タイピング作業の特徴とその効率を規定する要因に ついて
その他のタイトル Characteristics and Efficiencies of Typewriting Behavior
著者 雨宮 俊彦
雑誌名 関西大学社会学部紀要
巻 15
号 1
ページ 233‑256
発行年 1983‑11‑30
URL http://hdl.handle.net/10112/00022774
タイビング作業の特徴とその効率を規定する要因について
雨 宮
俊 彦
キーワード
人間工学 タイプライティング キーボード配列 運動技能 指
Key words
e r g o n o m i c s , t y p e w r i t i n g , k e y b o a r d a r r a n g e m e n t , motor s k i l l s , f i n g e r s
〔序論〕
I
タイピング作業の生理的背景とその諸特性1 .
手の構造と機能2 .
手の運動の神経支配3 .
複数指同時使用の可能性4 .
タイピング作業の単位n
タイピング作業の効率を規定する諸要因1 .
交互打鍵と同手連続打鍵の比較2 .
同手打ちの速さを規定する要因3 .
打鍵速度の総合的予測式4 .
打鍵のリズムおよび文脈効果 直 む す び〔 序 論 〕
本論文には,二つの目的がある。そのひとつは,タイピング作業のもっとも効率的に行えるキ ー配列を決定することと,そのためのキー配列の評価を行うために必要なキーボードによる入力 作業の効率を規定している諸要因についての従来の研究を概観することである。もうひとつの目 的は,キーボードによる入力作業を手による運動技能の例としてとらえ,その運動技能としての 特徴について検討を加えることである。そのため,本論文の前半ではタイビング作業の背景とな っている手の構造や手の運動の神経支配等について概観し,後半では打鍵速度を規定している諸 要因についての従来の研究を紹介する。
効率的なキー配列の決定およびキー配列の人間工学的な評価は,応用研究の領域とされている 問題であり,手による運動技能の解明は基礎研究の領域とされている問題である。一般に心理学 では,基礎研究の目的は一般性のある法則の発見であり,応用研究は基礎研究によって得られた
関西大学「社会学部紀要」第 1 5 巻第 1
号法則を個々の問題に適用するだけであるとし,応用研究を軽視する向きもないではない。しかし このような応用的な人間工学的研究の中に,従来の心理学が未だ解明しえないで来た基礎的な理 論も多く残されているように思われる。現実によって提起される種々の問題に対し,方法論的に しっかりした科学的あるいは学問的根拠にもとづいた解答が得られることも少なくない。効率的 なタイプライクーのキー配列を決定するという問題もこうした問題の一例であるだろう。しかし 従来の研究を通観すると,キーボードによる入力作業の効率を規定する要因については,一応の 実験的な知見はあるものの未だ不明な点も多く,またデータの分折についても十分な数理的解析 のなされているものはほとんどない。特に,効率的なキー配列を決定するにあたって依拠すべき 方法論にいったっては,ほとんど確立されていないのが現状である。そのような結果として,ぃ くつかの研究グループや企業によってキー配列の改良が提案されてはいるが,多くが試行錯誤的 に求められたものであり,具体的にどのような手続でそのキー配列に達したかは明示されず,キ ー配列決定手続きについての方法論的省察はほとんど皆無である。
我々は現在,キー配列の改良を明確な方法論に基づいて行うべく研究中であり,以下に述べる 文献研究はそのための予備的な調査である。
I
タイピング作業の生理的背景と諸特性クイビング作業は,楽器演奏や発話などとともに運動技能の代表的な例として研究されてきた
( S h a f f e r 1 9 7 6 )
。運動技能としてのタイビング作業の特徴としては,それが手という複雑なシス テムを使ってきわめて迅速に行なわれる活動であることがあげられる(Runmelhart& Norman 1 9 8 2 )
。つまり,あるキーに到達するために指がいかに動くべきかは,手,下腕,上腕,肩それ に体全体の位置と方向に依存しており,適切な運動の遂行は,動きの自由度が大きいため多数の 解が可能なためにきわめて複雑な作業となる( S a l t z m a n1 9 7 9 )
。 また, プロタイビストの実務 速度は英文タイプで毎分4 0 0
打程度( 1 5 0 m s / s t r o k e ) ,
カナタイプで200300
打(300200ms / s t r o k e )
である。一方,クイプ競技会の世界記録はQwerty
式キーボード(現在通常使われているキーポード,
S t a n d a r dKey boad
とも言う。上段のキーが左から順にQWERTY
となっ ているのでこの名がある。)の場合1 4 9n e t word/
分( 1n e t word
は5
文字に相当し,80ms/
s t r o k e
となる),Dvorak
式(Dvorak
により,1 9 3 2
年に提案され実用化された改良型キーボー ド,
Qwerty
式よりも手や指の運動技能に合致したものとなっていることが知られているが,ぁ まり広まっていない。)の場合1 7 0n e t word/
分( 7 1 m s / s t r o k e )
である (田中・山田1 9 7 8 )
。Dvorak
式における世界記録での平均打鍵間間隔は,脊髄から効果器への神経伝達速度に近いという速さである。
このように,複雑で迅速な活動を可能にしている理由としては以下の 3つ の 理 由 が あ げ ら れ る。ひとつは,
G e n t n e r ,Grudin & Conway ( 1 9 8 0 )
におけるタイビング作業中の指の運動の‑234‑
タイビング作業の特徴とその効率を規定する要因について(雨宮)
高速フィルム撮影の分析からも明らかなように,タイビストの指の運動が時系列的に並列的に遂 行されていることである。 世界記録における
7 1ms
という打鍵間間隔は,反応を開始してから 終了するまでの時間ではなく,並列的に遂行されている各指の反応の終了する時間差を示して いるにすぎない。これは,ある程度熟練したタイビストでも同様である。もうひとつの理由は,熟練したタイピング作業が遂行結果の
f e e d ‑ b a c k
をあまり必要としない開}レープ的な運動制御 を受けていることである。つまり,熟練者によるタイピング作業は各打鍵の結果の視覚によるf e e d ‑ b a c k
を必要とせず( b l i n dt o u c h ) ,
指をキーまで向わせる運動の際は指の位置情報の自 己受容感覚によるm o n i t o r
を必要とするが, いったん打鍵が開始された後の運動はボール投げ のように( b a l l i s t i c )
遂行されるものと考えられる。最後に,上の2
点とも関係するが,運動制 御が比較的下部中枢的にローカルに行なわれているらしいことがあげられる。(Runmelhart &
Norman 1 9 8 2
はタイピング作業のコンビュータシミュレーションを行い, タイビング作業の運 動制御システムの特徴として,制御計算が比較的ローカルかつ並行的に行なわれているとの結論 に達した。)以下では,上述のような特徴を持つタイビング作業を可能にしている生理的背景および認知的 側面について解説する。
1 .
