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複言語主義は言語教育の何を変えたか 福田 浩子

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(1)

『人文コミュニケーション学科論集』

22, pp. 99-120. © 2017

茨城大学人文学部(人文学部紀要)

  福田 浩子

  

Since the Common European Framework of Reference for Languages: Learning, Teaching, Assessment

CEFR

was released in 2001, a paradigm shift in language education has taken place. The concept of plurilingualism introduced in CEFR has brought substantial changes to language education, and efforts to reform curricula in schools at all levels have been made in Europe. In contrast, CEFR was introduced and has been utilized in Japan for improving foreign language education, especially English education, in a monolingual context. In this paper, the author examines what plurilingualism has changed in language education

aims, concepts, background theories, and teaching methodologies

in order to encourage a rethinking of the direction of language education in Japan.

1.

はじめに

 

2001

年 に『外 国 語 の 学 習、教 授、評 価 の た め の ヨ ー ロ ッ パ 共 通 参 照 枠』(Common

European framework of reference for languages: Learning, teaching, assessment ,

以下

CEFR

)が 公表されて以来、その根幹をなす複言語主義が広く知られるようになった。複言語主義は、

言語教育においてパラダイム・シフトをもたらし、ヨーロッパではこれを教育の現場で実行 に移すべく様々なプログラム改革が行われてきた。

 一方、

CEFR

はヨーロッパ以外の国々にも多大な影響を与え1、日本でも文部科学省が

Can-do List

で英語の能力記述を行うことを推奨するなど、学校教育や大学教育においても

その考え方が取り入れられてきた2。しかしながら、日本における

CEFR

の理解と活用は極 めて部分的なものであり、その根幹をなすはずの複言語主義(

plurilingualism

)に基づく言 語教育とはどのようなものか、複言語主義の出現が言語教育の何をどのように変えたのか、

認識されていないのが実情である。

 本稿では、

CEFR

を出発点に、福田(

2011

)で示した言語教育の新たな方向性とヨーロッ パでのこの

15

年間の実践を踏まえ、従来の単一言語主義(

monolingualism

)から複言語主 義にシフトしたことによって、言語教育の何がどのように変わったのか、また変えうるもの なのかを明らかにする。

(2)

2.

複言語主義とは何か

 まず、複言語主義を広く知らしめることになった

CEFR

がもたらしたもの、そして複言語 主義とは何かを明確にすることから始めよう。

2.1 CEFR

がもたらしたもの

 

CEFR

は、その「まえがき」にも記されているように、外国語教育における多くの専門家 の共同研究や協力に支えられ、ヨーロッパにおいて

1971

年以降続けられてきた作業とその 成果の積み上げによって公表されたものである。その背後にあったのは、「さまざまな異なっ た言語と文化的背景を持つヨーロッパ市民の間のコミュニケーションを質的に改善する」(吉 島・大橋(他)訳・編

, 2008, p. xv

)という社会政治的文脈における課題であり、コミュニ ケーションが改善されれば、ヨーロッパ域内での人口移動が促進されて直接的な接触の機会 が増え、このことがまた相互理解を改善し、共同作業をやりやすくするであろうという認識 であった(吉島・大橋(他)訳・編

, 2008

)。

 欧州評議会(

Council of Europe

)は

CEFR

で複言語・複文化主義を提唱し3、複言語・複 文化主義に基づいた包括的かつ明示的な一貫性のある共通参照枠組みを提示して、各言語に 共通の用語と枠組みを与え、実際に外国語教育をデザインする際の論点を明らかにすること で、外国語教育が学習者側の必要性、動機、特徴等から見て有意義なものになっているかど うか、現場の反省と議論を促そうとした(吉島・大橋(他)訳・編

, 2008

)。

 

CEFR

は、基本的に、教育現場の関係者に対して問題提起はするが、その答えを示すこと はしない(吉島・大橋(他)訳・編

, 2008

)というスタンスをとった。にもかかわらず、そ のインパクトは大きく、各国の教育制度や各目標言語、さらにそれぞれの教育現場によって ばらばらであった言語教育の取り組みに対して、共通の用語と指標を使用してそれぞれの政 策や実践について議論し、各論点について現場にあった決定を下し、教育、学習、評価の一 貫性を保つ「素地」を与え(福田

, 2009, 2011

)、結果として、ヨーロッパ域内に限らず、さ まざまな国の外国語教育の現場を変えてきた。

 ただ、発表後の数年間は、いわゆる狭義の共通参照枠組み、共通参照レベルと能力記述文 に関心が集中し、それをどのように各国の文脈の中で外国語教育に取り入れるかに議論が傾 いたきらいがあったが、

CEFR

が提示したのは、それだけではない。

 そもそも市民間の現実のコミュニケーションを外国語教育の中心的課題と認識している ことから、まず、言語使用者・学習者を共に「社会的に行動する者・社会的存在(

social

agents

)」すなわち「一定の与えられた条件、特定の環境、または特殊な行動領域の中で、

(言語行動とは限定されない)課題(

tasks

)を遂行・完成することを要求されている社会の 成員」(吉島・大橋(他)訳・編

, 2008, p.9

)とみなし、「行動中心」アプローチ(

an action-

oriented approach

)を明確に打ち出した。これが、日本も含め、現在教育現場で広く用いら

(3)

れている

Can-do

(~ができる)の形で能力を記述することにつながっている。

 この行動中心・行動志向の考え方は、新たな能力観を生み出した。人は個々の持つさ まざまな能力を総動員して行動すると考えられることから、言語使用者・学習者の能 力(

competences

)は一般的能力(

general competences

)とコミュニケーション言語能 力(

communicative language competences

)の

2

つ の 要 素 か ら な る と し、さ ら に、前 者 の一般的能力は、宣言的知識(

savoir: declarative knowledge

)、技能とノウハウ(

savoir- faire: skills and know-how

)、実 存 的 能 力(

savoir-être:

ʻ

existential

ʼ

competence

)、学 習 能 力(

savoir-apprendre: ability to learn

)、後者のコミュニケーション言語能力は、言語構造 的能力(

linguistic competences

)、社会言語能力(

sociolinguistic competences

)、語用能力

pragmatic competences

)からなるとした4

 このように言語使用者・学習者の能力をとらえなおすと、伝統的な外国語教育の守備範囲 は非常に狭いことになる。例えば、日本の公教育における英語教育では、ほぼ言語構造的能 力しか扱っておらず、授業で扱ったとしても社会言語能力5と語用能力6のほんの一部に限ら れている。日本では、実践的コミュニケーション能力の育成を目標に掲げながらも、現実に は、コミュニケーション言語能力の一部しか学習対象にしていないことがわかる。「実践的」

