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地球環境としての森林の保全

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(1)

地球環境としての森林の保全

 饗庭 靖之

 第

1 生物多様性を保全する根拠

 第

2 森林減少の抑制の国際的合意の不存在

 第

3 世界各国における望ましい環境法制

 第

4 自然保護としての世界遺産

 第

5 世界の森林減少の抑制の方策

 第

6 先進国の他用途への転用地の再度の森林化

 第 1 生物多様性を保全する根拠

 1 自然環境の保全の意義

 (1)自然環境にも、地上からの高度が高い大気中やあるいは地球の地殻の深 奥部中など生命体がいない環境もあるが、通常自然環境と考えられるのは、生 命体がいる環境であり、この自然環境とは、生態系を構成する生物と、生物の 生息地である土壌、水、大気等を意味する。したがって、自然環境の保護とは、

生態系の保護を意味し、生物ないしは生物の多様性を保全することである。

 (2)生物を保護する根拠は、従来、生物の人間にとっての利用価値である、

食用や衣料としたり、あるいは愛玩したりするため、さらには生態学上、遺伝 上、社会上、経済上、科学上、教育上、文化上、レクリエーション上、芸術上 などの人間にとっての利用価値で説明されてきた。

 しかし、近年の国連の世界自然憲章や生物多様性条約は、生物を保護する根 拠を、生物の人間にとっての利用価値のみならず、生物自体に内在する価値を

(2)

尊重することであるとしている。

 1982年に国際連合総会で決議された「世界自然憲章」(決議番号

37

7)は、

自然保護の目的や方法についての宣言であるが、前文で、「あらゆる形態の生 命は固有のものであり、人類にとって有用なものであるか否かに関わらず尊重 されるべきである。ほかの生命体に対してこうした認識をもつために人類は倫 理的な行動規範に導かれなければならない」(確信事項(a))としている。

 1992年の「環境と開発に関する国連会議」(以下「国連環境開発会議」とい う)で採択された生物多様性条約の前文は、「生物の多様性が有する内在的な価 値並びに生物の多様性及びその構成要素が有する生態学上、遺伝上、社会上、

経済上、科学上、教育上、文化上、レクリエーション上及び芸術上の価値」を 条約を策定する理由とし、人間にとっての利用価値のみならず、生物の多様性 が有する内在的価値が、生物多様性を保全する理由とする。

 「生物多様性」とは、「様々な生態系が存在すること並びに生物の種間及び種 内に様々な差異が存在すること」(日本の生物多様性基本法第

2

条)をいう。

 「生物の多様性が有する内在的価値」の語義は難解であるが、生物の多様性 の価値とは、生物の間の差の存在に価値を認めることであり、様々な生物の存 在を可能にする生態系が存在することが、人間とのかかわりを超越して、それ 自体として根源的な価値が内在していることを認めたものである。

 上記の生物多様性条約の「生物の多様性が有する内在的価値」という表現は、

もとの文案が「人類が他の生物と共に地球を分かちあっていることを認め、そ れらの生物が人類に対する利益とは関係無しに存在していることを受け入れ、」

であったところ、マラリアを媒介する蚊のように人間に害を与える動物もいる ので、例外のあることを書き加えるべきとの意見を踏まえて規定されたもので ある1)。このことからは、「生物の多様性が有する内在的価値」の趣旨は、「生 物が、人類に与える利益とは無関係に有する内在的価値」ということになる。

 生物それ自体に内在する価値があるため、生物を保護する必要があることは、

1) 堂本暁子『生物多様性』(ゆいぽおと、2010年)109―110頁

(3)

世界自然憲章や生物多様性条約で初めて明らかにされたのではなく、古来から、

我々は、生物それ自体に内在する価値があるため、生物を保護する必要がある ことを認めていると考えられる。すべての生きとし生けるものを慈しむという 感情が、我々人間の意識の基底に普遍的にあると考えられるからである。

 日本においても、すべての生きとし生けるものを慈しむということは、神道、

仏教に由来する古来の感情であるとされる。古代の日本では、山や川といった 自然がそのまま神や仏であり、人は草や木と何ら変わるものではないという意 識が人々の基底に流れていた2)

 すべての生きとし生けるものを慈しむという精神作用は、日本にとどまらず、

世界中で普遍的に存在する動物愛護の精神であり、人間が共通に有する感情で あると考えられる。

 この普遍的感情が、世界自然憲章や生物多様性条約において、「生物に内在 する価値を尊重すること」として、国際的に承認されたものである。

 2 人間中心主義を制約する「生物の内在的価値」

 生物に内在する価値を認めることは、人間が地球上でしたいことを全て行っ てよいという人間中心主義を制約する要因となる。

 人間はしたいことをしてよい自由を有することを法制度化しているのは、私 有財産制度である。所有権は、土地及びその土地に付着する生物、非生物を、

所有者が自由に使用・収益・処分できることを認める。

2) 稲沢公一『市場ゲームと福祉ゲーム』(書斎の窓2018.11、No660、有斐閣)30

「本居宣長は、『古事記伝』において、『古来より神とされてきた諸々を整理し、天地 の諸神、社の御霊、人をはじめとして鳥獣木草海山などをあげ、それらの共通点か ら、『尋常(よのつね)ならずすぐれたる徳(こと)のありて、可畏(かしこ)き物を 迦微(かみ)とは云なり』と結論づけた。また、この『すぐれたる』とは、尊いこと や善いこと、勇ましいことや優れたことだけでなく、悪しきものや怪しきものであ っても、それが、『すぐれて可畏き』ものであれば神とされると注釈を付している。」

(4)

 しかし、生物に内在する価値を認めることは、人間に認められる自由な使用 収益処分権を、生物の価値との関係において、相対化することを意味するから、

それは所有権の前提である人間中心主義を制約する。生物の内在的価値を認め る以上、生物がはぐくまれる地球のすべてを人間の所有権の対象として、すべ てを人間がしたいようにすることが許されない場合があることを認める必要が ある。

 このことは、本論稿では、生物に内在する価値を認めることは、各国が、国 内の森林という生態系を利用開発することについて絶対的な主権を有するとの 主張を制約するものとして意義がある。

3 生態系の保護としての森林の保全

 (1)世界的レベルで環境問題に取り組んだ最初の国際会議である国連人間環 境会議は、1972年、人間環境宣言(ストックホルム宣言)で、「祖先からの遺 産である野生生物とその生息地は、今日、種々の有害な要因により重大な危機 にさらされており、人はこれを保護し、賢明に管理する特別な責任を負ってい る。従って、野生生物を含む自然の保護は、経済開発の計画作成において重視 されなければならない。」(原則

7)とし、「大気、水、大地、動植物及びとくに

自然の生態系の代表的なものを含む地球上の天然資源は、現在及び将来の世代 のために、注意深い計画と管理により適切に保護しなければならない。」(原則

2)としている。

 1982年の世界自然憲章は、どれだけ自然環境を保護すべきかということに ついて、「自然の恵みを受け続けることができるか否かは、本質的な生態系プ ロセス、生命維持システム及び生命体の多様性の維持に依存しているが、これ らは人類による過剰消費及び生息地の破壊によって危険にさらされること」

