人身傷害補償保険における請求権代位の範囲について
潜 阿 憲
1 問題の所在
伝統的な自動車保険契約は︑主として︑車両に生ずる物的損害を填補する車両保険︑自動車を所有・使用・管理
することに起因して他人の財物を滅失破損しまたは他人の生命・身体を害することにより法律上の損害賠償責任を
負担することにより生ずる損害を填補する対物賠償保険・対人賠償保険︑および自動車搭乗者が自動車の運行に起
因する急激かつ偶然な外来の事故により被った身体傷害に対し補償を行う搭乗者傷害保険からなる損害保険契約で
あるが︑その中心は対物および対人賠償保険である︒このため︑従来の自動車保険は︑保険加入者が自動車事故の
加害者となった場合の被害者に対する賠償責任を保険者が肩代わりするという責任保険方式︵契約当事者以外の第
三者を救済するためのいわゆるサード・パーティ・カバー︶に限定され︑保険加入者自身が自動車事故の被害者と
なった場合に受ける人身損害については︑自己の加入した自動車保険から填補を受けることはできないから︑加害
人身傷害補償保険における請求権代位の範囲について ︵都法四十九ー二︶ 一五五
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者に対する損害賠償請求をしたうえで︑示談や裁判等によって確定された損害額について加害者の加入した自動車
保険等から填補を受けるしかなかった︒
しかし︑1998年の損害保険料率算出団体に関する法律の改正に伴い︑算定会料率の使用義務が撤廃され︑自
動車保険料率が自由化したのを受けて︑損害保険会社は新型自動車保険の商品の開発を競うようになった︒こうし
た中で︑1998年10月1日から︑自動車保険約款の人身傷害補償条項に基づく人身傷害補償保険が登場し︑現在
では自動車保険制度の中心的な位置を占めるようになってきた︒これは︑法形式上は︑保険加入者︵被保険者︶が
自動車の運行に起因する事故や運行中の飛来中または落下中の他物との衝突等の急激かつ偶然な外来の事故により
身体に傷害を被ったことに対して︑保険者が一定の算定基準に基づいて算定された保険金を支払うという実損填補
型の傷害保険であり︑保険加入者自身が自動車事故の被害者となった場合に︑過失の有無や過失割合の判定をせず
に︵民事責任制度のノーフォルト化︶︑その受けた人身損害を填補することを目的とした保険︵保険契約者自身を
救済するためのファースト・パーティー・カバー︶であるところに︑その最大の特徴がある︒従来の自動車保険は︑
このファースト.パーティー型ノーフォルト保険の導入により︑伝統的な責任保険の枠を超えて︑被保険者である
保険加入者自身に対する迅速・確実な救済を可能とする傷害保険型へと大きな転換を図ったわけで五孔︒
ところが︑人身傷害補償保険は︑法形式上︑実損填補型の傷害保険として構成されているため︑自動車事故の被
害者である保険加入者に対し損害の填補を行った保険者について︑保険代位︵請求権代位︶が認められており︑こ
のことから︑請求権代位の範囲をどのように考︑えるべきかという厄介な問題が生じてきた︒定額給付型の傷害保険
の構成を採用して︑保険代位の問題を回避することも可能だったと思われるが︑現在発売されている人身傷害補償 ︵2︶ 保険はすべて実損填補方式が採用されているため︑大きな問題となったわけである︒
これを具体的に言えば︑次の通りである︒すなわち︑自動車保険の被保険者は︑自動車事故による人身損害を被
った場合には︑人身傷害補償保険に基づき保険者に対し損害填補請求権を有すると同時に︑加害者である第三者に
対しては損害賠償請求権を取得することになる︒自動車保険約款の一般条項では︑被保険者が第三者に損害賠償の
請求をすることができる場合には︑保険会社は︑その損害に対して支払った保険金の額の限度内で︑かつ被保険者
の権利を害さない範囲内で被保険者がその者に対して有する権利を取得する旨の保険代位規定が置かれているのが
通例である︒そこで︑人身傷害補償条項に基づき被保険者に対し保険金を支払った保険者は︑同条項による前記保
険代位規定の準用により︑被保険者の第三者に対して有する損害賠償請求権を代位取得することになるが︑問題は︑
どの範囲でこの損害賠償請求権を取得することができるかという点である︒これについては︑たしかに︑前記一般
条項の規定では︑﹁被保険者の権利を害さない範囲内で﹂という要件が設けられているが︑要件自体が抽象的であ
ることから︑これを具体的にどのように解釈すべきかが問題となる︒
とりわけ︑人身傷害補償保険では︑被害者に対する迅速な救済を図るために︑加害者の法律上の賠償責任額とは ︵3︶ 切り離して損害填補を行う必要があり︑このため独自の損害額算定方法が必要となるが︑人身傷害補償保険の定め
る損害額算定基準は︑人身事故補償のノーフォルト化による保護範囲の拡大に伴い保険金支払が増大することから︑ ︵4︶ 補償額を低く抑える傾向があり︑このため同算定基準に基づいて算定された損害額は︑実際に裁判によって確定さ
れる損害額よりも低くなるのが通例である︒そこで︑人身傷害補償保険から保険金の支払を受けた場合でも︑被保
険者は︑その被った損害の完全な填補を受けるために︑加害者に対して損害賠償請求権を行使していかざるを得な
︵5︶ いが︑過失相殺等の結果︑その加害者に対して有する損害賠償請求権の額が︑裁判上認定される損害額よりも少な
いのがまた一般的であり︑その場合に︑保険者はどの範囲で請求権代位が認められるかが争われるわけである︒こ
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の問題状況は︑一部保険︵商法636条︶における請求権代位︵商法662条︶の場合と類似する側面があり︑こ
れに準じて考えてもよさそうであるが︑物保険とは異なり︑自動車事故による人身損害の填補という人身傷害補償
保険の性格上︑自ずと限界があるところに問題の難しさが現れている︒
この問題については︑既にいくつかの地裁レベルの裁判例が出ており︑学説からも多くの検討がなされてきたと
ころであるが︑なおも確たる結論に至っていないのが現状である︒本稿は︑公刊されたものとしてはこの問題に関 ︵6︶ する初の高裁レベルの判断と見られる東京高裁平成20年3月13日判決を取り上げて︑問題解決の方向性を探ってみ