ということばの意味が、机上のものではなく行動に結びつくものであるという理解だとする と、実際には学習能力を含めた一般的能力も何らかの方法で併せて養っていく必要があるこ とになる。

 また、

CEFR

は、政策や制度の立場からではなく言語使用者・学習者である個人の立場か ら言語教育を見直したともいえる。そもそも

CEFR

2

大目的が、学習者自身も含めて言語 という分野・領域の実践の場で活動している者が言語と言語習得の過程について振り返り考 えること、教育現場の関係者が、生徒が何を達成するための手助けをしたいのか、どのよう にその手助けをしようとしているのかを関係者同士話しあったり、生徒たちに説明しやすく したりすること(吉島・大橋(他)訳・編

, 2008, p. xiv,

福田

, 2011

)だからである。

 このことは、個人の言語環境や人生上の必要性から、時間的、空間的に言語習得を見直す ことになる。あくまでも主体となる言語学習者自身が、生涯をかけて、自律的にその時々に 必要な言語を学び、それを助けるのが教育現場であるという考え方である。すなわち、言語 学習を学校教育の中に閉じ込めるのではなく、人は学校外の環境でも言語を習得し、言語学 習は生涯学習であると位置付けている。言語が生涯を通じて学習するものである以上、当然 空間的移動も伴う。したがって、個人の学習履歴と能力を明確にし、本人の振り返りを促す とともに、外部に証明するパスポートのようなものが必要になる。それが「ヨーロッパ言語 ポートフォリオ」(

European Language Portfolio,

以下

, ELP

)である。

2010

年までの間に、

118

ELP

が正式に認可されている(

Council of Europe, 2016a

)。

 また、個人のニーズから考えれば、当然のことながら、言語の部分的能力も積極的に認め ることになる。なぜなら、職業上、読むことが必要であれば、読む能力のみを特化して伸ば

(4)

したいということになり、いわゆる

4

技能がバランスよく必要とされるわけではないからで ある。

 英語教育を例にとると、コミュニカティブ・アプローチの出現以来、日本でもそうである ように、

4

技能をバランスよく習得させることを目標に掲げている公教育が多いと思われる が、

CEFR

の示した「部分的能力」を積極的に認める立場は、限られた時間の中で、誰のた めに、何のために英語の学習機会を提供するのかを深く議論する必要があることを示唆して いる。

 もう

1

つ忘れてはならないのは、そもそも

CEFR

で提示されている共通参照レベルは、複 言語主義に基づいたものであるということである。日本をはじめ、共通参照枠を参照して外 国語の教育改革を行おうとしている国々の中には、旧来の単一言語主義に基づき、共通参照 レベルだけを取り出して利用しているところが少なくない。共通参照レベルは、

1

つの言語 のためだけにあるわけではない。あくまでも複言語能力を想定した共通参照レベルであるこ とを、忘れてはならない。

 このように、

CEFR

の登場そのものが、言語教育の現場を大きく変える要素を持った画期 的なものであり、従来の言語教育を振り返り、議論し、新たな方向へ踏み出す土台となるよ うなものであった。その中でも、最初に謳われている複言語主義は、全体を支える最も重要 な構想であり、この考え方がその後の全ての取り組みの基盤となっているのである。

2.2

複言語主義の定義

 では、複言語主義とは何か。

CEFR

では、複言語主義を多言語主義(

multilingualism

)と 区別し、多言語主義が複数の言語の知識や特定の社会で異なる言語が共存している状態を 指しているのに対して、複言語主義とは、個人の文化的背景の中で、家庭内の言語から社 会全般での言語、他の民族の言語へと広がる言語体験を通じて、複数の言語同士が相互の 関係を築き、相互に作用しあった新しいコミュニケーション能力を形成していくことであ ると説明している。その能力のことを、複言語能力(

plurilingual competence

)といい、そ の前提となる文化的背景と切り離すことができないことから、複文化能力(

pluricultural

competence

)と セ ッ ト に し て 語 ら れ る こ と が 多 い(吉 島・大 橋(他)訳・編

, 2008

)。

CEFR

では、複言語能力・複文化能力を「コミュニケーションのために複数の言語を用いて 異文化間の交流に参加できる能力のことをいい、一人一人が社会的存在として複数の言語に、

全て同じようにとは言わないまでも、習熟し、複数の文化での経験を有する状態のことを言 う」(吉島・大橋(他)訳・編、

2008, p.182

)としている。

 複言語主義というと、いわゆる母語のほかに

2

言語以上使えることに重きをおいて受け止 める向きもあるが7、むしろ、言語の数そのものよりも、複数の言語能力、文化の経験が、

別々に存在するのではなく、一体となって個人の中で

1

つの能力を作り出すという認識のほ うが重要である。現に、

CEFR

には、複言語・複文化能力の概念について、「L

1/

2

を一組

(5)

にして対照させる伝統的な二分法から離れて、複言語主義を強調する。二言語使用は複言語 使用の一例にすぎない」、「言語使用者の持つ能力は、言語別にバラバラに分かれているので はなく、使用する言語全てを包含する複言語と複文化の能力だと考える」(吉島・大橋(他)

訳・編

, 2008, p.182

)という記述が見られる。

 また、欧州評議会は、複言語主義をヨーロッパにのみに存在する唯一絶対のものとはとら えていない。南アフリカ、カナダ、オーストラリアでの研究を参照し、「複言語主義は複数 存在する」(

Council of Europe, 2007a, p. 9,

筆者訳)と明記しているように、複言語主義は その文脈に合わせて複数存在し、それはヨーロッパ域内に限らず、世界各地にありうるのだ ということを認めていることがわかる(

Council of Europe, 2007b;

西山

, 2010

)。

3.