手の構造と機能タイビング作業に関与する指は,左右で1
0
本あるが,各指それぞれ3
個の関節があり上下運動 がなされる。曲げるのが屈曲であり,伸ばすのが伸展である。さらに,掌のなかの筋肉によって 各指の左右方向への運動がなされる。内側へ曲げるのが内転であり,外側へ曲げるのが外転である。最 後に,親指と他の指を対向させる対向収縮がある。
以上の,屈曲,伸展,内転,外転,対向の
5
種類の 運動はそれぞれ違った筋の働きで起る。手首につい ては,屈曲,伸展,内転(撓骨側へ曲げる運動なの で椀屈とも呼ばれる), 外転(尺骨側へ曲げる運動 なので尺屈とも呼ばれる)の4
種の運動がある。以 上が手の運動の機能的単位であり,どのように複雑 な手の運動も,上述した各指の屈曲,伸展,内転,外転,対向と手首の屈曲,伸展,内転,外転の組み 合わせで起っている。さらに,これらの手の運動を 助けるものとして,前腕の回内と回外がある。回内 は,親指側を軸にして手の甲が上にある状態から手 の甲を内にする位置にまわす運動であり,回外はそ
図
1
関西大学『社会学部紀要」第 1 5 巻第 1
号の逆である。例えば,雑巾をしぽる時に使われる運動が回内・回外である。図
1
に手の甲側から ひじや肩それに身体全体による大きな の図を示す。以上にあげた,手の運動の基盤となるのが,運動であり,手の運動の行なわれる
background
を形成するものである。タイビング作業における,上述の各運動の役割に関する実験的研究はほとんどないが,常識的 に考えれば,各指と手首の屈曲および伸展がキーを押して離す動作に,内転と外転が指の目標と するキーまでの移動にそれぞれ直接関与していると言える。前腕の回内と回外は,キーを押して 離す動作を補助していると考えられる。親指と他の指との対向は,通常のキーボードではその役 割を発揮する場がない。各指の強さや器用さと関係が深いと思われる,各指の屈曲および伸展を 担当する筋とそれらを支配する神経についてまとめると,表
1
のようになる(金子1 9 7 7
に基づい て雨宮修二氏が作表)。表
1
に示されるように, 親指と人さし指それに小指は他の2
指よりも担当する筋肉の数が多 く,特に親指は別格である。内転筋,外転筋については表に示さなかったが,これも親指は他の 指よりも担当する筋の数が多い。担当する筋の数から言えば,親指が特にすぐれており,小指も 通常考えられるほど劣っていないことがわかる。支配する神経については,小指の屈筋が尺骨神 経による支配も受けているという点で特徴がある。小指は短かく力も強くないが,器用さでは薬 指よりもまさるとされている(Yamada1 9 8 3 )
が, その理由はこんなところにあるのかもしれ ない。以上各指を担当する筋とその神経支配の特徴から,親指が別格であり,人さし指や小指も 中指や薬指に比べるとやや有利らしいことが言える。場合の話であって,各指の強さや器用さ, しかも,
しかし,以上の考察は各指を単独使用する これらを複合的に同時使用する場合の効率性 を理解するためには, この他にも指の長さや形態それに運動の中枢的な制御などの要因も含めて,
表
1 指の屈筋,伸筋およびそれらの神経支配 屈 筋 群浅 指 屈 筋 深 指 屈 筋 長 母 指 屈 筋 短 母 指 屈 筋 短 小 指 屈 筋
虫 様 筋
伸 筋 群 総 指 伸 筋 小 指 伸 筋 示 指 伸 筋 長 母 指 伸 筋 短 母 指 伸 筋
作 用 人さし指〜小指を屈曲 人さし指〜小指を屈曲 親 指 を 屈 曲 親 指 を 屈 曲 小 指 を 屈 曲
{人さし指〜小指を指を 伸ばしたまま根元で曲げる
作 用 人さし指〜小指を伸展 小 指 を 伸 展 人さし指を伸展 親 指 を 伸 展 親 指 を 伸 展
支 配 神 経 正 中 神 経 正 中 神 経 正 中 神 経 正 中 神 経 尺 骨 神 経
{親指側は撓骨神経 小指側は尺骨神経
支 配 神 経 撓 骨 神 経 撓 骨 神 経 撓 骨 神 経 撓 骨 神 経 撓 骨 神 経
タイビング作業の特徴とその効率を規定する要因について(雨宮)
総合的に評価しなくてはならない。
ちなみに,久保田
( 1 9 8 2 )
によれば,5
本の指を備えており片手で物がつかめる動物は霊長類 だけであり,ヒトの手は霊長類の樹上生活を通じて進化したものであると考えられている。霊長 類のなかでは,完全な母指対向性があり前腕の回内・回外が可能なのは,霊長類のなかでもヒト に近い類人猿と狭鼻猿だけであり,各指がほぽ独立的に自由に使えるという点では,ヒトが最高 である。このように自由度の大きい手という器官があることによって,タイビングのような作業 が可能となっている。しかし,もう一方ではヒトの手が基本的には樹上生活への適応を通じて形 成されたものであり,ヒトの手の運動の一番の基本が,きわだった親指の可動性を利用した,物 を「つかむ」ことと「つまむ」ことにあるのも事実であり,この点では通常のタイビング作業はヒトの手の運動の基本的機能からはかなり離れた活動だということになる。
2 .
