閉鎖性水域における水質変化の予測に関する研究
西田 渉
*・野口正人
*松田良寛
**・岡崎久典
**A Study on Prediction of Water Quality Changes in Closed Water Body
by
Wataru NISHIDA* , Masato NOGUCHI*
Yoshitomo MATSUDA** , and Hisanori OKAZAKI**
The accurate estimation of water quality changes is necessary for the management and maintenance of water environment. In many cases, a numerical simulation model is used for this purposes, On the other hand, lots of observed data are being accumulated according with the improvement on observation technologies, and it begin to be prediction of water quality changes by data driven model. In this study, the water quality change is estimated by using the numerical simulation and Neural network model, and the accuracy of results obtained from these two models is discussed. Numerical model is developed focusing on the phosphorus and the activity of phytoplankton. Neural network model is multi-layered structure and is composed of four layers. Calculations are executed for Isahaya regulation pond. Calculated results obtained by neural network model has a good agreement with observed results, thus it seems that neural network model as well as numerical simulation model is able to use for the estimation of the water quality change in real water body.
Key words :numerical model, artificial neural network, water quality, phosphorus
1.はじめに
水環境の保全・管理を効果的に行うには,対象とされ る水域の水質変化機構を正しく評価しておく必要がある.
現在,水質の変化予測については,物質の循環や生物活 動をモデル化した数値シミュレーションモデルの利用が 一般的であり,これまでに多くの成果を上げてきている.
こうした数値モデルの開発・活用は,科学的知見の集積 に支えられながら,今後も引き続きなされていくものと 考えられるが,その一方で,モニタリングや分析技術の 向上によって,実測値が豊富に蓄積されてきており,こ れらの情報を活用した水質予測が可能になりつつある.
本研究では,水質変化の解析手法として広く用いられ
ている数値シミュレーションモデルと,実測データを活 用したモデルとして代表的なニューラルネットワークモ デル(NN)を取り上げ,これらを現地へ適用することで,
予測精度の比較と検討を行った.なお,NNの利用にあた っては,ある程度の数のデータが必要とされることから,
計算対象水域として,各方面の努力によって多くの水質 観測値が公開されている諫早湾調整池とした.また,水 質項目に関しては,著者らがこれまでにリンに注目した 数値モデルの開発を進めてきていることもあり,有機 態・無機態リンを取り上げた.
2.数値モデルの概要
平成 17 年 6 月 24 日受理
*
社会開発工学科
(Department of Civil Engineering)**
大学院生産科学研究科博士前期課程環境システム工学専攻
(Department of Environmental Systems Engineering)水質変化に関するシミュレーションモデルは,植物 プランクトンの活動を考慮したリンの循環型モデルと して構築されている.そのモデルの概要を示すと図1 のとおりである
1,2).
このモデルでは,水中のリンは有機態成分と無機態 成分に大別されており,前者は懸濁態物質として,ま た後者は溶存態物質として取り扱われている.さらに 有機態成分は,生物体(藻類とした)並びに非生物体で 構成されるものと仮定している.ここで,藻類につい ては,個体の増殖に関する最適水温の違いに注目して,
珪藻類,その他の藻類,無生物体の3種類に分類した モデル化を行っている.なお,各成分の水域内での循 環に関しては,図に描かれた生成・消滅項が考慮され ている.
水質モデルの計算手法としてボックスモデルを用て おり,各成分の収支はこの手法に準じて定式化し,離 散化している.なお,水域内での流れについては,今 回,連続方程式と移流項を省略した運動方程式を直接 計算して評価するようにしている.ここで,計算に用 いた収支式を示すと以下のとおりである.
・珪藻類に関わるリン(OP1)の収支式
1
FOP
t 1 Vol OP =
∂
∂
Vol Chl
dOP1 Chl P OP1
1
OP − ⋅ ⋅ ⋅
+(α ) γ −
(1)
・無生物態に関わるリン(OP3)の収支式
3
FOP
t 3
Vol OP =
∂
∂
(dOP1⋅ChlOP1 + dOP2 ⋅ChlOP2)⋅ Chl P ⋅Vol
+ γ −
− k ⋅OP3⋅Vol − wOP ⋅OP3⋅Area
(2)
・無機態リン(IP)の収支式
FIPt Vol IP =
∂
∂
( Chl Chl ) Vol
R⋅ ChlP⋅ OP1⋅ OP1+ OP2⋅ OP2 ⋅
− γ − α α
Area Vol
3 OP
k ⋅ ⋅ + ⋅
+ β
(3)
ここに,Vol:ボックス内の水の体積,OP1,OP3,IP:そ れぞれ OP1,OP3,IP の濃度,
FOP1,
FOP3,
FIP:各成分のリ ン の 移 流 ・ 拡 散 量 ,
Area: ボ ッ ク ス の 水 表 面 面 積 ,
αOP1,
αOP2:OP1 並びに珪藻類以外の藻類の増殖速度,
dOP1
,
dOP2:各藻類の枯死速度,
rChl-P:リンとクロロフ ィル a の換算係数,
ChlOP1,
ChlOP2:藻類に含有されるク ロロフィル a の濃度,k:OP3 の分解速度,w
OP:OP3 の 沈降速度,
β:底泥からの IP の溶出速度,である.