(前文「賛同」(a))とし、「一般原則

1 自然は尊重され、その基本的プロセ

スは阻害されてはならない。2 地球上の種の多様性は尊重される。野生であ るとあらゆる生命体の個体数は、少なくとも種の存続にとって十分でなければ

(5)

ならず、そのために必要な生息地は保護される。3 陸であると海であるとを 問わず、地球上のすべての区域は保全原則のもとにおかれる。(以下略)」とす る。

 特に注目すべきは、一般原則の

2

の、「地球上の種の多様性は尊重される。

(略)あらゆる生命体の個体数は、少なくとも種の存続にとって十分でなければ ならず、そのために必要な生息地は保護される。」としている点である。

 1992年の生物多様性条約は、生物の保護の方法として、生物多様性を保全 することとしている。

 生物は、人間が食用にしたり、あるいは衣料の原料にしたり、さらに、人間 の必要に応える形であらゆる形で利用されている。このため、人間が利用する 限りで、生物一つ一つの個体を保護することを、一般的に言うことはできない。

 したがって、生物多様性を保全することは、生物の各個体を保護するもので はない。生物多様性条約は、生物の各個体を、生物多様性の構成要素と呼んで おり、生物多様性を保護することは、生物の各個体を保護することを意味して いない。生物多様性条約は、生物を、生物に対する人間の利用と両立させつつ、

可能な限り、最大限の保護を行うことを宣言するため、生物の多様性を、遺伝 子、種、生態系の異なる

3

レベルで確保するとしている。

 以上の宣言、憲章、条約が明らかにしているのは、生物多様性の保全とは、

個々の生物を保護することではなく、生物の集合体である生態系を保護するこ とである。そして、生物多様性を保全するためには、あらゆる生命体の個体数 は、少なくとも種の存続にとって十分でなければならず、生物を質と量の両面 で保全することが必要であることである。

 (3)生態系は、「植物、動物及び微生物の群集とこれらを取り巻く非生物的な 環境とが相互に作用して一の機能的な単位をなす動的な複合体をいう」(条約

2

条)ことからは、生態系をなしている生物と、生態系をなしている生物の生 息地である土壌、水、大気等を保護するためには、陸上であれば、水の賦存状 況に応じて自然に形成される森林又は草原等の状態であることが必要であり、

自然に形成される森林又は草原等の状態を保全することが、生物を、遺伝子、

(6)

種、生態系の異なる

3

レベルで保護することによって、生物の量と質において、

可能な限り最大限に保護することとなる。

 陸上における地域一体の自然状態は、人間の手が加わらない限り、水資源の 賦存状況に応じ、森林または草地等となる。これらの森林や草地を保護するこ とが、生態系保護のために必要であり、陸上において、生物多様性を保全して いくためには、生物の群集とこれを取り巻く環境とが相互に作用して機能的な 単位となっている生態系を保護することが必要であり、これらの自然の領域を 保全することが必要である。

 これらの自然の領域の中核をなしているのは森林である。1992年の国連環 境開発会議の森林原則声明の前文で、「森林はすべての形態の生命の維持にと って本質的なものである。」とされているとおりであり、自然環境を保全し、

生態系を保護していくためには、その中核的措置として、森林を保全していく ことが必要である。

 地球上の森林が、生物多様性に果たしている役割について、FAO世界森林 白書(2001年報告)は、「哺乳動物の

24%と鳥類の 12%が近い将来絶滅の危機

が高い(IUCN)が、森林は、それら絶滅にひんしている種の生息地として の重要性の観点から、生物多様性の保全のための努力が際立って重要である。

世界の半数の種は、森林に存在すると推定されており、そのうちの

5

分の

4

以上の動植物は熱帯林で見られる。」とする。

4 温室効果ガスの吸収源等としての意義

 森林については、気候変動抑制に関して

2015

年に採択されたパリ協定で、

温室効果ガスの吸収源及び貯蔵庫として保全し強化していくことの必要性が謳 われていることと、生物保護のために森林保全を図っていくこととの関係を整 理する。

 森林の二酸化炭素吸収源としての機能が、人間の生存環境を保障するために 必要であることからは、この機能は、生物としての樹木等植物の人間の利用に

(7)

おける価値にあたる。

 一方、森林の温室効果ガスの吸収源等としての機能は、生態系の恒常性維持 のためにも必要であるから、この機能は、生物の内在的価値を維持するために も必要なだといえる。

 このように、森林の温室効果ガスの吸収源等としての価値は、人間の利用に おける価値であることと生物としての樹木で形成される森林に内在する価値で あるとの両義的価値を有するので、森林の温室効果ガスの吸収源等としての価 値は、生物の価値に含んで評価することができる。

第 2 森林減少の抑制についての国際的合意の不存在

1 森林減少を抑制するための国際的合意づくりの失敗

 生物を質と量の両面で保全するためには、生物の宝庫である森林の環境を保 全することが最も重要である。しかし陸上に存在する森林は、人間の活動によ って大きな影響を受け、地球上で急速に減少している。森林減少は、1970年 代から顕著となり、森林減少の問題は、各方面で指摘されるようになった。

 世界の森林が減少していくことに対して、森林が減少することに歯止めをか け、森林の減少のペースをダウンさせる努力が必要と考えられるようになり、

各国が国内法を整備して、違法な森林に対する行為を取り締まっていくととも に、国際的にも、国際条約によって監視していくことが必要だと考えられるよ うになった。

 国際社会は、森林の減少に対して、1992年の国連環境開発会議において、

森林を保全するための条約づくりをしようとしたが、同会議が条約づくりに失 敗した経緯を振り返る。

 (2)国連環境開発会議では、生物多様性条約のほか、21世紀に向けて地球環 境を健全に維持するための国家と個人の行動原則(環境と開発に関するリオ宣 言)、地球温暖化についての「気候変動に関する国際連合枠組条約」、森林原則

(8)

声明を採択した。しかし、森林に関して法的拘束力のある条約を採択できなか った。

2 環境と開発に関するリオ宣言について

 1992 年の国連環境開発会議は、環境と開発に関するリオ宣言(以下「リオ 宣言」という。)を行った。

 リオ宣言は、「人類は、持続可能な開発への関心の中心にある。人類は、自 然と調和しつつ健康で生産的な生活を送る資格を有する。」(第

1

原則)として 人類は、自然と調和することが必要であるとする。

 そして、「持続可能な開発を達成するため、環境保護は、開発過程の不可分 の部分とならなければならず、それから分離しては考えられないものである。」

(第

4

原則)として、人類の活動において、環境保護は、開発過程の不可分の部 分とならなければならないとしている。

 リオ宣言の中核である「持続可能な開発」の理念は、将来の世代がその将来 における必要性を充足することのできる能力を損なうことなく、現在の世代が 現在の必要性を満たすことができるように、生態系の保全など自然のキャパシ ティ内で開発を行うことを内容とする。