手の運動の神経支配手と脳をむすぶ神経回路を図2に示した。(図 2では,運動前野および補足運動野は大脳運動 野に含めて示されている。)
ここでは,手による随意運動の一例であるタイビング作業の制御における中枢神経系の役割が 主要な関心であるので,入力側の問題は扱わないが,感覚入力が正常な随意運動のために不可欠 であることは, サルの後根神経切断による感覚遮断実験によって知られている(久保田
1 9 8 2 )
。 正常な随意運動が生ずるための,感覚入力の役割としては自己受容器による手の各部分の位置のm o n i t o r
が重要であると考えられている。図2
に示されている運動神経は前節で言及した,正中 神経,尺骨神経,椀骨神経の3
者である。これらは,いずれも大脳の運動野と脊髄におけるシナ プスを介してつながっている。運動野は大脳の左右の半球の対称的な位置にあり,運動野からの感覚神経
神 経 系
̀ F
︑
経 経 神 神
枢 梢中 末
︑
'
︑ 脳
︶ ヽ 動
\
/ 脳 髄 経 運
の
脳脳
︑ 脊 神 手
間中
/\
4 ︵ 爾
ヽ↓
, J }
ン 口 又
4 ュ二
動
連髄脊
(感覚の入力系) (運動の出力系)
図
2
手と脳を結ぶ神経回路(久保田1 9 8 2
より転載)関西大学「社会学部紀要」第
1 5
巻 第1
号1
足 部1 7
眼瞼部および眼球2
下腿部1 8
顔面部図
3
3
膝 部1 9
口唇部4
腹 部2 0
発声部5
体幹部2 1
唾液腺部6
肩 部2 2
咀噂部7
肘 部2 3
顎 部8
腕 部2 4
舌 部9
手 部2 5
喋下部1 0
心指部1 1
環指部1 2
中指部1 3
示指部1 4
拇指部1 5
頸 部1 6
眉間部大脳運動野の機能局在(大島
1 9 8 2
より転載)ニューロンが延髄錐体を下降するとき,左右が交叉する。このため,左半球の運動野が右手を,
右半球の運動野が左手をそれぞれ対側的に支配することになる。
図
3
はヒトの大脳運動野の機能局在を示したものである。大脳運動野は,手,足などの筋と直 接的な対応を持っており,運動野の各部分を電気的に刺激すると,身体の一定部分に筋運動が生 ずる。図3
はこうして作製したもので,「脳内の小人」とも言われる。脳内の小人は, 身体の各 部位とはトポロジカルな関係が保たれているが,大きさの比率は保たれていず,手や顔の占める 部分が大きい。このように,手や顔の筋肉を動かすためのニューロンが多数あることが,手や顔 のこまかい微妙な運動を可能にしていると考えられる。なお,霊長類の運動野で電気刺激に対す る閾値がもっとも低いのは,手の親指の領域であり,次いでその他の指の領域となっている。以上のように,大脳運動野は身体各部位の要素的な筋 運動を直接的に支配している。これに対して,大脳運動 野に接するすぐ前の部分に運動前野および補足運動野と 呼ばれる部位があり, これらの部位は身体各部の筋とは 直接的つながりを持たず,運動野よりも高次な運動中枢 として運動のプログラミングに関与していると考えられ ている(丹治1
9 8 3 )
。 ヒトの運動野と運動前野, 補足運 動野の部位を図4
に示す。運動前野に傷害のある患者の 場合,運動の麻痺といったことは生じないにもかかわら図
4
ヒ ト
運動野,運動前野および補足運動 野の部位(丹治
1 9 8 3
より転載)ず,右手と左手を使って,右手で
2
回,次に左手で1
回テープルを打つことをくりかえすといっ た課題を与えると,片手で必要以上の回数を打ってしまったり,両手が同期してしまったりす る。ルリア( 1 9 7 6 )
は,このような症例をもとに,運動前野の傷害の場合には動作の組み立て,特に複合的動作における時系列上の動作の構成がうまくいかなくなるのが特徴であると述べてい る。補足野については,丹治
( 1 9 8 3 )
によれば,親指と他の指を順番に対向させるなどの複雑なタイビング作業の特徴とその効率を規定する要因について(雨宮)
指の運動動作の実行や単にそのやり方を考えているだけの場合にも,補足運動野における脳血流 量が増えることが示されている。運動前野および補足運動野の機能については不明な点が多いが
(丹治
1 9 8 3 ) ,
熟練したタイビストの脳には多量にたくわえられていると考えられる指の動作列 のプログラムの所在部位の候補として興味深い。運動野および運動前野,補足運動野から話を大脳皮質連合野に進める前に,随意運動の制御に おける小脳の役割についても簡単に述べておかなければならない。図
2
に示されているように,小脳は運動野,運動前野,補足運動野を含む大脳とループを形成しており,大巖・小脳連関Jレー プと呼ばれる。大脳・小脳連関ループが随意運動に果す役割についてはまだ十分に解明されてな いが,伊藤
( 1 9 8 0 )
は, 「未熟な随意運動を行なうには,大脳からの司令が下部運動系に働きか けて起こした運動の結果を感覚系を通じて確かめながら,閉ループの形の制御がなされる。しか し,学習の結果,小脳を通るループに外部ループと等価のモデルが形成されれば,次の機会から は大脳はこのモデルを通してフィードバックをしながら,外部Jレープを使わないでも随意運動が できるはずである。」 (p.1 9 6 )
と述べ,大脳・小脳連関J
レープが随意運動を開J
レープ制御の形で 行うための内部参照モデルであるとの仮説を提出している。Runmelhart & Norman ( 1 9 8 2 )
の言う,比較的ローカルかつ並列的に行なわれている制御計算は大脳・小脳連関ループの機能な のかもしれない。大脳皮質連合野(以下連合野と略す)は,大脳のもっとも高次の中枢であり,単なる運動の遂 行や動作列のプログラムというより,運動の意志的側面や認知的側面と関連が深くなる。この連 合野は,前連合野と後連合野とに大別され,さらに前連合野は前頭連合野と前頭前野に,後連合 野は頭頂連合野,側頭連合野と後頭連合野に分けられる。連合野は,意志や認識など人間の高次 な機能を担う部位で,現在活発な研究が進められており興味深い知見も多いが,ここでは連合野 のうちで随意運動の制御に特に関係の深い部分についてのみふれることにする。
前頭前野に傷害を持つ患者では,特別目立つ行動の麻痺は見られないが,注意や思考,活動性 情動に関する障害が生ずる。また,サルで前頭前野を破壊し弁別課題を課すと,反応の固執傾向 の冗進や行動抑制の障害が見られ,遅延反応を課すと空間位置の記億障害が明らかになる(小嶋
1 9 8 3 )
