手 を伸 ばし たと き、 乳母 車に 片手 をつ いて しま った とい うの だか ら、 意図 的な 行為 では なか った よう だが

、「 私」 に自 責も 反省 も後 悔も まっ たく 見ら れな いこ とは 明ら かで あり

、こ こで の「 私」 もま た、 人倫 から 逸脱 して いる

。 この 赤ん 坊の エピ ソー ドに 限ら ず、

『静 かな 夏』 の「 私」 は、 総じ て倫 理や 道 徳か ら外 れた とこ ろで 生き てい る。 アル バイ ト先 から は勝 手に 抜け 出す

。商 品を 勝手 に持 ち帰 る。 首に リボ ンを 付け た子 猫を 溝川 に捨 てる

。母 親と とも に店 に入 って きた 二歳 くら いの 女の 子の 頭を 思い 切り 叩く

。同 じア パー トの 自称 自衛 官の 男に 誘わ れる まま 情事 に及 ぶ。 毒薬 を食 事に 混ぜ 同居 人を ゆっ くり と殺 そう とし

(2)

てい る…

…。 もっ とも

、こ こに 列挙 した 事例 から もわ かる よう に、

『静 かな 夏』 の「 私」 に は、 自称 自衛 官の 男と のエ ピソ ード を除 けば

、『 無明 長夜

』の

「私

」に 認め られ るよ うな 極端 な受 動性 はな い。 また

、先 に触 れた

『無 明長 夜』 のエ ピソ ード が、

「私

」の 内部 に蠢 いて いた 不定 形で 不気 味な 存在 が表 に現 れる こと で、 それ まで の「 私」 が崩 壊し

、狂 気の 世界 へと 転落 する 一過 程と して あり

、そ の前 後の

「私

」 が、 確か なも のと して の御 本山 と新 院に 縋ろ うと して いた のに 対し

、『 静か な夏

』 の「 私」 には その よう な指 向性 はな い。

『静 かな 夏』 は、 その タイ トル が示 すよ うに

、あ る夏 の一 日の 連続 した エピ ソー ドを

、若 干の 回想 をも 交え なが ら描 くも ので あり

、主 人公 は、 人倫 から 外れ た自 己を 怖れ るで も嫌 悪す るで もな く、 自分 の日 常を ごく 自然 に生 きて いる

。そ して これ が、 この 作品 の凄 みで もあ る

。 折金 紀男 は、 この 作品 から 作者 の「 関係 憎悪 の論 理」 を読 み取 る

。折 金は

『静 かな 夏』 が衝 撃的 なの は、

「「 家」 の崩 壊と か、 愛の 不在 とか

、現 代の 倦怠 をす るど く突 いて いる から では なく

、そ のよ うな 問題 自体 がど うだ って いい こと では ない のか

、「 愛」 なん て不 在で あろ うが なか ろう がど うと いう こと はな い。 私達 をと りま く関 係を すて てし まえ ばも うす べて がた だ石 ころ のよ うに 個々 バラ バラ に存 在す るだ けな のだ

。」 とい うよ うな

、「 私達 の関 係に 対す る認 識を 根底 から くつ がえ すよ うな 世界 が提 出さ れて いる から だ」 と指 摘し

、さ らに 論を 進め て、 主人 公の

「私

」は

、「 関係 に対 する 嫌悪 から 存在 その もの の不 快感 へむ かう

」 のだ とい う。 だが

、本 当に

「私

」は 関係 や存 在を 嫌悪 して いる のか

。 そも そも

、折 金の いう

「関 係」 とは 何な のか が、 実に 曖昧 であ る。

「私

」の ア ルバ イト 先で の人 間関 係も

、自 称自 衛官 の男 との 行き ずり の関 係も

、関 係に は変 わり ない

。「 私」 は、 自称 自衛 官の 男と の情 事( 関係

)を 受け 入れ てい るの であ り、 拒否 して はい ない

。ア パー トの 共同 風呂 で出 くわ した 男に

、乳 房に 触ら れな がら 剃刀 で腋 毛を 剃ら れる こと にな って も抵 抗す るこ とは なく

、男 との 空き 地で の性 交渉 もす んな りと 受け 入れ る。 ここ に認 めら れる のは

、「 私」 の投 げや りな 姿勢 であ り、 相手 や関 係に 対す る無 関心 では あっ ても

、関 係そ のも のへ の嫌 悪や 憎悪 では ない

。性 交渉 のと きに

「私

」は

、男 が付 けて いる ポマ ード の匂 いを 嗅ぎ

「決 して いや な匂 いで はな いの に」

「不 快に なり

、何 だか 吐き そう な気 分に なる

」。 折金 はこ こに

「存 在そ のも のに たい する 嫌悪 がみ ごと に表 現さ れる

」と いう のだ が、 ここ にこ そ、 たと え行 きず りの 関係 であ ろう と、 他者 と密 接な 関係 が生 じて しま って いる こと に対 する 不快 感、 他者 が近 すぎ るこ とに 対す る不 快感 を認 める こと がで きる だろ う。 だが