たい︒
11 東京高裁平成20年3月13日判決の概要
1 事実の概要
Xは︑平成14年8月13日︑普通乗用自動車を運転して県道を直進していたところ︑進行方向の左方道路から左折
進入してきたY運転の普通乗用自動車と衝突して︑傷害を受けた︒そこで︑Xは︑Yに対し民法709条に基づき︑
Yの運転していた車両の運行供用者車である竜に対し自動車損害賠償保障法3条に基づき︑連帯して5453万円
︵四捨五入︑以下同︶の損害賠償金の支払を求めて訴えを提起した︒
Xは︑訴外A損害保険会社との間で自動車保険契約を締結しており︑同保険契約の人身傷害補償条項に基づき人
身傷害補償保険金として388万円︵このうち休業損害として210万円︑慰謝料として80万円︑他は治療費・通
院交通費等︶の支払を受けていたため︑Yらは︑A保険会社の請求権代位により︑XのYらに対する損害賠償請求
権を休業損害および慰謝料分の290万円の限度で喪失したと主張した︒
原審は︑Xに生じた総損害額を162万円と認定して︑これにYの過失割合である10%を乗じたうえで︑人身傷
害補償保険金はXが負担した保険料の対価であり︑損害に充当するのは相当ではないとして︑損害賠償額からの保
険金の控除を認めず︑Xの請求を16万円と遅延損害金の限度で認容した︒これに対して︑XおよびYらが控訴した
のが本件である︒
2 判旨︵原判決変更︑Yらの控訴棄却︶
①︵Xの損害について︶休業損害312万円︑逸失利益194万円︑慰謝料︵傷害慰謝料および後遺障害慰謝
料︶272万円の合計778万円であり︑XとYの過失割合は5対5と見るのが相当であるから︑過失相殺後のX
の損害額は︑389万円である︒
②︵Xが支払を受けた人身傷害補償保険金の控除の可否について︶本件自動車保険の人身傷害補償条項による
一般条項の保険代位規定の準用により︑A損害保険会社は︑本件人身傷害補償保険金を支払った場合には︑本件代
位規定に従い︑保険金請求権者の損害賠償請求権を代位して取得するものと解すべきである︒
③︵保険代位の範囲について︶﹁本件人身傷害補償保険は︑自動車の運行に起因する事故等であって急激かつ偶
然な外来の事故により被保険者が身体に傷害を被ること︵人身傷害事故︶によって被保険者等が被る損害に対して︑
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人身傷害補償条項及び一般条項に従って保険金を支払うものであり︵本件約款第2章第1節の1条1項︶︑その保
険金は︑被保険者に過失がある場合であっても︑故意又は極めて重大な過失︵事故の直接の原因となり得る過失で
あって︑通常の不注意等では説明のできない行為を伴うものをいう︒︶に当たらない限り︑被保険者の過失の有無
又はその割合に関係なく︑支払われるものとされている︵本件約款第2章第1節の6条参照︶︒そして︑本件約款
の本件代位規定によれば︑保険代位の範囲は︑上記のとおり︑保険会社の支払った保険金の額の限度内で︑かつ︑
保険金請求権者︵被保険者︶の権利を害さない範囲内と定められているところ︑本件代位規定が保険代位の範囲と
して保険金請求権者︵被保険者︶の権利を害さない範囲内との限定を加えたのは︑商法662条1項を修正して︑
保険金請求権者︵被保険者︶が保険金と損害賠償金︵第三者に対する権利︶とを合わせてその損害の全部の填補を
受けることができるようにし︑保険金と損害賠償金︵第三者に対する権利︶との合計額が損害額全額を上回る場合
についてのみ︑保険会社がその上回る部分を代位取得するとの考え方︵いわゆる差額説︶に出たものと解するのが
相当である︒なぜなら︑本件約款が保険代位の一般規定である商法662条1項にはない保険金請求権者︵被保険
者︶の権利を害さない範囲内との文言を加えている以上︑保険代位の範囲を商法662条1項よりも限定して解釈
するのが相当であり︑本件代位規定の文言と類似する商法662条2項の﹃被保険者ノ権利ヲ害セサル範囲内二於
テノミ﹄との文言が︑被保険者の権利行使が保険者の権利行使に優先するという趣旨に解されていることとも整合
するからである︒実質的にみても︑保険契約者が自ら保険料を支払って本件人身傷害補償保険に加入するのは︑被
保険者に過失がある場合には加害者に対する損害賠償請求権のみをもってしては被保険者に生じた全損害を填補す
ることができなくなるから︑このような場合であっても全損害をできるだけ多く填補しようとするためであると解
される︒
したがって︑被保険者が本件人身傷害補償保険の保険金の支払を受けた後に加害者に対する損害賠償請求訴訟を
提起した場合において︑被保険者にも過失があるとされたときは︑同訴訟において認容された加害者に対する損害
賠償請求権の額と支払を受けた保険金の額との合計額が同訴訟において認定された被保険者の損害額を上回る場合
に限り︑その上回る限度において︑すなわち︑同訴訟において認定された被保険者の過失割合に対応する損害を保
険金の額が上回る場合に限り︑その上回る限度において︑保険会社は被保険者の加害者に対する損害賠償請求権を
代位取得し︵ただし︑上回るか否かの比較は︑積極損害︑消極損害︑慰謝料の損害項目ごとに行うべきである︒︶︑
被保険者はその限度で加害者に対する損害賠償請求権を喪失するものと解すべきである︒
なお︑本件約款によれば︑本件人身傷害補償保険の保険金の額は︑本件約款の別紙に定める区分ごとの基準︵以
下﹁人傷基準﹂という︒︶により算定された損害額等から︑自賠責保険等によって既に給付が決定し又は支払われ
た金額︑対人賠償保険等によって賠償義務者が損害賠償責任を負担することによって被る損害に対して既に給付が
決定し又は支払われた金額︑保険金請求権者が賠償義務者から既に取得した損害賠償金の額等を差し引いた額であ
ると定められている︵本件約款第2章第1節の8条1項︑9条︑10条1項︒以下︑これらの規定を﹁本件計算規
定﹂という︒︶︒この規定を形式的に適用すると︑過失相殺がされる事案において損害賠償金の支払が先行した場合
には︑保険金請求権者は人傷基準による算定損害額から損害賠償金額を控除した残金の限度でしか本件人身傷害補
