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1. 有機反応を「電子の動き」を通して理解する

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Academic year: 2021

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第5章「巻き矢印を使った反応の表記」

1. 有機反応を「電子の動き」を通して理解する

有機化学の反応を理解するには、反応の前後で電子がどう動くかに注目することが重 要である。その理由は、有機化学の反応の多くが「共有結合の切断と生成」を伴ってお り、この時に必ず「共有されている電子」の配置が変わるためである。「どの電子がど のように動くか」を調べることで、有機化学の反応を合理的に理解することができる。

多くの有機化学反応では、電子は「対を作ったまま」動く。これは、電子が対を作っ ている状態の方が、分子が安定になる場合が多いためである。一部の反応で、電子対が 別れて「不対電子を持つ中間体」を生成することがあるが、このような反応はどちらか というと例外的である(後の章で学ぶ)。ここでは、有機化学反応の多くを占める「対 を作ったまま電子が動く」反応について、考察していく。

分子中の電子の中で、特に動きやすいのは、「エネルギーの高い」電子である。これ まで学んだ中では、ローンペア電子と、二重結合・三重結合のπ電子がこれに該当する。

エネルギーの高い電子は、可能ならばエネルギーの低い状態に移行しようとする傾向を 持つ。このため、反応に関与しやすい。

エネルギーの高い電子がエネルギーの低い状態に移行しようとするとき、その電子の

「行き先」がなくてはならない。行き先となるのは、「電子が不足している部分」であ る。一般的には、「正に分極した原子」が行き先となることが多いが、「空軌道を持つ原 子」が行き先になることもある(後で述べる)。

「エネルギーの高い電子対」と「電子不足の原子」の間で起きる反応のことを、極性 反応 polar reaction と呼ぶ。有機化学反応の大部分は極性反応である。

極性反応において、エネルギーの高い電子対を持つ物質を求核剤 nucleophile、電子 N

H

H H

C C H H H

H

H O δ+ H

δ–

H Br δ+ δ–

N H

H H H O

δ+ H δ–

+ C C

H H H

H

+ δ+H Brδ–

(2)

不足の原子を持つ物質を求電子剤 electrophile と呼ぶ。「〜phile」という英語は、「〜を 好む」という意味である。求核剤は「原子核 nucleusを好む」という意味で nucleophile と呼び、求電子剤は「電子 electron を好む」という意味で electrophile と呼ぶ。

2. 電子の動きを巻き矢印で記述する

NH

3

と H

2

O の反応について、電子の動きに注目して考察する。この反応は、酸塩基

反応であり、下のようなものである。電子の動きに注目するため、すべての価電子を明 示してある(形式電荷も忘れずに正しくつけること)。

この反応の第一のポイントは、「N のローンペアが、H2

O

H

原子に向かって移動 する」ことである(注1)。移動した電子は Nと

H

の間で共有され、「N–H」結合が新 しく作られる。

この反応では、もう一つ電子対の動きがある。それは、

H–O

結合の電子である。

H

は1本しか結合を作れないため、

H

N

と新しい結合を作ると同時に、

H–O

の結合電 子は

O

に向かって押し出され、

O

のローンペアになる。

有機化学では、「どの電子対がどこに動いたか」を巻き矢印(曲がった矢印 curved

arrow

)を用いて表す。上の反応では、電子対の動きが2つあるので、それを下のよう

に示す。

N H

H H H O

δ+ H δ–

+ C C

H H H

H

+ δ+H Brδ–

N H

H H H O

H

+ N

H

H H

H

O H +

N H

H H H O

H

+ δ+ N

H

H H

H

O H +

N H

H H H O

H

+ N

H

H H

H

O H +

(3)

巻き矢印は「電子対の移動」を表すものであるから、出発点は必ず「電子対」、つま りローンペアまたは1本の共有結合となる。特に、結合電子対が移動するときの巻き矢 印の書き方に注意すること。結合の真ん中から矢印が始まるように、注意深く書く必要 がある。

注1:上の反応式を見ると、N–H結合もHが正に分極しているから、OのローンペアがNH3

H原子に向かって移動してもいいのでは?」と思えてくる。また、Nのローンペアが別の NH3

分子のHに向かって移動する、あるいはOのローンペアが別の H2O分子の H に向かって移動 してもいいのでは、とも思える。実は、これらの反応はすべて起こりうる。特に、「Oのローン ペアが別のH2O分子のHに向かって移動する」反応は、水の自己解離である。すべてが起こり うる中で、「最も主要な反応」となるのが上に示した反応である。なぜこれが主要な反応である とわかるのか?  それは、「Nのローンペアの方がOのローンペアよりもエネルギーが高い」こ と、および「O–H結合の方がN–H結合よりも分極が大きい」ことによる。これらはどちらも、

