序章 本研究に関して 1.研究背景
建築は言説によって形作られてきた。例えば近代建 築を世界中に広めたのも、建築の発表と平行して語ら れた言葉であり、建築的意図を込めて撮られた写真で ある。このように言葉と写真は建築を完全に理解する ために必要なものである。しかし近年、日本では「建 築文化」や「SD」といった建築雑誌が休刊し、評論 家による雑誌上での言説は減りつつある。一方で建 築の掲載される雑誌はインテリア雑誌や一般向けの ファッション誌まで幅広く、読者の層は広がっている。
更にインターネットを通して世界中の人が様々な立場 で意見を発信できるようになった現在では現代建築と 言説の関係は以前とは異なったものとなっている。
2.研究目的
一般的に言説とは言葉や文字を指す場合が多いが、
本研究においては、「建築を説明するもの」と解釈する。
よって言葉だけでなく、建築写真なども含めて言説と 呼び、建築の言説の一種としての建築写真に着目する。
「写真と建築はその時代の精神を表す最も優れた表 現方法である。建築写真の技術革新は建築批評に影響 を与えた。」(1934 年 Architectural Review 誌)約 80 年前に書かれたこの文は写真と建築の長く密接な関係 を提示している。ここで近代建築の巨匠であるル・コ ルビュジエと、彼に「建築家の魂を持った写真家」と いわれた写真家ルシアン・エルヴェの関係性を始めと して建築と建築写真の関係を紐解く。また現代建築に おける建築写真の必要性を再認識することを目的とす る。
3. 研究方法
本研究ではルシアン・エルヴェに関する先行研究を 下敷きとし、エルヴェとル・コルビュジエの関わりか ら建築家と建築写真家の関係性を明らかにする。
ここでアメリカとヨーロッパでほぼ同時期に生まれ て活躍し、近代建築の一翼を担ったルシアン・エル ヴェ、ジュリアス・シュルマン、エズラ・ストーラ という 3 人の建築写真家に注目しすることで建築写 真家の役割を明らかにし、3 人を比較することでエル ヴェの特徴を考察する。
第 1 章 ル・コルビュジエとルシアン・エルヴェ この章ではル・コルビュジエと建築ジャーナリズム の関係から、彼がどのようにメディアを利用し、自分 の考えを発信していったのかに焦点を当てる。その中 で彼が建築写真をどのように扱っており、写真家ルシ アン・エルヴェが果たした役割を考察する。
1. ル・コルビュジエと建築ジャーナリズム
ル・コルビュジエは新聞や「エスプリ・ヌーヴォー」
などの雑誌、書籍などのメディアを多用して自分の考 えや作品を世間に発信した建築家だった。アメリカの 建築史家であるビアトリス・コロミーナによるとル・
コルビュジエは、「写真とレイアウトがページの空間 にもうひとつの建築を築き上げる」ことを意識してい た。つまり午前中に絵を描き創作活動に耽ったル・コ ルビュジエはアーティストだった。しかし建築は美術 作品ではなく竣工した建築には施主の要望や敷地条件 などが含まれるため、建築家とアーティストは一線を 画する。従って建築を写真に収め、紙面にレイアウト することでコンセプトが現れている部分を際立たせ、
彼の思想を表現することを重要視していた。その為、
彼は度々建築写真を修整している。その集大成と言え るのが、「ル・コルビュジエ全集 全8巻」である。ル・
コルビュジエはこれを自身で編集しており、読者に建 築の空間を体験させるように写真を映画的にレイアウ トした。またこの全集の第5巻以降に使用されている ほとんど全ての写真を撮ったのが、写真家ルシアン・
エルヴェである。
2. ルシアン・エルヴェ
1910 年 8 月 7 日にハンガリーで生まれた。1929 年にパリに渡り、ファッションデザイナーや雑誌編集 者などの職に就いた後、写真家となる。1949 年にクー チュリエ神父の勧めでエルヴェにル・コルビュジエの
「ユニテダビダシオン マルセイユ」を撮り、その写 真がル・コルビュジエに認められたことから建築写真 家としてのキャリアが始まり、ル・コルビュジエとの 仕事も始まった。エルヴェはヨーロッパで活躍し、主 にフランスで活躍している建築家の建築を撮った。彼 は建築の言葉にできない空間を「表現」しようとし、ル・
コルビュジエから「建築家の魂を持った写真家」だと 評価された。ロシア・アヴァンギャルドに影響を受け た大胆な構成を好んだので、構成主義者とも言われた。
第 2 章 事例検証
この章ではエルヴェの写真とル・コルビュジエの設 計意図を照らし合わせる事で、エルヴェがル・コルビュ ジエの意図をどのように汲み取り表現していったのか を考察し、二人の関係性を導く。
1. 事例分析 2. 考察
二人は独学で互いの分野を学び、機械や新技術と いったものに対する近代的な思考とディテールや素材 に対する超越した目を持つという共通点があった。
近代建築と写真論
〜ル・コルビュジエとエルヴェを通して〜
ME12008 石いしざき崎 春はるな奈 指導教員 八束はじめ教授 建設工学専攻
建築設計研究
また撮影に対しても密に手紙をやり取りし、互いの考 えを共有していた。そのためエルヴェはル・コルビュ ジエの思想に自分の感性を重ね、ル・コルビュジエの 期待を超える建築写真を撮影していた。そしてル・コ ルビュジエはエルヴェの写真を使用し自らのイメージ を作り上げた。
第 3 章 建築写真
この章ではまず建築写真の歴史について述べ、次に エルヴェとほぼ同時期にアメリカで生まれて活躍し、