、そ れは

、関 係そ のも のに 対す るも ので はな いし

、も ちろ んこ こに

、「 存在 その もの にた いす る嫌 悪」 など を認 める こと もで きな い。

「私

」は

、他 者や 他者 との 関係

、社 会の 約束 事等 々を 重要 視し てい ない

。そ れ ばか りか

、子 猫、 赤ん 坊、 同居 人の エピ ソー ドに 見ら れる よう に、 他の 生命 をも 重視 して いな い。

『無 明長 夜』 の「 私」 の内 部で 蠢き

、や がて は「 手袋 を脱 ぐと きの よう に、 くる りと 裏が えし

」に なっ て表 に現 れ、 それ まで の「 私」 を崩 壊に 導く こと にな る不 気味 で禍 々し い存 在こ そが

、『 静か な夏

』の

「私

」の 常態 なの だ。

「私

」は

、男 と空 地へ 向か うと きに

、「 ああ

、い つか 来た こと があ る」

「あ れは 夢の 中の こと だっ たろ うか

」と 思う

。「 私」 にと って は、 あら ゆる 出来 事が

「夢 の中

」の よう なも ので あり

、何 一つ とし て、 こと さら な重 さを 持つ もの では ない のか もし れな い。

『無 明長 夜』 と『 静か な夏

』に 共通 する のは

、主 人公 と他 者、 共同 体、 社会 規 範等 々と の、 つま りは 既存 の世 界と の乖 離で あり

、ズ レで ある

。そ のズ レを 自覚 して 救い を求 める もの の得 られ ず、 自己 崩壊 に至 るの が『 無明 長夜

』の

「私

」で あり

、ほ のか な悪 意を 漂わ せな がら

、そ のま まに 受け 入れ てい るの が『 静か な夏

』 の「 私」 であ ると いえ よう

二、

『無 明長 夜』 と『 終り のな い夜

『無 明長 夜』 の主 人公

「私

」は

、「 どう にも なら ない もの を引 きず り歩 いて い る。 そう いう 不明 瞭な 不快 感が あり まし た。

「ど うに もな らな いも の」 とい うの は私 であ り、 また 私の 前に ある 途方 もな く長 い道 なの です

。」 と語 って いた

。こ の感 覚は 作者 吉田 知子 自身 のも ので もあ った よう だ。

どこ へ行 って も、 どん なこ とを して も離 れぬ もの がひ とつ

、あ った

。私 は、

(3)

それ を貴 重品 の入 った トラ ンク のよ うに 肌身 離さ ず持 ち歩 いた

。な にも 貴重 品で はな いの だが

、そ うす るよ り他 なか った

それ を、 私の ひと つの 出会 いと 言お う。 出会 った のは 十一

、二 歳頃

。よ い 出会 いと は言 えな い。 むし ろ「 悪魔 のほ くそ 笑み

」的 出会 いだ った

。私 は、 それ を避 ける こと はで きな かっ た。 出会 った もの は、 何が 何だ かわ けの わか らぬ もの で、 どう やら 臭気 を発 して いる らし く、 しか も汚 らし い蒼 黄色 をし てい た。││

私が 出会 った もの

、そ して それ 以来 の何 十年

、四 六時 中私 につ きま とっ て離 れぬ いや らし いも の。 それ は「 自分

」で ある

( 。

「あ る出 会い

『無 明長 夜』 が私 小説 的な 作品 だと いい たい ので はな い。 引き 揚げ 後の 生活 を はじ めと する 吉田 自身 の体 験が この 作品 に生 かさ れて いる こと は、 幾つ かの エッ セイ から 確認 する こと がで きる が

、今 はそ こに 深入 りは しな い。

「十 一、 二歳 頃」 の吉 田に つい て確 認す るこ とも 別の 機会 に譲 ろう

。こ こで 確認 して おき たい のは ただ 一つ

、『 無明 長夜

』の 作品 世界 には

、作 者自 身の 自己 への 違和 感、 嫌悪 感が 流れ 込ん でい ると いう こと だ。 そし て、 ここ で語 られ てい る「 四六 時中 私に つき まと って 離れ ぬい やら しい も の」 であ る「 自分

」を

「老 婆」 とし て形 象化 し、 反リ アリ ズム の手 法で 描い た作 品が

、『 終り のな い夜

』で あろ う。

『終 りの ない 夜』 は、 いつ の間 にか 見知 らぬ

「夜 の街

」に 迷い 込ん でし まっ た

「私

」が

、い つま で歩 いて もそ こか ら抜 け出 せな い様 を描 いた

、悪 夢的 短編 小説 であ る。

「私

」は

、宿 を探 して 歩い てい る途 中で 出会 った

「老 婆」 と同 行す るこ とに なる のだ が、 この

「老 婆」 は、

「あ んた は私 なの

。私 はあ んた

。」 と、 自分 が「 私」 の未 来の 姿な のだ と主 張す る。

「私

」は

、そ れを 否定 する こと がで きな い。

老婆 の中 のど んな 所も 私は 好き では なか った

。嫌 悪で 胸が つか える ほど だっ た。 私は 頭を 振っ た。 悪夢 なら さめ よ。 尚も 体を 揺す った

。自 分を ふり 払う よう に。 そう しな がら

、そ の底 に一 筋の 鋭い 愛着 があ った

。そ れは 矛盾 して いた

。そ れだ から こそ 嫌悪 も愛 情も 極端 なの だ。 一点 の美 も、 正も ない 形。

それ はず っと

、は てし ない 昔よ り私 の望 んで いた 姿で はな いか

。ど こか ら見 ても 完璧 に醜 くな りた いと 私は 常に 心の 隅で 強く 希ん でい たの では なか った か。 ただ

、そ れに 気が つか なか った だけ なの だ。 彼女 こそ 私の 本質 なの だ。

「私

」の この 思い は、 単行 本『 無明 長夜

』( 新潮 社、 一九 七〇

・九

)「 後記

」 の次 の文 章と その まま 重な るだ ろう

うっ かり

、そ のに おい

(自 分の 体臭

)を 嗅い でし まっ たと き、 正反 対の 強 烈な 感情 が私 を襲 い、 私は 一瞬

、息 がつ まり

、気 が遠 くな りま す。││

自分 への 切な いほ どの 愛着

。そ の場 にし ゃが みこ んで 何も かも 投げ 捨て たく なる よう な凄 まじ い嫌 悪。 それ から 憎悪 のあ まり 一寸 刻み に自 分の 体を 切り 苛み たく なっ たり しま す。 自分 とい うも のが 天地 に満 ちて いる