N O の電気陰性度の違いによって説明できる。「アンモニアを水に溶かしたら NH4+ HO ができる」というのは自明な反応だが、その背景にこれだけの理由があることを知れば、化学を より深く理解できるようになる。

巻き矢印の先の書き方にも注意する。下の図の一番左が正しい(印刷では、矢印の先 が塗られているように見えるが、手書きの際に塗る必要はない)。巻き矢印に限らず、

有機化学では矢印の形に意味を持たせることがよくあるので、自分の勝手な好みで矢印 を選ぶのではなく、正しい書き方を身につけること。

     

      ○ × × ×

3. 巻き矢印を正しく書く方法

巻き矢印を正しく書くことは、有機化学の理解を深めるのに非常に役に立つ。本節で は、反応式が与えられているときに、巻き矢印を正しくつける方法について説明する。

例として、下の反応を取り上げる。

最初に、すべての価電子を明示したケクレ式を正しく書く。下のようになる。

N H

H H H O

H

+ N

H

H H

H

O H +

H O

H

CH3Br + OH CH3OH + Br

(4)

次に、反応式の両辺を見比べて、「なくなる結合」「なくなるローンペア」「新しくで きる結合」「新しくできるローンペア」にすべて印をつける。この反応では、なくなる のは左辺の「C–Br 結合」と、「O の上のローンペア1組」である。新しくできるのは

「C–O」結合と、「Brの上のローンペア1組」である。このほかの電子対は、どれも反 応前後で変化しない。

続いて、それぞれの「なくなる結合・ローンペア」がどの「新しい結合・ローンペア」

に対応しているかを判別する。ここで、電子の数は両辺で保存されているから、「なく なる結合・ローンペア」の数と、「新しい結合・ローンペア」の数は、常に等しい。し たがって、必ず一対一の対応をつけることができる。

対応をつけるときには、どの電子対についても「一方の電子は反応前後で同じ原子に 所属する」ようにする。上の反応について、「正しい」対応付けと「正しくない」対応 付けを下の表に示す。正しくない対応付けだと、Oから

Br

に移動したローンペアにつ いては、電子が2つとも「所属を変えている」ことになってしまう。

電子対の対応 同じ原子

正しい 対応付け

C–Br

結合 → Brのローンペア

Br O

のローンペア → C–O結合

O

正しくない

対応付け

C–Br

結合 → C–O結合

C O

のローンペア→

Br

のローンペア なし(誤り)

すべての電子対の対応が正しくついたら、その電子対の移動を巻き矢印で表現する。

電子対の移動の仕方によって、巻き矢印の書き方は決まっている。大事なのは、巻き矢 印の「出発点」と「終着点」である。すべての移動の仕方について、巻き矢印の「出発 点」と「終着点」を次に示す。

① 結合電子がローンペアになる場合:出発点=結合線の真ん中、終着点=新しいロ ーンペアを持つ原子。

② ローンペアが新しい単結合の電子になる場合:出発点=ローンペア、終着点=新 しく結合する原子。

③ ローンペアが多重結合の電子になる場合:出発点=ローンペア、終着点=新しく C

H H

H

Br + O H C

H H

H

O H + Br

C H H

H

Br + O H C

H H

H

O H + Br

(5)

多重結合になる結合の真ん中。

④ 結合電子が新しい単結合の電子になる場合:出発点=結合線の真ん中、終着点=

新しく結合する原子。

⑤ 結合電子が多重結合の電子になる場合:出発点=結合線の真ん中、終着点=新し く多重結合になる結合の真ん中。

先ほどの反応の場合は、「C–Br 結合→Br のローンペア」は①のケース、「O のロー ンペア→C–O結合」は②のケースに相当する。実際の巻き矢印は、次のようになる。

③、④、⑤のケースの例を下に挙げておく。これらについて、ケクレ式から巻き矢印 を書いてみて、確かに下のようになることを自分で確かめること。

4. 巻き矢印から反応を組み立てる

今度は、巻き矢印が書かれているときに、その反応の生成物を導き出す手順について 説明する。この手順は、未知の反応の生成物を推測する目的で使うことができるため、

有機化学を研究するための有力な手段である。

正しく書かれた巻き矢印は、前節の①〜⑤のどれかのケースに分類できるはずである。

巻き矢印の出発点・終着点が「ローンペア」か「結合の真ん中」かによって、どのケー スになるかをまとめておく。

C–Br

Br O

C C

H H

H

Br

+

O H C

H H

H

O H + Br

H C O

Cl H

C O

H H + Cl

C C H H

H H

+ H Br C C

H H

H H H

+ Br

C O H H

H

C O H H

+ H+

(6)

