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知られざる人間関係(

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(1)

知られざる人間関係(

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一 一 安 田 武 を 巡 る 人 々 一 一

序 論

岡 崎 一

本稿の狙いは、(古書庖・古書展で入手した)筆者所蔵の未発表書簡を紹介すると とにより、近現代日本の知られざる人間関係の一端を浮き彫りにするととにある。

明治期から時系列的に取り上げる方が望ましいかもしれないが、都合により、取り 上げ易い処から始める。今回は、評論家・「思想の科学研究会J会員 (1964‑66は 会長)・日本戦没学生記念会「わだつみ会」常任理事であった安田武 (192286) の周囲を取り上げる。

筆者所蔵の安田宛て書簡は、合計37枚(全て年賀葉書で、概ね官製「お年玉く じJ付き)。宛先である安田の住居表示は、 1966年までは東京都北多摩郡保谷町下 保谷238、市制施行 (196711日)以降は東京都保谷市東町3‑7‑2であ

る。差出人の内訳(五十音順)と枚数は、以下の通りである。

舎町雄次 (1916‑97、史学者、評論家 3枚 青地長(1909‑84、評論家、本名は青木滋 2枚 岡本劫司 (1915一?、シナリオ作家) 2枚 尾崎秀樹 (1928‑99、文芸評論家 1

小田切進 (1924一旬、日本近代文学研究者、文芸評論家 5枚 粕谷一希 (1930一、評論家、編集者、出版事業家 1

上坂冬子 (1930‑2009、ノンフィクション作家、本名は丹羽ヨシコ 1枚 金達寿 (1919‑97、小説家 1

工藤幸雄 (1925‑2008、詩人、ロシア・ポーランド文学者)・久代(エッセイ スト 1

斎藤隆介(1917一郎、児童文学者、本名は隆勝 1枚 白井健三郎 (1917ー錦、仏文学者、文芸評論家 1枚 城山三郎(1927‑2007、小説家、本名は杉浦英一 3枚 末JII(1892‑1977、民法学者 1

関山和夫 1

高田宏 (1932一、作家、随筆家 1枚(他に安田ったゑ[武の妻]宛て年賀

(2)

葉 書1枚)

戸井田道三 (1909‑88、評論家 2枚 夏堀正元 (1925‑99、小説家 1

野間宏 (1915‑91、小説家、評論家、詩人) 3

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福 島 鐸 郎 (1936‑2006、戦後雑誌・出版史研究者、雑誌収集家) 4枚 古山高麗雄 (1920‑2002、小説家、随筆家、編集者 1

松浦絵三 1

文芸関係者が多いのは当然のととと言える。しかも大半が著名人であり、安田の交 友範囲の広さと重みを物語っている。以下に、原書簡の表(概ね青インクか暗青イ ンクを使用)と裏を (50%の)縮小版(モノクロ)で示し、適宜コメントを付す(文 献の副題は原則として省略、粕谷と高田については存命中のため、また関山と松浦 については経歴未詳で文面も「謹賀新年Jなどで内容に乏しいため、紹介を割愛)。

インターネット情報(国立国会図書館「蔵書検索」や rWi.kipediaJなど)も参照 したが、煩墳に及ぶため、傍証では一々明記しない。

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①は舎閏48歳の時のもの(消印は14日)。裏には (r1965J[西暦年]と、シ ノレクハットを被りパイプを街えた蛇を、合わせ彫った)手製スタンプ印(朱)が押 されている。②は曾田54歳の時のもの(消印は無い)。裏には猪の絵柄の既製スタ ンプ印(朱)が押されている。③は曾田55歳の時のもの(消印は14日)。裏に はこ匹の鼠の絵柄の既製スタンプ印(朱)が押されている。①ー③の裏は、ほぽ同 一のスタイノレ(郵便番号制度の導入は1968・年7月なので①には記載されていなし¥) で、全面印刷。当時、曾回は京都大学人文科学研究所教授で、既に『アーロン収容 所』中公新書(中央公論社、 1962)などを出版していた。安田と(保守派の論客と して知られる)舎回とのささ流は興味深いが、その関係は、梅梓忠夫・多国道太郎編 (安田は編集協力者の一人)W論集・日本文化』、 WEnergy~ 特別号(エッソ・スタ ンダード石油株式会社広報部、 1971年 10月)に多田・安岡(対談)

