◎論説特集◎現代に生きる﹁五四﹂
五 四 と 中 国 の 現 代 化 金 耀 基
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八〇年前の一九一九年五月四日︑三千余名の古都北京の
大学生︑中でも北京大学の学生が天安門前に集結し︑北洋
政府が批准した日本に対する屈辱的な条約に怒りの抗議を
行ない︑パリ平和会議の山東決議案に反対した︒愛国的動
機から出た自発的な民衆運動でありながら︑彼らの抗議は
当時の政府の弾圧を被った︒この愛国運動は他の都市に連
鎖的な反響を引き起こし︑新興の工商階層や他の愛国市民
が続々と学生のデモ行進に参加︑その大規模な壮挙に感激
して︑全国レベルの愛国富強運動が形成され︑﹁内は国賊を
除き︑外は強権に抵抗する﹂をスローガンとした︒この愛 国運動を︑当時の北京大学学生の羅家倫は﹁五四運動﹂と
呼んだのであった︒愛国主義が五四というこの文化記号の
象徴する重要な内容の一つであることは紛れも無い︒私個
人は︑この愛国主義は︑一九世紀末にヨーロッパ帝国主義
の侵略により生まれた中国民族主義の覚醒と不可分である︑
つまり五四は民族︑国家﹁集団﹂が解放を求め︑自由を求
め︑自主を求め︑独立を求める必然性と精神を代表してい
ると考える︒こうした集団の自由と自主を求める政治運動
は最終的には国家﹁主権﹂の観念に表現されよう︒五四の
愛国主義︑民族主義が孫中山先生による一九=年の共和
革命と密接に呼応していることは言うまでもない︒
けれども︑五四というこの文化記号の代表するものは決
して愛国主義の﹁五四運動﹂に止まるものではなく︑それ
は﹁五四運動﹂の前後にわたる﹁新文化運動﹂(これは孫中
山先生が最初に使った言葉である)をも代表する︒新文化
運動の基本にある文化意識の方向は新思想を鼓吹し︑旧来
の信仰を批判することで︑周策縦先生がそれを﹁現代中国
ム の思想革命﹂と見なしたのは首肯できる︒新文化運動の主
流と指導的地位にあったリベラリスト︑陳独秀︑胡適之ら
は中国の積年の弱体を救済するには文化における根本的な
改造が不可欠だと信じ︑あらゆる伝統的価値の再検討と文
化面での蒙昧主義の一掃を要求した︒再検討され批判され
た旧価値︑旧信仰は中国思想の正統的地位を占めていた儒
家思想に集中し︑ラディカルな主張の中には﹁孔家店の打
倒﹂を求め︑儒学を﹁人を食らう礼教﹂と見なし︑家庭と
倫理における革命を結論付けるものもあった︒換言すれば︑
新文化運動の主旋律は﹁個人の﹂解放︑自由︑自主と独立
を求めることだった︒こうした個人の自由と自主を求める
文化運動は最終的には﹁人権﹂の観念に表現されよう︒
五四新文化運動の精神的資源はヨーロッパ出自のもので
あり︑もっと言えば一八世紀ヨーロッパ︑特にフランスの
啓蒙運動の中国版と見なしても大過あるまい︒ヨーロッパ
の啓蒙運動は﹁個人の理性主義﹂であって︑啓蒙思想家(特
にフランスの百科全書学派)は理性と進歩を信じ︑理性に
よって社会を改造し︑新しい文明秩序を構築することが可
能で︑理性の最強で最高の表現は科学的理性であると確信 していた︒啓蒙運動の最も劇的な表現は一七八九年フラン
ス大革命であり︑フランス大革命の象徴は理性︑自由︑平
等︑公正であった︒多様な価値を象徴するフランス大革命
は﹁民主﹂の一言で総括でき︑その意味で︑理性主義を基