。このような, ヒトの前頭前野傷害の症状やサルでの破壊実験から, 前頭前野の役割は一 連の運動を導くべき空間位置を記憶し,場面に適切な側面に注意を集中し,不必要な運動の発生 を抑制するといったもので,概括的な言い方をすれば,運動制御の意志的側面と関係が深いと言 えよう。他に,運動制御に重要と思われるのは,頭頂連合野である。サルの頭頂連合野を破壊すると,
体性感覚や対象物への肢による到達行動
( r e a c h i n g )
に障害を起こすことが知られている(小嶋1 9 8 3 )
。ここでのr e a c h i n g
は,カエルの舌によるエサの補獲( b a l l i s t i c
な運動の代表的例)と は異なり, 肢の運動を視覚および自己受容感覚によってm o n i t o r
しながら遂行するものであり,頭頂連合野が肢の運動の感覚運動協応にとって重要であることを示唆するものである。また,脳
‑239‑
関西大学「社会学部紀要」第 1 5 巻第 1 号
梁切断による分割脳の患者で,積木模様課題(見本の形と対応するように
4
つの模様のついた立 方体を組み立てる課題)が,左手では容易に遂行されるにもかかわらず,右手では時間がかかり 困難であることが示された( G a z z a n i g a& LeDoux 1 9 8 0 )
。前述したように,手は対側性の神 経支配を受けており,分割脳の患者では大脳の半球間に神経連絡がないので,積木模様課題では 左手を支配する右半球の方が優位であることになる。さらに,この右脳の優位性が何に基づくか を検討するため,右視野と左視野に見本の形を瞬間的に提示し,対応する図形を選ばせたところ,刺激がどちらの半球へ提示されたのかとは無関係にすべて正しい選択がなされた。(右視野へ提示 された刺激は大脳の左半球へ,左視野へ提示された刺激は右半球へそれぞれ投射される。)した がって,積木課題における右脳の優位は,図形の認知にではなく,手などによる操作的反応によ って空間性を表現することにあると言える。このような活動を特徴づけるために,「操作空間的」
( m a n i p u l o s p a t i a l )
という概念が使われる。この操作空間的な活動を担う部位は頭頂連合野の 下部(側頭連合野に近い部分で,下頭頂葉と呼ばれる)であることが,主にサルを使った生理学 的研究によって明らかにされている。サルの場合は,左右両半球均等に操作空間的活動を担う部 位があるが,ヒトの場合には通常左半球の頭頂葉の下部から側頭葉にかけて言語中枢があるので,その反対の右半球が主に操作空間的な活動を担うことになる
( G a z z a n i g a& LeDoux 1 9 8 0 )
。 以上を要するに,頭頂連合野は運動制御の認知的側面と関係が深いと言えよう。Yamada ( 1 9 8 3 )
は,音楽を聴く場合に素人は主に右半球が,プロの音楽家では主に左半球が 関与しているという知見を紹介し,それと同様にタイビングでも未熟練者は主に左半球が関与し ているが,熟練したタイビストによるc o p yt y p i n g
では運動制御が主に右半球の操作空間脳に よってなされているという可能性を主張している。 その理由として,t e x t
が難しくなければ熟 練したタイビストはc o p yt y p i n g
を会話をしながらも行えることをあげ,3
人の被験者のタイビング中の頭頂葉から側頭葉にかけての脳波をとり,左右両半球のa波の比を醐べている。その 結果として,タイビング作業は言語課題と積木課題の中間であるらしいが,個人差もありはっき
りした結論は出なかった。
熟練したクイビストによる
c o p yt y p i n g
の制御が主に右半球の操作空間脳によってなされて いるということはありえることだが,l a t e r a l i t y
の関係しない頭頂葉や側頭葉以外の大脳の他の 部分や小脳の役割も考慮に入れる必要がある。例えば,S t e r n b e r g ,Monsen, K n o l l & Wright
( 1 9 7 8 )
による一定の文字列を提示しシグナルと共にそれをタイプさせる実験では,タイビング の準備に要する時間(最初の打鍵までの時間)は,両手を使う文字列の方が片手だけを使う文字 列よりも,余計にかかる。(打鍵の実行時間は両手を使う場合の方が短い。)このことは,打鍵の プログラミングが常に一方の半球でのみ行なわれているのではなく,使われる手に応じて左右両 半球が関与し,両手を使う場合には左右両半球間の神経連絡を通じてプログラミングがなされる ために余計に時間がかかると解釈することができる。この辺の問題は,現在の知識の段階では推 測にとどまらざるをえないが,タイビング作業の制御が前述したように並列的かつ開ループ的でタイピング作業の特徴とその効率を規定する要因について(雨宮)
ありローカルに行なわれているとすると,運動前野や補足運動野を中心とする大脳・小脳連関J
レ
ープが重要な役割を果している可能性は無視できない。以上のように,タイビング作業の制御の神経機構についてはまだはっきりしたことは言えない が,その神経機構はタイピング作業の基本的特徴をよく説明するものであるはずである。これは 主に理論的な関心にそった研究である。一方,生体電気を利用して言語入力を行う方法を開発し た研究も少数だがある。例えば,
Dewan( 1 9 6 7 )
は,a
波のオン・オフによりモールス符号化し た信号を送り,アルファベットのタイプを行うことが可能であることを示した。ただし, a波の 制御はあまり迅速には行えず雑音も多いので,1
文字あたり3 0
秒ほどかかり,実用的な方法とは 言えない。研究の主眼もa
波の制御のメカニズムにある。また,武田・伴( 1 9 7 8 )
は肩および上 腕から筋電位信号を利用して漢字入力を行う装置を試作した。これは,身体障害者のためのもの で実用化をめざしたものである。 このような研究は,生体電気から信号をとり出しそれを利用 し,発声や手足の運動なしに,意志の伝達や機器の操作を可能にする技術を開発しようとするも ので,心理工学と呼ばれる領域のなかでの一分野である(八木1 9 8 3 )
。言語情報処理における入 カ手段についてもこの分野においてより効率的な新しい技術が開発される可能性がある。かりに このような技術が開発されたとしてもそれが一般化されるか,またそれが望ましいかは疑問だ が,身体障害者の残存機能の活用という点から見れば心理工学における技術開発は非常に重要なものになっていくことと思われる。
3 .