。無 理や り口 中に 詰め られ た粘 土の よう に、 不快 なも の、 絶対 にの がれ るこ との でき ぬも のと して

、そ こに

「在 る」

。そ のと きに 感じ る重 い激 烈な 感情 の昂 りは

、私 の悲 喜哀 楽の 情の どれ とも ちが い、 どれ より も強 いの です

。( 括弧 内引 用者

) 先に 引用 した

「あ る出 会い

」の 一節 より も直 裁か つ強 烈に 自己 への 嫌悪 感を 表 明し たこ の文 章は

、そ のま ま『 終り のな い夜

』の 自己 解説 とな って いる

。い かに 嫌悪 しよ うと

、自 分自 身と 別れ るこ とは でき ない よう に、

「私

」も

「老 婆」 と別 れる こと はで きな い。

『終 りの ない 夜』 は、 殺そ うと して

「老 婆」 の首 を絞 めた

「私

」が

、首 の傷 口の 穴に 吸い 込ま れ落 ちて いき

「す ぽん と抜 けで て」

、再 び歩 き始 めて いる とこ ろで 終わ る。 この

「終 わり のな い夜

」の 中で

、「 私」 は何 度も 繰り 返し

「老 婆」 と出 会う こと にな るだ ろう

。 折金 紀男 は、

『終 りの ない 夜』 を、

「関 係に 対す る憎 悪と 恐怖 のい りま じっ た 作品 であ る」 とす る

が、 自分 自身 に対 する 愛着 と嫌 悪の いり まじ った 作品 であ る、 とす るの が妥 当だ ろう

。折 原は

、「 すべ ての もの が無 関係 にな って くれ たら なあ

。こ の世 の存 在が すべ て、 無関 係に それ ぞれ に対 して 自立 して

、孤 立し て存 在し てい たら いい と思 う。 私た ちは 全く の自 由で あり

、伝 統に 支配 され た思 考も なく

、関 係も なく

、孤 立し てい る存 在で ある

。こ れは

「終 りの ない 夜」 の世 界か ら発 せら れる 切な る願 いで ある

。」 とも 論じ るの だが

、『 終り のな い夜

』に 認め られ るの は、 その よう なも ので はな い。

(4)

私は 探す のに 倦い た。 もし 町名 を示 す何 かが あっ ても

、こ の暗 さで は読 める かど うか わか らな い。 それ に第 一、 私は もう 自分 の町 も家 も忘 れて いた

。思 い出 し方 さえ も忘 れて いた

。も っと も、 それ は今 日に 限っ たこ とで はな い。 何も かも 始終 忘れ た。 そし て、 その ため に私 は不 幸で もな く幸 福で もな かっ た。 今、 目の 前に ある もの は私 の寝 ぐら や私 の家 族や

、私 の肉 体と 無関 係だ

。 私自 身も また それ らと 無関 係で あっ てい けな い理 由は ない

。 これ は、 作品 冒頭 近く での

「私

」の 思い であ るが

、こ れに して も、 あら ゆる 関 係へ の拒 否を 表明 して いる ので はな い。

「私

」が 無関 係で いた いの は、 あく まで も「 私」 に関 わる もの であ る。 作品 終盤 の「 たと え、 あん たが 私の 未来 だと して も、 それ が何 だっ てい うの

。や っぱ り関 係な んか ない でし ょ。 あん たは 余分 にす ぎな いわ

」と いう 言葉 まで

、そ れは 一貫 して いる

『無 明長 夜』 と『 終わ りな き夜

』は

、ど ちら も作 者自 身が 抱え 込ん だ、 自己 へ の違 和感

、嫌 悪感 に根 ざし てい る。

『無 明長 夜』 では 世界 との ズレ

、自 己の 異物 感の 表出 が中 心で あり

、自 己嫌 悪の 直接 的表 出は 控え めで ある が、

『終 わり なき 夜』 は、 自己 嫌悪 その もの を正 面か ら扱 った 作品 であ ると いっ てよ いだ ろう

三、

『無 明長 夜』 と『 そら

『そ ら』 の主 人公 ノザ キヨ ネコ は小 学一 年生

。教 室で 教師 に名 前を 呼ば れて も 返事 がで きず

、学 校で の集 団生 活に もな じめ てい ない 彼女 は、

「容 易に 人と なじ まな い陰 気な 性質

」で あっ た『 無明 長夜

』の 主人 公「 私」 と同 類の 少女 であ る。

「私

」が

「自 分は 蚕だ

」と 思い 込む

「ひ とり 遊び

」を して いた よう に、 ヨネ コは

、 休み 時間 に一 人、

「何 かに なる

」こ とを 漠然 と願 いな がら 固く 目を 閉じ

、鉄 棒に つか まっ て歩 く。

「私

」が

「ソ カイ ノオ コン ジキ

(疎 開者 の乞 食) と意 地悪 な子 には やさ れ」 てい たよ うに

、ヨ ネコ もま た、

「下 駄箱 に近 くな ると 泣き たく なる

。 どう して も自 分の 靴が なく なっ てい る気 がす る。

」「 靴が ある と騙 され た感 じに なる

。」 とい うよ うに

、い じめ の対 象に なっ てい る。 だが

、『 無明 長夜

』の

「私

」と 同類 とは いっ ても

、ヨ ネコ は「 私」 ほど 孤立 し

ては いな い。 二人 の間 には

、程 度に おい て、 かな りの 差が 認め られ る。 疎開 者の 母子 家庭 に育 った

「私

」と は違 い、 ヨネ コに は父 母と もに ある

。母 親は 出産 のた め入 院し てい るが

、手 伝い に来 てい るヒ デ叔 母さ んが 代わ りに ヨネ コの 世話 をし てい る。 家に 出入 りす る横 山さ んも ヨネ コの 相手 をす るし

、小 学校 へは 一学 年上 の恵 ちゃ んが 連れ て行 って くれ る。 友達 とも 遊ぶ

。友 達の 家の 飼い 犬の 股を 観察 する こと もあ れば

、「 みん なで 丘へ のぼ る」 こと もあ る。 縄跳 びの 絵を 描け ば、 そこ には イノ ウエ ミツ コと タキ グチ カヨ コも 描か れる

。総 じて

、大 貫玉 枝以 外に は友 達の いな かっ た『 無明 長夜

』の

「私

」に 比べ れば

、ヨ ネコ の方 が人 間関 係は 豊か であ る。 もっ とも

、ヨ ネコ の周 囲の 人た ちは

、ひ とり ひと りと ヨネ コか ら離 れて いく

。 まず 父親 が家 から いな くな り、 次い で母 親も いな くな る。 手伝 いに 来て いた ヒデ 叔母 さん も去 り、 横山 さん の来 訪も なく なる