償保険の保険金の支払を受けることができないことになり︑保険金請求権者が支払を受けることができる総額は︑
本件人身傷害補償保険の保険金の支払が先行した場合に支払を受けることができる総額を下回ることになってしま
う︒このように加害者に対する損害賠償請求権と本件人身傷害補償保険の保険金請求権のどちらを先に行使するか
によって保険金請求権者の支払を受けることができる総額が異なるとするのは相当ではないから︑本件計算規定に
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おいても︑保険金の計算に当たって控除することができる金額を保険金請求権者の権利を害しない限度に限定して
解釈するのが相当である︒したがって︑本件計算規定があることが保険代位の範囲を前記のとおりに解釈すること
の妨げとなるものではない︒﹂
④本件では︑Xが受領した本件人身傷害補償保険金のうち︑前記認定のXの損害を填補する性質を有するものは
休業損害と慰謝料であるところ︑Xに生じた休業損害および逸失利益の損害の額は合計506万円であって︑Yら
に請求できる額は253万円であるから︑この額と保険金のうちの休業損害分210万円との合計額は上記506
万円を下回ること︑また︑Xに生じた慰謝料の損害の額は合計272万円であって︑Yらに請求できる額は136
万であるから︑この額と保険金のうちの慰謝料分80万円との合計額は上記272万円を下回ることから︑Xが支払
を受けた本件人身傷害補償保険金を前記の過失相殺後の損害賠償請求権の額から控除することはできない︒
川 請求権代位の範囲の検討
1 一部保険における請求権代位の範囲
本件東京高裁判決は︑人身傷害補償保険における請求権代位の範囲に関して︑被保険者が人身傷害補償保険金の
支払を受けた後に加害者に対する損害賠償請求訴訟を提起した場合において︑被保険者にも過失があるとされたと
きは︑同訴訟において認容された加害者に対する損害賠償請求権の額と支払を受けた保険金の額との合計額が同訴
訟において認定された被保険者の損害額を上回る場合に限り︑その上回る限度において︑保険会社は被保険者の加
害者に対する損害賠償請求権を代位取得するとの判断を示したのであるが︑この結論を導くうえで︑請求権代位制
度を定めた商法662条の規定と人身傷害補償条項における請求権代位の規定との差異などがかなり重視されてい
ることが分かる︒そこで︑人身傷害補償保険における請求権代位の範囲についての検討に入る前に︑まず︑一部保
険の請求権代位の範囲について概観しておく︒
商法では︑保険事故による損害が第三者の行為によって生じた場合において︑保険者が被保険者に対してその支
払うべき保険金を支払ったときは︑その支払った金額の限度において被保険者が第三者に対して有する権利を取得
するのが原則である︵商法662条1項︶︒しかし︑一部保険において︑被保険者が第三者に対して取得する請求
権の額が損害額より少ない場合︑例えば︑保険価額100万円の車について︑保険金額50万円の一部保険に加入し
ていたところ︑衝突事故により100万円の損害が発生したが︑被保険者にも2割の過失が認められたため︑過失
相殺により相手方に対する賠償請求権が80万円しかない場合に︑保険者が保険金額50万円を支払ったときに︑どの
範囲で保険者の権利取得が認められるかが問題となる︒この場合に︑商法662条1項の規定通りに︑支払保険金
の額の限度で権利取得が認められるか︑それともこの規定とは別に解釈すべきであるかについては︑見解が分かれ
ている︒
第一は︑絶対説︵保険者優先主義︶と呼ばれる立場である︒この説は︑商法66Z条1項が︑全部保険と一部保
険を区別せずに支払われた保険金額について保険代位を認めていると解釈し︑この場合にも保険者はその支払った
保険金50万円について被保険者の権利を代位取得することができ︑被保険者は第三者から残り30万円の損害賠償を
受け︑合計80万円を取得できるが︑被保険者が先に第三者から80万円の賠償を受けたときは︑その額が保険者の填 ︵7︶ 補額50万円を超えているから︑もはや保険金の支払を請求できないとするものである︒しかし︑この説に対しては︑
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この場合にも︑保険者はその支払った額を限度として第三者に対する権利を取得すると︑第三者の資力不足や過失
相殺などにより被保険者は損害全額を回収することができなくなり︑この不利益を一部保険に加入した被保険者が ︵8︶ 甘受すべきものとして無視するのは不当であると批判されている︒とくに被保険者にまだ未填補の損害が残ってい
るにもかかわらず︑保険者の権利取得を優先させるべき実質的な根拠もないことから︑これを支持する見解は現在
もはや見あたらない︒
第二は︑比例説︵相対説︶と呼ばれるもので︑一部保険においては︑保険価額のうち保険金額を超える部分につ
いては被保険者が自家保険をかけているとみて︑保険者は︑被保険者の第三者に対する損害賠償請求権の額︵前記
例だと80万円︶に︑保険金額︵50万円︶の保険価額︵100万円︶に対する割合を乗じたもの︵40万円︶を代位取 ︵9︶ 得するとする立場であり︑従来からの通説である︒この説によれば︑商法662条1項はあくまでも第三者に対す
る被保険者の損害賠償請求権の額が損害額と同じである通常の場合を前提とするもので︑過失相殺等により請求権
の額が損害額に及ばないような例外的な場合については︑商法661条但書︵一部保険における残存物代位の範
囲︶の規定を類推適用して付保割合により決するほかはなく︑被保険者が先に第三者から80万円の賠償を受ける場
合でも︑残り20万円の損害については︑保険者から付保割合によって10万円の保険金を受け取ることができ︑被保 ︵10︶ 険者が先に50万円の保険金の支払を受けた場合と同様の計90万円の填補を受けることができることになる︒
最判昭和62・5・29民集41巻4号723頁も︑自動車車両の一部保険の事案について︑﹁保険金額が保険価額
︵損害額︶に達しない一部保険の場合において︑被保険者が第三者に対して有する権利が損害額より少ないときは︑