複数指同時使用の可能性カナタイプでは,英文タイプに比し使われる文字種が多いため, キー数を
b l i n dt o u c h
が容 易に行える限度内におさえるためにはシフトキーの使用が必要となる。シフトキーの使用方式と しては,ロック式,継時式,同時式の 3種類があるが,打鍵速度という点から見ると継時式や特 にロック式はシフト時には通常の2
倍の打鍵を要することになり,望ましくない。残るのは,同 時式であり,複数指の同時使用の問題が生ずる。複数指の同時使用についての研究は少なく不明な点は多い。神田・池上
( 1 9 7 8 )
の研究では,1 0
本の指にそれぞれ1
個ずつキーを割り当て,指はキーの上においたまま,左右の複数指を同時 に打鍵し,指の組み合わせでカナを表現した。1 0
本の指の組み合わせは210‑1=1023
通りある ので,カナを表す指の組み合わせには一定の規則性を与えることができる。神田らの実験では左 手が子音を右手が母音をそれぞれ担当した。実験結果は以下のようになった。「
1
日あたり3 0
分1
時間の練習を2
週間続けた結果,最高 入力速度は60
字/分であった。しかも使用者の疲労が激しく,1 0
分間も打鍵すればキーを見るの もいやになった。また同じ文字列を何回くり返し練習しても速く打とうとすると指がぎこちなく なってしまい,速く打てない。」(神田・池上1 9 7 8 )
このように自然な打鍵が困難な理由として,神田らは, 「(1)左右の指は互いに独立しておらず, 左右別々の指を同時に動かすのは運動機能的
関西大学『社会学部紀要」第 1 5 巻第 1 号
に無理がある。 (2)同じ側の手でも親指と他の指との組み合わせ以外は不自然である。 (3)ローマ字 は日常の文章表現には用いられていないので,かなローマ字変換に思考がかなり奪われる。 (4)ロ ーマ字入力だと各文字の出現頻度を考慮した文字配列ができない。」の
4
点をあげている。 このうち, ・(4)はカナ文字のコード化の問題として解決可能であり, (3)は複数指の同時使用に固有の問 題ではなく,かなローマ字変換以外の入力も可能である。結局,複数指同時使用上の問題として 残るのは(1)と(2)である。 (1)については,左右の手の運動のプログラミングが脳の別々の半球によ ってなされており,かつ左右の半球の対称的な位置にあると考えられる同じ種類の指の運動につ いて強い左右半球間の連絡(同ー局所分布,原
1 9 8 1 )
があると仮定することによっても,左右の 手の運動のプログラミングが脳の一方の半球によって行なわれ左右の同じ種類の指の運動の司令 が同時に出ることが容易であると仮定することによっても解釈可能である。いずれにせよ, (1)は 各指の運動のプログラミングに関係した問題である。 (2)で,同手における親指と他の指の組み合 わせが自然であることは,この場合の手の動きが対向収縮になるためである。親指以外の指の組 み合わせが不自然であることの理由としては,要求される運動の物理的複雑さと指の神経支配の2
つが考えられる。キーボードが水平面にある場合,例えば人さし指と中指を同時に打鍵するた めには,打鍵の際残りの薬指と小指をやや上にあげなければならず,全体としてかなり複雑な運 動となる。神経支配についても,長期の訓練を経れば別だろうが,初心者にとっては親指と他の 指の組み合わせの場合のように,単一の運動としてコントロールすることは困難であろう。神田らは,上述の実験の知見を生かして,親指シフト方式によるキーボード(富士通)を開発 した。これは,英文クイプと同じ30個のキーと, 2個の親指シフトキーを使い,人さし指〜小指 の単独打鍵と親指との組み合わせによる同時打鍵によって,カナの清音と濁音をすべて
1
回の打 鍵で打てるようにしたものである。打鍵速度は2 0
時間程度の練習で1 2 0
文字/分150
字/分と,比較的良い成績をおさめており,初心者にも容易に使いこなせる入力方式として現在利用されて いる(神田
1 9 8 1 )
。複数指の同時打鍵を親指シフト方式の場合より積極的に多用したものとしては,速記用のソク クイプがあり,かなりの歴史を持っている(田中・山田
1 9 7 8 )
。 これは,2 0
個のキーのいろいろ な組み合わせを同時に押さえ,だいたいー語(かな4 5
字)を一打ちに打っていくしくみにな っている。裁判所の速記官養成所では,毎年百人の新人を集めて,2
年間教育した後には,全員 が1 8 0
語/分以上,半数に近いものが2 0 0
語/分以上の速度を持つようになるということである。一方,ソククイプの問題点としては,ソクタイプによるクイプを普通の人が読める漢字かなまじ り文にする反訳にソククイプによる速記の
1 0
倍以上の時間がかかることと,一度に多数のキーを 押えることが必要なため習得に時間がかかることの2
点が指摘されている。このうち最初の問題 は人手によらずコンビュークによる反訳を入力にひきつづいて行えば容易に解決できる。結局,複数指の同時使用に関し,最適なキーボードは,対象をどの程度の専門家におくかで異 るように思える。初心者から中程度の熟練者までを対象とした場合,神田らの開発した親指シフ
タイビング作業の特徴とその効率を規定する要因について(雨宮)
ト方式は,指の対向性というこれまでクイプで使われてこなかった手の重要な機能を生かしたす ぐれた方式と言えよう。また,英文キーボードとうまく両立する点も一般的使用に適している。
一方,専門家集団を対象とし高速なタイビングを目指すなら,ソククイプのように複数指の同時 使用を積極的に利用した方式が,複数指の同時使用によって表現できる情報量の大きさから言っ て望ましいと考えられる。複数指の同時打鍵を積極的にとり入れた入力方式についての研究は現 在ほとんどなされていないが,複数指の同時打鍵に適したキーボード形態(平面的なものに眼定
複数指の同時使用の困難さおよび学習容易性の評価,
せず立体的なものも考慮する), 合理的な
コード化等の問題についての研究は,実用的観点からも理論的観点からも興味深いものと思われ る。
タイピング作業の単位
クイビング作業を遂行する際の認知的単位に関しては,種々の
t e x t
をタイプする速さに関す るS h a f f e r( 1 9 7 3 )
の実験から,単語かそれより少し低いシラプルレベルであると一般に考えら れている(Runmelhart & Norman 1 9 8 2 )
。つまり,S h a f f e r( 1 9 7 3 )
の実験によると,平均打 鍵速度は通常の英文の散文のt e x t
が1 0 7m s / s t r o k e ,
英語の単語をランダムにならべたものは4 .