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日本の美学 と世界文イ包」と曾田「港の文化史的意味Jが同時再掲された以前から始まっていた わけである。

青地展

①は青地54歳の時のもの(消印は1月213)。②は青地55歳の時のもの(消印 は11日)。共に既製の「年賀J葉書ではあるが、官製「お年玉くじJ付きでは ないため、表に4円切手を貼っている。①一②の裏は、ほぽ同一のスタイルで、全 面印刷だが、氏名だけ自筆(暗青インク)

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謹」が旧漢字から当用漢字へ、また番 地が「一四七九」から「一四九一Jへ変更されている。戦時中「横浜事件Jで遡脅

された経歴を持つ青地が元号を使用しているのは意外である。

岡本功司

①は岡本54歳の時のもの(消印は無い)。表は墨書。裏の「本年もよろしくJも 墨書、「賀正」・「元且」は既製スタンプ印(朱)、住所・氏名・電話番号も既製スタ

ンプ印(育)。②は岡本65歳の時のもの(消印は無い)。郵便番号は何故か r202J になっている。裏は全面印刷で、文面は大月への転居通知が主。尾崎一雄・尾崎士 郎の作品の脚色で知られる岡本は、当時既に『人生劇場主人・尾崎士郎~(永図書房、

1966)などを出版していた。

尾崎秀樹

①は尾崎47歳の時のもの(消印は前年1231日)。裏は全面印刷(茶色)。当

(20)

時の尾崎が安田と伺じく保谷市(しかも東町の隣町である中町)に住んでいたとは 面白い。当時、尾崎は既に 40冊近い著書を出版しており、まさに油が乗っている 時期だった。異母兄の尾崎秀実を「ゾノレグ事件」で検挙され(死刑)、その体験を基 に『生きているユダ.~ (八雲書庖、 1959)・『ゾノレゲ事件』中公新書(中央公論社、

1963)などを出版していた尾崎だが、この書簡では元号を用いている。安田との関 係は、遅くとも杉浦明平・村上一郎編『記録文学への招待~ (南北社、 1963)に尾 崎「歴史の証言者たち」と安田「戦争と記録」が同時掲載された時点まで遡れる。

小国切進

①は小田切34歳の時のもの(消印は11日)。裏は全て既製スタンプ印(r賀 正」・「元旦Jは朱、住所・氏名は黒)。②は小田切35歳の時のもの(消印は無い)。

裏は全面印刷。③は小田切43歳の時のもの(消印は無い)。宛先は既に市制施行後 でも「北多摩郡下保谷二三八jになっている。④は小田切 47歳の時のもの(消印 は前年1231日)。⑤は小田切48歳の時のもの(消印は前年1229日)。③‑

⑤の裏は、ほぽ同一スタイルの全面印刷(③だけ「目出」となっており、また③だ け親猿が子猿を抱いた絵柄の既製スタンプ印[朱]が押されている)。当時の小田切 は立教大学教員 (1964 年教授)で、著書には『昭和文学の成立~(勤草書房、 1965)、 編著には「毎日出版文化賞J受賞作『現代日本文芸総覧』全4巻(明治文献、 1968

‑73)などがあったが、何と言っても日本近代文学館開館(19674月)に尽力 した功績が大きく、常務理事から理事長 (197112月)にもなっていた。

上坂冬子

①は上坂55歳の時のもの(消印は13日)。表の「東京都目黒区自由が正二ー 十四ー十/上坂冬子Jは既製スタンプ印(黒)。裏は全面白筆で、「よい年でありま すように/お互いに/上坂冬子Jと(暗青インクで)記されている。上坂は保守的 な論客だったが、もともと安田と同じく「思想の科学研究会j会員でもあり、文壇 デビュー作『職場の群像~ (中央公論社、 1959)は第 1回「中央公論社思祖の科学 新人賞J受賞作だった。