。こ のあ たり の事 情は はっ きり しな い。 父親 と横 山さ んは 一緒 に事 業を して いた らし く、 何か 警察 が関 わる よう な事 態が 発生 した よう だ。 父親 は刑 務所 に入 った のか もし れな い。 赤ん 坊が すぐ に死 んで しま った こと も影 響し たの か、 夫と の間 に溝 がで きて いた らし い母 親は

、横 山さ んの とこ ろに 行っ たの かも しれ ない

。語 りは その ほと んど がヨ ネコ に焦 点化 され てお り、 ヨネ コが 知ら ない もの

、わ から ない もの は読 者に もわ から ない

ヨネ コが 知っ てい るこ とで も、 はっ きり と言 語化 でき ない もの は伝 わら ない

。し ばら くは 川村 さん がヨ ネコ の世 話に 来て いた が、 つい にヨ ネコ は祖 母の 家で 暮ら すこ とに なる

。ヨ ネコ とと もに 汽車 に乗 った ヒデ 叔母 は、 同乗 の客 に、

「み なし ごに なっ てし まっ て」 とい う。 父母 は生 きて いる のだ から

、ヨ ネコ は捨 てら れた 子ど もだ とい って もよ い。 当然 学校 は転 校と なり

、同 級生 の顔 ぶれ も変 わる

。 この よう な生 活環 境の 変化 に合 わせ て、 ヨネ コに も変 化が 生じ る。 折金 紀男 は、 先に 触れ た、 ヨネ コが 休み 時間 に「 何か にな る」 こと を願 いな がら 目を 閉じ て歩 くエ ピソ ード を引 用し て、

「彼 女は 現実 の世 界と 仲が よく ない

。落 差の ない 交渉 がな い。 彼女 と外 的世 界と のど うし ても つな がら ない 懸隔 があ る。

」と 指摘 し

、 吉良 任市 もま た、 同じ エピ ソー ドを 引用 して

、ヨ ネコ の「 内的 世界 と外 的世 界の 断絶

」を 指摘 する の

だが

、こ の「 懸隔

」「 断絶

」の 幅は

、作 品の 中で 変わ るの

(5)

だ。 少し 詳し く見 る。 折金 と吉 良が とも に重 視す るエ ピソ ード に明 らか なよ うに

、 ヨネ コに は、 自己 や世 界の 変容 に惹 きつ けら れる よう なと ころ があ る。 応接 室の テー ブル 裏側 の糸 屑が

「蝶 の糸

」で ある こと を期 待し たり

、バ スの 中で 体を 反ら せ、

「と びあ がっ て天 井に 突き 刺さ

」っ てい る乗 客を 見た りも する

。異 世界 の侵 入に

、怖 れつ つも 惹き つけ られ る、 とい った こと も多 い。 出産 で母 が入 院し てい る頃 の夜

、一 人で 寝る ヨネ コは

、障 子の 破れ 目に 目を やり

、そ こに

「真 丸の 顔を した 狸の オバ ケ」 の姿 を見 る。 台所 の戸 棚の 横の 桟は

、「 ふだ んは なん でも ない のに

、家 に誰 もい ない とオ バケ にな る」

。病 気で 寝て いる とき に音 が聞 こえ てく ると

、「 なに かわ けの わか らな いも のが

、そ こま で来 て喋 って いる のか も知 れな い」 と思 う。 ヨネ コに とっ て現 実は 堅固 なも ので はな く、 その ため 彼女 は異 世界 との 親和 性が 強い のだ

。そ して

、こ のよ うな 体験 が、 両親 に去 られ てか らは

、明 確に 悪夢 や幻 視の 体験 と呼 ぶべ きも のに 深化 する

。 特に 病的 な印 象を 与え るの が、

「「 しま

」に いる つも り。

」と 始ま る、 ヨネ コ の見 た悪 夢と 思し き断 片で ある

。こ こで ヨネ コは

「深 い深 い穴 の中

」に いて

、「 頭 の上 にも 背中 のほ うに も黒 い大 きな もの がい る」

。そ こに は女 の子 もい て、 その 子は ヨネ コの 母と ヒデ 叔母 さん を食 べて しま った のだ とい う。

おと うさ んは ねえ

…… ワア アッ と急 に耳 がつ ぶれ るほ どの 大声 で叫 ぶの でヨ ネコ は心 臓が とま る。 ヨネ コが 眼を あけ てみ ると 女の 人は

、ば らば らに ほど けて いる

。手 や足 や首 が小 さく ちょ ん切 れて 黒い 土の 上に 落ち てい る。 ヨネ コは

、そ れを ひと つひ とつ 拾っ て植 える

。手 は指 のあ るほ うが 根か しら

。そ れと も肩 のほ うか な。 それ を間 違え ると 根が つか ない

。芽 が出 てこ ない

。そ うす ると 花が 咲か ない でし ょ。 この 夢の 素材 が、 ヨネ コの 記憶 の中 にあ るこ とは 間違 いな い。 バラ バラ にな っ た「 女の 人」 は、 女の 子が