1 0 4 m s / s t r o k e
で両者の間には, ほとんど差がなく,一方アルファベットをランダムにならべた 場合は,1 4 9m s / s t r o k e
とずっと遅くなる。また, ドイツ語の散文の場合は,1 4 9m s / s t r o k e
と 通常の英文とアルファベットをランダムにならべた場合との中間のレベルになっている。(被験 者は,I I ‑ 4
で紹介するS h a f f e r ( 1 9 7 8 )
の被験者と同一人物で, ドイツ語は知らない。)また,打 鍵しているt e x t
の先を見ることが制限された場合,少なくとも打鍵している文字の
8
文字先までは見えることが必要だった。これは,約1
秒語まで に打鍵すべき範囲であり,単語1
語強に相当する。S h a f f e r ( 1 9 7 3 )
の研究は,英語に関しn a t i v e
speaker を使ったものだが,小西・樽松• 田 通常のタイプスビードを維持するためには,代
( 1 9 8 1 )
における実験でも通常の英文で平均1 7 1m s / s t r o k e
の速さの日本人プロクイビスト アルファベットのランダム文字列をt e x t
にした場合は,平均2 5 6m s / s t r o k e
と速度が落ち が,表 2
種々の日本語t e x t
のカナ文字の入力速度(電子協1 9 8 3
のデータによる)輝 者 \
t e x t
社
説ナンセンス
シラブル 漢
語
和語
12 3 4 5
462
3 4 1
5 3 6 5 7 1 5 2 1
4 2 9
3 6 4 469 732 6 0 0
3 7 5
3 1 9
4 2 9 3 4 9
508
4 4 1
632 517
(単位は
m s / s t r o k e )
‑243‑
関西大学「社会学部紀要』第 1 5 巻第 1
号ている。一方,電子協
( 1 9 8 3 )
によるカナキーボードによる日本文入力実験では,通常の漢字カ ナまじり文(新聞の社説)とナンセンスシラブルとで入力速度にそれほどきわだった差は生じず(カナ漢字変換は行なわない),被験者によってはナンセンスシラブルの方が速い(表
2)
。 表2
を見ると,いずれの被験者も漢語のみからなるt e x t
がもっとも速い。この原因として,日本電子工業振興協会
( 1 9 8 3 )
(以下電子協( 1 9 8 3 )
と略)は, 漢語の読みとりがすばやく行え ることをあげている。漢語では,使用する文字の規則性が強いことも,打鍵速度の速さの原因と してあるのかもしれない。一方ナンセンスシラブルと社説,和語については大きな差がなく,被 験者1
と3
ではナンセンスシラプルの方が速い。この理由として,電子協( 1 9 8 3 )
は,被験者1
と
3
が,ここでの実験の前年度にナンセンスシラブルの入力実験に従事したことをあげている。いずれにせよ,全被験者を通じてナンセンスシラブルの入力速度は通常の日本文と比してそう悪 くない。この理由としては,電子協
( 1 9 8 3 )
の実験の被験者の熟練度が全体として低いこと(大 部分は短大の女子学生でタイビストとしての訓練は1
年弱程度しか受けていず,打鍵速度も遅 い)と,日本語の性質(特に和語の部分)とが考えられる。つまり,日本語の和語の部分は英語 のような屈折語や漢文のような孤立語とは異り,単語の区切りがはっきりせず,また使われる文 字連も漢字や英文に比し規則性が少ないことがあげられる。I I
タ イ ピ ン グ 作 業 の 効 率 を 規 定 す る 諸 要 因タイビング作業の効率を評価する指標としては,打鍵速度,誤り,疲労,学習容易性の
4
つが 考えられるが,打鍵速度がもっとも明確かつ重要な指標となる。誤りは,タイビング作業遂行の メカニズム,特にその認知的側面を研究するにあたっては重要な手がかりとなるが,各種の誤り の頻度は打鍵速度に比べるとはるかにタイビストの個人的特性によって決定される側面が強い( H i r a g a , O n o , & Yamada 1 9 8 0 )
。疲労は,主にタイビング作業中の姿勢(中迫,H u e n t i n g ,
L a e u b l i , Grandjean 1 9 8 2 )
やキーボード形態( N a k a s e k o ,H u e n t i n g , G i e r e r & Grandjean
1 9 8 2 ) ,
ディスプレイによる眼性疲労に関連して研究されているが,キー配列との閑連で定量的に 評価することは難しい。また,D v o r a k ,M e r r i c k , D e a l e y & Ford ( 1 9 3 6 )
によれば,Qwerty
式のキーボードで特に多く生じているawkwards t r o k e s
(同じ指や隣りあった指によるHurdle
やR e a c h ,
離れた指によるHurdle
の総称)注1は,手の余計な運動負担となり打鍵速度の低下と 疲労を生じさせるだけでなく,誤りの原因ともなる。したがって,タイビング作業の効率を規定 する要因として重要なもののひとつであるawkwards t r o k e s
の多少に関しては,打鍵速度,誤 り,疲労の3
者の間にはt r a d e ‑ o f f
は存在しないことになる。最後に学習容易性については,一注1 .
アルファベット用の3
段のキーボードを上から順に,上段,ホーム段,下段とすると,R e a c h
は段の 切りかえが1
の場合(例えばホーム段から上段)で,Hurdle
は段の切りかえが2
の場合(例えば下段 から上段)をそれぞれさす。タイピング作業の特徴とその効率を規定する要因について(雨宮)
般に練習時間に対し打鍵速度をプロットした学習曲線によって評価される。この曲線は,通常練 習時間に対し負に加速された曲線となり
(Yamada1 9 8 3 ) ,
ゴンペルツ曲線などによって近似さ れる(黒須・中山1 9 8 2 )
が,種々のキー配列およびシフト方式に関し学習曲線のパラメーターを 規定する要因等については, ほとんど研究されていない。 しかし大ざっぱに言うと,漢字など についてコードを使用し学習に時間を要するものなどを除けば,学習曲線の差は大部分がそのasymptote
の差に帰せるのではないかと思われる。したがって,ここではタイビング作業の効率を規定する要因について,打鍵速度を中心にまとめてみることにする。
1 .