一部保険の保険者は︑填補した金額の全額について被保険者が第三者に対して有する権利を代位取得することはで
きず︑一部保険の比例分担の原則に従い︑填補した金額の損害額に対する割合に応じて︑被保険者が第三者に対し
︵11︶ て有する権利を代位取得することができるにとどまる﹂と判示し︑相対説の立場を採ることを明らかにしている︒
第三は︑差額説︵被保険者優先主義︶と称されるもので︑あくまでも被保険者による損害の完全な填補を優先さ
せる立場である︒すなわち︑被保険者が保険金を受領してもなお未填補の損害が残っているかぎり︑その部分につ
いて被保険者は第三者に対する賠償請求権を優先的に行使することができ︑保険者は被保険者の完全な満足の後に︑ ︵12︶ なお第三者に対する請求権が残っている場合に初めて︑その残額について代位取得できるにすぎないとする︒先の
ケースでは︑被保険者に対し保険金50万円が支払われた場合でも︑まだ填補されていない50万円の損害が残ってい
るため︑保険者は︑第三者に対する80万円の請求権から未填補の損害額50万円を引いた30万円についてのみ代位取
得することができ︑この結果︑被保険者は︑保険者から50万円の保険金を受けたうえ︑さらに第三者から50万円の
損害賠償を受けることができ︑結局︑生じた損害100万円は全部填補されることになる︒そして︑被保険者が先
に第三者から80万円の損害賠償の支払を受けた場合には︑保険者の填補責任は︑残損害の20万円に減額されるが︑ ︵13︶ この場合も被保険者は︑やはり100万円の損害について完全な填補を受けることができるわけである︒ただ︑こ
の説によると︑全部保険を付けた被保険者も一部保険を付けた被保険者も損害の全額填補を受ける結果となるが︑ ︵14︶ 多額の保険料を支払って全部保険に加入した被保険者との間に差を設けるのが公平であるとの批判がある︒
以上のように︑一部保険において︑被保険者の第三者に対する請求権の額が過失相殺等により被保険者の損害額
を下回る場合に保険者の取得できる権利の範囲については︑通説・判例は比例説を採り︑保険金額の保険価額︵損
害額︶に対する割合で被保険者の第三者に対して有する権利を代位取得するとしているが︑差額説は︑被保険者に
よる損害の完全な回復を優先させていることから︑被保険者に最も有利な立場であり︑このため︑被保険者保護を ︵15︶ 徹底する立場から︑この説を支持する見解も近時有力になってきている︒
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2 人身傷害補償保険における従来の議論
人身傷害補償保険では︑自動車保険約款の人身傷害補償条項による一般条項の保険代位規定の準用により︑保険
者は︑その支払った保険金の額の限度内で︑かつ︑被保険者の権利を害さない範囲内で︑被保険者が他人に対して
有する権利を取得するものとされている︒人身傷害補償保険は︑実損填補方式の傷害保険であり︑損害保険の一種
であるため︑商法662条の規定は当然に適用されると考えられ︑したがって︑請求権代位に関する人身傷害補償 ︵16︶ 条項の規定は︑確認的に明文の規定を設けたにすぎないものと解する見解がある︒そうだとすると︑請求権代位に
関する商法662条の規定の解釈は︑人身傷害補償保険の請求権代位の場合にそのまま当てはまると考えてよさそ
うであるが︑必ずしもそう単純なものではないようである︒
以下︑次の設例︵以下︑﹁本設例﹂という︶を前提に検討してみる︒なお︑ここにいう裁判基準損害額とは︑民
事訴訟等の手続によって認定された被保険者︵被害者︶の損害額であり︑人傷基準損害額とは︑人身傷害補償条項
の定める損害額基準によって算定された損害額︑人傷保険金額とは人身傷害補償保険の保険金額である︒
︹本設例︺
人傷基準損害額 8000万円
人傷保険金額 2000万円
裁判基準損害額 1億円
損害賠償額︵過失相殺30%︶ 7000万円
︵1︶比例説
被保険者が︑自動車事故の発生後に︑先に保険者に対し人傷保険金を請求した場合には︑保険者は︑人傷保険金
額2000万円を支払うことになるが︑被保険者の損害額が人身傷害補償保険の損害額基準により8000万円と
算定されているため︑損害の一部の填補しか受けられなかった被保険者は︑当然︑加害者に対して損害賠償を請求
していくことになる︒そこで︑仮に裁判基準損害額が1億円︑加害者に対する損害賠償額が3割の過失相殺により
7000万円と認定された場合において︑一部保険の請求権代位に関する通説・判例の立場である比例説を適用す
れば︑うまく解決できるのかと言えば︑実はそうではないのである︒
すなわち︑比例説によれば︑この場合には︑保険金額の保険価額︵損害額︶に対する割合で請求権代位の範囲を
決めることになるが︑まず︑問題となるのは︑ここでは人傷基準損害額と裁判基準損害額の2通りの損害額が存在
するため︑いずれの損害額を採用するかによって保険者の代位取得できる権利の額が異なってくることである︒す
なわち︑①人傷基準損害額を前提とした場合においては︑被保険者の加害者に対する損害賠償額︵7000万円︶
に︑人傷保険金額︵2000万円︶の人傷基準損害額︵8000万円︶に対する割合を乗じると︑保険者は1750
万円を代位取得することになり︑この結果︑被保険者は︑保険金額2000万円と︑加害者に対する損害賠償額
5250万円︵7000万円ー1750万円︶の合計7250万円の損害の填補を受けることになる︒これに対し︑
②裁判基準損害額を前提とした場合には︑保険者の代位取得できる額は︑1400万円︵7000万円×2000
人身傷害補償保険における請求権代位の範囲について ︵都法四十九ー二︶ 一六七
一六入
万円/1億円︶となり︑被保険者は︑人傷保険金額2000万円+損害賠償額5600万円の計7600万円の損
害填補を受けることが可能となり︑①の場合よりも350万円多くなる︒被保険者にとっては︑②の処理が明らか
に有利であるが︑保険者は人身傷害補償条項の規定等を根拠に︑あくまでも①の処理を主張する場合に︑果たして
それが許されるかが問題となる︒
しかし︑これは比例説だけの問題ではないから︑これをもって比例説を批判してもあまり意味はない︒むしろ︑