金達寿

①は金66歳の時のもの(消印は無い)。郵便番号は何故か r202Jになっている。

裏は全面印刷だが、氏名だけ自筆(青インク)。当時の金は既に小説家としての活動 を終えていたが、『古代日本と朝鮮文化~ (筑摩書房、 1984)・『古代の日本と朝鮮』

(21)

(筑摩書房、 1985)など、古代の日本と朝鮮を巡る著作活動は続けていた。

工藤幸雄・久代

①は工藤幸雄54歳の時のもの(消印は19日)。既製の「年賀J葉書でもなく、

官製「お年玉くじ」付きでもないため、表に20円切手を貼っている(消印は19 日)。裏にはガリ版印刷の文面に「煩春Jの既製スタンプ印(朱)が押されている。

印刷が必ずしも鮮明ではないため、改めて活字化すると、以下のような文面になる。

80年代をひらく年頭にあたり 明るく 健かな新年を心から 祈念いたします。

1980年 元 旦 住みなれた東中野から年の 暮れ思いもかけず下記へすみか を移す幸運に恵まれました。

今後ともいっそうの御好誼を 賜らぽ幸せに存じます。

雑木林が風に揺れ校ぶり の美しい松の向こうの正月の空を 見やりつつ今昔の思いしきりです。

182 調布市入間町328  アトリエXV‑B Tel.  4844849 

工藤 幸雄 久代 (成城学園前駅から

パス5分、入間町3丁目下車3分)

転駅直知が主内容だが、書き足りなかったと見えて、 f(終の棲)というととばが念 頭に去来します。これが人生で20回目以上の引越しでした。」と(ボールベンで) 左欄外に記している。工藤が引越し魔だったととが窺えて興味深い。なお、当時の 工藤は多摩美術大学教授で、著書に『ワノレシャワの七年』新潮選書(新潮社、 1977)

(22)

があり、翻訳書は 20 冊に達していた。また、久代の方は『ワノレシャワ貧乏物語~ (鎌 倉書房、 1979)を出版したばかりだった。

斎藤隆介

①は斎藤50歳の時のもの(消印は1月9日)。官製年賀葉警ではなく、官製普通 薬害(消印は19日)。裏は全面白筆。「わけ入っても/わけ入っても/青い山/

種田山頭火」は赤インク、「今年もよいお仕事を!/昨年末「朝日」の御一文/感動 致しました。Jは暗青インク (r昨年末「朝日」の御一文Jとは、安田「私の12月8

日J~朝日新聞(夕刊)~ 1967年12月8日[9面、文イ七欄]のことで、太平洋戦争 とベトナム戦争を比較しつつ「私たちの平和の日々に、戦争はすでにはじまってい る」とする警句一一「戦争に「日付」はないjという副題の趣旨ーーが効いている)、

「一九六八年新春」は赤インク、「千葉市大宮町929/斎藤隆介」は暗青インク。当 時の斎藤は、『職人衆昔ぱなし~ (文醤春秋、 1967年1月)、『八郎』日本傑作絵本 シリーズ(福音館書居、 1967年11月)、短縮童話集で第17回「小学館文学賞J受 賞作『ベロ出しチョンマ~ (理論社、 1967年 12月)を立て続けに出版したばかり だった。

白井健三郎

①は白井42歳の時のもの(消印は1月4日)。裏は全面印刷。当時、白井は学習 院大学文学部フランス文学科教授で、既にサノレトノレの著作やカミュ(加藤道夫との 共訳)~正義の人々』現代フランス戯曲叢書(新潮社、 1953) などの実存主義系統 の翻訳・紹介を行なっており、「サルトノレの実存主義の解明ないしは紹介を主とし、