 「持続可能な開発」の理念の積極的意義としては、環境の保全と経済成長は 矛盾する関係にあるとの懸念が環境保全措置を阻害する大きな原因となってき たことについて、この懸念を克服する上で役割を果たした。経済発展と環境保 護は対立するのではなく、環境は、経済活動の土台として、環境が保全されて 初めて人間の経済活動が成り立つのであるのだから、環境保全と人間の経済活 動は両立するものであることを明らかにしている。

  しかし、「持続可能な開発」の問題点は、開発が環境を破壊し、開発が持 続不可能とならないことを要求するのみで、開発が持続可能な範囲内で、環境 をどの程度保護すべきか明らかにしていないことにある。

 リオ宣言は、開発にあたって、環境に復元不能のダメージを与えないことを

(9)

「開発」の限界としているにすぎず、「環境」を保護するためには、どれだけの 行動が必要であるかを明らかにしておらず、環境保護について具体的な指針を 与えない。

 そして、リオ宣言は、第

7

原則で、生態系の保護につき、先進国が生態系を 破壊してきたことの責任を問うたり、第

11

原則で、先進国の環境法の基準が、

開発途上国にとっては不適切であり、不当な経済的及び社会的な費用をもたら すかもしれないとしていることは、環境保護に取り組もうとする宣言と言える のか危惧感を与える表現が盛り込まれている。

 人間環境宣言(ストックホルム宣言)や世界自然憲章が、自然保護を目的と するものであるのに対し、環境と開発に関するリオ宣言は、開発と環境の調和 という開発のあり方を言うものであり、自然保護の観点からは、後退という評 価も成り立つと考えられる。

3 国際森林条約の不成立と森林原則声明、アジェンダ 21

 1990年にアメリカ・テキサス州のヒューストンで開かれた「ヒューストン・

サミット」の経済宣言において、「森林減少を抑制し、生物多様性を保護し、

積極的な林業活動を促進し、世界の森林に対する脅威に対処するために必要な 森林に関する国際的取決めまたは合意に関する交渉を開始する用意がある。」

とされた。

 このような期待を担って国連環境開発会議の準備会合が始められたが、

1990

年からの準備会合で、欧米等先進諸国は、地球環境という観点から森林 をとらえ、その果たす役割を重視すべきとの立場に立った主張をした。

 これに対し、開発途上国側は、森林を天然資源としてとらえ、開発に果たす その役割を重視し、開発における森林の利用についてフリーハンドを確保しよ うとして、森林問題の議論が熱帯林の保全に集中し、森林の減少を一方的に停 止させるための法的拘束力のある国際的な取極めや合意を作る交渉となること に反対した。

(10)

 開発途上国側は、森林の利用を制限することは、国際法やストックホルム宣 言で規定されている「自国の資源を開発する主権」への挑戦であると主張し、

そしてヨーロッパ等における経済発展により、特に産業革命以降、森林を減少 させてきたことを取り上げ、先進国が自国の森林資源を減少させてきた責任か ら、先進国において緑化が推進されなければならないと主張した3)

 4回の準備会合を経て

1992

6

月に国連環境開発会議が開催されたが、木 材が主要な経済資源である開発途上国などが、熱帯林保全のための「世界森林 条約」の制定に強く反対して成立せず、代わりに、温帯林なども含めた「全て の種類の森林経営、保全及び持続可能な開発に関する世界的合意のために法的 拘束力のない権威ある原則声明」(森林原則声明)とアジェンダ

21

の第

11

「森林減少対策」が作成された。

 森林原則声明は、ヒューストンサミットの経済宣言に反し、「森林減少を抑 制する」ことを目的としていない。森林原則は

15

項目にわたり、「国家はそ の開発の必要及び社会経済の発展のレベルに従い、総合的社会経済開発計画の 中で合理的な土地利用政策に基づく森林の他の用途への転用を含む、持続可能 な開発及び法制度に合致した国家政策に基づき、森林を利用、管理、開発する 主権的かつ不可侵の権利を有する (原則

2

(a))

」という、森林の他の用途へ

の転用を含めた持続可能な開発を進めていくことを表明している。

 一方、アジェンダ

21

の「森林減少対策」は、現状分析として、「現状は、森 林資源を保全し、維持するための緊急かつ堅固な活動を必要としている」とい う森林減少に対する明確な問題意識を持っているのに、具体的行動についての 記載がなく、各国の自主的な努力に任せるにとどまっている。

3) 国際林業協力研究会編『‘92国連環境開発会議と緑の地球経営』(日本林業調査会、

1993年)76頁

(11)

4 生物多様性条約における保全地域設定の失敗

(1)生物多様性条約の交渉経緯

 国連環境開発会議における生物多様性条約の策定交渉においても、先進国は、

締約国が自国内の生物多様性が豊かな地域を登録し、適切に保全する義務を負 うという仕組みが盛り込まれることを目指した。しかし、開発途上国は、生物 多様性は森林や草原と同義であることから、森林減少について先進国に拘束さ れることなく、森林を開発利用することの国家主権を守るため、「森林」を

「生物多様性」に置き換えて、生物多様性を内容とする生物多様性条約におい て、国内に賦存する生物の利用開発についての国家主権を最重要視した。

 このため、締約国が自国内の生物多様性が豊かな地域を登録して保全義務を 負うという仕組みは、生物多様性条約で採用されず、先進国が目指した生物の 保護のため開発規制は盛り込まれないこととなった。

 開発途上国が生物多様性に富む地域を保全する義務を負うこととすることは、

森林の開発が既に行われた先進国と、森林の開発が未だ途上である開発途上国 の間の開発の格差を固定し、ひいては両者の間の経済格差を固定化しようとす るものであると開発途上国が受け止めたためである。

(2)成立した生物多様性条約の内容

 前文では、「生物の多様性が有する内在的な価値」が認識されているととも に、人間が生物多様性を利用する観点からの価値である「社会上、経済上、科 学上、教育上、文化上、レクリエーション上及び芸術上の価値」が、生物多様 性の価値とされている。

 生物多様性条約は、人類が存続していくために必要な生物多様性の「保全」

をしていくことと、生物多様性を利用していくことを目的としている。

 条約は、生物多様性の保全と利用を図るために、①生物多様性の保全、②生 物多様性の構成要素の持続可能な利用、③遺伝資源の利用から生ずる利益の公 正かつ衡平な配分(第

1

条)という

3

つのことを内容としている。

(12)

 ア 生物多様性の保全

 生物多様性条約第

8

条は、生息地内保全として、締約国は、可能な限り、か つ、適当な場合には「保護地域又は生物の多様性を保全するために特別の措置 をとる必要がある地域に関する制度を確立すること」とし、国連環境開発会議 において実現しなかった「自然保護地区を設定し、国際的に登録して行為規制 を行うこと」を、国際的に監視して実施するのではなく、各国が自主的な努力 により行うこととしている。

 種を絶滅から救う基本は、生態系を現状より悪化させない生息域内保全であ り、そのための措置としては、保護地域の設定と運用、保護地域周辺でのバッ ファーゾーンの設定、劣化した生態系の回復、外来種の侵入防止、伝統的な知 識の尊重、悪影響をもたらす活動の規制などが考えられる(8条)。