比例説の一番の問題点は︑加害者から先に損害賠償金7000万円が支払われる場合である︒本来︑比例説によれ
ば︑被保険者が先に第三者から損害賠償金の支払を受けた場合の︵算定損害額からその得た賠償額を控除した︶残
損害についても︑保険者は︑保険金額の保険価額︵損害額︶に対する割合で填補することになるから︑被保険者が
先に保険金の支払を受ける場合と全く同じ結果となるはずであり︑これが比例説の長所とされてきた︒この点を説
明するために︑あえて本設例を挙げると︑①人傷基準損害額を前提とした場合において︑被保険者が先に賠償金
7000万円を受け取ったとすると︑被保険者にはまだ1000万円の損害が残っているため︵人傷基準損害額
8000万円ー損害賠償額7000万円︶︑保険金額の保険価額︵損害額︶に対する割合で填補されると︑250
万円︵1000万円×2000万円/8000万円︶が支払われるから︑被保険者は7250万円の損害を回収こ
とになり︑①とは全く差異は生じない︒また︑②の裁判基準損害額を基準としても︑被保険者の残りの損害額3000
万円︵1億円ー7000万円︶について︑保険者は600万円︵3000万円×2000万円/1億円︶を支払う
ことになり︑被保険者は②の場合と同じく︑7600万円の賠償を得ることになる︒このように見ると︑保険金ま
たは損害賠償金のいずれの支払が先行しても結果が同じであるから︑比例説を適用しても問題はなさそうであるが︑
実は︑いまの説明は正確ではない︒なぜならば︑人身傷害補償保険は︑実損填補の傷害保険であり︑保険価額が存
在せず一部保険でもないから︑被保険者の残損害について比例填補の原則に基づいて填補を行うことができないか
らである︒すなわち︑被保険者が先に加害者から賠償金7000万円を受け取ったとしても︑被保険者においては︑
①の場合には1000万円︑②の場合には3000万円の未墳補の損害が残っているから︑実損填補として︑保険
者は前者については1000万円︑後者については2000万円の人傷保険金を支払わなければならないのである︒
そうすると︑被保険者は︑①の場合には8000万円︵損害賠償金7000万円+人傷保険金1000万円︶︑②
の場合には9000万円︵損害賠償金7000万円+人傷保険金2000万円︶の損害を回収することになり︑こ
れは明らかに前記①および②の結論とは異なるものである︒つまり︑比例説の長所とされている支払の順序にかか
わらず被保険者の受けられる填補額が同じであるというのは︑保険価額のある物保険について比例填補が行われる ︵17︶ 場合に限られるのであって︑実損填補の保険の場合にはそれが成り立たないわけである︒
そして︑実際にも︑人身傷害補償条項の支払保険金の計算の規定では︑被保険者が先に損害賠償金等の支払を受
けた場合には︑人傷基準損害額から当該受領済みの損害賠償金等︵自賠責保険金︑賠償責任保険金︑損害賠償金︑
労災補償金等︶を控除して支払う旨が定められており︵以下︑人傷計算規定1という︶︑これによれば︑被保険者
はやはり︑保険者から1000万円︵8000万円ー7000万円︶の人傷保険金の支払を受けることができ︑合
計8000万円の損害を回収できることになるのである︒
したがって︑人身傷害補償保険における請求権代位について従来の比例説を適用するのは困難であり︑仮に︑支
払の順序によって結論が異なってもかまわないという立場を採るとしても︑前記①②のいずれの場合にも被害者に
まだ未填補の損害が残っているにもかかわらず︑保険者の請求権代位︵①の場合は1750万円︑②の場合は
1400万円︶を認めるのは︑やはり問題であろう︒
人身傷害補償保険における請求権代位の範囲について ︵都法四十九ー二︶ 一六九
一七〇
︵2︶比例配分説
もっとも︑従来の比例説をそのまま適用するのではなく︑若干これを修正したうえで人身傷害補償保険の請求権
代位に応用する見解もある︒比例配分説と呼ばれるものであり︑保険者は︑支払った人傷保険金のうち加害者に対
する損害賠償請求訴訟において認定された加害者の過失割合に対応する金額について︑被害者の加害者に対する損
害賠償請求権を代位取得し︑被保険者は︑加害者に対して︑その残額の損害賠償請求権を行使できるとするもので
︵18︶
ある︒神戸地判平成16・7・7交民集37巻4号895頁は︑﹁人身傷害補償保険は︑被保険者の故意又は極めて重大な
過失等の例外的な場合を除いては被保険者の過失の有無にかかわらず︑損害の全額︵ただし︑保険金額を限度とす
る︒︶を支払うものであ﹂ることから︑保険者は﹁被保険者に過失がある場合には︑支払った保険金のうち︑加害 ︵19︶ 者の過失割合部分に相応する損害賠償請求権を取得すると解される﹂と判示し︑この比例配分説を採用した︒
人身傷害補償条項では︑被保険者は︑保険者の同意を得て︑人傷基準損害額のうち︑加害者に対する損害賠償請
求権の額を除いた金額だけ︵過失相殺による減額部分︶を保険者に請求することが認められており︑この場合には︑
保険者はその請求額から労災給付金等を控除した額について支払うこととされている︵以下︑これを人傷計算規定
Hという︶︒これは︑要するに︑被害者有責部分についてのみ人傷保険金を支払う旨の約定であるが︑その前提と
して︑被保険者の損害が加害者有責部分と被害者有責部分に分解され得るということが想定されているのは︑確か
︵20︶
であり︑このことは︑人身傷害補償保険の商品開発担当者から︑当該商品の特徴として被害者の過失部分を填補す ︵21︶ る保険である旨が強調されていることからも見て取れる︒
しかし︑そうであるとしても︑何故に︑人傷保険金を支払った保険者は︑その支払った保険金のうち加害者の過
失割合部分に相応する損害賠償請求権を取得するのか︑その根拠は必ずしもよく分からない︒前記神戸地裁平成16
年判決は︑人身傷害補償保険が被保険者の過失の有無を問わず保険金額を限度として損害の全額を支払うものであ
ることを理由として挙げているようであるが︑これは︑人傷計算規定1または人傷計算規定Hに基づいた人傷保険
金の支払を根拠づけることができても︑約款の解釈として︑保険者は支払った人傷保険金のうち加害者の過失割合
に対応する金額について当然に代位取得するということを果たして正当化できるのか︑頗る疑問である︒