その現代における革命的積極性を明らかにしたJ(rあとがきJ)評論集『実存主義と 革命~ (現代思潮社、 1960)を出版する目前だ、った。

城山三郎

①は城山42歳の時のもの(消印は無い)。裏は全面印刷。当時の城山の時代・文 学認識が良く窺える書簡である。「少しでもよい仕事を」という思いは、やがて渋沢 英ーについての伝記小説『雄気堂々~ (新潮社、 1972)の初出「寒灯J(~毎日新聞』

1971年1月113‑12月23日)として結実することになる。②は城山45歳の時の もの(消印は無い)。裏は全面印刷。話題の慶国弘毅伝は、小説『幕日燃ゆ~ (新潮 社、 1974)として出版され、「毎日出版文化賞J•

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ゃな世になってきました」だけ自筆(青インク)。これが具体的に何を指しているか は不明だが、ジ連のアフガニスタン介入 (1979年 12月)、韓国政府の金大中連行 (1980年5月)、外務省の国連平和維持活動への自衛官派遣提言 (1980年7月)、 自民党幹事長の靖国神社国家護持法制化の推進表明 (1980年8月)、イラン・イラ ク戦争 (1980年9月)、 1981年度政府予算案の防衛予算前年度比増額決定 (1980 年 12月)というような国内外の一連の寧事行動・反民主佑・右傾化の動きを指す

ものかもしれない。

末川博

①は米川82歳の時のもの(消印は17日)。裏は全面印刷。冒頭の「早ぼやの 御賀詞ありがたく」から判るように、これは返礼の賀状であり、消印も17日に なっている。当時の末川は既に立命館大学名誉総長,京都市名誉市民になっており、

晩年を文字通り「達者に日日を好日として過ごしてJいた。安田との関係は、遅く とも坂田昌一編『核時代と人間』、末川博総編集『戦争と平和』シリーズ6(京都:

雄揮社、 1968)に安田武・作田啓一「戦争責任と日本の原罪Jが収録された時点ま で遡れる。

戸井田道三

①は戸井田66歳の時のもの(消印は1月2日)。表は墨書。②は戸井田 67歳の 時のもの(消印は16日)。裏は全く同ーのスタイノレで、全面印刷(r道三」だけ インク書き)。当時の戸井田は、既に『能~ (毎日新聞社、 1964)・『観阿肱と世阿弥』

岩波新書(岩波書庖、 1969)・『狂言J(平月d土、 1973)などの古典芸能関係の著書 を出版していた。安田との関係は、遅くとも mnergy~ 23号 (1969年10月)に 多国・安田(対談)r日本の美学と世界文化Jと戸井岡「われらの内の未開人Jが同 時掲載された時点まで遡れる。

夏堀正元

①は夏堀39歳の時のもの(消印はl月1日)。既製の「年賀」葉書ではあるが、

官製「お年玉くじ」付きではないため、表に青地の場合と同じ4円切手を貼ってい る。裏の絵柄(白蛇の絵馬)は既製品だが、「賀春/一月一日」は自筆(墨書)。住 所・電話番号は既製スタンプ印(朱)だが、氏名は自筆(青インク)。当時の夏堀は、

下山事件に取材した長編小説『毘』カッパ・ノベルス(光文社、 1960)で既に評価 されており、同人誌『層』を発刊する目前だった。

(24)

野間宏

①は野間52歳の時のもの(消印は13日)。②は野間55歳の時のもの(消印 は1月3日)。③は野間56歳の時のもの(消印は1月3日)。①ー③の裏は、ほぼ 同ーのスタイルで、全面印刷(制度導入以前のため①に郵便番号は記載されていな い、また「丁目」・「番」・「号」の記載はマチマチ)。当時の野聞は、既に日本共産党 を除名された後で、自己の全体小説理論の作品化であり第7田「谷崎潤一郎賞」・「ロ ータス賞」を受賞した『青年の輪j (河出書房新社、 1966‑71)の完結に向う途上 にあり (①・②の時点)、①の直後には『サルトノレ論j(河出書房新社、 1968年 2