複言語主義は言語教育の何をどのように変えたか

 複言語主義は言語教育の何をどのように変えたのか、

CEFR

やそれ以降の文献、筆者が

2010

9

月、

2012

9

月、

2014

9

月の

3

回にわたって現地調査を行ったスイスでの実践的取 り組みに基づいて、明らかにしていきたい。

3.1

言語教育の目的

 欧州評議会は、ヨーロッパの文脈における現代語教育の政治的目的として、ヨーロッパ市 民に教育、文化、科学の領域だけでなく商業、工業の領域においても人口移動や共同作業の 需要に対応できる能力をつけること、より効果的な国際コミュニケーションによる相互理解 と寛容性、アイデンティティと文化的差異を尊重する心の育成、ヨーロッパの文化生活の豊 かさと多様性の維持・発展、多言語・多文化のヨーロッパの需要に見合う言語や文化の境界 を超えたヨーロッパ市民相互のコミュニケーション能力の向上、相互対話を求めるヨーロッ パ域内で必要とされるコミュニケーション能力を持たない人々の疎外から生じかねない危険 の回避の

5

項目を掲げ、現代語の教育方法の改善が、社会的技能や責任と結びついて思想・

判断・行動の自立性を強化するとした(吉島・大橋(他)訳・編

, 2008

)。すなわち、ヨーロッ パでは、人々の民主的市民性の形成を念頭においていることがわかる。

 複言語主義を前提として、

CEFR

に明示されている言語教育の目的(

the aim of language

education

)は以下のようなものである。

  

  言語教育の目的は根本的に変更されることになる。もはや従前のように、単に一つか二 つの言語(三つでももちろんかまわないが)を学習し、それらを相互に無関係のままにし て、究極目標としては「理想的母語話者」を考えるといったようなことはなくなる。新し い目的は、全ての言語能力がその中で何らかの役割を果たすことができるような言語空間

(6)

を作り出すということである。もちろん、このことが意味するのは、教育機関での言語学 習は多様性を持ち、生徒は複言語的能力8を身につける機会を与えられねばならないとい うことである。さらに、言語学習が一生のものであることが認識された以上、若い人たち が新しい言語体験に学外で向き合ったときの動機、技能の成長、自信の強化が核心的な意 味を持つようになる。教育を司る人々や、検定試験委員、そして教師の責任は、単に一定 の言語について一定の期間に一定の熟達度に到達させることのみに限定されるものではな いのである(それ自体が重要なのは間違いないが)。 

(吉島・大橋(他)訳・編

, 2008, pp.4-5

 この記述は、従来の単一言語主義における言語教育の目的・目標と、複言語主義における 言語教育の目的・目標が全く異なっていることを示している。すなわち、

1

つか

2

つの言語 の運用能力を、実は存在しえない「理想的母語話者」の能力を目指して個別に伸ばしていき、

一定の期間に一定の熟達度に到達させるということから、個人が複言語能力を身につけ、新 たな言語体験に立ち向かう時の動機付け、技能の成長、自信の強化を重視することへとシフ トしたのである。前者が言語運用能力の育成を目的としているとすれば、後者は、それだけ にとどまらず、むしろ社会的行為者としての全人的な能力に目を向けていると言える。また、

前者が学校教育など一定の枠を想定した中でのいわば閉じられた言語教育だとすると、後者 は個人の生涯の中で開かれた言語教育であるとも言えるだろう。

3.2

言語教育における概念

 複言語主義の登場は、また、言語教育におけるいくつかの重要な概念の精密化や再定義 を促した。以下、

CEFR

以降、その理念を実現化するために発表された『言語の多様性か ら複言語教育へ ヨーロッパ言語教育政策策定ガイド 』(From linguistic diversity to

plurilingual education: Guide for the development of language education policies in Europe

、以 下、『政策策定ガイド』)、『複言語・異文化間教育のためのカリキュラム開発・実施ガイド』

Guide for the development and implementation of curricula for plurilingual and intercultural education、以下、『カリキュラム開発・実施ガイド』)、『複言語・異文化間教育のための

リソースとリファレンスのプラットフォーム』(

A platform of resources and references for

plurilingual and intercultural education

、以下、『プラットフォーム』)等を中心に見ていこう。

3.2.1

「言語」の分類と用語

 

CEFR

のタイトル

Common European framework of reference for languages: Learning, teaching,

assessmentを見ると、“ languages

” と言語の複数形になっており、現代語とも外国語とも特

定されていない。しかしながら、その内容を繙くと、

CEFR

が対象として扱っているのは、

現代語であり、従来の単一言語主義での用語を使うならば、主として外国語であることがわ

(7)

かる。

 一方、複言語主義時代を迎え、現実には、この単一言語主義時代の「外国語」等の言語の 捉え方自体が成立しづらくなってきている。欧州評議会の

ELP

構想にコンサルタントとして

貢献した

Little

は、これまで伝統的に使われてきた母語・外国語、第一言語・第二言語といっ

た二分法による用語は、間違えやすいだけでなく、偏見が含まれている場合もありうると 指摘している(

Little, 2010

)。まず、母語(

mother tongue

)は、母親が主に子供の世話をす る西洋における子育てを反映していることばであり、本人の支配言語(

dominant language

) であるかどうかではなく、母親が話す言語のように受け取られることがある。次に、第一

言語(

first language

)は、乳幼児の段階から

2

言語以上の言語を獲得している可能性もあり、

さらに、

10

代になった時に、その人の主要言語が第一言語でない可能性もある。したがって、

Little

2010

)では、母語、第一言語の代りに家庭内言語(

home language

)を使うとしてい る(

Little, 2010;

福田

, 2011

)。

 早くから複言語教育についてのプロジェクトを進めてきたスイスでは、現実に複雑な言語 環境にある。まず、国語(国家語、

national language

)はドイツ語、フランス語、イタリア語、

ロマンシュ語、公用語はドイツ語、フランス語、イタリア語だが、レトロマンス語の話者と の交流においてはロマンシュ語も連邦の公用語であると、国で公に使用を認められる言語に ついて二段階制度をとっている(高橋

, 2009

)。これらの言語は、それぞれその言語文化圏 を形成し、ドイツ語圏スイス、フランス語圏スイス、イタリア語圏スイス、ロマンシュ語圏 スイスとなっている。例えば、チューリッヒ、バーゼルのようなドイツ語圏スイスではドイ ツ語が、ジュネーヴ、ローザンヌのようなフランス語圏スイスではフランス語が日常的に話 されているが、それらのドイツ語、フランス語は、スイス・ドイツ語、スイス・フランス語 であり、ドイツやフランスでの各言語と語彙や発音などが異なっている。また、スイス・フ ランス語とスイス・ドイツ語を日常的に使用するカントン(州)もあり、それぞれのカント ンによって、言語事情は異なっている。したがって、列車でスイス国内を移動すると、エリ アによって車内放送の言語が変わるといった状況である。また、ベルン、チューリッヒ、バー ゼル、ジュネーヴなどの大都市では、移民が多く、外国人抜きでは生活が成り立たない状況 になっている。そのため、学校教育の場でも、子供たちの言語状況はさまざまである。この ような言語環境では、「母語」や「外国語」等、従来想定されてきたカテゴリーに付与され た用語では、とても表せないのが現実である。 