「四 十の 小母 さん

」に なっ たも ので あり

、そ の女 の子 は、 かつ て母 とヒ デ叔 母さ んが 見て いた

「古 ぼけ た写 真」 の中 の「 帽子 をか ぶっ た痩 せた 女の 子」 であ る。 その 子が 二人 の姉

「文 子姉 さん

」で

、写 真は 新京 の公 園で 撮影 され たも ので ある こと

、文 子は

「十 五で 死ん で」

、「 生き てい れば 四十

一」 だと いう こと をヨ ネコ は聞 いて いた

。こ の時

、父 母の 間に は既 に亀 裂が 入っ てお り、 写真 を見 なが らヒ デ叔 母さ んに

、「 あの 人は あん たに あげ るわ

。ヨ ネコ も一 緒に 引き 取っ てち ょう だい

。」 とい う母 の手 から

、ヨ ネコ は写 真を 奪い 取り

、 破り 捨て よう とし たの だっ た。

「手 や足 や首 が小 さく ちょ ん切 れて

」い るこ とに は、 クラ スメ イト のタ ジマ ヨシ エが 交通 事故 に遭 い、

「足 がち ょん 切れ ちゃ った んだ よ」 と噂 され てい たこ とも 影響 して いよ う。 この よう に夢 の素 材は 明ら かで あり

、写 真の 女の 子が バラ バラ にな る意 味も 解釈 は容 易だ が、 バラ バラ にな った 四肢 をヨ ネコ が拾 って 植え ると いう 件は

、安 易な 意味 づけ を拒 むも ので あり

、淡 々と した 雰囲 気が より 不気 味さ を際 立た せて いる

。そ して

、夢 の舞 台と なっ てい る「 しま

」が

、後 に、 死ん だ赤 ん坊 や死 んだ とも 噂さ れた タジ マヨ シエ がい る場 所と して ヨネ コに 捉え られ てい るこ とか らす れば

、こ こで のヨ ネコ は、 死の 世界 に近 づい てい たと もい える だろ う。 引っ 越し たば かり の頃 にも ヨネ コは 悪夢 を見 てい る。 ヨネ コは 大男 に追 いか け られ る。

「ヨ ネコ は部 屋の 隅に へば りつ く。 ベラ ジさ ま、 と言 う。 ベラ ジさ まは

、 長い 布を かぶ って いる

。顔 のと ころ だけ 透け て見 える

。気 味の 悪い 顔を して 笑う

」。

「ベ ラジ さま

」は

、ヨ ネコ 独自 の信 仰対 象で ある

。「 わか らな いこ とは なん でも ベラ ジさ まが やっ てい る」 と考 えて いる ヨネ コは

、こ の信 仰対 象に

、上 級生 が見 失い 探し 出せ なか った 鞠か らニ ッタ ヨシ オの 色鉛 筆ま で、 さま ざま な物 をお 供え して いた のだ が、 この 悪夢 にお いて

、「 ベラ ジさ ま」 はヨ ネコ を助 けて はく れな い。 幻視 体験 と見 られ るも のに は、 次の よう なも のが ある

十月 の夕 暮、 ヨネ コは 高い 木の 下で

、じ っと 待っ てい る。 鳥も 飛ば ない 宵 闇の 中で 何か の手 が自 分を さら って 行こ うと して いる のを 感じ てい る。 赤ち ゃん は楡 の梢 に引 っか かっ てい る。 あの 日、 ほん の一 瞬だ けヒ デ叔 母さ んの 腕の 中に いた

、厚 くく るま れて いた 赤ち ゃん は最 後の 夕焼 けの 赤い 光の 中に 浮い てい る。 この 幻視 体験 は、 ヨネ コの 汽車 での 引っ 越し を語 る断 片の 冒頭 に置 かれ てい る。 続く 引っ 越し 後の 生活 を語 る断 片は

、次 のよ うに 始ま る。

(6)

小さ な獣 がい る。 黒い 口を して 尻尾 は靴 ブラ シの よう

、体 は丸 い筒 のよ う。 草の 茂っ た間 にい るか らこ まか なと ころ は、 わか らな い。 ヨネ コに 何か 用な のか も知 れな い。 ベラ ジさ まの お使 いな の?

お祭 りの 笛を 聞く と山 から 鳥 がお りて くる

。獣 もそ うか しら

。一 生懸 命見 てい たの に、 茂み の下 の、 ヨネ コが さっ きか ら見 てい ると ころ には

、い つの 間に か何 もな くな って いる

。 この よう な幻 視体 験は

、一 人置 き去 りに され る前 のヨ ネコ には 見ら れな かっ た もの であ る。 これ らは

、両 親と の生 活の 中で も、 一人 きり とな った ヨネ コが オバ ケを 見た こと の延 長線 上に ある もの では あろ うが

、も はや 質が 異な って いる

。両 親が 去っ た後

、現 実世 界と の「 懸隔

」は 広が り、 ヨネ コは 異世 界と の親 和性 をい っそ う深 めて いる のだ

。 もっ とも

、こ れは 一時 的な もの であ り、 祖母 のも とに 移っ てし ばら くす ると

、 ヨネ コは やや 落ち 着き を取 り戻 すよ うで ある

。作 品を 締め 括る 二つ の断 片を 見て みよ う。 引っ 越し 後の ヨネ コは

、「 おば あさ んと 寝て いる

」。 一人 遊び の時 間も 多い が、 一緒 に遊 ぶ新 しい 友人 もで きた よう だ。 学校 に「 色紙 や千 代紙 を持 って 行っ て、 いろ んな もの を作 る」 とき には