交互打鍵と同手連続打鍵の比較打鍵速度を規定する諸要因のうち,もっとも明白で最初に着目されるべきことは,両手を使う 交互打鍵(以下交互打ちと略)の方が片手だけによる同手連続打鍵(以下同手打ちと略)の場合 よりも,打鍵間隔時間が短いことである。タイビング作業における交互打ちと同手打ちの打鍵速 度を比較した研究では,一貫して交互打ちの方が速いことが示されている。(ムラタ
( 1 9 6 0 ) , Hiraga e t a l ( 1 9 8 0 ) , Gentner ( 1 9 8 1 ) , Runmelhart & Norman ( 1 9 8 2 ) ,
電子協( 1 9 8 3 ) )
。同 手打ちの速度を1
としたときの交互打ちの速さおよび同手打ちの交互打ちの打鍵間間隔の差を示 すと,ムラタ( 1 9 6 0 )
が,1 .3 7 ( 5 5 m s e c ) , Hiraga e t a l ( 1 9 8 0 )
が1 .2 8 ( 4 0 msec), Runme‑
l h a r t & Norman ( 1 9 ? 2 )
が,1 . 5 1 ( 5 6 . 3 msec),
電子協( 1 9 8 3 )
が,1 . 1 0 ( 5 0 msec)
とな る。 いずれも交互打ちと同手打ちの打鍵間間隔の差は50msec
程度となっており,速度の比は 個人の平均打鍵速度の速い場合ほど著しくなっている。したがって,交互打ちの有利さは,打鍵 速度の速い熟練者になるほど増すと言える。同手打ちに比べて交互打ちの方が打鍵速度の速い理 由は明白である。同手打ちの場合は, あるkey
を打つべき指を当該するkey
に移動する際に その運動が次のkey
を打つべき指の運動と拮抗することが多く, そのような場合には次の打鍵 が遅れるが,このような指の運動の拮抗は交互打ちの場合には生じないからである。同手打ちには,右手による打鍵と左手による打鍵とがあるが,一般的に言ってきき手である右 手による打鍵の方が速いことが知られている。平均打鍵間間隔は,ムラタ
( 1 9 6 0 )
によると,右 手が1 7 0msec,
左手が1 8 0msec
であり,電子協( 1 9 8 3 )
によれば,右手が540msec,
左手510msec
となっている。 同手打ちの場合,きき手による打鍵速度の差は,通常考えられるほど には大きくないようである。交互打ちには,右手から始まり左手に終る場合と,左手から始まり右手に終る場合とがある。
平均打鍵間間隔は,ムラタ
( 1 9 6 0 )
によると,右手で終わる場合が1 2 0msec,
左手で終る場合 が1 5 0msec
であり,電子協( 1 9 8 3 )
によると右手で終る場合が4 7 0msec,
左手で終る場合が4 9 0 msec
となっており, いずれも左手で始まり右手で終る場合の方が速くなっている。交互打 ちにおいて左手→右手の方がその逆よりも速い理由は,きき手である右手の方が左手より動作が 速いためであると思われる。つまり,左手→右手の場合は最初の打鍵に要する時間が多く次の打関西大学「社会学部紀要」第 1 5 巻第 1
号鍵に要する時間が少なくかつ両手の動作はかなり並行的に行いうるため,打鍵間間隔は短くな る。右手の場合は,この逆である。
以上のように,手の運動機能の面から言えば交互打ちの有利さは明白である。しかし,誤りに ついては,交互打ちの場合は転置の誤り(例えば,
s p e c i a l
をs p e i c a l
と打つように打鍵の順序 を入れかえる誤り)が同手打ちの場合よりも生じやすいとする説がある(Runmelhart & N o r ‑ man 1 9 8 2 )
。また,前述したS t e r n b e n g ,Monsen, Knoll & Wright ( 1 9 7 8 )
の実験は,打鍵 の実行段階では交互打ちの方が有利だが,打鍵のプログラミングの段階では交互打ちの方がむし ろ不利であることを示唆する。このプログラミングの比重は,初心者においてより大きくなると 思われる。Yamada( 1 9 8 3 )
によればMalt
は1 9 8 0
年に山田への私信でDvorak
によるキー配 列の改良は交互打ちの有利さを過大評価していると批判し別の方針でのキー配列の提案を行って いるとのことであるが,対象を熟練度の高くない素人におく場合Malt
の批判にもくむべきとこ ろがあるかもしれない。しかし,ある程度以上熟練した場合には,打鍵速度を規定する制限要因 となるのは手の運動機能であり,誤りは全体的に頻度が少なく,交互打ちと同手打ちの打鍵速度 の差によるm e r i t
とは比較にならず,交互打ちの有利さは疑いえないといえる。2 .