 そこで、欧州評議会は『政策策定ガイド』の第

4

章でこの問題を正面から扱っている。言 語に与えられた名はイデオロギーに基づいた選択の結果であり、方言と言語、地域言語と土 着言語といった区別も例外ではないということから、まず「言語」を対等かつ中立的に述べ る「言語変種」と呼び、その上で、話者の立場から見た言語変種、社会における地位という 視点から見た言語変種、学校の言語変種に分けてこれまでの概念を整理し、複言語主義で用 いる用語を定義した(欧州評議会言語政策局著

,

山本冴里訳

, 2016

)。

(8)

 話者の立場から見た言語変種では、言語の習得順序と言語変種の機能から分類し、前者で は母語と第一言語、手話、第二言語、外語や現代語を、後者では平常の言語、主たる言語、

家族内言語、支配言語、アイデンティティの言語や帰属言語を定義している。社会における 地位という視点から見た言語変種では、国家語と公用語、支配言語、マイノリティ言語、地 域言語、方言、移民共同体の言語と継承語、ロマニ語、外語、古典語を、学校の言語変種で は、書記言語、教授言語とバイリンガル教育を取り上げている。

 ここでは、本稿において論を進める上で重要な概念である「第一言語」と「母語」、「第二 言語」と「外語」に触れておこう。まず、「第一言語」は学術的な用語で、「

2

3

歳までの幼 児期初期に習得された言語変種」(欧州評議会言語政策局著

,

山本冴里訳

, 2016, p.89

)と定 義される。それに対して、「母語」は家族や出自といった「第一言語」にはない情緒的な意 味合いが加味された日常的な用語で、それゆえに意味の揺れも認められる(欧州評議会言語 政策局著

,

山本冴里訳

, 2016

)。同じく学術的用語である「第二言語」は、

2

番目に習得した という習得の順序を参照するためだけでなく、その社会でコミュニケーションに使用されて いる言語変種であり、メディアや社会生活において大きな存在感を持ち、教授言語でもある など社会的に重要である場合が多い。それに対して、周囲の環境において存在感がなく、主 な教育場面が学校などに限られる場合には「外語」(

foreign language

)や「現代語」(

modern

language

)を用いる(欧州評議会言語政策局著

,

山本冴里訳

, 2016

)。「外語」の原語は従来

の「外国語」と同じだが、『政策策定ガイド』の日本語版では、あえて「外語」という馴染 みのないことばを使用している。「外国語」や「母国語」という日本語は国と言語が

1

1

で 結びついている印象を与えるが、現実には国と言語は一致しないからである。「外語」とは

「特定の地理的範囲のなかで、通常のコミュニケーション言語としては用いられない言語変 種」(欧州評議会言語政策局著

,

山本冴里訳

, 2016, p.220

)であると定義している。

 上記の考え方に従えば、例えば、バーゼルのように、移民の子供たちもいながら、地元の 子供達はスイス・ドイツ語を第一言語(L

1

)とし、いわゆる標準9ドイツ語の正書法を学校 で学ぶというような地域では、家庭内言語がL

1

で、標準ドイツ語が第二言語(L

2

)であ るということもできる。さらに、外語として、フランス語(L

3

)や英語(L

4

)を学習する。

この考え方を採用すると、日本でも、琉球方言や大阪弁などで育った子供達、家庭内言語が 中国語や韓国・朝鮮語の子供達が学校の「国語」でいわゆる標準日本語の読み書きを習うと、

このL

1

、L

2

の関係と同じになる。そしてさらに外語として英語(L

3

)を学習することに なる。すなわち、日本は複言語的な状況にはない、とは言えないのである。

 

3.2.2

学校教育における言語10

 では、学校教育における言語はどうなるのであろうか。

2009

年に公表された『プラット フォーム』では、教育の機会を利用し学校でうまくいくかどうかは、言語能力にかかってい る、特に移民や地域語を母語とする子供たちなど、まだ学校の授業が受けられるほど言語が

(9)

上達していない子供たちはそのために不利になるが、どんな言語のレパートリーを持つ子供 であっても、学校でコミュニケーションをとることを学ばなくてはならない、教育制度の

1

つのチャレンジは、学校にいる間に、子供たちが将来市民として効果的に働き、知識を獲得 し、他者性に対する開かれた態度を身につけることができるような言語能力と異文化間能力 を授けることである(

Council of Europe, 2009, p.3

)としたうえで、学校における学習者と 諸言語変種について以下のような図を示している。

 学校には、学校内の教育活動に用いられる言語変種が存在する。それが就学言語である。

就学言語は、『政策策定ガイド』では、「教授言語」「教育の言語」とも呼び、「学校での教育 活動に用いられる(ひとつか、いくつかの国家については複数の)公用語や外語」(欧州評 議会言語政策局著

,

山本冴里訳

, 2016, p.220

)と定義している。『政策策定ガイド』が出たの は

2007

年であり、この図が公表されたのはその

2

年後である。この図では、上記の認識を踏 まえて、就学言語としての言語変種を中心に、地域言語・マイノリティ言語・移民共同体の 言語としての各言語変種と外語が存在する形になっている。これらの言語変種はいずれも複 数存在する可能性が高い。そして、これらの言語変種を教科として学び、また他教科を学ぶ ときの媒介言語として用いるというのが、この図である。

 つまり、学校で教えられ、使用される諸言語変種は、学習者にとっていわゆるL

1

とL

2

または外語であり、必ずといっていいほど未知の言語変種が含まれる。それらの言語変種は 特定の科目として学習するか、他教科の学習のための手段として使うことになる。

 『プラットフォーム』の最新版では、上記の図の下に「カリキュラムと評価」の項目を加え、

それぞれの項目からリンクが貼られており、項目ごとに参考文献や例など、現場の関係者の 活動に直接役に立つような資料が集積されている。

1

 学校における諸言語変種の異なる地位とその関係

Council of Europe, 2009, p.4

の図を基に作成)

地域/マイノリティ/移民共同 体の言語としての言語変種 

就学言語としての言語変種 外語 

(現代・古典) 

教科としての言語変種    他教科における言語変種 

学校に存在する学習者と  諸言語変種 

(10)

3.2.3

カリキュラム

 現実の教育を考える際に、カリキュラム(

curriculum

)のデザインを避けては通れない。

カリキュラムは周知のことばとして当たり前のように使われているが、実は、イギリスとア メリカでその意味が微妙に異なるなど、今ひとつ明確でない部分があった。

 