、「 組に はヨ ネコ ほど 千代 紙を 持っ てい る子 は他 にな い」

。引 っ越 し前 は、 タキ グチ カヨ コが

「緑 色」 で「 まん まる

」、 キク チマ サコ が「 鶏の トサ カ色

」、 イノ ウエ ミツ コが

「黄 色」 で「 完璧 なま んま る」 の石 をそ れぞ れ持 って いる のに

、ヨ ネコ は持 って いな かっ た。 持た ない 側に いた ヨネ コは

、持 って いる 側に 変わ った のだ

。先 生と の関 係に も変 化が 見ら れる

。転 校前 は、 担任 の先 生は 他の 子供 たち の耳 は引 っ張 るの に、

「ヨ ネコ の耳 を引 っぱ らな い」 し「 ヨネ コの ほう を見 ない

」。

「よ いに おい のす る女 の先 生」 もヨ ネコ の問 いか けに は「 返事 をし ない

」。 とこ ろが

、転 校後 の「 あっ たか な匂 いが する

」先 生は ヨネ コに 話し かけ てい る。 最も 注目 すべ きは

、休 み時 間の ヨネ コの 姿で ある

「男 の子 たち は馬 とび をや って いる

。ヨ ネコ は、 ひん がら 目を して みる

。い いも ん、 と言 う。 眼を つぶ った って

、何 も変 りゃ しな い」

。自 己や 世界 の変 容へ の期 待は

、ヨ ネコ から 消え 失せ よう とし てい るの だ。 こう 列挙 して いく と、 ヨネ コは

、一 人置 き去 りに され る以 前に 戻る どこ ろか

現実 との 和解 を果 たそ うと して いる よう にも 見え てく る。 ヨネ コが

「も うベ ラジ 語は 忘れ

」、

「ベ ラジ さま につ いて 思い だそ う」 とし ても

、「 ベラ ジさ まは 真白 けの のっ ぺら ぼう

、、

、、

、、

」だ とい うの も、 この 見方 を補 強す る。 だが

、一 方で

、夢 なの か幻 視な のか は定 かで ない が、

「寝 てい ると カー テン の向 うを バレ ーボ ール くら いの 火の 玉が つな がっ て通 って 行く

」よ うな こと も、 いま だに ある らし い。 また

「ラ ンド セル が重 い日 は変 な日

。す いて いる とこ ろが ある と、 パッ と這 入り こん でく るも のが ある

。な んだ かわ から ない

。」 とい った 思い を抱 くこ とも ある

。こ の点 は、

「教 室へ はい ると ヨネ コは 自分 の机 の中 に手 を入 れる

。見 るの は、 こわ い。 なに かが

、ヨ ネコ のい ない 間に その 中へ もぐ りこ んで ヨネ コを 待っ てい る。

」 とい う前 の学 校で のヨ ネコ

、「 むす うん で、 と言 って 両手 を握 る。 ひら あい いて

、 と歌 って も手 は開 かな い。 手を あけ るの が怖 い。 掌の 中に 何か が這 入っ てい る。 いく ら力 をい れて しめ ても 隙間 がで きる

。そ の隙 間に 変な もの がは いり こん でい る。 ヨネ コは 握り 拳を ぶら ぶら させ る。

」と いう 川村 さん の世 話で 暮ら すよ うに なっ てか らの ヨネ コと

、何 も変 わっ ては いな い。 そう であ れば

、引 っ越 し後 のヨ ネコ の落 ち着 きは

、必 ずし もプ ラス の意 味を 持 たな い。 確か に祖 母や 新し い担 任の 存在 など はプ ラス 要素 だが

、こ れら がど れほ どの もの を今 後も ヨネ コに もた らし 続け るこ とに なる のか は定 かで ない

。彼 女は ただ

、自 己や 世界 の変 容を 諦め

、自 分の 力で はど うし よう もな い世 界と 自分 との ズレ を、 仕方 なく 受け 入れ よう とし てい るの では ない だろ うか

。最 後の 断片 で、

「木 に登 る」 ヨネ コが

、「 もう ひと つ上 の枝 にど うし ても 手が 届か ない

」た めに

「つ や紙 より きれ いに 光っ てい るカ ラス ウリ

」を 取る こと がで きな いと いう エピ ソー ドが 語ら れて いる のも

、こ の断 片が

、「 ヨネ コは 千人 の小 人に 千本 の絹 糸で 引っ ぱら れて 地の 底へ 沈ん でい く。

」と の一 文で 閉じ られ るの も、 ヨネ コの 未来 が決 して 明る いも ので はな いこ とを 暗示 して いる よう にも 思わ れる

。 ただ し、 ヨネ コが 祖母 のも とへ 転居 して から のこ とを 語る

、最 後か ら三 つ目 の 断片 に、

「数 千本 の、 すき とお った 絹糸 を引 っぱ って いる 数千 人の 小人 たち

。ヨ ネコ は床 の上 の小 人た ちが ヨネ コの 体を 倒そ うと して いる のに 必死 で抵 抗す る。 ヨネ コの 両方 の瞼 にも 何十 本も の絹 糸が 縫い つけ られ てい る。 小人 たち は糸 を引

(7)

っぱ る。 下へ

、下 へ。

」と いう 文章 があ り、 この 文章 が、 ヨネ コが 眠り に落 ちて いく 様子 を表 現し たも ので ある こ

とか らす れば

、こ の作 品全 体の 締め 括り もま た、 単に ヨネ コが 眠り につ くと ころ で終 わっ てい るこ とに なる

。だ が、 たと えそ うで あっ ても

、こ の時 の眠 りが

、先 に触 れた 大男 に追 いか けら れる 悪夢 に繋 がっ てい たこ とか らす れば

、最 終場 面に も、 やは り不 穏な 空気 が立 ち籠 めて くる

。 ヨネ コは 最後 まで 異世 界と の親 和性 を保 ち続 けて いる

。そ れは すな わち

、ヨ ネ コと 現実 世界 との ズレ は解 消さ れて いな いと いう こと だ。 そし て、 この ズレ は、 両親 が去 って から 祖母 の家 に行 くま での 時期 が最 も大 きい

。悪 夢と 幻視 を伴 うこ の時 期の ヨネ コは

、『 無明 長夜

』の

「私

」と かな り近 いと ころ にい ると いっ てよ いだ ろう

。転 居後 のヨ ネコ に、 この 先ど のよ うな 人生 が待 って いる のか はわ から ない が、

「ベ ラジ さま

」や

「あ れ、

」、 と

いっ た存 在を 創り 出し てし まう ヨネ コに

、 御本 山や 新院 に縋 る「 私」 のよ うな 人生 が待 って いる 可能 性も

、な いと はい えま い。 世界 との ズレ を抱 え、 抵抗 のす べも なく

、そ のズ レと とも に生 きる ほか はな い 幼い 少女 を描 いた 作品 が『 そら

』で あり

、ズ レに 抗い なが らも 抗い きれ なか った 女性 を描 いた 作品 が『 無明 長夜

』な のだ とい えよ う

おわ りに 以上

、『 無明 長夜

』と 関連 づけ なが ら、

『静 かな 夏』

『終 わり のな い夜

』『 そ ら』 の作 品世 界を 見て きた

。吉 田は

、あ るエ ッセ イで

、「 結局 のと ころ

、私 の作 品の 主人 公は 私で あり

、そ れは 救い よう もな い蒙 昧の 底に 沈ん でい るの で、 私は それ につ いて 何も 説明 する こと がで きな いの です

。」 と語 って いる が

、こ れら の作 品で

、吉 田知 子は

、ど うし よう もな く世 界か らズ レて しま って いる 自己 を、 その よう な自 己へ の嫌 悪と 愛着 を、 繰り 返し 表現 して きた のだ とい えよ う。 その 中で 最も 大き な作 品で あり