概要図にも示されているように,本モデルでは珪藻
類以外の藻類に関するリン(OP2)の収支も考慮されて いる。そのため,収支式としては上記されたものに加 えて,OP2 の収支式が取り上げられているが,この収支 式は OP1 と同様の型であるために,ここでは記述を省 略する.式(1)から(3)に現れる枯死速度と溶出速度は 以下の式を用いて評価されている.
・枯死速度
(B T )
exp d
d = 0 ⋅ ⋅
(4)
・溶出速度
9 2 c p
s s sp
5 0 0 1 a R
C v
.
*
*
*
. . ⎟⎟⎠
⎜⎜ ⎞
⎝
⎛ ⋅
−
⋅
⋅
⋅
⋅
⋅
= τ
τ τ σ
β
(9)
ここに,d
0:摂氏零度における藻類の枯死速度,B:枯 死に関する温度係数,
T:水温,
Csp:底泥中のリン濃度,
σ:底泥土粒子の密度,
vs:土粒子の体積,
as:土粒子 の断面積,
Rp:IP の底泥からの溶出に関わる係数,τ
*: 無次元掃流力,τ
*c:無次元移動限界掃流力,A:水底 面の面積,である.なお、枯死速度に関係する各係数 については、藻類の種類に応じて変化させている。さ らに,増殖速度については,水域の環境条件に応じて 変化するものと考えられることから,水温,日射量,
栄養塩濃度に係る増殖への影響係数を考慮した式を用 いて評価されている.
・増殖速度
( ) ( ) ( )T f I f IP
max ⋅ f ⋅ ⋅
=α
α
(4)
( ) ⎟⎟
⎠
⎞
⎜⎜
⎝
⎛ −
=
opt
opt T
1 T T exp
T T
f
(6)
( )
KI
I I I
f = +
(7)
( )
KIP
IP IP IP
f = +
(8)
Fig.1 水質変化モデルの概要図 底泥
IP :
無機態リンOP3
無生物体OP1
生物体(珪藻類)OP2
生物体(珪藻類以外)取り 込み
溶出 無機化
枯死
沈降 河川からの流入
降雨
移流 移流
ここに,α
max:藻類の最大増殖速度,
f(T),f(I),f(IP): 温度,日射量,栄養塩,による増殖制限を表わす項,
Topt
:最適水温,K
I,KIP:日射量,栄養塩に関する半飽 和定数,である.枯死速度と同様に,上の各評価式に ついても藻類の種類に応じて変化させている.
3.ニューラルネットワークモデルの概要
NN は,良く知られているように,脳の情報伝達系を モデル化したものであり,情報の伝達を繰り返し模擬 することで,未知のデータに対するパターン認識など が行えるようになる
3,4).
今回用いた NN では,図 2 に示される入力層,中間層,
出力層から構成される階層型のモデルを採用している。
入力層では,降雨量に関連して,当日を含めて3日分 の日雨量と当日の最大時間雨量,そして月平均水温の 5種類の実測データが与えられている。なお,これら の値は,観測期間での最大値で基準化された値を用い ている。中間層には,それぞれ 13 個のユニットが配置 され,これによってリンの濃度が算出されることにな る.NN モデル内での情報処理について,各ニューロン の内部状態は以下のとおりである.
∑ −
=
i i ix W
y θ
(10)
ここで,y:内部状態,W
i:結合荷重,x
i:前層のニュ ーロンの出力値,
θ:閾値,である.また,ニューロン の動作関数としては,NN で良く利用される以下の形式 のシグモイド関数を用いた.
) ) exp(
( 1 y
y 1
f = + −α
(11)
ここで,
α:パラメータ,であり,今回の計算では
α=1.5 としている.学習計算手法にはバックプロパゲーショ ン法を採用した.計算値の実測値に対する誤差の評価 には,以下の式が用いられた.
∑ −
=
k
2 k k
k O T
2
E 1 ( )
(12)
ここに,
Tk:教師データ,
Ok:結合荷重により決定され た出力データである.
4.予測計算の条件
数値モデルと NN モデルによる水質変化の予測計算は,
1999 年1月から 2001 年4月までの期間を対象に行った.