CEFR

では、カリキュラムを「学習者がたどる学習の軌跡と道程」(吉島・大橋(他)訳・

, 2008, p.187

)と定義し、「教育機関の指導があろうとなかろうと、カリキュラムは卒業

で終わってしまうわけでもなく、その後も何らかの形で生涯にわたる学習の過程の中で継続 していくものである」(吉島・大橋(他)訳・編

, 2008, p.187

)としている。すなわち、学校 教育のカリキュラムは学習者個人の人生の中で続くカリキュラムの一部であり、かつ「より 大規模なカリキュラムの一部」(吉島・大橋(他)訳・編,

2008, p.188

)であるとみなし、

時間的にも空間的にも開かれた大きなカリキュラムの一部であると捉えている。

 その後、『カリキュラム開発・実施ガイド』では、カリキュラムを以下のように重層的に 捉え、それぞれどのようなレベルのものを指しているかを明確にした。

  

1

)スープラ(より上の、

supra

:

国際的レベル、比較レベル    

2

)マクロ(大規模な、

macro

:

国家レベル、州、地域レベル   

3

)メゾ(中間の、

meso

:

学校、機関レベル

  

4

)ミクロ(微小な、

micro

:

クラス、グループ、教える順序、教員レベル   

5

)ナノ(より微小な、

nano

:

個人レベル 

   (

Beacco, Byram, Cavalli, Coste, Cuenat, Goullier, & Panthier, 2010, p.13;

福田

, 2011, p.31

を修正)

 従来、カリキュラムの概念は、どこか漠然としたものであったり、学校の教科課程、履修 課程をさすものであったりしたが、複言語・異文化間教育を実行に移す際の必要性から、こ のような精密化されたカリキュラムの概念が提示された。

 このことにより、議論をする際に、どのレベルのカリキュラムについて論じているのかを 明快にすることができ、また、当該カリキュラムが大きなカリキュラムの一部として機能し ているかどうか、重層的なカリキュラムがそれぞれのレベル内やレベル間で同じ目的に向 かったものになっているかどうか、検討することができるようになったのである。

3.3

言語教育の基盤となる理論

 次に、言語教育の基盤となる理論に目を向けたい。単一言語主義時代の言語教育では、た とえ個人の中に複数の言語の能力が存在していたとしても、それぞれが孤立した別々のもの であり、相互に関係はないという立場をとっていたため、特定の言語

1

つを取り出してその 言語の習得あるいは獲得を解明するということが、背景となる理論研究の主眼となっていた。

(11)

しかし、複言語主義では、個人の言語能力は、言語別にばらばらではなく、個人が使用する 言語全てを包含する複言語・複文化能力であるという前提なので、基盤となる理論は当然異 なる。

 

Wokusch

2008

)によると、複言語話者の能力をフリブール大学の

Raphael Berthele

は以 下のように示している。

 複言語話者には、まずL

1

、L

2

、L

3

などの言語能力があり、その上に

2

言語間を結ぶ言 語間能力(

intersprachliche Kompetenz

)がある。例えば、統語的、形態的、音韻的方法の 規則性により、ある言語から別の言語に移行することができる能力である。加えて、複言 語話者は、すべての言語間に共通する超言語能力(

translinguale Kompetenz

)も保有してい る。例えば、あらゆる言語能力に備わる文章能力、文章分類能力などがこれにあたる。超言 語能力は言語に縛られず、一部を文化的に特徴付けることができる。これは他の言語につい て最低限の知識が存在するだけで、既知の言語の知識を目標言語に転換できる能力である

Wokusch, 2008, p.6

)。

 このような複言語話者の能力を想定した複言語主義における言語教育で、理論的基盤と しているのは

Cummins

を中心とするバイリンガル研究である。

Cummins

1981

)の二言 語能力の二重氷山モデルでは、二言語話者には、その土台に共通基底言語能力(

Common

Underlying Proficiency

)があり、L

1

やL

2

として表れているのはその表層的な特徴である としている(

Cummins, 1981;

福田

, 2016

)。

2

 複言語話者の能力(

Wokusch, 2008, p.6

3

 二言語能力の二重氷山モデル(

Cummins, 1981, p.24

を基に作成

;

福田

, 2016, p.141

L1の表層的特徴 L2の表層的特徴

共通基底言語能力

(12)

 このモデルに基づき、共通基底言語能力を伸ばし、その能力を活かすことによって、それ ぞれの特定の言語変種の能力の向上に寄与していこうというのが、複言語主義における言語 教育の基本的な考え方である11。そのためのキーワードは「転移」である。目標言語への十 分な接触と学習への十分な動機づけという転移が起こる条件を整え、

Cummins

2005

)の指 摘する転移可能な領域、すなわち概念知識、メタ認知的方略、言語運用的側面、言語の特殊 な要素、音韻論的な意識の領域の転移を促し、積極的かつ効果的に転移を活用していこうと する。

 では、複言語主義における言語習得モデルはどのようなものだろうか。早くから欧州協 議会のプロジェクトに参加し、複言語教育の推進を模索してきたスイスの教員養成・教師 教育の教科書

Do you parlez andere lingue?: Fremdsprachen lernen in der Schule

では、複言語 主義の言語学習のもとになる複言語習得モデルとして

Herdina & Jessner

2002

)、

Williams &

Hammarberg

1998

)、

Groseva

2000

)、

Aronin & Ó Laoire

2002

)などがあることを紹介し つつ、外語学習・教授の実践に向いているという理由で、以下の

Hufeisen & Gibson

2003

) の要因モデルが紹介されている。

 まず、L

1

の習得では、一般的言語習得能力、年齢などの神経生理学的要因と、学習環境、

Input

のあり方と量などの学習の外部的要因だけが要因となる。L

1

の獲得は生得的な言語習

得能力によるものであるが、その言語の話者とのやり取りがなければ子供たちはその能力を 獲得しえないとする。これは科学的なコンセンサスである(

Hufeisen & Gibson, 2003

)。

 次に、L

2

では、神経生理学的要因、学習の外部的要因に加えて、動機、不安、自己の言

4

 L

1

の習得に際しての諸要因(

Hufeisen & Gibson, 2003, p.16;

福田

, 2016, p.142

神経生理学的要因:一般的言語習得能力、年齢など

学習の外部的要因:学習環境、Inputのあり方と量など L1

5

 L

2

の習得に際しての諸要因(

Hufeisen & Gibson, 2003, p.17,

吉島茂訳)

神経生理学的要因:一般的言語習得能力、年齢など

学習の外部的要因:学習環境、Inputのあり方と量など

情意的要因:動機、不安、自己の言語能力の評価、言語変種間の親近/ 疎遠性、言語変種に対する態度、個々人の人生体験など

認知的要因:言語意識、メタ言語的意識、学習意識、自己の学習 タイプの認識、個々人の学習経験など

言語的要因:L1 L2

(13)