、最 も成 功し た作 品が

『無 明長 夜』 であ った

① 久保 田裕 子「 吉田 知子 初期 作品 の構

図││

同人 雑誌 時代 の活 動か

ら││

(『 淵叢

』六 号、 一九 九七

・三

)が

、こ の頃 の吉 田の 執筆 活動 につ いて 精査 し てい る。

『無 明長 夜』 につ いて は、 拙稿

「吉 田知 子『 無明 長夜

』論││

その 物語 性と 構 造││

」(

『梅 花女 子大 学文 化表 現学 部紀 要』 16

、二

〇二

〇・ 三) で詳 論し た。 本稿 はそ こで の論 旨を 踏ま えて のも ので ある

③ 駒田 信二

「同 人雑 誌評

仕事 とい うも の」

。駒 田は

『静 かな 夏』 を「 まこ と に無 気味 な小 説」 とし て紹 介し

、「 全体 にた だよ う無 気味 な妖 気を 読む べき で ある

」と 述べ る。

④ 林富 士馬

「同 人雑 誌評

さま ざま な「 小説 空間

」」

。林 は『 終り のな い夜

』 を「 新し い観 念小 説、 抽象 風な 小説

」で

、「 類型 的な もの では なく

、猿 真似 で ない 作者 の個 性を あら わに 示し

、文 体は 極度 に現 象的 具象 的で

、む しろ 土俗 的 な感 覚が 面白 い」 と高 く評 価し た。

⑤ 改稿 版の

『そ ら』 は二 十七 の断 片の 集積 とい う形 式の 作品 であ るが

、初 出版 では 断片 形式 は採 用さ れず

、改 稿版 の七 つめ の断 片ま での 内容 が、 切り 分け ら れる こと なく 語ら れて いる

。語 られ るエ ピソ ード には 多少 の異 同が あり

、時 代 背景 も異 なっ てい る。 改稿 版の 主人 公ノ サキ ヨネ コは

、発 表年 と同 じ一 九七 一 年を 生き てい ると 考え られ る( ヨネ コの 伯母

・文 子が 十五 歳で 死ん でか ら二 十 六年 が経 過し てお り、 文子 は終 戦前 後に 満州 で死 んだ もの と推 察さ れる

)が

、 初出 版の 主人 公ノ ザ、 キヨ ネコ は、 太平 洋戦 争開 戦前 後頃 の時 代を 生き てい る( A BC D作 戦を 模し て遊 ぶ子 や九 七式 艦上 攻撃 機の 真似 をす る子

、高 勢実 乗の ギ ャグ

「あ のね ー、 おっ さん

、わ しゃ かな わん よう

」を 叫ぶ 子、 国民 歌「 紀元 二 千六 百年

」を 歌う 子が いる

。「 大戦 争に なる かも 知れ ない よ。

」「 家中 みん な で満 州へ 行く んだ よ」 とい った 言葉 が発 せら れる

。末 尾に は〈 戦争

第一 章〉 と記 され てい る)

「関 係憎 悪の 論理││

吉田 知子 論」

(『 吉田 知子 作品 選』 深夜 叢書 社、 一九 七一

・四

、所 収)

(8)

「吉 田知 子 具象 的観 念の 文学

」(

『ふ るさ との 文学

静岡

』文 京書 房、 一 九七 四・ 四、 所収

)。

「私

」の 同居 人で あり

「私

」に 毒を 盛ら れ続 けて いる 祐吉 が、 勤め 先の 写真 屋の

「ア イち ゃん

」と 関係 を持 って いる よう であ った り、

「私

」の 勤務 態度 を 咎め る店 のお かみ さん が、 赤ん 坊を 乗せ たま まの 乳母 車が 電柱 にぶ つか った と き「 薄く 笑っ てい た」 りと

、「 私」 を取 り巻 く人 々も また 人倫 から 外れ てお り、 それ がこ の作 品を いっ そう 不穏 なも のに して いる

⑨ 注⑥ に同 じ。

『猫 の目

、女 の目

』( 大和 書房

、一 九七 四・ 五) 所収

「童 心の ふる さと 方広 寺」

(『 さり げな く生 きる 幸福

』海 竜社

、一 九八 一・ 一

〇、 所収

)な ど。

⑫ 注⑥ に同 じ。

⑬ 代表 的な もの が「 しま

」で ある

。ヒ デ叔 母さ んが そこ に戻 るこ とを 良し とし

、 母が それ を拒 絶す る「 しま

」と はど こな のか

、最 後ま でわ から ない

。ヨ ネコ の 中で は「 しま

」は

、両 親か ら死 んで しま った 赤ん 坊ま で、 自分 の傍 から いな く なっ てし まっ た者 がい る、 向こ う側 の世 界と して 捉え られ るこ とに なる