もつとも︑この場合については︑保険者の支払った人傷保険金は︑人傷基準損害額のうち加害者の過失割合に対
応した損害額を填補したものと見て︑当該加害者の過失割合に対応した金額について代位取得するというように考
える余地もあり得るかもしれない︒本設例で言えば︑加害者の有責部分は︑人傷基準損害額8000万円のうち
5600万円︵8000万円×︵1−0・3︶︶であり︑また人傷保険金2000万円のうち1400万円︵2000
万円×︵110・3︶︶であるところ︑この加害者有責部分に対する人傷保険金1400万円は加害者有責部分の ︵22︶ 損害︵5600万円︶の一部に充当されたと見て︑保険者は同額の権利を代位取得すると考えるわけである︒しか
し︑この考え方は︑前記人傷計算規定Hに基づいて損害額を被保険者有責部分と加害者有責部分に分解し得るとい
う発想を取り入れながら︑︵本来この人傷計算規定Hによれば︶人傷保険金が被保険者有責部分の損害についての
み支払われるものであることを度外視して︑前記人傷計算規定1に基づいて保険金を支払った保険者の請求権代位
を認めるために︑あえて支払われた人傷保険金が加害者有責部分に充当されたと主張するものであり︑約款の規定 ︵23︶ から導くのが困難な解釈ではないかと考えられる︒また︑そもそも︑この場合においても︑被保険者は︑加害者か
ら残りの賠償額5600万円︵7000万円ー1400万円︶+人傷保険金2000万円の計7600万円の損害
を回収できるにすぎず︑この回収額が人傷基準損害額8000万円にも︵ましてや裁判基準損害額1億円には遙か
人身傷害補償保険における請求権代位の範囲について ︵都法四十九ー二︶ 一七一
一七二
に︶達しないにもかかわらず︑保険者による1400万円の代位取得を認めるのは︑不当ではなかろうか︒したが ︵24︶ って︑この比例配分説も問題があると言わなければならない︒
︵3︶人傷基準差額説
以上のように︑人身傷害補償保険における請求権代位については︑従来の比例説が妥当ではないとすれば︑一部
保険における請求権代位についての近時の有力説である差額説を採ることが考えられる︒
もつとも︑差額説を採る場合にも︑被保険者の損害額を人傷基準損害額とするか︑裁判基準損害額とするかによ
って結論が大きく異なってくるという問題に直面することになるが︑人傷基準損害額を基礎に保険者の請求権代位
の範囲を考えるのが︑人傷基準差額説と呼ばれる考え方である︒
本設例を差額説で説明すると︑次のようになる︒すなわち︑保険者が2000万円の人傷保険金を支払った場合
には︑被保険者にはまだ6000万円︵人傷基準損害額8000万円ー人傷保険金2000万円︶の損害が残って
いるから︑被保険者は先に加害者に対して6000万円の損害賠償を求めることができ︑計8000万円の損害を
回収することができる︒これに対し︑保険者は残額の1000万円︵損害賠償額7000万円ー6000万円︶の
権利を代位取得できるにとどまる︒
もっとも︑実際の人傷基準差額説は︑これと同様のことを別の言い方で説明しているようである︒すなわち︑人
傷保険金は︑人身傷害補償条項の定める損害額基準により算定された損害額を限度として︑まず加害者に対する損
害賠償請求訴訟における被害者︵被保険者︶の過失割合に応じた損害額から優先的に充当される結果︑保険会社は︑
支払った人傷保険金と被害者が加害者から受領する損害賠償金の合計金額が人傷基準により算定された損害額を上
回るときにはじめて︑その上回る額についてのみ︑被害者の加害者に対する損害賠償請求権を代位取得できるにと
︵25︶ どまる︑という︒本設例で説明すれば︑保険者が2000万円の人傷保険金を支払った場合には︑この2000万
円は被害者の過失割合に応じた損害額から優先的に充当され︑その結果︑被保険者がさらに加害者から7000万
円の損害賠償金を取得すると︑合計9000万円となり︑この額は︑人傷基準損害額8000万円を上回るから︑
その上回る1000万円について︑保険者は被保険者の加害者に対する損害賠償請求権を代位取得することになる︒
したがって︑被保険者は︑人傷保険金2000万円+加害者からの賠償金6000万円の合計8000万円を取得
することになるわけである︒このように︑結論は従来の差額説による説明の場合と全く同様であるので︑あえて問
題にする必要もないかもしれないが︑以上のような結論は︑保険者の支払った人傷保険金が被害者の過失割合に応
じた損害額から優先的に充当される結果として出てくるものというよりは︑従来の差額説を適用すれば当然に出て
くるものというべきであろう︒
一方︑被保険者が先に加害者から損害賠償金7000万円を取得した場合について差額説を適用すれば︑保険者
の填補責任は︑残損害の1000万円︵人傷基準損害額8000万円ー損害賠償金7000万円︶に減額されるが︑
この場合も被保険者は8000万円の損害填補を受けることができるわけである︒これは言うまでもなく︑人身傷
害補償保険の定める人傷計算規定1による場合と全く同じ結論である︒
このように︑人傷基準差額説を採れば︑人傷保険金の支払が先行するか︑損害賠償金の支払が先行するかにかか
わらず︑被保険者が回収できる損害の額は常に人傷基準損害額であり︑これが人傷基準差額説の長所とされている︒
これまでの裁判例において︑この立場を採ったものとして︑大阪地判平成18・6・21判ター228号292頁が
ある︒これは︑運送会社の従業員Yが自動車運転中に︑路上にいたAに衝突し︑同人を死亡させたとして︑Aの相
続人Xらが︑Yおよび同運送会社に対し自動車損害賠償保障法3条や民法715条に基づき損害賠償を求めた事案
人身傷害補償保険における請求権代位の範囲について ︵都法四十九ー二︶ 一七三
一七四
であり︑Xらは事故後︑Aが自動車保険契約を締結していたB損害保険会社から︑人傷保険金6000万円を受領
していたため︑Bの保険代位により︑XらのYらに対する損害賠償請求権が減額されるかが問題となった︒
裁判所は︑まず︑YとAとの過失割合を6対4と認定したうえで︑Aの損害額を3億2301万円︑過失相殺後
の損害額を2億1150万円︑自賠責保険金3000万円を損益相殺した後の損害額を1億8150万円と判断し