 第

9

条は、生息地外保全として、締約国は、可能な限り、かつ、適当な場合 には「生物の多様性の構成要素の生息地外保全のための措置をとること」とし ている。

 第

14

条は、締約国は、可能な限り、かつ、適当な場合には「生物の多様性 への著しい悪影響を回避し又は最小にするため、そのような影響を及ぼすおそ れのある締約国の事業計画案に対する環境影響評価を定める適当な手続を導入 し、かつ適当な場合には、当該手続への公衆の参加を認めること」とし、「可 能な限りで、適当な場合」に限定して環境影響評価を行うとする。

 締約国は、保全に向けた「生物多様性国家戦略・行動計画」を作成し、既存 の政策を調整して、生物多様性保全の理念を関連する政策に組み込むことを求 めている(第

6

条)。

 イ 生物多様性の構成要素の持続可能な利用

 生物多様性の構成要素の持続可能な利用とは、「生物の長期的な減少をもた らさない方法及び速度で生物の多様性の構成要素を利用し、もって、現在及び 将来の世代の必要及び願望を満たすように生物の多様性の可能性を維持するこ と」(第

2

条)である。

 注目されるのは、生物多様性条約第

5

回締約国会議(2000年ナイロビ)で、

(13)

生物多様性の構成要素の持続可能な利用に関し、エコシステム・アプローチの 原則が決議採択されたことである。

 エコシステム・アプローチは、生態系のサービスを維持するために、生態系 の構造と機能を保全することを優先目標とし、生物多様性の保全と公正な方法 での持続可能な利用を促進する戦略であり、生物圏保護区や保護地域、種別の 保全計画といった他の管理、保全のアプローチすべてを統合するものとされて いる。

 生物多様性条約は、生物の人間による利用につき、生物の長期的減少をもた らさないような利用をすべき、すなわち持続的に利用すべきことを言っている が、エコシステム・アプローチの原則が決議採択されたことによってはじめて、

生態系を保全することを生物の利用より優先することが原則とされたものであ る。

 ウ 遺伝資源の利用から生ずる利益の公正かつ衡平な配分

 遺伝資源に関しては、各国は自国の資源をその環境政策にしたがって開発す る主権的権利を有し(3条)、遺伝資源の取得の機会につき定める権限は当該遺 伝資源が存する国の政府に属する(15条

1

項)。ただし、他国が遺伝資源を環 境上適正に利用するために取得することを容易にするような条件を整えるよう に努力するものとされた(15条

2

項)。

 条約に基づいて、他国が遺伝資源を利用することに関する利益の配分につい て、2002年に、任意のガイドラインとしてボン・ガイドラインが作られたが、

法的拘束力のある議定書を作成することを、開発途上国が求め続け、2010年 に「生物の多様性に関する条約の遺伝資源の取得の機会及びその利用から生ず る利益の公正かつ衡平な配分に関する名古屋議定書」が採択された。名古屋議 定書は、利益配分につき、「公正で衡平な配分」を原則として、各国の国内法 もしくは契約で決められる事項としている。

(14)

5 国連環境開発会議以降の森林の減少

 会議が行われた

90

年代以降も、世界の森林は、伐採され、他用途の土地に 転用され、更に大規模な火災により減少している。

 世界の森林面積の減少率は、1990年―2000年期は年平均

0.18%であったも

のが、2010年―2015年には年平均

0.08%となり、森林の他の土地利用への転

用速度が減少したかにみえる。しかしこれは、中国が、砂漠化をおそれて植林 を進め、年間

154

ha

もの膨大な森林を増加させているとの発表に基づく数 字が含められているためであるが、中国での植林が失敗に終わる可能性は排除 されないし、中国以外の開発途上国で森林が減少していることが問題なのであ るから、中国の増加を控除して考える必要がある。中国の数字を控除すると、

世界の森林面積の減少率は、2010年―2015年には年平均

0.28%であり、世界

の森林減少率はむしろ高まっている。熱帯、とりわけ南米とアフリカで大規模 に森林が減少しているのである。

 国際連合食糧農業機関 (FAO)「世界森林資源評価

2015;Global Forest Re- sources Assessment(FRA) 2015」の統計を基に、正味の森林減小面積の上位

国で、2010年から

2015

年の減少率が今後継続すると仮定して計算すると、ア マゾンの森林が過去

50

年で

17%減少したブラジルは 500

年、アマゾンと並ぶ 自然の宝庫であるインドネシアは

143

年、ミャンマーは

58

年、ナイジェリア は

22

年、パラグアイは

52

年後に、全森林が消滅してしまう。

 豊かな自然である熱帯林を持っている国々で、近年中にも森林が消失する勢 いで森林が急速に減少していることは、森林をすみかとする生物を保護し、地 球の自然環境を保全していく観点からは、極めて大きな問題である。森林は地 球環境の保全と経済社会の発展に重要な役割を担っており、森林の減少・劣化 の進行を止めることは、各国、関係国際機関、NGO等が、協力して解決する 必要のある地球規模の問題である。

(15)

第 3 世界各国における望ましい環境法制

1 環境法制整備の必要性

 生物を保護するためには、国内法制について主権を持つ各国が適切な環境法 制を整備する必要がある。

 環境と開発に関するリオ宣言は、「各国は、効果的な環境法を制定しなくて はならない。環境基準、管理目的及び優先度は、

適用される環境と開発の状況

を反映するものとすべきである。一部の国が適用した基準は、他の国、特に開 発途上国にとっては不適切であり、不当な経済的及び社会的な費用をもたらす かもしれない。」(第 11 原則)とする。

 世界各国にとって望ましい環境法規の検討を行う。このために、優れた例と して、米国の自然環境保全の法制と、補足的に日本の開発規制に関する環境法 制を取り上げる。

 第 11 原則は、先進国の環境法規を強制されることへの、開発途上国の警戒 感が示されているが、これは国際森林条約を策定させなかったことと同様の警 戒感の表明である。このような警戒感が適切であるのかどうか、米国と日本の 環境法が、開発途上国にとって望ましい環境法規と言えるかを検討する。

2 米国の自然保護制度

 米国の自然保護制度は、①国立公園制度、②国有林制度、③絶滅危機種保存 法など個々の生物種に着目した保護制度、④自然を改変する行為についての公 共信託の法理などからなる。

 これらの環境法制のうちの中核は、自然が保全される地域を特定させて、そ の地域で自然が保全されるよう管理する仕組みである。米国にはこのために国 立公園制度と国有林制度と野生生物保護区がある。

(16)

 制度は分立しているが、国立公園制度は自然の持つ機能のうち、自然の美と いう景観の利益に価値を置いている。これに対し、国有林制度は森林の多面的 機能を発揮させる制度であるが、森林の経済的利益として大きい木材生産に重 点があったが、森林の価値として何を見出すかは、住民ないし国民の考えによ るのであり、今日は、生態系の保全に力点が置かれている。

 国有林制度と国立公園制度にはこのような差異があるが、森林の持つ機能を 総合的に保護し、生態系を保全していくことに共通する目的があると考えられ、

米国の国立公園、国有林、野生生物保護区ともに、世界自然保護連合(IUCN)