荒川 洋治

「解 説 親し みの ある 光景

」( 講談 社文 芸文 庫『 お供 え』 二〇 一五

・四

、所 収) が指 摘す るよ うに

、こ のよ うな

「眺 望の きか ない こと

」、

「視 界 が得 られ ない

」こ とは

、吉 田作 品の 特徴 の一 つで あり

、『 そら

』に 先行 する

『ビ ルデ ィン グ』

(『 ゴム

』一 号、 一九 六三

・八

)か ら荒 川が 言及 する

『常 寒山

(『 文学 界』 一九 九三

・七

)や 長編

『日 本難 民』

(『 新潮

』二

〇〇 二・ 一〇

) 等々 まで

、多 くの 作品 を貫 いて いる

なお

、改 稿版 で「 しま

」と され てい ると ころ は、 初出 版で は「 満州

」と され てい る。

「ヨ ネコ は、 また

、い ろい ろ言 って みる

。「 しま

」へ 行く の、 わた し、 と暗 号で 言っ てみ る。 ヒデ 叔母 さん がそ う言 った んだ もの

。お とう さん とお か あさ んと 家中 みん なで

「し ま」 へ行 くん だっ て。 おか あさ んは 怖い 顔を して

、 また そん なこ とを 言う

、と 叱る

。」

(改 稿版

)。

「ヨ ネコ はま たい ろい ろ言 っ てみ る。 本当 にみ んな で満 州へ 行く の、 と暗 号で 言っ てみ る。 ヒデ 叔母 さん は、

お父 さん とお 母さ んと 家中 みん なで 満州 へ行 くん だよ

、あ んた たち

、と 言う

。 お母 さん は、 そん なこ と黙 って なさ い、 と、 こわ い顔 をす る。

」( 初出 版)

。 初出 版で は、 ここ に謎 はな い。

⑭ 注⑥ に同 じ。

⑮ 注⑦ に同 じ。 なお

、吉 良は

、「

「そ ら」 の主 人公 は、 いつ でも ただ ひと りで

、 自分 のな かに 自分 の場 所を つく って いく ので ある

。」

「作 者が

「そ ら」 でみ せ た人 間関 係の 無視

、つ まり 内的 世界 と外 的世 界の 断絶 は、 子供 の頃 から 馴ら さ れて きた 作者 の眼 では なか った ろう か。

」と 論じ てい るの だが

、「 人間 関係 の 無視

」と

「内 的世 界と 外的 世界 の断 絶」 を「 つま り」 とい う接 続語 で繋 ぐこ と には 無理 があ ろう

。先 に確 認し たよ うに

、ヨ ネコ は「 いつ でも ただ ひと り」 と いう わけ では なく

、『 そら

』の 作品 世界 に「 人間 関係 の無 視、

」、 を認 める こと は 不可 能で ある

。こ の言 葉は

、む しろ

『静 かな 夏』 にふ さわ しい

⑯ この 文章 はお そら く、 サル トル

『水 入ら ず』 の冒 頭近 くに ある

、「 アン リー は始 終リ ュリ ュに いつ たも のだ

。俺 は眼 を閉 じた が最 後、 細い 丈夫 な沢 山の 糸 で縛 られ たよ うな 気持 にな る。 もう 小指 すら 上げ られ ない

。蜘 蛛の 巣に 絡み 取 られ た蠅 なん だ。

(略

)ま だア ンリ ーが 好き だつ た頃

、そ して アン リー がこ の 通り 麻痺 状態 にな つて

、リ ュリ ュの そば に寝 てい ると き、 リュ リュ は子 供の 時 分、 ガリ ヴァ ーの 話を 読ん で、 その おり 挿画 で見 たの と同 じよ うな 小び と達 の 手に かか つて

、夫 が根 気よ く、 がん じが らめ に縛 りあ げら れた のだ と空 想し て 楽し むの だつ た。

」( 伊吹 武彦 訳。 引用 は『 サル トル 全集

第五 巻 壁』 人文 書院

、一 九五

〇・ 一二

、に 拠る

)と いう 文章 に由 来し てい る。 吉田 は、 エッ セ イ「 私が 選ん だ道

」(

『あ ざや かに 女の 季節

』海 竜社

、一 九八 五・ 五、 所収

) で「 もし かし たら

、サ ルト ルに は影 響を 受け たか もし れな い。

」と 語っ てお り、 講談 社文 芸文 庫『 お供 え』

(注

⑬前 掲) 所収 の「 年譜

」( 津久 井隆

・編

。「 著 者に よる 加筆 訂正 を行 った

」と 記さ れて いる

)に は、

「一 九五

〇年

(昭 和二 五 年) 一六 歳/ サル トル の「 水い らず

」を 入手 し、 愛読 する

。」 とあ る。 吉田 の 夫で あり

、と もに

『ゴ ム』 を創 刊し た吉 良任 市も

、吉 田が

「サ ルト ルの 短編 に ひか れて 読み 耽っ た」 と述 べて いる

(「 吉田 知子

具象 的観 念の 文学

」注

⑦前

(9)

掲)

「あ れ、

」、 とは 何な のか

、「 しま

」と 同様

、わ から ない

。「 あれ、

」、 は、 父が 家か らい なく なり 母は まだ いた 頃、 すで にヨ ネコ の心 の中 にい た。 ヨネ コは

、「 地 面が ぼっ こり 盛り あが って いる とき

、そ の中 に隠 れて いる

」と いう

「あ れ、

」、 に 見つ から ない よう に気 を配 る。 一方 でヨ ネコ は、

「み つか った ほう がよ かっ た のか も知 れな い。 みつ から ない ので ヨネ コは

「し ま」 へ行 けな い。

」と 考え も する

。「 あれ、

」、 に見 つか ると

、こ ちら 側の 世界 から はい なく なる とい うこ とな のだ ろう か。 だが

、最 後の 断片 では

、ヨ ネコ は、

「あ ちら 側に

「し ま」 があ る。

「し ま」 は闇 の中

。」 であ るに もか かわ らず

、「 いつ も、 して いる よう にし な けれ ばな らな い。 もう みつ かっ てし まっ たの だか ら。

」と 考え てい る。

⑱ 改稿 版『 そら

』の 発表 は、

『無 明長 夜』 の後 であ り、

「ベ ラジ さま

」や

「あ、 れ、

」は

、改 稿版 にの み登 場す る。 注⑤ でも 触れ たよ うに

、初 出版 の末 尾に は〈 戦 争 第一 章〉 と記 され てい た。 当初 は、 ヨネ コと いう 少女 の目 から 見た 戦争 を 描こ うと 構想 され てい たも のが

、『 無明 長夜

』の 成功 を受 けて

、『 無明 長夜

』 に近 い作 品に 変更 され たと も考 えら れる

「死 んだ 深海 魚の よう に」

(『 猫の 目、 女の 目』 大和 書房

、一 九七 四・ 五、 所 収)

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