出発点 終着点

ケ ー

ス どんな反応か 形式電荷

ローンペア

(原子 A

上)

原子

(X)

A

上のローンペアが一つ減少

結合

A–X

が生成

A は +1 X

–1

結合

(A–X)

A

上のローンペアが一つ減少

結合

A–X

の多重度が一つ増加

A は +1 X は –1

結合

(A–B)

原子 (A) ① 結合 A–B が切断 (*1)

A 上のローンペアが一つ増加

B

は +1

A は –1

原子

(X)

④ 結合 A–Bが切断 (*1)

結合

A–X

または

B–X

が生成

B

または

A

は +1 (*2)

X

–1

結合 (A–X) ⑤ 結合 A–Bが切断 (*1)

結合 A–X の多重度が一つ増加

B

は +1

X

は –1 (*1) A–B が多重結合の場合は、多重度が一つ減少

(*2) 結合 A–X が生成した場合は B +1, B–X が生成した場合は A +1

前節に挙げたケース①〜⑤の反応例を用いて、生成物を導き出せることを自分で確認 すること。

上の表には、形式電荷の変化についても記した。極性反応に伴う形式電荷の変化は、

下のようにまとめることができる。

A

上のローンペアが

A–X

結合になった場合、

A

の形式電荷は1増え、

X

の形式 電荷は1減る。(理由:

A

は、自分が持っていた2個の価電子のうち1個を

X

と 共有する。

A

の価電子は1減り、

X

の価電子は1増える。)

A–X

結合が

A

上のローンペアになった場合、

A

の形式電荷は1減り、

X

の形式 電荷は1増える。(理由:

A

は、

X

と共有していた価電子1個を自分のものにす る。

A

の価電子は1増え、

X

の価電子は1減る。)

A–B

結合が

A–X

結合になった場合、

B

の形式電荷は1増え、

X

の形式電荷は1 減る。(理由:

A

は、

B

と共有していた価電子1個を

X

との共有に切り替える。

B

の価電子は1減り、

X

の価電子は1増える。)

5. ルイス酸とルイス塩基

求電子剤の特別な場合として、ある原子上に空軌道を持つ分子がある。空軌道には2 個の電子が入れるので、ローンペアを持つ原子と空軌道を持つ原子の間で2つの電子を 共有して、新しい結合を作ることができる。この結合は共有結合の一種であるが、特に 配位結合 coordination bond と呼ぶことがある。

(7)

このような反応を、一種の「酸・塩基」反応と見なす考え方がある。これをルイス Lewis の酸・塩基の定義と呼び、「酸とは電子対を受け取って共有結合を作るもの、塩基とは 電子対を与えて共有結合を作るもの」と表される。

ブレンステッドの酸・塩基は、すべてルイスの酸・塩基でもある。H+

は電子対を受

け取って共有結合を作ることができるし、すべての(ブレンステッド)塩基は、H+ と 結合するために電子対を使う。つまり、ブレンステッドの酸・塩基は、ルイスの酸・塩 基の要件を満たしている。

ブレンステッド酸でない化合物でも、ルイスの意味での酸として働くことがある。三 フッ化ホウ素 BF3、ボラン BH3

(注2)、塩化アルミニウム AlCl

3、臭化鉄(III) FeBr3

などである(注3)。

注2:ボランの B–H結合は、Hが負に分極している。このため、H+を放出するのは困難であり、

ブレンステッド酸としての酸性度は非常に弱い。

注3:後の2つには「水和物」と「無水物」があるが、ルイスの意味での酸として働くのは無水 物のみである。

有機化学では、「H+

を放出しないがルイスの意味では酸であるもの」を特にルイス酸

Lewis acid と呼ぶ。本来の意味からすれば、「ルイス酸」は「ブレンステッド酸」を含

む概念だが、有機化学では習慣的に「ブレンステッド酸でないルイス酸」のみを「ルイ ス酸」と呼ぶ。また、ルイスの意味での塩基を「ルイス塩基」と呼ぶが、これは実質的 には「ブレンステッド塩基」と同じ意味である。

6. 今回のキーワード

・ 求電子剤と求核剤

・ 極性反応

・ 巻き矢印

・ 反応式に巻き矢印を書き入れる方法

・ 巻き矢印から反応式を導き出す方法

・ 巻き矢印と形式電荷

・ ルイス酸とルイス塩基

【教科書の問題(第2章)】

45, 49, 51

B F

F F

+ CH3 O

CH3 B

F F

F O

CH3 CH3

参照

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