た︒そして︑B保険会社の保険代位の範囲について︑裁判所は︑﹁保険契約者は︑本件人身傷害保険契約締結にあ
たり︑本件人身傷害補償保険と自賠責保険等に基づく給付を通じて︑前記の算定損害額の限度で損害が填補される
ものとして本件人身傷害補償保険を理解するのが通常であると考えられるから︑その填補についての期待を害する
ことは本件約款17条が準用する一般用総合自動車保険に関する普通保険約款23条1項の﹃被保険者の権利を害﹄す
るものというべきであ﹂り︑﹁この理は︑算定保険金額が証券記載保険金額を上回り︑後者の金額が支払われる場
合にも妥当するべきである﹂こと︑﹁すなわち︑証券記載保険金額が支払われる場合においても︑本件人身傷害補
償保険と自賠責保険等に基づく給付を通じて︑算定損害額に可及的に近い限度で損害が填補されるという保険契約
者の期待を害することは一般条項23条1項の﹁被保険者の権利を害﹂するものというべきであ﹂って︑したがって︑
﹁代位は︑前記の期待を害しない範囲で生ずると解するのが相当であるから︑証券記載保険金額が支払われる場合︑
その金額は︑まず︑算定損害額のうちの過失相殺部分︵民法上の損害額及び過失相殺を観念し︑算定損害額から民
法上の過失相殺後の損害額を控除した部分︶に充当され︑その残部について代位が生ずると解される﹂と判示した
うえで︑本件では︑過失相殺後の損害額は2億1150万円︑B保険会社の算定損害額は2億7300万円である
ところ︑算定損害額中過失相殺部分は6150万円となり︑支払済みの保険金6000万円はこれを下回るから︑ ︵26︶ 代位は生じないと判断した︒
σ
この大阪地裁判決は︑支払われた人傷保険金は算定損害額のうち過失相殺部分に充当され︑その残部について代
位が生ずるのが原則で︑支払保険金がこの過失相殺部分を超えない場合には代位は生じないとしており︑従来の差
額説とは異なった説明の仕方をしているが・人傷基準差額説を採っていることは明らかで窪・
このように︑人傷基準差額説はかなり有力なものとなりつつあるが︑この説に対しては︑人傷基準損害額よりも
高額の裁判基準損害額が存在している場合に︑なぜ被保険者による裁判基準損害額までの回収を認めずに保険者の
請求権代位を認めてしまうのか︑どのような根拠からこのような解釈が導かれてくるのかという問題が指摘されて
︵28︶ いる︒この点については︑前記大阪地裁判決は︑人身傷害補償保険に対する保険契約者の合理的な期待にその根拠
を求めており︑また︑保険契約者の合理的期待としては︑自己の過失の有無や割合を問わず人傷基準損害額まで填
補を受けられるということであるから︑支払われた保険金は人傷基準損害額を限度に︑被害者側の過失部分から填 ︵29︶ 補されるとする見解もある︒
しかし︑人身傷害補償保険が︑被保険者の過失の有無や割合とは関係なく被保険者に生ずる人身損害を填補する
保険であることは確かであり︑保険契約者が人身傷害補償保険に対しそのような期待を持っているのは間違いない
わけであるが︑本設例におけるように︑一般的に裁判基準損害額が人傷基準損害額を数百万ないし数千万も上回る
ようなことも少なくない状況の中で︑裁判基準損害額ではなく︑人傷基準損害額までの填補だけを期待し︑かつそ
れに満足する保険契約者は︑果たしてどれほどあるのであろうか︒被保険者の損害が裁判基準損害額まで填補され
る前に︑保険者による請求権代位が認められるという解釈が保険契約者の期待に添うものとは︑とうてい言えない
︵30︶
ように思われる︒
人身傷害補償保険における請求権代位の範囲について ︵都法四十九−二︶ 一七五
一七六
︵4︶訴訟基準差額説
人傷基準差額説と同様︑差額説を採りながらも︑人傷基準損害額ではなく︑裁判基準損害額を基準に︑保険者の
請求権代位の範囲をとらえるのが訴訟基準差額説である︒本設例で説明すると︑保険者が2000万円の人傷保険
金を支払った場合には︑被保険者にはまだ8000万円︵裁判基準損害額1億円ー人傷保険金2000万円︶の損
害が残っているから︑被保険者は優先的に加害者に対して7000万円の損害賠償を求めることができ︑計9000
万円の損害を回収することができる︒これにより︑加害者はその損害賠償責任をすべて果たしているため︑保険者
が代位取得できる権利の額は0円ということになる︒
もっとも︑実際の訴訟基準差額説は︑以上とは異なった説明の仕方をしているようであり︑これによれば︑人傷
保険金は︑加害者に対する損害賠償請求訴訟における被害者︵被保険者︶の過失割合に対応する損害に優先的に充
当される結果︑保険者は︑支払った人傷保険金が上記訴訟における被害者の過失割合に対応する損害額を上回ると ︵31︶ きにはじめて︑その上回る額についてのみ︑被害者の加害者に対する損害賠償請求権を代位取得できるという︒こ
れを本設例に当てはめると︑保険者の支払った人傷保険金2000万円は︑被保険者の過失割合に対応する損害に
優先的に充当され︑それが被害者の過失割合に対応する損害額︵1億円×0・3113000万円︶を下回っている
から︑保険者が代位取得できる権利は0円となり︑この結果︑被保険者は人傷保険金2000万円+加害者からの
賠償金7000万円の合計9000万円の損害の填補を受けることができることになる︒
この立場を採った裁判例として︑東京地判平成19・2・22判ター232号128頁がある︒これは︑交通事故に
より後遺障害を負ったXが︑加害者Yに対して︑民法709条や自動車損害賠償保障法3条に基づき損害賠償を求
めた事案であり︑Xは事故後︑A損害保険会社から人傷保険金527万円の支払を受けていたため︑A保険会社の
保険代位により︑XのYに対して有する損害賠償請求権を一部喪失したかが争点となった︒
裁判所は︑まず︑Xの損害額については︑これを7203万円と認定し︑この額からXの過失割合20%減額した︒
そして︑A保険会社がYに対する損害賠償請求権をどの範囲で代位取得するかについて︑裁判所は︑﹁一般条項23
条1項において︑保険会社が被保険者の損害賠償請求権を代位取得する範囲につき︑保険会社の支払った保険金の
額を限度とするだけでなく︑﹃被保険者の権利を害さない範囲内で﹄という制限を置いたのは︑被保険者の利益を