礎とする啓蒙運動は︑﹁科学﹂と﹁民主﹂という二つの言葉
の中に抽象と綜合の表現を見出せるから︑五四は﹁科学﹂
と﹁民主﹂の二つの旗幟を提示することによって啓蒙運動
のテーマを理解したといえるであろう︒
五四というこの文化記号が象徴するのは極めて複雑な事
態であるが︑五四の歴史的位相は中国現代化の重要な一里
塚だと言えよう︒中国現代化は洋務運動の﹁物質技能レベ
ル﹂から変法維新︑辛亥革命の﹁制度レベル﹂に上昇し︑
新文化運動の﹁思想行動レベル﹂へと再転換した︒客観的
に見れば︑百年にわたる中国現代化の道は︑極めて曲折に
満ちており︑変革のレベルでは根本的な転換を伴うものだっ
た︒辛亥共和革命は伝統的な﹁普遍的主権﹂を転覆し︑中
国の﹁政統能﹀を改変し︑中国の政治宇宙︑中国の政治秩序を刷新したが︑新文化運動は中国の﹁道統﹂を改変し︑中
国の文化宇宙︑中国の文化秩序を刷新した︒五四の精神的
遺産は二つの面に及び︑一つは辛亥革命以来の﹁民族国家﹂
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を継承し自由と自主を求める価値意識であり︑今一つは個
人の自由と自主を求める価値意識である︒実はこの両者は
いずれもヨーロッパ一八世紀以来の﹁モダニティ﹂の主要
な内容をなした﹁民族主義﹂と﹁個人主義﹂に他ならない︒
前者は﹁集団理性﹂の一つの表現であり︑後者は﹁個人主
義﹂の一つの表現であって︑共に五四の遺産ではあるが︑
二〇世紀の中国では︑長期にわたる内憂外患の情勢によっ
て︑﹁集団﹂の価値は常に﹁個人﹂の価値に優るとされた︒
﹁国家﹂と﹁個人﹂は皮と毛の関係に例えられ︑﹁皮がなく
なれば毛も一緒になくなる﹂というのが主流の意識となり︑
国家の自由︑自主があってはじめて個人の自由と自主があ
ると言われた︒事実︑二〇世紀に中国で隆盛した思潮は︑
三民主義とマルクス主義とを問わず︑﹁集団﹂の序列を高
め︑﹁集団﹂の価値を強調するもので︑孫中山は国家を強調
し︑マルクスは﹁階級﹂を強調し︑レーニンは﹁党﹂を強
調し︑毛沢東は﹁民衆﹂を強調したのである︒したがって︑
二〇世紀中国とは一貫して集団が個人を圧倒した歴史と言
え︑李沢厚の﹁救亡が啓蒙を圧倒した﹂という説明は実に
経験性に富む論断なのである︒こう述べるのは﹁五四﹂の
遺産自体が内在的な緊張をはらんでいることを説明したい
からだ︒いずれにせよ︑八〇年が過ぎ︑五四の遺産はすで
に中国文化の新伝統となった︒実際︑我々はみなポスト五
四の人間であって︑我々の政治観︑文化観は全て五四の影 響を受けており︑五四の新伝統はある意味では今もなお中
国現代化の最重要資源であるというべきだ︒五四現代化の
伝統を顕彰するには五四に内在する問題を理解せねばなら
ず︑﹁五四﹂の反省を通じて五四を継承せねばならない︒
五四新文化が行なった批判運動は︑蓄妾制度の廃止︑体
刑の廃止︑纏足習俗の廃止など︑中国文化の中の落伍︑腐
敗し蒙昧な﹁悪しき伝統﹂を取り除く上で偶像破壊的な作
用を果たした︒北京大学前学長の胡適が一九〇六年の﹁中
華伝統とその将来﹂で﹁それらの廃止や解体は︑中国が旧
態依然として孤立した文明のくびきからの解放と見るべき
だ﹂と述べた通りである︒確かに︑五四の﹁解放﹂がなけ
れば︑中国の現代化工作はどんなレベルに止まっていただ
ろうか︒歴史のミクロな視野から見ても︑五四によって中