の自然保全地域として登録されている。

3 米国の国立公園制度

 米国では、独立戦争時に州の土地が連邦政府に譲渡され、その後連邦政府は、

ルイジアナ州など更に土地を購入・併合し、合衆国の領土は、テキサス州を除 いて、連邦政府の所有となった。

 連邦政府の所有地は、政府が財源を得るため次々と売却されたが、次第に入 植者に対する小規模の土地売却が主流となった。

 しかし、19世紀後半に西部開拓が進む中で、イエローストーンやヨセミテ の景観のすばらしさが注目され、保存すべきとの世論が高まり、国有地を売払 い対象から除外する措置として、1872年以降イエローストーンやヨセミテが、

「人々の利益と楽しみのための公共的な公園又は遊興の場所」として、国立公 園に指定された。

 国立公園は設立されたが、当初は、公園を保護するための特別な手段はなく、

軍隊がときどき公園を見回って不法侵入者や密猟者を取り締まる状態であった。

国立公園内に人の立ち入りはなく、人に顧みられることなく放置されていたと いってよい。

 国立公園には、野生動物が豊富な原生林に囲まれた渓谷など、壮大な自然美 があるのに、「人々の利益と楽しみのための公共的な場所」ということへの一

(17)

般の理解が進まない状況を改善するために、人が訪れられるように道を作り、

宿泊施設を整備することが必要であると考えられた結果、鉄道、道路が敷設さ れた。国立公園の予算が増額されるとともに、利用者が増加した。

 1916年制定の国立公園局の設置法は、国立公園の目的を、「自然の保全と、

その人々の楽しみへの利用」とした。

 国立公園への自動車の乗入れについては、国立公園の原則である「自然状態 で保存すること」に反するとの意見の一方、もう一つの原則である「国民のレ クリエーションの場としての利用」のために必要とする意見があり、国立公園 の保存と利用という矛盾しかねない理念の対立の中で、車による利用は次第に 認められていった。

 モータリゼーションの普及とともに国立公園への国民の認知は進み、国立公 園は、国民のレクリエーションの場として、大きな役割を果たすようになった。

 1930年代、経済活性化を目的としたニューディール政策として、市民国土 保全部隊(Civilian Conservation Corps)が設 置され、失業者の若者を国立公園などに派遣して、道路建設や植林などの作業 により自然保全活動に従事させた。全国で

1500

個所の市民国土保全部隊が設 立され、25万人の青年が動員され、国立公園でキャンプの管理や、道路、施 設などの修復・復旧が行われた。

 現在も国立公園局のレンジャーは、違法行為の防止・摘発などの法律の執行、

道路パトロール、動植物の管理、利用者の保護などに従事している。

 また、国立公園は、南部や西部に位置するものが中心だったことから、国立 公園を全国的な制度にするために、東部の自然地域のほか、東部や南部の独立 戦争や南北戦争の戦跡が国立公園に指定され、さらにワシントンの公園、記念 碑、墓地やその他の史跡やレクリエーション地域も国立公園に編入された。

 国立公園法は、「景観、自然的・歴史的有形物および公園内の野生生物を保 全し、ならびに将来の世代の楽しみのために、それらを損傷せずに残す」とい う保全と、「それらの楽しみを確保し、利用を促進する」という利用を、国立 公園局の政策目標としている。

(18)

 野生生物の管理の基本方針は、全体のエコシステムを永続させることにあり、

野生動植物の潤沢性、多様性、生態的完全性を維持することが目的となってい る。

 以上のような国立公園の形成過程から、国立公園に指定された地域は、野生 動物が豊富な原生林に囲まれた渓谷など、自然美という景観の利益に価値を見 出しているが、このことと自然環境の保全との関係は、日本の自然公園法

3

2

項に規定されるとおり、自然景観の価値は、そこで生息し、生育する動植物 の価値に基本的に負っているであり、国立公園で自然の景観を保全することは、

生物多様性を保全することに基本的に負っている。

4 米国の国有林制度

 (1)米国の国土面積

9

1300

ha

のうち、森林は

2

9300

ha

であるが、

うち多くが太平洋沿岸諸州とアラスカにある国有林は約

7600

ha

であり、

これに対し国立公園が約

2970

ha、野生生物保護区が約 3340

ha

となって いる。

 国有林制度は、1872年にホワイト・リバーが森林保護区に指定されて始ま った。

 西部開拓による広範な森林破壊に対し、森林保護の必要が論議されるように なり、1891年、森林を公有地の売渡し対象から除外し、森林保護区指定を大 統領に授権する法律が成立した。従来の売却を原則とする国有地政策を転換し たものである。

 国有林は、国立公園と同時期に始まっているが、国有林は、森林を保全・利 用することを目的に始められたものである。1897年の森林保護区の基本法は、

森林の増進と保護、水源の良好な状態の確保、木材の継続的な供給の

3

つを目 的として森林保護区の指定を認めた。これは、森林保護区が

3

つの機能を有す ることを明らかにするものであり、1907年、森林保護区は国有林に変更され、

国有林は森林の持つ多くの機能を発揮するために行われるとされた。

(19)

 1930年代のニューディール政策により、市民国土保全部隊の活動は、国有 林に対しても、山火事の防止、防火線建設、防火活動、木材製品開発、道路・

散策路・橋・その他の施設の建設などが行われた。

 第二次世界大戦後は、大衆のレクリエーションの求めに応じ、レクリエ―シ ョンの場の提供に力を入れる必要が生じ、国有林は、今日、国立公園を上回る 訪問者がある。

 (2)国有林の中心的な問題は、木材生産、放牧、レクリエーション、野生生 物保護などの多くの目的に対し国有林をどのように配分するかであるが、森林 局は、森林の「賢明な利用」を伝統的なスタンスとした。

 1960年の「多目的利用・持続的収穫法」にいう、国有林の多目的利用とは、

すべての人にとってのすべての利用を意味するが、国有林の管理にあたって、

各地域の多数の資源のさまざまな価値に適切な配慮がされるべきことが規定さ れている。

 国有林における森林管理は、1940年代初頭以前は、現存する森林を山火事 から守る「保守的管理」の考え方で行われていた。その後戦争による木材需要 の急増による「木材の持続的生産」が主流となった。「多目的利用・持続的収 穫法」が制定された

1960

年以降は、多様な経済的商品、非経済的サービス等 を持続的に生産する「多目的利用」の考え方で管理が行われた。

 (3)森林への様々な利用と森林を保全しようとすることとの間で、優先順位 をつけていくのは、住民の意思の総体としての森林所有者である国の意思であ る。そのため、1974年の「森林・草地再生資源計画法」は、50年後の見通し を評価し、40年を計画期間とする長期的な森林の保全利用計画の策定を、住 民の意思の総体によらしめるため、住民が参加した環境影響評価手続に基づい て行うとしている。

 (4)国有林の伐採方法は常に議論の的となってきた。

 第二次大戦前、国有林ではすべての齢級の樹木を混交して育てる全齢林管理 方式がとられ、伐採にあたっては、成熟木のみを伐採し若木を残す方法がとら れていた。しかし、1960年代の民有林では、伐採の機械化が進み、機械化の