月)も出版されている。また①と②の聞には、評論集『創造と批評~ (筑摩書房、

1969年3月)などが出版されている。3枚とも野間自らが「創造による大きな歩み」

を遂げつつあった時期の書簡として注目される。

福島縛郎

①は福島 39 歳の時のもの(消印は無い)。裏は (r ワシントン~'I'I発行独立 200 年 祭記念メダルJの表裏を中心に据えた)全面印刷だが、「今年も又獅活躍の年で/あ りますようにJだけ自筆(暗青色インク)。②は福島42歳の時のもの(消印は1月 4日)。裏は(寿老人で埋め尽くした)全面印刷だが、「御無沙汰致しておりますJ

(右欄外)と「今年も御活躍をおいのりしてJ(左欄外)だけ自筆(暗青色インク)。

③は福島43歳の時のもの(消印は1月2日)。郵便番号の r118Jは r188Jの誤 記。裏は全面印刷(戦記物の表紙で埋め尽くしているが、最後に、これから開始す る1980年のものが「第三次世界大戦Jとなっているのは予兆的)だが、氏名だけ 自筆(暗青色インク)。④は福島49歳の時のもの(消印は1月1日)。郵便番号の r118Jは r188Jの誤記。裏はカラフノレな全面印刷 (r寅」は銀色、「賀正」は柿色 地に黒色、「旧年中は、多々お世話になりました。/今年もご指導、ご鞭達宜しく お願い申しあげます。/昭和六十一年 元旦/藤沢市辻堂元町五の十二のこ」は 樫色)だが、氏名だけ自筆(暗青色インク)。安田と福島との協力関係は、遅くとも

①以前、共編『証言 昭和二十年八月十五日j (新人物往来社、 1973)から始まっ ており、同じく共編『記録 自決と玉砕j (新人物往来社、 1974)へと継続してい た。

古山高麗雄

(25)

①は古山60歳の時のもの(消印は無い)。裏は全面印刷。当時の古山は、既に『プ レオー8 の夜明け~ (講談社、 1970)で「芥川賞」作家になっており、『季刊塾術』

編集長の職も退いていた (1979)

後記

本篇の初版は20143月には発行されていたが、学内から個人情報や著作権の 問題を指擁された結果、改訂することになった。遺族あるいは著作権継承者の所在 は大方判明し、公表についての許諾を得ることもできた(その際に実に興味深い内 輪話も色々と伺えた)が、舎図雄次と岡本功司の著作権継承者からは再三連絡して も返事がなく、許諾を得ることができなかったo また、青地長と白井健三郎につい ては、手を尽したものの、遺族あるいは著作権継承者がそもそも不明のため、許諾 を得ることができなかった。そのため臼本文義家協会などに助言を求めることとな ったが、その結果、引用の代用として(翠塗りを伴う)部分公表の形を取るに至っ た。今後とも、遺族あるいは著作権継承者の許諾を得ることに努め、金額公表する ことを心がけたい。遺族あるいは著作権継承者からの連絡を切に待つ次第である。

なお、筆者の不注意により初版発行時に不明であった点が、その後3つ判明して いる。岡本功司の没年が1996年であること、関山和夫(1929‑2013、話芸研究者) の経歴が判明したこと、「松浦絵三jが「松浦総三j(1914‑2011、評論家、新聞学、

マスコミ研究)の誤読で、あったことであるが、初版の原版を再使用する必要に迫ら れたため、今回は改訂できなかった。他日、再掲の際に改訂したい。

参照

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問についてだが︑この間いに直接に答える前に確認しなけれ

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 基本的人権ないし人権とは、それなくしては 人間らしさ (人間の尊厳) が保てないような人間 の基本的ニーズ

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申立先税関の本関知的財産調査官は、当事者(申立人及び当該申立人に係る輸入差止申立