近代建築の一翼を担ったジュリアス・シュルマン、エ ズラ・ストーラという建築写真家に注目し、彼らの経 歴や功績と建築家との関係を述べる。
1. 建築写真の歴史
カメラが誕生したのは 1839 年のフランスである。
当時のカメラは露出時間が長かったため、自然と微動 だにしない建築が被写体として好まれた。初期の写真 家は風景や建築から人々まで様々なものを被写体とし ておりどのような依頼にも答えていたが、写真技術が 向上し書籍や雑誌のカテゴリーが細分化してくると、
分野毎に求められる質が異なってくるため、写真も建 築写真やファッション写真などの分野に特化していっ た。それに伴い建築写真専門の写真家が誕生した。一 般的な建築写真家は水平垂直のとれた写真を撮影する が、近年では建築写真家以外の写真家が建築を撮影す る事もある。
2. ジュリアス・シュルマン
1910 年にアメリカ・ブルックリンで生まれた。
1936 年、カリフォルニア大学在学中にリチャード・
ノイトラの事務所にいた友人に誘われて「クーン邸」
の写真を撮った。彼が撮った「クーン邸」の 6 枚の 写真をノイトラが気に入り、シュルマンの写真家とし てのキャリアが始まった。奥行を強調する構成やガラ ス面を使った反射、ときには家具や花、人を用いて写 真を演出し「人が使うもの」としての建築を表現した。
シュルマンは主にアメリカ、カリフォルニアで活動し、
アメリカンモダニズムを世に広めた写真家である。
3. エズラ・ストーラ
1915 年にアメリカ、シカゴで生まれニューヨーク へ移った。ストーラはニューヨーク大学在学中に写真 家として活動し始め、卒業後はプロの写真家としての 活動を開始した。建築写真以外にも、経済発展に湧く アメリカの労働者の写真も撮影している。彼は水平、
垂直のとれたシンプルな構成を好んだ。建築家の間 で "Stollerized" という言葉があるほど、ストーラは建 築写真を撮るときに、ちょうど良い角度と光を捉える 超人的な能力を持っており、建築家たちは彼に写真を 撮ってもらうことで自分の建築の美しさを最大限に引 き出してもらおうとした。彼は 20 世紀のニューヨー クを始めとするアメリカの建築を数多く撮影した。
第 4 章 比較
前章を踏まえて3人の建築写真の捉え方を比較し、
建築写真の役割とエルヴェの果たした役割を捉える。
①記録としての建築写真
ストーラは自らをアーティストとは みなしておらず、水平垂直を意識し、
建築の空間やプロポーションを完璧に 表現すべく写実的に撮影した。このよ うな写真は建築家やビルオーナーの要 望に忠実に撮られており、 一般的な建 築写真のことである。
②広告としての建築写真
シュルマンによると建築写真家は、
一般人に「建築を売り込む」仕事であ る。これはシュルマンの持つ、良いデ ザインは重要であるという強い信念 からくる考えである。このような写真 により一般の人に建築の魅力を訴え、
そこでの生活や新しい技術の到来を 予見させる建築写真を指す。
③表現としての建築写真
エルヴェは一般的な建築写真家の ように記録的に建築を撮る一方で、建 築で起こる現象や建築家のコンセプ トに焦点を当て大胆な構成や光と影 で印象的に表現した。このように建築 を被写体とした、写真家の芸術作品と も言えるような建築写真である。
シュルマンとストーラがアメリカンモダニズムの作 品を多く撮影し戦後復興に沸くアメリカの明るさを建 築を通して切り取ったのに対し、エルヴェはヨーロッ パの作品を撮影し建築に指す光とそれにより生じる影 を表現した。これよりル・コルビュジエが求めた写真 表現と一般的な建築写真表現は異なると考えられる。
一般的な建築写真は建築の姿、空間の美しさを表現す る写実的な写真(記録写真)だが、彼は建築で起こる 現象を写真で表現する印象派のような写真を求めた。
終章 建築と建築写真
建築は写真を通して世間に公表される。そして建築 の形態や建築家の思想に併せて建築写真の表現は選択 される。また従来は水平垂直のとれた建築写真が主流 だったが、近年では建築の感覚や設計意図を明確に表 現する為に、竣工写真と併せてル・コルビュジエが求 めたような建築写真も増加している。今後も技術の発 展や時代の要望に伴い建築写真家の意義は拡大してい くと予見される。
〈主要参考文献〉
・Beatriz Colomina, 松畑 強 ( 訳 ),「マスメディアとしての近代建築―アドルフ・ロース とル・コルビュジエ 」, 鹿島出版会 ,1996
・『10+1 No.23』, 彰国社 ,2001,
・Joseph Rosa,「A Constructed View THE ARCHITECTURAL PHOTOGRAPHY OF JULOUS SHULMAN」,Rizzoli,2008
・Nina Rappaport,Erica Stoller,「Ezra Stoller Photographer」,Yele University Press2012
「シーグラム・ビル」,1958 出展= Ezra Stoller Photographer
「case study house #22」,1960 出展= A Constructed View
THE ARCHITECTURAL PHOTOGRAPHY OF JULOUS
SHULMAN
「ノートルダム・デュ・オー」,1953 出展= Le Corbusier & Lucien
Hervé The Architect & The Photographer - A Dialogue