(20)

ためには皆伐が効率的であること、これまで伐採されなかった急斜面での伐採 が道路建設技術によって可能になったことから、伐採方法として皆伐が一般的 となり、伐採後一律に新しく育てて樹齢の等しい立木を育成する同齢林管理方 式が支配的となり、国有林も方針転換を迫られることになった。

 しかし皆伐が土壌流失や景観破壊を招くことや、森林の多目的利用という観 点から疑問視する声や、環境保護団体の批判の中で、1975年、マナンガヒー ラ国有林の伐採方法に関する連邦控訴裁判所判決は、国有林の管理を点検し、

皆伐を規制するための立法的指針を定めることを要求した4)

 これを受けた「国有林管理法」は、国有林の決定過程への住民参加手続とし て、森林管理計画について意見表明の機会の保障と、営林署ごとの地区森林管 理計画について、規則で、計画案と環境影響評価書案について住民の意見聴取 を行う環境アセスメント手続を定めている。そして、農務長官は伐採方法の指 針として、一切の伐採方法から恒久的または重大な環境損害が生じてはならな いこと、土壌・斜面・その他の水源への不可逆的な損害の防止、伐採地の

5

年 以内の植樹、水源・湖沼・湿地の水温の変化からの保護、水質・魚類の生息に 悪影響を与える障害物の禁止、また、皆伐は最適な方法であると決定された場 合にのみ行えることを定めている。

 1970年代以降の環境保護運動の高揚により、自然保護団体の国有林の森林 管理方法に対する批判は強くなり、伝統的な森林の管理方法に固執する意見と、

これに反対する意見が対立し、環境保護運動、訴訟、そして森林局内の改革の 動きにより、国有林の森林管理方法は大きく方針転換することとなり5)、1992 年、クリントン大統領は生態系重視の新しい森林の資源管理方法としてエコシ ステムマネジメントを開始させた。

 エコシステムマネジメントは、生態系の持続可能性を保障することを目標と し、生態系の相互作用と過程に関する知識に基づく研究とモニタリングによっ

4) 畠山武道『アメリカの環境保護法』(北海道大学図書刊行会、1992年)303頁

5) 柿澤宏昭『エコシステムマネジメント』(築地書館、2000年)72頁 

(21)

て、森林を管理していく内容を修正していくという森林の管理方法である6)。  エコシステムマネジメントが従来の多目的利用と異なる主な点は、①資源の 持続性、土地生産性の持続性という目的に加えて、生態系そのものの持続性を 保障することを大きな目的として加えたこと、②特定の種や個々の資源に置か れていた視点が、生態系の各構成要素の相互作用やプロセスなどをトータルに 見るという視点に代わったこと、③既存の区割りで策定されていた管理経営戦 略を、生態系への影響という観点から広範囲の地域を対象として包括的かつ総 合的な管理を行うものとなったことである7)。図式的に単純化して言えば、フ クロウなどの森林内に生息する動植物と森林との相互作用で織りなされる生態 系の持続可能性を確保するように森林の管理を行うということである。

 エコシステムマネジメントによる管理方式となったことなどから、国有林に おける皆伐方式による伐採面積は急減しており、1989年には

32

万エーカー

(約

12

9000

ヘクタール)であった皆伐面積が、1996年には

5

7000

エー カー(約

2

3000

ヘクタール)に減少している。

5 米国の野生生物保護区

 1903年にフロリダ州のペリカン島に野生生物区が設置され、渡り鳥などの 生息地を保護する保護区域として設定されたものであるが、その後、独自の内 容の保護区の設置を認める多数の法律が制定されたが、1966年に、これらを 統合して、単一の国立野生生物保護区制度が設けられることとなったが、多く はアラスカにある。

 本来の野生生物保護区は、手つかずの自然を保存する制度であるが、1962 年に保護区レクリエーション法が制定され、野生生物保護区設立の基本目的と 両立しうると判断する範囲内で、レクリエーション活動が許可されることとな

6) 柿澤宏昭『エコシステムマネジメント』(築地書館、2000年)12頁

7) 柴田晋吾『エコフォレスティング』(日本林業調査会、2006年)109頁

(22)

った。

 また、1964年に保護区歳入分配法により、野生生物保護区において農耕や 放牧を行うことは、植生管理の手段とされ、石油・ガス採掘、木材伐採、耕作、

干し草などが、保護区維持のための財源を確保し、自治体と収入を配分する方 法として認められている。

 このような各種の法律の制定により、国立野生生物保護区は、本来、手つか ずの自然を保存する区域であるという理念を持っているが、現在は、聖域とし て手つかずに保存されるということのみならず、植物構成を操作したり水量の 操作などの手法によって、計画的に管理されている8)

6 米国の個別の生物種の保護に着目した制度

 (1)概要

 上記の国立公園制度や国有林制度のほかに、米国で発達してきた環境法制に は、個別の生物種に着目した保護法制があり、絶滅危機種保存法により代表さ れる。米国法は、絶滅危機種の保護について個人が訴える権利を認める「市民 訴訟条項」があり、環境保護運動に大きな役割を果たしている。

 個別の生物種に着目した法制は生態系全体の保護を目的としないが、生態系 を保護する自然保全地域制度でカバーされない地域の自然保護手段として、意 義がある。

 米国では、植民地時代や独立後においても、森林の伐採と、バイソンなどの 野生動物の殺戮が進行したが、19世紀末に至り、連邦政府は野生生物保護に 乗り出し、1894年に、イエローストーンでのバイソンの狩猟が禁止された。

 1940年、絶滅の危機に瀕していたハクトウワシにつき、ワシ、その卵や巣 の取得、保有を違法とされた。1959年、公有地内の野生放牧馬・ロバを飛行 機や自動車を用いて捕獲する等が禁止された。

8) 畠山武道『アメリカの環境保護法』(北海道大学図書刊行会、1992年)328頁

(23)

 1972年、クジラ、ジュゴン、シロクマ、ラッコなど海洋哺乳動物の捕獲・

所持等のモラトリアムを宣言し、捕獲の影響を科学的に厳密に調査して許可さ れた場合を例外として捕獲・所持等を禁止する海洋哺乳動物保護法が制定され た。

 1973年、多数の魚類、野生動物、植物が、数が枯渇し絶滅の危険にある状 況にかんがみ、これらの審美的、生態的、教育的、歴史的、レクリエーション 的、および科学的な価値から、絶滅の危機にある種の保存を目的として、米国 の絶滅の危機にある種の保存法(以下「絶滅危機種保存法」という)が制定さ れた。

 (2)絶滅危機種保存法の内容

 内務長官は、職権または私人の申し出により、生物種を「絶滅の危機にある 種」又は「絶滅のおそれのある種」(以下「絶滅危機種等」という)の候補にで き、候補にした種を、1年以内に、もっぱら科学的根拠のみにより、絶滅危機 種等指定の決定をし、絶滅危機種等の生息する、保全に不可欠な地域を「種の 生息地」に指定する。