語能力の評価、言語変種間の親近

/

疎遠性、言語変種に対する態度、個々人の人生体験など の情意的要因、言語意識、メタ言語的意識、学習意識、自己の学習タイプの認識、個々人の 学習経験などの認知的要因、そしてL

1

という言語的要因が加わる。

 従来の言語習得のモデルでは、ここで終わっていた。つまり、影響を与える要因はさらに 多くの「外国語」を学習しても変わらないというのが、その前提だったのである。L

3

やそ れに続く外語の学習も、まるで今まで何も外語を学習したことがないように、ゼロから始め ると考える。しかし、現実には、子供たちは既に外語を

1

つは学習しており、同時にそれと 並行して様々な学習経験を持っている(

Hufeisen & Gibson, 2003

)。

 

Hufeisen

2000

)の指摘にもあるように、L

3

ではシステムが質的に変わることになる。

2

での学習経験がL

3

の学習に働きかけるからである。L

2

を習得するときに同時に外語学 習特有の学習能力の基礎ができ、それを援用できるのである。L

3

では、L

2

習得の要因に、

外語特有の要因として、個々人の外語学習経験と外語学習方略、既習外語の中間言語、目標 言語の中間言語などが加わり、言語的要因としては、L

1

に加えて、L

2

が習得の際の重要 な要因となる。

 L

4

では言語的要因としてL

1

、L

2

にL

3

が加わり、L

5

ではさらにL

4

が加わるというよ うに、L

4

以降では、先行する段階とは量的な差が出てくるだけである。個々人の人生経験 が増えていくように、言語知識も様々な言語変種で広がっていき、メタ言語的意識は強化さ れ、学習方略も効率的になるのである。

Missler

1999

)は外語学習方略の投入はL

8

まで意 識が強くなり、より目的に沿ったものになることを示した。したがって、L

2

習得は、その 先の外語を習得するための出発点として極めて重要である。

 このように、それぞれの言語変種の習得は決して独立した個別のものではなく、各言語変 種の習得過程で得た自分の言語レパートリーや経験、認知能力、外語学習方略などが、次の 言語変種を習得するときの重要な土台となるのである。

 では、例えば両親が別々の言語変種を話すといった環境に育ち、早期に複言語性を備え

6

 L

3

の習得に際しての諸要因(

Hufeisen & Gibson, 2003, p.18,

吉島茂訳)

神経生理学的要因:一般的言語習得能力、年齢など

学習の外部的要因:学習環境、Inputのあり方と量など

情意的要因:動機、不安、自己の言語能力の評価、言語変種間の親 近/疎遠性、言語変種に対する態度、個々人の人生体験など

認知的要因:言語意識、メタ言語的意識、学習意識、自己の学習 タイプの認識、個々人の学習経験など

外語特有の要因:個々人の外語学習経験と外語学習方略、既習外語 の中間言語、目標言語の中間言語

L3 言語的要因:L1、L2

(14)

る子供たちの場合には、どのような要因があるのだろうか。Do you parlez andere lingue?:

Fremdsprachen lernen in der Schule

では、

Hufeisen & Gibson

2003

)のモデルを踏まえた上で、

早期のバイリンガル

/

複言語性を次のように示している。

 図

7

で明らかなように、L

1

1

つだけの場合とは要因がかなり異なり、L

1

が複数の子供 たちの場合には、情意的要因、認知的要因、言語的要因もこの段階で見られる。恒常的な

2

つの言語変種への接触は、既に幼い頃に、いつ、誰とどの言語が使えるか、使うのがよいか、

そうしなければならないか、という感覚を育て、かつコードスイッチングが社会的にまた状 況的に見てどういう時に適切か、コミュニケーションで困った時に自分の言語変種をどのよ うに使っていけば克服できるかを習得させる。何よりも、バイリンガルの子供たちは言語意 識と、メタ言語的意識に関して進んでいる。

2

つあるいはそれ以上の言語変種に接触し、使 うことで、早いうちから言語変種というものを対象化することができ、それを操作する能力 が育つのである。

3.4

言語教育における教授法

 複言語主義における言語教育は、単一言語主義における言語教育とは、当然教授法におい ても大きく異なっている。では、複言語主義における教授法とはどのようなものなのだろう か。

 

CEFR

がそもそも

David A. Wilkins

の理論的研究や概念・機能シラバス(

Notional-functional syllabus

)、それを実現できるレベルにまとめあげた

Van Ek & Trim

のThreshold 1990など一 連の研究成果を土台に作り上げられたように、

CEFR

は従来のコミュカティブ・アプローチ

Communicative Approach, CLT: Communicative Language Teaching

)と無縁ではない。む しろ、コミュニカティブ・アプローチを前提としていると言ってもいいだろう。しかし、単 なるコミュニカティブ・アプローチと複言語主義における言語教育の異なるところは、後者

7

 早期のバイリンガル

/

複言語性(

Hutterli, Stotz, & Zappatore, 2008, P.117,

吉島茂訳)

神経生理学的要因:一般的言語習得能力、年齢など

学習の外部的要因:学習環境、Inputのあり方と量、社会的行動など 情意的要因:同一性の認識とその構造、言語変種間の親近/疎遠性、

言語変種に対する態度、言語変種間の力の差の体験

認知的要因:言語意識、メタ言語的意識、学習方略、コミュニケ ーション方略

L1 言語的要因:身の回りの二言語変種の同時的存在、コードス

L1 イッチング

(15)

が従来の狭い範囲の言語教育にとどまっていないということである。単にコミュニカティブ であるだけでなく、社会的行為者として行動に結びつくところまでが視野に入っている。ま た、想定している言語使用者・学習者の能力も、

CEFR

で言う「コミュニケーション言語能 力」だけにとどまっていない。

 『政策策定ガイド』では、「言語活動の方法を多様化する」という項目を設け、教授法の多 様化を図ることを推奨している。つまり、複言語主義に基づく言語教育の教授法には、唯一 絶対の最適解が存在するわけではなく、それぞれの文脈で実行可能かつふさわしい教授法を 検討する必要があるのである。その際、考慮することとして、学習者の年齢、技能レベル、

学習スタイル、教育の伝統、すでにある言語の性質の

5

つの要素を挙げている(欧州評議会 言語政策局著

,

山本冴里訳

, 2016

)。

 例えばスイスでは、

20

世紀末から複言語教育に関連する数々の研究プロジェクトを立ち 上げ、議論を重ねてきたが12、実践面でも、フランス語圏スイスが先行し、そのあとを追う ようにドイツ語圏スイスでいわゆる複言語教育、