計算結果との比較に用いる実測結果は,諌早湾調整池 のほぼ中央部で計測された IP と,全リンと IP の差か ら算出された値を OP としている
5).以降には,各モデ ルの計算条件を記す。
まず,数値モデルについて,各種のリンの初期値は,
実測結果に基づいて与えており,水温は,これまでの 実測結果を参照して,各月の平均値を与えている.ま た,調整池の様な極めて閉鎖性の強い水域の水質には,
降雨に伴う流域からの汚濁物質の流入が影響をもたら すことから,流入汚濁負荷量は,降雨-流出解析モデ ルで流量を求め,さらに流量と汚濁負荷量との関係式 から算出した.ここで用いるリンの循環モデルには,
藻類の最大増殖速度や枯死速度を始めとして,合計 13
Fig.2 ニューラルネットワークの構成
・・・・・ ・・・・・
:ニューロン
:線維
入力層 5個
中間層 各 13 個
出力層 1 個
IP or OP 日雨量(当日)
日雨量(1 日前)
日雨量(2 日前)
時間雨量
月平均水温
個のモデルパラメータが存在しているが,これらは,
計算結果が実測結果を再現できるように,手動で同定 している.
つぎに,NN モデルの計算条件について述べる.NN モ デルの入力データは,前章に記した降雨に関する4種 類の情報と月平均水温である.ここで,降雨値につい ては,気象庁のホームページから配信されている諌早 地区の実測結果を適用している
6)。出力層には1個のユ ニットを配したこともあり,IP と OP のそれぞれに対し て計算がなされる.NN の適用に際しては,事前に学習 させねばならないことから,本研究では,計算対象期 間の直前の実測値(1998 年の観測データ)を用いて学
習計算を行った.本研究で行った一連の学習計算では,
対象水域の水質を予測するのに適した NN モデルの構成 やパラメータ値の検討も併せて行っており,中間層の 層数,中間層のニューロン数,内部パラメータ(
α)が計 算精度にどの程度の影響を与えるかを調べた.幾つか の予備計算の結果から,NN モデルは,2つの中間層を 備えた4層型とし,中間層のニューロン数はそれぞれ 13 個としている.学習に関しては,学習回数を1万か ら3万5千回の範囲で5千回刻みで変化させて,実測 結果の再現性を比較している.ここで,計算値の実測 値に対する相関関係数の二乗値を示すと表1のとおり である.この表には,NN の予測精度は学習回数を増や すにつれて,次第に改善されていくことが示されてい る.一方で,2万回を超えると改善はあまり進まず,
今回の条件では,3万回の学習で最も良い相関が得ら れることも示されている。NN については,過学習によ る適用性の低下が知られているが,以降の計算では,
3万回の学習がなされたモデルを用いた水質予測を行 っている.
Table.1 相関係数の二乗値 NN の学習回数 R
2値
10,000 0.856 15,000 0.908 20,000 0.967 25,000 0.976 30,000 0.978 35,000 0.943
Fig.3 学習結果と実測結果の比較 (上:IP,下:OP)
Fig.4 学習結果と実測結果との相関 (上:IP,下:OP)
IP
0 0.05 0.1 0.15 0.2 0.25 0.3 0.35
98/4 98/6 98/8 98/10 98/12 99/2
濃度 (m gP /L )
実測結果 学習結果
OP
0 0.05 0.1 0.15 0.2 0.25 0.3 0.35
98/4 98/6 98/8 98/10 98/12 99/2
濃度 (m gP /L )
OP
0.00 0.05 0.10 0.15 0.20 0.25 0.30 0.35
0 0.1 0.2 0.3 0.4
実測結果(mgP/L)
学習結果 (m gP / L )
IP
0.00 0.05 0.10 0.15 0.20 0.25 0.30 0.35
0 0.1 0.2 0.3 0.4
実測結果(mgP/L)
学習結果 (m gP / L )
ここで,学習結果と実測結果を示すと図 3 のとおり である.この図から,IP と OP の変化を共に再現してお り,BP 法による NN の学習が順調に行われたものと考え られる.OP については,1998 年 10 月に濃度の上昇が 再現されていない箇所がある.これは,今回入力デー タに用いた因子以外に,OP の濃度変化に影響を与える 因子が存在していることや,学習に用いた期間などが 十分ではなかったこと等の理由が上げられる.図4に は,計算結果と実測結果との相関が示されている.こ の図から,IP の結果に関しては,全体的にばらつきが 少なく,本学習済みの NN モデルで十分に計算がなされ ているものと判断できる.OP の結果については,両結 果にばらつきがあり,IP の予測精度は得られていない が,全体的な相関は良く,この学習期間のリンの変化 を再現するのに有効であると思われる.
5.数値モデルと NN による予測結果の比較
数値モデルと NN モデルを用いて 1999 年1月から 2001 年4月までの期間の調整池の水質変化を予測した 結果が,図5に示されている.図中には,実測結果も プロットされている.