 指定があると、連邦行政機関は、補助金を出している行為、又は直接実施す る行為が、絶滅危機種等を危険にさらし、種の生息地を破壊させない義務を負 う。

 また、絶滅危機種等を、国内で、捕獲、所持、売買することが禁止される。

 (3)絶滅危機種保存法の特徴と問題点

 ア 絶滅危惧種の指定が内務長官の自由裁量とされ、指定候補リストに挙げ る種の選定、時期、指定手続の開始について内務長官の広範な裁量が認められ ているため、種の指定がなされるかどうかは、魚類・野生生物局の意欲に左右 される。

 すべての絶滅の危機にある種を保護することは不可能であるため、絶滅の危 機にある種の中から、特定の種だけを選別して保護することになるが、客観的 な選別基準はない。

 イ 個別の種を保全することについて、どこまでコストをかけるべきかは客

(24)

観的に明らかにすることはできず、人間にとって価値がなさそうな種を、あえ て守る理由は見つからないというジレンマがある。

 このような問題につき、国際科学連合会議等は、「生物多様性の低下が、

我々が受けるサービスの低下をもたらすか」という調査研究を実施したが、絶 滅防止の基本的意義を明らかにすることができなかった。

 絶滅危機種に指定されたスネール・ダーダーをめぐるテリコ・ダム事件が、

このような問題を象徴する事件として起きた。

 経緯は、小さな淡水魚であるスネール・ダーダーの生息するリトルテネシー 川をせき止めるテリコ・ダムの建設が着工された。その後、スネール・ダーダ ーが絶滅危機種に指定され、リトルテネシー川流域が生息地に指定された。市 民団体が、テリコ・ダム建設はスネール・ダーダーの生息に悪影響を与えると 主張して、工事差止めの出訴をした。

 連邦最高裁は、1978年、ダムの完成は絶滅危機種法に違反していることを 認め、「法律の明快な言語は、連邦議会が絶滅の危機にある種の価値を「計算」

できないことを、明白に示している。被告側は、絶滅の危機にある種の法を

「合理的」に評価し直して、常識と公共の福祉に適合するように、現実的な救 済策を示すべきだと主張している。しかし、それはわれわれ裁判官の任務では ない。」として9)、「議会が適切な法律でリトルテネシー川をスネール・ダーダ ーの生息地から除外するまで、または内務長官がスネール・ダーダーを保護リ ストから削除するまで、工事を差し止める」旨の控訴裁判所判決を支持し、テ リコ・ダムの水門閉鎖の停止を命じた。

 この判決に対して、テリコ・ダム建設の障害となっているすべての法律を停 止し、ダム完成の工事を可能にする法律が

1979

年成立し、テリコ・ダムにつ いて絶滅危機種保存法の執行は停止された。

 以上の事件は、保護すべき種の選択基準を持っていない絶滅危機種保存法に よる種の保護の難しさを示している。

9) 畠山武道『アメリカの環境保護法』(北海道大学図書刊行会、1992年)348頁

(25)

 ウ 生物多様性条約は、生物の保護を生物多様性の保全ととらえており、生 態系の保護をしていくべきとしているが、1つの種を守ることだけでは、生態 系を守ることにならず、また、生態系と切り離して

1

つの種を保護することは 困難である。

 種の多様性を保護し、多数の生物の生存を確保するためには、生態系全体の 保存を考える必要があり、生態系を保護する方策は、地域一体の自然状態をそ のままの状態で保全することである。

 これを目的とする自然区域の保護制度と、絶滅危機種保存法とは、保護のア プローチの仕方に違いがあり、自然区域保護は、人間による自然をなくそうと する行為を防ごうとするものであるのに対し、絶滅危機種保存法は、人間が特 定の種を傷つける行為を抑制しようとするものである。

 絶滅危機種保存法のような特定の種に着目した制度は、国立公園、国有林、

野生生物区という自然区域保護制度でカバーされていない地域での自然環境保 全の保全方法といえる。

 (4)環境訴訟の原告適格―市民訴訟条項

 絶滅危機種保存法に加え、環境影響評価法などの米国の環境法は、市民訴訟 条項を持ち、市民に、自然環境の保全を目的とした訴訟の権利を認めている10)。  市民の訴訟は、「事件性の要件」として、事実上の被害、原告被害と被告行 為との間のつながり、救済可能性があることを要件として認められる。

 例えば海浜等の公共的な利用を妨害する行為は、海浜等を州に信託したすべ ての州民の権利侵害になり得、差止命令を求めることができる。

 これに対し、日本の海、湖沼などの公物管理法である公有水面埋立法などで は、自然環境の保全も法目的に含まれるが、私人が、自然環境の保全を目的と して訴えを提起することは認められていない。

 「絶滅危機種保存法」の市民訴訟条項は、テリコ・ダム事件に見られる問題 もあるが、一方、市民訴訟条項は、自然環境保全を求める訴訟を一般的に可能

10) 畠山武道『アメリカの環境保護法』(北海道大学図書刊行会、1992年)127頁

(26)

にする点で、米国における環境保護運動で大きな役割を果たしている。

 米国の北西部の国有林の老齢林伐採に反対する環境保護運動は、ニシアメリ カフクロウの絶滅危機種への指定と、市民訴訟条項に基づく訴訟による森林伐 採の差止命令を経て、米国の国有林のエコシステムマネジメントによる森林管 理への転換につながった。

 これは、ニシアメリカフクロウの生態系を保全していくことが、国有林にお ける生態系の持続可能性を保障するエコシステムマネジメントによる管理体系 への転換と拡大されて、問題解決が図られたためである。このことは、市民訴 訟条項の存在が、国有林全体の改革を引き出す力を持ったということであり、

その力の大きさを示している。

7 森林、草原などの開発行為の規制

 森林や草原の減少を防ぐためには、森林を伐採して他の用途のために土地を 転用することを規制する必要がある。

 自然環境を保全するための法規制として、森林、海浜、湖沼などの開発行為 の規制を行うことの政府の権限は、米国では、土地利用に対する規制権限が原 則として州の下にあるので、自然環境を保全するための法規制は州法によって 行われる。

 米国で、個人有や会社有の民有林について開発行為について具体的に規律す る米国の州法の知見が十分でないので、森林を伐採して他の用途のための土地 に転用することの規制について、日本法による説明で補足する。

 開発行為の規制については、米国よりも人口稠密である中で国土の有効利用 を進める必要のあった日本の規制の方が調整の必要から発達していると考えら れ、日本は先進国の中では高い森林率を誇り、森林を開発行為から守るという 点で優れた部分があると考えられる。そのことに貢献をしたと考えられる日本 の自然公園法と森林法を紹介する。

 (1)日本の自然環境を保全するための法規制

(27)

 自然環境を保全するための代表的な手法は、ある広がりをもった自然地域を 対象とし、その内部の自然環境に影響を与える開発等の行為を規制あるいは禁 止することによって、その地域全体を保全するものである。