Passepartout

が導入されている13。この

2

つの地域では、それぞれフランス語、ドイツ語の用語の持つイメージがあるため14、その教 授法は、前者では「言語の統合的教授法」(

Didactique intégrée des langues

)や「統合的ア プローチ」(

Approche intégrée

)、後者では主に複言語教授法(

Mehrsprachigkeitsdidaktik

と呼ばれている。用語は異なっているが、理論的基盤やノウハウを一定程度共有しており、

その目指すところは大きく異なってはいない。

 

Wokusch

2008

)によると、統合的教育

/

複言語教育が目指す目標は以下の通りである。こ

れは、スイスやほとんどのヨーロッパ諸国における、理論的基盤と現在の外語授業の教授法 的・方法論的観点に関して基本的に一致しているものであるとしている。

 この原則を踏まえて、統合的教授法では、包括的で一貫した構想に沿って実行に移す必要 がある。この統合的教授法は必然的に「多様化・協調カリキュラム」になるが、言語変種の

8

 複言語性が目指す目標 統合的教授法の

6

つの原則 

Wokusch, 2008, p.20

の図を基に作成)

4.言語意識と異文化理解・文化 的アイデンティティの促進

3. 学 習者 の視点か らの授 業方法の統一性と連続性

2. すべての学習言語での機 能的かつ効率的なコミュニケ ーション能力の発達 1. 外語のための多角的で調 和のとれたカリキュラム

統合的教育の 原則

6. 能動的なコミュニケーシ ョン方略と学習方略の発展

5.全般的な言語能力の転 移可能性と高い認知過程

(16)

教育の流れを縦軸、他教科との関連を横軸として考えた場合、まず既知の外語と後に習得す る外語を対比させることで成立する「各目標言語の役割とプロファイルの明確化」から始ま り、「各言語変種の望ましい作業方法の選択」、「各言語変種における機能的能力・内容に基 づく教育内容の決定」、「アプローチの一貫性と継続性の維持」、「同一または類似のアプロー チ(用語の言語変種間調和の技術的側面、すなわち一貫性を保つための語彙、文法の学習等 における授業方法の統一など)の選定」、「言語変種間での評価の統一」、「言語変種間での言 語ポートフォリオの調整の取り組み(例えば、言語変種の学習年数に応じて変化するマネジ メントなど)」といった、いわば時系列的に策定する一貫した縦の流れと、他教科との関連 という横軸の両端に想定される、「非言語科目の言語的な側面」(他教科への関連付けと開放)

と「最初の言語であるL

1

・就学言語との関連付け」という

2

つの観点との、各項目でのコー ディネーションが必要である。

 また、縦軸のカリキュラム策定における「各目標言語の役割とプロファイルの明確化」

から「各言語変種における機能的能力・内容に基づく教育内容の決定」までと横軸の「非 言語科目の言語的な側面」に関わる分野では、「異文化態度の観察、異文化交流教育」が、

横軸の「L

1

・就学言語」に関わる分野では、「言語と文化の多様性や

EOLE

Education et Ouverture aux Langues à l

Ecole

:学校での多言語に開かれた教育、言語への目覚め活動)15」 が、縦軸の「同一または類似のアプローチの選定」から「言語ポートフォリオの調整の取り 組み」までと横軸の「非言語科目の言語的な側面」に関わる分野では、「効率的なコミュニ ケーションと学習方略」が、横軸の「L

1

・就学言語」にかかわる分野では、「高いレベルの 言語知識の潜在的な転移」が必要とされるとしている(

Wokusch, 2008, p.21

)。

 これを実際の授業に落とし込む際の、教授上の概念図は、例えば

Passepartout

の場合、以 下のようなものになる。「言語と文化に対する気づき」は「言語と文化の多様性や

EOLE

(ド イツ語圏では

ELBE

)」、「交流と出会い」は「異文化態度の観察、異文化交流教育」を実践 に組み込んだものであると言える。

 

Passepartout

6

つのカントンで実施されているが、「言語的文脈によって複言語教育の

9

Passepartout

における教授上の概念図

Passepartout Fremdsprachen an der volksschule, 2013, p.9;

福田

, 2016, p.145

(17)

形を変える」(欧州評議会言語政策局著

,

山本冴里訳

, 2016, p.199

)という記述の通り、それ ぞれのカントンが置かれた地理的状況、言語的文脈、使用可能なリソースによって、個々の 学校で行われている実際の授業や活動の内容は少しずつ異なっている。例えば、交流活動で は、メールや

SMS

、個人・グループ・クラス単位での交流や協働プロジェクト、キャンプ などが考えられるが、フランス、ドイツの国境付近にあるバーゼルでは、いわゆる母語話者 が語り手となるアニメの集中授業、目標言語圏への遠足、Eメールの交換プロジェクト、視 覚メディアを使ったフォーラムのほか、実際に国境を越えてフランスを訪れ、フランスの学 校に行ったり、一定の期間ホームステイをして異文化体験をしたりする活動も含まれている。

Passepartout

では、概念図における

5

つの要素の中で、必ず授業に取り入れなくてはならな

いのは、「内容・行動中心」、「言語横断的授業」、「言語と文化に対する気づき」であり、他 の要素は状況に合わせて様々な形、程度で取り入れるものとしている(福田

, 2016

)。

 日 本 の 英 語 教 育 で も 盛 ん に 取 り 入 れ よ う と す る 動 き が 出 て い る

CLIL

Content and Language Integrated Learning,

内容言語統合型学習)は、このような文脈で生まれた教授法 である。スイスでは

CLIL

のフランス語訳の頭字語

EMILE

Enseignement d

ʼ

une Matière par

l

ʼ

Intégration d

ʼ

une Langue

)と併記して

CLIL/EMILE

と呼ばれている。

 

CLIL

は複言語主義に基づくヨーロッパの外語教育の現場で行われているが、実際には、

広い意味での上位概念、包括的用語としての

CLIL

と授業方法を表す狭義の

CLIL

がある。図

10

は、

Hutterli, Stotz

Zappotore

2008

)を基に、

Hutterli

2012

)で示された言語授業の 多様性を表すものである。上位概念としての

CLIL

には、狭義の

CLIL

を含めて

4

種類の授業 方法が含まれていることがわかる。内容と言語の占める割合によって、以下のように事物テー マ中心の授業から言語中心の授業まで様々な授業がありうるのである。

 

Egger & Lechner

2012

)で紹介されているように、

CLIL

は、有意義な内容や文脈と結び ついた時、言語学習は劇的に効果が上がるという認識から、ヨーロッパ各地で広く行われて いる、内容と言語の両方に焦点を当てた教育方法である。教科内容の知識・能力と目標言語