同手打ちの速さを規定する要因上に述べたように,打鍵速度は交互打ちの場合の方がかなり速い。一方,打鍵速度の分散も交 互打ちの方が小さい。例えば,ムラタ
( 1 9 6 0 )
は,交互打ちの場合には,打鍵速度に対する段に よる影響,段どうしの距離による影響,指によるはっきりした影響は認められなかったとしてい る。同様に,小西その他( 1 9 8 1 )
によれば,交互打鍵の場合の変異係数は平均0 . 0 7 4
ときわめて 小さい。したがってここでは,問題を同手打ちの場合に限って,打鍵速度を規定している要因に ついて検討することにする。(i)
段 の 要 因まず,段飛びの要因については,いずれの研究においても,打鍵対の段が難れるほど打鍵に時 間を要すようになることが示されている (ムラタ
( 1 9 6 0 ) , Hiraga e t a l ( 1 9 8 0 ) ,
小西その他( 1 9 8 1 ) ,
黒須・中山( 1 9 8 2 ) ,
電子協( 1 9 8 3 ) )
。これは,段間の距離が離れるほど,要求される 手の運動が増すことによることは明白である。また黒須・中山( 1 9 8 2 )
によれば,同じ段飛びで も手前の段から向うの段へいく場合とその逆とでは要する時間は有意に異なり,向うの段から手 前の段へくる場合の方が速く,これを人間の指が機能的に伸ばすより縮める方が速いためだろう としている。また,段による要因についてはムラタ
( 1 9 6 0 )
は,段によるはっきりした差異が認められない としているが,一般にはホームの段が一番速く,次にホーム段の1
段上,3
番目がホーム段の1
段下,そして1
番遅いのがホーム段の2
段上とされている(亀山,渡辺,大川1 9 8 1 )
。これは,各段を打鍵する前の先行打鍵の段との平均距離が段によって異ることと,まずホーム
タイビング作業の特徴とその効率を規定する要因について(雨宮)
表 3
同指打鍵.同手連続打鍵の速度とその個人差( G e n t n e r1 9 8 1
より転載)L e t t e r ‑ L e t t e r D i g r a p h s Median L a t e n c y ( m s e c )
T y p i s t O v e r a l l 1 ‑ f i n g e r 2 ‑ f i n g e r 2 ‑ h a n d S a v i n g s a >
1 1 1 4 1 8 0 1 0 3 9 4 90%
2 1 6 0 2 2 5 1 7 6 1 3 2 5 2
形3 1 2 8 1 6 4 1 4 7 1 0 3 2 8 飴 4 1 3 5 1 6 7 1 3 2 1 1 5 67%
5 1 8 1 2 0 9 1 9 0 1 4 5 30%
6 1 2 9 1 7 6 1 1 9 1 1 7 9 7
形a . d . 2 4 . 7 2 4 . 6 3 3 . 5 1 8 . 6
a ) savmgs ! ‑ f i n g e r J a t e n c y ‑ 2 ‑ f i n g e r l a t e n c y 1 ‑ f i n g e r latency‑2‑hand l a t e n c y
段に手をおいて打鍵を開始するようタイビストの訓練がされているためと考えられる。先行打鍵 の段との平均距離は,打鍵するテキストの性質により異るが,ランダム文の場合には,各段の他 の段との平均距離をそのまま反映し,
3
段からなる英文タイプの場合ホーム段を1
とするとその 上下の段1 .5
となる,(4
段からなるカナキーボードではホーム段とその上の中央の二段が1
で その上下の段が1 . 5となる)。通常の文章では Qwerty
式の英文キーボード,J I S
カナキーボー ドともに,ホーム段の1
段上に頻度の高いキーが最も多く,次にホーム段という順序になってい る(田中,山田1 9 7 8 ,
電子協1 9 8 3 )
。このため,ホーム段の一段上が比較的有利となっており,ホーム段の一段下に比ベホーム段の一段上の方が速いのはこのためと思われる。
(ii) 指 の 要 因
次に指どうしの組み合わせの要因については,各指の特性の違いがあり,個人差による影響も 大きいため,段飛びの要因の場合と違ってかなり複雑になり,従来の研究段階では単純な定式化 は困難である。まず,全体的に言えば同じ指の連続使用の場合には打鍵速度は遅くなる(亀山他
1 9 8 1 , Gentner 1 9 8 1 )
。これは同じ指の場合には異なる指の場合のように運動を並行的に遂行する ことができないためであろう。しかし,この程度にも,かなりの個人差があることが知られてい る(Gentner1 9 8 1表 3)
。2
指使用の場合の指の組み合わせについては,人さし指と中指の組み 合わせがもっとも速く,これに人さし指と薬指の組み合わせがつぎ,小指と薬指の組み合わせが もっとも遅い。中指と薬指, 小指と人さし指, 小指と中指については,一般的に人さし指と薬 指の組み合わせと,小指と薬指の組み合わせとの間にくる。また,指使用順序については,人さ し指側から小指側へ向う外側への打鍵と,小指側から人さし指側へ向う内側への打鍵があり,Dvorak
は,内側への打鍵の方が効率が良いとしている(Yamada1 9 8 3 )
。この点について検討 した研究は少ないが,電子協( 1 9 8 3 )
の指の使用順序も含めた各指の組み合わせの平均打鍵時間 のデータから単純に平均をとると,右手では外側への動きが507ms,内側への動きが 509ms
で関西大学『社会学部紀要」第 1 5 巻第 1
号ほとんど差がなく,左手では外側への動きが
4 8 7 m s e c ,
内側への動きが5 5 0msec
と,むしろ外 側への動きの方が速い。電子協( 1 9 8 3 )
のデータは,被験者がひとりであり,交互打鍵の場合と 同様に考えれば小指側から人さし指への内側への打鍵の方が速いということが予想されるので今 後の検討が必要である。しかし指の組み合わせについては,ほとんど研究されていないが,熟練 度にともなう個人差はかなり大きいようである。この個人差は,熟練度とそれにともなう各キー の使用度とも関連するものと思われる。つまり,QWERTY,J I S
カナキー等の使用頻度による 熟練度と関連するので,段や指,外向き打鍵というような一要因ごとの分析のみならず,それら の要因の交互作用のみならず,さらにそれぞれのキーの使用頻度の要因をも加えて,これを検討 しなければならないと考える。次に指の要因による打鍵速度の差については,ホームポジション 上でのクッピングの結果と,実際にテキストを打鍵する場合では結果が異る。タッビングの場合 の速度は,はっきりと人さし指,中指,薬指,小指の順になっているが(Dvorake t a l 1 9 3 6 ,
山内1 9 8 1 ) ,
通常のテキストのタイビングの場合は,人さし指と中指の順序が入れかわることが ある( H i r a g ae t a l 1 9 8 1 ,
小西その他1 9 8 2 ,
電子協1 9 8 3 )
。 これは,通常のクイビングでは人 さし指は2
列分のキーを担当しており,指の運動を他の指に比べて余計に要求されるためだと考 えられる。指および指の組み合わせの要因の原因としては,手の物理的形態,各指の筋,腱,末 梢における神経支配および中枢における指の運動のコントロールが考えられるが,それぞれどの ように指および指の組み合わせの要因を規定しているのかはまだ明らかでない。中枢における各 指の運動制御の機能的な距離といった側面も無視できないであろう( K i n s b o u r n e , & Hicks 1 9 7 7 ) 。
以上,段と指にわけて説明した。まだ具体的な研究の段階にはいっていないが,段間の距離の 要因と指間の距離の要因については有意な交互作用があるものと予想される。