 日本の自然公園法は、自然公園の特別地域として指定された土地での自然環 境の保全に影響を与える土地所有者などの行為に全面的に制限を加える制度で ある。

 森林法は、日本の森林のほぼ全域で、土地所有者が森林を他の地目に変更す ることについて規制している。

 (2)ゾーニング規制としての日本の自然公園法

 日本は人口が稠密で国土が高度に利用されているため、自然公園制度ができ る前に広く各権利主体の土地所有権が成立していたため、自然公園制度は、公 共団体が広く土地を所有して公園として土地を管理していく制度としては成立 することができなかった。

 これに対し、日本の国有林制度は、国が天皇、旧幕府、旧藩の所有地を承継 取得して、国の所有する森林制度として、成立している。

 米国のように国が所有する営造物公園とは異なり、日本の自然公園制度は、

私人の所有地につき、自然環境の保全に影響を与える土地所有者の行為に制限 を加える、ゾーニング規制の法制度として成立した。

 日本の自然公園内の土地は、私人が所有権を持ち、私人の土地利用活動が行 われているが、環境基本法

21

3

号は、「自然環境を保全することが特に必 要な区域における土地の形状の変更、工作物の新設、牧畜の伐採その他の自然 環境の適正な保全に支障を及ぼすおそれがある行為に関し、その支障を防止す るために必要な規制の措置」を行うこととし、自然公園法は、ゾーニングとし て、保護すべき特別地域と、その外側の緩衝地帯として普通地域を線引きし、

自然環境の保全に抵触する行為を規制する。

 すぐれた自然景観等を有し、公園利用上重要な地域として指定された特別地 域では、工作物の新築等、木竹の伐採、鉱物の採掘、埋立て、指定動物の捕獲、

湿原等への立入り等の行為に、環境大臣等の許可を要し、違反行為は罰せられ、

(28)

また、現状回復を命ぜられる。

 自然公園法は、国土をその土地利用目的に応じて線引きし、目的に応じた土 地利用を整序していこうとすることを内容とする、ゾーニングの法律であるが、

都市的土地利用を整序することを目的とする都市計画法も、市街化調整区域の 線引きをし、都市的土地利用の拡大を制限するゾーニング規制を行っており、

それも森林の保全につながっている。

 (3)日本の森林法の中の開発行為の規制

 森林法によって、水源のかん養、土砂の流出・崩壊、火災の防備、公衆の保 健、名所旧跡の保存の必要などがあるとき、森林は保安林に指定される。保安 林は、都道府県知事の許可を受けなければ、立木を伐採することはできない。

 また、民間が所有する森林につき、一定面積以上の開発行為をするためには、

都道府県知事の許可が必要であり、①土砂の流出又は崩壊その他の災害、水害 を発生させるおそれがあるとき、②水の確保に著しい支障をおよぼすおそれが あるとき、③周辺地域の環境を著しく悪化させるおそれがあるとき、許可はさ れない(森林法

10

条の

2)。

 (5)自然環境や森林の保全を目的としたゾーニング規制法

 日本の自然公園制度や森林法の開発許可制度は、民間が所有している土地に 対して、「個人としてやりたい放題やる自由」を制限し、自然環境や森林の保 全を目的とした開発を規制している。これらの規制は、自然環境の保護、森林 の保護を内容としているが、究極的には、人と生物の活動領域の線引きの役割 を果たしている。

8 米国や日本の環境法の、開発途上国の環境法制への示唆

 自然環境の保全・保護のためには、生態系を保護する必要性があることは、

生物多様性条約で明らかにされている。

 生態系を保護するためには、陸域においては、水の賦存状況に応じて形成さ れる森林及び草原等の状態を保全ないし復元することであり、森林開発を防ぐ

(29)

必要がある。

 米国や日本の環境法制で見られる(1)自然が保全される地域を特定して、そ の地域で自然が保全されるよう管理する仕組み(2)個別の生物種に着目した保 護法制(3)森林を伐採して他の用途のための土地に転用することを規制する制 度の法制は、各国において同様の法律を整備していくときに、参考とされるべ きである。

 アフリカ、アメリカ、アジアの諸国すべての国において、地球環境を保護す るためには、生物多様性条約に基づき、開発途上国が自国内の生物多様性が豊 かな地域を登録地域として指定し、適切に保全するための国立公園の整備と国 有林の保護が行われるべきである。

 国有林制度は、森林の多面的機能の発揮を目的としているが、木材生産が森 林の多面的機能に入っている地域で行われるべき制度である。

 これに対して、自然公園制度も、森林や草原、更には砂漠の多様な価値の発 揮を目的としているが、人間の利用方法としては、景観を保全することが重要 な地域で行われるべき制度である。

 森林について土地利用が進んでおらず、国有地が中心となっている国では、

営造物公園としての自然公園を設けるべきである。米国の自然公園制度は、自 然保護への熱意の上に成立しており、「環境と開発のためのリオ宣言」第

11

原則の「一部の国が適用した基準は、他の国、特に開発途上国にとっては不適 切であり、不当な経済的及び社会的な費用をもたらすかもしれない」に該当す るものではない。

 米国の法制で、国が土地を所有する制度として、国立公園、国有林、国立野 生生物保護区の

3

種類が設定されており、開発途上国でも、景観を保全すべき 地区は、公園制度として、木材生産を含めた森林の多面的機能を発揮させるよ うに管理すべき森林については、国有林制度として管理されるべきである。

 日本の法制で、自然公園法が、線引きされた地域の範囲内で、私人が自然保 護に反する行為をするのを規制し、森林法が、森林全域で、所有者が森林を他 の地目に変更することについて規制しているように、開発途上国においても、

(30)

私人の所有権が成立している地域に対して開発行為の規制が行われるべきであ る。

第 4 自然保護としての世界遺産

 開発途上国をはじめとした地球レベルの自然保護のために、世界遺産制度の 有している意義について、検討する。

1 世界遺産条約の趣旨

 ユネスコは、重点的な目標の一つである「文化の多様性の保護および文明間 対話の促進」の実施として、世界遺産の登録と保護などを行っている。

 世界遺産条約が作られた経緯は、世界の中でも優れた自然と景観を有する地 域を、現在および将来の世代の利益のために、世界遺産トラストとして保全・

管理することが米国政府で構想され、これをユネスコが、自然遺産と文化遺産 を一緒に扱う条約として、具体化したものである11)。世界遺産条約が、文化遺 産と自然遺産を同一の枠組みで保護する点は、米国の国立公園の中に歴史的史 跡や公園、記念碑が編入されたことと類似し、同条約が、米国の国立公園

100

周年(1972年)に採択されたことからも、アメリカの国立公園を基に世界遺産 条約が構想されたことを示している。

 世界遺産条約は、顕著な普遍的価値を有する「文化遺産」と、自然景観や生 態系につき顕著な普遍的価値を有する「自然遺産」を登録して、保全するとと もに活用し、世界遺産として将来世代に引き渡すことを目的とし、開発途上国 にある世界遺産の保全等に必要な技術・資金を国際的に援助する体制を確保す ることとしている。

 締約国は、世界遺産リストへの掲載が望ましい自国内の文化・自然遺産のリ

11) 吉田正人『世界遺産を問い直す』(山と渓谷社、2018年)19頁以下

参照

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