10

 言語授業の多様性 (

Hutterli, 2012, p.87,

吉島茂訳)

(18)

の能力の両方を伸ばすために、内容主導の授業を実施する。したがって、ある言語変種の学 習経験を広げるものではあるが、従来の「言語教授法」の枠に収まるものではない。

CLIL

では、「教授」ではなく「学習」に重点が置かれ、子供たちは常にアクティブに「参加」し なくてはならない。

Egger & Lechner

2012

)によると、

CLIL

アプローチは、初等教育の初 年度から有効であり、教科の知識・能力や言語能力を向上させるだけでなく、子供たちの態 度とモチベーション、認知的能力の発達にポジティブな影響があるとし、ヨーロッパ各地の 小学校での実践例とその成果が報告されている。

 また、

Dalton-Puffer

2007

)は、

CLIL

CLT

やタスク中心の学習(

Task Based Learning, TBL

)の究極の理想形であるとしている。しかし、ここで注意すべきことは、

CLIL

は、そ れだけを単独に取り出して効果を云々するものではなく、複言語主義に基づく統合的教育

/

複言語教育の文脈で取り入れられ、「多様化・協調カリキュラム」の中で効果を発揮してい る、従来の狭義の言語教育の枠を超えた教授法だということである。

4.

おわりに

 以上、本稿では、

CEFR

を出発点に、従来の単一言語主義から複言語主義にシフトしたこ とによって、言語教育の何がどのように変わったのか、ヨーロッパの例を見ながら明らかに した。これまで述べてきたように、複言語主義に基づく言語教育では、言語能力観も含め、

その目的、概念、理論、教授法が従来のものとは大きく異なっている。

 ヨーロッパにおいても、単一言語主義時代に共有されていた言語教育観、教育目的から複 言語主義における新たな言語教育観、教育目的へのパラダイム・シフトは簡単だったわけで はない。筆者がスイスの現地調査で関係者にインタビューしたところ、単一言語主義に基づ く従来の言語教育の考え方が複言語主義における言語教育の理解を妨げたことも少なからず あるようである。これを解消するには、一般市民、とりわけ父兄への啓蒙・広報活動と教員 養成・教師教育が重要となる。本稿で触れることのできなかった教員養成・教師教育と評価 については、さらに研究を続け、今後明らかにしたい。

 さて、日本の言語教育の現状を鑑みると、

CEFR

が英語教育や日本語教育の現場に取り入 れられ、

CLIL

が英語教育の先端的アプローチとして脚光を浴びている。また、「言語教育 実習生のためのポートフォリオ」(

European Portfolio for Student Teachers of Languages: A

reflection tool for language teacher education, EPOSTL

)を基にした

JACET

教育問題研究会 による「言語教師のポートフォリオ」(

Japanese Portfolio for Student Teachers of Languages:

A reflection tool for professional development, J-POSTL

)も発表され、活用されつつある。

 もちろん、

CEFR

の示した言語共通参照枠の活用は、従来の外国語教育にはなかった、包 括的で明確な一貫した外国語教育について議論し、実現するために有効であり、大学教育を

(19)

含め、さまざまな教育現場の改善に役立ったといえよう。しかし、日本の言語教育は、いま だに単一言語主義に基づいたものであり、ヨーロッパの複言語主義に基づく言語教育の一部 を切り取って、単一言語主義の枠組みの中で活用を試みるという、「木を見て森を見ず」、「木 に竹を接ぐ」の状態であることは否めない。

 

CLIL

についても、ヨーロッパの文脈では、初等教育から取り入れることが、狭義の目標 言語の能力を超えて、学習者の能力、態度、モチベーションに対してよい影響があるという ことが明らかになっている(

Egger & Lecher, 2012

)。そもそも言語能力観、達成目標の設定、

マクロ、メゾ・レベルのカリキュラムが異なる単一言語主義の日本の文脈において、本当に 有意義なものとして活用し、組み込んでいけるのか、複言語主義という前提をどう捉えるの かを踏まえた検討が必要であろう。

 これまでいわゆる欧州型複言語主義を見てきたが、ヨーロッパの中にも多様な言語環境が あり、現実にはその文脈に合わせた複言語教育がなされている。人の移動と経済を中心とし たいわゆるグローバル化を免れない現代においては、複言語教育は極めて現実的な、むしろ 現実に対応するための選択であると言えよう。複言語主義による言語教育は、確固とした理 念のもとに、さまざまな文脈を踏まえて緩やかに束ねる形で、地道な議論と研究、実践活動 を重ねて実現化している。

 「複言語主義は複数存在する」(

Council of Europe, 2007a, p. 9,

筆者訳)と明言しているよ うに、アジアにも複言語主義があっても不思議ではないし、実現も可能である。むしろ、過 去の単一言語主義の考え方に縛られ、現実を認めていないだけであって、複言語性を持った 子供達は日本にも多く存在していると思われる。真のグローバル化に対応し、多言語・多文 化に開かれたリテラシーを養成するには、日本においても複言語主義にシフトすることを、

まさに今、真剣に検討する必要がある。そのための先行研究、先行事例として、

CEFR

以降 のヨーロッパの言語教育は非常に示唆に富むものであると考える。

【謝辞】

 本研究は、

2010

9

月の科学研究費補助金基盤研究(A)「ローカル時代の外国語教育-理念と現

/

政策と教授法-」(研究代表者:吉島茂、

JSPS

科研費

JP22242015

)の一員としてのバーゼル調査、

2012

9

月の学術研究助成基金助成金基盤研究(C)「多言語・多文化に開かれたリテラシー教育につ いての研究:日本の言語教育への提言」(研究代表者:福田浩子、

JSPS

科研費

JP23520661

)のジュネー ヴ、ローザンヌ、バーゼル、チューリッヒにおける現地調査、

2014

9

月の学術研究助成基金助成金基 盤研究(C)「多言語・多文化に開かれたリテラシー教育についての研究:教員養成と初等教育を中心 に」(研究代表者

:

福田浩子、

JSPS

科研費

JP26370722

)の助成を受けたバーゼル、ソロトゥルンにおけ る現地調査、ならびにその際入手した教材や資料、現地関係者の協力により、可能になった。ここに 謝辞を述べたい。

図 5  L 2 の習得に際しての諸要因( Hufeisen & Gibson, 2003, p.17,  吉島茂訳)
図 7  早期のバイリンガル / 複言語性( Hutterli, Stotz, & Zappatore, 2008, P.117,  吉島茂訳)
図 10  言語授業の多様性 ( Hutterli, 2012, p.87,  吉島茂訳)

参照

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