尊重して︑被保険者が保険金の支払を受けてもてん補されない損害が残る限り︑被保険者が保険会社に優先して損
害賠償請求権を行使できるものとし︑保険会社は被保険者の上記権利行使を害しない残額についてのみ上記損害賠
償請求権を代位取得できるにとどめたものと解され﹂︑また︑﹁本件人傷保険契約に係る人身傷害補償条項には︑被
保険者が損害を被った事故における被保険者の過失に関する規定がないことによると︑保険会社は︑被保険者の過
失の有無及び割合に関係なく︑被保険者が被った損害につき︑保険金額を上限として人身傷害補償条項に基づく額
を支払うことを約しているものと解され﹂︑﹁一般条項23条1項の規定の趣旨は︑上記のとおりであるところ︑この
規定が人身傷害補償条項11条により上記の人身傷害補償保険に適用されることからすれば︑被害者︵被保険者︶が
人傷保険金の支払を受けた後に加害者に対する損害賠償請求訴訟を提起した場合において︑被害者にも過失がある
ものとされたときは︑同訴訟において認定された被害者の損害額のうち同人の過失割合に対応した額と人傷保険金
の支払額とを対比して︑後者が前者を上回るときにはじめて︑保険会社はその上回る額についてのみ︑被害者の加
害者に対する損害賠償請求権を代位取得できるにとどまると解するのが相当である﹂と判示したうえで︑本件では︑
XがA保険会社から受領した人傷保険金527万円は︑総損害額7203万円のうちXの過失割合20%に対応した
額である1440万6000円を下回るから︑Aは︑XのYに対する損害賠償請求権を代位取得することはできな
人身傷害補償保険における請求権代位の範囲について ︵都法四十九ー二︶ 一七七
一七八
︵32︶ いと判断した︒
この判決は︑人身傷害補償保険の代位規定において﹁被保険者の権利を害さない範囲内で﹂という要件が置かれ
た趣旨は︑保険金の支払を受けても填補されない損害が残る限り︑被保険者による損害賠償請求権の行使を優先さ
せ︑保険会社は被保険者の上記権利行使を害しない残額についてのみ損害賠償請求権を代位取得できるとするもの
であること︑および人身傷害補償保険は︑保険者が被保険者の過失の有無および割合にかかわらず︑被保険者が被
った損害について人身傷害補償条項に基づく金額を支払うことを内容としているものであることの2点の理由を挙 ︵33︶ げて︑訴訟基準差額説を採用したわけである︒
訴訟基準差額説は︑裁判基準損害額を前提として保険者の請求権代位の範囲をとらえているため︑以上検討して
きたいずれの学説よりも被保険者に有利な結論が導かれており︑また約款の文言にも極めて忠実的な解釈であり︑
合理的だと考えられる︒ところが︑この説にも難点がある︒なぜならば︑本設例において︑被保険者が先に加害者
から損害賠償金7000万円を取得したとすると︑人傷計算規定1が適用され︑保険者は︑人傷基準損害額8000
万円から被保険者の取得した7000万円を控除した額である1000万円の人傷保険金しか支払わないことにな
り︑これは︑被保険者が先に保険金の支払を受ける場合に最終的に得られる填補額︵9000万円︶との間に1000
万円の差が生じてくるからである︒
もつとも︑︵a︶保険者からの保険金支払が先行する場合は︑訴訟基準差額説が妥当であるとしながら︑︵b︶加
害者からの損害賠償金の支払が先行する場合については︑人傷計算規定1を根拠とする人傷基準絶対説︵この説の
結論は人傷基準差額説と全く同じ︶を採用すべきであるとする見解があり︑この説は︑︵a︶と︵b︶で結論が異
なってくる点について︑そもそも被害者が交通事故により受領する給付は︑加害者からの損害賠償金および保険者
からの人傷保険金だけでなく︑労災給付金などそれ以外の第三者からの給付も含まれるため︑被害者がこれらの者
からどのような順番で給付を受けたかにより受領できる総額が常に同一とは限らないから︑︵a︶の場合と︵b︶ ︵34︶ の場合とで受領する額が同一になる考え方を採用しなければならない理由はないと主張する︒つまり︑この説によ
れば︑支払の順序によって具体的な填補額が異なってくるのは︑やむを得ないものであり︑これを無視してもかま
わないというわけである︒たしかに︑人身傷害補償保険は︑被保険者の過失の有無および割合を問わず︑被保険者
に対する迅速かつ確実な保険金の支払により被保険者を救済するという目的で開発された保険商品であり︑そのた
め被保険者が保険者から先に保険金の支払を受けるのは通常であろうし︑また訴訟基準差額説による限りでは︑被
保険者に有利な結果が得られるのであるから︑取りたてて問題にしなくてもよさそうである︒しかし︑支払の順序
如何によって生じてくる具体的な差額が︑本設例におけるように1000万円ないしそれ以上にも達しうることは︑
歴然たる事実であり︑何らかの事情で︑被保険者が先に加害者から損害賠償金を取得した場合には︑被保険者に不
利な結果となることは避けられない︒また︑このように差額が大きくなってくると︑前記学説が自ら認めているよ ︵35︶ うに︑保険会社が人傷保険金の支払を躊躇するという事態を誘発するおそれもないわけではない︒
したがって︑訴訟基準差額説を採る場合には︑いずれの支払が先行しても差異を生じさせないような何らかの方
策を考える必要があり︑これについては︑次の3の中で検討する︒
人身傷害補償保険における請求権代位の範囲について ︵都法四十九ー二︶ 一七九
一八〇
3 本件東京高裁判決の検討
本件東京高裁判決は︑被保険者が人傷保険金の支払を受けた後に加害者に対する損害賠償請求訴訟を提起した場
合において︑被保険者にも過失があるとされたときは︑同訴訟において認容された加害者に対する損害賠償請求権
の額と支払を受けた保険金の額との合計額が同訴訟において認定された被保険者の損害額を上回る場合に限り︑そ
の上回る限度において︑すなわち︑同訴訟において認定された被保険者の過失割合に対応する損害を保険金の額が
上回る場合に限り︑その上回る限度において︑保険会社は被保険者の加害者に対する損害賠償請求権を代位取得す
ると判示して︑人傷保険金を支払った保険者の請求権代位の範囲について︑訴訟基準差額説を採ることを明らかに
した︒