まず,IP の変化について,実測結果によれば,冬期 に約 0.025mg/l まで減少し,夏期に 0.2mg/l 程度まで 増加するという特徴が見られる。こうした時間変化の 傾向は,二つのモデルによる計算結果にも表れており,
いずれのモデルも大まかな変化予測は可能なものと考 えられる.ここで,個別の予測精度について見ると,
数値モデルの結果は実測結果に見られる IP の急激な変 化はあまり再現されていないようである.これは,モ デル化の手法としてボックスモデルを採用したことで,
調整池内の物理的な特性が比較的大きな空間スケール で平滑されており,短期間の変動に影響を与えるパラ メータについての同定が十分になされていないためと 考えられる.
NN モデルの結果に関しては,1999 年の実測値を満足 できる精度で評価できているものと考えている。ただ, その一方で,2000 年末から 2001 年初頭の計算結果と実 測結果との差が大きくなっている.こうした予測誤差 について,実測結果に基づいて考察すると,1999 年の IP の時間変化は,NN モデルの学習に用いた 1998 年の傾 向と類似しているのに対して,2000 年の時間変化につ いては,とくに誤差が顕著になった期間で時間変化の 様子が異なっている.併せて,降雨の時間分布に大き な相違が見られなかったことを考えれば,2000 年末の IP の変化に,NN の入力情報に取り入れられていない別
の因子が少なからず影響を及ぼしたものとも考えられ る.また,実測結果には,学習に用いた期間には現れ ていない 0.3mg/l を上回る値もあり,十分な学習がな されていないことも誤差を大きくした原因の一つと考 えられる.
つぎに,OP の変化について,数値モデルは,NN モデ ルの結果に比べて全体的に誤差が大きくなっているこ とが分かる.また予測結果は,IP のそれと同様に,濃 度の急激な上昇を捉えきれていないようである.NN モ デルの結果に関しては,全体的な濃度変化の傾向はあ
Fig.5 計算結果と実測結果の比較 (上:IP,下:OP)
Table.2 計算結果と実測結果の相関 (誤差の二乗平均値)
無機態リン (IP)
有機態リン (OP) 数値モデル 0.0044 0.0085
NN モデル 0.0086 0.0065
0.00 0.20 0.40 0.60
99/1 99/7 00/1 00/7 01/1
濃度( mg P / L )
実測結果 数値モデル ニューラルネットワークモデル
0.00 0.20 0.40 0.60
99/1 99/7 00/1 00/7 01/1
濃度( mg P / L )
る程度適切に再現できているもの思われるが,所々,
予測誤差が大きくなっている.この原因としては,学 習した濃度範囲を越える実測結果があること,また,
入力データとして調整池の月平均水温を用いたために,
OP の濃度変化に対する水温の影響が,適切には評価さ れていないことが考えられる.これら入力情報につい ては,予測精度に影響を与えることが考えられるので,
適切なデータに基づく解析を行いたいと考えている.
最後に,二つのモデルによる予測精度として,計算 結果と実測結果の相関を示すと,表2のとおりである.
これらの値は,誤差の二乗平均値として表記されてい る.表に示された結果から,IP については数値モデル の予測精度が,また,OP については NN モデルの方が良 いことが分かる.NN モデルについては,先述された問 題点に関連して,IP の予測に際して検討すべき課題が あるものの,数値モデルと同等の精度で予測が可能と なりそうであり,簡便な手法として実水域へ適用が見 込めるものと考えている.
6.おわりに
本研究では,閉鎖性水域における水質変化の予測手 法について,水域内での物質循環を直接取り扱う数値 モデルと,既存の情報のみで駆動するモデルの一つで ある NN モデルを作成し,両者の予測精度ついて検討し た.諌早湾調整池でのリンの時間変化を対象にした計 算からは,二つのモデルから,ぼぼ同等の予測結果が 得られた.両モデルには,それぞれに利用特性があり, 限られた期間の比較のみで,予測結果の優劣をつける ことは難しいが,NN モデルは,簡易的な予測手法として,
数値モデルと同等の有効性を持つことが期待される.
今後は,本数値モデルに関しては,物質循環のモデ ル化の妥当性について吟味すると共に,現地の水質変 化を更に精度良く再現するパラメータの同定を行う必
要があると考えている.また,NN モデルに関しては,
中間層の層数やユニットの数などを継続的に検討する と共に,過学習を起こさないような学習回数について 調べる必要がある.さらに,入力情報に関しては,水温,
日射量などの導入を引き続き検討していきたいと考え ている.
謝辞:本研究を遂行するにあたり,九州農政局並びに
気象庁のホームページから公開されているデータを利 用させて頂いた。ここに記して深謝申し上げます.ま た,計算等にご協力頂いた永川浩二氏を始めとする本 学河川工学研究室の皆様に感謝の意を表します.
参考文献