国は思想文化のレベルで勇敢にも現代化という後戻りでき
ない道を歩むにいたった︒五四の象徴する愛国主義︑民族
主義が中国の﹁国家機構﹂の動力であるのは当然だが︑五
四の標榜する﹁科学﹂と﹁民主﹂はそれ以上に中国が現代
文明を構築する際の中心となる支柱である︒ここで指摘し
たいのは︑五四が行なった中国文化に対する再検討が事実
上︑急進的な反伝統の道を歩んでしまったため︑五四世代
のエリート層の思想からすれば︑中国の文化伝統は中国現
代化の疎外力であり障害であるに過ぎず︑﹁伝統﹂と﹁現
代﹂は二者択一のものであったから︑彼らの伝統批判は伝
統﹁打倒﹂へと変ずるのが常となり︑同時にそれが時代の
風潮ともなったことだ︒本当は︑伝統の中には現代化と衝
突しないばかりでなく︑現代化を援助しその資源となれる
ものがある︒世界には様々な形態の﹁現代化脂4>があるが︑﹁伝統なき現代化﹂が存在することは決してない︒
﹁五四﹂に対する反省こそ五四を発展させる必要条件であ
る︒﹁五四﹂が提出した﹁科学﹂と﹁民主﹂が中国現代化の
主要な源流と方向であるのは確かだが︑これと関連するの
は中国現代化の問題に止まらず︑中国がどのような﹁モダ
ニティ﹂︑あるいはどのような現代文明を必要とするかとい
う大問題でもあり︑それは中国現代化に固有の問題である
と同時に︑世界のモダニティに普遍的な問題でもあった︒
ヨーロッパ啓蒙運動以来推進されてきた﹁モダニティの
ムら 処方﹂は現実には人類の﹁解放﹂という所期の目標を達成
できていないが︑それはその根底にある科学理性に問題が
あるからではなく︑科学理性が膨張して﹁科学主義﹂とい
う科学を万物の尺度とする問題が出現して︑こうなったの
だ︒今日︑三歳の子供でも科学の重要性は知っており︑ゲ
ルナーが言うように﹁かつて科学は世界の中にあったが︑
バ 今や世界が科学の中にある﹂し︑ラッセルが言うように︑ 科学は人類が世界を﹁理解﹂する主要な知識となり︑技術
ムフ は人類が世界を﹁改変﹂する主要な道具となったのだ︒こ
れに対して︑五四の後に出現した﹁科学崇拝﹂や﹁科学万
能論﹂という現象は﹁科学主義﹂の一種で︑人間の価値秩
序を転倒し歪曲するばかりだから︑中国現代の文明秩序に
とって望ましい存在ではない︒﹁民主﹂はというと︑中国で
は﹁科学﹂のように人々に歓迎され崇拝されることはない
が︑中国現代の政治秩序を建設しようとすれば︑民主とい
うこのハードルを無視することはできないだろう︒民主は
政治方式の一つで︑個人の尊厳を承認し︑カントの﹁人間
は目的そのものと見なされるべきである﹂という考えを肯
定するものだ︒民主の利点は他の政治方式以上に地上のパ
ラダイスを実現できる点にあるのではなく︑真の利点はこ
の世の地獄が現れるのを防止できる能力にある︒民主が他
の制度に優るのは︑その﹁実質理性﹂にあるのではなく︑
それが﹁秩序理性﹂をより重視する点にある︒ヨーロッパ
における民主自由の歴史とは﹁秩序理性﹂を一歩一歩実現
する歴史であり︑マグナカルタ︑人権宣言はその著名な例
にすぎず︑民主の﹁秩序理性﹂は他でもない︑法治なのだ︒
アメリカの社会学者リプセットは書いている︒
一般的に民主を議論するよりは︑個人の自由を保障
する条件を集中的に討論する方が良い︒これこそ正当
ム な秩序と法治なのだ︒
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